その日、いつものように地下室での引きこもり生活を楽しんでいると、壁越しに物音がしたんだ。
倉庫がある辺りだ。お掃除かなと思ったけど、それにしては音がものものしい。何かを探して、引っ張り出しているみたいだった。地下の倉庫は滅多に使わない物が詰め込まれているところだから、興味が湧いた。
「失礼いたします、フランドール様」
「あ、咲夜」
そこへナイスタイミング、咲夜が紅茶セットを持って入ってきたので、聞いてみることにした。
今思えば、ここでほっとけば大惨事につながることはなかったんだろうな。でも、そのときは好奇心が最優先だった。
「ねえ、ちょっと気になったんだけど」
「何でしょうか。きちんと『キャラメルフラペチーノ』と言えないことでしょうか」
「そんなことで悩まないよ!?」
「恥ずかしがって否定しなくてもいいですよ。ほら、後に続いて言ってください。『キャラメルフラペチーノ』」
「言わないってば!」
「リピートアフタミー。『キャラメルフラフェチーノ』」
「自分が言えてないじゃん」
「『絡める・フラン×チルノ』」
「新ジャンル?!」
「さて、ふざけるのもいい加減にして、早く本題に入ってください」
「……自由過ぎだよ、うちのメイド長」
なんか釈然としなかったけど、倉庫の物音について改めて聞いてみた。なぜ咲夜の口から私が氷精を責めるシチュエーションが飛び出したのか、その思考回路も尋ねてみたかったけど、ドスピンク色のクリーチャーが触手を伸ばすイメージが湧いてきて、やめた。
咲夜の答えはこんなだった。
「ああ、それはですね、みんなで身体測定をやろうということになりまして」
「身体測定?」
「いえ、貞操帯ではありません。身体測定です」
「そんな勘違いしてないよ!? みんなでそんなことするって考える私が変態みたいじゃない!」
「さすがは少々気が触れているとの触れ込み通り」
「違う! キャラ付け方向が全然違う!」
「ともかく、お嬢様を始めとして私たち一同で身長や体重を測ってみようと、その準備をしている次第です。倉庫の奥でホコリを被っていた器具を引き出しておりました」
「へぇー?」
またお姉様の思いつきなのかな。でも、なんか面白そうだ。紅茶を入れる咲夜に、羽をパタパタ動かしながら言う。
「ねえ、私もやってみていいかな?」
「えっ」
咲夜の手が止まった。
「え?」
その戸惑いは意外だった。確かにここのところずーっとこの部屋から出ることはなかったけど、別にお屋敷の外に出るわけじゃないんだから、そんなに驚くことかなぁ。
結局はお姉様の許可を得て、私も身体測定に参加できることになったものの、そのことは妙に心に引っかかっていた。
だから、咲夜に連れられて、みんなのいる広間に入ったとき見えた「それ」は、目の錯覚だと思ったんだ。変な物思いをしてたから現実じゃないものを見たんだって。
(どうなってるの?)
何度も目をパチクリさせた。
変な光景だった。お姉様にパチュリー、美鈴、小悪魔とみんな並んで立っているはずなのに、一人だけがこちらに接近して立っているような。そう、パチュリーだけが。
「お嬢様、フランドール様をお連れいたしました」
「うん、こうして皆が一堂に会するのは久しいな。元気そうで何よりだ、フラン」
お姉様の言葉はほとんど私の耳に入ってなかった。間近にパチュリーを見て、事実がはっきりしたからだ。遠近感が狂っていたわけじゃなかった。驚きのまま、まじまじと見つめる。
しばらく会わない間に、パチュリーの身体はずいぶんと大きくなっていた。主に横方向に。
かなりふくよかになっていた。明らかに増量していた。つまりは太っ……
「どうかしたの、妹様? 私の顔に何かついてる?」
うん、ついてる。脂肪が。
顔というより全身に。肉体をフルモデルチェンジしたのかというぐらいに。せり出した腹。むっちりと張り詰めた二の腕。物理的に圧倒的な存在感。ワイン樽に服を着せたらこんな感じだろうか。
だけど、それを正直に伝えちゃっていいのかやっぱり迷う。それくらいのデリカシーは私にもあるわけで……。どうにか出た言葉はこんなだった。
「ええと、何て言うか、その、丸くなった?」
「そういえばパチェは前より人当たりが良くなったなぁ」
「ふふ、まあ、長く生きていればね」
そういう意味じゃないんだけど。
もしかして自覚がないんだろうか。いやいや、いくら何でもありえない。みんなパチュリーがどれほど膨らんでいるかわかってるはずだ。あんな鏡餅の化身みたくなって、何とも思わないはずがない。
でも、誰も私の驚きを理解してないふうなのが不思議だった。
「あら、妹様、身体の調子が悪いのかしら? 眉間にしわが寄ってるわよ」
「う、ううん、何でもないの、ポッチャリー、じゃなくて、パチュリー」
「そう……?」
「はっはっは、我が妹は自分の背丈が気がかりなんだろう。姉との差が開いてしまうかもとな」
そこはまったく心配してない。お姉様だって500年変わらずおチビじゃん。
「じゃあ、フランドール様、さっそく身長測ってみます? レミリア様はもう済まされたんですよ」
「言っておくが、底の厚い靴を履くのはダメだからな。美鈴、注意深くフランがつま先を立ててないか見ておけ。帽子をいつもよりふんわり被ってないかもだぞ」
その具体的なごまかし方法は何なの。いかにも自分でやってみましたみたいな。
「で、パチェ、肝心の体重の方は確かめなくていいのか。気になっているのだろう?」
「ううん、でもやっぱりちょっと恥ずかしいわね」
「要らぬ心配さ。気になる気になると繰り返すからこうして体重計を引っ張り出してきたんだ。皆が身長などを測るのに混じって、適当に済ませておけ」
身体測定が始まったのはそれが理由だったんだ。単に体重計だけをパチュリー一人の前に持ってくることをしなかったのは、もしかしてお姉様なりの気遣いだったのかな。
このワイワイした雰囲気なら体重計に載るのに抵抗がなくなるし、色んな意味でヘビーな結果が出ても身長や他のみんなの結果に紛れさせることができる。
そうか、やっぱりみんなパチュリーがワイド化したことに気づいてるんだ。その上で気にしてない振りをしているんだろう。私の驚きに触れない理由がやっとわかった。
小悪魔が言った。
「大丈夫ですよ。昔と比べて食事も運動量も大きな変化があったわけじゃないんですから。ねえ、咲夜さん?」
「日々の献立は全員共通で出してるわ。例外的に美鈴のは多めにしてるけど。馬のように食べるからね」
「そ、そんなにがっついてませんよぅ」
あはははは、と笑いが広がる。
それでもパチュリーはためらってるみたいだった。
「怖い数値が出ないかしら……。だってここ最近、軽く動いただけで汗が出るし、座ったら椅子がギシギシいうし」
それはもう疑いどころか確信しなきゃいけないレベルじゃないかなぁ。ちょっとやそっとの肥満じゃ起こらない現象だよ。
弱気になるパチュリーの肩に、お姉様が手を載せて励ます。
「まあ、少しばかり肉付きが良くなったのは事実だが、大したことはない。せいぜい虫さされで腫れてる程度さ」
「そ、そうよね」
さすがにマンモス並の蚊でもないと無理があるんじゃ……。
そう私は思ったけれど、パチュリーはお姉様の言葉に元気づけられたようだった。意を決して体重計へと向かう。
体重計は倉庫にしまってあっただけあって、ごつい形をしていた。台の上に載ると、立った柱でつながっている目の前の円盤、そこの針が回転して体重のメモリを指すって仕組みだ。
パチュリーは恐る恐る右足を載せ、そして、左足も載せた。
途端に一気に回転した針が円盤から吹っ飛び、窓ガラスを割って外に飛んでいった。
「ギャアー!」
叫び声。針はゴブリンの誰かに当たったようだ。
「…………」
「…………」
「…………」
その場にいた全員、声も出せなかった。
体重計に立つパチュリーは真っ青になっている。
「む……むきゅ? ……むきゅ?」
幼児退行みたくなってる。身体を震わせて、膝から崩れ落ちそうになった。
「パチュリー様!」
小悪魔が駆け寄り、支える。
「うっ」と、その重さに共倒れしそうになるのを、何とかこらえた。ナイスファイト。
「ううう嘘よ、こ、こんな……」
「落ち着いてください! 諦めたらそこで試合終了ですよ!」
「う、うん、なぜか励まされてる気がしないんだけど、わかったわ」
私も、小悪魔の左手がパチュリーのあごに添えられてタプタプやっているのに妙なものを感じるんだけど、多分気のせいだろう。
「とりあえずはどこかのお部屋で休みましょう」
「どこの部屋がふさわしいかな、咲夜」
「そうですわね……二子山部屋あたりかと」
「え?」
パチュリーが聞きとがめる。
「今、二子山部屋とか言った?」
「いえ、休憩室と申しました」
「そ、そう、まったく違うように聞こえたけど」
「空耳だろう、パチェ、ミミガーの調子が悪いのか?」
「今、ミミガーって言った! 絶対言ったわよ!」
「だから聞き間違いですって。落ち着いてください、パチュリー・デラックス様」
「デラックスって何?!」
……あれ? 何だかみんなの対応が変わってきたような。
毒というか、棘というか、出てきた?
