深夜の命蓮寺。
寅丸星は、部屋で布団を被って休んでいた。
しかし、そこに現れる不穏な気配。
「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る舟幽霊、村紗水蜜。ただいま参上!」
などとよくわからないことを言いながら、その気配は星の枕元へとカサコソ這い寄ってくる。
「ふふっ、寝顔を拝見しますね」
そうして、ぺろっと星の布団がめくられた。
ばっちり目が合った。
「ひゃー!?」
「夜中なんですから大声を出さないでくださいよ水蜜」
呆れたような顔で、星は闖入者を見上げる。
「お、起きていらしたのですか」
「そりゃあ、毎度毎度夜這いにこられては、おちおち眠ってもいられません」
どきどきする胸を押さえる水蜜に、星は不機嫌そうに答えた。
「確かに、星が抗議したくなるのももっともです。しかし、夜這いは文化なのです、ロマンなのです、ライフワークなのです。だから仕方ないですよね?」
「何が仕方ないのか理解しかねますが、あなたは寝られない人の気持ちを考えたことがありますか?」
「幽霊ですから平気デース」
「……じゃあ、教えて差し上げましょう」
どこぞの覚り妖怪モドキのような仕草でごまかすようにおどける水蜜の胸倉に、がっしと虎の手が伸びる。
「ふぇっ!?」
それは一瞬のこと。水蜜は布団に引きずり込まれたかと思うと、次の瞬間には星に組み敷かれていたのだ。
「えっ、えっ、えっ?」
「うふふー、みなみつー? 日ごろの鬱憤、ここで晴らさせてもらいますからねぇ? 今夜は寝かせませんよぉ?」
「ひゃああああああ」
「ハッ、ドリームか……」
「さて、あなたはこのドリームを『村紗水蜜』のドリームだと思いましたか? それとも『寅丸星』のドリームだと思いましたか? どちらと思ったかによって、あなたの深層心理を垣間見ることが出来るのです」
などと封獣ぬえが演説しているのを、多々良小傘と秦こころは体育座りで聞いていた。
「え、えーと、やっぱり村紗さんかな……」
「私はあえて星さんだと思うぞ」
答えが割れたところで、ぬえは満を持した顔で心理テストの答えを発表した。
「『村紗水蜜』を選んだあなたは村紗タイプ。オープンスケベです。『寅丸星』を選んだあなたは星タイプ。ムッツリスケベです」
「どっちに転んでもスケベやないかーい!?」
「私たちはスケベであることを、強いられているんだ!!」
秦こころがお面というか、集中線をあしらった顔出し看板のようなものを具現化させて叫んでいる頃。
寅丸星は赤い顔をして廊下を歩いていた。
「うう、私はなんという夢を見てしまったのでしょう……」
ムッツリスケベルートだった。
「ううむ、夢とはいえ、御仏に帰依する身としては煩悩滅するべし……しかしアレを煩悩と認めてしまうということは、私があの展開を望んでいるということに……うがー! 全部水蜜が悪いんですよ水蜜が!」
複雑な顔をしながら、星はいつも自分に性的なアタックを仕掛けてくる変態舟幽霊を思って一人毒づく。
「しかし、これほどまでにアピールをされているのに、その都度すげなく反応するばかりで、応えようとしていないこともそれはそれで不徳なのでは。何考えてんだ私」
色々と頭を混乱させながら廊下を進んでいると。
「おや」
「ふぇあっ!? みみみなみちゅ!」
「み、みなみちゅ!?」
ばったりとその件の舟幽霊、村紗水蜜と出くわした。
――ムッツリスケベとオープンスケベが交差するとき、物語は始まる。
「始まりませんよ! 勝手に変な物語を始めないでくださいよ!」
「しょ、星!? 誰に突っ込んでいるのですか!? どうせ突っ込むならぜひ私に!」
「うるせー!」
星はふぅふぅと息を整える。その様子を水蜜は首を傾げて見ていた。
「今日の星はなんだかおかしいですね。落ち着きがないし、はぁはぁ言ってるし、顔も赤いし……ハッ、もしや発情期!?」
「違います!」
例によって例のごとくな勘違いに憤慨する星だったが、水蜜はにこりと菩薩のごとき笑顔を浮かべる。
「よいのですよいのです。皆までおっしゃらずとも。私、覚悟はできておりますから」
「無駄な覚悟決めないでくださいよ!」
「さあ! この体に情動の滾りをぶちまけてください!!」
「チクショー! お望みとあらば!!」
どごす! どごす! どごす!
