Coolier - 新生・東方創想話

シャドウ・シアター

2014/12/24 22:51:23
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 12月も終わりが近づき、魔法の森でも時折木の隙間を抜けてくる北風が身にしみる。
 吹いてきた風に一瞬体を震えさせたリグル・ナイトバグは、誰もいるはずがない森の中には似つかわしくない、灯りを見つけた。
 いくつかの蝋燭などが置かれた台を囲むように半円形で並んだ幾人かの人は、幻想郷において全く馴染みのない言語でなにかを唱えていた。
 たまたま近くを通っただけであるリグルはその光景に、腰を抜かし――その拍子に近くの枝を折り、鳴らしてしまう。視線がリグルのいる位置に一瞬、集まる。
 怯えたリグルは一目散にその場を飛び去った。彼らはどうやら、追ってくることはなかったらしい。
 背後から聞こえた謎の言葉は、リグルにより恐怖を抱かせるだけであった。


「……ってことがあったんだよ。この前、人里の近くにフラっと寄った時。恐ろしかったなあ」
「あー、聞いたことあるわねー。あれほんとにあったかな? なかったかな?」
「どっちさ」
 リグルは翌日、友人であるルーミアに起きた出来事を話す。

「それでさ、朝を迎えてからその場所に向かってみたんだよ。けど、痕跡なんかほとんどなくて」
「あー、それで思い出した。確かミスティアが、店の客の妖怪から聞いたって言ってたかなあ」
「え、どんな話?」
「夕方から夜半にかけて、人里の近くに現れる謎の集まり。『シャドウ・シアター』って呼ばれてるんだって」
「『シャドウ・シアター』?」
「次の日の夜明けには忽然と消えて、そして数日経つと違う場所で行われる。まるで影みたいだから、『シャドウ・シアター』」
「ふーん……あれ、でもあんまし妖気とかそういうのは感じなかった気がするなあ。不気味ではあったけど」
「夜を生きる妖怪に不気味とか言われるのもアレだけど、言うのもアレだね」
「うっせー。なんだかんだで昆虫も昼行性がほとんどなんだって」
「やーい走光性ビビリ虫」
「言っていいことと悪いことがあるぞ」
「ごめん」

 リグルは、腕を組んで考える。
「結局ルーミアの話を聞いてもなんだかよくわからないってことしかわからなかったなあ」
「異変とかなら怖い巫女が来て何かしらするかと思うけど、そういうのもないからねー」
「……じゃあさ、私らで調べてみない?」

 ルーミアはきょとんとする。
「なんで? 別に、不都合があるわけでもないじゃん」
「いやあ、私の縄張りでなにかやってるなら、これは看過できないのではないか!」
「いつから縄張りにしたのさ」
「えー、前から穏健的縄張りのつもりだったけど」
「なんだその穏健的縄張りって」
「えーと、ほんとに縄張りにするって言う強い妖怪とかが来たり、なんか不都合があったら明け渡す程度の縄張り」
「それ何の意味があるのかー? ……まあ、でも暇つぶしぐらいには付き合ってもいいよ」
「よっし、じゃあミスティアに聞きにいってみようか」


「あーあれねー。確かに、人里の近くでたまにやってるね。別に困らないから放置してたけど」
「魔法の森は我々の森でなかったか! この森の流儀を知らしめてやる必要があるのでは!」
「いや、私の店は一見さん大歓迎なもんで」
「だよねー」

