「たのもー!」
ある日、チルノちゃんは地霊殿に迷い込んだ。
チルノちゃんは妖精だが、有名だ。勿論それはいい意味ではなく、「寒いバカ」という残念な名誉だ。いつかの巫女の言葉を借りるなら、冷気を好む生き物は居ないから、どこに行っても氷の妖精のチルノちゃんは嫌われ者だそうだ。
そして同じく嫌われ者であり、地底どうぶつ王国の最高責任者、もとい地霊殿の主である古明地さとりはチルノちゃんの噂を耳にして、少ながらず嫌われ者同士のこの妖精に興味を持っていた。せっかく地底まで降りてきた縁、さとりはチルノちゃんを客人として地霊殿に迎えた。
「うへー、ここやっぱ暑い!」
「私はさとり。この地霊殿の主です」
「じゃあ今日からあんたさとりんね!」
チルノちゃんは暑いと言っているが、チルノちゃんの近くまで来っているさとりは肌寒く感じていた。これが氷の妖精が嫌われる所以だと、納得していた。ここが地底でなければもっと寒いであろう。さとりは手のひらを少し擦り合わせて、チルノちゃんの心を読んでみた。
『いいところだな!』
『もっと暑い場所はないかなー?』
氷の妖精なのに暑い場所に行きたがるのは、妖精の冒険心なのだろうか。地霊殿で飛びまわるチルノちゃんを横目に、さとりは自室に戻り、地底だと着る機会が中々来ない厚着を取り出した。暑い場所行きたいならまずその冷気少し抑えたら?と考えていたかもしれない。
◇
紅白巫女の言うとおり、よほど奇抜な奴でない限り、冷気を好む動植物は居ない。地霊殿のペット達もその例外ではなく、さとりに訴えた。
『あの子寒すぎます。さとりさま、なんとかしてください』
地底は、忌み嫌われた地。冷気ほどではないが、日が当たらない暗い地下を好きで住む動物は少ない。にも関わらず、地霊殿が動物で賑やかになってるのはつまり、みんな事情があるのだ。帰れない子が居れば、帰る場所がない子もいる。しかし共同生活に諍いは付き物で、それを仲裁するのは管理人さとりの役目である。
チルノちゃんが冷気を上手くコントロール出来れば一番だが、それが出来れば元々苦労などしない。地底に居る者は大体もう行く場所がないから、追い出すことはしないが、固有の能力はどうしようもない。こればかりは妥協線を見出すことが出来ないと、後はもう冷気が届かないくらい離れた場所に居てもらうしかない。そしてさとりがそれをチルノちゃんに伝えると、
「ここの一番暑いとこ教えて!」
その言葉を聞いて、さとりはちょっと眉を寄せた。
◇
それからさとりは何度もチルノちゃんと話したが、解決には一向近付けそうになかった。しかしそれより、さとりはチルノちゃんの態度が気に入らないのだ。
そして今、さとりは自室で妹のこいしの写真を眺めながら、眉を顰めていて筆を握っていた。手帳にはチルノちゃんの名前が書き連ねているが、あんまりいい言葉は書かれなかった。
さとりはあの妖精を見て、無性に苛立っていた。妖精は能天気だと分かっていたが、チルノちゃんは普通の妖精とは訳が違う。大勢の者に嫌われながらどうして能天気のままでいられるのか、さとりは如何にしても納得できなかった。
写真に映る少女の名前は古明地こいし。さとりの妹で、一見明るい少女だが、昔は姉と同じく嫌われ者だった。そして嫌われるのが耐えられなくて、自ら心を閉じて感情を亡くしたと云われる。心を読めるさとりでも、心を閉じたこいしの声は聞こえなかった。
妹を想うながら、さとりは筆を取って、ドロっとした黒い墨を手帳に歪んだ字を叩き込んだ。
『こいしは嫌われるのが嫌で心を閉じたのに、どうしてお前はのほほんとしていられるのだ』、と。
◇