命蓮寺に打撃音が連続で響き渡った。
星の激しい連撃の前に沈んだ水蜜が、びくんびくんと体を震わせながら横たわっている。
「あっ……ふぅ……さすが発情期、激しい……ですね……」
「まだ言うか!」
「見てください、私のココ……こぉんなにぷっくりと大きくなってしまいました……」
「たんこぶがな!!」
「いやしかし、発情期は冗談としましても、本当にどうしたんですか。いつもより荒々しいですし」
ほどなく立ち直り、くいっと首をかしげながら自分を見上げてくる水蜜の姿に、星はうっと後ずさった。
夢の中で彼女を組み敷いたときの、あの戸惑い、怯えたような表情がフラッシュバックしてしまう。
(ううっ、今更だけど、どんな顔で話をしたらいいのかわかんない!)
とても気まずいのである。
それにあの表情が美しかったと、また見たいと思ってしまっているのがもう。
「ああああああ!」
勢いのままに、ごんっと手近な柱に頭をぶつける。
「しょ、星!? 私はこっちですよ!?」
「ナチュラルに『攻撃は自分にされるもの』って認識しないでくださいよ! うわあああああん! 水蜜のばかー!」
「しょ、星ー!?」
星は半泣きでその場から逃げ出した。へたれである!
「星……」
呆然とそれを見送るしかない水蜜。そしてそこに通りすがりの一輪さんが。
「どうしたの村紗。呆けた顔しちゃって」
「……星にばかと言われてしまいました」
「まぁ、一理あるわね」
「でも、なんで星は急に柱に頭をぶつけたんでしょう。どうせなら私にぶつけてくれればいいのに」
「えっ」
「もしかして、柱に妬かせようとしたんでしょうか」
「お前は何を言っているんだ」
「うう……もうめちゃくちゃです」
とぼとぼと廊下を歩く星。
一体、自分は水蜜をどうしたいというのか。
憎からず思っているのは確かだ。あの変態っぷりにもそれなりに付き合う覚悟は決めた。
しかしどうして今更になって、こうも動揺しているのか。
「あんな夢さえ見なければ」
自分から水蜜を押し倒す事案など、現実ではきっと発生しなかっただろう。
夢は自由だ。予想もしなかった超展開が何の違和感もなく巻き起こる。
予想だにしなかった可能性を、垣間見てしまう。
……そもそも、どうしてあのことを、そんなに後ろ暗く思ってしまうのだろう。
彼女を大事にしたい? いや、きっとそれは違うと星は思う。
それで後ろ暗く思うくらいなら毎度毎度殴ってツッコミなんて入れてないし。そもそも水蜜もそれを悦んでいるフシがある。
(とすると、やはり)
自分が積極的に煩悩を抱いたという事実が、自分の中で受け入れられないのか。
「……自分の問題ですね。これは。水蜜は悪くない」
まったく悪くないか、と言われると断言は出来ないが、そこまで彼女の責任を追及するほど星も意地悪くはない。そもそも、変態であってこその水蜜だと、いつぞやにそう受け入れたはずだ。
「おや、星さん」
うんうん悩みながら歩く星にかけられる声。慌てて星は顔を上げた。
「聖……」
命蓮寺の住職、聖白蓮だった。
「どうしたのですか? 五日間くらいお通じがないような顔をして」
「もうちょっとマシな例えはなかったんですかね」
「大丈夫ですよ星さん、私は七日目ですから」
「何一つ大丈夫じゃないですよ聖。薬飲んでください」
「大丈夫です。いざとなったら魔法で胃腸を強化して出します」
「ひどい魔法の使い方を見た」
「ともあれ」
仕切りなおして、白蓮の私室。
結局星は、白蓮に相談してみることにした。たとえ便秘七日目でも、白蓮は白蓮なのだ。
「毘沙門天の下で修行してまいりましたが、どうにも煩悩が抜けきらぬようで、このまま代理として本尊を勤めてよいのかと悩んでおります。修行をやり直したほうがいいのやもと」
星の告白を聞いて、白蓮はふむ、と唸る。
「水蜜のことですね?」
「うひゃいっ」
