ストーリー
博麗神社に一同が介している。各チームやる気がみなぎっている。
どうしてこんなことになったのか?
八雲藍がほんの1週間前の主人の言動を思い返していた。
舞台は一週間前の八雲亭に移る。
……
紫がテレビで録画していた映像を見て勝手に感動していた。
「ねぇ? ……凄いと思わない? このHAK○NE駅伝ってさ」
「……? HAK○NE……駅伝?……あ~、あの人間がチームで走ってる奴ですか?」
「そうよ。興味ないの? こんなに熱いのに……もったいないわよ?」
「う~ん、私的には見ている暇がないというか……ぶっちゃけ、飛んだほうが速いですよね?」
「そういう物じゃないのよ。そんなこと言っていたら、みんな車とか、バイクで進むじゃない。
自分の足だけで進むから凄いんでしょ? わからないかな~。この胸にこみ上げるドラマが……
このぼろぼろになって、泣き崩れながらゴールするのがまた胸に来るのよ」
「? すみません。そういった感情には疎くて……いまいち分からないんです」
「ああ 私の式は情熱とか、友情とか、哀愁って物が分からないのね」
「?? そういった感情をプログラムしたのは紫様ですが?
『性能を最優先に』とか言っていたと記憶していますが?」
「……いじわる……」
「???」
藍の表情は困惑したままだ。自分の主人が一体何を思っているのか全く理解できない。
一応、感情ならある。しかし、努力とか、友情は理解できない。
努力なんてものは自分の伸び代を想定し、見合ったプランを立て期日までに成し遂げるもの……できて当然ではないか?
出来ないものは無駄だし、そもそも努力と思っていない。
友情にも疎い、現在、幻想郷において藍にとっての友人はいない。
愛情なら分かる。橙という対象がいるからだ。
藍が難しい顔をしていると、勝手に紫が話を進める。
「あ~ これ幻想郷で出来ないかしら?」
「! 駅伝を幻想郷で、ですか? 無理ですよ?
大体、走ってる距離分かっていますか?
人里の人間にやらせたら、あっというまに人里から飛び出て、速攻で襲われますよ?」
「襲われても大丈夫な奴らがいるじゃない?」
「……できて1チームでしょうね」
「藍、なにも人間に拘る必要ないじゃない?
いかにも楽しそうなイベント風に……賞品を豪華にすれば……人間以外でもねぇ?」
紫の目がキラキラしながら覗き込んでくる。
自分の主人がこういう目をするときは……面倒ごとを押し付けるときだ。
きっと、各勢力への参加の誘いをやらされる。下手したら紫を筆頭に参加する羽目になるかもしれない。
そんなことを考えていると……思考を読まれた。
「藍、心配は無用!! 私は見るのが好きなの!!
だからねぇ~、藍は参加者を集めることとルール作ってくれない? たたき台でいいから」
「……はぁ~、分かりました。いつまでですか?」
紫は藍の心労を倍加するかのごとく、「今日中にね!!」とのたまわった。
……
藍は夜遅くまで案を練っていた。
何せ、気に入らない所があると紫がダメ出しするのである。
もう5回目である。
いい加減寝たいのだが、紫は夜も更けてから余計に元気になった。流石に夜行性である。
「これでいかがですか?」
「う~ん、まだひねりが足らないって言うか、もっとさ、誰が勝つか分からないようにならない?
駅伝そのものを持ってくるんじゃなくてさ、幻想郷にあわせるのよ。
無理矢理走らせたら連中、絶対に不満爆発するわ
例えば、飛行ありとか、弾幕ありとか……」
「それ、滅茶苦茶なことになりますよ?」
「うふふふ、大丈夫よ。審判を入れて目を光らせばいいわ」
藍は思った。……なるほど、選手ではなく審判で使うつもりか。
「私も審判やるから大丈夫よ。それに生の戦いを直に見れるじゃない? 一石二鳥だわ」
「……あまり言いたくありませんが……仮にですよ? レースの争いが3つ起きたらどうします?
二人で三箇所は絶対に無理ですよ?」
「くくくく、藍、私を舐めちゃいけないわ。争いごとが起こる区間を限定すればいいのよ?
そうね、例えば弾幕ありだとしましょう。それを……えっと、見せなさいあなたが考えてきたその区画を……
そう、最終区間、魔法の森~博麗神社までに絞ったら?」
「残りの4区間の連中はどうします? ルールが公平でないと絶対文句言いますよ?」
「これね……う~ん いっそのこと、一周交代にしましょう。区間を区画に直してっと。
そうよ、みんな飛べばいいわ」
「あ、あの 駅伝って走るものですよね?」
「そ~よ。でも幻想郷に合わないのなら合うように変えましょう。
走るのに拘るのがいけなかったわ。
そうと決まれば、各地の勢力に駅伝大会を開くからって連絡して頂戴、期日は1週間後で」
藍はため息をついてうなずいた。
……
「……で、だ。勝つにはどうしたらいいと思う?」
紅魔館の大広間にフランドール、パチュリー、咲夜、美鈴が集結している。
真っ先に口を開いたのはパチュリーだ。
「私は出ないわ。走る? 飛ぶ? そんな長距離、どっちも願い下げよ」
「別にかまわないぞ。実の所パチェに期待はしていない」
「は~い、はい。 私、私。姉さま、私出るよ。絶対出る」
「……咲夜さんはどうします?」
「出ないって言っても通じないでしょうね……」
「あっ、咲夜は別にいいぞ、今回は別のチームに入ることになっている」
寝耳に水である。咲夜自身が自分は必ずレミリアのチームに入るものと考えていた。
「……? いいのですか?」
「ああ、咲夜、お前は残念なことに霊夢のチームに入れてくれって言われた。
まあいいさ。たまには力関係って物を明確にしなくちゃな」
「良いのですか? 全力を出しますよ?」
「ふふふふ、楽しみだよ。むしろ命令だ。全力でかかって来い。
叩き伏せて、蹂躪し、屈服させてやろう」
「くっふふふふ、いいですよ。組み伏せていただきましょう。
……その暇があればですが。
では、私はここで失礼しますわ。お嬢様、大会当日を楽しみにしています」
そう言うと、咲夜がくるりとレミリアに背を向ける。
チームに入らない以上ここに居る理由はない、紅魔館を出て博麗神社に向かっていった。
「……ははは、さすがに咲夜だ。私を前にしてあんな台詞を……」
「姉さま、私に任せて。私なら瞬殺できるよ」
「ダメだ。フラン、あれはな私のものだ。つま先から髪の毛先、一本に至るまでな。
絶対に手を出すなよ? 出したら絶交だ」
「うー、つまんない」
フランドールが悲しそうな顔をしている。フランドールはレミリアに嫌われることを極度に恐れていた。
本当は、レミリアの一番になりたいのだが……邪魔なのは咲夜……この際一気に……何て考えていたのだが無理そうだと悟った。
物騒な話にたまらず、美鈴が横槍を入れる。
「あの、お嬢様、それでメンバーはどうします?」
「ん? あーそうだな。私とフランは決定だ。
残り三人……使いたくも無いが……美鈴お前もだ。
後は……どうする? 小悪魔でも入れるか?」
「姉さま、それでも一人足らないよ? 私が分身しようか?」
「あーダメだフラン。メンバーは5人だ。そういう制約だ。気持ちはありがたいが……」
「じゃ、姉さま、一人連れて来てもいい?」
「誰だ? まさか……」
「チルノをつれてくるよ。絶対に役に……いや、大活躍してくれるんだから!!!」
レミリアが頭を抱える。フランドールはチルノを仲間に入れる気満々である。
しかし、人数が足らないのは事実、そしてパチュリーは……言ったら怒るだろうが……チルノよりも遅い。
まあ、いいだろう。どちらにしろ、フランドールと私の二人がいる。チルノが他の連中の倍かかっても、遅れたことにはなるまい。
丁度いいハンデである。
レミリアはそう考えるとチルノの了承を得る前に参加名簿に記入を始めた。
参加チーム名 アイス・レッド
第一走者 チルノ
第二走者 小悪魔
第三走者 紅 美鈴
第四走者 フランドール・スカーレット
第五走者 レミリア・スカーレット
……
太陽の畑では風見幽香が参加要領書を片手に悩んでいた。
メディスンの社交の場としては絶好の機会……だが、メンバーが足りない。
それも、他に比べて圧倒的に足りない。
別段、幽香が4周するのはかまわないのだが、他のチームが納得しないだろう。
頭を悩ませているとメディスンが話しかけてきた。
「幽香、別にそんなのでなくてもいいんじゃない?」
「……ほんとにそう思う? 私はね。いい機会だと思っているのよ。
他の勢力が一堂に会するイベント……あなたのデビューには丁度いいじゃない」
「私は、そんなに大勢の前に出なくても……ほら、ぬえと橙のおかげで色々知り合いも増えたし」
「だからよ。あなたをもっと上の連中にも教えるのよ。丁度、加減とか色々分かってきたし、私はこの機会を逃したくない……」
「じゃあ、橙とぬえに声をかけてみるよ」
「……それが出来たら苦労はしない……あの二人は……橙は八雲、ぬえは命蓮寺っていう所属があるのよ。
橙は藍が手放さないだろうし……ぬえは命蓮寺が手放さないわ。二人とも優秀よ。特にこのルールならね。引き抜きは……無理だと思うわ」
頭を抱えたまま幽香が思考をめぐらす。
リグルか、ミスティアぐらいなら捕まえられるが……そこまでだ。
どうしても一人足りない。そして最も大事なことにそんなメンバーでは勝負に勝てない。
ルーミアは……すさまじくマイペースである。能天気ともいう。勝負の最中に居眠りを始めかねない。
気がついたらルーミア一人で日が暮れていたという事態を招く。
……ダメもとでかまわないか……
幽香はメディスンに橙とぬえを誘うように指示を出し、自身はリグルとミスティアを探しに出かけた。
……
博麗神社では霊夢と魔理沙が相談をしていた。
二人の意識をこちらに向けるように話しかける。
「駅伝の参加メンバーですか?」
「おお、咲夜、丁度良かったぜ。参加メンバーがさ、
いつの間にか決まってんだよな。これ見てくれよ」
咲夜にメンバー表がわたる。
咲夜は思わずくすっと笑った。レミリアが自分をチームから除外するわけである。
紫の策略で人間だけ参加メンバーが固定されている。
参加チーム名 人類連合
第一走者 霧雨 魔理沙
第二走者 魂魄 妖夢
第三走者 東風谷 早苗
第四走者 博麗 霊夢
第五走者 十六夜 咲夜
この分では早苗も妖夢もじきに集まってくる。
そして、初めてルールを確認した。
レミリアがずっと参加要領書を持っていてルールは見えなかった。
詳細なルールは以下のようなものだ。
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幻想郷 第一回 駅伝大会
1チーム5名による駅伝である。
選手は博麗神社ー人里ー妖怪の山入り口ー守矢神社ー魔法の森ー博麗神社の各チェックポイントをめぐるものとする。
審判とチェックポイントは下記を参照。
最も早く5人目がゴールしたチームを優勝とする。
優勝チームには賞品として、米1俵、酒1斗、蜂蜜4升、金一封、トロフィーが授与される。
審判および審査員
総審判長 四季映姫・ヤマザナドゥ
副審判長 八雲 紫
審判補佐 八雲 藍
小野塚 小町
山ノ神 チェックポイント
第零チェックポイント 秋 静葉 (スタート地点・博麗神社)
| 第一区画 走者による妨害無し、飛行能力以外使用禁止。
第一チェックポイント 秋 穣子 (人里)
| 第二区画 走者による妨害無し、速力アップ系の能力解禁
第二チェックポイント 鍵山 雛 (妖怪の山入り口)
| 第三区画 走者による妨害無し、但し防御に限り能力解禁、三月精による妨害発生
第三チェックポイント 八坂 神奈子 (守矢神社)
| 第四区画 走者による妨害無し、攻撃・防御の能力解禁、白狼天狗隊による走行妨害・追い立て発生
第四チェックポイント 洩矢 諏訪子 (魔法の森・入り口)
| 第五区画 走者による妨害発生、 すべての能力を解禁する
第零へ
チェックポイントで各神様から判子で印を貰うこと、順序間違いは無効とする。
妖怪の山だけは九天の滝および川から半分より人里側が第四区画、反対側が第三区画とする。
第五区画の妨害の程度は走者に一任する。過剰なものは審判が制止する。
飛行は障害を有効にするため、樹木の高さよりも低く飛ぶこと。
あまり高く飛ぶと各チェックポイントの神様よりお仕置あり…… 以下略 by 紫
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「じきに、妖夢も早苗も来ると思うから……それまで作戦会議でもしましょ? 咲夜?」
「そうだぜ? まず、私が先行逃げ切りのごとくリードするから、ラスト、ぶっちぎれるよな?」
「お任せを、たとえ相手が射命丸だろうとぶっちぎりですわ」
三人であっははははと笑い、残りの二人が来るのを待った。
……
はたてが顔を上げる。
目の前に化け物がいる……それも二匹だ。
すっごい牙が見える。本人達は嬉しそうに「にっこにっこ」笑っているつもりなのだろうか?
「おい、姫海棠って言ったっけ? 射命丸をすぐつれて来い」
「あ、あと犬走も頼む。これで五人だな」
はたては逃げるようにその場を去って、射命丸の住む家に向かった。
突然のはたての訪問を受けた射命丸は参加メンバーの話を聞いて「聞かなかった」事にしてドアを閉じようとし、即座にはたての手を挟み込んだ。
「いたたたた!!! こら、開けろ馬鹿っ!!!」
「……今日、姫海棠という幻が来たので、だまされないように……」
「私は本物だ!!! いい加減、目つけられてんだからあきらめなさいよ!!!」
「別に……あの方々はいいのですよ。問題は駄犬のほうです。
あの犬が出るなら……話は無しって伝えてください。
この前、思いっきり噛み付いてきたのですよ?」
「知るか!!! どうせあんたが椛の癇に障ることを言ったんでしょ!!!
いっつもそう。二人して仲たがいして……小さい頃あんなに仲良かったのに!!!」
「うるさいです。黙ってなさい」
文が怒った。目が据わる。しかし、姫海棠は文の細かい所まで知らない。
特に引きこもっていたおかげで文の実績は全くと言っていいほど知らない。
実の所、文とはたてではかなりの実力差があるのだが……差を無視してはたてが圧倒的な剣幕で押し立てる。
「何よ!!! 私の身にもなってよ!!!
断るなら、二人に直接言ってよ!!! 私はもう、椛のところに行くからね!!!
来なかったらどうなるか……全部あんたの責任だからね!!!」
文が止める間もなくはたてが九天の滝に向かっていく。
ため息をつくと、着替えを始める。はたてが言っていた2人のいる場所、地底の入り口へ向かうためだ。
あの二人が言っている以上参加メンバーはすでに決定。
……但し、たすきの受け渡しが椛相手なら駄々こねてやる……
チーム名 妖怪の山
第一走者 射命丸 文
第二走者 星熊 勇儀
第三走者 犬走 椛
第四走者 姫海棠 はたて
第五走者 伊吹 萃香
天狗と鬼、合計5人集まった結果こんな風に決まった。
……
「けっけっけっけ。いや~遊んだ遊んだ。
幽香ってば、すっげー、面白れーな。蛮奇の体だけ家に持ってったら……あ~、もう思い出しただけで笑える。
第一声が『えっ? 殺っちゃったの?』だってさ~」
「しゃれにならないです。あの後大変だったんですよ? 蛮奇さんの体が暴れて……運悪く幽香さんの鼻っ柱を蹴り飛ばしちゃって、
半ギレ状態の幽香さんが二度と暴れないように手足の関節をはずしちゃったんですから」
「し~らね。俺、し~らね」
「蛮奇さん泣いてましたよ? その上、影狼さんが来てすっごい騒動になったんだから」
「でも、全部丸く収まったんだろ? いいじゃないか」
二人して、話しながら歩いているとメディスンが近づいてくる。
「やっと見つけた。ねぇ、二人ともこれに一緒に出てくれない?」
二人が参加案内を覗き込む。
個人参加でないことを確認すると、二人とも顔を見合わせた。
「う~ん、ごめんなさい。一回、藍様に聞いてみないとわかんない」
「俺も~、チームバトルなら一応、白蓮に話さないと……当てにされてたら断れないし」
「そう……分かった。太陽の畑で待ってるから。参加できるかどうか教えてね?」
三人はそこで分かれた。
ぬえは命蓮寺に向かう。命蓮寺では既に参加者が名乗りを上げていた。
「おお、ぬえよ。遅かったの? 今丁度、駅伝の話で盛りあがっとるところじゃ」
「ふ~ん、そうか。 誰が出る気なんだ?」
「白蓮に村紗に小傘にナズーリン、あとは寅丸じゃな。
主はどうする? 既に5人じゃが……主なら余裕じゃ」
「えっ? そ、そうか。というかマミゾウは?」
「わしは……コースを見たがの……無理じゃ。これは速さが重要なんじゃろ?
それにの、これは妨害が結構入る……年じゃ、今回は遠慮するわい」
「そうか……白蓮の所に行ってくる」
マミゾウはぬえの後姿を手を振りながら見送った。
ぬえなら問題なくメンバーに選ばれるはず……。
「よー、白蓮、駅伝やるんだって?」
「そうですよ。ぬえ、あなたはどうします?
参加しますか?」
「……う~ん……白蓮がどうしてもって言うなら……出てやらなくもないぞ?」
「私の意見よりも、あなたの意思を尊重しますよ。ぬえ……出たいですか?」
「お、俺は、その、白蓮が出場してくれって言ってくれるなら……」
「私は、あなたの意思で出て欲しいと思っています」
まっすぐな瞳でぬえの目を見る。
……苦手だこういう目は。真面目すぎる。
「ねー、一言お願いしてくれれば、たった一言だよ。大丈夫、白蓮とこの俺様が組めば、
必ず勝てるからさ。俺は白蓮からお願いされたい。日頃、迷惑かけてるんだからお願い事ぐらいかなえてやるぞ」
「ぬえ、引け目に感じることは無いのですよ。迷惑だなんて思っていません。
どうしますか?」
「……じゃあ、俺の意思で出たいよ。白蓮一緒に勝とうぜ……」
白蓮がにっこり笑って名簿の名前を一つ消してぬえの名前を書き込む。参加名簿をぬえが覗き込んだ。
きっと、小傘の名前が消えて……!!
「おいっ!!! 自分の名前を消すなよ!!!
何やってんだ!!! 白蓮!!!」
「何って、ぬえが出るなら私は不要でしょう?」
「馬鹿っ!! 小傘を消せよ!!! あいつ遅いだろうが!!!」
「ぬえ……私は足の速い遅いで決めるつもりはありません。
自分の意思でこのお祭りに参加したい人を出したいのです」
「そうじゃない、そうじゃないだろ!! 勝つんだよ! 一番になるんだ!!!
遅い奴は入れちゃダメだろ!!」
「ぬえ、勝敗に拘っているのですか? 拘らなくても十分に楽しく出来ますよ?」
ぬえが頭をかきむしっている。
……違う、違うんだ! 俺は白蓮に……勝利を!! この戦いの勝者という名誉を贈るんだ!!!
「白蓮、出てよ。これはお願いだ」
「う~ん、それではもう一つチームを作りましょう。
……そうですねルーミアにミスティア、レティも入れてにとりさんもどうかしら?」
「そっちには当然、小傘を入れるんだろうな?」
「いいえ。 私が入りますよ。あなたにはこっちの命蓮寺チームを引っ張って……?」
「白蓮違うってば、小傘をそっちに入れるんだよ。何で白蓮が外れるのさ? 一緒に勝とうよ」
「みんなで楽しめればいいじゃないですか? 優勝する必要はないですよ?」
「なんで? 勝てる試合をわざわざ落とす理由が分からない……」
「ぬえ、この大会は人間も妖怪も出るのですよ?
多分子供も参加するし……全力で勝ちにいったら可哀想ではないですか?」
「いいじゃないか!! 世間の厳しさを教えてやろうぜ!」
「私はそこまでして勝ちにいきたくありません。これは私の意思です」
白蓮のくそ真面目な瞳をぬえが見ている。ギリギリと歯軋りが聞こえた。
いきなり、ぬえが怒声を上げる。
「もういいよ!!! 勝ちに拘らないなら俺は不要だ!!! くそっ馬鹿にしやがって!!!」
白蓮が首をかしげている間に戸を蹴破ってあっという間に飛び出していく。
悔しかった。頼って欲しかったのだ。そして勝利を白蓮にあげたかった。
……なんだよ、何なんだよ! あの態度は!! 少しは欲ってものがあってもいいじゃないか!!!
悔し涙をにじませながらぬえが太陽の畑に向かっていった。
結局、命蓮寺からは1チームのみ参加である。
チーム 命蓮寺
第一走者 多々良 小傘
第二走者 村紗 水蜜
第三走者 ナズーリン
第四走者 寅丸 星
第五走者 聖 白蓮
……
「藍さま、この大会、私はどうしたらいいですか?」
「ん? ああ、そうだな……好きにしていいよ。どうせ私は審判で手が離せなくなるから」
「じゃあ、藍さま。驚かないでくださいね? 私がどんなチームで出ても……」
「いいよ、任せる。但し、無茶だけはしないでおくれよ」
「そういえば、白玉楼の皆さんはどうしたんでしょうか?」
「あー、幽々子さんは面倒と言っていたし、妖夢は霊夢と一緒に出るから問題ないそうだ」
そこまで聞いて橙はほっとしたように太陽の畑に向かっていく。
その後姿を見送ると、藍がため息とついた。
「……もっと、もっと。たくさん身に付けなさい」
藍の耳には先日の橙の大失敗が届いていた。
橙にとって恥ずかしかったのかは知らないが、直接は話してはくれなかった。
しかし、それでもへこたれずに前に進んでくれている。
あの妖怪の元は危険極まりないが……良い勉強の機会だ。逃すつもりはない。
なに、危険が迫れば審判権限で突撃すればいいだけだ。……万が一にもありえないがな。
……
人里をわかさぎ姫を連れた影狼が歩いている。向かう先は赤蛮奇の家である。
手には駅伝の参加要領書が握られている。
草の根ネットワークの親睦会に丁度いい機会だと思っていた。
「……で、いつの間にかそのネットワークに私は組み込まれていたと……そういうことか?」
「そんなこといわないでさ、出ようよ。楽しいよ? 走り回るのは?」
「そりゃ、お前だけだぞ? 自分が狼だって忘れてんじゃないのか?」
「私も楽しみなんだけど? その駅伝大会」
「わかさぎ姫……それってさ、永琳の薬で足が生えたから”水辺を離れていろんな所に行ってみたい”ってだけじゃないか?
子供の……幼稚園児レベルの好奇心じゃないだろうな?」
図星を指されてわかさぎ姫がうつむいてしまった。
あわてて影狼が話題の焦点を元に戻す。
「別にいいじゃない。じゃ、登録しておくからね」
「なぜ?……そうなる? 一言もいいとは言ってないぞ?
影狼ってさ、前から思ってたけど随分とずうずうしいよな。
……あ~もう。適当にやるからな? 入賞なんて期待するなよ?
それと、他の二人は誰だ? まさか……針妙丸なんていわないよな?」
「そのまさか……である」
影狼の背中から針妙丸が這い出してくる。
ため息が出る。……小さい……こりゃ勝てないわな……まあ、自分の所為じゃないだけましか……
「大丈夫だ。心配しなくてもいい。大会当日は審判に掛け合って体ぐらいはまともなサイズにして出場させてもらうさ」
「速攻でルール違反だな……ま、いっかそのほうが気楽だしな。
最後の一人は? 正邪か?」
「いや……正邪は、まだ見つかっていない。多分こんな大会が開かれていること自体を知らないはずだ」
「? じゃ、どうするんだ? 最後の一人は?」
影狼のこれから集めるとの言葉を聴いて、赤蛮奇があきれている。
……絶対、影狼がこの大会に出たいだけだ。単純に頭数をそろえているだけにしか見えん。
もうどうにでもなれと影狼の後についていった。
……
太陽の畑では意外なメンバーが集結していた。
幽香、メディスン、リグル、ミスティア、橙、……それにぬえである。
「……なぜ? メンバー不足かと思えば……いつの間にか補欠までいるなんて……」
「別にいいだろ? それより速くメンバー決めようぜ? ちなみに俺は絶対出る。というか、俺を出せ幽香」
「なぜだろう? 命令されたとたんにはずしたくなる……
っと、冗談は抜きにして、そうね、このメンバーなら……
ミスティア、声をかけたそばから悪いけど……今回は遠慮してもらえるかしら?」
「はっはい。分かりましたです!!」
ミスティアはむしろほっとした表情で、太陽の畑を去っていった。
後は走順だ。
「俺が最後だ。文句ないよな?」
「無いんだけど……なぜ?」
「白蓮が第5走者だからだ」
「……白蓮が……って、何で知ってるのよ?」
「メンバー表を見たからだよ。……くそっ、本当なら俺が第1走者で……ぶっちぎってやったのに……白蓮、必ず後悔させてやるからな!!!」
幽香が自分のことを棚にあげて、「逆恨みって怖い」などと言っている。
しかし、そういう理由があるなら、むしろ第5走者は変えたほうがいい。ぬえがやりすぎる可能性がある。
折角、願ってもないほどのベストメンバーに恵まれたのにぬえが白蓮に突っかかってぶち壊されたらたまらない。
「じゃ、ぬえは第4走者でお願いね?」
「……おい!! 俺の話を聞いていたのか?!!」
「あのね、私も勝ちたいのよ。分かるでしょう? 勝ちに拘ったあなたなら……ね?
私に任せなさいよ。白蓮? 楽勝でしょ、私なら……わかるわよね?」
「あ……、くっ くそ、ここでそんな顔するかよ」
幽香の目が据わる。強制的にぬえを黙らせた。
ぬえは舌打ちすると「必ず勝てよ」と言ってきた。
すぐさま表情を元に戻す。
「もちろんよ。じゃ、各々の分担を決めようかしら」
「あ、あの……幽香さん、分担も何も全速力を出すだけじゃないんですか?」
「ん……、そうね。橙ちゃんとぬえはそうよね。全力疾走、それも可能な限り、前のチームに追いつくのと、
リードを広げる役目よね、
そうすると、第一走者はそうね……リグル、役目はトラップの配置よ。魔法の森に出来る限り、害虫を配置して頂戴。びりでかまわないわ。
第二走者はメディスン、リグルのトラップをさらに上掛けしてもらうわ。手加減覚えたでしょ? 魔法の森を抜ける直前の場所に毒をばら撒いてもらうわ。
第三走者は橙ちゃんね。ここから、ラップを縮めてもらうわ。理想的には……5位以上かな。
第四走者はぬえ、まかせた。走行中はあなたの判断でいいわ。ぶっちぎって頂戴。
最終走者は私、ぬえのリードを維持したまま、勝負を決める。これでよし」
簡単に各自の役目を説明する。
明日は全員でコースを見回りだ。特にメディスンとリグルにはトラップの配置を徹底させる。
仕掛け間違って橙が引っかかったら目も当てられない。
そして、情報収集もおこなう。各チームの走順が分かれば、シミュレーションもしやすい。
現状分かっているのは命蓮寺、人類チーム、そして自分達のチームだ。
チーム名 フラワーメイカーズ
第一走者 リグル・ナイトバグ
第二走者 メディスン・メランコリー
第三走者 橙
第四走者 封獣 ぬえ
第五走者 風見 幽香
霊夢達は問題ないだろう。命蓮寺もだ。むしろ、こんな大会に絶対に出るであろう、レミリアや萃香のチームが問題だ。
連中は文字通りのトンデモメンバーを集める可能性があった。
……
「あ~危なかった。まさか幽香さんのチームに誘われるなんてどうしようかと思った」
ミスティアが飛んでいく。太陽の畑から人里まで一直線だ。そして丁度、人里の入り口で下から見上げている視線に気がついた。
何の気なしに舞い降りる。3人と妙に小さいのが一人いる。
「こんにちは~。影狼さんだよね? 久しぶり……だっけ?」
「う~ん、そういえば結構あってなかったかもね。
そうだ!! ミスティア、お願いがあるんだけど? いいかな?」
「あ~、ひょっとして駅伝の話?」
「そうそれ、今メンバーが足りなくて、ちょっと困っていたんだ。
最後の5人目のメンバーを、お願いできないかな?」
「……なんだか私のときと頼み方が違うぞ?」
赤蛮奇の不満をよそに影狼が親しそうに話しかけている。
ふと、わかさぎ姫の顔を見たら、驚いているようだ。自分以外にこんなに親しそうに話している人を初めて見た。
わかさぎ姫の胸がもやもやする。……私は嫉妬しているのだろうか?
「別に~いいよ? そんなに頑張らなくてもいいんでしょ?」
「じゃあ、そこの赤蛮奇の家でさ、順番決めようよ」
「……おぃぃ!!? それを許可した覚えは無いぞ!!? なんでだ!?」
「だって、近いじゃん?」
キョトンとして影狼が疑問を浮かべる。
蛮奇は過去に、影狼を家に上げたのが間違いだったと激しく後悔した。
こいつは家の匂いを覚えて……くそう、家が無くなった時、居候させたのが間違いだった!!!
まるで、自分の家みたいにあがってきやがる。
自分に隙があったのもいけなかったが……くそっ、やりたい放題だ。
「そんなに怒らないでよ。今日は宴会にしようよ。大丈夫、掃除とか手伝うから」
「くそ、そんなんじゃねぇよ。私のプライバシーが、プライベート空間がなくなっちまう。
そうだ。もう、こうなったら影狼の家に行こうぜ。豪邸だろ? 私の家は狭いんだ。
五人ははいらねぇ」
「あっ、え、えと、あそこはやめたほうが……」
「何だよ。私の家は良くて、お前の家がダメってのはどういう理屈だ?」
影狼がしょぼくれている。わかさぎ姫がフォローを入れた。
「あの家、凄いは凄いんだけど……鬼が結構来るのよ。家の場所を覚えたらしいわ。
ほら、あの大暴れしていた奴よ。飲み比べとか、力比べしようとか……ストレスで一回、影狼が倒れたんだから……」
蛮奇の顔が苦虫を噛み潰している。それで最近、ことあるごとに影狼が家にくるわけだ。
そういう仕組みだったのか……影狼が家に帰ると鬼が居る。たぶん何かと口実をつけて逃げてきているのだろう。
赤蛮奇は舌打ちすると、自分の家を作戦会議の場として提供した。
……
「そういえばさ、他のチームってどんな感じなの?」
「知りませんわ。紅魔館チームもメンバーすら確認せずにこちらに来ましたので」
「ふ~ん。早苗と妖夢は?」
「全然知らないです」
「知りません」
「なんだよー。役に立たないな」
そんなこと言っても、早苗は守矢の神達に博麗神社に行くように言われただけである。
妖夢も同様だ。幽々子に霊夢に協力するようにと言われて来たのである。
「それじゃ、今から調査でもする?」
「何かあてはありますか? 紅魔館はチームを組んでいますが……他は?」
「そりゃ萃香よ。あいつは絶対出るわ。あと、そうね……永琳は……微妙かな?
白蓮も微妙……周りが盛り上がってれば出るかもね。白玉楼は……妖夢、幽々子はどんな感じだった?」
「応援するから頑張ってきなさいっておっしゃってましたが……おそらく幽々子さまは出ません。
大体手を組みそうな紫様が審判になっているので、私が抜けたらメンバーが足りないはずです」
「ん、たしかに」
「そう考えるなら、永琳もでないぜ。これだけ大規模なら逆に絶対に医者が必要だ。
永琳が医者で待機なら、輝夜も鈴仙もでないだろ。
あと、早苗んところは?」
「私の所は二人ともチェックポイントにかり出されていますから守矢神社の走者は私だけのはずです。
椛さんと文さんは……出るでしょうか?」
「あっ、絶対でてるわ。萃香が出るなら、あの辺は声がかかるわね」
「そうすると、調査しないといけないのは……旧都と紅魔館、あとは命蓮寺ですか。
では、紅魔館はお任せを、美鈴から聞き出しますわ」
「それじゃ私は旧都に行くぜ」
「では私は命蓮寺を覗いてきます」
「私は奇跡の力で他にチームがないか探してみましょう」
「ご苦労、私はここでお茶を飲んでるわ」
「「「「働け!!!」」」」という4人の合唱が響いた。
……
紅魔館の門で美鈴と咲夜が情報交換している。
咲夜は紅魔館のチームメンバーを確認すると「新しい情報が入ったら必ず連絡する」と言って去っていった。
引きとめようとした美鈴に大会が終わるまでは戻らないと言い残して……。
……
命蓮寺では妖夢が白蓮に話を聞いている。
ストレートに参加メンバーを聞き、駆け引きなしに白蓮が答える。
ほんの1分ほど話をしただけで終わってしまった。
立ち去る妖夢の後姿を見ているとマミゾウが話しかけてきた。
「白蓮……その、情報の価値って分かっておるかい?」
「?? 情報の価値? 何ですかそれ?」
マミゾウが目を覆った。これはダメだ。自分でチームの情報を漏らしておいて、事の重要さが全く理解できていない。
千金の価値がある情報を駄々漏れさせて、全く悪びれていない。解脱を目指した僧侶だからかもしれない。
しかし、こういったことは一度言っておかねばマミゾウの気がすまなかった。
「情報の価値が分かっていないのか……、なるほど、それで主は今、自分の仲間を只で売っぱらったんじゃな。
……わしの言っている意味が分かるかい?」
「??? 仲間を売る? すみません、マミゾウさん、言っている意味が理解できないのですが?」
「主は今、何を妖夢に話した?」
「駅伝の参加メンバーと走順ですよ?」
「それで一体何が起こると思う?」
「? 何ですか? 分かりませんが? 何も起こらないのではないですか?」
「白蓮……、主は甘いの~。今、命蓮寺は負けたぞい。主が原因でびりケツ決定じゃ。
残念じゃったのう。楽しみにしていた連中もこれではつまらないじゃろうな」
「??? 駅伝は6日後ですが? まだ始まっていませんよ?」
「主は人が良すぎる。人が良すぎて逆に悪影響じゃ」
白蓮には禅問答のようなマミゾウの態度が全然分からない。
ただ単純に走順とメンバーを伝えただけ……。だいたい妖夢のチームは最初から走順もメンバーも分かっている。
こちらだけ情報を隠蔽したらそれは卑怯だと考えていた。
「白蓮、主には厳しいかもしれんが……世の中は全員が善人ではないことぐらい分かっておるな?」
「う……そ、それは、……私はそう信じたいですが……確かに事実は違います」
「ではな、悪人の理論で、例えば妖夢に漏らした内容が悪人に……例えば風見幽香なんて奴に伝わったらどうなると思う?」
「え? ……うん? どうなりますか? 分かりません」
白蓮には全く理解が出来ていない状態だ。……全く、これだから聖人という奴は……、悪人の思考が出来ないから困る。
「では簡単に言うとな、第五区画での? 命蓮寺をつぶすとしたらどうする?
標的は誰じゃ? ……小傘ではないか? 第一走者に幽香が来たら主はどうする? 手も足も出んぞ?
そして、相手はルール上の権利で小傘をつぶしにかかる。ゴールできないほど痛めつけられたら?
主はどうするつもりじゃ?」
「あ……、ま、まさか、そんな……」
「そんなことある分けないなんて常識が、通用しないことぐらい分かっておると思ったがの?」
白蓮の顔が蒼白になった。楽しい、楽しいはずの大会が一気に壊されてしまう。
みんな楽しみにしてくれていたのだ。
ルールをよく読み返してみる。第四~第零チェックポイントは走者間の妨害ありだ。
過剰なものは審判が制止するとあるが……本当に幽香を制止できるか? その前に制止する暇があるだろうか?
「今すぐ、妖夢さんに口止めをしてきます」等と口走った白蓮をマミゾウが止めた。
「まー、まー落ち着くんじゃ、白蓮。今のは最悪のケースじゃ、万が一にも起こらん。
流石に第一走者が幽香って事はないじゃろ。あの手の連中は頭がいい。多分、幽香が出場するとするなら第五走者じゃ。
最後が幽香なら、最後の仕返しが怖すぎて他のチームは幽香のチームに手出しできんはずじゃからな。
……多分他のチームも同様じゃ、実力者は最後に集中するはずじゃよ。逆を言えば、幽香が第一走者で傍若無人に振舞えば、
それは残りの走者のときに自分のチームに跳ね返ってくる。ボコボコにされるはずじゃ。牽制の意味でも最初に幽香が来ることはありえん。」
「脅さないでください……でも、起こりうる可能性も考慮すべきですね?」
「そうじゃ、だがのその前に、何よりも情報の価値を知ってもらいたかった」
「教訓ありがとうございます。でも、そうしたらどうしたらよいでしょうか? 私では、作戦が立てられません」
「この状況じゃ、誰も作戦は立てられんわな。じゃから立てられるようにすれば良い。……偵察じゃ、スパイごっこじゃよ。
わしが各地のチームの参加メンバーを調査してやろう。メンバーと走順さえ分かれば各走者ごとの対策は立てやすい。
駅伝は既に始まっておるのじゃよ。走り出さん奴は馬鹿か間抜けじゃ」
「マミゾウさん、ありがとうございます。助かりますよ」
「ふっふっふ、じゃがの、協力もここまでじゃ。わしは各チームのメンバーと走順を伝える。それだけじゃ。走者の対策は主がたてるんじゃよ?
どうやったら、小傘が、ナズーリンが怪我なく、楽しく走りきれるか……主の悩む権利じゃ、せいぜい頑張るんじゃな」
「分かりました。何から何までありがとうございます。まずは、そうですね、走順も走者も明確な人類連合の対策を考えます」
「ふっ、じゃあ、わしはぬえの後でも追うかい。きっと太陽の畑じゃろ」
そんなことを言ってマミゾウはぬえの匂いをたどって飛んでいく。
白蓮はそんなマミゾウに深々と頭を下げた。
……
「ミスティアは何番目が希望?」
「あ~、最後じゃなきゃいいよ? どこでもいい」
「影狼……私一番じゃダメ?」
「え? いいよ? じゃ、わかさぎ姫が第一走者……っと」
「わかさぎ姫が一走なら私は第二走者だ」
「……なんで?」
「何だっていいだろ!」と声を大きくしたのは赤蛮奇だ。
赤蛮奇はわかさぎ姫のあとなら多分既にびりだから、”いくら遅れても恥ずかしくもなんともない”という考えがあった。
影狼はそんな考えにうすうす気付きながらも、名前を書き込んでいく。
「影狼殿、私は最後でもよいだろうか? もし、万が一にも参加サイズがこのままでは……その、後走する者に申し訳ない」
「ん、気遣いありがと、針妙丸……じゃ、最後、第五走者だ。
あ~、大体決まったな。ミスティアは第三走者と第四走者はどっちがいい?」
「じゃあ、真ん中がいい。第三走者でけって~い」
「最後に私は第四走者か。頑張るぞ~」
赤蛮奇が影狼を白い目で見ている。……絶対、絶対にこいつが走りたかっただけだ。断言できる。
赤蛮奇の思いをよそに駅伝大会の最後のチームが結成された。
チーム 草の根友の会
第一走者 わかさぎ姫
第二走者 赤蛮奇
第三走者 ミスティア・ローレライ
第四走者 今泉 影狼
第五走者 少名 針妙丸
メンバーと走順が決まれば後は宴である。
駅伝のチーム結成会が夜遅くまで開かれた。
……
夜遅く、マミゾウが命蓮寺に帰ってきた。わずか半日で幻想郷全土を回り、すべての拠点を調べ上げた。
マミゾウが調べたチームはアイス・レッド、フラワーメイカーズ、妖怪の山である。
走者、走順すべての情報を白蓮に渡す。
白蓮が手厚いお礼を述べる前に疲れたから寝ると寝床に直行した。
マミゾウの調査結果では白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿に駅伝参加チームは居ないとの事である。
これだけでも相当な労力であっただろう。
現時点でこれだけの参加者を特定したものは審判の紫、映姫を除き他にいない。
唯一、”草の根友の会”が調査から外れた。
連中の拠点が存在しないこと、加えて筆頭実力者といえる突出した者が存在しなかったため、
目をつけることすらされなかったのである。
マミゾウは調査結果に満足すると大いびきをかいて眠った。
……
「……紫様、満足ですか?」
「ん~欲を言えばもう2,3チームいると良かったんだけど……仕方ないか、これだけのメンバーを集めたら監視員も山の神を使ったり、
医者も優秀なの呼ばないといけないし、後、私は観戦したいし……むしろ、上出来かぁ~。
あ~楽しみ。どんな熱いドラマがあるのかしら?」
「自分で作ったドラマって熱くなれるものですか?」
「なれるわよ? 登場人物が自分の予想を超えた動きをしてくれればね。
そ~だ、三月精に式神はりつけないと……」
藍が頭を抱える。紫が貼り付けようとしているのは藍用の超強力な式神だ。妖精が耐えられる出力だろうか?
