Coolier - 新生・東方創想話

アリス・マーガトロイドのウィークポイント

2015/02/12 18:57:37
最終更新
サイズ
18.38KB
ページ数
1
閲覧数
4066
評価数
8/31
POINT
1560
Rate
9.91

分類タグ

 家族のことを思い出した。

 というのも、箪笥を掃除していたところ、不意に、写真を収めた青い表紙の分厚いアルバムが目に留まったのだ。全二十冊ほど。こちらの世界に独り立ちするという時に、一番上の姉に、これを持っていけと手渡されたものだ。母親はことあるごとに写真を撮っていたし、複製なんて難しいことではないから、穴にもならないだろう。
 その写真群は本当にカメラによる写真なのかと問われれば、正確にはもっと魔力的な何かの仕掛けによって撮影された物なのだろうけれど、結果としては、射命丸文が飛び回っては撮影している写真と同一視できる、思い出の切れ端の集合体だった。私がいて、母親がいて、家族がいた。今現在幻想郷でややもすれば孤立しがちな私の状況とは似つかぬ幸せな家族の日常が切り取られていて、懐古に耽り、そういえばこんなこともあったなぁと掃除の手を止めて、気が付いた時には夢中になってアルバムを捲っている私がいるのであった。
 姉がいる。
 メイドの格好をした厳格な姉が。
 いつも笑っていて掴めない姉が。
 二人いて一対になる白黒の姉が。
 魔界の門番として頼りない姉が。
 親は神だ。
 何らかの痛い妄想に取り憑かれたわけでも、新しい宗教を始めようとしているわけでもない。魔界では箱入りだったし幻想郷ではあまり吹聴したいことでもないから、知っている者は殆どいないが――比喩でも誇張でもなく、私ことアリス・マーガトロイドの母親は、確かに、世界を統べる魔界神である。向いているかとか相応しいのかとか、それは別として、一応は、世界の頂点に立つ者であった。
 その彼女から直裁生み出された存在。それが私であり、また、姉たちだ。
 母親は神たる権力にて、私を溺愛していた。もちろん夢子もルイズもユキもマイもサラも、全員を溺れながら愛していた。親馬鹿で馬鹿親で、もしかしたら親だとか愛だとか関係なく馬鹿だったのかもしれないっていうか間違いなく馬鹿だ。
 生物的な生殖によって結ばれたものではなく、何らかの法に基づいて繋がるものでもなく。第三者がどう判断するのか、それは魔界の裁判所に赴けば理解できることだったかもしれないけれども、しかし、そんなことは全く必要なく、私の姉は私の姉で、私の母は私の母なのだ。
 どんなに馬鹿だったとしても、頼りなかったとしても、神綺という神そのものは、私の、たった一人しかいない、大切な――

