まったく監視される生活というのは存外気分が悪い
とある日の満月の夜、霧の湖にて、永遠に紅い幼き月、運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレットは空を見上げ思った。
自分が起こした異変――吸血鬼異変――が収束され、妖怪の賢者と契約が結ばれた。だがやはりまだ危険視されているのだろう、姿は見えないが嫌な視線を常に感じていた。スキマとやらを使っているだろうか。異変を起こした首謀者の監視、それは妥当な判断だとは頭では分かっていても鬱陶しいことには変わりない。そんな気分が晴れればいいと満月の夜に散歩に出かけたのだ。
やはり月夜はいいものだ、気分も少しは晴れてくる。このまま静かな月夜を堪能しようとした、そのときだ。
「待て!そこのコウモリ羽!」
鋭い声が静寂を破り、ぴくりとレミリアが反応する。
「……こんな素敵な夜に無粋なことね、誰だ?」
レミリアが声をした方を振り返ると、そこには一匹の妖精がいた。
「この最強のチルノ様を知らないとはモグリね」
「最強だと? 妖精ごときが最強を名乗るなんて滑稽ね。私を誰だか分かって言っているのか?」
「もちろん! あの真っ赤な館に妖精をたくさん連れ込んだヤツでしょ!」
「連れ込んだ? ……ああ、あれのことか」
吸血鬼異変が終わった後のことだ。レミリアはメイド長の負担を減らすために、湖にいる妖精をメイドとしてこき使うことを思いつき、無給で雇ったのだ。役に立っているか微妙なところだが。
「やっぱりあんたの仕業ね!」
「だったらどうした」
「今すぐ人質の妖精を解放しなさい!」
バカかこいつは。
レミリアがこのチルノとかいう妖精に抱いた感想がそれだった。
そもそも紅魔館は妖精メイドを人質扱いなどしていないし、拘束もしていない。彼女らは自分の意思で――あの妖精らに明確な意思があるのかはわからないが――働いているのだ。
「二度は言わないわ、去りなさい。おまえごときに構っている暇はない」
「あたいの話を聞けー!」
ため息をつき、レミリアは気怠そうに手を妖精に向ける。
「消えろ」
数発の紅弾がチルノに放たれる。それは妖精を撃ち抜き跡形もなく消滅――
「不意打ちとは卑怯ね!」
――することはなかった。レミリアが放った紅弾は妖精の前で氷漬けになって停止していた。
本気ではなかったとはいえ、普通の妖精に止められる弾ではない。どうやらただの口先だけのバカではないらしい。
「へぇ、おまえただの妖精じゃないわね。少し面白いわ」
「当たり前よ、あたいは最強なんだから!」
その言葉と共に氷が弾け、氷の弾幕がレミリアに殺到する。
「最強ねぇ……少し、本気を出してあげる」
レミリアは右手に紅色の槍を出現させ、投擲。紅蓮の閃光は氷の弾幕をぶち破り、妖精に迫る。
「――ッ!」
妖怪すら消し飛ばすほどの魔力がこめられたそれを、妖精はすんでのところでバランスを崩しながらも体をそらし避ける。しかしその隙をレミリアは逃さない。十メートルは離れていた間合いを文字通り瞬く間に詰める。
「ボディがガラ空きよ」
吸血鬼の力がこめられた拳が、妖精の鳩尾に突き刺さった。
「がああああああああああああああ⁉」
チルノは体をくの字に曲げながら吹き飛び、地面を二転三転し倒れ伏す。しばらくは動けないと確信し、レミリアは妖精から背を向ける。
「まぁこんなものか。確かに妖精にしては強かったがな」
「ぎっ……まだ、負けてないわ」
弱弱しい声にレミリアは振り返る。妖精はふらつきながらも立ち上がっていた。
「無理をするな、立っているだけでもきついだろう。あなたのその強さと勇気に免じて見逃してあげるから、寝てなさい」
「うるさい! あたいは……最強なんだ!」
レミリアの提案を無視し、妖精が右手を空に掲げた。周囲の空気の温度が急激に下がり、ギチギチギチギチ! という音がレミリアの頭上から鳴り響く。瞬く間に氷が形成されてゆき――ついにはレミリアの何十倍もの大きさの氷塊となった。
「(こいつは本当に妖精か? 明らかに一妖精が持つ力をはるかに超えている!)」
頭上から氷塊がレミリアに迫る。
この攻撃をかわすのは吸血鬼の速さなら容易い。しかしそれではダメだ。この妖精に負けを認めさせるには足りない。
「(圧倒的な力を見せつけて、戦意を折る)」
レミリアはその場に立ち止まり、腕を一振りすると、氷塊が爆散した。それだけにとどまらずチルノは余波で吹き飛ばされる。
「これが最強の吸血鬼の力だ、妖精」
どんな自信過剰な妖怪でも、これだけの力の差を見せつければ心が折れ、頭を垂れて許しを請う。――少なくとも今までレミリアに刃向ってきた妖怪はそうだった。
「くっ……ま、だ……」
妖精の姿は誰が見ても満身創痍だ、しかしその目には恐怖はなく、レミリアと対峙したときの戦意はまったく消えていない。たとえ妖精だとしても、力の差は痛感しただろうに、それでも彼女の心は折れていなかった。
その強さに、強さを持つ妖精に、レミリアは惹かれていた。
倒れているチルノの傍まで近づき、レミリアは質問する。
「――気に入ったわ、確かチルノと言ったわね?」
「……そうよ」
「私は誇り高き吸血鬼、ツェペシュの末裔。レミリア・スカーレット」
レミリアは手を差し出し、言葉を続ける。
「この私のものとなれ、チルノ」
「断る!」
レミリアの言葉を、チルノは迷いなくはねのけた。
一瞬の沈黙の後に、レミリアは口を開いた
「……どうしてかしら?」
「なんであたいがあんたなんかのものにならなきゃいけないのよ」
「私があなたのことを気に入ったからよ」
「理由になってない!」
「私がしたいと言えばそれは決定事項と同意義よ」