「だ~いじょうぶよ。調整してるからさ。悪くてはずした時に気持ち悪くなるだけよ」
「……その気持ち悪さは何日続くんですか?」
「永琳もいるから大丈夫よ。1日寝てればすっきりよ」
藍はがらにもなく三月精に同情した。きっと私と同じようにこき使われるのだろう。
拒否権もない。そして、報酬もだ。幸い時間だけはある連中だから手痛い失敗例として身につけて欲しい。
「そんなこと思っていても口に出すものじゃないわ」
「紫さま、思考を読まないでください。まだ口に出していません」
「これから言うつもりの癖に」
「ええ、一人になってからそこの角でつぶやくつもりです」
そういうと、藍は部屋を出て行き、紫に聞こえるようにつぶやき声を上げた。
……
次の日から、各チームがそれぞれ作戦を立て勝利のために行動を開始した。
アイス・レッドは美鈴ー咲夜を通じて各チーム状況をほとんど把握している。このチームの弱点はチルノに小悪魔だ。
チルノと小悪魔をつれて美鈴がコースをめぐり、二人に徹底的に順序とルールを覚えさせる。
フラワーメイカーズは勝負どころの第五区画のトラップの配置の確認それに回避の仕方を徹底させる。
命蓮寺は各走者ごとの対策、各区画の特徴を聖がまとめ、メンバーに周知する。コースも皆でわいわいと巡ってみた。
人類連合も同じように区画ごとの対策、危険人物などを挙げながらシミュレーションを行う。
草の根友の会はほとんど全部影狼の趣味で各チェックポイントを巡る走り込みを全員で行った。
唯一、妖怪の山チームは全く対策を打たない。これだけのメンバーなら対策を打つ必要がないというのが鬼の意見だった。
そんなこんなでいよいよ明日は大会開催日だ。
「……のう、白蓮、調子はどうかの?」
「おかげさまで順調です。何ででしょうね? わくわくしてきました」
「そりゃ、あれだけ準備をしたら結果が楽しみにもなるわな。
どうじゃ? 欲が出てこんか? 努力の対価として優勝したくなるじゃろ?」
「ふふ、そうですね。優勝したい……とは思いませんが、びりにだけはなりたくない。
そうですね。勝ちたいよりも負けたくないって気持ちが大きいです」
「かっかっか、そうじゃろう。十分じゃな。
……少しは、ぬえが言っていたことが分かったかの?」
白蓮がマミゾウの真剣な目を見て苦笑した。
……全くこの人は……復讐も、やり方もうますぎる。心まで手玉に取られた。
マミゾウの協力はぬえの申し出を断ったことへの仕返しだ。
確かにぬえが入ればもっと、もっと楽しかっただろう。真剣に勝ちにいっていたかもしれない。
そう考えると惜しいことをしたと軽く後悔した。
「すみません。あのときは負けても傷つかないようにしていたのですね。
もうこんなに下準備をさせられて、あんなに楽しそうな小傘の顔を見たら負けるわけには行きません。
ぬえには後で謝りましょう。
私もまだまだですね。『楽しければ負けてもいい』からマミゾウさんの所為で『絶対に負けたくない』という気持ちになりました。
心動かされましたよ」
「かっかっか、そう言ってくれると、働いたかいがあったの。
……で、じゃ。主には一つ謝ることがある。参加チームじゃがな、1チームだけ見落としておったわ」
「誰のチームですか?」
「草の根友の会ってチームじゃ。連中は人里でチーム結成したらしいの、コースを見回っておらんかったら見落としてたわ」
「マミゾウさん……危険な人は居ますか? 例えば勇儀さんや幽香さんみたいな」
「いや、おらん。それどころかチームの力は最弱じゃよ。警戒が必要なのは影狼って奴ぐらいじゃ。あとはミスティアか、
他は……何というか話にならん。人魚に、小人に、飛頭蛮、どう考えても遅いわ」
「えっ、本当に? 凄いチームですね」
「いや~あれほど勝ちを度外視したチームがあるとは夢にもおもわんかったわい。
おかげで見落としたわ。
一応調べたんじゃが……走者と走順……チェックするかえ?」
「チェックしましょう。明日、負けないために最大限の努力をします」
「それでこそ白蓮よ」と言ってカラカラとマミゾウが笑った。そうして二人して最後のチームに対する対策を練り始めた。
……
「そういえばさ、優勝の賞品、取り分どうする? ちなみに私はトロフィーが欲しいぜ?」
魔理沙が話しているのは優勝後の話だ。明日の計画は既に練り上げた。
計画がうまくいけば妖怪の山チームが相手であろうと十分に勝機はある。
「金一封で」
「霊夢さんはお米かと思った。私はそうですねお酒かな。家には大酒飲みが二人居ますから」
「では、私はお米にします。食費の幾分かの足しになるでしょう」
「1俵が幾分かの足しって、どんなレベルでしょう? 私は残りで蜂蜜ですか……十分ですわ」
みんなで賞品を喧嘩せずに分け合える……結構いいメンバーで組めたな、と魔理沙はそう思っていた。
なんの気兼ねなしに準備することが出来た。あとは、集中するだけである。
明日は、いよいよ駅伝が開幕する。
魔理沙の相手は射命丸だ。他の奴らなんて眼中にない。最速をかけて人間対妖怪の戦いが始まるのだ。
わくわくどきどき、興奮して眠れないかもしれない。心も体も戦略も最高だ。負けない……明日が、楽しみで仕方が無かった。
……
日が昇った。当日、朝早く目覚めた藍は朝もやのなか博麗神社に向かう。
今回の大会の準備だ。大会そのものは正午から開始する。それまでは審判団のテント、医務室の設営、チェックポイントの確認……
やらなければならないことは山ほどある。
博麗神社に到着してみれば既に山の神が来ている。流石に早い。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ? 紫はどうした?」
「紫様はまだ眠っていますよ。待ちくたびれた……って、少し早すぎでは? まだお日様が顔を出したばかりですよ?」
「くふふふふ、仕方ないよ。なにせ、神奈子は待ち遠しくってわざわざ博麗神社の分社に泊まってたんだから」
「言うなよ。諏訪子」
「他の神様はどうしました?」
「秋姉妹はまだ寝てるだろうね。雛は確かチェックポイントでもう待機中だ。
あんまり博麗神社や人里に近づいて厄をばら撒くわけにはいかないってさ」
「では、お二方で医務室と本部を設営してもらえますか? 私は各チェックポイントとコースの確認をしてきます。
昨日のうちに仕掛けを施す不届き者がいないとも限らないので」
「ぷっ、くははは、確かにいないは言い切れないな」
「そ~いえばさ、そういうルール違反した奴ってこっちで勝手に判断していいのかい?」
「ええ、お任せします。よほどのことがない限りこちらは口を出しません。但し、早苗さんにひいきしたらダメですよ?」
「分かってるよ。むしろ成長のいい機会だ。手は貸さない」
それから、少し雑談をすると藍はコースの確認に入った。
もう少し日が高くなれば霊夢も起きだす。……忙しくなるだろうな。
……
紅魔館ではレミリアが目にくまを作って起きていた。
眠れなかった。昨日だけではない。ここ数日ずっとだ。
部屋が汚く荒れている。……全部咲夜が居なかったせいだ。
調子が良かったのは最初の2日だけ。その後、4日で疲弊してしまった。
以前、美鈴が咲夜を引きとめようとしたのだが……結局大会が終わるまで戻らないと宣言されてしまった。
まあいいか、なんてえらそうに思っていたのがいけなかった。
咲夜が居るのといないのとでは日々の生活のリズムがつかめない。
何をやってもいつもの数倍の時間がかかるのである。
そして、最も困ったことは食事である。咲夜のおいしい料理に慣れすぎたせいで他の者が作った料理(並レベル)がまずくて食えないのである。
……まずい、こんなに疲弊するとは夢にも思っていなかった。
自分の妹は全く元気である。フランドールは私よりもタフに出来ている。いつもと変わらない。
結局ダメージを受けているはレミリアだけだ、咲夜のレベルに慣れてしまっていたので、生活レベルを落とすことが出来ない。
数日居ないだけで大ダメージだ。咲夜……くそ、早く戻ってきてくれ。
ぼさぼさ頭をたっぷり時間をかけて整える。
腹が鳴るのだが、食欲が出ない。
いつの間にかフランドールがレミリアの寝室に入ってきていた。
「ねえさま、大丈夫?」
「大丈夫だ……」
「食事、食べてる?」
「……口はつけているぞ」
「飲み込んでる?」
「いや……ダメだ。異物を飲み込んでいる感覚だ。のどを通らない」
「今日は棄権する? 調子悪いなら私が大会をぶち壊そうか?」
「ふふ、心配するな。なに、あと、たった10時間ぐらいだ問題ない」
「本当に? あの……魔力が弱ってるのが私にも分かるんだけど……」
「大丈夫だ。私の相手は幽香に、白蓮、萃香、……それに加えて咲夜か、言ってみて初めて気がついたが……きついな」
「任せてねえさま、私の相手はぬえ、寅丸、霊夢、え~っと……? はたてって誰だっけ? まあいいや。
第五区画で全部つぶしちゃうから」
「……フラン、これは姉としてのお願いだ。破壊の能力は使うな。全力疾走して、なるべく早く私にたすきリレーしてくれ」
「なんで? 疲れてるなら任せて。ねえさまは寝てても勝てるわ」
「忘れているのかフラン、私はわがままだろう? 私は私の手で勝つのが好きなんだよ。
アシストはいい。だけど、勝負を決めるのは許さない。たとえ妹のお前であってもだ」
「……そう?
分かった。アシストに専念する」
「ありがとう。さすが私の妹だ。頼りにしてる」
レミリアに頼りにされて、フランドールは少しばかり機嫌よく部屋を出て行った。
レミリアは一人ため息をつく。それとともに疲労が込みあがってくる。
高々数日、従者が居ないだけでとんだ目にあった。
美食家のつもりは毛頭ないのだが……咲夜のせいでいつの間にか美食家になっていた。
自分の知らぬ間にである。自分の舌が勝手にグルメにされてしまった。そしてこの様である。
現時点における調子を確認する。……出せて最高時の2割程度が関の山だ。
ペース配分をミスったらそのまま失速してボロ負けする。
しかもスタートは正午……5時間もあとだ。極め付きは自分が第五走者、一番最後に走り出す……6日間の絶食後では今より疲弊する。
レミリアは覚悟を決めてメイド達が作った食事を口に放り込む。……まずい……喰えん。
結局、飲み込むことが出来ないで、吐き出してしまった。
レミリアは少し考えてみる。フランドールは問題なく食べられるものが自分では口に入れることは出来ても飲み込むことが出来ない。
舌で味を確かめてみても、味の違いだけだ。ただ単に旨いかまずいかそれだけだ。
……食事中のフランドールの顔を見た限り、本当にまずいわけではない。本当にまずければフランドールが黙っていない。
しかし、同じ料理を食べて、『何で食べられないのか?』と首をかしげている有様である。
フランからすれば、確かにいつもとは違う味……だが飲み込めないほど劣るわけではないという事だ。
しかし、レミリアにとっては異なる味というものが大問題だった。飲み込むのに値しないのである。
消化して体に取り込むという過程が拒絶反応を起こしていた。
結果として喰えない。餓死と引き換えても胃の中に入れることが出来なかった。
咲夜の料理を思い浮かべてみる。私に気に入られるために……いや、私を満足させるために知力と体力を注ぎ込んだ料理だった。そう感じるに値する料理だった。
比べて、今の料理は何だろう? メイドたちがこれなら満足するだろうという意思で打算と適度に手を抜いた料理だ。
舌で感じる味からはそんなことが透けて見える。
料理を作るものの思いが……打算と軽蔑が透けて見える。喰えない。こんな思いを体に取り込むことなんて出来ないのだ。
……だめだ。どうしようもない。
結果としてレミリアの絶食は駅伝大会の決着まで続くのである。
……
はたてが倒れている。
二人の鬼があきれてその姿を見ていた。
ちょっと前夜祭で酒を飲ませたらこの様である。
文と椛にはやんわりと断られてしまった所為で、全部はたてが飲むことになっただけだ。
「あっちゃ~、天狗ならこのぐらいなんて思っていたが、まさか倒れるとは」
「弱すぎ、なんでだ? こっちはまだほろ酔いもいっていないのに……」
「こりゃ大会も棄権かな?」
「お、おい、そりゃしゃれにならないぞ? はたて起きろ、命令だぞ?」
うつ伏せになっていたはたてが手足をびくつかせるがそれまでだ。
仕方なしに、萃香が能力で文をひきつける。
「あ~、こりゃダメかもな」
「仕方ないな、飲ませすぎたのか……」
「ちぇ~走順、変えてもらうか?」
「無理だぞ? 紫が登録後の変更は認めないって宣言してたはずだ」
「そうか……何とか第四走者だけ、どうにかならないか?」
「何かと思えば……勝手につぶれてチーム全体に迷惑をかけているのですか?」
そんなことを言って射命丸が現れた。
すぐに酔い醒ましを持ってくると宣言してあっという間に立ち去る。
「相変わらずだな、文は……」
「止まってなんていられないんだろうな……」
わずか数分で八意印の酔い醒ましを手に戻ってくる。
赤ら顔でぐったりしているはたての口に薬を流し込んで布団の中にしまいこんだ。
いくらなんでも、正午までには復活するはずである。文はため息をつくと二人にはたてを任せ、まだ早いながらも博麗神社に向かっていった。
……
博麗神社では、参加者が続々と集まってきている。
影狼たちは審判のいるテントに針妙丸の事で申し入れを行っていた。
針妙丸のサイズのことで審判長の裁決を貰うのである。
「よく参加する気になりましたね? 心意気はすばらしいですが」
「すまない。でも、どうしても友人が参加したいと言って、
私もささやかながら助力をしたいと思った。……だめだろうか?」
「……しかし、飛行能力すらない者が参加、しかも小人。安全を考えるなら参加は……しかし友情にこたえたいという心を評価したい。
紫さん、どうします? 第一区画での能力の使用を許可しますか?」
「いや、許可も何も、使用しないとダメでしょ? 下手すると駆け出した直後に踏み潰されるわ」
「では、針妙丸さん。特別に能力の使用を許可します。但し、第一区画において体のサイズ以外で小槌を使用したら失格ですからね?」
「ありがとう。全力を尽くして走ることをここで誓うよ」
たちどころに針妙丸が大きくなった。……とは言っても、その背は5人の中で最も低かったが……踏み潰されることはないだろう。
「ああ、そうです。今回の参加チームの走者と走順のリストを渡します。
無理せず、危険だと判断したら迷わず棄権をするように、
他の者は決してその判断を責めることないように……では、各人の健闘を期待しています」
審判長の言葉を受けて、リストを全員で覗き込む。
赤蛮奇から悲鳴が上がった。第二走者の欄に星熊勇儀がいる。以前、叩きのめされた化け物中の化け物だ。
影狼も目を点にしている。相手にぬえとフランドールがいる。連中も話に聞いているが実力……走力ではない戦闘力における幻想郷の最高峰レベルである。
針妙丸はレミリアと萃香の名前を見つけて凍っている。良く確認してみれば、第五走者は化け物ぞろいだ。
萃香、レミリア、白蓮、幽香……幻想郷屈指の怪物がそろっている。
審判長が「良く参加する気になった」と言っていた意味はこれだったか!!!
……いやいやいや、まって欲しい。知っていたなら登録の段階で教えて欲しかった。
例えば赤蛮奇が棄権しても誰もとがめることはない。とがめることが出来る奴なんてこのチームにいない。
ミスティアが「多分、最初からびりだから大丈夫だよ」なんて言っているが、
第四走者、第五走者の第五区画の争いに巻き込まれでもしたらそれこそ即死である。
各人が身の安全を最優先にすることをここで宣言した。
「……あそこで、ギャーギャー言っているのはどこのチーム? 初めて見るんだけど?」
「多分、この草の根友の会だぜ? 影狼がいるしな」
「このチーム……全然知らないんだけど……強いの?」
「とびっきりに弱いはずだぜ? 戦ったことがあるから大体分かる。
というか わかさぎ姫は人魚だ。無理じゃねぇか?」
「ふ~ん、まあ、魔理沙は心配ないか。……というか問題になら無そうね?
3人が青い顔してるわ。多分、ろくに相手を調べずに参加したのね」
「棄権したほうがいいと思うな。速いのが影狼だけじゃ、びりケツ決定だぜ?」
そんなこと言っている間に全チームがそろう。そして走者順に整列する。
登録番号と走順が記されたゼッケンが配られた。
第一走者にたすきが渡る。たすきには4X5マスの四角の欄が区切ってある。
第一から第四チェックポイントを通過する際にそれぞれの神様が確認したという印をもらうのだ。
藍が見回した各チームの様相は1チームを除き、意気揚々、各人が必ず勝つという顔をしている。
大変な騒ぎになる。思わずため息をついた。
それから、紫による開会式と説明が行われた。
第三区画と第四区画には結界が施されていること。触るとしびれる程度の電撃が走ること、
三月精に式神が貼り付けられていること。そのために第三区画は光学迷宮になっていること。
コースはある程度自在だが、光学迷宮の迂回ルート以外は大きく外れるものに対してペナルティがあること。
ペナルティのさじ加減は神様に任せていることが説明される。
説明が終わると一時間後、正午丁度からいよいよ駅伝が開幕する。
今から各チーム最後の調整が行われる。それぞれのチームごとに散っていった。
そんな中、咲夜はアイス・レッドの所に行く。
咲夜は整列している時からレミリアの様子がおかしいことに気がついていた。
「お嬢様……どうされました? 何でそんなに疲弊しておられるのですか?」
「くっ、……はぁ~、お前がそれを聞くか?
問題ない、いつもどおりだ……今はそういうことにしてくれ」
「姉さまが疲れているのは全部、ぜ~んぶ、咲夜のせいだよ? 作戦会議の邪魔だから消えてくれない? マジでさ」
フランドールが敵意をむき出しにする。
それでも咲夜はレミリアを伺うのだが、手振りであっち行けと言われてしまった。
だいぶ億劫なのが動作から丸見えである。
引こうとしない咲夜をみてフランドールの敵意が憎悪に変わりかける。
それをさえぎるように美鈴が咲夜の手を引いた。
二人してレミリアのチームから離れると物陰で説明をはじめる。
「えっ? ……食べてない? いつから?」
「咲夜さんが出て行った直後からです。
なんだか、のどを通らないって言って、何も食べてないんです」
「まさか、6日も?」
「そうです。それでかなりの体力を消耗してしまっていて……今の状態なら歩くだけで手一杯のはずです。
走るとか飛ぶとかそういうことが出来る状態じゃないです。
でも、大会からは絶対引かないっておっしゃっていて……正直手に負えません。
第五走者は化け物ぞろいですよ? どうするんでしょうか?」
「……分かった。私が何とかする。美鈴はチームのほうをお願いね?」
「分かりました」
そんなことを言って二人が分かれる。
美鈴はなるべく早くレミリアにたすきをつなぐことを考えた。はっきり言って時間がたてばたつほど不利になる。
鍵となるのはチルノに小悪魔、この二人が妖怪の山(光学迷宮と天狗の妨害)をいかに潜り抜けるかがかぎになる。
フランドールと私は問題ないはずだ。
そう思うと時間が足りない。紅魔館を往復する必要がある。間に合うだろうか?
……
「私の相手は……いませんね。このメンバーでは話になりません」
「いつもどおりの自信過剰ですね? 足元すくわれても知りませんよ?」
「はぁ? 言っている意味が分かりません。私は魔理沙だってぶっちぎりですよ?」
「待て待て、チームメンバーだろう? 喧嘩するな」
勇儀が視線で火花を散らす二人の間に割ってはいる。いつ二人の仲が険悪になったのか? 全く知らなかった。
自分が知っている限り、これほど仲が悪かったわけではないのだが……旧都にいった後だろうか?
残念ながら旧都にいった後のことは知らない。
チーム結成時にはたてにも問い合わせたが、知りませんとのことだ。
「いいじゃないか。自信があることはさ、それにしても……光学迷宮か……問題は第三区画だ。
私は問題ないんだが。お前ら大丈夫か?」
「私も問題ないです。第三走者ですから匂いで前の人のルートが分かります……、問題は第一走者です」
「なにその、私が問題みたいな言い方? いざとなったら迂回ルートをとっても楽勝ですよ?」
「ふ~ん、そうかじゃあ問題は私とはたてか……いや、はたても案外速いからな……私はどうしたらいい?
匂いもたどれん。迂回ルートだと時間がかかりすぎる気がするが?」
「勇儀も問題ないぞ? 結界に触れながら進めばいい。他の連中には無理でもお前なら楽勝だろ?
ペナルティがきても十分にお釣りが来る」
「そうなると川のど真ん中進むのか? 時間かかるな、まあ仕方ないか。道に迷うよりははるかにましか……
そういえばはたてはどうした? まだ寝てるのか?」
「第三走者が走り出したら私がたたき起こしますよ。今は医務室で寝ています。まあ、顔色はよくなりましたよ」
「間に合えばいいがな……」
自分で飲ませたことを棚に上げて萃香がため息をついた。
……
開幕15分前、美鈴がパチュリーから借用した魔道書を片手に戻ってきた。
大急ぎで、小悪魔に手渡す。用意した魔道書は光の魔道書である。
太陽の光を錯視させても光源が二箇所になれば影の出来方が変わるはずである。
また、天狗の追い立てを防ぐことにも役立つはずだ。
チルノには迂回ルートを通ってもらうことにした。
いくらなんでも迷宮に入ったら出て来れない可能性がある。
ただし、戻りルートには秘策がある。時間を一気に縮めてもらうつもりだ。
「あたいにもその魔道書貸してよ!! 一気に駆け抜けてやるんだから!!!」
「無理でしょ? 使い方がわかるの?」
「チルノ、お願いだから迂回ルートを通ってくれない?」
「な、なんでさ。絶対、こっちのほうが速いのに……」
美鈴は少し考えてから秘策を話した。
「チルノ、君の速さは知ってる。とってもすばしっこいよね。だから、他の子にもハンデをつけてあげなきゃいけないよね?」
「でも、でもさ。射命丸と魔理沙がいるよ! あいつら速いんだ!! 負けちゃうよ!!」
「大丈夫、安心して。私が椛さんと早苗さんを倒すから。チームバトルだから大丈夫だよ。チルノにはハンデをつけて欲しいんだ。
敵を油断させるために……大事な大事な役目なんだよ。お願いチルノ」
「うー、でもさ、あたいだって勝ちたい……」
「じゃあ一個、秘策を教えてあげる」
「本当!!?」
「うまくいけば、魔理沙ぐらいは抜けるかもしれないよ?」
「その話乗った!!! ふふふ、勝ったわ!!! あたいの完全勝利だ!!!」
上手に美鈴がチルノを話しに載せて迂回ルートを取らせる。
秘策というのは簡単だ。山の上の湖で氷を固めて船を作り川を下っていくのである。
これなら、結界に直接触るわけでもなく、ダメージもない。屋根を作れば天狗も手出しできない。
オマケに水は大量にあるから短時間で作ることが出来る。
本当にうまくすれば3位でたすきをつないでくれるかもしれない。
……正直に言って、魔理沙と射命丸に勝つのは無理だろう。だが勝てないなんて言ったら余計にムキになるし、仕方が無かった。
嘘も方便……許して欲しい。
……
「影狼、期待しててね。私完走するから……応援してね」
「うん、怪我だけはしないでね? 危ないと思ったらいいよ棄権しても」
「いや、棄権してくれていいぞ……あんな鬼が相手なんて聞いてねぇ。影狼!! 恨むからな!!」
わかさぎ姫が妙に興奮している。やる気になってくれるのは嬉しいのだが……
対戦相手を確認する。魔理沙、射命丸どっちも無理だろう。
チルノ、小傘、リグル……これも無理だ。多分ぶっちぎりの最下位……一番の懸念はむしろ一周抜かし。
致命的に射命丸が速いので、第五区画で鬼とかち合う可能性があった。
そして、一人分ずれたら危険なのは自分だ。針妙丸は鬼がいなくなるだけ安心だが……心労は絶えない。
開幕まで残り10分、勝てないのは承知の上だが……怪我だけはして欲しくない。
……
リグルとメディスンが最終確認をしている。トラップの配置である。
第五区画において残存するトラップを配置する予定のチームは今の所、フラワーメイカーズだけだ。
「ねえ、この草の根友の会って知ってる?」
「知らねぇな、きいたこともねぇチームだ。でもメンバーは知ってんだろ?
影狼と赤蛮奇は会ってるだろ?」
「そうね……このほかの連中は? ミスティアは知ってるけど、わかさぎ姫って誰? 針妙丸は?」
「知るか!! どうでもいい。邪魔するならつぶすだけだ」
「……あんたねぇ。まさか、第五区画で第五走者まで居残るつもりじゃないでしょうね?」
「しねえよ!! そんなこと。……そんなことするか、勝つんだ。勝って俺が正しいって証明するんだ……」
「ならいいんだけど……それより第三区画どうしようか? リグルは大丈夫よね?」
「はい、幽香さん。大丈夫です。スズメバチも用意したので、虫のフェロモンとか使えば迷宮をそのまま抜けられます。
第四区画も天狗にハチをけしかければそんなに襲われないと思います」
「じゃあ、メディスン。抜け方は考えた?」
「う……全然わかんない。天狗は毒で追っ払えると思うけど」
「じゃあ迂回ルートで、いいわ、気にしないで。これは相性の問題。優劣の差ではないわ。
次、橙ちゃん」
「リグルが抜けられるなら私はその匂いの後をたどります。天狗の追撃は……式神で振り切ります」
「流石の答えね。最後、ぬえ」
「任せろぶっちぎってやる」
「いや、具体的な対策を言ってよ」
「光だ。レーザ光線を飛ばしてその光の後をたどる」
「最初からそう言え。まあ、あんたぐらいになれば天狗も襲い掛かってこないわね。
じゃあ、確認はこれでお終い。リグル、先陣よろしくね?」
「おい、待てよ、お前の対策は? 一人だけ言わないつもりか? それとも迂回ルートか?」
「私はね単純よ。迷宮に入る前に守矢神社の方向を確認したら。そのまま目をつぶって直進それだけ。
天狗は問題にならないわ。むしろ私に喧嘩を売る奴がいるかしらね?」
「……幽香らしいな……」
「そうでしょ。大丈夫よ。岩も木も天狗も障害にならないから」
……
「小傘さん大丈夫ですか?」
「うん!! まかせて!! 最初は迂回ルートとおらなきゃだけど……天狗対策はばっちり!!
傘符「大粒の涙雨」 驚雨「ゲリラ台風」 後光「からかさ驚きフラッシュ」
それに護身用にスターメイルシュトロムを聖から貰ったし私がんばるよ!!!」
そういえば、小傘はエクストラボスの手前だった。先陣としては問題ないレベルだ。
村紗も川辺であるなら水をたどることが出来る。問題なく迷宮は抜けられる。
ナズーリンと寅丸は宝塔を使う気だ。白蓮は心配するだけ無駄だろう。
小傘が抜ければ命蓮寺の勝ちが見えてくる。
……
「抜かりないわね? 魔理沙?」
「任せろ、ぶっちぎるぜ?
最初は射命丸を先行させる。後を付いて行って。ラスト、任せろ魔法の森は私のテリトリーだ」
「妖夢、あなたは?」
「私は迂回ルートにしますよ。そんなに離されないでしょう」
「早苗は?」
「ふふふ、妖怪の山はもはや地元です。巫女の奇跡をお見せしましょう」
「気張らなくてもいいわよ? ま、私は気楽に直感で抜けるわ。むしろ私の問題は第五区画……フランドールか、
ま、いいわ。いつもどおりに行くわ。ラスト咲夜だし。私の段階でゴールしているチームさえなければね?」
「正確には私の第一チェックポイント通過時ですわ。その後は大丈夫。ご安心を、時間を止めてぶっちぎりですわ」
みんなで、作戦を立てた。最初っから最後まで入念に……負けるわけがない。
勝つのは自分達だ。優勝を片手に各陣営に帰還する。
博麗神社の第一走者に号令がかかる。
スタート五分前……各人スタート地点に立つようにと。
「よう、射命丸。今日は負けないからな」
「口は達者ですが、私に勝つのは不可能というものです」
射命丸が自信満々に笑っている。魔理沙が不敵に笑う。魔理沙は射命丸の隙をつくつもりだ。
大丈夫、予定通りだ、油断しまくっている。……笑いが止まらないぞ。
「小傘にリグル……楽勝だな!!!」
「へっへ~ん、チルノなんかに負けないんだから」
「チルノはわかってないな。幽香さんの作戦に勝てると思ってるの?」
わかさぎ姫だけかやの外だ。いくら足がはえたからと言って人魚を相手にするようなレベルは集まっていない。
開幕まで3分……
「ヤバイ、早くしてくれないかな。胸が高鳴って張り裂けそうだ」
「その高鳴りはすぐに絶望に変わりますよ?」
射命丸が魔理沙の顔を見る。何でそんなに自信があるのかさっぱり分からない。
もしかして、カメラを持っているときの速さが私の全速力だと錯覚しているのかもしれない。
そういえば、真剣に魔理沙の前で全速力を出したことは無い。
全速力を知っているのはほんの一握りだ。はたてだって知らない。
今日ここで知っているのは勇儀と椛だけだ。萃香にだって見せたことはない。
全速力を出したとき、喧嘩をしていた。些細なことだったと思う。原因なんてもう、覚えていない。
自分で自分がわからなくなってついうっかり、全速力を出した。
はたいた自分の手の骨にひびが入った事も驚いたが、もっと理解できなかったのは、相手のことだ。
まるで反応しないで怒ったような表情のまま崩れ落ちた。「何をしているのですか!!」と怒鳴っていた。
表情の反応も、ぶたれた痛みも、目の知覚までもがまるで追いついていない。
文が速すぎて、何一つ反応が出来なかったのだ。
そうして、周りの人を見たときドン引きされていることに気が付いた。
速さを旨とする天狗達が理解できない速さ……こいつは天狗じゃない!!!……そんな目だった。
仲間から自分が一人で取り残された感覚が今も忘れられない。極め付きはその中に椛がいたことだ。
加えて、当時は自分も精神的に子供だった。才能を抑えることが分からなくて、ついてこられない奴が本当に理解できなかった。
今ならなんとなく分かるが……もはや、手遅れ、既にこじれて引くに引けなくなってしまった。
まあ、……全力なんて出さなくても十分に勝てる。なら、抑えて勝つ。
こんな観衆の前で私一人ドン引きされたら、立ち直れない。
開幕1分前……
魔理沙がほうきにまたがる。
射命丸が翼を広げる。
リグルが羽を伸ばした。
チルノと小傘が浮かび上がる。
わかさぎ姫が構えた。
観衆も真剣な選手の表情に息を呑む。静寂が辺りを包みこむ。
審判の動作の音が聞こえそうだ。ゆっくりと旗を持ち上げている。
旗が振り下ろされたらスタートの合図。
ほうきを握る手に力が入り、翼が伸びきる。羽が羽ばたきをはじめる。
チルノの手から汗が滴る。
そして今、審判の掲げたフラッグが振り下ろされた。
瞬間、二つの影が観客の視界から消えて無くなる。
いきなり、全速力のデットヒートによる駅伝が開幕した。
二名によって構成される先頭集団が人里めがけて駆け抜ける。
この両名だけは実力が他を圧倒的に引き剥がしている。
この両名のみの特別ルールとして全チェックポイントの神様と二人にはあらかじめチェックポイントの通過はハイタッチで済ませるようにと連絡済みである。
一回一回たすきを出させてはんこを押すなんてやっていたら、文と魔理沙が納得しない。審判の所為で勝負に負けたといわれかねないのである。
秋穣子は人里の入り口で目立つお立ち台に乗って博麗神社のほうを見ていた。なんだか黒い影が見えたような……。
おもむろに手を上げてみる。とたんに手に衝撃がはしり、突風が吹き荒れた。
台から落ちないように足を踏ん張ろうとする。続いての衝撃の二発目で完全にバランスを崩して転倒した。
「やりますね!!! ここまで速いとは……自信があるのは本当のようです!!!」
「くっそ、まだまだこれからだぜ!!? スペルカード発動!!!」
彗星「ブレイジングスター」
魔理沙が光に包まれて爆発的な加速を行う。
射命丸は背中がぞくぞくした。差をつめられている。こんな感じ……初めてかもしれない。
風を操る程度の能力を発現させる。突風で自分の体を押し上げる。まだまだ、余裕だ。
次は、鍵山 雛だ。
鍵山雛も同様に妖怪の森の入り口、川辺の大岩のところで手を上げてくるくる回っている。
雛はこちらに気付いたらしいが遅い。回転が停止する前に手を叩いた。
魔理沙も3秒と遅れずに追撃してくる。
迂回ルートの案内板が見えた。迷わずに迂回ルートを選択する。
魔理沙は……同じだ。迂回ルートをそのまま追撃してきた。
凄いと思う。この速度を出せるものは人間に限らず鴉天狗でも数名だろう。
だが……残念だ。対戦相手は全天狗最速である。はたてが相手だったらぶっちぎれただろう。
迂回ルートを数回曲がる。もう後ろは……魔理沙は……いや、見える。速い……この私が、射命丸をもってして振り切れない。
プライドに触るが、なんとなく嬉しい気持ちもある。ついてきてくれるものが居ないと、本当に寂しい思いをする。
独りよがりのスピード自慢なんてやっても意味がないのだ。
少しだけ、追いつけるように手を抜いてもいいかもしれない。
魔理沙が何か大声で叫んでいる。
「神様! 仏様!! 神奈子様!!! 今だけ信仰するから、力を貸せ!!!」
一瞬、射命丸の思考が止まった。
まさか、この局面で神頼み!!? いくらなんでも協力するわけが……!!!
風の流れの変化を感じる。自分の流れを変えるほどではない、いや流れを変えないようにわざと別の風が吹き始めたのを感じた。
ヤバイ! ヤバイ!! ヤバイ!!! 魔理沙に追い風が吹いているのを感じる。
じきに守矢神社が見える。迂回ルートは山の上の湖を通過する。
一直線に湖を突っ切った先に神奈子が笑って手を上げている姿が見えた。
思わず絶叫する。
「こんの!! 裏切り者~!!!」
ハイタッチを受けた神奈子が苦笑いしていた。
続けざま、射命丸との距離をつめているのか、1秒に足りない間隔で、声が聞こえる。
「サンキュー!!! 神様!!! 大好きだぜ!!!」
同様に追い風が吹き、力の限りの疾走、その上、今度は山の下り道、重力の法則まで利用して加速合戦が始まった。
木々を縫うように全力で飛ぶ、射命丸を先行させたかいがあった。
射命丸の通り道を忠実にトレースする。最速の通り道を最大加速度で駆ける。
神奈子のおかげで追い風が吹く。スペルカードも最速用に編みなおしたものだ。ここまで互角……い良しッ!! 勝てるぞ!!!
きっと、射命丸は魔法の森で失速する。魔法の森こそホームグラウンド……
最小2回の姿勢変更で抜けるルートがあるのを射命丸は知らない。いや知っているわけがない。
最速は私の称号だ!!!
口に自信を貼り付けていると諏訪子が見えた。ついに最終区画魔法の森である。
諏訪子のハイタッチを受けると射命丸のあとを追うことをやめた。わずかに横にそれて木々を抜けていく。
射命丸は目の端で魔理沙を捉えると屈辱で顔が真っ赤になった。
明らかにこちらのルートの障害物が多い。魔理沙はすぐに見えなくなったが音だけが先行されていく。
真剣に飛ぶが、先行された!!! 音だけでも先に進まれたのがわかる。
射命丸 文 ・・・・・・姿勢変更回数 ・・28回
霧雨 魔理沙 ・・・・同上 ・・・・・・・・・・ 2回
如実にその差が森の出口で現れる。2メートルも、魔理沙に先行された。
初めて自分が他人の背中を追いかけている。
最後の博麗神社までのわずかに開けた草原でキレた。
文が今まで使っていなかった分の妖力と天狗の秘術を使った加速を行う。椛にドン引きされた速度に突入した。
捉えて並んだ魔理沙が驚いている。
そして文もその顔を見て驚いた。傷だらけだ。ショートカットのために安全を廃して木々の間に体を滑り込ませたのだろう。
自分にここまでの真剣さは無かった。楽勝とあなどって手を抜いていた。
コースの研究も、戦術も、迷いのない判断もすべてにおいて負けた。
魔理沙が最後にふっと笑った。
八卦炉を後ろ向きに放つ。最後にして最大の加速。マスタースパークを後ろ向きにぶっ放してその反動を使って加速を行う。ロケットエンジンみたいなものだ。
私は、手抜きの上に、身の安全を考えて飛んでいたのか……そんなものは最速であるわけない。
何かが体の中ではじける感覚があった。
今の飛び方ではだめだ。今日一日の体力を高々百数十メートルの距離ですべて使い切る。
そんな飛び方をしないとだめだ。
初めてのライバル登場に心が高鳴っていることにすら気が付かない。
効率も考えずに妖力を全開にする、術を最大限に引き出し、背中に今までの突風とは異なる体の許容量の限界を超えた爆風を吹かせる。
文が過去に怒りで出した最高速の記録を、最速への思いだけを頼りにわずかな距離で更新し続ける。
大気がはじける感覚を博麗神社に居た全員が感じ取った。
うなりをあげて接近してくる二つの音が衝撃を放っている。
二人が丁度スタート地点に到達したのは出発してからわずかに2分弱。
そして、真剣なまなざしのまま……二人ははるかかなたに吹っ飛んでいった。
たすきリレーは完璧なまでに忘れている。
「えっ!!? 今のは魔理沙!!?」
「みたいだな、文も吹っ飛んでったぞ? おい、審判、今のどうするんだ!?」
「勝負に熱くなって、チームプレーを忘れたらしいわ……すごい。青春ね」
「戻ってくるのを待って、たすきを受け取ったらスタートです。受け取るまではスタートは無効ですよ?」
「馬鹿もんが……」
勇儀が苦笑いしている。チームを忘れてかっとんでいくなんて文字通りの大馬鹿者である。
……でも、いい顔をしていた。いつもどことなく不機嫌で、真剣さが足りない奴が、実に必死そうないい顔をしていた。
第二走者の勇儀と妖夢がスタートできたのはそれからさらに15分後、
二人して最速がどうのとか言う口論に貴重なリードタイムを食いつぶして戻ってきてからである。
「審判!!! どっちが速かった!!? 白黒つけてもらおうか!!!」
「私に決まっています!!! 魔法の森で先に加速させた上で追いついて見せたでしょう!!!」
「馬鹿、お前が加速してきたから、最後にファイナルスパークに切り替えたんだ!!!
通過は私のほうが早かったはずだぜ!!!」
「審判長!!! 私です!!! 最速ですよ!!! 人間ごときがふざけんじゃないです!!!」
「あ~、白熱している所申し訳ないですが、どっちもまだゴールしていません。
二人ともたすきリレーしてないでしょう?」
一瞬二人の顔が呆けた。続けて真っ赤になった。射命丸があわてて勇儀にたすきを渡す。
魔理沙は妖夢にたすきを渡すのが遅れた。妖夢が勇儀の後ろにいたからだ。
距離にしてわずか3メートルの差で敗れ去った。
「では、射命丸さんが一着で、魔理沙は二番目です。一周のタイムとしては同時ですが」
「ば、馬鹿な……この霧雨魔理沙が負けた!? 信じられない。あんなに努力したのに……」
「まあまあ、魔理沙、惜しかったですよ? この最速の、この射命丸に迫るよい速さでした。
ほめてあげましょう」
順位が明確になって二人はようやく落ち着いたようだ。魔理沙は落ち込んで、文はこの上なく上機嫌だ。
魔理沙が突然泣き出した。
文はそんな魔理沙の背中を叩くと、一緒に医務室に向かって行った。
二人とも擦り傷だらけ、衝撃波を放っていたので手も傷だらけだ。永琳があきれている。
普通に風を切って疾走しただけではこんな風にならない。
良く効く傷薬と飲み薬を持ってきた。
しかし、一向に魔理沙が泣き止まない。いや、悔しいのは分かるが……。
薬が塗れない。……じゃあ一つ、特効薬でも出すか。
「魔理沙、そんなに泣く必要ないじゃない? いい事を教えてあげる」
「な、なんなんだぜ?」
「手がスタートラインを超えるのは魔理沙のほうが速かったのよ。
右手は八卦炉、左の手はほうきの柄を握っていたでしょう?