「まあ、落ち着け」
お姉様がにこやかに手を振る。
「冗談だ、冗談。笑い飛ばしてしまえと言うんだ、パチェ。体重計の限界値を軽々突破したからといって、深刻になる必要などないさ。重さと体脂肪率は必ずしも比例するものじゃあない。パチェは決して肥えたりしてないぞ」
「肥っ……ま、まあ、安心してもいいのかしら。ありがとう、レミィ」
「そうだ、実際の体型を見せてみたらどうかな。試しに服の下のハラマキを脱いでみろ」
「付けてないわよ!」
「ははは、そんなわけがなかったな。本当はウエストポーチだ」
「一層ないわ!」
悪質な冗談に「お嬢様」と咲夜がたしなめる。
「いくら何でもお言葉が過ぎます。パチュリー様のお気持ちも考えなさってください」
「咲夜……」
「それではパチュリー様、背中のジッパーを下ろすのを手伝いますわ」
「だから着ぐるみとか着てないわよっ!」
「酷いこと言いますね、咲夜さんは……やるなら空気栓を抜くことでしょうに」
「私は浮き輪か何か?!」
美鈴まで悪ノリしてる。背中やお腹に伸びる手を、パチュリーは顔を赤くして払っていた。そこへ小悪魔がパチュリーをかばうように全身で遮った。
「皆さん、いい加減にしてください。パチュリー様のこの体型が素であることは、誰よりも一番身近にいる私がよく知ってます」
「ああ、小悪魔!」
感動しているけど、私には既に何かの前フリに思える。
「ところで出産予定日はいつです?」
「妊婦でもないわよッ!」
やっぱりだった。
「いやいや、パチェ、ここは好意的に解釈すべきだろう。つまり小悪魔はこう言いたいんだ。──いかに信楽焼のタヌキでも、マタニティドレスを着ればごまかせる、と」
「根本的な解決になってないし、でっぷりしたタヌキの置物って比喩も最低だし、どうやったら好意的に解釈できるのよ!」
ああ、パチュリーがツッコミのプロになっちゃってる。
一方の私はこの展開についていけなくって、畳みかけられるたくさんのネタを呆然と見ているただの観客になるしかなかった。
「なあ、現状を嘆くより、今の個性を活かせる特技を身につけたらどうだろう。ポジティブ・シンキングだ」
「特技?」と首を傾げるパチュリーに、「うん」とお姉様。
「たとえば、トリュフの探索能力とか」
「豚じゃない!」
「コックの姿で『美味しいよ』とのたまうトンカツ屋の看板になるとか」
「豚じゃない!」
「いや、すまない、今のは全部無しだ。取り消そう。飛べない豚はただの豚だが、パチェは飛べるからな」
「豚ってとこを否定しなさいよ!」
「抱いてあげた赤ちゃんは健やかに育つだろうし」
「関取じゃない!」
「自己主張の激しい体型については配慮するさ。『木を隠すなら森』との格言に則り、屋敷のあちこちにドラム缶を置いておこう」
「こ、このっ、レミィったら許さないわよ!」
あまりの暴言に、さすがのパチュリーも怒ってお姉様につかみかかった。
だけども、身体にいっぱい水風船をくっつけているような状態じゃあ動きに無理があったんだろう、「きゃあ!」と足をもつれさせて転げてしまった。お姉様を巻き込んで。
「むきゅっ!」
「うわらばっ!」
それぞれの叫びを上げて、二人は床に突っ伏す。
「決まり手は浴びせ倒し?!」
「いえ、押し倒しに近いかも!」
美鈴と小悪魔がそんなことを言ってたみたいだけど、相撲のことは詳しくないしどうでもいい。
お姉様はパチュリーの下敷きになる格好だったので、そのダメージは深刻そうだった。紫色のお肉の下からうめき声を上げる。
「つ、潰れる……漏れる……」
「ご、ごめん、今どくから。でもいくら何でも失禁するほどじゃないでしょ?」
立ち上がろうとするパチュリーに、お姉様の言葉が続く。
「内臓が口から漏れる……」
「そこまで?!」
この事態にみんな目を丸くしたり、顔を見合わせたりして、口々に言った。
「パ、パチュリー様が暴力を」
「これは俗に言うDVね!」
「D・V! D・V! D・V!」
「でぃーぶぃ!」
「でぃーぶぃ!」
「パチュリー様、でぃーぶぃ!」
「デブい言うなぁあああああ!」
ついにパチュリーが泣き叫びながらその場から駆け出す。
「ああ、パチェ! そんな巨体で走ったら膝に負担が! そして局地的な地震が!」
お姉様の言うとおり、周りの家具がガタガタ揺れ、載っかってる物がいくつか落ちた。震度2くらいかな。
「うわぁああああん!」
動く震源地はさらにスピードと揺れと涙の量をアップさせて、駆け去ってしまった。やがて余震も感じられなくなった。
「…………」
ここまで見てきて、私の胸の中はすっごくモヤモヤしていた。
パチュリーの扱いがあんまりだと思った。あんなふうにいじられて喜ぶのは新米芸人くらいだ。絶対傷ついているだろう。
なのに、みんな反省しているふうがない。それどころか、どことなくニヤついた顔を交わしてなんかもいる。お姉様は満足げなため息まで漏らしていた。信じらんない。
思わず声を上げていた。
「ねえ、ちょっと酷過ぎだよ。泣かせるなんておかしくない? みんなパチュリーのこと、嫌いなの?! …………えっ」
私が戸惑ったのは、こっちを向いた小悪魔と美鈴に心外そうな表情を見たからだった。
咲夜がお姉様に耳打ちする。
「お嬢様、やはり……」
「ああ、だが想定の範囲内だ」
お姉様が一歩前に出て、まだわけのわからなさの中にいる私に言った。
「フラン、今のお前に理解できんのも無理はない。井戸の中のカエルには広がる大海原を想像さえしえないからな。そしてカエルを海に放り込んでも翻弄させるだけだ。しかしながら、お前はこのところ多くの経験をし、成長した。そろそろ我々の世界に来てもいい頃だろう。この至高なる嗜好の新世界にな」
説明を受けたんだろうけど、やっぱりわけがわからなかった。カエル? 海? お姉様はときどき難しいことを言う。
「しばし後に案内させよう」
そうしてその場は解散になった。
◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ●
部屋で待っていると予定の時間に咲夜がやってきて、「ご案内いたします」と頭を下げた。
会話は禁じられ、足音も忍ばせ、咲夜は明らかに人目を避けているようだった。気づけば、まったく人気のない通路を歩いていた。紅魔館の中なのに、私も知らないところ……
そこで部屋を出て初めて、咲夜が声を発した。
「ご安心ください。確かにこの場は幼女にいくら叫ばれても好き放題できる変質者のパラダイスですが、私は何もいたしません」
よけいに不安をあおる一言だった。いつでもレーヴァテインを出せるように備えとこうと思ってると、
「着きました」
扉の前に私たちは立っていた。
のっぺりとして、壁と同じ色の、目立たない扉だった。
そこを咲夜は三回ノックする。
すると、扉の向こうから声が投げかけられた。
「ギンギラギンは」
「さりげなくない」
咲夜のそれが合い言葉だったのか、扉が開けられた。
取っ手を握るのは美鈴。「どうぞ」と手を差し伸べた先には、もう一つ扉があった。さっきのとは違って重々しい造りになっている。
咲夜が前に進んでそれを開けようとしたとき、何だか嫌ぁな予感がした。……私にはお姉様と違って運命に関する能力はないから気のせいだと思ったんだけどね、そのときは。でも、後々の結果から見ると、予感は的中していたみたい。女の勘ってやつ?