ストレートに言われて、変な声が出た。
「ついに誘惑に屈して欲情したんですか」
「なんでそんな下世話な言い方するんですか! 間違ってはないですけど! 三割くらいは!」
わたわたする星に、白蓮はくすくすと笑む。
「何を笑ってるんですか聖! そもそも聖が水蜜にビシッと言わないからあんな手遅れになったんじゃないですか!」
「あらあら、でもあの子は私の前ではとっても真面目ですよ?」
「それはそうでしょうけれども」
水蜜は常日頃から変態じみているわけではない。
ああいう言動をするようになるのは、星の前だけだ。
「私は別にいいと思っています。あの子も、あなたもね」
「聖……」
超許すの精神でもって、白蓮は微笑んだ。
「仏教とは煩悩を完全に否定するものではありません。たとえば愛染明王の教えなどには、煩悩があるからこそ悟りを求める心が生まれる、というものもありますし」
「呼びましたか?」
さとりが現れた。
「呼んでません」
「そうですか、失礼」
さとりは帰った。
「つまり、煩悩を抱くことは仕方のないこと。問題はそれをどう律していくかということですよ」
「何事もなかったかのように! ……しかし、水蜜のアレは律していると言えるのですか」
一連の流れるようなさとりに驚嘆を覚えながらも、星は白蓮の言葉に疑問を呈する。
「律することは出来ていないでしょうね。しかし、野放図と言うよりも、むしろ頑張って背伸びをしているように私は思えますが」
「……」
「まぁ、なんにせよ。私としてはこの程度なら問題ないという認識です。愛を知らずして何が仏の道ぞ、というわけで、がんばってくださいネ」
「は、はぁ……」
星はすこし釈然としない表情ながらも、一礼してその場を辞した。
彼女を見送った白蓮は、しばらくしてその名を呼ぶ。
「さとりさん」
「呼びましたか」
さとりが現れた。
「私の中にも、煩悩は見えますか?」
「割と渦巻いてます」
「そうですか」
その答えを聞くと、白蓮はすっくと立ち上がり、そうしてさとりの前に立つ。
その次の瞬間には、さとりの前に跪き、彼女の手をとっていた。
「あなたが、欲しい」
全世界が、停止したかと思われた。
その言葉と共に、まっすぐにさとりを見つめる白蓮の真剣な眼光にさらされ、さとりは困ったように目を伏せる。
そうして、小さな声で告げた。
「……心の中で『白蓮ちゃん渾身のギャグ! 僧侶はさとりを求めるもの!』とか言いながらドヤ顔しないでください」
星は苦笑しながら、また廊下を歩いていた。「こいついつも廊下歩いてんな」という幻聴が耳朶を打つが、無視する。
「聖に受け入れられる……予想外と言いますか、予想の範疇と言いますか」
どこかで、他人に律して欲しかった自分がいる。
しかし、律するどころか、それは別に悪いことじゃないと言われてしまった。
いよいよ、逃げ場がなくなってしまったじゃないか。
「……そう、逃げ場ですね」
水蜜が求めて、自分が突っ込みを入れる。
そんな日常を、自分から崩したくなかった。きっとそうなのだろう。
好意を向けられっぱなしなことに甘えて、自分から好意を示すことを憚っていては、きっといけない。
そう、愛を知らずして何が仏の道ぞ。
「あっ、星!」
「水蜜……」
水蜜のことを考えていると、水蜜がやってきた。
まだちょっと、夢を意識してしまうけれど。
「星! 私、柱なんかに負けませんからね!」
「はい?」
相手が妬かせようとしている戦術(と思い込んだもの)に全力で乗る戦術を選んだ女、村紗水蜜。
「私、がんばります! 柱とまではいかないですけど、登り棒の棒くらいに手ごろな女を目指します!」
「どういうことです!?」
「あっ、やっぱり机のカドとかの方が手ごろですかね!」
「どんどんわけがわからなくなってますよ!!」
深夜の命蓮寺。