ルール上は仕方ないわ。でも自信を持ちなさい。スタート地点への到達時間はあなたのほうが最速よ」
「ほ、本当か?」
「ええ、本当よ、この傷だらけの手は裏切らないわ」
いきなり、しかも永琳の耳元でだ。絶叫があがった。
……特効薬が効きすぎたか……しかし、泣いて覆っていた顔が開いた。即座に塗り薬を塗りこむ。
左手にも塗ろうとしたら。拒否された。最速の手だからいいとの事だ。
……特効薬でも毒になるのか……初めて知ったわ。そしてそんなことに聞き耳を立てている馬鹿が横に居たのである。
「永琳さん、何のジョークか分かりませんね。最速は私ですよ?」
「ええそうよ。ルール上は問題なくあなたね。証人も観客全員だし文句ないでしょ?」
「あるに決まっています。最速って言うのは誰にも文句のつけようがないことを言うのです」
永琳が珍しく頭を抱える。これはとても難しい問題だった。
……
あの二人以降、ゴール付近に現れるものが居ない。
それも当然である。実際に二人が2分弱でゴールしたとき、残りの選手は第一区画と第二区画に居たのである。
わかさぎ姫に至っては博麗神社から見える位置にいた。
二人が口論で相当の時間を使って戻ってきた後もチルノと小傘は迂回ルートの中盤、リグルは迷宮の中、わかさぎ姫はようやく第三区画に入った所だった。
実の所、この五区画を20分に足らない時間で巡れる者は参加者の中でも上位に入るのである。
そしてそれらの人物は第四、第五走者に集中している。序盤からこんなデットヒートができるほうがおかしいのである。
第一走者における第三チェックポイントの通過時間は最終的に
射命丸 文 ・・・・00分58秒
霧雨 魔理沙・・・00分59秒
リグル ・・・・・・・・18分35秒
チルノ ・・・・・・・・20分15秒
小傘 ・・・・・・・・・20分30秒
わかさぎ姫 ・・・・25分20秒
となった。
「は~はっははは、氷の船で戻りは一気に短く出来たぞ!!!」
船を作るのに3分、そこから進んで滝くだり天狗の追撃が無い所まで舟で進んで……リグルも小傘も追い抜いた。
この二人は、天狗に捕まることは無かったものの、結構な量の足止めを喰らっている。
そうしているうちに横で水しぶきがあがった。
「あれ? チルノちゃんだっけ?」
「げげ!? 何で魚がこんな所にいるんだ?」
「急いでいるからごめんね?」
わかさぎ姫は滝の所は流石に飛んだが……第三区画と第四区画のほとんどを泳いでのけた。
特に滝くだりで一気に加速したのでチルノに追いつくことが出来た。
そしてそのままスペルカード鱗符「逆鱗の荒波」を使って波に乗ったまま進んでいく。
永琳の薬は既に飲んでいる。地面に上がれば足が生えるが……走るよりも波乗りしているほうが早い。
出来るだけ距離を稼ぐのだ。
チルノがあわてて追いかけていった。
……
博麗神社では小悪魔と赤蛮奇の名前が呼ばれた。赤蛮奇が首をかしげながらスタートラインに立つ。
わかさぎ姫がこの順位で来るわけがない。ちょっと首を浮かべて見て見ると……マジで? この順位?
チルノと一緒に走ってくる姿が見える。
ゴール手前でチルノに抜かれたものの大健闘、いや、赤蛮奇の予想から言えば想定外のほうが正しい第4位だ。
赤蛮奇は走り出すと小悪魔を第二区画に入る前に抜き去った。
二人よりちょっと遅れて小傘が姿を現す。
顔には走りきった満足感と達成感が出ている。
白蓮もその顔を見ていたが、本当に出てよかったと思った。
村紗はたすきを受け取ると、意気揚々飛び出していく。
さらに遅れて、二分後リグルが現れる。相手はメディスンだが二人でぼそぼそと話し合うとスタートを切っていった。
全チームが40分内に第二走者にたすきを受け渡している。
現時点におけるトップは星熊勇儀、既に第三チェックポイントを回った。
この人を妨害できる天狗はいない。ほとんど一人旅状態になっていた。
妖夢は迂回路の終盤、しかし……この妖夢はおかしい。刀を持っていないのである。
半霊がたすきを持って突っ走っているのである。本体は妖怪の山に入らず。
魔法の森に直行している。狙いは言わずもがな、勇儀の足止めである。
……
赤蛮奇は雛のチェックを受けるとそのまま光学迷宮へ入っていった。
蛮奇の有利な点は視界を大量に持てるところである。
飛頭 「ナインズヘッド」
分身させた頭を縦一直線に浮かべて並べた、こうすれば守矢神社を見失うことなく進むことが出来る。
本体は樹木の高さを超えないが、分身した頭から迷宮を見下ろしたような視界が得られる。
結果として、リグルや勇儀を上回るタイムで迷宮を抜けることに成功した。
紅魔チームも魔道書を持った小悪魔が手に持った光源による影の変化を頼りに抜けていく。
赤蛮奇には及ばないもののこちらも好タイムだ。
命蓮寺の村紗はいい物を見つけた。チルノが乗り捨てた氷の船である。
まだまだ使える。村紗は調子に乗って「よ~そろ~」と叫ぶと川のぼりを開始した。
水の流れを頼りにがんがん進む。滝を逆進する氷の船……しかし、村紗にとってみればなんでもない。
湖まで上りきったときには赤蛮奇の姿を捉えた。
メディスンは必死に追撃するものの、体が小さく、出せる速度が限られている。
その上、迂回ルートだ。他のチームに比べて大きく後れを取ってしまう。
……
妖夢が立ち上がる。案外早く戻ってこれた。
半霊の気配がする。
下手に山の中を進ませると半霊が天狗の足止めをくう。
霊体なのだから窒息することはない。そのまま湖に身を投じて、そのまま川を下った。
流れる水の勢いを借りてそのまま勇儀を追い越すことに成功した。
……風邪を引くかな? でも仕方ない。勝利のためには必要なこと。
妖夢はそう割り切るとたすきを確認する。神奈子の印を確認するとすぐに諏訪子に印を貰った。
「くふふふ、意外にやるね。そのまま勇儀の足止めかい?」
「ええそうです。本当なら本体でやるつもりでしたが、追い抜けたのなら、ここに半霊を残して本体が先に進みますよ」
そんなこと言っている間に勇儀が現れた。
「はっはっはっは、なるほど面白いアイディアだ!!!」
戦いの前に諏訪子に印を貰う。
妖夢の本体がそれを見るが早いか走り出した。そして二刀流の霊体が勇儀の進路をさえぎる。
油断なく剣を構えた霊体に勇儀の攻撃が襲い掛かった。
勇儀の武器は声だ。大声で妖夢の耳を攻撃する。
背を向けて走っていた妖夢の本体は耳をふさぐまもなく音にぶちのめされて倒れた。
「っつ~!!! いきなりやるな!! 耳が壊れるかと思ったぞ!!!」
「おお、すまない。でも流石に神様だな。平気なんだ?」
「そりゃ、こいつよりは頑丈だ! でもな、この至近距離はたまらん。
くそ、こりゃペナルティだぞ!?」
「あっ、そうかすっかり忘れていた。すまん。
……で、どんなペナルティなんだ?」
「くっそ、耳 痛った~。妖夢が起きてから5分まで足止めだ。動くな、座ってろ」
「悪かったよ。ごめんな」
おとなしく勇儀が座る。妖夢がしばらくして起き上がったがふらふらしている。
攻撃は無理と判断して先に進み始める。一応、妖怪の山チームの足止めは形は違えど果たした。
ただし、5分で妖夢が回復できるかは疑問である。
……
村紗は戻りの川くだりで白狼天狗隊の襲撃を受けた。
しかし、自分は舟幽霊である。攻撃なんて体をすり抜けるだけで通用しない。
そのまま、滝を下って、川を進んだ。
小悪魔も天狗の襲撃を受ける。
魔道書を使って反撃だ。必要なページを開いて魔力をこめるだけで様々な攻撃が再現される。
牽制しながら進んだので多少の遅れは取ったが、まずまずのタイムで抜けていった。
問題は赤蛮奇だった。速攻で捕まったのである。そしてそのまま、妖怪の山のはずれに連れて行かれる。
迂回ルートを上回るタイムロスであった。
しかし、なんとまあ不思議なことにたすきを持っていない。
最初に襲撃を受けた時点で頭を分身させて応戦した。
体に分身の頭をつけて、本体の頭をわざと撃墜させた。たすきは髪に縛ってある。
白狼天狗が体を持っていったことを確認して、そのままひっそりと頭だけで行動を開始した。
わかさぎ姫が4位なんて順位で帰ってくるから、こっちもそれなりに……せめて順位を落とさ無いように行動しないと。
恥ずかしくてどうしようもない。くそ、1位なんていわないからせめて3位でゴールしなけりゃ立場が無いぞ?
……
村紗が諏訪子の元に到着する。
見れば草が荒れ放題になっているが、何があったのか?
「鬼が暴れたんでペナルティを与えたのさ。くふふふ、結構足止めしたつもりだけど……差が激しいな。
かるく10分は先に相手がいるね」
「大丈夫、うちには聖がいるから、最後で大逆転間違いなし」
「くふふふ、たいした信頼だこと。まっ、楽しみにしてるさ」
続いて、小悪魔が飛び出してくる。服はぼろぼろだが、天狗には捕まることなく振り切ることが出来た。
「おっと、そうか。アイス・レッドと草の根友の会は抜かれていたか」
「ぜー、ぜー、さ、先は誰ですか? ぜーぜー」
「だいぶ息が切れているね。手前は命蓮寺だ。差は1分ないね」
「そうですか、はっ、はっ、では失礼します。お嬢様たちにお仕置きされてしまう……」
印を押すとすぐさま魔法の森に入っていった。
「お仕置きねぇ……。ま、他の家のやり方に口出しはしない。
っと、早く出てきな。もう行ったぞ?」
すごすごと首だけ出てきた。赤蛮奇である。
村紗よりも先に着ていたが、諏訪子に印を貰っていたら村紗と鉢合わせしていた。
おそらく、第五区画に入った直後で打ち落とされただろう。小悪魔も警戒しなくてはいけなかった。
こっちには体がない。戦えば圧倒的に不利だった。
涙を呑んで、陰に隠れていたのだ。
「お前の判断は正しい。それだけは言っておく」
「お前の応援なんていらねぇよ。くそ、あと少し、たった30秒早ければ、ちくしょう……」
「いや、応援じゃないさ、2分つぶした価値があったぞ」
耳を澄ませば、村紗と小悪魔が鉢合わせしたのか弾幕の音が聞こえる。
「ほら、早く飛びぬけな。多分気付かれないさ」
涙を拭いて飛び立つ。陰に隠れながら確実に森の中に消えていった。
赤蛮奇が抜ければ、後、1チーム、だいぶ遅れているようだが……。
メディスンは迷宮に入っていった。時間が無くてあせったわけではない。
リグルが、チームプレイだからと言って虫で道案内してくれたのである。
具体的にはスズメバチが一匹だけ雛の所にいて、メディスンが来た時点でメディスンの前を飛び始めたのである。
メディスンは毒でハチを刺激しないように慎重にとんだ。
結果……想定時間よりも早く第三チェックポイントに到達した。
山のくだり道で天狗の追撃を受けるが、毒で応戦。毒を噴出させて纏うことで、近づけさせない。
こちらもまあまあのタイムで抜けることに成功した。
「差はどのくらい?」
「くふっ、そうだね。先頭が15分、手前が5分かな。ちっちゃいのに早いね?」
「お世辞はいい。じゃあまだ第三走者は来ないか……勝った」
「くふふふ、第三走者には天狗がいる。もう来るかもね?」
「いいのよ、それでかまわない」
そんなことを言って印を貰うと森の中に消えていった。
「……毒をばら撒くつもりか……くふ、くふふふ、ペナルティをとってもいいけど……
まあいいか、面白そうだし。早苗はどうやって切り抜けるかな? 虫と毒で隙間のない恐怖の森を」
メディスンがスタート地点に姿をあらわす20分前、最初にたすきリレーをしたのは星熊勇儀だ。
妖夢は姿が見えるもののふらふらしている。
遅れること1分弱、早苗がスタートを切った。
妖夢は医務室へ直行している。
椛は天狗の一員である。駆けることなら参加者の中でもトップ5に入るほどの速力を持つ。
実際飛ぶよりも足を使って駆けたほうが早いのだ。
すさまじい勢いで加速してあっという間に早苗の視界から消えた。
早苗はあわてない。第一チェックポイントを回ったら追い風を吹かせる。
迷宮も奇跡の力で駆け抜ける。なんと言っても離されないことが大事なのだから。
早苗で一度逆転されることは想定内である。最後、咲夜が第一チェックポイントを回るまでに相手にゴールさせなければいいのだ。
最大速度で追いかけ始めた。
第三位……現時点だが、ミスティア・ローレライが名前を呼ばれる。
本人が「え~?」何て顔をしていたが実際、頭だけが飛んできた。
髪に縛り付けられているたすきを受け取ると。「ま、いっか」と一瞬で思考を切り替えて飛んでいく。
飛行だけなら日頃から慣れている。気持ちのよい全力飛翔が出来そうだった。
「くそっ本当なら後2分早く来れたのに……ミスった」
「いや、想像以上の順位でびっくりしているんだけど?」
「うるせえ、体だってまだこっちに向かっている最中だ。後20分はかかるぞ?」
「いやそれでも、一生懸命走ってくれてありがとう。私も泣き言言わずにがんばるよ」
見れば村紗が走ってくる。服がこげているが顔は生き生きとしている。「勝った」って言う顔だ。
後ろでズタボロになった小悪魔が泣きながら走っている。
命蓮寺の第三走者、ナズーリンがたすきを受け取って走り去る。
小悪魔がほんのわずか遅れてたすきを渡すと泣きくずれた。
美鈴が「大丈夫です任せてください」と言葉をかけて疾走を始めた。
美鈴も足で走ったほうが速い。
しかし、これならミスティアの飛行能力であれば振り切れるかもしれないと影狼は思った。
迂回ルートだとしても、美鈴が迷わず迷宮を抜けたとしても置き去りにされるほど離されるわけではない。
そこまで考えて、天狗の追撃のこと思い出した。
赤蛮奇の体があと20分かかるって事は、山の反対側にでも送られるのだろう。
無事に抜けて……いや無理だな。なんだかほっとしたような、残念なようなそんな気持ちが影狼に押し寄せた。
そうして第三走者最後のランナーがスタート地点に立った。橙である。
屈伸や伸びをしてメディスンを待っている。のびのびしているが、瞬発力なら折り紙つきである。
加えて、式神を持っている。第一チェックポイントを回った時点で発動するつもりだ。
式神は藍が内緒でスピード競技用に改造を施している。下手をすると他のチームをごぼう抜きに出来る性能があった。
匂いも追跡できる。
また、作戦上、第三走者を狙い撃ちにした毒と虫のトラップがある。
いよいよ、フラワーメイカーズの本領が発揮されようとしていた。
2分後、第二走者からの最後のたすきリレーが行われた。
……
先頭ではただひたすらに椛が飛ばしている。現在迷宮の中だ。
すずらんのような香りを追跡している。吸い込みすぎなければ問題はない。というよりこの程度では吸い込みすぎにはならない。
迷宮だけであるなら、トップのタイムで駆け抜けた。守矢神社でサインを受けるとすぐに妖怪の山を折り返す。
そして……天狗の追撃を受けたのである。
椛は天狗の一員……仲間だからなんて甘い考えしていたのがいけなかった。
体に衝撃を感じた後、見事に捕獲されて山の反対側まで移送されたのである。
足が速いから致命傷までは行かないが、今までのリードをほぼ食いつぶすような凶悪なまでのタイムロスであった。
続く早苗は迷宮を抜ける。タイムも上出来である。
天狗の追撃もスペルカードを連発して振り切った。
そうして諏訪子のところにたどり着く。
「お? 早苗が一番だった。椛ちゃんはどうした?」
「えっ? 先頭だったはずですけど? もしかして、迷宮で迷子になったとか?」
「ないなーそれはない。そうすると、はは~ん、油断してたな。
天狗の仲間に捕まったんだろうさ。早苗は油断するなよ?」
「? 油断も何も、私が先頭なら障害はありません。気を抜いていても油断にならないですよ?」
トラップがあるとのどまででかかった言葉を飲み込むと印を押して、先に進んでもらった。
人影が見えるとこで絶叫があがる。諏訪子が盛大に噴出した。
リグルのトラップが発動したのである。あわてて、早苗が飛び出してきた。
「い、いま。ご、ごき……」
「ぐぶっ、ど、どうした? いや、言わないでくれ。お腹痛い……」
蒼白な早苗の顔を見て諏訪子の腹が痙攣した。
そうか、リグルは何か集めていると思ったらゴ○ブ×か?
そりゃ、無理だ。早苗はここから先には進めないだろう。あの虫が大嫌いなのだから。
なるほど、多分幽香の戦略か、嫌がらせが大好きなあいつらしい。
このトラップをこえられるのは、妖怪かな? ミスティアはあくまでイメージだが耐性が高そうだ。
……
椛は全力疾走していた。すさまじいタイムロスである。第三チェックポイントまでを驚異の8分で駆け抜けたのに山奥まで護送されて
護送時間を含め15分もプラスしてしまった。合計タイムで20分を超えている、このままでは文に何を言われるか分からない。
諏訪子の元に駆け込むと早苗が震えてへたり込んでいるのに気がつかずにそのまま森へ飛び込んでいった。
美鈴は迷宮の中で気を使って出口を探索していた。
山の神の気は非常に大きい、その方角を見失わないようにいそぎ、且つ慎重に進んでいく。
迷宮を抜けようとした所、背後から追跡する気配を感じた。
自分ですら、かなりの速度で進んでいるのに、圧倒的な速さを感じる。この速さは……天狗!!
まさかもう、椛がゴールして、鴉天狗に交代したか!?
驚き振り返ると、橙がこちらを見ていた。
「あっ、美鈴さん。こんにちわ」
「ぷはははは、驚きました橙ちゃんですか。全く、私も衰えましたね。
追い抜こうとしていたら、もう追いつかれているなんて……どうぞお先に」
「失礼します」
そんなことを言って橙が駆け抜けていく……小悪魔は泣いていたが、安心してほしい。お仕置きされるのは私のようだ。
迷宮を抜けて守矢神社を見る。ミスティアが橙の圧倒的速度に追い抜かれている姿が見えた。
……
椛が魔法の森を抜ける。あっという間に速度が落ちた。メディスンの毒のせいである。
魔法の森に仕掛けられた大量の毒と、迷宮を抜ける際に吸い込んだ微量の毒が椛の体を蝕んだ。毒は既に無いエリアなのだが、吐き気がこみ上げてくる。
疾走が小走りになってヨタヨタ歩きに変わっていく。
……
妖怪の山では、激戦が繰り広げられている。白狼天狗隊 総勢30名 対 第三走者3名。
今大会における白狼天狗の動員数は総勢60名である。つまり1チームに対して10名だ。
椛に匹敵する実力の持ち主が30名で飛び掛ってくる。
今大会においてこの白狼天狗隊はほとんどいい所が無かった。
第一走者、第二走者ともに赤蛮奇を除き、捕獲が出来ず。プライドがずたずたにされている。
ようやく、椛を捕まえたが、次に通り抜けようとしていたのは人間でしかも取り逃がした。
魔理沙と文は仕方ない速度だった。チルノとわかさぎ姫には奇策で出し抜かれた。水辺の警戒を強化をしても妖夢、村紗に破られている。
メディスン、リグルは毒や虫だ。小傘と小悪魔にはまさかの力技で乗り切られた。
もう活躍しておかないと、残りは第四走者……フランドールやぬえに手を出せるものは居ないし。第五走者に至っては走行妨害≒自殺だ。
全くいいところなしで終わるわけにはいかない。
天狗たちが本気になったという所だ。
「う~ん。みんなに追いつかれるとは思いませんでした」
「私は~追い越されたけど~?」
「ミスティアは黙っていてください。しかしこれはきつい。なんだかムキになってるみたい。
そういう気が伝わってくる」
30名に及ぶ白狼天狗に囲まれてもはやお手上げだった。
「……奥の手を使いましょう」
「何かいい手がありますか橙ちゃん?」
「ミスティア、ごめんね!!」
「えっ!!? なに? どういうこと!?」
ミスティアの背中に式神を貼り付ける。
藍が橙用にと言って作ってくれた式神を自分の背からはがしてミスティアに取り付けた。
「ミスティア!! 能力全開で歌って!!!」
そう言って全力で歌ってもらった。
あっという間に白狼天狗隊の隊列が崩れる。
普段の能力は歌で人を狂わす程度の能力、だが式神のおかげで”程度”が無くなった。
加えて白狼天狗は耳がいい、耳をふさいでも歌が流れ込んでくる。待機中だった他の30名にまで影響が出る。
美鈴が崩れた隊列に突っ込んでさらに崩した。
美鈴と橙は狂わされていない。ミスティアの意思と式神が狂わせる対象を天狗だけに絞っているからだ。
3人が隊列を崩してそのまま、山を駆け下りて行った。
後は、白狼天狗の死屍累々、鬼に飲み会で飲み負けたときみたいに、みんなフラフラにされてしまった。
もう妨害なんてしている暇はない。帰って寝ていないと明日の業務に支障が出てしまう。
白狼天狗達が第四区画から撤退し、追い立ての障害がなくなってしまった。
山を下った所でミスティアの式神をはがそうとする。
しかし、ミスティアに思いっきりよけられた。
式神のおかげで知力も上がったらしい。
はがしたら何が起こるか認識されている。
「ミスティア、本当にごめん。でもはがさないと……」
「やだ……はがしたら、能力使った反動が来るんでしょ。なんだか体がしんどい。多分立っていられなくなる」
「はがさないともっとダメージが蓄積するよ?」
「橙ちゃん、いつもそんなの貼り付けてたの? 体大丈夫?」
「うん、藍さまは専用って言ってくれて。反動も極力小さくしてあるし、能力を全開にしては滅多に使わないから……」
「……あれで全力じゃなかったんだ……。
でも、それならミスティア、はがしたほうがいい。吐く程度じゃすまないかもしれない」
「だって、はがしたら。負けちゃう……折角こんなにみんながんばったのに……」
「私が責任を持って背負ってくよ。大丈夫ゴール……いや、医務室まで絶対に離さないよ」
「……分かった」
ようやく式神を引き剥がす。
ミスティアは反動で倒れたが仕方ない。美鈴が背負っていく。
橙もつれて、3人の集団が諏訪子のところに行く。
「おっ? 珍しい。競争の中で随分仲良しグループだね?」
「ちょっと色々ありまして」
「ふふふ、2位グループだね」
3人が顔を見合わせる。
影で早苗が震えているのが見えた。
「えっ!!? 早苗さんどうしたんですか?」
「どうもしないさ、人間の最も弱いところだろうね」
橙がなんとなく察しをつけた。多分リグルのトラップだ。
効果は絶大……だけど効き過ぎのような気もする。
橙がリグルから受け取った虫笛を取り出した。
軽く吹く。聞こえないほどの高周波が虫を引かせる。
後は毒をよけて進むだけだ。
目を真っ赤に泣き腫らした早苗に手を伸ばす。
「虫はいなくなりました。先へ進みませんか?」
「ほ、本当に……?」
「自分より小さい子に助けてもらうなんて、滅多に出来ない経験だね?」
早苗がにらみつける。諏訪子は涼しい顔で明後日の方向を見ている。
あの虫が動く絨毯のように敷き詰められ、カーテンのように垂れかかっているのに気がつかずに頭から突っ込んだ。
ほんの10分で立ち直れる者がいたらお目にかかりたいものである。
橙が先陣を切って魔法の森に入っていく。
メディスンには悪いが毒の霧は早苗に吹き飛ばしてもらった。もう既に4チームが団子になっていて、当初の目的とは違うが5位以内は確実だ。
みんなと歩を合わせて進もうと思う。
早苗が3回目の風を吹かせて大きな毒霧を散らすと森の出口だ。
「……皆さん、この森を抜けたところでダッシュにしませんか?」
「いいんですか? 美鈴さん不利じゃないですか?」
「いいですよ。それに、今までのチームの人たちは勝利を目的にしてきたでしょう?
助けてもらったことは本当に感謝していますが……その、競争をしていないとばれたらお嬢様が……
橙ちゃんもまずいですよ? 幽香さんに何か言い訳できますか?」
「う……幽香さんは怒らないと思うけど、多分、ぬえさんが怒ると思います。
すっごいこの勝負に真剣だったから……」
「そうでしょう。せめて全速力で駆けるぐらいはしないと。チームメイトを裏切ることになります」
「橙ちゃん、もう走って行ってください。美鈴さんも、私は、このまま歩いていきます。ハンデをあげるとかじゃないです。
ちょっとあの感触がトラウマ過ぎて飛ぶことが出来ない。全速力で虫の群れに突っ込んだんですよ!! 無理です。
走ろうと思っても足が震えて……だから、お先にどうぞ」
二人に進められて橙が全力疾走を始めた。やっぱり式神が張り付いている状態は早い。視界から消えるのは一瞬だった。
がたがたに震えている早苗を置いて美鈴が会釈をすると「お先に」と言って走り去った。
人類連合まさかの大ブレーキ。
この後、ナズーリンにも追い抜かれた早苗は美鈴と別れてから5分後、最後にたすきを霊夢に渡したのである。
霊夢は早苗の目を見て、事情を察して何も言わずに飛び去った。
時間は少し前に戻る。
椛が倒れていた。ゴール手前十数メートルである。はたてはすでにスタート地点に立っているが、手を貸したら即座に失格といわれ手出しが出来ない。
文もやきもきしていた。……遅いと思っていたら毒をくらっていたか!!
幽香がちょっと冷や汗をかいている。あれはやりすぎの類だ。
メディスンを呼んで、物陰で確認している。本人曰く、毒霧の中で深呼吸でもしない限りあんな風にはならないはずといわれた。
椛の失敗は匂いの追跡でつい、安易なすずらんの香りをたどったことである。
迷宮の中でかぎ続け、止めで魔法の森の毒を吸い込んだ。どっちか一方だったら症状は……気持ち悪いぐらいで済んだのだが……。
幽香の判断は早かった。メディスンに毒を抜かせたのである。流石にばれるようにはやらなかったが。
少しずつ毒を遠隔操作で抜いてやった。
椛がふらふらになりながらようやく立ち上がるとはたてにたすきを渡す。記録35分54秒 これまでの平均を下回るタイムに白狼天狗が沈んだ。
これにより第一走者、文が作ったリードをほぼ完全に食いつぶした。
はたてが飛び出してから2分もたたないうちに橙がかけてくる。
封獣ぬえがスタートラインに現れた。ぬえはたすきを受け取るとそのまま真上に飛び上がってから水平に加速を始めた。
そしてその後1分とたたぬうちに美鈴が現れた、順位は3位、だが手前の連中との距離は縮んでいる。
フランドールなら……たすきを渡すと狂った笑い声を上げて消えた。
影狼はミスティアからたすきを手渡しされて、涙ぐんでいる。第4位、この順位を落とすわけにはいかない。
今回の大会は自分のわがままで出場したが……想像以上の善戦、一度でいいから一位でたすきを渡してみたい。
影狼が地面に両手をつけて最大加速でスタートを切った。
一分後、ナズーリンが駆けて来た。寅丸が笑顔で手を振っている。
手前を走る吸血鬼と天狗は知らないが、トラの力を解放すれば、狼とぬえぐらいには追いつける自信があった。
3位内で白蓮なら、十分に逆転できる。寅丸はたすきを受け取ると宝塔を受け取り忘れて走り去ってしまった。
ナズーリンは絶句してその後姿を見送っている。
早苗が現れたのはそれらのさらに2分後だった。
……
医務室は総勢7名の患者が寝ている、文、魔理沙、椛、妖夢、早苗、ミスティア、小悪魔
外傷はないが、早苗が重症だ。
ミスティアは橙から症状と原因を聞いている。対策は打ちやすかった。
椛もメディスンによって毒が抜かれている。
幽香が事情を聞いていたが、納得したらしい。
メディスンにきつく言うこともなく引き上げていった。
なんにせよ第五走者だからあんまり医務室に居るとぬえが戻ってくる可能性があるためだ。
しかし、比較的おとなしいほうの第三走者まででこの有様……けが人がここから一気に増えたら医務室がパンクするぞ?
……
はたては既に迂回ルートに入っている。
自分とて鴉天狗の一員、他の連中よりも速い自信があった。
第三チェックポイントの手前、異変に気付く。
何かとんでもないものが後ろから迫ってくる。
文や椛と比較して鈍感である自分でも感じ取れる。
甲高い笑い声、こんなゲームでどこに笑う所があるのか?
声だけが近づいてくる。
冗談ではない、こちらは全速力で飛んでいる最中だ。
でも、間違いなく差が詰まってきている。全チーム最速でたすきリレーをしているはずなのに……私は鴉天狗なのに。
プライドをずたずたにするかのごとく今度は別の笑い声が聞こえる。
迂回ルートからではない。迷宮の出口から黒い霧とともにわけのわからんものが飛び出してくる。
「けーけっけっけっけ、見つけたぞ!!! 先頭集団!!!」
「きゃははははは!!! おもしろい~、みんなそこそこ速いじゃない!!!」
「……マジで? 私、この二人を相手にするの?」
第四走者には次元の異なる連中が含まれている。
第三走者までとくらべても速力が異なる。
事実、”草の根友の会”の最速、影狼ですら、全力疾走中であるのに先頭集団から引き剥がされている。
はたてが必死に前に出ようとするのを面白がるようにフランドールが後ろから接近する。
スピードが上がっているのに、まるでおちょくるかのように周りをぐるぐる回るぬえ、はたての心が折れそうだ。
「けけけけ、お先にどうぞ」
「第三は譲ってあげる~。ほらどうぞ」
「……こいつら絶対ヤバイ……」
神奈子の前に三人が仲良く整列した。
一人は蒼白で息切れしている。
二人は満面の笑みで楽しそうだ。
「ふふっ、おとなしいね二人とも」
「うん。だって第五区画で本気出すもの」
「ああ、同じく、体力を温存しておかなきゃ」
「ま、マジで? 追い抜いてもらえないかな?」
そんなことを口走ったそばから視線がこちらに向く。
「あんたは眼中に無いわ~。私の相手は第五走者だから」
「俺も~白蓮だけは逃がさないつもりだ」
「……もしかして、居座るつもり?」
ぬえが「けけけけ」と笑って、「それは秘密」と答える。
フランドールは「邪魔する気?」ときいてくる。
……早く駆け抜けないと、大惨事が起こるかもしれない……
「邪魔はしないわよ!!!」印をいち早く貰ったはたてが答えながら全力で飛び去る。
二人も印を手に入れた後、はたてを追いかけ始めた。
さっきと同じ、不気味な鳴き声と狂気をはらんだ笑い声が響き渡る。
はたては生きた心地がしなかった。
スタート地点では第五走者が勢ぞろいしている。
白蓮、幽香、萃香、レミリア、咲夜、針妙丸である。
レミリアの体調不良が全員にばれている。
各走者がちらちら伺っているのである。
レミリアも睨み返そうとするのだが、体に力が入らない。どうしようもなかった。
「レミリア……どうしたのよ? 調子悪いなら引っ込んでたら?」
「そうだぞ? そんな体調じゃ、巻き添え食うぞ?」
「……うるさい……ほっとけ……」
「あ、こりゃ重症だわ。ま、ライバルが減っていいかもね」
「ちぇ~、私は楽しみにしてたんだぞ? 久しぶりの公認で暴れられる機会なのにもったいないじゃないか」
「萃香さん、暴れるつもりですか?」
「もちろんそのつもりだぞ?」
萃香の回答に皆あきれている。萃香の目的は勝負である。駅伝で勝つことではない。
実の所、駅伝の勝利を最も放棄しているチームが”妖怪の山”なのである。
すべては第五走者の第五区画に萃香が最速で到達するためのチーム編成だ。
第五区画で待ち構えていれば実力者達が勝手に突撃してくる。
心ゆくまで楽しい戦いが出来そうだった。
……
影狼が迷宮を駆け抜けている。
日頃の練習の成果だ。ちゃんと自分の駆けた後の匂いが残っている。
コースの走りこみの成果が如実に現れている。
差をつめられているかどうかはこの際、おいて置く。
自分で思うまま、最短距離を全力で駆け抜けていた。
神奈子のまつチェックポイントまで、椛と同等の約8分、後は戻りだが、白狼天狗隊が全滅している。
椛よりも確実に速いタイムで駆けることが可能だった。
しかし、後ろの2チームとは、差が詰まってきている。
寅丸は体躯が違うので仕方ないが、霊夢が驚異的なスピードで迫っていた。
霊夢は早苗によるブレーキを取り戻すため、能力の使用解禁と同時にスペルカードを連発している。
特に迷宮では、直感を使うことすらせずに夢想天生を使って物理的にすりぬけを行い、迷宮を直線でショートカットしている。
さらに、この大会……特にフランドール用に用意した夢符「夢想亜空穴」20枚を連発して後半の距離を叩き潰す予定だ。
影狼が、神奈子のチェックを受けている間に後方に姿が確認できるようになった。
霊夢は寅丸のチェックポイント到達直前に亜空穴で滑り込みを行う。
印を横取りすると、即座に姿を消す。
影狼が下りの山の中で一瞬だけ、赤い巫女服を視覚に捉えたが、確認する間もなく、消えてしまった。
……
はたてはあせっていた。
二人が追跡をやめてくれないのである。
何度か先行させようと、緩急をつけてみたのだが、一向に背後に取り付いたまま前に出ることをしない。
わき道にそれることは流石にしなかったが、早く前にいって欲しい。
「けけけ、そろそろだな……お先に!!」
「きゃは!! そっちがその気なら……私も!!!」
いきなり二人が加速を始めた。第五区画に向かって突撃する。
はたては内心ほっとしていた。ようやく二人が離れてくれた。
……2分ぐらいなら時間を潰しても萃香は許してくれるだろう。
その判断がものの見事に間違っていたことを知るのはわずか1分後のことである。
「くふふ、一番の問題児共か……無茶苦茶やるなら、先に相手になろうか?」
「あんたは眼中に無し!! もちろんぬえも!!!」
「けけけけ、俺もお前らなんかは相手じゃないね!!」
「ふ? どういうことかは知らないが……、まあ、いいか、それじゃ二人ともどうぞ、最終第五区画へ。
いってらっしゃい」
「きゃははは、見ててね。ねえさま、私、ちゃんとアシストするから……第五走者は姉さま以外誰も通さないからね!!」
「見てろよ白蓮!!! 目に物見せてやるぞ!!!」
「へぇ……。あっ、なるほど……そういうことか。設置型のトラップか……いいぞ、許可する。
但し、相手は第五走者だからな? 間違って第四走者に手を出してみろ、即 チームごと失格だ」
二人ともニタリと笑うと森の中に入っていく。
森の木陰のなるべく日の当たらないところでフランドールがスペルカードを宣言する。
禁忌「フォーオブアカインド」
たちまちの内にフランドールが増える。3体の分身を作り出す。
しかし、ただの分身体ではいかにフランドールの物といえども第五走者には歯が立たない。
そこで、フランドールは分身体に自分の魔力を吸わせた。各分身に大体30%ほど……。
自身の魔力を合計で9割以上も使った分身だ。破壊能力と再生能力がないだけで、攻撃力と速さは本体に匹敵する。
魔法の森に狂気の哄笑がこだまする。
一方でぬえも分身を置いていくつもりだ。白蓮が頭を下げるまでは絶対に通さない。
正体不明「紫鏡」
自分自身の精巧な分身を作り上げるとこちらも自分の妖力を注ぎ込む。
後で操作するのに多少残しておかないといけないが……限界まで分身に力をつぎ込んだ。
槍を近くに置き、分身を木陰に隠すと、軽く貧血を起こしながらも幽香の待つスタート地点へと向かっていった。
はたては冷や汗が噴出していた。二人に追い抜かれてから1分とたたぬうちに、魔法の森が魔窟へと変貌したのである。
大体、二人のトラップ……特にフランドールの物は隠すということをしていない。
入ったらただではすまない妖気が漂っているのだ。それもリアルに音つきで……分身たちが徘徊しているのが耳で分かる。
「く、くふ ふふ、流石に威圧感が凄いね?」
「……これ、失格に出来ませんか? 妖気が凄すぎて近づけない……」
「一応、第四走者には手出しさせないさ。出したら即失格にする」
「それ……誰かが犠牲になったあとですよね?」
「くふ、そうかもね?」
そんなことを話していると霊夢が突撃してきた。
「早く!! 諏訪子 早く押してよ!!」
「ぶっ、酷いな博麗の巫女は……お話も――」
印を押すと、ためらいもなく、森に入っていく。妖気に気づいていないのか?
「あれま、話も聞かずに入っちまった。 急がないと遅れちまうんじゃないのかい?」
今なら、巫女を盾代わりに出来るかもしれない。このチャンスは二度と来ない。
一瞬、ためらった後、はたては森へ突撃した。今こそ、鴉天狗の……自分自身の最高速度を出すときだ。
振り切れるはず……振り切れなかったら私が終わる。
……
ゴール地点、多少ふらふらしながらもぬえが先行して現れた。
宣言どおり幽香に第一位でたすきを渡す。
第二位はフランドールだ、こちらも笑いながら歩いてくる。
もう走るほどの体力は残していない。自身の魔力と体力は分身に預けてしまった。
それでも満面の笑みでレミリアにたすきをリレーした。
受け取るレミリアも疲弊している。
「フラン、大丈夫か? まさか……ぬえとやりあったか?」
「ううん。違うの姉さま。心配しないで、何も心配いらないから、のんびり歩いてきてね? 一位は間違いなし」
レミリアにはフランドールが魔法の森に超強力な分身体をおいてきたことすらも分からない。
探知に魔力を使う余裕もないのだ。首をかしげながらもスタートを切る。
あわてて駆け出すことすら出来ない。もう開き直って堂々と歩いていった。
レミリアの後ろ姿を心配そうに咲夜が見ている。それをフランドールが一瞥すると鼻を鳴らした。
「咲夜、何を見てるの? 見る方向が違うでしょ? 霊夢が来るかもよ? いつまでも私の姉さまを……そんな目で見るな!!!」
「……そうしましょう」
フランドールが激高しかけるが今は魔力が足りない。少しばかりよろけると自分のチームの所へと戻っていった。
萃香が声を上げている。はたてがこちらに全力で飛んできている。萃香は大喜びしている。
魔法の森は楽しい相手がいっぱいだ。速く駆けつければ、フランドール、ぬえ、幽香、白蓮、レミリア……はかわいそうか、
とにかく強い連中と心ゆくまで戦える。はたてからたすきを受け取ると地面をつかみあげ、自分自身をぶん投げてかっとんでいった。
間髪居れずに霊夢がやってくる。
第4位……大ブレーキ、さらに怪物がそろっている第四走者において、たった2つでも順位を上げることの難しさが霊夢の顔に現れている。
最後、符を使い切った状態ではたてに抜かれた。実際の純粋な速力において、霊夢は第四走者の中で最下位である。
それでも、何とか普段使わないような大技と、この日のために用意したスペルカードを駆使して順位を上げた。
もう無理である。しばらく妖怪退治はお休みだ。一週間は早苗をあごで使って妖怪退治をやらせる。
咲夜にたすきを渡すと「疲れた~」との言葉を発してそのまま大の字になって倒れてしまった。
妖怪の山のくだりで影狼を追い抜いた寅丸が魔法の森の手前でようやく宝塔を持っていないことに気が付いたが、もはやどうしようもない。
これ以上の遅れは白蓮ですら挽回できない、覚悟を決めて森に飛び込んでいく。
「く、くそっ。みんな速い!!!」
「くふふふ。君も相当速いよ。君で第四走者は全部だね」
ショックを隠しきれずに影狼が印を貰う。
魔法の森は魔窟になっているが躊躇はしない。そのまま駆け込んだ。
最後の第四走者が駆け抜けた後、ぬえの分身体が目を明ける。本体が博麗神社で操作用の術式を完成させたのだ。
分身に自らの意識をうつす、近くに隠した槍を手に取る。不気味な不気味な鵺の鳴き声が響いた。
博麗神社では最後のたすきリレーの最中だ。
霊夢に遅れること2分、寅丸が現れた。
寅丸からたすきを受け取ると晴れやかに笑って命蓮寺最速が駆け出した。
ようやく、影狼が見えてきた。
寅丸にも1分近く離されてしまった。
泣いている、プライドもずたずただ。しかし、何よりも、みんなのがんばりを台無しにしてしまった自分が情けなかった。
到達時間 14分37秒
”草の根友の会”の”最速”である。しかし、この大会は射命丸、魔理沙を論外としても、
第四、第五走者にこれまでのような”並レベル”は存在しない。
いるのはただ強者のみである。勝てないのは至極当然なのだ。でも、それでも悔しかった。
第一走者、わかさぎ姫が第四位……チームメンバーですらが最下位だと思っていた。
第二走者、赤蛮奇が第三位……絶対に手を抜くと思っていた。だけど、真面目に全力で走ってくれた。
第三走者、ミスティアが第四位……天狗に捕まらずロスタイム無し。全力で手前の連中との差をつめてくれた。
でも自分は、順位を落とし、先頭とも逆に時間が開く始末……悔しい、ただ悔しいんだ!
