「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
部屋に目覚ましの音が鳴り響き、私達はほぼ同タイミングに起きた。むにゃむにゃと眠い目を擦りながら目が合ったのでとりあえず挨拶をした。
「初夢見れた?」
今日は一月一日、元日である。初夢は一月二日に見た夢だとか言う人達もいるが、私的に納得出来ないので、秘封倶楽部の初夢は一月一日に見た夢ということになっている。
「ええ見れたわ、験を担げるような夢じゃなかったけどね」
験を担げる夢といえば、一般的に一富士二鷹三茄子ってやつだろう。『富士』は『無事』で『鷹』が『高』、『茄子』は『成す』とか言う掛詞になっているそうだ。
「見れただけいいじゃない。どんな夢だったの?」
「夢の世界の博麗神社まで初詣に行ったわ」
「また随分な遠征ね。それでどうだった?」
「びっくりするくらい人が居なかったわ。もしかしたら向こう側はまだ元日じゃないのかも」
「屋台の一つでもあれば、なにか買ってきて欲しかったわ」
「蓮子はなにか見れた?」
メリーは櫛で髪を解き、化粧の準備を始めようとしていた。何処かへ出かけるつもりなのだろうか。
「何にも見れなかったわ。無よ、無。忘年会続きで疲れがたまって脳に夢を見る余裕もなかったのね、きっと」
「逆に考えるのよ。何も見れなかったということは、何を見た可能性もあるっていうことよ」
零には無限の可能性があるみたいな格好良いこと言っている。まぁ、卑屈になるよりもポジティブに物事は考えたほうがいいだろう。
「蓮子はどんな夢が見たかったの?」
「うーん、富士と鷹と茄子と扇と煙草と座頭とメリーが出てくる夢かな」
「そんな混沌とした夢に私を出さないで。年始からドッと疲れそうだわ」
「えー、じゃあメリーと富士山を登頂する夢とか?」
「それは流れ的に初日の出まで見れて美味しいわね」
「さて、そろそろ初詣に行きましょう」
メリーは化粧や着替えを済ませ『いつでも行けるぜ』みたいな状態だった。
「えー、メリーはもう夢の中で行ったんでしょ? じゃあ行かなくても良くない?」
「ダメよ。あんな活気が無い初詣は詣に含まれないわ。初詣っていうのは、なんかいっぱい屋台が出てて、人がいっぱい居て、お賽銭を投げるまでに何時間も並ばなきゃいけないようなやつを指すのよ」
「こんな寒い中何時間も並ぶなんて自殺行為だわ。そもそも普段お詣りしないのに年の頭だけ行くなんて理にかなってないわ。そりゃ昔の人は年に何度もお詣りをしてたから、初詣って言うモノの意味があっただろうけど、現代人を見てみなさい。初詣しかお詣りをしない人が巨万といるわ。恐らく年に十回以上お詣りする人なんて一パーセントにも満たないわよ」
「つまり?」
「寒いから外に出たくありません」
結局メリーに丸め込まれて初詣に行くことになってしまった
玄関の扉を開けた瞬間私は了承してしまったことを後悔した。冬の深夜の有明よりも寒い。流石盆地、常識が通用しない。
そんな中、メリーは大して寒そうにしておらず、両手を大きく振って歩いていた。
「そんなに動くと冷たい風との接風面積が増えて身体冷えるわよ」
「蓮子の方こそ体を動かさないと体温が奪われる一方よ」
吸い込む空気も冷たく、喋る気にもなれず、そのままダラダラと歩き続け、気が付くと周りは人でごった返していた。
「ここにいる人達はよくこんな寒い中こんなところに来るわね」
「屋台のジャンクフードとか美味しいから来たくなるのよね」
定番のたこ焼きやお好み焼き、焼きそばに混じりよく分からない屋台もいっぱい出ている。綿氷、たいやきパフェ、レインボーアイス、揚げピザ、ベーコンエッグたいやき。
屋台も多様化していってるんだなぁと見てて思う。しかし、どれも食べてみたいと思えるから屋台は怖い。
「ところでメリーは初詣で神様に何をお願いするの?」
「私は毎年同じものをお願いしているわ」
