Coolier - 新生・東方創想話

あなたの隣で、

2015/01/06 18:25:24
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 マエリベリーは目を覚ました。枕元に置いた目覚まし時計が、その小さな体で懸命に大きな音を立てている。寝袋から手を出して、手探りで目覚まし時計を止める。凍えるような寒さが一気に彼女の腕へ絡みついて、マエリベリーは慌てて寝袋を首元まで引き上げた。
 寝起きの乾いた瞳をしばたたかせた。だが夜明け前のテント内は、耳の痛くなるような静寂と暗闇があるだけで、目を開いていようがいまいが、そこにたいした違いはなかった。
 ふと、マエリベリーの頬に何かが触れた。さらさらと彼女の頬をくすぐったそれは、隣で眠る蓮子の黒髪だった。規則正しい蓮子の吐息が、マエリベリーの首筋に降りかかる。二つを一つに連結した封筒型の寝袋に、マエリベリーと蓮子は並んで横になっていた。冬の寒さから身を守るには、これが一番都合がよかったのだ。
 小柄な少女にとって、寝袋の中にはある程度のゆとりがあった。暗闇に目の利かないマエリベリーにはわからないことだったが、隣で眠る蓮子は、寝返りを打ってちょうど彼女のほうを向いていた。そうしたおかげで、二人の距離はぐっと縮まっている。目も耳も役に立たない真っ暗闇の中とあってマエリベリーは、蓮子の温もりと匂いに包まれるような感覚に襲われていた。
 枕元にはランタンがある。明かりを点けようとした彼女だったが、再び寝袋から這い出ようとしていた手をふと止めた。テントの中を満たす寒気がそうさせていたというのもあるが、それ以上に、今ここにある静寂を、手放したくないという気持ちが彼女を強く制していた。
 真っ暗な、自分の体と暗闇の境界さえ判別できない空間のなかで、マエリベリーは寝返りを打って蓮子がいるはずの方向へ体を向けた。
 相手を起こさないように、そっと寝袋の中で相手の手を探した。蓮子の胸元でぎゅっと強張っていたそれを、自分の両手で包み込む。熱で氷が溶け出すように、固く握られていた蓮子の五指が、マエリベリーの手のなかで柔らかくほどけた。マエリベリーはそっと、恐る恐ると言った調子にも近い慎重さで、しかし触れた体温を決して手放そうとしない強かさで、蓮子の指に自分の指を絡めた。それは体温と体温を交える行為であり、また境界と境界を弄ぶ行為でもあった。そして手の平から、指の一本一本から大切な友人の温度を密に感じつつ、マエリベリーは暗闇に小さく笑んだ。耳がかっと熱くなり、幸せな気持ちで満たされた。けれど耳の裏でとくとくと響く心の音を感じるたび、胸の奥深い場所は絞め付けられるような、ほんの少しの心地よさと、途方もない苦しさに苛まれた。
 マエリベリーはそっと握り締めた蓮子の手を引いて、その手の平を自分の頬に添えた。こんなことをして相手が起きてしまったらどうしよう。そんな焦りと後ろめたさに、なおさらマエリベリーの首筋は汗ばんだ。それでも蓮子が眼を覚ます気配はどこにもなく、すぐ目の前の距離から、ぐっすり深い眠りについた少女の浅い寝息が聞こえてくるのみだった。
 宇佐見蓮子という少女と出会って、三回目の元旦だった。今年もまた蓮子と一緒に特別な瞬間を過ごせたことがとても嬉しかった。だが、その瞬間が幸福であればこそ、彼女の小さな胸のうちに影が差すのを、マエリベリー自身どうすることもできなかった。時間は有限なのだ。人の一生という時間のなかで、大学生として生活する四年間など、長い長いフィルムのほんの一コマでしかない。嬉しい出来事も悲しい出来事も、エンドロールを迎えてしまえばそれは過去の一瞬だ。終わり良ければ総て良しなどと人は言うが、私たちが生きているのは、今この瞬間なのだ。
「今年は、どんな一年にしましょうか」
 今にも消え入りそうな声で囁いた。もちろん返事があるわけもなく、言葉は無音の闇に拡散してしまう。
 大学を卒業したら、自分は祖国に帰る。それは大学に入る前から、わかりきっていたことだった。大学で出会った人々とも、日本での生活とも、お別れをする。そんなこと、最初から全部わかってることだった。わかっているつもりだった。けれどわかっていなかった。残された時間は、あまりに短かった。