影狼の充血した瞳を見た針妙丸がたすきと一緒に思いも受け取って走り出す。……たとえびりでもいい、走りきってやる!!! そんな顔でスタートする。
リタイアも棄権も絶対しない。ただ走っていくだけだ。つないだたすきの思いに答えるにはそれしかない。
今大会、唯一、走ることのみに専念してきたチームが最後のスタートを切った。
……
レミリアが歩いている。既に針妙丸にすら抜かれた。
人里まであと数分だが歩いている上に、歩幅も小さい。
しかも、全力疾走みたいに息切れをしている。
咲夜はもうとっくにゴールしているだろうか?
時間を操ることが出来る咲夜にこんな競技で勝てるわけがない。
せめて、体力が全開だったら……先に第五区画に先回りして、印を貰うタイミングで奇襲を仕掛ければ……愚痴だな……。
フランドールは大丈夫と言っていたが、無理だ。このままでは、山を登る体力がない。
途中棄権……行けるところまで行くつもりだが……なさけない姉を妹は許してくれるだろうか?
人里にようやく到達する。
第一区画を二十数分の時間をかけて到達した。……遅すぎる。他のチームは既にゴールしているだろう。
萃香がもしかしたら幽香を捕まえて戦っているかもしれないが……白蓮は走るのが目的の所もあるし、
咲夜も祝杯を挙げている頃か……おそらく第一位。まあ、いいさ、紅魔館の勝利に違いはない。
……ただ、自分の力で勝ちたかった。
印を貰った後の、穣子のおしゃべりが聞こえない。口を開いたままだ。
……おかしい、音が聞こえない。……まるで時間が止まったかのような。
「お待ちしておりました」
声が響く、時間が止まった無音の世界で……咲夜だ。
「待っていた? お前、ゴールしていないのか?」
「ええ、こちらで勝手に勝負を決めたら、お嬢様、怒るでしょう?」
「……全力でと言っておいたはずだが?」
「ええ、ただいま全力で時間停止中ですわ」
レミリアは困惑した表情だ。咲夜はただ笑っている。
「お前、何か勘違いしていないか? 私との勝負はこういうものじゃないだろう」
「……勘違いしているのはお嬢様のほうですわ。
楽しみにしていたのですよ? 準備は万端でしたのに……折角用意した対お嬢様用の秘策がすべて無駄になりました。
台無しにしてくれるほどの体力を用意したのはどこのどなた様でしょうか?」
「……悪かった。それに関しては謝る」
「では、仲直りした所で先に進みましょう」
「……悪いが先に行ってくれ。私はこのまま歩いていく」
「そうですか……」と答えて咲夜が横に並ぶ。
顔を見ればそ知らぬ顔で前を見ている。
よれよれの歩調にあわせて、無言で横にくっついてくる。
しかも時間は止めたままだ。このまま、私に合わせる気だろうか?
15分ほど歩いただろうか……ギブアップだ。
この距離で、この速さで、この親しさで、無言はありえない。
「咲夜、もういい、もういいから先に行ってくれ」
「それを時間停止中に言いますか? 先に行く意味は全くありませんよ?
凍った時間の中で先行する意味がどれほどあると思っているのですか?」
「そうじゃない……お前、負けるぞ? いいのか? 幽香や白蓮、萃香をどうするつもりだ?」
「お嬢様……気付いておられませんか? フランドール様が魔法の森に分身を……」
「な、何? フランが? 馬鹿なことを……第五走者全員を自分一人で押さえつけるつもりか!!」
「そのように考えていらっしゃるようです」
「急がないと……」
「ええ、急ぎましょう」
そうして二人で歩いていく。幾分かレミリアの速度が上がったが……早歩き程度だ。
凍った時間の中でなければ全チェックポイントを巡るのに数時間はかかる。
第二チェックポイントまでは体感時間で1時間はかかった。
雛に印を貰うためにわずかに停止させた時間を解除する。
印を貰えば即停止。再び凍った時間の中を二人で歩いていく。
迷宮の入り口にゴールの守矢神社が見えるショートカットコースがあった、風見幽香が通過した後だ、岩や木が一直線に崩壊している。
もう、あまりの危険度に三月精は職務を放棄して逃げ出した後だった。
つまり、迷宮はないのであるが……第三区画の真のたちの悪さが出ている。……上り坂だ。
使う体力が平地とは異なる。レミリアがふらふらと限界を迎えた。
「くそ、ダメだ。足が上がらん」
「ではお休みしましょうか?」
「無駄だ。休んだ所で体力が戻らん……棄権する……時間停止を解除して審判に報告をしてくれないか?」
「お嬢様、それこそまずいのではないですか?
フランドール様がチームの勝利がないと判断したら、分身体が……」
「ぐっ、その通り……かなりの率で足止めから大会のぶち壊しにシフトする……だが、もう体力がない」
「それではこうしましょう」
そう言って咲夜がレミリアを背負おうとする。
おんぶなんかされたら支配者としてのカリスマが消えて無くなる。
笑って拒絶した。
「やめろ……いくら何でも恥ずかしい……」
「ふふ、凍った時間の中では誰も気付きませんよ。
二人だけの秘密にしましょう」
そんなことを言って手を伸ばしてくる。
レミリアが咲夜が本気だと理解するのに時間はかからなかった。
抵抗してもそのまま力ずくで抑えられる。
「ぐっ! 咲夜……私が笑っているうちにやめろ、本気だぞ!?」
「では、いつもどおり本気でお願いしますわ。力ずくでねじ伏せていただきましょう」
逆にレミリアのほうが力ずくで抑えられている。
おかしい、体力が無いからってこんなになるとは……信じられない!
「休んでください。こんなに疲弊していたのですか?」
「私も自分が信じられん。まさか咲夜に腕力で負けるなんて」
咲夜がレミリアを押し倒している。
両名ともに、この状態が信じられなくて停止してしまった。
「一応、私の勝ちでよいですか?」
「くっ……仕方無い……私の負けだ……」
「では遠慮なく……」
「おいっ! 負けを認めても……おんぶを認めたわけ―――」
レミリアの口を無理やり押さえて言葉を封じる。そしてあっという間に背負った。
レミリアが暴れているが……信じられない。本当に外見相応の子供の力だ。
二、三回ほどゆすって体勢を整える。レミリアはあきらめたらしい。
「他の奴にバラしたら、許さない」と言って抵抗をやめた。
もう抵抗する体力も使い切った。おとなしく背中にしがみついている。
咲夜はゆっくりと第三チェックポイントに向かって飛び始めた。
……
「それで、お休み中ってことか?」
「ええそうです」
「いいのか? 私にその寝顔を見せても?」
「私も困りましたわ。ゆすっても起きてくださらなくて……しがみついたままですわ。
他言無用でお願いします。私はしらばっくれますわ」
「……よだれたれてるぞ?」
「知っていますわ、さっきから冷たくて……」
神奈子は苦笑すると最後の通過者に対して印を押した。これにて神奈子の役目は終了である。
白狼天狗はいないし、時間を停止されたらルール違反しても分からない、監視をする意味が無いのだ。
……そうだ、第五区画に行こう。あそこはいまだにフランドールががんばっているから見学しよう。
あわよくば、戦いに参加しようとする魂胆が見え見えの神奈子の前から咲夜が消えた。
……
レミリアが人里に到達する前のことである。
幽香が第五区画に到達した。しかし、フランドールの分身体がこちらに敵意をむき出して待ち構えている。
こんな所に無策で突っ込むほど馬鹿ではない。
しばらく待てば萃香が来る。あいつを盾に使えば自分は楽に抜けられるというものだ。
「くふふふ、一番乗りしないのかい?」
「しないわ。重要なのはゴールを一番にすることよ。先に進むのが一番である必要は無いわ。
もう少しすれば、こういうのが好きな奴が来るし。そいつらが気を取られている間にね?」
「ふふふ、相手を利するか……突っ切ったほうが速いと思うけどな~」
「はっ、そんなもの無駄な労力って言うのよ」
そんなことを話していたら萃香が飛んできた。黒い霧が結集して萃香が降りてくる。
「あっはっはっはは、追いついたぞ~♪」
「ようこそ、人外魔境、第五区画へ」
萃香は印を貰うといきなりこちらに目を向けた。
「はははは、悪いな幽香、お前の魂胆は見え見えだ」
「!!! そうか、しくった。狙いは私か。フランドールに突っ込めばいいものを……」
「いいじゃないか、お祭りは楽しむものだぞ?」
「ええそうね、じゃあこうしましょう!!」
幽香がフランドールの待ち構える魔窟へと突っ込んでいく。
間をおかずに萃香も後を追いかける。
無理矢理にでもフランドールをけしかける予定だ。
かくして、最終ランナー、第五区画、ラストバトルの火蓋が切って落とされた。
……
静止した時間の中、針妙丸の姿があった。第四区画にて第4位を二人で追い抜いていく。
背中のレミリアは眠ったままだ。幼い寝息が聞こえる。多分寝ていなかったのだろう。
ちょっと失礼して、レミリアの寝顔と針妙丸の凍った表情を見比べてみた。
カリスマがもう欠片も無いかわいい顔と神妙丸の真剣なまなざし、なんだか、抜き去るのが不憫ですらある。
……
萃香に遅れること数分、白蓮が現れた。
目の前では激戦が繰り広げられている。魔法の森が半壊していた。
それでも音がやまない、閃光弾と見紛う火花が散っていた。
幽香は先に進もうとするのだが、フランドールがそれをさせない。加えて、当面の相手は萃香である。
1 VS 1 VS 3である、超変則バトルだ。フランドールが足止め、それを利用して萃香の攻撃が入る。
萃香自身もフランドールの攻撃が入るが、鬼の体は簡単には壊れない。
フランドールの攻撃を無視して、幽香に攻撃が飛んでくる。
白蓮は諏訪子に印を貰うと進むのを停止した。
「漁夫の利じゃない? 今なら気付かれずにゴールできるかもよ?」
「そうは問屋がおろさないようです」
目の前に敵意むき出しのぬえが現れた。
白蓮を見つけると真っ赤な口を開いて叫ぶ。
「良く来たな!! よくも、よくも……俺は、俺はな。一緒に勝ちたかったんだ!!!
くそっ、俺の想いを無視しやがって……許さないからな!!!」
「あれま……本体か!?」
「……すごい。本当に分身体でしょうか?」
「そこかよ!!! これはれっきとした分身体だ!!! 本体は今、博麗神社の裏だぜ!!
術式使って意識を移しただけだ!!!」
「……それは普通本体って言わないか?」
「うるせぇ!!! 邪魔するなら審判でも相手になるぞ!!!」
「一応、相手は第五走者だしな……許可したわけだし……なるほど、本人であって本体では無いか……いいだろう。
白蓮、がんばれ。私は手出ししない」
ぬえが笑った。悪意有るいつもの笑い方……しかし、白蓮に向けたことは無い。
向けられた当人が困惑している。
「白蓮!!! 土下座してもらうぞ!!! 謝るまでは絶対に通さねぇ!!! けーっけけけけけ!!!」
「なるほど、そういうわけですか。あなたの思いを踏みにじったのは事実……謝りましょう」
「けーけけけけ、け?……えっ? は?」
ぬえが白蓮の言葉を理解できなくてフリーズしている間に正座して地面に手をつける。
頭を下げる準備が終わり、視線がぬえの顔に向く。
まっすぐな瞳をみてぬえがあわてて止めた。
白蓮は既に心のそこから謝る気だ。それがわかる。……何かが違う……
「あ、あの……ちょっと!? 待て、待て、待て!! そうじゃないだろうが!!!」
「?……あれ? 作法が違いましたか?」
「いや、作法じゃねえ!!! 白蓮……こう……なんていうか……プライドとか無いの?
俺は土下座を要求する。お前はその要求を跳ね除ける。のめない要求だって……
そしたらめでたくバトルだろうが!!?」
「?? 戦う意味が分かりません。先に言っておきますが、悪かったのは私のほうです。
マミゾウさんに怒られましたよ。『ぬえの気持ちも分からないのか』と」
「待ってくれ、……あれ? おかしいな、もっとこう、売り言葉に買い言葉のようになるはずだったんだけど?
俺が、この分身体を用意した意味は?」
「意味は分かりませんが……凄い術です……感心してますよ」
急速に怒りを抜かれて拍子抜けしてしまった。
……どうしたらいいんだ? 俺はこの想いをどこで発散させればいいんだろうか?
ぬえの想いが白蓮の広い心の中で完全に空振りした。
ぬえがそのまま、困った表情になる。ありえないほどの意味不明、強烈に空振りした想いは、怒りは、悪意はどうすればいい?
白蓮はそんな表情を見て、一つの道を示す。
迷えるものに一筋の光明を……職業病かもしれない。
「良いことを思いつきました!」
「えっ!? 何?」
「足止めですよ。私の足止めをするのです」
「どゆこと?」
「ほら、ぬえはフラワーメイカーズじゃないですか。私は命蓮寺です。
ぬえは幽香さんの優勝に貢献しなくてはいけません」
「ああ!! なるほど、そういえば敵同士だったか!! 納得した」
「私は全力でゴールを目指しますから、ぬえは妨害してください。
恨みっこ無し……良いですね?」
「その話乗った!! じゃあ改めて……
白蓮!!! てめぇは絶対通さねぇ!!! 覚悟しろ!!」
「聖 白蓮、いざ、押し通ります!!!」
二人を見ていた神様が「すっげえ茶番だ……」とつぶやく、その言葉を皮切りに二人が全力を持って激突した。
しかし、二人は真面目に全力を出している。ため息とともに第五区画に結界を張った。
……
咲夜は自身の異変に気付いた。
首をレミリアが舐めているのである。それはすぐに甘噛みに変わった。
……多分、吸血鬼にとっての指しゃぶりみたいなものだろう。
レミリア自身の意識は深い眠りの中である。
無意識の中で自分の身を預けられるあったかくてやわらかいものに甘えだした。
ゆっくり進んでいるがもうじき、第四チェックポイント……この醜態を諏訪子に見せたら……ちょっと面白いかもしれない。
……
轟音と衝撃が吹き抜ける。幽香と萃香が殴り合いを行っていた。
どっちも豪腕、桁はずれた防御力、妖力も互いが引けを取らない。
泥沼の千日手に陥った。二人の戦いをフランドールの分身体が3名で押し返す。
時折、幽香が先に進もうとするためだ。そんな行動のみをフランドールが潰している。
「ええい!! くそっ!! もう引っ込んでよ!!! 十分殴りあったでしょうが!!!」
「やだ!! こんな楽しい相手はもうほとんど居ない!!! たとえ10時間でも付き合ってもらうぞ!!!」
「ほら、あっちにフランドールが3人も居るからさ!!!」
「やなこった。あれは本体じゃない。……まあ、惜しいけどさ。獲物としてはお前のほうが大きいし楽しい!!!」
声を荒げながら、作戦を考えているがダメだ。
例えば分身したところで力が半々になったら萃香に一蹴される。
フランドールの囲いを突破できるとも思えない。
後、二手足らない。
白蓮でもきてくれれば……おそらくそっちのほうにフランドールの分身体が行くはずなのだが……
白蓮はぬえが押さえつけている。アシストどころではない。それは足を引っ張るって言うんだよ!!!
加えて、自分の調子が上がらない。きっと萃香が無邪気すぎるからだ。
敵意が無いから感情的に全力が出せなかった。怒りで振り切りれることが出来ない。
こんなに手こずるなんて思っていなかった。
あと、少し、障害さえなければ2分でゴールの距離なのに……絶望的に遠い。
……
咲夜が諏訪子の前に立っている。印を貰うためだ。
しかし、ふらふらしている。
「大丈夫かい? 結構血が出てるけど?」
「しくりましたわ……甘噛みで油断をしていたら噛み付かれました」
「それで、今嬉しそうに血を舐めているのか……」
レミリアは咲夜の首をずっと舐めている。
幸せそうな顔だ。多分意識は無い。
「もう、手を離したほうがいいな。力が上がってきているだろ?」
「すみません、そのことなんですが手を貸していただけませんか? もう私でははずせません」
「……おいたが大好きなんだな」
諏訪子の力を借りて無理やりレミリアを背中から引き剥がす。
だいぶ血を抜かれてしまった。死ぬほどではないが……立眩みがする。
「リタイアするなら速攻で医者の所に連れて行くけど? どうする?」
「一応、まだ、優勝の可能性も残っていますよね?」
「ああ、残念なことに、いまだに1チームもゴールして無い」
「では棄権はなしで、ちょっと血を抜かれすぎて時間停止は出来ませんが……まあ、隠れながら行けば何とかなるでしょう」
咲夜が激戦の魔法の森の隙を見ている。結界があるので音と振動は来ないが……壮絶な戦いが2箇所で行われている。
そんな時、引き剥がされたレミリアが目を覚ました。
暖かい者からはなれて冷えた所為だろう。
爆睡と久しぶりの食事で体力が戻っている。
咲夜を見つけて話しかけた。
「悪い、眠っていたようだ。ここはどこだ?」
「魔法の森だよ。第四チェックポイントさ」
瞬間、レミリアの顔が呆けた。……あれっ!? 何でこいつ動いているんだ? 時間は停止中……はっ!!?
見れば諏訪子がこちらをニタニタ笑ってみている。
結界越しに見える戦いは激しく運動中だ。
いつから……一体、いつから時間停止が解除されていたのか?
「咲夜、わ、私のわかるように。今の状況を説明しろ」
「咲夜のかわりに私が説明してやろう。
お前が咲夜に噛み付いて出血したんで、力が抜けて時間停止が維持できなくなったのさ。
……可愛かったぞ? 流石にお嬢様の寝顔は違うな」
「千金の価値があるでしょう?」
「確かに、ぶっふふふふ、あははははは!!! おっかしい~!!!」
もう我慢できなくて諏訪子が腹を抱えて笑い転げる。
顔を真っ赤にしたレミリアが怒鳴った。
咲夜がよろけて尻餅をつく。
レミリアが見た咲夜の首筋は結構な量の血のあとが残っている。
手が鳴る。歯軋りする。しかし、咲夜の責任ではない。自分の責任だ。
それが分からないほどではないが、この羞恥はどうしたらいい?
「咲夜、今度私が噛み付こうとしたら全力で跳ね除けろ。いいか、命令だぞ!?」
「ええ、了解しました」
「それから、諏訪子、このことを誰かにしゃべってみろ、ただで済むと思うなよ!!?」
「じゃあ、暇だから、みんなに喋ろうか。毎日が楽しみ―――」
間髪いれずに諏訪子のみぞおちに拳がめり込んだ。
……よく、分かりました……との言葉を搾り出させると、拳から力を抜く。
「……一応、今のはノーカンにしよう。普通審判に手を出したら失格なんだけどな」
「当たり前だ!!!」
「では、先に進みましょうか? お嬢様」
諏訪子が結界の一部を開放する。凄い振動と爆発音がこちらに伝わってきた。
咲夜はしばらく能力が使えないから気遣うようにと諏訪子が伝える。
レミリアは分かっている!!!とどなって結界を越えていく。
最終第五区画、残り1チームの通過待ちだ。
二人が先に進むと同時に神奈子が舞い降りてきた。
「見てたか?」
「ああ、見てた。可愛いなまるで昔の早苗みたいだ」
「子供は可愛いからな。
……っと、そうだ。まだ1チームいるはずだけど、区画の監視はどうした?」
「あれに監視は不要だ。大丈夫だよ。放っておいても違反はしない。ああいう真面目な奴は久しぶりに見た」
「ふ~ん、まあいいか。それとどうする? 見なよ、あれならどの戦いも「違反です」って止めに入れる。
久しぶりにああいう戦いもいいんじゃないか?」
「ふっふふふ、神様が私利私欲に走ったら立場無いな……でも、どうしようか? 何か一つきっかけがあればいいんだが……」
激戦を繰り広げるぬえと白蓮、幽香と萃香、その合間を縫ってレミリアと咲夜が進んでいく。
もたもたしていると直に誰かがゴールして勝負が決まる。
そんなことを考えていると背後に気配がする。
最後の1チームが遅ればせながらも到着した。
「……やっと、やっと追いついたぞ」
「おお、君が針妙丸かい?」
「そうである。早くたすきに印をもらえないだろうか?」
「ふふっ、せっかち者だな……はいよ」
「……この結界は? 走者の妨害か?」
「いいや、私の術さ。どう考えても危ないんでね」
「開けてくれ、先に進めない」
「一発あたったら即死だよ? それでも進むかい?」
「無論のこと」
諏訪子と神奈子が顔を見合わせる。言ったとおりのまじめっぷりだ。
「早くして欲しい。まだ……まだ優勝の可能性も残っている」
「ぶっははははは、諏訪子いいよ通してやれ」
「え~、審判権限としていうけど、無理だ。
せめて他のチームがゴールした後なら通してやるよ。危なすぎる……」
「いいから、結界を開けな。
針妙丸、いい覚悟だ……君に私の加護をあげるよ」
神奈子が諏訪子に命令して、結界を開けさせる。地鳴りが伝わってくる。
それでも「ありがとう」と言って、針妙丸は諏訪子が結界を解除した第五区画の中を進んでいった。
見ていて本当に危なっかしい。流れ弾ですら針妙丸にとっては即死級のダメージになる。
それでも、小槌を振り回して進んでいく。一定のペースで確実に……これを見た奴は応援したくなるだろうな、神奈子みたいに……
いつのまにか神奈子が姿を消した。気配を消して針妙丸のあとをつけている。
……なるほど、そういうことか……まあ仕方ない。神奈子もあれで堅い所がある。
針妙丸に手を出したら、反則を取るつもりだ。
他の第五走者と比べて針妙丸は相当に力が小さい。何をしても連中では過剰攻撃になる。
過剰攻撃は反則だ。審判判断で止め放題である。
……私はどうしようか? そうだな……神奈子の真似でもしようか。
最後にわらって、諏訪子も姿を消した。
全第五走者、一部の審判、第四走者の残存トラップ、すべてがごちゃ混ぜになって最終第五区画でフィナーレが始まる。
……
「凄い、流石ぬえですね」
「あたりまえだ……」
言葉とは裏腹に白蓮の猛攻によってぬえの分身体が壊れ始めている。
本体ならよけられた攻撃がよけられない。
しかし、並の速度ならこんなに被弾はしなかっただろう。相手は白蓮である……よけきれるほうがおかしい。
本体であれば気絶していた攻撃も数回ほどある。
もう、ぬえの中に燃えていた復讐心も悪意もすべて出し切った。
幽香にも悪いがそろそろ潮時かもしれない。……こんな所で自身の妖力の7割も失うわけには行かない。
次の激突が最後と決めて、構えを取る。
白蓮は嬉しそうだ。自分の全力を相手に出来るものは命蓮寺に居ないと思っていたからだ。
……今度から日頃の鍛錬に少し付き合ってもらおう。そんなことを考えていた。
白蓮はニッコリ笑ってこれが最後とスペルカードを取り出す。
超人「聖 白蓮」
ぬえの目が点になった。ヤバイのが来る。
あんなもの直撃したら、分身体がばらばらになる。
必死に表情を取り繕ってスペルカードを取り出す。
決戦用ではない……隙をついて撤退するための相手を混乱させることを目的としたスペルカードだ。
妖雲「平安のダーククラウド」
瞬間、加速した白蓮が暗雲に突っ込んでいく。鵺の鳴き声が聞こえ……雲が晴れた後には
白蓮のみが立っていた。
「けけけけ、白蓮、またな」
「ふっふふふふ、楽しかったです。ぬえ」
最後の言葉を交わすとぬえの気配さえ消えてしまった。
白蓮は運動の心地よい疲労を感じながら、自分が何をしていたかを思い出した。
本当にとんでもない時間を足止めされていた。
しかも自分が夢中になって……まさかの最下位?
白蓮の目の端には針妙丸が映った。悪いとは思うが最下位だけは避けないと小傘が泣いてしまう。
猛スピードでゴールを目指す。
……
幽香の勘が勝負の流れを読み込んだ。
フランドールの分身体の内1体がいつの間にかに消えている。
……ようやく、やっとぬえが撤退したらしい。フランドールが白蓮の迎撃に向かっていったのだ。
あと、もう一手……
……
白蓮が駆ける。その正面に真っ赤な服を着た少女が立っている。
荒削りの宝石を羽にしたその姿はフランドール・スカーレット!!!
白蓮は流石にあせった。これ以上の足止めは……致命傷になる。びりになってしまう。
「あの……どいてもらえませんか?」
「くきゃきゃきゃ」とわけのわからない笑い声を分身体が発した。
……推測だが、これはあらかじめプログラムされた動きをただ再現するだけの分身だ。
おそらくゴールに近づくものを知覚すると襲い掛かってくるものに違いない。
そこまで考えて針妙丸を振り返った。
手遅れだ、フランドールがもう一体、絶望的な戦力差で目の前に立っている。
何をやってももう届かない。目を釘付けにされている間に、轟音とともに御柱が降り注ぐ。
神奈子によってフランドールが拘束された。
「くはははは、フランドールか……悪くないな」
「助けてくれてありがとう。神様」
「ふふ、神奈子様だよ。お礼はいい、こんな大会で参加できない歯がゆさがどこかにあったんだ。
私としても楽しませてもらうよ。ってことで、後は諏訪子よろしく」
針妙丸が振り返ると諏訪子が姿を現す。
「何を振り返っているのさ、さっさと進む。負けちまうぞ?」
「かたじけない」
そう言って、また走り出した。
白蓮はほっと一息つくと、目の前の障害に目を向ける。
負けていられない。全力をもって前に進む。
……
「チャンスが来た!!!」
「何のチャンスだよ!!!」
幽香がフランドールの分身がもう一体消えたことを確認した。
待った、長い時間待たされた。ようやくこの千日手を抜ける手立てが見つかった。
分身体最後の一体の位置を確認し、初めて幽香から萃香につかみかかる。
萃香の隙を衝いてつかみあげると立ち位置を変える、ゴールの方角と分身体の位置を重ねる。
思いっきり萃香を投げつけた。
思ったとおりフランドールが萃香に強烈に襲い掛かった。
今こそ全速力、すべてを振り切ってゴールに直進する。
……
「咲夜、待て!! この気配は……幽香か!!?」
ゴール手前最後の草原で高速接近する一つの影を捉えた。
いままで、最終走者に感づかれないように気配を消して歩いていたのだが、ついにフランドールの防衛ラインが崩れたらしい。
驚愕の速度で幽香が迫る。
させるものか……
「咲夜。行け!! 命令だ勝って来い!!!」
「ははは、お嬢様もお気をつけて」
そう言ってよろよろしながらも歩いていく。
飛べば気付かれただろう。ダッシュも良かったが……おそらく幽香がただで行かせるわけが無かった。
こっちには咲夜というけが人がいる。安全を最優先させた結果だ。
それに既に妖怪の山、光学迷宮入り口で咲夜との決着は付いている。負けることに微塵のためらいも無い。
「私が最後の障害だ。黙って倒れてもらおうか!!」
「!!! 全く、あなた達姉妹は……そろいもそろって私の邪魔を……」
「ふっ、咲夜がゴールするまでさ。そのあと、私がゴールした後でなら、応援してやってもいいぞ?」
「願い下げよ!!!」
そう言って、二人が激突する。
幽香は激戦のあと、休むまもなく連戦だ。
流石に手が遅れる。レミリアも全力戦闘よりも遅滞戦闘を心がけている。
打ち破るには時間が……時間が足りない。
声を荒げたその横を一定のペースで進んでくる影が見えた。
針妙丸だ。レミリアの視界にも入る。
しかし、完全に無視した。いくらなんでもあれに負けるほど咲夜は弱くない。
小人にすら抜かれた幽香が考えをまとめた。多少のダメージは覚悟の上だ。
なぜか、咲夜が時間停止を使っていない……このチャンスは逃せない。
暴力的な妖気を塊にして突進体勢を取る。させるものかとレミリアがグングニルを構えた。
吹き荒れる魔力と妖気が当たり一面の草を薙ぐ。
幽香の突進とレミリアの投擲の踏み込みの瞬間、瞬時に足元が泥沼になり足を取られる。
二人ともつんのめって地面に沈む。
横を見れば、諏訪子が居る。
「二人ともダメだね~そんなもん、撃たせるわけ無いだろ?
針妙丸が巻き添え食っちまうよ」
ケラケラと笑っている諏訪子にスカーレットシュートとマスタースパークが同時に襲い掛かる。
振り返ったレミリアが見たのは、手出しも出来ずに抜きさられた咲夜の姿だ。
「馬鹿!!! ここは走者間の妨害ありだぞ!! 手を出せ、足止めしろ!!」
「……残念ですが、そんな体力ありません」
青い顔をして歩いている咲夜にはなすすべが無い。
針妙丸はラストスパート、疾走に近いスピードでかけていく。
力を温存していたわけではない最初っから全力疾走だった。でも、この勝負どころでなぜか力がわいてくる。
ゴール手前にはみんなが集まっている。大声援を受けていた。
きっと応援のおかげだろう。これだけのコースを超えてなお最後の最後で力がみなぎってくる。
レミリアの前で、幽香が泥だらけの顔で見つめる中、針妙丸がゴールテープを切った。
レミリアがショックで絶叫し、幽香があまりの悔しさに地面を殴っている。
振動で足を取られて咲夜が転んだ。
続けて、第二位が飛び込んでくる。フランドールの分身体をスペルカード連発で押さえ込み聖白蓮、堂々の第二位だ。
レミリアはあわてて飛び出した。咲夜の背中を押して飛ぶ。この姿勢では先にゴールテープを切るのは咲夜だ。
第三位、人類連合、ゴール直後、咲夜は倒れこむとそのまま医務室に直行させられている。
第四位、アイス・レッド、レミリアが悔しさのあまりに観客の前でほおに涙をつたわらせた。
第五位、フラワーメイカーズ、幽香が眉間にしわを寄せて凄い形相でゆっくりゴールラインをきる。
第六位、他のチームより遅れること5分、分身体との戦闘を制して、萃香がにこやかにゴールをきった。
この後は表彰式と閉会式、その後は第一回駅伝の開催記念パーティである。
各陣営ごとにテーブルが用意され、歓談が行われた。
……
「みんな、みんな、ありがとう……本当に勝てるなんて思ってなかった」
「それは針妙丸の台詞だろうが? まさかな最下位からトップで帰ってくるなんて思いもしなかった」
「皆には悪いが……あれは運が良かっただけだ。でも、楽しかったよ燃える戦いだった」
「うふふふ、影狼、私のこと見直してくれた?」
「うん、そういえば最初どうやったの?」
「あれはね、川を泳いだのよ絶対そっちのほうが速いと思ったから」
「ぷっはははは、そうだったね。ありがとう、わかさぎ姫のおかげでみんな勢いづいたよ」
そう言って、わかさぎ姫を抱きしめる。やっぱり好きな人にこうしてもらえると嬉しい。
ミスティアにも見せ付けられているだろうか?
ミスティアは……離れたところにいる。リグルやチルノと言ったメンバーと楽しそうに笑っていた。
こっちに気が付いて楽しそうに手を振ってくれた。……全部、杞憂だったか……
「無理はするものじゃないぞ、わかさぎ姫。あれの所為で私がどれだけ苦労したか」
「必死に走ってくれてありがとう。激走に感謝してるよ」
この後みんなで、心ゆくまで語り合い夜が更けていった。
……
「ねえさま、なんで、何で勝たなかったの? 絶対に勝てるはずだったのに」
「ありがとう。フランには感謝している。そして、悪かった。ごめんな、フラン。
途中で優勝がどうでもよくなってしまった。これで許してくれないか?」
そう言って、フランドールを抱きしめた。
体を削ってまで第五走者全員を押さえつけてくれた妹、今ふらふらになっている。
これまでたくさん支えてもらった、これからは支えてやらなければいけない。
少し血も飲ませよう。元気になってくれればいいが……。
無防備に肩をさらして、指で示す。
抱きしめた姿勢のまま、美鈴に指示を飛ばして、自らは紅魔館に撤退する。
今日は疲れた。妹も休ませないといけない。
美鈴は指示通りに二人の神様が変なことを口走っていないか監視に向かい、小悪魔はパーティそのものを楽しんだ。
……後日、真実を知った美鈴はレミリアの前で笑いをかみ殺すのに失敗するのだが……それは別の話である。
……
「咲夜、なんで勝たなかったのよ?」
「……すみません。優勝よりも優先することがあったので……つい」
「だからってな、チーム全員を裏切るか?
……期待してたんだぜ?」
「……まことに申し訳なく思っております」
「優勝……するはずだったのに……責任取ってもらえますか」
「ええ、米の1俵ぐらいなら、紅魔館の出費をちょろまかせば……用意できますわ」
「皆さん、そんなに攻めないでください。私が言うのもなんですが予想以上の激戦でした」
「まあ、その通りよね……ふふ、責めるのはおしまいにしましょうか。
さあ、みんなでパーティを楽しみましょう。ほら会場は向こうよ」
医務室で横になっている咲夜を取り囲んでいたメンバーがパーティ会場に向かう。
妖夢は憤っているが、他の3人は頭を切り替えたようだ。
予想通りの展開……なんて都合のよい前提だっただろうか?
射命丸には負けたし、勇儀相手にリードを奪えず。大ブレーキ……予想を超えた激走に、咲夜の裏切り。
いろんなことがあって第三位……納得するしかない。
全員が全力で走ったことだけは確かだ。
優勝こそ逃したものの、得たものは確かにあった。
魔理沙の努力を見ることが出来た。妖夢の未熟さも、早苗の弱点も、咲夜の欠点もだ。
私は日頃の努力不足が露呈した。
「霊夢は怒らないんだな?」と言った友人、その友人に匹敵するほどの努力はしていない。
手を抜いていた……咲夜ほどの裏切りでないにしろ……自分も手抜きが過ぎたのだ。責める気にはならなかった。
そうだ、少しは努力をしないと、友人に置き去りにされる。今回、咲夜を責めることが出来るのは魔理沙だけだ。
そして、あっさり魔理沙は責めることを放棄した。だったら責める事にしがみつくだけみっともない。
個人タイムでも、速度でも比較すればぶっちぎりで魔理沙のほうが速い。
せめて、あの、友人の努力に匹敵するタイムをたたき出していたら……私も……お賽銭ぐらいねだったかもしれなかった。
今回は仕方ない、納得しよう。
そんなことを考えてパーティに参加する。
……
小傘が白蓮に抱きついている。
命蓮寺では第二位という結果にわいていた。
責められているのはただ一人、寅丸である。
宝塔を受け取り忘れてそのまま全力ダッシュ……命蓮寺最大の失敗だった。
ナズーリンが叱責している。
しかし、白蓮には責める気は欠片も無い。
楽しい大会だったし、優勝は重要で無いと考えていたからだ。
白蓮のとりなしでようやく寅丸が笑顔になった。
落ち着いた所で影からの視線を感じる。
「……出てきなさい。ぬえ」
「う~……いいのか……今日は敵同士―――」
「大会は終わりました。もうチームは関係ありません」
「そ、そうか、白蓮がそう言ってくれるなら、仕方ないよな」
「ええ、仕方ないです。一緒に楽しみましょう」
ぬえが一気に笑顔になって命蓮寺の輪に混ざりこむ、なんだかんだで敵同士で戦ったが……楽しかった。
ふと、気になったのはフラワーメイカーズだ。ぬえがこっちに来ているのはどういうことだろうか?
……
「絶対に今の幽香に近づいちゃダメよ」
「うん、言われなくても分かる。すっごい危ない」
遠巻きに橙とメディスンが座った幽香を見ている。
とげとげしい妖気が吹き荒れている。そしてそんな空気を全く読まずに鬼が近づいていった。
「おい、幽香、飲み比べしようぜ!!!」
「あ゛? ふざけんじゃないわよ? よくも、よくも……」
手を震わせて幽香が立ち上がる。収まりが付かない、勝てる勝負だった。余計な横槍さえなければ……この萃香がいなければ!!!
いきなり目が据わった。手から骨のきしむ音が聞こえる。
「待った。待った。試合終了後だぞ? 気持ちは分かるんだが、抑えろ、子供が見ている」
至近距離でこれが歯軋りかって言うほどの音が聞こえる。歯が欠けたんじゃないかと錯覚するほどだ。
「私としてはもっと続けたかったんだが……仕方ないよな。酒を飲んで忘れろ」
「酒で忘れられるほど単純じゃないわ!!!」
「耳元で叫ぶな。まずは一献、飲め」
渡された酒を一気にあおった。
その飲みっぷりに鬼が多種多様な酒をこれでもかと出してくる。
幽香はその怒涛の攻撃にかつて無いほど酔っ払い、メディスンに連れ帰ってもらう失態を晒した。
本当にその日の怒りを全部潰されて……酒をのんですっきり忘れてしまった。
……
「ありえないですね。勇儀様、優勝が目当てではなかったんですか?」
「すまん、どうしても萃香がやりたいって言ってな。
結果はあの様さ、でも、出て楽しかったろ?」
「予想以上でした。特に魔理沙とはまたやりたいですね」
「次の機会があればいいけどな」
「そうです残念です。まさか一回で閉幕するとは……」
「まあ、仕方ないさ、これだけのメンバーはやっぱり押さえつけられん。
最後、見てたろ? 第五区画の乱闘をさ。二回目を開いたら、惨劇だろうな」
「惜しいのですよ。次回があれば、2分なんていわず1分で魔理沙をぶっちぎれるのに……」
「はははは、馬鹿げた速度だ」
「当然ですよ、最速ですから」
なんだか、射命丸のわだかまりがなくなったみたいだ。全力を振るうことにためらいが無くなった。
これで、二人の仲も直ってくれるといいのだが、まあいい。それには時間がかかるだろうさ。
今日は無礼講……心ゆくまで酔って欲しい。
……
「いかがでしたか? 紫様?」
「う~ん面白かったわ~。でも最後、まさか小人が勝つなんて本当に夢にも思って無かったわ。
登録名簿を見た瞬間に『あ、ビリ確定』って思ったもの」
「そうですかね? 私はどのチームにもチャンスがあると思っていました。
実際に選手に登録用紙を配った所為ですかね?」
「そうね、生の情報って結構大事だからね。多分、萃香の悪巧みが顔から読み取れたからじゃない?」
「そうだったかもしれません。まあ、間違いなく、やらかすだろうなとは思いました」
「うっふふふ、私は逆に引っ込んでいて情報が入らなかった……でもそのおかげで楽しかったわ。
二回目は企画立てられる?」
「無理です」
「でしょうね。惜しいわ。でも、けが人無く終わらせるにはこれが一番よね」
「けが人なら大量に出ましたが?」
「永琳が直せない範囲のけが人のことよ」
「それはけが人とは言いません」
二人も、パーティに参加していく。
明日は大量に散らかった幻想郷の各所(特に魔法の森)の後片付けだ。
先が思いやられるが……楽しかった、そういうことにしておこう。
宴の終盤、酔いつぶれた参加者の前で、二回目は無いことと、最優秀選手の発表が行われ駅伝大会は成功の内にめでたく終了した。
博麗神社に一同が介している。各チームやる気がみなぎっている。
どうしてこんなことになったのか?