「と、言いますと?」
「世界平和よ」
言われてみれば去年もメリーはそんなことをお願いしていた気がする。幾ら名のある神様とはいえそんなことを突然お願いされても困るだろう。そういうことを頼むならそれこそ全知全能の神様とかがいいと思うが、全知全能の神様は日本の神社制度のように人のお願いを聞いてくれるのかは不明である。
「もうちょっと神様が叶えやすいお願いにしてあげたほうがいいと思うわ」
「そういう蓮子は何をお願いするの?」
「単位が取れますように……とか?」
「あー……悲しい事件だったわね」
残念なことに私は今年度進級できなかった。要因は様々あるが、中でも大きかったのは出席日数の不足であろう。朝起きて雨が降ってたから大学行かないとか、一限起きれなかったからついでにその後の講義も休んだりとかを繰り返していたらこのザマである。
その影響でメリーは一回生上になっている。
「今年はちゃんと進級できるの?」
「まーかせて!」
「神頼みな時点で怖いわね」
「意外と着物を着てる若い子も多いのね」
京都という土地柄のせいでもあるのだろうが、周りにいる女の子たちはみんな着物を着ていた。
「メリーも着物着たかったの?」
「金髪外人の着物なんてテンプレ過ぎてダメよ」
確かに『アイラブジャパン』みたいな金髪外人が着物を着ている姿はメディアでちょくちょく見かける。が、可愛いが正義である。テンプレだってグッとくればそれだけで全て解決なのだ。
「私はメリーの着物姿見たいけどなぁー」
「でも今時の着物ってレンタル制でしょ?」
「そうね。着る機会も少ないし、買おうと思うと良いやつなら月面旅行にも行けちゃうくらい高いからね」
「じゃあやっぱりダメだわ」
「どうして?」
「汚しちゃったら大変じゃない。屋台なんてソース系の食べ物いっぱいなんだから、それが服に跳ねたら一大事よ」
「花より団子を地で行ってるわね」
並び始めてから数時間、やっとお賽銭箱の近くまで来た。少し後ろの人はもうお賽銭を遠投している。
「この光景はいつ見てもすごいわね。足元にいっぱい小銭落ちてるし」
「五百円玉とかないかしらね」
足元を見渡すが五円玉や十円玉ばかりでたまーに百円玉が落ちている程度だった。
「蓮子、拾っちゃダメよ」
「冗談よ冗談、本気にしないで」
メリーがこちらをジーっと見ている。
「でもさ、こんなにお金が飛び交ってるんだから、たまたまそれが鞄とかに入っちゃっても仕方ないわよね」
「まぁそれは仕方ないわね。でも落ちてるのを拾うのはアウトよ」
「つまりさ、私がたまたま帽子を逆に被ってて、その時に帽子の中にお賽銭が入っちゃっても仕方ないことよね」
「その理屈が通るなら大体の犯罪は犯罪じゃなくなるわ」
「さ、蓮子、初詣も終わったことだし、食事にしましょう」
これだけの屋台があるのだ。食べ物の種類は選り取り見取りである。無難に粉物をメインにして他を少し買ってもいいし、変わり種ばかりで攻めてもいい。考えるだけで涎が溢れてくる。
メリーとは一旦別れて屋台を見て回った。適当に気になったものを買って待ち合わせ場所に行くとメリーは座って何やら食べていた。
「何食べてるの?」
「馬刺しよ」
「oh……」
干支としての役目が終わった途端馬刺しになってしまったのだろうか。憐れお馬さん。
「そういえば今年の干支は未ね」
「そうよ! 今年は私の年なのよ!」
メリーは待ってましたと言わんばかりにテンションをあげていた。
「羊といえばメリー、メリーといえば羊。これは全世界共通の認識、所謂世界の心理ってやつよ」
「でもあの歌って中身なさすぎない? バッドエンドだし」
詳しい内容は覚えてないが、なんかメリーさん羊を飼っていて、その羊がある日メリーさんの学校までついて来て、みんなに笑われて、先生に怒られて、メリーさんが泣いちゃうみたいな歌詞だったと思う。だからなんだというのだ。
