私がわかさぎ姫の住む霧の湖に遊びに行くと、姫は湖のほとりに腰掛けて、コツコツ集めたコレクションを太陽の下で眺めていた。
「こんにちは、姫。今日の収穫品?」
「あら、影狼ちゃん。ここら辺のは新しいけど、これはお気に入りの石だから明るい所で見ていたの」
そう言って私の足元に散らばる小石を指差す姫。
姫のコレクションは綺麗な石。とはいっても、出所はその辺に落ちていたり、湖の底に沈んでいたりするものを拾ったのが大半だ。
正直金銭的な価値は無いと思うし、家の庭や畑に落ちていたら邪魔者として取り除かれてしまう様な石。
でも姫はそこに価値を見出して、せっせと集めている。
例えば、基本的なものは丸くてつるつるしている石。石の中では最も拾いやすく、コレクションの数も多い。
色は白っぽかったり、縞模様だったりまだらだったり。なるほど尖がり角ばった石ころよりは可愛げがある。
今日のお気に入りの石は、全体が擦りガラスの様に半透明の石で、玉ねぎみたいな筋模様が付いている。
その色は、使用後の絵筆を洗ったバケツの水みたいな濁った色が大半。
他にも薄緑色の細長い石や、なぜか正確な八面体のガラス玉みたいな石もお気に入りの部類に入っている。
悪口の様な説明だが、宝飾品に使われる様な煌びやかな石と比べると見劣りするのも確かなのでしょうがない。
ここには小石しか無いが、漬物石サイズの石もあって、湖底の家に飾っているらしい。
でも私はそこに行くまで息が続かないので、こうしてたまに姫が持って来るのを鑑賞させてもらっている。
姫はお気に入りをいつも丁寧な彫刻が施された頑丈な鍵付の飾り箱に入れて持ち歩くので、本当に大切な物なんだなぁ、と私は思う。
布巾で石を磨きながら色々な角度で石を眺める姫に、私はお話を続ける。
「本当に好きだよね。私はよく分からないけど」
「ふふふ。私も石の博士じゃないから、分かるとか分からないとかで石は集めていないのよ。
ただ色々な種類があるし、探すのも楽しいから集めていて飽きないだけ」
確かに。私はてっきり姫は鉱物や地層に詳しいと思っていたら、私より知らなかった。
姫は石の名前や成分といった知識に関係なく、ただ自分の感性に合った石を拾い集めて、眺めて、うっとりしている。
羨ましい、と思う。自分にぴったり合う、一生続けられる趣味を姫は持っている。
そういう幸福な人間はどれほどいるだろう。私も趣味らしい趣味がないので、姫を見ていると何か始めたい気持ちになってくる。
「姫はいいね。本当に楽しそう」
「そう? でも影狼ちゃんとお話しするのは、もっと楽しいよ」
これだ。
姫は屈託のない笑顔でいつも私をドキリとさせる。
だからいつも私は姫と石の話や、それ以外の話をするためにここに来る。
それで私が竹林での体験を話すと、姫は身を乗り出す様に話の続きをせがむ。
これが、私と姫の日常だった。
――◇――
ある日、私は姫と食べる果物を採ろうと山に分け入った。
山道を横切り、少し森が開けた明るい場所で美味しそうなザクロを発見した。
湖から滅多に出られない姫は、こういう野山の味覚が嬉しいらしい。
持ってきた袋に食べられるだけの身を摘んで入れていると、足元にキラキラ光る石を発見した。
「ん?」と私はその石を拾い上げる。
全体が黄色みがかっている石に、金色のテカテカした金属が溶け合う様にくっ付いている。
金属の部分は、端面が刃物で削った様につるつるで真っ平らな小結晶が寄せ集まって、水晶の様にきらきらと複雑な輝きを放っていた。
「綺麗……」
私は素直にそう感想を漏らすと、それも袋に入れる。
もちろん、果物と一緒に姫へのお土産にするためだ。
「――わぁ! 綺麗!」
湖でザクロと一緒に取り出したその石を、姫は期待通りの食いつきで手に取った。
大きさは親指の頭程度の石だけど、金色に反射した光が姫の顔に斑点模様となって現れた。
「これ、さっき山で拾ったのよ。よかったらあげる」
「いいの?」
「うん、いいよ」
「ありがとう! 一番のお気に入りにするね」
そう何度も金ピカ石を指で撫でる姫を見て、私は拾ってよかったと相好を崩して思っていた。
その姿を、釣り人らしい人里民がじっと伺っていたことに私は気づけなかった。
それから幾日かして、私は久しぶりに霧の湖に来て驚いた。
何人、いや何十人もの人里の人々が湖畔に群れて、投網を投げている。
投網だけではない。普通の虫取り網やザルで泥をすくっている人もいる。
そして湖には幾艘もの船が漕ぎ出し、やはり網を放っていた。
