「永琳、怖いわ……」
偽りの月の下。
永遠亭にて輝夜が不安げに空を見上げていた。
月の使者から身を隠す為、永琳の秘術にて幻想郷中に結界が展開されている。
しかしその異変を捕えた何者かが、かなり強い力を持つ者が輝夜の身に迫っている気配を感じ取っていた。月の使者か。輝夜の体が緊張する。
そんな輝夜を従者である永琳が優しく微笑み心配を取り除こうとする。
「あら姫様。姫様ならいい退屈しのぎになるとお喜びになるかと思いましたわ」
「でも永琳の結界が破られて……月の使者が来たら」
「ご心配はいりませんわ」
輝夜の髪を数回撫でる永琳。その顔は自信に溢れていた。
「この八意永琳。けっして月の使者に貴女様を手渡しません。いや、姫様を狙う侵入者など私が追い払います。どうかご安心を」
「永琳……」
輝夜は顔を見上げて永琳の顔を見つめる。
いったい二人で何年、何十年、何百年の時を同じにしてきただろう。
この穢れた地で共に暮らし、自分の為に尽くしてきた永琳は輝夜にとって家族のような存在だった。
ようやく輝夜が笑ったのを見て永琳は立ち上がると庭に向かって大きな声を上げた。
「さぁ! イナバたち、なんとしても姫様を守るのよ!」
するとどこからともなく複数の影が飛んで来ると永琳の前に片膝をつく。
永琳と輝夜に仕えるイナバたちだ。
「ま、お師匠様と姫様のためならね。一肌脱ぐとしますか」
「お任せください。閉ざされた扉は一つも空かせません」
「美濃の国より一鉄、参陣仕りました!」
イナバたちの返事に永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「それじゃあ姫様。行ってきます」
「待ちなさい永琳。いいから待ちなさい」
そんな永琳の服の袖を引っ張る輝夜であった。
「なんですか姫様」
「なんですかじゃないわよ! 誰!? この鎧武者は!」
輝夜が人差し指をビシッと示した。姫様に「誰?」と言われた哀れな戦国武将。ズーンと落ち込むのをてゐと鈴仙が必死に慰める。
「誰って戦国時代に信長の元で活躍した武将よ。ノリで採用しちゃっけど」
「ノリで採用しないでよ! 鎧武者のおっさんが一人混じっているなんて厭よ! 返してきなさい! 元いたところに返しなさい!」
詰め寄るように吠える輝夜を永琳はどうどう、はいどうどうと宥めようとする。
「落ち着きなさい輝夜」
「その姫様を家畜扱いするな!」
「さぁイナバたち。戦の前には腹ごしらえが必要だわ。これを食べて力をつけなさい」
輝夜を気にせず永琳はニッコリ笑うとイナバたちに何かを手渡した。
黄色と赤色と緑色の缶詰だった。
「私は黄色の方が好きだなぁ」
「えー、てゐったらそうなの? 私は赤かなぁ」
そう言って缶詰を開けるてゐと鈴仙。
開かれた缶詰からはスパイシーな香りがなんとも食欲をそそる――カレーである。
美味しそうに食べる鈴仙たちを見て永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「さすがは人気の某缶詰メーカーのカレー。ほどよい辛さにイナバたちの元気が養われたようね」
「やめなさい永琳。いいからやめなさい」
そんな永琳の服の袖を力いっぱい引っ張る輝夜であった。
「もうさっきから落ち着きがないわね、輝夜は」
「なんで私が子ども扱いされないといけないのよ! というよりどこから某缶詰メーカーのカレーなんて入手したのよ!」
「あ、輝夜。缶詰残ってるけど食べる? ツナとチキンの二種類あるけど」
「わーい、嬉しいなぁってそんなわけないじゃない!」
両腕をあげて怒る輝夜。
しかし永琳の目が光った。どこからか片手に弓矢を握ると庭へと向き直る。
イナバたちも気を漲らせて侵入者に向かった。あの、口元にカレーがついたままですよ。
「えーと、今回は漫才集団が相手なのかしら?」
「霊夢、油断は大敵よ。ふふ」
永遠亭の庭。
その宙に偽りの月を背後に二つの影が輝夜たちを見つめていた。
一人は紅白の巫女。
もう一人はスキマから上半身を覗かせた妖怪。
この永遠亭へと迫る気配の正体であった。
輝夜の体が再び緊張する。
「え、永琳!」
輝夜が口に出すと同時に永琳が輝夜を侵入者に見えないように体で隠した。元々輝夜は永遠亭の奥へと避難させる予定であったが、すでに作戦はグダグダになってしまっている。
「もう輝夜がギャアギャア騒ぐから」
「だからなんで私のせいなのよ!?」
