Coolier - 新生・東方創想話

決戦 ~鬼ごっこ~

2014/11/22 22:33:23
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風見幽香は考えていた。目の前で息を切らして寝ているメディスンのことだ。
妖怪として生きることを教える……そう思っているのだが、どうにも上手くいかない。
ついうっかり戦闘技術を叩き込んでいる自分がいた。
妖怪の本分は人を襲って畏れを手に入れる……そのことに関しては戦闘技術そのものは無意味とまでは行かないが……どうにも違う気がする。
絶対、他にも教えなくてはいけないことがあるはず……なのだが、困ったことに思いつかない。
体調の整え方? ……違う。
効率的な睡眠のとり方? ……違う。
闇夜の使い方と効果的な脅し? ……違う。
妖力の上げ方? ……違う。
逆らってはいけない奴ら? ……これは既にランキング付きのリストで教えた。トップの名前は風見幽香である。
礼儀……これは近い気がする。だが、最初の最初で教えるべきだった。
今、メディスンは幽香を呼捨てで呼んでいる。絶対に敬称などつけない。
出会いが出会いだっただけに、なし崩し的に幽香もそれを認めてしまった。
実力が天と地ほども差がある連中にこの態度はまずいのだが、いかんせん幽香自身が強く出られない。
おかげで、他の連中もこの程度ぐらいにしか思っていない。……つくづくリストのトップの人選を間違えた。
頭を悩ませているとメディスンが起きようとして、仰向けから寝返りをうとうとしている。

「まだ、寝ていなさいよ」
「ぜっ、…ぜっった い…断る。」
「無茶するなっての……いいから寝てなさい」

そばにある蔓を一気に成長させてメディスンを丸ごと飲み込む。
先程全力を出させたはずだから、簡単には出てくることはできないはずである。
幽香はため息をついた。
元気がいいのは良い。だが、粗暴に過ぎる。
元はおとなしかった。それを幽香が捻じ曲げた。
半分以上……いや、ほぼ全部幽香の責任である。
頭が痛い。他の例えばチルノ、ルーミア達にはこんな悩みは無い。
連中は自分達のコミュニティで仲良く暮らしている。
しかし、メディスンには幽香しかいない。
そして、幽香はほとんど単独行動が基本だ。一応部下はいるが……仲良く何て事はしていない。
結局、メディスンは幽香しか接点が無い。
そのことが大問題だった。
本当なら、チルノたちのコミュニティに入って遊んで欲しいぐらいなのだが……幽香の知人である時点でアウトだ。
連中に関わってはいけない者のリストを作らせたら間違いなく、幽香がぶっちぎりのトップである。
誰か……メディスンのレベルに合った者で幽香を恐れない者が……だめだ、思い当たらない。
メディスンなら、チルノか、橙ぐらい……考えてもいい考えが浮かばない……捕まえてくるか。
幽香が思考をまとめるまでそんなにかからなかった。
蔦の中でもがいているメディスンを確認すると、すぐ戻るからと告げて人里に向けて歩き出した。

……

人里は基本的に非戦闘区域である。それが、一瞬で緊張に包まれた。
ざわめきや喧騒などといった音が、消えていくのである。
無音が人里を吹き抜ける風のように広がっていく。
それと顔を知られた妖怪、特に有名な非戦闘区域で戦闘をぶちかますような妖怪が歩いているのである。
その妖怪は目当ての者を見つけたらしい。笑み作って無言で近づいていく。
橙は金縛りにあったかのように固まった。
逃げ遅れた……目的が自分でないことを祈ってみたが、完全にはずれだ。

「お久しぶりね? 橙ちゃん」
「お、おひさしぶりです。幽香さん」
「ふふ、そんなに緊張しなくても良いのよ?」
「えっ、あっ、その、緊張なんて、そ、そんなこと」

幽香は少しがっかりした表情になる。
言葉と態度が真逆だ。仕方ないといえば仕方ない……橙の主人とは思いっきりやりあった過去がある。
幽香の失望を読み取ると尻尾が緊張のあまり膨れ上がる。
何か一つきっかけがあれば脱兎のごとく逃げ出しそうだ。
だが、背を向けて走り出したらどうなるだろうか?
その前に、走り出すほどの暇があるだろうか?
極度に緊張が走った顔を見て、幽香が両手をあげて降参した。

「待って、逃げないで頂戴。今、ここで、誓って手は出さないわ」
「に、逃げ出すなんてそんなこと……」
「今思ってることと反対の事を言って嘘はつかないでくれる?
 いや、私が原因なのは分かるし、知ってるんだけど目の前でやられるとね。さすがに傷つくわ」
「ううっ、ご、ごめんなさい」
「あ~、別にあやまらなくてもいいのよ?
 ただ、正直に言ってくれれば……今日は日課(いじめ)をしに来たんじゃないから安心してね?
 ちょっと、相談事があったのよ」
「えっ? なんのですか?」
「遊び相手が欲しくてね? ……ちょっ!
 待って、逃げないで!! 私のじゃないわ!!」

「遊び相手が欲しい」まで聴いて本能でダッシュした。
安全距離というものがあればよいのだが幽香相手にそんなものがあるだろうか? ……いや無い。
建物を盾にして路地裏をジグザグに抜けてマヨイガまでの最短距離を考える。
人家を抜けて草むらに飛び込んだ。
そうして自分の失敗に気が付く。草が思いっきり絡みついてきて自由が利かない。
あわてて振り返れば、幽香が苦笑いで舞い降りて来る途中だ。

「ふふふ、すごい速さね。でも上から観察されるとは思わなかった?
 単純な速さだけなら私を振り切ったかもね?」
「あ、あ、ごめ…」
「言わなくていいからそれ……
 はぁ~、メディスンの遊び相手をして欲しいって言えばよかったか」
「メ、メディスンさんですか?」
「メディで呼捨てていいわよ」
「えっと、あの、本当にですか?」
「……命令しないとダメ?」

幽香が頭を抱える。自分の悪名がここまで悪影響を持つとは……このままでは、メディスンとの間にも幽香の力関係がそのまま反映される。
遊び相手になどならない。主人と下僕の関係になるだけだ。子供の内からこんな関係は悪影響を与えるが、とめる手段を思いつかない。
純粋に同格の遊び相手、そんな相手と一緒に遊んで、時に負け、時に勝ち、泣いて笑って欲しいと思った。
でも無理そうだ。橙がこの調子ではチルノもミスティアも能天気なルーミアでさえもメディスンには逆らわないだろう。
ため息が出る。首を振りながら橙につけた草の拘束を解く。

「もういいわ。悪かったわね」
「??」
「気にしなくていいわ。ちょっと残念だけどね」

明らかに落胆した様子を見て橙も「しまった」と思ったのだが幽香はそれ以上何も言わずに無名の丘に向かっていく。
姿が見えなくなるまで見送って、少し安心したせいか、後ろめたい気持ちも込みあがってきた。
幽香の後姿は寂しそうだった。幽香をそんな風にしてしまった……何とか、幽香の願いに答えることはできなかったろうか?
橙は少し考えてみるが……自分ひとりでは絶対に無理だと思う。
誰か、心強い味方でもいれば別だが……紫も藍も首を横に振るに決まっている。
あの二人は忙しい、紫は日頃っから飲んだくれているし、藍はほとんど毎日結界調査中だ。
そして何より、二人とも幽香が好きではない。
幽香の所に行きたいなんて言ったら、気が狂ったかとでも思われるだろう。
いや、多分、「脅されている」なんて邪推して逆に最初っから戦闘態勢で望むかもしれない。
残念だが二人には相談できない、相談しただけで幽香の立場が悪くなる。
……ただ単純に寂しそうだっただけでだ。
後ろめたいを通り越して流石にかわいそうだ。
でも、どんな人を連れて行けばまともに……少なくとも幽香に気圧されずに話すことができるだろうか?
知り合いで、せめて藍に匹敵する実力があって、簡単に……さらっと連れて行ける……あっ、いた。

……

幽香は戻ってくると蔦の山を見ている。半分ほど溶けているだろうか?
随分がんばったらしいが、途中で力尽きている。
ゆっくりと考える時間はありそうだが、結論が出ない。
そのまま、蔦の中のメディスンに話しかけた。

「疲れた? 今日はもう終わりにしましょうか?」
「……つ、疲れてない、まだできる!!」
「そう……じゃあ続きをしましょうか」

そう言って、蔦の拘束を解く。
必死で毒の回収と息を整えているメディスンを見る。
ああ、もう、本当にどうしたらいいのだろうか? 本気で育て方を間違えた。
ため息をついてうなだれる。なんというか自分はもっと上手くできると思っていた。
気配の読み方とか、妖力の効率的な使い方、身体能力の伸ばし方なんてものは教えられるのだが……てんでダメだ。
自分の子供時代だって……もっと……あれ?……おかしいな……ああ、原因は私の子供時代か……ろくな思い出が無い。
友達と協力したとか、一緒に遊んだという記憶が完全に無い。
親しい友人なんて一人も出てこない。腐れ縁なら紫、勇儀など多少居るのだが……? ん? 一人も居ない? おかしい一人居たはず……?
必死な顔になって記憶をたどる。そんな幽香をよそにメディスンが接近してくる二人の姿を捉えた。

「幽香、幽香、何してるの? 誰か来てるよ?」
「ん? ああ、いけない。深く考えすぎたわ。
 ……橙と……誰かしらあれ?」

橙と一緒に居る……いや有るものは何だろう? 橙は親しそうに話をしているが……全く正体がつかめない。
ちょっと考えてみる……!……なるほど、ぬえか。この距離で、ここまで正体を読ませないのなら、逆算すればぬえしかいない。

「けーっけっけっけっけ。ぬえ様、降臨~」
「……ほんとに言う人をはじめて見た」

「ぎゃはははは」なんてとても傍若無人な笑い声をしながらぬえが笑っている。
幽香を前にしてこんなことをした奴はちょっと覚えが無い。
腹立たしさ以前に、純粋に驚きが満ちている。すっごい珍しい物を見つけてしまった感覚だ。

「幽香、誰? あれ?」
「そうか、メディは知らないか。そっちの小さくて猫耳生やしているのが橙って言う子でね、
 あっちのぬえは馬鹿って言うのよ」

幽香が指で示しながら教える。

「あっちのぬえは馬鹿って……?……日本語おかしくない?」
「! あ、ごめんね、素で言っちゃったわ。ぬえには内緒ね」
「お前、わざと聞こえるように言ってんだろ!!」

さすがに喧嘩っ早い。幽香に対する盾になってもらうつもりがいつの間にか矛になっている。

「大妖怪なんでしょ? 見過ごしてよ」
「見過ごしてって、お前な! 話に聞いてたけど俺より早く喧嘩売る奴は初めてみたぞ!!」
「ぬえさん、お、落ち着いて! その人とんでもないんです!! 幻想郷一の危険物なんです!!!」
「……今、橙もさらっとすごい事言った」

幽香が目を丸くしている。面と向かって自分のことを危険物なんて言った奴は初めてだ。
橙が自分のうっかり発言に尻尾を丸めて後ずさりする。
ぬえも橙の発言内容にポカンとしていたが、とたんに「ゲヒャゲヒャ」と笑い出した。

「なるほど! お前は危険物か!! こりゃいいな!!!
 これであいこにしてやるよ!!! 危険物!!!」
「……まあいいわ。
 で、何の用事かしら? タイマンだったら嬉しいわ~。ボッコボッコにしてあげる」