寅丸星は、部屋で布団を被って休んでいた。
しかし、そこに現れる不穏な気配。
「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る舟幽霊、村紗水蜜。ただいま参上!」
などとよくわからないことを言いながら、その気配は星の枕元へとカサコソ這い寄ってくる。
「ふふっ、寝顔を拝見しますね」
そうして、ぺろっと星の布団がめくられた。
ばっちり目が合った。
「ひゃー!?」
「……やっぱり来ましたね、水蜜」
呆れたような顔で、星は闖入者を見上げる。
「お、起きていらしたのですか……って、え?」
「がおー!!」
水蜜が混乱しているうちに、星は一気に水蜜をがばっと抱きしめ、そのまま布団に引きずり込んだ。
「えっ、えっ、えっ?」
そして、がっしりと水蜜を布団の中で組み敷く。
「ああ……やっぱりかわいいですね、その顔……」
「しょ、しょう……?」
混乱し、怯えたような表情を見せる水蜜に、星はうっとりと見惚れてぺろりと口の端を舐めあげる。
「うふふ、いただきます」
「んんっ!?」
ちゅうっと、水蜜の唇に自分のそれを重ねる。
別に水蜜と口付けを交わすのは初めてというわけでもない……のだが、前回はほぼ不意打ちだったし、このようにじっくりするのは初めてだ。
だからなのか、自分からしたからなのか、憎からず想う相手であるからなのか、今回はなんだか甘酸っぱいような感覚がした。
「ぷはっ! ど、どうしたんですか、星……ほんとーに、おかしーですよ……?」
水蜜も戸惑いながらも、ぽうっと熱に浮かされたような顔で星を見上げる。
その顔も、またたまらなくかわいいなと星は思った。
「やっぱり、発情期、なんですか……?」
「ふふ、そうですね。発情期なのかもしれません。……今夜の私はどうかしています」
「でも、うれしいですよ、星。もっともっと、どうにかなっちゃいましょう」
そうして水蜜はふにゃっと笑う。
でも、体は少し震えている。
――むしろ頑張って背伸びをしているように、私は思えますが
白蓮の言葉が思い出される。
いつもはあんなに変態な言動を取っていても、やっぱりこういう状況になってしまっては、怖いんだな。
そう思うといよいよ愛らしくなって、星は強く水蜜を抱きしめる。
「水蜜……」
「星……」
命蓮寺の熱い夜は、まだ始まったばかりだ。
「ハッ、ドリームか……」
「おやおや、ずいぶんとかわいい寝顔をしているじゃないか」
「どうしたんだ? ナズー」
日課のトレジャーハントの帰りに命蓮寺に立ち寄った魔理沙とナズーリン。
ナズーリンが何かを見つけてにやにやと笑っているさまに、魔理沙も何事かと近くに寄ってくる。
「ああ魔理沙。魔理沙も見てみなよ。見て損にはならないことは保障するよ」
「うん?」
魔理沙もナズーリンの指し示す方を見て、にやにやとした笑いが湧き起こる。
「ほうほう、確かにここじゃレアな光景かも知れんな。肩を寄せ合って居眠りタイムなんてのはな」
「『夢の中で、人は想い人の所へ逢いにいく』なーんて……言われたりもするけれど。さてはて、どんな夢を見てるのだろうな。楽しい夢かな?」
しばし考えて、魔理沙はにかっと笑った。
「きっと、『おたのしみ』な夢だな。ほら、顔が赤くなってるぜ」
『みなみつ!~ドリーム編~』――fin
寅丸星は、部屋で布団を被って休んでいた。
しかし、そこに現れる不穏な気配。
「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る舟幽霊、村紗水蜜。ただいま参上!」
などとよくわからないことを言いながら、その気配は星の枕元へとカサコソ這い寄ってくる。
「ふふっ、寝顔を拝見しますね」
そうして、ぺろっと星の布団がめくられた。
ばっちり目が合った。
「ひゃー!?」
