大学からそう遠くない小洒落た喫茶店の一番端のテーブルが私たち専用になったのはいつからだろうか。店内を見回してもこのテーブル以外に人の姿は見えず静寂に包まれていた。
今日は平和だ。いや、間違えた。今日も平和だ。私がこの世界に生れ落ちてから今日この日まで、平和じゃなかった日なんてものは両手で数え切れるほどしかない。いつも私の向かいに座る彼女は
「平和なんてものはこの世に存在しないわ」
なんて吐いて捨てていたけれど、私にはそう思えなかった。
昔の事を思い返していると、マスターが少し怪訝な顔をしながらテーブルに頼んでいたコーヒーと紅茶、そしてケーキを二つ置いてカウンターの奥へと戻っていった。私は備えつけのシュガースティックをコーヒーの中に入れ少し乱暴に掻き混ぜ、カップを口元へと持っていく。人や世界は変わっていくけれど、ここのコーヒーの味はいつまで経っても変わっていない。
今思えば、このカフェで温かいコーヒーを飲むのは初めてかもしれないとふと思う。いつもならば待ち合わせに遅れてくる私の分まで彼女が頼んでくれていた。遅刻した時に、心にも思ってない謝罪を口にしながら少し冷えたコーヒーを飲む私に対して、呆れ顔で愚痴る彼女の顔が印象に残っている。
私たちは二人で一つの存在だった、今まで何処へ行くにしても二人で行動してきた。私が行きたいっていったところには、嫌な顔をしながらもちゃんと彼女はついてきてくれたっけ。最初の頃は悪態と愚痴が頻繁に聞こえてきたけれど、ある日からは私を心配する声のほうが多くなっていたような気がする。
私にとって彼女の存在はかけがえのないモノだった。
私といつも一緒に居てくれた。
私が不安な時は笑顔を私に向けてくれた。
そんな彼女が私にとって何よりも大切だった。
この感情ってなんていう名前なんなのだろうと疑問に思うことがある。愛情?それとも友情?きっとこのどちらにも当てはまらないのだろうし、どちらにも当てはまるのだろう。
いっそこの気持ちを吐き出してしまえば答えは出るのだろうか?私が抱えるこの想いは届くのだろうか?そして何よりも、彼女は私に対してどんな気持ちを持っているのだろうか?たとえ、どんなことを想っていたとしても、彼女には私の気持ちを聞いて欲しかった。
今はもう叶うことのない儚い夢だけれど。
どうしてかしら?この場所に来ると心の奥にしまっていたはずの感情が溢れでてきちゃうのは。なんで今更伝えられなかったことを後悔しているのかしら?今すぐ伝えにいけばいいのに、けれどそれが出来るはずのないことだと私は知っている。
彼女の目に私はどんな風に映っていたのだろう、ただの友達としてか、恋人以上の関係だったのか、今となってそれを知る機会なんてないし、知ろうとも思わないけれど、ほんの少しだけ、気になった。
頼んでいたものが届いてから十五分くらいが経過したけれど、紅茶とケーキは手を付けられていないままテーブルの上に存在している。
思わずあくびが出そうになって慌てて口を手で隠した、ほんの少し遅れてそれがやって来る。あくびをしている姿は決して行儀のいいものじゃないけれど、誰にも見られていないに等しいこの店内ではそんなこと気にするだけ無駄だ。別に眠たいわけじゃない。私の肺が生きるために酸素を求めているんだ。
ふと窓の外に目をやると、雨粒が窓枠にくっついているのが見えた。これはまたしばらく帰れそうにないわ。帰る家はあるけれど、帰りたいとも思わないし、帰ろうなんて気にはならない。幸い、ここは喫茶店としては珍しく二十四時間開店しているため、傘も持ってないのに雨の中放り出される心配もなくて一安心する。まぁ、何もしないで長時間座っているだけでも十分迷惑なのだろうけれど、誰もいない喫茶店でそれを咎めることなんて出来るはずもなく、いや、正確に言えばマスターには出来るのだけれど。
私はカバンの中から古びた一つの手帳を取り出した。表紙の文字はもう擦れて読めなくなっていた。中身のほとんどは風化してしまっている。古びた手帳なんか捨ててしまえと何度も言われたけれど、これだけは決して捨てることが出来なかった。もし、捨ててしまうと私が私でなくなる気がしたの。
私と彼女がそこに存在したという証明、もう擦れているけれど、そこには私と彼女の文字で予定が、私たちが歩いてきた記憶の断片ともいえるであろう行動表が残っていた。