「あの歌は実話が元になってるから仕方ないわよ。それに童謡なんだから中身がなくてもいいじゃない。『もりのくまさん』だって中身なんて殆どないわよ」
たしかにそれもそうだ。
「もし私がメリーさんだったら羊は蓮子ね」
「牛小屋に気をつけてね、蓮子」
「さて、ぼちぼち帰りますか」
食べるものも食べて、初詣でやるべきことは大方やっただろう。
「ねえメリー、帰りに銭湯に寄ってかない?」
「いいわね。心はポカポカだけど、身体は冷え冷えだわ」
日本人は風呂好きだとよく言われるが、別に好きなわけではない。習慣としてあるから風呂にはいるのだ。呼吸を常にするから呼吸好きか?違うだろう。風呂とはそういうレベルのものなのだ。
頭にタオルを載せ湯船に肩まで浸かる。今日は柚子湯だ。
「メリー、風呂あがりの一杯賭けて私と勝負しない?」
「いいわよ、何で競うの?」
「サウナ耐久よ」
私達はお互いに体調を整えサウナに向かった。
「ルールは勿論、先に出たほうが負けよ」
「いいわよ」
サウナに一歩足を踏み入れる。空気が熱い。朝の玄関との温度差は軽く百度はあるだろう。
サウナ耐久勝負の必勝法はまず第一に位置取りである。できるだけ扉の傍に座り、開かれた扉から冷気が当たるようにする。これだけでまじめに戦っているライバルと圧倒的な差を付けられる。
第二に動かないことである。無闇矢鱈に動くと皮膚の周りに形成された冷たい空気の層が乱れてしまい、熱を直に感じてしまいかねない。
第三にライバルへの妨害である。ライバルに息を吹きかけることで、先程も言った冷たい空気の層が乱れる。これによって確実に体温が上がるペースに差を作れる。
この完璧な布陣、マエリベリー・ハーン、貴女に勝利はない。
サウナに入ってから十五分程度が経った。お互い汗が止めどなく流れている。ここからが勝負の始まりである。
「ふぅ、蓮子、先に出るわね」
そう言うとメリーはそそくさと出て行ってしまった。
「え? あ、ちょっとまってよ!」
私もメリーを追ってすぐにサウナを出た。
「メリー、いくらなんでも張り合いなさすぎない?」
「だって無理に我慢したら体調崩しちゃうかもしれないじゃない」
メリーの表情は余裕そのものだった。
「風呂あがりの一杯が賭かってるのよ!?」
「そんなのいくらでもごちそうしてあげるわよ。さ、汗を流しましょ」
私は勝負に勝ったのだ。メリーから風呂あがりの一杯を奢ってもらえるのだ。それなのになぜだろう……この敗北感は。勝者なのに、なぜ涙が溢れてくるのだろう。
「いい初風呂だったわね」
「うん……」
「蓮子、いつものフルーツ牛乳でいいの?」
「いや、普通の牛乳でいいわ……」
「あら、フルーツ牛乳過激派の貴女が珍しい」
私は牛乳を受け取ると一気にそれを飲み干し、瓶をケースに戻した。
「私が悪かったわ。これ残りあげるから機嫌直してよ」
そう言ってメリーは半分程度残ったコーヒー牛乳を差し出した。思えばコーヒー牛乳なんか飲むのは十数年振りである。
瓶のふちに口をつけ一口飲む。とても甘い。甘すぎてやっぱり私は苦手だ。でも、とても優しい味がした。
家に着く頃にはもう辺りは暗くなっていた。
「そういえば今年の抱負とか決めてなかったわね」
「蓮子はなんかあるの?」
「月面ツアーに行くための貯金ね。学生時代っていうタイミング逃すと当分行けそうにないし。メリーはなにかある?」
「なにもないかな」
「もう少し話を広げようとしてよ」
「秘封倶楽部は回転が速いから年間の抱負なんて立てられないわ。今ここで決めても明日には変わりかねないもの」
「それもそうね」
「まあ、とりあえずは今年も蓮子と一緒に居ることが抱負ということで」
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ今年もよろしくお願いします」
「ところで、今日の夕食何がいい?」
「ジンギスカン」
「あけましておめでとうございます」
