クリスマスである。
外の世界では既に廃れてしまったのだろうか、幻想郷にも当たり前の行事として受け容れられたようである。
早くも師走の中頃から、各所が色めきだっている。
「ぶっちゃけどーでもいー!」
悪魔の妹こと、フランドール・スカーレットはベッドに身を投げうった。
ふかふかの毛布がぼふっと波打って彼女の身体を包み込んだ。
ジト目で天井を見つめながら、いかばかりか不機嫌そうに呟いた。
「だいたい! どうして悪魔が基督のお祝いをせにゃならんのか。姉上はどこか始祖たる自覚に欠けているのでは無いか!」
ペラペラと独りごちてみても、冷たい地下の天井に吸い込まれて消えるばかりで、むなしさは募るばかりだ。
あろうことか、紅魔館では忘年会のついでにクリスマスパーティが盛大に行われていた。
おそらく、上の方は今頃それで大盛り上がりだろう。幻想郷で西洋かぶれはうちしかない。
ますます、フランの不機嫌は募るばかりだった。
彼女自身もどうしてこうまで気に病むのか、その理由が解らなかった。
いつも通り地下に潜ってやり過ごせば良い。そう考えてみて、もちろん実行したが、気分は一向に晴れない。
「寂しいのか、ですって? はっ! この私が!? 姉様でもあるまいし、いまさら。私は一人だって平気なんだから! むしろ、せいせいするわ」
その言葉に嘘は無かったし、嘘をつく必要も無い。
フランは人がたくさん集まるところが好きではない。居るだけで気が狂いそうになる。
いや、もう既に狂ってるとかそういうのはひとまずおいておいてだな。
「だいたい、長い事ここに篭っていたのだから、いまさら、人とどう接して良いかなんて、解らないし……」
自分の匂いがする毛布に顔を埋めて、今度は小さく独り言。
「楽しいお祝いの場に、私が出ていって、わざわざ壊してしまっても悪いしね」
そう、祝いの席に、私は場違い。
フランはそう思い込んでいた。
「……魔理沙、来てるかな……?」
色鮮やかな彼女の翼が小さく振れていた。
そのうち、何を思い立ったか、ひとしきりベッドの上をのたうちまわった後、
「う~! あ~!」
立ち上がって吠えた。
「……何やってんだ、あたし」
情けなくなって、また毛布の引力に引かれて落ちる。
まるで電気でも通したみたいに手足をビクンビクン痙攣させて、
「……お腹減った」
力尽きた。
「あー! ぼっちがなんだっていうのよ! そんなの辛く無いやい。うん百年の間、ずっと一人だったじゃないの。慣れてるわよ、そんなの」
そう独りごちたのを最後に、フランは本格的に動かなくなった。
「寝よ……」
どうにもならない時はこれが一番だ。
何より、誰にも迷惑をかけずに済む。
そうして、聖夜は更けて行く。
「……ねぇ、いい加減、起きなさいってば」
「……?!」
フランは身体を揺さぶられて、跳ね起きた。
そして、そこに居た者の姿を確認して……目を疑った。
「……姉、様? 何よその格好! あはは、おっかしい!」
レミリアは真っ赤な衣装に身を包んでいた。サンタの猿真似を気取っているらしいが、何故かミニスカート着用だった。
「むむむ、そんなに変かしらね、これ。意外と好評だったのよ?」
「いやま、可愛いとは、思うけどさ」
そういってフランは顔を紅くした。
レミリアも今更素に戻ったのか、衣装に負けじと頬を紅潮させた。
「……って! なんで姉様がここに居るのよ?! パーティはまだ終わって無いでしょう?! それに鍵かけて置いたのに……って、あ~?!」
最後まで台詞を言わせてもらえなかったフランは、レディにあるまじき奇声を発した。
無理もない、自室の扉からグングニルが生えていたら、誰だってそうなる。
「ぶち破っちゃった♪」
てへっ、とでも言いたげに舌をちまっと出してかまととぶるレミリアに、フランは不夜城レッドだった。
「なにしてくれんのよ~?!」
「まあまあ、後で咲夜に直させるからさ~。今晩だけ赦して、ね?」
「……ふん、まあ良いけどさ、咲夜にまた大目玉喰らうのは姉様なんだからね」
「げ……っ。……ふふふ、だだだ、大丈夫よ、フラン。咲夜だって、自分の主に対してあれ以上の仕打ちは、しないだろうし。うん、耐えて見せるわ、可愛い妹のためとあらばっ!」
「いくつになっても咲夜には頭が上がらないんだね、姉様は」
レミリアは全身を恐怖で震わせていた。
