気勢を上げる野良妖怪。動き回る道具達。空に沈む逆さ城……。
新たなる異変が吹き荒れる中、かつて異変を起こした館もまた、大変なことになっていた。
「くぁ~、おはよ……あれ?」
あくびをしながら棺桶の蓋をどかす。
私の部屋には窓が無いので、外の様子は解らない。しかし雰囲気からいって、どうやらまだ昼間のようだ。
珍しく途中で眼が覚めてしまったらしい。勿体無い。
「咲夜……は居ないんだっけ」
野良妖怪たちの不穏な動向と、咲夜が手に入れた謎の短剣。
異変解決の主役の一角を任された彼女は、初日に野良妖怪をブッ倒し、今日が二日目の出撃だ。
本件に関しては詳しく把握していない。まあ珍しく緩んだ表情の咲夜を見れたから、私はすでに満足している。
「……寝よ」
夏の真昼間という最悪の時間帯に、起きる理由は一つもない。
再び棺桶の蓋に手を掛け―――。
「ニイハオ!!」
「だっ!?」
威勢のいい中国語と共に、自室の扉が爆散。
唐突にフリーとなった出入り口から、必死な顔をした美鈴がフランを抱えて飛び込んできた。
「お嬢様おはようございます! そして脱出しますよ!」
「お姉さまおはよ~」
「待って待って説明して。突然すぎて脳がその扉みたいになりそう」
「お嬢様は脳無しだから大丈夫ですよ! さあ!」
あってるけど、もう少し言い方に気を付けて欲しかった。
とか考えているうちに空いている片手で私を抱え込み、わき目もふらず走り出した。
「ちょっとフラン。どうなってるのコレ」
「私にもサッパリ。気が付いたら爆散、ニイハオ、拉致逃走だもの」
「いい所に窓が! 破って出ます!」
美鈴が跳躍し窓を突破。
館内の静かな世界から、賑やかな青空の下へと……。
「待って美鈴! 日傘日傘!」
「ああっ、すいませんすぐ日蔭に!」
「久々に外出たらコレだもんなぁ」
▽
何とか灰になりきる前に、正門の小屋に避難することが出来た。
常備されているいつものドレスに着替え、日傘を受け取る
「お姉さまのはともかく、何で私の着替えと日傘も置いてあるの?」
「咲夜さんが万が一の時の為にと」
「ホラお姉さま。咲夜の準備を無駄にしないためにもさぁ。外出許可とかさぁ」
「ダメ」
それはそれ、これはこれだ。
もっと淑女の嗜みと自制心を身に付けてからいいなさい。
「さて。ちゃんと説明してもらうわよ」
「もちろんです。そこら辺は……あ、丁度戻ってきました」
小屋に入ってきたのはパチェと小悪魔。
あっちこっちがボロボロなのは、一体どういうことだろうか。
「さてはまーた何かやらかしたの?」
「……これから説明するから」
用意された椅子に座り。パチェの言葉を待つ。
「皆は、ゴーレムの事を覚えているかしら」
ゴーレムとは、要するに泥人形の召使いだ。
パチェのゴーレムは戦闘用で、侵入者……魔理沙を撃退するために作られた。
「高い生産効率、指揮システム、自律行動の的確さ、多様な戦闘パターン」
「あと、髪質から下着にまで拘った変態的こだわり」
幻想郷の住人を可愛らしくデフォルメ化した外見のゴーレム達だが、細部の出来栄えは色々と変態だった。
特に面識すら無い相手のヒミツはどう知ったのか。いまだに判らないし、知りたくない。
「既存のゴーレムとは比較にならない性能を誇る画期的な」
「画期的な出来栄えだったのに、ノウハウを仮想敵にまるごと盗まれちゃいましたよね」
本末転倒もいいとこだ。
これによって魔理沙もゴーレムを繰り出すようになり、熾烈な集団戦が繰り広げられることになる。私の家でだ。
「まさに次世代のゴーレム業界を担うべき存在なのよ」
「どうせなら損害の補償を担って頂きたかったね」
ぱちゅコじゃなかったゴーレム同士の戦闘で地下図書館は酷いありさまとなり、紅魔館本館にすら被害が及ぶほどだった。
図書館の修繕見積もりを持ってこられた時は、あまりの高額にその場でパチェの顎を殴り抜いてしまった。
「どいつもこいつも、余計なコトばっかり覚えてるわね」
余計なコトばっかしてるからだ。
「パチェ、回りくどいのは好きじゃないわ。単刀直入に言って」
「生産システムが暴走して増殖が止まらないの」
「……え、それだけ?」
てっきり『紅魔館が消滅する』とかそういう話かと思ってたんだけど。
「たかが泥人形でしょー? 適当に蹴散らして、システムとやらをブッ壊しちゃえばいいじゃん」
「以前のゴーレムとは違うの……特に、魔法の類が効かない点」
「何ですって?」
「事実上の完全無効、だそうです」
それは要するに、無数の敵をチマチマと潰していく必要があるということ。
皿に盛られたライスを一粒ずつ食えと言われて、喜ぶ者はいないだろう。
「それどんな理屈でそうなってんの?」
「生産されたゴーレムの半分に小規模結界の発動素子を付与し結界領域の意図的重複と基幹魔法とのリンクによる」
「パチェ、簡潔に」
「凄い魔法で超固いバリアを張ってるわ」
「何それマジヤバくない?」
「なんか馬鹿っぽいよ二人とも」
要点を押さえた簡潔な報告。それがデキる大人の技なのだ。
フランもいずれは解る日が来るだろう。
「あのー。それって魔法以外も駄目なんですか?」
「抵抗されるのは魔法だけ。貴方の拳法ならそのまま通るわ」
そこまで言うとパチェが立ち上がり、私達を手招きした。
日傘を手に外へ出て、全員で向かったのは我が家の玄関。
「……以上の話を踏まえた上で、レミィ。ちょっと開けてみて」
「玄関を?」
「ええ」
大きな木製の扉が、ゆっくりと開かれる。
視界に入ってきたのは、当家自慢の美しいエントランス―――。
『あーぉ、あーぉ』
「……あーお?」
―――を埋め尽くさんばかりの、無数のゴーレムたち。
床に、壁に、空間に。
歩くことも飛ぶことも困難な密度で布陣されたゴーレム軍団。
無数の目線が此方を睨み、甲高い声で私を威嚇し始めた。
『あーぉ』
『わお! わお!』
『ブォーン! ブォーン! ブォーン!』
「あ、あの……失礼しました」
かちゃり、と静かに扉を閉める。
額の汗を拭いとり、髪を掻き上げ、パチェの元へと歩み寄り、両の頬を引っ張り上げる。
「うぎゅっ」
「何だあのデタラメな数は! シャンデリアが見えすらしねえぞ!」
「ひゃ、はやしらふぁいひょ……いちおう、製造数は制限してあるんだけどね」
これじゃ制限の意味を成して無いだろ。ガバガバにも程があるわ。
「預かりモノも置きっぱなしだし。まいっちゃうわ」
「涼しい顔してよく言うよ」
それはともかく、この状況をどうにかしないと……。
「ねー、パチュリー。『目』を潰すのはダメなの? きゅっとしてドカーン」
「ああ、その手がありましたね!」
きゅっとしてドカーン。フランが持つ、問答無用の破壊能力。
物質が持つ緊張点を手のひらに移し、直接『握りつぶして』全体を破壊に導く。文字通り必殺の一撃だ。
「それなら出来るわ。ただ、その能力で一度にどれくらい潰せるかによるわね」
「ああまあ。一つずつとかじゃ大して意味がないもんね」
「十ずつ位は欲しいわね。それでも、製造速度との競争になる」
そんなに早く復帰するのかよ。えげつねえ。
「つまり妹様は、さながら無数のおにぎりを握るかのように、ひたすらきゅっとし続けなければならないと……!」
「おにぎり! いいですねぇ。お腹が膨らみますねぇ」
「金髪幼女妹吸血鬼のお手製おにぎり……なんてそそる響きなのかしら……」
「お、お姉さまどうしよう。私おにぎり作ったこと無いよ」
「どうもこうもねえよ」
こんな時咲夜が居たら、瀟洒なツッコミをしてくれるのかしら。
いや、駄目か。たぶん秋神あたりを拉致ってきて『というワケで、おにぎりの専門家をお連れしました』とかのたまうに違いない。
「で、実際どうなの?」
「出来るけど、数が多いと『目』を探して移すのに時間がかかるよ」
「あれってちゃんと探してたのか。てっきり勝手に移ってくるもんかと」
「そんなワケないじゃん」
ウン百年の付き合いで初めて知った。人生とは知ることの連続なのね。
「それにオートじゃつまらないわ。相手の大事なトコをじっくり這うように捜し出すのって、凄くゾクゾクするの。それで」
「なるほど。これじゃ壊すより増える方が速そうね」
「お姉さまひどい。最後まで聞いてよー」
頬を膨らませてぷりぷりと怒るフラン。めっちゃ可愛い。指先で押してプスーってしたい。
いや、それはともかく。楽は出来そうにないことはわかったワケだ。
「と、なると。後は正攻法しかないですかね」
「あら、やる気ね美鈴」
「私達には時間がありませんからね」
そう、実は本件にはタイムリミットがある。
「そうですよね。咲夜さん、異変解決に出てるんですものね」
「だから見かけなかったのね。銀の猫イラズ」
久々の主役稼業を終えて帰ってきたら、屋敷は泥人形だらけ。主は野外で飯盒炊飯の準備をしている。
水の分量を確かめながら、気品あふれる笑顔を浮かべて私がのたまう。
『今宵の晩餐はレトルトカレーよ』
もはやカリスマ云々以前の問題だ。
「何より咲夜さん。疲れてるのにお風呂もベッドも抜きになっちゃいますし」
「普通に外は辛いし……」
人間だろうが妖怪だろうが、夏の野外は余りに辛い。
異変解決という大仕事の後では余計にそうだろう。
「最後に……ゴーレムの活動領域は館内に限定してあるわ。外に出ることは無いからそこは気にしないで平気よ」
「えーっと、ただし外部から攻撃された場合は領域が追加されます。なので館の外からの攻撃は出来る限り避ける事。ってパチュリー様が」
「不幸中の幸いかしらね」
「で、どうするの? レミィ」
「簡単よ。魔法が効かないなら物理で攻める」
なにせ当館には、ステゴロのエキスパートが存在するのだ。
「そーいうワケだから美鈴、まず威力偵察ヨロシク」
「かしこまりッ」
手をベキボキと鳴らしながら玄関前に立つ美鈴。うーん、頼もしい。
扉を開くと、再びゴーレムの群れが姿を現した。
「へアッ!」
気の抜けた気合一声。なんと、そのまま群れのど真ん中へと跳躍。
次の瞬間には、十数体のゴーレムが粉砕されて宙を舞った。
「よ、容赦無くブッ飛ばしましたね」
「いやいや、そうこなくっちゃあ」
泥人形に遠慮なんて不要。片っ端から大地に還してやればいい。
そうした間にも美鈴は、次々とゴーレムを打ち倒していく。
「すごいすごーい! 美鈴やるぅ!」
「このまま行けちゃうんじゃないですか? パチュリー様」
驚いた小悪魔が問うも、パチェの表情は固いままだ。
「何を言ってるの。あの数を一人でなんて無理だわ」
「ゴーレムだって反撃するだろうしね」
「ああ、レミィ。それは心配いらな―――」
「パチュリー様! ゴ、ゴーレムが!」
エントランスに光が溢れる。ゴーレム達の魔弾による射撃が始まった。
過密状態のエントランスに乱れ舞う魔弾。それらはゴーレムにも着弾するが、件の結界で無傷。
なのでヤツラは遠慮なく、美鈴を狙って撃ちまくる。その光景はなんというか、もはや凄惨ですらあった。
「滅茶苦茶じゃないのよコレ」
「……これは、一体どういう」
「いいなー。私も混ざりたいなー」
『ブッ壊れた人形が! この紅美鈴が……ゴーレム如きに!』
「混ざりたい?」
『うひィ、何コレどうすればいだだだだだ』
「……参加を考慮する前提で協議を進めたい所存だなー」
『救命阿アァー!!』
ひとしきり悲鳴が聞こえた後、全身ボロボロになった美鈴が外に飛び出してきた。
スタントアクションのように地面を転がり、流れるように構え直す。
「フッ。五分五分、といったところですか」
「負けとる負けとる」
多分コイツ本気で言ってるな。
ボロボロにしてようやくこのセリフが出て来るんだから、敵としては厄介極まりないだろう。
もっとも、ゴーレムはそんなコト考えないだろうけど。
「まあとりあえず、どうだったかしら?」
「パチュリー様の言うとおりですね。少数なら雑魚ですが、無数に来られるとキツイです」
「……戦いは数って、巨漢のオッサンが言ってたわ」
「パチェは極端すぎるんだよ」
あの美脚UFOがこんなに量産されたら世界が滅ぶわ。
いや、今はゴーレムの話だった。
「なんにせよ、コレを魔法に頼らず片付けるのは骨が折れそうです」
「咲夜の不在が痛いわね」
ナイフであれば結界も無効だ。
抜群の実刃投射能力を誇る咲夜が居れば、かなり楽が出来たことだろう。
くそう、こんな時に異変を起こしたタコは誰だ。細かく砕いて豚の餌にしてやる。
「それじゃ始めましょう。全員で突っ込んで、まずはエントランスを取り戻すわよ」
「大雑把ね……もうちょっと作戦とか無いの?」
「うるさいな。何だったらアレだ。『パチェだけ突撃』って命じさせて頂きますわよ?」
「よーしみんないっしょにガンバロー」
棒読みと共に腕と膝をカクカクし始めるパチェ。
もしかしてそれ、スクワットのつもりなのか?