扉の奥、部屋の中ではお姉様と小悪魔が丸テーブルを囲む椅子に座っていた。部屋の広さは紅魔館の中ではこぢんまりしていて、明かりも薄暗く、いかにも隠し部屋っぽかった。
咲夜と美鈴も席に着き、私はその間に座った。
「全員そろったな」
お姉様がみんなを見渡して言う。
「では、」
コホン、と小さく咳をする。そして声を張り上げた。
「では、これより第82回『パチュリーのもちもちをモチモチする会』を開催する!」
「はい?」
「「「わーーーーーっ!」」」
ポカンとする私と反対に、みんな急に盛り上がって拍手していた。そろって笑顔。目の輝きが半端ない。
「いやー、今回も素晴らしいもちもちでしたね!」
「そのもちっぷりが日に日に増しているのがまた、何とも」
「存分にモチモチさせてもらったな」
「ビバ! もちもち!」
「え? え?」
唐突に何が何だかな状況に放り込まれてしまった。
お姉様が私へと顔を向ける。
「驚かせてしまったが、これが真実だ」
「あ、うん。……うん?」
理解したのはカオスってことだけだ。
「お前は私たちがパチェのもちもちを不当におとしめていたと勘違いしていたが、」
「いや、まずその『もちもち』が意味わかんないんだけど」
「パチュリー様最大の魅力ですわ」
咲夜が言葉を継いだ。
「お顔のふくよかさ、お胸の豊満さ、お腹のぽっちゃりさ、お尻のどっしり感、ふともものむっちりぷよぷよフィールド等等、それらを総称したものが『もちもち』なのですわ」
えーと、要するに太ましさってことかな。
「そして、もちもちを愛でる行為を『モチモチ』と呼ぶ。私たちのような違いのわかる選ばれし者だけに許された崇高な行為だ。我が妹よ、モチモチを完全に理解するには十年ほど早いかもしれないが、お前にもこの深遠なる世界に踏み入る権利をやろう」
「十年どころか一生掛かっても理解できそうにないし、っていうかしたくないし……あとやっぱりおかしいと思うんだけど、何? その、もちもちをモチモチするっての?」
「ああ、そこは違いますわ」
咲夜が口を挟んだ。
「基本的に名詞の『もちもち』は語尾を下げます。『もちもち↓』。そして動詞の『モチモチ』は語尾を上げます。『モチモチ↑』。初心者には区別を付けるのが難しいところですけれど。さあ、妹様、リピートアフタミー」
「言わないよ!」
「やれやれ、もちもちをモチモチする、これをちゃんと発音できるかが入門編なのだが」
「一秒間に百回もちもち言うのがビギナー編ですわ」
「エキスパートは虹色のもちもちを使い分ける」
激しくどうでもいい。
二人のレクチャーを右耳から左耳に通過させて、さっき出しかけた疑問を改めてぶつける。
「とにかくさ、何だっけ、パチュリーのもちもちを……」
「パチュリーのもちもちをモチモチする会。略して『パチェも会』だ」
「何そのハス向かいみたいな。──とにかく、みんなはこのナントカ会ってのを作るくらい太ってるパチュリーが大好きなんでしょ? だったらそれを本人に伝えればいいんじゃない? パチュリーの悩みはそれで解消されるじゃん」
もともとパチュリーはデブ症、じゃなくって、出不精だ。外出どころか図書館から出ることもあんまりない。お姉様たちが好意的に見てると知れば、紅魔館の中で人目を気にせず過ごせるはずだ。
ちょっとだけ気になるのは、膨張した人一名と膨張した人マニア数名を私の家族として受け入れないといけないってことだけど、まあ、それも人生のスパイス(あ、この言い回し、いいな)だし、あと、これまで私のような爆弾を受け入れてくれた恩も返さなくちゃだし……ね。
私が割り切る。それで一件落着、大団円、って思ったのに、
「ハッハッ! わかってないなぁ、フラン」
即否定された。
これだから尻の青い小娘は、とでも言いたげに鼻で笑い、肩をすくめながら両の手の平を上にするジェスチャーを取るのがイラッとくる。上から目線したって、お姉様の方が長くおねしょしてたの知ってるんだから。
「まるでわかってない。自らの豊満過多な肉体に恥じらいを持つからこそ魅力的なんだぞ」
「そうです! ご自身のわがままボディをコンプレックスにしていることが究極の萌えなんです!」
「体重計の上でプルプルと肉感的なお身体を震わせていたのには、鼻血が吹き出そうでしたわ。内部機構に細工しておいた甲斐があったというもの」
「咲夜さん、グッジョブです。あそこでパチュリー様に自信なんて持たれたら玉にキズにも程がありますよね」
「玉のお肌に傷がつくどころじゃないな」
「お肌と言えば、お風呂に入るとき、はち切れそうな身を恥ずかしげに覆う様はもう芸術! 上気した顔の下で身をよじり、かえってむっちり具合が強調されてるのはもう何ですか!? この世に降り立った美の女神ですか!」
「フラン、自分の足りなさ加減がわかったか? お前はミロのビーナスに両腕を補完するような愚を犯そうとしたのだぞ」
……口々に話される奇特な趣味のこだわりを、ほんのちょっとでも理解しかけている私自身のいることが、逆にムカムカきた。
「みんなにとっていいのはわかったよ。でもパチュリー泣かせて、それでいいわけ? 人を悲しませといて幸せになれるわけないよね?」
この言葉さえ否定するなら、徹底的に戦おうと決心していた。紅魔館のみんなは、私の好きなみんなのままでいてほしい。手が自然と握りしめられていた。
でも、私の決心はお姉様の言葉にあっさり消される。
「そうだな。フランの言う通りだ」
「えっ」
他の三人も同調する。
「確かに、ちょっとおふざけが過ぎたところもあったかもしれません」
「アフターケアをしとかないといけませんね」
「早々に慰めにいきましょう」
「な、何だ、みんな、ちゃんとパチュリーのこと考えてたんだ。良かった、ちょっとホッとしたよ」
「うむ、」
お姉様が頷く。
「追い込みすぎて、本格的にダイエットでもされたらコトだからな」
は?