傲慢な理論を展開するレミリアに、流石のチルノも呆れた表情を浮かべた。
「詳しく言うと、あなたには妖精メイド達のリーダーとなってもらいたいの。数だけは多いからうちのメイド長も苦労しているの。もちろん待遇は悪くはしないわ」
「いやったらいや。なんであんた……ツェペリの末裔? の言うとおりにしなくちゃいけないのよ」
「あいにく私の先祖はそんな死亡フラグの塊の名前ではないわ、それになんでそこだけ微妙に覚えているのよ。レミリアよ。先に言っておくけどね、私は妖精を人質にしてはいないわ、身の回りの掃除とかさせているだけで、あとはほとんど自由にしてるわ」
「そうなの……?」
「スカーレットの名に懸けて、本当のことよ」
「んー……分かった、それなら、いいや」
「私のモノになるってことね?」
「そっちじゃない! 妖精のことだってば。皆を無理やり縛り付けたりしてないのなら、もういいってこと!」
早くも体が回復したのか、チルノは立ち上がった。
「保障するわ、館にいる妖精を無理やり縛り付けたりはしていない。ところで私はあなたに興味があるのだけれど、ここに来ればまた会えるのかしら?」
「うん、あたいはだいたいこの辺りにいるよ。あんたは悪い奴じゃなさそうだし、面白そうだし遊んであげるわ。次は絶対が完膚なきまでに叩きのめしてやるんだから!」
「期待しているわ、次に会うときは私のものにしてみせよう」
「それはないってば!」
二人の邂逅から数日後、霧の湖で吸血鬼と氷精の姿があった。
性懲りもなくチルノがレミリアに挑んで倒されたり――
「うう……また負けた」
「動きが直線的すぎるのよ、もっと精進しなさい」
レミリアの勧誘をチルノが断ったり――
「ねー、いい加減私のものになりなさいよ」
「嫌だって言ってるでしょ」
「今なら一日一アイスが付くわよ」
「…………………いや、そんなものには屈しないわ!」
ただ単におしゃべりしたり遊んだり――
「ぎゃおー!たーべちゃーうぞー!」
「……レミリアこれ楽しい?」
そんな二人の穏やかな日々はしばらく続いた。
しかし、あるとき転機を迎えることとなる。
「スペルカード?」
「そうよ!なんでも神社の巫女が考えたカッキテキ遊びなのよ」
ある日のこと、紅魔館に遊びにきたチルノは自慢げに、持ってきた紙をレミリアに見せびらかしてきた。それはスペルカードルール――命名決闘法――と呼ばれるものの仕組みが書かれているものであった。
「ふむ、何々……新たな決闘法、か」
「面白そうでしょ!」
スペルカードルールの詳細をさっと目を通し、レミリアは考える。人間と妖怪が対等に戦える決闘法。なるほど確かに今の幻想郷にはうってつけだ。これならば妖怪の力を失わせず、なおかつ安全に幻想郷を保つことができる。
しかしおかしい。情報収集は欠かしていないが、このスペルカードルールとやらの存在は初耳だった。つまりまだ大々的に公表されているものではないということだ。つまりこのルールを知っているヤツはまだそう多くはないだろう。一体誰がチルノに教えたのか。
いや、それは重要なことではない。問題はどんな目的でチルノにこの紙を渡したか、だ。少なくとも一介の妖精に世間話のついでで話したわけではあるまいし、第一チルノは絶対にメモをとるタイプではない。わざわざ紙で渡すなんてまるで正確に誰かに伝えるために――
「ねぇチルノ、この紙誰にもらったの?」
「なんか胡散臭い感じの」
「よし、分かった」
間違いなくあのスキマの仕業だ。チルノに教えれば、まず間違いなくレミリアに伝わると分かっていたのだろう。その場合チルノは利用された、ということになる。
「(よくもまあ回りくどいやり方をするものだ。実に不愉快ね)」
外に目を向けても特に異常は感じないが、今も見られているのだろう。
「どうしたのレミリア、顔怖いよ?」
「……いや、なんでもない」
このスペルカードルールとやらは確かに画期的だ、とレミリアは思った。人間・妖怪・妖精、そしてきっと神であろうと、対等に、そして自由に戦える。これを作った博麗の巫女とかいうやつに興味が湧いたが、まあ今は置いておくとしよう。
スキマ妖怪の目的は、スペルカードルールの実験。そしてあわよくば私にスペルカードを用いた異変を起こさせようとしている、ということだろうか。
「ねぇ、私達でやってみようよ!」
「……私はパス。ごっこ遊びなんで御免だね」
「いつもレミリアがやっていることじゃん」
「モケーレごっこは別よ、あれはもっとこう、なんというか他のごっこ遊びとは次元が違うのよ!」
「何それ意味わかんない」
謎の言い訳をするレミリアにチルノはむくれる。
レミリアはスペルカード自体に興味がないわけではないが、いいように利用されるというのはごめんだった。
「そんなにやりたいなら、適当な妖精と一緒にやればいいじゃない。相手が私じゃなくてもいいでしょ」
「……」
何気なく言ったレミリアの言葉に騒がしかったチルノは急に静かになった。自分はそんなおかしな事を言っただろうか、とレミリアが訝しがっていると、チルノが下を向いてぽつりと話し始める。
「……いないよ」
「え?」
「そんな相手はいない、って言ってるの」
チルノは笑いながら――泣きそうなのを必死でこらえるような――続けた。
「他の妖精は、アタイに近づかないのよ。最強すぎるってのも考え物ね!」
レミリアはハッとして、そしてその理由に気付き、自分の発言は失言だったことを悟った。
もっと前から疑問に思うべきだった。考えてみればいくつか心当たりがあった。チルノはメイド妖精のためにレミリアと対峙したのに、その後館のメイド妖精からチルノの話題を一度たりとも聞いたことがないこと。そもそも吸血鬼相手にたった一人で挑んできたこと、レミリアが霧の湖に行ったときにいつもチルノ以外の妖精の姿が見かけなかったこと、どれも今考えればおかしな話だ。
