「ねぇ、今年は皆でサンタさんにプレゼントをお願いするのはどうかしら?」
日も暮れ団欒を楽しんでいた命蓮寺の一室。
集まっていた皆に話しかけるように聖が両手を合わせてニッコリ笑った。
会話を弾ませていた命蓮寺のメンバーがふと口を閉ざして聖を見つめる。
その顔は困惑したような呆気にとられたような表情だった。
「えっと……聖?」
顔を見合わせて沈黙してしまった空気の中、村紗が恐る恐る手を挙げる。
「そのサンタというのは西洋の行事に出てくる人物なのでは?」
「はい、そうですよ」
ニコニコと笑いながらすぐに返事をする聖に、村紗はまた呆気にとられて二の次が継げない。
えーと、ここ仏教のお寺で合ってますよね?
心の中で呟きながら村紗が周りを見渡していると聖が笑顔で話を続ける。
「たしかに今日は世間でいうクリスマス・イブと言う日だそうです。西洋の行事ですね。しかしこの命蓮寺が人里の人間の皆さんたちにもっと親しまれるためには、他の宗教のことも身につけておくことは悪いことではないと思います」
「それでまずはこの皆でクリスマスを楽しんでみようと言うのかい?」
聖の言葉をナズーリンが冷静な顔で拾うと「そうです!」と聖が嬉しそうに声を弾ませる。
「まずは皆でサンタさんにプレゼントをお願いするところから始めようかなと思うのですが、どうでしょう?」
「えーと、サンタと言うのは?」
「クリスマス・イブの夜にプレゼントを配って回る白い髭を伸ばしたおじいさんですよ」
「なるほど」
星が納得したように頷く。
生協みたいなものか、と。
ちがいます。
「あ、あの!!」
聖に向かって両手を大きく伸ばしたのは響子だ。
両目に期待が込められてキラキラ輝いていた。
「そのサンタさんというのはなんでもプレゼントをくれるのですか?」
「そうですね。サンタさんは良い子の元に来て、枕元に一番欲しい物を書いたお手紙を置くと夜中の内にプレゼントを置いていってくださるそうですよ」
聖の説明にぬえと村紗の顔が曇ってしまう。
過去を振り返ってはたして自分が良い子と言えるのだろうか。
しかし聖は二人の頭を優しく撫でて笑いかけた。
「そんな顔をしないで。この命蓮寺の皆は私の大事な存在で、一人も悪い子なんていませんから」
うっすらと涙目で耳を傾ける村紗とぬえ。
やっぱり皆、聖のことが大好き。
「私は? 私もいいの?」
「ええ。小傘ちゃんも今日は泊まっていきなさい」
「やったー」
小傘はよくこの命蓮寺に遊びにやって来る。
このところ響子と仲がいいみたいだ。
両手を挙げて喜ぶ響子の顔を見て他の面々も聖の提案にのった様子。
初めてのクリスマス・イブ。
初めてのサンタさんへのお願い事だ。
「さてプレゼントは何にしましょうか?」
「ご主人様は『新しい宝塔 一〇個下さい』と書けばいいじゃないか。どうせまたすぐに無くすのだからね」
「うぅ……」
氷のように冷たいナズーリンに星が涙目になる。
ありのーままのーとか歌って茶化してみるがナズーリンの目はますます冷ややかになるばかり。
「お願いごとねぇ……急に言われても」
わいわいと賑やかな皆から少し離れた位置に座っていた一輪。
欲しい『物』なのに、欲しい『者』が頭に浮かんで仕方がない。
「……皆の姐さんを取ったらダメだよね」
そう俯く彼女に影が。
「え?」
「一輪。ちょっとお願いしたいことがあるのだけどいいかしら?」
顔を上げると。
そこには影でうす暗い笑みを浮かべる聖が。
※
数時間後。
命蓮寺は沈黙に包まれていた。
皆は部屋に戻って布団に入っているだろう。
ぬえと村紗が「サンタがやって来るまで起きる」と言っていたが、お酒が入っているせいで今は夢の中。
しかしそんな命蓮寺の廊下を音を忍ばせて歩く二人、と宙に浮かぶ雲が一人。いや雲が一雲と言うべきか。わからん。
「どっちでもいいじゃない。さぁ、『聖サンタさん作戦』始めるわよ」
声をひそめながらさらりと流す聖さん。
その服装はサンタクロースの恰好。赤い生地に白の線が入った服装。赤いナイトキャップ。そして白い袋を背負っていた。
「姐さん。よく自分のことを『聖サンタさん』と言えますね」
その横に立つのは一輪。
彼女もまたサンタクロースの恰好をしていた。
「…………」
そして雲山である。
頭から二本の角が伸びている。雲山はトナカイ役である。「やっぱりトナカイはいなくちゃ」と笑顔の聖がトナカイの角を雲山の頭にぶっ刺したのだった。大丈夫だ、雲だから問題はない。
「クリスマスとか他宗教のことも身に着けるとか、本当は皆にプレゼントを配りたいだけでしょ?」
「うふふ。実はそうなのよ」
自分の封印を解放しようと協力し合い動いてくれた。今ではこうして自分に慕って傍にいてくれる。
聖はそんな彼女たちに恩返しをしたかったのだった。
「しかし姐さん。その、私のプレゼントは……」
「大丈夫よ。ちゃんと後で一輪のお願い事聞いてあげるから」
わーい。後で聖の胸揉まさせてもらおう。
やる気になった一輪。
三人は意気込み十分でプレゼントを配りに回る。
※
「まずは小傘ちゃんからね。雲山、お願い」
三人は小傘が泊まっている部屋の前に着いていた。
聖の言葉に雲山が障子の隙間からすうーっと中へ入る。
「うん、やっぱり雲山がいたら障子を開けないまま中を確認できるわね。助かるわ」
「あれ? もしかして姐さんが頼りにしたのは私じゃなくて雲山の方じゃね?」
一輪が目を見開いて少しショックを受けるが「まぁいいや、全てが終われば聖のお胸を」とすぐに切り替えた。ポジティブシンキングって大事。
そんなことをしている内に雲山が廊下に出てくる。
どうやら小傘は寝ているようだ。
「よし、それではお邪魔しましょう。あと雲山。部屋に入るときに角が落ちましたよ」
障子のわずかな隙間に通れず床に落ちた二本の角を聖は拾うと、すぐに雲山の頭にブッスーとぶっ刺した。この後部屋を回る度に雲山は聖に角をぶっ刺されます。
部屋に入ると布団の中で小傘が小さな寝息を立てていた。
「寝てますね」
「本当。それにしても寝顔が可愛いわ」
