――あの、すみません。あたい四季様をそんな風に思ったことがないので……。
※
「ふぅ……また夢ですか」
寝床からゆっくり起き上ると映姫はしかめ面をして寝巻をやはりゆっくりと着替え始めた。
閻魔として死者の魂を裁く彼女であったが今日は非番である。
彼女はいつも休日には幻想郷に出て説教をしに回るのが常であった。
しかし日課であるはずなのだが彼女の顔は冴えない。
まるで味がしないかのように重い表情で朝食を簡単に済ませると、すぐに玄関へと出る。
ドアノブに手をかけて。
そして一つ重いため息を吐いた。
映姫の脳裏に彼女――サボり癖があるも陽気で笑顔が似合う小町の顔が浮かんだ。
その顔を見て胸が痛む。
後悔の波が押し寄せてくるのがわかった。
「仕方がありません……これは私が悪いのですから」
言い訳をするように呟いて、頭の中の小町の顔を振り払うように首を振りドアを押し開けた。
※
冷たい風が映姫の身を撫でていく。
すでに季節は冬になろうとしていたが、映姫は寒がる様子もなくゆっくりと幻想郷を歩いていた。
むしろこの冷たい風が心地よかった。
冬の風を受けていると束の間気分を紛れさせることが出来るから。
空を見上げると空は晴れているのにどこか重苦しく見えた。
「やはり夏とは違いますねぇ……ん?」
ぼんやり空を見上げながら歩いていると、前から歩いてくる二人に気が付いた。
「それでねリグル。そろそろ雀酒が出来るんだ。よかったらうちに……って、げ!?」
「うわっ!?」
向こうからやってきたのはミスティアとリグルの二人で、映姫とばったり会ってしまったことに目を丸くして体を強張らせる。
映姫は黙って二人の顔を見ずに、視線を落とす。
そこにはしっかりと恋人繋ぎをしている二人の手があった。
「……ふむ」
映姫は頷いて今度は二人の胸元を見て、顔に視線を移す。
長い長い説教をされるのではないかと、二人は慌てて手を放して怯えた表情を浮かべていた。
一つ「こほん」と咳払いをして映姫が口を開ける。
「こんにちは、お二人さん。仲良くお出かけですか。しかし人前であまりいちゃつくのはいけません。周りの目を気にしながら恋を深めていくのが大事ですよ……それでは」
それだけ言うと映姫は小さく頭を下げて二人の横を通り過ぎていく。
ぽかんとしている二人はしばらくして後ろへ振り返った。
しかし映姫はこちらへ振り返ることなく背を小さくさせていく。
その背中を見てミスティアとリグルは顔を見合わせてしまう。
「ねぇリグル。なんか、いつもとは様子が違うみたいだね」
「あのさ。ルーミアに聞いたんだけど、最近様子がおかしいみたいだって。説教もあっさりと終わってしまうし、なんか元気がないみたいとか話していたけど」
「ふーん。ま、長々と説教を聞かされずに済んでよかったけど」
「丸くなったってやつかな」
くすくす笑い合って二人はまた手を繋ぎ合ってデートを再開させる。
※
リグルとミスティアたちと別れてからまた妖怪たちや妖精たちと会ったが映姫の説教はすぐれない。
湖の傍でチルノと大妖精と会ったが、やはり二言三言あっさり言うだけですぐに傍から離れる。
そしてまた誰かを探すようにキョロキョロと視線を彷徨わせてゆっくりと歩き出す。
「はぁ……中々思うように見つかりませんね」
今日だけで何度目か知らないため息が漏れる。
胸の中にもやもやとした物が充満してくる。
このところ毎日、仕事中も休日もである。
それは全て自分が招いたことだと知っているのでなおさら重苦しさが迫ってきていた。
ここ最近映姫が幻想郷に出回るのは説教をするためではなく、胸の重苦しさを吐き出せる人物を探していたのだ。
閻魔だって悩みはあるのだった。
だが思うようにそのもやもやを吐き出せる人が捕まらないのが現実だった。
今日もまた思い描く悩みを聞いてくれる人に会えないのか、と思うと映姫の表情が曇っていく。
そんな映姫の耳に声が聞こえてきた。
「まったく神奈子ったら宴会だからといって飲み過ぎたよ」
「そう諏訪子こそ。あはは。帰ったら早苗に怒られる」
視線を移すとどうやら博麗神社の宴会の帰りか、守矢神社の二人の神様が酒に酔った赤ら顔して笑いながら歩いていく。
映姫の顔からみるみる重苦しさが消えていく。
そして今までゆっくり歩いていたのが嘘のように走って駆け寄っていく。
「こんにちは、お二人さん」
「うわっ!?」
「びっくりした!」
急に目の前に現れた映姫に神奈子も諏訪子も驚いて一歩後ろへ下がる。
しかし映姫は気にせずにっこりと微笑んだ。
今日初めて映姫が浮かべる笑顔だ。
映姫は彼女たちの顔を見て、そしてやはり胸元をちらりと見てから再び顔を上げる。
まずは諏訪子の顔を見つめた。
「お二人とも宴会の帰りですか?」
「え? あー、まぁ」
「酒を飲むことは悪い事ではありません。しかしこの朝から顔を赤くして外を歩くのは外聞によくないことです。次からは気をつけることです」
それだけ言うと映姫は視線を神奈子に移す。
諏訪子とは違いまるで全身を確認するように上から下まで眺め、そしてまた胸元を見つめる。
舐めるような笑みを浮かべて。
「な、なに?」
視線に気が付いて神奈子が両手で胸を隠すようにしながらたじろいだ。
映姫はにっこり笑う。