「しかし心配はいらないわ。さぁ、イナバ。先手必勝。お前たちの力を見せてちょうだい!」
永琳が叫ぶように言うとてゐと鈴仙、そして何十羽という妖怪兎たちが一瞬のうちに集結した。ちなみにひょっこり戦国武将も混じっている。
突如密集し出したイナバたちに侵入者たちは驚きを隠せない。わずかな隙が生まれた。
てゐと鈴仙が視線を交わして「せーの!」と叫んだ。
イナバたちが宙に浮いた。
「ラーララララーラーラー!」
「ハイハイ!」
「ラーラーラー、ラーラーラー、ラーラーラーラー!」
「「「イナバ!」」」
明るいメロディーを口ずさみながらイナバたちがそろってジャンプをする。
地表が大きく揺れた。
揺られながら永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「ふふふ。通称、イナバジャンプ。大勢のイナバたちによるジャンプによって敵は大きく戸惑う、北の大地の背番号41の応援歌。もう生で見ることができなくて残念ね」
「20年間お疲れ様でした」
輝夜がペコリと頭を下げた。
「……って何よ! ただジャンプしているだけじゃない!」
「でもすごく揺れたでしょう?」
「そうだけど!」
「本場では何万人という人がジャンプするのよ。これなんてまだ優しい方よ。あぁ、引退が惜しまれるわ」
「なんで本場なんて知っているのよ!? ちょくちょく永遠亭を抜けてどこに行っていたの?」
「札幌ドーム。私だけじゃないわ、てゐも鈴仙も一緒だったわ」
「私だけ仲間はずれかよ!」
輝夜が涙目で永琳に詰め寄る。やっぱり仲間はずれってよくない。
「え? な、何よこれは?」
「落ち着きなさい霊夢。これも彼女たちの作戦のうち。慌てないで」
しかしイナバたちの大ジャンプに侵入者たちは戸惑っているようだ。効果あるのかよ、と輝夜が独りで呟いた。
「さぁ、今よウドンゲ!」
永琳が叫ぶや否や鈴仙は大きく宙へ飛ぶと侵入者の頭に人差し指を向けた。
その目が赤く光っている。
侵入者たちもやや遅れて鈴仙に身構えるが鈴仙の攻撃の方が早かった。
ついに侵入者たちとの戦闘が切って落とされたのである。
「くらいなさい! 弾幕『右往左往蒼色弾丸(さまよえるあおいだんがん)』!」
鈴仙の指先から蒼色に輝く弾幕が放たれた。弾幕は対象からあちらこちらへあらぬ方に飛んで行ったかと思うと、くんとその行き先を変えて四方八方から侵入者たちに降り注ぐ。
「紫! 来るわよ!」
「霊夢こそ気をつけなさい!」
侵入者たちは落ち着きを取り戻すと鈴仙の弾幕を華麗に避ける。どうやら中々手ごわいようだ。
しかし鈴仙はなおも攻撃の手を緩めない。すぐに次の弾幕を放つ。
「逃がさない! 弾幕『何時過去聖夜祭(いつかのめりーくりすます)!』
今度は白い弾幕が淡い雪のように舞い降りたかと思うと侵入者たちに張り付くように集まり、小さく爆発を誘導する。
侵入者たち二人は吸い寄せられるように寄ってくる弾幕をかわすのに精一杯のようだ。
白色の弾幕がやっと終わった。
そう思った時には侵入者の前に鈴仙とてゐが真正面に並んでいた。
「いくわよてゐ!」
「任せて鈴仙!」
二人の共同スペルカードが放たれようとしていた。
「「弾幕『愛儘我儘僕不傷付君一人(あいのままにわがままにぼくはきみだけをきずつけない)』!!」」
オレンジやら赤やら黄色の弾幕が放たれ、侵入者目がけて飛んでいく。そして大爆発が起きた。
黒煙を見つめながら永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「さすがは某有名二人組のロックバンドの曲を取り入れただけはあるわね、すごい爆発力……ところで輝夜。私『Calling』という曲が好きなんだけど、ひらがなにすると『こーりんぐ』なのよ。この曲を聴く度に眼鏡をかけた銀髪の古道具屋の店主がプロモーション・ビデオのようにどしゃ降りの中で熱唱する姿が浮かんで仕方がないのだけど」
「だから!? なによ!?」
そんな永琳に歯ぎしりしながら詰め寄る輝夜であった。
永遠亭の庭でまだ黒煙が上がっている。
倒したのか。
てゐと鈴仙、そして永琳はじっと見つめていた。輝夜は一人闘ってもいないのに疲れたような顔をしている。もうやだ、と呟いている。どんまい。
黒煙の向こうの侵入者たちに動きはない。
しばらく見つめて鈴仙は懐から一冊の本を取り出した。
すでに付箋を付けているページを開けるとてゐに見せた。