「えっと、それって急激な運動とか絶食とかが身体に悪いって話?」
「まあ、それもあるが、何より痩せられると困る。美を損ねる」
「全身肉球ともいうべき『もちもち』にほころびができるなど、許されざることですわ」
「かつてノンカロリー食品やウォーキングといった言葉がパチュリー様の口から飛び出してきたときは、私の口から心臓が飛び出るかと思っちゃいました」
「ここまでコツコツ蓄積させてきた脂肪を無駄に消費させちゃ絶対ダメですよ!」
「私たちの努力の結晶は今後も保持し続けなければね」
何だか話の方向性が斜め上になってきた。私の国語力に問題がなければ、とんでもないことを聞いたような気がする。
「あの、さ。もしかしてだけど、パチュリーが太ったのって……みんなのせい?」
「徐々に着実に成長させていくのは骨が折れたなぁ。マリモを育てるかのようだった」
「その甲斐あって、ボン!ボン!ボン!のダイマイトバディーに仕上がりましたね」
「少しずつ食器を気づかれないよう大きくしていって、食べ物の大きさも巨大化できました。おにぎりはサッカーボール大に、目玉焼きはダチョウの卵に」
「紅茶に入れるクリームをこっそりラードに替えるのはギリギリでしたわ」
え、ええー……気づかないパチュリーもパチュリーだと思うけど、みんな何てことをしてくれてるんだ。
「だが、ここで満足してしまってはいけないな。まだパチェにはまんまるお月さまになれる余地がある」
「目指すべきは、よりメタボリックなシンボル!」
「ええ、決め台詞『むきゅー」が『むちぃー』になるまで肥育を続けましょう」
「もちろんよ。いっそ笑い声が『ムチチッ』になるまで続けるわ!」
つまり永遠にやめるつもりはないってことだ。みんなの奇行はどこまでも続くんだろう。線路のように。
(奇者、奇者、シュッポ、シュッポ……)
頭の中が軽い現実逃避を起こしていた。
気が触れていると言われてきた私だけど、みんなそろいもそろって私以上にクレイジーじゃないか。全員地下に幽閉されるべきな気がしてくる。
「ふっ、新しい世界に迎え入れられてフランは感無量のようだな。これからもっと大人の階段を駆け上ってもらうことになるぞ」
むしろ知性とかのランクがダダ下がってる感じだよ。
「では、新しいメンバーが加入したことを祝しまして、ここで一つ飲茶などを──」
美鈴がどこからか大皿を持ち出してきた。銀のドーム型のふたが載っている。
「おお! それはまさか!」
「完成したの、美鈴!」
「自信作です。どうぞご賞味ください!」
ふたが取られて、白くて平たい円形の何かが数個現れた。
「パチュリー様のお腹の柔らかさを再現した、その名も『もちもち大福もち』です!」
聞いているだけで頭が悪くなりそうなネーミングだ。
私以外のみんなは次々に手を伸ばし、大福を頬張る。そして歓声を上げた。
「くぅ、何てこと! だぶついた皮の向こうに満ちあふれる贅肉の感触をこれほどまでに!」
「パチュ肉を思いっきり口に入れたいという欲求がここで叶えられるとは、生きていて良かったと心底思うぞ!」
「中身は餡子ではありませんね。バタークリームでしょうか。基準値超過なコルステロールのニュアンスさえも表現するなんて……!」
「パーフェクトよ、美鈴!」
馬鹿さ加減が?
「美鈴さんにここまでのことをされては……」
小悪魔がおもむろに立ち上がったので、みんなの目がそちらへ向く。
「私の作り上げた装置、その第一の被験者になっていただくしかありませんね」
「おお! まさか!」
「完成したの、小悪魔!」
「ええ、自信作です!」
またこの流れか。不味い天丼は出されるだけで胃にもたれるんだけど。
「ついにパチュリー様のベッドに、人一人違和感なく入り込めるスペースを設けられました!」
「素晴らしい! パチェが寝ると、その直下に潜んでいた者は、至福の時を得られるわけだな!」
「パチュリー様の全重量をその身に受け、もちもちを存分にモチモチできる……ああ、今から鼻血が……いえ、鼻から内臓が出そう」
それ重傷だよ、身体も頭も。昔の怪奇小説に出てきそうな家具にとんだ盛り上がりだ。
「ふぅー……」
お姉様が深く息を吐いて、首を振った。
「まったくお前達は次から次へととんでもないものを創出して……ここは世界の英知が結集した、古代ギリシアのアカデメイアか?」
私には白痴の結集したハキダメに思える。
パチュリー風にデコレートしたバランスボールが出てくる辺りで、私はその場をそっと離れた。
「すごい! 頭飾りから服のひらひらまで完璧です!」
「なんて素敵なデフォルメ! こんなにビッグでピッグな紫もやし、見たことないわ!」
「自分で乗ってパチェを感じるも良し! パチェを乗せて破裂させるも良しだな!」
「いっそヘリウムを詰めてアドバルーンで飛ばしましょう。風に揺れる様は空飛ぶパチュリー様そのままのはず!」
「鬼才現るッ!」
こいつら、手遅れだ。こうなったら、もう……
◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ●
私が地下の隠し部屋に戻ってきたとき、四人は新たなパチュリーのからかい方を話し合ってる最中だった。
「そろそろ降雪の時期だ。雪が積もったらパチェを白いコートで着膨れさせて人里へ出かけよう」
「そこで子供たちがパチュリー様を雪だるまと間違えるのですね。お菓子による事前の買収と仕込みはお任せください」
「せっかくですから、実際の雪だるまを三体作っておくのはどうですか? パチュリー様と並べて……」
「『パチェがフォーオブアカインドを使っただと?!』と驚くわけだな」
「いえ、ここはもう一ひねりしましょう。首を傾げるんです。『あれ……ぷよぷよを四つ並べても消えない……?』と」
「なるほどッ!」
「ブラヴォー!」
「おお、ブラヴォー!」
スタンディングオベーションが行われかけたその時、戸口に立つ私にお姉様が気づく。
「っと、フランか。ずいぶんと長いお手洗いだったじゃない……か……」
言葉が途切れたのは、私の横に立つもう一人の姿を見たからだった。
「パ、パチェ?!」
「パチュリー、様」
「う、ああ……っ」
「私のためにいろいろ相談してくれているようね、みんな」
氷のように冷たいパチュリーの視線に刺され、さっきまで笑顔だった四人から血の気がみるみる引いていく。本人を前に失礼さド真ん中ストライクなバランスボールを隠す余裕もなくなっていた。
「ここここここれは違うんだ、ち、違うんだ、パチェ」
平静さを装おうとしているけど、見事に失敗しているお姉様。
それに対して、パチュリーは口調「だけ」は穏やかにして言った。
「いいのよ、全部わかってるから。何も弁解なんて要らないの」
「ぜ、全部とは?」
「今までのは私のことが好きだからやってくれてたのよね?」
「あ、あっ……そ、そうだ! みんなパチェのことが好きなんだ。だからこそさ!」
「じゃあ、お礼をしないとね?」
「えっ」
「こうして立派な体格に育ててもらって、しかも謙虚な性格まで身につけられて…………要するにコンプレックスまみれの体脂肪率を獲得できたお礼参りをさせてもらおうって言うのよ」
最後は恐ろしくドスの聞いた宣告になっていた。四人の罪人は絶句して固まるしかない。
パチュリーは一枚のカードを取り出した。
「あなたたちがふざけた大福やらベッドやらを創作してたように、私も新スペルを開発してたのよ。どんなのかわかるかしら」
「……月&木符『サテライトヒマワリ』ならぬ、『セルライト肥満パチュリー』とか?」
お姉様が火に油を注ぐような台詞を漏らす。内容の酷さを振り返る前に、思いついたネタを言わずにはいられなかったんだろう。子供か。
「不正解」のブザーが鳴るように、そしてパチュリーの怒りがさらに燃えたのを表すように、掲げたスペルカードから轟音の炎が噴き上がった。
「たっぷり溜めこませてもらったカロリーを熱量に変換するスペルよ! 私も痩せられるし、諸悪の根源を一掃できるし、目標達成にこれ以上のものはないわ!」
そう言われたお姉様たちの顔が絶望を絵に描いたようだったのは、自分が黒焦げになるからじゃなくて、パチュリーのもちもちがなくなっちゃうからなんだろう。どうしようもない。そんなだから私もこんなオチを選ぶしかなかったってのに。
そして──
パチュリーは宣言した。
スペルが発動した。
みんな燃えた。
おしまい。
倉庫がある辺りだ。お掃除かなと思ったけど、それにしては音がものものしい。何かを探して、引っ張り出しているみたいだった。地下の倉庫は滅多に使わない物が詰め込まれているところだから、興味が湧いた。
「失礼いたします、フランドール様」
「あ、咲夜」