「それじゃ改めて」
開け放たれた扉の向こうには、やはり無数のゴーレム達。
美鈴が減らした分はとっくに補充されてしまったらしい。
しかし、1人では駄目でも、5人ならどうかな?
「いっせーの……」
「「「「「どっせい!!」」」」」
打ち合わせ無しでそろった掛け声と共に、内部へ突入。
それぞれの手段で正面のゴーレム達を薙ぎ払うと、空いたエリアに私と美鈴が割って入る。
生まれた隙間を埋めようと押し寄せる近接型ゴーレム。それを震脚で制す美鈴と、巻き込まれてよろける私。
振るわれる寸前だった私の爪撃が軌道を変え、美鈴が誇る火炎の如き長髪を容赦なく裁断。
私は顔から勢いよくスッ転んだ。
「だーッ! 髪が!」
「鼻! はにゃが!」
「……何やってるのよ、全く」
パチェが魔法でエントランスの床を、高低差が出来るほどに大きく砕く。地上に蔓延る近接型と弾幕型がそれに巻き込まれた。
私と美鈴は飛行型の攻撃を強引に無視しつつ、文字通り総崩れとなった連中を片っ端から潰していく。
「ちょっと美鈴。私まで巻き込むなんて……喧嘩売ってるのかしら?」
「お嬢様こそ私の髪こんなにしちゃって、ひどいですよぅ」
「貴方が悪いんでしょ。それに、髪なんてすぐ伸びるでしょうに」
「まあそれはそうですけど。フンッ!」
美鈴が気合を込めると、雑な短髪にされた彼女の髪が一瞬で伸びて、元の長髪を取り戻した。
「ええ……何かにゅるって伸びたんだけど……」
「フフフ、これが中国4000年の歴史がもたらす力なのです」
「中国怖ぇ……」
推理小説において、謎の中国人という要素を多用することはタブーであると聞く。
美鈴を見ているとなんとなく納得してしまう。
「地上は取られちゃったかぁ。それじゃ、空は私のモノね!」
陸で茶番が繰り広げられる中、待ちきれないとばかりにフランが飛行型の群れに突撃。
圧倒的な破壊力を以て、エントランスの空を掃除していく。
「それにしても、これやっぱ面倒臭いわ」
「仕方ないですよ。偶には地道に行きましょ」
「うんざりするわね……」
平坦な床で戦う事を想定した連中だ。砕かれて複雑化したエントランスの床は荷が重いだろう。
最も、優勢は此方にあるとはいえ面倒くさい事には変わりない。楽しく潰せるデザインに変えて貰わないと。
「ふふ、やっぱり私が居ないと皆ダメね」
「さすがパチュリー様です!」
「ちょっと、パチェも小悪魔もゴーレム潰し手伝ってよ!」
「さっき手伝ったでしょ。それに、泥臭いのはごめんなのぶフォア、ゲボボ」
「「何故吐いた!?」」
唐突に口から血を吐きながら崩れ落ちるパチェ。
大慌てで小悪魔が抱き起すが、一体何があったんだ。まさか吐くほど嫌だったのか。
「と、とりあえず。目の前の仕事を終わりにしましょ」
「え、ええ。そうですね、そうしましょう」
血濡れの友人を横目に見つつ、ストレスフルな作業を続行。
何とか陸のゴーレムを潰しきり、改めてパチェのところへと向かう。
そこには未だに口から血を流すパチェと、それを介抱する小悪魔の姿があった。
「小悪魔、パチェはどうしたの?」
「それが、床を壊した時の粉塵を吸い込んだらしくて」
「滝みたいに血を吐いてたけど」
「まあ炎天下に居ましたし、粉塵は喘息の天敵ですから」
喘息が辛い物だってこと位はわかる。
苦しそうに咳き込むパチェの背中を撫でたのは、一度や二度のことでは無い。
でも流石に、血ィ吐き過ぎじゃあなかろうか。
「病ゴボォ弱っ子なゴボォのよ私は」
「吐きながら喋るな」
真っ青な顔色で、白目剥いて血を吐き出す。
あからさまに重病なビジュアルにも関わらず、声音と口調は普段通りってどういうことだ。
慣れなのか、あるいは趣味でその顔を作っているのか。後者なら即やめて欲しい。
「掃除完了ー。楽勝過ぎてため息出そう」
そうこうしているうちにフランは掃除を終えたらしい。
ここぞとばかりに弄んでいたのか、あの子にしては遅い終わりだ。
まあとにかく、これにて陸空ともにクリアとなった。エントランスの奪還成功ね。
▽
「なーんかあっけないなぁ。手ごたえ無さ過ぎじゃないの?」
積み重なったゴーレムの残骸に腰を掛け、フランが退屈そうに身体を揺らす。
獰猛なまでに光り輝いていた羽の宝石も、今は消えかけのロウソクのようだ。
「これじゃあ欲求不満よ、ヨッキューフマン」
「焦らなくても平気よ」
「へ?」
「ほら、アレ」
それはエントランスから伸びる一本の廊下。
進むと地下図書館への階段があるのだが、今はその先を見ることは出来ない。
大量のゴーレムが此方に向け、ゆっくりと行進しているからだ。
「もうあんなに!?」
パチェの言っていた生産能力は本当だったワケだ。ため息が止まらないよ。
「随分のんびりした進軍ね」
「火力を集中させるために、足の遅いゴーレムに合わせてるのよ。」
「おや、ゴーレムにしては賢いじゃない」
「そういう設定のグループをランダムで生産するようにしてあるの。実験の一環でね」
随分細かいことまでやってるんだなぁ。
火力が増えるのは困るけど、足が遅いのは幸いだ。
「ただ、システムに近づくほど生産されたゴーレムが前線に早く着くようになるから……」
先に進めば進むほど厄介さが増すって事か。まったくもって難儀な話だ。
「ど、どうしましょうパチュリー様」
「うーん……」
「フフフ、安心しなパチェ。ここは私に任せなさい」
「何かアイデアがあるの?」
その通り。実は先ほど、バツグンに素敵な発想が脳内を駆け巡ったのだ。
「フラン! 貴方にはボールになって貰うわ」
「え、ボールは肉親?」
要するにバカ正直に一歩一歩進もうとするから大変なんだ。
背中の翼は飾りじゃない。上を飛んでしまえばそれでいいのだ。
「しかし妹様をそんな。私が行きますよ?」
「ちゃんと理由があるのよ。到着後はフォーオブアカインドで分身し、4人がかりで敵に当たれるからね」
「おお、意外とそれっぽい理由ですね」
意外とはなんだ意外とは。
「あのゴーレムの密度だと、ただ走ったり飛ぶだけじゃ阻止される可能性があるわよ」
「だから私が投げるのよ。それで速度を稼げるでしょ」
「でもそれじゃあ……」
「それに投げられて飛んでる最中は、フランの羽のシャラシャラが回転する刃となって、ゴーレムの壁を切り裂くのよ」
「えっ」
「名付けて『フランチャンドラム』! 我ながら完璧過ぎてお漏らししそうだわ!」
私としたことが、少々本気を出し過ぎてしまったか……デキる女は辛いわね。
さあ遠慮しないで。知性の化身たるこの私を、尊敬と畏怖を以て褒め称えなさい。
「さ、流石はお嬢様! 常人ならまず躊躇うコトを平然と提案してのけるッ!」
「お姉さま、頭に大腸でも詰まってンの?」
「レミィ……まさか、これほどとは……」
「御免なさいお嬢様! 私のおつむでは庇いきれないです!」
褒め称えてよ!
「つーか気が触れてる妹にクソ頭って言われた……!」
「誰が貴方の妹でも、きっとそう言ったでしょうよ」
「大丈夫よお姉さま。それ以外の腸はちゃんとお腹にあるから」
「何よその面白生物……」
小腸後の流れが大冒険過ぎる。私の中身がクソだらけになっちゃうだろ。
「パチュリー様。実際どうなんですか? フランチャンドラム」
「まあ確かに超スピードで体当たりすれば、ゴーレムもひとたまりも無いでしょうね」
「でしょー?」
「ただ、投げるとその後の姿勢制御で速度を喰われるし、羽の宝石で斬るのは無理よ。そんなコトする必要性が解らないわ」
「だって、そっちの方がカッコいいでしょ」
「……さようで」
まったく、パチェにはロマンが足りない。たとえ危機的状況でもそういうのを忘れてはいけないのだ。
あ、でも待てよ。体当たりで泥人形を倒したら、フランが泥まみれになってしまうのでは……?
「もしやるなら、別の手段で速度を稼ぐ必要があるわ」
「別の手段ねえ」
「あ、だったら私。もっと速くてカッコいいの出来るよ」
「フラン?」
細い腕をぐりんぐりんと回しながら、フランはそう答えた。
まさか本人から提案されるとは。このままだとフランの愛らしい肢体が泥まみれ……いや、まてよ。あるいはそれも……。
「あー今、お前には無理だとか思ったでしょ?」
「そ、そういうワケじゃないけど」
ごめんなさい。有りだとか思ってました。
「ここは最高にキュートで、イカれた私にお任せあれ」
片目を瞑り、二本指を振って見せるフラン。
可愛いなぁ。そういうのどこで覚えて来るんだろ。抱きしめて全身もぎゅもぎゅしたい。
いやそうじゃなくて。
「わかったわよ。お手並み拝見させてもらうわ」
「イエーイ!」
フランの羽から一瞬光が消える。
そして、羽の宝石がバキバキと音を立てて『開いた』。
宝石の内部からは大量の魔力が溢れ出ている。マンガで見たロケットブースターみたいだ。
つまり、肩翼8基。両翼合わせて16基のロケットウイング。成る程、カッコいい。
「あいむしゅーたー! デカブツ相手じゃないのが残念だわ」
「ゴキゲンね」
「それはもう」
声を弾ませつつも、前に進まないようにお座りの姿勢を取って踏ん張っている。やはり相当な推力なのだろう。
何せフランの魔力総量はパチェのそれに匹敵する。それをただ前進する為だけに注ぎ込んでいるのだ。
「それじゃ、そろそろ行くよー」
「気を付けなさいね」
「はぁい。いってきまーす!」
無造作に溢れる魔力が整えられて収束し、さながら光の柱のようになったその瞬間、フランが立ち上がって床を蹴る。
吸血鬼の脚力と、莫大な魔力の噴射による超加速。踏み込まれた床は砕けて沈み、エントランスに暴風が吹き荒れる。
少女型の砲弾となったフランは、その身と衝撃波によって廊下とゴーレムを片っ端から轢き壊す。
「どこまでも……」
無数のゴーレムを弾き飛ばしてなお、勢いは衰えない。ほぼ初速のまま、ひたすら廊下を飛翔し続け―――。
「いこうぜー!」
―――そして突き当りの壁を貫き、太陽の下へと飛び出していった。
「「「い、逝っちゃった……」」」」
あとに残るは静寂と、虚空に浮かぶフランの笑顔だけだった。
「フ、フラァーン!!」
「あわわ、えらいこっちゃ……」
「小悪魔。助けに行ってあげて」
「わ、わかりました!」
落ち着け、まだ慌、あわわ。
檻入り娘とはいえ、一瞬でロストということは無いハズ。多分恐らく。
むしろ、フランが作った血路を無駄にする訳にはいかないのだ。
「多分もう、階段に押し寄せてるわね……レミィ」
「オーライ魔女殿。しっかり掴まって。ほら、美鈴も」
「は、はい」
パチェと美鈴を抱き寄せて、翼を振るう。廊下に敵性は居ない。鼻先を抑えるチャンスだ。
咲夜の能力によって長大化した廊下だが、私にかかれば手狭に過ぎる。
瞬く間に地下図書館へ通じる階段に辿り着く。
「ギリギリ間に合ったようね」
「コレを見る限り、あんまし喜べないけどね」
踊り場を有するオーソドックスな階段を見下ろすと、やっぱりゴーレムの群れ。
爪撃をお見舞いするも、次から次へと湧いてくる。
どうしたもんかなと思索を巡らせていた時、フランのスーサイドアタックを思い出す。
魔法に頼らない飛び道具があれば、もう少し楽になるかもしれない。
「美鈴、パチェ。ちょっとだけここ、任せるわ」
「じゃあ私も行くわレミィ」
「あんたはここを死守。事の元凶が楽しようとするんじゃないよ」
あからさまに嫌そうな顔をするパチェを眼光で威嚇する。
魔女殿は肉体労働となると全力で逃げ出そうとするから困る。
「仕方ないわね。この鉄板入り魔導書の出番だわ」
「な、なんか昔の不良みたいですね」
「魔女ってイキモノは、基本不良なのよ」
達人の正拳と5mm厚鋼板が奏でる凄惨な打擲音をバックに、私はエントランスに引き返す。
「あったあった。持てるだけ持ってこっと」
しかし筋力的にはともかく、私の小さい手じゃたくさんは持てないなぁ。
ま、いいか。いざとなったら幾らでも作れるのだ、コレは。
「おまたせー」
「一体何を企んで……何よソレ?」
「床」
「ゆか……ゆか?」
私が両手いっぱいに抱えているのは、床である。
厳密には、さっきパチェが魔法で引っ剥がした、床の残骸だ。
「よーするに、魔法じゃなきゃ何でもいいんでしょ?」
「まあそうだけど」
「もっと早く気が付けば、フランを犠牲にしなくて済んだのになぁ」
その中の手のひらサイズの残骸を右手に握りつつ、ゴーレムまみれの階段を見下ろす。
右手を掲げ、左足を踏み出し、腰を回し……右腕を振り下ろす!
