Coolier - 新生・東方創想話

紛い者の願い

2015/01/17 03:01:21
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◆この話は作品集139『紛い者の鬼』の続編に当たります。

また

◆作品集160『ハートブレイカー』・作品集163『バニシングハート』の設定を使用しています。








































◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



皆が幸せに暮らす話など、どこにでも溢れている。
積み上げた努力が報われる話。唐突に起こる奇跡に救われる話。
だけどそれは夢で、幻想だという事は何度も何度も体験し、嫌というほど知っている。


人と心地好く暮らせた時もあった。
だけど叶わぬ夢となった。
理性を重きに置く人にとって、力で叶わぬ鬼は脅威だと認識された。

山で穏やかに暮らせた時もあった。
だけど叶わぬ幻想となった。
人目に触れず静かに暮らしていても、鬼というだけで害だと罵られた。



この地上で生きるには難しすぎると感じた私達は此処ではない何処かを求め、ようやく異世界とも呼べる地底世界を見つけた。

ここならば理不尽に醜く争うこともないはずだ。閻魔から間借りする場所なのだから、無駄な殺生など直接裁かれる。
この地底には先人達がいるらしい。地獄に落ちた方も管理をしている方も性根の腐った問題児ばかりだと聞かされたが、地上に比べればマシである事を願った。

うん、そうだよな。そうなるように、しなきゃいけない。
仲良くなって、酒飲んで。
みんなが笑って暮らせる世界を築き上げようじゃないか。
この新天地が、皆が幸せになる楽園になりますように。





私はいつだって夢を、幻想を見ていたかった。
甘い戯言を求めていた。



求めていたかった。



いつだって『世界』は、理不尽だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



強い雨風が吹く森の中で、私は彼女を背負いながら大地を蹴り木々の隙間を駆け抜ける。脚に力を入れ、速く走るほど大きな雨粒が避けられぬ弾幕の様に私の顔を強く打つ。目を開けているのも辛くなるが、追っ手がわんさかと来ているのだ、止まる訳にはいかない。一人なら迎撃という手があるが、瀕死の連れを抱えるだけで手一杯。狙いも私じゃないだけに躍起になればしくじる事は目に見えている。

背後には頭数二十を超える妖怪が群れを成して迫っていた。木を障害物にしながら少しずつ距離を開かせる。低木が多いこの森なら飛ぶより走った方が速い。敵は飛びながらの様だが、時折悲鳴が聞こえるのは衝突してるからだろう。今宵は月も欠けて視界も悪い。
だが、夜である事は幸いなのか災いなのかなど計る気にもなれない。妖怪の一群を撒いたと思えば別の群れに見つかる。この森には妖怪が多く、隠れていても一刻も経たぬうちに見つかってしまう。洞窟は多い様だが森の中でさえこの有様だ、魔窟である可能性が高すぎる。
潜みやすいと思っていたが、こんなに肉食妖怪がわんさか現れたんじゃ、人里近くの開けた場所の方がまだマシだ。

『おいていけー♪背中の女を置いていけー♪』
『変わった珍味にあり付けるー☆』
『お姐さん、独り占めはよくないよー?』

食う為に攫ったみたいな言い方しやがって!!
取り巻いてくる奴らに拳骨の一発でも入れてやりたいところだが、背中で衰弱しきった彼女の事を考え、グッと堪える。
手放してなるものか。
「パルスィ……、頼むよ、くたばらないでくれよ……?
必ず振り切ってみせるから、もうちょっとガマンしてくれよ……。」
私の呟きが聞こえたのか、首に回している彼女の両腕に僅かながら力が篭もったのを感じた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



先程の追っ手を撒き、暫く走っていたら壁や屋根が蔓に覆われている、なんとも古そうな小屋を見つけた。
亡霊の類でもいるんじゃないかと訝しんだが、戸の部分だけは蔓は切り取られにされている。こんな辺鄙な山の中に人など住んでいないと思いながら、恐る恐る入る事にした。

中は存外に小奇麗で、甕(かめ)の中には澄んだ水がたっぷりと入っている。釜戸も埃は溜まっておらず、土間の奥には干した肉や魚が吊られている。
猟師達の中継所だろうか。頻繁に人の出入りができているのなら、霊も取り憑いてはいないはず。

ここなら一息つけそうだな……。

私は少々かび臭い板の間に、部屋の片隅に乱雑に積んであった布団を引っ張り出し、敷いて彼女を寝かせた。
息をしているのかも分からない位に静かに寝入っている彼女の身体を改めて見て、自分の頬の筋肉が強張る。肩筋や腕、太腿にも見える歯型の後を見てしまうと怒りが湧き上がってくる。



来る日も来る日も妖怪に襲われ続けた。度重なる襲撃で疲弊しきった彼女は空を飛ぶ事も難儀なほどに妖力が無くなってしまった。見えない襲来に怯え心を休める余裕も無い。何日も休息が取れなくて私が睡魔によって意識が落ちかけた時など最悪だった。幾重にも現れる魑魅魍魎に襲われた彼女を掻き分け薙ぎ倒し、攫われかけたところをなんとか取り戻したが、全身をむしゃぶりつかれそうになった恐怖で狂いかけていた事もあった。

そうした日々が過ぎて、彼女は壊れていった。
嫉妬や怨恨の気が自分の妖力の糧である彼女だが、相手から促して取るだけの力は残っていないらしく、身を削る様に、自身から妖力を取るようになった。
自分の理性を代償に、完全に狂う手前まで留めて。
だが糧というのは他から与えられて栄養にするものだ。限界がある。自分の身を切り売りして生きられるはずも無い。
歩く事もままならなくなり、移動は私が背負っている。記憶など、物が分からないほどボロボロになっている。特に自分の事に関してだ。
今朝など、パルスィと呼んでも反応が無いどころか、自分の名前である事すら忘れるほどまで精神に異常をきたしている。この生活を続けたところで最早、先が見えている。



親指でそっと、頬を撫ぜる。

瞬間、身体が一瞬跳ね、息が若干荒くなり、無意識に震える彼女がいた。


(ごめんね……。)
こんな筈じゃなかったんだ。
(本当にごめんね……。)
こんな目に合わせるつもりじゃなかったんだ。

彼女が地底から離れる際にも同じ様に謝った。
でも、違う。全然違う。
あの時以上に、重く、重く心が沈み蝕まれていく感覚になる。
こういう運命だと彼女は言った。
違うんだ。こうなったのは私の所為なのだから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



地底が地獄として機能していた時代。
水橋パルスィは地獄の番人であり、そして地底の鬼と呼ばれ恐れられていた。
彼女が見張る地は地底と地上を繋ぐ一本道。落とされる者には地獄の畏怖を。責め苦に耐えれず逃げ出す者には諦念を。そうして生きてきたのだと彼女から聞いた。
私たち地上の鬼が来る事を良しとせず、何度も勝負を挑んできた。自身が呼ばれていた、恐怖の『鬼』の名にかけて。

だけど彼女は本当の『鬼』じゃない。
恨みを帯びた人間の成れの果て。鬼という存在に成り得ない紛い者。
私が畏怖されるべき『鬼』の呼び名を取り上げてしまい、彼女は日増しに弱くなり、遂には逃げる様に地底を出て行ってしまった。


彼女の居場所を奪ってしまった罪滅ぼし……という意識は少なからずあった。新しい住処を作る手伝いもしたかったし、それがダメなら地底で一緒に暮らそうと根気よく説得するつもりもあった。なんというか……、彼女にも幸せな暮らしをして欲しいって事。

だけど、この生活を続けるにつれて、私の心に罪悪感が膨れ上がっていく。

付いて行くなんていうのも最初は軽い気持ちだった。
曲がりなりにも山の四天王の私と張り合える胆力があるのだ。彼女ならどこでも上手くやっていけるだろうと。

だけど実際は違った。
もしも付いて行かなかったら恐らく彼女はとっくに妖怪たちに食われてこの世にいないだろう。
人食い妖怪にとって彼女は美味しそうな妖気を漂わせる珍しい人間に映る様で、その話も此処ら周辺に響き渡ってしまった。
長い時間、身を隠せる場所を探して彼女の回復を図らないと……。



次の手を考える暇も無く追われ続けてきたが、今のところ外に妖気は感じない。ここなら暫く休めそうだ。

彼女の震えが止まらないのは植えつけられた恐怖だけではない事に気が付いた。身体が氷の様に冷えている。暖を取らせてやりたいが折角隠れられる場所を見つけたのだ。囲炉裏に火を付ける訳にもいかないし。



…………。



……や、やっぱあれか……?ハダカとハダカを合わせて暖めあう、的な、その……。
ヤッベェ、私が熱くなってきた。うん、うん、一刻も早くこの全身に溢れるパトスをパルスィに全身で伝えなくちゃ。

……いやいやいやいやそんなヤラシイ……違う、ヤマシイ事なんて考えてないぞ私は。
必要な事だし?このままじゃパルスィがダメになっちゃうし?
だから仕方ないの。パルスィ恨むならこの状況を恨むの。いざ南無三ーー。

あぁーでもパルスィの襟を摘まむのすっごい恥ずかしい。
あぁーでもパルスィの肌すっごい。創傷の後が多いけどすべすべ。
あぁーでもパルスィって触ってみると案外、下地の筋肉あるのね。
あぁーでもパルスィの胸が私の胸に当たってる。
あぁー。
あぁー。



あぁー、身体全身やっぱり冷えちゃってる。
なるべく密着、密着。

触れられること自体が不快なのだろう、時折呻き声を上げ振り払おうとする。ゆっくりと頭を撫ぜながら落ち着かせる事を試みる。
「大丈夫だ。私が付いてるぞ。」
彼女の手を取り、私の角を撫ぜさせる。
「私が護ってやるぞ。」
何度も何度も撫ぜさせる。
「私は何時だってアンタの―――」





「……ゆ……ぎ……。」





彼女の口から落ちた言葉が私の心臓が大きく脈を打った。
思わず彼女の頬と自分の頬を擦り合わせた。
掠れた声で何かを伝えたかったのかもしれないが阻害した。怖かった。聞きたくなかった。
昏迷した意識の中で、私の名前を言ってくれた事実だけを残したかった。


目頭が熱くなった。涙が溢れてきた。
こんな目に合わせた張本人を名前で呼んでくれた。

嬉しいのかも悲しいのかも自分には分からない。
ただ、彼女の身体と命をずっと抱きしめ、独り占めにしていたかった。



私はピリピリとした感覚が離れない鼻をすすりながら、何度も頬を擦らせた。

次に目を覚ましたら……一緒に地底に帰ろう……。
嫌がるのは分かってるけど。私はアンタを失いたくない。
アンタを失ってしまったら……、私は私たちを追い出した奴等と同じになってしまう……。
逃げ出さなきゃならない悔しさは私だって知ってるんだ……。あんな悲しい事はもう御免だと心に決めたんだ……。だから……。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「母さんが死んだ……?」
息も絶え絶えに私たちの元へやって来た鬼娘の第一声が私たちの親の訃報だった。
最初に彼女を見つけた私と華扇は大いに戸惑った。
「すまねぇ勇儀ちゃん……華扇ちゃん……。ホントにすまねぇ……。」
「なんでさ……。母さんは真正面だろうと背後から襲われようと負ける様な鬼じゃない……。
世にも轟く怪力乱神『星熊童子』なんだぞ……。それに伊吹や茨木の母さんだっていたんじゃ……。」
「朝っぱらから人間たちが来たんだよ。そういう約束だったみたいなんだけどさ。
ケンカだ勝負だ宴会だとワイワイ楽しくやってたんだけどさ……、どうも人間が持ってきた貢物の酒に……毒が、入ってたんだよ……。
日が落ちた頃に大将たち、指一本動かせねぇ状態になっちまって……みんな嬲り殺しに。
アタシは、その毒酒を飲む前に大将に自前の酒で飲み潰れちまってて寝込んでて……。
突然、伊吹の大将が叫んだんだよ。『逃げられる奴は逃げろ!狡猾な人間どもが私たちを殺そうとしてる!逃げて仲間に知らせろ!』って……。アタシ、もう必死で走り回って……。仇も取らずに泣き叫んで逃げ回って……。」
彼女の嗚咽が酷くなって言葉が聞き取れなくなっていく。これ以上は聞き出せないな……。

「アンタ……、よく知らせてくれたよ……。皆のところで暫く休んでいてくれ。
――華扇、彼女を頼む。それと今から移動するから皆に荷物をまとめておく様に指示しておいてくれ。
……あと、母さんたちが亡くなった事はまだ知らせるな。混乱を招いて動き辛くなるだけだ。
特に萃香には……。癇癪起こして霧にでもなられたら捕まえられない。」
「ええ、分かった。さ、こちらへ来てください。」
元気のない返事をしてフラフラと歩き出す鬼に、肩を貸して連れて行く華扇を見送る。


まだ私が時勢も読めない子どもだった頃だ。
母さんたちと離れ、土木に詳しい土蜘蛛たちに教えを請いながら森の開拓に勤しんでいた。自分たちが住む為の集落を作るためだ。
自分の住処は子鬼の時から自分たちで作っておくものだというのが大江山に住む鬼の風習だと母さんたちに教えられ、中で年長だった私は萃香と華扇、子鬼たちを連れて住まいを築きあげる為に労働に勤しんでいた。一月ほど母さんたちとは会っていなかった。

時間が空いていたからかもしれない。母さんが死んだと聞いても、その時は実感なんて湧かなかった。
怒ればいいのかも悲しめばいいのかも分からない。
だけどそれが良かったのだろう。妙に頭はハッキリしていて、自分の役割が理解できていた気がする。