 ああ、蓮子。あなたに出会わなければ、こんな気持ちにはならなかったのかしら。一年の始まりという素敵な日に、こんな淋しい思いをしなくて済んだのかしら。私にはそれが、わからないわ。
 頬に添えていた蓮子の小さく温かな手。その手首へ、ひそかに口づけをした。そうしてから、自分の胸を押し当てた。とくとくと絶え間なく生き続けている心臓。どこまでも膨れ上がり、今にも張り裂けそうだと絶え間なく悲鳴を上げ続けているそれを、その苦痛をどうにか抑え込むように、大切な少女の手の平を抱きしめた。
 ずっと一緒にいたい。
 口にするだけならあまりに簡単で、けれどその後にどうしようもない悲痛をもたらすだろう呪詛。こんなことを言っても、きっと大切な友人を困らせるだけ。そうやって言葉にできない思いが、カミソリにも似た冷たい鋭利さを伴って全身を流れ続けている。
 自分自身の体を保つ境界さえ判然としない暗闇のなかで、自分のものとは異なる体温を感じ続けた。マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子の境界。それはこの上なく二人の少女を分かち、それでいて互いの体温は曖昧に溶け合っていた。
「ほら、蓮子。起きて」
 抱きしめた蓮子の手を離しつつ、マエリベリーは言った。手探りで少女の肩に手をおき、名前を呼びながら小刻みに揺する。手の平に、胸に感じていた熱が冷めてゆき、テントの中を満たす冷たい空気が、二人の間へ割って入るように、寝袋のなかへ雪崩れ込んだ。
 小さく呻くように言葉にならない返事をよこした蓮子が、寝袋のなかで丸くなる。彼女の抱え込んだ足、その膝頭がマエリベリーの腹を触れるか触れないかといった位置でくすぐった。マエリベリーは愛おしむように蓮子の膝に手を添えて、とんとん、と叩いた。
「もうすぐ日の出よ。今ココアをいれてあげますから。起きてちょうだい」
 マエリベリーは枕元のランタンに手を伸ばした。スイッチ一つで明かりが灯り、テントの中から濃密な夜の色を追い払ってしまう。その眩い光に、蓮子がもう一度小さく呻くような声を漏らして、目をギュッと瞑った。あどけないとも言えるそんな仕草に、マエリベリーは心の柔らかな場所に吐息を吹きかけられるようなもどかしさを感じつつテントを抜け出す。
 テントの外へ出ると、身を切るように凍てつく風が彼女の長い髪を乱した。テントから零れるランタンの明かりが、朧にマエリベリーの周囲を照らしていた。空を見上げると月は山陰に姿を消していて、満天の星々だけが、眠気に微睡み蕩けるような眼差しでマエリベリーを見つめている。
 寒さに身を震わせながら、ガスバーナーコンロに火を点ける。こんな作業のひとつでさえ、蓮子と秘封倶楽部として活動していくなかで覚えたのだ。眠気と体温の残滓でぼんやりとした思考のなかで、マエリベリーはそんなことを考えた。自然と頬が緩んでいた。
 お湯が沸いたころ、背後のテントががさがさと揺れた。音に続いて、視界に光が溢れた。振り返ると、ランタンを片手に提げた蓮子が寝ぼけ眼を擦りながらテントを出てきたところだった。ランタンの煌々と放つ光が目に染みた。
「おはよう、蓮子」
「6時43分03秒……。本当に早いわね」
「だって、太陽より早起きしたんですもの」
 カップにココアパウダーを入れ、お湯を注ぐ。スプーンで掻き混ぜてから、自分と蓮子のカップを両手に持ち、夕食後そうしたように、廃神社の階へ腰かけた。
「ほら、ココアができたわ。こっち来て」
「うー、さぶい。動きたくない……」
「そんなことを言ってると本当に凍っちゃうわよ。ココアだって冷めちゃうわ」
 体を縮こまらせた蓮子が、渋々と言った調子でのそのそマエリベリーの隣に腰かけた。マエリベリーがカップを手渡すと、蓮子はそれを両手でぎゅっと包み込み、深く深く真っ白な吐息を漏らした。
「6時47分16秒。もうすぐってところかしら」
「常々思うけど、本当におかしな目よね」
「常々思うけど、メリーがそれ言っちゃう? あなたの目だって、相当なものよ」
「ふふっ。まあ、そうだけどね」
「本当よ。それに、私はこの目があるからこそ、あなたに時間を伝えることができるんだから」
「それはそれでありがたいけれど、そんなことより、遅刻癖をどうにかしてほしいものですわ」
「ぐ……」