「オルァ!!」
グングニルの投擲で鍛えた右腕から残骸を射出。
ゴーレムと階段を次々と貫いて、見えない階下から凄まじい弾着音が響き渡った。
思ったよりいい手ごたえだ。我ながらナイスアイデア。
「よっ! ナイスピッチ社長!」
「さすがだわ社長」
「いいから手伝ってよ!」
美鈴が抱えて私が手投げだ。パチェは応援。
階段を下りながら投げ続けるも、あっという間に弾が尽きる。
「お嬢様、もう床がありませんよ」
「その辺の壁とかを引っぺがしてくればいいでしょ」
「凄い会話してるわね、貴方達」
壁を砕いたり剥がしたりさせ、それを弾として投げまくる。
破壊と投擲を繰り返すこと数十回。いよいよ図書館入口へと到達した。
そこには、私たちの想像を裏切る光景が広がっていた。
▽
「……ゴーレムいなくない?」
いや、居るには居るのだけれど。かなり少ない。
さっきまでは通路を、文字通り埋めつくほど居たと言うのに。ここにはEASYモードにも満たない数だ。
襲い来るゴーレムの残党を軽く捻り、図書館から敵性があっけなく消失した。
「パチェ、解説」
「材料切れ、かしらね。賢者の石モドキで補佐させてたから効率は高いハズだけど……少なめに用意して正解だったわね」
「えっ? それなら、エントランスで戦ってれば自動的に勝てたんじゃないの?」
わざわざ最奥まで攻め込む必要なんか無かっただろう。
階段の壁を毟る必要は無かったし、フランも青空の向こうに消えていく必要は無かった。
一体どうして? 何か、深い理由があるのだろうか。
「この方が……楽しかったでしょ?」
「パチェお前、明日の号外載ったぞコラァ!」
その首を締め落とすべく手を伸ばすが、美鈴が腕をつかんで制止する。
「離してたもれ美鈴! このうつけ者を死罪に処すのでおじゃァ!」
「何キャラですかそれ!?」
「あら、ロマンがどうのとか言ってたのは誰だったかしらね」
「いやコレはロマンとは違うでしょ!?」
「冗談よ冗談」
どうせなら笑える冗談を飛ばしてくれ。
「結果的に尻すぼみになってくれたけど、あの時点ではどうなるか解らなかったから……元凶を迅速に断つことを優先させたのよ」
「つまり、悪化していた可能性もあったワケですか?」
「大いに有り得たわ。例えば、暴走によって材料指定が『ここにあるもの全て』に書き変わってしまったとしたら」
図書館にある無数の本や調度品。果ては床、壁、天井。その全てがゴーレムの材料にされる事になる。
しかもモドキとはいえ、賢者の石の名を冠した変換器によってだ。そうなれば、悪夢と呼んでもまだ不足だろう。
「はぁ、これでラッキーとはね。全くもってツイてないよ」
何はともあれ、あと一仕事でコンプリートだ。
「後はシステムとやらを壊せばいいのよね」
「そうよ。生産を管理する魔道書を、焼くなり斬るなりすればいい」
「そんな簡単に壊せるの?」
「脆くしたのよ。こういう状況に陥った時の為に」
パチェにしては気が効くわね。
近寄る者みな切り刻む、なんてトラップを仕掛けてるとか想像してたけど、杞憂だったか。
「ただ、その前に、ちょっと一仕事があって」
「なに今更エンリョしてんのよ。この際全部ブッ飛ばしてやるから言いなさい」
「別に遠慮してる訳じゃないけど……預かりモノが置きっぱなしになっててね」
「ああ、最初に言ってたヤツ?」
パチェにモノを預ける変わり者。紅魔館の住人を除けば、その数は片手でさえも余りが出る。
駄目だ、嫌な予感しかしねえ。
「厳密には、アリスのゴリアテ人形に河童の武器を持たせたモノなんだけど」
それみたことか! しかもダブルだよ!
「大体わかったよ。ソイツを倒さなきゃシステムを壊せないって言いたいんでしょ?」
「その通りよ。察しが良いわね」
「じゃあ、私が今思ってる事も察してくれるかしら」
「オラワクワクしてきたぞ?」
「やっぱ絞め殺したろか」
仮に操者たるアリスがここに居れば、ワクワクしたかもしれない。
だけど、勝手に暴走した人形じゃあねぇ。
指揮者の居ないオーケストラがその真価を発揮できるとは……ん、ちょっと待った。
「ゴリアテ人形? ゴーレムじゃ無いってコト?」
「そうよ」
「なら別に、倒さなくてもいいんじゃないの?」
「確かにそうですよね。アリスさんが居なければ、動きたくても動けないでしょうし」
アリスは自律人形の制作に腐心しており、その研究過程で得られた成果を人形達にフィードバックしている。
現在は半自律と呼べるまで自律・自動化した人形まで居るらしい。
戦闘用であるゴリアテなら、ある程度の動作や判断は自動化されていると見ていいだろう。
ただそれらは、アリスの指示や操作が前提にある。
彼女が操作や指示を行わない限り……まして、魔導式が起動すらしていないゴリアテ人形は動く事すら叶わないハズだ。
「それを言うならゴーレムだって同じよ。いい? 暴走しているのは『生産システム』なのよ?」
そういえば……増殖が止まらないとは言っていたけど、ゴーレムが暴走したとは言っていなかった。
「じゃあなにか、ゴーレムを操る魔法的なモノは正常だってコト?」
「魔法そのものは、ね」
「引っかかる言い方するね」
「指揮する魔法は正常で、ゴーレム自体の魔導式も正常に動作してる。なのに命令が無視されているの」
正常なのに命令だけ聞かない? 忠実な泥人形にしては、随分と生き物臭いね。
「そしてゴーレムは、命令が無いとその活動は著しく制限されるように出来てる」
「……めっちゃ動いてたじゃん」
「……めっちゃ攻撃されましたけど」
まさかまたガバガバ制限じゃあ無いだろうな。
「動き回るのは仕様。でも、攻撃は出来ない筈なのよ。今更だけど」
「それって正常じゃ無い気がするんですが」
「魔導式そのものは正常に動作している。その上で、異常な行動を取っているの」
「パチェ、わかりやすく」
こちとら脳が無いんだから、あまり複雑な思考は好みじゃないのだ。
「私の魔法とは完全に別種の何かが、ゴーレムを動かしているの」
「へえ、つまり何だ。誰かが紅魔館に喧嘩を売った、ってコト?」
親友のモノに唾をつけ、私たちの生活に害を成す愚か者が居る。
それは穏やかな話じゃないし、私自身も、穏やかではいられない。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でもねレミィ。今はその辺は重要じゃないの」
「じゃあ何が大事なのさ」
「この場合。動き回り攻撃してくるのが、ゴーレムだけとは限らないという点」
「ゴリー!!」
私たちの何倍もあるであろう巨体が動き出す。
蜂蜜色の長髪、大きなリボン、エプロンドレス。容姿自体はとても愛らしい物だ。
だがその巨体に加え、巨大な剣の二刀流。その迫力は他の人形の比ではない。
「なるほど、そういうコトね」
携えた二刀はいつか見たシンプルなモノではない。柄や鍔の部分にゴテゴテとした何が取り付けられている。
「あの剣は一体なんでしょう? やたら色々くっついてますけど」
「まだ説明されて無いから私にも……ん、魔法の糸が無い。魔導式の稼働音もない。やはり別種の何かが動かしているようね」
「まあとりあえず、壊しちゃいましょ」
「アリスと河童にどう言い訳しようかしらね……」
ゴーレムでないなら、魔法は効くだろう。
魔力を右手に掻き集める。放つは神槍。人形如き、穿つは容易い。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』」
掲げた右手に、ルーンを纏った紅色の槍を創り出す。
カッコよくて実用的。我ながら傑作のスペルカードだ。
「レミィ。言い忘れてたけど」
パチェのつぶやきが聞こえたが、まずはこっちだ。
渾身の力でグングニルを投擲。シンプルかつ、致命的な一撃をお見舞いする。
「殺っ……たっ!?」
「ああ、やっぱり」
人形を穿つはずの槍が、人形の手前で突然バラバラに分解してしまった。
形を失った魔力が辺りに拡散し、そのまま図書館のあちこちに着弾する。
当然、人形は無傷。
「……まさかパチェ。あの人形にも結界付けたの?」
「まあ、実験も兼ねてね。それにしても、グングニルでも抜けないか。我ながら傑作ね、この結界は」
「余計なコトを、ホントにもう」
とは言うものの。既にゴーレムの掃討で勝手は解っている。
接近しての格闘か、魔法に頼らない遠隔攻撃か。
「とりあえず堅そうな……この本とか良さそうね」
「ちょっとレミィ。本は駄目よ」
「今更そんなコトいってる場合じゃないでしょうが」
「ここの本は魔道書だらけだし、一般の本にも私が保護魔法を掛けてるのよ?」
「そんな木っ端魔法にも反応するのか」
「木っ端だろうと末節だろうと、魔法は魔法だわ」
まあいいさ。代替品はいくらでもある。
少なくとも、階段やエントランスよりは豊富だろう。
「お嬢様。この辺なんていかがでしょ」
「ん、いいね。投げやすそうな机だわ」
「ってちょっとソレ私の机」
美鈴が抱えて来たのは、格調高そうな木製の大机。
大柄ゆえに貫通は期待できないけど、衝撃で外皮や骨格にダメージを与えられるだろう。
ではさっそく。
「ひっ飛べオルァ!」
「やめろってんでしょ!」
「おぶしッ」
まさかの右ストレートにたまらず吹き飛ばされる。
視界が一瞬暗転し、左頬に激痛が走る。魔女の拳じゃねえよコレ。
「危うくお気に入りを失う所だったわ」
「友人より机を取るとはね……!」
「ちょ、ちょっとお二人とも! ゴリアテが来ますよ!」
歯を剥いて唸りつつ人形に視線を向ければ、ヤツは右腕を振りかぶっていた。
次に何が来るかは明白。
「「散開ッ!」」
「え、待っ。もう!」
飛び退く私と美鈴に対し、脚の遅いパチェが逃げ遅れた。
人形が腕を振り下ろす。神速の縦一文字に対して、パチェが展開した障壁が迎え撃つ。
青い火花を散らしながら、人形と魔女が鍔競り合う。
「お嬢様。人形の結界で、パチュリー様のバリアが打ち消されたりとかは」
「有り得る話ね。そうなる前に……」
助けに行こうと身を乗り出したら、人形はあっさり剣を引いた。
諦めてくれたかとも思ったが、今度は遊んでいた左の剣も一緒に振り下ろす。
「ふん。一本増えた位じゃ……あら?」
しかし、剣が降ろされた先はパチェの両側。ちょうど彼女を挟み込むように振り下ろされていた。
「ヘタクソね」
「ほらパチェ。今の内に!」
「わかってるわよ」
カチリ、と音がした。
「ん?」
見ると人形が、柄に付いた機械のレバーを指で押している。
次の瞬間、機械から、凄まじい勢いで火炎が噴出された。
「あっちゃあああああ!」
「パッ、パチュリー様!」
「もやし炒め!」
再び剣が上げられる。
そこにはこんがり美味しく焼けた友人の姿があった。
「いま助けます!」
「今日のディナーは中華で決まりね!」
「レミィ……後で埋める……」
まだあっちこっちが燃えてるパチェを引きずって後退する。
が、人形がそれを追ってきた。携えた剣は赤熱し、周辺に陽炎が漂っている。
「炎の剣だなんて、ファンタジーですかね」
「シシケバブー」
「アトミックフューチャーだったか」
あの程度の火炎で死ぬほどヤワでは無い。
ただ、再生中に追撃されると厄介だ。そうなれば、時間を無駄に浪費する羽目になる。
とりあえずパチェを物陰に放り込み、人形と相対する。
「いくよ美鈴。ヒトガタ如きに遅れをとっちゃあ、紅魔の銘に傷がつくわ」
「了解です」
美鈴が応答した直後。ごう、という音と共に、視界が紅蓮に染まる。
一瞬で全身が、燃えているかの如き高熱に襲われ……いやこれ燃やされてんじゃん!
