「暇だわぁ…」
公園のベンチに独り座り、一人の少女、宇佐見蓮子がため息をつきながら少しだけ不機嫌そうに、そんなことを呟いた。
蓮子は缶コーヒーを片手に、色づき始めた木の葉と、遊んでいる子供達をぼんやり眺めていた。
チラリと公園の時計を見ると、時計の針は『5:40』を指していた。
「メリーがドタキャンなんするから…」
不機嫌そうに呟いた。
本来蓮子は今日1人でこんなことをしているはずでは無かった。正確には、なにもしていないはずはなかったのだ。
サークル(と言っても二人だけの非公認非合法なのだが)の仲間、そして相棒であるマエリベリー・ハーンと出掛ける予定があったのだが、彼女は今やってる研究が予想より長引いており一緒に遊ぶことはできなくなったのだ。
それだけならまだ良かった。
しかし、今日の蓮子は一味違っていたのだ。
「珍しく朝寝坊せずに、しかも余裕持って起きれたのに…」
そうぼやき、続けて
遅刻常習犯のこの私が、連続遅刻記録が3桁にも至ろうかというこの私が遅刻を回避できそうだったと言うのに…!
と心の中で叫ぶ。
そうなのだ。この女、宇佐見蓮子は毎回毎回会うたび会うたび確実にメリーを待たす、遅刻魔なのだ。
そんな蓮子が今日は時間に間に合う、どころかメリーより早く着けるかもしれなかったのだ。だからこそ彼女は不機嫌になっているのだ。蓮子はドタキャン自体ではここまで怒ったりはしない、ただ落ち込むだけだ。
正直、その落ち込んだ蓮子を相手するのも面倒なのだが…。
ともかく、それにより蓮子は1日なにも予定のない、独りぼっちの日ができてしまった。
蓮子は基本1人でいる。
それに特に理由はないのだが、誰かと一緒にいる理由もない。
そう考えているので、メリーといる時やバイトの時以外は1人でいることが多い。
しかし、予定が急になくなり独りになってしまうと、寂しいものがあるようで、こうしてたそがれているのである。
一本のコーヒーをちびちびと飲む。
「そもそも、研究が残ってるのだったらそんな予定を組むことないでしょうに。
ハッ!まさか本当は隠れて付き合ってた男と遊ぶことになったとか!」
大袈裟なリアクションを取りながら、そんなことをわりと大きめの声で口に出す。その姿を子供達は、関わっちゃいけない人だ、などとヒソヒソと小馬鹿にしている。
先程の、遅刻に関する叫びは心の中だったのに、今のは口に出したところを見ると、遅刻しまくってることを公衆の面前で暴露するのに抵抗はあるようだ。
人の目はあまり気にしない蓮子でも、多少の羞恥心はあるらしい。
そんな中、蓮子は自嘲気味に笑っていた。それは子供達にコソコソと馬鹿にされるようなことをしたからではなく、自分の考えがあまりにも馬鹿らしかったからだ。
「メリーに彼氏なんているわけないわね」
そう、メリーに男ができるなんてことは、万に一つもないのである。
別に顔が悪いわけでも、性格が悪いわけでもない。
むしろその真逆なのだ。
彼女は、テレビに出るようなアイドルなんてものが裸足で逃げ出してしまうほど美人である。しかも綺麗なだけでなく、可愛さも持ち合わせている。
そして性格も、どんな人が相手でも裏のなさそうな笑顔を見せる。
彼女は、人が想像し得る最高の女、人の欲望の全てが詰め込まれた完璧な人間といっても過言ではない生き物なのだ。
少なくとも表面上はそうなのだ。
だからこそ、彼女はそういった、恋愛やら男なんていう、浮ついたモノとは無縁なのである。
とはいえ、浮ついた話が無いだけで蓮子のように常に1人というわけではなく、たまには蓮子以外の人といることもある。
ただ、彼女を相手に対等の立場にあろうとするのが難しいだけなのだ。
容姿端麗、才色兼備、文武両道、彼女はまさしく雲の上の存在であり、別次元の存在とも言えた。
まあそもそも、メリー程完璧な人間がいたとして。そんな者でさえも、彼女の心をほぐし分かり合い支え合うことはできないだろう。
彼女は、彼女達は、メリーと蓮子は異質なのだから。
「はぁ、帰るか…」
そう蓮子が言う頃にはさっきまで蓮子を見ていた子供達もいなくなっており、日は傾き始め空は朱色に染まっていた。
時計は『6:00』を指している。
「ハハハ、本当に無駄な1日を過ごしちゃったわ」
ベンチから立ち上がって、ずっと持っていたコーヒーの残りを口に含むと、自分はこんなにゆっくりコーヒーを飲んでいるのか、とふと思った。
いつもメリーと一緒に喫茶店で飲むときも時間をかけているのだが、蓮子は初めて気づいたことだった。
そして、今飲んでいるコーヒーが、やけに味気ないことも、同時に気づいたのであった。
いつもの喫茶店と同じ、合成物で作られたコーヒーのような物なのに、なぜかそう感じた。
「はぁ…。スーパー寄って、晩御飯とお酒でも買おう」
そう言いながらトボトボと帰路についた。
少しずつ冷たくなってきた風を背に受けながら。
「現在『11時35分32秒』〜。
日付が変わるまで後24分と28、27、26〜」
蓮子は今、独りでベランダに立っている。
夕方までと同じように独りで、酒を片手に寂しそうに月と星を眺めながら、正確な時間を刻んでいく。
「瞳よ瞳よ瞳さん。メリーまでの距離と時間をお教えくださいな」
少しおどけたように、話しかける。
自分に宿った異能の瞳に。
その【星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力】に。
宇佐見蓮子という人間が、誰も触れることができないマエリベリー・ハーンという存在の横に並ぶことが許されている理由に。
こんな瞳があっても、本物の夜空は、メリーの視る世界は、月が燦然と輝き星が満ち溢れる空なんかは見れはしないんだけどね…。
などとアンニュイな気分に浸る。
蓮子には、彼女の異常性を受け入れることができても、理解はきっとできていないのだ。
どれだけ相棒だと嘯いても蓮子ではメリーの全ては視れないから、独りで空を見ていると、そんな感情に襲われるのだ。
「なんてね…。はぁ、この眼で、貴女との距離が分かればどれだけか良かっただろうにね」
今日1日で何度目かわからないため息と共に、少しだけ寂し気にこぼした言葉は、誰に届くでもなく夜の静けさに溶けていった。
そんな蓮子を月と星はただただ照らしている。
いくばくかの時間が過ぎ、少し肌寒くなり始める。
蓮子が空を見上げると、彼女の瞳は『11時58分53秒』を告げていた。
刻一刻と日時の変わり目に近づいている。
「日付が変わるまではこの夜空を見届けるとしようかなー」
と言って残りのお酒を呑みほす。
「後50、49、48…」
カウントダウンは進んでいき、人生の貴重な1日が、蓮子の無駄な1日が終わりを迎える。
「5、4、3、2、1…」
0時0分0秒、と言い切る寸前に窓の中、気休め程度だが、できるだけ綺麗な星を視るために電気を消したリビングで、ケータイが音をたてる。
こんな時間に誰だろう、と不思議に思いながら部屋に入ってケータイを手に取る。
画面に浮かぶ名前に意外そうな顔をし、『通話』の文字を押す。
もっとも、その名前以外が表示されることなんて滅多にあることではないのだが。
数分間の通話の後、蓮子の表情には先ほどまでの寂寥感は微塵も感じられなくなっていて、溢れんばかりの喜びで満ちていた。
窓を閉め、すぐにベッドへダイブする。
独りで佇んでいた外とは違い、部屋の空気は暖かく。ベッドの温もりに包まれて、蓮子は眠りに誘われていった。
次の日、蓮子は走っていた。
いつも通りの遅刻だ。
なぜ昨日起きれて今日起きれないのか、呆れるばかりだ。
道中昨日の公園を横切る。
公園には昨日と同じ光景が広がっていた。子供が遊び、葉は紅く変わっていっている、そんな光景。
その光景を見た蓮子は少し足を止める。
なぜか、蓮子にはそれが昨日とほまったく違って見えたのだ。
そしてなぜか、顔がほころんでいた。
それも束の間、こんなことをしている場合ではないと思い出し、備え付けの時計を確認すると、もう『10:35』になっていた。
ちなみに集合予定時間は『10:30』である。
そこから、できるだけ急いで息を荒げながら目的地に到着する。
メリーの待つ、いつもの喫茶店へ。
息を整え、ハンカチで汗を拭く。
言い訳はどうしようかなどと考えながら、店のベルを鳴らす。
中を見渡しメリーを見つける。とは言え、いつも同じ場所に座っているのだが。
メリーも、ベルの音に反応し蓮子の方を見ていた。
また遅れたわね、とその目が語っている。いつものように。
だから、蓮子もいつもの調子でメリーの方へ向かった。
「ごめんメリー。遅れちゃったわ」
手を合わせて軽く謝る蓮子に対して、メリーは腕時計を確認しながら
「『10時42分』。12分の遅刻ね」
と笑った。
「昨日は間に合うはずだったのよ?」
そう言いながらイスを引き腰を下ろす。
メリーはそれを聞きまた笑う。
「あら、それは悪いことをしたわね?」
少し小馬鹿にしたような口調。
きっとメリーは蓮子が本当に遅刻をしない時間に行動していたことを分かっていて茶化している。
「本当なんだってばー」
冷やかすメリーに対して言葉を返す。
メリーは、ハイハイえらいえらい、と子供をあやすように蓮子の頭を撫でる。
「あぁもう、そんなことより、今日はどうしたの」
撫でる手を払い、馬鹿にしてくるメリーを軽く睨みながら、夜中にいきなり電話をかけてきた理解を問う。
心なしか、蓮子の顔が紅くなっている気がしないでもないが、それは光の加減などだろう。
「えぇ、それね。
それはね、昨日1日かけて研究も終了したから蓮子と遊びに行こうと思ってね」
「もし私に予定があったらどうするつもりだったのよ…」
「それなら日をずらせば良かったし。なんとなくだけど、今日は貴女空いてそうだったからね」
メリーはニッコリと天使のような笑顔を見せる。
蓮子はそれを見て、呆れ果てたと言わんばかりの目になるが、表情や仕草からどことなく嬉しそうな感じが見られる。
「はぁ、なにそれ?まあいいわ。
それで?何処へ行くの?」
「私は何処でも良いのだけれど。
その前に、なにか頼んで良いわよ蓮子。奢るわよ」
「どうしたのよ、気前がいいわね。今日で遅刻が3桁到達とかかしら?」
メリーはさほどお金に困っていることはないので、ちょっと奢るぐらいの余裕はあるが、そんなことは滅多にしない。
なので蓮子は少し驚き、おどけてみせた。
「何を言っるのよ、100なんてもう超してるわよ。記念することでもないし。
そんなことじゃなくて昨日のお詫びよ」
「あぁ、なるほどなるほど」
得心行ったと手をポンと合わせる。
「なら遠慮なく。店員さーん」
蓮子はいつも頼むあまり高くない普通のコーヒーを頼んだ。
メリーは、奢りだと言ってるのに、と言い、本当に貧乏性ねぇ、と内心思った。
しかし、蓮子はなんとなく、そのコーヒーが飲みたかったのだ。
店は空いていたので、すぐにコーヒーは運ばれてきた。
そのコーヒーを蓮子は口に含み、味を噛み締め、ゆっくりと喉を通す。
コーヒー独特の心地よい苦味が口に広がる。
ふふ、とメリーから笑いが溢れる。
「どうかした?」
突然笑い出したメリーに、私がなにかおかしかったか、と蓮子が確認する。
「ふふ、だって、いつものコーヒーをそんなに美味しそうに飲むんだもの」
メリーは笑い流れた涙を拭う。
そんなメリーを見つめながら、そんなに美味しそうに飲んでたかなぁ、と自分の頬を蓮子は引っ張る。
でも、まぁ、と蓮子は言葉を紡ぐ、
「きっと、いつものコーヒーだから、美味しかったんじゃないかな」
と。
公園のベンチに独り座り、一人の少女、宇佐見蓮子がため息をつきながら少しだけ不機嫌そうに、そんなことを呟いた。
蓮子は缶コーヒーを片手に、色づき始めた木の葉と、遊んでいる子供達をぼんやり眺めていた。
チラリと公園の時計を見ると、時計の針は『5:40』を指していた。
「メリーがドタキャンなんするから…」
不機嫌そうに呟いた。
本来蓮子は今日1人でこんなことをしているはずでは無かった。正確には、なにもしていないはずはなかったのだ。
サークル(と言っても二人だけの非公認非合法なのだが)の仲間、そして相棒であるマエリベリー・ハーンと出掛ける予定があったのだが、彼女は今やってる研究が予想より長引いており一緒に遊ぶことはできなくなったのだ。
それだけならまだ良かった。
しかし、今日の蓮子は一味違っていたのだ。
「珍しく朝寝坊せずに、しかも余裕持って起きれたのに…」
そうぼやき、続けて
遅刻常習犯のこの私が、連続遅刻記録が3桁にも至ろうかというこの私が遅刻を回避できそうだったと言うのに…!
と心の中で叫ぶ。
そうなのだ。この女、宇佐見蓮子は毎回毎回会うたび会うたび確実にメリーを待たす、遅刻魔なのだ。
そんな蓮子が今日は時間に間に合う、どころかメリーより早く着けるかもしれなかったのだ。だからこそ彼女は不機嫌になっているのだ。蓮子はドタキャン自体ではここまで怒ったりはしない、ただ落ち込むだけだ。
正直、その落ち込んだ蓮子を相手するのも面倒なのだが…。
ともかく、それにより蓮子は1日なにも予定のない、独りぼっちの日ができてしまった。
蓮子は基本1人でいる。
それに特に理由はないのだが、誰かと一緒にいる理由もない。
そう考えているので、メリーといる時やバイトの時以外は1人でいることが多い。
しかし、予定が急になくなり独りになってしまうと、寂しいものがあるようで、こうしてたそがれているのである。
一本のコーヒーをちびちびと飲む。
「そもそも、研究が残ってるのだったらそんな予定を組むことないでしょうに。
ハッ!まさか本当は隠れて付き合ってた男と遊ぶことになったとか!」
大袈裟なリアクションを取りながら、そんなことをわりと大きめの声で口に出す。その姿を子供達は、関わっちゃいけない人だ、などとヒソヒソと小馬鹿にしている。
先程の、遅刻に関する叫びは心の中だったのに、今のは口に出したところを見ると、遅刻しまくってることを公衆の面前で暴露するのに抵抗はあるようだ。
人の目はあまり気にしない蓮子でも、多少の羞恥心はあるらしい。
そんな中、蓮子は自嘲気味に笑っていた。それは子供達にコソコソと馬鹿にされるようなことをしたからではなく、自分の考えがあまりにも馬鹿らしかったからだ。
「メリーに彼氏なんているわけないわね」
そう、メリーに男ができるなんてことは、万に一つもないのである。
別に顔が悪いわけでも、性格が悪いわけでもない。
むしろその真逆なのだ。
彼女は、テレビに出るようなアイドルなんてものが裸足で逃げ出してしまうほど美人である。しかも綺麗なだけでなく、可愛さも持ち合わせている。
そして性格も、どんな人が相手でも裏のなさそうな笑顔を見せる。
彼女は、人が想像し得る最高の女、人の欲望の全てが詰め込まれた完璧な人間といっても過言ではない生き物なのだ。
少なくとも表面上はそうなのだ。
だからこそ、彼女はそういった、恋愛やら男なんていう、浮ついたモノとは無縁なのである。
とはいえ、浮ついた話が無いだけで蓮子のように常に1人というわけではなく、たまには蓮子以外の人といることもある。
ただ、彼女を相手に対等の立場にあろうとするのが難しいだけなのだ。
容姿端麗、才色兼備、文武両道、彼女はまさしく雲の上の存在であり、別次元の存在とも言えた。
まあそもそも、メリー程完璧な人間がいたとして。そんな者でさえも、彼女の心をほぐし分かり合い支え合うことはできないだろう。
彼女は、彼女達は、メリーと蓮子は異質なのだから。
「はぁ、帰るか…」
そう蓮子が言う頃にはさっきまで蓮子を見ていた子供達もいなくなっており、日は傾き始め空は朱色に染まっていた。
時計は『6:00』を指している。
「ハハハ、本当に無駄な1日を過ごしちゃったわ」
ベンチから立ち上がって、ずっと持っていたコーヒーの残りを口に含むと、自分はこんなにゆっくりコーヒーを飲んでいるのか、とふと思った。
いつもメリーと一緒に喫茶店で飲むときも時間をかけているのだが、蓮子は初めて気づいたことだった。
そして、今飲んでいるコーヒーが、やけに味気ないことも、同時に気づいたのであった。
いつもの喫茶店と同じ、合成物で作られたコーヒーのような物なのに、なぜかそう感じた。
「はぁ…。スーパー寄って、晩御飯とお酒でも買おう」
そう言いながらトボトボと帰路についた。
少しずつ冷たくなってきた風を背に受けながら。
「現在『11時35分32秒』〜。
日付が変わるまで後24分と28、27、26〜」
蓮子は今、独りでベランダに立っている。
夕方までと同じように独りで、酒を片手に寂しそうに月と星を眺めながら、正確な時間を刻んでいく。
「瞳よ瞳よ瞳さん。メリーまでの距離と時間をお教えくださいな」
少しおどけたように、話しかける。
自分に宿った異能の瞳に。
その【星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力】に。
宇佐見蓮子という人間が、誰も触れることができないマエリベリー・ハーンという存在の横に並ぶことが許されている理由に。
こんな瞳があっても、本物の夜空は、メリーの視る世界は、月が燦然と輝き星が満ち溢れる空なんかは見れはしないんだけどね…。
などとアンニュイな気分に浸る。
蓮子には、彼女の異常性を受け入れることができても、理解はきっとできていないのだ。
どれだけ相棒だと嘯いても蓮子ではメリーの全ては視れないから、独りで空を見ていると、そんな感情に襲われるのだ。
「なんてね…。はぁ、この眼で、貴女との距離が分かればどれだけか良かっただろうにね」
今日1日で何度目かわからないため息と共に、少しだけ寂し気にこぼした言葉は、誰に届くでもなく夜の静けさに溶けていった。
そんな蓮子を月と星はただただ照らしている。
いくばくかの時間が過ぎ、少し肌寒くなり始める。
蓮子が空を見上げると、彼女の瞳は『11時58分53秒』を告げていた。
刻一刻と日時の変わり目に近づいている。
「日付が変わるまではこの夜空を見届けるとしようかなー」
と言って残りのお酒を呑みほす。
「後50、49、48…」
カウントダウンは進んでいき、人生の貴重な1日が、蓮子の無駄な1日が終わりを迎える。
「5、4、3、2、1…」
0時0分0秒、と言い切る寸前に窓の中、気休め程度だが、できるだけ綺麗な星を視るために電気を消したリビングで、ケータイが音をたてる。
こんな時間に誰だろう、と不思議に思いながら部屋に入ってケータイを手に取る。
画面に浮かぶ名前に意外そうな顔をし、『通話』の文字を押す。
もっとも、その名前以外が表示されることなんて滅多にあることではないのだが。
数分間の通話の後、蓮子の表情には先ほどまでの寂寥感は微塵も感じられなくなっていて、溢れんばかりの喜びで満ちていた。
窓を閉め、すぐにベッドへダイブする。
独りで佇んでいた外とは違い、部屋の空気は暖かく。ベッドの温もりに包まれて、蓮子は眠りに誘われていった。
次の日、蓮子は走っていた。
いつも通りの遅刻だ。
なぜ昨日起きれて今日起きれないのか、呆れるばかりだ。
道中昨日の公園を横切る。
公園には昨日と同じ光景が広がっていた。子供が遊び、葉は紅く変わっていっている、そんな光景。
その光景を見た蓮子は少し足を止める。
なぜか、蓮子にはそれが昨日とほまったく違って見えたのだ。
そしてなぜか、顔がほころんでいた。
それも束の間、こんなことをしている場合ではないと思い出し、備え付けの時計を確認すると、もう『10:35』になっていた。
ちなみに集合予定時間は『10:30』である。
そこから、できるだけ急いで息を荒げながら目的地に到着する。
メリーの待つ、いつもの喫茶店へ。
息を整え、ハンカチで汗を拭く。
言い訳はどうしようかなどと考えながら、店のベルを鳴らす。
中を見渡しメリーを見つける。とは言え、いつも同じ場所に座っているのだが。
メリーも、ベルの音に反応し蓮子の方を見ていた。
また遅れたわね、とその目が語っている。いつものように。
だから、蓮子もいつもの調子でメリーの方へ向かった。
「ごめんメリー。遅れちゃったわ」
手を合わせて軽く謝る蓮子に対して、メリーは腕時計を確認しながら
「『10時42分』。12分の遅刻ね」
と笑った。
「昨日は間に合うはずだったのよ?」
そう言いながらイスを引き腰を下ろす。
メリーはそれを聞きまた笑う。
「あら、それは悪いことをしたわね?」
少し小馬鹿にしたような口調。
きっとメリーは蓮子が本当に遅刻をしない時間に行動していたことを分かっていて茶化している。
「本当なんだってばー」
冷やかすメリーに対して言葉を返す。
メリーは、ハイハイえらいえらい、と子供をあやすように蓮子の頭を撫でる。
「あぁもう、そんなことより、今日はどうしたの」
撫でる手を払い、馬鹿にしてくるメリーを軽く睨みながら、夜中にいきなり電話をかけてきた理解を問う。
心なしか、蓮子の顔が紅くなっている気がしないでもないが、それは光の加減などだろう。
「えぇ、それね。
それはね、昨日1日かけて研究も終了したから蓮子と遊びに行こうと思ってね」
「もし私に予定があったらどうするつもりだったのよ…」
「それなら日をずらせば良かったし。なんとなくだけど、今日は貴女空いてそうだったからね」
メリーはニッコリと天使のような笑顔を見せる。
蓮子はそれを見て、呆れ果てたと言わんばかりの目になるが、表情や仕草からどことなく嬉しそうな感じが見られる。
「はぁ、なにそれ?まあいいわ。
それで?何処へ行くの?」
「私は何処でも良いのだけれど。
その前に、なにか頼んで良いわよ蓮子。奢るわよ」
「どうしたのよ、気前がいいわね。今日で遅刻が3桁到達とかかしら?」
メリーはさほどお金に困っていることはないので、ちょっと奢るぐらいの余裕はあるが、そんなことは滅多にしない。
なので蓮子は少し驚き、おどけてみせた。
「何を言っるのよ、100なんてもう超してるわよ。記念することでもないし。
そんなことじゃなくて昨日のお詫びよ」
「あぁ、なるほどなるほど」
得心行ったと手をポンと合わせる。
「なら遠慮なく。店員さーん」
蓮子はいつも頼むあまり高くない普通のコーヒーを頼んだ。
メリーは、奢りだと言ってるのに、と言い、本当に貧乏性ねぇ、と内心思った。
しかし、蓮子はなんとなく、そのコーヒーが飲みたかったのだ。
店は空いていたので、すぐにコーヒーは運ばれてきた。
そのコーヒーを蓮子は口に含み、味を噛み締め、ゆっくりと喉を通す。
コーヒー独特の心地よい苦味が口に広がる。
ふふ、とメリーから笑いが溢れる。
「どうかした?」
突然笑い出したメリーに、私がなにかおかしかったか、と蓮子が確認する。
「ふふ、だって、いつものコーヒーをそんなに美味しそうに飲むんだもの」
メリーは笑い流れた涙を拭う。
そんなメリーを見つめながら、そんなに美味しそうに飲んでたかなぁ、と自分の頬を蓮子は引っ張る。
でも、まぁ、と蓮子は言葉を紡ぐ、
「きっと、いつものコーヒーだから、美味しかったんじゃないかな」
と。
蓮メリちゅっちゅっ
嬉しそうな蓮子にほっこりです
やっぱり蓮メリはいいですね。
蓮子がうさぎならメリーはなんだろう……?