「さぁーて終わったし。てゐ、次の旅行ここでいいよね?」
「うん、このお城楽しみだなぁ」
仲良く旅行ガイドを読む二人のイナバに永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「ふふふ。イナバたちったら、浮かれて次の旅行に岐阜城へ行くのを楽しみにしているみたいわね」
「岐阜?…………稲葉山城か!? 貴女たち『イナバ』がつけばなんでもいいのか! というよりさっきの岐阜出身の戦国武将といい岐阜県好きだな、あんたら!」
少し頭を捻ってから、やっぱり永琳に詰め寄る輝夜であった。
「え? 輝夜、ここ岐阜県じゃないの?」
「謝りなさい永琳。全ての岐阜県民の皆様に謝りなさい」
どうやら長年付き添ってくれた従者はアホらしい。輝夜が顔に手を当ててショックを受けていた。
黒煙がようやく晴れようとしていた。
その中から二つの影が飛び出す。
とっさに永琳は庭へ向き直る。鈴仙とてゐが旅行ガイドブックを地面に落としながら身構えた。輝夜はただ無表情な顔つきだ。しかも目が虚ろのオマケつき。
侵入者たちは無傷だった。
飛び出すと同時に弾幕を輝夜たち目がけて放つ。
輝夜が動いた。
その片手には蓬莱の玉の枝が握られている。
守られてばかりじゃいやだ。私だって侵入者たちを迎え撃ちたいのだ……なんかコイツらのノリについていけないし。
そう思っていると輝夜の視線が永琳の背中に遮られる。
振り返った永琳は右手を挙げると――ぐっと親指を上げた。その顔がドヤ顔なのが輝夜のやる気を失わせた。なんか口元でキラーンと輝いているし。生でエフェクトを見るの初めてだ。なんの感動もねぇよ。
侵入者たちの弾幕。
しかし白い大きな箱のような物が突如積み重なれて弾幕がぶつかった。
強い衝撃。
それでも白い箱のような物を積み重ねたタワーはびくともしない。
「な。今度はなによ!?」
「どうやら攻撃だけではなくて守りも固いようね」
侵入者たちが険しい顔つきでそれを睨み付ける。
「やっぱりイナバ」
「百匹載っても」
「「だいじょーぶ!!」」
そのタワーの先で鈴仙やてゐ、イナバたちが乗っかって両手を広げる。
敵の攻撃をしのいだ白いタワーを見つめながら永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「さすがは某メーカーの物置だわ。この物置さえあれば敵からの攻撃に永遠亭は守れるわ」
「……もう勝手にすれば」
ため息が出尽くして、もうツッコむのもイヤになった輝夜であった。
しかし次の攻撃で物置のタワーはもろくも崩れ去ってしまった。
イナバたちも、てゐも鈴仙も、哀れ戦国武将も物置の下敷きになる。
永琳に戸惑いの色が浮かんだ。
「そんな! まさか鉄壁の防御が破れるなんて……あぁ、イナバたち。どうしてこんなことに」
「そりゃ物置だからねー、破られるわねー、バッカじゃないの?」
自分の長い髪をくるくる指で巻きながら、やけくそに他人事のように話す輝夜。もうどうでもなれ、といったようだ。
地面で目を回すイナバたちに構わず侵入者の二人は庭へ舞い降りると、永琳と輝夜を睨み付けた。
「さっきから変なことをして……さぁこれで終わりよ! 観念しなさい!」
紅白の巫女がお祓い棒を二人へと向ける。
はいはい、観念しました。もう何もしません。うちの馬鹿がご迷惑をおかけしました。というよりこんな従者ばっかりで私も恥ずかしいです、はい。
喉元から出かかった、というより出そうになっている輝夜であったが、その横で永琳が笑う声を漏らした。
「ふふ……ふふふ、あははは!」
突然笑い出した永琳に侵入者の二人はビクッと体を震わせた。こいつ、何を考えているんだと。輝夜も体を震わせた。こいつ、次はどんなボケをかます気だと。
「こうなったら! 我々の最終兵器を出す時がきたようね……さぁ、出てきなさい! そしてこの侵入者たちを追い払いなさい!」
永琳が両手を広げて天を仰いで叫んだ。
あ、これなんか見たことある。週刊少年ジャンプでよく敵キャラがやるアレだ。
冷ややかな目で輝夜が見ていると、後ろの障子が破られた。
驚く間もなくその二人の影は侵入者たちに向かい合った。
まさか永遠亭に最終兵器なるものがいたとは。
今まで知る由もなかった輝夜は目を丸くした。永琳には輝夜も知らない秘密がある。
まさかその秘密こそがこの最終兵器なのか!