妖精という枠から外れた力を持つチルノが他の妖精からどんな風に視られているか、異端というのがどんな風な扱いを受けるかよく知っているレミリアは容易に推測できた。
吸血鬼であるレミリアは、バンパイアハンターや妖怪など敵は多かった。しかし自分には常に妹や部下がそばにいた。しかしチルノは孤独だった。いったい彼女はいつから一人だったのだろう。確かに力は強くても、バカで優しい彼女の内面を誰も分からなかったのだろうか。
レミリアは自分の思慮の無さを後悔し――そして憤りを感じた。監視されていることよりも、自分を利用しようとしている奴がいることよりも、ずっとだ。
自分はこのままでいいのか?自分の大切な友人が、そんな扱いのままで。最強で、底抜けに優しい、大好きな彼女が、こんな運命なのをこのレミリア・スカーレットは許容できるのか、していいのか。
――断じて否だ。そんなことがあっていいはずがない。
「決めたわ」
「へ?」
突然のレミリアの言葉にチルノは顔を上げた。
「チルノ、近いうちに異変を起こしてやるわ。このスペルカードルールに則ってね」
レミリアは宣言した。今この場を監視しているであろう奴に聞かせるために。目の前にいる氷精のために。自分のために。
ああ、思い通りになってやろうではないか、利用されてやろうではないか。――代わりにこちらも利用してやる。
「異変かー!なんかわくわくするわね!」
先ほどとは打って変わり、キラキラした目でチルノはレミリアに捲し立てる。
「どんな異変?季節がずっと冬になるとか!」
「そういうのはチルノに任せるよ。それでここからが本題だ。この異変、あなたも参加しなさい、私の味方としてね」
「もっちろん!友達でしょ、仲間外れにしないでよ!」
チルノは胸を張って答えた。
「ありがとう。じゃあ霧の湖で巫女を待ち構えなさい。時間を稼ぐだけでいいわ」
「時間を稼ぐのは構わないけど――別に倒してしまっても、構わないよね?」
「ええ、もちろん」
正直を言うとチルノに倒される程度では困るのだが。
是非とも巫女には門番やメイド長を倒し、レミリアの元までたどり着いてもらわなくてはいけない。
「チルノ、この異変で私達が最強であることを幻想郷中に知らしめるのよ!」
「おー!」
運命の歯車は動き出した。レミリアと、とある妖怪の賢者の思惑通りに。
レミリアの宣言から一週間後、幻想郷中が紅い霧に覆われた。この異変に対し、博麗の巫女と白黒魔法使いは人妖を次々と弾幕ごっこで蹴散らしていき、そして異変の首謀者であるレミリアが倒され解決。後に『紅霧異変』と呼ばれる、スペルカードルール制定後初の異変により、レミリアと紅魔館の存在(とついでに博麗の巫女)が一躍有名になり、スペルカードが幻想郷に広まっていった。
その始まりが、吸血鬼と一人の妖精であることを知る者は少ない。
「それほど時間は経ってないのに、懐かしく感じるわね」
紅茶を飲みながらレミリアは回顧する。紅霧異変以降、何回もの異変が起き、弾幕ごっこが広く普及した現在。
異変を起こしたレミリアの狙い、それはチルノを周囲に認めさせる、つまり妖精たちの間で不気味な対象になっているのであろうチルノへの認識を改めることであった。
妖精たちの間でも紅霧異変については話題になり、その詳細について知りたがった。妖精の中で異変について一番知っているのは誰か?となれば、博麗の巫女とスペルカードルールで戦ったチルノということになる。あの懐っこいチルノへの悪印象はチルノ個人について知らない故に抱くものだろう。つまりレミリアはチルノへ他の妖精と交流するきっかけを作ったのだ。
そしてレミリアの目論見は成功したといっていい。妖精たちの間で、チルノの認識を変えるものが増えつつあった。当然であろう、仲の良かったわけでもない妖精のために、吸血鬼にケンカをふっかけたやつが、バカみたいにバカ正直なやつが、悪いやつなんてことはあるはずがないのだから。
人間や妖怪たちの間で推測されているレミリアが異変を起こした理由。日光を遮るためだとか、目立つためだとか、暇だったから、だとか、大層な理由ではなかった。
「自分の友達が嫌われているのが嫌だったから」
というたったそれだけなのだ。
――もし、紅魔館の従者や居候に意見を尋ねればこう答えるだろう。そんなことで異変を起こすのがレミリア・スカーレットなのだ。だからこそそんな彼女に皆惹きつけられるのだ。
異変以降、レミリアはチルノと会うのを避けた。せっかくチルノへの妖精たちのわだかまりが解消していっているのに、吸血鬼と交流を持っていると知られればまた元の木阿弥になるのではないか、とレミリアが思ったからだ。
チルノが認められるのは嬉しいが、友達とあまり会えなくなったのは少しだけ、寂しい。もしかするとチルノは自分のことを忘れているのかもしれない。でも、あちらで友達ができて、楽しく過ごしているのならこのまま忘れてしまったほうがいいのかもしれない。少し悲しいことだけど。
そんなしんみりとした気持ちで遠くにある霧の湖を見ながらぼーっとしていたそのときだ。
「なーに暗い顔してんのよ?」
「えっ?」
ぬっと窓からチルノが顔を出し、レミリアの知っているいつもの調子で言った。
「ずっと会いに来ないからこっちから来てやったわ、感謝しなさい!」
「……ええ、感謝するわ。とりあえずこっちに来て座りなさい」
呆気にとられていたレミリアは破顔し、チルノを部屋に招き入れた。
「……あなたのアホ面を久しぶりに見られて嬉しいわ、元気でやってる?」
「アホ面とは何よアホ面って。アタイは最強なんだから当たり前でしょ」