 到着してそうそう、残っていた賄いに、ルーミアは一言も喋らずがっついている。

「だいたい、あれ森の中だけってわけでもないよ。あくまで人里の近くってだけで。たぶん近くってのも、彼らのほとんどが力のない人間だからじゃないかな。無害だよ、無害」
「ほとんどが、っていうのは?」
「いや、私もよく知らんのだけど。そこそこ強い力を持った人間も僅かながら参加してるっていうし、妖怪まで混じってるって話も」
「なんだそりゃ。よくわからん話だなあ」
「又聞きの又聞きみたいな話だけど、行った妖怪の話も聞いたことあるなあ」
「えっ、そりゃほんと?」
「お客さんにさ、友人があそこに行ったって話を少し出してきた人がいて。まーでも深く立ち入るようなことはなかったよ。なんせ、そのお客さんも教えてもらえず、話すつもりはなさそうって様子だったそうで。ただ、楽しいことがあったっぽいみたいな話はしてたなあ」
「うーむ。『シャドウ・シアター』っていうぐらいだから、なにか劇でもやってるのかなあ」
「楽しそうだってわかったら呼んでねー。私が知ってるのはこれぐらいかなあ」
「うん、協力ありがとう!」
「待った」
「何?」
「ここはお店です」
「今日はお店に来たのではなく、友人に会いに来たんだ」
「いやいや」
「いやいやいや」
「ミスティアー、おかわりないのかー?」

 賄いを食べ終わった様子のルーミアを、ミスティアはキッと睨んだ。


「やっぱり調査の本道は、現地調査だよね!」
「そーなのかー」
「ここがこの前みた場所だけど……うーん、本当に何の変哲もない空間だよなあ」
「一応、跡はわずかながら残ってるかなー。地面に残ってる蝋とか」
「まあ、少なくとも幻覚とかじゃないってのがわかっただけ収穫かなあ」

 ミスティアが見たという場所を既に書き込んである地図に、赤丸でこの場所を囲む。

「とはいえ他の場所がなあ。確かに、人が集まれそうなちょっとした空間はあったけど、本当にそれだけで、何週間も前のようだから痕跡なんか全然残ってなかったなあ」
「共通点とかはない?」
「人里の近くってことぐらいしかないなあ」

 リグルがみたという台があった場所も、確かに地面に跡がある。だが台そのものは撤去されたか、それとも何か不思議な力で消失したかは定かではないが見当たらない。

「じゃあもう手がかりなしじゃん。諦めたらー?」
「まだまだ、目撃者は多いみたいだし、聞き込みとかあるじゃん」
「そもそも実害ないってみんないってるし、ちょっと鶏肉ハート夏の風物詩がビビって腰抜かしただけじゃーん」
「言っていいことと悪いことがあるぞ」
「ごめん」
「まあそうなんだけどさー、私らに黙って森で楽しいことやってるなら混ぜてもらいたいじゃん」
「おいしいものでてるかなー」
「でてるでてる。たぶん」
「まじか。本気出す」


「そう、我々夜に愛された妖怪達にとっては禁断の聖域とも言えるこの場所。だが、この謎を追う上で必ず足を運ばねばならないここに我々は来たのだ」
「人里なのかー」
「まあ、参加者がほとんど人だっていうなら聞き込みはここでやるのが手っ取り早いよねー」
「あ、慧音先生だ。ちわー」
「リグルにルーミアか。何か用事でも?」
「うん、『シャドウ・シアター』の話なんだけど」
「なんだそりゃ。聞いたこともないぞ」
「え、そりゃおかしい。人里から離れた私らでも気づいたんだから、慧音先生が気づいてないはずないと思ったんだけど」
「すまんな、役に立てなさそうで」

 翌日、人里を訪れたリグルとルーミアは、まず慧音を尋ねた。
 その慧音は、リグルの問いに対して申し訳無さそうに頭をかいた。

「そんな申し訳無さそうにされると、むしろこっちが申し訳なくなる」
「単なる暇つぶしだし、そんな気にしなくていーよー」
「なんだかよくわからんが、人里で調べ物なら阿求を尋ねるといいぞ」
「はーい」
「それじゃ、気をつけるんだぞー」

 慧音が去っていくと、二人は顔を見合わせた。

「うーむ。一番大きなアテが外れたわねー」
「人間中心の集まりって情報だったから慧音先生なら知ってるはずと思ったけど、知らないってことは……」
「つまり、もしかしたら私らの領域の話かもね、恐ろしい妖怪の」
「異変なら巫女が来るっていったけど、もしやこれはその前兆じゃ」
「話が大きくなってきたのかー」