幽香とぬえが歯を見せて笑い合っている。どっちも獰猛だ。
橙が頭を抱えて震えている。

「……本当に何しに来たの?」

メディスンが素朴な疑問を呈する。
橙の頭が上がる。恐る恐る幽香を見る。幽香は……他の人が見たら逃げ出すほどの愉悦の視線をさっと隠した。

「お楽しみは後にして……橙ちゃん、何の用?」
「あ……えっと、な、なんでもない……」
「えっ? 何? 今、すっごい嘘をつかれたんだけど?」
「あ~、今の言葉を翻訳してあげるとするならな。
 今日、目の前のすっごい危険物がありえないほど寂しい顔してたから、気になったんだとさ。
 もう少し、言ってやるならその危険物が怖すぎて、一人で聴きに行けないから俺に! 
 このぬえ様に!! ついてきて欲しいって頭を下げたのさ」
「……橙ちゃん、一人できてくれないかな? さすがに手は出さないわよ。
 それに人選が最悪だわ、よりにもよって、こんな馬鹿なんて……」
「何だと!! この危険物!!」
「……不毛過ぎる……ぬえさん。悪かったわ。休戦しましょう」
「最初っからそう言え!! 幽香!! 断っておくが先にやったのはお前だからな!! お前の方は呼び捨てだからな!!」

名指しで指さされた幽香の手が震えている。しかしすぐに収まった。幽香の怖い所はこういうところである。
自分が抑えられる……しかし、抑える必要が無くなった場合は爆発させる事もするのだ。それも突然、最悪のタイミングで……。
平静を取り戻した顔で幽香が橙に迫る。幽香は苦笑いしながら軽く両手を挙げて告げる。

「大丈夫よ、気にしなくて、子供の内はノーカンだから、そのぐらいの分別はあるつもりよ。……まあ、ぬえは知らないけどね」

一瞬だが、確実に面白そうな目をしていた。

「おっと、いけないわ。私も表情を殺すことができなくて困るのよね~。
 ふふふ、そんな顔をしないでいいのよ。
 別に心配する必要は全く無いのよ。全部こっちのことだから、
 少しだけ、メディスンの遊び相手に「あなたはどうかな?」って思っただけだから」

やっぱり、寂しそうにため息をつくと「もう帰りなさい」と言ってきた。
さようならを言いそうになるが……ここで引いたら多分、後悔するだろう。

「あ、 っ、 うん、 ……友達でいいんですか?」
「ふふふ、そう、友達でいいのよ。
 本当の友達は「いいんですか?」なんていわないけどね?
 分かってるのよ、原因は私だって……」
「お前が原因!!! ……って何のだ?」

話の内容が全く見えていないぬえがからかう。「ゲラゲラ」と笑いながら態度で表情でからかってくる。
平静な表情の下で溶岩のような感情がたまっていく。
そんな感情の気をそらす様に橙が提案を出す。

「……じゃあ、一緒に遊びましょう」
「あー、無理しなくていいのよ。無理して遊んでもつまらないし」
「幽香さんも一緒にどうですか?」
「幽香、いいなー。お前、遊んでもらうんだ?」

提案内容を把握するのに数秒を要した。ぬえがからかっていることに気が付くまで相当固まっていた。
幽香が頭に疑問符を浮かべている間に「鬼ごっこをしましょう」と言って話を進めている。

「えっ!? あの、何? 私もやるのそれ?」
「いいじゃんそれ、お前も童心に帰ってさ。」
「ぬえさんもですよ?」
「えっ!? お、俺はいいよ。いまさら鬼ごっこなんて大妖怪の威厳が落ちる」
「……落ちるほどの威厳……あったかしら?」

ムッとした表情でぬえが幽香をにらみつける。しかし、ぬえが口を開く前にメディスンがルールを聞いてきた。
幽香と二人っきりで過ごしていた時間で鬼ごっこなんて遊びやったことが無かった。一触即発の空気よりも好奇心のほうが勝った。

「どういうルール?」
「えっと、いつも藍さまとやってる奴で……」

幽香の耳が「藍」の単語を聞きつける。にらみ合いの視線を思わず外した。
藍が橙とよく遊んでいるなんて……他人の育成方針なんて、そういえば聞いたことも調べたことも無い。
予想だにしなかった言葉で、橙の話に興味をそそられた。

「ルールって捕まえるだけじゃないの?」
「う~ん、説明するよりやったほうが早いんですが。
 簡単に説明すると、ちゃんと捕まるまで逃げていいんですよ。
 普通の鬼ごっこだと触ったら捕まえたことになるじゃないですか。
 藍さまのルールはちゃんと捕えられるまでです。
 あと、逃げていい範囲は幻想郷全部です。
 いつもはハンデで藍さまが鬼のときは視覚、嗅覚、聴覚のどれか一つを使わないです。」
「え~、幻想郷全部? 無し無し、そんなのみつかんねぇよ」
「そうねぇ、さすがに広すぎるわ」
「う~ん、そうですかね? 私はよくつかまりますが……」
「目隠ししたまま、捕まえんのか……流石に九尾だ」
「いや、あいつの場合、橙ちゃんの行動パターンが完全に読めるからでしょ。
 ……でも、そうね、半径2キロぐらいの範囲にしましょうか?」
「幽香、2キロってどのくらい?」
「いや、それでも広すぎだろ、半径2キロなんて言ったら紅魔館から人里だって引っかかるぞ」
「紅魔館ってどこ?」
「建物の中に隠れるのは反則にすればいいじゃない。
 丁度いいわ、メディ いろいろ見せてあげる。
 範囲は……簡単ね。私が紫色のどぎつい色の草を生やすから、
 そこから出ないようにすればいいわ。出たら即反則ということで」
「あと、ハンデどうします?」

ぬえと幽香が驚いた顔で橙を見る。

「え!? ハンデつけるの?」
「ハンデって、流石に九尾みたく鼻なんて利かねえよ! 耳も同じだぜ?
 目を瞑ったらいくらなんでも差をつけすぎだろ!!」
「あっ、そうじゃないです。能力を使用禁止にするとかです」
「あ~そういうこと? つまり、捕まえるために蔦を絡ませたら反則って事ね?」
「私とメディスンさんは能力使用ありということで……」
「ん~、ま、いいんじゃない? その位は」
「じゃ、幽香だけ無しで、俺は橙に手加減しないことにしている」
「えっ? なんで?」
「なんでって、お前がマミゾウの術を破ったからさ。下手に手加減すると足元をすくわれかねない」
「別に私はかまわないわ、どうせオマケみたいな能力だし」

みんなで色々な意見を出してルールを決めていく。
鬼ごっこのルールはこんな風に決まった。

ルール1 相手の腕を捕まえたら鬼の勝ち 鬼は一人につき1P プレイヤーはゲームを外れる
ルール2 紫色の草を超えたら反則負け プレイヤーは-3Pにてその回のゲームを外れる
ルール3 1時間逃げきれたらプレイヤーの勝ち プレイヤーは2P
ルール4 風見幽香のみ能力の使用はなし、但し、身体能力はすべて使って良い
ルール5 建物の中に隠れるのは反則 プレイヤーは-3Pにてその回のゲームを外れる
ルール6 鬼による妖力を使った索敵と各自の暴力の禁止 暴力を振るった場合は-5P即ゲーム終了 鬼の索敵は-1Pのみ、ゲームは続行する
ルール7 鬼はローテーションする。

鬼1番手 橙       プレイヤー メディスン、幽香、ぬえ
鬼2番手 メディスン   プレイヤー 橙、幽香、ぬえ
鬼3番手 ぬえ      プレイヤー 橙、幽香、メディスン 
鬼4番手 幽香      プレイヤー 橙、メディスン、ぬえ

ルール8 最終的にもっとも点数の高い者が最終勝者である。

ささやかだが幽香が優勝商品として蜂蜜を1瓶だした。
幻想郷において蜂蜜よりも甘いものは何個あるのだろう。
俄然、ぬえと橙がやる気になった。

時は正午を回り最初の鬼が人里と紅魔館の中央点に立つ。
色々な地形、例えば人里、迷いの竹林、霧の湖、紅魔館、草原が使える。

「ふっふっふー♪ 蜂蜜~♪ 蜂蜜~♪ 絶対手に入れるんだから!」
「なんか、賞品が変なスイッチを押しちゃったかしら?」
「仕方ないぜ、チョコレートだって滅多に手に入らないんだからな」
「チョコレート? 何それ? おいしいの?」

幽香がメディスンにチョコレートの説明をしている。
甘くてやわらかくて冷たくないのに雪みたいに溶けるのだそうだ。……ちょっと食べてみたい。

「負けませんよ!!!」
「おい、橙、流石にいきなり始めたら怒るからな!!」
「ふふふ、逃げる時間は5分ですからね!!」

全然ぬえの話を聴いていない。橙の手には紅魔館のメイドに貰った銀色の時計が握られている。
きっちり5分後には追撃を開始するつもりだ。

「もう始めてますからね!!?」

そう言って時計をにらみつける。
鬼は交互にこの時計を使って時間を見極めながら勝負を進める。
ぬえが、どこに身を隠そうか真剣に悩んでいる。
ひとまず、人里の方に飛んでいった。
メディスンと幽香は完全に物見遊山だ。これではいけないと幽香がメディスンを追い立てる。

「メディ、逃げなくていいの?」
「? 幽香が逃げないのに? なんで?」
「私はちょっと確認したいことがあってね。 メディは蜂蜜だとやる気にならない?」
「うん。魅力は無い。大体、幽香がいつもホットケーキに使ってるじゃん」

幽香が考え直してみる。そういえばホットケーキだけではない、結構他の料理にも使っていた。
橙にとっては魅力的でも、メディスンにとってはたいしたこと無かったか……そうだ。

「メディ、じゃあ、チョコレートだったらどう?」
「え? だって無いんでしょう?」
「私の知り合いにね、買って来れる奴が居るのよ。もしメディスンが最終勝者になれたら手に入れてあげる」
「本当に? チョコレートを?」
「ええ、もちろん。二言は無いわ」
「じゃあ、頑張る」

そう言って、メディスンがあちこちを見渡して離れていく。
そんなことをしていたら……。

「もう、五分たちましたよ? 何で逃げないんですか?」
「う~ん、理由は2つあってね。
 一つ目は蜂蜜が私にとってはそんなに惜しくないって事。
 二つ目は橙ちゃん、本当に私を捕まえられる? できるの? って事よ。
 ま、そのぐらい自信があるって思って頂戴」
「うふふふふ、幽香さんいくらなんでもそれは失敗ですよ」

橙がそう言って符を掲げた。……う~ん攻撃は反則のはずだけど?