「輝夜たちには指一本触れさせない!」
「思いっきりやらなきゃ、貴方の人生ゲームオーバー。もう戻り橋にも戻れない、一方通行の丑三つ時。貴女たちの肝、試させて貰うわよ」
どうみてもハクタク化した慧音と妹紅です。どうもありがとうございました。
「なんで慧音と妹紅がここにいるのよ! まだ出ちゃいけないでしょ! お話の展開的に!」
輝夜が体の中にある力を振り絞ってツッコむ。
それに妹紅が嫌そうな顔をして振り返った。
「ふん! 私だって厭よ。でも輝夜に協力しないとお前の従者から、その……お助け代がもらえないし」
「お助け代?」
眉をひそめて輝夜がオウム返しをすると慧音が変わりに返した。
「ここで輝夜に協力したら永琳が私と妹紅にプレゼントをくれるそうだ」
「プ、プレゼント?」
なんの話か理解できない輝夜。どうやら永琳が餌で妹紅たちを釣ったのは理解できるが、はたしてどんな餌を用意したというのだろうか。
怪訝な表情の輝夜の横で永琳が笑った。
「慧音、妹紅。ここで彼女たちに勝てば貴女たちが欲しかった……これをあげるわ」
懐から取り出された物。
タラララッタラー。
旅行チケットー。お二人様用ー。
わーい。
慧音と妹紅が両手を挙げて喜ぶ。
「なぁ妹紅。この闘いが終わったら二人きりの旅行だ。楽しみだなぁ」
「そうね。慧音、私あそこに行ってみたい。有名な温泉地だそうよ」
「私は白川郷の合掌造りを見てみたいなぁ」
ポク、ポク、ポク。
輝夜の頭の中で木魚が音を奏でる。
チーン。
「お前ら岐阜県から離れろぉぉおおお!!」
「あー、私たち置いてけぼりをくらっているのかしら?」
「そうみたいね」
霊夢が呆れて紫が微笑むその先で。
輝夜が永琳と妹紅を相手に暴れていた。慧音は鈴仙が落とした旅行ガイドブックを熱心に読み更けていた。
「そしてはーばたーく」
「うるとらそぅる!」
「「はぁーい!!」」
鈴仙とてゐが頭にたんこぶを作りながら何やらハイテンションになっている。打ち所が悪かったのだろう。可哀そうに。
「ちょっと魔理沙。アイツらなんかマジックアイテム持ってるかもしれないし、ここは魔理沙に任せるわ。私、疲れたから遠慮するわ」
「いやいや。面倒だからやめとくぜ。そう言えば咲夜、我儘なお嬢様についてきたんだったよな? ここはお前に譲るよ」
「いえいえ。私もこんな面倒事は御免ですわ。妖夢こそここで自分の力を主人に見せる時じゃないかしら?」
「……兎……不老不死の生き肝」
「幽々子様。食べちゃダメですからね」
数分後。
話し合ってもさらに面倒くさくなった霊夢ら八人の総攻撃を受けた輝夜たちはもろくも敗北した。
わずかに生まれた連携のズレが永遠亭側の敗北の原因……だったそうな。
偽りの月の下。
永遠亭にて輝夜が不安げに空を見上げていた。
月の使者から身を隠す為、永琳の秘術にて幻想郷中に結界が展開されている。
しかしその異変を捕えた何者かが、かなり強い力を持つ者が輝夜の身に迫っている気配を感じ取っていた。月の使者か。輝夜の体が緊張する。
そんな輝夜を従者である永琳が優しく微笑み心配を取り除こうとする。
「あら姫様。姫様ならいい退屈しのぎになるとお喜びになるかと思いましたわ」
「でも永琳の結界が破られて……月の使者が来たら」
「ご心配はいりませんわ」
輝夜の髪を数回撫でる永琳。その顔は自信に溢れていた。
「この八意永琳。けっして月の使者に貴女様を手渡しません。いや、姫様を狙う侵入者など私が追い払います。どうかご安心を」
「永琳……」
輝夜は顔を見上げて永琳の顔を見つめる。
いったい二人で何年、何十年、何百年の時を同じにしてきただろう。
この穢れた地で共に暮らし、自分の為に尽くしてきた永琳は輝夜にとって家族のような存在だった。
ようやく輝夜が笑ったのを見て永琳は立ち上がると庭に向かって大きな声を上げた。
「さぁ! イナバたち、なんとしても姫様を守るのよ!」
するとどこからともなく複数の影が飛んで来ると永琳の前に片膝をつく。