何があったか知らないが、以前手酷くお仕置きされたらしい。
「話が大きくそれたけどさ、なんで姉様がここに来てるの? それも主賓をほっぽらかしてさ」
「あ~。うん、それは……ね。……いいじゃない! たまには姉妹二人きりで細々とパーティするのもさっ!」
しどろもどろになって、レミリアがなにか言い訳めいた説明を考えている隙に、フランはテーブルに小振りなケーキが置かれているのに気が付いた。
「そう、あたし、また霊夢に振られちゃったのよね~。……慰めてぇ、フラン」
「わ、お酒くさいわよ、はしたない」
「フランも呑めばいいじゃないのよ」
「バカ言わないでよ、そんな事して抑えが効かなくなったらどうすんのよ……」
この力が暴走してしまったら、みんなを傷付けてしまいかねないし、下手したら咲夜を殺してしまうかもしれない。
姉といつも一緒にいる彼女に対して、もう一人の自分が嫉妬しないとも限らないのだから。
「私が可愛いからって、姉妹で……そんな……困るわっ!」
「本気でモジモジすなぁ!」
フランは姉に対して全力でツッコミを入れた。
「襲ってくれないの?!」
「どうしてそんなに残念そうなの?!」
「貴女が好きだからよ」
真顔でそんな事を言われて「ああ、やっぱりこいつ酔ってる」と思う自分と、本気で動揺しにかかる約三人分の自分がフォーオブアカインドで、結果としてフランはそっぽ向いて紅くなった。多勢に無勢では分が悪い。
そんな事をしている間に、レミリアの腕が背後から回された。
心臓がビクンと跳ねる。姉の声が、耳元で優しく囁かれた。
「魔理沙、来てたわよ」
「うん……」
「来年は、みんなの前に出られると良いわね」
「うん……」
どうして、どうして、この姉は、自分より自分の事を理解してしまうのだろうか。
何百年も離れ離れだったにもかかわらず。
レミリアの言葉はフランの柔らかいところに突き刺さって、止めどなく涙が溢れ出した。
姉にはこんな姿、絶対に、意地でも見せたく無かったのに。
「いいのよ、今日くらいは、ね。さ、今日は夜明けまで居てあげるから」
「姉様……?」
「なに? フラン」
「メリークリスマス」
こんな事なら、悪くはないな、と。
そう思えたんだ。
外の世界では既に廃れてしまったのだろうか、幻想郷にも当たり前の行事として受け容れられたようである。
早くも師走の中頃から、各所が色めきだっている。
「ぶっちゃけどーでもいー!」
悪魔の妹こと、フランドール・スカーレットはベッドに身を投げうった。
ふかふかの毛布がぼふっと波打って彼女の身体を包み込んだ。
ジト目で天井を見つめながら、いかばかりか不機嫌そうに呟いた。
「だいたい! どうして悪魔が基督のお祝いをせにゃならんのか。姉上はどこか始祖たる自覚に欠けているのでは無いか!」
ペラペラと独りごちてみても、冷たい地下の天井に吸い込まれて消えるばかりで、むなしさは募るばかりだ。
あろうことか、紅魔館では忘年会のついでにクリスマスパーティが盛大に行われていた。
おそらく、上の方は今頃それで大盛り上がりだろう。幻想郷で西洋かぶれはうちしかない。
ますます、フランの不機嫌は募るばかりだった。
彼女自身もどうしてこうまで気に病むのか、その理由が解らなかった。
いつも通り地下に潜ってやり過ごせば良い。そう考えてみて、もちろん実行したが、気分は一向に晴れない。
「寂しいのか、ですって? はっ! この私が!? 姉様でもあるまいし、いまさら。私は一人だって平気なんだから! むしろ、せいせいするわ」
その言葉に嘘は無かったし、嘘をつく必要も無い。
フランは人がたくさん集まるところが好きではない。居るだけで気が狂いそうになる。
いや、もう既に狂ってるとかそういうのはひとまずおいておいてだな。
「だいたい、長い事ここに篭っていたのだから、いまさら、人とどう接して良いかなんて、解らないし……」
自分の匂いがする毛布に顔を埋めて、今度は小さく独り言。
「楽しいお祝いの場に、私が出ていって、わざわざ壊してしまっても悪いしね」
そう、祝いの席に、私は場違い。
フランはそう思い込んでいた。
「……魔理沙、来てるかな……?」
色鮮やかな彼女の翼が小さく振れていた。
そのうち、何を思い立ったか、ひとしきりベッドの上をのたうちまわった後、
「う~! あ~!」
立ち上がって吠えた。
「……何やってんだ、あたし」