「……姐さん、早く何が欲しいのか確認しましょう」
ちょっと嫉妬した一輪に急かされる形で聖は枕元にある手紙を取り上げる。
二つ折りにされた手紙には小さな字でこう書かれてあった。
もっと人間を驚かせる道具が欲しい。 小傘
その手紙を読んで聖は小傘のことが愛おしくなり、雲山は目頭が熱くなるのを覚え、一輪は抽象的過ぎるだろと心の中でツッ込みを入れる。
「小傘ちゃん……こんなにも悩んでいたなんて」
「うん。サンタへのお願いにこんなの書くくらいだからね」
聖は手紙と小傘の顔を見比べて考える。
ちなみに聖は皆に同じ物を配るつもりはない。事前に用意した物を配るつもりもない。本当に一人一人が欲しい物をプレゼントする気なのである。ナンダッテー。
「姐さん。やっぱり無難な物を配っていった方が……」
「ダメよ。絶対に皆が欲しい物を贈りたいのよ。それに小傘ちゃんのプレゼントは決まったわ」
聖は笑顔でそう言うと小傘の枕元に座り込む。
背中の袋に手を入れて月明かりに黒光りするそれを取り出す。
「これは……私が封印されていた時に使っていた物よ。とても役に立ったわ。これを小傘ちゃんにあげます。きっと小傘ちゃんの役に立つから」
まるで娘に語りかけるように聖は小声で呟くと、手にしたL字型の金属物をそぉーと置いた。
トカレフTT‐33自動拳銃である。
「それにしても懐かしいわねぇ。これを見ていると封印されていた時のことを思いだすわ」
「姐さん。ちょっとお聞きしますが、あんたどこに封印されていたんだ?」
「サツにチンコロした阿宇都霊寺の連中は今も許してないわ」
「あ、その話いいです。やっぱり聞きたくないです」
※
「さて次は響子ちゃんのお部屋ね」
小傘の部屋を退出して三人は響子の部屋に来ていた。
もちろん部屋に入る前に床に落ちた角を雲山の頭に突き刺すのを忘れていない。
寝相が悪いのか掛布団を蹴飛ばして寝ている響子に一輪が微笑みながら布団を掛けてあげる。
聖が響子の手紙を手にすると中身を読み上げる。
ピシリ。
聖の顔つきが強張ったようにみえた。一輪も後ろから覗き込んで「あちゃー」と苦い顔つきになった。
新しい夜用のライブ衣装が欲しい。 きょうこ
このところ響子は夜雀とも仲が良く、二人でパンク・ユニットを結成しライブ活動をしていることは一輪は知っている。
夜中にゲリラライブを繰り返して多くの人間たちから苦情が出ているということも。
(うわぁ……そう言えば今度やったらまた説教しますとか聖が言っていたけど、これ絶対怒らせたでしょ)
ダラダラと冷や汗をかく一輪。他人事でも聖が怒る姿はとても怖いのだ。
そぉーと聖の横顔を見る。
「……そうですか。響子ちゃんのプレゼントは衣装なのですね」
しかし聖はニコニコと笑うと響子の寝顔をじっと見つめる。あれ、怒ってない? と横で一輪が目を丸くする。
「自分の特技、趣味で人を喜ばせる。それはとても素晴らしいことだと思います。もっと、もっと多くの人に受け入れられたら私も嬉しいです」
そうして何故か右腕をまくって出した。
「……でも夜中にやっちゃダメって私、言・い・ま・し・た・よ・ね? ――南無三!!」
大きく振りかぶった右こぶしが響子のお腹目がけて突撃する。響子が声にならない悲鳴を上げて一瞬目を開けたがすぐに白目になる。大丈夫、気を失っただけだ。
「ちょっと姐さん! プレゼントは?」
「ええ。これが私からの説教という名の贈り物よ」
「いや体罰の間違いじゃない?」
「それにほら、お腹に私の拳の跡が。次のライブの時はおへそを出してみるとカワイイんじゃないかしら?」
「後でアザになって観る者がドン引きですよ。ええ、やっぱり聖怒ってますね」
「実は激おこ」
「知ってた」
※
「なんかもう皆抽象的な物ばかり欲しがるわね。このネズミにいたっては『物』じゃなくて『者』だし」
続いてやって来たのはナズーリンの部屋である。
床に敷かれた布団の中で寝相よくナズーリンは寝息を立てている。
その枕元に置かれた手紙にはこう書かれていた。
物忘れしない・約束を忘れない・いつでも冷静沈着なご主人様が欲しい。 ナズーリン
「星ちゃん……」
「よく宝塔を無くすからねぇ。いつもナズーリンに泣きついているのを見てたら私でも呆れるわ」
一輪がため息を吐いてナズーリンの顔を見つめる。
星が物を無くしたりドジをする度にナズーリンがフォローをしてくれる。しかし長い年月この二人は傍に居続けていたのだ。こんなことを書きながらも星のことを嫌っているわけではないんだなと一輪は思った。
「やれやれ。ナズーリンのプレゼントは星に説教ですか?」
「……いや、あの人は……やっぱりあの人の方がいいかしら」
笑顔で振り返った先。
聖が口元に手を当てて何かぶつぶつ呟いている。しかも「あの人」だとか言っている。あれー、聖さん私めっちゃ嫌な予感するよという顔をする一輪。どんな顔だ。
「……決まったわ」
そう言うと聖は袋から一枚の紙を取り出しナズーリンの枕元に置いた。
そしてゆっくりと座るとナズーリンの寝顔に話しかける。その顔は寂しそうだった。
「ナズーリン、今までお疲れ様。これから貴女が進む道だけど私にも少しお手伝いをさせて頂戴。きっと貴女の理想の上司だと思うわ」
聖が取り出した紙にはこう記されてあった。
急募!
あなたも是非曲直庁で働きませんか?
業務拡大につき、また三途の川の船頭がサボりまくっている為、人員大募集!
主な業務内容は裁判の業務補佐です。
週休二日制。社内食堂有。昇給有。
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私はここで三年働いて牛車を買いました。
貴女の夢を一緒に叶えませんか?
入社後は先輩の死神たちによる温かい指導を受けられます。
ただし三途の船頭の死神の言うことは無視してください。ていうより小町がクリスマスだからと言って山の仙人とずーっとイチャついているから仕事が回らなくてこんな求人広告を書かなければいけなくなったのです!