「アーリスさーんっ!」
 バタバタと音がした。酷く現実的で物質的な音によって私はノスタルジーから引き剥がされ、まさしく今いる世界、幻想郷へと固定される。我に返ると自分が読んでいたのは「アリス 十歳」と書かれた巻。どうやら私は十冊のアルバムを読み終えていたようだ。一体どれくらいの時間が経っていたのか、考えるのも憚られた。
「どうも、清く正しい射命丸ですよー……って、アリスさん、写真なんて撮るんですか?」
 私が押し売りに負けて文々。新聞を購読するようになってから数ヶ月、射命丸文が持ち前の図太さで私の部屋に居座るようになって久しい。私も私で、もう私も何も言うまいとそれを受け入れるようになってしまった。時の流れとは時に恐ろしいものですらある。
 幻想郷最速は、自分の本領が目の前にあるとわかると、返答も待たず、瞬く間に私の左側に陣取った。全く、肩書きは伊達ではないものだ。文字通り瞬く間の出来事だったために私は少しばかり動揺してしまったのだが、それに気付く様子もなく、文は興味深そうに私の手の中にあるアルバムを眺めている。
「別に、私の撮った写真ではないのだけれどね」
 私がそう言った時には、既にページが文の手によって捲られていた。射命丸文は遠慮しない。
 次の見開きでは、私の誕生日を祝うパーティの様子が写されていた。鮮明な修飾、巨大な甘味。収められた八枚全ての写真に私がしっかりと写っていて、射命丸文はその中の一つを指差した。
「この無邪気に満面の笑みを晒している少女は妹さんですか?」
「私よ」
 余談だが、射命丸文だけではなく、天狗というものはえてして幼子が好きなもので、人里の子供を攫っていくことはそこそこ茶飯事ですらある。そんな奴に自分の幼少期が見られているというのは、少々危険な状況かもしれない。
「……はい?」
 私が紛れもない真実を告げると、射命丸文は素っ頓狂な声を上げた。そして続けて、私の顔と写真を、交互に見比べる。
「私よ」
「……アリスさんにこんな爛漫な時期があったってことですか……?」
 失礼極まりない。
 だいたい誰でも幼い頃はあどけないものだろう。
 つーかなんだ、今の私には可愛気がないとでも言いたいのか。
 その通りだと思う。
 射命丸文を驚かせるに至ったその写真が撮られた頃、私は生まれてから十年しか経っていなかったのだ。実は魔界人は「人」と呼ばれるだけあって、その寿命と成長速度は人間のそれにほど近い。例外的に、神綺には寿命という概念が無かったように記憶しているが。神だし。いつぞや月へロケットが飛ぶとかそんなことを言っていた時の隙間妖怪の曰くに地上には穢れとやらがあるらしいが、どうやらそういった概念は魔界にも適用されているようだ。
「あったわよ、この時十歳だもの」
「……アリスさんって魔女ですよね?」
「ええ、まあ」
 射命丸文は何かに気付いたようで、一度こちらを訝しげに見やった後、一枚の写真を取り出すと裏から表からと穴が空くほどに見つめながら言った。
「そんな前に、こんな綺麗な写真が撮れるとは思えないんですけれど……」
 ああ。
 そういえば、文は私が魔界出身だということも、元人間だということも、知らないのか。無理もない、言っていないのだから知る由はどこにもない。
 魔女の寿命は人間や魔界人よりも遥かに長いから、私がパチュリーのように百年単位で生きているものだと思うのも当然といえば当然のことであった。私の年齢はまだ二桁で、更に言うと、博麗霊夢や霧雨魔理沙ほどではないが、人間だったとしてもまだ若いと言える年齢帯だろう。そのことすら、知っている者はそれこそ家族くらいのものだろうけれど。
「ああ、それはね――」