「夜中なんですから大声を出さないでくださいよ水蜜」
呆れたような顔で、星は闖入者を見上げる。
「お、起きていらしたのですか」
「そりゃあ、毎度毎度夜這いにこられては、おちおち眠ってもいられません」
どきどきする胸を押さえる水蜜に、星は不機嫌そうに答えた。
「確かに、星が抗議したくなるのももっともです。しかし、夜這いは文化なのです、ロマンなのです、ライフワークなのです。だから仕方ないですよね?」
「何が仕方ないのか理解しかねますが、あなたは寝られない人の気持ちを考えたことがありますか?」
「幽霊ですから平気デース」
「……じゃあ、教えて差し上げましょう」
どこぞの覚り妖怪モドキのような仕草でごまかすようにおどける水蜜の胸倉に、がっしと虎の手が伸びる。
「ふぇっ!?」
それは一瞬のこと。水蜜は布団に引きずり込まれたかと思うと、次の瞬間には星に組み敷かれていたのだ。
「えっ、えっ、えっ?」
「うふふー、みなみつー? 日ごろの鬱憤、ここで晴らさせてもらいますからねぇ? 今夜は寝かせませんよぉ?」
「ひゃああああああ」
「ハッ、ドリームか……」
『みなみつ!』
~ドリーム編~
~ドリーム編~
「さて、あなたはこのドリームを『村紗水蜜』のドリームだと思いましたか? それとも『寅丸星』のドリームだと思いましたか? どちらと思ったかによって、あなたの深層心理を垣間見ることが出来るのです」
などと封獣ぬえが演説しているのを、多々良小傘と秦こころは体育座りで聞いていた。
「え、えーと、やっぱり村紗さんかな……」
「私はあえて星さんだと思うぞ」
答えが割れたところで、ぬえは満を持した顔で心理テストの答えを発表した。
「『村紗水蜜』を選んだあなたは村紗タイプ。オープンスケベです。『寅丸星』を選んだあなたは星タイプ。ムッツリスケベです」
「どっちに転んでもスケベやないかーい!?」
「私たちはスケベであることを、強いられているんだ!!」
秦こころがお面というか、集中線をあしらった顔出し看板のようなものを具現化させて叫んでいる頃。
寅丸星は赤い顔をして廊下を歩いていた。
「うう、私はなんという夢を見てしまったのでしょう……」
ムッツリスケベルートだった。
「ううむ、夢とはいえ、御仏に帰依する身としては煩悩滅するべし……しかしアレを煩悩と認めてしまうということは、私があの展開を望んでいるということに……うがー! 全部水蜜が悪いんですよ水蜜が!」
複雑な顔をしながら、星はいつも自分に性的なアタックを仕掛けてくる変態舟幽霊を思って一人毒づく。
「しかし、これほどまでにアピールをされているのに、その都度すげなく反応するばかりで、応えようとしていないこともそれはそれで不徳なのでは。何考えてんだ私」
色々と頭を混乱させながら廊下を進んでいると。
「おや」
「ふぇあっ!? みみみなみちゅ!」
「み、みなみちゅ!?」
ばったりとその件の舟幽霊、村紗水蜜と出くわした。
――ムッツリスケベとオープンスケベが交差するとき、物語は始まる。
「始まりませんよ! 勝手に変な物語を始めないでくださいよ!」
「しょ、星!? 誰に突っ込んでいるのですか!? どうせ突っ込むならぜひ私に!」
「うるせー!」
星はふぅふぅと息を整える。その様子を水蜜は首を傾げて見ていた。
「今日の星はなんだかおかしいですね。落ち着きがないし、はぁはぁ言ってるし、顔も赤いし……ハッ、もしや発情期!?」
「違います!」
例によって例のごとくな勘違いに憤慨する星だったが、水蜜はにこりと菩薩のごとき笑顔を浮かべる。
「よいのですよいのです。皆までおっしゃらずとも。私、覚悟はできておりますから」
「無駄な覚悟決めないでくださいよ!」
「さあ! この体に情動の滾りをぶちまけてください!!」
「チクショー! お望みとあらば!!」
どごす! どごす! どごす!