永琳と輝夜に仕えるイナバたちだ。
「ま、お師匠様と姫様のためならね。一肌脱ぐとしますか」
「お任せください。閉ざされた扉は一つも空かせません」
「美濃の国より一鉄、参陣仕りました!」
イナバたちの返事に永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「それじゃあ姫様。行ってきます」
「待ちなさい永琳。いいから待ちなさい」
そんな永琳の服の袖を引っ張る輝夜であった。
「なんですか姫様」
「なんですかじゃないわよ! 誰!? この鎧武者は!」
輝夜が人差し指をビシッと示した。姫様に「誰?」と言われた哀れな戦国武将。ズーンと落ち込むのをてゐと鈴仙が必死に慰める。
「誰って戦国時代に信長の元で活躍した武将よ。ノリで採用しちゃっけど」
「ノリで採用しないでよ! 鎧武者のおっさんが一人混じっているなんて厭よ! 返してきなさい! 元いたところに返しなさい!」
詰め寄るように吠える輝夜を永琳はどうどう、はいどうどうと宥めようとする。
「落ち着きなさい輝夜」
「その姫様を家畜扱いするな!」
「さぁイナバたち。戦の前には腹ごしらえが必要だわ。これを食べて力をつけなさい」
輝夜を気にせず永琳はニッコリ笑うとイナバたちに何かを手渡した。
黄色と赤色と緑色の缶詰だった。
「私は黄色の方が好きだなぁ」
「えー、てゐったらそうなの? 私は赤かなぁ」
そう言って缶詰を開けるてゐと鈴仙。
開かれた缶詰からはスパイシーな香りがなんとも食欲をそそる――カレーである。
美味しそうに食べる鈴仙たちを見て永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「さすがは人気の某缶詰メーカーのカレー。ほどよい辛さにイナバたちの元気が養われたようね」
「やめなさい永琳。いいからやめなさい」
そんな永琳の服の袖を力いっぱい引っ張る輝夜であった。
「もうさっきから落ち着きがないわね、輝夜は」
「なんで私が子ども扱いされないといけないのよ! というよりどこから某缶詰メーカーのカレーなんて入手したのよ!」
「あ、輝夜。缶詰残ってるけど食べる? ツナとチキンの二種類あるけど」
「わーい、嬉しいなぁってそんなわけないじゃない!」
両腕をあげて怒る輝夜。
しかし永琳の目が光った。どこからか片手に弓矢を握ると庭へと向き直る。
イナバたちも気を漲らせて侵入者に向かった。あの、口元にカレーがついたままですよ。
「えーと、今回は漫才集団が相手なのかしら?」
「霊夢、油断は大敵よ。ふふ」
永遠亭の庭。
その宙に偽りの月を背後に二つの影が輝夜たちを見つめていた。
一人は紅白の巫女。
もう一人はスキマから上半身を覗かせた妖怪。
この永遠亭へと迫る気配の正体であった。
輝夜の体が再び緊張する。
「え、永琳!」
輝夜が口に出すと同時に永琳が輝夜を侵入者に見えないように体で隠した。元々輝夜は永遠亭の奥へと避難させる予定であったが、すでに作戦はグダグダになってしまっている。
「もう輝夜がギャアギャア騒ぐから」
「だからなんで私のせいなのよ!?」
「しかし心配はいらないわ。さぁ、イナバ。先手必勝。お前たちの力を見せてちょうだい!」
永琳が叫ぶように言うとてゐと鈴仙、そして何十羽という妖怪兎たちが一瞬のうちに集結した。ちなみにひょっこり戦国武将も混じっている。
突如密集し出したイナバたちに侵入者たちは驚きを隠せない。わずかな隙が生まれた。
てゐと鈴仙が視線を交わして「せーの!」と叫んだ。
イナバたちが宙に浮いた。
「ラーララララーラーラー!」
「ハイハイ!」
「ラーラーラー、ラーラーラー、ラーラーラーラー!」
「「「イナバ!」」」
明るいメロディーを口ずさみながらイナバたちがそろってジャンプをする。
地表が大きく揺れた。