それからさとりはチルノちゃんと会わなくなった。チルノちゃんの方からさとりを避けっているかもしれない。しかし所詮地下は二人がまったく会わないほど広くはない。そして灼熱地獄跡や、間欠泉地下センターの近くで、汗をダラダラと流しながら、ペットの遊びに混ざろうとするチルノちゃんの姿を見たさとりは、やっぱり顔をしかめた。チルノちゃんの心を読んだところ、
『ここ暑いなー』とか、
『一緒に遊ぼうよー』とか、
『溶けるー』とか、
『あっ!』とか。
さとりを見つけたチルノちゃんは「さとりん!」と挨拶してきたが、さとりは顔をしかめたまま、聞こえないフリをした。無視されたチルノちゃんはやっぱりアホみたいに笑っていた。
「こいしは人の心の声を聞いて苦しんでいたのに、お前はなんで自分が嫌われている事をまったく考えていないんだ」と、さとりは誰も聞こえない声で吐き捨てた。
◇
それからある朝、地霊殿のペット達は群れてさとりに訴えた。
『あの子寒すぎます。さとりんさま、なんとかしてください』
さとりは日々やつれていく。事情は分からなくても原因はチルノちゃんであると、ペットの目から見ても明らかであった。つまりペットが訴えたい問題はチルノちゃんの冷気ではなく、主人のさとりの健康なのだ。
しかしさとりにとって、これは好機だった。主人としてはもてなすべき客人のチルノちゃんを叩き出すことは中々できないが、ペットの要望であればあの妖精を追い出すことができる。
『どうせあの妖精は何も考えていない。ふらっと迷い込んできて、ふらっと帰って行く。妖精は気楽だ。追い出すことに罪悪感を感じる必要などどこにもない』、と。
どこかのペットの心の声がした。さすがそれは失礼だと普段ならペットを躾けるところだが、その声が的当たり過ぎて、さとりはクスっと笑った。
『これであのムカつくアホ面とはさらばだ』
さとりはぼんやりとしていた。どのペットか分からないその声を聞いて、チルノちゃんはどんな顔をして帰途に着くのか想像しているかもしれない。バカらしく、へらへらと笑いながら帰るかもしれない。
さとりはチルノちゃんを呼び出して、「ペットが寒がっているの。そろそろ地上に帰ってくれませんか?」とペットの要望を伝えた。
チルノちゃんはそれを聞いて、微笑んでいた。その笑みを見たさとりは顔を少し歪めたが、すぐに愛想笑いを戻した。チルノちゃんは「そう…」と小さく呟いて、踵を返し、地霊殿を出た。
『わかっていた』
第三の目に伝わる、チルノちゃんの声。さとりはギョッとして止まった。
『やっぱりここもダメだった』
チルノちゃんは出口へと歩みを速めた。しかし声は続く。通り過ぎる風がダイヤモンドのように光を反射していた。
『地底の暑さならあたいの寒さを誤魔化せるだと思ってた』
この時ようやく、さとりはチルノちゃんを誤解していることに気付いた。この子は何も考えていないなどではない。妹と同じく、意図的に。何も考えないようにしているのだ。人に、友人に、好いている者に嫌われるなんて、考えたくも、知りたくもないから。
『もしこの子が、こいしと少し似ているこの子が地霊殿に留まってくれたら、私はこいしの心に届く術を見つけられるでしょうか』、と。それはどのペットの声なのか、さとりはやっぱり分からなかった。
さとりは走っていくチルノちゃんへ手を伸ばそうとしたが、その拳はゆっくりと握り、まるで幸運にも手のひらに降りてきた希望を掴み損ねて零れたように、さとりは呆然とチルノちゃんの背中を見つめ、上げた腕を震えながら下げた。
さとりが見ていた、遠のくその背中。それは小さく、冷たく、氷の妖精と呼ぶに相応しすぎる姿であった。
ある日、チルノちゃんは地霊殿に迷い込んだ。
チルノちゃんは妖精だが、有名だ。勿論それはいい意味ではなく、「寒いバカ」という残念な名誉だ。いつかの巫女の言葉を借りるなら、冷気を好む生き物は居ないから、どこに行っても氷の妖精のチルノちゃんは嫌われ者だそうだ。
