◆ちゅっちゅ狂い蓮子
私はメリーの部屋にいて、無遠慮に這い寄ってくる眠気と孤独に戦っている。重いまぶたが自然に降ってくるから、それを押し上げるために顔面の目の当たりに力を込める。それが変に作用して、顔が奇妙に歪むらしかった。今の私はおそらく変顔である。
部屋の主であるメリーはとうの昔に眠り込んでしまった。雲のように白いシーツを敷いた、馬鹿に大きいベッドで横になって、すやすや寝息を立てている。そして時々寝返りを打って、ううんと悩ましげな声を出す。その声がなんともエロい。私は堪らなくなった。
メリーは結構な読書家であるから、部屋のいいところを大きな本棚が占めている。横に広い棚の中に、文学全集やら文庫本やらがみっちり詰まって、まるで壁のように見える。眠気のせいか、その壁がのしかかってくるように思われる。私はしげしげと圧し掛かるそれを眺めたが、眠気を覚ますのに何の効果もなかった。
私はメリーの言動を思い出す。
最近蓮子はちゅっちゅしすぎだとメリーが言った。あんまりにもちゅっちゅしてくるから、私はもうくたびれたわと言った。だから少し休ませて欲しいなと言った。でも、もし蓮子が一晩寝ずにいれたら、その時はちゅっちゅしてもいいわよと言って、クスクス笑った。それじゃあ頑張ってと言ってベッドに潜り込んだ。けしからん奴だ。絶対ちゅっちゅしてやると意地になった。
メリーが寝始めてから、もう3時間は経っているように思う。その間に私は何度も睡魔にやられそうになった。そしてあんまり眠いから、半分夢心地になった。頭の中で私はメリーとちゅっちゅしている。あんなちゅっちゅやこんなちゅっちゅを繰り広げ、いいところまで行って興奮した途端に意識が明瞭になる。そして呆然。まるでお預けをされているようで苦痛だった。
私は覚悟を決めた。もしここで寝てしまい、メリーとのちゅっちゅが叶わなくなれば、私としては大変不本意ではあるけれど、彼女の言うとおりにちゅっちゅを自粛しよう。私はメリーを困らせたいわけではない。彼女を愛でたい、ただそれだけである。向こうがそれを拒むというのであれば、それはそれで仕方のないことだろう。
しかし私も諦める気はない。なんとしてでもメリーとちゅっちゅしてやろうと思う。
覚悟を決めたら少し眠気が飛んだから、メリーの蔵書から適当に一冊拝借して読書に取り組むことにした。抜き取った本を見たら、小さな文字がびっしり詰まった、かなり昔の文庫本であった。それを眺めていると文字のひとつひとつが蠢いているように感じられる。この状況でこの本はいただけない。読んでいると眠気で頭がおかしくなりそうだ。今の私には、この本が己の宿願を邪魔だてする怨敵に思えて仕方ない。そいつは本棚にそっと戻してやった。
やることがなくなったら急に眠くなってきた。意識が不確かになって、頭の中に靄がかかった。危ないと思った私は急いで脳内のメリーとちゅっちゅした。メリーに抱きつき、髪に顔をうずめ、キスをして、挙句にはくんずほぐれつな激しいちゅっちゅにも及び、興奮を得ようと奮励努力した。それでもなお眠気は引かず、私の頭は前後左右にゆらゆら揺れた。まだ興奮が足りない。まだエキサイトできるはずだ。私はさらなる妄想の世界へと没入した。
頭の使いすぎと眠気のせいか、頭がガンガン痛んで辛い。あまりにも痛いから、もうやめてしまおうかとも一瞬考えたけれど、私は負けなかった。全てはメリーとちゅっちゅするためである。軋むほど歯を食いしばって、何とか我慢を通そうとした。
そうしているうちに頭が変になった。ちゅっちゅしているようでちゅっちゅしていないような、ちゅっちゅしていないようでちゅっちゅしているような、そんな変な気分になり、夢と現が混ざりあったようになった。もう眠くはない。私は睡魔に打ち勝ったのだろうか。
その時に窓の外から鳥の鳴き声が聞こえた。はっと思い、周りを見てみると、隣でメリーが寝ていた。私もメリーも裸になって同じベッドで横になっている。これは一体どうしたことかと思っていると、メリーが目を覚ました。そして、昨日はすごかったねと言った。
はてさて、これは夢か現か。
◆魔理沙の声
アリス・マーガトロイドが人間の里から自宅に向けて歩いていると、後ろから「よぉ、アリス」と魔理沙の呼びかける声が聞こえてきた。少し笑っているようであった。
