Coolier - 新生・東方創想話

スノーグローブ

2014/11/17 22:54:04
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 もうすぐ冬が来る。
 空を見上げると、夏には青さを強調した空が晴れ晴れと広がっていたが、今ではどこかはっきりしない重苦しい色をしている。
 風も冷たくなり、日が出ていても冷たさが身に染みてくる。
 そんな空を見上げて、もう冬がそこまで来たのかと改めて思う。
 冬になれば彼女がやって来るだろう。
 寒気を身に纏わせて、そして笑顔を浮かべながら。
 彼女はやって来るだろう。


 ※


 昨年の暮れのことだ。
 朝から幻想郷に大雪が降っていた。
 窓の外はすでに白い雪で覆われている。
 今日は出かけないことにしよう。
 霊夢たちから宴会に誘われているが、不参加する以外に選択肢はない。
 第一こんな雪の中を歩くなんて面倒だ。
 急に吹雪いてきて、冬の妖怪にでも出くわすともっと面倒だ。
 暖炉に火を入れながら、ゆっくり椅子に座る。
 ふと窓越しに玄関先に置いた、それが目に入った。
 ドーム状の透明な容器には液体が入れられている。その中に建物や人形が置かれていた。
 そして雪を模した物が絶えず容器の中を動き回り、まるで街に雪が降り注いでいるような小さな景色を見せてくれる。
 これはスノーグローブというものだ。
 冬になると家々で飾られる物らしい。
 この間、無縁塚で拾ったものだ。
 以前、持ち主がいたのだろうか、透明な容器は少し黄ばんで汚れていた。
 大した物じゃないな、と思いながらこれ以外には目ぼしいものは見つからなくて、つい持ち帰ってしまった。
 そして本格的な冬が入り、ふとこれを玄関先に飾ってみようと思ったのだ。
 だが飾ってみたところで珍しい物でもなんでもない。
 視線を少し逸らせば、本物の雪が舞い降りている。
 偽物の雪が降る景色を見たところで、何が面白いのだろうか。
 興ざめして仕舞ってしまおうかとも思ったが、冬がやって来た。
 寒さに冷える玄関先へ出るのも億劫だ。
 春になったら仕舞おうと放置していた。
 視線をスノーグローブから逸らして、鴉天狗の新聞を読むことにした。


 しばらくして、玄関先で動く影が視線の隅に入った。
 目を動かして来訪者を確認する。
 そしてひどく後悔した。
 こんな天気に出かけたら出くわすんじゃないかと思っていた、彼女が立っていた。
 薄紫の髪をして、ターバンを巻いた青と白のゆったりとした服装。
 レティという冬の妖怪だった。
 どうしてここに来るのだろうか。
 苦々しく思っていると、彼女の視線は店の中ではなく、玄関先に置かれたスノーグローブを見つめているのに気が付いた。
 窓越しに彼女の顔を見る。
 どこか嬉しそうに、物欲しそうにスノーグローブを目を細めて見つめている。
 顔を動かして、色々な視点から眺めているようだ。
 さて、どうしたものだろう。
 あの道具は大して面白い物ではないが、だからといって簡単に譲ってもいい物でもない。
 今は面白い物ではないが、蒐集物の一つには違いない。
 あの冬の妖怪を体よく追い払うにはどうしたものだろう。
 しかし、玄関先に出て直接話をしようものなら、どんなに面倒なことになるかわかったものじゃない。
 急に吹雪でも食わらされたらたまったものじゃないだろう。
 苦々しく考えをめぐらせていると、どうやら心配は杞憂に終わったようだ。
 彼女はしばらくスノーグローブを眺めた後、ゆっくり宙に飛びだってしまった。
 一体、何の用だったのだろう。冬の散歩の途中だったのか。
 とにかく中へ入って来なかったことにほっとして、再び新聞に視線を落とした。


 ※


 ところが。
 次の日も、やはりその次の日も、冬の妖怪は店先にやって来る。
 店の中に入ってくることはなくて、玄関先のスノーグローブを眺めてはすぐに飛んで行ってしまう。
 そんなに珍しい物だろうか。
 彼女が去った後、窓越しにスノーグローブを見つめてみるが、やはり大した物ではないように思える。
 長い年月に黄ばんだ透明の容器。
 小さな建物と人形に降り注ぐ偽物の雪の景色。
 これの何が彼女を魅力させているのか、いくら首を傾げてみてもわからなかった。
 彼女は本物の雪が降り注ぐ季節に現れるというのに。
 やがて年を越しても、彼女は店先に現れてはスノーグローブを物欲しそうに見つめて、去って行った。