「最強理論もいつも通りで安心した。……私が来ない間、一人で遊んでいたの?」
「違うよ、レミリアが異変を起こした後さ、何かよく分からないけど皆集まってきてさ、アタイの武勇伝を聞きたいって。それで異変のとき一緒だった大ちゃんとも友達になって、遊んでた」
その言葉にレミリアはほっと息をつく。どうやらチルノはうまくやっているらしい。
「ねぇ、その、レミリア。――ありがとう」
「……どうしたのよ藪から棒に」
初めて聞くチルノからのお礼の言葉にまたもレミリアは驚いた。
「アタイはバカだから、レミリアがどんなことをしたのかわからないけど、皆がアタイのことを怖がらなくなったのはさ、きっとレミリアが何かやってくれたんでしょ?だから、ありがとう」
「う、うん」
面と向かって礼を言われるのは、吸血鬼といえども、照れる。顔がスカーレットになりそうなのを抑えながら、ごまかすようにレミリアは言った。
「そんな、別に大したことなんてしてないわ。それより、今日は何の用なの?長くなるなら紅茶を用意させるわ」
「あー!そうよ、今日会いに来たのはお喋りするためじゃないわ!レミリアに言いたいことがあるのよ!」
「言いたいこと?」
なんだろう。わざわざ来たということはよほど重要なことなのか。チルノのことだから、カエルの瞬間冷凍&解凍させた回数が新記録を達成した、みたいなくだらないことかもしれない。あるいは恋人ができたとか……って何を考えているんだ、落ち着け、落ち着いて素数を数えるんだ。
「何ぶつぶつ言っているのよ」
「911、919、929……よし落ち着いた、いつでも来なさい!」
緊張した面持ちのレミリアに対し、チルノは高らかに宣言する。
「この私のものになりなさい、レミリア!」
予想のはるか斜め上をぶち抜いた言葉に、レミリアは椅子から転げ落ちた。
「……要は、あなたに勝てない三月精とやらが、それぞれ妖怪の助っ人を連れてくるから、それに対抗してあなたは私を誘いにきたということね?」
レミリアは疲れた表情でチルノの拙い説明を要約した。。
「うんうん!」
「ええ、合ってるようね。……それでなんであの言い方になるんだ!寿命が500年縮んだわよ!」
「同じことをレミリアがアタイに何回も言ってたじゃん。あれって紅魔館に雇うってことだったんでしょ? つまり今度はアタイがレミリアを雇うの」
何故そういう発想に至ったのか、とレミリアは呆れた。
こちらはまだドキドキが収まらないのに。
「まあアタイは独りでもヘーキなんだけどね!」
「なら一人で行ってきなさいよ、面倒くさいし、私は雇われなんて嫌よ」
「……すごく強いのを連れてくるって言われたの」
「あら、幻想郷最強さんは弱気なのね」
「さ、最強だからこそ万全の準備をするのよ!」
「ふーん」
先ほどの嬉しそうな様子とはうってかわって、取りつく島もないレミリアにチルノは困ったように言った。
「それにさ、こんなとき頼りになるのはレミリアしか思いつかなくて……」
「……へ」
「ダメかな……?」
ぴくり、と上目使いで懇願するチルノの言葉にレミリアが反応する。
この吸血鬼、妖精以上に単純である。
「仕方がないわね。幻想郷最強たるこの私が、あなたの助けになってやろうじゃない」
「そうこなくっちゃ!レミリアがアタイのものになれば超最強ね!」
「ええ、それと私はあなたのものになったわけでも雇われたわけでもないからね。友達として助けてあげるのよ、わかったわね?」
「え?うん!」
本当に分かっているのか。
それはともかく、相手の強さも分からないまま流れで引き受けてしまったが、まあたかが妖精が連れてくるのだから大した妖怪ではないだろう。それに天気もちょうど曇り、雨が降る気配はないから外に出るのに何の支障もない。
そういえば我が愛しの愛しの妹も友人に呼ばれたとかで外出中だ。ならば自分も友人と遊ぶのに何の問題があるだろう。何より数年来の友人が来たのだから。
「行くわよ、何度だってあんな妖精なんかぎゃふんと言わせてやるわ」
「その意気よ。それじゃあエスコートお願いね」
チルノは立ち上がって窓に駆け寄り、レミリアもそれに続こうとすると、チルノは振り返り口を開いた。
「ねえ、レミリア」
「何?」
「また、遊びにきなよ」
確かに、紅霧異変から数年経っているのだ、ほとぼりも冷めているだろう。あのときのように遊びにいってもいいのかもしれない。様々な妖怪と交流している巫女がいるのだ、吸血鬼と一緒に遊ぶ妖精がいても、もう誰も気にしない。
「そうね……悪くないわ。暇があったら行ってあげる」
「暇じゃなくても来る!」
「はいはい、考えておくわ。そのためにも、妖精らにぎゃふんと言わせるんでしょう?」
「そうだね!まあアタイ達にかかれば楽勝よ!」
「ふふふ、どれくらいあなたが強くなったのか見せてもらうわ」
吸血鬼と氷精の二人は紅魔館から並んで飛び立った。
余談だが。
三月精が連れてきた妖怪がどれも幻想郷縁起に載るほどの大妖怪だったり、そのうちの一人がレミリアの愛しの愛しの身内でお互い驚いたり、あまりの戦いの規模に異変に違いないと楽園の素敵な巫女が出張ってきたりしたのは、また別のお話。
とある日の満月の夜、霧の湖にて、永遠に紅い幼き月、運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレットは空を見上げ思った。
自分が起こした異変――吸血鬼異変――が収束され、妖怪の賢者と契約が結ばれた。だがやはりまだ危険視されているのだろう、姿は見えないが嫌な視線を常に感じていた。スキマとやらを使っているだろうか。異変を起こした首謀者の監視、それは妥当な判断だとは頭では分かっていても鬱陶しいことには変わりない。そんな気分が晴れればいいと満月の夜に散歩に出かけたのだ。