命蓮寺に打撃音が連続で響き渡った。
星の激しい連撃の前に沈んだ水蜜が、びくんびくんと体を震わせながら横たわっている。
「あっ……ふぅ……さすが発情期、激しい……ですね……」
「まだ言うか!」
「見てください、私のココ……こぉんなにぷっくりと大きくなってしまいました……」
「たんこぶがな!!」
「いやしかし、発情期は冗談としましても、本当にどうしたんですか。いつもより荒々しいですし」
ほどなく立ち直り、くいっと首をかしげながら自分を見上げてくる水蜜の姿に、星はうっと後ずさった。
夢の中で彼女を組み敷いたときの、あの戸惑い、怯えたような表情がフラッシュバックしてしまう。
(ううっ、今更だけど、どんな顔で話をしたらいいのかわかんない!)
とても気まずいのである。
それにあの表情が美しかったと、また見たいと思ってしまっているのがもう。
「ああああああ!」
勢いのままに、ごんっと手近な柱に頭をぶつける。
「しょ、星!? 私はこっちですよ!?」
「ナチュラルに『攻撃は自分にされるもの』って認識しないでくださいよ! うわあああああん! 水蜜のばかー!」
「しょ、星ー!?」
星は半泣きでその場から逃げ出した。へたれである!
「星……」
呆然とそれを見送るしかない水蜜。そしてそこに通りすがりの一輪さんが。
「どうしたの村紗。呆けた顔しちゃって」
「……星にばかと言われてしまいました」
「まぁ、一理あるわね」
「でも、なんで星は急に柱に頭をぶつけたんでしょう。どうせなら私にぶつけてくれればいいのに」
「えっ」
「もしかして、柱に妬かせようとしたんでしょうか」
「お前は何を言っているんだ」
「うう……もうめちゃくちゃです」
とぼとぼと廊下を歩く星。
一体、自分は水蜜をどうしたいというのか。
憎からず思っているのは確かだ。あの変態っぷりにもそれなりに付き合う覚悟は決めた。
しかしどうして今更になって、こうも動揺しているのか。
「あんな夢さえ見なければ」
自分から水蜜を押し倒す事案など、現実ではきっと発生しなかっただろう。
夢は自由だ。予想もしなかった超展開が何の違和感もなく巻き起こる。
予想だにしなかった可能性を、垣間見てしまう。
……そもそも、どうしてあのことを、そんなに後ろ暗く思ってしまうのだろう。
彼女を大事にしたい? いや、きっとそれは違うと星は思う。
それで後ろ暗く思うくらいなら毎度毎度殴ってツッコミなんて入れてないし。そもそも水蜜もそれを悦んでいるフシがある。
(とすると、やはり)
自分が積極的に煩悩を抱いたという事実が、自分の中で受け入れられないのか。
「……自分の問題ですね。これは。水蜜は悪くない」
まったく悪くないか、と言われると断言は出来ないが、そこまで彼女の責任を追及するほど星も意地悪くはない。そもそも、変態であってこその水蜜だと、いつぞやにそう受け入れたはずだ。
「おや、星さん」
うんうん悩みながら歩く星にかけられる声。慌てて星は顔を上げた。
「聖……」
命蓮寺の住職、聖白蓮だった。
「どうしたのですか? 五日間くらいお通じがないような顔をして」
「もうちょっとマシな例えはなかったんですかね」
「大丈夫ですよ星さん、私は七日目ですから」
「何一つ大丈夫じゃないですよ聖。薬飲んでください」
「大丈夫です。いざとなったら魔法で胃腸を強化して出します」
「ひどい魔法の使い方を見た」
「ともあれ」
仕切りなおして、白蓮の私室。
結局星は、白蓮に相談してみることにした。たとえ便秘七日目でも、白蓮は白蓮なのだ。
「毘沙門天の下で修行してまいりましたが、どうにも煩悩が抜けきらぬようで、このまま代理として本尊を勤めてよいのかと悩んでおります。修行をやり直したほうがいいのやもと」
星の告白を聞いて、白蓮はふむ、と唸る。
「水蜜のことですね?」
「うひゃいっ」