揺られながら永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「ふふふ。通称、イナバジャンプ。大勢のイナバたちによるジャンプによって敵は大きく戸惑う、北の大地の背番号41の応援歌。もう生で見ることができなくて残念ね」
「20年間お疲れ様でした」
輝夜がペコリと頭を下げた。
「……って何よ! ただジャンプしているだけじゃない!」
「でもすごく揺れたでしょう?」
「そうだけど!」
「本場では何万人という人がジャンプするのよ。これなんてまだ優しい方よ。あぁ、引退が惜しまれるわ」
「なんで本場なんて知っているのよ!? ちょくちょく永遠亭を抜けてどこに行っていたの?」
「札幌ドーム。私だけじゃないわ、てゐも鈴仙も一緒だったわ」
「私だけ仲間はずれかよ!」
輝夜が涙目で永琳に詰め寄る。やっぱり仲間はずれってよくない。
「え? な、何よこれは?」
「落ち着きなさい霊夢。これも彼女たちの作戦のうち。慌てないで」
しかしイナバたちの大ジャンプに侵入者たちは戸惑っているようだ。効果あるのかよ、と輝夜が独りで呟いた。
「さぁ、今よウドンゲ!」
永琳が叫ぶや否や鈴仙は大きく宙へ飛ぶと侵入者の頭に人差し指を向けた。
その目が赤く光っている。
侵入者たちもやや遅れて鈴仙に身構えるが鈴仙の攻撃の方が早かった。
ついに侵入者たちとの戦闘が切って落とされたのである。
「くらいなさい! 弾幕『右往左往蒼色弾丸(さまよえるあおいだんがん)』!」
鈴仙の指先から蒼色に輝く弾幕が放たれた。弾幕は対象からあちらこちらへあらぬ方に飛んで行ったかと思うと、くんとその行き先を変えて四方八方から侵入者たちに降り注ぐ。
「紫! 来るわよ!」
「霊夢こそ気をつけなさい!」
侵入者たちは落ち着きを取り戻すと鈴仙の弾幕を華麗に避ける。どうやら中々手ごわいようだ。
しかし鈴仙はなおも攻撃の手を緩めない。すぐに次の弾幕を放つ。
「逃がさない! 弾幕『何時過去聖夜祭(いつかのめりーくりすます)!』
今度は白い弾幕が淡い雪のように舞い降りたかと思うと侵入者たちに張り付くように集まり、小さく爆発を誘導する。
侵入者たち二人は吸い寄せられるように寄ってくる弾幕をかわすのに精一杯のようだ。
白色の弾幕がやっと終わった。
そう思った時には侵入者の前に鈴仙とてゐが真正面に並んでいた。
「いくわよてゐ!」
「任せて鈴仙!」
二人の共同スペルカードが放たれようとしていた。
「「弾幕『愛儘我儘僕不傷付君一人(あいのままにわがままにぼくはきみだけをきずつけない)』!!」」
オレンジやら赤やら黄色の弾幕が放たれ、侵入者目がけて飛んでいく。そして大爆発が起きた。
黒煙を見つめながら永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「さすがは某有名二人組のロックバンドの曲を取り入れただけはあるわね、すごい爆発力……ところで輝夜。私『Calling』という曲が好きなんだけど、ひらがなにすると『こーりんぐ』なのよ。この曲を聴く度に眼鏡をかけた銀髪の古道具屋の店主がプロモーション・ビデオのようにどしゃ降りの中で熱唱する姿が浮かんで仕方がないのだけど」
「だから!? なによ!?」
そんな永琳に歯ぎしりしながら詰め寄る輝夜であった。
永遠亭の庭でまだ黒煙が上がっている。
倒したのか。
てゐと鈴仙、そして永琳はじっと見つめていた。輝夜は一人闘ってもいないのに疲れたような顔をしている。もうやだ、と呟いている。どんまい。
黒煙の向こうの侵入者たちに動きはない。
しばらく見つめて鈴仙は懐から一冊の本を取り出した。
すでに付箋を付けているページを開けるとてゐに見せた。
「さぁーて終わったし。てゐ、次の旅行ここでいいよね?」
「うん、このお城楽しみだなぁ」
仲良く旅行ガイドを読む二人のイナバに永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「ふふふ。イナバたちったら、浮かれて次の旅行に岐阜城へ行くのを楽しみにしているみたいわね」