部屋に目覚ましの音が鳴り響き、私達はほぼ同タイミングに起きた。むにゃむにゃと眠い目を擦りながら目が合ったのでとりあえず挨拶をした。
「初夢見れた?」
今日は一月一日、元日である。初夢は一月二日に見た夢だとか言う人達もいるが、私的に納得出来ないので、秘封倶楽部の初夢は一月一日に見た夢ということになっている。
「ええ見れたわ、験を担げるような夢じゃなかったけどね」
験を担げる夢といえば、一般的に一富士二鷹三茄子ってやつだろう。『富士』は『無事』で『鷹』が『高』、『茄子』は『成す』とか言う掛詞になっているそうだ。
「見れただけいいじゃない。どんな夢だったの?」
「夢の世界の博麗神社まで初詣に行ったわ」
「また随分な遠征ね。それでどうだった?」
「びっくりするくらい人が居なかったわ。もしかしたら向こう側はまだ元日じゃないのかも」
「屋台の一つでもあれば、なにか買ってきて欲しかったわ」
「蓮子はなにか見れた?」
メリーは櫛で髪を解き、化粧の準備を始めようとしていた。何処かへ出かけるつもりなのだろうか。
「何にも見れなかったわ。無よ、無。忘年会続きで疲れがたまって脳に夢を見る余裕もなかったのね、きっと」
「逆に考えるのよ。何も見れなかったということは、何を見た可能性もあるっていうことよ」
零には無限の可能性があるみたいな格好良いこと言っている。まぁ、卑屈になるよりもポジティブに物事は考えたほうがいいだろう。
「蓮子はどんな夢が見たかったの?」
「うーん、富士と鷹と茄子と扇と煙草と座頭とメリーが出てくる夢かな」
「そんな混沌とした夢に私を出さないで。年始からドッと疲れそうだわ」
「えー、じゃあメリーと富士山を登頂する夢とか?」
「それは流れ的に初日の出まで見れて美味しいわね」
「さて、そろそろ初詣に行きましょう」
メリーは化粧や着替えを済ませ『いつでも行けるぜ』みたいな状態だった。
「えー、メリーはもう夢の中で行ったんでしょ? じゃあ行かなくても良くない?」
「ダメよ。あんな活気が無い初詣は詣に含まれないわ。初詣っていうのは、なんかいっぱい屋台が出てて、人がいっぱい居て、お賽銭を投げるまでに何時間も並ばなきゃいけないようなやつを指すのよ」
「こんな寒い中何時間も並ぶなんて自殺行為だわ。そもそも普段お詣りしないのに年の頭だけ行くなんて理にかなってないわ。そりゃ昔の人は年に何度もお詣りをしてたから、初詣って言うモノの意味があっただろうけど、現代人を見てみなさい。初詣しかお詣りをしない人が巨万といるわ。恐らく年に十回以上お詣りする人なんて一パーセントにも満たないわよ」
「つまり?」
「寒いから外に出たくありません」
結局メリーに丸め込まれて初詣に行くことになってしまった
玄関の扉を開けた瞬間私は了承してしまったことを後悔した。冬の深夜の有明よりも寒い。流石盆地、常識が通用しない。
そんな中、メリーは大して寒そうにしておらず、両手を大きく振って歩いていた。
「そんなに動くと冷たい風との接風面積が増えて身体冷えるわよ」
「蓮子の方こそ体を動かさないと体温が奪われる一方よ」
吸い込む空気も冷たく、喋る気にもなれず、そのままダラダラと歩き続け、気が付くと周りは人でごった返していた。
「ここにいる人達はよくこんな寒い中こんなところに来るわね」
「屋台のジャンクフードとか美味しいから来たくなるのよね」
定番のたこ焼きやお好み焼き、焼きそばに混じりよく分からない屋台もいっぱい出ている。綿氷、たいやきパフェ、レインボーアイス、揚げピザ、ベーコンエッグたいやき。
屋台も多様化していってるんだなぁと見てて思う。しかし、どれも食べてみたいと思えるから屋台は怖い。
「ところでメリーは初詣で神様に何をお願いするの?」
「私は毎年同じものをお願いしているわ」
「と、言いますと?」
「世界平和よ」