「あっついッッ!!」
「ぐあああ焼ける! 焼ける!」
なんてことしやがる。いざ反撃、っぽい雰囲気だったろうが。空気を読め空気を。
しかもこの火、おかしい。いつまでも身体に纏わり続ける。
「パチェ! 解説!」
「機械での火炎攻撃は『着火した燃料を飛ばす』らしいわ。だから長時間燃え続けるし、中々払い消せない」
「オカワリイカガー?」
「やめろ!」
暴々と吐き出される火炎の群れ。辺り一面あっという間に火の海だ。
「くそ、まいったな」
焼かれた所が上手く動かない。再生も妙に遅い。
どうも、燃料か機械のどちらかに仕込みがあるようだ。
「美鈴、動ける?」
「フッ。五分五分、と言ったところですか」
「駄目っぽいね」
パチェにも期待できそうにない。
いっそのこと焼かれた箇所をぶった切っちゃおうか。
いや。再生まで遅くなってる現状、そんなコトしたらますます動けなくなる。
そうこうしているうちに、人形は距離を詰めてくる。
どうする……どうすれば……。
「お困りのようですね」
凛とした声音が、燃え盛る図書館に響く。
「こ、この声はまさか……!」
入口近く、無事だった書架の上に、見慣れたメイドが仁王立ち。
美鈴が、パチェが、そして私が。呼びなれた名前を叫ぶ。
「咲夜!」
「咲夜さん!」
「猫イラズ」
「ただいま戻りました」
ああっ、やっぱり持つべきは瀟洒な従者ね。咲夜愛してる!
もっとも、咲夜が帰る前に解決する、という目標がこれにて失敗となったワケだけど……。
「そしてこちらが、ご所望のおにぎり専門家。秋姉妹です」
「私の心を遠隔で読むな」
「……はるれすょー」
「しかも別人じゃねえか!」
その人は違う時期の担当だよ。もう春はとっくに終わってるんだから、そっとしといてやれよ。
見ろよお前。殆ど夢の中だぞあの顔は。
「あの人形が敵ですか?」
「そ、そうよ。ただあいつは魔法が」
「ご安心を。私の得物は銀と時間だけですから」
人形が剣を振るう。炎剣が書架を薙ぎ払うが、咲夜はもうそこには居ない。
お返しだと言わんばかりに、どこからともなくナイフ出現し、人形に殺到。
銀刃が狙うは、接合部。
「……人形が止まった?」
正確には、止められた。
間接に刺さった無数のナイフが、ヤツの動きを封じ込めている。
無理やり動かそうとしているものの、耳障りな音を立てるばかり。
「ご無事ですか?」
「ちょっと焦げた」
「あの、咲夜さん。春告精は」
「入り口に放ってきたわ」
連れ込んどいて酷い扱いだ。
「お嬢様。あの人形、このまま潰しますか?」
今のところ無力化出来てはいるが、また復帰しないとも限らないしなぁ。
「さっさとヤッちゃうか」
「暴走の原因がわからない以上、念入りに壊さないとですね」
「では、そのように」
「ちょっと待ったァ!」
またしても誰かの声。入口近くの書架の上に二つの影があった。
独特な形状の翼と、独特な配置の翼が並んでいる。実に解りやすい。
「フラン! 小悪魔!」
「地獄の下から、ただいまおかえりー」
「いやぁ、一時はどうなる事かと思いましたよ」
よかった、無事だったのね。
という安心のセリフよりも、まず言いたいことが一つ。
「お前らなんか、パーツ欠けてね?」
身体のところどころが虫食いみたいになってるぞ。出血とかしてない所が逆に怖い。
まさか、食いしん坊のカバに千切って与えたんじゃあるまいな。
「ちょっと太陽に焼かれて」
「ちょっと妹様に焼かれて」
「フラン。なんで小悪魔焼いた」
「太陽に悶えて暴れてたら、いつの間にか焼いてた。てへぺろ」
「小悪魔、その舌引っこ抜いて食べて良いよ」
「い、いえ。私は気にしてませんから」
小悪魔は優しいな。私だったら引っこ抜いて股に移植してやるわ。
ま、もうクライマックスだし。後はゆっくりしていればいい。
「そのクライマックス、私が引き受けるわ!」
「咲夜にしろフランにしろ、人の思考を読むの止めて」
「もうシステムとやらは止まったんでしょ? だったら、もう魔法は効くよね!」
ん? そういえば、人形にかまけててシステムのことすっかり忘れてたな。
「パチェ。システムって止めたっけ?」
「まだ止めてない。というか、結界は単独でも機能するから、システム止めても魔法は効かないわよ」
「ちょっとフラン、聞いた? まだ魔法は効かないらしいから大人しく諦め」
「ろっくんろーる!」
掲げたカードは真紅の剣。
世界を丸ごと焼き払い、終わりを告げる炎の剣。
「待って、ストップ! そこまでやったら館が終わる!」
久しぶりに暴れたせいか、フランのテンションがかなり高い。
元々制御が下手なのに……高揚した彼女に加減は一切期待が出来ない。
大体、ほぼフルメンバーが館内で暴れて、いまだ館が形を保っているコト自体珍しいのだ。
どうせならこのまま穏便に済ませたい。
「そうですよ妹様! 後は咲夜さんにまかせましょう!」
「だーめー。小悪魔もわかるでしょ? こんな大きいの、誰かが独り占めなんてよくないわ」
「いや、他でもない妹様が独り占めしようとしてますよ!?」
「まあね!」
クソッ、こうなりゃ実力行使だ。
「小悪魔、フランを止めろ!」
「えええ!? 私にはムリで―――」
「禁断の右!」
「ぐぅッ」
先んじてフランが放った神速のストレートが、小悪魔の横っ面を粉砕。
くぐもった悲鳴と共に小悪魔が宙を舞う。
マズイ、まだ身体が動かない。他の連中はどうだ。
「美鈴!」
「フッ。五分ご」
「じゃあパチェ! パチェは……あれ、居ねえ! あの女フケやがった!」
いや、そもそもどうやって動いたんだ。パチェは全身余すことなく焼かれたハズなのに。
治したり回避できるなら教えろよチクショウ。
「よし、咲夜。行きなさい!」
「お待ちください。ボス戦の前にはまず会話をしないと」
「……もう異変は終わったんでしょ?」
「終わってしまいましたわ」
だったら早よ行きなさ……そ、そんな寂しそうな顔しないでよ。初めて見たぞそんな表情。
大丈夫だって次の異変でも自機になれるって。
「それじゃあそろそろ、ヤッちゃおっか」
「ああもう、私自ら行く! 動け私の美脚美翼!」
「禁忌『レーヴァテイン』!」
「待っ―――」
▽
何だかんだで、宵の口。
空が夜に染まってもまだ熱気が残っている。だが、今日の紅魔館は風通しが良い。
結果としては、地下図書館とその上にあった構造物が破壊され崩落。
それによって人形は押し潰されて停止。私達もほうほうの体で脱出した次第だ。
フランが気張って半壊で済んだのだから、まあ、良かった事にしておこう。させておいてくれ。
私はその瓦礫の近くにテーブルを置き、咲夜のお土産である人里銘菓『十万億饅頭』を堪能している。
これがまた美味いのなんのって。
「なるほど、付喪神ねえ」
「はい。ゴーレムや人形が暴走した原因は、おそらくコレかと」
ゴーレムは一匹ごとに自我を持っているのではなく、基幹となる魔道書から行動パターンや命令が送信されるのだとか。
異変で振るわれた秘宝の力によって、その魔道書が付喪神化。
役割である『図書館の防衛』を勝手に遂行し始めてしまった。
それだけならともかく、セットで運用される生産魔法がパチェのミスで暴走。今回の件を引き起こした……らしい。
「でも異変は解決したんでしょ? なら、もう心配はいらなさそうね」
「だが、正にこの時、濁り水はゆっくりと流れ始めていたのだった」
「フラーン。手を止めないの」
「はぁい」
本件の功労者であり戦犯でもあるフランには、お片づけをさせている。
半壊で済んだおかげで日蔭はたくさんある。太陽が沈んでいなくても作業は出来るのだ。
なお重要参考人のパチェは、さっき莫大な修繕費要求をしてきたので顎を蹴り抜いておいた。
私の足元に転がっている人型がそれである。
「とりあえず、夕食を摂ったら寝ちゃおうかしら」
真昼間にたたき起こされた挙句、一暴れしたから疲れてしまった。
今寝ると生活リズムが崩れそうだけど、構うもんか。
「今日は美鈴が中華を用意してます」
「それは楽しみね」
美鈴の料理も、咲夜のモノとは別方向に絶品で―――。
「お嬢様! 咲夜さん!」
「どうしたの小悪魔」
「めっ、メイド妖精が攻め込んできました!」
「攻め込んできたって、どういうこと?」
思わず立ち上がり、数少ない窓から外を見る。
湖の上では無数の妖精が、木の枝を掲げて気勢を上げていた。
「我々は女中妖精革命団である!」
『あるっ!』
「要求はしない! ただ、下剋上をここで成すッ!」
『ナス!』
「どこかで異変の話を摘み聞きしたようですね」
「これだから妖精ってヤツは……」
よく見ると普通の妖精やリリーホワイトまで叫んでいる。
メシ食って寝るって言ってんでしょうが。こっちは大立ち回りして疲れてるんだ。
「咲夜、どうにか説得できない?」
「実力で排除した方が手早いかと」
「いーから」
「では、そのように」
美鈴まだかな。これ以上コトが起きる前に寝床へ行きた―――。
「ところでレミィ。図書館の修繕とアリスと河童へのお詫び品についてだけど」
「ま、前触れも無く復活しないでよ!」
しかも要求増えてんじゃねえか。
「さっきも言ったでしょ、半額までなら出すって」
「そこを何とか全額で……さもないと人里で魔女による事件が頻発することになるわ」
「お願いしますお嬢様! 私も人里で悪魔の本領を発揮するハメに!」
「マジえげつねえなお前ら」
ただでさえ最近、あの辺の勢力図が激変してるんだからさぁ。
古参勢力がアホやってたら色々と不都合がさぁ。
「お姉さまー。私もう片付け飽きた。なんかこう刺激的なアレが欲しいわ」
今度はお前か! いい子だから大人しくしてて!
「お嬢様、やはり説得は困難かと。会話になりませんわ」
『げっこくじょう! げっこくじょう!』
「私が書いた『驚愕の事実無根! レミリア激ヤバ迷シーン集』を里に流すわよ」
「お支払いは財布と預金と魂でお願いします!」
「お姉さまー弾幕ごっこしよー、もしくは地下牢デスマッチー」
「お待ちどうさま! 中華の歴史で満漢全席ー! って、何かあったんですか?」
あーもう、結局こうするのが一番か!
