「ねぇねぇ! 一緒にチョコレートを作ろうよ!」
二月になっても氷のように冷たい風が吹く紅魔館の門。
門番をしている紅美鈴に笑顔で話しかけるのはこの館の主の妹、フランドール・スカーレットだった。
かつて地下室に籠りがちであったフランも今では庭先へと出て活発な姿を見せてくれる。そしてよく門番をしている美鈴のところへ遊びにやってくるのだ。
美鈴は頭を回転させてすぐにフランの思いをくみ取る。
「あはは。なるほど。もうすぐバレンタインデーですからねぇ」
「そうなの!」
目を輝かせてフランが一歩美鈴に寄った。
この幻想郷にバレンタインという風習を広めたのは外の世界からやって来た早苗である。早苗は外の世界の様々な様子を求められるままに話しただけなのだが、幻想郷の乙女たちはバレンタインの話に目を輝かせて想い人へのお菓子作りに励むようになり、今年の幻想郷はあちらこちらで甘い香りが漂っていた。
バレンタインデーまであと数日。
美鈴もフランも新年の博麗神社での宴会で早苗からバレンタインデーの話を聞いていた。
「ところで妹様はどなたに贈るのですか?」
しゃがみ込んでフランと同じ視線に合わせた美鈴が笑みを浮かべながら小首を傾げると、フランは顔を真っ赤にして慌てふためいた。
かわいいなぁ。
そんなフランの様子だけで美鈴の心が洗われるようだった。
「あの……お、お姉さまに」
「お嬢様に?」
「そ、そう。ま、まぁたまにはプレゼントあげてもいいかなぁって」
舌が回らずゴニョゴニョと呟きながら両手の人差し指をつんつんとくっ付けるフラン。
美鈴の顔が少し真顔になりかけたがすぐに笑顔を取り戻す。
「ふふふ。きっとお嬢様もお喜びになりますよ」
「べ、別に! 喜んでくれなくていいもん! 私がきまぐれで渡すだけだもん!」
「はい、わかりました。私でよければお手伝いいたします」
「ほ、本当に!?」
パァーとフランの顔が明るくなる。
「でも、私よりも咲夜さんの方が料理がお得意と思いますよ? 咲夜さんにも声をかけましょうか?」
「ダメ!」
少しでもフランの為になるようにと進言したことなのだがフランは大きな声で遮った。コロコロと変わるフランの表情を気に留める余裕もないまま美鈴は驚いてフランの顔を見つめる。
「……その、私はめーりんと一緒に、二人で作りたいの」
両手でスカートの裾を掴みながら俯くように話すフラン。
その言葉に美鈴の頬に紅が差す。一瞬心に覆った暗い影が一気に晴れてしまった。
「はい。じゃあ二人で作りましょうか」
すぐに心の平静を取り戻すと美鈴は満面の笑みで話しかけた。
フランが両手を挙げて「やったー」と喜ぶ。
その顔を見て美鈴の心に温かい感情がじわりと滲み出してきた。
※
「貴女が門番さんなの?」
美鈴がフランと初めて顔を合わせたのはレミリアが起こした異変を霊夢たちによって解決されてからのことだった。
長年この紅魔館の門番として仕えていたが、主の妹は地下室に閉じこもっておりその顔を見ることすら一度もなかったのだ。
「……はい。紅美鈴と言います。貴女様は――」
「フランドール。フランドール・スカーレットよ、よろしくね」
門の内側から話しかけたその少女の顔を見て、美鈴は「お人形さんみたいだ」と思った。
綺麗な金色の髪に、姉と似てまだ幼い表情。しかしこの紅魔館の主である姉はメイド長である咲夜や多くのメイド妖精を率いるだけの圧倒的な存在感を持っているが目の前の幼い吸血鬼はまだ子どものようなあどけない笑みを浮かべていた。それでも気が触れていると言われていたフランに美鈴は少しばかり警戒心を持った。
「妹様。何か私めに御用でしょうか?」
丁寧な言葉遣いを意識して話しかけると、一瞬フランが悲しそうな顔を浮かべた。
「妹様?」
「あ、ううん! なんでもない!」
フランは両手をあわあわと振って視線をあちらこちらに彷徨わせる。そして笑顔を作った。
「そうだ! ねぇ、めーりん。私と遊んでよ」
「はい?」
「なんでもいいわよ。お願い。ねぇ、私と遊んで」
急なお願い事に美鈴は戸惑いを隠せない。主の妹であるからにはお願い事は出来る限り引き受けなければならないのだが、今は仕事中である。また美鈴の心にはフランへの警戒心も解けてはいない。
「そ、そうですねぇ。どうしましょう」
ドキドキしながら曖昧に相槌を打っているとまたフランの顔に悲しい表情が浮かんだ。小さな両肩が力なく沈む。
あ、と思う間もなくフランは美鈴の傍から走り出すと、すぐそこの庭先に咲いている小さな花を摘んだ。顔に近づけてぼんやりと眺める。その横顔は寂しげだった。
警戒し過ぎてしまったか。
妹様を傷つけてしまったと思った美鈴はなんとか取り直そうとして、向こうから侵入者がやって来ないのを確認してから門を開けてフランの傍へと寄った。
咲夜さんに怒られてもいいか。
そう思いながらフランの背中に立つと一緒になって花を覗き込む。しかしフランは悲しい、寂しそうな表情を崩さない。
美鈴もフランが手にしている花と同じ花を摘み取った。
「妹様は花占いをご存じですか?」
「花占い?」
思いついたことを口にしたのだがフランはきょとんを小首を傾げて振り返った。その顔から悲しげな色は消えていた。
フランの顔を見て美鈴はほっとすると手にした花の花びらを一枚抜いていく。
「好き、嫌い、好き、嫌い」
一つ一つ口にしながら花びらを一枚ずつ抜いていく美鈴の手をフランはじっと見つめていた。
やがて花びらは最後の一枚となった。
「――好き」
美鈴の手にある花びらがなくなった花を見て、フランは次に美鈴の顔を見つめる。
「これでどうなるの?」
「あはは。ただの占いです。好きと嫌いを交互に口にしながら花びらを一枚ずつ抜いていくのです。最後の花びらを抜いたときに『好き』と口にしていれば想い人と結ばれるのです」
あえて『嫌い』の場合の話は口にしなかった。
占いと言っても子どもの遊びだ。これでフランの機嫌が直るだろうかと美鈴は再び緊張した。
しかしフランは「ふーん」と声を漏らすと手にした花を見つめる。そして手を伸ばした。
「私はお姉さまのことが……」
一枚ずつ抜いていく。
「好き、嫌い、好き、嫌い」
一枚ずつ真剣に花びらを抜いていくフランに美鈴は肩の緊張が解けた。一枚一枚抜かれてフランの手にした花の花びらは最後の一枚となった。
「――好き」
その一枚を抜いた時、フランの目が輝く。
「ねぇめーりん! 好きだって!」
「ええ。よかったですね。きっとお嬢様も妹様のことが大好きですよ」
美鈴の言葉にフランは笑顔を浮かべると次の花を手に取る。
「咲夜は私のこと、好き、嫌い、好き、嫌い――」