四季映姫・ヤマザナドゥ
「閻魔様とはお話ししたことがあるから、そのお人柄はよく知っているわ。きっとナズーリンも納得してくれるわね」
「まさか『ご主人様が欲しい』と言う文章をそっちの意味で受け取るとは思わなかったわ。というより閻魔さん大丈夫かしら? 四季映姫・やばザナドゥになっているじゃない」
※
船が欲しいです。 キャプテン・村紗水蜜
「やっとまともなお願い事がきましたね、姐さん」
「あらあら」
二人して手紙を覗き込んでから布団に寝転がる村紗を見つめた。
サンタが来るまで起きていると勢い込んでいたが、今は酒が残っているのか顔を赤らめて夢の中にお出かけ中。
「やっぱり船が欲しいのねぇ、村紗ちゃんは」
「そりゃキャプテンですからねぇ。やっぱり船がないのは寂しいのでしょう」
村紗は船幽霊であり、またかつて聖輦船の船長という役割は彼女の誇りでもあった。しかし聖が復活を果たしこの幻想郷に暮らすことになり聖輦船はこの命蓮寺と変わると、彼女のキャプテンとしての役割は失われてしまった。村紗は聖と一緒に仏道に励むことに悦びを感じているようだが、船幽霊という彼女にはやはりどこか寂しいものがあるのだろう。
聖の顔が沈んだものになる。
「私の我がままで聖輦船をお寺にしちゃったからね。村紗には一番迷惑をかけたと思うわ」
「そんなことありませんよ。命蓮寺にすることには村紗も賛成でしたから」
「そうだといいんだけど」
「もう姐さんは優しすぎるのよ。姐さんのことを迷惑だなんて思うやつなんていないわよ。自信を持って」
一輪に励まされて聖の顔に笑顔が戻る。一輪も笑顔で頷き返した。二人は黙って見つめ合う。
あれ? なんかいい感じじゃない? もうさ、プレゼントなんて適当に配ってこの聖なる夜を二人で過ごしたい。思いっきり姐さんの胸に甘えまくりたい。告白だ、そう告白だ。姐さんにこの想い届けー!
そんな妄想をしているうちに気が付けば聖は一輪をよそに村紗の枕元へ歩み寄っていく。
ああん、と告白する勇気を挫かれた一輪が聖の後ろへ立つ。
「村紗ちゃん。これは私から心を込めたプレゼント。どうか受け取ってください」
白い袋から取り出したそれを村紗の頭の横に置いた。
舟である。
木材でがっちり組み込まれた手漕ぎ舟。
「ごめんなさい。こんなのしか用意できなくて。これが村紗ちゃんの慰めになれたら私は嬉しいわ」
「まぁ幻想郷には海がないし、川に浮かべるくらいならいいんじゃないかしら? 三途の死神さんと同じ舟だけれども……ところで姐さん、ちょっと聞きたいのだけれど」
「何かしら?」
「なんか、すごく小さいような気がするんだけど」
「あら? そうかしら?」
「絶対人乗れないでしょ。これお刺身とか乗せるやつでしょ? 居酒屋でよく見るわ」
「……居酒屋でよく見る、ねぇ。夜な夜な一輪ちゃんはどこへ出かけていたのかしら?」
「あ」
村紗の部屋から鈍い音が一つし、一輪の短い悲鳴が上がった。
「幻想郷には河童たちもいるし、エンジンをつけたら動くんじゃないかしら?」
「姐さん……それ、なんか違う」
頭の後ろにたんこぶを作って一輪が涙目で呟く。
※
続いて聖たちが訪室したのはマミゾウの部屋だった。
マミゾウはぬえが外界から連れてきた妖怪でそのままこの命蓮寺に居候している身分である。親分肌であり響子はマミゾウのことを慕っているみたいだ。
やはり酒を呑んだのだろうかマミゾウは布団も敷かず机に突っ伏しているように寝ていた。このところ付喪神を部下にするとかで忙しい日を送っているようだ。
「さて、マミゾウさんはどんなプレゼントを希望しているのかしら?」
「この人の欲しい物って想像がつかないけど」
それでも机の上に手紙を置いてあるあたり欲しい物があるみたいだ。先刻に聖がクリスマスの話をした時その場にいたが、マミゾウのことだから参加しないと思っていただけに一輪は予想外と思った。
妖魔本。 二ッ岩マミゾウ
簡単に書かれた文章を読んで聖が頭を抱えた。
「妖魔本ね……これは困ったわ」
「困るも何も今までまともな贈り物をしました?」
一輪の冷ややかなツッコミにも構わず聖はうーんと頭を働かせている。
妖魔本は妖怪たちが書いた書籍のことであり、中々流通しているものではない。マミゾウも人里にある貸本屋に赴かなければ読むことができないのだ。
さてどうしたものかしら。マミゾウさんが妖魔本を本当に欲しがっているのは事実。そのため人里の貸本屋によく出かける。そう言えばその貸本屋の女の子とこのところいい雰囲気よねぇ。上手くいっているかしら。あの女の子は幾つくらいかしら? まだかなり幼いようだけれども……。
聖の思考が回りに回っていいプレゼントが思いついたようだ。ポンと両手を鳴らす。
そしてゴソゴソと白い袋を探ってそれを取り出した。ていうより何でも入っているな、その袋。まるで某狸型ロボットの四次元ポケットのようだ。え? 狸じゃないって?
「マミゾウさん。私の贈り物、きっと喜んでもらえると思うわ。まだこの幻想郷に来たばかりだから私たちとあまりお話し出来ないみたいだけど、これからもっと信頼し合えるようになれたら嬉しいわ」
そう言って聖は一冊の本を机の上に置く。
それは妖精たちや橙、てゐなどの入浴や着替えを隠し撮りした写真集。
妖魔本ならぬ幼魔本であった。
「マミゾウさんがどんな趣味を持っていても貴女は私たち命蓮寺の大切な一人ですからね」
「姐さん、その大切な一人をロリコン扱いするのはどうかと思うんですけど。というよりそんな本どこで入手したのですか?」
「鴉天狗さんが裏で発行している本よ。紅魔館のメイドさんが定期購読しているみたいだけど」
「あ、そうですか」
もうツッコミ疲れた一輪である。
※
カネが欲しい。 ぬえ
あまりにも欲望にどストレートなぬえのお願い事に一輪の体が震える。
こんなこと書いたら姐さん怒るだろうなぁ、怒るだろうなぁ、あ、やっぱり怒っている。
一輪が振り返ると聖が真顔でぬえの手紙を見つめていた。そんなことは知らずお腹を出してぐーぐーと幸せそうに寝ているぬえ。
「そうですか……ぬえちゃんはおカネが欲しいのですか」
そう呟くと聖はにっこりと笑ってみせた。
あ、これはアカンやつの笑顔や。
聖の極悪に歪められた笑顔を見て一輪が震え出す。
「わかりました。ぬえちゃんにはおカネをあげましょう」
そう言い残すと聖はゆっくりと部屋を出て行く。残された一輪は目を丸くした。まさか本当にお金を持ってくるつもりなのか。
予想外の聖の動きに呆然としていると。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
なにやら重い足音が一輪の耳に聞こえてきた。
なにやらすっごく嫌な予感がする一輪であった。
足跡は大きくなり部屋の前に止まる。
やがて部屋に入ってきた聖が片手で持っていたのは――
命蓮寺の境内にある大きな鐘であった。
ニッコリ笑いながら聖は片手で鐘をぬえの幸せそうな寝顔の真上にセッティングする。
「ちょ! 姐さん! カネはカネでもその鐘のことではないわよ!」
「え?」
笑顔を浮かべたまま一輪に向き合う聖。
「いえ、なんでもありません。そうですね、ぬえもその鐘が欲しかったんだろうと思います」
即座に返事をする一輪。やっぱり聖さんは怒らせると怖いのだ。
ぬえ、ごめんなさい。貴女に降りかかる禍を私は止めることができません。許してください。というかまともなお願い事をしろよヴァーカ。
そう思う一輪の前で。
聖の手から鐘が思いきり振り落される。
ゴーン。
※
「さて星ちゃんで最後かしら?」
「そうですね。まぁ何をお願いしたかはわかりますけど。たぶん宝塔でしょうね」
「私もそう思うわ。でも大きすぎるからお庭に置いちゃったわ」
「姐さん。どうしてだろう。姐さんが話す『ほうとう』は『ほうとう』であって『宝塔』ではない『ほうとう』のような気がするのだけど」
そんなやり取りをしながら星の部屋に入る聖たち。ちなみに雲山のセリフがまったくないが心配はいらない。ちゃんと聖に角をぶっ刺されているから。
星もやはり幸せそうな顔を浮かべて寝息を立てていた。寝顔を確認して二人はそっとお願い事が書かれた手紙を手にする。
あー、やっとサンタごっこが終わる。さぁ星にプレゼントしたら思いっきり姐さんに甘えよう。いま思いついたのだけど二人でお風呂で流し合いも最高かも。姐さんの裸、ぐへへ。
一輪がよだれを垂れ流している横で聖の体が固まる。
「どういうことかしら? これは」
「え?」
聖の困惑した声に我に返った一輪が手紙を覗き込む。
長距離の大砲が欲しい。 寅丸星
追伸 やっぱ阪神最高や!