やはり月夜はいいものだ、気分も少しは晴れてくる。このまま静かな月夜を堪能しようとした、そのときだ。
「待て!そこのコウモリ羽!」
鋭い声が静寂を破り、ぴくりとレミリアが反応する。
「……こんな素敵な夜に無粋なことね、誰だ?」
レミリアが声をした方を振り返ると、そこには一匹の妖精がいた。
「この最強のチルノ様を知らないとはモグリね」
「最強だと? 妖精ごときが最強を名乗るなんて滑稽ね。私を誰だか分かって言っているのか?」
「もちろん! あの真っ赤な館に妖精をたくさん連れ込んだヤツでしょ!」
「連れ込んだ? ……ああ、あれのことか」
吸血鬼異変が終わった後のことだ。レミリアはメイド長の負担を減らすために、湖にいる妖精をメイドとしてこき使うことを思いつき、無給で雇ったのだ。役に立っているか微妙なところだが。
「やっぱりあんたの仕業ね!」
「だったらどうした」
「今すぐ人質の妖精を解放しなさい!」
バカかこいつは。
レミリアがこのチルノとかいう妖精に抱いた感想がそれだった。
そもそも紅魔館は妖精メイドを人質扱いなどしていないし、拘束もしていない。彼女らは自分の意思で――あの妖精らに明確な意思があるのかはわからないが――働いているのだ。
「二度は言わないわ、去りなさい。おまえごときに構っている暇はない」
「あたいの話を聞けー!」
ため息をつき、レミリアは気怠そうに手を妖精に向ける。
「消えろ」
数発の紅弾がチルノに放たれる。それは妖精を撃ち抜き跡形もなく消滅――
「不意打ちとは卑怯ね!」
――することはなかった。レミリアが放った紅弾は妖精の前で氷漬けになって停止していた。
本気ではなかったとはいえ、普通の妖精に止められる弾ではない。どうやらただの口先だけのバカではないらしい。
「へぇ、おまえただの妖精じゃないわね。少し面白いわ」
「当たり前よ、あたいは最強なんだから!」
その言葉と共に氷が弾け、氷の弾幕がレミリアに殺到する。
「最強ねぇ……少し、本気を出してあげる」
レミリアは右手に紅色の槍を出現させ、投擲。紅蓮の閃光は氷の弾幕をぶち破り、妖精に迫る。
「――ッ!」
妖怪すら消し飛ばすほどの魔力がこめられたそれを、妖精はすんでのところでバランスを崩しながらも体をそらし避ける。しかしその隙をレミリアは逃さない。十メートルは離れていた間合いを文字通り瞬く間に詰める。
「ボディがガラ空きよ」
吸血鬼の力がこめられた拳が、妖精の鳩尾に突き刺さった。
「がああああああああああああああ⁉」
チルノは体をくの字に曲げながら吹き飛び、地面を二転三転し倒れ伏す。しばらくは動けないと確信し、レミリアは妖精から背を向ける。
「まぁこんなものか。確かに妖精にしては強かったがな」
「ぎっ……まだ、負けてないわ」
弱弱しい声にレミリアは振り返る。妖精はふらつきながらも立ち上がっていた。
「無理をするな、立っているだけでもきついだろう。あなたのその強さと勇気に免じて見逃してあげるから、寝てなさい」
「うるさい! あたいは……最強なんだ!」
レミリアの提案を無視し、妖精が右手を空に掲げた。周囲の空気の温度が急激に下がり、ギチギチギチギチ! という音がレミリアの頭上から鳴り響く。瞬く間に氷が形成されてゆき――ついにはレミリアの何十倍もの大きさの氷塊となった。
「(こいつは本当に妖精か? 明らかに一妖精が持つ力をはるかに超えている!)」
頭上から氷塊がレミリアに迫る。
この攻撃をかわすのは吸血鬼の速さなら容易い。しかしそれではダメだ。この妖精に負けを認めさせるには足りない。
「(圧倒的な力を見せつけて、戦意を折る)」
レミリアはその場に立ち止まり、腕を一振りすると、氷塊が爆散した。それだけにとどまらずチルノは余波で吹き飛ばされる。
「これが最強の吸血鬼の力だ、妖精」
どんな自信過剰な妖怪でも、これだけの力の差を見せつければ心が折れ、頭を垂れて許しを請う。――少なくとも今までレミリアに刃向ってきた妖怪はそうだった。
「くっ……ま、だ……」
妖精の姿は誰が見ても満身創痍だ、しかしその目には恐怖はなく、レミリアと対峙したときの戦意はまったく消えていない。たとえ妖精だとしても、力の差は痛感しただろうに、それでも彼女の心は折れていなかった。
その強さに、強さを持つ妖精に、レミリアは惹かれていた。
倒れているチルノの傍まで近づき、レミリアは質問する。
「――気に入ったわ、確かチルノと言ったわね?」
「……そうよ」
「私は誇り高き吸血鬼、ツェペシュの末裔。レミリア・スカーレット」
レミリアは手を差し出し、言葉を続ける。
「この私のものとなれ、チルノ」
「断る!」
レミリアの言葉を、チルノは迷いなくはねのけた。
一瞬の沈黙の後に、レミリアは口を開いた
「……どうしてかしら?」
「なんであたいがあんたなんかのものにならなきゃいけないのよ」
「私があなたのことを気に入ったからよ」
「理由になってない!」
「私がしたいと言えばそれは決定事項と同意義よ」
傲慢な理論を展開するレミリアに、流石のチルノも呆れた表情を浮かべた。
「詳しく言うと、あなたには妖精メイド達のリーダーとなってもらいたいの。数だけは多いからうちのメイド長も苦労しているの。もちろん待遇は悪くはしないわ」
「いやったらいや。なんであんた……ツェペリの末裔? の言うとおりにしなくちゃいけないのよ」
「あいにく私の先祖はそんな死亡フラグの塊の名前ではないわ、それになんでそこだけ微妙に覚えているのよ。レミリアよ。先に言っておくけどね、私は妖精を人質にしてはいないわ、身の回りの掃除とかさせているだけで、あとはほとんど自由にしてるわ」
「そうなの……?」