「貴女は……実によいお胸をもっていますね。大きくて柔らかくて温かなそうなそのお胸で信仰を募れば、多くの信者を得られるというのにそれをしようとしない。それこそが貴女の罪です。未だに希望を持てず路頭に迷う人間たちがいるのにどうして胸を張らないのです。張るだけの胸を持っているのに、その豊かな胸こそが多くの人間たちを救うのです。今ここで自分の価値を見直しなさい。それが貴女に出来る善行です。ではまず始めにこの私をその胸で温かく包むのです。貴女がどれ程の力を持っているかこの身をもって――」
「ちょっと待ったー!!」
神奈子に向かって一方的で饒舌に話す映姫に諏訪子が口を挟む。
映姫が口を閉ざしてみれば諏訪子は今にも噛みつきそうな顔をして睨んでいた。
ふと気が付くと神奈子は顔を赤らめて――酒のせいではない赤ら顔を浮かべて恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
あ、その顔かわいいですね。それもまた善行、善行。
ニコニコしながら頷く映姫の横顔を諏訪子が殴りつける。
映姫が二、三メートル宙を舞う。
「なぁに人妻にセクハラしてるのよー!! さ、神奈子もこんな変態閻魔無視して早く帰ろ」
地面に顔から擦りつけながら着地して、映姫が顔を上げた時には二人は宙に浮いて一目散に去ろうとしていた。
呼び止めようと手を伸ばすが敵わず。
映姫は一人その場に残される。
「はぁ……」
「あら、閻魔様。ため息を吐いてどうかなされました?」
後ろから声を投げかけられて振り返ると大きくスキマが開かれて紫が笑っていた。
まるで面白いものが見れたというように。
「まさか閻魔様が守矢神社の神様に惚れているなんて思いもしませんでしたわ。それも横恋慕だなんて。閻魔様も欲深いお人ですこと」
クスクスと得意げに笑う紫だが映姫は少しもたじろぎはしない。
じっと視線を一つ集中していた。
映姫の目の前には。
胸。
紫の胸。
大きく実ったお胸。
やがて映姫は真顔で立ち上がる。
少し挑発したつもりがまったく動じない映姫に紫の顔から笑みが消える。
予想では顔を赤くして恥ずかしいのを隠すように怒り出すと思っていたのだが。
そんなことを思っていると、映姫の両手が紫へと伸びて。
「あ、柔らかいですね」
服の上から紫の胸を触る閻魔様。
「……え?」
「八雲紫。貴女もこんなに心地がよいお胸をもっているのにそれを活かそうとせず人を馬鹿にする態度ばかりとっていますね。もう少し妖怪や人間たちと触れ合う気持ちを持てば、このお胸で多くの信望を得られるというのに。それこそが貴女の過ち。これからはこのお胸で人の為に尽くすのです……それにしても柔らかーい」
フニフニと紫の胸を堪能していた映姫だったが、スキマから現れた電車にブッ飛ばされる。
映姫の体が宙に高く高く舞っていく。
他界他界。
三途の川の向こうに飛ばされるように映姫の意識が遠のく中で、
「馬鹿っ!!」
紫の恥ずかしそうな怒り声が聞こえた。
※
「そう。貴女のそのお胸をもっと有効活用できれば人里の人間たちの団結力は高まりより平和に過ごせるでしょう」
「そ、そうなのか!?」
「ええ。この私が言うのですから間違いはありません」
しばらくして人里。
映姫はばったり会った慧音と向き合い彼女に説教をする。
……もはや説教ではないのだが慧音は目を丸くして真剣に映姫の言葉に耳を傾けていた。
閻魔も閻魔ならこの教師も教師である。
映姫はにっこり笑いながら得意げに慧音に話し続ける。
「胸は全ての豊かさを表しています。何故赤子が母親の胸元に寄りそうのだと思いますか? 何故恋人が彼女の胸元に顔を押し付けて甘えるのだと思いますか? そう、胸は全てを包む温かさを保有しているのです。その胸を蔑ろにするのは生きている上で大きな過ちと言えるでしょう」
「そんな……私は人間たちの為に尽くしてきたのだが、全て間違っていたと言うのか。閻魔様、どうか私にこれからどうしたらいいのか教えて頂けないか?」
「もちろんです。それではまず貴女のお胸を柔らかさを確認――」
「なぁーに人の女たらしこんでんだ、てめぇー!!」
笑顔を浮かべたまま映姫の体が宙に舞う。
忙しいな閻魔様。
「おぱいっ!」
まるで大根おろしのように本日三回目の顔面着地。
いや紅葉おろしというべきだろうか。
顔のあちこちの擦り傷から血が滲み出ている映姫が上半身を起こすと、妹紅が顔を真っ赤にさせて睨んでいた。
「ただでさえこういうのに疎い慧音なのに! 変なことを吹き込むな! 慧音、こんなやつ放っておいて行こうよ!」
「え? いや妹紅、え?」
妹紅が慧音の腕を引っ張るようにして背中をみせる。
映姫が追いすがるように手を伸ばすが二人の背中は角を曲がってしまい見えなくなる。
「はぁ……」
道のど真ん中で映姫は座り込んでため息を吐く。
ままー、えんまさまだよー。
こら、みてはいけません。
足早に通り過ぎていく人間たちを横目に映姫の顔から元気がなくなっていく。
慧音に会う前に命蓮寺の聖と会っていた。
映姫の話に彼女は親身になって耳を傾けていた。
しかし映姫が胸の話をすると聖を慕う妖怪たちの目つきが変わり、やがて映姫が「いきなりですが……お胸触ってもいいですか?」と言ったとたん妖怪たちは映姫を袋叩きにして外へ放り出したのだった。