八雲藍がほんの1週間前の主人の言動を思い返していた。
舞台は一週間前の八雲亭に移る。
……
紫がテレビで録画していた映像を見て勝手に感動していた。
「ねぇ? ……凄いと思わない? このHAK○NE駅伝ってさ」
「……? HAK○NE……駅伝?……あ~、あの人間がチームで走ってる奴ですか?」
「そうよ。興味ないの? こんなに熱いのに……もったいないわよ?」
「う~ん、私的には見ている暇がないというか……ぶっちゃけ、飛んだほうが速いですよね?」
「そういう物じゃないのよ。そんなこと言っていたら、みんな車とか、バイクで進むじゃない。
自分の足だけで進むから凄いんでしょ? わからないかな~。この胸にこみ上げるドラマが……
このぼろぼろになって、泣き崩れながらゴールするのがまた胸に来るのよ」
「? すみません。そういった感情には疎くて……いまいち分からないんです」
「ああ 私の式は情熱とか、友情とか、哀愁って物が分からないのね」
「?? そういった感情をプログラムしたのは紫様ですが?
『性能を最優先に』とか言っていたと記憶していますが?」
「……いじわる……」
「???」
藍の表情は困惑したままだ。自分の主人が一体何を思っているのか全く理解できない。
一応、感情ならある。しかし、努力とか、友情は理解できない。
努力なんてものは自分の伸び代を想定し、見合ったプランを立て期日までに成し遂げるもの……できて当然ではないか?
出来ないものは無駄だし、そもそも努力と思っていない。
友情にも疎い、現在、幻想郷において藍にとっての友人はいない。
愛情なら分かる。橙という対象がいるからだ。
藍が難しい顔をしていると、勝手に紫が話を進める。
「あ~ これ幻想郷で出来ないかしら?」
「! 駅伝を幻想郷で、ですか? 無理ですよ?
大体、走ってる距離分かっていますか?
人里の人間にやらせたら、あっというまに人里から飛び出て、速攻で襲われますよ?」
「襲われても大丈夫な奴らがいるじゃない?」
「……できて1チームでしょうね」
「藍、なにも人間に拘る必要ないじゃない?
いかにも楽しそうなイベント風に……賞品を豪華にすれば……人間以外でもねぇ?」
紫の目がキラキラしながら覗き込んでくる。
自分の主人がこういう目をするときは……面倒ごとを押し付けるときだ。
きっと、各勢力への参加の誘いをやらされる。下手したら紫を筆頭に参加する羽目になるかもしれない。
そんなことを考えていると……思考を読まれた。
「藍、心配は無用!! 私は見るのが好きなの!!
だからねぇ~、藍は参加者を集めることとルール作ってくれない? たたき台でいいから」
「……はぁ~、分かりました。いつまでですか?」
紫は藍の心労を倍加するかのごとく、「今日中にね!!」とのたまわった。
……
藍は夜遅くまで案を練っていた。
何せ、気に入らない所があると紫がダメ出しするのである。
もう5回目である。
いい加減寝たいのだが、紫は夜も更けてから余計に元気になった。流石に夜行性である。
「これでいかがですか?」
「う~ん、まだひねりが足らないって言うか、もっとさ、誰が勝つか分からないようにならない?
駅伝そのものを持ってくるんじゃなくてさ、幻想郷にあわせるのよ。
無理矢理走らせたら連中、絶対に不満爆発するわ
例えば、飛行ありとか、弾幕ありとか……」
「それ、滅茶苦茶なことになりますよ?」
「うふふふ、大丈夫よ。審判を入れて目を光らせばいいわ」
藍は思った。……なるほど、選手ではなく審判で使うつもりか。
「私も審判やるから大丈夫よ。それに生の戦いを直に見れるじゃない? 一石二鳥だわ」
「……あまり言いたくありませんが……仮にですよ? レースの争いが3つ起きたらどうします?
二人で三箇所は絶対に無理ですよ?」
「くくくく、藍、私を舐めちゃいけないわ。争いごとが起こる区間を限定すればいいのよ?
そうね、例えば弾幕ありだとしましょう。それを……えっと、見せなさいあなたが考えてきたその区画を……
そう、最終区間、魔法の森~博麗神社までに絞ったら?」
「残りの4区間の連中はどうします? ルールが公平でないと絶対文句言いますよ?」
「これね……う~ん いっそのこと、一周交代にしましょう。区間を区画に直してっと。
そうよ、みんな飛べばいいわ」
「あ、あの 駅伝って走るものですよね?」
「そ~よ。でも幻想郷に合わないのなら合うように変えましょう。
走るのに拘るのがいけなかったわ。
そうと決まれば、各地の勢力に駅伝大会を開くからって連絡して頂戴、期日は1週間後で」
藍はため息をついてうなずいた。
……
「……で、だ。勝つにはどうしたらいいと思う?」
紅魔館の大広間にフランドール、パチュリー、咲夜、美鈴が集結している。
真っ先に口を開いたのはパチュリーだ。
「私は出ないわ。走る? 飛ぶ? そんな長距離、どっちも願い下げよ」
「別にかまわないぞ。実の所パチェに期待はしていない」
「は~い、はい。 私、私。姉さま、私出るよ。絶対出る」
「……咲夜さんはどうします?」
「出ないって言っても通じないでしょうね……」
「あっ、咲夜は別にいいぞ、今回は別のチームに入ることになっている」
寝耳に水である。咲夜自身が自分は必ずレミリアのチームに入るものと考えていた。
「……? いいのですか?」
「ああ、咲夜、お前は残念なことに霊夢のチームに入れてくれって言われた。
まあいいさ。たまには力関係って物を明確にしなくちゃな」
「良いのですか? 全力を出しますよ?」
「ふふふふ、楽しみだよ。むしろ命令だ。全力でかかって来い。
叩き伏せて、蹂躪し、屈服させてやろう」
「くっふふふふ、いいですよ。組み伏せていただきましょう。
……その暇があればですが。
では、私はここで失礼しますわ。お嬢様、大会当日を楽しみにしています」
そう言うと、咲夜がくるりとレミリアに背を向ける。
チームに入らない以上ここに居る理由はない、紅魔館を出て博麗神社に向かっていった。
「……ははは、さすがに咲夜だ。私を前にしてあんな台詞を……」
「姉さま、私に任せて。私なら瞬殺できるよ」
「ダメだ。フラン、あれはな私のものだ。つま先から髪の毛先、一本に至るまでな。
絶対に手を出すなよ? 出したら絶交だ」
「うー、つまんない」
フランドールが悲しそうな顔をしている。フランドールはレミリアに嫌われることを極度に恐れていた。
本当は、レミリアの一番になりたいのだが……邪魔なのは咲夜……この際一気に……何て考えていたのだが無理そうだと悟った。
物騒な話にたまらず、美鈴が横槍を入れる。
「あの、お嬢様、それでメンバーはどうします?」
「ん? あーそうだな。私とフランは決定だ。
残り三人……使いたくも無いが……美鈴お前もだ。
後は……どうする? 小悪魔でも入れるか?」
「姉さま、それでも一人足らないよ? 私が分身しようか?」
「あーダメだフラン。メンバーは5人だ。そういう制約だ。気持ちはありがたいが……」
「じゃ、姉さま、一人連れて来てもいい?」
「誰だ? まさか……」
「チルノをつれてくるよ。絶対に役に……いや、大活躍してくれるんだから!!!」
レミリアが頭を抱える。フランドールはチルノを仲間に入れる気満々である。
しかし、人数が足らないのは事実、そしてパチュリーは……言ったら怒るだろうが……チルノよりも遅い。
まあ、いいだろう。どちらにしろ、フランドールと私の二人がいる。チルノが他の連中の倍かかっても、遅れたことにはなるまい。
丁度いいハンデである。
レミリアはそう考えるとチルノの了承を得る前に参加名簿に記入を始めた。
参加チーム名 アイス・レッド
第一走者 チルノ
第二走者 小悪魔
第三走者 紅 美鈴
第四走者 フランドール・スカーレット
第五走者 レミリア・スカーレット
……
太陽の畑では風見幽香が参加要領書を片手に悩んでいた。
メディスンの社交の場としては絶好の機会……だが、メンバーが足りない。
それも、他に比べて圧倒的に足りない。
別段、幽香が4周するのはかまわないのだが、他のチームが納得しないだろう。
頭を悩ませているとメディスンが話しかけてきた。
「幽香、別にそんなのでなくてもいいんじゃない?」
「……ほんとにそう思う? 私はね。いい機会だと思っているのよ。
他の勢力が一堂に会するイベント……あなたのデビューには丁度いいじゃない」
「私は、そんなに大勢の前に出なくても……ほら、ぬえと橙のおかげで色々知り合いも増えたし」
「だからよ。あなたをもっと上の連中にも教えるのよ。丁度、加減とか色々分かってきたし、私はこの機会を逃したくない……」
「じゃあ、橙とぬえに声をかけてみるよ」
「……それが出来たら苦労はしない……あの二人は……橙は八雲、ぬえは命蓮寺っていう所属があるのよ。
橙は藍が手放さないだろうし……ぬえは命蓮寺が手放さないわ。二人とも優秀よ。特にこのルールならね。引き抜きは……無理だと思うわ」
頭を抱えたまま幽香が思考をめぐらす。
リグルか、ミスティアぐらいなら捕まえられるが……そこまでだ。
どうしても一人足りない。そして最も大事なことにそんなメンバーでは勝負に勝てない。
ルーミアは……すさまじくマイペースである。能天気ともいう。勝負の最中に居眠りを始めかねない。
気がついたらルーミア一人で日が暮れていたという事態を招く。
……ダメもとでかまわないか……
幽香はメディスンに橙とぬえを誘うように指示を出し、自身はリグルとミスティアを探しに出かけた。
……
博麗神社では霊夢と魔理沙が相談をしていた。
二人の意識をこちらに向けるように話しかける。
「駅伝の参加メンバーですか?」
「おお、咲夜、丁度良かったぜ。参加メンバーがさ、
いつの間にか決まってんだよな。これ見てくれよ」
咲夜にメンバー表がわたる。
咲夜は思わずくすっと笑った。レミリアが自分をチームから除外するわけである。
紫の策略で人間だけ参加メンバーが固定されている。
参加チーム名 人類連合
第一走者 霧雨 魔理沙
第二走者 魂魄 妖夢
第三走者 東風谷 早苗
第四走者 博麗 霊夢
第五走者 十六夜 咲夜
この分では早苗も妖夢もじきに集まってくる。
そして、初めてルールを確認した。
レミリアがずっと参加要領書を持っていてルールは見えなかった。
詳細なルールは以下のようなものだ。
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幻想郷 第一回 駅伝大会
1チーム5名による駅伝である。
選手は博麗神社ー人里ー妖怪の山入り口ー守矢神社ー魔法の森ー博麗神社の各チェックポイントをめぐるものとする。
審判とチェックポイントは下記を参照。
最も早く5人目がゴールしたチームを優勝とする。
優勝チームには賞品として、米1俵、酒1斗、蜂蜜4升、金一封、トロフィーが授与される。
審判および審査員
総審判長 四季映姫・ヤマザナドゥ
副審判長 八雲 紫
審判補佐 八雲 藍
小野塚 小町
山ノ神 チェックポイント
第零チェックポイント 秋 静葉 (スタート地点・博麗神社)
| 第一区画 走者による妨害無し、飛行能力以外使用禁止。
第一チェックポイント 秋 穣子 (人里)
| 第二区画 走者による妨害無し、速力アップ系の能力解禁
第二チェックポイント 鍵山 雛 (妖怪の山入り口)
| 第三区画 走者による妨害無し、但し防御に限り能力解禁、三月精による妨害発生
第三チェックポイント 八坂 神奈子 (守矢神社)
| 第四区画 走者による妨害無し、攻撃・防御の能力解禁、白狼天狗隊による走行妨害・追い立て発生
第四チェックポイント 洩矢 諏訪子 (魔法の森・入り口)
| 第五区画 走者による妨害発生、 すべての能力を解禁する
第零へ
チェックポイントで各神様から判子で印を貰うこと、順序間違いは無効とする。
妖怪の山だけは九天の滝および川から半分より人里側が第四区画、反対側が第三区画とする。
第五区画の妨害の程度は走者に一任する。過剰なものは審判が制止する。
飛行は障害を有効にするため、樹木の高さよりも低く飛ぶこと。
あまり高く飛ぶと各チェックポイントの神様よりお仕置あり…… 以下略 by 紫
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「じきに、妖夢も早苗も来ると思うから……それまで作戦会議でもしましょ? 咲夜?」
「そうだぜ? まず、私が先行逃げ切りのごとくリードするから、ラスト、ぶっちぎれるよな?」
「お任せを、たとえ相手が射命丸だろうとぶっちぎりですわ」
三人であっははははと笑い、残りの二人が来るのを待った。
……
はたてが顔を上げる。
目の前に化け物がいる……それも二匹だ。
すっごい牙が見える。本人達は嬉しそうに「にっこにっこ」笑っているつもりなのだろうか?
「おい、姫海棠って言ったっけ? 射命丸をすぐつれて来い」
「あ、あと犬走も頼む。これで五人だな」
はたては逃げるようにその場を去って、射命丸の住む家に向かった。
突然のはたての訪問を受けた射命丸は参加メンバーの話を聞いて「聞かなかった」事にしてドアを閉じようとし、即座にはたての手を挟み込んだ。
「いたたたた!!! こら、開けろ馬鹿っ!!!」
「……今日、姫海棠という幻が来たので、だまされないように……」
「私は本物だ!!! いい加減、目つけられてんだからあきらめなさいよ!!!」
「別に……あの方々はいいのですよ。問題は駄犬のほうです。
あの犬が出るなら……話は無しって伝えてください。
この前、思いっきり噛み付いてきたのですよ?」
「知るか!!! どうせあんたが椛の癇に障ることを言ったんでしょ!!!
いっつもそう。二人して仲たがいして……小さい頃あんなに仲良かったのに!!!」
「うるさいです。黙ってなさい」
文が怒った。目が据わる。しかし、姫海棠は文の細かい所まで知らない。
特に引きこもっていたおかげで文の実績は全くと言っていいほど知らない。
実の所、文とはたてではかなりの実力差があるのだが……差を無視してはたてが圧倒的な剣幕で押し立てる。
「何よ!!! 私の身にもなってよ!!!
断るなら、二人に直接言ってよ!!! 私はもう、椛のところに行くからね!!!
来なかったらどうなるか……全部あんたの責任だからね!!!」
文が止める間もなくはたてが九天の滝に向かっていく。
ため息をつくと、着替えを始める。はたてが言っていた2人のいる場所、地底の入り口へ向かうためだ。
あの二人が言っている以上参加メンバーはすでに決定。
……但し、たすきの受け渡しが椛相手なら駄々こねてやる……
チーム名 妖怪の山
第一走者 射命丸 文
第二走者 星熊 勇儀
第三走者 犬走 椛
第四走者 姫海棠 はたて
第五走者 伊吹 萃香
天狗と鬼、合計5人集まった結果こんな風に決まった。
……
「けっけっけっけ。いや~遊んだ遊んだ。
幽香ってば、すっげー、面白れーな。蛮奇の体だけ家に持ってったら……あ~、もう思い出しただけで笑える。
第一声が『えっ? 殺っちゃったの?』だってさ~」
「しゃれにならないです。あの後大変だったんですよ? 蛮奇さんの体が暴れて……運悪く幽香さんの鼻っ柱を蹴り飛ばしちゃって、
半ギレ状態の幽香さんが二度と暴れないように手足の関節をはずしちゃったんですから」
「し~らね。俺、し~らね」
「蛮奇さん泣いてましたよ? その上、影狼さんが来てすっごい騒動になったんだから」
「でも、全部丸く収まったんだろ? いいじゃないか」
二人して、話しながら歩いているとメディスンが近づいてくる。
「やっと見つけた。ねぇ、二人ともこれに一緒に出てくれない?」
二人が参加案内を覗き込む。
個人参加でないことを確認すると、二人とも顔を見合わせた。
「う~ん、ごめんなさい。一回、藍様に聞いてみないとわかんない」
「俺も~、チームバトルなら一応、白蓮に話さないと……当てにされてたら断れないし」
「そう……分かった。太陽の畑で待ってるから。参加できるかどうか教えてね?」
三人はそこで分かれた。
ぬえは命蓮寺に向かう。命蓮寺では既に参加者が名乗りを上げていた。
「おお、ぬえよ。遅かったの? 今丁度、駅伝の話で盛りあがっとるところじゃ」
「ふ~ん、そうか。 誰が出る気なんだ?」
「白蓮に村紗に小傘にナズーリン、あとは寅丸じゃな。
主はどうする? 既に5人じゃが……主なら余裕じゃ」
「えっ? そ、そうか。というかマミゾウは?」
「わしは……コースを見たがの……無理じゃ。これは速さが重要なんじゃろ?
それにの、これは妨害が結構入る……年じゃ、今回は遠慮するわい」
「そうか……白蓮の所に行ってくる」
マミゾウはぬえの後姿を手を振りながら見送った。
ぬえなら問題なくメンバーに選ばれるはず……。
「よー、白蓮、駅伝やるんだって?」
「そうですよ。ぬえ、あなたはどうします?
参加しますか?」
「……う~ん……白蓮がどうしてもって言うなら……出てやらなくもないぞ?」
「私の意見よりも、あなたの意思を尊重しますよ。ぬえ……出たいですか?」
「お、俺は、その、白蓮が出場してくれって言ってくれるなら……」
「私は、あなたの意思で出て欲しいと思っています」
まっすぐな瞳でぬえの目を見る。
……苦手だこういう目は。真面目すぎる。
「ねー、一言お願いしてくれれば、たった一言だよ。大丈夫、白蓮とこの俺様が組めば、
必ず勝てるからさ。俺は白蓮からお願いされたい。日頃、迷惑かけてるんだからお願い事ぐらいかなえてやるぞ」
「ぬえ、引け目に感じることは無いのですよ。迷惑だなんて思っていません。
どうしますか?」
「……じゃあ、俺の意思で出たいよ。白蓮一緒に勝とうぜ……」
白蓮がにっこり笑って名簿の名前を一つ消してぬえの名前を書き込む。参加名簿をぬえが覗き込んだ。
きっと、小傘の名前が消えて……!!
「おいっ!!! 自分の名前を消すなよ!!!
何やってんだ!!! 白蓮!!!」
「何って、ぬえが出るなら私は不要でしょう?」
「馬鹿っ!! 小傘を消せよ!!! あいつ遅いだろうが!!!」
「ぬえ……私は足の速い遅いで決めるつもりはありません。
自分の意思でこのお祭りに参加したい人を出したいのです」
「そうじゃない、そうじゃないだろ!! 勝つんだよ! 一番になるんだ!!!
遅い奴は入れちゃダメだろ!!」
「ぬえ、勝敗に拘っているのですか? 拘らなくても十分に楽しく出来ますよ?」
ぬえが頭をかきむしっている。
……違う、違うんだ! 俺は白蓮に……勝利を!! この戦いの勝者という名誉を贈るんだ!!!
「白蓮、出てよ。これはお願いだ」
「う~ん、それではもう一つチームを作りましょう。
……そうですねルーミアにミスティア、レティも入れてにとりさんもどうかしら?」
「そっちには当然、小傘を入れるんだろうな?」
「いいえ。 私が入りますよ。あなたにはこっちの命蓮寺チームを引っ張って……?」
「白蓮違うってば、小傘をそっちに入れるんだよ。何で白蓮が外れるのさ? 一緒に勝とうよ」
「みんなで楽しめればいいじゃないですか? 優勝する必要はないですよ?」
「なんで? 勝てる試合をわざわざ落とす理由が分からない……」
「ぬえ、この大会は人間も妖怪も出るのですよ?
多分子供も参加するし……全力で勝ちにいったら可哀想ではないですか?」
「いいじゃないか!! 世間の厳しさを教えてやろうぜ!」
「私はそこまでして勝ちにいきたくありません。これは私の意思です」
白蓮のくそ真面目な瞳をぬえが見ている。ギリギリと歯軋りが聞こえた。
いきなり、ぬえが怒声を上げる。
「もういいよ!!! 勝ちに拘らないなら俺は不要だ!!! くそっ馬鹿にしやがって!!!」
白蓮が首をかしげている間に戸を蹴破ってあっという間に飛び出していく。
悔しかった。頼って欲しかったのだ。そして勝利を白蓮にあげたかった。
……なんだよ、何なんだよ! あの態度は!! 少しは欲ってものがあってもいいじゃないか!!!
悔し涙をにじませながらぬえが太陽の畑に向かっていった。
結局、命蓮寺からは1チームのみ参加である。
チーム 命蓮寺
第一走者 多々良 小傘
第二走者 村紗 水蜜
第三走者 ナズーリン
第四走者 寅丸 星
第五走者 聖 白蓮
……
「藍さま、この大会、私はどうしたらいいですか?」
「ん? ああ、そうだな……好きにしていいよ。どうせ私は審判で手が離せなくなるから」
「じゃあ、藍さま。驚かないでくださいね? 私がどんなチームで出ても……」
「いいよ、任せる。但し、無茶だけはしないでおくれよ」
「そういえば、白玉楼の皆さんはどうしたんでしょうか?」
「あー、幽々子さんは面倒と言っていたし、妖夢は霊夢と一緒に出るから問題ないそうだ」
そこまで聞いて橙はほっとしたように太陽の畑に向かっていく。
その後姿を見送ると、藍がため息とついた。
「……もっと、もっと。たくさん身に付けなさい」
藍の耳には先日の橙の大失敗が届いていた。
橙にとって恥ずかしかったのかは知らないが、直接は話してはくれなかった。
しかし、それでもへこたれずに前に進んでくれている。
あの妖怪の元は危険極まりないが……良い勉強の機会だ。逃すつもりはない。
なに、危険が迫れば審判権限で突撃すればいいだけだ。……万が一にもありえないがな。
……
人里をわかさぎ姫を連れた影狼が歩いている。向かう先は赤蛮奇の家である。
手には駅伝の参加要領書が握られている。
草の根ネットワークの親睦会に丁度いい機会だと思っていた。
「……で、いつの間にかそのネットワークに私は組み込まれていたと……そういうことか?」
「そんなこといわないでさ、出ようよ。楽しいよ? 走り回るのは?」
「そりゃ、お前だけだぞ? 自分が狼だって忘れてんじゃないのか?」
「私も楽しみなんだけど? その駅伝大会」
「わかさぎ姫……それってさ、永琳の薬で足が生えたから”水辺を離れていろんな所に行ってみたい”ってだけじゃないか?
子供の……幼稚園児レベルの好奇心じゃないだろうな?」
図星を指されてわかさぎ姫がうつむいてしまった。
あわてて影狼が話題の焦点を元に戻す。
「別にいいじゃない。じゃ、登録しておくからね」
「なぜ?……そうなる? 一言もいいとは言ってないぞ?
影狼ってさ、前から思ってたけど随分とずうずうしいよな。
……あ~もう。適当にやるからな? 入賞なんて期待するなよ?
それと、他の二人は誰だ? まさか……針妙丸なんていわないよな?」
「そのまさか……である」
影狼の背中から針妙丸が這い出してくる。
ため息が出る。……小さい……こりゃ勝てないわな……まあ、自分の所為じゃないだけましか……
「大丈夫だ。心配しなくてもいい。大会当日は審判に掛け合って体ぐらいはまともなサイズにして出場させてもらうさ」
「速攻でルール違反だな……ま、いっかそのほうが気楽だしな。
最後の一人は? 正邪か?」
「いや……正邪は、まだ見つかっていない。多分こんな大会が開かれていること自体を知らないはずだ」
「? じゃ、どうするんだ? 最後の一人は?」
影狼のこれから集めるとの言葉を聴いて、赤蛮奇があきれている。
……絶対、影狼がこの大会に出たいだけだ。単純に頭数をそろえているだけにしか見えん。
もうどうにでもなれと影狼の後についていった。
……
太陽の畑では意外なメンバーが集結していた。
幽香、メディスン、リグル、ミスティア、橙、……それにぬえである。
「……なぜ? メンバー不足かと思えば……いつの間にか補欠までいるなんて……」
「別にいいだろ? それより速くメンバー決めようぜ? ちなみに俺は絶対出る。というか、俺を出せ幽香」
「なぜだろう? 命令されたとたんにはずしたくなる……
っと、冗談は抜きにして、そうね、このメンバーなら……
ミスティア、声をかけたそばから悪いけど……今回は遠慮してもらえるかしら?」
「はっはい。分かりましたです!!」
ミスティアはむしろほっとした表情で、太陽の畑を去っていった。
後は走順だ。
「俺が最後だ。文句ないよな?」
「無いんだけど……なぜ?」
「白蓮が第5走者だからだ」
「……白蓮が……って、何で知ってるのよ?」
「メンバー表を見たからだよ。……くそっ、本当なら俺が第1走者で……ぶっちぎってやったのに……白蓮、必ず後悔させてやるからな!!!」
幽香が自分のことを棚にあげて、「逆恨みって怖い」などと言っている。
しかし、そういう理由があるなら、むしろ第5走者は変えたほうがいい。ぬえがやりすぎる可能性がある。
折角、願ってもないほどのベストメンバーに恵まれたのにぬえが白蓮に突っかかってぶち壊されたらたまらない。
「じゃ、ぬえは第4走者でお願いね?」
「……おい!! 俺の話を聞いていたのか?!!」
「あのね、私も勝ちたいのよ。分かるでしょう? 勝ちに拘ったあなたなら……ね?
私に任せなさいよ。白蓮? 楽勝でしょ、私なら……わかるわよね?」
「あ……、くっ くそ、ここでそんな顔するかよ」
幽香の目が据わる。強制的にぬえを黙らせた。
ぬえは舌打ちすると「必ず勝てよ」と言ってきた。
すぐさま表情を元に戻す。
「もちろんよ。じゃ、各々の分担を決めようかしら」
「あ、あの……幽香さん、分担も何も全速力を出すだけじゃないんですか?」
「ん……、そうね。橙ちゃんとぬえはそうよね。全力疾走、それも可能な限り、前のチームに追いつくのと、
リードを広げる役目よね、
そうすると、第一走者はそうね……リグル、役目はトラップの配置よ。魔法の森に出来る限り、害虫を配置して頂戴。びりでかまわないわ。
第二走者はメディスン、リグルのトラップをさらに上掛けしてもらうわ。手加減覚えたでしょ? 魔法の森を抜ける直前の場所に毒をばら撒いてもらうわ。
第三走者は橙ちゃんね。ここから、ラップを縮めてもらうわ。理想的には……5位以上かな。
第四走者はぬえ、まかせた。走行中はあなたの判断でいいわ。ぶっちぎって頂戴。
最終走者は私、ぬえのリードを維持したまま、勝負を決める。これでよし」
簡単に各自の役目を説明する。
明日は全員でコースを見回りだ。特にメディスンとリグルにはトラップの配置を徹底させる。
仕掛け間違って橙が引っかかったら目も当てられない。
そして、情報収集もおこなう。各チームの走順が分かれば、シミュレーションもしやすい。
現状分かっているのは命蓮寺、人類チーム、そして自分達のチームだ。
チーム名 フラワーメイカーズ
第一走者 リグル・ナイトバグ
第二走者 メディスン・メランコリー
第三走者 橙
第四走者 封獣 ぬえ
第五走者 風見 幽香
霊夢達は問題ないだろう。命蓮寺もだ。むしろ、こんな大会に絶対に出るであろう、レミリアや萃香のチームが問題だ。
連中は文字通りのトンデモメンバーを集める可能性があった。
……
「あ~危なかった。まさか幽香さんのチームに誘われるなんてどうしようかと思った」
ミスティアが飛んでいく。太陽の畑から人里まで一直線だ。そして丁度、人里の入り口で下から見上げている視線に気がついた。
何の気なしに舞い降りる。3人と妙に小さいのが一人いる。
「こんにちは~。影狼さんだよね? 久しぶり……だっけ?」
「う~ん、そういえば結構あってなかったかもね。
そうだ!! ミスティア、お願いがあるんだけど? いいかな?」
「あ~、ひょっとして駅伝の話?」
「そうそれ、今メンバーが足りなくて、ちょっと困っていたんだ。
最後の5人目のメンバーを、お願いできないかな?」
「……なんだか私のときと頼み方が違うぞ?」
赤蛮奇の不満をよそに影狼が親しそうに話しかけている。
ふと、わかさぎ姫の顔を見たら、驚いているようだ。自分以外にこんなに親しそうに話している人を初めて見た。
わかさぎ姫の胸がもやもやする。……私は嫉妬しているのだろうか?
「別に~いいよ? そんなに頑張らなくてもいいんでしょ?」
「じゃあ、そこの赤蛮奇の家でさ、順番決めようよ」
「……おぃぃ!!? それを許可した覚えは無いぞ!!? なんでだ!?」
「だって、近いじゃん?」
キョトンとして影狼が疑問を浮かべる。
蛮奇は過去に、影狼を家に上げたのが間違いだったと激しく後悔した。
こいつは家の匂いを覚えて……くそう、家が無くなった時、居候させたのが間違いだった!!!
まるで、自分の家みたいにあがってきやがる。
自分に隙があったのもいけなかったが……くそっ、やりたい放題だ。
「そんなに怒らないでよ。今日は宴会にしようよ。大丈夫、掃除とか手伝うから」
「くそ、そんなんじゃねぇよ。私のプライバシーが、プライベート空間がなくなっちまう。
そうだ。もう、こうなったら影狼の家に行こうぜ。豪邸だろ? 私の家は狭いんだ。
五人ははいらねぇ」
「あっ、え、えと、あそこはやめたほうが……」
「何だよ。私の家は良くて、お前の家がダメってのはどういう理屈だ?」
影狼がしょぼくれている。わかさぎ姫がフォローを入れた。
「あの家、凄いは凄いんだけど……鬼が結構来るのよ。家の場所を覚えたらしいわ。
ほら、あの大暴れしていた奴よ。飲み比べとか、力比べしようとか……ストレスで一回、影狼が倒れたんだから……」
蛮奇の顔が苦虫を噛み潰している。それで最近、ことあるごとに影狼が家にくるわけだ。
そういう仕組みだったのか……影狼が家に帰ると鬼が居る。たぶん何かと口実をつけて逃げてきているのだろう。
赤蛮奇は舌打ちすると、自分の家を作戦会議の場として提供した。
……
「そういえばさ、他のチームってどんな感じなの?」
「知りませんわ。紅魔館チームもメンバーすら確認せずにこちらに来ましたので」
「ふ~ん。早苗と妖夢は?」
「全然知らないです」
「知りません」
「なんだよー。役に立たないな」
そんなこと言っても、早苗は守矢の神達に博麗神社に行くように言われただけである。
妖夢も同様だ。幽々子に霊夢に協力するようにと言われて来たのである。
「それじゃ、今から調査でもする?」
「何かあてはありますか? 紅魔館はチームを組んでいますが……他は?」
「そりゃ萃香よ。あいつは絶対出るわ。あと、そうね……永琳は……微妙かな?
白蓮も微妙……周りが盛り上がってれば出るかもね。白玉楼は……妖夢、幽々子はどんな感じだった?」
「応援するから頑張ってきなさいっておっしゃってましたが……おそらく幽々子さまは出ません。
大体手を組みそうな紫様が審判になっているので、私が抜けたらメンバーが足りないはずです」
「ん、たしかに」
「そう考えるなら、永琳もでないぜ。これだけ大規模なら逆に絶対に医者が必要だ。
永琳が医者で待機なら、輝夜も鈴仙もでないだろ。
あと、早苗んところは?」
「私の所は二人ともチェックポイントにかり出されていますから守矢神社の走者は私だけのはずです。
椛さんと文さんは……出るでしょうか?」
「あっ、絶対でてるわ。萃香が出るなら、あの辺は声がかかるわね」
「そうすると、調査しないといけないのは……旧都と紅魔館、あとは命蓮寺ですか。
では、紅魔館はお任せを、美鈴から聞き出しますわ」
「それじゃ私は旧都に行くぜ」
「では私は命蓮寺を覗いてきます」
「私は奇跡の力で他にチームがないか探してみましょう」
「ご苦労、私はここでお茶を飲んでるわ」
「「「「働け!!!」」」」という4人の合唱が響いた。
……
紅魔館の門で美鈴と咲夜が情報交換している。
咲夜は紅魔館のチームメンバーを確認すると「新しい情報が入ったら必ず連絡する」と言って去っていった。
引きとめようとした美鈴に大会が終わるまでは戻らないと言い残して……。
……
命蓮寺では妖夢が白蓮に話を聞いている。
ストレートに参加メンバーを聞き、駆け引きなしに白蓮が答える。
ほんの1分ほど話をしただけで終わってしまった。
立ち去る妖夢の後姿を見ているとマミゾウが話しかけてきた。
「白蓮……その、情報の価値って分かっておるかい?」
「?? 情報の価値? 何ですかそれ?」
マミゾウが目を覆った。これはダメだ。自分でチームの情報を漏らしておいて、事の重要さが全く理解できていない。
千金の価値がある情報を駄々漏れさせて、全く悪びれていない。解脱を目指した僧侶だからかもしれない。
しかし、こういったことは一度言っておかねばマミゾウの気がすまなかった。
「情報の価値が分かっていないのか……、なるほど、それで主は今、自分の仲間を只で売っぱらったんじゃな。
……わしの言っている意味が分かるかい?」
「??? 仲間を売る? すみません、マミゾウさん、言っている意味が理解できないのですが?」
「主は今、何を妖夢に話した?」
「駅伝の参加メンバーと走順ですよ?」
「それで一体何が起こると思う?」
「? 何ですか? 分かりませんが? 何も起こらないのではないですか?」
「白蓮……、主は甘いの~。今、命蓮寺は負けたぞい。主が原因でびりケツ決定じゃ。
残念じゃったのう。楽しみにしていた連中もこれではつまらないじゃろうな」
「??? 駅伝は6日後ですが? まだ始まっていませんよ?」
「主は人が良すぎる。人が良すぎて逆に悪影響じゃ」
白蓮には禅問答のようなマミゾウの態度が全然分からない。
ただ単純に走順とメンバーを伝えただけ……。だいたい妖夢のチームは最初から走順もメンバーも分かっている。
こちらだけ情報を隠蔽したらそれは卑怯だと考えていた。
「白蓮、主には厳しいかもしれんが……世の中は全員が善人ではないことぐらい分かっておるな?」
「う……そ、それは、……私はそう信じたいですが……確かに事実は違います」
「ではな、悪人の理論で、例えば妖夢に漏らした内容が悪人に……例えば風見幽香なんて奴に伝わったらどうなると思う?」
「え? ……うん? どうなりますか? 分かりません」
白蓮には全く理解が出来ていない状態だ。……全く、これだから聖人という奴は……、悪人の思考が出来ないから困る。
「では簡単に言うとな、第五区画での? 命蓮寺をつぶすとしたらどうする?
標的は誰じゃ? ……小傘ではないか? 第一走者に幽香が来たら主はどうする? 手も足も出んぞ?
そして、相手はルール上の権利で小傘をつぶしにかかる。ゴールできないほど痛めつけられたら?
主はどうするつもりじゃ?」
「あ……、ま、まさか、そんな……」
「そんなことある分けないなんて常識が、通用しないことぐらい分かっておると思ったがの?」
白蓮の顔が蒼白になった。楽しい、楽しいはずの大会が一気に壊されてしまう。
みんな楽しみにしてくれていたのだ。
ルールをよく読み返してみる。第四~第零チェックポイントは走者間の妨害ありだ。
過剰なものは審判が制止するとあるが……本当に幽香を制止できるか? その前に制止する暇があるだろうか?
「今すぐ、妖夢さんに口止めをしてきます」等と口走った白蓮をマミゾウが止めた。
「まー、まー落ち着くんじゃ、白蓮。今のは最悪のケースじゃ、万が一にも起こらん。
流石に第一走者が幽香って事はないじゃろ。あの手の連中は頭がいい。多分、幽香が出場するとするなら第五走者じゃ。
最後が幽香なら、最後の仕返しが怖すぎて他のチームは幽香のチームに手出しできんはずじゃからな。
……多分他のチームも同様じゃ、実力者は最後に集中するはずじゃよ。逆を言えば、幽香が第一走者で傍若無人に振舞えば、
それは残りの走者のときに自分のチームに跳ね返ってくる。ボコボコにされるはずじゃ。牽制の意味でも最初に幽香が来ることはありえん。」
「脅さないでください……でも、起こりうる可能性も考慮すべきですね?」
「そうじゃ、だがのその前に、何よりも情報の価値を知ってもらいたかった」
「教訓ありがとうございます。でも、そうしたらどうしたらよいでしょうか? 私では、作戦が立てられません」
「この状況じゃ、誰も作戦は立てられんわな。じゃから立てられるようにすれば良い。……偵察じゃ、スパイごっこじゃよ。
わしが各地のチームの参加メンバーを調査してやろう。メンバーと走順さえ分かれば各走者ごとの対策は立てやすい。
駅伝は既に始まっておるのじゃよ。走り出さん奴は馬鹿か間抜けじゃ」
「マミゾウさん、ありがとうございます。助かりますよ」
「ふっふっふ、じゃがの、協力もここまでじゃ。わしは各チームのメンバーと走順を伝える。それだけじゃ。走者の対策は主がたてるんじゃよ?
どうやったら、小傘が、ナズーリンが怪我なく、楽しく走りきれるか……主の悩む権利じゃ、せいぜい頑張るんじゃな」
「分かりました。何から何までありがとうございます。まずは、そうですね、走順も走者も明確な人類連合の対策を考えます」
「ふっ、じゃあ、わしはぬえの後でも追うかい。きっと太陽の畑じゃろ」
そんなことを言ってマミゾウはぬえの匂いをたどって飛んでいく。
白蓮はそんなマミゾウに深々と頭を下げた。
……
「ミスティアは何番目が希望?」
「あ~、最後じゃなきゃいいよ? どこでもいい」
「影狼……私一番じゃダメ?」
「え? いいよ? じゃ、わかさぎ姫が第一走者……っと」
「わかさぎ姫が一走なら私は第二走者だ」
「……なんで?」
「何だっていいだろ!」と声を大きくしたのは赤蛮奇だ。
赤蛮奇はわかさぎ姫のあとなら多分既にびりだから、”いくら遅れても恥ずかしくもなんともない”という考えがあった。
影狼はそんな考えにうすうす気付きながらも、名前を書き込んでいく。
「影狼殿、私は最後でもよいだろうか? もし、万が一にも参加サイズがこのままでは……その、後走する者に申し訳ない」
「ん、気遣いありがと、針妙丸……じゃ、最後、第五走者だ。
あ~、大体決まったな。ミスティアは第三走者と第四走者はどっちがいい?」
「じゃあ、真ん中がいい。第三走者でけって~い」
「最後に私は第四走者か。頑張るぞ~」
赤蛮奇が影狼を白い目で見ている。……絶対、絶対にこいつが走りたかっただけだ。断言できる。
赤蛮奇の思いをよそに駅伝大会の最後のチームが結成された。
チーム 草の根友の会
第一走者 わかさぎ姫
第二走者 赤蛮奇
第三走者 ミスティア・ローレライ
第四走者 今泉 影狼
第五走者 少名 針妙丸
メンバーと走順が決まれば後は宴である。
駅伝のチーム結成会が夜遅くまで開かれた。
……
夜遅く、マミゾウが命蓮寺に帰ってきた。わずか半日で幻想郷全土を回り、すべての拠点を調べ上げた。
マミゾウが調べたチームはアイス・レッド、フラワーメイカーズ、妖怪の山である。
走者、走順すべての情報を白蓮に渡す。
白蓮が手厚いお礼を述べる前に疲れたから寝ると寝床に直行した。
マミゾウの調査結果では白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿に駅伝参加チームは居ないとの事である。
これだけでも相当な労力であっただろう。
現時点でこれだけの参加者を特定したものは審判の紫、映姫を除き他にいない。
唯一、”草の根友の会”が調査から外れた。
連中の拠点が存在しないこと、加えて筆頭実力者といえる突出した者が存在しなかったため、
目をつけることすらされなかったのである。
マミゾウは調査結果に満足すると大いびきをかいて眠った。
……
「……紫様、満足ですか?」
「ん~欲を言えばもう2,3チームいると良かったんだけど……仕方ないか、これだけのメンバーを集めたら監視員も山の神を使ったり、
医者も優秀なの呼ばないといけないし、後、私は観戦したいし……むしろ、上出来かぁ~。
あ~楽しみ。どんな熱いドラマがあるのかしら?」
「自分で作ったドラマって熱くなれるものですか?」
「なれるわよ? 登場人物が自分の予想を超えた動きをしてくれればね。
そ~だ、三月精に式神はりつけないと……」
藍が頭を抱える。紫が貼り付けようとしているのは藍用の超強力な式神だ。妖精が耐えられる出力だろうか?