そこへナイスタイミング、咲夜が紅茶セットを持って入ってきたので、聞いてみることにした。
今思えば、ここでほっとけば大惨事につながることはなかったんだろうな。でも、そのときは好奇心が最優先だった。
「ねえ、ちょっと気になったんだけど」
「何でしょうか。きちんと『キャラメルフラペチーノ』と言えないことでしょうか」
「そんなことで悩まないよ!?」
「恥ずかしがって否定しなくてもいいですよ。ほら、後に続いて言ってください。『キャラメルフラペチーノ』」
「言わないってば!」
「リピートアフタミー。『キャラメルフラフェチーノ』」
「自分が言えてないじゃん」
「『絡める・フラン×チルノ』」
「新ジャンル?!」
「さて、ふざけるのもいい加減にして、早く本題に入ってください」
「……自由過ぎだよ、うちのメイド長」
なんか釈然としなかったけど、倉庫の物音について改めて聞いてみた。なぜ咲夜の口から私が氷精を責めるシチュエーションが飛び出したのか、その思考回路も尋ねてみたかったけど、ドスピンク色のクリーチャーが触手を伸ばすイメージが湧いてきて、やめた。
咲夜の答えはこんなだった。
「ああ、それはですね、みんなで身体測定をやろうということになりまして」
「身体測定?」
「いえ、貞操帯ではありません。身体測定です」
「そんな勘違いしてないよ!? みんなでそんなことするって考える私が変態みたいじゃない!」
「さすがは少々気が触れているとの触れ込み通り」
「違う! キャラ付け方向が全然違う!」
「ともかく、お嬢様を始めとして私たち一同で身長や体重を測ってみようと、その準備をしている次第です。倉庫の奥でホコリを被っていた器具を引き出しておりました」
「へぇー?」
またお姉様の思いつきなのかな。でも、なんか面白そうだ。紅茶を入れる咲夜に、羽をパタパタ動かしながら言う。
「ねえ、私もやってみていいかな?」
「えっ」
咲夜の手が止まった。
「え?」
その戸惑いは意外だった。確かにここのところずーっとこの部屋から出ることはなかったけど、別にお屋敷の外に出るわけじゃないんだから、そんなに驚くことかなぁ。
結局はお姉様の許可を得て、私も身体測定に参加できることになったものの、そのことは妙に心に引っかかっていた。
だから、咲夜に連れられて、みんなのいる広間に入ったとき見えた「それ」は、目の錯覚だと思ったんだ。変な物思いをしてたから現実じゃないものを見たんだって。
(どうなってるの?)
何度も目をパチクリさせた。
変な光景だった。お姉様にパチュリー、美鈴、小悪魔とみんな並んで立っているはずなのに、一人だけがこちらに接近して立っているような。そう、パチュリーだけが。
「お嬢様、フランドール様をお連れいたしました」
「うん、こうして皆が一堂に会するのは久しいな。元気そうで何よりだ、フラン」
お姉様の言葉はほとんど私の耳に入ってなかった。間近にパチュリーを見て、事実がはっきりしたからだ。遠近感が狂っていたわけじゃなかった。驚きのまま、まじまじと見つめる。
しばらく会わない間に、パチュリーの身体はずいぶんと大きくなっていた。主に横方向に。
かなりふくよかになっていた。明らかに増量していた。つまりは太っ……
「どうかしたの、妹様? 私の顔に何かついてる?」
うん、ついてる。脂肪が。
顔というより全身に。肉体をフルモデルチェンジしたのかというぐらいに。せり出した腹。むっちりと張り詰めた二の腕。物理的に圧倒的な存在感。ワイン樽に服を着せたらこんな感じだろうか。
だけど、それを正直に伝えちゃっていいのかやっぱり迷う。それくらいのデリカシーは私にもあるわけで……。どうにか出た言葉はこんなだった。
「ええと、何て言うか、その、丸くなった?」
「そういえばパチェは前より人当たりが良くなったなぁ」
「ふふ、まあ、長く生きていればね」
そういう意味じゃないんだけど。
もしかして自覚がないんだろうか。いやいや、いくら何でもありえない。みんなパチュリーがどれほど膨らんでいるかわかってるはずだ。あんな鏡餅の化身みたくなって、何とも思わないはずがない。
でも、誰も私の驚きを理解してないふうなのが不思議だった。
「あら、妹様、身体の調子が悪いのかしら? 眉間にしわが寄ってるわよ」
「う、ううん、何でもないの、ポッチャリー、じゃなくて、パチュリー」
「そう……?」
「はっはっは、我が妹は自分の背丈が気がかりなんだろう。姉との差が開いてしまうかもとな」
そこはまったく心配してない。お姉様だって500年変わらずおチビじゃん。
「じゃあ、フランドール様、さっそく身長測ってみます? レミリア様はもう済まされたんですよ」
「言っておくが、底の厚い靴を履くのはダメだからな。美鈴、注意深くフランがつま先を立ててないか見ておけ。帽子をいつもよりふんわり被ってないかもだぞ」
その具体的なごまかし方法は何なの。いかにも自分でやってみましたみたいな。
「で、パチェ、肝心の体重の方は確かめなくていいのか。気になっているのだろう?」
「ううん、でもやっぱりちょっと恥ずかしいわね」
「要らぬ心配さ。気になる気になると繰り返すからこうして体重計を引っ張り出してきたんだ。皆が身長などを測るのに混じって、適当に済ませておけ」
身体測定が始まったのはそれが理由だったんだ。単に体重計だけをパチュリー一人の前に持ってくることをしなかったのは、もしかしてお姉様なりの気遣いだったのかな。
このワイワイした雰囲気なら体重計に載るのに抵抗がなくなるし、色んな意味でヘビーな結果が出ても身長や他のみんなの結果に紛れさせることができる。
そうか、やっぱりみんなパチュリーがワイド化したことに気づいてるんだ。その上で気にしてない振りをしているんだろう。私の驚きに触れない理由がやっとわかった。
小悪魔が言った。
「大丈夫ですよ。昔と比べて食事も運動量も大きな変化があったわけじゃないんですから。ねえ、咲夜さん?」
「日々の献立は全員共通で出してるわ。例外的に美鈴のは多めにしてるけど。馬のように食べるからね」
「そ、そんなにがっついてませんよぅ」
あはははは、と笑いが広がる。
それでもパチュリーはためらってるみたいだった。
「怖い数値が出ないかしら……。だってここ最近、軽く動いただけで汗が出るし、座ったら椅子がギシギシいうし」
それはもう疑いどころか確信しなきゃいけないレベルじゃないかなぁ。ちょっとやそっとの肥満じゃ起こらない現象だよ。
弱気になるパチュリーの肩に、お姉様が手を載せて励ます。
「まあ、少しばかり肉付きが良くなったのは事実だが、大したことはない。せいぜい虫さされで腫れてる程度さ」
「そ、そうよね」
さすがにマンモス並の蚊でもないと無理があるんじゃ……。
そう私は思ったけれど、パチュリーはお姉様の言葉に元気づけられたようだった。意を決して体重計へと向かう。
体重計は倉庫にしまってあっただけあって、ごつい形をしていた。台の上に載ると、立った柱でつながっている目の前の円盤、そこの針が回転して体重のメモリを指すって仕組みだ。
パチュリーは恐る恐る右足を載せ、そして、左足も載せた。
途端に一気に回転した針が円盤から吹っ飛び、窓ガラスを割って外に飛んでいった。
「ギャアー!」
叫び声。針はゴブリンの誰かに当たったようだ。
「…………」
「…………」
「…………」
その場にいた全員、声も出せなかった。
体重計に立つパチュリーは真っ青になっている。
「む……むきゅ? ……むきゅ?」
幼児退行みたくなってる。身体を震わせて、膝から崩れ落ちそうになった。
「パチュリー様!」
小悪魔が駆け寄り、支える。
「うっ」と、その重さに共倒れしそうになるのを、何とかこらえた。ナイスファイト。
「ううう嘘よ、こ、こんな……」
「落ち着いてください! 諦めたらそこで試合終了ですよ!」
「う、うん、なぜか励まされてる気がしないんだけど、わかったわ」
私も、小悪魔の左手がパチュリーのあごに添えられてタプタプやっているのに妙なものを感じるんだけど、多分気のせいだろう。
「とりあえずはどこかのお部屋で休みましょう」
「どこの部屋がふさわしいかな、咲夜」
「そうですわね……二子山部屋あたりかと」
「え?」
パチュリーが聞きとがめる。
「今、二子山部屋とか言った?」
「いえ、休憩室と申しました」
「そ、そう、まったく違うように聞こえたけど」
「空耳だろう、パチェ、ミミガーの調子が悪いのか?」
「今、ミミガーって言った! 絶対言ったわよ!」
「だから聞き間違いですって。落ち着いてください、パチュリー・デラックス様」
「デラックスって何?!」
……あれ? 何だかみんなの対応が変わってきたような。
毒というか、棘というか、出てきた?