鬼神「飛翔毘沙門天」

橙が幽香に見せ付けるようにスペルカードを貼り付ける。
なるほど、身体能力強化のスペルカードなら存分に使えるわけだ。
これは意外、だがしかし意表は突かれたが、それだけで腕を掴まれるようなレベルではない。
橙がすさまじい速さで突進し、それを余裕を持って避ける。
そして、幽香が振り向く前に閃光が走った。幽香が初めてあせる。
……まずい!! 貼り付けたのはフェイントだ! 騙された!! スペルを発動したのが今だ!!!
さっきの突撃をはるかに上回る速さで転進した橙が突っ込んでくる。
幽香の口の端が愉悦でゆがむ。よくも、裏をかいてくれたものだ。
高速で幽香に迫る橙の腕が空中で急停止した。幽香が橙の腕を捕らえたのである。
両手で橙の両腕を完全に固定している。

「ふふっ、凄い凄い。本当に感心しちゃうわ、まさか2段構えでフェイント入れてくるなんて。
 予想もしていなかったわ……でも、これでもう、お終いね? 私の握力からは逃げられないわ。
 1時間このままで、全員逃げ切りね」
「いいえ、幽香さん負けてますよ? 私の本当の目的は幽香さんの手に届く距離に近づくことですから」
「はっ?」

幽香が気が付いたときには橙の尻尾が幽香の腕に巻きついている。幽香は捕まったのだ。

「幽香さん、尻尾無いですもんね。絶対、ぜ~ったい、思いつかないですよね?」

幽香が唖然としている。放心状態で力が勝手に抜ける。幽香の両手の拘束から抜けると橙はすぐに地面の匂いをたどりはじめた。
ぬえが橙に対して手加減しないと言っていた理由が良く分かった。
まさかの開幕5秒でリタイア、手を抜いていないつもりで大惨敗を喫した。
久しぶりに赤面する。純粋にポカミスから、極あっさり負けたのはいつ以来だ?
……えっ? ちょっと待ってよ? も、もう終わり? 残り、約1時間、何をしていればいいのよ?
よ、よくも……なんて思っている間に橙は姿を消した。
振り向いたら既に置き去り、まるで幽香を相手にしていない橙にすさまじい感情が沸く。

「や、やってくれたわね!! ゆ、ゆるさないわ!!」

子供相手にノーカンなんて言ったことすら忘れて激情が走る。
もはや手加減など知らない、大人の全力を見舞うつもりだ。
ルール上で完膚なきまでに打ちのめす。そう心に誓った。
幽香の姿も気配もきれいに無くなる。大妖怪の全力を持って隠密行動に出る。
橙を追跡し、手口を観察、解析し、次戦以降を完封する。大人気ない幽香の行動が始まった。

……

メディスンは太陽の畑に来ていた。ここには背丈の高いひまわりが咲き乱れている。
単純に姿を隠すにはもってこいだと考えたからだ。
しかし、追跡者は橙である。鼻が利く、そんなことが全く考慮に入っていない。
ひまわり畑の中に入っただけで安心してしまった。
わずかに十数歩立ち入っただけで足を止めてしまう。
……視覚だけが頼りの相手なら十分であったであろう企みは橙の追跡によってあっさり破られてしまう。
「ん? こっちに来るなんて勘がいいな」と、思っているうちに真っ直ぐ、隠れ場所に向かって迫ってきた。
ゆっくりとひまわりの中を移動してみても、必ず曲がった箇所で曲がった方向に向きを変える。
「な、何で?」なんて思っている暇も無く今度は視覚で見つかった。
とっさに飛び上がる。

「な、何で分かるのよ?」
「ん~、うっふふふふふ、教えませんよ?
 これは藍さまの口癖ですが「体で覚えるほうがいい」ですよ?」

橙が全力で突進する。メディスンにとっては驚愕の速度だ。
自分とさほど変わらない体格で出せる速度ではなかった。
瞬く間に腕をつかまれる。

「えっ そ、そんな……」
「アウトです。メディスンさん。リタイアですよ?」

言うが速いか、スタート地点に向けて走り去っていった。
放心状態のメディスンの前に幽香が現れる。
顔がかつて無いほど苦々しい。しかし、そんなことお構いなしにメディスンが質問する。

「な、何で? 見えないはずでしょ? 何であいつあんなに正確に追跡できたのよ?」
「……匂いよ。あいつ、自分がやり慣れているルールで……くっそ」
「ゆ、幽香は逃げてるの?」
「もう、とっくに捕まったわよ!!!」

メディスンの表情がさらに驚愕に染まった。いつも自分を軽くあしらっている幽香が既にリタイアしてるなんて思いもしない。

「う、うそ」
「嘘なんて言うわけあるか!! くっそ、必ずボコボコにしてやる……」

そんなこと言って幽香が姿を消した。さらに橙の追跡を行うらしい。
メディスンが一人取り残されたまま刻々とゲームが進んでいく。

……

人里にもぐりこんだぬえは町人に化けていた。
匂いも既に消してある。町の喫茶店で団子をおいしそうにほおばっている自分はどこからどう見ても人間だ。
ばれるわけが無い。そんな思いが徐々にぬえの態度を傲岸不遜に変化させる。

「けっけっけっけっけ、いくらなんでも橙にはわかんねぇだろうな!!」

「ケタケタ」と笑うぬえは、ただならぬ気配を感じて大通りを見る。
風見幽香が歩いてくるのだ。通行人が押し黙って避けるように道を明ける。
静けさが吹き抜けるように迫ってくる。
ぬえは思わず見入っていた。
風見幽香は通行人をなめるように、まるで視線を確かめるようにいかつい視線で人を見ている。
ふと、目が合った。
ぬえは先程の経緯から、幽香に対して引くことを知らない。
思わず睨み返した。ふと、幽香の視線が緩む、憎たらしいその視線はどこか安心したようだった。
ごく普通にすたすたと距離をつめてくる。視線ははずさない。まるでそいつの視線を試すかのように……。

「ふ~ん、ぬえ? そんな所で一息入れていていいの?」
「はっ、てめぇの知ったことじゃねぇよ」

町人の姿のぬえが歯を見せる。だが、ただの町人が幽香に対してそんなことをするはずが無い。
ますます幽香の笑みが強くなる。

「ふ~ん、少しいいことを教えようと思ったんだけど……。この調子じゃ要らなそうね」
「カカカ、お前の手助けなんていらねぇよ」

遠くで本人が観察している。
……全く、何てことだ。匂いの追跡で人里にぬえが隠れていることを知ったら、私に化けやがった。
能力は使ってもいいなんて言ったが、これじゃやりたい放題だ。
先程の会話からはぬえ自身が私に対抗意識を持っているし、橙はぬえに畏れをもっていない。
そして会話内容から100%中身を見抜いた。笑顔の理由は正体をぬえと知ったからだ。
くっそ、まるで達人だ。……遊びにおける達人……そんなもの今まで価値を置いていなかった。
遊びは遊びなんて、高をくくっていた自分が情けない。
ただ単に悔しい、出し抜かれた自分が恥ずかしい。そんな自分自身が自覚できる。
そして、惜しげもなく純粋に勝ちに来た橙をかつて無いほどの強敵と見た。
手加減など知ったことか!! 大人気ない? そんなことは勝ってから言われるものだ。
ただ単純に勝つ。それも、圧倒的にだ。そのために歯噛みしながら手口を観察している。
そして、とんでもない相手であることを知る。手を抜いていたら、加減なんてしようものなら、永久に勝てない。
そんなレベルの者が見境無く全力を振るっている。もはや遊びなどといっている暇は無い。
もうすぐ、ぬえが橙の手に落ちる。そうしたらすぐに第2戦が始まる。
おそらく、いや確実にメディスンでは1Pも取れずに沈むだろう。
そんなことをしたら橙は5P、加えて自分は能力が使えない。逆転の可能性は限りなく0に近い。
させるものか……。
そう思った幽香が姿を現す。静かに……だがしっかりとぬえに見えるように……そして限りなく偶然を装って。
一瞬、ぬえが化けた町人の目が硬直する。「はぁっ???」という目をするが、橙は幽香の姿でぬえに面と向かっている。
背中で起きていることには気が付かなかった。

「どうした?」
「えっ? あっ? な、なんでもねぇよ」

あれで取り繕っているのだろうか? 目が信じられないほどの挙動不審になっている。
だが、すぐに意を決すると「じゃあな!!」と言って全力で空に逃げる。
横に、……少なくとも足で駆けることができる方向に……逃げたら即座に捕まっていただろう。
ポカンとした顔で幽香が、いや、もう橙になっているその人影がぬえを見送っている。

「あれ? どこでばれたのかな??」

そんな声を聴きながら心底、強敵を相手にしていることを思い知った。
今の化け術は完璧だった。少なくともぬえは化かされている。
再度、姿をくらました幽香は第2戦目以降の手を考えた。
少なくともメディスンと手を組まなければ勝ち目が無い。
……もう手加減など知ったことか……、ぬえがこの後残り時間で捕まるか不安ではあるが、もうぬえに手助けするつもりも無い。
橙の手口を知るのは重要だが、手を組むのが遅れたら、目も当てられない結果になる。
……まったく、やってくれるものだな!!! そう思って人里を後にする。

……

「……というわけよ。二戦目で振り出しに戻すわ。協力するわよね?」
「ほ、本当に……幽香が負けるほどの相手なの?」

メディスンにとっては幽香は最強であった。
それが、ごくあっさり橙に負けたそうである。何より、見たことも無いほどの悔しそうな横顔が本気であることを物語っていた。

「……幽香、話は分かったんだけど、最後、私はあなたを捕まえても……」

幽香の計画では少なくとも二戦目で幽香が逃げ切り、メディスンが橙とぬえを捕まえる約束である。
そして二人で2Pを手に入れる。しかし、メディスンは3Pを手に入れるつもりだ。

「……いいわよ、但し捕まえられるものならね。
 メディ、悪いけど私も本気を出すわ。
 指をくわえて、自分が負けるのは性に合わないのよ。……分かってくれるわよね?」
「うん、幽香の性格は知ってる。でも、幽香も私の性格知っているわよね?」
「くっ、ふふふふふっ、あはははははは、いいわよ。逆らうほどの気概の無い奴は好みじゃないわ。
 好きよ。そういう奴……力があればなおさらね」

そんなことを言って、計画を練る。メディスンはどこでどのように待ち構えるか……幽香がどのように動き勝敗を決するか……第2戦目以降、本番が始まる。

……

「くっそ、まさか、化けてくるなんて……」

いつもの笑いを消して、真剣に悩むぬえの姿がそこにあった。
今、正体不明の種を使って雲に化けている。気ままに風に流されているが範囲は半径2キロ、雲にしてみればほんの数分の時間稼ぎに過ぎない。
いかに飛ぶ早さが優れていても、橙に全力で迫られ、地面に向かって追い詰められたら始末に負えない。
橙の化け術を見破ったのは本当にただの偶然。丁度、街角から幽香が出てこなければ、今頃リタイアだった。
この調子では近づいてくる奴らは全員、警戒したほうがいい。
下手に気を抜いているとそのまま化かされる。
過小評価しないなんて、上から目線だったことがそのまま自惚れに近い結果を招いた。
もう、なりふり構っていられない、卑怯といわれようとも全力をもってして逃げ切る。
ぬえは雲に化けたまま手持ちの正体不明の種と不可視の暗雲・ダーククラウドをありったけ投下した。
眼下で悲鳴が上がるが知ったことではない。もう一度ぬえは人里に降り立った。
正体不明の種なら匂いもごまかせる。これだけめちゃくちゃになれば1時間……勝負終了まで……40分程度はもつだろう。
大音声でパニックになりかけた里の人間に1時間以内に術を解くこと、これによる危害は加えないことを宣言する。

「くくく、見せてやるぞ。大妖怪、封獣 ぬえさまの実力をな!!!」

「カーッカッカッカッカ」と笑いながら動揺と混乱渦巻く人里に溶け込んだ。

……

「誰も戻ってこないね?」
「予想以上にぬえが善戦しているらしいわ。
 でもそうすると……ぬえも危険だわ。油断させないと……」

幽香の頭の中では第2戦から最終戦までのポイントの取り合いを計算している。
第一戦で橙…3P、他…0Pと橙、ぬえ……2P、他……OPではシュミレーションの前提が変わる。
その上、橙とぬえをほぼ同格とみなさなければ相手をすることができない。
勝負開始から50分近くが経過しても連中が戻ってくる気配が無い。
ぬえは今回捕まらないと見てよい。
メディスンに第2戦の作戦を伝える。……しかし、第3戦、最終戦の予想は伝えなかった。
どうしても幽香自身が勝ちたいと思っていたからである。全力を出す以上、メディスンに勝たせるつもりも無い。
所詮、同盟なんてものは第2戦にて勝負を振り出しに戻すまでの踏み台に過ぎない。
そんなことを企む幽香の横顔をメディスンはいつものように見ている。
鬼ごっこのスタート地点にて相談を重ねること数十分、橙とぬえがようやく戻ってきた。