「スカーレットの名に懸けて、本当のことよ」
「んー……分かった、それなら、いいや」
「私のモノになるってことね?」
「そっちじゃない! 妖精のことだってば。皆を無理やり縛り付けたりしてないのなら、もういいってこと!」
早くも体が回復したのか、チルノは立ち上がった。
「保障するわ、館にいる妖精を無理やり縛り付けたりはしていない。ところで私はあなたに興味があるのだけれど、ここに来ればまた会えるのかしら?」
「うん、あたいはだいたいこの辺りにいるよ。あんたは悪い奴じゃなさそうだし、面白そうだし遊んであげるわ。次は絶対が完膚なきまでに叩きのめしてやるんだから!」
「期待しているわ、次に会うときは私のものにしてみせよう」
「それはないってば!」
二人の邂逅から数日後、霧の湖で吸血鬼と氷精の姿があった。
性懲りもなくチルノがレミリアに挑んで倒されたり――
「うう……また負けた」
「動きが直線的すぎるのよ、もっと精進しなさい」
レミリアの勧誘をチルノが断ったり――
「ねー、いい加減私のものになりなさいよ」
「嫌だって言ってるでしょ」
「今なら一日一アイスが付くわよ」
「…………………いや、そんなものには屈しないわ!」
ただ単におしゃべりしたり遊んだり――
「ぎゃおー!たーべちゃーうぞー!」
「……レミリアこれ楽しい?」
そんな二人の穏やかな日々はしばらく続いた。
しかし、あるとき転機を迎えることとなる。
「スペルカード?」
「そうよ!なんでも神社の巫女が考えたカッキテキ遊びなのよ」
ある日のこと、紅魔館に遊びにきたチルノは自慢げに、持ってきた紙をレミリアに見せびらかしてきた。それはスペルカードルール――命名決闘法――と呼ばれるものの仕組みが書かれているものであった。
「ふむ、何々……新たな決闘法、か」
「面白そうでしょ!」
スペルカードルールの詳細をさっと目を通し、レミリアは考える。人間と妖怪が対等に戦える決闘法。なるほど確かに今の幻想郷にはうってつけだ。これならば妖怪の力を失わせず、なおかつ安全に幻想郷を保つことができる。
しかしおかしい。情報収集は欠かしていないが、このスペルカードルールとやらの存在は初耳だった。つまりまだ大々的に公表されているものではないということだ。つまりこのルールを知っているヤツはまだそう多くはないだろう。一体誰がチルノに教えたのか。
いや、それは重要なことではない。問題はどんな目的でチルノにこの紙を渡したか、だ。少なくとも一介の妖精に世間話のついでで話したわけではあるまいし、第一チルノは絶対にメモをとるタイプではない。わざわざ紙で渡すなんてまるで正確に誰かに伝えるために――
「ねぇチルノ、この紙誰にもらったの?」
「なんか胡散臭い感じの」
「よし、分かった」
間違いなくあのスキマの仕業だ。チルノに教えれば、まず間違いなくレミリアに伝わると分かっていたのだろう。その場合チルノは利用された、ということになる。
「(よくもまあ回りくどいやり方をするものだ。実に不愉快ね)」
外に目を向けても特に異常は感じないが、今も見られているのだろう。
「どうしたのレミリア、顔怖いよ?」
「……いや、なんでもない」
このスペルカードルールとやらは確かに画期的だ、とレミリアは思った。人間・妖怪・妖精、そしてきっと神であろうと、対等に、そして自由に戦える。これを作った博麗の巫女とかいうやつに興味が湧いたが、まあ今は置いておくとしよう。
スキマ妖怪の目的は、スペルカードルールの実験。そしてあわよくば私にスペルカードを用いた異変を起こさせようとしている、ということだろうか。
「ねぇ、私達でやってみようよ!」
「……私はパス。ごっこ遊びなんで御免だね」
「いつもレミリアがやっていることじゃん」
「モケーレごっこは別よ、あれはもっとこう、なんというか他のごっこ遊びとは次元が違うのよ!」
「何それ意味わかんない」
謎の言い訳をするレミリアにチルノはむくれる。
レミリアはスペルカード自体に興味がないわけではないが、いいように利用されるというのはごめんだった。
「そんなにやりたいなら、適当な妖精と一緒にやればいいじゃない。相手が私じゃなくてもいいでしょ」
「……」
何気なく言ったレミリアの言葉に騒がしかったチルノは急に静かになった。自分はそんなおかしな事を言っただろうか、とレミリアが訝しがっていると、チルノが下を向いてぽつりと話し始める。
「……いないよ」
「え?」
「そんな相手はいない、って言ってるの」
チルノは笑いながら――泣きそうなのを必死でこらえるような――続けた。
「他の妖精は、アタイに近づかないのよ。最強すぎるってのも考え物ね!」
レミリアはハッとして、そしてその理由に気付き、自分の発言は失言だったことを悟った。
もっと前から疑問に思うべきだった。考えてみればいくつか心当たりがあった。チルノはメイド妖精のためにレミリアと対峙したのに、その後館のメイド妖精からチルノの話題を一度たりとも聞いたことがないこと。そもそも吸血鬼相手にたった一人で挑んできたこと、レミリアが霧の湖に行ったときにいつもチルノ以外の妖精の姿が見かけなかったこと、どれも今考えればおかしな話だ。
妖精という枠から外れた力を持つチルノが他の妖精からどんな風に視られているか、異端というのがどんな風な扱いを受けるかよく知っているレミリアは容易に推測できた。
吸血鬼であるレミリアは、バンパイアハンターや妖怪など敵は多かった。しかし自分には常に妹や部下がそばにいた。しかしチルノは孤独だった。いったい彼女はいつから一人だったのだろう。確かに力は強くても、バカで優しい彼女の内面を誰も分からなかったのだろうか。