「まあ、落ち着け」
お姉様がにこやかに手を振る。
「冗談だ、冗談。笑い飛ばしてしまえと言うんだ、パチェ。体重計の限界値を軽々突破したからといって、深刻になる必要などないさ。重さと体脂肪率は必ずしも比例するものじゃあない。パチェは決して肥えたりしてないぞ」
「肥っ……ま、まあ、安心してもいいのかしら。ありがとう、レミィ」
「そうだ、実際の体型を見せてみたらどうかな。試しに服の下のハラマキを脱いでみろ」
「付けてないわよ!」
「ははは、そんなわけがなかったな。本当はウエストポーチだ」
「一層ないわ!」
悪質な冗談に「お嬢様」と咲夜がたしなめる。
「いくら何でもお言葉が過ぎます。パチュリー様のお気持ちも考えなさってください」
「咲夜……」
「それではパチュリー様、背中のジッパーを下ろすのを手伝いますわ」
「だから着ぐるみとか着てないわよっ!」
「酷いこと言いますね、咲夜さんは……やるなら空気栓を抜くことでしょうに」
「私は浮き輪か何か?!」
美鈴まで悪ノリしてる。背中やお腹に伸びる手を、パチュリーは顔を赤くして払っていた。そこへ小悪魔がパチュリーをかばうように全身で遮った。
「皆さん、いい加減にしてください。パチュリー様のこの体型が素であることは、誰よりも一番身近にいる私がよく知ってます」
「ああ、小悪魔!」
感動しているけど、私には既に何かの前フリに思える。
「ところで出産予定日はいつです?」
「妊婦でもないわよッ!」
やっぱりだった。
「いやいや、パチェ、ここは好意的に解釈すべきだろう。つまり小悪魔はこう言いたいんだ。──いかに信楽焼のタヌキでも、マタニティドレスを着ればごまかせる、と」
「根本的な解決になってないし、でっぷりしたタヌキの置物って比喩も最低だし、どうやったら好意的に解釈できるのよ!」
ああ、パチュリーがツッコミのプロになっちゃってる。
一方の私はこの展開についていけなくって、畳みかけられるたくさんのネタを呆然と見ているただの観客になるしかなかった。
「なあ、現状を嘆くより、今の個性を活かせる特技を身につけたらどうだろう。ポジティブ・シンキングだ」
「特技?」と首を傾げるパチュリーに、「うん」とお姉様。
「たとえば、トリュフの探索能力とか」
「豚じゃない!」
「コックの姿で『美味しいよ』とのたまうトンカツ屋の看板になるとか」
「豚じゃない!」
「いや、すまない、今のは全部無しだ。取り消そう。飛べない豚はただの豚だが、パチェは飛べるからな」
「豚ってとこを否定しなさいよ!」
「抱いてあげた赤ちゃんは健やかに育つだろうし」
「関取じゃない!」
「自己主張の激しい体型については配慮するさ。『木を隠すなら森』との格言に則り、屋敷のあちこちにドラム缶を置いておこう」
「こ、このっ、レミィったら許さないわよ!」
あまりの暴言に、さすがのパチュリーも怒ってお姉様につかみかかった。
だけども、身体にいっぱい水風船をくっつけているような状態じゃあ動きに無理があったんだろう、「きゃあ!」と足をもつれさせて転げてしまった。お姉様を巻き込んで。
「むきゅっ!」
「うわらばっ!」
それぞれの叫びを上げて、二人は床に突っ伏す。
「決まり手は浴びせ倒し?!」
「いえ、押し倒しに近いかも!」
美鈴と小悪魔がそんなことを言ってたみたいだけど、相撲のことは詳しくないしどうでもいい。
お姉様はパチュリーの下敷きになる格好だったので、そのダメージは深刻そうだった。紫色のお肉の下からうめき声を上げる。
「つ、潰れる……漏れる……」
「ご、ごめん、今どくから。でもいくら何でも失禁するほどじゃないでしょ?」
立ち上がろうとするパチュリーに、お姉様の言葉が続く。
「内臓が口から漏れる……」
「そこまで?!」
この事態にみんな目を丸くしたり、顔を見合わせたりして、口々に言った。
「パ、パチュリー様が暴力を」
「これは俗に言うDVね!」
「D・V! D・V! D・V!」
「でぃーぶぃ!」
「でぃーぶぃ!」
「パチュリー様、でぃーぶぃ!」
「デブい言うなぁあああああ!」
ついにパチュリーが泣き叫びながらその場から駆け出す。
「ああ、パチェ! そんな巨体で走ったら膝に負担が! そして局地的な地震が!」
お姉様の言うとおり、周りの家具がガタガタ揺れ、載っかってる物がいくつか落ちた。震度2くらいかな。
「うわぁああああん!」
動く震源地はさらにスピードと揺れと涙の量をアップさせて、駆け去ってしまった。やがて余震も感じられなくなった。
「…………」
ここまで見てきて、私の胸の中はすっごくモヤモヤしていた。
パチュリーの扱いがあんまりだと思った。あんなふうにいじられて喜ぶのは新米芸人くらいだ。絶対傷ついているだろう。
なのに、みんな反省しているふうがない。それどころか、どことなくニヤついた顔を交わしてなんかもいる。お姉様は満足げなため息まで漏らしていた。信じらんない。
思わず声を上げていた。
「ねえ、ちょっと酷過ぎだよ。泣かせるなんておかしくない? みんなパチュリーのこと、嫌いなの?! …………えっ」
私が戸惑ったのは、こっちを向いた小悪魔と美鈴に心外そうな表情を見たからだった。
咲夜がお姉様に耳打ちする。
「お嬢様、やはり……」
「ああ、だが想定の範囲内だ」
お姉様が一歩前に出て、まだわけのわからなさの中にいる私に言った。
「フラン、今のお前に理解できんのも無理はない。井戸の中のカエルには広がる大海原を想像さえしえないからな。そしてカエルを海に放り込んでも翻弄させるだけだ。しかしながら、お前はこのところ多くの経験をし、成長した。そろそろ我々の世界に来てもいい頃だろう。この至高なる嗜好の新世界にな」
説明を受けたんだろうけど、やっぱりわけがわからなかった。カエル? 海? お姉様はときどき難しいことを言う。
「しばし後に案内させよう」
そうしてその場は解散になった。
◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ●
部屋で待っていると予定の時間に咲夜がやってきて、「ご案内いたします」と頭を下げた。
会話は禁じられ、足音も忍ばせ、咲夜は明らかに人目を避けているようだった。気づけば、まったく人気のない通路を歩いていた。紅魔館の中なのに、私も知らないところ……
そこで部屋を出て初めて、咲夜が声を発した。
「ご安心ください。確かにこの場は幼女にいくら叫ばれても好き放題できる変質者のパラダイスですが、私は何もいたしません」
よけいに不安をあおる一言だった。いつでもレーヴァテインを出せるように備えとこうと思ってると、
「着きました」
扉の前に私たちは立っていた。
のっぺりとして、壁と同じ色の、目立たない扉だった。
そこを咲夜は三回ノックする。
すると、扉の向こうから声が投げかけられた。
「ギンギラギンは」
「さりげなくない」
咲夜のそれが合い言葉だったのか、扉が開けられた。
取っ手を握るのは美鈴。「どうぞ」と手を差し伸べた先には、もう一つ扉があった。さっきのとは違って重々しい造りになっている。
咲夜が前に進んでそれを開けようとしたとき、何だか嫌ぁな予感がした。……私にはお姉様と違って運命に関する能力はないから気のせいだと思ったんだけどね、そのときは。でも、後々の結果から見ると、予感は的中していたみたい。女の勘ってやつ?
