Coolier - 新生・東方創想話

Liquor

2015/01/12 18:08:23
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グラスに注ぎ、色を見て、香りを確かめる。
目と鼻から得た情報を知識と結び付け、このお酒が何か見当をつける。
飲む前に、十分に時間をかけて味への期待を膨らませる。
十分な時間をかけてから、ここで一度、頭を空っぽにする。
余計な知識や先入観は舌を曇らせる。
このグラスに敬意を払い、お酒を味わう事だけに集中する。
グラスに口を付ける。
一瞬の後、唇に液体が触れる。
口の中に含み、飲み込む前に数秒待つ。
口の中に香りが広がったら、それからゆっくりと飲み込む。
口の中に残る香りを吐き出すのが惜しくて、暫く息を止めて余韻を味わう。
最初の一口は、いつだって刺激的だ。

空になったグラスから、特徴的な香りが漂ってくる。
テイスティング用に一口しか飲まなかったのに、十分過ぎる衝撃を与えてくれた。
これは二束三文の安酒には到底出来ない芸当だ。

「それで、何のお酒か分かった?」

空になったグラスを灯りに透かして余韻に浸っていると、期待するような目でレミィが見つめてくる。
グラスを机に置いて、答え合わせをする。

「アップルブランデー。それも、相当な年代物」

芳醇な林檎の香り。それとこの度数の強さ。これだけ特徴的だと間違いようも無い。
ワインの銘柄や年代を当てるよりよっぽど簡単だ。

「不正解」

引っかかったな間抜けと言いたそうな顔で、嬉しそうにレミィが答えてくる。
いくら私でも、林檎の香りと度数を間違う程間抜けでは無い。引っかけがあるとすればそれは。

「レミィ。まさかとは思うけど、そのお酒」
「カルヴァドス。フランス、ノルマンディー地方、カルヴァドスで造られた正真正銘の一級品だよ」

レミィがボトルに巻き付けていた布を取り去り、ラベルを見せつけてくる。
ボトルを受け取り、よく見てみると、確かにカルヴァドスの銘が入っている。産地も本場である。

「産地が違うだけで、物は同じじゃないの」
「違うよ。原点と写本くらい違いがある」

レミィがドヤ顔を見せつけてくる。
これが安酒のボトルだったら、これで殴りつけてるところだ。
レミィを言い負かす方法は幾らでもあるけれど。
大人げないし、何より不毛だ。それより今はこのお酒の方が重要だ。

ボトルのラベルを検める。
製造年も書いていて、それなりに古いらしいというのは分かるけど。
今の西暦が分からないせいで、具体的にどの程度の代物なのかはよく分からない。
保存状態が良好なのは、先ほど私の舌で確認した。
こんな良いボトル、どこに隠していたのだろうか。

「どこで手に入れたの?」
「湖で拾った」

あっけらかんと答える。

「毒見させたわけ?」
「光栄なる最初の一杯を譲ってあげたんだ。感謝して欲しいくらいだね」
「それには感謝しない事も無いけれど。誰かの秘蔵だったらどうすんのよ。勝手に開けたせいで怒られても知らないわよ」

レミィがけらけらと笑う。

「心配するような事も無いさ。仮に誰の物だったとしても、飲み干して証拠隠滅してしまえばいい。世はなべて事も無し、だ」

これが幻想入りした物じゃなくて、誰かの秘蔵だった場合。
ありえそうなのは、妖怪の賢者とか、天狗とかその辺り。
勝手に飲んだ事がバレると、後々難癖を付けられる可能性がある。
それはとても面倒臭い。
これはレミィの提案に乗るのが良さそうだ。

「瓶は塵に。酒は胃に。嵌められたようで癪だけど。飲み干してしまった方が良さそうね」
「流石パチェ。話が早い」

テイスティング用ではなくて、掌にすっぽり収まる程度のグラスを用意する。
レミィが持つグラスにカルヴァドスを注ぐ。
自分のグラスにも注いでいく。酒を注ぐ音はいつ聞いても心地いい。