今度は咲夜のことを想い占いを始める。すでに美鈴の心から警戒心など消えていた。
なんて可愛らしいのだろう。
夢中になって花びらを抜いていくフランの横顔を見つめて美鈴の心に愛おしい思いが浮かんでくる。
咲夜を想った花占いは『好き』だった、次にフランはパチュリーを想って占いをしたがこれも『好き』という結果だった。
「じゃあ、次はめーりんを占ってあげるね! 好き、嫌い、好き、嫌い――」
今度は自分との相性を占うフランの楽しげな横顔に美鈴はすっかり惹かれていた。背中から抱きしめてあげたい。そう思う程目の前の幼い吸血鬼は可愛らしいのだ。美鈴は笑みを浮かべてフランの手を見つめていた。
だが。
「好き、嫌い、好き……あ」
最後の一枚を残してフランの手が止まる。それは『嫌い』の花びらだった。フランに戸惑いの表情が浮かんだ。
美鈴も戸惑ったが、しかし子どもの占いである。最初から花びらの数を知っていれば運命など勝手に決めることが出来るものだ。すぐにフランにそのことを伝えようと美鈴は傍らの花を摘もうとした。
しかしそれよりも早くフランが口を開ける。
「……嫌い好き!」
フランの口が早く動くと「好き」と言ったタイミングで花びらを抜き取る。そして美鈴に振り返る。
「……私。めーりんのこと、嫌いじゃないからね。本当だからね!」
ムキになって美鈴にずいずいと顔をよせるフランに美鈴は一瞬呆気にとられながらも、すぐに笑い返した。
「はい。『好き』でしたからね」
「うん!」
「楽しんでいただけましたか?」
どうやら自分の心配は杞憂に終わったようだ。安心した美鈴がフランに視線を送ると、フランはさっきまで楽しげだったのにまた悲しそうな顔をする。
「本当はお姉さまと遊びたかったの」
小さく消え入りそうな声で話すフランに美鈴は目を丸くして見つめていた。
「お姉さまは幻想郷に来てから異変を起こすことばかり考えて、ちっとも私と遊んでくれないの。ずっと寂しかった」
フランの目に涙が浮かんできているのに気が付いて、美鈴は黙ってフランの顔を見返していた。
「だからずっとお部屋に籠っていたの。お姉さまが遊びにやって来てくれるのを待っていたの。でも、来てくれなかった」
フランの喉の奥から嗚咽が漏れる。両目からはポロポロと涙が零れ堕ちた。
「大丈夫ですよ、妹様」
優しい声にフランが顔を上げると美鈴はニッコリと笑っていた。
「お嬢様が異変を起こしたのは自分たちは力ある吸血鬼であると誇示したかったからだと思います。お嬢様も妹様と遊びたかったと思います。紅白の巫女さんたちに負けちゃいましたけど、異変が終わった今はお嬢様も妹様のことを今まで以上に気にかけてくださいますよ」
「本当に?」
「ええ」
美鈴の言葉はけっしてその場しのぎの軽いものではなかった。吸血鬼としてのプライドをかけて異変を起こすことばかり気をとられ、疎遠になってしまった妹とどうしたら仲を取り戻せるか、レミリアも思案していたことを咲夜から聞いていたのだ。
安心させるように話しかける美鈴にフランが控えめに答える。
「めーりんも、これからも一緒に私と遊んでくれる?」
「……はい!」
美鈴の返事にフランは頬に涙を流しながらも、ニッコリと笑った。
その笑顔に美鈴の胸がドキリと一つ高鳴る。
あろうことか、主の妹様に惹かれてしまった。
胸の中に幸せな気持ちと同時に罪悪感も湧いてきたのを覚えたのだった。
※
「さて、さっそく作ってみようよ」
「はい、妹様」
紅魔館のキッチンにて美鈴とフランは並んでエプロン姿になっていた。
目の前にはこの日休暇だった美鈴が朝から人里で買い込んできたチョコレートが用意されている。
「その前にね、ね? どうかな? 似合ってる?」
美鈴の前でフランがその場で一回転。フリルのついたエプロンの裾が翻りフランがウインクをする。
「はい、とってもお似合いですよ」
目尻が下がるのも覚えず美鈴が心から本音をフランに伝える。
「えへへ」
満足そうに頷くとフランはチョコレートを手にした。背が低いので台の上に乗ってキッチンの前に立っている。
あー……やっぱり可愛らしいなぁ。
幼い吸血鬼のエプロン姿の背中を見つめて口の中で言葉にならない言葉を漏らす。
異変の後、美鈴の言った通りフランのもとにレミリアが足を運ぶことが多くなり疎遠だった吸血鬼の姉妹は仲を取り戻した。それにつれてフランの表情も明るくなっていき美鈴の前で悲しげな顔をすることはなくなった。
もちろん美鈴のところへ遊びにくることも多い。休みの日にはフランに付き合って一日遊んでいたこともある。
しかし……。
ふっと美鈴の顔から笑みが消える。フランと時間を過ごすようになって自分の心の奥にある感情が芽生えているのを覚えた。
それはとても甘く、そして罪悪感を美鈴に味わさせた。
「ねぇ、チョコレートってどうやって溶かすの?」
「え? あ、はい。そうですね」
フランの声に我に返った美鈴は慌てて笑顔を作るとフランと並んでチョコレートを手にした。
いけない、いけない。妹様の前でこんな顔は見せられない。
そう思いながら手にしたチョコレートをまじまじと見つめるのだが。
「……えーと?」
「めーりん?」
「どうやって溶かすんでしょうね? 咲夜さんなら知っているはずでしょうけど」
小首を傾げて「えへへ」と笑う美鈴、料理など不得手なのだった。今ではこの紅魔館の食事は全て咲夜頼みである。咲夜が紅魔館にやって来るまでの食事を思い返して「うへぇー」と二人して苦い顔をする。どうやらなかなかえげつない料理が毎日三食出ていたようだ。ありがたやメイド長・咲夜。ちなみにかつてそのえげつない料理をこっそり作っていたのは、誰であろうレミリアお嬢様だということを二人は知らない。
「どうしよう……」
「そうですねぇ、やっぱり咲夜さんに教えてもらいながら作った方がいいんじゃないでしょうか?」
「うー……」
美鈴が提案するもフランは片頬を膨らませて不満げな顔を浮かべる。
その顔が可愛いのだが見惚れている場合ではない。どうしたらいいか。美鈴が困りきった時だった。
バサリ。
何かが落ちる音がした。
美鈴が振り返ると広い流し台の向こう側に一冊の本が置かれていた。
「……『カンタン! バレンタインデー・チョコの作り方』?」
「え? 何それ! 見せて見せて」
美鈴が口にした本のタイトルを聞いてフランの顔に笑顔が戻ると、ピョンピョンと飛んで本を欲しがる。手渡された本をめくると、最初の方にチョコレートの溶かし方が載っていた。
「ふんふん。えと、湯煎……お鍋にお湯を沸騰させて、その上にボウルを置いて……ふんふん」
熱心に読みふけるフランの後ろで美鈴が小首を傾げる。
こんな本ここにあったっけ?