扉の奥、部屋の中ではお姉様と小悪魔が丸テーブルを囲む椅子に座っていた。部屋の広さは紅魔館の中ではこぢんまりしていて、明かりも薄暗く、いかにも隠し部屋っぽかった。
咲夜と美鈴も席に着き、私はその間に座った。
「全員そろったな」
お姉様がみんなを見渡して言う。
「では、」
コホン、と小さく咳をする。そして声を張り上げた。
「では、これより第82回『パチュリーのもちもちをモチモチする会』を開催する!」
「はい?」
「「「わーーーーーっ!」」」
ポカンとする私と反対に、みんな急に盛り上がって拍手していた。そろって笑顔。目の輝きが半端ない。
「いやー、今回も素晴らしいもちもちでしたね!」
「そのもちっぷりが日に日に増しているのがまた、何とも」
「存分にモチモチさせてもらったな」
「ビバ! もちもち!」
「え? え?」
唐突に何が何だかな状況に放り込まれてしまった。
お姉様が私へと顔を向ける。
「驚かせてしまったが、これが真実だ」
「あ、うん。……うん?」
理解したのはカオスってことだけだ。
「お前は私たちがパチェのもちもちを不当におとしめていたと勘違いしていたが、」
「いや、まずその『もちもち』が意味わかんないんだけど」
「パチュリー様最大の魅力ですわ」
咲夜が言葉を継いだ。
「お顔のふくよかさ、お胸の豊満さ、お腹のぽっちゃりさ、お尻のどっしり感、ふともものむっちりぷよぷよフィールド等等、それらを総称したものが『もちもち』なのですわ」
えーと、要するに太ましさってことかな。
「そして、もちもちを愛でる行為を『モチモチ』と呼ぶ。私たちのような違いのわかる選ばれし者だけに許された崇高な行為だ。我が妹よ、モチモチを完全に理解するには十年ほど早いかもしれないが、お前にもこの深遠なる世界に踏み入る権利をやろう」
「十年どころか一生掛かっても理解できそうにないし、っていうかしたくないし……あとやっぱりおかしいと思うんだけど、何? その、もちもちをモチモチするっての?」
「ああ、そこは違いますわ」
咲夜が口を挟んだ。
「基本的に名詞の『もちもち』は語尾を下げます。『もちもち↓』。そして動詞の『モチモチ』は語尾を上げます。『モチモチ↑』。初心者には区別を付けるのが難しいところですけれど。さあ、妹様、リピートアフタミー」
「言わないよ!」
「やれやれ、もちもちをモチモチする、これをちゃんと発音できるかが入門編なのだが」
「一秒間に百回もちもち言うのがビギナー編ですわ」
「エキスパートは虹色のもちもちを使い分ける」
激しくどうでもいい。
二人のレクチャーを右耳から左耳に通過させて、さっき出しかけた疑問を改めてぶつける。
「とにかくさ、何だっけ、パチュリーのもちもちを……」
「パチュリーのもちもちをモチモチする会。略して『パチェも会』だ」
「何そのハス向かいみたいな。──とにかく、みんなはこのナントカ会ってのを作るくらい太ってるパチュリーが大好きなんでしょ? だったらそれを本人に伝えればいいんじゃない? パチュリーの悩みはそれで解消されるじゃん」
もともとパチュリーはデブ症、じゃなくって、出不精だ。外出どころか図書館から出ることもあんまりない。お姉様たちが好意的に見てると知れば、紅魔館の中で人目を気にせず過ごせるはずだ。
ちょっとだけ気になるのは、膨張した人一名と膨張した人マニア数名を私の家族として受け入れないといけないってことだけど、まあ、それも人生のスパイス(あ、この言い回し、いいな)だし、あと、これまで私のような爆弾を受け入れてくれた恩も返さなくちゃだし……ね。
私が割り切る。それで一件落着、大団円、って思ったのに、
「ハッハッ! わかってないなぁ、フラン」
即否定された。
これだから尻の青い小娘は、とでも言いたげに鼻で笑い、肩をすくめながら両の手の平を上にするジェスチャーを取るのがイラッとくる。上から目線したって、お姉様の方が長くおねしょしてたの知ってるんだから。
「まるでわかってない。自らの豊満過多な肉体に恥じらいを持つからこそ魅力的なんだぞ」
「そうです! ご自身のわがままボディをコンプレックスにしていることが究極の萌えなんです!」
「体重計の上でプルプルと肉感的なお身体を震わせていたのには、鼻血が吹き出そうでしたわ。内部機構に細工しておいた甲斐があったというもの」
「咲夜さん、グッジョブです。あそこでパチュリー様に自信なんて持たれたら玉にキズにも程がありますよね」
「玉のお肌に傷がつくどころじゃないな」
「お肌と言えば、お風呂に入るとき、はち切れそうな身を恥ずかしげに覆う様はもう芸術! 上気した顔の下で身をよじり、かえってむっちり具合が強調されてるのはもう何ですか!? この世に降り立った美の女神ですか!」
「フラン、自分の足りなさ加減がわかったか? お前はミロのビーナスに両腕を補完するような愚を犯そうとしたのだぞ」
……口々に話される奇特な趣味のこだわりを、ほんのちょっとでも理解しかけている私自身のいることが、逆にムカムカきた。
「みんなにとっていいのはわかったよ。でもパチュリー泣かせて、それでいいわけ? 人を悲しませといて幸せになれるわけないよね?」
この言葉さえ否定するなら、徹底的に戦おうと決心していた。紅魔館のみんなは、私の好きなみんなのままでいてほしい。手が自然と握りしめられていた。
でも、私の決心はお姉様の言葉にあっさり消される。
「そうだな。フランの言う通りだ」
「えっ」
他の三人も同調する。
「確かに、ちょっとおふざけが過ぎたところもあったかもしれません」
「アフターケアをしとかないといけませんね」
「早々に慰めにいきましょう」
「な、何だ、みんな、ちゃんとパチュリーのこと考えてたんだ。良かった、ちょっとホッとしたよ」
「うむ、」
お姉様が頷く。
「追い込みすぎて、本格的にダイエットでもされたらコトだからな」
は?
