その知らせは突然舞い込んで来た。
「射命丸様。」
そう言って私、射命丸文に手渡されたのは透明なボトルだった。片手で持てる何処にでもあるボトルで中には紙が入っており、コルクで栓がしてあった。
「これが、如何した。」
私は部下の天狗に問いかけた。すると、部下は無言でボトルの中の紙を指さした。どうやら、読めということらしい。私は栓を開けおもむろに紙を取り出した。紙にはびっしりと文字が書き連ねられていた。とても読む気にはなれないものだったが、私は読み始めた。
以下がその内容となる。
✱
私は古明地こいしである。断じて古明地こいしである。何かと聞かれれば古明地こいしである。あらなければならない。どんなことがあってもこの名だけは忘れぬ。それは私の無意識に深く刻み付けられた名である。消えない。最近の私は少しおかしかった。感情の起伏が殆どなかった私が喜び、怒り、哀しみ、そして楽しんだ。これは宗教戦争、いわゆる心綺楼の異変の時ピークを迎えた。そして、そこで私は私がおかしくなった原因を知ることとなる。全ては秦こころが希望の面の影響であったのだ。あれが私に感情を与えた。しかし、今それは消えようとしている。また、もとの___つまりどうしようもない___私に戻るのだ。それ自体私は悲しいと思わない。というか喜怒哀楽はもう消えかかっている。心綺楼の異変も詳しく思い出せない。忘れているのだ。(厳密にいえば忘れているのではない。そもそも無意識は記憶の積み重ね等の要因で構成されている。私は記憶そのものはインプットされてもそれをアウトプットできない。つまりは忘れたも同じことなので便宜上これからもそう記述する。)記憶を失う前に何としても誰かに伝えなければならないことがある。何としても伝えなければならない。既に元に戻りつつある今、気づいたら知らない場所にいたりする回数が増えた。取り留めもないことを書いていたら、紙が小さいのでもうスペースが無くなってきた。今はとりあえずして欲しいことを書くとする。
私を殺せ。
理由を書いているスペースがこの紙には足らない。これは妖怪の山に捨てる。あそこにいる輩なら可能だろう。では、なるべく早くお願いしたい。
✱
私は紙をボトルに戻し、部下に
「これを何処で拾った?」
と念の為に聞いておいた。勿論部下は
「妖怪の山で」
と答えた。続けて私は、
「このことを誰かに話したか?」
と聞いた。部下の答えはノーだった。よくできた部下だ。私は部下に
「わかった。このことは私以外の誰にも言うなよ。そして、今から古明地こいし捕獲命令を出す。他の者にも伝えろ。名目は妖怪の山へ無断で立ち入って荒らした、でいいだろう。」
と命令した。部下は返事をするとそのまま素早く飛びさっていった。
その後、私はしばらく考えていた。古明地こいしのこと、をだ。正確に言うなら古明地こいしの手紙のことだ。まず、私は古明地こいしに恨みを持った者がなりすまして書いた、という説を考えた。しかし、幻想郷中を飛び回る私でさえ彼女に恨みを持った者など噂ですら聞いたことがなかった。そもそも、彼女は謎が多く、交友関係もほとんどわからない。地底に住んでいる姉やらペットと心綺楼の時の異変以来親しくなったらしい秦こころぐらいしか思い当たらない。彼女達がこいしを殺そうかと問われれば答えはノーだ。次に考えられるのは、こいしは本当に死にたいと思っている、という説だ。しかし、これにもまた整合性に欠ける。死にたいのなら自分で死んでしまえばいいのだ。人に頼むという必要はない。それとも、自分で自分を殺せない理由でもあるのだろうか?結論は出ない。私はたくさんの説を考えた。その果てにこれは彼女の悪戯ではないのか?という考えが浮かんだ。それが一番理にかなっている。しかし、悪戯であんな文章が書けるのか?あぁ、考えるのも疲れてきた。やはり、私は飛び回っている方が似合っている。そう思い、私は飛びさっていった。こいしの姉がいる地霊殿へ。
本来、地底と地上では不干渉の取り決めがある。しかし、八汰烏の一件から少し緩くなったようだった。天気は雨で、最悪の飛び心地ではあったが、地底の入口にはすぐ着くことができた。ひんやりと、そしてベトベトしている地底はあまり好きではない。さっさと地霊殿へと向かった。途中で黒谷ヤマメとキスメに出会った。
「天狗が地底に何の用だい。」
そう聞かれたので私は
「ちょっと、さとりさんに聞きたいことがありまして。」
と答えた。すると彼女達は
「珍しいこともあるもんだ。」