「だ~いじょうぶよ。調整してるからさ。悪くてはずした時に気持ち悪くなるだけよ」
「……その気持ち悪さは何日続くんですか?」
「永琳もいるから大丈夫よ。1日寝てればすっきりよ」
藍はがらにもなく三月精に同情した。きっと私と同じようにこき使われるのだろう。
拒否権もない。そして、報酬もだ。幸い時間だけはある連中だから手痛い失敗例として身につけて欲しい。
「そんなこと思っていても口に出すものじゃないわ」
「紫さま、思考を読まないでください。まだ口に出していません」
「これから言うつもりの癖に」
「ええ、一人になってからそこの角でつぶやくつもりです」
そういうと、藍は部屋を出て行き、紫に聞こえるようにつぶやき声を上げた。
……
次の日から、各チームがそれぞれ作戦を立て勝利のために行動を開始した。
アイス・レッドは美鈴ー咲夜を通じて各チーム状況をほとんど把握している。このチームの弱点はチルノに小悪魔だ。
チルノと小悪魔をつれて美鈴がコースをめぐり、二人に徹底的に順序とルールを覚えさせる。
フラワーメイカーズは勝負どころの第五区画のトラップの配置の確認それに回避の仕方を徹底させる。
命蓮寺は各走者ごとの対策、各区画の特徴を聖がまとめ、メンバーに周知する。コースも皆でわいわいと巡ってみた。
人類連合も同じように区画ごとの対策、危険人物などを挙げながらシミュレーションを行う。
草の根友の会はほとんど全部影狼の趣味で各チェックポイントを巡る走り込みを全員で行った。
唯一、妖怪の山チームは全く対策を打たない。これだけのメンバーなら対策を打つ必要がないというのが鬼の意見だった。
そんなこんなでいよいよ明日は大会開催日だ。
「……のう、白蓮、調子はどうかの?」
「おかげさまで順調です。何ででしょうね? わくわくしてきました」
「そりゃ、あれだけ準備をしたら結果が楽しみにもなるわな。
どうじゃ? 欲が出てこんか? 努力の対価として優勝したくなるじゃろ?」
「ふふ、そうですね。優勝したい……とは思いませんが、びりにだけはなりたくない。
そうですね。勝ちたいよりも負けたくないって気持ちが大きいです」
「かっかっか、そうじゃろう。十分じゃな。
……少しは、ぬえが言っていたことが分かったかの?」
白蓮がマミゾウの真剣な目を見て苦笑した。
……全くこの人は……復讐も、やり方もうますぎる。心まで手玉に取られた。
マミゾウの協力はぬえの申し出を断ったことへの仕返しだ。
確かにぬえが入ればもっと、もっと楽しかっただろう。真剣に勝ちにいっていたかもしれない。
そう考えると惜しいことをしたと軽く後悔した。
「すみません。あのときは負けても傷つかないようにしていたのですね。
もうこんなに下準備をさせられて、あんなに楽しそうな小傘の顔を見たら負けるわけには行きません。
ぬえには後で謝りましょう。
私もまだまだですね。『楽しければ負けてもいい』からマミゾウさんの所為で『絶対に負けたくない』という気持ちになりました。
心動かされましたよ」
「かっかっか、そう言ってくれると、働いたかいがあったの。
……で、じゃ。主には一つ謝ることがある。参加チームじゃがな、1チームだけ見落としておったわ」
「誰のチームですか?」
「草の根友の会ってチームじゃ。連中は人里でチーム結成したらしいの、コースを見回っておらんかったら見落としてたわ」
「マミゾウさん……危険な人は居ますか? 例えば勇儀さんや幽香さんみたいな」
「いや、おらん。それどころかチームの力は最弱じゃよ。警戒が必要なのは影狼って奴ぐらいじゃ。あとはミスティアか、
他は……何というか話にならん。人魚に、小人に、飛頭蛮、どう考えても遅いわ」
「えっ、本当に? 凄いチームですね」
「いや~あれほど勝ちを度外視したチームがあるとは夢にもおもわんかったわい。
おかげで見落としたわ。
一応調べたんじゃが……走者と走順……チェックするかえ?」
「チェックしましょう。明日、負けないために最大限の努力をします」
「それでこそ白蓮よ」と言ってカラカラとマミゾウが笑った。そうして二人して最後のチームに対する対策を練り始めた。
……
「そういえばさ、優勝の賞品、取り分どうする? ちなみに私はトロフィーが欲しいぜ?」
魔理沙が話しているのは優勝後の話だ。明日の計画は既に練り上げた。
計画がうまくいけば妖怪の山チームが相手であろうと十分に勝機はある。
「金一封で」
「霊夢さんはお米かと思った。私はそうですねお酒かな。家には大酒飲みが二人居ますから」
「では、私はお米にします。食費の幾分かの足しになるでしょう」
「1俵が幾分かの足しって、どんなレベルでしょう? 私は残りで蜂蜜ですか……十分ですわ」
みんなで賞品を喧嘩せずに分け合える……結構いいメンバーで組めたな、と魔理沙はそう思っていた。
なんの気兼ねなしに準備することが出来た。あとは、集中するだけである。
明日は、いよいよ駅伝が開幕する。
魔理沙の相手は射命丸だ。他の奴らなんて眼中にない。最速をかけて人間対妖怪の戦いが始まるのだ。
わくわくどきどき、興奮して眠れないかもしれない。心も体も戦略も最高だ。負けない……明日が、楽しみで仕方が無かった。
……
日が昇った。当日、朝早く目覚めた藍は朝もやのなか博麗神社に向かう。
今回の大会の準備だ。大会そのものは正午から開始する。それまでは審判団のテント、医務室の設営、チェックポイントの確認……
やらなければならないことは山ほどある。
博麗神社に到着してみれば既に山の神が来ている。流石に早い。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ? 紫はどうした?」
「紫様はまだ眠っていますよ。待ちくたびれた……って、少し早すぎでは? まだお日様が顔を出したばかりですよ?」
「くふふふふ、仕方ないよ。なにせ、神奈子は待ち遠しくってわざわざ博麗神社の分社に泊まってたんだから」
「言うなよ。諏訪子」
「他の神様はどうしました?」
「秋姉妹はまだ寝てるだろうね。雛は確かチェックポイントでもう待機中だ。
あんまり博麗神社や人里に近づいて厄をばら撒くわけにはいかないってさ」
「では、お二方で医務室と本部を設営してもらえますか? 私は各チェックポイントとコースの確認をしてきます。
昨日のうちに仕掛けを施す不届き者がいないとも限らないので」
「ぷっ、くははは、確かにいないは言い切れないな」
「そ~いえばさ、そういうルール違反した奴ってこっちで勝手に判断していいのかい?」
「ええ、お任せします。よほどのことがない限りこちらは口を出しません。但し、早苗さんにひいきしたらダメですよ?」
「分かってるよ。むしろ成長のいい機会だ。手は貸さない」
それから、少し雑談をすると藍はコースの確認に入った。
もう少し日が高くなれば霊夢も起きだす。……忙しくなるだろうな。
……
紅魔館ではレミリアが目にくまを作って起きていた。
眠れなかった。昨日だけではない。ここ数日ずっとだ。
部屋が汚く荒れている。……全部咲夜が居なかったせいだ。
調子が良かったのは最初の2日だけ。その後、4日で疲弊してしまった。
以前、美鈴が咲夜を引きとめようとしたのだが……結局大会が終わるまで戻らないと宣言されてしまった。
まあいいか、なんてえらそうに思っていたのがいけなかった。
咲夜が居るのといないのとでは日々の生活のリズムがつかめない。
何をやってもいつもの数倍の時間がかかるのである。
そして、最も困ったことは食事である。咲夜のおいしい料理に慣れすぎたせいで他の者が作った料理(並レベル)がまずくて食えないのである。
……まずい、こんなに疲弊するとは夢にも思っていなかった。
自分の妹は全く元気である。フランドールは私よりもタフに出来ている。いつもと変わらない。
結局ダメージを受けているはレミリアだけだ、咲夜のレベルに慣れてしまっていたので、生活レベルを落とすことが出来ない。
数日居ないだけで大ダメージだ。咲夜……くそ、早く戻ってきてくれ。
ぼさぼさ頭をたっぷり時間をかけて整える。
腹が鳴るのだが、食欲が出ない。
いつの間にかフランドールがレミリアの寝室に入ってきていた。
「ねえさま、大丈夫?」
「大丈夫だ……」
「食事、食べてる?」
「……口はつけているぞ」
「飲み込んでる?」
「いや……ダメだ。異物を飲み込んでいる感覚だ。のどを通らない」
「今日は棄権する? 調子悪いなら私が大会をぶち壊そうか?」
「ふふ、心配するな。なに、あと、たった10時間ぐらいだ問題ない」
「本当に? あの……魔力が弱ってるのが私にも分かるんだけど……」
「大丈夫だ。私の相手は幽香に、白蓮、萃香、……それに加えて咲夜か、言ってみて初めて気がついたが……きついな」
「任せてねえさま、私の相手はぬえ、寅丸、霊夢、え~っと……? はたてって誰だっけ? まあいいや。
第五区画で全部つぶしちゃうから」
「……フラン、これは姉としてのお願いだ。破壊の能力は使うな。全力疾走して、なるべく早く私にたすきリレーしてくれ」
「なんで? 疲れてるなら任せて。ねえさまは寝てても勝てるわ」
「忘れているのかフラン、私はわがままだろう? 私は私の手で勝つのが好きなんだよ。
アシストはいい。だけど、勝負を決めるのは許さない。たとえ妹のお前であってもだ」
「……そう?
分かった。アシストに専念する」
「ありがとう。さすが私の妹だ。頼りにしてる」
レミリアに頼りにされて、フランドールは少しばかり機嫌よく部屋を出て行った。
レミリアは一人ため息をつく。それとともに疲労が込みあがってくる。
高々数日、従者が居ないだけでとんだ目にあった。
美食家のつもりは毛頭ないのだが……咲夜のせいでいつの間にか美食家になっていた。
自分の知らぬ間にである。自分の舌が勝手にグルメにされてしまった。そしてこの様である。
現時点における調子を確認する。……出せて最高時の2割程度が関の山だ。
ペース配分をミスったらそのまま失速してボロ負けする。
しかもスタートは正午……5時間もあとだ。極め付きは自分が第五走者、一番最後に走り出す……6日間の絶食後では今より疲弊する。
レミリアは覚悟を決めてメイド達が作った食事を口に放り込む。……まずい……喰えん。
結局、飲み込むことが出来ないで、吐き出してしまった。
レミリアは少し考えてみる。フランドールは問題なく食べられるものが自分では口に入れることは出来ても飲み込むことが出来ない。
舌で味を確かめてみても、味の違いだけだ。ただ単に旨いかまずいかそれだけだ。
……食事中のフランドールの顔を見た限り、本当にまずいわけではない。本当にまずければフランドールが黙っていない。
しかし、同じ料理を食べて、『何で食べられないのか?』と首をかしげている有様である。
フランからすれば、確かにいつもとは違う味……だが飲み込めないほど劣るわけではないという事だ。
しかし、レミリアにとっては異なる味というものが大問題だった。飲み込むのに値しないのである。
消化して体に取り込むという過程が拒絶反応を起こしていた。
結果として喰えない。餓死と引き換えても胃の中に入れることが出来なかった。
咲夜の料理を思い浮かべてみる。私に気に入られるために……いや、私を満足させるために知力と体力を注ぎ込んだ料理だった。そう感じるに値する料理だった。
比べて、今の料理は何だろう? メイドたちがこれなら満足するだろうという意思で打算と適度に手を抜いた料理だ。
舌で感じる味からはそんなことが透けて見える。
料理を作るものの思いが……打算と軽蔑が透けて見える。喰えない。こんな思いを体に取り込むことなんて出来ないのだ。
……だめだ。どうしようもない。
結果としてレミリアの絶食は駅伝大会の決着まで続くのである。
……
はたてが倒れている。
二人の鬼があきれてその姿を見ていた。
ちょっと前夜祭で酒を飲ませたらこの様である。
文と椛にはやんわりと断られてしまった所為で、全部はたてが飲むことになっただけだ。
「あっちゃ~、天狗ならこのぐらいなんて思っていたが、まさか倒れるとは」
「弱すぎ、なんでだ? こっちはまだほろ酔いもいっていないのに……」
「こりゃ大会も棄権かな?」
「お、おい、そりゃしゃれにならないぞ? はたて起きろ、命令だぞ?」
うつ伏せになっていたはたてが手足をびくつかせるがそれまでだ。
仕方なしに、萃香が能力で文をひきつける。
「あ~、こりゃダメかもな」
「仕方ないな、飲ませすぎたのか……」
「ちぇ~走順、変えてもらうか?」
「無理だぞ? 紫が登録後の変更は認めないって宣言してたはずだ」
「そうか……何とか第四走者だけ、どうにかならないか?」
「何かと思えば……勝手につぶれてチーム全体に迷惑をかけているのですか?」
そんなことを言って射命丸が現れた。
すぐに酔い醒ましを持ってくると宣言してあっという間に立ち去る。
「相変わらずだな、文は……」
「止まってなんていられないんだろうな……」
わずか数分で八意印の酔い醒ましを手に戻ってくる。
赤ら顔でぐったりしているはたての口に薬を流し込んで布団の中にしまいこんだ。
いくらなんでも、正午までには復活するはずである。文はため息をつくと二人にはたてを任せ、まだ早いながらも博麗神社に向かっていった。
……
博麗神社では、参加者が続々と集まってきている。
影狼たちは審判のいるテントに針妙丸の事で申し入れを行っていた。
針妙丸のサイズのことで審判長の裁決を貰うのである。
「よく参加する気になりましたね? 心意気はすばらしいですが」
「すまない。でも、どうしても友人が参加したいと言って、
私もささやかながら助力をしたいと思った。……だめだろうか?」
「……しかし、飛行能力すらない者が参加、しかも小人。安全を考えるなら参加は……しかし友情にこたえたいという心を評価したい。
紫さん、どうします? 第一区画での能力の使用を許可しますか?」
「いや、許可も何も、使用しないとダメでしょ? 下手すると駆け出した直後に踏み潰されるわ」
「では、針妙丸さん。特別に能力の使用を許可します。但し、第一区画において体のサイズ以外で小槌を使用したら失格ですからね?」
「ありがとう。全力を尽くして走ることをここで誓うよ」
たちどころに針妙丸が大きくなった。……とは言っても、その背は5人の中で最も低かったが……踏み潰されることはないだろう。
「ああ、そうです。今回の参加チームの走者と走順のリストを渡します。
無理せず、危険だと判断したら迷わず棄権をするように、
他の者は決してその判断を責めることないように……では、各人の健闘を期待しています」
審判長の言葉を受けて、リストを全員で覗き込む。
赤蛮奇から悲鳴が上がった。第二走者の欄に星熊勇儀がいる。以前、叩きのめされた化け物中の化け物だ。
影狼も目を点にしている。相手にぬえとフランドールがいる。連中も話に聞いているが実力……走力ではない戦闘力における幻想郷の最高峰レベルである。
針妙丸はレミリアと萃香の名前を見つけて凍っている。良く確認してみれば、第五走者は化け物ぞろいだ。
萃香、レミリア、白蓮、幽香……幻想郷屈指の怪物がそろっている。
審判長が「良く参加する気になった」と言っていた意味はこれだったか!!!
……いやいやいや、まって欲しい。知っていたなら登録の段階で教えて欲しかった。
例えば赤蛮奇が棄権しても誰もとがめることはない。とがめることが出来る奴なんてこのチームにいない。
ミスティアが「多分、最初からびりだから大丈夫だよ」なんて言っているが、
第四走者、第五走者の第五区画の争いに巻き込まれでもしたらそれこそ即死である。
各人が身の安全を最優先にすることをここで宣言した。
「……あそこで、ギャーギャー言っているのはどこのチーム? 初めて見るんだけど?」
「多分、この草の根友の会だぜ? 影狼がいるしな」
「このチーム……全然知らないんだけど……強いの?」
「とびっきりに弱いはずだぜ? 戦ったことがあるから大体分かる。
というか わかさぎ姫は人魚だ。無理じゃねぇか?」
「ふ~ん、まあ、魔理沙は心配ないか。……というか問題になら無そうね?
3人が青い顔してるわ。多分、ろくに相手を調べずに参加したのね」
「棄権したほうがいいと思うな。速いのが影狼だけじゃ、びりケツ決定だぜ?」
そんなこと言っている間に全チームがそろう。そして走者順に整列する。
登録番号と走順が記されたゼッケンが配られた。
第一走者にたすきが渡る。たすきには4X5マスの四角の欄が区切ってある。
第一から第四チェックポイントを通過する際にそれぞれの神様が確認したという印をもらうのだ。
藍が見回した各チームの様相は1チームを除き、意気揚々、各人が必ず勝つという顔をしている。
大変な騒ぎになる。思わずため息をついた。
それから、紫による開会式と説明が行われた。
第三区画と第四区画には結界が施されていること。触るとしびれる程度の電撃が走ること、
三月精に式神が貼り付けられていること。そのために第三区画は光学迷宮になっていること。
コースはある程度自在だが、光学迷宮の迂回ルート以外は大きく外れるものに対してペナルティがあること。
ペナルティのさじ加減は神様に任せていることが説明される。
説明が終わると一時間後、正午丁度からいよいよ駅伝が開幕する。
今から各チーム最後の調整が行われる。それぞれのチームごとに散っていった。
そんな中、咲夜はアイス・レッドの所に行く。
咲夜は整列している時からレミリアの様子がおかしいことに気がついていた。
「お嬢様……どうされました? 何でそんなに疲弊しておられるのですか?」
「くっ、……はぁ~、お前がそれを聞くか?
問題ない、いつもどおりだ……今はそういうことにしてくれ」
「姉さまが疲れているのは全部、ぜ~んぶ、咲夜のせいだよ? 作戦会議の邪魔だから消えてくれない? マジでさ」
フランドールが敵意をむき出しにする。
それでも咲夜はレミリアを伺うのだが、手振りであっち行けと言われてしまった。
だいぶ億劫なのが動作から丸見えである。
引こうとしない咲夜をみてフランドールの敵意が憎悪に変わりかける。
それをさえぎるように美鈴が咲夜の手を引いた。
二人してレミリアのチームから離れると物陰で説明をはじめる。
「えっ? ……食べてない? いつから?」
「咲夜さんが出て行った直後からです。
なんだか、のどを通らないって言って、何も食べてないんです」
「まさか、6日も?」
「そうです。それでかなりの体力を消耗してしまっていて……今の状態なら歩くだけで手一杯のはずです。
走るとか飛ぶとかそういうことが出来る状態じゃないです。
でも、大会からは絶対引かないっておっしゃっていて……正直手に負えません。
第五走者は化け物ぞろいですよ? どうするんでしょうか?」
「……分かった。私が何とかする。美鈴はチームのほうをお願いね?」
「分かりました」
そんなことを言って二人が分かれる。
美鈴はなるべく早くレミリアにたすきをつなぐことを考えた。はっきり言って時間がたてばたつほど不利になる。
鍵となるのはチルノに小悪魔、この二人が妖怪の山(光学迷宮と天狗の妨害)をいかに潜り抜けるかがかぎになる。
フランドールと私は問題ないはずだ。
そう思うと時間が足りない。紅魔館を往復する必要がある。間に合うだろうか?
……
「私の相手は……いませんね。このメンバーでは話になりません」
「いつもどおりの自信過剰ですね? 足元すくわれても知りませんよ?」
「はぁ? 言っている意味が分かりません。私は魔理沙だってぶっちぎりですよ?」
「待て待て、チームメンバーだろう? 喧嘩するな」
勇儀が視線で火花を散らす二人の間に割ってはいる。いつ二人の仲が険悪になったのか? 全く知らなかった。
自分が知っている限り、これほど仲が悪かったわけではないのだが……旧都にいった後だろうか?
残念ながら旧都にいった後のことは知らない。
チーム結成時にはたてにも問い合わせたが、知りませんとのことだ。
「いいじゃないか。自信があることはさ、それにしても……光学迷宮か……問題は第三区画だ。
私は問題ないんだが。お前ら大丈夫か?」
「私も問題ないです。第三走者ですから匂いで前の人のルートが分かります……、問題は第一走者です」
「なにその、私が問題みたいな言い方? いざとなったら迂回ルートをとっても楽勝ですよ?」
「ふ~ん、そうかじゃあ問題は私とはたてか……いや、はたても案外速いからな……私はどうしたらいい?
匂いもたどれん。迂回ルートだと時間がかかりすぎる気がするが?」
「勇儀も問題ないぞ? 結界に触れながら進めばいい。他の連中には無理でもお前なら楽勝だろ?
ペナルティがきても十分にお釣りが来る」
「そうなると川のど真ん中進むのか? 時間かかるな、まあ仕方ないか。道に迷うよりははるかにましか……
そういえばはたてはどうした? まだ寝てるのか?」
「第三走者が走り出したら私がたたき起こしますよ。今は医務室で寝ています。まあ、顔色はよくなりましたよ」
「間に合えばいいがな……」
自分で飲ませたことを棚に上げて萃香がため息をついた。
……
開幕15分前、美鈴がパチュリーから借用した魔道書を片手に戻ってきた。
大急ぎで、小悪魔に手渡す。用意した魔道書は光の魔道書である。
太陽の光を錯視させても光源が二箇所になれば影の出来方が変わるはずである。
また、天狗の追い立てを防ぐことにも役立つはずだ。
チルノには迂回ルートを通ってもらうことにした。
いくらなんでも迷宮に入ったら出て来れない可能性がある。
ただし、戻りルートには秘策がある。時間を一気に縮めてもらうつもりだ。
「あたいにもその魔道書貸してよ!! 一気に駆け抜けてやるんだから!!!」
「無理でしょ? 使い方がわかるの?」
「チルノ、お願いだから迂回ルートを通ってくれない?」
「な、なんでさ。絶対、こっちのほうが速いのに……」
美鈴は少し考えてから秘策を話した。
「チルノ、君の速さは知ってる。とってもすばしっこいよね。だから、他の子にもハンデをつけてあげなきゃいけないよね?」
「でも、でもさ。射命丸と魔理沙がいるよ! あいつら速いんだ!! 負けちゃうよ!!」
「大丈夫、安心して。私が椛さんと早苗さんを倒すから。チームバトルだから大丈夫だよ。チルノにはハンデをつけて欲しいんだ。
敵を油断させるために……大事な大事な役目なんだよ。お願いチルノ」
「うー、でもさ、あたいだって勝ちたい……」
「じゃあ一個、秘策を教えてあげる」
「本当!!?」
「うまくいけば、魔理沙ぐらいは抜けるかもしれないよ?」
「その話乗った!!! ふふふ、勝ったわ!!! あたいの完全勝利だ!!!」
上手に美鈴がチルノを話しに載せて迂回ルートを取らせる。
秘策というのは簡単だ。山の上の湖で氷を固めて船を作り川を下っていくのである。
これなら、結界に直接触るわけでもなく、ダメージもない。屋根を作れば天狗も手出しできない。
オマケに水は大量にあるから短時間で作ることが出来る。
本当にうまくすれば3位でたすきをつないでくれるかもしれない。
……正直に言って、魔理沙と射命丸に勝つのは無理だろう。だが勝てないなんて言ったら余計にムキになるし、仕方が無かった。
嘘も方便……許して欲しい。
……
「影狼、期待しててね。私完走するから……応援してね」
「うん、怪我だけはしないでね? 危ないと思ったらいいよ棄権しても」
「いや、棄権してくれていいぞ……あんな鬼が相手なんて聞いてねぇ。影狼!! 恨むからな!!」
わかさぎ姫が妙に興奮している。やる気になってくれるのは嬉しいのだが……
対戦相手を確認する。魔理沙、射命丸どっちも無理だろう。
チルノ、小傘、リグル……これも無理だ。多分ぶっちぎりの最下位……一番の懸念はむしろ一周抜かし。
致命的に射命丸が速いので、第五区画で鬼とかち合う可能性があった。
そして、一人分ずれたら危険なのは自分だ。針妙丸は鬼がいなくなるだけ安心だが……心労は絶えない。
開幕まで残り10分、勝てないのは承知の上だが……怪我だけはして欲しくない。
……
リグルとメディスンが最終確認をしている。トラップの配置である。
第五区画において残存するトラップを配置する予定のチームは今の所、フラワーメイカーズだけだ。
「ねえ、この草の根友の会って知ってる?」
「知らねぇな、きいたこともねぇチームだ。でもメンバーは知ってんだろ?
影狼と赤蛮奇は会ってるだろ?」
「そうね……このほかの連中は? ミスティアは知ってるけど、わかさぎ姫って誰? 針妙丸は?」
「知るか!! どうでもいい。邪魔するならつぶすだけだ」
「……あんたねぇ。まさか、第五区画で第五走者まで居残るつもりじゃないでしょうね?」
「しねえよ!! そんなこと。……そんなことするか、勝つんだ。勝って俺が正しいって証明するんだ……」
「ならいいんだけど……それより第三区画どうしようか? リグルは大丈夫よね?」
「はい、幽香さん。大丈夫です。スズメバチも用意したので、虫のフェロモンとか使えば迷宮をそのまま抜けられます。
第四区画も天狗にハチをけしかければそんなに襲われないと思います」
「じゃあ、メディスン。抜け方は考えた?」
「う……全然わかんない。天狗は毒で追っ払えると思うけど」
「じゃあ迂回ルートで、いいわ、気にしないで。これは相性の問題。優劣の差ではないわ。
次、橙ちゃん」
「リグルが抜けられるなら私はその匂いの後をたどります。天狗の追撃は……式神で振り切ります」
「流石の答えね。最後、ぬえ」
「任せろぶっちぎってやる」
「いや、具体的な対策を言ってよ」
「光だ。レーザ光線を飛ばしてその光の後をたどる」
「最初からそう言え。まあ、あんたぐらいになれば天狗も襲い掛かってこないわね。
じゃあ、確認はこれでお終い。リグル、先陣よろしくね?」
「おい、待てよ、お前の対策は? 一人だけ言わないつもりか? それとも迂回ルートか?」
「私はね単純よ。迷宮に入る前に守矢神社の方向を確認したら。そのまま目をつぶって直進それだけ。
天狗は問題にならないわ。むしろ私に喧嘩を売る奴がいるかしらね?」
「……幽香らしいな……」
「そうでしょ。大丈夫よ。岩も木も天狗も障害にならないから」
……
「小傘さん大丈夫ですか?」
「うん!! まかせて!! 最初は迂回ルートとおらなきゃだけど……天狗対策はばっちり!!
傘符「大粒の涙雨」 驚雨「ゲリラ台風」 後光「からかさ驚きフラッシュ」
それに護身用にスターメイルシュトロムを聖から貰ったし私がんばるよ!!!」
そういえば、小傘はエクストラボスの手前だった。先陣としては問題ないレベルだ。
村紗も川辺であるなら水をたどることが出来る。問題なく迷宮は抜けられる。
ナズーリンと寅丸は宝塔を使う気だ。白蓮は心配するだけ無駄だろう。
小傘が抜ければ命蓮寺の勝ちが見えてくる。
……
「抜かりないわね? 魔理沙?」
「任せろ、ぶっちぎるぜ?
最初は射命丸を先行させる。後を付いて行って。ラスト、任せろ魔法の森は私のテリトリーだ」
「妖夢、あなたは?」
「私は迂回ルートにしますよ。そんなに離されないでしょう」
「早苗は?」
「ふふふ、妖怪の山はもはや地元です。巫女の奇跡をお見せしましょう」
「気張らなくてもいいわよ? ま、私は気楽に直感で抜けるわ。むしろ私の問題は第五区画……フランドールか、
ま、いいわ。いつもどおりに行くわ。ラスト咲夜だし。私の段階でゴールしているチームさえなければね?」
「正確には私の第一チェックポイント通過時ですわ。その後は大丈夫。ご安心を、時間を止めてぶっちぎりですわ」
みんなで、作戦を立てた。最初っから最後まで入念に……負けるわけがない。
勝つのは自分達だ。優勝を片手に各陣営に帰還する。
博麗神社の第一走者に号令がかかる。
スタート五分前……各人スタート地点に立つようにと。
「よう、射命丸。今日は負けないからな」
「口は達者ですが、私に勝つのは不可能というものです」
射命丸が自信満々に笑っている。魔理沙が不敵に笑う。魔理沙は射命丸の隙をつくつもりだ。
大丈夫、予定通りだ、油断しまくっている。……笑いが止まらないぞ。
「小傘にリグル……楽勝だな!!!」
「へっへ~ん、チルノなんかに負けないんだから」
「チルノはわかってないな。幽香さんの作戦に勝てると思ってるの?」
わかさぎ姫だけかやの外だ。いくら足がはえたからと言って人魚を相手にするようなレベルは集まっていない。
開幕まで3分……
「ヤバイ、早くしてくれないかな。胸が高鳴って張り裂けそうだ」
「その高鳴りはすぐに絶望に変わりますよ?」
射命丸が魔理沙の顔を見る。何でそんなに自信があるのかさっぱり分からない。
もしかして、カメラを持っているときの速さが私の全速力だと錯覚しているのかもしれない。
そういえば、真剣に魔理沙の前で全速力を出したことは無い。
全速力を知っているのはほんの一握りだ。はたてだって知らない。
今日ここで知っているのは勇儀と椛だけだ。萃香にだって見せたことはない。
全速力を出したとき、喧嘩をしていた。些細なことだったと思う。原因なんてもう、覚えていない。
自分で自分がわからなくなってついうっかり、全速力を出した。
はたいた自分の手の骨にひびが入った事も驚いたが、もっと理解できなかったのは、相手のことだ。
まるで反応しないで怒ったような表情のまま崩れ落ちた。「何をしているのですか!!」と怒鳴っていた。
表情の反応も、ぶたれた痛みも、目の知覚までもがまるで追いついていない。
文が速すぎて、何一つ反応が出来なかったのだ。
そうして、周りの人を見たときドン引きされていることに気が付いた。
速さを旨とする天狗達が理解できない速さ……こいつは天狗じゃない!!!……そんな目だった。
仲間から自分が一人で取り残された感覚が今も忘れられない。極め付きはその中に椛がいたことだ。
加えて、当時は自分も精神的に子供だった。才能を抑えることが分からなくて、ついてこられない奴が本当に理解できなかった。
今ならなんとなく分かるが……もはや、手遅れ、既にこじれて引くに引けなくなってしまった。
まあ、……全力なんて出さなくても十分に勝てる。なら、抑えて勝つ。
こんな観衆の前で私一人ドン引きされたら、立ち直れない。
開幕1分前……
魔理沙がほうきにまたがる。
射命丸が翼を広げる。
リグルが羽を伸ばした。
チルノと小傘が浮かび上がる。
わかさぎ姫が構えた。
観衆も真剣な選手の表情に息を呑む。静寂が辺りを包みこむ。
審判の動作の音が聞こえそうだ。ゆっくりと旗を持ち上げている。
旗が振り下ろされたらスタートの合図。
ほうきを握る手に力が入り、翼が伸びきる。羽が羽ばたきをはじめる。
チルノの手から汗が滴る。
そして今、審判の掲げたフラッグが振り下ろされた。
瞬間、二つの影が観客の視界から消えて無くなる。
いきなり、全速力のデットヒートによる駅伝が開幕した。
二名によって構成される先頭集団が人里めがけて駆け抜ける。
この両名だけは実力が他を圧倒的に引き剥がしている。
この両名のみの特別ルールとして全チェックポイントの神様と二人にはあらかじめチェックポイントの通過はハイタッチで済ませるようにと連絡済みである。
一回一回たすきを出させてはんこを押すなんてやっていたら、文と魔理沙が納得しない。審判の所為で勝負に負けたといわれかねないのである。
秋穣子は人里の入り口で目立つお立ち台に乗って博麗神社のほうを見ていた。なんだか黒い影が見えたような……。
おもむろに手を上げてみる。とたんに手に衝撃がはしり、突風が吹き荒れた。
台から落ちないように足を踏ん張ろうとする。続いての衝撃の二発目で完全にバランスを崩して転倒した。
「やりますね!!! ここまで速いとは……自信があるのは本当のようです!!!」
「くっそ、まだまだこれからだぜ!!? スペルカード発動!!!」
彗星「ブレイジングスター」
魔理沙が光に包まれて爆発的な加速を行う。
射命丸は背中がぞくぞくした。差をつめられている。こんな感じ……初めてかもしれない。
風を操る程度の能力を発現させる。突風で自分の体を押し上げる。まだまだ、余裕だ。
次は、鍵山 雛だ。
鍵山雛も同様に妖怪の森の入り口、川辺の大岩のところで手を上げてくるくる回っている。
雛はこちらに気付いたらしいが遅い。回転が停止する前に手を叩いた。
魔理沙も3秒と遅れずに追撃してくる。
迂回ルートの案内板が見えた。迷わずに迂回ルートを選択する。
魔理沙は……同じだ。迂回ルートをそのまま追撃してきた。
凄いと思う。この速度を出せるものは人間に限らず鴉天狗でも数名だろう。
だが……残念だ。対戦相手は全天狗最速である。はたてが相手だったらぶっちぎれただろう。
迂回ルートを数回曲がる。もう後ろは……魔理沙は……いや、見える。速い……この私が、射命丸をもってして振り切れない。
プライドに触るが、なんとなく嬉しい気持ちもある。ついてきてくれるものが居ないと、本当に寂しい思いをする。
独りよがりのスピード自慢なんてやっても意味がないのだ。
少しだけ、追いつけるように手を抜いてもいいかもしれない。
魔理沙が何か大声で叫んでいる。
「神様! 仏様!! 神奈子様!!! 今だけ信仰するから、力を貸せ!!!」
一瞬、射命丸の思考が止まった。
まさか、この局面で神頼み!!? いくらなんでも協力するわけが……!!!
風の流れの変化を感じる。自分の流れを変えるほどではない、いや流れを変えないようにわざと別の風が吹き始めたのを感じた。
ヤバイ! ヤバイ!! ヤバイ!!! 魔理沙に追い風が吹いているのを感じる。
じきに守矢神社が見える。迂回ルートは山の上の湖を通過する。
一直線に湖を突っ切った先に神奈子が笑って手を上げている姿が見えた。
思わず絶叫する。
「こんの!! 裏切り者~!!!」
ハイタッチを受けた神奈子が苦笑いしていた。
続けざま、射命丸との距離をつめているのか、1秒に足りない間隔で、声が聞こえる。
「サンキュー!!! 神様!!! 大好きだぜ!!!」
同様に追い風が吹き、力の限りの疾走、その上、今度は山の下り道、重力の法則まで利用して加速合戦が始まった。
木々を縫うように全力で飛ぶ、射命丸を先行させたかいがあった。
射命丸の通り道を忠実にトレースする。最速の通り道を最大加速度で駆ける。
神奈子のおかげで追い風が吹く。スペルカードも最速用に編みなおしたものだ。ここまで互角……い良しッ!! 勝てるぞ!!!
きっと、射命丸は魔法の森で失速する。魔法の森こそホームグラウンド……
最小2回の姿勢変更で抜けるルートがあるのを射命丸は知らない。いや知っているわけがない。
最速は私の称号だ!!!
口に自信を貼り付けていると諏訪子が見えた。ついに最終区画魔法の森である。
諏訪子のハイタッチを受けると射命丸のあとを追うことをやめた。わずかに横にそれて木々を抜けていく。
射命丸は目の端で魔理沙を捉えると屈辱で顔が真っ赤になった。
明らかにこちらのルートの障害物が多い。魔理沙はすぐに見えなくなったが音だけが先行されていく。
真剣に飛ぶが、先行された!!! 音だけでも先に進まれたのがわかる。
射命丸 文 ・・・・・・姿勢変更回数 ・・28回
霧雨 魔理沙 ・・・・同上 ・・・・・・・・・・ 2回
如実にその差が森の出口で現れる。2メートルも、魔理沙に先行された。
初めて自分が他人の背中を追いかけている。
最後の博麗神社までのわずかに開けた草原でキレた。
文が今まで使っていなかった分の妖力と天狗の秘術を使った加速を行う。椛にドン引きされた速度に突入した。
捉えて並んだ魔理沙が驚いている。
そして文もその顔を見て驚いた。傷だらけだ。ショートカットのために安全を廃して木々の間に体を滑り込ませたのだろう。
自分にここまでの真剣さは無かった。楽勝とあなどって手を抜いていた。
コースの研究も、戦術も、迷いのない判断もすべてにおいて負けた。
魔理沙が最後にふっと笑った。
八卦炉を後ろ向きに放つ。最後にして最大の加速。マスタースパークを後ろ向きにぶっ放してその反動を使って加速を行う。ロケットエンジンみたいなものだ。
私は、手抜きの上に、身の安全を考えて飛んでいたのか……そんなものは最速であるわけない。
何かが体の中ではじける感覚があった。
今の飛び方ではだめだ。今日一日の体力を高々百数十メートルの距離ですべて使い切る。
そんな飛び方をしないとだめだ。
初めてのライバル登場に心が高鳴っていることにすら気が付かない。
効率も考えずに妖力を全開にする、術を最大限に引き出し、背中に今までの突風とは異なる体の許容量の限界を超えた爆風を吹かせる。
文が過去に怒りで出した最高速の記録を、最速への思いだけを頼りにわずかな距離で更新し続ける。
大気がはじける感覚を博麗神社に居た全員が感じ取った。
うなりをあげて接近してくる二つの音が衝撃を放っている。
二人が丁度スタート地点に到達したのは出発してからわずかに2分弱。
そして、真剣なまなざしのまま……二人ははるかかなたに吹っ飛んでいった。
たすきリレーは完璧なまでに忘れている。
「えっ!!? 今のは魔理沙!!?」
「みたいだな、文も吹っ飛んでったぞ? おい、審判、今のどうするんだ!?」
「勝負に熱くなって、チームプレーを忘れたらしいわ……すごい。青春ね」
「戻ってくるのを待って、たすきを受け取ったらスタートです。受け取るまではスタートは無効ですよ?」
「馬鹿もんが……」
勇儀が苦笑いしている。チームを忘れてかっとんでいくなんて文字通りの大馬鹿者である。
……でも、いい顔をしていた。いつもどことなく不機嫌で、真剣さが足りない奴が、実に必死そうないい顔をしていた。
第二走者の勇儀と妖夢がスタートできたのはそれからさらに15分後、
二人して最速がどうのとか言う口論に貴重なリードタイムを食いつぶして戻ってきてからである。
「審判!!! どっちが速かった!!? 白黒つけてもらおうか!!!」
「私に決まっています!!! 魔法の森で先に加速させた上で追いついて見せたでしょう!!!」
「馬鹿、お前が加速してきたから、最後にファイナルスパークに切り替えたんだ!!!
通過は私のほうが早かったはずだぜ!!!」
「審判長!!! 私です!!! 最速ですよ!!! 人間ごときがふざけんじゃないです!!!」
「あ~、白熱している所申し訳ないですが、どっちもまだゴールしていません。
二人ともたすきリレーしてないでしょう?」
一瞬二人の顔が呆けた。続けて真っ赤になった。射命丸があわてて勇儀にたすきを渡す。
魔理沙は妖夢にたすきを渡すのが遅れた。妖夢が勇儀の後ろにいたからだ。
距離にしてわずか3メートルの差で敗れ去った。
「では、射命丸さんが一着で、魔理沙は二番目です。一周のタイムとしては同時ですが」
「ば、馬鹿な……この霧雨魔理沙が負けた!? 信じられない。あんなに努力したのに……」
「まあまあ、魔理沙、惜しかったですよ? この最速の、この射命丸に迫るよい速さでした。
ほめてあげましょう」
順位が明確になって二人はようやく落ち着いたようだ。魔理沙は落ち込んで、文はこの上なく上機嫌だ。
魔理沙が突然泣き出した。
文はそんな魔理沙の背中を叩くと、一緒に医務室に向かって行った。
二人とも擦り傷だらけ、衝撃波を放っていたので手も傷だらけだ。永琳があきれている。
普通に風を切って疾走しただけではこんな風にならない。
良く効く傷薬と飲み薬を持ってきた。
しかし、一向に魔理沙が泣き止まない。いや、悔しいのは分かるが……。
薬が塗れない。……じゃあ一つ、特効薬でも出すか。
「魔理沙、そんなに泣く必要ないじゃない? いい事を教えてあげる」
「な、なんなんだぜ?」
「手がスタートラインを超えるのは魔理沙のほうが速かったのよ。
右手は八卦炉、左の手はほうきの柄を握っていたでしょう?