「上等だお前ら! 全員纏めてかかってこいやァ!」
妖精、悪魔、魔女、吸血鬼。
4種族が入り乱れる大混戦は結局、美鈴と咲夜が『ご飯冷めちゃいますよ』と叫ぶまで続いた。
戦闘時間、僅かに5分。
美味しいご飯には誰も勝てないということか。あっさり復職したメイド妖精達によってテーブルや食器が用意されていく。
星明りの下、急きょ開かれた立食パーティ。
それは眠気を忘れる程度に、楽しいものとなった。
新たなる異変が吹き荒れる中、かつて異変を起こした館もまた、大変なことになっていた。
「くぁ~、おはよ……あれ?」
あくびをしながら棺桶の蓋をどかす。
私の部屋には窓が無いので、外の様子は解らない。しかし雰囲気からいって、どうやらまだ昼間のようだ。
珍しく途中で眼が覚めてしまったらしい。勿体無い。
「咲夜……は居ないんだっけ」
野良妖怪たちの不穏な動向と、咲夜が手に入れた謎の短剣。
異変解決の主役の一角を任された彼女は、初日に野良妖怪をブッ倒し、今日が二日目の出撃だ。
本件に関しては詳しく把握していない。まあ珍しく緩んだ表情の咲夜を見れたから、私はすでに満足している。
「……寝よ」
夏の真昼間という最悪の時間帯に、起きる理由は一つもない。
再び棺桶の蓋に手を掛け―――。
「ニイハオ!!」
「だっ!?」
威勢のいい中国語と共に、自室の扉が爆散。
唐突にフリーとなった出入り口から、必死な顔をした美鈴がフランを抱えて飛び込んできた。
「お嬢様おはようございます! そして脱出しますよ!」
「お姉さまおはよ~」
「待って待って説明して。突然すぎて脳がその扉みたいになりそう」
「お嬢様は脳無しだから大丈夫ですよ! さあ!」
あってるけど、もう少し言い方に気を付けて欲しかった。
とか考えているうちに空いている片手で私を抱え込み、わき目もふらず走り出した。
「ちょっとフラン。どうなってるのコレ」
「私にもサッパリ。気が付いたら爆散、ニイハオ、拉致逃走だもの」
「いい所に窓が! 破って出ます!」
美鈴が跳躍し窓を突破。
館内の静かな世界から、賑やかな青空の下へと……。
「待って美鈴! 日傘日傘!」
「ああっ、すいませんすぐ日蔭に!」
「久々に外出たらコレだもんなぁ」
▽
何とか灰になりきる前に、正門の小屋に避難することが出来た。
常備されているいつものドレスに着替え、日傘を受け取る
「お姉さまのはともかく、何で私の着替えと日傘も置いてあるの?」
「咲夜さんが万が一の時の為にと」
「ホラお姉さま。咲夜の準備を無駄にしないためにもさぁ。外出許可とかさぁ」
「ダメ」
それはそれ、これはこれだ。
もっと淑女の嗜みと自制心を身に付けてからいいなさい。
「さて。ちゃんと説明してもらうわよ」
「もちろんです。そこら辺は……あ、丁度戻ってきました」
小屋に入ってきたのはパチェと小悪魔。
あっちこっちがボロボロなのは、一体どういうことだろうか。
「さてはまーた何かやらかしたの?」
「……これから説明するから」
用意された椅子に座り。パチェの言葉を待つ。
「皆は、ゴーレムの事を覚えているかしら」
ゴーレムとは、要するに泥人形の召使いだ。
パチェのゴーレムは戦闘用で、侵入者……魔理沙を撃退するために作られた。
「高い生産効率、指揮システム、自律行動の的確さ、多様な戦闘パターン」
「あと、髪質から下着にまで拘った変態的こだわり」
幻想郷の住人を可愛らしくデフォルメ化した外見のゴーレム達だが、細部の出来栄えは色々と変態だった。
特に面識すら無い相手のヒミツはどう知ったのか。いまだに判らないし、知りたくない。
「既存のゴーレムとは比較にならない性能を誇る画期的な」
「画期的な出来栄えだったのに、ノウハウを仮想敵にまるごと盗まれちゃいましたよね」
本末転倒もいいとこだ。
これによって魔理沙もゴーレムを繰り出すようになり、熾烈な集団戦が繰り広げられることになる。私の家でだ。
「まさに次世代のゴーレム業界を担うべき存在なのよ」
「どうせなら損害の補償を担って頂きたかったね」
ぱちゅコじゃなかったゴーレム同士の戦闘で地下図書館は酷いありさまとなり、紅魔館本館にすら被害が及ぶほどだった。
図書館の修繕見積もりを持ってこられた時は、あまりの高額にその場でパチェの顎を殴り抜いてしまった。
「どいつもこいつも、余計なコトばっかり覚えてるわね」
余計なコトばっかしてるからだ。
「パチェ、回りくどいのは好きじゃないわ。単刀直入に言って」
「生産システムが暴走して増殖が止まらないの」
「……え、それだけ?」
てっきり『紅魔館が消滅する』とかそういう話かと思ってたんだけど。
「たかが泥人形でしょー? 適当に蹴散らして、システムとやらをブッ壊しちゃえばいいじゃん」
「以前のゴーレムとは違うの……特に、魔法の類が効かない点」
「何ですって?」
「事実上の完全無効、だそうです」
それは要するに、無数の敵をチマチマと潰していく必要があるということ。
皿に盛られたライスを一粒ずつ食えと言われて、喜ぶ者はいないだろう。
「それどんな理屈でそうなってんの?」
「生産されたゴーレムの半分に小規模結界の発動素子を付与し結界領域の意図的重複と基幹魔法とのリンクによる」
「パチェ、簡潔に」
「凄い魔法で超固いバリアを張ってるわ」
「何それマジヤバくない?」
「なんか馬鹿っぽいよ二人とも」
要点を押さえた簡潔な報告。それがデキる大人の技なのだ。
フランもいずれは解る日が来るだろう。
「あのー。それって魔法以外も駄目なんですか?」
「抵抗されるのは魔法だけ。貴方の拳法ならそのまま通るわ」
そこまで言うとパチェが立ち上がり、私達を手招きした。
日傘を手に外へ出て、全員で向かったのは我が家の玄関。
「……以上の話を踏まえた上で、レミィ。ちょっと開けてみて」
「玄関を?」
「ええ」
大きな木製の扉が、ゆっくりと開かれる。
視界に入ってきたのは、当家自慢の美しいエントランス―――。
『あーぉ、あーぉ』
「……あーお?」
―――を埋め尽くさんばかりの、無数のゴーレムたち。
床に、壁に、空間に。
歩くことも飛ぶことも困難な密度で布陣されたゴーレム軍団。
無数の目線が此方を睨み、甲高い声で私を威嚇し始めた。
『あーぉ』
『わお! わお!』
『ブォーン! ブォーン! ブォーン!』
「あ、あの……失礼しました」
かちゃり、と静かに扉を閉める。
額の汗を拭いとり、髪を掻き上げ、パチェの元へと歩み寄り、両の頬を引っ張り上げる。
「うぎゅっ」
「何だあのデタラメな数は! シャンデリアが見えすらしねえぞ!」
「ひゃ、はやしらふぁいひょ……いちおう、製造数は制限してあるんだけどね」
これじゃ制限の意味を成して無いだろ。ガバガバにも程があるわ。
「預かりモノも置きっぱなしだし。まいっちゃうわ」
「涼しい顔してよく言うよ」
それはともかく、この状況をどうにかしないと……。
「ねー、パチュリー。『目』を潰すのはダメなの? きゅっとしてドカーン」
「ああ、その手がありましたね!」
きゅっとしてドカーン。フランが持つ、問答無用の破壊能力。
物質が持つ緊張点を手のひらに移し、直接『握りつぶして』全体を破壊に導く。文字通り必殺の一撃だ。
「それなら出来るわ。ただ、その能力で一度にどれくらい潰せるかによるわね」
「ああまあ。一つずつとかじゃ大して意味がないもんね」
「十ずつ位は欲しいわね。それでも、製造速度との競争になる」
そんなに早く復帰するのかよ。えげつねえ。
「つまり妹様は、さながら無数のおにぎりを握るかのように、ひたすらきゅっとし続けなければならないと……!」
「おにぎり! いいですねぇ。お腹が膨らみますねぇ」
「金髪幼女妹吸血鬼のお手製おにぎり……なんてそそる響きなのかしら……」
「お、お姉さまどうしよう。私おにぎり作ったこと無いよ」
「どうもこうもねえよ」
こんな時咲夜が居たら、瀟洒なツッコミをしてくれるのかしら。
いや、駄目か。たぶん秋神あたりを拉致ってきて『というワケで、おにぎりの専門家をお連れしました』とかのたまうに違いない。
「で、実際どうなの?」
「出来るけど、数が多いと『目』を探して移すのに時間がかかるよ」
「あれってちゃんと探してたのか。てっきり勝手に移ってくるもんかと」
「そんなワケないじゃん」
ウン百年の付き合いで初めて知った。人生とは知ることの連続なのね。
「それにオートじゃつまらないわ。相手の大事なトコをじっくり這うように捜し出すのって、凄くゾクゾクするの。それで」
「なるほど。これじゃ壊すより増える方が速そうね」
「お姉さまひどい。最後まで聞いてよー」
頬を膨らませてぷりぷりと怒るフラン。めっちゃ可愛い。指先で押してプスーってしたい。
いや、それはともかく。楽は出来そうにないことはわかったワケだ。
「と、なると。後は正攻法しかないですかね」
「あら、やる気ね美鈴」
「私達には時間がありませんからね」
そう、実は本件にはタイムリミットがある。
「そうですよね。咲夜さん、異変解決に出てるんですものね」
「だから見かけなかったのね。銀の猫イラズ」
久々の主役稼業を終えて帰ってきたら、屋敷は泥人形だらけ。主は野外で飯盒炊飯の準備をしている。
水の分量を確かめながら、気品あふれる笑顔を浮かべて私がのたまう。
『今宵の晩餐はレトルトカレーよ』
もはやカリスマ云々以前の問題だ。
「何より咲夜さん。疲れてるのにお風呂もベッドも抜きになっちゃいますし」
「普通に外は辛いし……」
人間だろうが妖怪だろうが、夏の野外は余りに辛い。
異変解決という大仕事の後では余計にそうだろう。
「最後に……ゴーレムの活動領域は館内に限定してあるわ。外に出ることは無いからそこは気にしないで平気よ」
「えーっと、ただし外部から攻撃された場合は領域が追加されます。なので館の外からの攻撃は出来る限り避ける事。ってパチュリー様が」
「不幸中の幸いかしらね」
「で、どうするの? レミィ」
「簡単よ。魔法が効かないなら物理で攻める」
なにせ当館には、ステゴロのエキスパートが存在するのだ。
「そーいうワケだから美鈴、まず威力偵察ヨロシク」
「かしこまりッ」
手をベキボキと鳴らしながら玄関前に立つ美鈴。うーん、頼もしい。
扉を開くと、再びゴーレムの群れが姿を現した。
「へアッ!」
気の抜けた気合一声。なんと、そのまま群れのど真ん中へと跳躍。
次の瞬間には、十数体のゴーレムが粉砕されて宙を舞った。
「よ、容赦無くブッ飛ばしましたね」
「いやいや、そうこなくっちゃあ」
泥人形に遠慮なんて不要。片っ端から大地に還してやればいい。
そうした間にも美鈴は、次々とゴーレムを打ち倒していく。
「すごいすごーい! 美鈴やるぅ!」
「このまま行けちゃうんじゃないですか? パチュリー様」
驚いた小悪魔が問うも、パチェの表情は固いままだ。
「何を言ってるの。あの数を一人でなんて無理だわ」
「ゴーレムだって反撃するだろうしね」
「ああ、レミィ。それは心配いらな―――」
「パチュリー様! ゴ、ゴーレムが!」
エントランスに光が溢れる。ゴーレム達の魔弾による射撃が始まった。
過密状態のエントランスに乱れ舞う魔弾。それらはゴーレムにも着弾するが、件の結界で無傷。
なのでヤツラは遠慮なく、美鈴を狙って撃ちまくる。その光景はなんというか、もはや凄惨ですらあった。
「滅茶苦茶じゃないのよコレ」
「……これは、一体どういう」
「いいなー。私も混ざりたいなー」
『ブッ壊れた人形が! この紅美鈴が……ゴーレム如きに!』
「混ざりたい?」
『うひィ、何コレどうすればいだだだだだ』
「……参加を考慮する前提で協議を進めたい所存だなー」
『救命阿アァー!!』
ひとしきり悲鳴が聞こえた後、全身ボロボロになった美鈴が外に飛び出してきた。
スタントアクションのように地面を転がり、流れるように構え直す。
「フッ。五分五分、といったところですか」
「負けとる負けとる」
多分コイツ本気で言ってるな。
ボロボロにしてようやくこのセリフが出て来るんだから、敵としては厄介極まりないだろう。
もっとも、ゴーレムはそんなコト考えないだろうけど。
「まあとりあえず、どうだったかしら?」
「パチュリー様の言うとおりですね。少数なら雑魚ですが、無数に来られるとキツイです」
「……戦いは数って、巨漢のオッサンが言ってたわ」
「パチェは極端すぎるんだよ」
あの美脚UFOがこんなに量産されたら世界が滅ぶわ。
いや、今はゴーレムの話だった。
「なんにせよ、コレを魔法に頼らず片付けるのは骨が折れそうです」
「咲夜の不在が痛いわね」
ナイフであれば結界も無効だ。
抜群の実刃投射能力を誇る咲夜が居れば、かなり楽が出来たことだろう。
くそう、こんな時に異変を起こしたタコは誰だ。細かく砕いて豚の餌にしてやる。
「それじゃ始めましょう。全員で突っ込んで、まずはエントランスを取り戻すわよ」
「大雑把ね……もうちょっと作戦とか無いの?」
「うるさいな。何だったらアレだ。『パチェだけ突撃』って命じさせて頂きますわよ?」
「よーしみんないっしょにガンバロー」
棒読みと共に腕と膝をカクカクし始めるパチェ。
もしかしてそれ、スクワットのつもりなのか?