「えっと、それって急激な運動とか絶食とかが身体に悪いって話?」
「まあ、それもあるが、何より痩せられると困る。美を損ねる」
「全身肉球ともいうべき『もちもち』にほころびができるなど、許されざることですわ」
「かつてノンカロリー食品やウォーキングといった言葉がパチュリー様の口から飛び出してきたときは、私の口から心臓が飛び出るかと思っちゃいました」
「ここまでコツコツ蓄積させてきた脂肪を無駄に消費させちゃ絶対ダメですよ!」
「私たちの努力の結晶は今後も保持し続けなければね」
何だか話の方向性が斜め上になってきた。私の国語力に問題がなければ、とんでもないことを聞いたような気がする。
「あの、さ。もしかしてだけど、パチュリーが太ったのって……みんなのせい?」
「徐々に着実に成長させていくのは骨が折れたなぁ。マリモを育てるかのようだった」
「その甲斐あって、ボン!ボン!ボン!のダイマイトバディーに仕上がりましたね」
「少しずつ食器を気づかれないよう大きくしていって、食べ物の大きさも巨大化できました。おにぎりはサッカーボール大に、目玉焼きはダチョウの卵に」
「紅茶に入れるクリームをこっそりラードに替えるのはギリギリでしたわ」
え、ええー……気づかないパチュリーもパチュリーだと思うけど、みんな何てことをしてくれてるんだ。
「だが、ここで満足してしまってはいけないな。まだパチェにはまんまるお月さまになれる余地がある」
「目指すべきは、よりメタボリックなシンボル!」
「ええ、決め台詞『むきゅー」が『むちぃー』になるまで肥育を続けましょう」
「もちろんよ。いっそ笑い声が『ムチチッ』になるまで続けるわ!」
つまり永遠にやめるつもりはないってことだ。みんなの奇行はどこまでも続くんだろう。線路のように。
(奇者、奇者、シュッポ、シュッポ……)
頭の中が軽い現実逃避を起こしていた。
気が触れていると言われてきた私だけど、みんなそろいもそろって私以上にクレイジーじゃないか。全員地下に幽閉されるべきな気がしてくる。
「ふっ、新しい世界に迎え入れられてフランは感無量のようだな。これからもっと大人の階段を駆け上ってもらうことになるぞ」
むしろ知性とかのランクがダダ下がってる感じだよ。
「では、新しいメンバーが加入したことを祝しまして、ここで一つ飲茶などを──」
美鈴がどこからか大皿を持ち出してきた。銀のドーム型のふたが載っている。
「おお! それはまさか!」
「完成したの、美鈴!」
「自信作です。どうぞご賞味ください!」
ふたが取られて、白くて平たい円形の何かが数個現れた。
「パチュリー様のお腹の柔らかさを再現した、その名も『もちもち大福もち』です!」
聞いているだけで頭が悪くなりそうなネーミングだ。
私以外のみんなは次々に手を伸ばし、大福を頬張る。そして歓声を上げた。
「くぅ、何てこと! だぶついた皮の向こうに満ちあふれる贅肉の感触をこれほどまでに!」
「パチュ肉を思いっきり口に入れたいという欲求がここで叶えられるとは、生きていて良かったと心底思うぞ!」
「中身は餡子ではありませんね。バタークリームでしょうか。基準値超過なコルステロールのニュアンスさえも表現するなんて……!」
「パーフェクトよ、美鈴!」
馬鹿さ加減が?
「美鈴さんにここまでのことをされては……」
小悪魔がおもむろに立ち上がったので、みんなの目がそちらへ向く。
「私の作り上げた装置、その第一の被験者になっていただくしかありませんね」
「おお! まさか!」
「完成したの、小悪魔!」
「ええ、自信作です!」
またこの流れか。不味い天丼は出されるだけで胃にもたれるんだけど。
「ついにパチュリー様のベッドに、人一人違和感なく入り込めるスペースを設けられました!」
「素晴らしい! パチェが寝ると、その直下に潜んでいた者は、至福の時を得られるわけだな!」
「パチュリー様の全重量をその身に受け、もちもちを存分にモチモチできる……ああ、今から鼻血が……いえ、鼻から内臓が出そう」
それ重傷だよ、身体も頭も。昔の怪奇小説に出てきそうな家具にとんだ盛り上がりだ。
「ふぅー……」
お姉様が深く息を吐いて、首を振った。
「まったくお前達は次から次へととんでもないものを創出して……ここは世界の英知が結集した、古代ギリシアのアカデメイアか?」
私には白痴の結集したハキダメに思える。
パチュリー風にデコレートしたバランスボールが出てくる辺りで、私はその場をそっと離れた。
「すごい! 頭飾りから服のひらひらまで完璧です!」
「なんて素敵なデフォルメ! こんなにビッグでピッグな紫もやし、見たことないわ!」
「自分で乗ってパチェを感じるも良し! パチェを乗せて破裂させるも良しだな!」
「いっそヘリウムを詰めてアドバルーンで飛ばしましょう。風に揺れる様は空飛ぶパチュリー様そのままのはず!」
「鬼才現るッ!」
こいつら、手遅れだ。こうなったら、もう……
◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ●
私が地下の隠し部屋に戻ってきたとき、四人は新たなパチュリーのからかい方を話し合ってる最中だった。
「そろそろ降雪の時期だ。雪が積もったらパチェを白いコートで着膨れさせて人里へ出かけよう」
「そこで子供たちがパチュリー様を雪だるまと間違えるのですね。お菓子による事前の買収と仕込みはお任せください」
「せっかくですから、実際の雪だるまを三体作っておくのはどうですか? パチュリー様と並べて……」
「『パチェがフォーオブアカインドを使っただと?!』と驚くわけだな」
「いえ、ここはもう一ひねりしましょう。首を傾げるんです。『あれ……ぷよぷよを四つ並べても消えない……?』と」
「なるほどッ!」
「ブラヴォー!」
「おお、ブラヴォー!」
スタンディングオベーションが行われかけたその時、戸口に立つ私にお姉様が気づく。
「っと、フランか。ずいぶんと長いお手洗いだったじゃない……か……」
言葉が途切れたのは、私の横に立つもう一人の姿を見たからだった。
「パ、パチェ?!」
「パチュリー、様」
「う、ああ……っ」
「私のためにいろいろ相談してくれているようね、みんな」
氷のように冷たいパチュリーの視線に刺され、さっきまで笑顔だった四人から血の気がみるみる引いていく。本人を前に失礼さド真ん中ストライクなバランスボールを隠す余裕もなくなっていた。
「ここここここれは違うんだ、ち、違うんだ、パチェ」
平静さを装おうとしているけど、見事に失敗しているお姉様。
それに対して、パチュリーは口調「だけ」は穏やかにして言った。
「いいのよ、全部わかってるから。何も弁解なんて要らないの」
「ぜ、全部とは?」
「今までのは私のことが好きだからやってくれてたのよね?」
「あ、あっ……そ、そうだ! みんなパチェのことが好きなんだ。だからこそさ!」
「じゃあ、お礼をしないとね?」
「えっ」
「こうして立派な体格に育ててもらって、しかも謙虚な性格まで身につけられて…………要するにコンプレックスまみれの体脂肪率を獲得できたお礼参りをさせてもらおうって言うのよ」
最後は恐ろしくドスの聞いた宣告になっていた。四人の罪人は絶句して固まるしかない。
パチュリーは一枚のカードを取り出した。
「あなたたちがふざけた大福やらベッドやらを創作してたように、私も新スペルを開発してたのよ。どんなのかわかるかしら」
「……月&木符『サテライトヒマワリ』ならぬ、『セルライト肥満パチュリー』とか?」
お姉様が火に油を注ぐような台詞を漏らす。内容の酷さを振り返る前に、思いついたネタを言わずにはいられなかったんだろう。子供か。
「不正解」のブザーが鳴るように、そしてパチュリーの怒りがさらに燃えたのを表すように、掲げたスペルカードから轟音の炎が噴き上がった。
「たっぷり溜めこませてもらったカロリーを熱量に変換するスペルよ! 私も痩せられるし、諸悪の根源を一掃できるし、目標達成にこれ以上のものはないわ!」
そう言われたお姉様たちの顔が絶望を絵に描いたようだったのは、自分が黒焦げになるからじゃなくて、パチュリーのもちもちがなくなっちゃうからなんだろう。どうしようもない。そんなだから私もこんなオチを選ぶしかなかったってのに。
そして──
パチュリーは宣言した。
スペルが発動した。
みんな燃えた。
おしまい。
言葉尻からもう笑いが止まらないじゃないですか。大爆笑必至!!
凄まじくキレのいいギャグを楽しませてもらいました!