「……やっぱり私には小町しかいないのでしょうか」
映姫の目が潤む。
頭の中で再び彼女の顔が浮かぶ。
いつも明るく笑いかけてくれる彼女が。
仕事をサボって気持ちよさそうに寝転がる顔が。
そして豊かに実ったお胸が。
酒に強く陽気に宴会を盛り上げてくれる彼女が。
そして豊かに実ったお胸が。
先日、映姫の告白に戸惑う彼女が。
そして豊かに実ったお胸が。
そして豊かに実ったお胸が。
そして豊かに実ったお胸が。
「……こんなところで何しているのよ、あんた」
そんな映姫に声が投げかけられる。
映姫は勢いよく後ろへ振り向いた。
そこには今朝宴会を終えたばかりの霊夢が冷たい目で佇んでいた。
映姫はじっと霊夢の顔を見つめて、それから胸を見つめて、顔を見つめて、胸を見つめる。
「…………」
がっかりする映姫。
まるで「お前じゃねぇ」というように。
「なるほど喧嘩を売っているのね。よぉーくわかったわ」
人里に映姫の悲鳴が上がった。
※
先日のことだった。
「小町、よく聞いてください……私は、貴女のことが好きみたいなのです」
「え?」
彼岸にて小町を呼び出した映姫は単刀直入に告白をした。
いきなりの告白に小町の目が丸くなる。
「今までずっと貴女に説教ばかりしていたのですが、それでも私には貴女が必要なのです。私は閻魔といえ悩みすら感じるのです。誰かが傍にいてくれると心が安らぐ……そうしてふとその人は小町、貴女だと気が付いたのです。貴女の笑顔を見ていると私の気持ちが明るくなるのです。よかったら私とお付き合いをしてくださいませんか?」
映姫が言い切ると小町はしばらくじっと映姫を見つめてから、「あー……」と呟いて髪をかいた。
「四季様。あの、すみません。あたい四季様をそんな風に思ったことがないので……すぐに返事は」
俯きながら話す小町に映姫ははっとなる。
届かなかった想い。
目に涙が溜まっていく。
「あの、四季様。本当にあたしのことが、その……す、好きなんですか?」
小町が顔を赤らめて映姫に訊ねる。
映姫は小さく頷いた。
「ええ。なんといってもその大きなお胸が。貴女の笑顔も好きですがその胸も大好きなのです。いつも見るたびにダイブしてしまいたくなります。本当に柔らかそうで温かそうで、私の全てを包んでくれそうで、小町にギュッと抱きしめてもらえたら、もう毎日が裁判でも二十四時間闘え――」
「すいません、返事はやっぱりすぐにできません。というよりしたくないです」
映姫が振られた瞬間である。
※
「そりゃ振られるわよ」
人里の甘味屋・松本堂にて。
多くの客で賑わう店内で映姫と霊夢は団子を口にしながら話をしていた。
「うぅ……そう言われましても、私は嘘を吐けませんし、大きなお胸の女性が好みですし。だからこそいつも傍にいてくれる小町に惚れてしまったのですが」
「だからと言ってストレートに貴女の胸が好きって言うやつがいる? あ、横にいたわ馬鹿が」
映姫は俯いた姿勢から顔を上げて霊夢の顔を見つめる。
悩みを打ち明けるように。
「私、馬鹿ですか?」
「大馬鹿に決まっているでしょ馬鹿」
映姫が「あぁ」とまたうな垂れる。
呆れた表情で霊夢が話しかけた。
「あんたさ、嘘を吐けないということはいいことかもしれないけど、もう少し包んだ表現てのを覚えなさいよ。何もかもストレートに言えばいいって訳じゃないんだから。ちょっと永遠亭にでも言ってカウンセリングでも受けて来たら?」
「それが……すでに行っているんですよ。私のこの悩みを聞いてくれると思って。しかしそこにいたのはなんとも大きく張った胸の持ち主な医者。気が付いたら私が問診していましたよ。貴女は何カップですか、そのお胸で困っていることはありませんかと。そして聴診器で胸を見ますねと言ったところで、頭に金閣寺の一枚天井が落ちてきました。すごく痛かったです」
「おい、誰だこんなやつを閻魔にしたのは」
知りません。
映姫の話に霊夢は増々呆れてしまう。
しかし映姫の目から涙が零れていくのを見て霊夢は顔を真顔に戻す。
「本当に……本当に小町のことが好きなんです。でも振られてしまった。その寂しさから私は小町のような女性を求めてしまうようになってしまいました。振られた寂しさから私を胸元に抱き寄せて慰めてくれる人を求めていたんです。大きなお胸で私を包んで悩みを消してくれる人を……しかしそのような人が見つからない。私、一体どうしたらいいのでしょうか」
どうしてだろう。
真剣な悩みなのにどこか馬鹿らしくなってしまう。
そう思いながらも霊夢は茶を啜って冷静を取り戻すと映姫に話しかける。
「それで、あんたは胸の大きい女性なら誰でもいいわけ? もう小町のことは綺麗さっぱり諦められるの?」
「それは……」
霊夢の言葉に映姫が口ごもる。
もちろん諦めているわけじゃなかった。
今まで胸がふくよかな人を求めていたが、それは自分の悩みを打ち明けられ、かつ見ているだけで自分が慰められる人を探しているに過ぎない。
恋愛感情を持っているのは、小町ただ一人である。
「でも私は振られてしまったのです。このところ小町とはぎこちなくなってしまっているし……小町は私のこと、嫌いになったでしょうね」
「どうしてそんな事が言えるの?」