「ふむ。人里の近くにしばしば現れる謎の会合ですか。ただ、私は人里の出来事には疎いので……」
「ところがね、人里の出来事に一番詳しそうな慧音先生が知らなかったわけよ。もしかしたら妖怪の仕業じゃないか、ってルーミアと言い合ってたんだけど心当たりある? 妖怪とかなら阿求のほうが詳しいでしょ」
「うーん、難しいですねー。何かで誘惑して人を集めるタイプの妖怪は少なくないですが、聞いた手がかりだけではなんとも……ところで、そのルーミアさんは?」
「この屋敷の手前にあった、蕎麦屋に吸い込まれた」
「あらま。あそこですか。いい匂いですよね」
「うん。いい匂いだった。ルーミアが勝てるはずもなかった」
「とにかく、その『シャドウ・シアター』ですか? 私としても興味があります。調べてみましょう」

 稗田の屋敷の前で立ち話などしていると、満足した様子のルーミアがふらふらとお店から出てくる。
 のれんを捲ってルーミアを笑みをなげかける蕎麦屋の店主にルーミアは手を振った。

「おっちゃん、大盛りサービスありがとなー」
「なあに、いいってことよ。腹空かしてるやつを目一杯食わせるために俺は蕎麦屋やってんだ。お、阿求ちゃんじゃねえか。どうだ、サービスしとくぜ」
「嬉しいですね。でも、今夜は予定あるんですよ。明日の夜行くつもりだったんですが、それでもいいでしょうか?」
「あ、すまん。明日の夜は臨時休業でな」
「あら、平日ですのに珍しいですね。何か予定でも? もう師走、年の瀬ですもんね」
「まあ、ちょっとな。悪いなあほんとに。翌日はやってるから、時間が合えばぜひ頼むぜ。金髪の嬢ちゃんも、また来いよ」
「ごちそうさまでしたー」

 蕎麦屋の店主は店に戻り、ルーミアは幸せそうな余韻に浸った表情で空を見上げた。

「いやあ、おいしかったー。ところで、そっちはー?」
「いやあ、阿求も知らないって」
「面目ない。こちらで調べてみて何かわかったら教えますね」
「お手数おかけします」

 阿求と別れると、ルーミアは腕を組む。

「こうなるとアレしかないかー?」
「アレっていうと?」
「そりゃ、突入よ」
「ええーっ! ちょっと、それは怖いなあ」
「夜を生きる妖怪が何言ってんのよ。まったくー、これだからスモールレバー光る蟲は」
「言っていいことと悪いことがあるぞ」
「ごめん」


 日没を迎え、ミスティアのところでたむろしていた二人は、訪れた妖怪から『シャドウ・シアター』を見た、という話を聞いた。
 ルーミアに引っ張られてリグルは森の中で、やはり灯りを目にする。

「ね、ねえ……ほんとに行くの?」
「ここまで来て目の前に現物証拠が転がってるのに行かないのかー?」
「いやだってだってさ、話に聞いていたよりなんか違うよ! 心なしか、この前見た時よりも灯りとかの規模も大きいし」
「まあ、確かに集めた情報で予測した次の日程よりも大幅に近かった」

 ミスティアの店で聞き出した情報によれば、『シャドウ・シアター』が行われているのは日曜日に限るという話だった。
 今日は水曜日、明らかに異例だ。

「だが、我々を――おいしいものが待っているのだ!」
「待ってないって! あれ適当に言っただけだって!」
「いざ鎌倉!」

 そういってルーミアはリグルを引っ張って灯りの中に飛び込むと、思いっきり誰かにぶつかった。

「よ、妖怪か……? って、なんだ。お前らか」
「あれ? 慧音先生がなんでここに?」
「それはこっちのセリフだ」
「いや、私たちはこの前言ったように『シャドウ・シアター』ってのを探ってて」
「……もしかして、『シャドウ・シアター』ってこの集まりのことか?」
「そうだよ! あ、もしかして慧音先生知らなかったの!」
「そんな仰々しい名前をつけるような集まりでもないからなあ」
「なるほど、勝手に妖怪がつけた名前だから、単に慧音先生が知らなかっただけなのかー」
「で、結局なんなの。この集まり」

 そう問いかけると、遠くにこの前みた顔が現れた。

「この前の金髪の嬢ちゃんらじゃねえか」
「あ、お蕎麦屋さんだ」
「ねーねー、お蕎麦屋さん。この集まりはなんなのかー?」

 ルーミアが、蕎麦屋に問いかける。

「あー、これはだなあ……そうだな、感謝のための集まりだ。 ……慧音さん、俺じゃ子供に説明なんて無理だ、頼むよ」

 蕎麦屋の店主は困ったような表情で、慧音に助けを求めた。

「そうか? 非信仰者でない私が言ってもな。それに、それで正しいんじゃないかと思うぞ、私は」
「教職者なんだから、説明は本職だろう」
「神学は幻想郷の教育課程には入っておらん。だいたい、そんな堅苦しい説明をするようなものではないだろう」
「まあ、そうかもしれないけれど」
「幻想郷において彼らは圧倒的マイノリティだ。このひっそりとした集まりでさえも、異なる宗派で寄り合わなければ成立しなかった。そうした寄り合い所帯は、幻想郷にあわせた文化を産み、妖怪からでさえもごくわずかながら参加者を集めるまでになった。そのウリはひたすらに堅苦しくないことだ、そうだろう?」
「まあ、そうでなきゃ俺も参加することはなかったかもなあ」
「……結局どういうことなの」
「隠しているわけではないし、後ろ暗いところもないが、それでもやはり、少数者には少数者の苦しみがある。それでも、信仰のために彼らは日曜の礼拝を行いたかった。彼らの仕事も考え、日没後に若干人里から離れたところで行うということで意見を一致させた。万が一妖怪に狙われないよう、毎回場所を変え、私が念のため見守るという形で行われる運びになった。お前らが『シャドウ・シアター』って呼んでたのは、この集まりだよ。もっとも、今や私による護衛なんて必要なくなってきてるがね。力のある人間や、ごく一部の妖怪が真摯に参加している」
「全然シアターじゃないじゃん!」
「聖歌を歌ったりはしてたから、その様子が誇張されて伝わったのかもなあ」

 慧音はぼやく。

「まあ、いい。お前らも参加していくといい。今日は特別な日だ」
「あ、そういえば日曜じゃないよね、今日」
「ああ、今日は特別な日で、出生日という扱いで――ああ、面倒だ。とにかく特別な日なんだ! ほらルーミア、メシもあるぞ、行った行った」
「!」

 目を輝かせて、ルーミアは輪の中に飛んで行く。

「ほら、お前も行った行った」
「……よくわかんないけど、宗教的な集まりなんだよね。私は信者じゃないどころか、考え自体露ほども知らないんだけど……」
「ああん? そんなもん細かいことはいいんだよ! せっかく来てくれた来客をもてなさない理由などあるか!」

 蕎麦屋の店主は、リグルの手を引く。

「幻想郷にゃ、神がその辺を歩いている。結界が成立した当時に、一人で神を信じてた俺達の前身は相当悩んだだろうな。だが、その中で折り合いをつけ、向き合った。俺達も同じだ。その折り合い方は、一人一人違うけれども……隣人を愛するという点では、全員同じなはずだ」
「隣人を、愛する……」
「人も妖怪もなく、酒とメシを楽しんで食う。それがよくないことだって言う神様なんて、どこにもいるはずねえよ」
「……うん、わかった」
「よし、じゃあ今日は特別な日でな、今日を祝うための挨拶があるんだ」
「えーと、なんて言うの、それ?」
「それはな――」




わたしたちの務めは、あたかも骨董趣味のように、この高価な宝を守ることだけではありません。
わたしたちの務めは、わたしたちが生きている時代がわたしたちに求めている活動に、誠意をもって、畏れることなく取り組むことです。
――ベネディクト16世

taku1531
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コメント



0.290簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
まぁ日本でしかも幻想郷だと確かにいたとしても少ないだろうなぁ
実際に神がいるし布教とかも難しいだろうし
4.90名前が無い程度の能力削除
マイノリティであっても、信仰する気持ちは尊い物なのでしょう
優しい気持ちになれるお話でした