数十分後。
キッチンの中でチョコレートの香りが広がっていた。ボウルの中のチョコレートは程よく溶け出していた。
「うわぁー、お上手です妹様。美味しそう」
「そう? 嬉しいな」
フフフーンと鼻歌を歌いながら上機嫌にヘラを丁寧に動かす。ドロドロになったチョコレートがかき回される度に甘い香りが美鈴の鼻腔に飛び込んでくる。
「ところで妹様。どのようなチョコレートを作ろうと思っているのですか?」
「えとね。ハート型にしたいな」
本にはシフォンにしたり、ケーキにしたりと色々種類が載っていたが、どうやらあまり手の込んだチョコレートは作らないらしい。
まぁ私も妹様も料理をしないからシンプルなのでいいけど。
どうやらチョコレート作りにそんなに慌てることはないと美鈴が思ったときだった。
「あ。ねぇめーりん。ハートの形したアレ用意してー」
「わかりました……えーと?」
ニコニコと笑いながらフランに背中を見せた美鈴だったが、すぐに立ち止まる。
フランの言っているアレとは何のことかはわかる。溶かしたチョコレートを注ぎ込むハート形の容器だ。名前は知らないが。
さて問題はこのキッチンのどこにそれが収容されているかだ。
普段ここは咲夜しか出入りしない部屋である。今日も咲夜がいない隙にチョコレート作りを始めたわけだが、鍋もボウルもヘラも探すのに時間がかかった。
先に探しておけばよかった、と後悔しても遅し。
とりあえず目の前の棚から調べようと美鈴の両手が伸ばされたときだ。
カタン。
また流し台の上に何かが置かれる音がして振り返ると、美鈴の目の前にバットとその上にハート形の容器が一〇個ほどキチンと並べられていた。もちろん、こんなの先ほどまでなかった。
「ありがとー、めーりん」
チョコレート作りに集中しているフランは気が付いていないらしくヘラを動かし続けていた。
ポカンとしたが、さすがに気が付いた。
キッチンの入り口の方を見ると、そこにいたずらっ子な顔をしたメイド長が上半身だけ覗かせて「しーっ」と人差し指を口に当てていた。そして軽くウィンク。
なぁんだ、バレていたんですね。
美鈴は大げさに両肩をすくめてみせて、そしてウィンクで返した。咲夜は頷くとそっと影に隠れる。
後でお礼を言わないと。
そんなことを思う美鈴の袖をフランが引っ張る。
「チョコレート溶けたよ。めーりん、お願い」
「あ、わかりました」
フランと交代して今度は美鈴がキッチンの前に立つ。チョコレート作りの前に二人で話し合った役割分担。今度は美鈴の番だ。すっかり溶けきったチョコレートを丁寧にヘラで容器に注いでいく。
その仕草をフランはじっと見つめていた。
やがて全てのチョコレートを注ぎ終えると美鈴は冷蔵庫へと入れる。
数十分後には初めての手作りチョコレートが完成していた。
「出来た! 出来たよ!」
フランが大きく喜ぶ。その横顔を見て美鈴も笑顔が浮かぶ。
「よかったですね。きっとお嬢様もお喜びになると思いますよ」
「この最初のチョコレートはパチェにあげよ」
「え? パチュリー様に? お嬢様のではないのですか?」
「うん! あのね、皆にあげようと思うの。咲夜にも小悪魔ちゃんにも、もちろんめーりんにも!」
目の前でフランがニコッと笑った。
「い、妹様」
心に温かい感情が湧いてくるのがわかった。
しかし同時に冷えたチョコレートと同じくらい冷たい思いもまたじわじわと浮かんでくる。
「さ、そろそろ咲夜が来るかもしれないから今日はここまで。また明日作ろ、めーりん」
複雑な思いを誤魔化そうと美鈴は作り笑いを浮かべながら頷いた。
※
これは……想ってはいけない気持ちだ。
翌日、再び二人きりのキッチンでチョコレートを溶かすフランの横顔をじっと見つめてながら美鈴は気持ちの整理をしていた。
まだ幼い横顔。
明るくて、笑顔が似合う彼女。
彼女を自分一人のものにしたい。
二人で時間を過ごしてきた中で美鈴に芽生えた純粋な恋心。
しかしそれを自覚すると同時に強い罪悪感も芽生えてくる。
自分はこの紅魔館の門番に過ぎない。相手はこの館の主の妹様だ。ひどく釣り合わない。お嬢様はきっと認めてくれないだろう。
そう思い、ひたすら隠してきた気持ち。しかしフランといると、フランに話しかけられたり笑いかけたりすると恋心はあふれ出そうになる。
この想いは妹様は知らない。
目の前のフランは一心不乱にチョコレート作りに励んでいる。大好きな人に贈るために。
でも、それは自分ではない。
「溶けたよー。めーりん」
「あ……はい、じゃあ次は私がしますね」
いつからだろう、妹様の前で作り笑いをするのが上手になってしまったのは。
フランと立ち位置を交代して美鈴はボウルを手に取るとヘラでチョコレートを容器に注いでいく。
これは罰なのだろう。身の程知らずの自分への罰なのだろう。
美鈴の顔が真顔になっていく。が、すぐに小さく頭を振ってチョコレート作りに集中する。横でフランがじっと美鈴を見つめていたからだ。
いけない。今は、こんなことを考えてはいけない。
チョコレートの甘い香りが美鈴の心の奥まで染み渡る。
やけに苦い味がした。
※
バレンタインデー当日。
パチュリーと小悪魔にチョコレートを配ったフランと美鈴は並んで廊下を歩いていた。次は咲夜に渡そうと思ったのだが部屋にいなかったので、レミリアの部屋に向かっていた。
「あー、緊張するなぁ」
「大丈夫ですよ。きっと喜んでくださいますよ」
「本当?」
「本当です」
不安げな顔をするフランに美鈴が笑って勇気づける。決してお世辞ではない。
でも、妹様が自分にだけ贈ってくれたのなら、どんなに嬉しいか。
そんな悪い考えがまた頭をもたげてくる。そんな自分が嫌いだった。
やがてたどり着いたレミリアの部屋の前で、美鈴とフランは互いに顔を見合わせて頷いた。
美鈴が立って部屋をノックする。
先に美鈴が部屋に入り、後からフランがチョコレートを持ってレミリアに渡すサプライズをフランが企画したのだった。
「失礼します」
そう挨拶をして美鈴が部屋の中へと入る。
絶句した。
「おや、美鈴か。どうした?」
「あら美鈴」
視線の先にはソファでレミリアとくっ付きそうなほど顔を近づけた咲夜とレミリアの二人。レミリアは片手で咲夜を引き寄せていた。咲夜の手にはチョコレートが握られていた。それをレミリアが咲夜の指先ごと口に含む。
「お嬢様。美鈴が見てますわ」
「ふふ、美鈴もこの紅魔館の家族じゃない。どのみち皆もわかることよ」
戸惑う咲夜をレミリアが口の中でチョコレートを転がしながら笑って答える。
二人の空気に美鈴の体が固まった。この二人の間柄も、そしてレミリアのためにチョコレートを作ったフランが部屋に入ってきたらどんな顔をするかわかってしまった。
「どうしたの? そんなところで固まっちゃって」
「え? いやー、あの……」
そうとは知らない美鈴が適当に言葉を漏らす。レミリアは「うん?」と小首を傾げた。
しばらく部屋の中で沈黙が走った。
言い訳をして一度出直そう。
ようやく美鈴の口が開こうとした時だ。
「めーりん、遅いよー」
待たされたフランが不満げな顔をして部屋に入ってきてしまったのだ。美鈴は慌てて振り返るがフランはまっすぐにレミリアと咲夜を見ていた。
美鈴の背中に冷や汗が流れる。
ダメだ……もう妹様の悲しむ顔なんて、見たくないのに。
逃げ出したくなって、だけど逃げることが出来ない美鈴は目を閉じた。
だが。
「お、お姉さま……そ、そのチョコレートを作ったの」
横から聞こえてくるフランの声は控えめな小さな声。しかしそこに戸惑いの影は一つもない。
はっとして目を開けるとフランは顔を赤くして、もじもじと視線を彷徨わせていた。嫉妬など微塵もない。姉に素直になれない恥ずかしがり屋の妹の姿だった。
呆然としている美鈴の前でフランはとててと早足でレミリアのもとに寄ると、チョコレートが入った袋を乱暴に突きだす。
「い、いらないんだったら別にいいけど」
「フランが作ったの?」
「私だけじゃないもん。めーりんも一緒に作ってくれたよ。ね、めーりん」
フランが振り返りレミリアも美鈴に視線を向けた。とっさに「あ、はい……」と情けない声が口から出てしまった。
「そうなの? 嬉しいわ、もちろん貰うわよ」
手を伸ばしてフランのチョコレートを受け取ったレミリアは目を細めた。心から喜んでいるようだ。
「まさかフランからチョコレートを貰えるなんてね。ありがとう、フラン」
「……えへへ」
美鈴からは背中しか見えないがフランは顔を崩して嬉しそうにしているのがわかった。レミリアの隣にいる咲夜のことなど気にも留めていないようだ。そればかりかフランはもう一つ袋を取り出すと咲夜へと差し出す。
「これは咲夜のだよ」
「私にですか? ありがとうございます」
「それじゃあね」
咲夜がうやうやしく頭を下げるのを見て、フランは美鈴のところへと早足でやって来るとその手を引っ張る。
「い、妹様?」
「ほらほら。行こうよ」
引っ張られるまま美鈴はレミリアたちに頭を下げるのも忘れて部屋を出て行ってしまった。
※
「はい、これはめーりんの」
「……ありがとうございます」
レミリアの部屋を後にしてやって来たのはたくさんの人形が飾られたフランの部屋。
ベットの端で二人は並んで腰を下ろしていた。
「……どうしたの?」
「い、いえ! なんでもありません」
首を傾げるフランの声に慌てて大きな声で返事をしてしまう。だがすぐにその表情が困惑したものになる。納得が出来なかった。
「あの、妹様。一つお聞きしたことが」
「うん、なぁーに?」
「その、一番チョコレートを贈りたかったのはお嬢様なのではなかったのですか?」
美鈴の問いにフランの目が丸くなる。
あぁ、やはりか。
頭の中で最悪なイメージが浮かぶ。
やっぱり妹様、先ほどのお二人を見て悲しまれて――
「違うよ」
だがそんな美鈴の想像をフランがぶった切る。
「え?」
「違うよ、めーりん。その……ごめんなさい」
フランが小さく頭を下げる。美鈴はすっかり混乱していた。
どういうことなのか。
ごめんなさいとは、何に対してか。
俯いたままフランは話を続けた。
「嘘をついていたの。お姉さまにチョコレートを贈りたかったのは本当だけど、その……一番に贈りたかったのはめーりん」
「わ、私!?」
自分の名前を呼ばれて美鈴は飛び上がりそうだった。顔が真っ赤になる。
「うん……寂しかった私と一緒に遊んでくれためーりん。優しいめーりん。いつも傍にいてくれためーりんに贈りたかったの」
顔を上げたフランも真っ赤だ。
鼓動が早くなってくるのを覚えた。
心に温かい気持ちが溢れて来る。もう暗い気持ちは湧いて来なかった。
フランが手を伸ばして美鈴の手にあるチョコレートの袋を開けた。中から一つずつチョコレートが取り出される。
フランの掌の上にハート形のチョコレートが五つ載せられる。五つのチョコレートはそれぞれ向きを四方に向けていた。
まるで花が咲いているように。
「めーりん、口を開けて」
言われるまま美鈴が口を開くと一つ、チョコレートがフランの細い指先で入れられる。
「好き」
美鈴が口の中でチョコレートを転がすと口の中いっぱいに甘味が広がった。そのうちにチョコレートは形を失う。自分自身の体温が高いのを覚えた。
チョコレートを飲み込むのを見てフランが次のチョコレートを美鈴の口元に運ぶ。
「嫌い」
じっと見つめているフランの顔はすでに白いところが見えないほどに赤くなっていた。
「好き」
三つ目のチョコレート。美鈴の心にフランへの恋心が溢れかえってくる。もう罪悪感など覚えないのだが、その代わりに浮かんでくるものがある。
これって、は、恥ずかしすぎる!
「嫌い」
口の中に四つ目のチョコレートが入れられる。
嬉しさ。恥ずかしさ。喜び。不安。そして愛しさ。
感情が入り混じって頭の中が混乱しているのだろうか。
美鈴の目にうっすらと涙が浮かんできた。
フランの指先が最後のチョコレートを摘まんだ。
「……好き」
そうして美鈴の口元へと寄せていく。美鈴は目を閉じて口を開けて待った。
が。
いくら待ってもチョコレートが来ない。
目を開けるとフランが顔を赤くしながらもいたずらっ子の顔をしていた。チョコレートを摘まんだ指先は宙で止まっていた。
「ねぇ、めーりん」
「なんでしょうか悪戯好きの妹様」
「このチョコレート欲しい?」
「死んでも欲しいです」
「じゃあ、さ」
フランの顔からいたずらっ子の顔が消えて恥ずかしそうな顔が再び浮かぶ。
あぁ、やっぱり可愛い。世界で一番、可愛い。
美鈴がうっとりとフランの顔を見つめているとフランは小さく話しかけた。
「名前……私のこと、名前で呼んでよ」
「……名前」
「うん。『妹様』なんて呼ばないで」
部屋の中が静かになった。
フランが摘まんでいるチョコレートが溶け出してきていた。
「……フラン、さま?」
「様いらない」
「……フラン」
名前で呼んでもらえたフランがパッと明るい顔になる。
「めーりん、大好き!」
そう叫ぶように告白すると指先のチョコレートを口に含み、そして飛び込むように美鈴の唇に重ねた。
一心不乱にチョコレートと美鈴を味わおうとするフラン。
五秒後。
思いっきり美鈴に布団へ押し倒された。
※
「お嬢様、よかったのですか? 美鈴で」
未だにソファでいちゃいちゃしている二人。今は咲夜にひざ枕をしてもらっているレミリアであった。
「いいわよ。美鈴なら私もいいし、それにフランが決めた相手だもの。そこは姉として譲歩しないとね」
「一応譲っているのですね」
咲夜が苦笑しているとレミリアが「ふん」と鼻を鳴らした。
「まぁ、そうなる運命だったのよ。咲夜だって美鈴がフランに惚れているの知っていたでしょ? フランも美鈴に惚れているのも」
「ええ。まぁそうですけど。だって、美鈴って顔に出やすい――」
上下に動く咲夜の口にレミリアがチョコレートを咥えさせる。話を遮られてきょとんとしている咲夜にレミリアがわざとらしく頬を膨らませる。
「はいはい、そこまで。私と二人きりなのに他の娘の話をするなんて許せないわねぇ」
咲夜の目が細められる。
そしてチョコレートを咥えた口をゆっくりレミリアのに近づけていく。
二月になっても氷のように冷たい風が吹く紅魔館の門。
門番をしている紅美鈴に笑顔で話しかけるのはこの館の主の妹、フランドール・スカーレットだった。
かつて地下室に籠りがちであったフランも今では庭先へと出て活発な姿を見せてくれる。そしてよく門番をしている美鈴のところへ遊びにやってくるのだ。
美鈴は頭を回転させてすぐにフランの思いをくみ取る。
「あはは。なるほど。もうすぐバレンタインデーですからねぇ」
「そうなの!」
目を輝かせてフランが一歩美鈴に寄った。
この幻想郷にバレンタインという風習を広めたのは外の世界からやって来た早苗である。早苗は外の世界の様々な様子を求められるままに話しただけなのだが、幻想郷の乙女たちはバレンタインの話に目を輝かせて想い人へのお菓子作りに励むようになり、今年の幻想郷はあちらこちらで甘い香りが漂っていた。
バレンタインデーまであと数日。
美鈴もフランも新年の博麗神社での宴会で早苗からバレンタインデーの話を聞いていた。
「ところで妹様はどなたに贈るのですか?」
しゃがみ込んでフランと同じ視線に合わせた美鈴が笑みを浮かべながら小首を傾げると、フランは顔を真っ赤にして慌てふためいた。
かわいいなぁ。
そんなフランの様子だけで美鈴の心が洗われるようだった。
「あの……お、お姉さまに」
「お嬢様に?」
「そ、そう。ま、まぁたまにはプレゼントあげてもいいかなぁって」
舌が回らずゴニョゴニョと呟きながら両手の人差し指をつんつんとくっ付けるフラン。
美鈴の顔が少し真顔になりかけたがすぐに笑顔を取り戻す。
「ふふふ。きっとお嬢様もお喜びになりますよ」
「べ、別に! 喜んでくれなくていいもん! 私がきまぐれで渡すだけだもん!」
「はい、わかりました。私でよければお手伝いいたします」
「ほ、本当に!?」
パァーとフランの顔が明るくなる。
「でも、私よりも咲夜さんの方が料理がお得意と思いますよ? 咲夜さんにも声をかけましょうか?」
「ダメ!」
少しでもフランの為になるようにと進言したことなのだがフランは大きな声で遮った。コロコロと変わるフランの表情を気に留める余裕もないまま美鈴は驚いてフランの顔を見つめる。
「……その、私はめーりんと一緒に、二人で作りたいの」
両手でスカートの裾を掴みながら俯くように話すフラン。
その言葉に美鈴の頬に紅が差す。一瞬心に覆った暗い影が一気に晴れてしまった。
「はい。じゃあ二人で作りましょうか」
すぐに心の平静を取り戻すと美鈴は満面の笑みで話しかけた。
フランが両手を挙げて「やったー」と喜ぶ。
その顔を見て美鈴の心に温かい感情がじわりと滲み出してきた。
※
「貴女が門番さんなの?」
美鈴がフランと初めて顔を合わせたのはレミリアが起こした異変を霊夢たちによって解決されてからのことだった。
長年この紅魔館の門番として仕えていたが、主の妹は地下室に閉じこもっておりその顔を見ることすら一度もなかったのだ。
「……はい。紅美鈴と言います。貴女様は――」
「フランドール。フランドール・スカーレットよ、よろしくね」
門の内側から話しかけたその少女の顔を見て、美鈴は「お人形さんみたいだ」と思った。
綺麗な金色の髪に、姉と似てまだ幼い表情。しかしこの紅魔館の主である姉はメイド長である咲夜や多くのメイド妖精を率いるだけの圧倒的な存在感を持っているが目の前の幼い吸血鬼はまだ子どものようなあどけない笑みを浮かべていた。それでも気が触れていると言われていたフランに美鈴は少しばかり警戒心を持った。
「妹様。何か私めに御用でしょうか?」
丁寧な言葉遣いを意識して話しかけると、一瞬フランが悲しそうな顔を浮かべた。
「妹様?」
「あ、ううん! なんでもない!」
フランは両手をあわあわと振って視線をあちらこちらに彷徨わせる。そして笑顔を作った。
「そうだ! ねぇ、めーりん。私と遊んでよ」
「はい?」
「なんでもいいわよ。お願い。ねぇ、私と遊んで」
急なお願い事に美鈴は戸惑いを隠せない。主の妹であるからにはお願い事は出来る限り引き受けなければならないのだが、今は仕事中である。また美鈴の心にはフランへの警戒心も解けてはいない。
「そ、そうですねぇ。どうしましょう」
ドキドキしながら曖昧に相槌を打っているとまたフランの顔に悲しい表情が浮かんだ。小さな両肩が力なく沈む。
あ、と思う間もなくフランは美鈴の傍から走り出すと、すぐそこの庭先に咲いている小さな花を摘んだ。顔に近づけてぼんやりと眺める。その横顔は寂しげだった。
警戒し過ぎてしまったか。
妹様を傷つけてしまったと思った美鈴はなんとか取り直そうとして、向こうから侵入者がやって来ないのを確認してから門を開けてフランの傍へと寄った。
咲夜さんに怒られてもいいか。
そう思いながらフランの背中に立つと一緒になって花を覗き込む。しかしフランは悲しい、寂しそうな表情を崩さない。
美鈴もフランが手にしている花と同じ花を摘み取った。
「妹様は花占いをご存じですか?」
「花占い?」
思いついたことを口にしたのだがフランはきょとんを小首を傾げて振り返った。その顔から悲しげな色は消えていた。
フランの顔を見て美鈴はほっとすると手にした花の花びらを一枚抜いていく。
「好き、嫌い、好き、嫌い」
一つ一つ口にしながら花びらを一枚ずつ抜いていく美鈴の手をフランはじっと見つめていた。
やがて花びらは最後の一枚となった。
「――好き」
美鈴の手にある花びらがなくなった花を見て、フランは次に美鈴の顔を見つめる。
「これでどうなるの?」
「あはは。ただの占いです。好きと嫌いを交互に口にしながら花びらを一枚ずつ抜いていくのです。最後の花びらを抜いたときに『好き』と口にしていれば想い人と結ばれるのです」
あえて『嫌い』の場合の話は口にしなかった。
占いと言っても子どもの遊びだ。これでフランの機嫌が直るだろうかと美鈴は再び緊張した。
しかしフランは「ふーん」と声を漏らすと手にした花を見つめる。そして手を伸ばした。
「私はお姉さまのことが……」
一枚ずつ抜いていく。
「好き、嫌い、好き、嫌い」
一枚ずつ真剣に花びらを抜いていくフランに美鈴は肩の緊張が解けた。一枚一枚抜かれてフランの手にした花の花びらは最後の一枚となった。
「――好き」
その一枚を抜いた時、フランの目が輝く。
「ねぇめーりん! 好きだって!」
「ええ。よかったですね。きっとお嬢様も妹様のことが大好きですよ」
美鈴の言葉にフランは笑顔を浮かべると次の花を手に取る。
「咲夜は私のこと、好き、嫌い、好き、嫌い――」
今度は咲夜のことを想い占いを始める。すでに美鈴の心から警戒心など消えていた。
なんて可愛らしいのだろう。
夢中になって花びらを抜いていくフランの横顔を見つめて美鈴の心に愛おしい思いが浮かんでくる。
咲夜を想った花占いは『好き』だった、次にフランはパチュリーを想って占いをしたがこれも『好き』という結果だった。
「じゃあ、次はめーりんを占ってあげるね! 好き、嫌い、好き、嫌い――」
今度は自分との相性を占うフランの楽しげな横顔に美鈴はすっかり惹かれていた。背中から抱きしめてあげたい。そう思う程目の前の幼い吸血鬼は可愛らしいのだ。美鈴は笑みを浮かべてフランの手を見つめていた。
だが。
「好き、嫌い、好き……あ」
最後の一枚を残してフランの手が止まる。それは『嫌い』の花びらだった。フランに戸惑いの表情が浮かんだ。
美鈴も戸惑ったが、しかし子どもの占いである。最初から花びらの数を知っていれば運命など勝手に決めることが出来るものだ。すぐにフランにそのことを伝えようと美鈴は傍らの花を摘もうとした。
しかしそれよりも早くフランが口を開ける。
「……嫌い好き!」
フランの口が早く動くと「好き」と言ったタイミングで花びらを抜き取る。そして美鈴に振り返る。
「……私。めーりんのこと、嫌いじゃないからね。本当だからね!」
ムキになって美鈴にずいずいと顔をよせるフランに美鈴は一瞬呆気にとられながらも、すぐに笑い返した。
「はい。『好き』でしたからね」
「うん!」
「楽しんでいただけましたか?」
どうやら自分の心配は杞憂に終わったようだ。安心した美鈴がフランに視線を送ると、フランはさっきまで楽しげだったのにまた悲しそうな顔をする。
「本当はお姉さまと遊びたかったの」
小さく消え入りそうな声で話すフランに美鈴は目を丸くして見つめていた。
「お姉さまは幻想郷に来てから異変を起こすことばかり考えて、ちっとも私と遊んでくれないの。ずっと寂しかった」
フランの目に涙が浮かんできているのに気が付いて、美鈴は黙ってフランの顔を見返していた。
「だからずっとお部屋に籠っていたの。お姉さまが遊びにやって来てくれるのを待っていたの。でも、来てくれなかった」
フランの喉の奥から嗚咽が漏れる。両目からはポロポロと涙が零れ堕ちた。
「大丈夫ですよ、妹様」
優しい声にフランが顔を上げると美鈴はニッコリと笑っていた。
「お嬢様が異変を起こしたのは自分たちは力ある吸血鬼であると誇示したかったからだと思います。お嬢様も妹様と遊びたかったと思います。紅白の巫女さんたちに負けちゃいましたけど、異変が終わった今はお嬢様も妹様のことを今まで以上に気にかけてくださいますよ」
「本当に?」
「ええ」
美鈴の言葉はけっしてその場しのぎの軽いものではなかった。吸血鬼としてのプライドをかけて異変を起こすことばかり気をとられ、疎遠になってしまった妹とどうしたら仲を取り戻せるか、レミリアも思案していたことを咲夜から聞いていたのだ。
安心させるように話しかける美鈴にフランが控えめに答える。
「めーりんも、これからも一緒に私と遊んでくれる?」
「……はい!」
美鈴の返事にフランは頬に涙を流しながらも、ニッコリと笑った。
その笑顔に美鈴の胸がドキリと一つ高鳴る。
あろうことか、主の妹様に惹かれてしまった。
胸の中に幸せな気持ちと同時に罪悪感も湧いてきたのを覚えたのだった。
※
「さて、さっそく作ってみようよ」
「はい、妹様」
紅魔館のキッチンにて美鈴とフランは並んでエプロン姿になっていた。
目の前にはこの日休暇だった美鈴が朝から人里で買い込んできたチョコレートが用意されている。
「その前にね、ね? どうかな? 似合ってる?」
美鈴の前でフランがその場で一回転。フリルのついたエプロンの裾が翻りフランがウインクをする。
「はい、とってもお似合いですよ」
目尻が下がるのも覚えず美鈴が心から本音をフランに伝える。
「えへへ」
満足そうに頷くとフランはチョコレートを手にした。背が低いので台の上に乗ってキッチンの前に立っている。
あー……やっぱり可愛らしいなぁ。
幼い吸血鬼のエプロン姿の背中を見つめて口の中で言葉にならない言葉を漏らす。
異変の後、美鈴の言った通りフランのもとにレミリアが足を運ぶことが多くなり疎遠だった吸血鬼の姉妹は仲を取り戻した。それにつれてフランの表情も明るくなっていき美鈴の前で悲しげな顔をすることはなくなった。
もちろん美鈴のところへ遊びにくることも多い。休みの日にはフランに付き合って一日遊んでいたこともある。
しかし……。
ふっと美鈴の顔から笑みが消える。フランと時間を過ごすようになって自分の心の奥にある感情が芽生えているのを覚えた。
それはとても甘く、そして罪悪感を美鈴に味わさせた。
「ねぇ、チョコレートってどうやって溶かすの?」
「え? あ、はい。そうですね」
フランの声に我に返った美鈴は慌てて笑顔を作るとフランと並んでチョコレートを手にした。
いけない、いけない。妹様の前でこんな顔は見せられない。
そう思いながら手にしたチョコレートをまじまじと見つめるのだが。
「……えーと?」
「めーりん?」
「どうやって溶かすんでしょうね? 咲夜さんなら知っているはずでしょうけど」
小首を傾げて「えへへ」と笑う美鈴、料理など不得手なのだった。今ではこの紅魔館の食事は全て咲夜頼みである。咲夜が紅魔館にやって来るまでの食事を思い返して「うへぇー」と二人して苦い顔をする。どうやらなかなかえげつない料理が毎日三食出ていたようだ。ありがたやメイド長・咲夜。ちなみにかつてそのえげつない料理をこっそり作っていたのは、誰であろうレミリアお嬢様だということを二人は知らない。
「どうしよう……」
「そうですねぇ、やっぱり咲夜さんに教えてもらいながら作った方がいいんじゃないでしょうか?」
「うー……」
美鈴が提案するもフランは片頬を膨らませて不満げな顔を浮かべる。
その顔が可愛いのだが見惚れている場合ではない。どうしたらいいか。美鈴が困りきった時だった。
バサリ。
何かが落ちる音がした。
美鈴が振り返ると広い流し台の向こう側に一冊の本が置かれていた。
「……『カンタン! バレンタインデー・チョコの作り方』?」
「え? 何それ! 見せて見せて」
美鈴が口にした本のタイトルを聞いてフランの顔に笑顔が戻ると、ピョンピョンと飛んで本を欲しがる。手渡された本をめくると、最初の方にチョコレートの溶かし方が載っていた。
「ふんふん。えと、湯煎……お鍋にお湯を沸騰させて、その上にボウルを置いて……ふんふん」
熱心に読みふけるフランの後ろで美鈴が小首を傾げる。
こんな本ここにあったっけ?
数十分後。
キッチンの中でチョコレートの香りが広がっていた。ボウルの中のチョコレートは程よく溶け出していた。
「うわぁー、お上手です妹様。美味しそう」
「そう? 嬉しいな」
フフフーンと鼻歌を歌いながら上機嫌にヘラを丁寧に動かす。ドロドロになったチョコレートがかき回される度に甘い香りが美鈴の鼻腔に飛び込んでくる。
「ところで妹様。どのようなチョコレートを作ろうと思っているのですか?」
「えとね。ハート型にしたいな」
本にはシフォンにしたり、ケーキにしたりと色々種類が載っていたが、どうやらあまり手の込んだチョコレートは作らないらしい。
まぁ私も妹様も料理をしないからシンプルなのでいいけど。
どうやらチョコレート作りにそんなに慌てることはないと美鈴が思ったときだった。
「あ。ねぇめーりん。ハートの形したアレ用意してー」
「わかりました……えーと?」
ニコニコと笑いながらフランに背中を見せた美鈴だったが、すぐに立ち止まる。
フランの言っているアレとは何のことかはわかる。溶かしたチョコレートを注ぎ込むハート形の容器だ。名前は知らないが。
さて問題はこのキッチンのどこにそれが収容されているかだ。
普段ここは咲夜しか出入りしない部屋である。今日も咲夜がいない隙にチョコレート作りを始めたわけだが、鍋もボウルもヘラも探すのに時間がかかった。
先に探しておけばよかった、と後悔しても遅し。
とりあえず目の前の棚から調べようと美鈴の両手が伸ばされたときだ。
カタン。
また流し台の上に何かが置かれる音がして振り返ると、美鈴の目の前にバットとその上にハート形の容器が一〇個ほどキチンと並べられていた。もちろん、こんなの先ほどまでなかった。
「ありがとー、めーりん」
チョコレート作りに集中しているフランは気が付いていないらしくヘラを動かし続けていた。
ポカンとしたが、さすがに気が付いた。
キッチンの入り口の方を見ると、そこにいたずらっ子な顔をしたメイド長が上半身だけ覗かせて「しーっ」と人差し指を口に当てていた。そして軽くウィンク。
なぁんだ、バレていたんですね。
美鈴は大げさに両肩をすくめてみせて、そしてウィンクで返した。咲夜は頷くとそっと影に隠れる。
後でお礼を言わないと。
そんなことを思う美鈴の袖をフランが引っ張る。
「チョコレート溶けたよ。めーりん、お願い」
「あ、わかりました」
フランと交代して今度は美鈴がキッチンの前に立つ。チョコレート作りの前に二人で話し合った役割分担。今度は美鈴の番だ。すっかり溶けきったチョコレートを丁寧にヘラで容器に注いでいく。
その仕草をフランはじっと見つめていた。
やがて全てのチョコレートを注ぎ終えると美鈴は冷蔵庫へと入れる。
数十分後には初めての手作りチョコレートが完成していた。
「出来た! 出来たよ!」
フランが大きく喜ぶ。その横顔を見て美鈴も笑顔が浮かぶ。
「よかったですね。きっとお嬢様もお喜びになると思いますよ」
「この最初のチョコレートはパチェにあげよ」
「え? パチュリー様に? お嬢様のではないのですか?」
「うん! あのね、皆にあげようと思うの。咲夜にも小悪魔ちゃんにも、もちろんめーりんにも!」
目の前でフランがニコッと笑った。
「い、妹様」
心に温かい感情が湧いてくるのがわかった。
しかし同時に冷えたチョコレートと同じくらい冷たい思いもまたじわじわと浮かんでくる。
「さ、そろそろ咲夜が来るかもしれないから今日はここまで。また明日作ろ、めーりん」
複雑な思いを誤魔化そうと美鈴は作り笑いを浮かべながら頷いた。
※
これは……想ってはいけない気持ちだ。
翌日、再び二人きりのキッチンでチョコレートを溶かすフランの横顔をじっと見つめてながら美鈴は気持ちの整理をしていた。
まだ幼い横顔。
明るくて、笑顔が似合う彼女。
彼女を自分一人のものにしたい。
二人で時間を過ごしてきた中で美鈴に芽生えた純粋な恋心。
しかしそれを自覚すると同時に強い罪悪感も芽生えてくる。
自分はこの紅魔館の門番に過ぎない。相手はこの館の主の妹様だ。ひどく釣り合わない。お嬢様はきっと認めてくれないだろう。
そう思い、ひたすら隠してきた気持ち。しかしフランといると、フランに話しかけられたり笑いかけたりすると恋心はあふれ出そうになる。
この想いは妹様は知らない。
目の前のフランは一心不乱にチョコレート作りに励んでいる。大好きな人に贈るために。
でも、それは自分ではない。
「溶けたよー。めーりん」
「あ……はい、じゃあ次は私がしますね」
いつからだろう、妹様の前で作り笑いをするのが上手になってしまったのは。
フランと立ち位置を交代して美鈴はボウルを手に取るとヘラでチョコレートを容器に注いでいく。
これは罰なのだろう。身の程知らずの自分への罰なのだろう。
美鈴の顔が真顔になっていく。が、すぐに小さく頭を振ってチョコレート作りに集中する。横でフランがじっと美鈴を見つめていたからだ。
いけない。今は、こんなことを考えてはいけない。
チョコレートの甘い香りが美鈴の心の奥まで染み渡る。
やけに苦い味がした。
※
バレンタインデー当日。
パチュリーと小悪魔にチョコレートを配ったフランと美鈴は並んで廊下を歩いていた。次は咲夜に渡そうと思ったのだが部屋にいなかったので、レミリアの部屋に向かっていた。
「あー、緊張するなぁ」
「大丈夫ですよ。きっと喜んでくださいますよ」
「本当?」
「本当です」
不安げな顔をするフランに美鈴が笑って勇気づける。決してお世辞ではない。
でも、妹様が自分にだけ贈ってくれたのなら、どんなに嬉しいか。
そんな悪い考えがまた頭をもたげてくる。そんな自分が嫌いだった。
やがてたどり着いたレミリアの部屋の前で、美鈴とフランは互いに顔を見合わせて頷いた。
美鈴が立って部屋をノックする。
先に美鈴が部屋に入り、後からフランがチョコレートを持ってレミリアに渡すサプライズをフランが企画したのだった。
「失礼します」
そう挨拶をして美鈴が部屋の中へと入る。
絶句した。
「おや、美鈴か。どうした?」
「あら美鈴」
視線の先にはソファでレミリアとくっ付きそうなほど顔を近づけた咲夜とレミリアの二人。レミリアは片手で咲夜を引き寄せていた。咲夜の手にはチョコレートが握られていた。それをレミリアが咲夜の指先ごと口に含む。
「お嬢様。美鈴が見てますわ」
「ふふ、美鈴もこの紅魔館の家族じゃない。どのみち皆もわかることよ」
戸惑う咲夜をレミリアが口の中でチョコレートを転がしながら笑って答える。
二人の空気に美鈴の体が固まった。この二人の間柄も、そしてレミリアのためにチョコレートを作ったフランが部屋に入ってきたらどんな顔をするかわかってしまった。
「どうしたの? そんなところで固まっちゃって」
「え? いやー、あの……」
そうとは知らない美鈴が適当に言葉を漏らす。レミリアは「うん?」と小首を傾げた。
しばらく部屋の中で沈黙が走った。
言い訳をして一度出直そう。
ようやく美鈴の口が開こうとした時だ。
「めーりん、遅いよー」
待たされたフランが不満げな顔をして部屋に入ってきてしまったのだ。美鈴は慌てて振り返るがフランはまっすぐにレミリアと咲夜を見ていた。