「へええ、アリスさんって昔は人だったんですか」
「魔界の、だけどね」
 数分の説明。射命丸文は射命丸文らしく、手帳片手に私の話を真剣に聞いていた。魔界の話などはメモまでとっていたものだから、記者の職業病も深刻だ。こんなの、記事にできることでもなかろうに。別段面白いことなどない。
「ではこの写真に写っている方々は」
 先ほど取り出した写真を私に示す。私だけではなく神綺も夢子もルイズもユキもマイもサラも写っている、いわば集合写真であった。
「ご友人……ということはありませんよねアリスさんですし」
「そうね今も友人なんて一人たりともいないものね」
「うっ……アリスさんって結構意地悪ですよね」
 私は笑って、射命丸文は笑わなかった。
「左から、夢子、ユキ、マイ、私を挟んでルイズ、サラ。全員私の姉よ。後ろにいるのが母親の神綺」
「姉妹という割には似てませんね」
 私が指し示す先を順に見ながら、射命丸文が呟く。
「似てる姉妹のほうが珍しいと思わない?」
「まあ、それもそうですか」
 吸血鬼とか、覚りとか、騒霊とか。
 そうでなくても血の繋がりがないのだから、私と家族の面々と、あるいはそれ以外の組み合わせであっても、性質が似るわけがなかった。そう考えると、覚りの姉妹には母親がいるのだろうかとか、だとしたら自分の娘に種族名であるさとりとそのまま名付けるセンスはどうなのかとか、まあそれはどうでもいいといえばどうでもいいのだけれど、血縁のある姉妹なのに性質が似ていないとするのならば、あの吸血鬼や覚りやその他諸々の姉妹は理論的にはおかしなことだと言っていいと思う。それが幻想郷だと纏めてしまえば、それまでなのだけれど。隙間妖怪の言葉を借りるならば、常識と非常識の境界とやらの効果だ。
「しかし、アリスさんに家族がいるとは意外ですねえ……何と言うか、天涯孤独を地で行っているイメージでした」
「あら、アリスちゃんは寂しがり屋だしそんなクールでもないはずなんだけどねぇ」
「いえいえアリスさんは高嶺で近寄り難……」
「……」
「……」
「……」
「アリスさんのお母様!?」
「はあ!? ママ何しに来たの!?」
 いつの間にやら私の右側には神綺がいた。出てくる時には先に連絡しろと散々言っておいたはずなのだが、そんなことを守る能も覚える脳もないのがこの母親だ。
「アリスちゃんの顔が急に見たくなって、つい」
「すぐ別れるカップルみたいな軽々しいノリで結界と世界を飛び越えないで!」
 独り立ちして幾年も経ったと言うのに、未だに子離れできない唯一神がそこにいる。夢や幻覚ではない。いつからそこにいたのやら、どうやってここに来たのやら、そんなことは、愚問としか言い表せないのであろう。溢れる質問を飲み込んで、とにかく頓珍漢な母親に噛み付いた。
 なにようと膨れっ面の母親に興味を抱いたようで、射命丸文は記者の顔になりペンを構えてしまう。
「軽々しく幻想郷に出入りできるなんて、お母様は相当の実力者とお見受けしますが……どういった種族で?」
「しゅ、種族……? えーっと……何だろう……」
「神でしょ」
 ああ、これでも魔界神、世界を一つ統べている人物だということを、一体どれほどの人が信じてくれるだろう。きっとこっちの妖精たちと思考レベルがイコールで結ばれる。
 世界を作るほどの力があるのに頭が弱いからただ強く恐ろしいだけの妖怪たちより数倍は手が付けられないし、頭が弱いのに世界を作るほどの力があるからただ弱く幼いだけの妖精たちより数倍は手がかかる。下手をしたら氷精以下の知能と隙間以上の能力を持っているのかもしれないという歪さを誇る私の母親の、何を思ったのか突如にもほどがある来訪。面食らうどころではないとしか感想が出てこない。親が寺子屋に来ると恥ずかしいとか何とか人里の子供達が言っていたのを聞いたことがあるが、全く、その通りだと思う。