「う~、ぬえさん。卑怯すぎます。何ですかあれ? 人里を全部巻き込んで隠れないでください」
「ひゃははははは、寝言は寝て言え。手は抜かないって宣言しただろ? あきらめな。
 まあ、惜しかった。惜しかったんだぜ? それだけは言っておく」

自信満々でぬえが帰ってくる。
この調子では橙でも、……あれだけの手段を駆使しても……ぬえは捕まらないと判断するしかない。
つまり、遊びの達人は二人居るってことだ。
第2戦目のシュミレーションは問題ない。本当の問題はぬえが鬼のとき……つまり第3戦だ。
第4戦目はそれこそ自分自身が鬼、他の連中がどうあろうと自分で試合をコントロールできる。

第1戦、試合結果 橙…2P、メディスン…0P、ぬえ…2P、幽香…0P

橙がメディスンに時計を渡す。すぐさま第2戦目が始まる。
メディスンが時計をにらみながら5分たつのを待つ。
ぬえも橙もあっという間に太陽の畑や人里に向かっていく。
幽香は先ほどと同様に姿と気配を消すとぬえの後を追跡した。

「いっひひひひ、メディスンなら多少手を抜いても大丈夫か。
 むしろ、後ろから脅かしてからかってやるか? う~ん、楽しそうだ!!
 ……それにしても、それで隠れているつもりかよ! 出てきやがれ!! 俺と橙を一緒にするなよ!!!」

ぬえが叫んだ後、幽香がひまわりの陰から現れた。

「何のつもりだよ? わざわざ、あとをつけてきやがって。まさかさっき橙につかまったから、
 隠れ方を教えてくださいなんて言うんじゃないだろうな? 
 断っておくが、てめぇには一切教える気はねぇ!!!」
「ふふふ、違うわ。でも、隠れていたのを見つけたのは褒めて上げる。
 さすがに大妖怪を自称するだけのことはあるわ」
「ふん、じゃ、何の用事だよ? はっは~ん。ぬえ様に弟子入りしたいのか?」
「っぷっ!! マジで? 弟子入り? 本気でそんなことを私に言う奴は始めてだわ。
 あなた、本当に凄いのね? 自分に本当の自信が無ければその発言は出来ない……掘り出し物だわ」
「じゃ、何なんだよ!? 何のためにあとをつけてきたんだよ!!?」
「う~ん、もう5分はたつか……、いいわ教えてあげる」

そう言って、幽香が空に向かって妖力を放つ、特大の……それこそ、大妖怪でないと打てないような威力の大砲だ。
息一つ切らせずにそんなものを放つ幽香をポカンとした表情でぬえが見ている。
幽香はニッコリ笑うと口に手を当ててささやくそぶりを見せる。
ぬえはフラフラとそのささやきに耳を貸そうとした。
顔面に張り付いた笑顔そのままに幽香が突進する。虚を突かれたぬえは完全に反応が出遅れた。
幽香に腕をつかまれる。この状態がどんな結果を導くのか、ぬえにはさっぱり理解できなかった。

「あ゛? 何やってんだお前?」
「ふっふふ、まあ、すぐに分かるわ」

そんなやり取りをしている間に上空にメディスンが飛んできた。
ぬえが逃げようとして幽香に話しかける。

「お、おい! 手を離せ!! 馬鹿か!? 捕まっちまうぞ!!?」
「あ~、今説明するからおとなしくしててね?
 ぬえちゃん、もし、仮に、仮によ? ……プレイヤーと鬼が手を組んでいた場合、あなたならどうする?」

ぬえの顔が、明らかに引きつった。「はめやがったな!!」なんて……、こんな表情が見たかった。 
ぬえが幽香の手をはずそうとつかみかかるが……幽香の力はそれこそ幻想郷で3本の指に入る腕力である。
稀代の大妖怪「ぬえ」といえどもはずすことはかなわなかった。
わめき散らすぬえをいともあっさり捕まえてメディスンが問いかける。

「幽香、ぬえは捕まえたけど……、橙はどうするの?」
「私が索敵するわ、鬼じゃないからノーカンってね。ふふ、ルール6はメディのための救済処置だったんだけど……意味なくなっちゃった。
 ……ん~、そうね、橙ちゃんなら今、人里ね」
「ちくしょう!!! ちくしょう!!! てめぇら絶対にゆるさねぇからな!!!
 覚悟してろよ!!! 特に幽香!!!」
「あー、うるさい。手もほどけないのに生意気ね。別段、私もあなたの無礼は許せないから……、
 鬼ごっこの後に……ね?」

もの凄く物騒な話をそこで切り上げて幽香とメディスンが人里に向かっていく。
ぬえは目に涙をにじませながら、命蓮寺に向かう。愛用の槍を取ってくるのだ。
橙が頭を下げてまで、持ってこないようにと頼んでいた槍である。
でも、こんなことをされて黙っていることなんて出来ない。
もはや戦闘能力でも加減無し、鬼ごっこは最終戦に向けて果てしなくエスカレートしていく。
鬼ごっこの後なんて、待ってなんかいられない。第3戦でケリをつけてやる。

……

人里で橙は藍に化けていた。
自分が良く知っていて、人里に居て不自然ではなく、そして自分自身の姿ではない。
メディスンには分からないだろう。自然にニコニコと笑みがこぼれる。
喫茶店で団子を見ながら時間をつぶす。
実際に頼みたい所だが、流石に持ち合わせが無い。
大人の姿で子供のようにうろうろと喫茶店の前をうろついている。

「なにあれ……? すっごい怪しいんだけど」
「流石に子供ねぇ、妖力を探ってみたけどあれが橙ちゃんよ。
 蜂蜜を景品にされて、甘いものが頭から離れなくなったのね。
 あと、あんなことしているのは全部、油断してるからよ」
「油断?」
「メディが相手だからよ。
 負けない、負けるわけ無いなんて考えているから。
 藍に化けて地が出ているわ。
 これなら、そうね……後ろから抜き足差し足で忍び寄って抱きついてみなさい。
 多分捕まえられるわ」

そう言って、メディスンを一人で藍の所に向かわせる。
メディスンは細心の注意を払って、後ろから近づく。
甘いものに目移りしてよだれをたらしている藍は全く気が付かなかった。

「はっ?」
「捕まえた。橙」
「え? う、ううん、私は藍だ。人違いじゃないかな?」
「そう?」
「そうだとも、私は藍だ。橙じゃない」

幽香はそんな様子を影から見ている。……全く、化け学も大概にしないと大やけどをするぞ?

「じゃあ、橙と違うんだ」
「そうだよ。だから離してくれないかな?」
「待って、プレイヤーじゃないなら、攻撃しても減点にはならないわよね?」

そう言って、思いっきり毒を噴出させる。
手をつかまれている藍が悲鳴を上げた。
たちまちの内に術を解く、橙が姿を現した。

「ご、ごめんなさい!! 降参! 降参です!!! 謝るから、毒はやめてください!!!」
「最初から降参して欲しかった。何? 騙して凌いだらゲームは続けられるの?」
「ルールでちゃんと捕まえたらって言ったじゃないですか!
 ちゃんと相手を認識して、確信を持ってつかまえる……それがルールです!!」
「ふ~ん、そう……、そんなこと一言も聞いていないけど?
 じゃあ、仮に、出会った人の腕を片っ端から捕まえて、その中にあなたが居ても、
 あなたと認識してなかったら、捕まえたことにならないのね?」
「その通りです!」
「……嘘つき」
「嘘は言ってません!!」
「じゃあ、何で説明しないのよ! 言わなかったなんて嘘も同然だ!!」

幽香は面白そうに二人のやり取りを見ている。
……これだ、このやり取りをメディスンにやらせたかった。
対等な関係で、言い争って、自分の権利を主張させる。
対等な関係が成り立たない自分とのやり取りではこんなこと出来ない。
理不尽さに感情を爆発させて、自分の意見を押し通す。
立場が上でも、下でもこんなこと出来ない。主張なんてものは通してもらうものでもなく、押し通すだけの物でもない。
今、この言い争いに千金の価値があった。
自身初の言い争いに夢中になっているメディスンを後にして、幽香は本気で姿を消す。
今度はメディスンと自分の勝負、譲るつもりは無い。
でも、どこと無く気分が良かった。

……

数十分の口論を終えて、メディスンと橙が戻ってくる。
幽香は見つからない……それ以前に見つけることを完全に忘れていた。
ぬえの待つスタート地点に戻ってきて初めて幽香を捕まえていないことに気が付く。
だがしかし、十分程度の残り時間では見つけることは不可能に近い。
メディスンは全部、橙が悪いことにして、残り時間を休憩に使った。
時間の終了後、初めて幽香が現れる。
良い気分なんてどこに行ったのか、見つけにすら来てくれない鬼を相手に相当不機嫌だった。

第二戦終了 橙…2P、メディスン…2P、ぬえ…2P、幽香…2P

かつて無いほど無言でふさぎこんでいるぬえに銀の時計が渡る。
時計を一目見ると、幽香をにらみつけてきた。

「いまから、5分後、追いかけ始めるからな。
 覚悟しろよ!! てめぇだけは絶対に逃がさねぇ!!!」
「あら……逃げる? 逃げないわよ? 丁度むしゃくしゃしてるし……ねぇ?
 そうだ!! あなたさえ良ければ、第3戦だけ、暴力ありにしない? 互いに能力使ってさ。
 もちろん私とあなたの間だけよ。そうしないとかなり巻き込んじゃうし……どう?」
「願ってもねぇ!! てめぇはボコボコだ!!!」
「じゃ、時間が惜しいし、早速はじめましょうか?
 メディ、橙、もうあなた達2Pでいいわよ? ぬえ……勝ったほうが2Pでいいわね?」
「へっ!!! 別にかまわねぇよ!!! お前の0Pは既に決まったようなもんだからな!!!」

言い終わるが速いか、ぬえが愛用の槍を持っておどりかかる。
幽香も黙っていない、今までの鬱憤を晴らすかのように妖力が爆発した。
気合一つで大気がはじける。
ぬえははじける空気に身をゆだね、あっさり距離をとった。
冷や汗が出る。なんだ? こいつ……今まで出し惜しみでもしていたのか?
大妖怪が後ずさるほどの力を感じる。
しかし、喧嘩を買った以上逃げることなんて出来ない。
赤、青、緑、虹色の遠隔操作型の正体不明の種を大量に繰り出して、応戦を始める。
橙はぬえを止めることも忘れて逃げ出した。
メディスンも橙と一緒に遠くはなれる。しかし、メディスンから一瞬見えた幽香の横顔はとても楽しそうだった。