この湖にもたまには釣り人がいるが、間違ってもこんなにわいわいと漁をするほど魚がいるわけでもないし、こんな光景を見たことが無かった。
「姫……姫!?」
私は急に不安になった。
この湖に暮らしているのは姫ぐらいだ。もしかしたら、狙いは姫かもしれない。
居ても立っても居られずに、私は湖に沿って走り出す。
脳裏に浮かんだ『人魚の肉は食べると不老不死になれる』という馬鹿げた、でも洒落にならない迷信が私を焦らせる。
「姫!」
そして、私は姫を見つけた。
喧騒からずっと離れた葦が生い茂る浅瀬に、隠れる様に座り込んでいるのを発見した。
その表情には不安そうな色が見えていたが、外見に異常はない。
私はほっと力が抜けそうになるが、そっとそちらに近づく。
「姫……どうしたの? こんなところで」
「あっ、影狼ちゃん」
がさがさと茂みを掻き分けてきたのが私だと知ると、姫は少し緊張を緩めて安心した顔になる。
姫はそっと私に近づくと、ひそひそとこう状況を説明する。
「ちょっと前に、影狼ちゃんに金色の石を貰ったでしょ」
「うん」
「その時ね、その石を眺めているのを人里の誰かに見られたらしいの」
「ふんふん」
「それから、あの人達が日に日に増えてきたのよ」
そう視線を投網集団に向ける姫。
どうやら最初の人間は、霧の湖の人魚が金色の石を持っていたと噂したらしい。
すると『それは大粒の砂金じゃないか』と噂に尾ひれが付く。
そして最終的には『あの湖の底には金脈がある』とまで発展した。
「金脈って……そんなのこの湖の下に眠っているの?」
「無い無い! 湖底は私の庭も同然だから分かるけど、金なんて埋まっていないわ」
「じゃああの人達は、ありもしない金を拾おうとして、あんなに騒いでいるの」
「うん。私も金脈なんて無いって説明しようとしたんだけど、邪魔だ! って追い払われて、それでここに隠れていたの」
それでこんな茂みでじっとしていたのかと、合点がいった。
でも、なんて欲深い話だろう。あの人間達は曖昧な噂を信じて、姫の静かな生活を脅かしていたのだ。
私はふつふつと怒りが湧いてきた。
「ちょっと文句を言ってくる」
そう私が立ち上がろうとした時、姫が必死の形相で私の服にしがみついた。
「それは駄目! 危ないよ! 怪我しちゃうかもしれないから」
私はその姿に怪訝さを覚える。姫は、私があの人間に近づくと危険な目に遭うことに確信を持っているようだ。
すると、伸ばされた姫の腕の袖がめくれ、私は息を呑んだ。
白魚の様に柔らかで繊細な手首に、鮮やかな朱色の手形が刻まれていた。
私はその手を取り、ゆっくりと問いただす。
「これ……あいつらにやられたの?」
「……追い払われる前に、すごく怖い形相で砂金を出せ、妖怪には必要ないだろって詰め寄られて……
逆らわない方がいいと思って金色の石を出したら、手首をガッてつかまれて、あっという間に取られちゃった。
ごめんね。折角影狼ちゃんから貰った物だったのに」
そう申し訳なさそうに謝る姫を目の当たりにして、私の頭の中でバチッと火花が飛んだ。
私は姫の制止も振り切り、流れる様に駆けだした。
いつの間にか、私自身が忌み嫌う毛深い獣の姿となり、四足で疾走している。
満月だけでなく怒りでも変身できると初めて知ったが、それが今は頼もしい。
私はすぐ群衆の後ろに到達すると、グルグルと唸り声をあげて、人群れのど真ん中に突っ込んだ。
遅れて悲鳴や怒号が上がったけれども、関係ない。
手近で誰でも構わず、その喉笛に喰いついてやろうと飛びかかる。
だが、誰かが投げ捨てた投網に足がかかり、もんどりうって地面に倒れ伏す。
それで形勢逆転。多勢に無勢。あっという間に取り囲まれて、棒や足でしたたかに打ち据えられる。
いくら獣の状態でも、やっぱり人間には勝てない事をまざまざと思い知った。
普段はこういうことにならない様に大人しくしていたのに、今はただ悔しくて涙すら浮かぶ。
痛みで気絶する直前、私はなぜかザクロを頬張る姫の姿が瞼の裏に浮かんだ。
――◇――
私が目を覚ました時、最初に見えたのは板張りの天井だった。
次に「気が付いたか」の声が聞こえ、視界の端に青く四角い独特な形の帽子が揺れた。
ここは、どうやら人里の家らしい。私は布団に寝せられていた様で、ゆっくりと体を起こす。姿はもう人間の形に戻っていた。
すると鈍い痛みが体のあちこちを襲い、顔をしかめる。
でもその患部には包帯が巻かれ、膏薬が貼りつけてあった。
「骨折はしていない様だが、あまり無理をしない方がいい」