言われてみれば去年もメリーはそんなことをお願いしていた気がする。幾ら名のある神様とはいえそんなことを突然お願いされても困るだろう。そういうことを頼むならそれこそ全知全能の神様とかがいいと思うが、全知全能の神様は日本の神社制度のように人のお願いを聞いてくれるのかは不明である。
「もうちょっと神様が叶えやすいお願いにしてあげたほうがいいと思うわ」
「そういう蓮子は何をお願いするの?」
「単位が取れますように……とか?」
「あー……悲しい事件だったわね」
残念なことに私は今年度進級できなかった。要因は様々あるが、中でも大きかったのは出席日数の不足であろう。朝起きて雨が降ってたから大学行かないとか、一限起きれなかったからついでにその後の講義も休んだりとかを繰り返していたらこのザマである。
その影響でメリーは一回生上になっている。
「今年はちゃんと進級できるの?」
「まーかせて!」
「神頼みな時点で怖いわね」
「意外と着物を着てる若い子も多いのね」
京都という土地柄のせいでもあるのだろうが、周りにいる女の子たちはみんな着物を着ていた。
「メリーも着物着たかったの?」
「金髪外人の着物なんてテンプレ過ぎてダメよ」
確かに『アイラブジャパン』みたいな金髪外人が着物を着ている姿はメディアでちょくちょく見かける。が、可愛いが正義である。テンプレだってグッとくればそれだけで全て解決なのだ。
「私はメリーの着物姿見たいけどなぁー」
「でも今時の着物ってレンタル制でしょ?」
「そうね。着る機会も少ないし、買おうと思うと良いやつなら月面旅行にも行けちゃうくらい高いからね」
「じゃあやっぱりダメだわ」
「どうして?」
「汚しちゃったら大変じゃない。屋台なんてソース系の食べ物いっぱいなんだから、それが服に跳ねたら一大事よ」
「花より団子を地で行ってるわね」
並び始めてから数時間、やっとお賽銭箱の近くまで来た。少し後ろの人はもうお賽銭を遠投している。
「この光景はいつ見てもすごいわね。足元にいっぱい小銭落ちてるし」
「五百円玉とかないかしらね」
足元を見渡すが五円玉や十円玉ばかりでたまーに百円玉が落ちている程度だった。
「蓮子、拾っちゃダメよ」
「冗談よ冗談、本気にしないで」
メリーがこちらをジーっと見ている。
「でもさ、こんなにお金が飛び交ってるんだから、たまたまそれが鞄とかに入っちゃっても仕方ないわよね」
「まぁそれは仕方ないわね。でも落ちてるのを拾うのはアウトよ」
「つまりさ、私がたまたま帽子を逆に被ってて、その時に帽子の中にお賽銭が入っちゃっても仕方ないことよね」
「その理屈が通るなら大体の犯罪は犯罪じゃなくなるわ」
「さ、蓮子、初詣も終わったことだし、食事にしましょう」
これだけの屋台があるのだ。食べ物の種類は選り取り見取りである。無難に粉物をメインにして他を少し買ってもいいし、変わり種ばかりで攻めてもいい。考えるだけで涎が溢れてくる。
メリーとは一旦別れて屋台を見て回った。適当に気になったものを買って待ち合わせ場所に行くとメリーは座って何やら食べていた。
「何食べてるの?」
「馬刺しよ」
「oh……」
干支としての役目が終わった途端馬刺しになってしまったのだろうか。憐れお馬さん。
「そういえば今年の干支は未ね」
「そうよ! 今年は私の年なのよ!」
メリーは待ってましたと言わんばかりにテンションをあげていた。
「羊といえばメリー、メリーといえば羊。これは全世界共通の認識、所謂世界の心理ってやつよ」
「でもあの歌って中身なさすぎない? バッドエンドだし」
詳しい内容は覚えてないが、なんかメリーさん羊を飼っていて、その羊がある日メリーさんの学校までついて来て、みんなに笑われて、先生に怒られて、メリーさんが泣いちゃうみたいな歌詞だったと思う。だからなんだというのだ。
「あの歌は実話が元になってるから仕方ないわよ。それに童謡なんだから中身がなくてもいいじゃない。『もりのくまさん』だって中身なんて殆どないわよ」