……

「はぁ~……、なんで喧嘩するんだろう?」
「幽香はキレやすいから、特に舐めた真似されると加減できないからでしょ」
「失敗した……。ぬえさんは凄くプライドが高いし、あの調子じゃどっちか大怪我する……」
「大怪我するとしたらぬえね。でも、そんなにならないと思う。幽香とっても楽しそうだったから」
「それが怖いんです。笑顔のまま凄い脅しを仕掛ける人ですよ?」
「それ、単に怖がってるのを面白がってるだけよ。幽香の場合。
 ……本当にぬえをつぶすつもりなら、あんなふうに挑発しないよ? 
 本気なら、無言で近づいていきなりズドン」
「……おっかない……」
「それをやっていないんだから、多分大丈夫でしょ」
「多分……か、ぬえさん大丈夫かな?」
「仕方ないでしょ、少しイライラはしていたみたいだから」
「なんで、分かるんです?」
「ずっと一緒だったからかな? 不機嫌なのか、ご機嫌なのか……そのぐらいは分かる。
 橙だってそうでしょ? 藍って言う人の機嫌ぐらい分かるでしょ?」
「それはそうですが……幽香さんのは全然分からない」
「それは、いつもあんな風に接していたからでしょ? 最初っから、怯えてぜんぜん幽香の目を見ていないじゃない。
 幽香は意外と単純よ。本気のときは目が据わって瞳がこっちを見たまま動かなくなるから、すぐ分かる」
「それ、分かってもすでに手遅れじゃ?」
「まーそうかもね」
「よく平気ですね?」
「うん? 逆に私には何であなたが平気じゃないかが分からないんだけど?」
「だって、力が強くて、いつ爆発するか分からない人ですよ?」
「……爆発しないよ? 橙が思ってるほどはひどくない。
 爆発しそうなときは警告する。本当に本気で相手にする奴は、警告を無視した奴よ」
「でも、紫様も藍様もすっごい危ないって……」
「私からしたら幽香より、紫のほうが危ないな……普通に殺されかけた記憶があるんだけど?」
「……嘘……」
「嘘じゃないよ、でも信じられないかもね? あなたにとって幽香が恐怖の対象なら、
 私にとって紫が恐怖の対象だよ」
「そうなの?」
「そーよ。それに、本当に幽香が誰にとっても恐怖の対象なら、私は今ここに居ない。
 幽香は性格がひねくれてるからなんとも言いがたいけど……安全だよ。少なくとも私にとっては」
「そうなんだ……」
「そーだ、一個だけ幽香の特徴っていうか弱点を教えてあげようか?」
「どんなのです?」
「今度、幽香に思いっきり甘えてみてみなさいよ。多分対処に困ってオロオロするから」
「ぶっ!! えっ? 本当に!? 幽香さんが!!?」
「幽香って、敵意とか、怯えとか、なんていうか負の感情に対しては猛烈に強いんだけど、
 案外、正の感情のような、無邪気さとか、甘えって言うか、そういう感情に対処できないのよ。
 多分、対処できなくなって逃げ出すか、途方にくれるはずよ」
「うふふふ、凄いこと聴いちゃった。でもそれって、なんというか……私達にしか出来ないよね?」
「まあ、間違いなく紫みたいなのがやったらフルボッコにするか、完全無視でスルーするでしょうね」

そんな姿の紫を想像してみる。大爆笑だ。橙が盛大に噴出した。
そして、なんだか安心した。ぬえも大丈夫だ。多分だけど……。

……

戦いが始まってわずか十数分……ぬえが今持っている遠隔操作型の正体不明の種は全滅した。
しかし、幽香の戦い方は大方見ることが出来た。
とんでもない奴である。攻撃力も防御力も超弩級であった。
種を使った飽和攻撃を前に、十数回、攻撃が直撃したはずなのだが、全くの無傷。
逆に、メディスンに送った合図、あの大砲を撃ちに撃たれて、被害だけがかさんでいった。
ならばと、遠巻きに囲んでみれば、接近されて一個一個を丁寧につぶされる。
幽香は遠距離が得意なのではない、超近距離、手の届く距離が最も強い。
なすすべなく遠隔操作型の正体不明の種は駆逐された。残りはぬえただ一人である。

「さあ、準備運動も終わっていよいよ本番ね」
「い、いい気になるなよ? このぬえ様は種なんかとは違うんだ!!」
「ふふっ、この期に及んでその虚勢……掘り出し物ね、楽しみだわ……」
「遊びは終わりだ!!! 俺が! このぬえ様が!! 直々に相手をしてやる!!!」
「あははっ、凄い、折れない心だけは褒めて上げる!!!」

ぬえがやりを手に幽香に突進してくる。
幽香はそれを素手で迎え撃つ。顔に笑顔が張り付いている。
楽しくて楽しくてたまらないのだろう。
何しろ、ちょっとやそっと叩いてもへこたれない相手が現れたのだ。
少しぐらい全力で運動しても差し支えない。そんなことは久しぶりだ。
幻想郷が出来て以来、数え切れる程度にしか全力を出せたことが無い。
幻想郷は昼寝してのんびり日向ぼっこするのには適しているのだが……幽香にとっては刺激が少ない。
無い物ねだりに近いのは知っているが、もう少しエキサイティングでもかまわないと思っていた。
スペルカードルールはあるが、あれは本当に暇つぶしにしかならない。
それにだ、たまには全力で動いておかないと、腕が錆付く。そんな日が来るかは知らないが、
もし、仮に、幻想郷を崩壊させるほどの外敵が侵入してきたときに、そんなことでは困るのである。
幽香はぬえの繰り出す達人級の突きをことごとく素手で打ち払った。
槍には普通に刃がある。しかし、刃を直接叩けば切られるが刃の側面を叩けば切れることはまず無い。
突き出す槍の刃の側面を見切って叩き払うことを続ける。集中力と槍の速度に劣らぬ速さ。そして何より刃を恐れぬ度胸が無ければ出来ない。
攻撃をしているぬえのほうが気圧されていく。

「何だよ!! 何なんだよ!? お前はッ!!」
「うふふふ、私? 私はね私なのよ。ブレず、曲がらず、文字通りの最、強ってことよ。
 あなたの言葉なら”危険物”で、喧嘩を買ったあなたは言葉そのままの”馬鹿”ってことよ。
 分かったのなら、そのまま負けなさい!」

ぬえが流石にあせった。必死であがいたその結果、振り回された槍の軌道がめちゃくちゃに変化する。
突きの軌道ばかりに目をならされていた幽香がわずかに目標を見誤る……ワンミスだ。
さすがに顔をしかめて距離を取り直した。

幻想春花―――

攻勢をしのぐだけだった幽香が攻撃を仕掛ける。
いつものひまわりとは異なる季節はずれの大きな大輪の花が次々と咲き乱れてぬえに襲い掛かる。しかし、ぬえも槍を振り回して応戦した。
降りしきる花を切って突いて蹴散らす。……手ごたえがおかしい、異常に軽い攻撃だ。
つついただけで花が散る。花びらやら花粉やらが色々飛び散って舞い上がる。
まるで花粉と花弁が詰まった風船だ。

「ぶっ、げっ!? な、何だ? この攻撃?」

幽香の狙いは攻撃そのものではない、ぬえを視界不良にすることだ。
この攻撃を続ければ、じきに幽香を見失う。そうしたら気配を消して接近だ。
槍を振るタイミングがつかめなければ、ワンミスすら起こらない。
作戦通りぬえが数多くの花を散らかして花弁と花粉で視界不良を引き起こす。
途中で幽香を見失ったことに気がついた。

「くそっ!! 消えやがった!! だがな、隠れることなら、負けねぇんだよ!!!」

花びらが舞い散る戦闘区画において漆黒の雲を撒き散らす。不可視の暗雲・ダーククラウド、幽香もたちまちの内にぬえを見失った。

「ふん、やるじゃない? じゃあこうしましょうか?」

幽香もあっという間に戦術を切り替える。
大砲を両手で素早く連射する。あっという間に雲が穴だらけになって霧散する。

「あっぶねぇ!!! てめぇ、いい加減にしろ!!!」

無傷で暗雲からぬえが飛び出す。今の連続攻撃でひとかすりすらしていない。
ああ……これは特上級の相手だ。
戦略を改めないといけない。下手をすると時間切れで引き分けになる。そうなると第4戦の難易度が跳ね上がってしまう。
第3戦において、必ずどちらかが負けていなければならない。
もちろん理想は自分が勝って戦局を大幅有利の状態にすることだが……この戦いは自分が負けてもかまわないのだ。
むしろ一番の悪手は引き分けて、第4戦もこの状態を引きずること。
双方共に第4戦までこの調子では、時間内に橙を捕まえることが出来ない。
そうしたら、最終勝者として敗者を見下すことすら出来ない。
そんなことはごめんだ。一応、第4戦でぬえを捕まえる算段はついた。
第3戦の主な目的は2つ、ぬえに3Pを取らせないことが一つ。
そして、ぬえに目印をつけることが2つ目だ。
流石の幽香も匂いをたどることは出来ない、しかし、季節はずれの花の香りをたどることはたやすい。
ぬえは……気付いていない。このまま油断させるためにも、ちょっとした演出付きで負けてやるのはかまわない。
第4戦でぬえはわけも分からないまま負けるだろう。
最後の最後に笑うのは最終勝者たるこの私……ふっ、愉快、愉快。
第3戦の残り時間はあと30分と言った所か……後、15分ぐらいで勝ち負けの方向性を決めないといけない。
さっきのちょっとした攻防を元に、大体のぬえの身体能力を推定する。
自分と比較して、攻撃力はそこそこだ。幽香にも一応通じる、ワンミスしたところから血が垂れていた。
連射砲をよけていることから推測して、防御力はたいしたことは無い。
あれが当たってまずいって事は、こちらの攻撃は十分すぎるほどに通じる。
問題は回避力ってことか……残念ながら素早さ、特に小回りの能力は幽香を上回っている。
槍を持たれて、つかみかかれない絶妙の位置取りでまとわりつかれたらそれこそ負ける。
一応、広範囲を吹き飛ばすことは出来るが、そんなことをすると紫が登場する。
楽しい鬼ごっこも途中でノーゲームになってしまう。……折角自分が勝てるのにだ。

幽香は戦略思考をしている、攻勢を一時取りやめた。一方、ぬえはぬえで攻め手をかいていた。
槍も雲もほとんど通用しない。何をやっても一枚上の実力で返されている。
最後の奥の手、弓を使いたい所だが、切り札が通用しなかったら……それこそ大負けする。
奥の手が通じなかったら心が折れる。自分自身が立ち直れない。弓に自分のプライドと自信のすべてをかけるのは怖すぎる。
でも、他に手立てが無い……。
ぬえが妖力を集中させて弓をかたちづくる。
弓に……愛用の槍を番えて……最初で最後の1撃を……。
その様子を幽香が見ている。おあつらえ向きに最後の一撃を放つらしい。……ま、いいかあれに当たって負けてやるのは。
へらへらしているいつものぬえはいない。真剣なまなざし、背中に冷や汗を隠して震える腕を伸ばす。
幽香は不敵に笑う。にらみ合いが起こる。
静寂と緊張のひと時を足音が破った。2人分聞こえる。

「えっ!? まだやってたんですか?」
「……すごい、幽香とこんな長い時間戦えているなんて」

ぬえが驚きに瞳孔を開いたまま、振り向く。自分でも滅多にしない集中をやりすぎて接近に全く気がつかなかった。
幽香もため息が出る。後、一手だったのに……。
二人にしてみれば、衝撃がやんでから数分経つ、終わったものだと思って急いで戻ってきたのだ。

「おばか、後ちょっとだからもっと遠くに行ってなさい」
「そうだぞ、危ないぞ。今ささっと片付けちゃうから」

ぬえが目線で「あっち行け」と言っている。
幽香が手をしっしっと振る。手に赤い筋が見えた。

「幽香、怪我してない?」
「あ、本当だ。血のにおいがする。ぬえさんやりすぎじゃないですか? 大体、弓まで持ってきたんですか?」
「弓は妖力で作り出すんだよ!! それにやりすぎは幽香の方だ!!」
「……ぐっ、折角作った勝負の空気が壊れた……あんた達ねぇ……、
 私は大丈夫だから、後30分ぐらいどっかに行ってなさい」
「じゃあ、ぬえさん、幽香さんにこれ以上怪我をさせないって約束してください。
 そしたら、もう少しメディスンさんと遊んできます」
「はぁ!? 怪我をさせないでどうやって勝てと? 大体こいつ硬すぎんだよ。
 槍を使っても傷一つ付きやしねぇ」
「……いや、怪我してるじゃないですか?」
「あれは事故、怪我とは言わない」
「無茶苦茶言いやがる……橙ちゃん、大丈夫よ。私は怪我なんてしないで勝つから」