とゲラゲラ笑っていた。私は無視してそのまま飛びさった。思ったより時間がかかった。前来た時よりジメジメしているせいだろうか。何度か地霊殿へは来ているが、何度来ても慣れないものである。だだっ広い屋敷で中には何処から持ってきたのか見当もつかない家具があり、得体の知れぬオブジェや人間の死体までもある。あまりいい気分のするところではない。さらに、その主である古明地さとり、つまり今回私が話を聞きに来た妖怪は心を読む。こっちが話す前から話を進められるのでペースを大きく乱され不愉快極まりない。本来なら好き好んで会いに行く相手ではない。しかし、今回は状況が状況だ。何か知っていそうなのが彼女しかいないのだから、彼女に聞くしかない。このことは記者として、真実を究明しなければならない。あと、妖怪の山に勝手に侵入しボトルを捨てたことも追求せねばならない。私はズカズカと地霊殿の奥へと入っていった。古明地さとりは自身の書斎にいた。私が部屋に入っていってもこちらを見ようともせず、第三の眼(サードアイ)だけを此方に向けていた。
「天狗が来るなんて珍しいですね。まぁ、座ってください。」
そう言って彼女は椅子を指さした。
「失礼、します。」
私はおずおずと椅子に腰掛けた。
「今日はどういったご用件でいらしたのですか。あ、喋らなくても大丈夫です、全部わかりますから。」
彼女と話すのはどうも苦手だ。心を読まれて勝手に話を進められるのでペースを乱される。気づいたらさとりがこちらをジトっと見ていた。このことも見通されているということか。彼女はしばらく喋らなかった。沈黙が流れる。こっちが思ってることは全部向こうに筒抜けならば、相手に伝えたいことは喋らずとも伝わっているはずだ。私は心の中でこのこいしの手紙のことで何か心当たりはありませんか?と聞いた。さとりはふぅと溜息を一つついた。そして、
「前にも、同じようなことを言ったことがありました。その時の話をしましょう。あれは…」
私たちがまだ幻想郷にいなかった頃の話です。私達は大人しく人目を避けてそこそこ大きめな廃屋敷で暮らしていました。それなりに平和で私にあった生活だったと思います。しかし、こいしにはあっていなかったようでした。ある時、こいしは第三の目を閉ざしてしまったのです。その当時のこいしは感情を失ったんじゃないか、と思われました。実際、かなり失っていたようですが。目は死んだ魚の目に等しく、笑顔はまるで刑罰に苦しみ気が狂ってしまった囚人のようでした。実の妹がそんな風になってしまったのに私は落ち着いていたと思います。それが、こいしの選択ならそれでいいだろう、と。しかし、こいしは私の目の前から姿を消しました。こいしは無意識の力を手に入れ、他人から認識されなくなったのです。もっとも、無意識を操るではなく、無意識に操られる力ですが。その力は不安定でこいしは不意に現れたり、消えたりしました。そして、ある日私はあることに気づきました。その当時から私は沢山のペットを飼っていたのですが、ある一頭が虚空に向かって話しかけていたのです。そいつは人の言葉を話す猫、まあようするに妖怪なのですが。私は聞きました。何に話しかけているのか、と。そいつは答えました。何って…ここにこいし様がいるじゃないですか、と。私は驚きました。こいつはこいしを常に認識している。そいつの妖怪としての力が特別だったのか、それとも精神が特別だったのか、理由はわかりませんがとにかくこいつは常にこいしを認識できるのです。私はそいつに命令しました。四六時中こいしについていなさい、と。そいつは快く受け入れてくれました。何でそんな命令を出したのか、ですか。私だってこいしの姉です。無意識に操られるのは流石にこいしが望んで選択したことではないと思いましたし、何かしてあげたかったんですよ、もう当時の私の気持ちなんて覚えていませんがね…何せ毎日沢山の心を見るものですから。おっと、話がそれました。それから、そいつは命令通りこいしの側にずっといました。もっとも、本当に側にいるかは私にはわかりませんでしたが。追いかけあったり、ボールなどを使って遊んでいるようでした。私はこれでこいしが少しでも感情を抱いてくれれば、と思いました。そう簡単にはいかなかったのですが。それから、私はこいしについて新しい発見が何個かありました。まず、こいしの記憶がすごく不安定だということです。さっきまで何をしていたかさえ忘れているようでお茶を入れたまま何処かへ消えていたりしました。