ストレートに言われて、変な声が出た。
「ついに誘惑に屈して欲情したんですか」
「なんでそんな下世話な言い方するんですか! 間違ってはないですけど! 三割くらいは!」
わたわたする星に、白蓮はくすくすと笑む。
「何を笑ってるんですか聖! そもそも聖が水蜜にビシッと言わないからあんな手遅れになったんじゃないですか!」
「あらあら、でもあの子は私の前ではとっても真面目ですよ?」
「それはそうでしょうけれども」
水蜜は常日頃から変態じみているわけではない。
ああいう言動をするようになるのは、星の前だけだ。
「私は別にいいと思っています。あの子も、あなたもね」
「聖……」
超許すの精神でもって、白蓮は微笑んだ。
「仏教とは煩悩を完全に否定するものではありません。たとえば愛染明王の教えなどには、煩悩があるからこそ悟りを求める心が生まれる、というものもありますし」
「呼びましたか?」
さとりが現れた。
「呼んでません」
「そうですか、失礼」
さとりは帰った。
「つまり、煩悩を抱くことは仕方のないこと。問題はそれをどう律していくかということですよ」
「何事もなかったかのように! ……しかし、水蜜のアレは律していると言えるのですか」
一連の流れるようなさとりに驚嘆を覚えながらも、星は白蓮の言葉に疑問を呈する。
「律することは出来ていないでしょうね。しかし、野放図と言うよりも、むしろ頑張って背伸びをしているように私は思えますが」
「……」
「まぁ、なんにせよ。私としてはこの程度なら問題ないという認識です。愛を知らずして何が仏の道ぞ、というわけで、がんばってくださいネ」
「は、はぁ……」
星はすこし釈然としない表情ながらも、一礼してその場を辞した。
彼女を見送った白蓮は、しばらくしてその名を呼ぶ。
「さとりさん」
「呼びましたか」
さとりが現れた。
「私の中にも、煩悩は見えますか?」
「割と渦巻いてます」
「そうですか」
その答えを聞くと、白蓮はすっくと立ち上がり、そうしてさとりの前に立つ。
その次の瞬間には、さとりの前に跪き、彼女の手をとっていた。
「あなたが、欲しい」
全世界が、停止したかと思われた。
その言葉と共に、まっすぐにさとりを見つめる白蓮の真剣な眼光にさらされ、さとりは困ったように目を伏せる。
そうして、小さな声で告げた。
「……心の中で『白蓮ちゃん渾身のギャグ! 僧侶はさとりを求めるもの!』とか言いながらドヤ顔しないでください」
星は苦笑しながら、また廊下を歩いていた。「こいついつも廊下歩いてんな」という幻聴が耳朶を打つが、無視する。
「聖に受け入れられる……予想外と言いますか、予想の範疇と言いますか」
どこかで、他人に律して欲しかった自分がいる。
しかし、律するどころか、それは別に悪いことじゃないと言われてしまった。
いよいよ、逃げ場がなくなってしまったじゃないか。
「……そう、逃げ場ですね」
水蜜が求めて、自分が突っ込みを入れる。
そんな日常を、自分から崩したくなかった。きっとそうなのだろう。
好意を向けられっぱなしなことに甘えて、自分から好意を示すことを憚っていては、きっといけない。
そう、愛を知らずして何が仏の道ぞ。
「あっ、星!」
「水蜜……」
水蜜のことを考えていると、水蜜がやってきた。
まだちょっと、夢を意識してしまうけれど。
「星! 私、柱なんかに負けませんからね!」
「はい?」
相手が妬かせようとしている戦術(と思い込んだもの)に全力で乗る戦術を選んだ女、村紗水蜜。
「私、がんばります! 柱とまではいかないですけど、登り棒の棒くらいに手ごろな女を目指します!」
「どういうことです!?」
「あっ、やっぱり机のカドとかの方が手ごろですかね!」
「どんどんわけがわからなくなってますよ!!」
*
深夜の命蓮寺。
寅丸星は、部屋で布団を被って休んでいた。