「岐阜?…………稲葉山城か!? 貴女たち『イナバ』がつけばなんでもいいのか! というよりさっきの岐阜出身の戦国武将といい岐阜県好きだな、あんたら!」
少し頭を捻ってから、やっぱり永琳に詰め寄る輝夜であった。
「え? 輝夜、ここ岐阜県じゃないの?」
「謝りなさい永琳。全ての岐阜県民の皆様に謝りなさい」
どうやら長年付き添ってくれた従者はアホらしい。輝夜が顔に手を当ててショックを受けていた。
黒煙がようやく晴れようとしていた。
その中から二つの影が飛び出す。
とっさに永琳は庭へ向き直る。鈴仙とてゐが旅行ガイドブックを地面に落としながら身構えた。輝夜はただ無表情な顔つきだ。しかも目が虚ろのオマケつき。
侵入者たちは無傷だった。
飛び出すと同時に弾幕を輝夜たち目がけて放つ。
輝夜が動いた。
その片手には蓬莱の玉の枝が握られている。
守られてばかりじゃいやだ。私だって侵入者たちを迎え撃ちたいのだ……なんかコイツらのノリについていけないし。
そう思っていると輝夜の視線が永琳の背中に遮られる。
振り返った永琳は右手を挙げると――ぐっと親指を上げた。その顔がドヤ顔なのが輝夜のやる気を失わせた。なんか口元でキラーンと輝いているし。生でエフェクトを見るの初めてだ。なんの感動もねぇよ。
侵入者たちの弾幕。
しかし白い大きな箱のような物が突如積み重なれて弾幕がぶつかった。
強い衝撃。
それでも白い箱のような物を積み重ねたタワーはびくともしない。
「な。今度はなによ!?」
「どうやら攻撃だけではなくて守りも固いようね」
侵入者たちが険しい顔つきでそれを睨み付ける。
「やっぱりイナバ」
「百匹載っても」
「「だいじょーぶ!!」」
そのタワーの先で鈴仙やてゐ、イナバたちが乗っかって両手を広げる。
敵の攻撃をしのいだ白いタワーを見つめながら永琳は腕を組んで満足そうに頷く。
「さすがは某メーカーの物置だわ。この物置さえあれば敵からの攻撃に永遠亭は守れるわ」
「……もう勝手にすれば」
ため息が出尽くして、もうツッコむのもイヤになった輝夜であった。
しかし次の攻撃で物置のタワーはもろくも崩れ去ってしまった。
イナバたちも、てゐも鈴仙も、哀れ戦国武将も物置の下敷きになる。
永琳に戸惑いの色が浮かんだ。
「そんな! まさか鉄壁の防御が破れるなんて……あぁ、イナバたち。どうしてこんなことに」
「そりゃ物置だからねー、破られるわねー、バッカじゃないの?」
自分の長い髪をくるくる指で巻きながら、やけくそに他人事のように話す輝夜。もうどうでもなれ、といったようだ。
地面で目を回すイナバたちに構わず侵入者の二人は庭へ舞い降りると、永琳と輝夜を睨み付けた。
「さっきから変なことをして……さぁこれで終わりよ! 観念しなさい!」
紅白の巫女がお祓い棒を二人へと向ける。
はいはい、観念しました。もう何もしません。うちの馬鹿がご迷惑をおかけしました。というよりこんな従者ばっかりで私も恥ずかしいです、はい。
喉元から出かかった、というより出そうになっている輝夜であったが、その横で永琳が笑う声を漏らした。
「ふふ……ふふふ、あははは!」
突然笑い出した永琳に侵入者の二人はビクッと体を震わせた。こいつ、何を考えているんだと。輝夜も体を震わせた。こいつ、次はどんなボケをかます気だと。
「こうなったら! 我々の最終兵器を出す時がきたようね……さぁ、出てきなさい! そしてこの侵入者たちを追い払いなさい!」
永琳が両手を広げて天を仰いで叫んだ。
あ、これなんか見たことある。週刊少年ジャンプでよく敵キャラがやるアレだ。
冷ややかな目で輝夜が見ていると、後ろの障子が破られた。
驚く間もなくその二人の影は侵入者たちに向かい合った。
まさか永遠亭に最終兵器なるものがいたとは。
今まで知る由もなかった輝夜は目を丸くした。永琳には輝夜も知らない秘密がある。
まさかその秘密こそがこの最終兵器なのか!