「……大砲って?」
「星ちゃんは戦争でもしたいのかしら?」
二人して「うーん」首を傾げる。視線を下ろせば「うぅーん、ナズーリィーン。むにゃむにゃ」とよだれを垂らしながら幸せそうに寝る星。どうみても争いごとを望むような子ではないのは明白だ。
「しかし長距離って書いてありますからね。どこかを狙撃するつもりなのでしょうか?」
「この『阪神』って言葉は『はんしん』と読んだらいいのかしら? そう言えば思い当ることがあるわ」
「本当ですか姐さん?」
一輪が見守る中、聖は頭を働かせて過去を思い出そうと努めた。
それは先月の事だ。
聖が人里で聞いた健康法を皆に話していた時の事だ。
「あのね、半身浴って言ってね、お風呂に入るときは湯船にお湯を半分だけ入れて浸かると多くの汗が流れて健康にいいそうよ」
皆が「へー」と関心を持って耳を傾ける中、何故か星だけが興奮したように聖に返事をしたのだった。
「そうですね! 好きなチームを応援し続けることは明日への楽しみとなりその期待こそが健康に繋がるでしょう!」
「……あの星ちゃん?」
「はい?」
「えっと、はんしんよく(半身浴)の話だけど?」
「はい、はんしんよく(阪神欲)の話です」
「…………」
結局お互いに通じ合えずその話はうやむやに終わってしまったのだった。
聖は頭を抱えた。
「あぁ……思い出せないわ。どこでかしら、たしか封印された時に聞いたことがあるような……」
「姐さん、やっぱり気になります。あんたどこに封印されていたんだ?」
「うーん。悪徳の金貸し屋さんとの血にまみれたドンパチしか思い出せないわ」
「あ、やっぱりいいですその話は……ん?」
一輪が星の手紙の裏に気が付いた。何か書いてあるのだ。
「姐さん」
「あら、こんなところに」
思わぬヒントを得た二人。お互いに顔を見合わせて笑顔が浮かぶ。子どもというのはついサンタさんへ自分の家までの道のりや、家の中の間取り図を書いてしまうものだ。時にはプレゼントの詳しい情報までサンタさんに説明をしてくれる。やれやれ、これでやっと星が欲しい物の正体が分かると二人はほっとした。毘沙門天の代理を子ども扱いしていることは触れないでおこう。
聖は手紙を裏返した。
サンタさんへ。
阪神を応援し始めた一九九七年の開幕スタメンです。
一番 ワダ
二番 クジ
三番 シンジョウ
四番 ヒヤマ
五番 ヤギ
六番 ヒラツカ
七番 はいあっと
八番 ヤマダ
九番 カワジリ
すぐに手紙を表に戻す。
もう意味がさっぱりわかんなーい。
ですよねー。
現実から全力で背ける二人。しかしそういう訳にはいかない。すぐに星の寝顔を見つめながら話し合う二人。
「姐さん、どうするの?」
「こうなったら用意していた『ほうとう』を星ちゃんにプレゼントするわ」
「え?」
一輪が嫌な顔をする。すんげぇ嫌な顔をした。
「大丈夫よ。星ちゃんの手紙を読む限りきっと喜んでくれると思うわ」
※
翌朝。
「うーん……ナズーリン、そこはダメェ……あ」
星はゆっくりと体を起こすと部屋の中を見渡す。どこにもナズーリンの姿はみえない。
「なんだ、夢だったのですか」
がっくりとうなだれる星。夢の中ではナズーリンと深夜のホワイトクリスマスを迎えていたのにね。残念。
大きく背伸びをして布団から立ち上がろうとした彼女は、ふと枕元に置かれた手紙に気が付いた。
一通は自分がサンタへ宛てた手紙。
そしてもう一通は。
「もしかして!」
星は急いで手紙を読み上げる。
「星ちゃんへ。プレゼントをお庭に用意しています。受け取ってください。極ど(筆でぐしゃぐしゃにかき消した跡がある)仏道のサンタクロースより」
何度も何度も手紙を繰り返し読んでから、星は慌てて寝間着姿にも関わらず庭へと駆け出した。
自分は来年の阪神の四番を任せられる長距離バッターが入団できるようにお願いしたのだが、まさか庭に四番バッターが来ているとは。期待で胸が高鳴る。
さて誰だろうか? バックスクリーン三連発を放った三人だろうか? アニキだろうか? サインしてくれるかな? 神のお告げとか言って帰ったやつは知らん。
ニコニコ笑いながら星は庭に面した障子を思いきり開く。
そこには視界いっぱいの『ほうとう』が置かれていた。
星の顔から笑顔が消えて、やがて呆然とする。
命蓮寺の庭。
重々しい『砲塔』が誇らしげに鎮座していた。
8.8cm FlaK 37型砲。
通称、アハトアハトである。
※
同じ朝。
疲れ果てて寝てしまった一輪が目を覚ますと、枕元に聖からの手紙とプレゼントが置かれていた。
「一輪ちゃんへ。おさけは飲み過ぎないようにね」
手紙を読んでから一輪は枕元のプレゼントを見た。
「ははは、もう姐さんったら……お酒じゃなくてシャケ(鮭)じゃない!!」
日も暮れ団欒を楽しんでいた命蓮寺の一室。
集まっていた皆に話しかけるように聖が両手を合わせてニッコリ笑った。
会話を弾ませていた命蓮寺のメンバーがふと口を閉ざして聖を見つめる。
その顔は困惑したような呆気にとられたような表情だった。
「えっと……聖?」
顔を見合わせて沈黙してしまった空気の中、村紗が恐る恐る手を挙げる。
「そのサンタというのは西洋の行事に出てくる人物なのでは?」
「はい、そうですよ」
ニコニコと笑いながらすぐに返事をする聖に、村紗はまた呆気にとられて二の次が継げない。
えーと、ここ仏教のお寺で合ってますよね?
心の中で呟きながら村紗が周りを見渡していると聖が笑顔で話を続ける。
「たしかに今日は世間でいうクリスマス・イブと言う日だそうです。西洋の行事ですね。しかしこの命蓮寺が人里の人間の皆さんたちにもっと親しまれるためには、他の宗教のことも身につけておくことは悪いことではないと思います」
「それでまずはこの皆でクリスマスを楽しんでみようと言うのかい?」
聖の言葉をナズーリンが冷静な顔で拾うと「そうです!」と聖が嬉しそうに声を弾ませる。
「まずは皆でサンタさんにプレゼントをお願いするところから始めようかなと思うのですが、どうでしょう?」
「えーと、サンタと言うのは?」
「クリスマス・イブの夜にプレゼントを配って回る白い髭を伸ばしたおじいさんですよ」
「なるほど」
星が納得したように頷く。
生協みたいなものか、と。
ちがいます。
「あ、あの!!」
聖に向かって両手を大きく伸ばしたのは響子だ。
両目に期待が込められてキラキラ輝いていた。
「そのサンタさんというのはなんでもプレゼントをくれるのですか?」
「そうですね。サンタさんは良い子の元に来て、枕元に一番欲しい物を書いたお手紙を置くと夜中の内にプレゼントを置いていってくださるそうですよ」
聖の説明にぬえと村紗の顔が曇ってしまう。
過去を振り返ってはたして自分が良い子と言えるのだろうか。
しかし聖は二人の頭を優しく撫でて笑いかけた。
「そんな顔をしないで。この命蓮寺の皆は私の大事な存在で、一人も悪い子なんていませんから」
うっすらと涙目で耳を傾ける村紗とぬえ。
やっぱり皆、聖のことが大好き。
「私は? 私もいいの?」
「ええ。小傘ちゃんも今日は泊まっていきなさい」
「やったー」
小傘はよくこの命蓮寺に遊びにやって来る。
このところ響子と仲がいいみたいだ。
両手を挙げて喜ぶ響子の顔を見て他の面々も聖の提案にのった様子。
初めてのクリスマス・イブ。
初めてのサンタさんへのお願い事だ。
「さてプレゼントは何にしましょうか?」
「ご主人様は『新しい宝塔 一〇個下さい』と書けばいいじゃないか。どうせまたすぐに無くすのだからね」
「うぅ……」
氷のように冷たいナズーリンに星が涙目になる。
ありのーままのーとか歌って茶化してみるがナズーリンの目はますます冷ややかになるばかり。
「お願いごとねぇ……急に言われても」
わいわいと賑やかな皆から少し離れた位置に座っていた一輪。
欲しい『物』なのに、欲しい『者』が頭に浮かんで仕方がない。
「……皆の姐さんを取ったらダメだよね」
そう俯く彼女に影が。
「え?」
「一輪。ちょっとお願いしたいことがあるのだけどいいかしら?」
顔を上げると。
そこには影でうす暗い笑みを浮かべる聖が。
※
数時間後。
命蓮寺は沈黙に包まれていた。
皆は部屋に戻って布団に入っているだろう。
ぬえと村紗が「サンタがやって来るまで起きる」と言っていたが、お酒が入っているせいで今は夢の中。
しかしそんな命蓮寺の廊下を音を忍ばせて歩く二人、と宙に浮かぶ雲が一人。いや雲が一雲と言うべきか。わからん。
「どっちでもいいじゃない。さぁ、『聖サンタさん作戦』始めるわよ」
声をひそめながらさらりと流す聖さん。
その服装はサンタクロースの恰好。赤い生地に白の線が入った服装。赤いナイトキャップ。そして白い袋を背負っていた。
「姐さん。よく自分のことを『聖サンタさん』と言えますね」
その横に立つのは一輪。
彼女もまたサンタクロースの恰好をしていた。
「…………」
そして雲山である。
頭から二本の角が伸びている。雲山はトナカイ役である。「やっぱりトナカイはいなくちゃ」と笑顔の聖がトナカイの角を雲山の頭にぶっ刺したのだった。大丈夫だ、雲だから問題はない。
「クリスマスとか他宗教のことも身に着けるとか、本当は皆にプレゼントを配りたいだけでしょ?」
「うふふ。実はそうなのよ」
自分の封印を解放しようと協力し合い動いてくれた。今ではこうして自分に慕って傍にいてくれる。
聖はそんな彼女たちに恩返しをしたかったのだった。
「しかし姐さん。その、私のプレゼントは……」
「大丈夫よ。ちゃんと後で一輪のお願い事聞いてあげるから」
わーい。後で聖の胸揉まさせてもらおう。
やる気になった一輪。
三人は意気込み十分でプレゼントを配りに回る。
※
「まずは小傘ちゃんからね。雲山、お願い」
三人は小傘が泊まっている部屋の前に着いていた。
聖の言葉に雲山が障子の隙間からすうーっと中へ入る。
「うん、やっぱり雲山がいたら障子を開けないまま中を確認できるわね。助かるわ」
「あれ? もしかして姐さんが頼りにしたのは私じゃなくて雲山の方じゃね?」
一輪が目を見開いて少しショックを受けるが「まぁいいや、全てが終われば聖のお胸を」とすぐに切り替えた。ポジティブシンキングって大事。
そんなことをしている内に雲山が廊下に出てくる。
どうやら小傘は寝ているようだ。
「よし、それではお邪魔しましょう。あと雲山。部屋に入るときに角が落ちましたよ」
障子のわずかな隙間に通れず床に落ちた二本の角を聖は拾うと、すぐに雲山の頭にブッスーとぶっ刺した。この後部屋を回る度に雲山は聖に角をぶっ刺されます。
部屋に入ると布団の中で小傘が小さな寝息を立てていた。
「寝てますね」
「本当。それにしても寝顔が可愛いわ」
「……姐さん、早く何が欲しいのか確認しましょう」
ちょっと嫉妬した一輪に急かされる形で聖は枕元にある手紙を取り上げる。
二つ折りにされた手紙には小さな字でこう書かれてあった。
もっと人間を驚かせる道具が欲しい。 小傘
その手紙を読んで聖は小傘のことが愛おしくなり、雲山は目頭が熱くなるのを覚え、一輪は抽象的過ぎるだろと心の中でツッ込みを入れる。
「小傘ちゃん……こんなにも悩んでいたなんて」
「うん。サンタへのお願いにこんなの書くくらいだからね」
聖は手紙と小傘の顔を見比べて考える。
ちなみに聖は皆に同じ物を配るつもりはない。事前に用意した物を配るつもりもない。本当に一人一人が欲しい物をプレゼントする気なのである。ナンダッテー。
「姐さん。やっぱり無難な物を配っていった方が……」
「ダメよ。絶対に皆が欲しい物を贈りたいのよ。それに小傘ちゃんのプレゼントは決まったわ」
聖は笑顔でそう言うと小傘の枕元に座り込む。
背中の袋に手を入れて月明かりに黒光りするそれを取り出す。
「これは……私が封印されていた時に使っていた物よ。とても役に立ったわ。これを小傘ちゃんにあげます。きっと小傘ちゃんの役に立つから」
まるで娘に語りかけるように聖は小声で呟くと、手にしたL字型の金属物をそぉーと置いた。
トカレフTT‐33自動拳銃である。