「どうするの、勇儀……。これから……?」
対して、戻ってきた華扇は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
……そりゃそうだ。普通ならこういう反応をする。
紅潮した頬を親指で擦りながら宥める。
「泣くなよ。気の強いアンタが泣いてるところ、仲間に見られたらどうするんだ。心配するだろ?
――弔い合戦をする気は無いよ、華扇。今は逃げれば勝ちなんだ。伊吹の母さんの言いつけに従う。
持てる荷物を持って天狗の山に向かおう。
天狗連中は鬼の顔色ばかり窺ういけ好かない奴らだけど、あいつ等も襲われる可能性もあるから知らせてやらないと。
でも、その天狗たちの中に、伊吹の母さんの知り合いでさ、天魔姐さんって方がいるんだ。
何度か会ったことあるんだけど、鬼みたいな性格をした天狗でケンカも大好きで稽古をつけてもらったりしたこともあるんだ。
きっと助けてくれるよ。」
「うん……。」

「不安がるな華扇。」
私は華奢な華扇の首と腰にそっと手を当て、抱き寄せる。
彼女の胸で咲いている牡丹が私の胸に押さえられ窮屈そうな顔をしていた。
「ゆ、勇儀、こんな状況で人目を憚らずに何を!?」
「今しかできないかも知れないだろう……?
親が勝手に決めた許婚だけどさ、私はまんざらでも無かったんだよ。」
「勇儀……。」
「恋人同士が抱き合ったって、周りには妬みくらいしか売れないさ。」


彼女の髪を手でかき上げる。
夜風に揺られ、春の桜吹雪の如く優雅に空を踊る髪から、蕾の様に小さく尖った耳が覗きだす。

……無事逃げおおせて、人間たちを追っ払って落ち着いたら家族になろうか。

そう、小さく呟いた。

彼女の返事は無かった。



その代わり、瞳を閉じて、待ち侘びる様に私の方に顔を向けていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



チュン、チュン。と。
鳥のさえずりが聞こえる。
久方ぶりの布団に入ったものだからすっかり寝てしまったか。
「全く……。なんだってこんな時に思い出しちまうんだよ。」
自分の額に手を当てながら、ゆっくりと目蓋の方に下ろしていく。
私の隣にはパルスィはちゃんといる。吐息も聞こえるし、触れ合う肌の温もりが彼女の生を確信させる。

(パルスィを見て思い出したのか……。それとも……これからの事に不安なのか……。)
アイツの面影を重ねてるわけじゃない。髪の色も違えば耳の形も違うしな。

「パルスィ、朝だよ。起きて。」
頬をむにむにしながら呼びかける。グッスリすややかなところを悪いと思っているが、長居をした末に襲われたら堪ったものではない。
ほらー、起きろー。

「……ん。……ほ、星熊……。勇儀……ここは……?」
おぉー、目が覚めた。
「猟師の小屋……かなぁ?空いてたから一晩お借りしたんだよ、パルスィ。」
「パル……スィ……?」
「アンタの名前だよ。」
「そ、そうだったっけ……。」
視線を落としながら何度も自分の名前を復唱するパルスィ。
……声、かけづらいなぁ。
「な、なぁ、腹減ってないか?干し肉とかあるぞ?」
「干し肉……?」
きょろきょろを辺りを見回しているので、指を差す。その先をじぃーっと緑色の瞳で細めて見る。
「……こんな状態であんな固そうなもの食えるわけ無いだろ。」
「うっ。」
「水とか無いのかな?」
「あ、あるある!あるぞ!」
急いで土間にある甕を持ってくる。
「……いやその……丸ごとじゃなくて……、湯飲み一杯分くらいでいいから……。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



湯飲みに入れた水は少量だったが、パルスィはそれを何度も口に運んで飲んでいた。
時折、口から溢れ出て首筋へ伝い落ちていく雫が、壁の隙間から差し込む陽光を吸いキラキラと眩き、妙に艶な雰囲気を出していた。

「……星熊勇儀もつばを飲んでいないで水を飲んだらどうなんだ?」
う!?
「いやいやいやいや私は大丈夫だから。うん。大丈夫だから。」
「……ふぅん?」
水を飲み干してから、露になっていた肌を隠そうと彼女はいそいそと自分の服を着た。
私も同じく自分の服を着ながらチラチラとパルスィの方を見た。心なしか、少し頬が赤くなっている。気がして欲しい。

「迷惑ばかりかけるね。すまない。」
そんなことはなかった。真顔だった。


くそぅ。


「そんな事よりもパルスィ、話があるんだ。」
そう言った私の顔をマジマジと見つめてから、彼女は愛想無くそっぽ向く。
「地底には行かないよ……。」
「パルスィ……。」
縋る様な声を出しながらパルスィの傍に寄るが、頑なに視線を反らしてくる。
「今更、どの面下げていくんだよ。
地底には私を毛嫌いしている輩だってごまんといる。
……それに……それに……うぅ……。」
胸に手を押し当てながら布団に突っ伏しだす。
「だ、大丈夫かい?あ、いや、大丈夫じゃないのは分かってる!ちゃんと横になって!」
「ダメなんだ……。ダメなんだよもう。」
「何がダメなんだよ!?」
身体を起こしはしたけどヤバそうだ。眼の焦点があっていない。
カメレオンの様にぐるぐると両目の瞳が動いては震えている。
「あのこ……あの方……?が、もう、ゆ、許してくれない。
私が……私じゃないから……。私は……パルスィ……違う……?」

……おいおいまた記憶の錯乱か!?自分の名前の事になるとすぐこれだよ!

「パルスィ、ちょっと落ち着こう!な!?
とりあえず地底の入り口まで向かうことにしよう!入るのはもうちょっと心の整理が付いてからでいいから!あそこなら萃香や私の仲間も助けてくれる安全だし!
な、それでいいよな!?パルスィ!?」





「――違うッッ!!」





……ビックリしたぁ。突然パルスィ叫ぶんだもん。
でも、先程とは変わって目はしゃんとして、爛々と緑眼が輝いている。
日の光が反射してるわけじゃないな、内から輝く妖の光だ。


「ちがうんだ。」
「えっ?」
「私はパルスィじゃなかったんだ。」

あぁーもう、今日は一層ヤバいとこに嵌ってしまったみたいだなぁ……。マンガみたいに自分の眼を掌で覆ってしまいたくなる。

「わたしはパルスィだと言われたからパルスィだと思い込んでしまったんだ。」
「は?」
「本当のパルスィはもうしんでしまってどこにもいないんだ。しんだ相手はもういなくてさびしいから、作ろうって思ったんだよね。そうだよね、ほしぐまゆうぎ?」
「え、ちょっと、なに言ってんのか分かんないんだけど。」
「ほしぐまゆうぎは、ばかなの?」
「えぇ!?今の会話だけなら、どこからどう聞いたってアンタの方に分があると思うけど!??」
ええい、落ち着け落ち着け星熊勇儀!この幾千幾万のあらゆる嘘を見ぬいてきた鬼眼(オーガ・アイ)を持てば、その戯言が戯言であるかどうかなど分かるはずだ。

ええゐ!!(カッ



だけど嘘は言ってなさそうなんだけど。
だけど狂人は本音しか話さないと思うんだけど!



あうあう……。



「あ、あのね、パルスィはとぉーーーーーっても疲れてると思うんだ。だからさ、安心で安全な所でゆぅーーーーーっくり休息を取る必要があるんだ。
だから勇儀お姉さんの言う事を聞いてくれないかなぁ~~~?」
これが私の全力全開オリジナル笑顔をめいっぱい努めながら優し~く声をかけてみた、ものの。

「きもちわるいです。」
「うるっせぇよ!!つべこべ言わずに言う通りにしなよ!」
腕を掴もうと手を伸ばした。全く、下手に出たら調子に乗って!





私の手は思惑と反し、空を切った。
パルスィが避けたのではなく、眼前から消えたのだ。
「え!?ぱ、パルスィ!?どこいった!??」
どういう手品だよ!?
慌てた私は叫びながら部屋の中を探したものの、どこにもいない。板の間の下かと思い、床をひっくり返してもいない。
おいおい嘘だろ!?足引き摺るくらい消耗してた奴が手品みたいに消えるなんて!?
もうワケわかんないよ!!
小屋から飛び出ると、すぐ目の前に膝を折り、愛らしくちょこんと座ったパルスィが笑いながら待っていた。



宙に、浮かびながら。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



パルスィは、確かに宙に浮かんでいる。
先程まで布団から動けない、錯乱状態であったにも関わらず。
不気味だ……こちらをじっと見て動かない。

私が来るのを待ってるのか?


「ぱ、パルスィ。元気になったのか?
いやぁ、良かったな。いきなりあそこでテレポートとか、さすがの私もビビッたよ。
鬼の中でも超強い鬼の私と一晩添い寝しちゃったもんだから妬ましさが溜まっちゃったのかなぁ?」

――違う。

「とにかく空も難なく飛べるくらい回復したのなら、行動範囲も広がるね?
でもさ、病み上がりみたいなもんだからやっぱり安静は必要だと思うんだよ、お姉さんは。」

――なんだ、この違和感……。

「まぁ、まぁ、こんなとこで立ち話もなんだからさ、もう一度小屋の中で話し合わないかい?」



――私は彼女に歩み寄り、再び彼女の腕を掴もうと試みる。
すると相手は微笑みながら右手を差し出し、私と握手する事を待つ。

気にせず、腕を掴もうとした瞬間。
右手を拳に作り変え、禍々しい気を噴出させながら私の顔面を捉えようとした。
上体を反らして一撃を避け、その勢いのまま右足を蹴り上げる。
しかし、手ごたえが無い。勢いが余って履いていた下駄は弾丸の様に上空へすっ飛んでいった。

「鬼が騙し打ちだなんてね。正々堂々の流儀を容易く反するとは妬ましいわね。」

――耳元!?
天を向いた足を声の方へそのまま振り下ろす。
迅く後ろに跳躍され、先程と同じく空を薙いだ。
両足で地を踏み鳴らし、構える。
彼女は大きく後ろに飛び、私との間合いを取る。

「アンタから手を出したんだ。騙まし討ちじゃないね……。
それよりも……、パルスィなのか?」
「なぜ聞くのかしら。貴女は私の事を『パルスィ』だと呼んでいたじゃない。」
「今のアンタは違うと思う。だから聞いた。」
「あらあら、不思議な事を聞くのね、妬ましいわ。」

彼女はゆっくりとこちらに向かってくる。両の手をひらひらさせながら、攻撃の意思など無い風に装っているが、私は構えを解かずに相手の出方を見る。

「鬼神たる橋姫が、橋姫に相応しい行動を取っているだけなのにね。
折角、貴女もコチラ側にしてあげようと思ったのに。」

さっきの禍々しい一撃か。あれは喰らったら何かヤバそうだったな。

「ふうん、どういう意味だい?」
尋ねると、仰々しく手を広げては、頭を垂れる。

「私の能力は嫉妬心を操る程度の能力。そしてそれを糧にする。
嫉妬は様々な感情を生む。怒り、哀しみはもちろん。喜びも、楽しみも。
蹴落とされる悔恨も、蹴落とす愉悦も同じもの。
強き者の陰に隠れているだけの無力感に打ちひしがれ、心の憤怒を嘆きの涙で冷やし続けた情けない紛い者が、見下して愉悦に浸っていた本物を地に這い蹲らせる事ができたのならば、それは快楽と至福に溺れる程に嫉妬心が満たされるものなのよ。」
「言ってる事は理解しがたいな。私を倒すのを目的なら、いつでもその勝負を受けてやるけどね。」
「勝負をしたいわけじゃないのよね。ただ、貴女ほどの力を持つ者に嫉妬の種をちょこっと植え込みたいだけで。純粋で心が強そうだから、腐らせ甲斐がありそう。良い橋姫になれると思うわよ?」

「そうかい、遠慮させてもらうよ。
――あとお喋りの方もだ。アンタと話してるとむかっ腹が立つ。」
私は片方残った下駄を蹴り捨てる。

その声で喋るな。
その顔で喋るな。
「私ぁ、パルスィの事を一秒だって見下した覚えは無ぇ!!その姿で詰まらん言葉吐いてんじゃねぇぞ、この下賎野郎ォ!!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



こんな所で長居する気は毛頭無い。私の鉄板、『三歩必殺』でアイツの悪化が早まる前に、速攻で沈めて、速攻で連れ帰る。
萃香の能力は人の気を萃めたり散らせたりできる筈、精神的なものならパルスィの治療も多少できると信じたい。
さぁ、かかって来い。間合いに入ったら三歩行く前に決着つけてやる。

……しっかし何が起こったんだ。突然、人が変わったみたいに。アイツ多重人格だったのか?
雰囲気がまるで違う。なんというか……前みたいな人間臭さが無くなった。
妖怪で、餌さえあれば食えればいいみたいな。いやまぁ、妖怪なんだけど。


……私が悩んだって仕方ない。
考えたところで私はパルスィの事なんて全然知らないんだ。
今、目の前にいるのが別だと言ったところでそれを証明するだけの材料なんて持ち合わせてない。
だけど、あれはパルスィじゃないと言い切りたいんだ。なんていうか、こう、シックスセンス的なアレで。



頭の中でアレコレ考え事していたが、中々間合いに入ってこない。
それもそのはず。間合い一歩手前で相手は歩みを止めていた。
「なにか狙っていますわね。これ以上進むとやられてしまいそう……ホントその気迫が妬ましい。
――なので、この手でいきましょう。」

彼女はスッと。両手を上に掲げた。
なんの技かと警戒はしてみるものの、手を上げた以外に何の変化もない。
ハッタリか?誘ってるのか?だが逸るな。
あの間合いで攻撃を容易く避ける相手だ。慎重になれ。

見立てだが、最初に放った橋姫の黒いモヤっとしたパンチは精神に作用する攻撃だから防御なんて何の役にも立たない。心の持ち様だといえばそれまでなのだが、もし一度崩れてしまえばもう相手の成すがままにされてしまう。
よく萃香に飲み比べを誘われたがアイツすぐ能力使って心折らせてきた。一度心を許してしまえば歯止めが利かず、ダメになるまで弄ばれてしまう。精神攻撃とは本当に恐ろしいものだというのは身を以って体感している分、こちらは出方を見て後の先を取るのが最良の対処法だと知っている。


「あら、いいのかしら?そのまま突っ立っていて。どんどん不利になっていくわよ?」
挑発か……?
「アンタこそ同じじゃないか。雨乞いでもしているのかい?」
「惜しいですわね。呼んでいるのは雨ではなくてよ?」
「なんだと?」

警戒しながら空を見上げる。



おかしい。空が暗い。雨雲の様に黒い雲が覆っている。
確か、小屋の中でも隙間から日が差すほどの天気だったはず。それが、暗い?