「それじゃ改めて」
開け放たれた扉の向こうには、やはり無数のゴーレム達。
美鈴が減らした分はとっくに補充されてしまったらしい。
しかし、1人では駄目でも、5人ならどうかな?
「いっせーの……」
「「「「「どっせい!!」」」」」
打ち合わせ無しでそろった掛け声と共に、内部へ突入。
それぞれの手段で正面のゴーレム達を薙ぎ払うと、空いたエリアに私と美鈴が割って入る。
生まれた隙間を埋めようと押し寄せる近接型ゴーレム。それを震脚で制す美鈴と、巻き込まれてよろける私。
振るわれる寸前だった私の爪撃が軌道を変え、美鈴が誇る火炎の如き長髪を容赦なく裁断。
私は顔から勢いよくスッ転んだ。
「だーッ! 髪が!」
「鼻! はにゃが!」
「……何やってるのよ、全く」
パチェが魔法でエントランスの床を、高低差が出来るほどに大きく砕く。地上に蔓延る近接型と弾幕型がそれに巻き込まれた。
私と美鈴は飛行型の攻撃を強引に無視しつつ、文字通り総崩れとなった連中を片っ端から潰していく。
「ちょっと美鈴。私まで巻き込むなんて……喧嘩売ってるのかしら?」
「お嬢様こそ私の髪こんなにしちゃって、ひどいですよぅ」
「貴方が悪いんでしょ。それに、髪なんてすぐ伸びるでしょうに」
「まあそれはそうですけど。フンッ!」
美鈴が気合を込めると、雑な短髪にされた彼女の髪が一瞬で伸びて、元の長髪を取り戻した。
「ええ……何かにゅるって伸びたんだけど……」
「フフフ、これが中国4000年の歴史がもたらす力なのです」
「中国怖ぇ……」
推理小説において、謎の中国人という要素を多用することはタブーであると聞く。
美鈴を見ているとなんとなく納得してしまう。
「地上は取られちゃったかぁ。それじゃ、空は私のモノね!」
陸で茶番が繰り広げられる中、待ちきれないとばかりにフランが飛行型の群れに突撃。
圧倒的な破壊力を以て、エントランスの空を掃除していく。
「それにしても、これやっぱ面倒臭いわ」
「仕方ないですよ。偶には地道に行きましょ」
「うんざりするわね……」
平坦な床で戦う事を想定した連中だ。砕かれて複雑化したエントランスの床は荷が重いだろう。
最も、優勢は此方にあるとはいえ面倒くさい事には変わりない。楽しく潰せるデザインに変えて貰わないと。
「ふふ、やっぱり私が居ないと皆ダメね」
「さすがパチュリー様です!」
「ちょっと、パチェも小悪魔もゴーレム潰し手伝ってよ!」
「さっき手伝ったでしょ。それに、泥臭いのはごめんなのぶフォア、ゲボボ」
「「何故吐いた!?」」
唐突に口から血を吐きながら崩れ落ちるパチェ。
大慌てで小悪魔が抱き起すが、一体何があったんだ。まさか吐くほど嫌だったのか。
「と、とりあえず。目の前の仕事を終わりにしましょ」
「え、ええ。そうですね、そうしましょう」
血濡れの友人を横目に見つつ、ストレスフルな作業を続行。
何とか陸のゴーレムを潰しきり、改めてパチェのところへと向かう。
そこには未だに口から血を流すパチェと、それを介抱する小悪魔の姿があった。
「小悪魔、パチェはどうしたの?」
「それが、床を壊した時の粉塵を吸い込んだらしくて」
「滝みたいに血を吐いてたけど」
「まあ炎天下に居ましたし、粉塵は喘息の天敵ですから」
喘息が辛い物だってこと位はわかる。
苦しそうに咳き込むパチェの背中を撫でたのは、一度や二度のことでは無い。
でも流石に、血ィ吐き過ぎじゃあなかろうか。
「病ゴボォ弱っ子なゴボォのよ私は」
「吐きながら喋るな」
真っ青な顔色で、白目剥いて血を吐き出す。
あからさまに重病なビジュアルにも関わらず、声音と口調は普段通りってどういうことだ。
慣れなのか、あるいは趣味でその顔を作っているのか。後者なら即やめて欲しい。
「掃除完了ー。楽勝過ぎてため息出そう」
そうこうしているうちにフランは掃除を終えたらしい。
ここぞとばかりに弄んでいたのか、あの子にしては遅い終わりだ。
まあとにかく、これにて陸空ともにクリアとなった。エントランスの奪還成功ね。
▽
「なーんかあっけないなぁ。手ごたえ無さ過ぎじゃないの?」
積み重なったゴーレムの残骸に腰を掛け、フランが退屈そうに身体を揺らす。
獰猛なまでに光り輝いていた羽の宝石も、今は消えかけのロウソクのようだ。
「これじゃあ欲求不満よ、ヨッキューフマン」
「焦らなくても平気よ」
「へ?」
「ほら、アレ」
それはエントランスから伸びる一本の廊下。
進むと地下図書館への階段があるのだが、今はその先を見ることは出来ない。
大量のゴーレムが此方に向け、ゆっくりと行進しているからだ。
「もうあんなに!?」
パチェの言っていた生産能力は本当だったワケだ。ため息が止まらないよ。
「随分のんびりした進軍ね」
「火力を集中させるために、足の遅いゴーレムに合わせてるのよ。」
「おや、ゴーレムにしては賢いじゃない」
「そういう設定のグループをランダムで生産するようにしてあるの。実験の一環でね」
随分細かいことまでやってるんだなぁ。
火力が増えるのは困るけど、足が遅いのは幸いだ。
「ただ、システムに近づくほど生産されたゴーレムが前線に早く着くようになるから……」
先に進めば進むほど厄介さが増すって事か。まったくもって難儀な話だ。
「ど、どうしましょうパチュリー様」
「うーん……」
「フフフ、安心しなパチェ。ここは私に任せなさい」
「何かアイデアがあるの?」
その通り。実は先ほど、バツグンに素敵な発想が脳内を駆け巡ったのだ。
「フラン! 貴方にはボールになって貰うわ」
「え、ボールは肉親?」
要するにバカ正直に一歩一歩進もうとするから大変なんだ。
背中の翼は飾りじゃない。上を飛んでしまえばそれでいいのだ。
「しかし妹様をそんな。私が行きますよ?」
「ちゃんと理由があるのよ。到着後はフォーオブアカインドで分身し、4人がかりで敵に当たれるからね」
「おお、意外とそれっぽい理由ですね」
意外とはなんだ意外とは。
「あのゴーレムの密度だと、ただ走ったり飛ぶだけじゃ阻止される可能性があるわよ」
「だから私が投げるのよ。それで速度を稼げるでしょ」
「でもそれじゃあ……」
「それに投げられて飛んでる最中は、フランの羽のシャラシャラが回転する刃となって、ゴーレムの壁を切り裂くのよ」
「えっ」
「名付けて『フランチャンドラム』! 我ながら完璧過ぎてお漏らししそうだわ!」
私としたことが、少々本気を出し過ぎてしまったか……デキる女は辛いわね。
さあ遠慮しないで。知性の化身たるこの私を、尊敬と畏怖を以て褒め称えなさい。
「さ、流石はお嬢様! 常人ならまず躊躇うコトを平然と提案してのけるッ!」
「お姉さま、頭に大腸でも詰まってンの?」
「レミィ……まさか、これほどとは……」
「御免なさいお嬢様! 私のおつむでは庇いきれないです!」
褒め称えてよ!
「つーか気が触れてる妹にクソ頭って言われた……!」
「誰が貴方の妹でも、きっとそう言ったでしょうよ」
「大丈夫よお姉さま。それ以外の腸はちゃんとお腹にあるから」
「何よその面白生物……」
小腸後の流れが大冒険過ぎる。私の中身がクソだらけになっちゃうだろ。
「パチュリー様。実際どうなんですか? フランチャンドラム」
「まあ確かに超スピードで体当たりすれば、ゴーレムもひとたまりも無いでしょうね」
「でしょー?」
「ただ、投げるとその後の姿勢制御で速度を喰われるし、羽の宝石で斬るのは無理よ。そんなコトする必要性が解らないわ」
「だって、そっちの方がカッコいいでしょ」
「……さようで」
まったく、パチェにはロマンが足りない。たとえ危機的状況でもそういうのを忘れてはいけないのだ。
あ、でも待てよ。体当たりで泥人形を倒したら、フランが泥まみれになってしまうのでは……?
「もしやるなら、別の手段で速度を稼ぐ必要があるわ」
「別の手段ねえ」
「あ、だったら私。もっと速くてカッコいいの出来るよ」
「フラン?」
細い腕をぐりんぐりんと回しながら、フランはそう答えた。
まさか本人から提案されるとは。このままだとフランの愛らしい肢体が泥まみれ……いや、まてよ。あるいはそれも……。
「あー今、お前には無理だとか思ったでしょ?」
「そ、そういうワケじゃないけど」
ごめんなさい。有りだとか思ってました。
「ここは最高にキュートで、イカれた私にお任せあれ」
片目を瞑り、二本指を振って見せるフラン。
可愛いなぁ。そういうのどこで覚えて来るんだろ。抱きしめて全身もぎゅもぎゅしたい。
いやそうじゃなくて。
「わかったわよ。お手並み拝見させてもらうわ」
「イエーイ!」
フランの羽から一瞬光が消える。
そして、羽の宝石がバキバキと音を立てて『開いた』。
宝石の内部からは大量の魔力が溢れ出ている。マンガで見たロケットブースターみたいだ。
つまり、肩翼8基。両翼合わせて16基のロケットウイング。成る程、カッコいい。
「あいむしゅーたー! デカブツ相手じゃないのが残念だわ」
「ゴキゲンね」
「それはもう」
声を弾ませつつも、前に進まないようにお座りの姿勢を取って踏ん張っている。やはり相当な推力なのだろう。
何せフランの魔力総量はパチェのそれに匹敵する。それをただ前進する為だけに注ぎ込んでいるのだ。
「それじゃ、そろそろ行くよー」
「気を付けなさいね」
「はぁい。いってきまーす!」
無造作に溢れる魔力が整えられて収束し、さながら光の柱のようになったその瞬間、フランが立ち上がって床を蹴る。
吸血鬼の脚力と、莫大な魔力の噴射による超加速。踏み込まれた床は砕けて沈み、エントランスに暴風が吹き荒れる。
少女型の砲弾となったフランは、その身と衝撃波によって廊下とゴーレムを片っ端から轢き壊す。
「どこまでも……」
無数のゴーレムを弾き飛ばしてなお、勢いは衰えない。ほぼ初速のまま、ひたすら廊下を飛翔し続け―――。
「いこうぜー!」
―――そして突き当りの壁を貫き、太陽の下へと飛び出していった。
「「「い、逝っちゃった……」」」」
あとに残るは静寂と、虚空に浮かぶフランの笑顔だけだった。
「フ、フラァーン!!」
「あわわ、えらいこっちゃ……」
「小悪魔。助けに行ってあげて」
「わ、わかりました!」
落ち着け、まだ慌、あわわ。
檻入り娘とはいえ、一瞬でロストということは無いハズ。多分恐らく。
むしろ、フランが作った血路を無駄にする訳にはいかないのだ。
「多分もう、階段に押し寄せてるわね……レミィ」
「オーライ魔女殿。しっかり掴まって。ほら、美鈴も」
「は、はい」
パチェと美鈴を抱き寄せて、翼を振るう。廊下に敵性は居ない。鼻先を抑えるチャンスだ。
咲夜の能力によって長大化した廊下だが、私にかかれば手狭に過ぎる。
瞬く間に地下図書館へ通じる階段に辿り着く。
「ギリギリ間に合ったようね」
「コレを見る限り、あんまし喜べないけどね」
踊り場を有するオーソドックスな階段を見下ろすと、やっぱりゴーレムの群れ。
爪撃をお見舞いするも、次から次へと湧いてくる。
どうしたもんかなと思索を巡らせていた時、フランのスーサイドアタックを思い出す。
魔法に頼らない飛び道具があれば、もう少し楽になるかもしれない。
「美鈴、パチェ。ちょっとだけここ、任せるわ」
「じゃあ私も行くわレミィ」
「あんたはここを死守。事の元凶が楽しようとするんじゃないよ」
あからさまに嫌そうな顔をするパチェを眼光で威嚇する。
魔女殿は肉体労働となると全力で逃げ出そうとするから困る。
「仕方ないわね。この鉄板入り魔導書の出番だわ」
「な、なんか昔の不良みたいですね」
「魔女ってイキモノは、基本不良なのよ」
達人の正拳と5mm厚鋼板が奏でる凄惨な打擲音をバックに、私はエントランスに引き返す。
「あったあった。持てるだけ持ってこっと」
しかし筋力的にはともかく、私の小さい手じゃたくさんは持てないなぁ。
ま、いいか。いざとなったら幾らでも作れるのだ、コレは。
「おまたせー」
「一体何を企んで……何よソレ?」
「床」
「ゆか……ゆか?」
私が両手いっぱいに抱えているのは、床である。
厳密には、さっきパチェが魔法で引っ剥がした、床の残骸だ。
「よーするに、魔法じゃなきゃ何でもいいんでしょ?」
「まあそうだけど」
「もっと早く気が付けば、フランを犠牲にしなくて済んだのになぁ」
その中の手のひらサイズの残骸を右手に握りつつ、ゴーレムまみれの階段を見下ろす。
右手を掲げ、左足を踏み出し、腰を回し……右腕を振り下ろす!
「オルァ!!」
グングニルの投擲で鍛えた右腕から残骸を射出。
ゴーレムと階段を次々と貫いて、見えない階下から凄まじい弾着音が響き渡った。
思ったよりいい手ごたえだ。我ながらナイスアイデア。
「よっ! ナイスピッチ社長!」
「さすがだわ社長」
「いいから手伝ってよ!」
美鈴が抱えて私が手投げだ。パチェは応援。
階段を下りながら投げ続けるも、あっという間に弾が尽きる。
「お嬢様、もう床がありませんよ」
「その辺の壁とかを引っぺがしてくればいいでしょ」
「凄い会話してるわね、貴方達」
壁を砕いたり剥がしたりさせ、それを弾として投げまくる。
破壊と投擲を繰り返すこと数十回。いよいよ図書館入口へと到達した。
そこには、私たちの想像を裏切る光景が広がっていた。
▽
「……ゴーレムいなくない?」
いや、居るには居るのだけれど。かなり少ない。
さっきまでは通路を、文字通り埋めつくほど居たと言うのに。ここにはEASYモードにも満たない数だ。
襲い来るゴーレムの残党を軽く捻り、図書館から敵性があっけなく消失した。
「パチェ、解説」
「材料切れ、かしらね。賢者の石モドキで補佐させてたから効率は高いハズだけど……少なめに用意して正解だったわね」
「えっ? それなら、エントランスで戦ってれば自動的に勝てたんじゃないの?」
わざわざ最奥まで攻め込む必要なんか無かっただろう。
階段の壁を毟る必要は無かったし、フランも青空の向こうに消えていく必要は無かった。
一体どうして? 何か、深い理由があるのだろうか。
「この方が……楽しかったでしょ?」
「パチェお前、明日の号外載ったぞコラァ!」
その首を締め落とすべく手を伸ばすが、美鈴が腕をつかんで制止する。
「離してたもれ美鈴! このうつけ者を死罪に処すのでおじゃァ!」
「何キャラですかそれ!?」
「あら、ロマンがどうのとか言ってたのは誰だったかしらね」
「いやコレはロマンとは違うでしょ!?」
「冗談よ冗談」
どうせなら笑える冗談を飛ばしてくれ。
「結果的に尻すぼみになってくれたけど、あの時点ではどうなるか解らなかったから……元凶を迅速に断つことを優先させたのよ」
「つまり、悪化していた可能性もあったワケですか?」
「大いに有り得たわ。例えば、暴走によって材料指定が『ここにあるもの全て』に書き変わってしまったとしたら」
図書館にある無数の本や調度品。果ては床、壁、天井。その全てがゴーレムの材料にされる事になる。
しかもモドキとはいえ、賢者の石の名を冠した変換器によってだ。そうなれば、悪夢と呼んでもまだ不足だろう。
「はぁ、これでラッキーとはね。全くもってツイてないよ」
何はともあれ、あと一仕事でコンプリートだ。
「後はシステムとやらを壊せばいいのよね」
「そうよ。生産を管理する魔道書を、焼くなり斬るなりすればいい」
「そんな簡単に壊せるの?」
「脆くしたのよ。こういう状況に陥った時の為に」
パチェにしては気が効くわね。
近寄る者みな切り刻む、なんてトラップを仕掛けてるとか想像してたけど、杞憂だったか。
「ただ、その前に、ちょっと一仕事があって」
「なに今更エンリョしてんのよ。この際全部ブッ飛ばしてやるから言いなさい」
「別に遠慮してる訳じゃないけど……預かりモノが置きっぱなしになっててね」
「ああ、最初に言ってたヤツ?」
パチェにモノを預ける変わり者。紅魔館の住人を除けば、その数は片手でさえも余りが出る。
駄目だ、嫌な予感しかしねえ。
「厳密には、アリスのゴリアテ人形に河童の武器を持たせたモノなんだけど」
それみたことか! しかもダブルだよ!
「大体わかったよ。ソイツを倒さなきゃシステムを壊せないって言いたいんでしょ?」
「その通りよ。察しが良いわね」
「じゃあ、私が今思ってる事も察してくれるかしら」
「オラワクワクしてきたぞ?」
「やっぱ絞め殺したろか」
仮に操者たるアリスがここに居れば、ワクワクしたかもしれない。
だけど、勝手に暴走した人形じゃあねぇ。
指揮者の居ないオーケストラがその真価を発揮できるとは……ん、ちょっと待った。
「ゴリアテ人形? ゴーレムじゃ無いってコト?」
「そうよ」
「なら別に、倒さなくてもいいんじゃないの?」
「確かにそうですよね。アリスさんが居なければ、動きたくても動けないでしょうし」
アリスは自律人形の制作に腐心しており、その研究過程で得られた成果を人形達にフィードバックしている。
現在は半自律と呼べるまで自律・自動化した人形まで居るらしい。
戦闘用であるゴリアテなら、ある程度の動作や判断は自動化されていると見ていいだろう。
ただそれらは、アリスの指示や操作が前提にある。
彼女が操作や指示を行わない限り……まして、魔導式が起動すらしていないゴリアテ人形は動く事すら叶わないハズだ。
「それを言うならゴーレムだって同じよ。いい? 暴走しているのは『生産システム』なのよ?」
そういえば……増殖が止まらないとは言っていたけど、ゴーレムが暴走したとは言っていなかった。
「じゃあなにか、ゴーレムを操る魔法的なモノは正常だってコト?」
「魔法そのものは、ね」
「引っかかる言い方するね」
「指揮する魔法は正常で、ゴーレム自体の魔導式も正常に動作してる。なのに命令が無視されているの」
正常なのに命令だけ聞かない? 忠実な泥人形にしては、随分と生き物臭いね。
「そしてゴーレムは、命令が無いとその活動は著しく制限されるように出来てる」
「……めっちゃ動いてたじゃん」
「……めっちゃ攻撃されましたけど」
まさかまたガバガバ制限じゃあ無いだろうな。
「動き回るのは仕様。でも、攻撃は出来ない筈なのよ。今更だけど」
「それって正常じゃ無い気がするんですが」
「魔導式そのものは正常に動作している。その上で、異常な行動を取っているの」
「パチェ、わかりやすく」
こちとら脳が無いんだから、あまり複雑な思考は好みじゃないのだ。
「私の魔法とは完全に別種の何かが、ゴーレムを動かしているの」
「へえ、つまり何だ。誰かが紅魔館に喧嘩を売った、ってコト?」
親友のモノに唾をつけ、私たちの生活に害を成す愚か者が居る。
それは穏やかな話じゃないし、私自身も、穏やかではいられない。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でもねレミィ。今はその辺は重要じゃないの」
「じゃあ何が大事なのさ」
「この場合。動き回り攻撃してくるのが、ゴーレムだけとは限らないという点」
「ゴリー!!」
私たちの何倍もあるであろう巨体が動き出す。
蜂蜜色の長髪、大きなリボン、エプロンドレス。容姿自体はとても愛らしい物だ。
だがその巨体に加え、巨大な剣の二刀流。その迫力は他の人形の比ではない。
「なるほど、そういうコトね」
携えた二刀はいつか見たシンプルなモノではない。柄や鍔の部分にゴテゴテとした何が取り付けられている。
「あの剣は一体なんでしょう? やたら色々くっついてますけど」
「まだ説明されて無いから私にも……ん、魔法の糸が無い。魔導式の稼働音もない。やはり別種の何かが動かしているようね」
「まあとりあえず、壊しちゃいましょ」
「アリスと河童にどう言い訳しようかしらね……」
ゴーレムでないなら、魔法は効くだろう。
魔力を右手に掻き集める。放つは神槍。人形如き、穿つは容易い。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』」
掲げた右手に、ルーンを纏った紅色の槍を創り出す。
カッコよくて実用的。我ながら傑作のスペルカードだ。
「レミィ。言い忘れてたけど」
パチェのつぶやきが聞こえたが、まずはこっちだ。
渾身の力でグングニルを投擲。シンプルかつ、致命的な一撃をお見舞いする。
「殺っ……たっ!?」
「ああ、やっぱり」
人形を穿つはずの槍が、人形の手前で突然バラバラに分解してしまった。
形を失った魔力が辺りに拡散し、そのまま図書館のあちこちに着弾する。
当然、人形は無傷。
「……まさかパチェ。あの人形にも結界付けたの?」
「まあ、実験も兼ねてね。それにしても、グングニルでも抜けないか。我ながら傑作ね、この結界は」
「余計なコトを、ホントにもう」
とは言うものの。既にゴーレムの掃討で勝手は解っている。
接近しての格闘か、魔法に頼らない遠隔攻撃か。
「とりあえず堅そうな……この本とか良さそうね」
「ちょっとレミィ。本は駄目よ」
「今更そんなコトいってる場合じゃないでしょうが」
「ここの本は魔道書だらけだし、一般の本にも私が保護魔法を掛けてるのよ?」
「そんな木っ端魔法にも反応するのか」
「木っ端だろうと末節だろうと、魔法は魔法だわ」
まあいいさ。代替品はいくらでもある。
少なくとも、階段やエントランスよりは豊富だろう。
「お嬢様。この辺なんていかがでしょ」
「ん、いいね。投げやすそうな机だわ」
「ってちょっとソレ私の机」
美鈴が抱えて来たのは、格調高そうな木製の大机。
大柄ゆえに貫通は期待できないけど、衝撃で外皮や骨格にダメージを与えられるだろう。
ではさっそく。
「ひっ飛べオルァ!」
「やめろってんでしょ!」
「おぶしッ」
まさかの右ストレートにたまらず吹き飛ばされる。
視界が一瞬暗転し、左頬に激痛が走る。魔女の拳じゃねえよコレ。
「危うくお気に入りを失う所だったわ」
「友人より机を取るとはね……!」
「ちょ、ちょっとお二人とも! ゴリアテが来ますよ!」
歯を剥いて唸りつつ人形に視線を向ければ、ヤツは右腕を振りかぶっていた。
次に何が来るかは明白。
「「散開ッ!」」
「え、待っ。もう!」
飛び退く私と美鈴に対し、脚の遅いパチェが逃げ遅れた。
人形が腕を振り下ろす。神速の縦一文字に対して、パチェが展開した障壁が迎え撃つ。
青い火花を散らしながら、人形と魔女が鍔競り合う。
「お嬢様。人形の結界で、パチュリー様のバリアが打ち消されたりとかは」
「有り得る話ね。そうなる前に……」
助けに行こうと身を乗り出したら、人形はあっさり剣を引いた。
諦めてくれたかとも思ったが、今度は遊んでいた左の剣も一緒に振り下ろす。
「ふん。一本増えた位じゃ……あら?」
しかし、剣が降ろされた先はパチェの両側。ちょうど彼女を挟み込むように振り下ろされていた。
「ヘタクソね」
「ほらパチェ。今の内に!」
「わかってるわよ」
カチリ、と音がした。
「ん?」
見ると人形が、柄に付いた機械のレバーを指で押している。
次の瞬間、機械から、凄まじい勢いで火炎が噴出された。
「あっちゃあああああ!」
「パッ、パチュリー様!」
「もやし炒め!」
再び剣が上げられる。
そこにはこんがり美味しく焼けた友人の姿があった。
「いま助けます!」
「今日のディナーは中華で決まりね!」
「レミィ……後で埋める……」
まだあっちこっちが燃えてるパチェを引きずって後退する。
が、人形がそれを追ってきた。携えた剣は赤熱し、周辺に陽炎が漂っている。
「炎の剣だなんて、ファンタジーですかね」
「シシケバブー」
「アトミックフューチャーだったか」
あの程度の火炎で死ぬほどヤワでは無い。
ただ、再生中に追撃されると厄介だ。そうなれば、時間を無駄に浪費する羽目になる。
とりあえずパチェを物陰に放り込み、人形と相対する。
「いくよ美鈴。ヒトガタ如きに遅れをとっちゃあ、紅魔の銘に傷がつくわ」
「了解です」
美鈴が応答した直後。ごう、という音と共に、視界が紅蓮に染まる。
一瞬で全身が、燃えているかの如き高熱に襲われ……いやこれ燃やされてんじゃん!