 ※


 少しだが春の気配がし始めた。
 吹いてくる風の冷たさも和らいでいき、あと一月もすれば温かい風が吹くだろう。そして春告精が空に舞い、本格的な春の訪れを知らせてくれるだろう。
 ふと、この頃あの冬の妖怪がここに来る回数が減ったことに気づく。
 毎日のように玄関先でスノーグローブを眺めて行ったのに、温かくなるにつれて三日に一度になり、ここ最近では週に一度の頻度になっていた。
 そろそろ春眠の準備でもしているのだろうか。
 ちょうどいい。
 椅子から立ち上がると、玄関先へと出る。
 そろそろ春になろうとしているので、スノーグローブを仕舞おうと思ったのだ。
 外に出ると、やはりまだ風が冷たい。
 体が震えるのを我慢して、スノーグローブに手を伸ばす。
 手にする前に、気配がするのを感じた。
 そいつに視線を移して、やはり苦々しい表情を浮かべてしまう。
 店先から少し離れたところに、あの冬の妖怪が佇んでいたのだから。
「…………」
 彼女はじっと伸ばしかけた手の先にあるスノーグローブを見つめていた。
 温かくなり力が弱まっているのか、寒気はそれ程感じなかった。
 ため息を一つ吐いてから、彼女に話しかける。
「悪いけど、君に譲ってあげられる物はないよ」
「そう。残念ね」
 本当に心の奥から残念そうに彼女は呟いた。
 伸ばした手を引いて、彼女に向かい合った。
 少し興味があった。
「冬の間、ずっと店先に現れてはこいつを眺めていたね。何が珍しいのだろう。君なら本物の雪が降り注ぐのを嫌という程見ているじゃないか」
 訊ねると彼女は照れくさそうに笑った。
「私はね、冬の間にしか起きていないのよ。春も夏も秋も、ずっと寝ているの」
「うん」
「だからね……また冬が来るまで、それが傍にあると見ていて心が休まるように思えるの。見ているだけでも落ち着くの」
 そうしてスノーグローブを見つめる彼女は、心の底から愛おしむ眼をしていた。
 その眼が僕を惹いた。
 視線を彷徨わせて、やがて彼女は手を合わせて懇願するように話した。
「出来ればそれを譲って頂けると嬉しいな」
 どこか悪戯っぽく笑う彼女の顔を見て、僕は首を振った。
「悪いけど、やっぱり君に譲ることはできないな。これは蒐集物の一つなのでね」
 そう言って、手を伸ばしてスノーグローブを取った。
「そう」
 手にしたスノーグローブを見つめて、彼女は残念そうな顔をした。そして背中を向ける。
「残念。もう用はないわ。それじゃ」
 宙に浮かんだ彼女の背中に声をかける。
「待ってくれ。話は終わっていないよ」
 ピタッと彼女は宙に浮かんだまま止まり、また振り返った。
「たしかにこれは君には譲れない。しかし僕の蒐集物に興味を持ってくれることは嬉しく思うよ。だから特別に便宜を図ろう。また冬が来たらこれを玄関先に飾ろう。そしたら好きなだけ眺めてもいい。どうだろう」
 提案をすると、彼女は頬を赤く染めて食いつくように返事をする。
「本当!? 本当にまた飾ってくれるの?」
「ただし、条件がいる」
 条件? と彼女は首を傾げる。
「一つ。店先に来るのは構わないが、店の中に入るのはよしてくれ。寒いのはごめんだ。一つ。冬の間、僕が出歩いても何もしない、悪戯しないこと。この二つを守ってくれるなら、冬にこれを飾ろう。どうだい?」
 僕の提案に彼女は首を傾げて何か考えているようだったが、やがてにっこりと微笑んでみせた。
「いいわよ。約束は守るわ。だから貴方も約束を守ってくれる?」
「ああ。君が約束を守るならね」
 冬の妖怪は満足そうににっこり笑った。
「そう、ありがとう。傍に置いておきたかったけど、それでもいいわ。また冬が来るのを楽しみにできるから。じゃあ、また冬にね。きっとよ」
「わかった」
 彼女は微笑んだまま、また宙を飛んでいくと、遠くへ消えてしまった。
「ふぅ……」
 彼女の背中を見送って、また一つため息が漏れた。
 そんな自分に苦笑いをしてしまいながら、スノーグローブを手にして店の中へ入る。
 暖炉の火が温かい。


 ※


 もうすぐ冬が来る。
 玄関先から店に入る。
 店の中は少し冷えていた。
 やがて雪が舞い降りてくるようになるだろう。
 そろそろ暖炉が必要になってくる。
 椅子に腰を掛けて、窓越しに玄関先を眺める。
 そこには先ほど置いたスノーグローブが見えていた。
 少し黄ばんだ透明の容器。
 その中で、偽物の雪が降り注ぐ下で、女の子を模した人形が微笑んでいる。
 どこかで彼女が来るのを待っている自分がいた。
 僕の蒐集物を、スノーグローブを嬉しそうに見つめる彼女を心待ちにしている自分がいた。
 もう少ししたら彼女はやって来るだろう。
 スノーグローブの人形のような、笑顔を浮かべて。
 この作品を書き始めてから、スノードームのことをスノーグローブとも呼ぶのを知りました。

 仕事終わりに雑貨屋に寄ったら、店先にスノードームが飾られ始めたのを見て、ふと今作が思い浮かびました。
 作者が住む地域もすっかり寒くなりました。
 もうすぐ冬がきますね。
aikyou
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コメント



0.560簡易評価
6.70名前が無い程度の能力削除
この雰囲気、いいですね。
8.90絶望を司る程度の能力削除
スノーグローブ……欲しいなぁ
とてもいい雰囲気でした
10.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
13.90名前が無い程度の能力削除
毎年見に来て下さい、って言うある意味告白みたいな約束なのにフラグ立てない霖之助さんクールだわ。
良い雰囲気です。
15.100名前が無い程度の能力削除
GJ