――いや!あれは……!
「妖怪の群れ!?」
「ご名答。今まで貴女が振り撒いてきた、おいしいおいしいお肉を独り占めされて妬んでいる妖怪さんたちよ?」
「ひ、独り占めって!?
でも狙われていたアンタは目の前にいるじゃないか!!食われちまうぞ!?」
「安心してくださいな。今の私が彼奴らには食える人間に見えていないでしょうし、万が一襲われても、そこは上手く操りますので。」
無茶苦茶だ!ずるっこい!
「さあ、貪欲にして貧なる者達よ。我が侭を貫く強欲にして傲慢なる富者に鉄槌を!」
待ちかねたとばかりに大空一面で待機していた妖怪たちが一斉に降り注ぐ。
止むを得ない、多勢を相手にしやすい技に切り替える!



『大江山嵐』



私を中心に渦巻く弾幕の大嵐が魍魎どもを蹴散らす。
広範囲にばら撒けるけど、弾幕の隙間は大きい。撃ち漏らしは拳で対処する。
余裕とは行かないが、殴り飛ばした相手を弾に見立てて別の標的に狙えるぐらいのゆとりはあるものの……キリが無いな。

ジリ貧を狙ってもスタミナには自信がある。それに長引けば戦闘不能になる妖怪が増える分、相手が不利だからこの猛攻に紛れて本命が襲ってくるはず。地底でやりあったときのパルスィは眼眩ましが常套手段だったな。戦術が変わってなければ死角から攻めてくる。

――この抜けたのが三体、正面に二体と背後に一体。
正面から先に来る、先に来るのを殴り飛ばして後ろのヤツに当てる。背後はその後でも十分間に合う。私はギリギリまで引き付けて正拳を繰り出す。





感触はあった。
手加減したわけじゃなかったが、次に来る背後に意識を取られていたのは事実だった。

――止められていた。
黒い髪の毛に上半身が覆われて顔がよく見えないが、身の丈なぞ私の半分しかない腕の字か細い木っ端妖怪に。



ぎろりと、乱雑な黒髪の隙間から鋭い眼光が覗く。



――緑色?


失敗した!
こいつ……化けて襲ってきたんだ。真正面から騙してきやがった!
眼前の妖怪が虫の羽の様な異音を鳴らしながら姿を変えていく。よく見慣れた、金髪緑眼の姿に。
「動きが止まっているわよ、星熊勇儀?
……卑怯者はいつだって隠れる事に特化するもの。でもそれは知恵なのよ。
強き者の牙から逃げるため、生き長らえるための、ね?
どう?この矢継ぎ的に選択肢を迫られ、上手く立ち行かず算段が崩れていく気分は?」


顔面に衝撃が走る。
橋姫の後ろから来た妖怪が激突してきたのだ。
鼻っ柱がヒリヒリするが、痛みよりも視界が一瞬奪われた事に一瞬恐怖した。

続いて背後から。
背中を強打され、前に打ち倒される。

このまま地面に叩きつけられたと思ったが、地面との間に何か挟まって衝撃が和らいだ。
「まぁ……情熱的ですわね。」

そういえば真正面にコイツがいたな……。
ぼやけていた視界が治まっていく。見れば私が橋姫を押し倒す体勢になっていた。

あ、丁度ここからだとパルスィの胸チラ。
「……あの、その。スマン。」
「謝る事はないですわ。もう勝負は決しましたので。」

――あぁ。本当に失敗だ。
彼女の妖力が篭もった掌が私の腹部を擦るように触れていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「追っ手が迫っているだと……?足音や騒ぎ声なんて全然聞こえないぞ。」
「そうなのよ。森が静かすぎるの、勇儀。
伊吹おばさんが最後の一声を唱えた。散った仲間たちがいるのだから、もう少し捜索隊の気配があるものなんだけど……。
そういうのもないし……。私の思い過ごしなら良いんだけど、嫌な予感がするの。」
不安げな表情で華扇は私に報告する。
言われてみればそうだな……。私たちを走らせて目的地に付いてから一網打尽にする算段もあるか……。
華扇は勘がいいからな。
「なら、私が一旦、囮になろう。この中でケンカが一番強いのは私だ。
華扇は仲間たちを連れてこのまま天魔姐さんの所へ行ってくれ。」
仲間たちの後ろに回ろうとしたが、両手を広げた華扇に制された。
「ダメよ、勇儀。この群れのリーダーは貴女よ?
この中で天魔さんと面識があるのは勇儀だけだし。貴女に万一があったら立て直せなくなる。
言いだしたのは私だもの。私が囮になる。」
華扇は口を真一文字にして、私を見据える。
「バカを言うな華扇。そんな危険な事をアンタにさせられるわけ無いだろ。」
「私だって勇儀には敵わないけど、大江山四天王の娘。それに、萃香を守ってあげなきゃいけないでしょ。
――あの子は大将の娘。いずれは私たちを引っ張ってもらわなきゃいけない存在なの。勇儀にだって分かるはず。」

そりゃ分かるけど。多分アンタが言ってる事が一番正しい選択肢なのは分かるけどさ。

「……ありがとう勇儀。私の事、いっぱい想ってくれて。」
「何事も無い事を願うよ……。何かあっても絶対に無理はするな。絶対生きて帰って来い……。」
「ええ、鬼に二言は無いものね。
勇儀、みんなを頼むわ。必ず守ってあげてね。」
私は後方に駆けていく華扇の姿を、見えなくなるまで眺めていた。





私は仲間たちを連れて暗い山中を懸命に走った。
幸い襲撃も無く、一刻ほど走り続けたところで、山の異変に気付いて哨戒中だった烏天狗を見つけて事情を話し、天魔姐さんのところに連れて行ってもらった。

天魔姐さんの屋敷で私は母さんたちが亡くなった事を話した。
もちろん皆は取り乱した。仇討ちを唱える者もいたが、天魔姐さんが懸命に面倒を見て抑えてくれた。



「……情に流されず、火急を我々に知らせ、よくここまで仲間たちを引っ張ってきたね。見事だよ、勇儀。」
屋敷の屋根の上で山を眺めていた私の傍に天魔姐さんがやってきた。
ここは山頂に近くて、嫌になるくらい眺めが良い。
あちらこちらで山火事が起こっている。多分、あそこで生命を散らした仲間がいるんじゃないかと思う。母さんたちが住んでた場所は……木々が避けるように、クレーターの様な形をして黒ずんていた。
「これくらいしかできなかったんだよ、天魔姐さん……。
……まだ、華扇が帰ってきてないんだ……。アイツ、囮になってくれたんだと思う。
無茶……してなきゃいいけど……。」
「私たちの仲間が捜索に行ってる。貴女はもう休みなさい?疲れたでしょう。」
「……華扇だって寝ないで頑張ってるんだ……。待っていてあげなきゃ……。」
「気持ちは分かるけど、待っていたとて何にも変わりはしない。残酷な言い方に聞こえるけどね。貴女の姿が見えなくて不安な子もいるんだ。皆の傍にいてやりなさい。
華扇って子も、そう貴女に頼んだんじゃないのかい?」
「それは……、そうだけど……。」
「だったら早く行ってやりなさい。萃香が寂しがっているわ。」



天魔姐さんに言われ、私は寝室に向かう。
疲れてるのは確かだけど、こんな事があって目が冴えて眠れるわけが無い。
部屋に入ると顔を腫らした仲間たちが寄り添い固まって寝転がっていた。

萃香は……どこだ……。
ふと、大きな饅頭のような膨らみのある布団がある。
全身覆うように包まっていて誰か分からない……だけど。
私は布団越しに抱きしめてやる。

「勇儀ぃ……。さっきの話、本当なのかよぉ……。」
「……萃香。」
「お母ちゃん死んじゃったって……本当なのかよぉ……。」
「私だって信じたくはないよ。」
「なんでさ……なんですぐ教えてくれなかったのさ……。」
「アンタの母さんの遺言だと思ったからだよ。娘を死なせたくないって。
あそこで言ったら、しゃにむに突っ込んでいくだろ。
萃香は、母さんすごく好きだったもんな。たまに家に帰ったら、ずっとベッタリだったもんなぁ。」
「うぅ……。勇儀は悲しくないのかよぉ……。」
「そりゃ悲しいけどさ。泣いてたら私の母さんに叱られるよ。
『それでも怪力乱神と謳われた鬼の娘か!』って。」
「あ……ハハ……、勇儀のお母ちゃん、おっかなかったもんなぁ……。」
「……今日は一緒に寝ようよ、萃香。朝になったら捜索、手伝わせてもらおう。華扇が私たちを待ってる。」
「そうだね、勇儀……。」

私は萃香の布団に入れてもらって一緒に寝た。スンスンと、鼻を鳴らす小さい萃香を懐に抱えながら。





夜が明け、私は仲間たちと走った道をくまなく調べた。
天狗たちが捜索を打ち切っても私はやめなかった。



二週間ほど同じ道を何度も巡って、私は茂みに落ちていた花を見つけた。

彼女の髪の様に鮮やかな桜色の牡丹の花。
いつも愛らしく、彼女の胸元に咲いていた桜色の牡丹の花。





堪えていられた支えを無くした事実を知った私は、泣いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「くそ……また変なもん思い出しちまった……。」
頭痛が酷い。脳味噌を金棒で殴られてるんじゃないかというくらいに。
あの橋姫の一撃を喰らって気絶してたのか……?一体どうなった……?


自分の身体を弄ったが、なんの変化も無い。腹部に痛みはないし、別に何の異常もない。
瞳を開けば真下には橋姫が眠っていた。

……え、なんで?
めっちゃ戦闘中だったけど。

観察してみたけど、先程の禍々しさが嘘の様だ。
彼女を抱きかかえ、周囲を見渡すが、襲ってきた妖怪たちも倒れているくらいで変なところは……。


……ん?
――帽子が落ちている。黒くて黄色いリボンを飾った大きな帽子。
見慣れない帽子だな。ふむ、なかなか良い手触り。
まぁ、あれだけ多くの妖怪がいたんだから、こんなん被ってる奴がいてもおかしくないかな?
試しに被ってみたが、ちょっと窮屈だ。こども用か。
いやいや別に私の頭がでけぇ訳じゃないんだよ。
ちげぇよ、ちゃんと入ってる。入ってますってホラホラ。



「……あ、妬ましい……オーラ……。」
え、そういう起き方なの?
腕の中で細めでポォーっとした表情で見つめる彼女。
……なんだ、元にもどってそうじゃないか。
「ムキになる星熊勇儀は初めて見た……。」
「そ、そりゃあ私だって鬼の子だ。張り合ったりするのが仕事さ。
それより、パルスィなのか?」
「どういう質問……?
ッ……そ、その帽子!どうしたんだ!?」
いきなり起き上がるもんだから思わず手を離してしまった。
彼女はそのまま私の被った帽子を取り上げてはマジマジと眺めている。
「これをどこで!?」
「いや、その、話はするけどさ、パルスィ。身体の方は大丈夫なの?」
言われて気づいたのか、腕を回したり腰を捻ったり跳ねたり。
自分でも訳が分からないといった感じにキョトンとしている。

……違うな、私に答えを求めてるんだな。
「ま、まぁちょっとそこの小屋の中で話し合おうか。元気そうでなによりだよ。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……私が星熊勇儀に襲い掛かった?バカも休み休み言えよ。襲う理由が無いだろう。」
うーん、やっぱ信じてないよねぇ。私も何が起こってるのか分かんないんだもん。
改めて小屋に入り、板の間に二人座り込みながら私は囲炉裏の火を突いていた。
見立てでもパルスィの力は相当回復しているようで、これなら襲われる心配もないだろう。
試しに煙をモクモク焚いてても妖怪たちが寄って来てないのだから、昨日までの逃亡者みたいな生活とはオサラバできそうだ。
とはいえ先程の状況……見過ごしておくのは怖いなぁ。
一度、パルスィの状態について、情報整理しておく必要がある。
「パルスィはどの辺りまで記憶があるの?」
「えっ……と、森の中で大群に襲われて……お前に背負ってもらった辺りまでかな……。」
「そっかぁ。じゃあココで一晩夜を明かした事は覚えてないんだ。」
「そうだな。」