情けなくなって、また毛布の引力に引かれて落ちる。
まるで電気でも通したみたいに手足をビクンビクン痙攣させて、
「……お腹減った」
力尽きた。
「あー! ぼっちがなんだっていうのよ! そんなの辛く無いやい。うん百年の間、ずっと一人だったじゃないの。慣れてるわよ、そんなの」
そう独りごちたのを最後に、フランは本格的に動かなくなった。
「寝よ……」
どうにもならない時はこれが一番だ。
何より、誰にも迷惑をかけずに済む。
そうして、聖夜は更けて行く。
「……ねぇ、いい加減、起きなさいってば」
「……?!」
フランは身体を揺さぶられて、跳ね起きた。
そして、そこに居た者の姿を確認して……目を疑った。
「……姉、様? 何よその格好! あはは、おっかしい!」
レミリアは真っ赤な衣装に身を包んでいた。サンタの猿真似を気取っているらしいが、何故かミニスカート着用だった。
「むむむ、そんなに変かしらね、これ。意外と好評だったのよ?」
「いやま、可愛いとは、思うけどさ」
そういってフランは顔を紅くした。
レミリアも今更素に戻ったのか、衣装に負けじと頬を紅潮させた。
「……って! なんで姉様がここに居るのよ?! パーティはまだ終わって無いでしょう?! それに鍵かけて置いたのに……って、あ~?!」
最後まで台詞を言わせてもらえなかったフランは、レディにあるまじき奇声を発した。
無理もない、自室の扉からグングニルが生えていたら、誰だってそうなる。
「ぶち破っちゃった♪」
てへっ、とでも言いたげに舌をちまっと出してかまととぶるレミリアに、フランは不夜城レッドだった。
「なにしてくれんのよ~?!」
「まあまあ、後で咲夜に直させるからさ~。今晩だけ赦して、ね?」
「……ふん、まあ良いけどさ、咲夜にまた大目玉喰らうのは姉様なんだからね」
「げ……っ。……ふふふ、だだだ、大丈夫よ、フラン。咲夜だって、自分の主に対してあれ以上の仕打ちは、しないだろうし。うん、耐えて見せるわ、可愛い妹のためとあらばっ!」
「いくつになっても咲夜には頭が上がらないんだね、姉様は」
レミリアは全身を恐怖で震わせていた。
何があったか知らないが、以前手酷くお仕置きされたらしい。
「話が大きくそれたけどさ、なんで姉様がここに来てるの? それも主賓をほっぽらかしてさ」
「あ~。うん、それは……ね。……いいじゃない! たまには姉妹二人きりで細々とパーティするのもさっ!」
しどろもどろになって、レミリアがなにか言い訳めいた説明を考えている隙に、フランはテーブルに小振りなケーキが置かれているのに気が付いた。
「そう、あたし、また霊夢に振られちゃったのよね~。……慰めてぇ、フラン」
「わ、お酒くさいわよ、はしたない」
「フランも呑めばいいじゃないのよ」
「バカ言わないでよ、そんな事して抑えが効かなくなったらどうすんのよ……」
この力が暴走してしまったら、みんなを傷付けてしまいかねないし、下手したら咲夜を殺してしまうかもしれない。
姉といつも一緒にいる彼女に対して、もう一人の自分が嫉妬しないとも限らないのだから。
「私が可愛いからって、姉妹で……そんな……困るわっ!」
「本気でモジモジすなぁ!」
フランは姉に対して全力でツッコミを入れた。
「襲ってくれないの?!」
「どうしてそんなに残念そうなの?!」
「貴女が好きだからよ」
真顔でそんな事を言われて「ああ、やっぱりこいつ酔ってる」と思う自分と、本気で動揺しにかかる約三人分の自分がフォーオブアカインドで、結果としてフランはそっぽ向いて紅くなった。多勢に無勢では分が悪い。
そんな事をしている間に、レミリアの腕が背後から回された。
心臓がビクンと跳ねる。姉の声が、耳元で優しく囁かれた。
「魔理沙、来てたわよ」
「うん……」
「来年は、みんなの前に出られると良いわね」
「うん……」
どうして、どうして、この姉は、自分より自分の事を理解してしまうのだろうか。
何百年も離れ離れだったにもかかわらず。
レミリアの言葉はフランの柔らかいところに突き刺さって、止めどなく涙が溢れ出した。
姉にはこんな姿、絶対に、意地でも見せたく無かったのに。
「いいのよ、今日くらいは、ね。さ、今日は夜明けまで居てあげるから」
「姉様……?」
「なに? フラン」
「メリークリスマス」
こんな事なら、悪くはないな、と。
そう思えたんだ。