テーブルの上のケーキに手を付ける、目の前にあるチョコレートケーキを口に含むと、とても苦い味がした。
ぼろぼろになった手帳をテーブルの上に置き、残っていたコーヒーを一気に飲み干す。紅茶からはほんのりと湯気が漂っていた。
雨がやむ気配はない。雨が降ると被っている帽子の内部が蒸れて不快な思いをすることになる。できれば早急に止んでほしい。けれど、雨は私を嘲笑うかのように勢いを強めるばかりであった。世界は私が嫌いなのかしら?自意識過剰もいいところだわ。
懐から懐中時計を取り出し時刻を確認する。午後十一時二十八分四十五秒か。予定された時間まであと3時間もある。まだこの場所を出るわけにはいかない。決して雨が降っているからじゃないわ。
移動に三十分、雨も降っているから多く見積もって一時間はかかるとしても、あと少なくとも一時間半はここにいなければならない。とりあえず、マスターにコーヒーのおかわりをお願いする。ケーキも食べたいところだけれど、お財布状況が悪かったのでそれはなし。ほどなくして湯気のたったコーヒーが出てきた。砂糖は入れずにブラックのまま胃へと流し込む。苦い。
好きな女の子と話している時の一分と、ストーブの上に手を置いている時の一分では体感時間が違うなんて話はよく聞くけれど、何もしてない時の体感時間がきっと一番長く感じると一人そう思っていた。
余りにもすることがなくキョロキョロと店内を見回してみる。カウンターの中にマスターの姿が見えない、奥のほうへ引っ込んでしまったのかしら。注文なんてしないから、いてもいなくても変わらないのだけれど。
店内に人が入ってきた様子もない。数時間前から貸し切り状態のままである。すでに冷え切ってしまった紅茶がテーブルの上に残されていた。
予定の時間までは大分時間があるけれど、そろそろここを出ようかしら、雨も止んだようだし。
「すいませーん。」
返答はなかった。御用の方はこちらを押してください、と書かれた呼び鈴を押す。奥から人が慌てて出てきた。
「お会計が二千六十円となっております。」
きっちり提示された通りの金額を出して、軽い会釈をした後に店を出る。少し前まで降っていた雨は完全に上がっていて、空には星々が煌びやかに散りばめられていた。
目の前に立っているデジタル時計が指す時刻は午前一時三十四分五十二秒。思っていたよりも時間が経っていた。怪訝に思い懐中時計を開くと時刻が一時間以上遅れてしまっている。別に支障があるわけでもないのだけれど
空を見上げるとそこには綺麗な月が鎮座していた。どれだけ距離が離れていても、おんなじ月を見ているのかな。なんて柄にもなく感傷に浸ってみたりする。慣れないことをしたせいで注意力が散漫だったのか、水たまりに足を突っ込んでしまった。右足だけ濡れている状態は不快感を催してしまうのだが、だからといってもう片方の足も勢いよく水溜りにつけるほど思い切りはよくない。
その場は諦めて我慢しながら目的の場所へと進んで行く。あの喫茶店から少し歩いたところにある墓場。そこが私の目的地。ここに来ることだけが目的だった。
時刻は午前二時二十五分分五十二秒、目的の時間まで、あと四分と少し。昔みたいに墓石を回すなんてことはしないし、きっと、今の私の力じゃ、そんなことも出来ないんだろうなって。
体力の衰えを感じる。もう私も歳ね。そろそろ隠居生活を送りたいものだけれど、そんな生活を送ることは私自身が許してくれなかった。
携帯を見ながら時刻を確認していく。墓荒らしはいない。
そして二時三十分ジャストを示した時、私の周りの景色が一面桜の世界になるなんてことはなかった。
「それはそうよね、あれはここじゃないし、墓石も回してないんだから…」
そう呟いた。少しでも期待した私がバカみたいじゃない
いっそのこと幽霊でも出てきてくれればよかったのに。なんて思う。非科学的だけれど。
「また来年、来れたら来るわ」
「その時はちゃんと姿を見せてよね」
と、帰ろうとして、墓石に背中を向けたとき
「バイバイ、×××」
と聞こえたような、そんな気がして、私は振り返る。けれど、そこにあるのは無機質な墓石だけだった。そっか、来てくれたのかな?随分と遅い登場だけど、今回は許してあげるわ。
「バイバイ、×××」
