Coolier - 新生・東方創想話

ラピスラズリの涙

2015/01/07 00:09:25
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 真っ暗。
 何も見えない。
 耳にはご主人様が鼻歌をお歌いになりながら何やら作業をしておられる声が聞こえる。
 おそらくご主人様は暖炉の前に座っておられるのだろう。
 今の私には目がない。
 たった今ご主人様が私の体から外して汚れきった私の瞳を綺麗にしてくださっているのだ。
 ラピスラズリの色は傷つきやすい。それでもご主人様はお手間をかけても綺麗な色の瞳を私にくださったのだ。
 ご主人様はとても優しいお方。
 私はご主人様のことが好きだ。


 今まで私はご主人様のお傍に仕えてきた。
 私は人形だ。
 自分で自分の体を動かすことができない身だ。
 ご主人様は魔法で私を動かされる。
 炊事。洗濯。掃除。
 私はご主人様の為にこの体を捧げている。
 私はご主人様によって作られた人形だ。
 どんな仕事でもご主人様は私を手として足としてお使いになる。当たり前のことだった。


 しかしご主人様は優しすぎる。
 私は人形だ。
 私は道具だ。
 ご主人様の為に汚れ仕事でも引き受ける、その為の道具に過ぎないのに。
 今も私の瞳が汚れると体から外して綺麗に磨いてくださる。
 私の服がほつれると裁縫道具を持って縫ってくださる。
 私の体が汚れていると服を脱がしてくださり、ウィッグも取って体の隅々まで綺麗に拭いてくださる。
 夜になるとご主人様は私を抱いて寝てくださる。
 寝られる時には「おやすみ」と、起きられる時は「おはよう」と挨拶をしてくださる。
 笑顔を浮かべられて、まるでご自身の家族に向けるように言葉をくださる。
 時にはご主人様は私や私と同じ人形たちを使って演奏会を開いたことがありました。
 私たちがご主人様に操られて楽器を奏でると、ご主人様は一人その美しいお声で歌を歌われる。
 私たちだけの演奏会。
 ご主人様と私たちの為の演奏会。
 そんな日々は私にとってどれだけ嬉しいことか。
 私はただの道具ではないのだ。
 私はご主人様にとって大事な家族の一員なのだ。
 胸に込み上げる想いをご主人様は知らない。
 作られたラピスラズリの瞳は涙を流さない。
 この想いを自由に口に出来る術はまだ授かっていないのだから。
 それでも私は嬉しい。
 例えこの人形がご主人様のことを慕っているのに気がついておられなくても、ご主人様のお傍にいさえすればいいのだ。
 私はご主人様の寝顔を見て夜を過ごす。
 私は人形、寝ることはないのだ。
 しかし幸せそうに、美しいご主人様の寝顔を一晩中眺められるのは私にとっても幸せな時であった。
 ご主人様は私を相談相手にすることがある。
 どうしたら貴女を完全に自立した人形にできるでしょうね、と。
 貴女が完全に自立したらどんな生活が待っているでしょう、と。
 私と言葉を交わし、微笑み合い、抱き合う生活をご主人様は楽しみにしていらっしゃる。
 そうして毎晩、机に向かい研究をすすめておられる。
 楽しみなのはご主人様だけではありません。
 私も楽しみなのです。
 もし私が完全に自立した人形になることを許されたのなら、私は今までの感謝をご主人様に伝えるでしょう。
 愛おしいご主人様への想いを打ち明けるでしょう。
 きっとご主人様はそんな私をお嫌いになることはないでしょう。
 いや、これからも大事な家族の一員としてこれまで以上に楽しい生活を過ごすことになる。
 その期待を抱いているのは私だけではありません。
 このご主人様のお家には私の他にも多くの人形たちがいるのです。
 私ばかり大事にされるわけではないのです。
 他の人形を抱いて寝ることもありますし、他の人形が汚れているとご主人様は綺麗に拭いてくださる。
 私は棚からそんなご主人様の様子をそっと見守っていました。
 嫉妬は感じませんでした。
 ご主人様が嫉妬という感情を私に植えられなかったからなのではありません。
 本当に私は仲間が私と同じくご主人様に大事にされておられるのを見ていると嬉しいとさえ思うのです。
 きっと完全に自立した人形になることが出来れば、私たちは一同ご主人様を大事にしていくと思っているのです。
 皆で大家族でこの家で過ごしていく。
 その時を楽しみにしていました。
 その時まで私のこの想いは胸に優しく秘めたまま永遠に大事にしよう、と思っていました。
 つい最近までは。