そして同じく嫌われ者であり、地底どうぶつ王国の最高責任者、もとい地霊殿の主である古明地さとりはチルノちゃんの噂を耳にして、少ながらず嫌われ者同士のこの妖精に興味を持っていた。せっかく地底まで降りてきた縁、さとりはチルノちゃんを客人として地霊殿に迎えた。
「うへー、ここやっぱ暑い!」
「私はさとり。この地霊殿の主です」
「じゃあ今日からあんたさとりんね!」
チルノちゃんは暑いと言っているが、チルノちゃんの近くまで来っているさとりは肌寒く感じていた。これが氷の妖精が嫌われる所以だと、納得していた。ここが地底でなければもっと寒いであろう。さとりは手のひらを少し擦り合わせて、チルノちゃんの心を読んでみた。
『いいところだな!』
『もっと暑い場所はないかなー?』
氷の妖精なのに暑い場所に行きたがるのは、妖精の冒険心なのだろうか。地霊殿で飛びまわるチルノちゃんを横目に、さとりは自室に戻り、地底だと着る機会が中々来ない厚着を取り出した。暑い場所行きたいならまずその冷気少し抑えたら?と考えていたかもしれない。
◇
紅白巫女の言うとおり、よほど奇抜な奴でない限り、冷気を好む動植物は居ない。地霊殿のペット達もその例外ではなく、さとりに訴えた。
『あの子寒すぎます。さとりさま、なんとかしてください』
地底は、忌み嫌われた地。冷気ほどではないが、日が当たらない暗い地下を好きで住む動物は少ない。にも関わらず、地霊殿が動物で賑やかになってるのはつまり、みんな事情があるのだ。帰れない子が居れば、帰る場所がない子もいる。しかし共同生活に諍いは付き物で、それを仲裁するのは管理人さとりの役目である。
チルノちゃんが冷気を上手くコントロール出来れば一番だが、それが出来れば元々苦労などしない。地底に居る者は大体もう行く場所がないから、追い出すことはしないが、固有の能力はどうしようもない。こればかりは妥協線を見出すことが出来ないと、後はもう冷気が届かないくらい離れた場所に居てもらうしかない。そしてさとりがそれをチルノちゃんに伝えると、
「ここの一番暑いとこ教えて!」
その言葉を聞いて、さとりはちょっと眉を寄せた。
◇
それからさとりは何度もチルノちゃんと話したが、解決には一向近付けそうになかった。しかしそれより、さとりはチルノちゃんの態度が気に入らないのだ。
そして今、さとりは自室で妹のこいしの写真を眺めながら、眉を顰めていて筆を握っていた。手帳にはチルノちゃんの名前が書き連ねているが、あんまりいい言葉は書かれなかった。
さとりはあの妖精を見て、無性に苛立っていた。妖精は能天気だと分かっていたが、チルノちゃんは普通の妖精とは訳が違う。大勢の者に嫌われながらどうして能天気のままでいられるのか、さとりは如何にしても納得できなかった。
写真に映る少女の名前は古明地こいし。さとりの妹で、一見明るい少女だが、昔は姉と同じく嫌われ者だった。そして嫌われるのが耐えられなくて、自ら心を閉じて感情を亡くしたと云われる。心を読めるさとりでも、心を閉じたこいしの声は聞こえなかった。
妹を想うながら、さとりは筆を取って、ドロっとした黒い墨を手帳に歪んだ字を叩き込んだ。
『こいしは嫌われるのが嫌で心を閉じたのに、どうしてお前はのほほんとしていられるのだ』、と。
◇
それからさとりはチルノちゃんと会わなくなった。チルノちゃんの方からさとりを避けっているかもしれない。しかし所詮地下は二人がまったく会わないほど広くはない。そして灼熱地獄跡や、間欠泉地下センターの近くで、汗をダラダラと流しながら、ペットの遊びに混ざろうとするチルノちゃんの姿を見たさとりは、やっぱり顔をしかめた。チルノちゃんの心を読んだところ、
『ここ暑いなー』とか、
『一緒に遊ぼうよー』とか、
『溶けるー』とか、