「かんぱ~い」
「乾杯」

グラスをぶつけ、お酒を口に運ぶ。
一気に半分ほど飲んだレミィが目を丸くしている。
本当に飲むのが初めてだったらしく、味に驚いている

「瑞々しい爽やかな林檎の香り。ミルフィーユのように幾層にも重なる味の奥深さ、深み、そしてバランス。
 時の流れの中で熟成された真の古酒というわけか」
「レミィ。浅い知識で物を語ろうとすると馬鹿っぽいわよ」
「言ってみただけだよ」
「ボジョレーじゃないんだから、こういうのは黙って味わうのが通なのよ」
「おかわり」
「はいはい」

私はまだ一口しか飲んでないというのに、早々に飲み干したレミィに二杯目を注いであげる。
レミィはすぐに半分ほど飲んでから、グラスを一度置いて、その中に溜まった液体を眺め始める。
注意力も散漫になり、机の上に置かれた筆記具なんかを手で弄んでいる。
酔いが回ったのもあるだろうけど。これは早くも飽きてきたわね。
騒がしい宴会に慣れたレミィには、一杯のグラスを時間をかけて楽しむ贅沢が分からないらしい。
騒がれても隠し芸を強要されても嫌だし。
レミィを啓蒙するためにも、少し趣向を凝らしましょうか。

適当な本を取り寄せ、適当なページに栞を挟んで机の端に置く。
するといつの間にか、最初からそこに居たかのように咲夜が立っている。
机の脇に、沢山の酒瓶が入った棚が用意されている。
カクテルを作るのに必要そうな物は、大体揃ってるようね。
それに気付いたレミィが、退屈そうな顔を上げる。

「カルヴァドスも他の酒と同様、色んな飲み方があるのよ。
 ロックやストレートだけじゃない。色んなお酒と混ぜる楽しみがね」

黒いパンツに白いシャツ。そしてハーフエプロンというバーテンダー風の格好をした咲夜が恭しく頭を下げる。
それから、本業のように慣れた手つきでカクテルを作り始める。
咲夜の動きを眺めていると、あっという間に完成したカクテルがレミィの前に差し出される。
赤い色をしたショートカクテル。
それをきらきらした目で見つめている。

「ジャック・ローズです。生の石榴を使って、甘く仕上げてみました」

恭しい態度でレミィがグラスに手を付ける。
一口味わって、気に入ったように口の端を歪める。
飲み干す頃には、咲夜が二杯目を用意している。
咲夜の作るカクテルなら、不味くなる事はあるまい。
味の特徴やカクテルの参考になりそうな書物も書いたし、後は咲夜のセンス次第。
私も後で頂くとしよう。

「パチェは飲まないの?」

二杯目のジャック・ローズを飲み干したレミィが話しかけてくる。
新しいカクテルが出てくるまで、まだ少し時間がかかる。
ペース配分もあるし、カクテルを作る動きも音も待ち時間も、雰囲気を作る大切な要素だ。

「私はまだいいわ。グラスが空いてないもの」

私はまだ一杯目の半分も飲んでいない。
咲夜の作るカクテルにも興味があるけど。
ゆっくり時間をかけて一杯のお酒を味わう方が好きなのだ。
掌で温め、適度に揺らしながら香りが開くのを待つ。
酒は温度の変化で味も香りも変わっていく。
その変化を楽しみながら、一番良いタイミングを見極める。
時間をかけて作られたお酒を、お気に入りの場所でゆっくりと時間をかけて飲む。
それこそが一番の贅沢だと信じている。

「夜は長いんだし、急いで飲む必要も無いでしょう?」

レミィの前に、ロックグラスに注がれたストレートのカルヴァドスが差し出される。
こんなの頼んでないよとレミィが怪訝な顔をする。

「お喋りしながら、ゆっくり楽しみましょ」

レミィのグラスに、自分のグラスを当てて音を鳴らす。
液面に広がる幽かな波紋を見つめてから、レミィがクッションを山ほど並べたソファーにどっかりと座りこむ。
美味しいお酒で酔いが回ったのか、随分と機嫌が良さそうだ。