二人とも引く気は無く、手を抜く気配が無い。
少なくともぬえから槍を取り上げないと収まる方向に進まない。
困っている橙を見てメディスンがぬえに提案した。

「ぬえ、その槍渡してくれない?」
「さっきからダメだって言ってんだろ? それにいきなり呼び捨てか!!」
「別にいいじゃない。渡してくれたら一ついいこと教えてあげる」
「何だよ?」
「幽香の欠点」
「な、何!!?」
「メディ!! ちょっと何言ってんのよ!?」
「あ~、弱点じゃないからいいじゃない。幽香の欠点だよ?
 有利に使えるかどうかはあなた次第だけど?」

ぬえが考える。もし、幽香の欠点を知ることが出来たら有利になるかもしれない……でも、槍無しだ。
しかし、現状の打開策は無い。欠点に賭けてみるのはありだ。何より、あのあわてて必死そうな幽香の顔……メディスンは確実に何か欠点を知っている。
もし、負けたら……そうだ、メディスンの責任にしよう。

「……ほらよ」

ごくあっさりと槍をメディスンに投げ渡した。
ぬえが取引に応じたことで幽香があせる。
メディスンを止めようとしたが、橙が道をふさいだ。
「どけ!!」と声を荒げる前にのどをゴロゴロ鳴らしている橙に抱きつかれた。
軽いパニックを起こす。……え~っと抱きつかれたときの対処法は? 何だっけ?
戦闘に特化した幽香の弱点はこんな所だ。戦闘思考をしているときに相手に戦闘外の行動を取られると思考がショートする。
相手が害意や、悪意、敵意なんて持っていれば自然に反応して手が出るのだが……無邪気に抱きついて胸に顔をうずめてくる相手は……どうするんだっけ?
橙が幽香の顔を見上げる。瞳が挙動不審なまでに揺れていた。
その様子をぬえもメディスンも見ている。ぬえがぽかんとしている。
その隙にメディスンがぬえに耳打ちする。幽香の特徴でもない本当に単純な欠点。
幽香がようやく「傷つけないように丁寧に腕力で引き剥がす」という対処法を実行したときには時既に遅し。
ぬえがあきれた表情でこっちを見ている。手には槍が無い。槍を持って走り去るメディスンの後姿があるばかりだ。
引き剥がした橙も、いつの間にかメディスンの後を走りながらこっちに手を振っている。

「なんか、お前ってさ、残念なんだな……」
「何が残念なのよ!!! しみじみ言うな!!!」
「いや、そうか、見た目はそんなに悪くないし、実力もあるよな」

幽香が苛立つ。ぬえの態度が気にくわない。一体何をメディスンに聞いたのか?
ちょっと前ほんのわずか5分前にはあったはずの戦意や敵意って物が完全に消えた。

「お前、遊んだこと無いんだろ? メディスンが言ってたぞ? 幽香から遊びは一切教わったことが無いって」
「はぁ!!? そんなことがあの子の言っていた私の欠点!?」
「いや、もう一つ、橙のやってたことも説明してもらった。……残念だよな」

ぬえの言葉に思わず顔が茹で上がる。恥ずかしさを隠そうとして大砲を放つ……が、あっさりかわされた。

「私は……、えっと、そう、私だって楽しんでるわ、私にとっていじめが遊び――」
「そうだよな、だってお前、それしか知らないんだものな」
「――!!!??――」
「お前、友達いなかっただろ? だから、他の……いじめる以外の、他人とのかかわりあい方が分からなかったんだ」

図星を指されて、手が震える。怒りとかじゃなく恥ずかしさだ。
ぬえを前にして初めて逃げ出したい気持ちになった。
妖力で勝ち、腕力で勝ち、戦術で勝つ。しかし、舌戦で負けた、それも予想だにしないボロ負けだ。
いままでの勝利の気分も、5分前に優勢勝ちしていた過去も全て台無し……このまま舌戦を続けたら風見幽香が崩れ落ちる。
……もう知るか、全力で口を挟む合間も無い単なる腕力と妖力のごり押しを行い、ぬえを徹底的にのす。
そうしないと、この恥ずかしさは、この屈辱は拭い去れない。
半分泣いているような表情でぬえに襲い掛かる。

「……やっぱりな、そう来ると思ったぞ! けけけ、小回りなら俺の方が利く!!
 今回は負けてもいいや! 但し、幽香、お前は徹底的にからかってやるぞ!
 と・く・べ・つに!! このぬえ様が直々に遊んでやるからな!!!」

幽香の怒声とぬえの笑い声が吹き抜ける。一気に攻守を交代して続きが始まった。
しかし、ぬえには槍がない。もう二度と攻勢に出ることは出来ない。それでも馬鹿にした笑みが消えることは無かった。
息つく暇もない幽香の連続攻撃を縦横無尽によけ続ける。
槍を手放した分だけ身軽になり、幽香の欠点を知ることで心が軽くなった。
一方で幽香は心が重い、気恥ずかしさと屈辱と怒りで一杯になっている。
恥ずかしさの分だけ精度がゆがみ、屈辱のあまり思考が停止し、怒りの分だけ動作が堅くなった。
余裕で見切れる。突進のスピードは流石だが突っ込みすぎて転進できない。連続しての突進ができないのだ。
飛び出すタイミングが表情から読み取れる。姿勢から突進の方向が見える。
ぬえは「イヒヒヒヒヒ」といった表情を作って表情でおちょくってみる。
そのたびに読みやすさが増していく。もう捕まる事はない。
鬼ごっこは自分の番だったが、もういい、このまま、からかい続ける。
何も知らない人がはたから見ればこれこそ鬼ごっこである。
幽香にしてみれば、鬼ごっこのつもりなんて無かったが……ぬえはそのつもりだ。
戦闘で無理に勝とうとするから勝てないのである。
だけど、鬼ごっこなら……勝利宣言ともとれるぬえの笑い声が響き渡った。

30分たって橙とメディスンが戻ってくると、あたり一面の焼け野原の中に汗だくながら無傷のぬえと息切れして倒れている幽香の姿があった。

「ぬえさん、勝ったんですか?」
「ん、まあな。楽勝って奴だ。
 戦闘なら互角……いや、俺が負けてたよ、認める。こいつは滅茶苦茶強かった。勝てないよ、断言する。
 でもな、遊びで……鬼ごっこで俺に勝てるわけね~だろ!!! こいつ素人だぜ!!? ぶっひゃははははは!!!」

幽香が顔を覆って泣いている。こんな幽香ははじめて見た。

第3戦終了 橙…4P、メディスン…4P、ぬえ…4P、幽香…2P

「あ~疲れた。さすがにこれは捕まるかもな、でもま、かまわねぇさ。俺は今日思いっきり遊んだ」

そんなことを言って幽香に時計を渡す。
すっごい形相、というか鬼ごっこでは収まらない表情をしている。

「5分だっけ?」
「そうだよ。じゃあな~」

そんなこと言って、ぬえが飛び去る。
離れてみていた橙とメディスンにまで歯軋りが聞こえる。
噴火寸前だ。
そそくさと、二人して紅魔館の方角に向かった。

……

「ふ~ん、ここが紅魔館ねぇ? 文字通り紅いのね」
「良ければ、中を……と言っても館の中はダメだけど……庭なら案内しようか?」
「あっ、ダメです。美鈴さん、門の中に入ったら失格になっちゃうんで」

二人は紅魔館の前に到着した。二人してこそこそと隠れようとしたら、門番の紅美鈴に見つかったのである。
進入しようとしていると思われたらしい。美鈴が呼び止めて、橙が事情を説明した。
美鈴は館に進入しないのならと言う条件付で、庭ぐらい案内しようと思ったのだが意外にルールが厳しいらしい。
それにしても「面白いことをしている」と思った。自分もたまの休日、咲夜さんと一緒にやってみようか?
……あ~、だいぶ厳しいな。目に映れば咲夜さんは時間を止めて一発で捕まえてくる……ゲームにならないな、ちょっと残念……

「そういえば、何でこっちに来たんです? 人里のほうが隠れる場所は一杯ありますよ?」
「幽香がぶち切れる寸前だったんだよ」
「……え? 何です? もう一回言ってください」
「幽香さん、さっきぬえさんにコテンパンにやられて……虫の居所が悪いって言うか……」
「ゲッ!!? まさかそのまま来たりしませんよね!?」
「ん~、どっちが先かわからないな……怒りで振り切れてるなら速攻でぬえをしとめに行くはず……なんだけど
 先にこっちをしとめてから、残り時間で嬲りに行く気もするし……どっちかな?」
「ちょっと待ってください。私が気で探ります。……ん? スタート地点から動いていない?」
「うそっ、流石に5分は経ってるよ?」

……

幽香は石に腰をかけ、俯いて両手で顔を覆っていた。
感情の整理がついていない、多少時間を犠牲にしても落ち着いてから行動しないと……暴れる自分の姿が容易に想像できる。
15分、15分だけ使ってクールダウンする。
……くそっ、ぬえめ!!! コケにしてくれた礼は必ずするぞ……
顔に出ていた感情が腹の底にたまっていく。心が分かる者がみていたら「どこがクールダウンだろうか?」と疑問に思うはずである。

15分経って、ようやく立ち上がる。表情は普段どおり、しかし奥底では違う。
要するに時限爆弾に布一枚かけてごまかしているだけだ。布の形と大きさで中身がばれる。
オマケに時計の秒針が振り子時計の振り子みたく聞こえているレベルだ。
正常な人間なら絶対に近づかない。
最初のターゲットは決まっている。

まずは……ぬえだ!!!

口が耳まで裂けて笑み作る。15分かけて作った化けの皮がコンマ2秒と持たずに崩壊したが本人は気付いていない。
時限爆弾にかぶせてあった布は透明でガソリンがかかっているようだ。
第3戦でつけてやった季節はずれの花の香りをたどる。
こいつは……人をコケにしないと生きていけないようだ。
香りはスタート地点の上空、ぽっかり浮かんだ白い雲、一つだけ風に流されない極度に不自然な雲から流れて来る。
……単純に上に飛び上がって雲に化けたな!!!
はやる気持ちが抑えきれない。
大砲をいきなりお見舞いする? 
それともボディブローがいいか?
いや、羽交い絞めにして、苦痛にゆがむ顔を至近距離から観察する? 
……時間が経つのを忘れそうで怖い。

「お? なんだ。気がついたのか」

いきなり、雲が消えてぬえが現れた。
「ぐひひひひ」と笑うぬえは悪戯っ子そのものだ。
しかし、ぬえは逃げるそぶりも無く手を伸ばしてくる。

「ほいよ、さっきは悪かったな」
「……何これ?」
「何って、捕まってやるのさ。言ったろ? 今日は負けてもかまわないってさ。
 疲れたし、正直逃げ回るのもめんどくさい。隠れているのを見つかった時点で俺の負けってことさ」

すっごい歯軋りが聞こえる。握った拳から骨がきしむ音が聞こえる。

「あっ、暴力は無しで、約束したろ? 第3戦のみってさ。
 それにルール上、一発でも殴ったらアウト、優勝者は俺と、橙、メディスンだな。
 お前は最下位だ」

目が血走っている。しかし、言っていることも分かるここでぬえを攻撃したらルール上で敗退する。
クールダウンが足りなかったか……ルールのことをすっかり忘れていた。
でも、ぶちのめせるチャンスはこの一回だけ……離したら二度と捕まえられない可能性がある。
伸ばしてきた手を捕まえると離すことが出来ない。

「お、おい。離せよ」
「……5分考えさせてよ。あなたをこのままぶちのめしてひき肉にするか……おとなしく鬼ごっこを続けるか……」
「ひ、ひき肉?」
「嫌なら、ミンチでもいい」
「ミンチ……? 全然変わってねぇ!! 馬鹿っ、離せ!!
 ルール守れよ!!」
「それは、今後のあなた次第……もし―――」
「言わねぇよ。お前の弱点と欠点だろ!! 例え言った所で他の奴じゃ使えねぇしな!!!」

幽香の瞳が揺れずにぬえを見ている。
流石のぬえも表情を読んだ。笑みはない、本当にこいつは”泣き顔製造機(スマイルブレーカー)”だ。

「誓って、他の奴には言わない、てかそんな顔で脅すな!! 遊び(悪戯)に行けないだろうが!!!」

幽香の瞳がわずかに揺れた。
……こいつ反省もしなければ、恐怖もしてない!! しかもまた来る気だよ!!!