「輝夜たちには指一本触れさせない!」
「思いっきりやらなきゃ、貴方の人生ゲームオーバー。もう戻り橋にも戻れない、一方通行の丑三つ時。貴女たちの肝、試させて貰うわよ」
どうみてもハクタク化した慧音と妹紅です。どうもありがとうございました。
「なんで慧音と妹紅がここにいるのよ! まだ出ちゃいけないでしょ! お話の展開的に!」
輝夜が体の中にある力を振り絞ってツッコむ。
それに妹紅が嫌そうな顔をして振り返った。
「ふん! 私だって厭よ。でも輝夜に協力しないとお前の従者から、その……お助け代がもらえないし」
「お助け代?」
眉をひそめて輝夜がオウム返しをすると慧音が変わりに返した。
「ここで輝夜に協力したら永琳が私と妹紅にプレゼントをくれるそうだ」
「プ、プレゼント?」
なんの話か理解できない輝夜。どうやら永琳が餌で妹紅たちを釣ったのは理解できるが、はたしてどんな餌を用意したというのだろうか。
怪訝な表情の輝夜の横で永琳が笑った。
「慧音、妹紅。ここで彼女たちに勝てば貴女たちが欲しかった……これをあげるわ」
懐から取り出された物。
タラララッタラー。
旅行チケットー。お二人様用ー。
わーい。
慧音と妹紅が両手を挙げて喜ぶ。
「なぁ妹紅。この闘いが終わったら二人きりの旅行だ。楽しみだなぁ」
「そうね。慧音、私あそこに行ってみたい。有名な温泉地だそうよ」
「私は白川郷の合掌造りを見てみたいなぁ」
ポク、ポク、ポク。
輝夜の頭の中で木魚が音を奏でる。
チーン。
「お前ら岐阜県から離れろぉぉおおお!!」
「あー、私たち置いてけぼりをくらっているのかしら?」
「そうみたいね」
霊夢が呆れて紫が微笑むその先で。
輝夜が永琳と妹紅を相手に暴れていた。慧音は鈴仙が落とした旅行ガイドブックを熱心に読み更けていた。
「そしてはーばたーく」
「うるとらそぅる!」
「「はぁーい!!」」
鈴仙とてゐが頭にたんこぶを作りながら何やらハイテンションになっている。打ち所が悪かったのだろう。可哀そうに。
「ちょっと魔理沙。アイツらなんかマジックアイテム持ってるかもしれないし、ここは魔理沙に任せるわ。私、疲れたから遠慮するわ」
「いやいや。面倒だからやめとくぜ。そう言えば咲夜、我儘なお嬢様についてきたんだったよな? ここはお前に譲るよ」
「いえいえ。私もこんな面倒事は御免ですわ。妖夢こそここで自分の力を主人に見せる時じゃないかしら?」
「……兎……不老不死の生き肝」
「幽々子様。食べちゃダメですからね」
数分後。
話し合ってもさらに面倒くさくなった霊夢ら八人の総攻撃を受けた輝夜たちはもろくも敗北した。
わずかに生まれた連携のズレが永遠亭側の敗北の原因……だったそうな。
いや、勢いでやられました。面白かったです。