「それにしても懐かしいわねぇ。これを見ていると封印されていた時のことを思いだすわ」
「姐さん。ちょっとお聞きしますが、あんたどこに封印されていたんだ?」
「サツにチンコロした阿宇都霊寺の連中は今も許してないわ」
「あ、その話いいです。やっぱり聞きたくないです」
※
「さて次は響子ちゃんのお部屋ね」
小傘の部屋を退出して三人は響子の部屋に来ていた。
もちろん部屋に入る前に床に落ちた角を雲山の頭に突き刺すのを忘れていない。
寝相が悪いのか掛布団を蹴飛ばして寝ている響子に一輪が微笑みながら布団を掛けてあげる。
聖が響子の手紙を手にすると中身を読み上げる。
ピシリ。
聖の顔つきが強張ったようにみえた。一輪も後ろから覗き込んで「あちゃー」と苦い顔つきになった。
新しい夜用のライブ衣装が欲しい。 きょうこ
このところ響子は夜雀とも仲が良く、二人でパンク・ユニットを結成しライブ活動をしていることは一輪は知っている。
夜中にゲリラライブを繰り返して多くの人間たちから苦情が出ているということも。
(うわぁ……そう言えば今度やったらまた説教しますとか聖が言っていたけど、これ絶対怒らせたでしょ)
ダラダラと冷や汗をかく一輪。他人事でも聖が怒る姿はとても怖いのだ。
そぉーと聖の横顔を見る。
「……そうですか。響子ちゃんのプレゼントは衣装なのですね」
しかし聖はニコニコと笑うと響子の寝顔をじっと見つめる。あれ、怒ってない? と横で一輪が目を丸くする。
「自分の特技、趣味で人を喜ばせる。それはとても素晴らしいことだと思います。もっと、もっと多くの人に受け入れられたら私も嬉しいです」
そうして何故か右腕をまくって出した。
「……でも夜中にやっちゃダメって私、言・い・ま・し・た・よ・ね? ――南無三!!」
大きく振りかぶった右こぶしが響子のお腹目がけて突撃する。響子が声にならない悲鳴を上げて一瞬目を開けたがすぐに白目になる。大丈夫、気を失っただけだ。
「ちょっと姐さん! プレゼントは?」
「ええ。これが私からの説教という名の贈り物よ」
「いや体罰の間違いじゃない?」
「それにほら、お腹に私の拳の跡が。次のライブの時はおへそを出してみるとカワイイんじゃないかしら?」
「後でアザになって観る者がドン引きですよ。ええ、やっぱり聖怒ってますね」
「実は激おこ」
「知ってた」
※
「なんかもう皆抽象的な物ばかり欲しがるわね。このネズミにいたっては『物』じゃなくて『者』だし」
続いてやって来たのはナズーリンの部屋である。
床に敷かれた布団の中で寝相よくナズーリンは寝息を立てている。
その枕元に置かれた手紙にはこう書かれていた。
物忘れしない・約束を忘れない・いつでも冷静沈着なご主人様が欲しい。 ナズーリン
「星ちゃん……」
「よく宝塔を無くすからねぇ。いつもナズーリンに泣きついているのを見てたら私でも呆れるわ」
一輪がため息を吐いてナズーリンの顔を見つめる。
星が物を無くしたりドジをする度にナズーリンがフォローをしてくれる。しかし長い年月この二人は傍に居続けていたのだ。こんなことを書きながらも星のことを嫌っているわけではないんだなと一輪は思った。
「やれやれ。ナズーリンのプレゼントは星に説教ですか?」
「……いや、あの人は……やっぱりあの人の方がいいかしら」
笑顔で振り返った先。
聖が口元に手を当てて何かぶつぶつ呟いている。しかも「あの人」だとか言っている。あれー、聖さん私めっちゃ嫌な予感するよという顔をする一輪。どんな顔だ。
「……決まったわ」
そう言うと聖は袋から一枚の紙を取り出しナズーリンの枕元に置いた。
そしてゆっくりと座るとナズーリンの寝顔に話しかける。その顔は寂しそうだった。
「ナズーリン、今までお疲れ様。これから貴女が進む道だけど私にも少しお手伝いをさせて頂戴。きっと貴女の理想の上司だと思うわ」
聖が取り出した紙にはこう記されてあった。
急募!
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業務拡大につき、また三途の川の船頭がサボりまくっている為、人員大募集!
主な業務内容は裁判の業務補佐です。
週休二日制。社内食堂有。昇給有。
やる気があれば誰でも勤められる温かいアットホームな職場です。
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私はここで三年働いて牛車を買いました。
貴女の夢を一緒に叶えませんか?
入社後は先輩の死神たちによる温かい指導を受けられます。
ただし三途の船頭の死神の言うことは無視してください。ていうより小町がクリスマスだからと言って山の仙人とずーっとイチャついているから仕事が回らなくてこんな求人広告を書かなければいけなくなったのです!
四季映姫・ヤマザナドゥ
「閻魔様とはお話ししたことがあるから、そのお人柄はよく知っているわ。きっとナズーリンも納得してくれるわね」
「まさか『ご主人様が欲しい』と言う文章をそっちの意味で受け取るとは思わなかったわ。というより閻魔さん大丈夫かしら? 四季映姫・やばザナドゥになっているじゃない」
※
船が欲しいです。 キャプテン・村紗水蜜
「やっとまともなお願い事がきましたね、姐さん」
「あらあら」
二人して手紙を覗き込んでから布団に寝転がる村紗を見つめた。
サンタが来るまで起きていると勢い込んでいたが、今は酒が残っているのか顔を赤らめて夢の中にお出かけ中。
「やっぱり船が欲しいのねぇ、村紗ちゃんは」
「そりゃキャプテンですからねぇ。やっぱり船がないのは寂しいのでしょう」
村紗は船幽霊であり、またかつて聖輦船の船長という役割は彼女の誇りでもあった。しかし聖が復活を果たしこの幻想郷に暮らすことになり聖輦船はこの命蓮寺と変わると、彼女のキャプテンとしての役割は失われてしまった。村紗は聖と一緒に仏道に励むことに悦びを感じているようだが、船幽霊という彼女にはやはりどこか寂しいものがあるのだろう。
聖の顔が沈んだものになる。
「私の我がままで聖輦船をお寺にしちゃったからね。村紗には一番迷惑をかけたと思うわ」
「そんなことありませんよ。命蓮寺にすることには村紗も賛成でしたから」
「そうだといいんだけど」
「もう姐さんは優しすぎるのよ。姐さんのことを迷惑だなんて思うやつなんていないわよ。自信を持って」
一輪に励まされて聖の顔に笑顔が戻る。一輪も笑顔で頷き返した。二人は黙って見つめ合う。
あれ? なんかいい感じじゃない? もうさ、プレゼントなんて適当に配ってこの聖なる夜を二人で過ごしたい。思いっきり姐さんの胸に甘えまくりたい。告白だ、そう告白だ。姐さんにこの想い届けー!