美鈴の背中に冷や汗が流れる。
ダメだ……もう妹様の悲しむ顔なんて、見たくないのに。
逃げ出したくなって、だけど逃げることが出来ない美鈴は目を閉じた。
だが。
「お、お姉さま……そ、そのチョコレートを作ったの」
横から聞こえてくるフランの声は控えめな小さな声。しかしそこに戸惑いの影は一つもない。
はっとして目を開けるとフランは顔を赤くして、もじもじと視線を彷徨わせていた。嫉妬など微塵もない。姉に素直になれない恥ずかしがり屋の妹の姿だった。
呆然としている美鈴の前でフランはとててと早足でレミリアのもとに寄ると、チョコレートが入った袋を乱暴に突きだす。
「い、いらないんだったら別にいいけど」
「フランが作ったの?」
「私だけじゃないもん。めーりんも一緒に作ってくれたよ。ね、めーりん」
フランが振り返りレミリアも美鈴に視線を向けた。とっさに「あ、はい……」と情けない声が口から出てしまった。
「そうなの? 嬉しいわ、もちろん貰うわよ」
手を伸ばしてフランのチョコレートを受け取ったレミリアは目を細めた。心から喜んでいるようだ。
「まさかフランからチョコレートを貰えるなんてね。ありがとう、フラン」
「……えへへ」
美鈴からは背中しか見えないがフランは顔を崩して嬉しそうにしているのがわかった。レミリアの隣にいる咲夜のことなど気にも留めていないようだ。そればかりかフランはもう一つ袋を取り出すと咲夜へと差し出す。
「これは咲夜のだよ」
「私にですか? ありがとうございます」
「それじゃあね」
咲夜がうやうやしく頭を下げるのを見て、フランは美鈴のところへと早足でやって来るとその手を引っ張る。
「い、妹様?」
「ほらほら。行こうよ」
引っ張られるまま美鈴はレミリアたちに頭を下げるのも忘れて部屋を出て行ってしまった。
※
「はい、これはめーりんの」
「……ありがとうございます」
レミリアの部屋を後にしてやって来たのはたくさんの人形が飾られたフランの部屋。
ベットの端で二人は並んで腰を下ろしていた。
「……どうしたの?」
「い、いえ! なんでもありません」
首を傾げるフランの声に慌てて大きな声で返事をしてしまう。だがすぐにその表情が困惑したものになる。納得が出来なかった。
「あの、妹様。一つお聞きしたことが」
「うん、なぁーに?」
「その、一番チョコレートを贈りたかったのはお嬢様なのではなかったのですか?」
美鈴の問いにフランの目が丸くなる。
あぁ、やはりか。
頭の中で最悪なイメージが浮かぶ。
やっぱり妹様、先ほどのお二人を見て悲しまれて――
「違うよ」
だがそんな美鈴の想像をフランがぶった切る。
「え?」
「違うよ、めーりん。その……ごめんなさい」
フランが小さく頭を下げる。美鈴はすっかり混乱していた。
どういうことなのか。
ごめんなさいとは、何に対してか。
俯いたままフランは話を続けた。
「嘘をついていたの。お姉さまにチョコレートを贈りたかったのは本当だけど、その……一番に贈りたかったのはめーりん」
「わ、私!?」
自分の名前を呼ばれて美鈴は飛び上がりそうだった。顔が真っ赤になる。
「うん……寂しかった私と一緒に遊んでくれためーりん。優しいめーりん。いつも傍にいてくれためーりんに贈りたかったの」
顔を上げたフランも真っ赤だ。
鼓動が早くなってくるのを覚えた。
心に温かい気持ちが溢れて来る。もう暗い気持ちは湧いて来なかった。
フランが手を伸ばして美鈴の手にあるチョコレートの袋を開けた。中から一つずつチョコレートが取り出される。
フランの掌の上にハート形のチョコレートが五つ載せられる。五つのチョコレートはそれぞれ向きを四方に向けていた。
まるで花が咲いているように。
「めーりん、口を開けて」
言われるまま美鈴が口を開くと一つ、チョコレートがフランの細い指先で入れられる。
「好き」
美鈴が口の中でチョコレートを転がすと口の中いっぱいに甘味が広がった。そのうちにチョコレートは形を失う。自分自身の体温が高いのを覚えた。
チョコレートを飲み込むのを見てフランが次のチョコレートを美鈴の口元に運ぶ。
「嫌い」
じっと見つめているフランの顔はすでに白いところが見えないほどに赤くなっていた。
「好き」
三つ目のチョコレート。美鈴の心にフランへの恋心が溢れかえってくる。もう罪悪感など覚えないのだが、その代わりに浮かんでくるものがある。
これって、は、恥ずかしすぎる!
「嫌い」
口の中に四つ目のチョコレートが入れられる。
嬉しさ。恥ずかしさ。喜び。不安。そして愛しさ。
感情が入り混じって頭の中が混乱しているのだろうか。
美鈴の目にうっすらと涙が浮かんできた。
フランの指先が最後のチョコレートを摘まんだ。
「……好き」
そうして美鈴の口元へと寄せていく。美鈴は目を閉じて口を開けて待った。
が。
いくら待ってもチョコレートが来ない。
目を開けるとフランが顔を赤くしながらもいたずらっ子の顔をしていた。チョコレートを摘まんだ指先は宙で止まっていた。
「ねぇ、めーりん」
「なんでしょうか悪戯好きの妹様」
「このチョコレート欲しい?」
「死んでも欲しいです」
「じゃあ、さ」
フランの顔からいたずらっ子の顔が消えて恥ずかしそうな顔が再び浮かぶ。
あぁ、やっぱり可愛い。世界で一番、可愛い。
美鈴がうっとりとフランの顔を見つめているとフランは小さく話しかけた。
「名前……私のこと、名前で呼んでよ」
「……名前」
「うん。『妹様』なんて呼ばないで」
部屋の中が静かになった。
フランが摘まんでいるチョコレートが溶け出してきていた。
「……フラン、さま?」
「様いらない」
「……フラン」
名前で呼んでもらえたフランがパッと明るい顔になる。
「めーりん、大好き!」
そう叫ぶように告白すると指先のチョコレートを口に含み、そして飛び込むように美鈴の唇に重ねた。
一心不乱にチョコレートと美鈴を味わおうとするフラン。
五秒後。
思いっきり美鈴に布団へ押し倒された。
※
「お嬢様、よかったのですか? 美鈴で」
未だにソファでいちゃいちゃしている二人。今は咲夜にひざ枕をしてもらっているレミリアであった。
「いいわよ。美鈴なら私もいいし、それにフランが決めた相手だもの。そこは姉として譲歩しないとね」
「一応譲っているのですね」
咲夜が苦笑しているとレミリアが「ふん」と鼻を鳴らした。
「まぁ、そうなる運命だったのよ。咲夜だって美鈴がフランに惚れているの知っていたでしょ? フランも美鈴に惚れているのも」
「ええ。まぁそうですけど。だって、美鈴って顔に出やすい――」
上下に動く咲夜の口にレミリアがチョコレートを咥えさせる。話を遮られてきょとんとしている咲夜にレミリアがわざとらしく頬を膨らませる。
「はいはい、そこまで。私と二人きりなのに他の娘の話をするなんて許せないわねぇ」
咲夜の目が細められる。
そしてチョコレートを咥えた口をゆっくりレミリアのに近づけていく。
そうなったらこうなるよね、という一切外さない流れは定期的なイベントネタだとなおさら飽食しちまう
鳴きすぎる。同じ声で鳴きすぎる。
もうちょっと葛藤するめーりんが見たかったです。