 一ヵ月前からご主人様は私に相談をするようになりました。
 それは恋の相談でした。
 ご主人様は恋をされていたのでした。
 その相手は同じ魔法使い、しかし白と黒の服を着たまだ人間の魔法使いでした。
 ご主人様は私に問います。
 彼女を好きになるのは間違っていることなのか、と。
 私の想いを彼女は受け取ってくれるだろうか、と。
 何も答えない、答える口を持たない私はただ黙ってご主人様を見つめ返すばかり。
 私は何も答えることが出来ない。
 だからと言って何も感じていないわけではないのです。
 ご主人様は知らないでしょう。
 私は反対だったということを。
 私は道具です。
 どんな仕事でもご主人様の手足となる道具です。
 例えそれが弾幕勝負でも。
 闘いとなると私はご主人様の武器となります。
 槍となり敵を攻撃し、盾を持ってご主人様を守る。時には体に爆薬を仕込まれて四散した仲間を私は見てきました。
 長い年月に耐え切れず修繕の余地もない仲間がご主人様によって焼かれるのも見ました。
 ご主人様は弾幕勝負を終えた後、無残に散らばった仲間たちを必ず一人一人拾い上げられます。動かない仲間たちをその場に置いたままにしたりなんかはしませんでした。
 もう人形として、道具として役目を果たせない仲間をご主人様は一人一人接吻してくださり、「ごめんね」とお言葉をおかけになり、ぎゅっと抱きしめてから燃える炎に仲間たちをそっと入れて供養されます。
 ご主人様の為にこの命を捨てる覚悟はありました。
 しかし命を捨てるわけでもないのに、あの人間の魔法使いに恋をされているということが、私には受け入れられないことだったのです。
 私は驚きました。
 どうして受け入れられない自分がいるのか。
 私は道具だ。人形だ。
 私は自分で自分の体を満足に動かせる身ではない。
 想いを口に出せることも出来ない。
 植えつけられた言葉しか話すことが出来ない身だ。
 そんな自分がどうしてご主人様の恋心に口を挟もうとしているのか。
 この事実は自分自身でも理解することが出来ませんでした。
 理解するだけの知能が私に備えられていないからか?
 いえ、違いました。
 私は、多くの仲間たちも同じでしょう。
 この秘めていた想いは恋だったのです。
 ご主人様に恋をしていたのです。
 誰よりもご主人様を愛している。
 誰にもご主人様を渡したくない。
 ずっとお傍にいるのは私、私たちだ、と思っていたのでした。
 なんて思い上がりなのでしょう。
 私は道具に過ぎないのに持ち主に恋心を抱くなんて。
 ご主人様の優しさに触れて私たちは勘違いをしていたのです。
 それでもご主人様を渡したくはない。
 ご主人様。私は貴女を愛しています。心から、愛しています。
 でも私にはそれを言葉にする口を持っていませんでした。
 ラピスラズリの瞳からは涙も出ません。
 ただじっと悩むように、嬉しそうに、戸惑うように、恋する相手の話をされるのを静かに聞くしかなかったのです。
 弾幕勝負でこの体が四散して、長い年月でこの体が朽ち果てて使い物にならなくて、静かに燃える炎に入れられるよりも苦痛なのでした。
 それが道具として、ご主人様の人形としての私なのでした。


 私の目を綺麗にされる前。
 ご主人様はあの魔法使いとデートに行かれていました。
 私も同行しました。
 いや、同行されました。
 楽しそうに人里を巡り、ちょっとしたことで喧嘩をされ、ちょっとしたことで仲直りされるご主人様。
 自分で自分の体を動かすことが出来ない私はお傍でお二人の仲睦まじい姿を見守っていました。
 お傍で見ていて私は身を裂かれる思いでした。
 デートを終え、家へ帰ったご主人様は私の目を見て驚きました。
 実は私の目は二日も前にご主人様に綺麗にしてくださったばかりなのでした。
 二日でこんなに汚れてしまったことに驚いたご主人様は私から目を外され、そうして今綺麗にしてくださっているのです。
 もしかしたら私のラピスラズリの瞳から涙が零れていたのでしょうか。
 私には覚えもありません。
 ご主人様も知らないでしょう。
 しかし私は涙を流していたのでしょう。
 きっとそうだ。
 あぁ、ご主人様。
 こんな私を許してください。
 身分を忘れてご主人様に恋する私を嗤ってください。
 ご主人様の恋心を憎む人形をどうかお嫌いになってください。
 そうでないと私は自分でいられることも出来ず、だからといって自分をどうすることも出来ないのです。
 もっと早くご主人様が私を、私たちを完全に自立した人形にしてしまえばよかったのに。
 そう思う私をお嫌いになってください。
 燃える炎にこの私を投げ捨ててください。
 この想いをどうか忘れさせてください。


「さぁ綺麗になったわよ、上海。今貴女に瞳をつけてあげるからね」


 ご主人様のお優しいお言葉が聞こえてくる。
 つけないでください。
 私に目を与えないでください。
 もう貴女のお顔を見るのが辛いのです。
 貴女への想いを忘れたいのです。
 せめてこのまま暗闇の中に置いておいてください。
 しかしご主人様に私の想いは届かない。


 あぁ、私はまた流すのだろう。
 ラピスラズリの瞳から涙を。
「彼は私の北であり、南であり、西であり、東であった。 私の出勤日であり、日曜の休息であった。 私の正午であり、真夜中であり、 私のおしゃべりであり、私の歌であった。 あの愛が永遠に続くと思ったけれど、私は間違っていた」
 by W・H・オーデン
aikyou
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コメント



0.290簡易評価
3.無評価名前が無い程度の能力削除
何故かあなたの作品からはその作者の匂いといったものが全く感じられないんですよね。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
雰囲気だけでそれっぽい事書いておけばいいっていう印象でした。
これって、ホラー作品の序盤ですよね?
10.90絶望を司る程度の能力削除
切ない印象でした。
13.70とーなす削除
SSというよりは詩を読んだ後のような読後感。
悲痛ながらも綺麗な掌編でした。