そんな妄想をしているうちに気が付けば聖は一輪をよそに村紗の枕元へ歩み寄っていく。
ああん、と告白する勇気を挫かれた一輪が聖の後ろへ立つ。
「村紗ちゃん。これは私から心を込めたプレゼント。どうか受け取ってください」
白い袋から取り出したそれを村紗の頭の横に置いた。
舟である。
木材でがっちり組み込まれた手漕ぎ舟。
「ごめんなさい。こんなのしか用意できなくて。これが村紗ちゃんの慰めになれたら私は嬉しいわ」
「まぁ幻想郷には海がないし、川に浮かべるくらいならいいんじゃないかしら? 三途の死神さんと同じ舟だけれども……ところで姐さん、ちょっと聞きたいのだけれど」
「何かしら?」
「なんか、すごく小さいような気がするんだけど」
「あら? そうかしら?」
「絶対人乗れないでしょ。これお刺身とか乗せるやつでしょ? 居酒屋でよく見るわ」
「……居酒屋でよく見る、ねぇ。夜な夜な一輪ちゃんはどこへ出かけていたのかしら?」
「あ」
村紗の部屋から鈍い音が一つし、一輪の短い悲鳴が上がった。
「幻想郷には河童たちもいるし、エンジンをつけたら動くんじゃないかしら?」
「姐さん……それ、なんか違う」
頭の後ろにたんこぶを作って一輪が涙目で呟く。
※
続いて聖たちが訪室したのはマミゾウの部屋だった。
マミゾウはぬえが外界から連れてきた妖怪でそのままこの命蓮寺に居候している身分である。親分肌であり響子はマミゾウのことを慕っているみたいだ。
やはり酒を呑んだのだろうかマミゾウは布団も敷かず机に突っ伏しているように寝ていた。このところ付喪神を部下にするとかで忙しい日を送っているようだ。
「さて、マミゾウさんはどんなプレゼントを希望しているのかしら?」
「この人の欲しい物って想像がつかないけど」
それでも机の上に手紙を置いてあるあたり欲しい物があるみたいだ。先刻に聖がクリスマスの話をした時その場にいたが、マミゾウのことだから参加しないと思っていただけに一輪は予想外と思った。
妖魔本。 二ッ岩マミゾウ
簡単に書かれた文章を読んで聖が頭を抱えた。
「妖魔本ね……これは困ったわ」
「困るも何も今までまともな贈り物をしました?」
一輪の冷ややかなツッコミにも構わず聖はうーんと頭を働かせている。
妖魔本は妖怪たちが書いた書籍のことであり、中々流通しているものではない。マミゾウも人里にある貸本屋に赴かなければ読むことができないのだ。
さてどうしたものかしら。マミゾウさんが妖魔本を本当に欲しがっているのは事実。そのため人里の貸本屋によく出かける。そう言えばその貸本屋の女の子とこのところいい雰囲気よねぇ。上手くいっているかしら。あの女の子は幾つくらいかしら? まだかなり幼いようだけれども……。
聖の思考が回りに回っていいプレゼントが思いついたようだ。ポンと両手を鳴らす。
そしてゴソゴソと白い袋を探ってそれを取り出した。ていうより何でも入っているな、その袋。まるで某狸型ロボットの四次元ポケットのようだ。え? 狸じゃないって?
「マミゾウさん。私の贈り物、きっと喜んでもらえると思うわ。まだこの幻想郷に来たばかりだから私たちとあまりお話し出来ないみたいだけど、これからもっと信頼し合えるようになれたら嬉しいわ」
そう言って聖は一冊の本を机の上に置く。
それは妖精たちや橙、てゐなどの入浴や着替えを隠し撮りした写真集。
妖魔本ならぬ幼魔本であった。
「マミゾウさんがどんな趣味を持っていても貴女は私たち命蓮寺の大切な一人ですからね」
「姐さん、その大切な一人をロリコン扱いするのはどうかと思うんですけど。というよりそんな本どこで入手したのですか?」
「鴉天狗さんが裏で発行している本よ。紅魔館のメイドさんが定期購読しているみたいだけど」
「あ、そうですか」
もうツッコミ疲れた一輪である。
※
カネが欲しい。 ぬえ
あまりにも欲望にどストレートなぬえのお願い事に一輪の体が震える。
こんなこと書いたら姐さん怒るだろうなぁ、怒るだろうなぁ、あ、やっぱり怒っている。
一輪が振り返ると聖が真顔でぬえの手紙を見つめていた。そんなことは知らずお腹を出してぐーぐーと幸せそうに寝ているぬえ。
「そうですか……ぬえちゃんはおカネが欲しいのですか」
そう呟くと聖はにっこりと笑ってみせた。
あ、これはアカンやつの笑顔や。
聖の極悪に歪められた笑顔を見て一輪が震え出す。
「わかりました。ぬえちゃんにはおカネをあげましょう」
そう言い残すと聖はゆっくりと部屋を出て行く。残された一輪は目を丸くした。まさか本当にお金を持ってくるつもりなのか。
予想外の聖の動きに呆然としていると。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
なにやら重い足音が一輪の耳に聞こえてきた。
なにやらすっごく嫌な予感がする一輪であった。
足跡は大きくなり部屋の前に止まる。
やがて部屋に入ってきた聖が片手で持っていたのは――
命蓮寺の境内にある大きな鐘であった。
ニッコリ笑いながら聖は片手で鐘をぬえの幸せそうな寝顔の真上にセッティングする。
「ちょ! 姐さん! カネはカネでもその鐘のことではないわよ!」
「え?」
笑顔を浮かべたまま一輪に向き合う聖。
「いえ、なんでもありません。そうですね、ぬえもその鐘が欲しかったんだろうと思います」
即座に返事をする一輪。やっぱり聖さんは怒らせると怖いのだ。
ぬえ、ごめんなさい。貴女に降りかかる禍を私は止めることができません。許してください。というかまともなお願い事をしろよヴァーカ。
そう思う一輪の前で。
聖の手から鐘が思いきり振り落される。
ゴーン。
※
「さて星ちゃんで最後かしら?」
「そうですね。まぁ何をお願いしたかはわかりますけど。たぶん宝塔でしょうね」
「私もそう思うわ。でも大きすぎるからお庭に置いちゃったわ」
「姐さん。どうしてだろう。姐さんが話す『ほうとう』は『ほうとう』であって『宝塔』ではない『ほうとう』のような気がするのだけど」
そんなやり取りをしながら星の部屋に入る聖たち。ちなみに雲山のセリフがまったくないが心配はいらない。ちゃんと聖に角をぶっ刺されているから。
星もやはり幸せそうな顔を浮かべて寝息を立てていた。寝顔を確認して二人はそっとお願い事が書かれた手紙を手にする。
あー、やっとサンタごっこが終わる。さぁ星にプレゼントしたら思いっきり姐さんに甘えよう。いま思いついたのだけど二人でお風呂で流し合いも最高かも。姐さんの裸、ぐへへ。
一輪がよだれを垂れ流している横で聖の体が固まる。
「どういうことかしら? これは」
「え?」
聖の困惑した声に我に返った一輪が手紙を覗き込む。
長距離の大砲が欲しい。 寅丸星
追伸 やっぱ阪神最高や!