今日は平和だ。いや、間違えた。今日も平和だ。私がこの世界に生れ落ちてから今日この日まで、平和じゃなかった日なんてものは両手で数え切れるほどしかない。いつも私の向かいに座る彼女は
「平和なんてものはこの世に存在しないわ」
なんて吐いて捨てていたけれど、私にはそう思えなかった。
昔の事を思い返していると、マスターが少し怪訝な顔をしながらテーブルに頼んでいたコーヒーと紅茶、そしてケーキを二つ置いてカウンターの奥へと戻っていった。私は備えつけのシュガースティックをコーヒーの中に入れ少し乱暴に掻き混ぜ、カップを口元へと持っていく。人や世界は変わっていくけれど、ここのコーヒーの味はいつまで経っても変わっていない。
今思えば、このカフェで温かいコーヒーを飲むのは初めてかもしれないとふと思う。いつもならば待ち合わせに遅れてくる私の分まで彼女が頼んでくれていた。遅刻した時に、心にも思ってない謝罪を口にしながら少し冷えたコーヒーを飲む私に対して、呆れ顔で愚痴る彼女の顔が印象に残っている。
私たちは二人で一つの存在だった、今まで何処へ行くにしても二人で行動してきた。私が行きたいっていったところには、嫌な顔をしながらもちゃんと彼女はついてきてくれたっけ。最初の頃は悪態と愚痴が頻繁に聞こえてきたけれど、ある日からは私を心配する声のほうが多くなっていたような気がする。
私にとって彼女の存在はかけがえのないモノだった。
私といつも一緒に居てくれた。
私が不安な時は笑顔を私に向けてくれた。
そんな彼女が私にとって何よりも大切だった。
この感情ってなんていう名前なんなのだろうと疑問に思うことがある。愛情?それとも友情?きっとこのどちらにも当てはまらないのだろうし、どちらにも当てはまるのだろう。
いっそこの気持ちを吐き出してしまえば答えは出るのだろうか?私が抱えるこの想いは届くのだろうか?そして何よりも、彼女は私に対してどんな気持ちを持っているのだろうか?たとえ、どんなことを想っていたとしても、彼女には私の気持ちを聞いて欲しかった。
今はもう叶うことのない儚い夢だけれど。
どうしてかしら?この場所に来ると心の奥にしまっていたはずの感情が溢れでてきちゃうのは。なんで今更伝えられなかったことを後悔しているのかしら?今すぐ伝えにいけばいいのに、けれどそれが出来るはずのないことだと私は知っている。
彼女の目に私はどんな風に映っていたのだろう、ただの友達としてか、恋人以上の関係だったのか、今となってそれを知る機会なんてないし、知ろうとも思わないけれど、ほんの少しだけ、気になった。
頼んでいたものが届いてから十五分くらいが経過したけれど、紅茶とケーキは手を付けられていないままテーブルの上に存在している。
思わずあくびが出そうになって慌てて口を手で隠した、ほんの少し遅れてそれがやって来る。あくびをしている姿は決して行儀のいいものじゃないけれど、誰にも見られていないに等しいこの店内ではそんなこと気にするだけ無駄だ。別に眠たいわけじゃない。私の肺が生きるために酸素を求めているんだ。
ふと窓の外に目をやると、雨粒が窓枠にくっついているのが見えた。これはまたしばらく帰れそうにないわ。帰る家はあるけれど、帰りたいとも思わないし、帰ろうなんて気にはならない。幸い、ここは喫茶店としては珍しく二十四時間開店しているため、傘も持ってないのに雨の中放り出される心配もなくて一安心する。まぁ、何もしないで長時間座っているだけでも十分迷惑なのだろうけれど、誰もいない喫茶店でそれを咎めることなんて出来るはずもなく、いや、正確に言えばマスターには出来るのだけれど。
私はカバンの中から古びた一つの手帳を取り出した。表紙の文字はもう擦れて読めなくなっていた。中身のほとんどは風化してしまっている。古びた手帳なんか捨ててしまえと何度も言われたけれど、これだけは決して捨てることが出来なかった。もし、捨ててしまうと私が私でなくなる気がしたの。
私と彼女がそこに存在したという証明、もう擦れているけれど、そこには私と彼女の文字で予定が、私たちが歩いてきた記憶の断片ともいえるであろう行動表が残っていた。
テーブルの上のケーキに手を付ける、目の前にあるチョコレートケーキを口に含むと、とても苦い味がした。
ぼろぼろになった手帳をテーブルの上に置き、残っていたコーヒーを一気に飲み干す。紅茶からはほんのりと湯気が漂っていた。