じゃあ裸の一夜は覚えてないのかー。そうかー。そうかー……。



「でもさ、襲ってきた時のパルスィは言ってたぞ。自分は無力だというのを見せ付けてきて妬ましいって。だから私を平伏せさせたいって。」
「……。」

あ、黙っちゃった。気まずそうに目が泳いでる。

「あ、あの、それは……その……。
そ、そりゃ!地底でお前にコテンパンにやられたんだ!そのくらいの嫉妬はあるよ!」
まくし立てて言い訳するパルスィを気にせず、私は言う。
「……なぁ、パルスィの事、色々教えてくれないか?
私はアンタの事を知らなさすぎてな、今じゃどう動けばいいかも分からないんだよ。
そうじゃなきゃ、きっちりとアンタを守ってやれない。
私はアンタの居場所を奪っちまった。別にアンタが憎かったわけじゃないけど結果としてそうなってしまった。だから代わりと言っちゃなんだが、新しい居場所をちゃんと作ってやりたいんだ。」
さっきの事も全く覚えてないんだし。変な病気でも掛かってるなら、一度お医者に見せんとならんし。
「……。」
「頼むよ。」
「……。」



ムカッ。

「ツゴウガワルクナッタラダンマリヲキメル、セイカクノワルイクチハコレカー!!」
「いひゃいいひゃいいひゃい!!ほおを引っはららいへ!ひひへふ!!」
「ヘンジシナイクチニ、カエスコトバハゴザイマセン!!」
「分あっは!分あいわひは!!」
「ヨロシイ。」

ふふん、おもいきりつねってやったわ。
痛みを和らげようと懸命に掌を頬へ擦り当てておる。だがその痛みは十分程続くのだ。悔しかろう。
「お、お前、性格悪くなったな……!なんか妬ましいオーラでてるぞ!」
「え、そうなの?よくわかんない。あとフルネームで呼ぶな。名前だけでいい。」
「うぇ……、わ、分かったよ。星熊……。」
「ソレハミョウジデショ?」
「わ、分かりました!勇儀!!」
「ヨロシイ。」

あらら、ガタガタ震えて縮こまってしまって。少しやり過ぎたかな……。


――ホント、アイツには全然似てない。アイツはもっと堂々として気が強かったよ。――


……あ?
なんでだ。なんでこんな時にこんな想いが過ぎる?
ウン十年も思い出す事すら忘れてた事なのに。

なんで?


……まぁいいや。
私は無言でパルスィの両肩を掴む。
ビクリと身体を跳ね上げそうになる彼女を腕力で押さえ込み、顔と顔を向き合わせる。
「なぁ、パルスィ。私は今から、多分アンタが一番答え辛い質問をする。でも、それには絶対答えてもらうよ。」
「な、なんだよ……。」



私に襲う前、気になっていたあの言葉。
「あの子……あの方って、誰だい?」





反射的に立ち上がろうとしたのだろうが、何とか抑える。眼も大きく見開いている。
明らかに狼狽している。なぜ知っているのかという表情だ。
「答えられないかい?」
「な、なんで……。どこまで知ってる……いや、私はどこまで口走ったの!?」
声が殆ど悲鳴に近い泣き声になっている。だけど止めるつもりは毛頭無い。
「いいから答えなよ。私は絶対白状させてやる。
嫌がる地底に引きずり込んででも、だ。
私の知り合いにはな、心を読める妖怪がいるんだ。そいつに『視て』もらう事にしようか?」
「!?」



はらり、と。
彼女の瞳から雫がこぼれる。

「あ、あぅ……あぅ……。」
「な、泣くほどのものなの?その、まぁ、心を視られるのは嫌な気分かも知れんが別に悪い奴じゃないぞ。古明地さとりっていうやつでな。話はちゃんと通る奴だから。ここで言わなきゃ、そこへ連れて行く。分かっ――!?」


めきり。
顎が割れるくらいの衝撃をもった膝蹴りが私を襲った。
コレたまたま舌でてなかったけど、出てたら絶対チョン切れてた。

「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「お前ェェェ!そこまで性格が悪いとは思わなかったよ!!」
「な、なにがだよ!!アンタが言わないから悪いんだろうが!!」
「うるさいこの確信犯!!下手に出てたら調子に乗りやがって!!」
「ああ!?やんのかコラァ!!」

どすんばたん。

激高したパルスィともみ合いになった。囲炉裏の周囲をぐるぐると回り続ける二人。取り押さえようとしたがコイツ元気になった途端けっこう腕力あるし!やめて髪引っ張らないで!!


『おいおい、ケンカはやめろ!』
「うるさい!だまれアホ勇儀!」
『いや、そうじゃなくて、ちょっと落ち着けと……。』
「やらなきゃやられるんだよ!このバカスィは一度、完膚無きまでに優劣はっきりさせにゃならんのだ!!」

『……こりゃダメだな。火を頼む』
『……うん。』





――!?なんだ、部屋が暑いっていうか!??
「ぱ、パルスィ!ちょっと待て!部屋の様子おかしくない!?」
「な、何が!暑いのは私たちが暴れてるか――ッッッ!?」
汗だくになりながら叫ぶ彼女が土間の方を見て……もう一度見てから硬直した。
私も釣られて見てみたが……。


なにあれ、太陽?
……すごい大きな火球みたいなのが土間の中央に漂ってんだけど!?

『封じられた太陽。どっきゅーん☆』

こっちに飛んできたんですけど!!!!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「スイマセンでした。」
「ごめんなさい……。」
私とパルスィは二人揃って土間で土下座をして詫びた。
あぁー、先程の炎で頭がチリチリになってるんだろうなぁ。一体どうなってるんだろう、私の髪型。
深々と頭を下げてるパルスィ、ミニアフロみたいになってる。頭部だけ見るとヒヨコみたい。

ここは普段、空き屋という訳では無かったらしい。その、人間の民家だった。
人里に用事があって今朝まで家を空けていたらしい。
その主が先程帰ってきたのだ。私たちが大ゲンカしている最中に。

「スマンで済むレベルでは無いと思うがな。」
青く尖がった変な帽子被った偉そうな白髪のちびっこい娘が板の間から、私らを虫けらの如く冷徹な眼で見下してくるんですよ。
そりゃあごもっともです。留守中に見知らん者がケンカしてたら異変ですよね、通報ものですよね。
「あ、あの、すっごい反省してるんで、この事は内密にしてもらえないですかね……。」
「口答えするな、綿雲みたいなアフロをしおって。」
え、そんな酷い状況なの?私?

「プッ。」

おい、パルスィお前何笑ってんだよ。お前だって相当キてるヘアスタイルなんだぞ。
あ、こいつ。笑い顔見られたらマズイから目いっぱい伏せてんだ。なんて奴だよ。

「反省の色が全くなさそうだな。このまま退魔師に突き出そうか。」
あわわわ、ヤバイって。地底を閻魔たちから間借りしてる最中だって言うのに、私がこんなとこで問題起こして『やっぱ土地返して?』って話になったらどうすんだよ。


「慧音、それくらいにしてあげたら?」
あぐらをかきながら、じぃーっと私たちの方を見ている。これまた白髪の女の子。
大層なリボンをつけているなぁと思ったが、あれお札か。
髪の毛やらもんぺやらに、お札がびっしり付いている。

……こいつか、さっき火球を投げてきたのは。
凝らして見れば、となりの子どもに比べて相当な霊力を感じるな。まじないで力を漏れないようにしてるのか?
「だがな、妹紅。こいつら鬼だ。ここで許してやっても何処かでまた悪さをしでかすぞ?」
あぁもうそこの偉そうなの!鬼だからってやる事なす事全部悪さだって決め付けるのは人間の悪い癖だと思うんですけどねぇ!!
今言ったところで説得力ないけど……。

「大丈夫だと思うよ。ね?橋姫のお姉ちゃん?」
「ふぇ?あ、あぁ。もうしないよ……。」
妹紅と呼ばれた少女は唐突にパルスィに話を振る。不意打ちを喰らって顔を上げたパルスィは、申し訳なさそうに再び頭を下げる。
いいぞもんぺのお嬢ちゃん。もっと言え。私はいつだって君の味方だ。
「珍しいな。妹紅がそこまで言うとは……全く、命拾いしたな二人とも。」
慧音は溜息混じりにも納得してくれた。

ふぅー、お咎め無しでいけそうだ。助かった助かった。
私は面を上げ、改めて謝罪した。
「いや、ホントにすまなかったよ。あの、隣のはパルスィって言うんだけどさ、もう昨日は足も動かせないくらいバテバテで参ってて、そしたら丁度いい感じの小屋があったもんだから寝床を拝借しただけなんだ。本当にそれだけだ。」
「ケンカするほど元気が有り余ってる様だが……ああもう、分かったからもう頭を下げるな。
……最近妖怪たちの動きが活発でな。昨日ここを空けていたのも、毎晩、人里を警備している為だ。」
「はは。そりゃ大変だな。何なら詫びに手伝おうか?腕には自信があるんだ。」
「戯けが。妖怪近づけないためにやってるのに、お前を招き入れたら本末転倒だろうが。」
あー、そりゃそうかー。


「二人はこれからどこに行くの。」
「ん?そうだねぇ……。」
妹紅に言われて考えてはみたものの、別段当てもない。
パルスィも今は落ち着いてるみたいだけど、またあの衰弱状態になる可能性だってある。

となるとやはり……。

「なぁ、パルスィ。やはり地底に戻らないか?」
「……そんなことできるわけないだろ。」
「私が全力でフォローするからさ。あそこなら顔が利くから危険な目には合わせやしないよ。
何なら稽古もつけてやるし。」
「くっ。格下扱いして……。」
「そりゃあアンタより強いのは事実だからね。私を地べた這わせたいくらい妬ましいんだろ?そうしたかったらその位の辛酸は舐めてもらわないと。アンタは強くなれるし私は楽しい、一石二鳥だ。」
「何が一石二鳥なのか分からないけど……。」

彼女は少し考えていた。
慧音も妹紅も空気を読んだか、黙って見守っている。

煽る感じに軽い口調でわざと言った。コイツは競争心が強いから、こういえば納得する確率が高い。
……別にパルスィの言っていた事を蔑ろにしているわけじゃない。
後から入ってきた私たちはいざ知らず、それ以前の者たちに彼女が地底で危害を加えていたのは事実だし、地底の改革を邪魔してきたパルスィを仲間にいれろと言うのは難しいだろう。報復という手段に出る輩が出てくる可能性は否定できない。
危険が孕んでいる状態がなくなるまで自分の手の届く所に置いた方がいいだろう。
傍目からは贔屓に見えるかもしれないけどねぇ。


――手の届かないところに大事なモノを置いておくのは怖いからな。――


……くそ。なんだ。
考えもしてない言葉が頭に響いてくる。
やっぱり疲れが溜まってるのか……?

頭の中で悶々としていたら、パルスィが観念した表情でこちらを向いた。
「分かったよ……。地底に戻る。」
おぉ、やった。納得したぞ。
「そっかそっか。良かった。じゃあ長居しても悪いから早速――。」
「でも、今は帰れない。」
コケそうになる。
なんだよまだ何かあるのかよ……。


「これが……気になるんだ……。」
そう言いながら、板の間に置いてあった黒い帽子を拾う。
「さっきの帽子か。パルスィは持ち主を知ってるのか?」
帽子の縁を両手で挟みながらクルクルと器用に回し始める。
「あぁ。多分、こいしの物だと思う。」

こいし?

「初めて聞く名前だなぁ。」
「なら、覚えておくといい。古明地こいし、っていうんだ……。」

古明地こいし、ねぇ。
……古明地?

「古明地さとりの妹だ。
……ついでにさっきの質問にも答えるよ……。
あの子……あの方っていうのはな、古明地さとりの事だよ。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「伊吹萃香さんと、星熊勇儀さんですね。四季映姫から話は聞いています。
ようこそ地底へ。私たちは貴女方を歓迎します。」

古明地さとりは、鬼にも負けぬ芯の通った度胸のある妖怪だった。
サトリ妖怪というものを実際見た事は無かったが、心を読むだけの臆病な妖怪だと聞いていた。
だか初めて会った彼女は背筋がよく伸ばし、堂々とした振る舞いで私たちを地霊殿に迎え、誠心込めて挨拶に臨んでいた事を思い出す。

「いやーごめんねー。こういう話になっちゃって。そっちもバタバタしたんじゃないのー?」
あっけらかんとした口調で萃香が言う。
「そんなことはありませんよ。前々から聞かされていましたし。
――ここの土地は痩せてはいますが広大です。
貴女方の様にバイタリティ溢れる者たちが上手に利用し、活気ある街づくりが出来るように、私も微力ながら協力させて頂きます。」
「ん~?映姫ちゃんからは、さとりちゃんは監視役だって聞いてたけど?」
「建前上ではそうですけど、やはり地獄のスリム化に伴ってこちらの職員も手持ち無沙汰になっている者も多いのが現状でして……。本音を言えば、そちらの方のおこぼれをいただいた方が儲けになりますので。人手が足りなければ仰ってください。こちらでやりくりして浮かせた資材も提供いたします。」
「官民一体の街づくりってワケかな!?いやぁ気に入ったよさとりちゃん!
今日は飲もう!今飲もう!ね!ね!いいだろ!?」
この万年酔っ払い……瓢箪をぐいぐいさとりの頬に押し付け始めたぞ。
「えっえっ?ま、まだお昼前ですし……昼食の方も用意させているところなんですけど……。」

まただよ十八番の絡み酒。萃香のやつ、気分良くなるとすぐコレだ。

「ちょっと萃香、さとりさんが困ってるだろ。後は私が話しておいてやるから、お前さんはその辺で地霊殿の中を見学しながら飲んでろ。な?」
「アイアイサー!勇儀どの~~~~!」
バタバタと応接室から飛び出して言った。
さとりは慌てず、近くにいた妖描に指示を出す。
そのまま妖猫も早足で出て行ったけど……萃香のお守りだよなぁ。身内ながら情けない……。
「……すまなかったね、さとりさん。」
「いえ。萃香さんにあれだけ喜んで頂ければこちらも嬉しい限りです。
……少し、驚いてしまいましたけどね。」