「……今日の所は許す」

口でえらそうなこと言って手を離したが……内面がぐちゃぐちゃにされた。
ボコボコにして、ぐうの音も出ないようにしてやろうと思っていたのに、
遊びに行くといわれて、嬉しかったのかもしれない。
結局何をしたらいいのか自分で分からなくなってしまった。
一方でぬえも胸をなでおろす。
……言わない、言わないぞ! 誓って本当に!! ……まっ、言わないだけだがな!!!
後日、正体不明の化け物に襲われた氷の妖精や夜雀なんかが追い立てられて太陽の畑に逃げて来るのだが……
泣き付かれた幽香がどうやって対処したかは(どんな風にしどろもどろになったかは)別の話である。

次はメディスンだ。
クールダウンに15分、ぬえとのやり取りに5分、三分の1の時間を使い切ってしまった。
最悪、橙が勝つのはいい。だがどうしてもメディスンだけは捕まえて2P取っておかないと最下位は自分だ。
いくらぬえを許した後でも、ポイントでぬえに負けたら洒落にならない。
それにメディスンはすずらんの香りの塊である。いくらなんでも追跡できないことはない。
そう思うと、すずらんの香りが流れてくる紅魔館に向けて飛び去る。

……

「動き出した!! 凄い速さ!! もうじきここに来る!!」
「じゃあ、メディスン。話したとおりでいいよね?」
「うん、多分大丈夫でしょ。美鈴さん、協力ありがとね!」

メディスンと橙は服を交換している。そのままではバレバレだが……二人そろって無名の丘に向かって移動を開始した。
途中で橙がメディスンの姿に化ける。匂いと姿、そして親しく話が出来たおかげで、口調も態度も学習した。
メディスンと思わせておいて橙なら捕まえたことにならない……。
一方でメディスンはすずらんの中に身を隠すつもりだ。さすがに染み付いた香りは取れないが……香りだけならごまかせる。
そして、もし仮に、橙がメディスンの姿で捕まってしまえばこちらの物……橙を探すつもりでは二度と見つからない。
二人の作戦はこんな所だ。
二人が草むらに姿を消して1分と立たないうちに幽香が高速で迫ってくる。
幽香は美鈴を見つけて話しかける。

「……美鈴さん、いまここに、メディスンって言う小生意気な子が来ていなかった?
 そうね、背はチルノよりも大きいぐらいで……すずらんの香りがする子なんだけど」
「え? メディスン? そうですねー、あのー、あ~―――」
「言えッ!!! 時間を稼ぐって事は来てたのねッ!!!
 どっちに向かっていった!!?」

幽香の迫力に気圧された美鈴が無名の丘の方向を指差す。
……お、大人気ない。二人ともかわいそうに……
指差す方向にはまばらに木が生えている。背の高い草も生えている。香りをたどる以上歩いていくわけだが……厄介だ。
メディスンに時間がかかりすぎる……橙は捕まらないかもしれない。

……

「じゃ、私はこの辺で隠れるね?」
「出来うる限りがんばってね?」
そんな会話を交わして、橙とメディスンが分かれる。
メディスンは橙の服をきたまま先に進んでいく。
橙は深呼吸してむせた。流石にすごい量のすずらんの毒がしみこんでいる。

「あ~この服、あんまり着ていられないな」

しかしそんなことも言っていられない。じきに幽香が来る。
荒々しい妖気がこちらに結構な速さで近づいてくる。
何度か服を叩く。そして、わざと香りが漂うように方向転換する。
いわゆるミスリードだ。これならメディスン本体の香りよりも強い香りで幽香を誘うことが出来る。
そのまま、橙の脚力で振り回す。メディスンを追いかけるつもりで橙を相手にするととんでもないことになる。
スピードだけなら幽香がほめている領域だ。単に追いつくにもかなりの時間がかかる。
それを背の高い草を掻き分けて探し回るなんてやっていたらどんなにかかるだろうか?
橙は良く見える目で幽香を目視しながら距離をとり続ける。これが作戦だ。
ようやく、幽香が橙が曲がった所まできた。がさがさとわざと音を立てて移動する。
幽香が音のする方向、香りが漂って来る方向に向きを変えた。

「ふっふっふー、勝負開始です。幽香さん、ラストバトルですよ?」

聞こえないように声に出すと、自慢の脚力で距離をとり始めた。

……

無名の丘にメディスンが到着する。
すずらんの季節は終わってしまったが青々とした草原が迎えてくれた。
仰向けに寝転んでみる。
橙と取引したが、橙が負けることも考えておかないといけない。
橙が負けたら、間違いなく、無名の丘にいる事がばれる。
他に香りをごまかせることができるところがないからだ。
幽香がきたら……だめだ、手立てがない。
この丘を隠れながら動き回って時間を稼ぐだけだ。
もし、残り時間が5分ぐらいだったら可能性がある。
だけど流石に10分だったら……無理だ。
他力本願で情けないが、橙にがんばってもらうしかない。

……

……おかしい。
幽香がメディスンを追い始めてから10分は経つ、全然、全く追いつける気配がない。
大体、音の移動がメディスンよりも速い気がする。
しかし、すずらんの香りはする。
背の高い草で姿が確認できないが、まさか……メディスンの服を持って橙が走り回っている?
時計にて時間を確認する。
追跡を開始してから……15分が経過していた。
馬鹿者が!!! 毒の塊のメディスンの服をもったまま全力疾走なんてしたら毒を吸い込みすぎる。
体の小さい橙では許容量を超えてしまう可能性があった。
……まずい!! 早く捕まえないと!!!
メディスンを相手にする速さから、橙を相手にする速さに変える。
音の先を狙って突進する。
メディスンが息切れとともに疲れた表情で幽香を見上げる。
幽香がため息をついた。
……気にしすぎたか……
そして、幽香は本日最大の大失敗を犯した。メディスンの服の上から橙の腕をつかんで
メディスンを捕まえたことにしたのである。
そのまま、幽香は人里に向かって飛んでいった。今までで一番、橙が隠れている確率が高いのが人里だった。
メディスンに化けた橙はおとなしくスタート地点に戻っていく。
おなかが痛いのを我慢しながら……。

……

ぬえがスタート地点でおとなしくしていると人里から幽香が戻ってきた。

「うふふふふ、もう無理だな、橙はつかまねぇぞ。後5分ぐらいだろ?」
「ちっ、そうだけどね……、あんたも負けよ、勝者は橙ちゃんか……
 ? メディスンは?」
「メディスン? 来てねぇよ? 何だ? 捕まえたのか?
 なんだよー、同点か。ま、しかたねぇな。今日はもういい」
「あの子は全く……。ぬえさん、あなたにお願いしたくも無いんだけど……
 メディスンをつれてきてくれる?」
「したくないんなら頼むな!! ちぇ~折角休めると思ったのに」

そう、ぶつくさ文句をたれながら、ふらふらと幽香の指示に従う。
これ以上怒らせるのだけはまずいことだけは分かっている。
ぬえが消えるのを待ってから、残り時間の確認と隠れている場所の候補を考える。
勝負は絶望的と言っても、あきらめる気は毛頭ない。最後の突撃箇所を選定している。
ぬえが叫びながら戻ってきた。橙を背負っている。

「おいっっ!!! やべぇぞ!! ちょっと先のところで倒れてやがった!!
 吐きまくった後があったぞ!!!」
「!!! このッ……大馬鹿物がっ!!! メディスンの服を着ていたのか!!!
 化け学も大概に……、いいや、そんなことより服を脱がせ!!! 早く!!!」

ぬえがあせってもたもたしているそばから橙をひったくると、力任せに服を破り捨てる。
命がかかっているのに配慮なんぞ考慮の外であった。
ぬえが正体不明の種を出して下着姿の橙の体を隠す。その間に幽香は次の行動を開始している、妖力を使ってメディスンの索敵を行う。
メディスンに毒を抜かせるためだ。メディスンは……無名の丘か!! 
幽香が全力でとんだ。幼い橙が吐いて倒れて青い顔をしている。全力を出さない馬鹿がどこにいるのか。手抜きは命に対する冒涜だ。
すさまじい速度でメディスンの元に向かう。

大の字になって転がっているメディスンの視界に幽香が映る。
凄い顔をしている。目が据わって動かない。ロックオンされている。逃げても無駄だ
そんな思考も終わらぬうちに凄い勢いで腕をつかまれた。
文句を言う暇も、質問も、抵抗も許さない。即座に向きを変えるとすさまじい勢いで加速した。
あっという間にスタート地点に連れて行かれる。
呼吸すら難しい速度の中、橙の顔が見えた。信じられないほど青い顔をしている。
「毒を抜けッ!!!」幽香の頭ごなしの命令にすんなり言うことを聴いた。
口答えする前に行動する。幽香に徹底的に仕込まれた。何よりも倒れている橙が心配だった。
メディスンが口にする呪文とともに毒が抜けていく。
ようやく、橙が目を開けた。

「あ……う…」
「しゃべるな!!! 動こうとするな!!!」
「う……」
「いいから寝てろって、医者の所に行こうぜ。
 ちょっと前に行ったから、位置は分かる」
「早く!!! 案内しろ!!!」

ぬえすら、頭ごなしの命令に従っている。
「はいはい、分かってますよ」と態度で示し、橙を背負ってぬえが全速で飛び始めた。
ぬえも幽香と同じ考えだ。自分を遊びに誘ってくれて、尊敬の目で慕ってくれる橙のような友人に手を抜くことはしない。
いつもなら、笑って手を抜いているのに、今回は寄り道もせず、速度も落とさずに永遠亭に向かっていく。
永遠亭は普通に接近したらもれなく迷子になるのだが、ぬえは迷うことなくたどり着いた。
驚異的な速さだった。加えてぬえは勝手知りたる我が家のように診察室に直行する。
止めようとした鈴仙は幽香を見てしり込みした。
永琳がいきなりの侵入者に驚いていると橙を診察しろと脅された。
永琳は言われるままに橙を診察すると脱水と判断した。点滴と栄養剤を準備する。
解毒は必要ない。毒はとっくにメディスンが抜いた。
橙を病室で寝かし点滴を打つ。幽香がメディスンの毒の成分の解析を依頼した。

「一応念のためよ。これがメディスンの服の一部、分析して頂戴」
「ええ、助かるわ。毒の成分で見落としがあるといけないから」
「……ちゃんと抜いたんだから……」
「そうね、大丈夫よ。ちゃんと抜けてるわ。私は確認するだけよ」
「……あの、……橙は助かる?……もしも、し、死んだりしないよね?」
「任せなさい。すぐに元気にして見せるから。
 メディスン……いえ、言うのはやめましょう。ちょっとうらやましいわ。
 ……うちの鈴仙もメディスンと同じぐらい失敗を反省してくれればなぁ~」