また、瞳を閉ざしてからの記憶は途切れ途切れになっていたり、そもそも忘れていることのが多かったと思います。あなたが拾ったというこいしの手紙にはインプットできてもアウトプットできないと書いてありますがそういうことです。どうやら無意識が関係しているようですが詳しくことは分かりません。そしてもう一つ、瞳を閉ざしてから初めてこいしに会った人は結構な確率ですぐにこいしのことを忘れました。もっとも、初めからこいしを認知出来ない人も多くいました。さて、そいつとこいしが出会ってしばらく経ちました。この間にも色々な事があったのですが直接今回の話とは関係がないので割愛します。前述した通り、こいしは瞳を閉ざしてからの記憶は殆どありません。しかし、こいしはとうとうそいつを覚えました。その頃からでしょうか。あの子の感情が少し戻ってきたように感じました。あの子の姿が見えることも増えました。私は喜びました。このままいけば元のこいしに戻ってくれると。私も昔のこいしの方がよかったわけです。しかし、私は不思議にも思いました。どうして、こいしはそいつのことを忘れなかったのだろうと。そこで私は一日そいつとこいしを観察しました。あまり気が進むものではありませんでしたが……本当ですよ?そしてわかったことが二つありました。まず、そいつの心を読んでわかったのですがそいつはこいしに恋をしていました。次にこいしもそいつに恋をしてました。こいしの心が読めるわけでありません。しかし、なんとなく素振りでわかりました。恋がこいしの第三の目を緩くさせていたのです。私は安堵しました。もうまもなくこいしは第三の目を開き、そいつとこいしは相思相愛になる。元通りになると…回りくどく言うのはよくありませんね。つまるところ、元通りにならなかったのです。ある日、そいつが私に話しかけてきました。かいつまんで言うとこいしが怖い夢を見ると言っている、何とかしてくれないか、というものでした。私は一緒に寝てやりなさい、とだけ言いました。その夜、二人は一緒に寝たようでした。その日の朝、こいしが叫びながら私の元に来ました。そして、私にこう言うのです。
私を殺せ
と。私は戸惑いました。しかし、昨日そいつから聞いた話を思い出して、きっと凄い悪夢を見て錯乱したのだろうと思い、こいしをなだめて部屋に帰るように言いました。それでも叫び続けるので私はどうしたものか、と考えていると気づいたらさっきまでいたこいしがいなくなっていました。きっと、無意識の力が働いたのだろう、また今度会った時に詳しく話を聞こうと思い、その場はそれで終わりしました。今思えばそれが間違いだったのですが……過去を悔やんでも仕方ありません。その日私は大人しく自分の部屋に籠りっきりで本を読んでいました。毎日そうしてたんじゃないか、ですか。確かに殆どそうやって過ごしていましたね。今もですが。おっと、また話がずれました。そうしていると、なんだか外が騒がしくなってきました。何かあったのか、と外に出るとペット達が混乱しているようでした。ペットたちの心を見ても乱れていて断片的に「死」とか「エントランス」と言う単語しか読み取れませんでした。私はとりあえずエントランスに向かいました。ペットたちが皆集まっていたようでした。皆揃いも揃って首を上に向けていました。何があるのかと私はペットたちが見ている方を見ました。そこに物言わぬそいつの姿がありました。私は思考が停止しました。それから、小さく呻き声のようなものを漏らしました。そいつをよく見るととても綺麗でした。血は殆ど流れておらず、ただ首の骨だけが折れていました。私は直ぐに犯人を探そうとペットを全員並ばせ一匹一匹心を読んでいきました。そして、ペット達は皆が皆同じ人物を犯人だと言いました。
_____こいしを。私の頭にはクエスチョンマークが何個も浮かびました。認められませんでした。とにかく、私はこいしと話をしようと思いました。しかし、ペット達総出で探してもこいしは見つかりませんでした。こいしが見つからないまま、何日も過ぎました。そんなある日、一匹のペットがこいしを目撃しました。エントランスに立っていたというのです。声をかけようとしたらすっと消えたとのことでした。その日を境にそんな目撃情報が次々と寄せられるようになりました。私はそこでこいしはまだ家にいると確信しました。こいしは瞳を閉ざした直後のようになっていたのです。私はどうしてもこいしと話をしたかったのですが、中々出会えませんでした。