「神、ですか。だとしても結界を通り抜けるなんて、中々やろうとしてできることじゃないですよ」
 射命丸文はどうやらまだ彼女が馬鹿だということに気付いていないらしく、凄いですねーと声を漏らしながら取材紛いの行動に精を出していた。
「結界というと……ああ! 紫ちゃんの得意なアレね! あれくらいなら、まあ、破壊するとかならまだしも……通るだけならそんなに難しくないわよ?」
 神綺がそう答えた途端、射命丸文はあからさまに眉を顰めた。
「紫ちゃん……?」
 確かに、世界の守護者が余所者にそのような呼ばれ方をしているというのは、間違いなく変な感覚だろうと思う。私だって誰だか知らないおじさんが「神綺ちゃん」って呼んでいるのを聞いたら、常識が覆されたような妙な心境に包まれるであろう。あとなんか犯罪臭さもある。
「基本的に自分以外は子供みたいに扱うのよ、ママは。神だし」
「神だしって……神なんて一山いくらの大安売りでしょう」
 幻想郷に生まれ幻想郷に育ち――もしくは、多神教の日本に生まれ育っている者にとって、神というのはその程度のものでしかないのであった。少しばかり自然の力を操れるくらいのことで、あとは妖怪と何ら変わらないような存在でしかないと思うのは、どう考えても仕方のないことだ。
 勿論、その辺りを彼女が解っているとは思わないしまともに説明できるとも思わなかったから、先に横から口を挟んでおく。
「魔界の神っていうのは唯一神なの。幻想郷みたいな、何にでも神がついているって考え方はむしろ珍しいのよ。ママは魔界を作って、治めて、守ってるわ」
 ほうほう、と射命丸文は頷きながらまた手帳に何かを書き込む。実は出鱈目に書いてるんじゃないだろうかという疑念が生まれるくらいに、素早く、流れるような手つきで。
「ということは、世界全部を掌握しているというわけですか……アリスさん、こんな凄い方が親類にいるんだったら、もっと早く紹介してくださればよかったのに」
「なんでパパラッチに親戚を売らなきゃなんないのよ、根も葉もない身内の恥が晒されるなんてたまったものじゃないわ」
 根も葉もある身内の恥が晒される可能性の方が高いような気もする。
 別に親を心底軽蔑するだとか見下すなんてことは神に誓ってないと言い切れるが、だがしかし、先ほどからの受け答えからも分かるように、相変わらず、どうにも頭が足りていない感が拭えないのであった。悪い神ではないというのはフォローになるだろうか。
 そんなことを娘に思われていることにまるで気付かない母親は、笑顔でへらへらと射命丸文と話し込んでいる。私は緊迫した面持ちでずっと聞き耳を立てなければならない、何故ならば何かしら余計なことを言わないのか心配で気が気でないからだ。例えば。
「さて神綺さん、アリスさんの幼少期――別に幼い頃に限る必要はありませんが――彼女について何か面白いことなどありませんか?」
 こういうもの。射命丸文はチャンスだと思ったのだろう、私のことを聞き出そうと試み始めた。
「そういうのはアリスちゃんが可哀想よ」
 しかし、予想外にも、今日初めての母親らしい発言が出た。思いもよらない助け舟であった、思わずガッツポーズ。はしたないわね、と自分の中の淑女が優しく諭してくれたので、小振りなものになったけれども。
 だが、まあ、しかし。
 射命丸文は頭がいい。
 その程度の反旗など翻した内にも入らないとでも言うように、立て板に九天の滝といった感じで話し始める。