クスクスと笑いながら彼女は応接室の窓を開く。
窓の先を覗けど外一面は岩盤だらけの真っ暗闇。
ただ、わずかにぽつ、ぽつと炎が上がっているのが見える。

「勇儀さん。貴女方も知っての通り、ここは地獄です。
そして僅かに見える光。ここで裁きを待つ者達が火を起こし、暖を取っているのです。」

落ち着いた声だったと思う。だけど、言葉では言い表せない感情が、さとりの声に篭もっていたように思えた。哀愁というか……憐情というか……。

「罪を裁く材料は生前の行動です。どう生きたか……どう過ごしたか……それのみで判断します。
どれだけ正義の信念を持ったところで行動が卑劣であれば、卑劣である事のみを判断されます。」
難しい話をしだしたぞ。法律は専門外なんだけど。
「分かりますか、勇儀さん?ここは本当に何も無い。火を起こす事すら容易ではない。
けれども火を起こそうとする罪人は少なからずいる。どこかしらか、燃料をかき集め、掌に血豆ができるほど石を叩き、火を起こし、それを眺め続ける。まるで、救いを求めるかのように。」
「う、うん。」
「けれども。彼らが火を灯し、心の底から無実を訴えても、それは何の跡形も残さず、灰になり、塵になり、ただただ地獄にいるという事実だけが残るのです。」
「冤罪もあるって、言いたいのかい?そういう事、アンタが言っちゃってもいいものなの?」

裁くのが仕事なら思うところもあるんだろうけど、他人の私に愚痴られてもなぁ……。

「冤罪ではないですよ。ただ、自分の信じた行動が必ずしも正しいと認めてくれるわけではないと知って欲しかったのです。
――私は、地獄を管理している者は勿論、地底で裁きを待っている者たちを貴女方の人手として提供する考えがあります。」
「へぇ?確かにかなりの人手にはなりそうだけど、それは閻魔様たちも承知の上なのかい。だって裁いた罪人ばかりなんだろう?
それを曲げちゃうのは裁いた閻魔様の沽券に関わるってヤツじゃないの?」

さとりはこちらに振り向く。
先程、萃香に酒を勧められタジタジになっていた少女とは違う。
立派な、責任を弁えた長の瞳だ。
「ここの権限は私にあります。文句を言わせるつもりはありません。
反発するなら懲役とでも言って押さえ込みます。
なので、貴女たちも彼等を使ってあげて欲しいのです。
その代わり、彼等にも幸せを分けて欲しい。
地上で上手に生きられなかったはみ出し者たちの楽園を、築き上げて欲しいのです。
――お願いいたします。」
深々と、頭を下げた。

「……すごいな、アンタ。自分の首をかけて罪人にもう一度チャンスを与えようっていうんだな。
この星熊勇儀、感服したよ。」
「ありがとうございます、勇儀さん。」
顔を上げた彼女は安堵の表情でいっぱいだった。
……いい笑顔だなぁ。
「勇儀さん。貴女がこの暗い地底を照らす太陽になる事を切に望みます。」
「そんな大それたモンじゃないよ。目先の事しかわからん単細胞だからな、いける口ならそのまま一緒にいてもらうし、ダメな口なら鬼の責め苦で性根を入れ替えさせてやるよ。
必ず守ってやるさ。鬼に二言はないさ。
――これからもよろしくな、さとりさん。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「は、話が合わないじゃないか!」
古明地さとりとはよく話をしたが、彼女は私たちを受け入れたどころか、協力も惜しまなかった……。
だけどパルスィは反対の立場だ。私たちを追い出そうとしていた。頑なに。
「だってさ、アンタが大事にしてた人で、あの方って言い方なら、その、上と下の関係みたいなものだろ!?」
「……合うんだよ。さとりが私を捨ててお前たちを取っただけの話だ。」
「取っただけって、アンタ!そんな、あの子はそんな、相手を……軽々しく……。」



これ以上、言葉は出なかった。
さとりを庇えば庇うほど、パルスィは傷ついていく。
私が言えば……尚更だ。

(どれだけ正義の信念を持ったところで行動が卑劣であれば、卑劣である事のみを判断されます。)

さとりが言っていた。
彼女の信念は、卑劣なんかじゃない。私には分かる。
だけど……パルスィはそれに反対で、その行動が卑劣に見えたのだろうか。

パルスィはずっと帽子をくるくると回した状態で……ずっと視線を落としていた。

「いいんだ。もう過ぎた事だ。
地底に出る前に愛想つかされたし。終わった事を考えたって仕方ない。」

……。

「ごめん。無神経すぎた。」
「勇儀は知らなかったんだろ?悪くはないさ。」
「あ……うん……。」

……。





「ちょっと、人ん家でしんみりするの、止めて貰えないだろうか……。」
気だるそうに慧音が割って入ってきた。
おおぅ、そうだったそうだった。完全に二人だけの世界になってたよ。
あぁ、でもこれ帰り道ギクシャクするだろうなぁ。
なんで私が知らない間に泥棒猫になっちゃってるんだよ。苦労人の星の下で生まれたんだろうか。

「それよりその、こいしちゃんの帽子が気になるっていうのはどういう意味なの?」
妹紅がパルスィに不思議そうな顔をして尋ねている。
「あぁ……サトリ妖怪って相手の心が読めるんだけど、あの子はちょっと特殊でね……。
心が読めない代わりに、相手にも気づかれないんだ。」
「え?心が読めないって、どうして?」
「聞いた話だと、相手の心を読むのが怖くなったんだと。
だけどそれが裏返って、無意識を操作できるようになり、人目に見えても認識されないようにしてるとか言ってたかな……。」
「そうなんだ……。」
「でも自分も時折、無意識に流されるって言ってたし……。
無意識は思考を介さない行動、本能に近しい。私のいるところにわざわざ帽子を落としていくなんて……、偶然とは思えないんだ。」
「ふぅん……。」

おとなしく話を聞いていた妹紅は、おもむろに自分の頭部を飾っている大きなリボンを解き、立ち上がってはパルスィの持っていた帽子を取って、被ってみせる。
それはぴったりと嵌り、白髪と黒のコントラストが良く映えていて似合っていた。
彼女はパルスィの方を見ると、その場で二度、くるりと身体を回してみせる
長い白髪が光を帯び、銀色に輝く。なびく髪の一本一本が絹の様に繊細で柔らかい表情をみせる。単純な動作であるはずなのに、それだけで優雅な気品を漂わせる。
そうしてニコリと無邪気な笑顔でこちらを向いた。
「……その帽子、気に入ったのかい?でも持ち主が判明してるんだから返してやらないとな、パルスィ?」


ん……?……呆けてる?


「……パルスィ?どうした?一目惚れか?」
「……え?」
あ、若干顔が赤い。惚けておったか……。
「いや。なんだろ……。なぜか、こいしに見えた……。」
「えぇー?パルスィは、お姉さんに振られたからって次は妹君に手を出す気だったのかい?それは如何なものだと思いますけどねぇ。落し物を渡してポイント稼ぎとかー。」
「ち、違う!そんなんじゃないよ!
こ、こいしはホント無邪気でさ、笑顔が似合うって言うか……その……。」
おいおい顔真っ赤にしてモジモジしだしたぞ。脈ありじゃないか。妬ましい。

「……ねぇ、慧音。私もこいしちゃん探しを手伝いたいんだけど、いいかな?」
帽子のつばを両手で持ち、腰を振りながら妹紅は尋ねる。
「お前は何を言ってるんだ妹紅。ダメに決まってるだろ。昨日だって寝ずに警備してたんだ。
明日もやるんだから、さっさと寝る準備をするんだ。」
「だったら慧音は寝ててよ。私は大丈夫だからさ。」
「おいおい、普段人付き合いの悪いお前が、今日はどういう風の吹き回しなんだ?」

んー。
口に指を当てながら思案している妹紅。
「困ってる人は見過ごせないだけです?」
「言ってるお前が何で疑問系なんだよ……。
仕方がないな。私も付き合おう。」
「やった!」
了承してもらった事が嬉しいのか、子どもの様にピョンピョン跳ねだす妹紅を尻目に、ドッと疲れた顔をして慧音はこっちを見た。
「手伝ってやるが、私たちは互いの事を知らん。
一度自己紹介をしてから、こいしとやらの捜索の段取りを考える。いいか?」
「助かるねぇ。よろしく頼むよ。」
私は大きく頷いた。人手は多い方が助かるし、親切を無碍にした方が不誠実だ。

置いてけぼりになってアワアワ言ってるパルスィは無視した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ほぉ……。お前があの名高い怪力乱神『星熊童子』のご息女とは……。」
「うん。でも私がその怪力乱神ってのがどのくらい凄いのかも分からないし、どれくらい近づけたかなんて、今じゃ計れないけどね。」
「しかし、今この瞬間、伝説の中の者に会えるとは……感無量というか……。」

私は先導して木々の隙間を縫って歩いては、腰ほどある草を踏み鳴らし、道を作る。
慧音の言う通りに進んでるものの、獣も通らないような道ばかり進まされる。
時折ヘビとかブヨとか握りこぶしくらいある得体の知れない虫とかが落ちてくる度にキャーキャー騒いでいたパルスィと妹紅は、私と三メートルほど距離を開けてビクビクしながら歩いていた。
「飛んで探そうよ!」ってパルスィは必死に訴えたが、割と人里が近い場所らしく、見つかったら怪しまれると慧音に却下された。
慧音は虫とかそういう類は平気らしく、ぴったりと私の背中の真後ろにいて、先程からずっと問答をしている。好奇心が勝っているだけかもしれないが。

彼女――上白沢慧音は歴史編纂者見習いの仕事をしていると言っていた。
私の正体を知るや否や、ずっと質問責めである。

「どうせ私らの事なんて碌な書き方してないんでしょ?都合のいい字面をならべてさ。」
「うむ。確かに。当時の事は英雄列伝の様な風合いに脚色を施して残されているのだが、それが真かを調べるのも私たちの仕事なのだ。
同一の人物であっても才知溢れる王だと記された書物もあれば、愚鈍な王と記されている書物が存在する事など星の数ほどある事象。その資料を集め、また別の資料から歴史情勢を照らし合わせて真実を突き止めなければな。都合のよい歴史ばかり遺されても今を生きる者には糧にならんのだ。
――とはいえ、お前が当事者で真実を語ってもそのまま反映するわけにもいかん。
視点など人それぞれだ。加害者がいれば被害者もいる。
あくまで漠然とした立ち位置で見なければならないところが難しくてな。」
「私にゃ絶対向いてない仕事だってことは分かったよ……。」

聞いてるだけで頭痛がしてくる。

「で、何の因果で宇治の橋姫と一緒にいるのだ?」
「宇治の橋姫……・?パルスィ、アンタ、宇治の橋姫なの?」
聞いた事あるな……人間の女が旦那に裏切られて川に浸かって鬼になった、おっかない妖怪の話だっけ?


そういやコイツおっかないもんなぁ。


後ろで妹紅と一緒に歩いているパルスィに聞いてみるが、(何ワケ分かんない事言ってんだコイツは……。)みたいな視線を送られた。
「違うのか?妖怪の橋姫といえばコレなのだが。」
「私も知らないけど……。」
「ふぅむ……良い資料になると思ったんだが……。」
口に手を当てブツブツと呟いている。仕事熱心なヤツだなぁ。


「なぁ、それより手分けして探した方が効率良いんじゃないのか?」
パルスィがイライラした口調で声を上げる。
「そりゃそうだけどさ。私ら、こいしちゃんがどんな姿なのか知らないし。」
「そんなもん、サトリなんだから第三の目をぶら下げてるに決まってるだろ。
一目で分かるよ。」
「でも妹紅はともかく、慧音は戦闘、得意じゃないって言ってるし。
……アンタは目を放した隙にいなくなりそうだし。」
「ぐっ……。い、いなくならないよ。」
冗談で言ったのに、なぜ慌てる……。

慧音がまぁまぁと、宥めに入る。
「下手にバラバラに動くと迷子になりかねんからな。
こいしはかくれんぼが好きなんだろ?入り組んだ所をしらみつぶしに探そう。
野良妖怪がいても、妹紅と鬼がいれば安心だ。」

「……私は頭数に入ってないのかよ……。」
あ、拗ねた。

「妙なところで突っかかってくるヤツだな……。
お前は昨日までは足腰立たん身体だったのだろう。だけどそれが治っている事は『異変』と考えるべきだ。捜索が終わるまでお前は元気でいてもらわなければ困る。
古明地こいしもお前の『異変』に何らかの関係が絡んでいる可能性だってあるしな。」
「こいしは関係ないだろ!」
慧音に食って掛かろうとするパルスィを妹紅が遮る。
「落ち着け水橋。こいしは加害者か、被害者か、ただ通り過ぎただけかも分からん。問答をしたところで憶測の域は出ないし、本人を捜して聞いた方が早い。
だが原因の発端であるお前は別だ。
……鬼から聞いた話を鵜呑みにすれば、お前が体力を無くした瞬間、私たちに襲い掛かってくる可能性だって否定できんのだぞ?」
「うぐぐ……。」
まだまだもの言いたげそうな表情だったが、唸るだけに留まった。


「へぇ、難しそうな仕事してるだけあって、口は達者なんだ。
すぐ癇癪を起こすパルスィがあっという間に言い包められて黙っちゃった。」
「茶化すな。今、面倒を起こしても仕方がないだろう。」
大したもんだと思って零れた言葉だったが、深呼吸を一つ入れてから慧音は後ろの二人には聞こえないような小声でピシャリと言われた。


「緑眼を持つ不可視の妖……か。」
「ん、何それ?」
懸命に草を踏み鳴らしている中で、ぽつりと呟いた慧音の言葉が耳に入った。
「昔、京の都を脅かしていた妖怪に、そういう名があった事を思い出した。
なんでも、不可視の姿を見た人間は狂気に侵され命を落とす事象が何件かあったらしい。
まぁ……そういう怪異などどこでも落ちているものだし、お前の母親である山の四天王の名が遥かに轟いていたんでな、他の怪異現象とごちゃ混ぜにされてしまい、あまり記録に残されていないのだが……。」
「緑眼ねぇ……パルスィは確かに緑眼だけど……パルスィにケンカした仲間はいたけど、死ぬほど狂気に落ちたヤツなんていないけどなぁ。」
アイツと初めて会った時って、地上と地底の真っ暗い道を歩いてる途中にいきなり緑眼光らせて現れたからなぁ……怖かったなぁ、アレ。絶対ホラーだよ。



……。



「マズいな、慧音。囲まれてる。」
「ぬ?」
私は慧音の前に手を出し、前進を制する。慧音はその腕を掴みながらキョロキョロと周囲を見回す。
前方に三体。小柄であるが、耳の部分に己の身の丈ほどある大きな鳥の翼が生えた、人型の妖怪だ。
速そうだな……警戒しながら周囲に視線を運ぶ。
……風が吹いていないのに、木の葉がザァザァと揺れている。

正面のは囮。隙を狙って上から襲う算段か……。

「勇儀……。どうする……?」
敵意を察知したパルスィが妹紅と共に私の元へと寄ってくる。
「どうするって言ってもな……相手は鳥の物の怪みたいだ。飛んだ方が不利になるだろう。
慧音を守る様に円陣を組んで待つのが賢いかな……。」
私の言葉を聞き、無言でパルスィと妹紅は慧音を守る様に配置に付く。
迎撃の準備はできた。あとは来るのを落とすだけだ。

昨日みたいにパルスィを狙ってる妖怪がまだいたのか。
でも、用意周到すぎる気が……私だって敵意を探って歩いてきたつもりだが、まだ真昼間だ。視界は悪いとはいえ、こんな容易く囲まれるなんて……。

正面の鳥妖怪と目が合った。
綺麗な緑の瞳をしているな……。パルスィみたいな色合いの……。



――緑眼!?? 



「みんな伏せろ!!」
叫ぶと同時に『大江山嵐』を発動させた!

周囲の木々を弾幕がなぎ倒し、お天道様が良く見えるほど視界が開ける。
それと同時に、四方八方から妖怪たちが特攻をかけて来た。
私の弾幕を抜けてくる撃ち漏らしは何体だ!?

――五体か!

正面一体、右手上空から二体、背後から二体!
正面から来るのが速いな!
勢いを止めずに突っ込んでくる相手を左足の旋風脚を決め、その反動のまま次にくる上空の敵に身構える!


突如、がさりと草を踏む音が背後から聞こえた!
……数を読み間違えた!?


視線を後ろに流すと、妹紅が伏せた上体から座りなおしていた。
両手に火球を携えて。

――助かるね!
私は上空から来る敵の一体の腕を掴み、その速度を殺さず一回転!
来た方向に投げ返し、もう一体に命中させた。

背後に視線を戻すと、火だるまになった妖怪二体、そのまま私たちをすり抜ける様に勢い良く転がって行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「勇儀!コレは一体なんなんだよ!!こいつら、特攻だなんて!」
慧音を自分の身体の影になるように庇いながらパルスィは叫ぶ。

「……襲ってきたアンタの手口に似てる。そっくりだ……。」
「な……!?」
私の返事を聞いて動揺する。
そりゃそうだ……まだパルスィは『正常』だ……。

今のところ、敵はこの『大江山嵐』の中に飛び込んできていない。
その周囲を調べるように飛び回っている妖怪たちが数多くいる。
だが、さっきの手口。あの緑眼。

絶対に、あの橋姫の仕業だ。
でも、パルスィは……。










――演技だったんだ。さっきみたいに騙す気だ。――



「ぅあ!!」
くそ……また声が……。頭痛ぇ……。
「ゆ、勇儀、どうしたの!?」
今までの頭痛の比じゃない……立ってられない……。

パルスィが……私の肩に触れる……。

「――ッッ!!」
一層、頭痛が……クソォ……!!
「しっかりしろ!勇儀!!」



わ、分かった……コイツ……猿芝居してやがったんだ……。
パルスィの意識はまだ戻ってなかった……それなら説明できるじゃないか。
そうじゃなきゃ、こんな綺麗に私が待ち伏せに嵌るだなんて……。


――隙を見せたらやられる。攻撃しなきゃ。――


触るな……!くそ、精神攻撃かよ……!

触るな……!!

「顔色が悪いよ、勇儀!!」

彼女の手が、私の顔に……!

――やらなきゃ、やられる。全滅してしまう。――

でも……視界が……ほとんど前が見えない。声もだんだん聞こえなくなってきた……。
くそ……身体がうごかない……。
動け、動け……!卑怯者の橋姫なんぞに……!!





「くっそぉぉぉ!!」
身体の痺れを振り切り、全身全霊の力を籠めて左の拳を橋姫に目掛けて打ち込む。

「あぐぅ!!」
命中した!骨を打つ感触があった!
殴り倒したと同時に視界がだんだん戻ってきた。彼女は右肩を庇う様に左手で抑えながらうずくまっている。
私の一撃が効いて力が弱まったか!?
チャンスだ!まだうまく身体は動かないけど、このまま畳み掛けて黙らせる。



なんだ!今度は足が動かない……!

慧音が私の前に立ち塞がってる……!?足にしがみついたまま離してくれない!
「慧音、邪魔するなァ!」
「戯けが!落ち着かんか!!突然仲間割れを起こして何をしてるんだ、お前は!!」
「違うんだよ慧音!こいつが妖怪たちを操って私たち差し向けたんだよ!
そうしてその隙に私たちを襲おうとしたんだ。二度も同じ手を使いやがって!もう騙されない!」
「バカか!もっと冷静になれ!そんなに容易くお前を襲えるなら幾らでも機会はあっただろうが!」

くそ、口だけは達者なヤツだ!言い負かさなきゃ通さないつもりだな!?

「冷静になるのは慧音の方だよ!さっきだって空を飛んで捜索するだの言ったが、鳥妖怪たちに有利な状況に作るためだし、分かれて捜索しようだなんて、自分が身を隠すのに好都合だからだ!こいつの作戦なんだよ!!」
「ああああああもう鬱陶しい!もっと周りを良く見ろ!お前の技が解けてからパルスィはずっと迎撃を凌ぐ為の技を展開してるんだぞ!」

チッ!
私は舌打ちをして周囲の目を凝らす。

確かに私の技を消え失せ、代わりに緑色の大玉の弾幕が展開してる。
「だけど、これだって芝居じゃないって言い切れるのかよ!見せかけだって疑惑は消えやしないよ!」
そうだよ、さっさとこの橋姫を叩き伏せて――。





なんだ……。花びら?ぼやけて見えなかったけど……花びらみたいなのが舞ってる……。
確か……パルスィの『シロの灰』って技だったか……?



桜……桜色……。





――ダメよ、勇儀。この群れのリーダーは貴女よ?――
――勇儀、みんなを頼むわ。必ず守ってあげてね。――





「か、華扇……?」


彼女の声が、はっきり聞こえた……。

……いや……空耳だよ……聞こえるわけないんだ。


視界がハッキリしてきた。身体の痺れも治まってきてる。
見渡せば周囲一面には桜吹雪の弾幕が結界の様に形成されている。
そこから縫ってくる妖怪たちを妹紅が火球を投げつけ牽制している。

「……少しは落ち着いたか?鬼よ。」
慧音が手ぬぐいで私の顔を拭いた。
……驚いた。身体中が冷や汗だらけだ……。気付かなかった……。
「あ、あぁ。すまないな、慧音……。」
「水橋はまだ『正常』だ。むしろ『異常』なのはお前の方だ。
……水橋が言ったぞ。嫉妬の狂気に侵されていると、な。」
「わ、私が……?」
私はパルスィの方へ目をやる。
苦痛に顔を歪めながらこちらに歩いてくる。
「よかった……勇儀。正気に戻って……。」



――相手は諦めてない。今が好機だ。――



「ぱ、パルスィ……。」
「じっとしてて、勇儀……。今、お前の中の狂気を操作して和らげるから。
今のままじゃ……、さっきみたいに、また狂気に支配されてしまう……。」



――信じるな。私をコケにして嘲笑う気だ。この嫉妬の怪物め。――
――殴り殺せ。敵を。私を殺そうとする敵を。――










「……頼む。パルスィ。」
「うん……。」



ひやりと。冷たい感触が額に当たる。
その部分から頭の中の爆発しそうな痛みと熱が吸われていく様に引いていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



パルスィは私の治療を終え、安堵の表情を浮かべる。
「全くさ……星熊勇儀とあろう者が嫉妬なんてみみっちい感情に支配されてるなんて……久々に笑えたよ……ハハハ……。」
皮肉たっぷり憎まれ口を叩いてくれる。この口の悪さはパルスィだろうな。
腹立たしい事を言ってるんだろうけど……怒りの感情なんて湧き上がってくるはずがない。
「……悪かったな、パルスィ。痛むか……?」
「動くから問題ない……。大丈夫さ。」

嘘付け……服越しだけど、左肩と比べて腫れ上がってるよ……。

「それより……こいつらを操ってるヤツがいるな……。
正体を暴く必要がある……。」
パルスィが天を仰ぎながら話す。
疎らにはなっているが、何体かが特攻をかけてきている。
『大江山嵐』も掛け直した。撃ち漏らしは妹紅に任せれば、しばらくは時間が作れそうだ。

「でも、私の時はパルスィが操ってたぞ……。
アンタ以外にこんな芸当できるのはいるのか?」
「できるかどうかと言っても……こんな大それた妖力の使い方を試した事が無いから何とも言えないな……。」
「そうなのか?」
「操作するとなると……色々と面倒だよ。条件も手間だし、手順とか踏まないといけないから非効率な方が目立つかな……操った相手を弾にするなら弾幕にして撃った方が楽だよ。
それにこれだけ多くになると、私の妖力じゃ足りない……。それこそ神仙術みたいに他所から力を引っ張り込むとか無尽蔵に産める妖力媒体を作らないと……。」
「だったら何でこんなロスの多い事を……。」

一呼吸置くパルスィ。
「今回もこの手を使うのは……私が相手を見えないようにする為だ……。目晦ましなんだ。
勇儀に聞いた、前の戦闘の話に当て嵌めるなら、操作する妖力は自分で生み出してると思う。理性が弾ける位に嫉妬心を自分で生み出して力に変えてるんだろうな……。それなら化けてても察知はできる。嫉妬心が大きいのを見ればいいだけ……。
でも、あれだけ嫉妬を抱えた妖怪を飛ばして回ってたら流石にどれか分からないよ……。」
ギリリと歯噛みをする音が聞こえる。
「けど、あの数を全部撃ち落とすのには骨がいるぞ?」
「そう……それに、数が減ったら逃げる可能性だってある……。
ここで逃がせばまた被害が増える……。慧音が懸命に守ってる人里の方へ及ぶ可能性も。
だから、この場で終わらせる……。
考えはあるさ……。簡単だ、誘い出せばいい。」

空を見ていたパルスィはこちらを振り向く。
この表情は見たことがあった。腹を括った、この表情。

「勇儀を私に襲わせようと操作したのなら……、目的は明確だ……。
だから……私が囮になる。」



――私が囮になる。――



あの時のセリフと。
あの時の顔が。

彼女と重なった。





「ば、バカ言うなよな!アンタ、病み上がりで、しかも私が殴っちまった怪我だってあるんだぞ!?あんな妖怪が弾丸みたいに飛び交ってる中じゃ避けるのだって一苦労だろ!」
「心配するな……。黒幕を捕まえるまでは凌いでみせる。」
「でも、もし途中でやられたり……黒幕が先にアンタを捕まえちまったら……。」
「心が食われるだろうな……。相手の方が妖力が上だ。でも姿さえ捉えられれば勇儀が仕留めてくれるでしょ?」
「そんなのダメだ……パルスィ。」
「……分の悪い賭けだけど、根源は私の撒いた種なら、私が刈り取らないと……。」



「ダメだ!ダメだダメだダメだ絶対にダメだぁぁぁぁぁ!!」
「ゆ、勇儀?」
私は彼女を抱き寄せる。
そうだよ、まだ触れる!手に届く所にいる!!生きてるんだよ、彼女は!!
「そんなん絶対ダメだ!それが最上策でも神の一手であっても!!
アンタにそんな死にに行く様な真似をさせられるわけないだろ!!」
「勇儀……落ち着いて?」
「絶対に嫌だ!!もうあんな思いはしないって決めたんだ!
私が仲間を守って、みんな一緒に幸せに暮らすんだ!!」
「……。」
「下らない戯言だって分かってるよ!つまらない幻想だってことも!!
でもさ、それでもさ、守りたいんだよ。……失いたくないんだよ。
諦めたくないんだよ……。私の大事な仲間たちが、笑って暮らせる世の中を……。」

そうじゃなきゃ、逝っちまった母さんたちにも、アイツに会わせる顔がない。

「だから、捨て身なんてやめてくれ、パルスィ……。
一緒に生きて、地底へ帰ろう……。」

もうこれ以上……私に押し付けて、悔いを遺して置いてかないでくれよ……。



苦しいんだよ……辛いんだよ……。頼むから……。











「……さとりが言ってた言葉……今なら信じられるよ……。
勇儀は地底を照らす太陽だって……。」
……。
「私は嫉妬したよ……。私はさとりにあれだけ自分を注いで、捧げてきたのに。
容易くあんな事言わせた勇儀を……。今の今まで嫉妬してた。」

……パルスィが撫でてくれてる。私の髪を、優しく梳くように撫でてくれてる。

「私さ……地上にいた時の記憶がないんだ……。
さとりは必死に私の事を教えてくれた……。
私が『水橋パルスィ』だって、懸命に……。
でも、私は別に本当の自分なんてどうでも良かった。
たとえ、偽りの記憶を刷り込まれたとしても。
いつも気にかけてくれてるさとりが好きだった。想いに応えたかったんだ。
……でも、さとりは私を見ていても、真っ直ぐ私自身を見てくれた事なんてなかったの。
だからさ……、そんな勇儀よりも強いんだって証明できたら……
きっとさとりは私を見直してくれるって思ったの。」


……そうだ。私が奪っちまったんだ。パルスィの居場所を……。


「でも、違うんだよね……さとりは勇儀の強さに心を惹かれたんじゃない。
その信念に心を惹かれたんだよね……。
たとえ勇儀に勝てたって……結末は……きっと……一緒だったのよ……。」


私は彼女の顔を見る。
滝の様に流れる涙を、親指に拭ってやる。
そう、彼女にやっていた風に。

「……泣かないでくれよ、パルスィ。
どんな事があっても自分を投げ捨てたりしちゃいけないよ。
私にとって大事な……大事な女なんだ、アンタは。」


彼女と会って、いろんなものを教えてくれた。
彼女と会って、いろんなものを気付かせてくれた。

彼女と会って、いろんなものを思い出させてくれた。


「アンタに逢えて幸せなんだよ。私は。
だから、この幸せをずっと続けて生きたい。
パルスィだってそうだろう?歯を食いしばって我慢していきるより、笑って暮らしたいだろ?」
「うん……。」
「だからさ、わたしと歩こう。もちろん萃香とも、さとりも、みんな一緒に。」
「うん……。でも、あいつはどうやって倒すの?
ここで仕留めなければ、勇儀の誓いは折れてしまうよ……。」

彼女の言う事はもっともだけど、でも必ず答えがあるはずだ。
……みんなが助かって、この異変を静める手段は……。





「考えたところで仕方が無いだろう……囮を出したほうが仕留められる確立は高い。」
答えを出せないまま黙ってしまった私たちを見て、冷たい視線で慧音は言い放つ。
「皆でパルスィの守りを固め特攻をかけるか、だな。」
「私たち誰かがやられたって意味無いんだよ!くそ……安全に相手を引き付ける方法は……。」



「ねえ?パルスィお姉ちゃん。」
撃ち漏らしが減ってきて手が空いたのか、妹紅は駆け足でこちらに向かい、パルスィの手を引っ張る。
「お姉ちゃんは確か分身、できたよね?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



私は『大江山嵐』の中心座標を自分にしながらパルスィの分身と一緒に飛び上がる。
ちらりと地表を目をやった。
慧音と妹紅の姿はちゃんと見える。
(どう見てもあの二人だけにしか見えないな……パルスィは上手く隠れてるよ。)
妖怪たちも私たちが狙いのようだ、下の二人に攻撃を加えるつもりは無いらしい。

(ここまではうまく行ってる……、あとは……この分身を使って本命を捉えられるか……。)
パルスィが精密に拵えたエネルギーの塊だ。霊視を使っても見抜けやしない代物。
だけど、当てられたらそこが剥がされてしまう。
相手に本物だと思わせ続ける必要があるから、分身への被弾は一発も許されない。



……全く。苦労する役回りばっかりだよ、私は。
「グダグダいっても始まらないけど……。」

――母さんたちも、そうだったのだろう。
私たちを守ってくれてた時は、こんな気持ちだったんだろうなぁ。
苦労して、苦心して、守ってくれてた。そうに違いないさ。――

「そうさ……自分の全力を掛けるに値する勝負事じゃあないか。
覚悟を決めろ、星熊勇儀!」
自分の頬に平手打ち。喝を入れて、技を解いた。


空を飛び交う私の弾幕が虚空へ消える。
それを確認し終えたかのように空を舞う影達は動きを変えた。





一歩。
握り拳一つ分ほどの接近まで堪え、放つ。
撃ち漏らし無く第一波を退ける。





二歩。
距離を見誤らず冷静に。
罠に掛かるかの如く、向かってきた妖怪たちを全て弾き飛ばした。





痺れを切らしたか、残りの全てが敵意をむき出しにして襲い来る。

必殺の間合いまで持ち込み、一歩目と二歩目の弾幕の威力を重ね合わせ、三歩目を以って空間ごと相手を葬り去る。
これが大江山の鬼の秘伝。四天王奥義。



『三歩必殺』



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





爆風が倒木を撒き散らす。
暴風が天空の雲を掻き混ぜる。
技を放った一帯が異常気象とも言える風が吹き荒れた。

ありったけの妖力を籠めたんだ……これで決まっていて欲しい。
地上にいる二人は風に飛ばされぬよう耐えているが……動きが……無い……。
……私の技に巻き込まれて落ちてきた本命をあの二人が抑える手筈なんだけど……。

けど、周囲を見渡したって飛んでる妖怪なんて一体もいないぞ!
もしかして逃げられたか……。



(本当に恐れ入ったわ。怪力乱神と呼ばれているのは知っていましたけれど、天変地異をも引き起こせるほどとはね……。
真の鬼神。妬ましい限りですわね。)

!?

「この声……あの橋姫だな!?でてこい!どこに隠れてる!!」
どういうことだ……こんなに声がはっきり聞こえてるのに姿形どころか気配すら感じないぞ……!

(あらあら、もう碌に力が残っていないようね。
でも、後顧の憂いは断っておきましょう。)

そう言い終えた瞬間だった。
眼前に突如、高密度の弾幕が――。










業炎に焼き尽くされる様な感覚が全身を襲う。
防ぐ事も出来ず、直撃を受けた。

(これで仕舞いね。……全く、とんだ回り道をさせられたものだわ。
貴女の心をじっくり改造するはずだったのに、私の精神を自分の中に封じようとするお馬鹿な邪魔者が現れるんですもの。身体を支配するのにも時間が掛かったわ。)

意識を繋ぎとめるだけで、もう精一杯か……。

(この身体、面白いのよ?……無意識を操って簡単に精神操作できるの。
多大な妖力なんて必要なしに。だから見えなかったでしょ?分からなかったでしょ、私の事?)

勝ち誇ったかの様に橋姫が嘲笑っている。

(でも、馴染んだ身体じゃないとダメね。動き辛いわ。
だから、返してもらうの。私の身体を。
そこで存分に見ていなさい?守れなかった無念と、誓いを破ってしまう悔恨に苛まれながら。
……安心しなさい。その後、じっくり可愛がってあげるから。)



「勇儀ィィィッッッ!!」
姿勢を制御する事も侭ならず、自由落下に身を委ねている最中、パルスィの悲鳴交じりの声が聞こえた。


あはは、私をそこまで心配してくれてるのかい?
パルスィが、私を?
……嬉しいねぇ。

帰ったら、いい酒が飲めそうだよ……。



このまま地上に激突するかと思ったが、徐々にスピードが緩くなっている感覚が……。
「無茶しないでよ!このアホ!」
耳元で怒鳴り声が聞こえる。
「すまないねぇ……。」
妹紅の顔が視界に入る。どうも、空中でキャッチしてくれたようだ。
良かった。





……事の顛末が最後まで拝めそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



(抵抗は止めなさい。)

パルスィの分身は懸命に逃げる。

(動きが遅すぎて哀れになってくる。あぁ、その悪あがきが妬ましい妬ましい。)

唐突に現れる弾幕を危なげに回避する。

(必死に逃げ惑う愚者を眺めているのも、それはそれで味わい深いものだけれども。)


――動きが止まる。

左手を掴まれたか。懸命に振りほどこうとしているが……。

(さぁ、これで終わりにしましょうか。これからもっと美味しいご馳走にありつく為に。)





橋姫が獲物を食おうとした瞬間。
突如、空中で爆炎が発生した。



天空に伸びる炎から、噴き出す様に巨大な火の粉が吹き荒び、地表に降り注ぐ。
ゴウゴウと燃え盛る音に混じって橋姫の絶叫が響いた。

「妹紅がうまくやってくれたぞ……。水橋、元に戻れ。」
その言葉を聞いて、妹紅に化けていたパルスィは術を解いた。
だけど、険しい表情を隠さず、空の状態を確認する。
「凄い……まるで空に花が咲いている様な……。だけど……あの中で妹紅は無事なの?」
「あいつは不死身だ。そう言っただろう。」
心配そうに見つめるパルスィの問いに淡々と答える慧音。

詰まらない手品に引っかかってくれたものだ。
タネは簡単、パルスィは妹紅に化け、パルスィの分身の中に妹紅がすっぽり隠れていただけだ。ただ、攻撃を避けるにしてもパルスィの遠距離操作では精細を欠くので、妹紅が動かす。
そして本命が接近戦を仕掛けてきた瞬間、自分ごと周辺を焼きまくるという算段だ。



私もパルスィも危険だと反対したが、妹紅はこの作戦じゃないと絶対に成功しないと頑として聞かなかった。
妹紅は蓬莱人という『死なない』不可思議な体質を持つらしい。
だから致命傷を狙われたところでも彼女にしてみれば、すぐ治る傷。
もし精神攻撃を行われてもパルスィに治してもらえばいい。


不死身の捨て身なんて予想できるわけ無い……反則すぎる切り札だ。





業炎の側面から何かが飛び出した。それを追うかの様にもう一つ。

煙を撒き散らしてはいるが、不可視状態じゃない。姿が見える。



……先に飛び出したのは子どもの背丈。妹紅か?

……違う。身体を覆うように糸が……その中心……



第三の目。





「……こいし……?」
パルスィの口から名前が零れ落ちた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



後を追う妹紅は止めを刺さんとばかりに、全身に猛る炎を身に纏う。
あのまま突撃をかける気だ!
「待って!!待って待って妹紅!やめて!!その子を攻撃しないで!」
パルスィは声が掠れてしまうほど、ありったけの声量で叫んだが、構わず妹紅は加速をかける。
「や、やだ……!やだよぉ!!あんなの当たったら、こいしが死んじゃうよぉぉぉ!!」
半狂乱になりながら懇願する。



花火の様な爆音。



妹紅とこいしが衝突した瞬間、紅い爆発が起こった。
お互いが大きく吹き飛ぶ。

だけど、まだこいしは体勢を立て直し、軌道を変えながら空を飛翔している。
それを確認した妹紅はもう一度、全身に炎を纏い追撃する。

「お願いだからやめてぇぇぇぇ!!」
「水橋……。だがアレを野放しにしては……。」
「だって!こいしは関係ないのよ!!なんで!?なんであの子が傷つかなきゃならないの!?
こんなの無茶苦茶だよ!やだよこんなの!やだよぉ!!」

パルスィは泣き崩れた。
慧音は、掛ける言葉が見つからない様だ。
私はもう動けないし……なんてザマだよ……くそ……。
アレを倒しちまったら誰も笑えなくなるじゃないか……。
黒幕を倒してハッピーエンドじゃなかったのかよ……。





「パルスィお姉ちゃん!」

これは……?妹紅の声か……?

「聞いて!パルスィお姉ちゃん!もう一撃、こいしちゃんに攻撃を加えたらそっちに落とすよ!!
そしたら乗っ取ってる心を攻撃するの!いっぱい嫉妬心を煽って壊すんだよ!できるでしょ!!
そうしないと、こいしちゃんはずっと還って来れないままだよ!」
空中でこいしを追いつめていく妹紅。対してこいしを乗っ取っている橋姫の動きはもうガタガタだ。
あれなら確かにパルスィの方に分がありそうだ。










パルスィは――未だに伏せたまま。



私はパルスィの身体を起こし、垂れた頭を上げようとしたが、嫌がって俯いたままだ。



「……パルスィ。泣くな……しゃんと上を向いて……こいしちゃんを助けてやってくれ……。」

私は肩を揺らしながら泣いているパルスィの頭部を抱いて、頬を親指で拭ってやる。

「大丈夫だ……。私が付いてるぞ……。」

彼女の手を取り、私の角を撫ぜさせる。

「私が護ってやるぞ……。」

何度も何度も撫ぜさせる。

「私は……何時だって……アンタの仲間だ……。」

彼女が返事をするまで。私は彼女の手を握り続けた。





「勇儀……。」
弱弱しい、消え入りそうな声。
「勇儀……もし失敗して……こいしの心ごと壊してしまったら……逆に私が乗っ取られてこいしがあのままになったら……私……さとりに……顔向けできない……もう……生きていけないよ……。」

彼女が震わす手を改めて力を籠め、握りなおす。

「不安になるな……。まだ触れる……。手に届く所にいる……。
生きてるんだよ……。待ってるんだよ……。
不安を想像して後悔を先にやっておく必要なんてない……。
全身全霊を掛けて成した事なら……、いつか皆の心を奪う華と咲くさ……。
どんな結果であっても……私はアンタの仲間だ……応援する……。
頼んだよ……私の信念……今はアンタに預ける……。」





「……わかった……わかったよ……。」

励ました甲斐があったか、パルスィはよろよろと立ち上がる。
未だ悲痛と恐怖でくしゃくしゃな顔をしていたが、その瞳は強く強く輝いていた。
今まで見たことのない、眩しくて直視できないほどに……太陽の様に燃える様な輝きだ。
腫れた目蓋と真っ赤になった鼻をすすりながら妹紅の方へ走っていった。





ホント……似てないよな。華扇はもっと気丈だったし、泣く時は上品に泣いてたよ。
へたれで泣き虫で芯がなくて……。そのくせ他者の事には心配性で……。
最後の最後でドキリとさせやがるんだ。
見ていてホントに飽きないよ。

ずっと護ってやりたい……。





なぁ、華扇……私がアイツに惚れたと言ったら、妬んでくれるかい?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





轟音が響いた。



紅い爆光の中から飛び出す様に落ちてくる少女。

それに向かって彼女は飛翔する。

空中で少女の身体を受け止めたものの、勢いが勝っていた。着地するには過剰な速度だ。

彼女は少女を庇う形で背中から落下した。



しばらく動かぬまま時間が流れ。

少女は仰向けの彼女の上に座り込む。

彼女と少女は、静かに見つめ合っていた。





(聞いて、パルスィ。
私は貴女の一つだった。貴女の嫉妬が私を作った。
羨望。
焦燥。
怨恨。
……絶望。
貴女の心の中に溜まった負の感情が私の正体。
だから私を消す事は、自分自身を消す事と同じ事。)
「そんなもの、無い方がいいよ……。」
(けれど、感情は常に心から湧き上がるもの。
感情を殺した所で、満たされなければ私は直ぐに蘇える。
自覚して欲しい。この衝動的感情は貴女が人で在った事の名残。
怪物である貴女が人で在ろうとする限り、ずっと私の存在に苛まれる。)
「何が言いたいんだよ……。」
(嫉妬の怪物らしく振舞いなさい。人を、他者を、あらゆる万物の嫉妬心を操りなさい。
嫉妬という名の大罪を武器にするのです。)
「……。」
(燃え上がる嫉妬の感情に身を委ね、災厄を振り撒く事が、嫉妬の怪物の存在意義。
自分の存在を自覚し、感情に身を委ねなさい。そうすれば、貴女は苦しまずに生きられる。)



彼女は静かに、左手を少女の額に当てた。
(いい事?貴女は共存など望めない宿命。何故なら嫉妬の怪物である貴女自身の存在否定に直結するから。
その生き方を続ける限り、貴女は永遠に己を確立出来ずに苦悩する。
怪物でもなく、人間にもなれない狭間を揺れる『紛い者』として。)

手から緑の光が溢れる。
優しく、優しく少女の顔を撫でる。

「お前の言うとおりだよ。反論なんて出来ない。
……ううん、言われなくても分かってた。
願望ばかり求めて、現実なんて聞こえない振りして。
私は何にも成れていない、中途半端な紛い者だって。

――それでも。
こんな生き方をした私を見てくれた仲間がいた。
こんな生き方をしてても認めてくれた仲間がいたんだ。
嬉しかったんだ。忘れたくないんだ。
そして、これからも、このままの私で生きていきたいんだ。」

(短絡的でくだらない願いだと思うわ。いずれ局面にぶつかって、水泡に帰してしまえばいい。
本当……妬ましい。)
「うん……。」
(求める理想と現実。どこまで持つか……それまで私を殺し続けなさい。
貴女の心の隙あらば。
――また、逢いましょうね……?)





手から光が消えた。
力を失った様に、少女は彼女に倒れこみ。



彼女は優しく受け止めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



先程の熱気を冷ます様に、涼しい風が吹き抜ける。
先程のゴタゴタとは嘘の様に静かだ。心地よい気持ちになる。酒があれば最高だ。

こいしはパルスィの腕の中で眠っていた。
私は彼女に寄り添いながら、こいしの寝顔を一緒に眺めている。

こいしは身体に軽度の火傷はあるくらいで、命には別状はないらしい。派手に燃えて見えたが、橋姫はしっかり防いでいたのだ。
パルスィはこいしが目を覚ますまで、このままにしていたいと私に頼んだ。
パルスィがこいしの頬を撫ぜる感じに掻いてやると、こいしは嬉しそうな表情になり、ごそごそと寝返りを打とうとした。パルスィに身体を擦る様に。



うわぁー、親子みたいだなぁ。いっつも無愛想な表情しか浮かべないパルスィだけどこんな一面あるんだ。
萃香と萃香の母さんを思い出すわぁー。



あぁー、でもいいなぁ。身体がムズついてきた。
あぁー、でもコイツを娶れば、いつでもこの表情が見られるのかなぁ。
あぁー、でも十分これで家族みたいに見えるよねぇ。
あぁー、でも私も子ども抱きたいなぁ。さとりを抱いたらサマになるかなぁ。
あぁー。
あぁー。

「……勇儀……口に出てる……。」
「あぁー!?」
ウソ!?マジ!?やっべぇ、超気まずい!これ口に出しちゃったとか私超キモい!
冷や汗垂らしながらパルスィの方を見る……怒ってんじゃないのか……また殴られそう……。


あれ……?
顔が赤いよ?
どうしたのパルちゃん?

……もしかして、これって……これって?





脈あり?



よ、よぉっし、チャンスかもしれん!行くしかねぇ!



「あ、あのさ、パルスィ、その……地底に戻ったらさ……。」
「おーーーーーい!!お前たちぃ!!こいしの帽子取ってきたぞーーー!!」
慧音さぁぁぁぁん!!何でこの最高級最大級の雰囲気を土足でぶち壊してくれてるんですかぁー!!お礼とお別れの挨拶は行くつもりだったんだから、そのまま妹紅と一緒に家に居てくれてても良かったんですよ!!
「あ……あぁ、慧音。ありがとう。」
慧音から帽子を受け取りながら……パルスィ!なぜ横目でチラチラ見る!どういう意味のありがとうなんだ、それは!!

「……あれ?妹紅は一緒じゃないのか?」
「うむ。先程の戦闘で家の周りが倒木だらけでな。処理しているよ。」
……妹紅って出来た女の子だよなぁ……テキパキテキパキと行動早いしブレないし。
今回の異変は満足できる感じに落ち着いたのは妹紅と慧音のおかげだ。この子たちがいなかったらどうなってたか……ゾッとするね……。



「……んぅ?パルさん……?」
先程の大声が刺激したのか、こいしは眠たげに顔を擦りながら目を覚ました。
「こいし……もう、心配させて。」
「おお。パルさんだ。わぁい!」
「あ……その、ちょっと!まだ肩が痛いから……暴れな……む、胸……やぁ……。」
……すげぇ、起きて数秒、あっという間にパルスィを押し倒したぞ……こいしちゃん強い。妬ましい。
「も、もう!一旦離れて!……ちょっと落ち着いてって!こいし!身体、なんともないの!?」
マウントされた体勢からこいしちゃんを引っぺがしてから、心配そうに見つめるパルスィ。
「え?何が?」
「な、何がって……覚えてないの?」
「えぇー?私、パルさんと鬼さんが二人、白昼堂々重なって寝てたの見て、これは人に見せられない光景だと思ったんだけど二人の間が気持ち良さそうなお布団に見えたから挟まってみて?そのまま寝ちゃった様な気がする?」

「…………なんだそれ……。」
「無意識だからあんまり覚えてない?しかたないね?」
ニコォ!

効果音が顔から聞こえそうなくらいのとびきりスマイルを決めるこいしちゃんをみた彼女は……うわぁ、口角を目いっぱい下げてる。十歳くらい老け込んでる。



……となると、私たちの間に潜り込むのに帽子が邪魔だから置いて、その潜り込んだ事によってちょうど私を庇う形になったのか……?
それと無意識だから橋姫にも気付かれなくって、あの精神攻撃が勢い余ってこいしちゃんの心の無意識という空洞の中に精神ごとすっぽり入ってしまったって事……?

いや……そんな……私がそんな思い付きみたいな行動で助けられたなんて……まさか……。



「あ、でもおねえちゃんとケンカしておきながら、実は別カノと一緒に駆け落ちをする算段だったって事は、ちゃあんと覚えてるもんね!スケコマシだね、パルさん!」
「ぶッッ!!」
突然こいしちゃんのトンデモ言葉によりパルスィは噴き出す。
「ふっふっふ……。もしおねえちゃんに知られたくなければ私の言う事を聞くんだよ?パルさん?」
「え、ちょっと……?碌でもない事を考えてるさとりの真似するのやめて……?」
「ふっふっふ……。知れたらすごい怒るよぉ~?おねえちゃん、普段は澄ました顔してるけど、実は純情ですごくヤキモチやきなんだから……。ビンタの嵐になるよ~?病んでる元カノって怖いよ~?ターミネーターみたいに地獄の底から追いかけてくるよ~?地底の縦穴を壁に包丁突きたてながら登ってくるよ~?そうなる前に、おねえちゃんと仲直りしようね~?」

おいヤベェよ、パルスィはブルッちまって涙目だよ、止めてあげてよ、こいしちゃん。
あと、おねえちゃんの事、そんな風に言っちゃ良くないよ。私も怖いよ。

「べ……!べべべべべ別に、いいもん!さ、さとりに言えばいいもん!でょうせ、さとりは私の事キライなんだかりゃ、仲直りなんてする気にゃいし!」

拗ねたかパルスィ。背を向けて抵抗したものの言語崩壊起こしてるぞ。
これ以上いけない、こいしちゃん。

だが、こいしちゃんの猛口撃は止まらない。パルスィの周りをピョンピョン飛び跳ねながら迫っている。
パルスィは耳を塞いで凌ぐ事しかできない。哀れ。



……仲介が必要かぁ。仕方ない。
「な、なぁ、こいしちゃん。そろそろ許してやってくれないかい。
パルスィだって別にさとりの事が嫌いな――。」
「――おねえちゃん、家でずっと泣いてるよ?」

……うん?

「ずっとパルさんの事、想いながら。今でも泣いてるよ?」

先程まで楽しげだったこいしの表情が、嘘みたいに無感情になっていた。
ただ、淡々と言葉を並べるだけの話し方。

「私は笑ってるおねえちゃんが好きだよ?パルさんはそうじゃないの?
泣いてるおねえちゃんが好き?」



……はぁ。
「そりゃ、笑ってるさとりの方が好きだろう?な、パルスィ。」
私は後ろでウジウジ座ってるパルスィを抱えながらこいしちゃんに見せる。
「こんな未練タラタラな顔してるんだ、おねえちゃんの事好きで好きで堪んないのさ。
仲直りするきっかけ、欲しいんだろ?」
「うぅー……。」
ホント素直じゃないなぁ。手のかかるお子さんだ……。
「健気なこいしちゃんの優しさ、汲んでやりなよ。な?」


こいしちゃんからそっぽ向きながら。
「わかった。さとりと話する。」
口を尖らせながら無愛想に応えた。
「やったぁ!パルさん大好き。」
こいしはパルスィが持ってる自分の帽子をひったくり、落ちない様に両手で押さえながら私たちの周りを跳ね回った。

やれやれ、一件落着かな。







「その……私だけ除け者にするの、やめてもらえないだろうか……。」
あ。そうだった。慧音ってずっとこういう役回りさせてる気がする。
「すまないね、慧音。そろそろ私たちは地底に戻るよ。
――本当に世話になった。ありがとう。」
私は深々と慧音に礼をした。


こういう人間ばかり増えれば、世の中楽しくなるんだろうなぁ。
風向きも地底の方向。いい追い風じゃないか!

さぁ、帰るか。私たちの『故郷』へ!




















……なんだ、ぐいぐいと首元がしまるぞ。
あぁ、なんだ、後ろで慧音が私の服を引っ張ってるからか。
「戯けた事をいうな、鬼。この惨状が目に入らんのか?」
飽きれたという表情で周囲を指で差す。
「お前が暴れて森が荒れ放題だ。片付けるまで帰らせる気はないぞ。」
「は……?」
「水橋も。こいしも無関係ではないのだから手伝え。私が許可するまで絶対帰さん。」


マジで?


「だ、だけどさ、妖怪が慧音たちと一緒にいるのを人間に見られたら都合悪いんでしょ!?」
「先程の異変で我々がお前たちを調伏し、そのまま使役しているという体を取ればよい。完璧だろう?」
小さな身体でサマになった仁王立ちを決めるな慧音!
「いやいやいや、今、私たちが地上で暴れてるって話が広がったら地底的にもまずいんだって!
この後さ、地底に戻ってパルスィとさとりが和解してハッピーエンドって流れでいいじゃないか!ちょっとは空気読もうよ、慧音!」

ふむ。
一度、顎に手をあて、内緒話をする様に口元を隠す。

……え、何?聞こえない。屈まないと慧音の口元まで頭が届かないか……。



ごすっ。


「いっでぇぇぇ!!騙まし討ちとか卑怯すぎる……!これだから人間は!!」
コイツ、いきなり私の顔面に頭突き決めやがった……!
鼻が折れるかと思ったわ!!なんて石頭だよ!!
「阿呆な事ばかり抜かしおって。自分中心で世界が回ってると思うな。
さっさと行くぞ、妹紅を待たせてる。」
すたすたと歩いていく慧音。
私はパルスィとこいしに支えられ、鼻血を抑えながらヨタヨタと頼り無い足取りで慧音の家に向かった……。


ああもう……本当。苦労役はこれっきりにしておくれよー!!
こいし「もこもこちゃんちゃんもこちゃんちゃん♪」
妹紅「その歌やめて!こいしちゃん!」
フェッサー
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コメント



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3.90名前が無い程度の能力削除
過去作品から読ませて頂きました。面白かったです。