しかし、根気よく待っているととうとう出会えました。そこで私は問いました。そいつを殺したのは、あなたなのかと。こいしは誰のこと?とだけ言って消えました。あろうことかこいしは自分か恋した人を忘れたのです。そして、そのまま時間は流れ続け、私達は幻想郷に流れ着きました。
「と、まあこんな感じです。えっ、そいつとの名前は何か、ですか。そんなの忘れました、とうの昔にね。こいしがそいつを殺した理由?私には見当もつきませんね。でも、こいしはそいつを殺す前殺してくれと言っていましたからきっと自分がそいつを殺すことがわかっていたんですよ。私から言えるのはそれだけです。長話になってしまった。もう帰りなさい。」
さとりは私の心を読んで質問に答えながら一方的に話して終わった。これ以上何かを聞き出そうとしても無駄だと思ったので私は大人しく帰った。帰った矢先、こいしを捕らえたとの報告があった。何でも、自分から出てきて私を殺せ、と言っていたという。私は早速こいしに会いに行った。こいしは檻の中に入れられていた。そこで鉄格子を掴んでひたすら殺してくれ…殺してくれ…と言っていた。
「何故、殺して欲しいのだ。」
私は問うた。
「このままいくと、私はこころを殺してしまう!無意識のままに!だから殺してくれ!」
こいしは言った。
「何故だ?何故無意識に殺してしまう?」
「私が知りたいよ!私の無意識がそう望むからなのか?それとも、特に意味もなく襲うのか?こころといると第三の目が緩んだ気がした!希望の面の効果も含めてこころは私の第三の目を開けてくれる存在だったんだ!なのに…なのに…」
そう言ってこいしは項垂れた。そしてまた、殺してくれ、殺してくれと懇願してきた。
「もう夜も遅い。お前の処分は明日決まる。」
名目上は妖怪の山侵入の罪での確保であったため私は取り敢えずそう言いその場を立ち去った。翌朝、こいしは気付かぬうちに逃げ出していた。鉄格子は破壊されていた。きっと、無意識に操られているのだろう。私はこいしがこころを殺しに行くと確信し、こころの元へ急いだ。まず、博麗神社に行った。こころは昨日から来ていないと言われた。命蓮寺に行った。昨日まではいたんだけど…と言われた。道行く妖怪に聞いてみた。知らないと言われた。私は焦って飛び回った。そして、地底の入口近くでこころを見つけた。
「こんなところで何をしている?」
私は尋ねた。
「天狗…お前に話すことではない。」
「いいから!」
なるべく強く言った。
「こいしの様子がおかしかったから、様子を見に…」
只事では無いと察してくれたのか、答えてくれた。
「今はこいしに近づいてはいけない、離れて…」
その時だった。ひゅうと風が吹いた。こころの首に手が置かれていた。そしてそれは首を捻り、こころの命を、終わらせた。こころは前にパタリと倒れた。そこにいたのはこいしだった。泣いていた。
「こい…」
声をかけようとした、その時。彼女は私の視界から消えた。
そうですか…殺してしまいましたか…
今ならなんとなくわかる気がしますよ、いえ本当はあなたが最初こいしの手紙のことで来たときから察しはついていたんです。なぜ言わなかったか、ですか。こいしは第三の目を閉ざした時から死体を運んで来てたんですよ。何処からともなく。人、動物、妖怪…なんでも持ってきました。悲しいですね、こいしは優しい子なんですよ、でも無意識には妖怪の性があったんです。決して抑えられぬ妖怪の性がね…きっと、第三の目が開いたら無意識のうちにしていたこと含め全ての記憶は蘇るでしょう。そうなったら、あの子は正気を保ってなどいられない。きっと、無意識は第三の目を開かせようとする者を排除していたんですよ。自己防衛のために…あぁなんて悲しい子…こいしはこれからも全てを忘れながら生きていくのでしょう…
以下 文々。新聞 号外より
何処へ消えた?秦こころ氏行方知れず
能楽で人気を誇った秦こころ氏が行方不明となった。連続して予告していた博麗神社での公演を無断で欠席したこと、また同氏が住んでいると思われる家屋にも戻ってこないことから行方不明が発覚。同氏を見かけた場合は直ぐに博麗神社の巫女、博麗霊夢氏まで連絡して欲しいとのことである。
「射命丸様。」
そう言って私、射命丸文に手渡されたのは透明なボトルだった。片手で持てる何処にでもあるボトルで中には紙が入っており、コルクで栓がしてあった。
「これが、如何した。」