レミリアは自分の思慮の無さを後悔し――そして憤りを感じた。監視されていることよりも、自分を利用しようとしている奴がいることよりも、ずっとだ。
自分はこのままでいいのか?自分の大切な友人が、そんな扱いのままで。最強で、底抜けに優しい、大好きな彼女が、こんな運命なのをこのレミリア・スカーレットは許容できるのか、していいのか。
――断じて否だ。そんなことがあっていいはずがない。
「決めたわ」
「へ?」
突然のレミリアの言葉にチルノは顔を上げた。
「チルノ、近いうちに異変を起こしてやるわ。このスペルカードルールに則ってね」
レミリアは宣言した。今この場を監視しているであろう奴に聞かせるために。目の前にいる氷精のために。自分のために。
ああ、思い通りになってやろうではないか、利用されてやろうではないか。――代わりにこちらも利用してやる。
「異変かー!なんかわくわくするわね!」
先ほどとは打って変わり、キラキラした目でチルノはレミリアに捲し立てる。
「どんな異変?季節がずっと冬になるとか!」
「そういうのはチルノに任せるよ。それでここからが本題だ。この異変、あなたも参加しなさい、私の味方としてね」
「もっちろん!友達でしょ、仲間外れにしないでよ!」
チルノは胸を張って答えた。
「ありがとう。じゃあ霧の湖で巫女を待ち構えなさい。時間を稼ぐだけでいいわ」
「時間を稼ぐのは構わないけど――別に倒してしまっても、構わないよね?」
「ええ、もちろん」
正直を言うとチルノに倒される程度では困るのだが。
是非とも巫女には門番やメイド長を倒し、レミリアの元までたどり着いてもらわなくてはいけない。
「チルノ、この異変で私達が最強であることを幻想郷中に知らしめるのよ!」
「おー!」
運命の歯車は動き出した。レミリアと、とある妖怪の賢者の思惑通りに。
レミリアの宣言から一週間後、幻想郷中が紅い霧に覆われた。この異変に対し、博麗の巫女と白黒魔法使いは人妖を次々と弾幕ごっこで蹴散らしていき、そして異変の首謀者であるレミリアが倒され解決。後に『紅霧異変』と呼ばれる、スペルカードルール制定後初の異変により、レミリアと紅魔館の存在(とついでに博麗の巫女)が一躍有名になり、スペルカードが幻想郷に広まっていった。
その始まりが、吸血鬼と一人の妖精であることを知る者は少ない。
「それほど時間は経ってないのに、懐かしく感じるわね」
紅茶を飲みながらレミリアは回顧する。紅霧異変以降、何回もの異変が起き、弾幕ごっこが広く普及した現在。
異変を起こしたレミリアの狙い、それはチルノを周囲に認めさせる、つまり妖精たちの間で不気味な対象になっているのであろうチルノへの認識を改めることであった。
妖精たちの間でも紅霧異変については話題になり、その詳細について知りたがった。妖精の中で異変について一番知っているのは誰か?となれば、博麗の巫女とスペルカードルールで戦ったチルノということになる。あの懐っこいチルノへの悪印象はチルノ個人について知らない故に抱くものだろう。つまりレミリアはチルノへ他の妖精と交流するきっかけを作ったのだ。
そしてレミリアの目論見は成功したといっていい。妖精たちの間で、チルノの認識を変えるものが増えつつあった。当然であろう、仲の良かったわけでもない妖精のために、吸血鬼にケンカをふっかけたやつが、バカみたいにバカ正直なやつが、悪いやつなんてことはあるはずがないのだから。
人間や妖怪たちの間で推測されているレミリアが異変を起こした理由。日光を遮るためだとか、目立つためだとか、暇だったから、だとか、大層な理由ではなかった。
「自分の友達が嫌われているのが嫌だったから」
というたったそれだけなのだ。
――もし、紅魔館の従者や居候に意見を尋ねればこう答えるだろう。そんなことで異変を起こすのがレミリア・スカーレットなのだ。だからこそそんな彼女に皆惹きつけられるのだ。
異変以降、レミリアはチルノと会うのを避けた。せっかくチルノへの妖精たちのわだかまりが解消していっているのに、吸血鬼と交流を持っていると知られればまた元の木阿弥になるのではないか、とレミリアが思ったからだ。
チルノが認められるのは嬉しいが、友達とあまり会えなくなったのは少しだけ、寂しい。もしかするとチルノは自分のことを忘れているのかもしれない。でも、あちらで友達ができて、楽しく過ごしているのならこのまま忘れてしまったほうがいいのかもしれない。少し悲しいことだけど。
そんなしんみりとした気持ちで遠くにある霧の湖を見ながらぼーっとしていたそのときだ。
「なーに暗い顔してんのよ?」
「えっ?」
ぬっと窓からチルノが顔を出し、レミリアの知っているいつもの調子で言った。
「ずっと会いに来ないからこっちから来てやったわ、感謝しなさい!」
「……ええ、感謝するわ。とりあえずこっちに来て座りなさい」
呆気にとられていたレミリアは破顔し、チルノを部屋に招き入れた。
「……あなたのアホ面を久しぶりに見られて嬉しいわ、元気でやってる?」
「アホ面とは何よアホ面って。アタイは最強なんだから当たり前でしょ」
「最強理論もいつも通りで安心した。……私が来ない間、一人で遊んでいたの?」
「違うよ、レミリアが異変を起こした後さ、何かよく分からないけど皆集まってきてさ、アタイの武勇伝を聞きたいって。それで異変のとき一緒だった大ちゃんとも友達になって、遊んでた」
その言葉にレミリアはほっと息をつく。どうやらチルノはうまくやっているらしい。
「ねぇ、その、レミリア。――ありがとう」
「……どうしたのよ藪から棒に」
初めて聞くチルノからのお礼の言葉にまたもレミリアは驚いた。
「アタイはバカだから、レミリアがどんなことをしたのかわからないけど、皆がアタイのことを怖がらなくなったのはさ、きっとレミリアが何かやってくれたんでしょ?だから、ありがとう」
