Coolier - 新生・東方創想話

射命丸、天狗やめるってよ

2014/11/15 00:31:33
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最近文の調子が変だ。

気が付けばもう師走。
冬の寒い中、炬燵で温まりながら、自分の新聞「花果子念報」のライバル紙である文の新聞を読みながらそう思った。
お世辞にも良い出来とは言えない新聞だが、最近は傍から見ても散々である。

「あーあ、何載せてんのかあのバカは」

ライバルである私が相手の不調を気にかけてやる義理はこれっぽちもないが、ここまでだと気にせざるを得ない。

この日は『新聞勧誘お断り!』の凄まじい札がでかでかと一面を覆っていた。
あの博麗巫女の弾幕の一つだろう。しかし何故それを一面の写真として採用したのか。

「文章も噛み合ってないし」

新聞記者らしからぬ文章。寝てない体で書いたような字。

「ふーむ……」

念写をかけてみると、どうもぐだっとしている文の姿。

そういえば、ここ最近外に出ている文の姿を見たことがない。
あの最速の射命丸はどこへ行ったのか。外に出ないアイツはアイツらしくない。

「……見てらんないわ」






もやもやしながら飛んでいると、文の家へと辿り着いてしまった。
挨拶とノックをしてみたら

「はたて?勝手に入って……」

などと扉越しに言ってきたので、勝手に入ることにする。


「……うっわ」

入って一言目に発したのはこの言葉であった。
布団をかぶって隈を作り、机に肘をつき、筆を咥えたその姿はまさにスランプ真っ只中の新聞記者。
まぁ、これは私もよく経験することだ。問題ない。

問題は周りに散らばった紙切れである。
ただの紙、途中の原稿、破棄された原稿、写真、資料文献、新聞、年末用の提出書類までが大量に放置されていた。

「って、私の新聞!」

しかもご丁寧に丸めてある。
このヤロ、あとでぶっ叩いてやろうか。

ともかく、今は目先の問題だ。

「……で、この有様はどういうわけ? ひょっとして、なんか病気?」
「酷くやる気が出ないだけ……」

鬱だろうか。それとも五月病?

「心当たりは何かあるの?」
「………」

だんまりか。
いいわよその気なら。こっちが勝手に調べてやるわ。


手がかりを集めるために、とりあえず、そこらに散らばっている最近撮ったであろう写真を集めてみた。
写真は撮影者の興味を表す重要な手掛かりよ。

「巫女、人形遣い、えーっと…氷精?」

どれもかしこも人物を捉えている。
ただ、いずれもスキャンダルだとかスクープだとかには程遠い、ありふれた写真。

「妖精、妖精、氷精、巫女、氷精、魔法使い、巫女、氷精、氷精……氷精多すぎでしょ!」

特に割合が多いのが妖精、特にあの氷の妖精。
仲間内では妖精と仲がいいことが噂となっており「ロリコン射命丸」などと呼ばれているとか聞いたことあるが。

「文、もしかして本当にロリコンなの?」
「さぁ、どうでしょうね……」

覇気がない。煽っても張りあいもない。
もう少し煽ってみるか。

「教えてくれないなら、この写真持って行くわよ?」

その言葉に視線がちらっとだけ動いたのが見えた。
どうやら文は写真を気にしている、手掛かりは写真にありそうだ。

「こんなかわいらしいショット、本人に見せたらどうなるかしらね」

「っ!」

選んだのは氷精の寝ている写真。いつどうやって取ったのかわからないが、まぁよく撮れている。
その写真だと分かった途端、文は机からどたどたと駆け寄ってきて写真を取り上げようとしてきた。
だが、長時間座り続けたその不健康な体で私には追いつけるはずがない。

「くっ……わかったわよ」

おうおうそんなにこの写真が大事か、と日頃の恨み辛みを込めて放ちたいのを抑え、写真を渡す。
文はそのまま写真を見続けた。

「……まさかその氷精に恋煩いとか言うんじゃないでしょうね?
「ま、まさかぁ、そんなことじゃないわ」
「じゃあなんなのよ」

ここでようやく、文は話し始めた。

「少し、この子達が羨ましくなってね」
「この子って、その氷精?」
「そ。チルノ」

いや、それくらいは私も知ってる。
妖精の中では結構強い力を持つ氷の精。文のお気に入りでもある。
だが力に反して他の妖精同様頭は幼いようで、その活動はくだらない。

なぜ文はこんなのに構うのだろう?
あまつさえ、この氷精を羨ましいと言う。




「―――はたては、この天狗社会、好き?」
「えー?どっちでもないかなぁ」

私だって鴉天狗。この社会で生まれ、この社会に従って生きてきた。
こうして普通に過ごしているし、好きなところも嫌いなところも両方ある。

「文は嫌いなの?」

正直そうには見えない。
なんだかんだ上に従い下を従え、私とは対照的に組織という集団にうまく適応している。

「私も別に嫌いというわけじゃあないわ。天狗社会は良い組織よ」

でもね、と文のトーンが下がった。

「でも時折、すごく窮屈に感じる」
「あっ……」

その感覚が、私には少しわかる気がした。
私も、あまり立場と責任という言葉は好きではない。
やりたくもない事もやらされ、聞きたくもない上の話を聞かされる。

「社会という組織に依存する以上は、自分にとって理不尽や不適合なことも降りかかる」
「そ。自分を抑え、上のことに従わないといけない」

代わりに、社会は私たちをある程度保障してくれる。
こうやってある程度だらだらと新聞記者をしていられるのも、一定の社会階級にいるおかげだ。
凄く身勝手な願望だけど―――都合のいいことだけ聞いていたいとも思う。