映姫は目を丸くさせて霊夢を顔を見る。
彼女はため息を漏らして、まるで説教をするように言った。
「あんたのことが嫌いって小町が言ったの? 違うでしょう。別にあんたのことを好きでもなければ嫌いになったわけでもないでしょ。あんたはまだ吹っ切れていないのよ。諦めていないのなら振り返ってくれるまで自分の想いをぶつけたら? もう気が済むまでさ。それでダメだったとしても気持ちは晴れるでしょ」
霊夢の言葉が一つ一つ映姫の耳に入る。
その言葉が身に染みた。
映姫はしばらくぼんやりして、両腕で両目の涙をふき取るとにっこり笑ったみせた。
「まさか貴女に説教されるなんて思ってもみませんでしたよ」
「わたしも、まさか閻魔様が巨乳好きとは思わなかったわ」
霊夢もにっこり笑う。
どこか引きつっているようにも見えるのだが。
映姫は立ち上がると小銭を霊夢の傍に置いた。
「私、もう一度小町に告白をしてきます。ここは私のおごりです」
そう言い残すと映姫は足早に立ち去った。
愛しい人に会いに行く為に。
「まったく……」
残った霊夢はまたお茶を啜った。
ほっと一息を吐いて小さく呟く。
「まぁ大きな胸に惹かれるのはわかるけどねぇ。もうちょっと上手くやりなさいよ……さて帰って華仙の柔らかい胸に甘えようかしら」
にっこり笑って立ち上がる霊夢。
ブルータス、お前もか。
※
「あ……四季様」
彼岸で寝転びながらも難しい顔をしていた小町は傍に寄ってきた映姫に気が付くと体をゆっくり起こした。
映姫は黙って小町の顔をじっと見つめる。
急いで飛んできたせいか肩で息をするようにしていた。
「どうしたんですか。四季様らしくない」
そう言いながらも映姫が何を言おうとしているのかが小町にはすぐにわかった。
じっと映姫の言葉を待つ。
「小町……私はやっぱり貴女のことが好きなのです。どうしても諦めきれないのです」
映姫は小さな声で小町に告白をする。
胸がドキドキ鳴った。
汗が額から滲み出てくる。
小町は静かに聞いていた。
やがて「困ったねぇ」と小さく笑って髪をかいた。
映姫の体に緊張が走る。
「四季様。告白は嬉しいのだけど、やっぱりどうしても四季様をそんな風に見れないんです。だから返事は出来ません」
小町の言葉に映姫の顔色が変わる。
やっぱりこの想いは届かないのか。
しかし霊夢の言葉を思い出して映姫は再び勇気を振り絞って口を開く。
だが言葉になる前に小町が話しかけた。
「ねぇ、四季様……好きなのはあたい? それともあたいの体?」
「もちろん小町、貴女です。私は大きなお胸をした人が好きです。ええ、好きですよ。好きなのだからしょうがないのです。でも貴女じゃないとダメ。いつも傍にいてくれた小町の事を愛しているのです」
どこかやけくそ気味になりながら小町に向き合う映姫。
すると小町が声を上げて笑い出した。
「こ、小町?」
「そこまではっきり大きい胸が好きってよく言えますねぇ。感心しますよ。さすがは嘘を吐かない閻魔様だ」
くっくっくっと笑ってから小町は優しい目で映姫を見つめる。
「この前は失礼なことを言ってすみませんでした」
「え? い、いや別に構わないのです」
「確かにあたいは四季様の告白に戸惑いました。それですぐに返事ができないと言ったのですが……しばらく一人で考えてやっぱりあたいの傍には四季様、貴女がいて欲しいのです。いつも傍にいてくれた四季様が。ただこの気持ちが恋なのかよくわからないのですよ。だからこの気持ちの正体がはっきりと分かるまで、返事を待っていてくれませんか?」
そう微笑む小町に。
映姫の体からすぅーっと今までのもやもやが消えていく。
軽くなった体から寂しさが涙となって溢れていく。
映姫が走り出した。
「え? ちょっと四季様!?」
そうして小町の胸元へと飛び込んでいく。
小町は驚いて映姫を見つめているばかりだった。
「……ありがとう、小町」
「いえ別にそんなわけじゃなかったんですけど」
映姫は小町の腰に回した両手に力を入れる。
二人の体がまるで一つになるように。
「小町、しばらくこのままでいいですか?」
口を小町の体に押し付けたせいで低くなった声。
その声を聞いて小町は「やれやれ」と呟いて、優しい目で映姫を見つめる。
そうして手を伸ばして映姫の体を自分の胸元に引き寄せた。
小町の中で感じていた気持ちの正体がわかりかけたような気がした。
彼岸花が咲き乱れる中。
二人は長い間抱きしめ合っていた。
のはずなのだが。
「あぁ、小町の胸。あったかい、柔らかい、一生こうしていたいです」
「よし。四季様。ちょっと離れましょうか。三メートルくらい」
※
「まったく閻魔様ったら」
映姫をブッ飛ばした後、紫はプリプリと怒っていた。
いきなり胸を触られていい気持ちなんてするわけないじゃない。
紫は不機嫌そうな顔でスキマを開くとその先を覗く。
すると紫の顔がみるみる上機嫌なものに変わっていく。
スキマの先には湖があり、その傍でチルノと大妖精が仲良く遊んでいた。
スカートから下着が見えるのも構わず二人は遊びに夢中になっていた。
「ああ……やっぱり幼い子はかわいいわね。特に妖精は皆幼いから大好き。きっと柔らかそうな体つきをしているに違いないわ。ふふふ」