「う、うん」
面と向かって礼を言われるのは、吸血鬼といえども、照れる。顔がスカーレットになりそうなのを抑えながら、ごまかすようにレミリアは言った。
「そんな、別に大したことなんてしてないわ。それより、今日は何の用なの?長くなるなら紅茶を用意させるわ」
「あー!そうよ、今日会いに来たのはお喋りするためじゃないわ!レミリアに言いたいことがあるのよ!」
「言いたいこと?」
なんだろう。わざわざ来たということはよほど重要なことなのか。チルノのことだから、カエルの瞬間冷凍&解凍させた回数が新記録を達成した、みたいなくだらないことかもしれない。あるいは恋人ができたとか……って何を考えているんだ、落ち着け、落ち着いて素数を数えるんだ。
「何ぶつぶつ言っているのよ」
「911、919、929……よし落ち着いた、いつでも来なさい!」
緊張した面持ちのレミリアに対し、チルノは高らかに宣言する。
「この私のものになりなさい、レミリア!」
予想のはるか斜め上をぶち抜いた言葉に、レミリアは椅子から転げ落ちた。
「……要は、あなたに勝てない三月精とやらが、それぞれ妖怪の助っ人を連れてくるから、それに対抗してあなたは私を誘いにきたということね?」
レミリアは疲れた表情でチルノの拙い説明を要約した。。
「うんうん!」
「ええ、合ってるようね。……それでなんであの言い方になるんだ!寿命が500年縮んだわよ!」
「同じことをレミリアがアタイに何回も言ってたじゃん。あれって紅魔館に雇うってことだったんでしょ? つまり今度はアタイがレミリアを雇うの」
何故そういう発想に至ったのか、とレミリアは呆れた。
こちらはまだドキドキが収まらないのに。
「まあアタイは独りでもヘーキなんだけどね!」
「なら一人で行ってきなさいよ、面倒くさいし、私は雇われなんて嫌よ」
「……すごく強いのを連れてくるって言われたの」
「あら、幻想郷最強さんは弱気なのね」
「さ、最強だからこそ万全の準備をするのよ!」
「ふーん」
先ほどの嬉しそうな様子とはうってかわって、取りつく島もないレミリアにチルノは困ったように言った。
「それにさ、こんなとき頼りになるのはレミリアしか思いつかなくて……」
「……へ」
「ダメかな……?」
ぴくり、と上目使いで懇願するチルノの言葉にレミリアが反応する。
この吸血鬼、妖精以上に単純である。
「仕方がないわね。幻想郷最強たるこの私が、あなたの助けになってやろうじゃない」
「そうこなくっちゃ!レミリアがアタイのものになれば超最強ね!」
「ええ、それと私はあなたのものになったわけでも雇われたわけでもないからね。友達として助けてあげるのよ、わかったわね?」
「え?うん!」
本当に分かっているのか。
それはともかく、相手の強さも分からないまま流れで引き受けてしまったが、まあたかが妖精が連れてくるのだから大した妖怪ではないだろう。それに天気もちょうど曇り、雨が降る気配はないから外に出るのに何の支障もない。
そういえば我が愛しの愛しの妹も友人に呼ばれたとかで外出中だ。ならば自分も友人と遊ぶのに何の問題があるだろう。何より数年来の友人が来たのだから。
「行くわよ、何度だってあんな妖精なんかぎゃふんと言わせてやるわ」
「その意気よ。それじゃあエスコートお願いね」
チルノは立ち上がって窓に駆け寄り、レミリアもそれに続こうとすると、チルノは振り返り口を開いた。
「ねえ、レミリア」
「何?」
「また、遊びにきなよ」
確かに、紅霧異変から数年経っているのだ、ほとぼりも冷めているだろう。あのときのように遊びにいってもいいのかもしれない。様々な妖怪と交流している巫女がいるのだ、吸血鬼と一緒に遊ぶ妖精がいても、もう誰も気にしない。
「そうね……悪くないわ。暇があったら行ってあげる」
「暇じゃなくても来る!」
「はいはい、考えておくわ。そのためにも、妖精らにぎゃふんと言わせるんでしょう?」
「そうだね!まあアタイ達にかかれば楽勝よ!」
「ふふふ、どれくらいあなたが強くなったのか見せてもらうわ」
吸血鬼と氷精の二人は紅魔館から並んで飛び立った。
余談だが。
三月精が連れてきた妖怪がどれも幻想郷縁起に載るほどの大妖怪だったり、そのうちの一人がレミリアの愛しの愛しの身内でお互い驚いたり、あまりの戦いの規模に異変に違いないと楽園の素敵な巫女が出張ってきたりしたのは、また別のお話。
レミリアの遠回りな優しさやチルノの天然ジゴロっぷりが楽しめました
それにしてもチルノにすら呆れられるモケーレごっこって・・・w
でこぼこコンビって大好きなので、すごく楽しめました。和む。
あと、誤字ですが、後半に差し掛かった辺りの「バカみたいにバカ正直なやつが、悪いやつなんてことはないはずがない」というところは、悪いやつなんてことはあるはずがない、ではないでしょうか。
余計なお世話かもしれませんが、意味がまったく変わるので、一応。
あと、誤字ですが、後半に差し掛かった辺りの「バカみたいにバカ正直なやつが、悪いやつなんてことはないはずがない」というところは、悪いやつなんてことはあるはずがない、ではないでしょうか。
余計なお世話かもしれませんが、意味がまったく変わるので、一応。
ニヤニヤしながら読んでしまった
余談だが、余談が気になる!
誰が誰を呼んだんだろ?
ニヤニヤしながら読んでしまった
余談だが、余談が気になる!
誰が誰を呼んだんだろ?
ニヤニヤしながら読んでしまった
余談だが、余談が気になる!
誰が誰を呼んだんだろ?
二人とも芯が強くて素敵です
チルノの孤独な運命を(割と直接的に)変えてきたところはまさしく魔王。