病室の外で話を終えた永琳が診察室へ戻っていく。
メディスンに対する幽香の目が厳しい、罪悪感も手伝って謝ろうとする。

「おっと、待てよ。相手が違うぜ? 橙はあっちだぞ」

ぬえが笑いながら病室を指差す。
メディスンが何か言いたげだったが、口を閉じて病室に入っていった。

「……」
「おい、にらむなよ。今回は俺らの完敗だぞ?
 メディスンだけが悪いわけじゃない。
 メディスンは自分の服の毒がそんなに強いと思っていなかったし、
 橙も大丈夫だと思って無理したんだろ?
 そして、お前は橙に上手くごまかされて見抜けなかったんだからな」
「そうね……」
「お前も落ち込むなよ。手際と行動力は流石だったぞ?
 どこが”危険物”かわかんなくなるよな」
「……命に対して真剣なだけよ。それこそ生死は問わずに……ね。
 今回、たまたま、生かす方向だっただけ。
 排除の方向だったら……どうなるかぐらいはわかるわよね?」
「血の海……じゃねぇなお前の場合は……文字通り、髪の毛一本、痕跡一つ残さず消滅か」
「……”馬鹿”の癖に頭いいじゃない……」
「そりゃあんなにやられたらな」

二人の会話が切れると病室から漏れる声がある。
メディスンの声がぼそぼそと聞こえた。謝ろうとしている。

……

橙が薄目を開けた。
メディスンは謝ろうとして口を開くのだが思う言葉が出てこない。

「…あ、あの……あ、う」

橙はこっちを見ている。
初めて視線が……単純な視線が怖いと思った。
拒絶されたらそれこそ立っていられない。
大嫌いなんていわれたら……私はどうしたらいい?
初めて親しくなれた同世代の友人……でも、友人になれていたのか?
自分だけ、親しくなったつもりだったのかもしれない。
……怖い、のどがからからになる。声なんて出ない。
橙が不意に後ろを向く。

「う、……うあ」

ダメだ。嫌われた。メディスンの顔を涙がつたう。
本当は好きに、大好きになって欲しかった。一緒にもっと遊びたかった。……哀しい。
もう一度こっちを向いて橙が口を開く。メディスンは「嫌いだ」と言われる覚悟を決めた。

「……ここどこ?」

メディスンの哀しみが音を立てて崩壊する。

……

「お、起きたみたいだな」
「……良かった……」
「おいおい、あの医者が脱水だけって言ってたんだから大丈夫だよ」

幽香と目が合う。心労で疲れがたまっているようだ。
橙が起きたのに、心配事が消えていない様子だ。

「二人が気になるのか?」
「ええ……少しね」
「大丈夫だよ。気にしないことだな。メディスンは反省してる。橙はいい奴さ。許してくれるよ」
「随分、知った口をきくじゃない……」
「おい、俺を誰だと思っている? ぬえ様だぞ?
 成功の裏には数限りない失敗があったんだ。
 お前に一つ教えてやるがな……こんなのは失敗の内に入らねぇよ。
 あの二人はいい仲さ、こじれることはねぇよ。
 だから絶対、お前は手を出すなよ? 遊ばせないなんて馬鹿な考えをしてるなら捨てろ。今すぐだ」
「もうちょっと、こんなことにならずにさ……上手くいくと思ったのよ……。
 メディスンにも少しは楽しいことをさ。知って欲しかったんだけど……。
 くっく、笑っちゃうわ。この私が……どうしたらいいのかわからない」
「どうもする必要はねぇさ。二人は仲良しだよ、ほっとけ」
「仲良し? 些細なきっかけ一つで崩れる関係なんていくらでもあるのに」
「それはその程度の仲って事さ。
 橙は元気だ心配いらない。メディスンとの仲も壊れない。気にするのはおしまいだ。
 じゃ、これで俺は失礼するぞ。いい人ぶるのは性にあわねぇ。
 また今度な」

そんなこと言ってあっという間に消え去る。独特の笑い声「あーはっはっはっはっはっは」と残して。
……全く、笑い声ぐらい統一できないのか……いや、できないんだろうな……
ぬえは正体不明を貫く、特徴なんて持っていられないのだろう。
ぬえの言葉を思い返してみる。
確かに自分の失態だろう……メディスンに当たるのはお門違いだ。
鬼ごっこの勝負を焦って、確認を怠った。気付けるタイミング自体は結構あったはずだ。
追いつけない速度に、腕の感触、追いついたときの疲れた顔もだ。毒で青くなっていたのだ。
失態は数えればきりがない。初めて遊びに熱くなったこと……泣いて笑ったのはメディスンじゃない、私のほうだ。
夢中になりすぎた……自分は平静を保てるとどこかで思っていたのだ。

……

「聞こえてる? メディスン? ここってどこ?」
「う、え、永遠亭だよ」

橙が首をかしげる。本当に分かってないようだ。

「? 何で?」
「覚えてないの?」
「ん~、吐いた所までは覚えてる。その後は……どうなったの?」
「よく分からないけど、私が幽香につれてこられたときは、倒れてた。
 その後、私が毒を抜いて……すぐにぬえが永遠亭につれてきてくれたのよ」
「そっか……メディスン……あの……幽香さん……怒ってた?」
「……ぶちギレてた」

橙の顔が青くなった。
ヤバい、ゲームを途中でこんな風にぶち壊したら、幽香がぶちギレしてもおかしくはない。

「あ、あの……一緒に謝ってもらえないかな……一人じゃ怖い……」
「多分……私が一緒のほうが怒ると思う……」
「どうゆうこと?」
「幽香……私に怒ってるの……」

橙が「えっ!? そうなの?」という顔をしている。
橙は何も分かっていないようだ。
卑怯ではあるが、一気に今、ここで、謝らなければもう二度と「ごめんなさい」は言えない。

「橙、あの……ごめんなさい!! 私、こんなに毒が橙にダメージを与えるなんて考えもしなかった。
 本当にごめんなさい。毒は……もう使わないから……お願い、きらいにならないでぐださい……」

最後のほうは鼻声になった。
でも、橙は分からないという顔をしている。

「? 何で謝るの? 私、嫌いにならないよ?」
「だっで、ぢぇんは どくでだおれで……」
「うん、早く脱げばよかった。
 幽香さんが人里に行った後にすぐ脱げばね~。多分気持ち悪かっただけだったと思う。あはは、失敗しちゃった」
「う゛、う゛ぇぇぇん」

橙が驚いている。
メディスンが突然泣いた理由が分からない。
毒の服だったことはちょっと着て、ひとはたきしただけで分かっていた。
別にだまし討ちされたわけでもなく。自分で知ってて着ていた。
メディスンが悪いなんて欠片も思っていない。
そのことを伝えると余計に大泣きされた。
……分からない、何でだ?

……

メディスンの嗚咽が聞こえる。
そのことが余計に幽香をへこませる。そんな時、ぬえがニタニタしながら戻ってきた。

「そうそう、忘れる所だった。
 蜂蜜、貰って行くからな」
「? 何言ってるの? 今回は言うなら、橙とメディスンの勝ちでしょ?」
「お前こそ何言ってんだ。ちゃんと計算しろ、お前、時間内に全員捕まえただろ? お前は索敵を使って-1Pだがな」
「……あ゛!!! そうか!!! 同点一位か!!!」
「そうだ、最下位も最終勝者もわからねぇ。まさしく敗者も勝者も正体不明だ。
 だ・か・ら、俺の勝ち~♪」

「じゃあな!!!」と言い残してぬえが消える。今度こそ本当にだ。外見相応の笑い声が響いて消えていく。
幽香がため息をつく、本当に気をそらすのが上手い奴だ。
……完敗だと言った舌の根も乾かぬ内に……へこみすぎている私を気遣ったのかは知らないが……偶然ということにしておこう。

……

橙にはメディスンが泣いている理由が分からない。泣き止むのを待つだけだ。
落ち着くのを待って話しかける。

「明日、また遊ぼうね?」
「うん……」
「何やろうか? 鬼ごっこはちょっとおいといて」
「うん……」
「かくれんぼに、玉蹴り、探検ごっこに、モノマネ……え~っとそれからそれから」
「そんなに遊びがあるの?」
「まだまだあるよ。そうだ、チルノとかミスティアをつれてくるよ。もっと人数増やしたほうが、
 いっぱい出来ることがあるから……あ、でも、毒は加減してね」
「うん……絶対使わない……」
「あ~使わないとちょっと大変かも……特にチルノが……」
「なんで?」
「凄い、悪戯好きなの。手加減しないし……丁度、ぬえさんみたいな性格って思えば大体あってる」
「あ、あんなのがもう一人いるの?」
「無鉄砲さはぬえさんより上じゃないかな? 単純さはそれこそぶっちぎりで上だけど……」
「それって、普通……馬鹿っていわない?」
「うん、でもチルノに直接言わないでね? 「決闘だ!!」って言うから」
「ぬえみたいに強いの?」
「ぬえさんのほうが全然強いよ。でも、プライドとへこたれない心はぬえさんよりも強いと思う」
「なにそれ……一体何者?」

ようやく会話が進み始めた。橙も一安心だ。
そして、二人はまだ見ぬ明日の計画を立てる。

……

気がつけば病室から二人の笑い声が聞こえる。一番の気がかりは橙がメディスンを許してくれるかだったが……いらぬ心配だった。
……というより、二人して「惜しかった」とか、「次こそは」なんて言っている……こっちの心配も知らないで……。
談笑に聞き耳を立てていると永琳が分析結果を持ってきた。オールグリーン――残っている毒素はない。
初めて心底ほっとした。
幽香はようやく笑うと永遠亭の台所と材料を借りて勝者を祝うにふさわしい蜂蜜たっぷりのホットケーキを作り始めた。

おしまい
遊びの達人 VS 悪戯の天才 VS 戦闘のプロ VS 幽香の専門家
誰の勝ちでしょうかね?
悪戯の天才を騙した遊びの達人か?
戦闘のプロを遊び倒した悪戯の天才か?
遊びの達人を毒で倒してしまった専門家か?
戦局に専門家を利用した戦闘のプロか?
ご想像にお任せします。
勝者不明のまま完全決着!!!

以下、雑記
スマイルブレーカーですが映画L○○PERのレイン×ーカーをもじったつもりだったんですけど、そんなことは無かった。
いや、普通に涙雨(悲しみ)製造機だと思ったんですよ。ちょっとひねって涙⇔笑顔、製造機⇔破壊(機)で完璧とか思っていたら
お金を雨あられと降らせるように稼ぐ人みたいな意味でした。知らないって怖い。でも、失敗はそのままで。

2014/11/30 追記
皆様、読んでいただきありがとうございます。
面白いといわれると、モチベーションがあがります。
最後、もう少しひねれればよかったんですが、限界でした。
また、ネタが出来ましたら投下します。
何てかこうか?
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
いつも面白いゲームものをお書きになりますね。
最後まで勝者がわからないドキドキと、ゲームの過程での登場人物の喜怒哀楽が毎度楽しみです。

橙ってこういう小冒険ものみたいな作品の主人公が本当によく似合うと思います。
ヤンキーな兄貴分のぬえと、案外大人気ない幽香も男気にあふれていて素敵でした。
あとはメディにもっと能動的な役割があったら目立ったかもしれません。

個人的には橙が幽香を捕まえるときの俊敏な動きと、幽香に化けてぬえをあざむいたのに、幽香自身の機転によってぬえが逃げるシーンが好きでした。
単純な力の勝負に陥らない頭脳と技の競い合いって、とても魅力的です。
2.90奇声を発する程度の能力削除
読んでて引き込まれ、とても面白かったです
4.90絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。遊んでいる光景が想像できました。
5.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです