敢えて形容するなら、それはまさに“猫の集会”だった。
人里の傍らでひっそりと、何の招集も無しに始まる猫のそれ。
一日の終わりの、ささやかな息抜きのつもりで向かった酒場。
そこで偶然にも顔を合わせ。
相席を繰り返す内に、自然と仲間意識が芽生え。
そうして、今の形となった。
しかし彼女達は、自分達を猫ではなく、どちらかと言えば犬だと言う。
主に仕え、主を敬い、主に従い、そして時に主に縋る。
幻想郷を影から支える従者達の夜会は、今夜も静かに始まった。
「先月の話なんだが……」
ここは人里のとある酒場。
ハイカラなバー・スタイルの店内のボックス席で、ワイングラスに注がれたプッシーキャットを一口呷ったナズーリンは、その黄色い液体の向こうに自らの主人の姿を見るように、目を細めて言った。
彼女の周りには、紅魔館の十六夜咲夜を始め、八雲藍、魂魄妖夢、鈴仙・優曇華院・イナバらが同じテーブルを囲っている。
それぞれ、真剣に話を聞いていたり、頬杖を突いていたり、酔いが回ったのか、目をとろんとさせたりと、反応は様々だ。
しかし皆一様に、随分とリラックスしている様子が窺えた。
入店時からノンアルコールカクテルばかりを呑んでいるナズーリンも、平素から物静かな彼女にしては珍しく、かなり饒舌な口振りだった。
「御使いに行ったご主人が、半べそかいて帰ってきたんだ。皆驚いて、何があったのかと聞くと、『詐偽に遭った』と言うもんだから大騒ぎさ」
“詐偽”という単語に、一同の視線が少し熱っぽさを増した。
そでまで頬杖を突いていた鈴仙が、ゆっくりと上体を起こした。
ナズーリンは滔々と続けた。
「その内にとうとう泣き出してしまったご主人を見て、聖がカンカンに怒ってね。『警察に行くから詳しく事情を話してみなさい』と尋ねたら、何て返ってきたと思う?」
ナズーリンが周囲の反応を確かめる。
しかし誰もが、頭上に疑問符を浮べていた。
彼女はそれに気を良くしたのか、ニタリと笑い、
「“ラジペン”を買いに文房具屋に行ったら、変なハサミを買わされた」
途端に、店内に彼女達の笑い声が響き渡った。
堪らず目の端に浮んだ涙を拭った藍が、「そりゃそうだ」と声を震わせて言った。
ナズーリンはトドメとばかりに、
「因みに、この事件の犯人はぬえだった。この所、ご主人に色々と吹き込んでいるらしい。前にも、モンキーレンチのことを、モンキー・パ●チと……ふふっ!」
そこまで言って耐え切れなくなったのか、ナズーリンは急に吹き出して語尾を濁した。
そしてそのまま、彼女は腹を押さえてうずくまる。
それに釣られて、或いはそれで再びツボを刺激されて、他の面々もテーブルに突っ伏したり、手を叩いたり、大いに盛り上った。
「いや~! でも、天然っぷりならうちのお嬢様も負けてないわよ!」
と、ナズーリンの話題で一頻り笑い合った後、ワインをグイッと飲み干した咲夜が言った。
皆の視線が、今度は一斉に彼女に向けられる。
咲夜はジェスチャーを交えて話し始めた。
「最近、お嬢様は和食にハマっているの。特に、乾燥させた海苔を火で軽く焙って、それを熱々のご飯にのせて、醤油を少し垂らして食べるのがすごくお気に入りで。よく、それを食べながら仰っているわ」
そして咲夜は情感たっぷりに、レミリアの口調を真似て、
「『海苔、ご飯、お醤油。この一見シンプルな組み合せが、互いの持ち味を存分に高め合い、この何でもない丼を1つの料理にまで昇華させているのね。ふふ。磯の香りが堪らないわ……』」
自らの主人のそれと同じく、自信たっぷりに言った咲夜は、ここで一旦間を取った。
十分に溜めを作り、周囲の笑いのボルテージをギリギリまで高めたところで、彼女は呟くように言った。
「でもあれ、川海苔なのよね……」
瞬間、爆笑の渦が店内を包み込んだ。
「一体、どの磯の香りがしたのよ!」
と鈴仙が言った。
無論、幻想郷に海は存在しない。
恐らくレミリア自身も、それが果してどの磯なのかは分かっていないだろう。
妖夢が顔を両手で覆い、俯くようにして笑い続けている。
咲夜は小さくガッツポーズをした。
「ふむふむ。差し当って、今回のお題は“天然”かな……」
一同が未だクスクスと笑みを浮かべる中、いち早く回復した藍が言った。
「言っておくが、紫様の天然は一味違うぞ」
そして藍は、まるで御伽話を読み聞かせるように朗々と、良く通る声で言った。
「あれは先週のことだ。私と紫様は、連れ立って散歩に出かけたんだ」
他の面子が、今度は藍の方に向き直る。
また、話が触りの部分の間に、ナズーリンと咲夜はバーテンダーに酒のおかわりを注文した。
藍は続けた。
「快晴の空の下、私と紫様はマヨヒガの雑木林を歩いていた。道中、私は橙の話ばかりしていてな。ずっと私の話に耳を傾けて下さった紫様は、ふふと笑われて言ったんだ。『“親”という字は、立って木を見ると書くものね』、と。そして紫様は、こう続けられた」
藍は自分の胸に手を当て、柔らかい声色になって言った。
「『でもね、藍。いつまでも貴女が橙の側に立っていると、貴女の陰が光を遮り、橙の成長を阻害してしまうわ。だから時には、橙と距離をおいてあげることを忘れないでね』」
言い終えた藍に、妖夢が小首を傾げて訊いた。
「あれ? 普通に良い話ではありませんか?」
すると藍は含みのある笑みを零して、
「ああ。しかしこの話の最中、私はずっと紫様の陰の中だったんだ」
藍がそう締め括ると、メンバー達の間に、それまでとは違うタイプの笑いが起こった。
大笑いするでもなく、それぞれの表情は忍び笑い程度のものだが、それでも全員まんざらでもない様子だった。
「これは結構、ボディーにくる……」
口の端を、笑みに歪めたナズーリンが、くぐもった声で言った。
藍の話の場面を想像してみると、それは中々にシュールな光景だ。
喋っている話の内容と背反して、藍を陰に隠す紫もそうだが、藍の視点からしてみれば、せっかく良い話をされているのに、その時の主人の表情は、逆光でさぞ見辛かったことだろう。
「それじゃあ、トリは私達ね!」
と、頃合いを見計らって、鈴仙が意気揚揚と言った。
「あら。今、私達と言ったかしら?」
咲夜が問い掛けると、鈴仙は頷き、隣りに座っていた妖夢の肩を抱いた。
「天然と言えば、私達の姫様の十八番だもの! 題して、《我等が主、W姫様の珍言100連発》よ!」
それは半ば強引な始まりだったが、すぐに場の成り行きを理解した妖夢も、鈴仙に続いて得意気な顔になって言った。
「幽々子様の迷言は、すごいですよ?」
すると藍が笑みを返した。
「望むところだ。100連発でも200連発でも、耐えてみせようじゃないか」
自信を覗かせた藍に対して、鈴仙が待ってましたと言わんばかりに、
「それじゃあ皆、飲み物を口に含みなさい! 吹き出したら、どうなるか分かってるわね?」
すっかり場の音頭を取る鈴仙。全員は彼女の言うことに従い、それぞれ自分の飲み物の入ったグラスを傾けた。
「それじゃあ行くわよ! まずは――!」
鈴仙が、大きく息を吸い込んだ。
この瞬間、時刻は午前〇時となり、日付は翌日に暦を移したが、そこにいる誰もが、その事に全く気が付かなかった。
普段から時間と仕事に追われ、目まぐるしく1日を過ごす彼女達だが、この時ばかりは文字通り、時の移ろいを忘れて思う存分楽しんだ。
従者達の夜会は、まだもう少し続きそうだ。
因みに……。
「――牛乳は水分じゃない!」
「ぶっ!」
藍は撃沈した。
人里の傍らでひっそりと、何の招集も無しに始まる猫のそれ。
一日の終わりの、ささやかな息抜きのつもりで向かった酒場。
そこで偶然にも顔を合わせ。
相席を繰り返す内に、自然と仲間意識が芽生え。
そうして、今の形となった。
しかし彼女達は、自分達を猫ではなく、どちらかと言えば犬だと言う。
主に仕え、主を敬い、主に従い、そして時に主に縋る。
幻想郷を影から支える従者達の夜会は、今夜も静かに始まった。
「先月の話なんだが……」
ここは人里のとある酒場。
ハイカラなバー・スタイルの店内のボックス席で、ワイングラスに注がれたプッシーキャットを一口呷ったナズーリンは、その黄色い液体の向こうに自らの主人の姿を見るように、目を細めて言った。
彼女の周りには、紅魔館の十六夜咲夜を始め、八雲藍、魂魄妖夢、鈴仙・優曇華院・イナバらが同じテーブルを囲っている。
それぞれ、真剣に話を聞いていたり、頬杖を突いていたり、酔いが回ったのか、目をとろんとさせたりと、反応は様々だ。
しかし皆一様に、随分とリラックスしている様子が窺えた。
入店時からノンアルコールカクテルばかりを呑んでいるナズーリンも、平素から物静かな彼女にしては珍しく、かなり饒舌な口振りだった。
「御使いに行ったご主人が、半べそかいて帰ってきたんだ。皆驚いて、何があったのかと聞くと、『詐偽に遭った』と言うもんだから大騒ぎさ」
“詐偽”という単語に、一同の視線が少し熱っぽさを増した。
そでまで頬杖を突いていた鈴仙が、ゆっくりと上体を起こした。
ナズーリンは滔々と続けた。
「その内にとうとう泣き出してしまったご主人を見て、聖がカンカンに怒ってね。『警察に行くから詳しく事情を話してみなさい』と尋ねたら、何て返ってきたと思う?」
ナズーリンが周囲の反応を確かめる。
しかし誰もが、頭上に疑問符を浮べていた。
彼女はそれに気を良くしたのか、ニタリと笑い、
「“ラジペン”を買いに文房具屋に行ったら、変なハサミを買わされた」
途端に、店内に彼女達の笑い声が響き渡った。
堪らず目の端に浮んだ涙を拭った藍が、「そりゃそうだ」と声を震わせて言った。
ナズーリンはトドメとばかりに、
「因みに、この事件の犯人はぬえだった。この所、ご主人に色々と吹き込んでいるらしい。前にも、モンキーレンチのことを、モンキー・パ●チと……ふふっ!」
そこまで言って耐え切れなくなったのか、ナズーリンは急に吹き出して語尾を濁した。
そしてそのまま、彼女は腹を押さえてうずくまる。
それに釣られて、或いはそれで再びツボを刺激されて、他の面々もテーブルに突っ伏したり、手を叩いたり、大いに盛り上った。
「いや~! でも、天然っぷりならうちのお嬢様も負けてないわよ!」
と、ナズーリンの話題で一頻り笑い合った後、ワインをグイッと飲み干した咲夜が言った。
皆の視線が、今度は一斉に彼女に向けられる。
咲夜はジェスチャーを交えて話し始めた。
「最近、お嬢様は和食にハマっているの。特に、乾燥させた海苔を火で軽く焙って、それを熱々のご飯にのせて、醤油を少し垂らして食べるのがすごくお気に入りで。よく、それを食べながら仰っているわ」
そして咲夜は情感たっぷりに、レミリアの口調を真似て、
「『海苔、ご飯、お醤油。この一見シンプルな組み合せが、互いの持ち味を存分に高め合い、この何でもない丼を1つの料理にまで昇華させているのね。ふふ。磯の香りが堪らないわ……』」
自らの主人のそれと同じく、自信たっぷりに言った咲夜は、ここで一旦間を取った。
十分に溜めを作り、周囲の笑いのボルテージをギリギリまで高めたところで、彼女は呟くように言った。
「でもあれ、川海苔なのよね……」
瞬間、爆笑の渦が店内を包み込んだ。
「一体、どの磯の香りがしたのよ!」
と鈴仙が言った。
無論、幻想郷に海は存在しない。