ルール上は仕方ないわ。でも自信を持ちなさい。スタート地点への到達時間はあなたのほうが最速よ」
「ほ、本当か?」
「ええ、本当よ、この傷だらけの手は裏切らないわ」
いきなり、しかも永琳の耳元でだ。絶叫があがった。
……特効薬が効きすぎたか……しかし、泣いて覆っていた顔が開いた。即座に塗り薬を塗りこむ。
左手にも塗ろうとしたら。拒否された。最速の手だからいいとの事だ。
……特効薬でも毒になるのか……初めて知ったわ。そしてそんなことに聞き耳を立てている馬鹿が横に居たのである。
「永琳さん、何のジョークか分かりませんね。最速は私ですよ?」
「ええそうよ。ルール上は問題なくあなたね。証人も観客全員だし文句ないでしょ?」
「あるに決まっています。最速って言うのは誰にも文句のつけようがないことを言うのです」
永琳が珍しく頭を抱える。これはとても難しい問題だった。
……
あの二人以降、ゴール付近に現れるものが居ない。
それも当然である。実際に二人が2分弱でゴールしたとき、残りの選手は第一区画と第二区画に居たのである。
わかさぎ姫に至っては博麗神社から見える位置にいた。
二人が口論で相当の時間を使って戻ってきた後もチルノと小傘は迂回ルートの中盤、リグルは迷宮の中、わかさぎ姫はようやく第三区画に入った所だった。
実の所、この五区画を20分に足らない時間で巡れる者は参加者の中でも上位に入るのである。
そしてそれらの人物は第四、第五走者に集中している。序盤からこんなデットヒートができるほうがおかしいのである。
第一走者における第三チェックポイントの通過時間は最終的に
射命丸 文 ・・・・00分58秒
霧雨 魔理沙・・・00分59秒
リグル ・・・・・・・・18分35秒
チルノ ・・・・・・・・20分15秒
小傘 ・・・・・・・・・20分30秒
わかさぎ姫 ・・・・25分20秒
となった。
「は~はっははは、氷の船で戻りは一気に短く出来たぞ!!!」
船を作るのに3分、そこから進んで滝くだり天狗の追撃が無い所まで舟で進んで……リグルも小傘も追い抜いた。
この二人は、天狗に捕まることは無かったものの、結構な量の足止めを喰らっている。
そうしているうちに横で水しぶきがあがった。
「あれ? チルノちゃんだっけ?」
「げげ!? 何で魚がこんな所にいるんだ?」
「急いでいるからごめんね?」
わかさぎ姫は滝の所は流石に飛んだが……第三区画と第四区画のほとんどを泳いでのけた。
特に滝くだりで一気に加速したのでチルノに追いつくことが出来た。
そしてそのままスペルカード鱗符「逆鱗の荒波」を使って波に乗ったまま進んでいく。
永琳の薬は既に飲んでいる。地面に上がれば足が生えるが……走るよりも波乗りしているほうが早い。
出来るだけ距離を稼ぐのだ。
チルノがあわてて追いかけていった。
……
博麗神社では小悪魔と赤蛮奇の名前が呼ばれた。赤蛮奇が首をかしげながらスタートラインに立つ。
わかさぎ姫がこの順位で来るわけがない。ちょっと首を浮かべて見て見ると……マジで? この順位?
チルノと一緒に走ってくる姿が見える。
ゴール手前でチルノに抜かれたものの大健闘、いや、赤蛮奇の予想から言えば想定外のほうが正しい第4位だ。
赤蛮奇は走り出すと小悪魔を第二区画に入る前に抜き去った。
二人よりちょっと遅れて小傘が姿を現す。
顔には走りきった満足感と達成感が出ている。
白蓮もその顔を見ていたが、本当に出てよかったと思った。
村紗はたすきを受け取ると、意気揚々飛び出していく。
さらに遅れて、二分後リグルが現れる。相手はメディスンだが二人でぼそぼそと話し合うとスタートを切っていった。
全チームが40分内に第二走者にたすきを受け渡している。
現時点におけるトップは星熊勇儀、既に第三チェックポイントを回った。
この人を妨害できる天狗はいない。ほとんど一人旅状態になっていた。
妖夢は迂回路の終盤、しかし……この妖夢はおかしい。刀を持っていないのである。
半霊がたすきを持って突っ走っているのである。本体は妖怪の山に入らず。
魔法の森に直行している。狙いは言わずもがな、勇儀の足止めである。
……
赤蛮奇は雛のチェックを受けるとそのまま光学迷宮へ入っていった。
蛮奇の有利な点は視界を大量に持てるところである。
飛頭 「ナインズヘッド」
分身させた頭を縦一直線に浮かべて並べた、こうすれば守矢神社を見失うことなく進むことが出来る。
本体は樹木の高さを超えないが、分身した頭から迷宮を見下ろしたような視界が得られる。
結果として、リグルや勇儀を上回るタイムで迷宮を抜けることに成功した。
紅魔チームも魔道書を持った小悪魔が手に持った光源による影の変化を頼りに抜けていく。
赤蛮奇には及ばないもののこちらも好タイムだ。
命蓮寺の村紗はいい物を見つけた。チルノが乗り捨てた氷の船である。
まだまだ使える。村紗は調子に乗って「よ~そろ~」と叫ぶと川のぼりを開始した。
水の流れを頼りにがんがん進む。滝を逆進する氷の船……しかし、村紗にとってみればなんでもない。
湖まで上りきったときには赤蛮奇の姿を捉えた。
メディスンは必死に追撃するものの、体が小さく、出せる速度が限られている。
その上、迂回ルートだ。他のチームに比べて大きく後れを取ってしまう。
……
妖夢が立ち上がる。案外早く戻ってこれた。
半霊の気配がする。
下手に山の中を進ませると半霊が天狗の足止めをくう。
霊体なのだから窒息することはない。そのまま湖に身を投じて、そのまま川を下った。
流れる水の勢いを借りてそのまま勇儀を追い越すことに成功した。
……風邪を引くかな? でも仕方ない。勝利のためには必要なこと。
妖夢はそう割り切るとたすきを確認する。神奈子の印を確認するとすぐに諏訪子に印を貰った。
「くふふふ、意外にやるね。そのまま勇儀の足止めかい?」
「ええそうです。本当なら本体でやるつもりでしたが、追い抜けたのなら、ここに半霊を残して本体が先に進みますよ」
そんなこと言っている間に勇儀が現れた。
「はっはっはっは、なるほど面白いアイディアだ!!!」
戦いの前に諏訪子に印を貰う。
妖夢の本体がそれを見るが早いか走り出した。そして二刀流の霊体が勇儀の進路をさえぎる。
油断なく剣を構えた霊体に勇儀の攻撃が襲い掛かった。
勇儀の武器は声だ。大声で妖夢の耳を攻撃する。
背を向けて走っていた妖夢の本体は耳をふさぐまもなく音にぶちのめされて倒れた。
「っつ~!!! いきなりやるな!! 耳が壊れるかと思ったぞ!!!」
「おお、すまない。でも流石に神様だな。平気なんだ?」
「そりゃ、こいつよりは頑丈だ! でもな、この至近距離はたまらん。
くそ、こりゃペナルティだぞ!?」
「あっ、そうかすっかり忘れていた。すまん。
……で、どんなペナルティなんだ?」
「くっそ、耳 痛った~。妖夢が起きてから5分まで足止めだ。動くな、座ってろ」
「悪かったよ。ごめんな」
おとなしく勇儀が座る。妖夢がしばらくして起き上がったがふらふらしている。
攻撃は無理と判断して先に進み始める。一応、妖怪の山チームの足止めは形は違えど果たした。
ただし、5分で妖夢が回復できるかは疑問である。
……
村紗は戻りの川くだりで白狼天狗隊の襲撃を受けた。
しかし、自分は舟幽霊である。攻撃なんて体をすり抜けるだけで通用しない。
そのまま、滝を下って、川を進んだ。
小悪魔も天狗の襲撃を受ける。
魔道書を使って反撃だ。必要なページを開いて魔力をこめるだけで様々な攻撃が再現される。
牽制しながら進んだので多少の遅れは取ったが、まずまずのタイムで抜けていった。
問題は赤蛮奇だった。速攻で捕まったのである。そしてそのまま、妖怪の山のはずれに連れて行かれる。
迂回ルートを上回るタイムロスであった。
しかし、なんとまあ不思議なことにたすきを持っていない。
最初に襲撃を受けた時点で頭を分身させて応戦した。
体に分身の頭をつけて、本体の頭をわざと撃墜させた。たすきは髪に縛ってある。
白狼天狗が体を持っていったことを確認して、そのままひっそりと頭だけで行動を開始した。
わかさぎ姫が4位なんて順位で帰ってくるから、こっちもそれなりに……せめて順位を落とさ無いように行動しないと。
恥ずかしくてどうしようもない。くそ、1位なんていわないからせめて3位でゴールしなけりゃ立場が無いぞ?
……
村紗が諏訪子の元に到着する。
見れば草が荒れ放題になっているが、何があったのか?
「鬼が暴れたんでペナルティを与えたのさ。くふふふ、結構足止めしたつもりだけど……差が激しいな。
かるく10分は先に相手がいるね」
「大丈夫、うちには聖がいるから、最後で大逆転間違いなし」
「くふふふ、たいした信頼だこと。まっ、楽しみにしてるさ」
続いて、小悪魔が飛び出してくる。服はぼろぼろだが、天狗には捕まることなく振り切ることが出来た。
「おっと、そうか。アイス・レッドと草の根友の会は抜かれていたか」
「ぜー、ぜー、さ、先は誰ですか? ぜーぜー」
「だいぶ息が切れているね。手前は命蓮寺だ。差は1分ないね」
「そうですか、はっ、はっ、では失礼します。お嬢様たちにお仕置きされてしまう……」
印を押すとすぐさま魔法の森に入っていった。
「お仕置きねぇ……。ま、他の家のやり方に口出しはしない。
っと、早く出てきな。もう行ったぞ?」
すごすごと首だけ出てきた。赤蛮奇である。
村紗よりも先に着ていたが、諏訪子に印を貰っていたら村紗と鉢合わせしていた。
おそらく、第五区画に入った直後で打ち落とされただろう。小悪魔も警戒しなくてはいけなかった。
こっちには体がない。戦えば圧倒的に不利だった。
涙を呑んで、陰に隠れていたのだ。
「お前の判断は正しい。それだけは言っておく」
「お前の応援なんていらねぇよ。くそ、あと少し、たった30秒早ければ、ちくしょう……」
「いや、応援じゃないさ、2分つぶした価値があったぞ」
耳を澄ませば、村紗と小悪魔が鉢合わせしたのか弾幕の音が聞こえる。
「ほら、早く飛びぬけな。多分気付かれないさ」
涙を拭いて飛び立つ。陰に隠れながら確実に森の中に消えていった。
赤蛮奇が抜ければ、後、1チーム、だいぶ遅れているようだが……。
メディスンは迷宮に入っていった。時間が無くてあせったわけではない。
リグルが、チームプレイだからと言って虫で道案内してくれたのである。
具体的にはスズメバチが一匹だけ雛の所にいて、メディスンが来た時点でメディスンの前を飛び始めたのである。
メディスンは毒でハチを刺激しないように慎重にとんだ。
結果……想定時間よりも早く第三チェックポイントに到達した。
山のくだり道で天狗の追撃を受けるが、毒で応戦。毒を噴出させて纏うことで、近づけさせない。
こちらもまあまあのタイムで抜けることに成功した。
「差はどのくらい?」
「くふっ、そうだね。先頭が15分、手前が5分かな。ちっちゃいのに早いね?」
「お世辞はいい。じゃあまだ第三走者は来ないか……勝った」
「くふふふ、第三走者には天狗がいる。もう来るかもね?」
「いいのよ、それでかまわない」
そんなことを言って印を貰うと森の中に消えていった。
「……毒をばら撒くつもりか……くふ、くふふふ、ペナルティをとってもいいけど……
まあいいか、面白そうだし。早苗はどうやって切り抜けるかな? 虫と毒で隙間のない恐怖の森を」
メディスンがスタート地点に姿をあらわす20分前、最初にたすきリレーをしたのは星熊勇儀だ。
妖夢は姿が見えるもののふらふらしている。
遅れること1分弱、早苗がスタートを切った。
妖夢は医務室へ直行している。
椛は天狗の一員である。駆けることなら参加者の中でもトップ5に入るほどの速力を持つ。
実際飛ぶよりも足を使って駆けたほうが早いのだ。
すさまじい勢いで加速してあっという間に早苗の視界から消えた。
早苗はあわてない。第一チェックポイントを回ったら追い風を吹かせる。
迷宮も奇跡の力で駆け抜ける。なんと言っても離されないことが大事なのだから。
早苗で一度逆転されることは想定内である。最後、咲夜が第一チェックポイントを回るまでに相手にゴールさせなければいいのだ。
最大速度で追いかけ始めた。
第三位……現時点だが、ミスティア・ローレライが名前を呼ばれる。
本人が「え~?」何て顔をしていたが実際、頭だけが飛んできた。
髪に縛り付けられているたすきを受け取ると。「ま、いっか」と一瞬で思考を切り替えて飛んでいく。
飛行だけなら日頃から慣れている。気持ちのよい全力飛翔が出来そうだった。
「くそっ本当なら後2分早く来れたのに……ミスった」
「いや、想像以上の順位でびっくりしているんだけど?」
「うるせえ、体だってまだこっちに向かっている最中だ。後20分はかかるぞ?」
「いやそれでも、一生懸命走ってくれてありがとう。私も泣き言言わずにがんばるよ」
見れば村紗が走ってくる。服がこげているが顔は生き生きとしている。「勝った」って言う顔だ。
後ろでズタボロになった小悪魔が泣きながら走っている。
命蓮寺の第三走者、ナズーリンがたすきを受け取って走り去る。
小悪魔がほんのわずか遅れてたすきを渡すと泣きくずれた。
美鈴が「大丈夫です任せてください」と言葉をかけて疾走を始めた。
美鈴も足で走ったほうが速い。
しかし、これならミスティアの飛行能力であれば振り切れるかもしれないと影狼は思った。
迂回ルートだとしても、美鈴が迷わず迷宮を抜けたとしても置き去りにされるほど離されるわけではない。
そこまで考えて、天狗の追撃のこと思い出した。
赤蛮奇の体があと20分かかるって事は、山の反対側にでも送られるのだろう。
無事に抜けて……いや無理だな。なんだかほっとしたような、残念なようなそんな気持ちが影狼に押し寄せた。
そうして第三走者最後のランナーがスタート地点に立った。橙である。
屈伸や伸びをしてメディスンを待っている。のびのびしているが、瞬発力なら折り紙つきである。
加えて、式神を持っている。第一チェックポイントを回った時点で発動するつもりだ。
式神は藍が内緒でスピード競技用に改造を施している。下手をすると他のチームをごぼう抜きに出来る性能があった。
匂いも追跡できる。
また、作戦上、第三走者を狙い撃ちにした毒と虫のトラップがある。
いよいよ、フラワーメイカーズの本領が発揮されようとしていた。
2分後、第二走者からの最後のたすきリレーが行われた。
……
先頭ではただひたすらに椛が飛ばしている。現在迷宮の中だ。
すずらんのような香りを追跡している。吸い込みすぎなければ問題はない。というよりこの程度では吸い込みすぎにはならない。
迷宮だけであるなら、トップのタイムで駆け抜けた。守矢神社でサインを受けるとすぐに妖怪の山を折り返す。
そして……天狗の追撃を受けたのである。
椛は天狗の一員……仲間だからなんて甘い考えしていたのがいけなかった。
体に衝撃を感じた後、見事に捕獲されて山の反対側まで移送されたのである。
足が速いから致命傷までは行かないが、今までのリードをほぼ食いつぶすような凶悪なまでのタイムロスであった。
続く早苗は迷宮を抜ける。タイムも上出来である。
天狗の追撃もスペルカードを連発して振り切った。
そうして諏訪子のところにたどり着く。
「お? 早苗が一番だった。椛ちゃんはどうした?」
「えっ? 先頭だったはずですけど? もしかして、迷宮で迷子になったとか?」
「ないなーそれはない。そうすると、はは~ん、油断してたな。
天狗の仲間に捕まったんだろうさ。早苗は油断するなよ?」
「? 油断も何も、私が先頭なら障害はありません。気を抜いていても油断にならないですよ?」
トラップがあるとのどまででかかった言葉を飲み込むと印を押して、先に進んでもらった。
人影が見えるとこで絶叫があがる。諏訪子が盛大に噴出した。
リグルのトラップが発動したのである。あわてて、早苗が飛び出してきた。
「い、いま。ご、ごき……」
「ぐぶっ、ど、どうした? いや、言わないでくれ。お腹痛い……」
蒼白な早苗の顔を見て諏訪子の腹が痙攣した。
そうか、リグルは何か集めていると思ったらゴ○ブ×か?
そりゃ、無理だ。早苗はここから先には進めないだろう。あの虫が大嫌いなのだから。
なるほど、多分幽香の戦略か、嫌がらせが大好きなあいつらしい。
このトラップをこえられるのは、妖怪かな? ミスティアはあくまでイメージだが耐性が高そうだ。
……
椛は全力疾走していた。すさまじいタイムロスである。第三チェックポイントまでを驚異の8分で駆け抜けたのに山奥まで護送されて
護送時間を含め15分もプラスしてしまった。合計タイムで20分を超えている、このままでは文に何を言われるか分からない。
諏訪子の元に駆け込むと早苗が震えてへたり込んでいるのに気がつかずにそのまま森へ飛び込んでいった。
美鈴は迷宮の中で気を使って出口を探索していた。
山の神の気は非常に大きい、その方角を見失わないようにいそぎ、且つ慎重に進んでいく。
迷宮を抜けようとした所、背後から追跡する気配を感じた。
自分ですら、かなりの速度で進んでいるのに、圧倒的な速さを感じる。この速さは……天狗!!
まさかもう、椛がゴールして、鴉天狗に交代したか!?
驚き振り返ると、橙がこちらを見ていた。
「あっ、美鈴さん。こんにちわ」
「ぷはははは、驚きました橙ちゃんですか。全く、私も衰えましたね。
追い抜こうとしていたら、もう追いつかれているなんて……どうぞお先に」
「失礼します」
そんなことを言って橙が駆け抜けていく……小悪魔は泣いていたが、安心してほしい。お仕置きされるのは私のようだ。
迷宮を抜けて守矢神社を見る。ミスティアが橙の圧倒的速度に追い抜かれている姿が見えた。
……
椛が魔法の森を抜ける。あっという間に速度が落ちた。メディスンの毒のせいである。
魔法の森に仕掛けられた大量の毒と、迷宮を抜ける際に吸い込んだ微量の毒が椛の体を蝕んだ。毒は既に無いエリアなのだが、吐き気がこみ上げてくる。
疾走が小走りになってヨタヨタ歩きに変わっていく。
……
妖怪の山では、激戦が繰り広げられている。白狼天狗隊 総勢30名 対 第三走者3名。
今大会における白狼天狗の動員数は総勢60名である。つまり1チームに対して10名だ。
椛に匹敵する実力の持ち主が30名で飛び掛ってくる。
今大会においてこの白狼天狗隊はほとんどいい所が無かった。
第一走者、第二走者ともに赤蛮奇を除き、捕獲が出来ず。プライドがずたずたにされている。
ようやく、椛を捕まえたが、次に通り抜けようとしていたのは人間でしかも取り逃がした。
魔理沙と文は仕方ない速度だった。チルノとわかさぎ姫には奇策で出し抜かれた。水辺の警戒を強化をしても妖夢、村紗に破られている。
メディスン、リグルは毒や虫だ。小傘と小悪魔にはまさかの力技で乗り切られた。
もう活躍しておかないと、残りは第四走者……フランドールやぬえに手を出せるものは居ないし。第五走者に至っては走行妨害≒自殺だ。
全くいいところなしで終わるわけにはいかない。
天狗たちが本気になったという所だ。
「う~ん。みんなに追いつかれるとは思いませんでした」
「私は~追い越されたけど~?」
「ミスティアは黙っていてください。しかしこれはきつい。なんだかムキになってるみたい。
そういう気が伝わってくる」
30名に及ぶ白狼天狗に囲まれてもはやお手上げだった。
「……奥の手を使いましょう」
「何かいい手がありますか橙ちゃん?」
「ミスティア、ごめんね!!」
「えっ!!? なに? どういうこと!?」
ミスティアの背中に式神を貼り付ける。
藍が橙用にと言って作ってくれた式神を自分の背からはがしてミスティアに取り付けた。
「ミスティア!! 能力全開で歌って!!!」
そう言って全力で歌ってもらった。
あっという間に白狼天狗隊の隊列が崩れる。
普段の能力は歌で人を狂わす程度の能力、だが式神のおかげで”程度”が無くなった。
加えて白狼天狗は耳がいい、耳をふさいでも歌が流れ込んでくる。待機中だった他の30名にまで影響が出る。
美鈴が崩れた隊列に突っ込んでさらに崩した。
美鈴と橙は狂わされていない。ミスティアの意思と式神が狂わせる対象を天狗だけに絞っているからだ。
3人が隊列を崩してそのまま、山を駆け下りて行った。
後は、白狼天狗の死屍累々、鬼に飲み会で飲み負けたときみたいに、みんなフラフラにされてしまった。
もう妨害なんてしている暇はない。帰って寝ていないと明日の業務に支障が出てしまう。
白狼天狗達が第四区画から撤退し、追い立ての障害がなくなってしまった。
山を下った所でミスティアの式神をはがそうとする。
しかし、ミスティアに思いっきりよけられた。
式神のおかげで知力も上がったらしい。
はがしたら何が起こるか認識されている。
「ミスティア、本当にごめん。でもはがさないと……」
「やだ……はがしたら、能力使った反動が来るんでしょ。なんだか体がしんどい。多分立っていられなくなる」
「はがさないともっとダメージが蓄積するよ?」
「橙ちゃん、いつもそんなの貼り付けてたの? 体大丈夫?」
「うん、藍さまは専用って言ってくれて。反動も極力小さくしてあるし、能力を全開にしては滅多に使わないから……」
「……あれで全力じゃなかったんだ……。
でも、それならミスティア、はがしたほうがいい。吐く程度じゃすまないかもしれない」
「だって、はがしたら。負けちゃう……折角こんなにみんながんばったのに……」
「私が責任を持って背負ってくよ。大丈夫ゴール……いや、医務室まで絶対に離さないよ」
「……分かった」
ようやく式神を引き剥がす。
ミスティアは反動で倒れたが仕方ない。美鈴が背負っていく。
橙もつれて、3人の集団が諏訪子のところに行く。
「おっ? 珍しい。競争の中で随分仲良しグループだね?」
「ちょっと色々ありまして」
「ふふふ、2位グループだね」
3人が顔を見合わせる。
影で早苗が震えているのが見えた。
「えっ!!? 早苗さんどうしたんですか?」
「どうもしないさ、人間の最も弱いところだろうね」
橙がなんとなく察しをつけた。多分リグルのトラップだ。
効果は絶大……だけど効き過ぎのような気もする。
橙がリグルから受け取った虫笛を取り出した。
軽く吹く。聞こえないほどの高周波が虫を引かせる。
後は毒をよけて進むだけだ。
目を真っ赤に泣き腫らした早苗に手を伸ばす。
「虫はいなくなりました。先へ進みませんか?」
「ほ、本当に……?」
「自分より小さい子に助けてもらうなんて、滅多に出来ない経験だね?」
早苗がにらみつける。諏訪子は涼しい顔で明後日の方向を見ている。
あの虫が動く絨毯のように敷き詰められ、カーテンのように垂れかかっているのに気がつかずに頭から突っ込んだ。
ほんの10分で立ち直れる者がいたらお目にかかりたいものである。
橙が先陣を切って魔法の森に入っていく。
メディスンには悪いが毒の霧は早苗に吹き飛ばしてもらった。もう既に4チームが団子になっていて、当初の目的とは違うが5位以内は確実だ。
みんなと歩を合わせて進もうと思う。
早苗が3回目の風を吹かせて大きな毒霧を散らすと森の出口だ。
「……皆さん、この森を抜けたところでダッシュにしませんか?」
「いいんですか? 美鈴さん不利じゃないですか?」
「いいですよ。それに、今までのチームの人たちは勝利を目的にしてきたでしょう?
助けてもらったことは本当に感謝していますが……その、競争をしていないとばれたらお嬢様が……
橙ちゃんもまずいですよ? 幽香さんに何か言い訳できますか?」
「う……幽香さんは怒らないと思うけど、多分、ぬえさんが怒ると思います。
すっごいこの勝負に真剣だったから……」
「そうでしょう。せめて全速力で駆けるぐらいはしないと。チームメイトを裏切ることになります」
「橙ちゃん、もう走って行ってください。美鈴さんも、私は、このまま歩いていきます。ハンデをあげるとかじゃないです。
ちょっとあの感触がトラウマ過ぎて飛ぶことが出来ない。全速力で虫の群れに突っ込んだんですよ!! 無理です。
走ろうと思っても足が震えて……だから、お先にどうぞ」
二人に進められて橙が全力疾走を始めた。やっぱり式神が張り付いている状態は早い。視界から消えるのは一瞬だった。
がたがたに震えている早苗を置いて美鈴が会釈をすると「お先に」と言って走り去った。
人類連合まさかの大ブレーキ。
この後、ナズーリンにも追い抜かれた早苗は美鈴と別れてから5分後、最後にたすきを霊夢に渡したのである。
霊夢は早苗の目を見て、事情を察して何も言わずに飛び去った。
時間は少し前に戻る。
椛が倒れていた。ゴール手前十数メートルである。はたてはすでにスタート地点に立っているが、手を貸したら即座に失格といわれ手出しが出来ない。
文もやきもきしていた。……遅いと思っていたら毒をくらっていたか!!
幽香がちょっと冷や汗をかいている。あれはやりすぎの類だ。
メディスンを呼んで、物陰で確認している。本人曰く、毒霧の中で深呼吸でもしない限りあんな風にはならないはずといわれた。
椛の失敗は匂いの追跡でつい、安易なすずらんの香りをたどったことである。
迷宮の中でかぎ続け、止めで魔法の森の毒を吸い込んだ。どっちか一方だったら症状は……気持ち悪いぐらいで済んだのだが……。
幽香の判断は早かった。メディスンに毒を抜かせたのである。流石にばれるようにはやらなかったが。
少しずつ毒を遠隔操作で抜いてやった。
椛がふらふらになりながらようやく立ち上がるとはたてにたすきを渡す。記録35分54秒 これまでの平均を下回るタイムに白狼天狗が沈んだ。
これにより第一走者、文が作ったリードをほぼ完全に食いつぶした。
はたてが飛び出してから2分もたたないうちに橙がかけてくる。
封獣ぬえがスタートラインに現れた。ぬえはたすきを受け取るとそのまま真上に飛び上がってから水平に加速を始めた。
そしてその後1分とたたぬうちに美鈴が現れた、順位は3位、だが手前の連中との距離は縮んでいる。
フランドールなら……たすきを渡すと狂った笑い声を上げて消えた。
影狼はミスティアからたすきを手渡しされて、涙ぐんでいる。第4位、この順位を落とすわけにはいかない。
今回の大会は自分のわがままで出場したが……想像以上の善戦、一度でいいから一位でたすきを渡してみたい。
影狼が地面に両手をつけて最大加速でスタートを切った。
一分後、ナズーリンが駆けて来た。寅丸が笑顔で手を振っている。
手前を走る吸血鬼と天狗は知らないが、トラの力を解放すれば、狼とぬえぐらいには追いつける自信があった。
3位内で白蓮なら、十分に逆転できる。寅丸はたすきを受け取ると宝塔を受け取り忘れて走り去ってしまった。
ナズーリンは絶句してその後姿を見送っている。
早苗が現れたのはそれらのさらに2分後だった。
……
医務室は総勢7名の患者が寝ている、文、魔理沙、椛、妖夢、早苗、ミスティア、小悪魔
外傷はないが、早苗が重症だ。
ミスティアは橙から症状と原因を聞いている。対策は打ちやすかった。
椛もメディスンによって毒が抜かれている。
幽香が事情を聞いていたが、納得したらしい。
メディスンにきつく言うこともなく引き上げていった。
なんにせよ第五走者だからあんまり医務室に居るとぬえが戻ってくる可能性があるためだ。
しかし、比較的おとなしいほうの第三走者まででこの有様……けが人がここから一気に増えたら医務室がパンクするぞ?
……
はたては既に迂回ルートに入っている。
自分とて鴉天狗の一員、他の連中よりも速い自信があった。
第三チェックポイントの手前、異変に気付く。
何かとんでもないものが後ろから迫ってくる。
文や椛と比較して鈍感である自分でも感じ取れる。
甲高い笑い声、こんなゲームでどこに笑う所があるのか?
声だけが近づいてくる。
冗談ではない、こちらは全速力で飛んでいる最中だ。
でも、間違いなく差が詰まってきている。全チーム最速でたすきリレーをしているはずなのに……私は鴉天狗なのに。
プライドをずたずたにするかのごとく今度は別の笑い声が聞こえる。
迂回ルートからではない。迷宮の出口から黒い霧とともにわけのわからんものが飛び出してくる。
「けーけっけっけっけ、見つけたぞ!!! 先頭集団!!!」
「きゃははははは!!! おもしろい~、みんなそこそこ速いじゃない!!!」
「……マジで? 私、この二人を相手にするの?」
第四走者には次元の異なる連中が含まれている。
第三走者までとくらべても速力が異なる。
事実、”草の根友の会”の最速、影狼ですら、全力疾走中であるのに先頭集団から引き剥がされている。
はたてが必死に前に出ようとするのを面白がるようにフランドールが後ろから接近する。
スピードが上がっているのに、まるでおちょくるかのように周りをぐるぐる回るぬえ、はたての心が折れそうだ。
「けけけけ、お先にどうぞ」
「第三は譲ってあげる~。ほらどうぞ」
「……こいつら絶対ヤバイ……」
神奈子の前に三人が仲良く整列した。
一人は蒼白で息切れしている。
二人は満面の笑みで楽しそうだ。
「ふふっ、おとなしいね二人とも」
「うん。だって第五区画で本気出すもの」
「ああ、同じく、体力を温存しておかなきゃ」
「ま、マジで? 追い抜いてもらえないかな?」
そんなことを口走ったそばから視線がこちらに向く。
「あんたは眼中に無いわ~。私の相手は第五走者だから」
「俺も~白蓮だけは逃がさないつもりだ」
「……もしかして、居座るつもり?」
ぬえが「けけけけ」と笑って、「それは秘密」と答える。
フランドールは「邪魔する気?」ときいてくる。
……早く駆け抜けないと、大惨事が起こるかもしれない……
「邪魔はしないわよ!!!」印をいち早く貰ったはたてが答えながら全力で飛び去る。
二人も印を手に入れた後、はたてを追いかけ始めた。
さっきと同じ、不気味な鳴き声と狂気をはらんだ笑い声が響き渡る。
はたては生きた心地がしなかった。
スタート地点では第五走者が勢ぞろいしている。
白蓮、幽香、萃香、レミリア、咲夜、針妙丸である。
レミリアの体調不良が全員にばれている。
各走者がちらちら伺っているのである。
レミリアも睨み返そうとするのだが、体に力が入らない。どうしようもなかった。
「レミリア……どうしたのよ? 調子悪いなら引っ込んでたら?」
「そうだぞ? そんな体調じゃ、巻き添え食うぞ?」
「……うるさい……ほっとけ……」
「あ、こりゃ重症だわ。ま、ライバルが減っていいかもね」
「ちぇ~、私は楽しみにしてたんだぞ? 久しぶりの公認で暴れられる機会なのにもったいないじゃないか」
「萃香さん、暴れるつもりですか?」
「もちろんそのつもりだぞ?」
萃香の回答に皆あきれている。萃香の目的は勝負である。駅伝で勝つことではない。
実の所、駅伝の勝利を最も放棄しているチームが”妖怪の山”なのである。
すべては第五走者の第五区画に萃香が最速で到達するためのチーム編成だ。
第五区画で待ち構えていれば実力者達が勝手に突撃してくる。
心ゆくまで楽しい戦いが出来そうだった。
……
影狼が迷宮を駆け抜けている。
日頃の練習の成果だ。ちゃんと自分の駆けた後の匂いが残っている。
コースの走りこみの成果が如実に現れている。
差をつめられているかどうかはこの際、おいて置く。
自分で思うまま、最短距離を全力で駆け抜けていた。
神奈子のまつチェックポイントまで、椛と同等の約8分、後は戻りだが、白狼天狗隊が全滅している。
椛よりも確実に速いタイムで駆けることが可能だった。
しかし、後ろの2チームとは、差が詰まってきている。
寅丸は体躯が違うので仕方ないが、霊夢が驚異的なスピードで迫っていた。
霊夢は早苗によるブレーキを取り戻すため、能力の使用解禁と同時にスペルカードを連発している。
特に迷宮では、直感を使うことすらせずに夢想天生を使って物理的にすりぬけを行い、迷宮を直線でショートカットしている。
さらに、この大会……特にフランドール用に用意した夢符「夢想亜空穴」20枚を連発して後半の距離を叩き潰す予定だ。
影狼が、神奈子のチェックを受けている間に後方に姿が確認できるようになった。
霊夢は寅丸のチェックポイント到達直前に亜空穴で滑り込みを行う。
印を横取りすると、即座に姿を消す。
影狼が下りの山の中で一瞬だけ、赤い巫女服を視覚に捉えたが、確認する間もなく、消えてしまった。
……
はたてはあせっていた。
二人が追跡をやめてくれないのである。
何度か先行させようと、緩急をつけてみたのだが、一向に背後に取り付いたまま前に出ることをしない。
わき道にそれることは流石にしなかったが、早く前にいって欲しい。
「けけけ、そろそろだな……お先に!!」
「きゃは!! そっちがその気なら……私も!!!」
いきなり二人が加速を始めた。第五区画に向かって突撃する。
はたては内心ほっとしていた。ようやく二人が離れてくれた。
……2分ぐらいなら時間を潰しても萃香は許してくれるだろう。
その判断がものの見事に間違っていたことを知るのはわずか1分後のことである。
「くふふ、一番の問題児共か……無茶苦茶やるなら、先に相手になろうか?」
「あんたは眼中に無し!! もちろんぬえも!!!」
「けけけけ、俺もお前らなんかは相手じゃないね!!」
「ふ? どういうことかは知らないが……、まあ、いいか、それじゃ二人ともどうぞ、最終第五区画へ。
いってらっしゃい」
「きゃははは、見ててね。ねえさま、私、ちゃんとアシストするから……第五走者は姉さま以外誰も通さないからね!!」
「見てろよ白蓮!!! 目に物見せてやるぞ!!!」
「へぇ……。あっ、なるほど……そういうことか。設置型のトラップか……いいぞ、許可する。
但し、相手は第五走者だからな? 間違って第四走者に手を出してみろ、即 チームごと失格だ」
二人ともニタリと笑うと森の中に入っていく。
森の木陰のなるべく日の当たらないところでフランドールがスペルカードを宣言する。
禁忌「フォーオブアカインド」
たちまちの内にフランドールが増える。3体の分身を作り出す。
しかし、ただの分身体ではいかにフランドールの物といえども第五走者には歯が立たない。
そこで、フランドールは分身体に自分の魔力を吸わせた。各分身に大体30%ほど……。
自身の魔力を合計で9割以上も使った分身だ。破壊能力と再生能力がないだけで、攻撃力と速さは本体に匹敵する。
魔法の森に狂気の哄笑がこだまする。
一方でぬえも分身を置いていくつもりだ。白蓮が頭を下げるまでは絶対に通さない。
正体不明「紫鏡」
自分自身の精巧な分身を作り上げるとこちらも自分の妖力を注ぎ込む。
後で操作するのに多少残しておかないといけないが……限界まで分身に力をつぎ込んだ。
槍を近くに置き、分身を木陰に隠すと、軽く貧血を起こしながらも幽香の待つスタート地点へと向かっていった。
はたては冷や汗が噴出していた。二人に追い抜かれてから1分とたたぬうちに、魔法の森が魔窟へと変貌したのである。
大体、二人のトラップ……特にフランドールの物は隠すということをしていない。
入ったらただではすまない妖気が漂っているのだ。それもリアルに音つきで……分身たちが徘徊しているのが耳で分かる。
「く、くふ ふふ、流石に威圧感が凄いね?」
「……これ、失格に出来ませんか? 妖気が凄すぎて近づけない……」
「一応、第四走者には手出しさせないさ。出したら即失格にする」
「それ……誰かが犠牲になったあとですよね?」
「くふ、そうかもね?」
そんなことを話していると霊夢が突撃してきた。
「早く!! 諏訪子 早く押してよ!!」
「ぶっ、酷いな博麗の巫女は……お話も――」
印を押すと、ためらいもなく、森に入っていく。妖気に気づいていないのか?
「あれま、話も聞かずに入っちまった。 急がないと遅れちまうんじゃないのかい?」
今なら、巫女を盾代わりに出来るかもしれない。このチャンスは二度と来ない。
一瞬、ためらった後、はたては森へ突撃した。今こそ、鴉天狗の……自分自身の最高速度を出すときだ。
振り切れるはず……振り切れなかったら私が終わる。
……
ゴール地点、多少ふらふらしながらもぬえが先行して現れた。
宣言どおり幽香に第一位でたすきを渡す。
第二位はフランドールだ、こちらも笑いながら歩いてくる。
もう走るほどの体力は残していない。自身の魔力と体力は分身に預けてしまった。
それでも満面の笑みでレミリアにたすきをリレーした。
受け取るレミリアも疲弊している。
「フラン、大丈夫か? まさか……ぬえとやりあったか?」
「ううん。違うの姉さま。心配しないで、何も心配いらないから、のんびり歩いてきてね? 一位は間違いなし」
レミリアにはフランドールが魔法の森に超強力な分身体をおいてきたことすらも分からない。
探知に魔力を使う余裕もないのだ。首をかしげながらもスタートを切る。
あわてて駆け出すことすら出来ない。もう開き直って堂々と歩いていった。
レミリアの後ろ姿を心配そうに咲夜が見ている。それをフランドールが一瞥すると鼻を鳴らした。
「咲夜、何を見てるの? 見る方向が違うでしょ? 霊夢が来るかもよ? いつまでも私の姉さまを……そんな目で見るな!!!」
「……そうしましょう」
フランドールが激高しかけるが今は魔力が足りない。少しばかりよろけると自分のチームの所へと戻っていった。
萃香が声を上げている。はたてがこちらに全力で飛んできている。萃香は大喜びしている。
魔法の森は楽しい相手がいっぱいだ。速く駆けつければ、フランドール、ぬえ、幽香、白蓮、レミリア……はかわいそうか、
とにかく強い連中と心ゆくまで戦える。はたてからたすきを受け取ると地面をつかみあげ、自分自身をぶん投げてかっとんでいった。
間髪居れずに霊夢がやってくる。
第4位……大ブレーキ、さらに怪物がそろっている第四走者において、たった2つでも順位を上げることの難しさが霊夢の顔に現れている。
最後、符を使い切った状態ではたてに抜かれた。実際の純粋な速力において、霊夢は第四走者の中で最下位である。
それでも、何とか普段使わないような大技と、この日のために用意したスペルカードを駆使して順位を上げた。
もう無理である。しばらく妖怪退治はお休みだ。一週間は早苗をあごで使って妖怪退治をやらせる。
咲夜にたすきを渡すと「疲れた~」との言葉を発してそのまま大の字になって倒れてしまった。
妖怪の山のくだりで影狼を追い抜いた寅丸が魔法の森の手前でようやく宝塔を持っていないことに気が付いたが、もはやどうしようもない。
これ以上の遅れは白蓮ですら挽回できない、覚悟を決めて森に飛び込んでいく。
「く、くそっ。みんな速い!!!」
「くふふふ。君も相当速いよ。君で第四走者は全部だね」
ショックを隠しきれずに影狼が印を貰う。
魔法の森は魔窟になっているが躊躇はしない。そのまま駆け込んだ。
最後の第四走者が駆け抜けた後、ぬえの分身体が目を明ける。本体が博麗神社で操作用の術式を完成させたのだ。
分身に自らの意識をうつす、近くに隠した槍を手に取る。不気味な不気味な鵺の鳴き声が響いた。
博麗神社では最後のたすきリレーの最中だ。
霊夢に遅れること2分、寅丸が現れた。
寅丸からたすきを受け取ると晴れやかに笑って命蓮寺最速が駆け出した。
ようやく、影狼が見えてきた。
寅丸にも1分近く離されてしまった。
泣いている、プライドもずたずただ。しかし、何よりも、みんなのがんばりを台無しにしてしまった自分が情けなかった。
到達時間 14分37秒
”草の根友の会”の”最速”である。しかし、この大会は射命丸、魔理沙を論外としても、
第四、第五走者にこれまでのような”並レベル”は存在しない。
いるのはただ強者のみである。勝てないのは至極当然なのだ。でも、それでも悔しかった。
第一走者、わかさぎ姫が第四位……チームメンバーですらが最下位だと思っていた。
第二走者、赤蛮奇が第三位……絶対に手を抜くと思っていた。だけど、真面目に全力で走ってくれた。
第三走者、ミスティアが第四位……天狗に捕まらずロスタイム無し。全力で手前の連中との差をつめてくれた。
でも自分は、順位を落とし、先頭とも逆に時間が開く始末……悔しい、ただ悔しいんだ!