二人の全身を舐めるように見つめて、紫は恍惚の表情を浮かべていた。
※
「ふぅ……また夢ですか」
寝床からゆっくり起き上ると映姫はしかめ面をして寝巻をやはりゆっくりと着替え始めた。
閻魔として死者の魂を裁く彼女であったが今日は非番である。
彼女はいつも休日には幻想郷に出て説教をしに回るのが常であった。
しかし日課であるはずなのだが彼女の顔は冴えない。
まるで味がしないかのように重い表情で朝食を簡単に済ませると、すぐに玄関へと出る。
ドアノブに手をかけて。
そして一つ重いため息を吐いた。
映姫の脳裏に彼女――サボり癖があるも陽気で笑顔が似合う小町の顔が浮かんだ。
その顔を見て胸が痛む。
後悔の波が押し寄せてくるのがわかった。
「仕方がありません……これは私が悪いのですから」
言い訳をするように呟いて、頭の中の小町の顔を振り払うように首を振りドアを押し開けた。
※
冷たい風が映姫の身を撫でていく。
すでに季節は冬になろうとしていたが、映姫は寒がる様子もなくゆっくりと幻想郷を歩いていた。
むしろこの冷たい風が心地よかった。
冬の風を受けていると束の間気分を紛れさせることが出来るから。
空を見上げると空は晴れているのにどこか重苦しく見えた。
「やはり夏とは違いますねぇ……ん?」
ぼんやり空を見上げながら歩いていると、前から歩いてくる二人に気が付いた。
「それでねリグル。そろそろ雀酒が出来るんだ。よかったらうちに……って、げ!?」
「うわっ!?」
向こうからやってきたのはミスティアとリグルの二人で、映姫とばったり会ってしまったことに目を丸くして体を強張らせる。
映姫は黙って二人の顔を見ずに、視線を落とす。
そこにはしっかりと恋人繋ぎをしている二人の手があった。
「……ふむ」
映姫は頷いて今度は二人の胸元を見て、顔に視線を移す。
長い長い説教をされるのではないかと、二人は慌てて手を放して怯えた表情を浮かべていた。
一つ「こほん」と咳払いをして映姫が口を開ける。
「こんにちは、お二人さん。仲良くお出かけですか。しかし人前であまりいちゃつくのはいけません。周りの目を気にしながら恋を深めていくのが大事ですよ……それでは」
それだけ言うと映姫は小さく頭を下げて二人の横を通り過ぎていく。
ぽかんとしている二人はしばらくして後ろへ振り返った。
しかし映姫はこちらへ振り返ることなく背を小さくさせていく。
その背中を見てミスティアとリグルは顔を見合わせてしまう。
「ねぇリグル。なんか、いつもとは様子が違うみたいだね」
「あのさ。ルーミアに聞いたんだけど、最近様子がおかしいみたいだって。説教もあっさりと終わってしまうし、なんか元気がないみたいとか話していたけど」
「ふーん。ま、長々と説教を聞かされずに済んでよかったけど」
「丸くなったってやつかな」
くすくす笑い合って二人はまた手を繋ぎ合ってデートを再開させる。
※
リグルとミスティアたちと別れてからまた妖怪たちや妖精たちと会ったが映姫の説教はすぐれない。
湖の傍でチルノと大妖精と会ったが、やはり二言三言あっさり言うだけですぐに傍から離れる。
そしてまた誰かを探すようにキョロキョロと視線を彷徨わせてゆっくりと歩き出す。
「はぁ……中々思うように見つかりませんね」
今日だけで何度目か知らないため息が漏れる。
胸の中にもやもやとした物が充満してくる。
このところ毎日、仕事中も休日もである。
それは全て自分が招いたことだと知っているのでなおさら重苦しさが迫ってきていた。
ここ最近映姫が幻想郷に出回るのは説教をするためではなく、胸の重苦しさを吐き出せる人物を探していたのだ。
閻魔だって悩みはあるのだった。
だが思うようにそのもやもやを吐き出せる人が捕まらないのが現実だった。
今日もまた思い描く悩みを聞いてくれる人に会えないのか、と思うと映姫の表情が曇っていく。
そんな映姫の耳に声が聞こえてきた。
「まったく神奈子ったら宴会だからといって飲み過ぎたよ」
「そう諏訪子こそ。あはは。帰ったら早苗に怒られる」
視線を移すとどうやら博麗神社の宴会の帰りか、守矢神社の二人の神様が酒に酔った赤ら顔して笑いながら歩いていく。
映姫の顔からみるみる重苦しさが消えていく。
そして今までゆっくり歩いていたのが嘘のように走って駆け寄っていく。
「こんにちは、お二人さん」
「うわっ!?」
「びっくりした!」
急に目の前に現れた映姫に神奈子も諏訪子も驚いて一歩後ろへ下がる。
しかし映姫は気にせずにっこりと微笑んだ。
今日初めて映姫が浮かべる笑顔だ。
映姫は彼女たちの顔を見て、そしてやはり胸元をちらりと見てから再び顔を上げる。
まずは諏訪子の顔を見つめた。
「お二人とも宴会の帰りですか?」
「え? あー、まぁ」
「酒を飲むことは悪い事ではありません。しかしこの朝から顔を赤くして外を歩くのは外聞によくないことです。次からは気をつけることです」
それだけ言うと映姫は視線を神奈子に移す。
諏訪子とは違いまるで全身を確認するように上から下まで眺め、そしてまた胸元を見つめる。
舐めるような笑みを浮かべて。
「な、なに?」
視線に気が付いて神奈子が両手で胸を隠すようにしながらたじろいだ。
映姫はにっこり笑う。