 押し黙った蓮子がココアをずずっと啜る音に、マエリベリーは思わず吹き出してしまった。蓮子がきょとんと目を丸くするのをよそに、マエリベリーは自分でも不思議なくらい、口から溢れ出る笑い声を抑えることができなかった。そのことが余計に、彼女の気分を愉快にさせた。これと言って特別な理由があるわけでもないのに、笑えて笑えて仕方ない。息は白く、ときおり吹きつける風も刺すように冷やかだったが、体の奥底から湧き上がるぽかぽかとした気持ちが、そんなことを全く気にさせなかった。
「メリー、いったいどうしたの?」マエリベリーにつられて浮かべた目尻の涙を拭いつつ蓮子が言う。「私が寝てる間におかしな物でも食べたのかしら」
「大丈夫、そんなことないわ。私はぜーんぜんっ、いつも通りよ!」
「えー、本当に?」
「もちろんですとも!」
 最後にもう一度、あははっと大きな声を出して笑ってから、マエリベリーは深呼吸をした。散々笑いに笑った息苦しさが、熱の籠った呼気と一緒にその口から吐き出される。後には、お腹のじんと痛みを伴うような心地よい疲労感と、胸のなかで空よりも広く広がってゆくような満ち足りた思いだけが残った。
 視線を正面に向けた。空はいまだに暗く、星の輝きだけがその輪郭を彩っていた。地上に輝く明かりも疎らで、街はいま、束の間の浅い眠りについている。それらを等しく見つめながら、マエリベリーはほっと吐息を燻らせた。
 湿っぽいことを考えるのはやめにしよう。マエリベリーはそう思った。こうして他愛のない話をして、互いの目を気味悪がって、訳もなく笑っていられる限り、自分たちに淋しい思いなど無縁なのだ、と。そんなの、私たちには似合わない。
 宇佐見蓮子という少女の隣にいる時は、彼女に相応しい自分でありたいから。
 私たちには、片一方の手で相手の手を取り、空いた手には夢と陽気さを提げているくらいの身軽さで丁度いい。
 沈むような気持ちは、少し疲れすぎてしまうから。
「6時58分41秒」
 蓮子が告げた。マエリベリーも蓮子も、階に腰かけて、遠い空の彼方に目を凝らした。一分一秒がその何倍にも長く思えるような感覚のなかで、二人が見つめる先、空の裾口が白み始める。地平線と言う名の夜と朝を分かつ境界はやがて、燃えるような赤色に染まる。
 一陣の風が、マエリベリーと蓮子へ真正面から駆け寄った。鋭い寒さはそのままに、しかしどこまでも爽やかな朝の匂いが少女たちの鼻腔を満たす。そうして朝を閉じ込めた境界の向う側から、金色に輝く太陽がその顔を覗かせた。新しい一年の始まりを告げる黎明。世界が産声を上げた。
 どちらからともなく漏らした溜め息。朝日に照らされきらきら白銀に輝いたそれは、空中で交わり、眠りに就こうとしている夜空の欠片を目掛けどこまでも高く昇って行った。
 マエリベリーはちらりと蓮子の横顔を盗み見てから、悪戯気に微笑んで大切な友人との距離を詰めた。足と足が、腕と腕が、肩と肩がぴったり触れ合うように、二人を隔てる隙間を埋めてしまう。今この時、二人の間に境界線など必要はなかった。
 あなたの隣で、私は世界を見つめよう。その笑顔が、私のそばで花咲いてくれる限りいつまでも。
「メリー、どうしたの?」
「ううん、どうもしないわ。こうすると、温かいから」
「……ふふっ、確かにそうね」
 一年の目覚めとともに、二人の時間は新しく流れ始めた。今この瞬間にも過ぎ去り続ける一瞬一瞬を、少女たちは目に焼き付け、心で感じて。
正月秘封ということで、またもや突発的に!

まだ松の内だし、許してください……!



2015年の抱負は蓮メリをちゅっちゅさせることです!(例年通り)



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brother
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
切なくて、ちゅっちゅだ
5.100名前が無い程度の能力削除
 これは好いものです。
6.100奇声を発する程度の能力削除
ちゅっちゅだ
8.100名前が無い程度の能力削除
二人の絶妙な距離感がたまりませんな
9.90名前が無い程度の能力削除
情景描写上手いなぁ
10.100非現実世界に棲む者削除
良い雰囲気でした。蓮メリちゅっちゅ。