そう言葉をかけてくれたのは、長い青髪ですらりと身長の高い、知的な美人だった。
その人は「上白沢慧音という」と自己紹介をしてくれた。
聞けば湖畔での大乱闘を察知し、興奮状態の一同をなだめて私をここに運んで介抱してくれたらしい。
私が礼を言うと、慧音さんは「それより何があったんだ」と事情を尋ねてきた。
慧音さんは寺子屋で教師をする傍ら、こうした妖怪と人間のいざこざを治める役目をしているそうだ。
私は私の知っている事と一連の顛末、それに姫を守りたかったことを話した。
慧音さんは静かに全ての話を聞いて、こう言った。
「事情は承知した。君の気持も痛い程分かる。
でも、だからといって暴力は良くない。君は頭に血が上っていて覚えていないかもしれないが、何人かの人間に怪我を負わせているんだ。
その人達が隣の部屋にいる。今から行って謝ることができるかい?」
慧音さんの言葉に、私は押し黙る。
曇りなき正論だと頭では理解できても、姫の体に刻まれた怯えを思うと理不尽だと感じてしまう。
そんな思いを汲んだのか、慧音さんはこう促す。
「勿論、向こうの人達ともよく話をしてきたよ。
向こうは野良妖怪が突然襲ってきたと思っていた。つまり君とわかさぎ姫とやらの事情は知らないんだ。
ちゃんとこういう行為に及んだ理由を説明してやりたいと思わないかい? そのためにまずは和解しないとな」
さすがに半獣の知識人だけあって、説得が上手でどちらの種族にも平等だった。
私も決心がついて、包帯姿のままその人間達と面会した。
同じく腕や足に包帯を巻いた数人の男の人がむすっとした表情で私を迎えたが、慧音さんにしたのと同じ話をすると、バツが悪そうに頭を掻いていた。
「私達がいくら大人しくても、嫌な事や命の危険を感じたり、家族や親友を守るためなら反撃だってするし、できる力もある。
でも今回は、短気を起こしてごめんなさい」
最後にそう言ったら、相手も神妙な顔で頷いて「住処を騒がせてすまない」とお互いに握手して謝り合った。
こうして丸く収まりかけたけど、私はどうも話し合いの場で引っかかることがあった。
あの石は湖じゃなくて山で拾ったと言った瞬間、後ろの男の人の目がわずかに色めきたった。
(なんだ、そこかよ)という心の声まで聞こえてくる様だった。
それで今度は山狩りが始まるのかなぁ、と私は危惧していたのだが、その芽を潰したのは慧音さんだった。
「そうそう。預かっていたこの石なんだが、正体を知りたくないか」
そう懐から、全ての騒動の始まりである金色の石を取り出す慧音さん。
皆がその石に注目する中、慧音さんは続ける。
「この石は黄鉄鉱と言って、割とありふれた鉱物なんだ。
黄金と色は似ているが、でも成分は全く違う。
希少価値も無いし、宝飾品の材料に利用するのも難しいだろう」
この辺りから、人里民側の空気に驚きと失望、そして何とも言えない興ざめた空気が流れてきた。
そして、慧音さんはとどめの一言を言い放つ。
「いわばこれは金に似たゴミだ。拾ったところで、一銭の価値もないだろうね」
その言葉は、とてつもない力を持っていた。
さっきまで大の大人を霧の湖まで駆り立てた妖しい魅力を放っていた石が、あっという間に路傍の石以下にまで輝きを失った。
「そうですか……では」の一言と共に、男達はさっさと立ち上がって帰り支度をする。
露骨に疲労を滲ませてやれやれと解散する姿から、私は静かな湖と山の暮らしが帰ってきたことを確信した。
「……慧音さんが持っていたんですね」
「ああ。物の取り合いが原因で喧嘩が起こったら、とりあえずその品物を取り上げてから怒らないとな」
いかにも先生らしい答えの慧音さんに、私はぷっと吹き出してしまった。
「しかし、すまない。君がせっかく拾った物ををゴミ扱いしてしまって。
さっきも言ったが、この石の素性はその程度なんだ。もう誰も欲しがっていない様だが、捨ててしまうかい?」
そう黄鉄鉱をつまみ上げながら尋ねる慧音さんに、私はふるふると首を横に振る。
「世間の思う価値がどうであろうと、やっぱりその石は綺麗だと思うし、姫も同じく綺麗だって言ってくれた。
だからその石は、私にとって特別な石です。
よかったら、返してくれると嬉しいです。姫にこの石の正しい名前を教えてあげたいから」
そう言い終えると、慧音さんはふっと笑みを浮かべて黄鉄鉱を私に握らせた。
「この石は、収まるべき場所がちゃんとあるみたいだな。
持って行きなさい。この石は君とわかさぎ姫が持ってこそ価値がある」
そう断言されて、私は改めて手のひらの石を眺める。
石の断面は平らな面が幾重にも折り重なり、複雑で多様な輝きを見せている。
その輝きがどう見えるかは、その人次第。
でも少なくとも私には、その輝きがくすむことは無かった。
――◇――
念のため、と一晩慧音さんの家に泊めてもらい、翌日私は霧の湖にすぐ向かった。
またあの集団がいたらどうしようかと思ったが、見事に人っ子一人いない、いつもの風景があった。
慧音さんの言うところの『ゴールドラッシュが終わった』状態らしい。
しばらく静かな湖畔に佇んでいると、足元の水面にあぶくが立った。
そしてざばっと水面が盛り上がる様に蹴散らされ、会いたかった顔が浮上してきた。
湖底から私の気配に気づいて駆けつけてきたという姫は、心配を通り越して泣きそうな表情だった。
そこでまだ沁みる口をニッと不敵な笑顔にして「取り返してきた」と黄鉄鉱を姫に差し出す。
それで張っていた気が抜けたのか「もう知らない!」と姫は少々お怒りだった。
それでも機嫌を伺おうと傍に寄ったら、傷が残る体を慈しむようにそっと抱きしめてくれた。
「ごめんね……私のせいで、こんな怪我させちゃって。助けてあげられなくて、本当にごめん」
「い、いや、大丈夫。こんなのあと何日もすれば治るよ」
そう強がってみせる私。本当はまだちょっと痛いけど、ほんわかと優しい性格の姫が争いに参加しなくてよかったと思う。
しばらく姫の涼やかな体温とむっちりとした触感を間近で感じてどぎまぎしていたが、私はひとつ不安に思っていることがあった。
「……あいつらはもう来ないと思うけど、どうする? これ、欲しい?」
そう黄鉄鉱を見せて、恐る恐る尋ねる私。
誰だってただの石っころのせいで悪意を向けられ、知り合いが袋叩きにされる所を目撃してしまったら、そんな石には見向きもしなくなるだろう。
もしかしたら、今回の事件がきっかけで石拾い自体をやめてしまうかもしれない。
だが姫は少し考えると、そっと私から黄鉄鉱を受け取った。
「ありがとう。気を使ってくれて。
確かに怖い目にもあったけど、これは影狼ちゃんが体を張って守ってくれた証だもの。
だから、友情の印として大切に扱いたいわ」
そう黄鉄鉱を撫でて微笑む姫。
対する私は
(……友情、かぁ)
ちょっぴりブルーになってしまったものの、思ったより姫が前向きでよかったと感じる。
すると、姫はハタと良いことを思いついた楽しげな笑みを見せる。
「そうだ。私も友情の印に、影狼ちゃんに貰って欲しい石があるの」
そう言うやいなや、姫はざぶんと水底に潜って行く。
かと思えば数分後に戻ってきた。手には何やら赤い石を持っている。
「どうかな?」
「ふわぁ……赤い色が透き通って綺麗」
私は思わず感嘆の吐息を漏らす。
石自体の大きさは小さいが、形は刃物で削った様に真っ直ぐな面を張り合わせて構成している様で、天然石とは思えない。
でもその色は赤とオレンジを混ぜて、透明なガラスに溶かし込んだといったら伝わるだろうか。
ここで私は何かに似ているなぁ……と考えた所で気づく。
「この石、ザクロに似ているね」
「ね。小粒だし、色や透き通り方までザクロの粒よね」
そう我が意を得たり、といった様子で嬉しそうにザクロの石を差し出す姫。
「も、貰っていいの? これ、姫のコレクションの中で一番いい奴じゃないの?」
私が遠慮するも、姫は「いいからいいから」と手渡す。
「これはお礼。
影狼ちゃんはいつも湖の外のわくわくする話を聞かせてくれる。美味しい果物もくれるし、私の為に勇敢に戦ってくれた。
だから、是非貰ってちょうだい。いつもでも変わらない、大切な人の証として」
……これだ。
姫は分かっているのだろうか。
綺麗な石を渡してその台詞、世間では告白と言うんだよ。
私はニコニコと無邪気な笑顔の姫もまともに見られない程呼吸が苦しい状態で、それでもこっくりと頷いて何とかザクロの石を頂いた。
ここで黙っていると頬までこの石の様に紅く染まりそうだったので、私は早速この騒動の主役の正体を語り始める。
「そ、そうそう。その金ぴかの石、名前は黄鉄鉱って言うんだって」
「へぇ! これちゃんと名前があったのねぇ」
「人里の慧音さんって綺麗な人に教えて貰ったの」
「あら、影狼ちゃんが人間の話なんて珍しい。今度会ってみたいわ」
「うん。人間っていうか、半分妖怪っていうか……会ってみればわかるよ。すごくいい人だよ」
「石に詳しい人なのね。だったら、そのザクロ石の正しい名前も知っているかしら?
ちょっと聞きに行くのもいいかも」
「……その時は、さっきのくだりまで話さなくていいからね」
「えー、どうして?」
「どうしても!」
久しぶりのお喋りに、調子が戻ってきた。
こうしていつもの静かで、でもちょっと天然な姫に胸がキュンとなる日常がまた始まる。
そんな中、私は思う。
いつもでもこうやって仲良く過ごしていたい。いや、きっと過ごせるだろう。
私の手には、姫との友情が目に見える形で存在しているのだから。
【終】
「こんにちは、姫。今日の収穫品?」
「あら、影狼ちゃん。ここら辺のは新しいけど、これはお気に入りの石だから明るい所で見ていたの」
そう言って私の足元に散らばる小石を指差す姫。
姫のコレクションは綺麗な石。とはいっても、出所はその辺に落ちていたり、湖の底に沈んでいたりするものを拾ったのが大半だ。
正直金銭的な価値は無いと思うし、家の庭や畑に落ちていたら邪魔者として取り除かれてしまう様な石。
でも姫はそこに価値を見出して、せっせと集めている。
例えば、基本的なものは丸くてつるつるしている石。石の中では最も拾いやすく、コレクションの数も多い。
色は白っぽかったり、縞模様だったりまだらだったり。なるほど尖がり角ばった石ころよりは可愛げがある。
今日のお気に入りの石は、全体が擦りガラスの様に半透明の石で、玉ねぎみたいな筋模様が付いている。
その色は、使用後の絵筆を洗ったバケツの水みたいな濁った色が大半。
他にも薄緑色の細長い石や、なぜか正確な八面体のガラス玉みたいな石もお気に入りの部類に入っている。
悪口の様な説明だが、宝飾品に使われる様な煌びやかな石と比べると見劣りするのも確かなのでしょうがない。
ここには小石しか無いが、漬物石サイズの石もあって、湖底の家に飾っているらしい。
でも私はそこに行くまで息が続かないので、こうしてたまに姫が持って来るのを鑑賞させてもらっている。
姫はお気に入りをいつも丁寧な彫刻が施された頑丈な鍵付の飾り箱に入れて持ち歩くので、本当に大切な物なんだなぁ、と私は思う。
布巾で石を磨きながら色々な角度で石を眺める姫に、私はお話を続ける。
「本当に好きだよね。私はよく分からないけど」
「ふふふ。私も石の博士じゃないから、分かるとか分からないとかで石は集めていないのよ。
ただ色々な種類があるし、探すのも楽しいから集めていて飽きないだけ」
確かに。私はてっきり姫は鉱物や地層に詳しいと思っていたら、私より知らなかった。
姫は石の名前や成分といった知識に関係なく、ただ自分の感性に合った石を拾い集めて、眺めて、うっとりしている。
羨ましい、と思う。自分にぴったり合う、一生続けられる趣味を姫は持っている。
そういう幸福な人間はどれほどいるだろう。私も趣味らしい趣味がないので、姫を見ていると何か始めたい気持ちになってくる。
「姫はいいね。本当に楽しそう」
「そう? でも影狼ちゃんとお話しするのは、もっと楽しいよ」
これだ。
姫は屈託のない笑顔でいつも私をドキリとさせる。
だからいつも私は姫と石の話や、それ以外の話をするためにここに来る。
それで私が竹林での体験を話すと、姫は身を乗り出す様に話の続きをせがむ。
これが、私と姫の日常だった。
――◇――
ある日、私は姫と食べる果物を採ろうと山に分け入った。
山道を横切り、少し森が開けた明るい場所で美味しそうなザクロを発見した。
湖から滅多に出られない姫は、こういう野山の味覚が嬉しいらしい。
持ってきた袋に食べられるだけの身を摘んで入れていると、足元にキラキラ光る石を発見した。
「ん?」と私はその石を拾い上げる。
全体が黄色みがかっている石に、金色のテカテカした金属が溶け合う様にくっ付いている。
金属の部分は、端面が刃物で削った様につるつるで真っ平らな小結晶が寄せ集まって、水晶の様にきらきらと複雑な輝きを放っていた。
「綺麗……」
私は素直にそう感想を漏らすと、それも袋に入れる。
もちろん、果物と一緒に姫へのお土産にするためだ。
「――わぁ! 綺麗!」
湖でザクロと一緒に取り出したその石を、姫は期待通りの食いつきで手に取った。
大きさは親指の頭程度の石だけど、金色に反射した光が姫の顔に斑点模様となって現れた。
「これ、さっき山で拾ったのよ。よかったらあげる」
「いいの?」
「うん、いいよ」
「ありがとう! 一番のお気に入りにするね」
そう何度も金ピカ石を指で撫でる姫を見て、私は拾ってよかったと相好を崩して思っていた。
その姿を、釣り人らしい人里民がじっと伺っていたことに私は気づけなかった。
それから幾日かして、私は久しぶりに霧の湖に来て驚いた。
何人、いや何十人もの人里の人々が湖畔に群れて、投網を投げている。
投網だけではない。普通の虫取り網やザルで泥をすくっている人もいる。
そして湖には幾艘もの船が漕ぎ出し、やはり網を放っていた。
この湖にもたまには釣り人がいるが、間違ってもこんなにわいわいと漁をするほど魚がいるわけでもないし、こんな光景を見たことが無かった。
「姫……姫!?」
私は急に不安になった。
この湖に暮らしているのは姫ぐらいだ。もしかしたら、狙いは姫かもしれない。
居ても立っても居られずに、私は湖に沿って走り出す。
脳裏に浮かんだ『人魚の肉は食べると不老不死になれる』という馬鹿げた、でも洒落にならない迷信が私を焦らせる。
「姫!」
そして、私は姫を見つけた。
喧騒からずっと離れた葦が生い茂る浅瀬に、隠れる様に座り込んでいるのを発見した。
その表情には不安そうな色が見えていたが、外見に異常はない。
私はほっと力が抜けそうになるが、そっとそちらに近づく。
「姫……どうしたの? こんなところで」
「あっ、影狼ちゃん」
がさがさと茂みを掻き分けてきたのが私だと知ると、姫は少し緊張を緩めて安心した顔になる。
姫はそっと私に近づくと、ひそひそとこう状況を説明する。
「ちょっと前に、影狼ちゃんに金色の石を貰ったでしょ」
「うん」
「その時ね、その石を眺めているのを人里の誰かに見られたらしいの」
「ふんふん」
「それから、あの人達が日に日に増えてきたのよ」
そう視線を投網集団に向ける姫。
どうやら最初の人間は、霧の湖の人魚が金色の石を持っていたと噂したらしい。
すると『それは大粒の砂金じゃないか』と噂に尾ひれが付く。
そして最終的には『あの湖の底には金脈がある』とまで発展した。
「金脈って……そんなのこの湖の下に眠っているの?」
「無い無い! 湖底は私の庭も同然だから分かるけど、金なんて埋まっていないわ」
「じゃああの人達は、ありもしない金を拾おうとして、あんなに騒いでいるの」
「うん。私も金脈なんて無いって説明しようとしたんだけど、邪魔だ! って追い払われて、それでここに隠れていたの」
それでこんな茂みでじっとしていたのかと、合点がいった。
でも、なんて欲深い話だろう。あの人間達は曖昧な噂を信じて、姫の静かな生活を脅かしていたのだ。
私はふつふつと怒りが湧いてきた。
「ちょっと文句を言ってくる」
そう私が立ち上がろうとした時、姫が必死の形相で私の服にしがみついた。
「それは駄目! 危ないよ! 怪我しちゃうかもしれないから」
私はその姿に怪訝さを覚える。姫は、私があの人間に近づくと危険な目に遭うことに確信を持っているようだ。
すると、伸ばされた姫の腕の袖がめくれ、私は息を呑んだ。
白魚の様に柔らかで繊細な手首に、鮮やかな朱色の手形が刻まれていた。
私はその手を取り、ゆっくりと問いただす。
「これ……あいつらにやられたの?」
「……追い払われる前に、すごく怖い形相で砂金を出せ、妖怪には必要ないだろって詰め寄られて……
逆らわない方がいいと思って金色の石を出したら、手首をガッてつかまれて、あっという間に取られちゃった。
ごめんね。折角影狼ちゃんから貰った物だったのに」
そう申し訳なさそうに謝る姫を目の当たりにして、私の頭の中でバチッと火花が飛んだ。
私は姫の制止も振り切り、流れる様に駆けだした。
いつの間にか、私自身が忌み嫌う毛深い獣の姿となり、四足で疾走している。
満月だけでなく怒りでも変身できると初めて知ったが、それが今は頼もしい。
私はすぐ群衆の後ろに到達すると、グルグルと唸り声をあげて、人群れのど真ん中に突っ込んだ。
遅れて悲鳴や怒号が上がったけれども、関係ない。
手近で誰でも構わず、その喉笛に喰いついてやろうと飛びかかる。
だが、誰かが投げ捨てた投網に足がかかり、もんどりうって地面に倒れ伏す。
それで形勢逆転。多勢に無勢。あっという間に取り囲まれて、棒や足でしたたかに打ち据えられる。
いくら獣の状態でも、やっぱり人間には勝てない事をまざまざと思い知った。
普段はこういうことにならない様に大人しくしていたのに、今はただ悔しくて涙すら浮かぶ。
痛みで気絶する直前、私はなぜかザクロを頬張る姫の姿が瞼の裏に浮かんだ。
――◇――
私が目を覚ました時、最初に見えたのは板張りの天井だった。
次に「気が付いたか」の声が聞こえ、視界の端に青く四角い独特な形の帽子が揺れた。
ここは、どうやら人里の家らしい。私は布団に寝せられていた様で、ゆっくりと体を起こす。姿はもう人間の形に戻っていた。
すると鈍い痛みが体のあちこちを襲い、顔をしかめる。
でもその患部には包帯が巻かれ、膏薬が貼りつけてあった。
「骨折はしていない様だが、あまり無理をしない方がいい」
そう言葉をかけてくれたのは、長い青髪ですらりと身長の高い、知的な美人だった。
その人は「上白沢慧音という」と自己紹介をしてくれた。
聞けば湖畔での大乱闘を察知し、興奮状態の一同をなだめて私をここに運んで介抱してくれたらしい。
私が礼を言うと、慧音さんは「それより何があったんだ」と事情を尋ねてきた。
慧音さんは寺子屋で教師をする傍ら、こうした妖怪と人間のいざこざを治める役目をしているそうだ。
私は私の知っている事と一連の顛末、それに姫を守りたかったことを話した。
慧音さんは静かに全ての話を聞いて、こう言った。
「事情は承知した。君の気持も痛い程分かる。
でも、だからといって暴力は良くない。君は頭に血が上っていて覚えていないかもしれないが、何人かの人間に怪我を負わせているんだ。
その人達が隣の部屋にいる。今から行って謝ることができるかい?」
慧音さんの言葉に、私は押し黙る。
曇りなき正論だと頭では理解できても、姫の体に刻まれた怯えを思うと理不尽だと感じてしまう。
そんな思いを汲んだのか、慧音さんはこう促す。
「勿論、向こうの人達ともよく話をしてきたよ。
向こうは野良妖怪が突然襲ってきたと思っていた。つまり君とわかさぎ姫とやらの事情は知らないんだ。
ちゃんとこういう行為に及んだ理由を説明してやりたいと思わないかい? そのためにまずは和解しないとな」
さすがに半獣の知識人だけあって、説得が上手でどちらの種族にも平等だった。
私も決心がついて、包帯姿のままその人間達と面会した。
同じく腕や足に包帯を巻いた数人の男の人がむすっとした表情で私を迎えたが、慧音さんにしたのと同じ話をすると、バツが悪そうに頭を掻いていた。
「私達がいくら大人しくても、嫌な事や命の危険を感じたり、家族や親友を守るためなら反撃だってするし、できる力もある。
でも今回は、短気を起こしてごめんなさい」
最後にそう言ったら、相手も神妙な顔で頷いて「住処を騒がせてすまない」とお互いに握手して謝り合った。
こうして丸く収まりかけたけど、私はどうも話し合いの場で引っかかることがあった。
あの石は湖じゃなくて山で拾ったと言った瞬間、後ろの男の人の目がわずかに色めきたった。
(なんだ、そこかよ)という心の声まで聞こえてくる様だった。
それで今度は山狩りが始まるのかなぁ、と私は危惧していたのだが、その芽を潰したのは慧音さんだった。
「そうそう。預かっていたこの石なんだが、正体を知りたくないか」
そう懐から、全ての騒動の始まりである金色の石を取り出す慧音さん。
皆がその石に注目する中、慧音さんは続ける。
「この石は黄鉄鉱と言って、割とありふれた鉱物なんだ。
黄金と色は似ているが、でも成分は全く違う。
希少価値も無いし、宝飾品の材料に利用するのも難しいだろう」
この辺りから、人里民側の空気に驚きと失望、そして何とも言えない興ざめた空気が流れてきた。
そして、慧音さんはとどめの一言を言い放つ。
「いわばこれは金に似たゴミだ。拾ったところで、一銭の価値もないだろうね」
その言葉は、とてつもない力を持っていた。
さっきまで大の大人を霧の湖まで駆り立てた妖しい魅力を放っていた石が、あっという間に路傍の石以下にまで輝きを失った。
「そうですか……では」の一言と共に、男達はさっさと立ち上がって帰り支度をする。
露骨に疲労を滲ませてやれやれと解散する姿から、私は静かな湖と山の暮らしが帰ってきたことを確信した。
「……慧音さんが持っていたんですね」
「ああ。物の取り合いが原因で喧嘩が起こったら、とりあえずその品物を取り上げてから怒らないとな」
いかにも先生らしい答えの慧音さんに、私はぷっと吹き出してしまった。
「しかし、すまない。君がせっかく拾った物ををゴミ扱いしてしまって。
さっきも言ったが、この石の素性はその程度なんだ。もう誰も欲しがっていない様だが、捨ててしまうかい?」
そう黄鉄鉱をつまみ上げながら尋ねる慧音さんに、私はふるふると首を横に振る。
「世間の思う価値がどうであろうと、やっぱりその石は綺麗だと思うし、姫も同じく綺麗だって言ってくれた。
だからその石は、私にとって特別な石です。
よかったら、返してくれると嬉しいです。姫にこの石の正しい名前を教えてあげたいから」
そう言い終えると、慧音さんはふっと笑みを浮かべて黄鉄鉱を私に握らせた。
「この石は、収まるべき場所がちゃんとあるみたいだな。
持って行きなさい。この石は君とわかさぎ姫が持ってこそ価値がある」
そう断言されて、私は改めて手のひらの石を眺める。
石の断面は平らな面が幾重にも折り重なり、複雑で多様な輝きを見せている。
その輝きがどう見えるかは、その人次第。
でも少なくとも私には、その輝きがくすむことは無かった。
――◇――
念のため、と一晩慧音さんの家に泊めてもらい、翌日私は霧の湖にすぐ向かった。
またあの集団がいたらどうしようかと思ったが、見事に人っ子一人いない、いつもの風景があった。
慧音さんの言うところの『ゴールドラッシュが終わった』状態らしい。
しばらく静かな湖畔に佇んでいると、足元の水面にあぶくが立った。
そしてざばっと水面が盛り上がる様に蹴散らされ、会いたかった顔が浮上してきた。
湖底から私の気配に気づいて駆けつけてきたという姫は、心配を通り越して泣きそうな表情だった。
そこでまだ沁みる口をニッと不敵な笑顔にして「取り返してきた」と黄鉄鉱を姫に差し出す。
それで張っていた気が抜けたのか「もう知らない!」と姫は少々お怒りだった。
それでも機嫌を伺おうと傍に寄ったら、傷が残る体を慈しむようにそっと抱きしめてくれた。
「ごめんね……私のせいで、こんな怪我させちゃって。助けてあげられなくて、本当にごめん」
「い、いや、大丈夫。こんなのあと何日もすれば治るよ」
そう強がってみせる私。本当はまだちょっと痛いけど、ほんわかと優しい性格の姫が争いに参加しなくてよかったと思う。
しばらく姫の涼やかな体温とむっちりとした触感を間近で感じてどぎまぎしていたが、私はひとつ不安に思っていることがあった。
「……あいつらはもう来ないと思うけど、どうする? これ、欲しい?」
そう黄鉄鉱を見せて、恐る恐る尋ねる私。
誰だってただの石っころのせいで悪意を向けられ、知り合いが袋叩きにされる所を目撃してしまったら、そんな石には見向きもしなくなるだろう。
もしかしたら、今回の事件がきっかけで石拾い自体をやめてしまうかもしれない。
だが姫は少し考えると、そっと私から黄鉄鉱を受け取った。
「ありがとう。気を使ってくれて。
確かに怖い目にもあったけど、これは影狼ちゃんが体を張って守ってくれた証だもの。
だから、友情の印として大切に扱いたいわ」
そう黄鉄鉱を撫でて微笑む姫。
対する私は
(……友情、かぁ)
ちょっぴりブルーになってしまったものの、思ったより姫が前向きでよかったと感じる。
すると、姫はハタと良いことを思いついた楽しげな笑みを見せる。
「そうだ。私も友情の印に、影狼ちゃんに貰って欲しい石があるの」
そう言うやいなや、姫はざぶんと水底に潜って行く。
かと思えば数分後に戻ってきた。手には何やら赤い石を持っている。
「どうかな?」
「ふわぁ……赤い色が透き通って綺麗」
私は思わず感嘆の吐息を漏らす。
石自体の大きさは小さいが、形は刃物で削った様に真っ直ぐな面を張り合わせて構成している様で、天然石とは思えない。
でもその色は赤とオレンジを混ぜて、透明なガラスに溶かし込んだといったら伝わるだろうか。
ここで私は何かに似ているなぁ……と考えた所で気づく。
「この石、ザクロに似ているね」
「ね。小粒だし、色や透き通り方までザクロの粒よね」
そう我が意を得たり、といった様子で嬉しそうにザクロの石を差し出す姫。
「も、貰っていいの? これ、姫のコレクションの中で一番いい奴じゃないの?」
私が遠慮するも、姫は「いいからいいから」と手渡す。
「これはお礼。
影狼ちゃんはいつも湖の外のわくわくする話を聞かせてくれる。美味しい果物もくれるし、私の為に勇敢に戦ってくれた。
だから、是非貰ってちょうだい。いつもでも変わらない、大切な人の証として」
……これだ。
姫は分かっているのだろうか。
綺麗な石を渡してその台詞、世間では告白と言うんだよ。
私はニコニコと無邪気な笑顔の姫もまともに見られない程呼吸が苦しい状態で、それでもこっくりと頷いて何とかザクロの石を頂いた。
ここで黙っていると頬までこの石の様に紅く染まりそうだったので、私は早速この騒動の主役の正体を語り始める。
「そ、そうそう。その金ぴかの石、名前は黄鉄鉱って言うんだって」
「へぇ! これちゃんと名前があったのねぇ」
「人里の慧音さんって綺麗な人に教えて貰ったの」
「あら、影狼ちゃんが人間の話なんて珍しい。今度会ってみたいわ」
「うん。人間っていうか、半分妖怪っていうか……会ってみればわかるよ。すごくいい人だよ」
「石に詳しい人なのね。だったら、そのザクロ石の正しい名前も知っているかしら?
ちょっと聞きに行くのもいいかも」
「……その時は、さっきのくだりまで話さなくていいからね」
「えー、どうして?」
「どうしても!」
久しぶりのお喋りに、調子が戻ってきた。
こうしていつもの静かで、でもちょっと天然な姫に胸がキュンとなる日常がまた始まる。
そんな中、私は思う。
いつもでもこうやって仲良く過ごしていたい。いや、きっと過ごせるだろう。
私の手には、姫との友情が目に見える形で存在しているのだから。
【終】
希少性はそれに価値を見出す収集家がいれば意味がありますが、有用性は現代と幻想郷の文明レベルの違いを考えると大きく異なりそう
なんか二人らしいお話を読めた感じです。
ちょうど最近わかかげにはまりだしたのですが、もう抜け出せなくなってしまいそう
ラストの赤い石はガーネットかなと思ったらその通りだった。
何気に怖い迷信ですが、きっと影狼さんが守ってくれるから大丈夫!
名も無き石ですが、輝きを見出していただけたのならこれ幸いです。
3番様
確かに、幻想郷で黄鉄鉱は半導体の材料って言われても無価値に近いかな(苦笑)
もしかしたら、ダイヤモンドも単なるガラス玉扱いになるかもしれませんね。
4番様
ありがとうございます。二人のイメージに沿った話が書けて嬉しいです。
奇声を発する程度の能力様
いつもありがとうございます。
絶望を司る程度の能力様
ありがとうございます。かっこいい影狼さん、是非流行ってほしいです。
14番様
ようこそわかかげの世界へ(笑) かっこいい影狼さんと可愛い姫をよろしくお願いいたします。
15番様
ありがとうございます。お気づきになられましたか。ガーネットの別名はモロ『ザクロ石』ですしね。
18番様
ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。
昔黄鉄鉱の標本を持っていたのですが……どこかにやってしまったがま口でした。
市場価値よりも二人にとってどれだけ大切かが重要、というのが素敵です
わかさぎ姫の石拾いの趣味が事の発端なのも良いですね
ご感想ありがとうございます。
価値観は人それぞれですが、自分の価値観を大切にしている人は素敵だなぁと思っています。
そして意外と姫の石拾いネタにフューチャーした作品がないなぁ、と感じて書きました。お気に召された様で光栄です。
姫のために奮闘しちゃう影狼ちゃんはとても立派です
あ、でも今は大人しいんですね
影狼さんはやればできる子! でもとても優しい娘さんです。
だから今は静かな生活を大切にしています。
慧音の先生らしい仲裁の仕方もよかったです、素敵なお話をありがとうございました。