影狼の充血した瞳を見た針妙丸がたすきと一緒に思いも受け取って走り出す。……たとえびりでもいい、走りきってやる!!! そんな顔でスタートする。
リタイアも棄権も絶対しない。ただ走っていくだけだ。つないだたすきの思いに答えるにはそれしかない。
今大会、唯一、走ることのみに専念してきたチームが最後のスタートを切った。
……
レミリアが歩いている。既に針妙丸にすら抜かれた。
人里まであと数分だが歩いている上に、歩幅も小さい。
しかも、全力疾走みたいに息切れをしている。
咲夜はもうとっくにゴールしているだろうか?
時間を操ることが出来る咲夜にこんな競技で勝てるわけがない。
せめて、体力が全開だったら……先に第五区画に先回りして、印を貰うタイミングで奇襲を仕掛ければ……愚痴だな……。
フランドールは大丈夫と言っていたが、無理だ。このままでは、山を登る体力がない。
途中棄権……行けるところまで行くつもりだが……なさけない姉を妹は許してくれるだろうか?
人里にようやく到達する。
第一区画を二十数分の時間をかけて到達した。……遅すぎる。他のチームは既にゴールしているだろう。
萃香がもしかしたら幽香を捕まえて戦っているかもしれないが……白蓮は走るのが目的の所もあるし、
咲夜も祝杯を挙げている頃か……おそらく第一位。まあ、いいさ、紅魔館の勝利に違いはない。
……ただ、自分の力で勝ちたかった。
印を貰った後の、穣子のおしゃべりが聞こえない。口を開いたままだ。
……おかしい、音が聞こえない。……まるで時間が止まったかのような。
「お待ちしておりました」
声が響く、時間が止まった無音の世界で……咲夜だ。
「待っていた? お前、ゴールしていないのか?」
「ええ、こちらで勝手に勝負を決めたら、お嬢様、怒るでしょう?」
「……全力でと言っておいたはずだが?」
「ええ、ただいま全力で時間停止中ですわ」
レミリアは困惑した表情だ。咲夜はただ笑っている。
「お前、何か勘違いしていないか? 私との勝負はこういうものじゃないだろう」
「……勘違いしているのはお嬢様のほうですわ。
楽しみにしていたのですよ? 準備は万端でしたのに……折角用意した対お嬢様用の秘策がすべて無駄になりました。
台無しにしてくれるほどの体力を用意したのはどこのどなた様でしょうか?」
「……悪かった。それに関しては謝る」
「では、仲直りした所で先に進みましょう」
「……悪いが先に行ってくれ。私はこのまま歩いていく」
「そうですか……」と答えて咲夜が横に並ぶ。
顔を見ればそ知らぬ顔で前を見ている。
よれよれの歩調にあわせて、無言で横にくっついてくる。
しかも時間は止めたままだ。このまま、私に合わせる気だろうか?
15分ほど歩いただろうか……ギブアップだ。
この距離で、この速さで、この親しさで、無言はありえない。
「咲夜、もういい、もういいから先に行ってくれ」
「それを時間停止中に言いますか? 先に行く意味は全くありませんよ?
凍った時間の中で先行する意味がどれほどあると思っているのですか?」
「そうじゃない……お前、負けるぞ? いいのか? 幽香や白蓮、萃香をどうするつもりだ?」
「お嬢様……気付いておられませんか? フランドール様が魔法の森に分身を……」
「な、何? フランが? 馬鹿なことを……第五走者全員を自分一人で押さえつけるつもりか!!」
「そのように考えていらっしゃるようです」
「急がないと……」
「ええ、急ぎましょう」
そうして二人で歩いていく。幾分かレミリアの速度が上がったが……早歩き程度だ。
凍った時間の中でなければ全チェックポイントを巡るのに数時間はかかる。
第二チェックポイントまでは体感時間で1時間はかかった。
雛に印を貰うためにわずかに停止させた時間を解除する。
印を貰えば即停止。再び凍った時間の中を二人で歩いていく。
迷宮の入り口にゴールの守矢神社が見えるショートカットコースがあった、風見幽香が通過した後だ、岩や木が一直線に崩壊している。
もう、あまりの危険度に三月精は職務を放棄して逃げ出した後だった。
つまり、迷宮はないのであるが……第三区画の真のたちの悪さが出ている。……上り坂だ。
使う体力が平地とは異なる。レミリアがふらふらと限界を迎えた。
「くそ、ダメだ。足が上がらん」
「ではお休みしましょうか?」
「無駄だ。休んだ所で体力が戻らん……棄権する……時間停止を解除して審判に報告をしてくれないか?」
「お嬢様、それこそまずいのではないですか?
フランドール様がチームの勝利がないと判断したら、分身体が……」
「ぐっ、その通り……かなりの率で足止めから大会のぶち壊しにシフトする……だが、もう体力がない」
「それではこうしましょう」
そう言って咲夜がレミリアを背負おうとする。
おんぶなんかされたら支配者としてのカリスマが消えて無くなる。
笑って拒絶した。
「やめろ……いくら何でも恥ずかしい……」
「ふふ、凍った時間の中では誰も気付きませんよ。
二人だけの秘密にしましょう」
そんなことを言って手を伸ばしてくる。
レミリアが咲夜が本気だと理解するのに時間はかからなかった。
抵抗してもそのまま力ずくで抑えられる。
「ぐっ! 咲夜……私が笑っているうちにやめろ、本気だぞ!?」
「では、いつもどおり本気でお願いしますわ。力ずくでねじ伏せていただきましょう」
逆にレミリアのほうが力ずくで抑えられている。
おかしい、体力が無いからってこんなになるとは……信じられない!
「休んでください。こんなに疲弊していたのですか?」
「私も自分が信じられん。まさか咲夜に腕力で負けるなんて」
咲夜がレミリアを押し倒している。
両名ともに、この状態が信じられなくて停止してしまった。
「一応、私の勝ちでよいですか?」
「くっ……仕方無い……私の負けだ……」
「では遠慮なく……」
「おいっ! 負けを認めても……おんぶを認めたわけ―――」
レミリアの口を無理やり押さえて言葉を封じる。そしてあっという間に背負った。
レミリアが暴れているが……信じられない。本当に外見相応の子供の力だ。
二、三回ほどゆすって体勢を整える。レミリアはあきらめたらしい。
「他の奴にバラしたら、許さない」と言って抵抗をやめた。
もう抵抗する体力も使い切った。おとなしく背中にしがみついている。
咲夜はゆっくりと第三チェックポイントに向かって飛び始めた。
……
「それで、お休み中ってことか?」
「ええそうです」
「いいのか? 私にその寝顔を見せても?」
「私も困りましたわ。ゆすっても起きてくださらなくて……しがみついたままですわ。
他言無用でお願いします。私はしらばっくれますわ」
「……よだれたれてるぞ?」
「知っていますわ、さっきから冷たくて……」
神奈子は苦笑すると最後の通過者に対して印を押した。これにて神奈子の役目は終了である。
白狼天狗はいないし、時間を停止されたらルール違反しても分からない、監視をする意味が無いのだ。
……そうだ、第五区画に行こう。あそこはいまだにフランドールががんばっているから見学しよう。
あわよくば、戦いに参加しようとする魂胆が見え見えの神奈子の前から咲夜が消えた。
……
レミリアが人里に到達する前のことである。
幽香が第五区画に到達した。しかし、フランドールの分身体がこちらに敵意をむき出して待ち構えている。
こんな所に無策で突っ込むほど馬鹿ではない。
しばらく待てば萃香が来る。あいつを盾に使えば自分は楽に抜けられるというものだ。
「くふふふ、一番乗りしないのかい?」
「しないわ。重要なのはゴールを一番にすることよ。先に進むのが一番である必要は無いわ。
もう少しすれば、こういうのが好きな奴が来るし。そいつらが気を取られている間にね?」
「ふふふ、相手を利するか……突っ切ったほうが速いと思うけどな~」
「はっ、そんなもの無駄な労力って言うのよ」
そんなことを話していたら萃香が飛んできた。黒い霧が結集して萃香が降りてくる。
「あっはっはっはは、追いついたぞ~♪」
「ようこそ、人外魔境、第五区画へ」
萃香は印を貰うといきなりこちらに目を向けた。
「はははは、悪いな幽香、お前の魂胆は見え見えだ」
「!!! そうか、しくった。狙いは私か。フランドールに突っ込めばいいものを……」
「いいじゃないか、お祭りは楽しむものだぞ?」
「ええそうね、じゃあこうしましょう!!」
幽香がフランドールの待ち構える魔窟へと突っ込んでいく。
間をおかずに萃香も後を追いかける。
無理矢理にでもフランドールをけしかける予定だ。
かくして、最終ランナー、第五区画、ラストバトルの火蓋が切って落とされた。
……
静止した時間の中、針妙丸の姿があった。第四区画にて第4位を二人で追い抜いていく。
背中のレミリアは眠ったままだ。幼い寝息が聞こえる。多分寝ていなかったのだろう。
ちょっと失礼して、レミリアの寝顔と針妙丸の凍った表情を見比べてみた。
カリスマがもう欠片も無いかわいい顔と神妙丸の真剣なまなざし、なんだか、抜き去るのが不憫ですらある。
……
萃香に遅れること数分、白蓮が現れた。
目の前では激戦が繰り広げられている。魔法の森が半壊していた。
それでも音がやまない、閃光弾と見紛う火花が散っていた。
幽香は先に進もうとするのだが、フランドールがそれをさせない。加えて、当面の相手は萃香である。
1 VS 1 VS 3である、超変則バトルだ。フランドールが足止め、それを利用して萃香の攻撃が入る。
萃香自身もフランドールの攻撃が入るが、鬼の体は簡単には壊れない。
フランドールの攻撃を無視して、幽香に攻撃が飛んでくる。
白蓮は諏訪子に印を貰うと進むのを停止した。
「漁夫の利じゃない? 今なら気付かれずにゴールできるかもよ?」
「そうは問屋がおろさないようです」
目の前に敵意むき出しのぬえが現れた。
白蓮を見つけると真っ赤な口を開いて叫ぶ。
「良く来たな!! よくも、よくも……俺は、俺はな。一緒に勝ちたかったんだ!!!
くそっ、俺の想いを無視しやがって……許さないからな!!!」
「あれま……本体か!?」
「……すごい。本当に分身体でしょうか?」
「そこかよ!!! これはれっきとした分身体だ!!! 本体は今、博麗神社の裏だぜ!!
術式使って意識を移しただけだ!!!」
「……それは普通本体って言わないか?」
「うるせぇ!!! 邪魔するなら審判でも相手になるぞ!!!」
「一応、相手は第五走者だしな……許可したわけだし……なるほど、本人であって本体では無いか……いいだろう。
白蓮、がんばれ。私は手出ししない」
ぬえが笑った。悪意有るいつもの笑い方……しかし、白蓮に向けたことは無い。
向けられた当人が困惑している。
「白蓮!!! 土下座してもらうぞ!!! 謝るまでは絶対に通さねぇ!!! けーっけけけけけ!!!」
「なるほど、そういうわけですか。あなたの思いを踏みにじったのは事実……謝りましょう」
「けーけけけけ、け?……えっ? は?」
ぬえが白蓮の言葉を理解できなくてフリーズしている間に正座して地面に手をつける。
頭を下げる準備が終わり、視線がぬえの顔に向く。
まっすぐな瞳をみてぬえがあわてて止めた。
白蓮は既に心のそこから謝る気だ。それがわかる。……何かが違う……
「あ、あの……ちょっと!? 待て、待て、待て!! そうじゃないだろうが!!!」
「?……あれ? 作法が違いましたか?」
「いや、作法じゃねえ!!! 白蓮……こう……なんていうか……プライドとか無いの?
俺は土下座を要求する。お前はその要求を跳ね除ける。のめない要求だって……
そしたらめでたくバトルだろうが!!?」
「?? 戦う意味が分かりません。先に言っておきますが、悪かったのは私のほうです。
マミゾウさんに怒られましたよ。『ぬえの気持ちも分からないのか』と」
「待ってくれ、……あれ? おかしいな、もっとこう、売り言葉に買い言葉のようになるはずだったんだけど?
俺が、この分身体を用意した意味は?」
「意味は分かりませんが……凄い術です……感心してますよ」
急速に怒りを抜かれて拍子抜けしてしまった。
……どうしたらいいんだ? 俺はこの想いをどこで発散させればいいんだろうか?
ぬえの想いが白蓮の広い心の中で完全に空振りした。
ぬえがそのまま、困った表情になる。ありえないほどの意味不明、強烈に空振りした想いは、怒りは、悪意はどうすればいい?
白蓮はそんな表情を見て、一つの道を示す。
迷えるものに一筋の光明を……職業病かもしれない。
「良いことを思いつきました!」
「えっ!? 何?」
「足止めですよ。私の足止めをするのです」
「どゆこと?」
「ほら、ぬえはフラワーメイカーズじゃないですか。私は命蓮寺です。
ぬえは幽香さんの優勝に貢献しなくてはいけません」
「ああ!! なるほど、そういえば敵同士だったか!! 納得した」
「私は全力でゴールを目指しますから、ぬえは妨害してください。
恨みっこ無し……良いですね?」
「その話乗った!! じゃあ改めて……
白蓮!!! てめぇは絶対通さねぇ!!! 覚悟しろ!!」
「聖 白蓮、いざ、押し通ります!!!」
二人を見ていた神様が「すっげえ茶番だ……」とつぶやく、その言葉を皮切りに二人が全力を持って激突した。
しかし、二人は真面目に全力を出している。ため息とともに第五区画に結界を張った。
……
咲夜は自身の異変に気付いた。
首をレミリアが舐めているのである。それはすぐに甘噛みに変わった。
……多分、吸血鬼にとっての指しゃぶりみたいなものだろう。
レミリア自身の意識は深い眠りの中である。
無意識の中で自分の身を預けられるあったかくてやわらかいものに甘えだした。
ゆっくり進んでいるがもうじき、第四チェックポイント……この醜態を諏訪子に見せたら……ちょっと面白いかもしれない。
……
轟音と衝撃が吹き抜ける。幽香と萃香が殴り合いを行っていた。
どっちも豪腕、桁はずれた防御力、妖力も互いが引けを取らない。
泥沼の千日手に陥った。二人の戦いをフランドールの分身体が3名で押し返す。
時折、幽香が先に進もうとするためだ。そんな行動のみをフランドールが潰している。
「ええい!! くそっ!! もう引っ込んでよ!!! 十分殴りあったでしょうが!!!」
「やだ!! こんな楽しい相手はもうほとんど居ない!!! たとえ10時間でも付き合ってもらうぞ!!!」
「ほら、あっちにフランドールが3人も居るからさ!!!」
「やなこった。あれは本体じゃない。……まあ、惜しいけどさ。獲物としてはお前のほうが大きいし楽しい!!!」
声を荒げながら、作戦を考えているがダメだ。
例えば分身したところで力が半々になったら萃香に一蹴される。
フランドールの囲いを突破できるとも思えない。
後、二手足らない。
白蓮でもきてくれれば……おそらくそっちのほうにフランドールの分身体が行くはずなのだが……
白蓮はぬえが押さえつけている。アシストどころではない。それは足を引っ張るって言うんだよ!!!
加えて、自分の調子が上がらない。きっと萃香が無邪気すぎるからだ。
敵意が無いから感情的に全力が出せなかった。怒りで振り切りれることが出来ない。
こんなに手こずるなんて思っていなかった。
あと、少し、障害さえなければ2分でゴールの距離なのに……絶望的に遠い。
……
咲夜が諏訪子の前に立っている。印を貰うためだ。
しかし、ふらふらしている。
「大丈夫かい? 結構血が出てるけど?」
「しくりましたわ……甘噛みで油断をしていたら噛み付かれました」
「それで、今嬉しそうに血を舐めているのか……」
レミリアは咲夜の首をずっと舐めている。
幸せそうな顔だ。多分意識は無い。
「もう、手を離したほうがいいな。力が上がってきているだろ?」
「すみません、そのことなんですが手を貸していただけませんか? もう私でははずせません」
「……おいたが大好きなんだな」
諏訪子の力を借りて無理やりレミリアを背中から引き剥がす。
だいぶ血を抜かれてしまった。死ぬほどではないが……立眩みがする。
「リタイアするなら速攻で医者の所に連れて行くけど? どうする?」
「一応、まだ、優勝の可能性も残っていますよね?」
「ああ、残念なことに、いまだに1チームもゴールして無い」
「では棄権はなしで、ちょっと血を抜かれすぎて時間停止は出来ませんが……まあ、隠れながら行けば何とかなるでしょう」
咲夜が激戦の魔法の森の隙を見ている。結界があるので音と振動は来ないが……壮絶な戦いが2箇所で行われている。
そんな時、引き剥がされたレミリアが目を覚ました。
暖かい者からはなれて冷えた所為だろう。
爆睡と久しぶりの食事で体力が戻っている。
咲夜を見つけて話しかけた。
「悪い、眠っていたようだ。ここはどこだ?」
「魔法の森だよ。第四チェックポイントさ」
瞬間、レミリアの顔が呆けた。……あれっ!? 何でこいつ動いているんだ? 時間は停止中……はっ!!?
見れば諏訪子がこちらをニタニタ笑ってみている。
結界越しに見える戦いは激しく運動中だ。
いつから……一体、いつから時間停止が解除されていたのか?
「咲夜、わ、私のわかるように。今の状況を説明しろ」
「咲夜のかわりに私が説明してやろう。
お前が咲夜に噛み付いて出血したんで、力が抜けて時間停止が維持できなくなったのさ。
……可愛かったぞ? 流石にお嬢様の寝顔は違うな」
「千金の価値があるでしょう?」
「確かに、ぶっふふふふ、あははははは!!! おっかしい~!!!」
もう我慢できなくて諏訪子が腹を抱えて笑い転げる。
顔を真っ赤にしたレミリアが怒鳴った。
咲夜がよろけて尻餅をつく。
レミリアが見た咲夜の首筋は結構な量の血のあとが残っている。
手が鳴る。歯軋りする。しかし、咲夜の責任ではない。自分の責任だ。
それが分からないほどではないが、この羞恥はどうしたらいい?
「咲夜、今度私が噛み付こうとしたら全力で跳ね除けろ。いいか、命令だぞ!?」
「ええ、了解しました」
「それから、諏訪子、このことを誰かにしゃべってみろ、ただで済むと思うなよ!!?」
「じゃあ、暇だから、みんなに喋ろうか。毎日が楽しみ―――」
間髪いれずに諏訪子のみぞおちに拳がめり込んだ。
……よく、分かりました……との言葉を搾り出させると、拳から力を抜く。
「……一応、今のはノーカンにしよう。普通審判に手を出したら失格なんだけどな」
「当たり前だ!!!」
「では、先に進みましょうか? お嬢様」
諏訪子が結界の一部を開放する。凄い振動と爆発音がこちらに伝わってきた。
咲夜はしばらく能力が使えないから気遣うようにと諏訪子が伝える。
レミリアは分かっている!!!とどなって結界を越えていく。
最終第五区画、残り1チームの通過待ちだ。
二人が先に進むと同時に神奈子が舞い降りてきた。
「見てたか?」
「ああ、見てた。可愛いなまるで昔の早苗みたいだ」
「子供は可愛いからな。
……っと、そうだ。まだ1チームいるはずだけど、区画の監視はどうした?」
「あれに監視は不要だ。大丈夫だよ。放っておいても違反はしない。ああいう真面目な奴は久しぶりに見た」
「ふ~ん、まあいいか。それとどうする? 見なよ、あれならどの戦いも「違反です」って止めに入れる。
久しぶりにああいう戦いもいいんじゃないか?」
「ふっふふふ、神様が私利私欲に走ったら立場無いな……でも、どうしようか? 何か一つきっかけがあればいいんだが……」
激戦を繰り広げるぬえと白蓮、幽香と萃香、その合間を縫ってレミリアと咲夜が進んでいく。
もたもたしていると直に誰かがゴールして勝負が決まる。
そんなことを考えていると背後に気配がする。
最後の1チームが遅ればせながらも到着した。
「……やっと、やっと追いついたぞ」
「おお、君が針妙丸かい?」
「そうである。早くたすきに印をもらえないだろうか?」
「ふふっ、せっかち者だな……はいよ」
「……この結界は? 走者の妨害か?」
「いいや、私の術さ。どう考えても危ないんでね」
「開けてくれ、先に進めない」
「一発あたったら即死だよ? それでも進むかい?」
「無論のこと」
諏訪子と神奈子が顔を見合わせる。言ったとおりのまじめっぷりだ。
「早くして欲しい。まだ……まだ優勝の可能性も残っている」
「ぶっははははは、諏訪子いいよ通してやれ」
「え~、審判権限としていうけど、無理だ。
せめて他のチームがゴールした後なら通してやるよ。危なすぎる……」
「いいから、結界を開けな。
針妙丸、いい覚悟だ……君に私の加護をあげるよ」
神奈子が諏訪子に命令して、結界を開けさせる。地鳴りが伝わってくる。
それでも「ありがとう」と言って、針妙丸は諏訪子が結界を解除した第五区画の中を進んでいった。
見ていて本当に危なっかしい。流れ弾ですら針妙丸にとっては即死級のダメージになる。
それでも、小槌を振り回して進んでいく。一定のペースで確実に……これを見た奴は応援したくなるだろうな、神奈子みたいに……
いつのまにか神奈子が姿を消した。気配を消して針妙丸のあとをつけている。
……なるほど、そういうことか……まあ仕方ない。神奈子もあれで堅い所がある。
針妙丸に手を出したら、反則を取るつもりだ。
他の第五走者と比べて針妙丸は相当に力が小さい。何をしても連中では過剰攻撃になる。
過剰攻撃は反則だ。審判判断で止め放題である。
……私はどうしようか? そうだな……神奈子の真似でもしようか。
最後にわらって、諏訪子も姿を消した。
全第五走者、一部の審判、第四走者の残存トラップ、すべてがごちゃ混ぜになって最終第五区画でフィナーレが始まる。
……
「凄い、流石ぬえですね」
「あたりまえだ……」
言葉とは裏腹に白蓮の猛攻によってぬえの分身体が壊れ始めている。
本体ならよけられた攻撃がよけられない。
しかし、並の速度ならこんなに被弾はしなかっただろう。相手は白蓮である……よけきれるほうがおかしい。
本体であれば気絶していた攻撃も数回ほどある。
もう、ぬえの中に燃えていた復讐心も悪意もすべて出し切った。
幽香にも悪いがそろそろ潮時かもしれない。……こんな所で自身の妖力の7割も失うわけには行かない。
次の激突が最後と決めて、構えを取る。
白蓮は嬉しそうだ。自分の全力を相手に出来るものは命蓮寺に居ないと思っていたからだ。
……今度から日頃の鍛錬に少し付き合ってもらおう。そんなことを考えていた。
白蓮はニッコリ笑ってこれが最後とスペルカードを取り出す。
超人「聖 白蓮」
ぬえの目が点になった。ヤバイのが来る。
あんなもの直撃したら、分身体がばらばらになる。
必死に表情を取り繕ってスペルカードを取り出す。
決戦用ではない……隙をついて撤退するための相手を混乱させることを目的としたスペルカードだ。
妖雲「平安のダーククラウド」
瞬間、加速した白蓮が暗雲に突っ込んでいく。鵺の鳴き声が聞こえ……雲が晴れた後には
白蓮のみが立っていた。
「けけけけ、白蓮、またな」
「ふっふふふふ、楽しかったです。ぬえ」
最後の言葉を交わすとぬえの気配さえ消えてしまった。
白蓮は運動の心地よい疲労を感じながら、自分が何をしていたかを思い出した。
本当にとんでもない時間を足止めされていた。
しかも自分が夢中になって……まさかの最下位?
白蓮の目の端には針妙丸が映った。悪いとは思うが最下位だけは避けないと小傘が泣いてしまう。
猛スピードでゴールを目指す。
……
幽香の勘が勝負の流れを読み込んだ。
フランドールの分身体の内1体がいつの間にかに消えている。
……ようやく、やっとぬえが撤退したらしい。フランドールが白蓮の迎撃に向かっていったのだ。
あと、もう一手……
……
白蓮が駆ける。その正面に真っ赤な服を着た少女が立っている。
荒削りの宝石を羽にしたその姿はフランドール・スカーレット!!!
白蓮は流石にあせった。これ以上の足止めは……致命傷になる。びりになってしまう。
「あの……どいてもらえませんか?」
「くきゃきゃきゃ」とわけのわからない笑い声を分身体が発した。
……推測だが、これはあらかじめプログラムされた動きをただ再現するだけの分身だ。
おそらくゴールに近づくものを知覚すると襲い掛かってくるものに違いない。
そこまで考えて針妙丸を振り返った。
手遅れだ、フランドールがもう一体、絶望的な戦力差で目の前に立っている。
何をやってももう届かない。目を釘付けにされている間に、轟音とともに御柱が降り注ぐ。
神奈子によってフランドールが拘束された。
「くはははは、フランドールか……悪くないな」
「助けてくれてありがとう。神様」
「ふふ、神奈子様だよ。お礼はいい、こんな大会で参加できない歯がゆさがどこかにあったんだ。
私としても楽しませてもらうよ。ってことで、後は諏訪子よろしく」
針妙丸が振り返ると諏訪子が姿を現す。
「何を振り返っているのさ、さっさと進む。負けちまうぞ?」
「かたじけない」
そう言って、また走り出した。
白蓮はほっと一息つくと、目の前の障害に目を向ける。
負けていられない。全力をもって前に進む。
……
「チャンスが来た!!!」
「何のチャンスだよ!!!」
幽香がフランドールの分身がもう一体消えたことを確認した。
待った、長い時間待たされた。ようやくこの千日手を抜ける手立てが見つかった。
分身体最後の一体の位置を確認し、初めて幽香から萃香につかみかかる。
萃香の隙を衝いてつかみあげると立ち位置を変える、ゴールの方角と分身体の位置を重ねる。
思いっきり萃香を投げつけた。
思ったとおりフランドールが萃香に強烈に襲い掛かった。
今こそ全速力、すべてを振り切ってゴールに直進する。
……
「咲夜、待て!! この気配は……幽香か!!?」
ゴール手前最後の草原で高速接近する一つの影を捉えた。
いままで、最終走者に感づかれないように気配を消して歩いていたのだが、ついにフランドールの防衛ラインが崩れたらしい。
驚愕の速度で幽香が迫る。
させるものか……
「咲夜。行け!! 命令だ勝って来い!!!」
「ははは、お嬢様もお気をつけて」
そう言ってよろよろしながらも歩いていく。
飛べば気付かれただろう。ダッシュも良かったが……おそらく幽香がただで行かせるわけが無かった。
こっちには咲夜というけが人がいる。安全を最優先させた結果だ。
それに既に妖怪の山、光学迷宮入り口で咲夜との決着は付いている。負けることに微塵のためらいも無い。
「私が最後の障害だ。黙って倒れてもらおうか!!」
「!!! 全く、あなた達姉妹は……そろいもそろって私の邪魔を……」
「ふっ、咲夜がゴールするまでさ。そのあと、私がゴールした後でなら、応援してやってもいいぞ?」
「願い下げよ!!!」
そう言って、二人が激突する。
幽香は激戦のあと、休むまもなく連戦だ。
流石に手が遅れる。レミリアも全力戦闘よりも遅滞戦闘を心がけている。
打ち破るには時間が……時間が足りない。
声を荒げたその横を一定のペースで進んでくる影が見えた。
針妙丸だ。レミリアの視界にも入る。
しかし、完全に無視した。いくらなんでもあれに負けるほど咲夜は弱くない。
小人にすら抜かれた幽香が考えをまとめた。多少のダメージは覚悟の上だ。
なぜか、咲夜が時間停止を使っていない……このチャンスは逃せない。
暴力的な妖気を塊にして突進体勢を取る。させるものかとレミリアがグングニルを構えた。
吹き荒れる魔力と妖気が当たり一面の草を薙ぐ。
幽香の突進とレミリアの投擲の踏み込みの瞬間、瞬時に足元が泥沼になり足を取られる。
二人ともつんのめって地面に沈む。
横を見れば、諏訪子が居る。
「二人ともダメだね~そんなもん、撃たせるわけ無いだろ?
針妙丸が巻き添え食っちまうよ」
ケラケラと笑っている諏訪子にスカーレットシュートとマスタースパークが同時に襲い掛かる。
振り返ったレミリアが見たのは、手出しも出来ずに抜きさられた咲夜の姿だ。
「馬鹿!!! ここは走者間の妨害ありだぞ!! 手を出せ、足止めしろ!!」
「……残念ですが、そんな体力ありません」
青い顔をして歩いている咲夜にはなすすべが無い。
針妙丸はラストスパート、疾走に近いスピードでかけていく。
力を温存していたわけではない最初っから全力疾走だった。でも、この勝負どころでなぜか力がわいてくる。
ゴール手前にはみんなが集まっている。大声援を受けていた。
きっと応援のおかげだろう。これだけのコースを超えてなお最後の最後で力がみなぎってくる。
レミリアの前で、幽香が泥だらけの顔で見つめる中、針妙丸がゴールテープを切った。
レミリアがショックで絶叫し、幽香があまりの悔しさに地面を殴っている。
振動で足を取られて咲夜が転んだ。
続けて、第二位が飛び込んでくる。フランドールの分身体をスペルカード連発で押さえ込み聖白蓮、堂々の第二位だ。
レミリアはあわてて飛び出した。咲夜の背中を押して飛ぶ。この姿勢では先にゴールテープを切るのは咲夜だ。
第三位、人類連合、ゴール直後、咲夜は倒れこむとそのまま医務室に直行させられている。
第四位、アイス・レッド、レミリアが悔しさのあまりに観客の前でほおに涙をつたわらせた。
第五位、フラワーメイカーズ、幽香が眉間にしわを寄せて凄い形相でゆっくりゴールラインをきる。
第六位、他のチームより遅れること5分、分身体との戦闘を制して、萃香がにこやかにゴールをきった。
この後は表彰式と閉会式、その後は第一回駅伝の開催記念パーティである。
各陣営ごとにテーブルが用意され、歓談が行われた。
……
「みんな、みんな、ありがとう……本当に勝てるなんて思ってなかった」
「それは針妙丸の台詞だろうが? まさかな最下位からトップで帰ってくるなんて思いもしなかった」
「皆には悪いが……あれは運が良かっただけだ。でも、楽しかったよ燃える戦いだった」
「うふふふ、影狼、私のこと見直してくれた?」
「うん、そういえば最初どうやったの?」
「あれはね、川を泳いだのよ絶対そっちのほうが速いと思ったから」
「ぷっはははは、そうだったね。ありがとう、わかさぎ姫のおかげでみんな勢いづいたよ」
そう言って、わかさぎ姫を抱きしめる。やっぱり好きな人にこうしてもらえると嬉しい。
ミスティアにも見せ付けられているだろうか?
ミスティアは……離れたところにいる。リグルやチルノと言ったメンバーと楽しそうに笑っていた。
こっちに気が付いて楽しそうに手を振ってくれた。……全部、杞憂だったか……
「無理はするものじゃないぞ、わかさぎ姫。あれの所為で私がどれだけ苦労したか」
「必死に走ってくれてありがとう。激走に感謝してるよ」
この後みんなで、心ゆくまで語り合い夜が更けていった。
……
「ねえさま、なんで、何で勝たなかったの? 絶対に勝てるはずだったのに」
「ありがとう。フランには感謝している。そして、悪かった。ごめんな、フラン。
途中で優勝がどうでもよくなってしまった。これで許してくれないか?」
そう言って、フランドールを抱きしめた。
体を削ってまで第五走者全員を押さえつけてくれた妹、今ふらふらになっている。
これまでたくさん支えてもらった、これからは支えてやらなければいけない。
少し血も飲ませよう。元気になってくれればいいが……。
無防備に肩をさらして、指で示す。
抱きしめた姿勢のまま、美鈴に指示を飛ばして、自らは紅魔館に撤退する。
今日は疲れた。妹も休ませないといけない。
美鈴は指示通りに二人の神様が変なことを口走っていないか監視に向かい、小悪魔はパーティそのものを楽しんだ。
……後日、真実を知った美鈴はレミリアの前で笑いをかみ殺すのに失敗するのだが……それは別の話である。
……
「咲夜、なんで勝たなかったのよ?」
「……すみません。優勝よりも優先することがあったので……つい」
「だからってな、チーム全員を裏切るか?
……期待してたんだぜ?」
「……まことに申し訳なく思っております」
「優勝……するはずだったのに……責任取ってもらえますか」
「ええ、米の1俵ぐらいなら、紅魔館の出費をちょろまかせば……用意できますわ」
「皆さん、そんなに攻めないでください。私が言うのもなんですが予想以上の激戦でした」
「まあ、その通りよね……ふふ、責めるのはおしまいにしましょうか。
さあ、みんなでパーティを楽しみましょう。ほら会場は向こうよ」
医務室で横になっている咲夜を取り囲んでいたメンバーがパーティ会場に向かう。
妖夢は憤っているが、他の3人は頭を切り替えたようだ。
予想通りの展開……なんて都合のよい前提だっただろうか?
射命丸には負けたし、勇儀相手にリードを奪えず。大ブレーキ……予想を超えた激走に、咲夜の裏切り。
いろんなことがあって第三位……納得するしかない。
全員が全力で走ったことだけは確かだ。
優勝こそ逃したものの、得たものは確かにあった。
魔理沙の努力を見ることが出来た。妖夢の未熟さも、早苗の弱点も、咲夜の欠点もだ。
私は日頃の努力不足が露呈した。
「霊夢は怒らないんだな?」と言った友人、その友人に匹敵するほどの努力はしていない。
手を抜いていた……咲夜ほどの裏切りでないにしろ……自分も手抜きが過ぎたのだ。責める気にはならなかった。
そうだ、少しは努力をしないと、友人に置き去りにされる。今回、咲夜を責めることが出来るのは魔理沙だけだ。
そして、あっさり魔理沙は責めることを放棄した。だったら責める事にしがみつくだけみっともない。
個人タイムでも、速度でも比較すればぶっちぎりで魔理沙のほうが速い。
せめて、あの、友人の努力に匹敵するタイムをたたき出していたら……私も……お賽銭ぐらいねだったかもしれなかった。
今回は仕方ない、納得しよう。
そんなことを考えてパーティに参加する。
……
小傘が白蓮に抱きついている。
命蓮寺では第二位という結果にわいていた。
責められているのはただ一人、寅丸である。
宝塔を受け取り忘れてそのまま全力ダッシュ……命蓮寺最大の失敗だった。
ナズーリンが叱責している。
しかし、白蓮には責める気は欠片も無い。
楽しい大会だったし、優勝は重要で無いと考えていたからだ。
白蓮のとりなしでようやく寅丸が笑顔になった。
落ち着いた所で影からの視線を感じる。
「……出てきなさい。ぬえ」
「う~……いいのか……今日は敵同士―――」
「大会は終わりました。もうチームは関係ありません」
「そ、そうか、白蓮がそう言ってくれるなら、仕方ないよな」
「ええ、仕方ないです。一緒に楽しみましょう」
ぬえが一気に笑顔になって命蓮寺の輪に混ざりこむ、なんだかんだで敵同士で戦ったが……楽しかった。
ふと、気になったのはフラワーメイカーズだ。ぬえがこっちに来ているのはどういうことだろうか?
……
「絶対に今の幽香に近づいちゃダメよ」
「うん、言われなくても分かる。すっごい危ない」
遠巻きに橙とメディスンが座った幽香を見ている。
とげとげしい妖気が吹き荒れている。そしてそんな空気を全く読まずに鬼が近づいていった。
「おい、幽香、飲み比べしようぜ!!!」
「あ゛? ふざけんじゃないわよ? よくも、よくも……」
手を震わせて幽香が立ち上がる。収まりが付かない、勝てる勝負だった。余計な横槍さえなければ……この萃香がいなければ!!!
いきなり目が据わった。手から骨のきしむ音が聞こえる。
「待った。待った。試合終了後だぞ? 気持ちは分かるんだが、抑えろ、子供が見ている」
至近距離でこれが歯軋りかって言うほどの音が聞こえる。歯が欠けたんじゃないかと錯覚するほどだ。
「私としてはもっと続けたかったんだが……仕方ないよな。酒を飲んで忘れろ」
「酒で忘れられるほど単純じゃないわ!!!」
「耳元で叫ぶな。まずは一献、飲め」
渡された酒を一気にあおった。
その飲みっぷりに鬼が多種多様な酒をこれでもかと出してくる。
幽香はその怒涛の攻撃にかつて無いほど酔っ払い、メディスンに連れ帰ってもらう失態を晒した。
本当にその日の怒りを全部潰されて……酒をのんですっきり忘れてしまった。
……
「ありえないですね。勇儀様、優勝が目当てではなかったんですか?」
「すまん、どうしても萃香がやりたいって言ってな。
結果はあの様さ、でも、出て楽しかったろ?」
「予想以上でした。特に魔理沙とはまたやりたいですね」
「次の機会があればいいけどな」
「そうです残念です。まさか一回で閉幕するとは……」
「まあ、仕方ないさ、これだけのメンバーはやっぱり押さえつけられん。
最後、見てたろ? 第五区画の乱闘をさ。二回目を開いたら、惨劇だろうな」
「惜しいのですよ。次回があれば、2分なんていわず1分で魔理沙をぶっちぎれるのに……」
「はははは、馬鹿げた速度だ」
「当然ですよ、最速ですから」
なんだか、射命丸のわだかまりがなくなったみたいだ。全力を振るうことにためらいが無くなった。
これで、二人の仲も直ってくれるといいのだが、まあいい。それには時間がかかるだろうさ。
今日は無礼講……心ゆくまで酔って欲しい。
……
「いかがでしたか? 紫様?」
「う~ん面白かったわ~。でも最後、まさか小人が勝つなんて本当に夢にも思って無かったわ。
登録名簿を見た瞬間に『あ、ビリ確定』って思ったもの」
「そうですかね? 私はどのチームにもチャンスがあると思っていました。
実際に選手に登録用紙を配った所為ですかね?」
「そうね、生の情報って結構大事だからね。多分、萃香の悪巧みが顔から読み取れたからじゃない?」
「そうだったかもしれません。まあ、間違いなく、やらかすだろうなとは思いました」
「うっふふふ、私は逆に引っ込んでいて情報が入らなかった……でもそのおかげで楽しかったわ。
二回目は企画立てられる?」
「無理です」
「でしょうね。惜しいわ。でも、けが人無く終わらせるにはこれが一番よね」
「けが人なら大量に出ましたが?」
「永琳が直せない範囲のけが人のことよ」
「それはけが人とは言いません」
二人も、パーティに参加していく。
明日は大量に散らかった幻想郷の各所(特に魔法の森)の後片付けだ。
先が思いやられるが……楽しかった、そういうことにしておこう。
宴の終盤、酔いつぶれた参加者の前で、二回目は無いことと、最優秀選手の発表が行われ駅伝大会は成功の内にめでたく終了した。
ストーリーは、王道で良かったです。
レース序盤の文と魔理沙のスピード争いからしてとても迫力がありますね。
個人的にとても好きだったのは咲夜とレミリアが合流するシーンです。
二人のやりとりに心がほんわかと暖かくなりました。
虫に仰天する早苗さんも可愛かった!
諏訪子さまも一癖あっていい味が出ていたなあと思います。
いつもストーリー構成が見事でわくわくさせられます。
読めて良かったです。
荒れがちな「誰が強い」論をシビアに登場ステージ毎に置いて、敢えて各キャラの能力
に重点を据えて展開する手法に感服したりです
且つ各陣営の性格的な蟠りとその解決+ほのぼのを楽しく読ませていただきました
今後の作品を楽しみにさせていただきます
自分的にはひたすら「惜しい」作品
面白いのに文章表現に引っ掛かってすんなり読ませてくれないのが本当に惜しい