「お母様ということですから存じ上げていることと思いますが、アリスさん、どうにも人間関係を築くのが苦手でですね、ともすれば家に籠って人形遊びに精を出してしまうんですよ。本人もそれをどうやら気にしているようですから、周囲からの親しみやすさを高めてくれるような、そんなお話を是非聞かせて頂きたいのですよ」
「あら、そういうことなら」
 ダメでした。歯を喰いしばる。あの神なら、娘の恥を容赦なく言い放ちかねない。言っていいことと悪いことの区別なんて付いているはずがない。何としても止めるべきかもしれないが、しかし世界の神と風神少女を一人で相手取ることなど不可能に思えたし、それに、あまりにも野暮なことを言って折角の友人との空気を悪くすることは憚られたので、とりあえずは様子を見ることにする。
「えっと……この子、家じゃあ末っ子で、姉が五人ほどいるのだけれど」
「ほうほう?」
「そのうちの一番上が夢子って言って、スゴくキチンとして怖い子なのよ」
 射命丸文の目がらんらんと輝き始めた。さてどうやってスクープしてやろうかという下世話な好奇心が、対人関係の乏しい私にすら容易に感じ取れる。まずい、嫌な予感がする。心当たりしかない。数秒――私にとっては千秋のようであったが――その溜めは、これから話が落ちることを意味している。暑くもないのに冷や汗が流れてきて、そして、時が止まったかのような緊張感が、声によって打ち砕かれた。
「十二歳の時にその子に告白して振られてるのよ」
「文放して! そいつ殺せない!」
 瞬間のこと。左手を握って後ろに引き、出来る限り最大限のダメージを与えられるように魔力を装填した。まさに捻った上半身から力が解き放たれようとした――しかし、その魔力が発散されることはなかった。文が私の左肘を抱え込んだのだ。勢いが殺されただけではない、そのまま左腕が固定されてしまう。しかし、ここまでは想像の範疇であった、幸いにも私には腕が二本ある。状況確認には一切のラグを生じさせたつもりはなく、行動はほぼ同時だったはずだ。しかし右腕を体の前に引きつけたところで、またしても左側の鴉天狗は私の行動を阻害する。正確にはその時にはもう「真後ろの鴉天狗」になってしまっていて、右肘を掴まれ後ろに持って行かれてしまう。左腕をいったん放し、後ろに回って、尋常ではないスピードで私の両腕を後ろで固めたと見える……後ろだから見えないけれども、背後に無理矢理固定された腕から伝わる感覚から、繰り広げられている模様はおおよそわかる。流石に幻想郷最速、くノ一かというほどの早業で、私の攻撃は呆気なく抑え込まれてしまった。そんなに技術的な固め技でもないだろうに、力では振りほどけそうもない。普段から筋力トレーニングをしていなかった自分を怨む。
「くっ、殺せ!」
「なによアリスちゃん、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「アリスさんはレズビアンの上にシスコン……文、覚えましたし」
「えげつない偏向報道をたった今垣間見たわ!」
「それともユキちゃんに見せられたホラー映像のせいで十四歳から十六歳まで寝るときは夢子ちゃんの寝室にお邪魔していた話の方が良かった? あとは八歳のときにマイちゃんの悪戯で虫の玩具を自分の部屋に置かれて数時間泣き喚いた話とか」
「お願いだからちょっとだけ黙ってよ! 私ママに恨まれるようなことしてないでしょ!?」
「……アリスさん」
「やめて! 慈しむような優しい声で名前を呼ばないで!」
「まあまあアリスちゃん、昔の話じゃない」
「帰れーーーッ!!!」