たしかにそれもそうだ。
「もし私がメリーさんだったら羊は蓮子ね」
「牛小屋に気をつけてね、蓮子」
「さて、ぼちぼち帰りますか」
食べるものも食べて、初詣でやるべきことは大方やっただろう。
「ねえメリー、帰りに銭湯に寄ってかない?」
「いいわね。心はポカポカだけど、身体は冷え冷えだわ」
日本人は風呂好きだとよく言われるが、別に好きなわけではない。習慣としてあるから風呂にはいるのだ。呼吸を常にするから呼吸好きか?違うだろう。風呂とはそういうレベルのものなのだ。
頭にタオルを載せ湯船に肩まで浸かる。今日は柚子湯だ。
「メリー、風呂あがりの一杯賭けて私と勝負しない?」
「いいわよ、何で競うの?」
「サウナ耐久よ」
私達はお互いに体調を整えサウナに向かった。
「ルールは勿論、先に出たほうが負けよ」
「いいわよ」
サウナに一歩足を踏み入れる。空気が熱い。朝の玄関との温度差は軽く百度はあるだろう。
サウナ耐久勝負の必勝法はまず第一に位置取りである。できるだけ扉の傍に座り、開かれた扉から冷気が当たるようにする。これだけでまじめに戦っているライバルと圧倒的な差を付けられる。
第二に動かないことである。無闇矢鱈に動くと皮膚の周りに形成された冷たい空気の層が乱れてしまい、熱を直に感じてしまいかねない。
第三にライバルへの妨害である。ライバルに息を吹きかけることで、先程も言った冷たい空気の層が乱れる。これによって確実に体温が上がるペースに差を作れる。
この完璧な布陣、マエリベリー・ハーン、貴女に勝利はない。
サウナに入ってから十五分程度が経った。お互い汗が止めどなく流れている。ここからが勝負の始まりである。
「ふぅ、蓮子、先に出るわね」
そう言うとメリーはそそくさと出て行ってしまった。
「え? あ、ちょっとまってよ!」
私もメリーを追ってすぐにサウナを出た。
「メリー、いくらなんでも張り合いなさすぎない?」
「だって無理に我慢したら体調崩しちゃうかもしれないじゃない」
メリーの表情は余裕そのものだった。
「風呂あがりの一杯が賭かってるのよ!?」
「そんなのいくらでもごちそうしてあげるわよ。さ、汗を流しましょ」
私は勝負に勝ったのだ。メリーから風呂あがりの一杯を奢ってもらえるのだ。それなのになぜだろう……この敗北感は。勝者なのに、なぜ涙が溢れてくるのだろう。
「いい初風呂だったわね」
「うん……」
「蓮子、いつものフルーツ牛乳でいいの?」
「いや、普通の牛乳でいいわ……」
「あら、フルーツ牛乳過激派の貴女が珍しい」
私は牛乳を受け取ると一気にそれを飲み干し、瓶をケースに戻した。
「私が悪かったわ。これ残りあげるから機嫌直してよ」
そう言ってメリーは半分程度残ったコーヒー牛乳を差し出した。思えばコーヒー牛乳なんか飲むのは十数年振りである。
瓶のふちに口をつけ一口飲む。とても甘い。甘すぎてやっぱり私は苦手だ。でも、とても優しい味がした。
家に着く頃にはもう辺りは暗くなっていた。
「そういえば今年の抱負とか決めてなかったわね」
「蓮子はなんかあるの?」
「月面ツアーに行くための貯金ね。学生時代っていうタイミング逃すと当分行けそうにないし。メリーはなにかある?」
「なにもないかな」
「もう少し話を広げようとしてよ」
「秘封倶楽部は回転が速いから年間の抱負なんて立てられないわ。今ここで決めても明日には変わりかねないもの」
「それもそうね」
「まあ、とりあえずは今年も蓮子と一緒に居ることが抱負ということで」
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ今年もよろしくお願いします」
「ところで、今日の夕食何がいい?」
「ジンギスカン」
一足早いお正月を楽しめました
なかなか想像が広がりますな
サウナ耐久で汗だくになった二人とか想像するだけでハッスルします
いいSSであった