声をかけられたのだから当然アリスは振り返った。しかしそこには誰もいない。ただ今まで歩いてきた道が眼前に続いているだけである。アリスはおかしいなと首をかしげてから、再びスタスタと歩き始めた。
しばらくするとまた「よお、アリス」と変わり映えのしない魔理沙の声が聞こえてきた。あいも変わらず笑っているらしい。アリスは先程よりも早く振り向いてみたけれど、やはり後ろには何もなかった。
「魔理沙、一体何のつもりなの?」
アリスは何もないところへ向かってそう話しかけてみた。何の反応も返ってこない。高い空から陽が降って四方の陰を照らし尽くしているのに、声の主がどこに隠れているのかとんと見当がつかない。さては変なマジックアイテムを使って隠れているなとアリスは思ったから、「まあ好きにしなさいな」と言って、また家路を歩き出した。
歩き始めるとまた「よぉ、アリス」が後ろから投げつけられる。そうしてやっぱり笑っている。アリスは執拗な悪戯に辟易しつつも、さっさと家に帰ろうと足を動かし続けた。休まずにどんどん歩いた。
魔理沙の声は不断で「よぉ、アリス」を繰り返してくる。ここまでやられると無視するのも困難になってくるから、アリスは勢いで振り向いてしまおうかとも思った。だがそんなことをすればこちらの負けであるからいけない。プライドの高いアリスは憤然として歩みを早めた。魔理沙はまだ「よぉ、アリス」をやめない。キノコを食べ過ぎて頭がおかしくなったのではないかとアリスは思った。
そうしてとうとう森の中の家についた。アリスがため息をついていると、後ろから「お疲れ様、アリス」という声が聞こえてきた。やっと別なことを言ったかと思い、アリスが後ろを向いてみると、そこには見知らぬ女が立っていた。女はニタニタ笑って、何かで汚れた手を打って「お疲れ様、アリス」と何度も何度も繰り返した。
森の中には陽が届かないらしかった。
◆死体と店主
無縁塚に道具を拾いに行ったら男の死体があった。その日は晴れていて気持ちのいい天気だった。高い空から陽がどしどし降ってくるから、四方八方が照らされて眩しいくらいである。死体は陰の絶えた無縁塚の真ん中あたりで、ごろごろしている石に紛れるようにしてあった。
どうやら死体は妖怪が食べさしを捨てていったものらしく、少し見ただけでも甚だしく損傷しているのが分かった。まず両足と片腕がない。それに体のうちでも柔らかい頬や内臓といった部分が食い尽くされているから、顔はずたずたで腹は伽藍堂となっている。
腐臭はしないから比較的新しい死体なのかもしれない。血の赤と肉の薄紅とが鮮やかに見えた。
僕は死体の前に立って見下ろした。こうして見るとなおひどい有様である。体の大部分が失われた死体は小さく、これが一人の人間の末路なのかと考えると変な気持ちになった。もっとましな死に方もあるだろうにと思った。僕は目を閉じて、打ち捨てられた哀れな死人の為に祈ってやった。
黙祷を終えてしばらく死体を眺めていると、その残った右腕が胸の前で何かを握りしめていることに気がついた。それは胸にさげられたロケットペンダントの細い銀鎖であった。
僕は息を飲んだ。そのロケットは、今まで見てきたどのロケットよりも美しかった。
楕円の中、鏡のようにぴかぴかした銀面に小さな十字架がはめ込まれている。その十字架は青い宝石を加工したものらしい。降ってくる陽を浴びてきらきら光り、背面の銀色の中にあっても大いに目立っている。ロケットの周りは金飾りでふちどられ、それが銀に映えて綺麗である。
僕は惚けたようにロケットに見とれていたが、そのうちにそれが欲しくてたまらなくなった。死体が持っているよりも誰かに使われた方がこのロケットも幸せだろうと思った。
僕はロケットを取ろうと手を伸ばし、触れた。すると僕の能力で名前と用途が頭の中にふっと湧いてきた。名前は「記念のロケット」、用途は「想いをつなぐ」と出た。はてどういうことだと思いロケットを開けてみると、そこには儚げな女の写真が入れてあった。そしてロケットの蓋の裏には一言「永久に君と」と刻んである。
試しに引っ張ってみても死体の手はロケットを離さない。固く握りこんだ手はすっかり固まっていて、死ぬ間際までそうしていたことが伺えた。あの世まで持っていこうとしているようにも見えた。
僕はロケットを諦めた。そして死体をロケットごと土中に葬ってやり、二三の道具を拾ってそのまま店に帰った。