『あっ!』とか。
さとりを見つけたチルノちゃんは「さとりん!」と挨拶してきたが、さとりは顔をしかめたまま、聞こえないフリをした。無視されたチルノちゃんはやっぱりアホみたいに笑っていた。
「こいしは人の心の声を聞いて苦しんでいたのに、お前はなんで自分が嫌われている事をまったく考えていないんだ」と、さとりは誰も聞こえない声で吐き捨てた。
◇
それからある朝、地霊殿のペット達は群れてさとりに訴えた。
『あの子寒すぎます。さとりんさま、なんとかしてください』
さとりは日々やつれていく。事情は分からなくても原因はチルノちゃんであると、ペットの目から見ても明らかであった。つまりペットが訴えたい問題はチルノちゃんの冷気ではなく、主人のさとりの健康なのだ。
しかしさとりにとって、これは好機だった。主人としてはもてなすべき客人のチルノちゃんを叩き出すことは中々できないが、ペットの要望であればあの妖精を追い出すことができる。
『どうせあの妖精は何も考えていない。ふらっと迷い込んできて、ふらっと帰って行く。妖精は気楽だ。追い出すことに罪悪感を感じる必要などどこにもない』、と。
どこかのペットの心の声がした。さすがそれは失礼だと普段ならペットを躾けるところだが、その声が的当たり過ぎて、さとりはクスっと笑った。
『これであのムカつくアホ面とはさらばだ』
さとりはぼんやりとしていた。どのペットか分からないその声を聞いて、チルノちゃんはどんな顔をして帰途に着くのか想像しているかもしれない。バカらしく、へらへらと笑いながら帰るかもしれない。
さとりはチルノちゃんを呼び出して、「ペットが寒がっているの。そろそろ地上に帰ってくれませんか?」とペットの要望を伝えた。
チルノちゃんはそれを聞いて、微笑んでいた。その笑みを見たさとりは顔を少し歪めたが、すぐに愛想笑いを戻した。チルノちゃんは「そう…」と小さく呟いて、踵を返し、地霊殿を出た。
『わかっていた』
第三の目に伝わる、チルノちゃんの声。さとりはギョッとして止まった。
『やっぱりここもダメだった』
チルノちゃんは出口へと歩みを速めた。しかし声は続く。通り過ぎる風がダイヤモンドのように光を反射していた。
『地底の暑さならあたいの寒さを誤魔化せるだと思ってた』
この時ようやく、さとりはチルノちゃんを誤解していることに気付いた。この子は何も考えていないなどではない。妹と同じく、意図的に。何も考えないようにしているのだ。人に、友人に、好いている者に嫌われるなんて、考えたくも、知りたくもないから。
『もしこの子が、こいしと少し似ているこの子が地霊殿に留まってくれたら、私はこいしの心に届く術を見つけられるでしょうか』、と。それはどのペットの声なのか、さとりはやっぱり分からなかった。
さとりは走っていくチルノちゃんへ手を伸ばそうとしたが、その拳はゆっくりと握り、まるで幸運にも手のひらに降りてきた希望を掴み損ねて零れたように、さとりは呆然とチルノちゃんの背中を見つめ、上げた腕を震えながら下げた。
さとりが見ていた、遠のくその背中。それは小さく、冷たく、氷の妖精と呼ぶに相応しすぎる姿であった。
しかし描写が無理して難しく表現しようとしてる感じがして、情景も心理もあまり伝わってこなかったです。
特に最後の部分がよくわからないものだから、余計に物語全体が萎んでしまった気がします。
大筋の流れは良かったです。
しかし、全体的にテンポが早いせいかあらすじを追っている感じが否めませんでした。
この長さでは大変かと思いますが話に緩急があるとより良かったと思います。
それと大ちゃんのナレーションなので「チルノちゃん」とされたのでしょうが
物語が結構重いのでちゃん付けがどうも浮いているように感じました。
もう少し先がほしいと感じましたが