雨がやむ気配はない。雨が降ると被っている帽子の内部が蒸れて不快な思いをすることになる。できれば早急に止んでほしい。けれど、雨は私を嘲笑うかのように勢いを強めるばかりであった。世界は私が嫌いなのかしら?自意識過剰もいいところだわ。
懐から懐中時計を取り出し時刻を確認する。午後十一時二十八分四十五秒か。予定された時間まであと3時間もある。まだこの場所を出るわけにはいかない。決して雨が降っているからじゃないわ。
移動に三十分、雨も降っているから多く見積もって一時間はかかるとしても、あと少なくとも一時間半はここにいなければならない。とりあえず、マスターにコーヒーのおかわりをお願いする。ケーキも食べたいところだけれど、お財布状況が悪かったのでそれはなし。ほどなくして湯気のたったコーヒーが出てきた。砂糖は入れずにブラックのまま胃へと流し込む。苦い。
好きな女の子と話している時の一分と、ストーブの上に手を置いている時の一分では体感時間が違うなんて話はよく聞くけれど、何もしてない時の体感時間がきっと一番長く感じると一人そう思っていた。
余りにもすることがなくキョロキョロと店内を見回してみる。カウンターの中にマスターの姿が見えない、奥のほうへ引っ込んでしまったのかしら。注文なんてしないから、いてもいなくても変わらないのだけれど。
店内に人が入ってきた様子もない。数時間前から貸し切り状態のままである。すでに冷え切ってしまった紅茶がテーブルの上に残されていた。
予定の時間までは大分時間があるけれど、そろそろここを出ようかしら、雨も止んだようだし。
「すいませーん。」
返答はなかった。御用の方はこちらを押してください、と書かれた呼び鈴を押す。奥から人が慌てて出てきた。
「お会計が二千六十円となっております。」
きっちり提示された通りの金額を出して、軽い会釈をした後に店を出る。少し前まで降っていた雨は完全に上がっていて、空には星々が煌びやかに散りばめられていた。
目の前に立っているデジタル時計が指す時刻は午前一時三十四分五十二秒。思っていたよりも時間が経っていた。怪訝に思い懐中時計を開くと時刻が一時間以上遅れてしまっている。別に支障があるわけでもないのだけれど
空を見上げるとそこには綺麗な月が鎮座していた。どれだけ距離が離れていても、おんなじ月を見ているのかな。なんて柄にもなく感傷に浸ってみたりする。慣れないことをしたせいで注意力が散漫だったのか、水たまりに足を突っ込んでしまった。右足だけ濡れている状態は不快感を催してしまうのだが、だからといってもう片方の足も勢いよく水溜りにつけるほど思い切りはよくない。
その場は諦めて我慢しながら目的の場所へと進んで行く。あの喫茶店から少し歩いたところにある墓場。そこが私の目的地。ここに来ることだけが目的だった。
時刻は午前二時二十五分分五十二秒、目的の時間まで、あと四分と少し。昔みたいに墓石を回すなんてことはしないし、きっと、今の私の力じゃ、そんなことも出来ないんだろうなって。
体力の衰えを感じる。もう私も歳ね。そろそろ隠居生活を送りたいものだけれど、そんな生活を送ることは私自身が許してくれなかった。
携帯を見ながら時刻を確認していく。墓荒らしはいない。
そして二時三十分ジャストを示した時、私の周りの景色が一面桜の世界になるなんてことはなかった。
「それはそうよね、あれはここじゃないし、墓石も回してないんだから…」
そう呟いた。少しでも期待した私がバカみたいじゃない
いっそのこと幽霊でも出てきてくれればよかったのに。なんて思う。非科学的だけれど。
「また来年、来れたら来るわ」
「その時はちゃんと姿を見せてよね」
と、帰ろうとして、墓石に背中を向けたとき
「バイバイ、×××」
と聞こえたような、そんな気がして、私は振り返る。けれど、そこにあるのは無機質な墓石だけだった。そっか、来てくれたのかな?随分と遅い登場だけど、今回は許してあげるわ。
「バイバイ、×××」
ですが、仕方のないこととはいえ地の文が多くてテンポが遅れてしまい読みにくく感じてしまいました
なので回想を入れて過去の会話文を入れてみたり、地の文を減らしたり、作品内の開始時間をもう少し手前から初めていったりするとより良くなるのではないかと個人的に思いました
死別はつらいよ