「あっついッッ!!」
「ぐあああ焼ける! 焼ける!」
なんてことしやがる。いざ反撃、っぽい雰囲気だったろうが。空気を読め空気を。
しかもこの火、おかしい。いつまでも身体に纏わり続ける。
「パチェ! 解説!」
「機械での火炎攻撃は『着火した燃料を飛ばす』らしいわ。だから長時間燃え続けるし、中々払い消せない」
「オカワリイカガー?」
「やめろ!」
暴々と吐き出される火炎の群れ。辺り一面あっという間に火の海だ。
「くそ、まいったな」
焼かれた所が上手く動かない。再生も妙に遅い。
どうも、燃料か機械のどちらかに仕込みがあるようだ。
「美鈴、動ける?」
「フッ。五分五分、と言ったところですか」
「駄目っぽいね」
パチェにも期待できそうにない。
いっそのこと焼かれた箇所をぶった切っちゃおうか。
いや。再生まで遅くなってる現状、そんなコトしたらますます動けなくなる。
そうこうしているうちに、人形は距離を詰めてくる。
どうする……どうすれば……。
「お困りのようですね」
凛とした声音が、燃え盛る図書館に響く。
「こ、この声はまさか……!」
入口近く、無事だった書架の上に、見慣れたメイドが仁王立ち。
美鈴が、パチェが、そして私が。呼びなれた名前を叫ぶ。
「咲夜!」
「咲夜さん!」
「猫イラズ」
「ただいま戻りました」
ああっ、やっぱり持つべきは瀟洒な従者ね。咲夜愛してる!
もっとも、咲夜が帰る前に解決する、という目標がこれにて失敗となったワケだけど……。
「そしてこちらが、ご所望のおにぎり専門家。秋姉妹です」
「私の心を遠隔で読むな」
「……はるれすょー」
「しかも別人じゃねえか!」
その人は違う時期の担当だよ。もう春はとっくに終わってるんだから、そっとしといてやれよ。
見ろよお前。殆ど夢の中だぞあの顔は。
「あの人形が敵ですか?」
「そ、そうよ。ただあいつは魔法が」
「ご安心を。私の得物は銀と時間だけですから」
人形が剣を振るう。炎剣が書架を薙ぎ払うが、咲夜はもうそこには居ない。
お返しだと言わんばかりに、どこからともなくナイフ出現し、人形に殺到。
銀刃が狙うは、接合部。
「……人形が止まった?」
正確には、止められた。
間接に刺さった無数のナイフが、ヤツの動きを封じ込めている。
無理やり動かそうとしているものの、耳障りな音を立てるばかり。
「ご無事ですか?」
「ちょっと焦げた」
「あの、咲夜さん。春告精は」
「入り口に放ってきたわ」
連れ込んどいて酷い扱いだ。
「お嬢様。あの人形、このまま潰しますか?」
今のところ無力化出来てはいるが、また復帰しないとも限らないしなぁ。
「さっさとヤッちゃうか」
「暴走の原因がわからない以上、念入りに壊さないとですね」
「では、そのように」
「ちょっと待ったァ!」
またしても誰かの声。入口近くの書架の上に二つの影があった。
独特な形状の翼と、独特な配置の翼が並んでいる。実に解りやすい。
「フラン! 小悪魔!」
「地獄の下から、ただいまおかえりー」
「いやぁ、一時はどうなる事かと思いましたよ」
よかった、無事だったのね。
という安心のセリフよりも、まず言いたいことが一つ。
「お前らなんか、パーツ欠けてね?」
身体のところどころが虫食いみたいになってるぞ。出血とかしてない所が逆に怖い。
まさか、食いしん坊のカバに千切って与えたんじゃあるまいな。
「ちょっと太陽に焼かれて」
「ちょっと妹様に焼かれて」
「フラン。なんで小悪魔焼いた」
「太陽に悶えて暴れてたら、いつの間にか焼いてた。てへぺろ」
「小悪魔、その舌引っこ抜いて食べて良いよ」
「い、いえ。私は気にしてませんから」
小悪魔は優しいな。私だったら引っこ抜いて股に移植してやるわ。
ま、もうクライマックスだし。後はゆっくりしていればいい。
「そのクライマックス、私が引き受けるわ!」
「咲夜にしろフランにしろ、人の思考を読むの止めて」
「もうシステムとやらは止まったんでしょ? だったら、もう魔法は効くよね!」
ん? そういえば、人形にかまけててシステムのことすっかり忘れてたな。
「パチェ。システムって止めたっけ?」
「まだ止めてない。というか、結界は単独でも機能するから、システム止めても魔法は効かないわよ」
「ちょっとフラン、聞いた? まだ魔法は効かないらしいから大人しく諦め」
「ろっくんろーる!」
掲げたカードは真紅の剣。
世界を丸ごと焼き払い、終わりを告げる炎の剣。
「待って、ストップ! そこまでやったら館が終わる!」
久しぶりに暴れたせいか、フランのテンションがかなり高い。
元々制御が下手なのに……高揚した彼女に加減は一切期待が出来ない。
大体、ほぼフルメンバーが館内で暴れて、いまだ館が形を保っているコト自体珍しいのだ。
どうせならこのまま穏便に済ませたい。
「そうですよ妹様! 後は咲夜さんにまかせましょう!」
「だーめー。小悪魔もわかるでしょ? こんな大きいの、誰かが独り占めなんてよくないわ」
「いや、他でもない妹様が独り占めしようとしてますよ!?」
「まあね!」
クソッ、こうなりゃ実力行使だ。
「小悪魔、フランを止めろ!」
「えええ!? 私にはムリで―――」
「禁断の右!」
「ぐぅッ」
先んじてフランが放った神速のストレートが、小悪魔の横っ面を粉砕。
くぐもった悲鳴と共に小悪魔が宙を舞う。
マズイ、まだ身体が動かない。他の連中はどうだ。
「美鈴!」
「フッ。五分ご」
「じゃあパチェ! パチェは……あれ、居ねえ! あの女フケやがった!」
いや、そもそもどうやって動いたんだ。パチェは全身余すことなく焼かれたハズなのに。
治したり回避できるなら教えろよチクショウ。
「よし、咲夜。行きなさい!」
「お待ちください。ボス戦の前にはまず会話をしないと」
「……もう異変は終わったんでしょ?」
「終わってしまいましたわ」
だったら早よ行きなさ……そ、そんな寂しそうな顔しないでよ。初めて見たぞそんな表情。
大丈夫だって次の異変でも自機になれるって。
「それじゃあそろそろ、ヤッちゃおっか」
「ああもう、私自ら行く! 動け私の美脚美翼!」
「禁忌『レーヴァテイン』!」
「待っ―――」
▽
何だかんだで、宵の口。
空が夜に染まってもまだ熱気が残っている。だが、今日の紅魔館は風通しが良い。
結果としては、地下図書館とその上にあった構造物が破壊され崩落。
それによって人形は押し潰されて停止。私達もほうほうの体で脱出した次第だ。
フランが気張って半壊で済んだのだから、まあ、良かった事にしておこう。させておいてくれ。
私はその瓦礫の近くにテーブルを置き、咲夜のお土産である人里銘菓『十万億饅頭』を堪能している。
これがまた美味いのなんのって。
「なるほど、付喪神ねえ」
「はい。ゴーレムや人形が暴走した原因は、おそらくコレかと」
ゴーレムは一匹ごとに自我を持っているのではなく、基幹となる魔道書から行動パターンや命令が送信されるのだとか。
異変で振るわれた秘宝の力によって、その魔道書が付喪神化。
役割である『図書館の防衛』を勝手に遂行し始めてしまった。
それだけならともかく、セットで運用される生産魔法がパチェのミスで暴走。今回の件を引き起こした……らしい。
「でも異変は解決したんでしょ? なら、もう心配はいらなさそうね」
「だが、正にこの時、濁り水はゆっくりと流れ始めていたのだった」
「フラーン。手を止めないの」
「はぁい」
本件の功労者であり戦犯でもあるフランには、お片づけをさせている。
半壊で済んだおかげで日蔭はたくさんある。太陽が沈んでいなくても作業は出来るのだ。
なお重要参考人のパチェは、さっき莫大な修繕費要求をしてきたので顎を蹴り抜いておいた。
私の足元に転がっている人型がそれである。
「とりあえず、夕食を摂ったら寝ちゃおうかしら」
真昼間にたたき起こされた挙句、一暴れしたから疲れてしまった。
今寝ると生活リズムが崩れそうだけど、構うもんか。
「今日は美鈴が中華を用意してます」
「それは楽しみね」
美鈴の料理も、咲夜のモノとは別方向に絶品で―――。
「お嬢様! 咲夜さん!」
「どうしたの小悪魔」
「めっ、メイド妖精が攻め込んできました!」
「攻め込んできたって、どういうこと?」
思わず立ち上がり、数少ない窓から外を見る。
湖の上では無数の妖精が、木の枝を掲げて気勢を上げていた。
「我々は女中妖精革命団である!」
『あるっ!』
「要求はしない! ただ、下剋上をここで成すッ!」
『ナス!』
「どこかで異変の話を摘み聞きしたようですね」
「これだから妖精ってヤツは……」
よく見ると普通の妖精やリリーホワイトまで叫んでいる。
メシ食って寝るって言ってんでしょうが。こっちは大立ち回りして疲れてるんだ。
「咲夜、どうにか説得できない?」
「実力で排除した方が手早いかと」
「いーから」
「では、そのように」
美鈴まだかな。これ以上コトが起きる前に寝床へ行きた―――。
「ところでレミィ。図書館の修繕とアリスと河童へのお詫び品についてだけど」
「ま、前触れも無く復活しないでよ!」
しかも要求増えてんじゃねえか。
「さっきも言ったでしょ、半額までなら出すって」
「そこを何とか全額で……さもないと人里で魔女による事件が頻発することになるわ」
「お願いしますお嬢様! 私も人里で悪魔の本領を発揮するハメに!」
「マジえげつねえなお前ら」
ただでさえ最近、あの辺の勢力図が激変してるんだからさぁ。
古参勢力がアホやってたら色々と不都合がさぁ。
「お姉さまー。私もう片付け飽きた。なんかこう刺激的なアレが欲しいわ」
今度はお前か! いい子だから大人しくしてて!
「お嬢様、やはり説得は困難かと。会話になりませんわ」
『げっこくじょう! げっこくじょう!』
「私が書いた『驚愕の事実無根! レミリア激ヤバ迷シーン集』を里に流すわよ」
「お支払いは財布と預金と魂でお願いします!」
「お姉さまー弾幕ごっこしよー、もしくは地下牢デスマッチー」
「お待ちどうさま! 中華の歴史で満漢全席ー! って、何かあったんですか?」
あーもう、結局こうするのが一番か!
「上等だお前ら! 全員纏めてかかってこいやァ!」
妖精、悪魔、魔女、吸血鬼。
4種族が入り乱れる大混戦は結局、美鈴と咲夜が『ご飯冷めちゃいますよ』と叫ぶまで続いた。
戦闘時間、僅かに5分。
美味しいご飯には誰も勝てないということか。あっさり復職したメイド妖精達によってテーブルや食器が用意されていく。
星明りの下、急きょ開かれた立食パーティ。
それは眠気を忘れる程度に、楽しいものとなった。
やはりおぜうさまにはツッコミ役がよく似合う。