「貴女は……実によいお胸をもっていますね。大きくて柔らかくて温かなそうなそのお胸で信仰を募れば、多くの信者を得られるというのにそれをしようとしない。それこそが貴女の罪です。未だに希望を持てず路頭に迷う人間たちがいるのにどうして胸を張らないのです。張るだけの胸を持っているのに、その豊かな胸こそが多くの人間たちを救うのです。今ここで自分の価値を見直しなさい。それが貴女に出来る善行です。ではまず始めにこの私をその胸で温かく包むのです。貴女がどれ程の力を持っているかこの身をもって――」
「ちょっと待ったー!!」
神奈子に向かって一方的で饒舌に話す映姫に諏訪子が口を挟む。
映姫が口を閉ざしてみれば諏訪子は今にも噛みつきそうな顔をして睨んでいた。
ふと気が付くと神奈子は顔を赤らめて――酒のせいではない赤ら顔を浮かべて恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
あ、その顔かわいいですね。それもまた善行、善行。
ニコニコしながら頷く映姫の横顔を諏訪子が殴りつける。
映姫が二、三メートル宙を舞う。
「なぁに人妻にセクハラしてるのよー!! さ、神奈子もこんな変態閻魔無視して早く帰ろ」
地面に顔から擦りつけながら着地して、映姫が顔を上げた時には二人は宙に浮いて一目散に去ろうとしていた。
呼び止めようと手を伸ばすが敵わず。
映姫は一人その場に残される。
「はぁ……」
「あら、閻魔様。ため息を吐いてどうかなされました?」
後ろから声を投げかけられて振り返ると大きくスキマが開かれて紫が笑っていた。
まるで面白いものが見れたというように。
「まさか閻魔様が守矢神社の神様に惚れているなんて思いもしませんでしたわ。それも横恋慕だなんて。閻魔様も欲深いお人ですこと」
クスクスと得意げに笑う紫だが映姫は少しもたじろぎはしない。
じっと視線を一つ集中していた。
映姫の目の前には。
胸。
紫の胸。
大きく実ったお胸。
やがて映姫は真顔で立ち上がる。
少し挑発したつもりがまったく動じない映姫に紫の顔から笑みが消える。
予想では顔を赤くして恥ずかしいのを隠すように怒り出すと思っていたのだが。
そんなことを思っていると、映姫の両手が紫へと伸びて。
「あ、柔らかいですね」
服の上から紫の胸を触る閻魔様。
「……え?」
「八雲紫。貴女もこんなに心地がよいお胸をもっているのにそれを活かそうとせず人を馬鹿にする態度ばかりとっていますね。もう少し妖怪や人間たちと触れ合う気持ちを持てば、このお胸で多くの信望を得られるというのに。それこそが貴女の過ち。これからはこのお胸で人の為に尽くすのです……それにしても柔らかーい」
フニフニと紫の胸を堪能していた映姫だったが、スキマから現れた電車にブッ飛ばされる。
映姫の体が宙に高く高く舞っていく。
他界他界。
三途の川の向こうに飛ばされるように映姫の意識が遠のく中で、
「馬鹿っ!!」
紫の恥ずかしそうな怒り声が聞こえた。
※
「そう。貴女のそのお胸をもっと有効活用できれば人里の人間たちの団結力は高まりより平和に過ごせるでしょう」
「そ、そうなのか!?」
「ええ。この私が言うのですから間違いはありません」
しばらくして人里。
映姫はばったり会った慧音と向き合い彼女に説教をする。
……もはや説教ではないのだが慧音は目を丸くして真剣に映姫の言葉に耳を傾けていた。
閻魔も閻魔ならこの教師も教師である。
映姫はにっこり笑いながら得意げに慧音に話し続ける。
「胸は全ての豊かさを表しています。何故赤子が母親の胸元に寄りそうのだと思いますか? 何故恋人が彼女の胸元に顔を押し付けて甘えるのだと思いますか? そう、胸は全てを包む温かさを保有しているのです。その胸を蔑ろにするのは生きている上で大きな過ちと言えるでしょう」
「そんな……私は人間たちの為に尽くしてきたのだが、全て間違っていたと言うのか。閻魔様、どうか私にこれからどうしたらいいのか教えて頂けないか?」
「もちろんです。それではまず貴女のお胸を柔らかさを確認――」
「なぁーに人の女たらしこんでんだ、てめぇー!!」
笑顔を浮かべたまま映姫の体が宙に舞う。
忙しいな閻魔様。
「おぱいっ!」
まるで大根おろしのように本日三回目の顔面着地。
いや紅葉おろしというべきだろうか。
顔のあちこちの擦り傷から血が滲み出ている映姫が上半身を起こすと、妹紅が顔を真っ赤にさせて睨んでいた。
「ただでさえこういうのに疎い慧音なのに! 変なことを吹き込むな! 慧音、こんなやつ放っておいて行こうよ!」
「え? いや妹紅、え?」
妹紅が慧音の腕を引っ張るようにして背中をみせる。
映姫が追いすがるように手を伸ばすが二人の背中は角を曲がってしまい見えなくなる。
「はぁ……」
道のど真ん中で映姫は座り込んでため息を吐く。
ままー、えんまさまだよー。
こら、みてはいけません。
足早に通り過ぎていく人間たちを横目に映姫の顔から元気がなくなっていく。
慧音に会う前に命蓮寺の聖と会っていた。
映姫の話に彼女は親身になって耳を傾けていた。
しかし映姫が胸の話をすると聖を慕う妖怪たちの目つきが変わり、やがて映姫が「いきなりですが……お胸触ってもいいですか?」と言ったとたん妖怪たちは映姫を袋叩きにして外へ放り出したのだった。