私はメリーの部屋にいて、無遠慮に這い寄ってくる眠気と孤独に戦っている。重いまぶたが自然に降ってくるから、それを押し上げるために顔面の目の当たりに力を込める。それが変に作用して、顔が奇妙に歪むらしかった。今の私はおそらく変顔である。
部屋の主であるメリーはとうの昔に眠り込んでしまった。雲のように白いシーツを敷いた、馬鹿に大きいベッドで横になって、すやすや寝息を立てている。そして時々寝返りを打って、ううんと悩ましげな声を出す。その声がなんともエロい。私は堪らなくなった。
メリーは結構な読書家であるから、部屋のいいところを大きな本棚が占めている。横に広い棚の中に、文学全集やら文庫本やらがみっちり詰まって、まるで壁のように見える。眠気のせいか、その壁がのしかかってくるように思われる。私はしげしげと圧し掛かるそれを眺めたが、眠気を覚ますのに何の効果もなかった。
私はメリーの言動を思い出す。
最近蓮子はちゅっちゅしすぎだとメリーが言った。あんまりにもちゅっちゅしてくるから、私はもうくたびれたわと言った。だから少し休ませて欲しいなと言った。でも、もし蓮子が一晩寝ずにいれたら、その時はちゅっちゅしてもいいわよと言って、クスクス笑った。それじゃあ頑張ってと言ってベッドに潜り込んだ。けしからん奴だ。絶対ちゅっちゅしてやると意地になった。
メリーが寝始めてから、もう3時間は経っているように思う。その間に私は何度も睡魔にやられそうになった。そしてあんまり眠いから、半分夢心地になった。頭の中で私はメリーとちゅっちゅしている。あんなちゅっちゅやこんなちゅっちゅを繰り広げ、いいところまで行って興奮した途端に意識が明瞭になる。そして呆然。まるでお預けをされているようで苦痛だった。
私は覚悟を決めた。もしここで寝てしまい、メリーとのちゅっちゅが叶わなくなれば、私としては大変不本意ではあるけれど、彼女の言うとおりにちゅっちゅを自粛しよう。私はメリーを困らせたいわけではない。彼女を愛でたい、ただそれだけである。向こうがそれを拒むというのであれば、それはそれで仕方のないことだろう。
しかし私も諦める気はない。なんとしてでもメリーとちゅっちゅしてやろうと思う。
覚悟を決めたら少し眠気が飛んだから、メリーの蔵書から適当に一冊拝借して読書に取り組むことにした。抜き取った本を見たら、小さな文字がびっしり詰まった、かなり昔の文庫本であった。それを眺めていると文字のひとつひとつが蠢いているように感じられる。この状況でこの本はいただけない。読んでいると眠気で頭がおかしくなりそうだ。今の私には、この本が己の宿願を邪魔だてする怨敵に思えて仕方ない。そいつは本棚にそっと戻してやった。
やることがなくなったら急に眠くなってきた。意識が不確かになって、頭の中に靄がかかった。危ないと思った私は急いで脳内のメリーとちゅっちゅした。メリーに抱きつき、髪に顔をうずめ、キスをして、挙句にはくんずほぐれつな激しいちゅっちゅにも及び、興奮を得ようと奮励努力した。それでもなお眠気は引かず、私の頭は前後左右にゆらゆら揺れた。まだ興奮が足りない。まだエキサイトできるはずだ。私はさらなる妄想の世界へと没入した。
頭の使いすぎと眠気のせいか、頭がガンガン痛んで辛い。あまりにも痛いから、もうやめてしまおうかとも一瞬考えたけれど、私は負けなかった。全てはメリーとちゅっちゅするためである。軋むほど歯を食いしばって、何とか我慢を通そうとした。
そうしているうちに頭が変になった。ちゅっちゅしているようでちゅっちゅしていないような、ちゅっちゅしていないようでちゅっちゅしているような、そんな変な気分になり、夢と現が混ざりあったようになった。もう眠くはない。私は睡魔に打ち勝ったのだろうか。
その時に窓の外から鳥の鳴き声が聞こえた。はっと思い、周りを見てみると、隣でメリーが寝ていた。私もメリーも裸になって同じベッドで横になっている。これは一体どうしたことかと思っていると、メリーが目を覚ました。そして、昨日はすごかったねと言った。
はてさて、これは夢か現か。
◆魔理沙の声
アリス・マーガトロイドが人間の里から自宅に向けて歩いていると、後ろから「よぉ、アリス」と魔理沙の呼びかける声が聞こえてきた。少し笑っているようであった。
声をかけられたのだから当然アリスは振り返った。しかしそこには誰もいない。ただ今まで歩いてきた道が眼前に続いているだけである。アリスはおかしいなと首をかしげてから、再びスタスタと歩き始めた。
しばらくするとまた「よお、アリス」と変わり映えのしない魔理沙の声が聞こえてきた。あいも変わらず笑っているらしい。アリスは先程よりも早く振り向いてみたけれど、やはり後ろには何もなかった。
「魔理沙、一体何のつもりなの?」
アリスは何もないところへ向かってそう話しかけてみた。何の反応も返ってこない。高い空から陽が降って四方の陰を照らし尽くしているのに、声の主がどこに隠れているのかとんと見当がつかない。さては変なマジックアイテムを使って隠れているなとアリスは思ったから、「まあ好きにしなさいな」と言って、また家路を歩き出した。
歩き始めるとまた「よぉ、アリス」が後ろから投げつけられる。そうしてやっぱり笑っている。アリスは執拗な悪戯に辟易しつつも、さっさと家に帰ろうと足を動かし続けた。休まずにどんどん歩いた。
魔理沙の声は不断で「よぉ、アリス」を繰り返してくる。ここまでやられると無視するのも困難になってくるから、アリスは勢いで振り向いてしまおうかとも思った。だがそんなことをすればこちらの負けであるからいけない。プライドの高いアリスは憤然として歩みを早めた。魔理沙はまだ「よぉ、アリス」をやめない。キノコを食べ過ぎて頭がおかしくなったのではないかとアリスは思った。
そうしてとうとう森の中の家についた。アリスがため息をついていると、後ろから「お疲れ様、アリス」という声が聞こえてきた。やっと別なことを言ったかと思い、アリスが後ろを向いてみると、そこには見知らぬ女が立っていた。女はニタニタ笑って、何かで汚れた手を打って「お疲れ様、アリス」と何度も何度も繰り返した。
森の中には陽が届かないらしかった。
◆死体と店主
無縁塚に道具を拾いに行ったら男の死体があった。その日は晴れていて気持ちのいい天気だった。高い空から陽がどしどし降ってくるから、四方八方が照らされて眩しいくらいである。死体は陰の絶えた無縁塚の真ん中あたりで、ごろごろしている石に紛れるようにしてあった。
どうやら死体は妖怪が食べさしを捨てていったものらしく、少し見ただけでも甚だしく損傷しているのが分かった。まず両足と片腕がない。それに体のうちでも柔らかい頬や内臓といった部分が食い尽くされているから、顔はずたずたで腹は伽藍堂となっている。
腐臭はしないから比較的新しい死体なのかもしれない。血の赤と肉の薄紅とが鮮やかに見えた。
僕は死体の前に立って見下ろした。こうして見るとなおひどい有様である。体の大部分が失われた死体は小さく、これが一人の人間の末路なのかと考えると変な気持ちになった。もっとましな死に方もあるだろうにと思った。僕は目を閉じて、打ち捨てられた哀れな死人の為に祈ってやった。
黙祷を終えてしばらく死体を眺めていると、その残った右腕が胸の前で何かを握りしめていることに気がついた。それは胸にさげられたロケットペンダントの細い銀鎖であった。
僕は息を飲んだ。そのロケットは、今まで見てきたどのロケットよりも美しかった。
楕円の中、鏡のようにぴかぴかした銀面に小さな十字架がはめ込まれている。その十字架は青い宝石を加工したものらしい。降ってくる陽を浴びてきらきら光り、背面の銀色の中にあっても大いに目立っている。ロケットの周りは金飾りでふちどられ、それが銀に映えて綺麗である。
僕は惚けたようにロケットに見とれていたが、そのうちにそれが欲しくてたまらなくなった。死体が持っているよりも誰かに使われた方がこのロケットも幸せだろうと思った。
僕はロケットを取ろうと手を伸ばし、触れた。すると僕の能力で名前と用途が頭の中にふっと湧いてきた。名前は「記念のロケット」、用途は「想いをつなぐ」と出た。はてどういうことだと思いロケットを開けてみると、そこには儚げな女の写真が入れてあった。そしてロケットの蓋の裏には一言「永久に君と」と刻んである。
試しに引っ張ってみても死体の手はロケットを離さない。固く握りこんだ手はすっかり固まっていて、死ぬ間際までそうしていたことが伺えた。あの世まで持っていこうとしているようにも見えた。
僕はロケットを諦めた。そして死体をロケットごと土中に葬ってやり、二三の道具を拾ってそのまま店に帰った。
他2編は読んだ記憶がありますが、2つ目はやはりよくわかりませんでした。
文章を読んで情景が想像できるのはすごいです。
アリスは何を見たんだろう……?