「……大砲って?」
「星ちゃんは戦争でもしたいのかしら?」
二人して「うーん」首を傾げる。視線を下ろせば「うぅーん、ナズーリィーン。むにゃむにゃ」とよだれを垂らしながら幸せそうに寝る星。どうみても争いごとを望むような子ではないのは明白だ。
「しかし長距離って書いてありますからね。どこかを狙撃するつもりなのでしょうか?」
「この『阪神』って言葉は『はんしん』と読んだらいいのかしら? そう言えば思い当ることがあるわ」
「本当ですか姐さん?」
一輪が見守る中、聖は頭を働かせて過去を思い出そうと努めた。
それは先月の事だ。
聖が人里で聞いた健康法を皆に話していた時の事だ。
「あのね、半身浴って言ってね、お風呂に入るときは湯船にお湯を半分だけ入れて浸かると多くの汗が流れて健康にいいそうよ」
皆が「へー」と関心を持って耳を傾ける中、何故か星だけが興奮したように聖に返事をしたのだった。
「そうですね! 好きなチームを応援し続けることは明日への楽しみとなりその期待こそが健康に繋がるでしょう!」
「……あの星ちゃん?」
「はい?」
「えっと、はんしんよく(半身浴)の話だけど?」
「はい、はんしんよく(阪神欲)の話です」
「…………」
結局お互いに通じ合えずその話はうやむやに終わってしまったのだった。
聖は頭を抱えた。
「あぁ……思い出せないわ。どこでかしら、たしか封印された時に聞いたことがあるような……」
「姐さん、やっぱり気になります。あんたどこに封印されていたんだ?」
「うーん。悪徳の金貸し屋さんとの血にまみれたドンパチしか思い出せないわ」
「あ、やっぱりいいですその話は……ん?」
一輪が星の手紙の裏に気が付いた。何か書いてあるのだ。
「姐さん」
「あら、こんなところに」
思わぬヒントを得た二人。お互いに顔を見合わせて笑顔が浮かぶ。子どもというのはついサンタさんへ自分の家までの道のりや、家の中の間取り図を書いてしまうものだ。時にはプレゼントの詳しい情報までサンタさんに説明をしてくれる。やれやれ、これでやっと星が欲しい物の正体が分かると二人はほっとした。毘沙門天の代理を子ども扱いしていることは触れないでおこう。
聖は手紙を裏返した。
サンタさんへ。
阪神を応援し始めた一九九七年の開幕スタメンです。
一番 ワダ
二番 クジ
三番 シンジョウ
四番 ヒヤマ
五番 ヤギ
六番 ヒラツカ
七番 はいあっと
八番 ヤマダ
九番 カワジリ
すぐに手紙を表に戻す。
もう意味がさっぱりわかんなーい。
ですよねー。
現実から全力で背ける二人。しかしそういう訳にはいかない。すぐに星の寝顔を見つめながら話し合う二人。
「姐さん、どうするの?」
「こうなったら用意していた『ほうとう』を星ちゃんにプレゼントするわ」
「え?」
一輪が嫌な顔をする。すんげぇ嫌な顔をした。
「大丈夫よ。星ちゃんの手紙を読む限りきっと喜んでくれると思うわ」
※
翌朝。
「うーん……ナズーリン、そこはダメェ……あ」
星はゆっくりと体を起こすと部屋の中を見渡す。どこにもナズーリンの姿はみえない。
「なんだ、夢だったのですか」
がっくりとうなだれる星。夢の中ではナズーリンと深夜のホワイトクリスマスを迎えていたのにね。残念。
大きく背伸びをして布団から立ち上がろうとした彼女は、ふと枕元に置かれた手紙に気が付いた。
一通は自分がサンタへ宛てた手紙。
そしてもう一通は。
「もしかして!」
星は急いで手紙を読み上げる。
「星ちゃんへ。プレゼントをお庭に用意しています。受け取ってください。極ど(筆でぐしゃぐしゃにかき消した跡がある)仏道のサンタクロースより」
何度も何度も手紙を繰り返し読んでから、星は慌てて寝間着姿にも関わらず庭へと駆け出した。
自分は来年の阪神の四番を任せられる長距離バッターが入団できるようにお願いしたのだが、まさか庭に四番バッターが来ているとは。期待で胸が高鳴る。
さて誰だろうか? バックスクリーン三連発を放った三人だろうか? アニキだろうか? サインしてくれるかな? 神のお告げとか言って帰ったやつは知らん。
ニコニコ笑いながら星は庭に面した障子を思いきり開く。
そこには視界いっぱいの『ほうとう』が置かれていた。
星の顔から笑顔が消えて、やがて呆然とする。
命蓮寺の庭。
重々しい『砲塔』が誇らしげに鎮座していた。
8.8cm FlaK 37型砲。
通称、アハトアハトである。
※
同じ朝。
疲れ果てて寝てしまった一輪が目を覚ますと、枕元に聖からの手紙とプレゼントが置かれていた。
「一輪ちゃんへ。おさけは飲み過ぎないようにね」
手紙を読んでから一輪は枕元のプレゼントを見た。
「ははは、もう姐さんったら……お酒じゃなくてシャケ(鮭)じゃない!!」
星ちゃん以外のメンバーがどんな反応をしたのかも気になりますね、色々と想像が膨らみます(一部反応しようにもできなさそうな方々がいるのは敢えてスルー)。
長距離砲もいいですが、'14シーズン終了時点で特に欲しいのはリリーフ陣と即戦力のショートでしょうか。
特にショート。メジャー行く行かないにかかわらず、実質トリさんに頼りきりの現状はなんとかせな(アカン)
バイオレンスといい人は相性がいい(意味不明)
けど聖、魔界で何をしてたんだよw
つか、砲塔は魔界時代のつてを使って調達したのか?(トカレフがあるぐらいだしw)
この聖は思考がマッチョというか脳筋という言葉が似合いそうですね
出所が気になる