「……やっぱり私には小町しかいないのでしょうか」
映姫の目が潤む。
頭の中で再び彼女の顔が浮かぶ。
いつも明るく笑いかけてくれる彼女が。
仕事をサボって気持ちよさそうに寝転がる顔が。
そして豊かに実ったお胸が。
酒に強く陽気に宴会を盛り上げてくれる彼女が。
そして豊かに実ったお胸が。
先日、映姫の告白に戸惑う彼女が。
そして豊かに実ったお胸が。
そして豊かに実ったお胸が。
そして豊かに実ったお胸が。
「……こんなところで何しているのよ、あんた」
そんな映姫に声が投げかけられる。
映姫は勢いよく後ろへ振り向いた。
そこには今朝宴会を終えたばかりの霊夢が冷たい目で佇んでいた。
映姫はじっと霊夢の顔を見つめて、それから胸を見つめて、顔を見つめて、胸を見つめる。
「…………」
がっかりする映姫。
まるで「お前じゃねぇ」というように。
「なるほど喧嘩を売っているのね。よぉーくわかったわ」
人里に映姫の悲鳴が上がった。
※
先日のことだった。
「小町、よく聞いてください……私は、貴女のことが好きみたいなのです」
「え?」
彼岸にて小町を呼び出した映姫は単刀直入に告白をした。
いきなりの告白に小町の目が丸くなる。
「今までずっと貴女に説教ばかりしていたのですが、それでも私には貴女が必要なのです。私は閻魔といえ悩みすら感じるのです。誰かが傍にいてくれると心が安らぐ……そうしてふとその人は小町、貴女だと気が付いたのです。貴女の笑顔を見ていると私の気持ちが明るくなるのです。よかったら私とお付き合いをしてくださいませんか?」
映姫が言い切ると小町はしばらくじっと映姫を見つめてから、「あー……」と呟いて髪をかいた。
「四季様。あの、すみません。あたい四季様をそんな風に思ったことがないので……すぐに返事は」
俯きながら話す小町に映姫ははっとなる。
届かなかった想い。
目に涙が溜まっていく。
「あの、四季様。本当にあたしのことが、その……す、好きなんですか?」
小町が顔を赤らめて映姫に訊ねる。
映姫は小さく頷いた。
「ええ。なんといってもその大きなお胸が。貴女の笑顔も好きですがその胸も大好きなのです。いつも見るたびにダイブしてしまいたくなります。本当に柔らかそうで温かそうで、私の全てを包んでくれそうで、小町にギュッと抱きしめてもらえたら、もう毎日が裁判でも二十四時間闘え――」
「すいません、返事はやっぱりすぐにできません。というよりしたくないです」
映姫が振られた瞬間である。
※
「そりゃ振られるわよ」
人里の甘味屋・松本堂にて。
多くの客で賑わう店内で映姫と霊夢は団子を口にしながら話をしていた。
「うぅ……そう言われましても、私は嘘を吐けませんし、大きなお胸の女性が好みですし。だからこそいつも傍にいてくれる小町に惚れてしまったのですが」
「だからと言ってストレートに貴女の胸が好きって言うやつがいる? あ、横にいたわ馬鹿が」
映姫は俯いた姿勢から顔を上げて霊夢の顔を見つめる。
悩みを打ち明けるように。
「私、馬鹿ですか?」
「大馬鹿に決まっているでしょ馬鹿」
映姫が「あぁ」とまたうな垂れる。
呆れた表情で霊夢が話しかけた。
「あんたさ、嘘を吐けないということはいいことかもしれないけど、もう少し包んだ表現てのを覚えなさいよ。何もかもストレートに言えばいいって訳じゃないんだから。ちょっと永遠亭にでも言ってカウンセリングでも受けて来たら?」
「それが……すでに行っているんですよ。私のこの悩みを聞いてくれると思って。しかしそこにいたのはなんとも大きく張った胸の持ち主な医者。気が付いたら私が問診していましたよ。貴女は何カップですか、そのお胸で困っていることはありませんかと。そして聴診器で胸を見ますねと言ったところで、頭に金閣寺の一枚天井が落ちてきました。すごく痛かったです」
「おい、誰だこんなやつを閻魔にしたのは」
知りません。
映姫の話に霊夢は増々呆れてしまう。
しかし映姫の目から涙が零れていくのを見て霊夢は顔を真顔に戻す。
「本当に……本当に小町のことが好きなんです。でも振られてしまった。その寂しさから私は小町のような女性を求めてしまうようになってしまいました。振られた寂しさから私を胸元に抱き寄せて慰めてくれる人を求めていたんです。大きなお胸で私を包んで悩みを消してくれる人を……しかしそのような人が見つからない。私、一体どうしたらいいのでしょうか」
どうしてだろう。
真剣な悩みなのにどこか馬鹿らしくなってしまう。
そう思いながらも霊夢は茶を啜って冷静を取り戻すと映姫に話しかける。
「それで、あんたは胸の大きい女性なら誰でもいいわけ? もう小町のことは綺麗さっぱり諦められるの?」
「それは……」
霊夢の言葉に映姫が口ごもる。
もちろん諦めているわけじゃなかった。
今まで胸がふくよかな人を求めていたが、それは自分の悩みを打ち明けられ、かつ見ているだけで自分が慰められる人を探しているに過ぎない。
恋愛感情を持っているのは、小町ただ一人である。
「でも私は振られてしまったのです。このところ小町とはぎこちなくなってしまっているし……小町は私のこと、嫌いになったでしょうね」
「どうしてそんな事が言えるの?」
映姫は目を丸くさせて霊夢を顔を見る。