私は部下の天狗に問いかけた。すると、部下は無言でボトルの中の紙を指さした。どうやら、読めということらしい。私は栓を開けおもむろに紙を取り出した。紙にはびっしりと文字が書き連ねられていた。とても読む気にはなれないものだったが、私は読み始めた。
以下がその内容となる。
✱
私は古明地こいしである。断じて古明地こいしである。何かと聞かれれば古明地こいしである。あらなければならない。どんなことがあってもこの名だけは忘れぬ。それは私の無意識に深く刻み付けられた名である。消えない。最近の私は少しおかしかった。感情の起伏が殆どなかった私が喜び、怒り、哀しみ、そして楽しんだ。これは宗教戦争、いわゆる心綺楼の異変の時ピークを迎えた。そして、そこで私は私がおかしくなった原因を知ることとなる。全ては秦こころが希望の面の影響であったのだ。あれが私に感情を与えた。しかし、今それは消えようとしている。また、もとの___つまりどうしようもない___私に戻るのだ。それ自体私は悲しいと思わない。というか喜怒哀楽はもう消えかかっている。心綺楼の異変も詳しく思い出せない。忘れているのだ。(厳密にいえば忘れているのではない。そもそも無意識は記憶の積み重ね等の要因で構成されている。私は記憶そのものはインプットされてもそれをアウトプットできない。つまりは忘れたも同じことなので便宜上これからもそう記述する。)記憶を失う前に何としても誰かに伝えなければならないことがある。何としても伝えなければならない。既に元に戻りつつある今、気づいたら知らない場所にいたりする回数が増えた。取り留めもないことを書いていたら、紙が小さいのでもうスペースが無くなってきた。今はとりあえずして欲しいことを書くとする。
私を殺せ。
理由を書いているスペースがこの紙には足らない。これは妖怪の山に捨てる。あそこにいる輩なら可能だろう。では、なるべく早くお願いしたい。
✱
私は紙をボトルに戻し、部下に
「これを何処で拾った?」
と念の為に聞いておいた。勿論部下は
「妖怪の山で」
と答えた。続けて私は、
「このことを誰かに話したか?」
と聞いた。部下の答えはノーだった。よくできた部下だ。私は部下に
「わかった。このことは私以外の誰にも言うなよ。そして、今から古明地こいし捕獲命令を出す。他の者にも伝えろ。名目は妖怪の山へ無断で立ち入って荒らした、でいいだろう。」
と命令した。部下は返事をするとそのまま素早く飛びさっていった。
その後、私はしばらく考えていた。古明地こいしのこと、をだ。正確に言うなら古明地こいしの手紙のことだ。まず、私は古明地こいしに恨みを持った者がなりすまして書いた、という説を考えた。しかし、幻想郷中を飛び回る私でさえ彼女に恨みを持った者など噂ですら聞いたことがなかった。そもそも、彼女は謎が多く、交友関係もほとんどわからない。地底に住んでいる姉やらペットと心綺楼の時の異変以来親しくなったらしい秦こころぐらいしか思い当たらない。彼女達がこいしを殺そうかと問われれば答えはノーだ。次に考えられるのは、こいしは本当に死にたいと思っている、という説だ。しかし、これにもまた整合性に欠ける。死にたいのなら自分で死んでしまえばいいのだ。人に頼むという必要はない。それとも、自分で自分を殺せない理由でもあるのだろうか?結論は出ない。私はたくさんの説を考えた。その果てにこれは彼女の悪戯ではないのか?という考えが浮かんだ。それが一番理にかなっている。しかし、悪戯であんな文章が書けるのか?あぁ、考えるのも疲れてきた。やはり、私は飛び回っている方が似合っている。そう思い、私は飛びさっていった。こいしの姉がいる地霊殿へ。
本来、地底と地上では不干渉の取り決めがある。しかし、八汰烏の一件から少し緩くなったようだった。天気は雨で、最悪の飛び心地ではあったが、地底の入口にはすぐ着くことができた。ひんやりと、そしてベトベトしている地底はあまり好きではない。さっさと地霊殿へと向かった。途中で黒谷ヤマメとキスメに出会った。
「天狗が地底に何の用だい。」
そう聞かれたので私は
「ちょっと、さとりさんに聞きたいことがありまして。」
と答えた。すると彼女達は
「珍しいこともあるもんだ。」
とゲラゲラ笑っていた。私は無視してそのまま飛びさった。思ったより時間がかかった。前来た時よりジメジメしているせいだろうか。何度か地霊殿へは来ているが、何度来ても慣れないものである。だだっ広い屋敷で中には何処から持ってきたのか見当もつかない家具があり、得体の知れぬオブジェや人間の死体までもある。あまりいい気分のするところではない。さらに、その主である古明地さとり、つまり今回私が話を聞きに来た妖怪は心を読む。こっちが話す前から話を進められるのでペースを大きく乱され不愉快極まりない。本来なら好き好んで会いに行く相手ではない。しかし、今回は状況が状況だ。何か知っていそうなのが彼女しかいないのだから、彼女に聞くしかない。このことは記者として、真実を究明しなければならない。あと、妖怪の山に勝手に侵入しボトルを捨てたことも追求せねばならない。私はズカズカと地霊殿の奥へと入っていった。古明地さとりは自身の書斎にいた。私が部屋に入っていってもこちらを見ようともせず、第三の眼(サードアイ)だけを此方に向けていた。
「天狗が来るなんて珍しいですね。まぁ、座ってください。」
そう言って彼女は椅子を指さした。
「失礼、します。」
私はおずおずと椅子に腰掛けた。
「今日はどういったご用件でいらしたのですか。あ、喋らなくても大丈夫です、全部わかりますから。」
彼女と話すのはどうも苦手だ。心を読まれて勝手に話を進められるのでペースを乱される。気づいたらさとりがこちらをジトっと見ていた。このことも見通されているということか。彼女はしばらく喋らなかった。沈黙が流れる。こっちが思ってることは全部向こうに筒抜けならば、相手に伝えたいことは喋らずとも伝わっているはずだ。私は心の中でこのこいしの手紙のことで何か心当たりはありませんか?と聞いた。さとりはふぅと溜息を一つついた。そして、
「前にも、同じようなことを言ったことがありました。その時の話をしましょう。あれは…」
私たちがまだ幻想郷にいなかった頃の話です。私達は大人しく人目を避けてそこそこ大きめな廃屋敷で暮らしていました。それなりに平和で私にあった生活だったと思います。しかし、こいしにはあっていなかったようでした。ある時、こいしは第三の目を閉ざしてしまったのです。その当時のこいしは感情を失ったんじゃないか、と思われました。実際、かなり失っていたようですが。目は死んだ魚の目に等しく、笑顔はまるで刑罰に苦しみ気が狂ってしまった囚人のようでした。実の妹がそんな風になってしまったのに私は落ち着いていたと思います。それが、こいしの選択ならそれでいいだろう、と。しかし、こいしは私の目の前から姿を消しました。こいしは無意識の力を手に入れ、他人から認識されなくなったのです。もっとも、無意識を操るではなく、無意識に操られる力ですが。その力は不安定でこいしは不意に現れたり、消えたりしました。そして、ある日私はあることに気づきました。その当時から私は沢山のペットを飼っていたのですが、ある一頭が虚空に向かって話しかけていたのです。そいつは人の言葉を話す猫、まあようするに妖怪なのですが。私は聞きました。何に話しかけているのか、と。そいつは答えました。何って…ここにこいし様がいるじゃないですか、と。私は驚きました。こいつはこいしを常に認識している。そいつの妖怪としての力が特別だったのか、それとも精神が特別だったのか、理由はわかりませんがとにかくこいつは常にこいしを認識できるのです。私はそいつに命令しました。四六時中こいしについていなさい、と。そいつは快く受け入れてくれました。何でそんな命令を出したのか、ですか。私だってこいしの姉です。無意識に操られるのは流石にこいしが望んで選択したことではないと思いましたし、何かしてあげたかったんですよ、もう当時の私の気持ちなんて覚えていませんがね…何せ毎日沢山の心を見るものですから。おっと、話がそれました。それから、そいつは命令通りこいしの側にずっといました。もっとも、本当に側にいるかは私にはわかりませんでしたが。追いかけあったり、ボールなどを使って遊んでいるようでした。私はこれでこいしが少しでも感情を抱いてくれれば、と思いました。そう簡単にはいかなかったのですが。それから、私はこいしについて新しい発見が何個かありました。まず、こいしの記憶がすごく不安定だということです。さっきまで何をしていたかさえ忘れているようでお茶を入れたまま何処かへ消えていたりしました。また、瞳を閉ざしてからの記憶は途切れ途切れになっていたり、そもそも忘れていることのが多かったと思います。あなたが拾ったというこいしの手紙にはインプットできてもアウトプットできないと書いてありますがそういうことです。どうやら無意識が関係しているようですが詳しくことは分かりません。そしてもう一つ、瞳を閉ざしてから初めてこいしに会った人は結構な確率ですぐにこいしのことを忘れました。もっとも、初めからこいしを認知出来ない人も多くいました。さて、そいつとこいしが出会ってしばらく経ちました。この間にも色々な事があったのですが直接今回の話とは関係がないので割愛します。前述した通り、こいしは瞳を閉ざしてからの記憶は殆どありません。しかし、こいしはとうとうそいつを覚えました。その頃からでしょうか。あの子の感情が少し戻ってきたように感じました。あの子の姿が見えることも増えました。私は喜びました。このままいけば元のこいしに戻ってくれると。私も昔のこいしの方がよかったわけです。しかし、私は不思議にも思いました。どうして、こいしはそいつのことを忘れなかったのだろうと。そこで私は一日そいつとこいしを観察しました。あまり気が進むものではありませんでしたが……本当ですよ?そしてわかったことが二つありました。まず、そいつの心を読んでわかったのですがそいつはこいしに恋をしていました。次にこいしもそいつに恋をしてました。こいしの心が読めるわけでありません。しかし、なんとなく素振りでわかりました。恋がこいしの第三の目を緩くさせていたのです。私は安堵しました。もうまもなくこいしは第三の目を開き、そいつとこいしは相思相愛になる。元通りになると…回りくどく言うのはよくありませんね。つまるところ、元通りにならなかったのです。ある日、そいつが私に話しかけてきました。かいつまんで言うとこいしが怖い夢を見ると言っている、何とかしてくれないか、というものでした。私は一緒に寝てやりなさい、とだけ言いました。その夜、二人は一緒に寝たようでした。その日の朝、こいしが叫びながら私の元に来ました。そして、私にこう言うのです。
私を殺せ
と。私は戸惑いました。しかし、昨日そいつから聞いた話を思い出して、きっと凄い悪夢を見て錯乱したのだろうと思い、こいしをなだめて部屋に帰るように言いました。それでも叫び続けるので私はどうしたものか、と考えていると気づいたらさっきまでいたこいしがいなくなっていました。きっと、無意識の力が働いたのだろう、また今度会った時に詳しく話を聞こうと思い、その場はそれで終わりしました。今思えばそれが間違いだったのですが……過去を悔やんでも仕方ありません。その日私は大人しく自分の部屋に籠りっきりで本を読んでいました。毎日そうしてたんじゃないか、ですか。確かに殆どそうやって過ごしていましたね。今もですが。おっと、また話がずれました。そうしていると、なんだか外が騒がしくなってきました。何かあったのか、と外に出るとペット達が混乱しているようでした。ペットたちの心を見ても乱れていて断片的に「死」とか「エントランス」と言う単語しか読み取れませんでした。私はとりあえずエントランスに向かいました。ペットたちが皆集まっていたようでした。皆揃いも揃って首を上に向けていました。何があるのかと私はペットたちが見ている方を見ました。そこに物言わぬそいつの姿がありました。私は思考が停止しました。それから、小さく呻き声のようなものを漏らしました。そいつをよく見るととても綺麗でした。血は殆ど流れておらず、ただ首の骨だけが折れていました。私は直ぐに犯人を探そうとペットを全員並ばせ一匹一匹心を読んでいきました。そして、ペット達は皆が皆同じ人物を犯人だと言いました。
_____こいしを。私の頭にはクエスチョンマークが何個も浮かびました。認められませんでした。とにかく、私はこいしと話をしようと思いました。しかし、ペット達総出で探してもこいしは見つかりませんでした。こいしが見つからないまま、何日も過ぎました。そんなある日、一匹のペットがこいしを目撃しました。エントランスに立っていたというのです。声をかけようとしたらすっと消えたとのことでした。その日を境にそんな目撃情報が次々と寄せられるようになりました。私はそこでこいしはまだ家にいると確信しました。こいしは瞳を閉ざした直後のようになっていたのです。私はどうしてもこいしと話をしたかったのですが、中々出会えませんでした。しかし、根気よく待っているととうとう出会えました。そこで私は問いました。そいつを殺したのは、あなたなのかと。こいしは誰のこと?とだけ言って消えました。あろうことかこいしは自分か恋した人を忘れたのです。そして、そのまま時間は流れ続け、私達は幻想郷に流れ着きました。
「と、まあこんな感じです。えっ、そいつとの名前は何か、ですか。そんなの忘れました、とうの昔にね。こいしがそいつを殺した理由?私には見当もつきませんね。でも、こいしはそいつを殺す前殺してくれと言っていましたからきっと自分がそいつを殺すことがわかっていたんですよ。私から言えるのはそれだけです。長話になってしまった。もう帰りなさい。」
さとりは私の心を読んで質問に答えながら一方的に話して終わった。これ以上何かを聞き出そうとしても無駄だと思ったので私は大人しく帰った。帰った矢先、こいしを捕らえたとの報告があった。何でも、自分から出てきて私を殺せ、と言っていたという。私は早速こいしに会いに行った。こいしは檻の中に入れられていた。そこで鉄格子を掴んでひたすら殺してくれ…殺してくれ…と言っていた。
「何故、殺して欲しいのだ。」
私は問うた。
「このままいくと、私はこころを殺してしまう!無意識のままに!だから殺してくれ!」
こいしは言った。
「何故だ?何故無意識に殺してしまう?」
「私が知りたいよ!私の無意識がそう望むからなのか?それとも、特に意味もなく襲うのか?こころといると第三の目が緩んだ気がした!希望の面の効果も含めてこころは私の第三の目を開けてくれる存在だったんだ!なのに…なのに…」
そう言ってこいしは項垂れた。そしてまた、殺してくれ、殺してくれと懇願してきた。
「もう夜も遅い。お前の処分は明日決まる。」
名目上は妖怪の山侵入の罪での確保であったため私は取り敢えずそう言いその場を立ち去った。翌朝、こいしは気付かぬうちに逃げ出していた。鉄格子は破壊されていた。きっと、無意識に操られているのだろう。私はこいしがこころを殺しに行くと確信し、こころの元へ急いだ。まず、博麗神社に行った。こころは昨日から来ていないと言われた。命蓮寺に行った。昨日まではいたんだけど…と言われた。道行く妖怪に聞いてみた。知らないと言われた。私は焦って飛び回った。そして、地底の入口近くでこころを見つけた。
「こんなところで何をしている?」
私は尋ねた。
「天狗…お前に話すことではない。」
「いいから!」
なるべく強く言った。
「こいしの様子がおかしかったから、様子を見に…」
只事では無いと察してくれたのか、答えてくれた。
「今はこいしに近づいてはいけない、離れて…」
その時だった。ひゅうと風が吹いた。こころの首に手が置かれていた。そしてそれは首を捻り、こころの命を、終わらせた。こころは前にパタリと倒れた。そこにいたのはこいしだった。泣いていた。
「こい…」
声をかけようとした、その時。彼女は私の視界から消えた。
そうですか…殺してしまいましたか…
今ならなんとなくわかる気がしますよ、いえ本当はあなたが最初こいしの手紙のことで来たときから察しはついていたんです。なぜ言わなかったか、ですか。こいしは第三の目を閉ざした時から死体を運んで来てたんですよ。何処からともなく。人、動物、妖怪…なんでも持ってきました。悲しいですね、こいしは優しい子なんですよ、でも無意識には妖怪の性があったんです。決して抑えられぬ妖怪の性がね…きっと、第三の目が開いたら無意識のうちにしていたこと含め全ての記憶は蘇るでしょう。そうなったら、あの子は正気を保ってなどいられない。きっと、無意識は第三の目を開かせようとする者を排除していたんですよ。自己防衛のために…あぁなんて悲しい子…こいしはこれからも全てを忘れながら生きていくのでしょう…
以下 文々。新聞 号外より
何処へ消えた?秦こころ氏行方知れず
能楽で人気を誇った秦こころ氏が行方不明となった。連続して予告していた博麗神社での公演を無断で欠席したこと、また同氏が住んでいると思われる家屋にも戻ってこないことから行方不明が発覚。同氏を見かけた場合は直ぐに博麗神社の巫女、博麗霊夢氏まで連絡して欲しいとのことである。
こいしは自殺できないんだろうか? こころちゃんが助かるにはこいしちゃんを殺す他なかったんだね。何にせよ死んじまって残念だァ
最後に、自分としてはこいしやあやや辺りの口調がもっと原作寄りだったらもっと良かった。
でも、悲しいと言えばさとりもですね。今現在までさとりが生きているのはつまり、こいしはさとりを殺すほど愛してなどいないからなのでしょう。こころを殺す時にさとりのところに行かなかったのも、以前止めてくれなかったさとりを無意識に見限っていたからなのかもしれませんね。