 嵐は過ぎ去った。わーんアリスちゃんに怒られたーだとかなんとか喚きながら、神綺はどこへともなく走っていった。溜息を零すと、少しばかりのしじまを経て、背後の鴉の声。
「……アリスさん」
「何よ、もうママいないんだから放しなさいよ」
 未だに私の腕を放そうとしない射命丸文を、視線を送ることすらせずに論う。
「おっと、これは失敬」
 私の言葉に彼女は素直に従い、私の前方へと移動すると反省したのかしていないのか、曖昧な苦笑を作った。
 肩をぐるりと三週ほど回し、肘を曲げ伸ばしして音を鳴らす。肩や腕に異常はないようだが、非常に、非常に疲れた。二年分くらいのエネルギーを消費した気分である。
「さっきちょっと泣いてましたよね? 心配しなくても記事にしたりしませんって」
「うるさい」
「怖いですよう」
 そりゃそうだ。とんでもない方面からとんでもない辱めを受けてしまったのだ。もはや立ち直ることも容易ではない。私がこちらに来てから築き上げてきたクールビューティーの砦が、いとも容易く、砂場の城の如くに破壊されてしまったのだから、私は現在とても怒っている。口を利かないと言って断交しないだけ感謝してもらいたい。
「私が悪かったですって、悪ふざけが過ぎただけなんですよー」
「悪ふざけで他人の汚点をとても軽々しく暴露される側のことを考えなさいよ」
「……怒ってます?」
「かなり」
 射命丸文が、少しは反省したのだろうか、むむむと唸って俯く。
 射命丸文は喧しい、女一人で姦しい。そんな彼女が何も言えずに黙りこくってしまっているというのだから、この室内の空気が非日常に包まれているということがよくわかる。
「機嫌直してくださいよ……口外するつもりはありませんし、そういうの、結構カワイイと思いますよ、私は」
 しかし沈黙の中に投げ入れられているという状況は彼女にとっては活性酸素ボンベを吸わされているようなものであり、何とか場を持たせようと苦し紛れにも言葉を紡いでいく。必要以上に陽気に、そして元気に。
 沈黙は金、雄弁は銀だという言葉があるが、そんなものは時と場合と場所によるものだと思う。両方を操れるのが最も良い、諺に則って表現するならば金剛石とでも言おうか。しかしどうやら、射命丸文は、精製されて輝く銀しか所持していないようだった。
「馬鹿にしてるんでしょ」
「とんでもない。先ほどお母様にも言ったように、アリスさんは孤高で、何やら近付くなオーラを発して生活しておられますから。一見完璧超人に見えるんですが……そういう一面が見れるというのは、わりとチャームポイントなんですよ? 外の世界では『萌え要素』だなんて言うそうで。アリスさんにご友人が少ないのは、そういう所に原因があると私は思いますが」
 ……。
 まあ。確かに、射命丸文の言うことが本当だったとすれば、あまり落ち込む理由はなくなるのだけれども。
 言われてみれば、射命丸文の言う事にも一理あるような気がする。十六夜咲夜は瀟洒なメイドかと思わせておいてたまにとんでもないドジをやらかすものの、人望は厚い。霧雨魔理沙は茸採集に勤しむあまり家の中は酷い有様なのだが、だからこそなのか、妖怪がちょくちょく世話を焼きに行く。そういうものなのかもしれない。
「おっ、いい表情ですね! 恥辱に震えるアリスさんも可愛らしかったですが、そういう前向きな笑顔の方が美人が映えますよ!」
 そして、シャッター音。射命丸文は口が上手い。それがお世辞であったとしても、褒められて気分の悪くなる者はいないのだ。私が解れてきているのは射命丸文にも伝わっているようで、カメラをわざとらしく構えると、凛々しい顔を作っては自信ありげに言った。
「そういえば、此方に来てから写真は残されていないようですから……これからは私が写真を撮ってアリスさんの美しい日々をアルバムに綴って差し上げましょう」
 鼻を鳴らして。
 そんな彼女を見ていたら、私にも悪戯心が芽生えてしまった。このままでは終われない、なんて。
 だから私は、少しばかり私にとってすら恥ずかしい台詞だったけれども、淀みなく、発音する。先ほどまでの怒りの感情は、最早どこにもなかった。
「それは、プロポーズと受け取っていいのかしら?」
 精一杯、余裕綽々という雰囲気を取り繕って。
 少しでも射命丸文に意趣返しができればよかったのだけれど、どうやら想像よりも大きな動揺を与えられたようだ。私がここで反撃を繰り出すのは予想外だったらしい。一瞬動きが止まり、顔が赤く染まっていく。意外と想定外の事態には弱いのかもしれない。漫画ならボン、なんて効果音と共に湯気が描かれていることだろう、なんてことを考えながら、私は続ける。
「あら、いい表情するじゃない。自信満々な笑顔も可愛いけれど、恥辱に震えてる方が美人が映えるんじゃない?」
 ぐぬぬと唸り、射命丸文は普段からは考えられないような、絞り出したような声で答えた。
「……アリスさんって、本っ当に意地悪ですよね」
「友人が少ないのは、そういう所に原因があると私は思うけれど」
 私は笑って、射命丸文は笑わなかった。
 中々私の頭も捨てたものじゃあない。してやったりといった感じで、今日のところは引き分けにしておいてやろうと思う。
 どうせ私がどう思おうと、射命丸文がどう台詞を吐こうと、私がこれから幻想郷で生きていく限り、思い出の断片の数々に射命丸文が見切れているのであろうし、どうせ私が茶化しても茶化さなくても、次にアルバムに差し込む写真には、射命丸文が写っているのであろう。
 それは、
 さながら、家族のように。
「……お母様のことママって呼んでる癖に」
「うっ……どっちかが舌噛み切るまで続くデスマッチでもするつもりなの?」

八作目です。おはようございます。
お互いにちょっかいを出しあう文アリが本当に尊い。増えろ……増えろ……
倫理病棟
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.920簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
増えろ増えろ
7.100名前が無い程度の能力削除
増えろ…増えろ…
8.20名前が無い程度の能力削除
繋がりが全くわからん、文にとって一番興味なさそうな対象な気がするが
9.70名前が無い程度の能力削除
文アリのテンプレ~アホ神を添えて~、という感じですね、好物です

ただ、個人的に前回の百合厨路線に某かの可能性を勝手に感じているのでそっちでの文アリ展開も見てみたいかな~、と

つまり増えろ…増えろ…増やしてぇ…増やしてぇ…
14.90名前が無い程度の能力削除
フエロ...フエロ...
15.90名前が無い程度の能力削除
フエロ…フエロ…フエロ…
ちょうど文花帖でアリスをやったあとだったので気持ちが高まってしまいました。
文もアリスも可愛いよ
19.70鉄球削除
執筆お疲れ様です。
可愛い文アリでした。
家族ならでは、の弱点ですね。
24.100名前が無い程度の能力削除
「そうね今も友人なんて一人たりともいないものね」
この返し本当に大好き