彼女はため息を漏らして、まるで説教をするように言った。
「あんたのことが嫌いって小町が言ったの? 違うでしょう。別にあんたのことを好きでもなければ嫌いになったわけでもないでしょ。あんたはまだ吹っ切れていないのよ。諦めていないのなら振り返ってくれるまで自分の想いをぶつけたら? もう気が済むまでさ。それでダメだったとしても気持ちは晴れるでしょ」
霊夢の言葉が一つ一つ映姫の耳に入る。
その言葉が身に染みた。
映姫はしばらくぼんやりして、両腕で両目の涙をふき取るとにっこり笑ったみせた。
「まさか貴女に説教されるなんて思ってもみませんでしたよ」
「わたしも、まさか閻魔様が巨乳好きとは思わなかったわ」
霊夢もにっこり笑う。
どこか引きつっているようにも見えるのだが。
映姫は立ち上がると小銭を霊夢の傍に置いた。
「私、もう一度小町に告白をしてきます。ここは私のおごりです」
そう言い残すと映姫は足早に立ち去った。
愛しい人に会いに行く為に。
「まったく……」
残った霊夢はまたお茶を啜った。
ほっと一息を吐いて小さく呟く。
「まぁ大きな胸に惹かれるのはわかるけどねぇ。もうちょっと上手くやりなさいよ……さて帰って華仙の柔らかい胸に甘えようかしら」
にっこり笑って立ち上がる霊夢。
ブルータス、お前もか。
※
「あ……四季様」
彼岸で寝転びながらも難しい顔をしていた小町は傍に寄ってきた映姫に気が付くと体をゆっくり起こした。
映姫は黙って小町の顔をじっと見つめる。
急いで飛んできたせいか肩で息をするようにしていた。
「どうしたんですか。四季様らしくない」
そう言いながらも映姫が何を言おうとしているのかが小町にはすぐにわかった。
じっと映姫の言葉を待つ。
「小町……私はやっぱり貴女のことが好きなのです。どうしても諦めきれないのです」
映姫は小さな声で小町に告白をする。
胸がドキドキ鳴った。
汗が額から滲み出てくる。
小町は静かに聞いていた。
やがて「困ったねぇ」と小さく笑って髪をかいた。
映姫の体に緊張が走る。
「四季様。告白は嬉しいのだけど、やっぱりどうしても四季様をそんな風に見れないんです。だから返事は出来ません」
小町の言葉に映姫の顔色が変わる。
やっぱりこの想いは届かないのか。
しかし霊夢の言葉を思い出して映姫は再び勇気を振り絞って口を開く。
だが言葉になる前に小町が話しかけた。
「ねぇ、四季様……好きなのはあたい? それともあたいの体?」
「もちろん小町、貴女です。私は大きなお胸をした人が好きです。ええ、好きですよ。好きなのだからしょうがないのです。でも貴女じゃないとダメ。いつも傍にいてくれた小町の事を愛しているのです」
どこかやけくそ気味になりながら小町に向き合う映姫。
すると小町が声を上げて笑い出した。
「こ、小町?」
「そこまではっきり大きい胸が好きってよく言えますねぇ。感心しますよ。さすがは嘘を吐かない閻魔様だ」
くっくっくっと笑ってから小町は優しい目で映姫を見つめる。
「この前は失礼なことを言ってすみませんでした」
「え? い、いや別に構わないのです」
「確かにあたいは四季様の告白に戸惑いました。それですぐに返事ができないと言ったのですが……しばらく一人で考えてやっぱりあたいの傍には四季様、貴女がいて欲しいのです。いつも傍にいてくれた四季様が。ただこの気持ちが恋なのかよくわからないのですよ。だからこの気持ちの正体がはっきりと分かるまで、返事を待っていてくれませんか?」
そう微笑む小町に。
映姫の体からすぅーっと今までのもやもやが消えていく。
軽くなった体から寂しさが涙となって溢れていく。
映姫が走り出した。
「え? ちょっと四季様!?」
そうして小町の胸元へと飛び込んでいく。
小町は驚いて映姫を見つめているばかりだった。
「……ありがとう、小町」
「いえ別にそんなわけじゃなかったんですけど」
映姫は小町の腰に回した両手に力を入れる。
二人の体がまるで一つになるように。
「小町、しばらくこのままでいいですか?」
口を小町の体に押し付けたせいで低くなった声。
その声を聞いて小町は「やれやれ」と呟いて、優しい目で映姫を見つめる。
そうして手を伸ばして映姫の体を自分の胸元に引き寄せた。
小町の中で感じていた気持ちの正体がわかりかけたような気がした。
彼岸花が咲き乱れる中。
二人は長い間抱きしめ合っていた。
のはずなのだが。
「あぁ、小町の胸。あったかい、柔らかい、一生こうしていたいです」
「よし。四季様。ちょっと離れましょうか。三メートルくらい」
※
「まったく閻魔様ったら」
映姫をブッ飛ばした後、紫はプリプリと怒っていた。
いきなり胸を触られていい気持ちなんてするわけないじゃない。
紫は不機嫌そうな顔でスキマを開くとその先を覗く。
すると紫の顔がみるみる上機嫌なものに変わっていく。
スキマの先には湖があり、その傍でチルノと大妖精が仲良く遊んでいた。
スカートから下着が見えるのも構わず二人は遊びに夢中になっていた。
「ああ……やっぱり幼い子はかわいいわね。特に妖精は皆幼いから大好き。きっと柔らかそうな体つきをしているに違いないわ。ふふふ」
二人の全身を舐めるように見つめて、紫は恍惚の表情を浮かべていた。