恐らくレミリア自身も、それが果してどの磯なのかは分かっていないだろう。
妖夢が顔を両手で覆い、俯くようにして笑い続けている。
咲夜は小さくガッツポーズをした。
「ふむふむ。差し当って、今回のお題は“天然”かな……」
一同が未だクスクスと笑みを浮かべる中、いち早く回復した藍が言った。
「言っておくが、紫様の天然は一味違うぞ」
そして藍は、まるで御伽話を読み聞かせるように朗々と、良く通る声で言った。
「あれは先週のことだ。私と紫様は、連れ立って散歩に出かけたんだ」
他の面子が、今度は藍の方に向き直る。
また、話が触りの部分の間に、ナズーリンと咲夜はバーテンダーに酒のおかわりを注文した。
藍は続けた。
「快晴の空の下、私と紫様はマヨヒガの雑木林を歩いていた。道中、私は橙の話ばかりしていてな。ずっと私の話に耳を傾けて下さった紫様は、ふふと笑われて言ったんだ。『“親”という字は、立って木を見ると書くものね』、と。そして紫様は、こう続けられた」
藍は自分の胸に手を当て、柔らかい声色になって言った。
「『でもね、藍。いつまでも貴女が橙の側に立っていると、貴女の陰が光を遮り、橙の成長を阻害してしまうわ。だから時には、橙と距離をおいてあげることを忘れないでね』」
言い終えた藍に、妖夢が小首を傾げて訊いた。
「あれ? 普通に良い話ではありませんか?」
すると藍は含みのある笑みを零して、
「ああ。しかしこの話の最中、私はずっと紫様の陰の中だったんだ」
藍がそう締め括ると、メンバー達の間に、それまでとは違うタイプの笑いが起こった。
大笑いするでもなく、それぞれの表情は忍び笑い程度のものだが、それでも全員まんざらでもない様子だった。
「これは結構、ボディーにくる……」
口の端を、笑みに歪めたナズーリンが、くぐもった声で言った。
藍の話の場面を想像してみると、それは中々にシュールな光景だ。
喋っている話の内容と背反して、藍を陰に隠す紫もそうだが、藍の視点からしてみれば、せっかく良い話をされているのに、その時の主人の表情は、逆光でさぞ見辛かったことだろう。
「それじゃあ、トリは私達ね!」
と、頃合いを見計らって、鈴仙が意気揚揚と言った。
「あら。今、私達と言ったかしら?」
咲夜が問い掛けると、鈴仙は頷き、隣りに座っていた妖夢の肩を抱いた。
「天然と言えば、私達の姫様の十八番だもの! 題して、《我等が主、W姫様の珍言100連発》よ!」
それは半ば強引な始まりだったが、すぐに場の成り行きを理解した妖夢も、鈴仙に続いて得意気な顔になって言った。
「幽々子様の迷言は、すごいですよ?」
すると藍が笑みを返した。
「望むところだ。100連発でも200連発でも、耐えてみせようじゃないか」
自信を覗かせた藍に対して、鈴仙が待ってましたと言わんばかりに、
「それじゃあ皆、飲み物を口に含みなさい! 吹き出したら、どうなるか分かってるわね?」
すっかり場の音頭を取る鈴仙。全員は彼女の言うことに従い、それぞれ自分の飲み物の入ったグラスを傾けた。
「それじゃあ行くわよ! まずは――!」
鈴仙が、大きく息を吸い込んだ。
この瞬間、時刻は午前〇時となり、日付は翌日に暦を移したが、そこにいる誰もが、その事に全く気が付かなかった。
普段から時間と仕事に追われ、目まぐるしく1日を過ごす彼女達だが、この時ばかりは文字通り、時の移ろいを忘れて思う存分楽しんだ。
従者達の夜会は、まだもう少し続きそうだ。
因みに……。
「――牛乳は水分じゃない!」
「ぶっ!」
藍は撃沈した。
面白かったです
ちかごろ高級な蕎麦屋ぐらいしか使ってないからそろそろ幻想入りしてるのもちらほらありそう。
取り敢えず、主たちが愛されてるのが伝わってきました。