しかし、そこに現れる不穏な気配。
「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る舟幽霊、村紗水蜜。ただいま参上!」
などとよくわからないことを言いながら、その気配は星の枕元へとカサコソ這い寄ってくる。
「ふふっ、寝顔を拝見しますね」
そうして、ぺろっと星の布団がめくられた。
ばっちり目が合った。
「ひゃー!?」
「……やっぱり来ましたね、水蜜」
呆れたような顔で、星は闖入者を見上げる。
「お、起きていらしたのですか……って、え?」
「がおー!!」
水蜜が混乱しているうちに、星は一気に水蜜をがばっと抱きしめ、そのまま布団に引きずり込んだ。
「えっ、えっ、えっ?」
そして、がっしりと水蜜を布団の中で組み敷く。
「ああ……やっぱりかわいいですね、その顔……」
「しょ、しょう……?」
混乱し、怯えたような表情を見せる水蜜に、星はうっとりと見惚れてぺろりと口の端を舐めあげる。
「うふふ、いただきます」
「んんっ!?」
ちゅうっと、水蜜の唇に自分のそれを重ねる。
別に水蜜と口付けを交わすのは初めてというわけでもない……のだが、前回はほぼ不意打ちだったし、このようにじっくりするのは初めてだ。
だからなのか、自分からしたからなのか、憎からず想う相手であるからなのか、今回はなんだか甘酸っぱいような感覚がした。
「ぷはっ! ど、どうしたんですか、星……ほんとーに、おかしーですよ……?」
水蜜も戸惑いながらも、ぽうっと熱に浮かされたような顔で星を見上げる。
その顔も、またたまらなくかわいいなと星は思った。
「やっぱり、発情期、なんですか……?」
「ふふ、そうですね。発情期なのかもしれません。……今夜の私はどうかしています」
「でも、うれしいですよ、星。もっともっと、どうにかなっちゃいましょう」
そうして水蜜はふにゃっと笑う。
でも、体は少し震えている。
――むしろ頑張って背伸びをしているように、私は思えますが
白蓮の言葉が思い出される。
いつもはあんなに変態な言動を取っていても、やっぱりこういう状況になってしまっては、怖いんだな。
そう思うといよいよ愛らしくなって、星は強く水蜜を抱きしめる。
「水蜜……」
「星……」
命蓮寺の熱い夜は、まだ始まったばかりだ。
「ハッ、ドリームか……」
*
「おやおや、ずいぶんとかわいい寝顔をしているじゃないか」
「どうしたんだ? ナズー」
日課のトレジャーハントの帰りに命蓮寺に立ち寄った魔理沙とナズーリン。
ナズーリンが何かを見つけてにやにやと笑っているさまに、魔理沙も何事かと近くに寄ってくる。
「ああ魔理沙。魔理沙も見てみなよ。見て損にはならないことは保障するよ」
「うん?」
魔理沙もナズーリンの指し示す方を見て、にやにやとした笑いが湧き起こる。
「ほうほう、確かにここじゃレアな光景かも知れんな。肩を寄せ合って居眠りタイムなんてのはな」
「『夢の中で、人は想い人の所へ逢いにいく』なーんて……言われたりもするけれど。さてはて、どんな夢を見てるのだろうな。楽しい夢かな?」
しばし考えて、魔理沙はにかっと笑った。
「きっと、『おたのしみ』な夢だな。ほら、顔が赤くなってるぜ」
『みなみつ!~ドリーム編~』――fin
このシリーズ大好きです。
このシリーズ好き
作を重ねるごとにじわじわ近づいて行く2人がたまらなくかわいくてとても悶えます。
また次があれば読みたいです!
コイツいつも廊下歩いてんなで笑う
白蓮さんが自由過ぎて可愛い。
はっきりわかんだね
ひじさとなんて考えたこともなかったですが、意味こそ違えどさとりですし、これはありかも...
今回は「五日間くらいお通じがないような顔をして」がツボでした。
やはり星はムッツリですよね。
しかしここまで残念なキャプテンも珍しい……w