「それじゃ、お酒が美味しくなる話でもしてよ。私が眠くならない、とっておきのやつね」
「こんな話はどうかしら。瓶の中に入って、出られなくなった林檎の話」

アルコールと林檎の香りで、私も随分と舌が滑らかになる。
滅多に飲めない上等なお酒。一息に飲んでしまっては勿体無い。
ゆっくり時間をかけて、楽しもう。




レミィはとうに酔い潰れて眠ってしまった。
夜明けはまだ遠いというのに、情けない事だ。
私はお香代わりにグラスを隣に置いて、本を読んでいる。
気が置けない相手と話しながら飲むのもいいけれど。
こうして相手を気にせず好きに飲める時間も良いものだ。

レミィは今日のところは行儀よく飲んで潰れてくれたけど。
起きてから無茶を言わないとも限らない。
一番ありそうなのが、自分でもアップルブランデーを造りたい、と言い出す事だ。
その場合、どうするのが一番面白いだろうか。
短絡的なのは、魔導書の角で殴って今日の記憶を失くす事だけど……。

「ねえ、あなたはどう思う?」


テーブルの反対側、一番遠いところに座っている人物に声を掛ける。
銀色の髪が、薄暗い図書館でもよく輝いている。

「造ってみても良いと思いますよ。次の入荷を待つより建設的ですし。新しい収入源になるかもしれません。それに、私もこのお酒気に入ってしまいました」

そう言って丸いグラスを、くいと傾ける。
服を着替え、いつものメイド服でもバーテンダー衣装でもなく、ラフな私服になっている。
自分用のおつまみも用意して、ちゃっかり晩酌を楽しんでいる。

「自分が飲むために主人を酔い潰すなんて、悪いメイドね」
「お嬢様も気持ちよく飲んでいらっしゃいましたし、秘密にしてれば誰も不幸にはなりません」
「スピリタスの原液は、流石に気付くと思ったんだけど」
「案外平気でしたね。酔って判断力が低下していたんじゃないでしょうか」

お酒に弱くも無いレミィを潰した主犯が、悠々とカルヴァドスを味わっている。
カクテルの度数を徐々に上げていき、最終的にスピリタスに一滴カルヴァドスを垂らしただけのアルコールをショットグラスで煽らせていた。
気付かせない咲夜が凄いのか、気付かないレミィが鈍いのか。
それを何杯か飲んだところで、流石のレミィでも耐えられなかったのか、糸の切れた人形のように机に倒れ込んでしまった。
その後は咲夜が寝室に連れて行って、少ししてから咲夜だけ戻ってきた。
レミィが飲むはずだった分を、今は咲夜が飲んでいる。
幾分静かになったくらいで、後は何も変わってない。
お酒は順調に減っている。朝には瓶は空になり、その瓶も消えてしまうだろう。
林檎の香りがするお酒が一夜限りの夢か、先駆けか、それは起きたレミィの気分次第。
今宵ばかりは、このお酒を味わう事だけに集中しよう。


かんぱい。良い夜を。
お久しぶりです。
サークル活動に現を抜かしていました。幽香ちゃんかわいいです。
みをしん
http://tphexamination.blog48.fc2.com/
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コメント



0.1090簡易評価
8.10019削除
パッチェさん視点の「完全で瀟洒な」素敵なカクテルストーリーでした。
9.90奇声を発する程度の能力削除
こういうお話は面白くて良いですね
14.100さくらの削除
見事なお話でした!
語感がすごくいい。
19.100名前が無い程度の能力削除
お洒落なお話ですねぇ
大人の嗜みといった感じが素敵でした
22.80名前が無い程度の能力削除
ちゃっかりした咲夜イイ…