「いつだったか、巫女が山に攻めてきた時があった」

山の上の神様一家が来た時だったかしら。

「ええ。その時に面倒な手間を取らされたりね」


『手加減してあげるから、本気でかかってきなさい!』


文は巫女に対してそう言い放ったらしい。
勿論本気でかかる気なんて元々なかったと思う。むしろ気の知れている相手を通してやりたい感じだったんじゃないか。
どういうわけか文は人間を庇うような素振りがあるし。攫うわけでもなく。

「だけど、天狗社会のメンツがあった」
「そういうこと。だから中途半端な戦い方にせざるを得なかったの」


そう言って、文は写真を見続けたまま横になった。

「妖精を眺めたことはある?」
「見たことはあるけど、そんな眺めるまではないわね」

特にネタにもならないし、何やってるかわからない時もあるし。

「妖精は、本当に気ままに生きてるのよ。自分の好きなように」

適当に他の写真を取ってみる。どれもこれも、ただただ遊んでいる写真だ。
蛙を凍らせていたり、紅魔館の門番や巫女と話してたり、ただ寝転がっていたり。

「起きるのも寝るのも自由。食事だって好きにする。遊んで満足すれば一日は終わる」

まさに子供だ。ただ自分のしたいようにするだけの子供。

「そう、彼女たちに“規則”や“決まり”なんて言葉はないのよ」

精々あるのは遊びのルール程度。

「社会集団としての天狗、自由個体としての妖精。全く逆の性質を持つ種族……」

ああ、なんだ。簡単なことだ。


「つまり、アンタはただないものねだりで羨ましがってんのか」
「たぶん、そういうことでしょうね」


垂れた目で撮った写真を見つめる。
まるで初恋の目だ。

「それで、文はどうしたいのよ」
「………」
「はぁ……」

だんまりを決め込む文。
あぁもう、イライラする。


「それならさ、一回新聞止めてみたら?」


「は?」と言いたげな表情でこちらを見る文。
そりゃそうだ。新聞を作ることは彼女の生きがいともいえることなのに。

「何も記者を辞めろってことじゃないわ。一度休刊してみたらどうってこと」
「元々不定期刊行の新聞なんだけど」
「じゃあなおさらいいじゃない。どうせまともな購読者もいないだろうし、多少長く休刊しても気にする人はいないわ」
「さり気なくひどいこと言うわね……」
「だって事実じゃん」
「少なくともあんたのところよりは多いわよ」
「な、なにぉう!」

ぎゃいぎゃいと悪口を言い合う私たち。
なんだ、ちゃんと返せるじゃない。

「……でもありがと。あなたのおかげで、ちょっと振り切れたわ」

カメラを持って文が立ち上がる。
少しばかり身だしなみを整えて、玄関の方へと歩いて行った。



「文々。新聞、本日より一時休刊!」



それからしばらくの間、文は幻想郷を駆け回っていた。
なんとなく念写で追ってみる。

「……なんとまあ」

すがすがしい笑顔のアイツが、そこらかしこで飛んでいた。

神社に立ち寄っては縁側で勝手に寝ていたり
この寒い中湖の上で氷精と戯れてたり
椛の下着を撮って怒らせたり
地底に忍び込んだり
お寺に泊めてもらったり
やってることはあまり変わらない気がしたけど、文にとってはとても違っていたようだ。

「人に世話かけちゃって」

自由奔放に見えて、結構固いところがある文。
本人はうまく世渡りしてるつもりなんだろうけど、こうしてまとめてぶり返しが来たんだ。
変なところで不器用よねぇ。

「私が言えることじゃないか」

時折、私もどういうわけか引っ張り出された。
面倒ではあったけど、文がこんなにも楽しんでる姿を見たらこっちもなんか楽しくなってきた。



「ありがとうね、はたて」
「はっ!?」

帰り道、突然のお礼を聞いた私はすこしたじろいだ。

「なによ、人がせっかく礼を言ったっていうのに」
「いや、まさかそんな言葉を私に言うなんて思わなくって」
「私だってお礼くらい言うわよ」
「そ……」

「さぁ、明日から新聞づくりを再開するわよ!」

文は、そう高らかに宣言した。







文の家につくと、何やら郵便受けが溢れんばかりに膨らんでいた。

「文の郵便受けがここまで膨れるなんて、珍しいこともあるわね」
「………」

文は黙っていた。
どうしたのかと思い見ると、顔が真っ青になっていた。

「え、どうしたの?」

文は答えないまま郵便受けの中身へと手を伸ばし、読み始めた。
覗きこんでみると、そこにはこう書かれていた。

『遅れている年末用の書類の催促です。さっさと提出しやがってください 犬走』

相変わらずの暴言混じりな手紙と共に、大量の催促状がひしめいていた。

すっかり忘れていた。
年末の近い今、締めのために必要な書類がワラワラとたまる。
師走の名の通り、天狗にとっても大変忙しい時期なのだ。

「それ、いつまでなの?」
「……三日後だって」

この量、終わる気配がない。
徹夜は確実だわ……。
書類に目を通した文が一通り読み終えた後、顔をあげた。

「はたて……」

そしてこちらを向き、虚ろな目でこう言った。


「私、チルノさんに婿入りして天狗やめようと思います」


けしかけたの私だし!手伝うから!それだけはやめて!
この文を慰めるまでに時間がかかったのはまた別の話……。
社会人の大人は一度は羨むかもしれない子供の自由さ。組織人な文もこんな風に悩むことがあるからチルノに興味があるのかもしれないと思い、書いてみました。
文とはたては、ライバルである前になんだかんだぶつけ合える一友人同士でもある、というのもいいと思います。
monolith
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コメント



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2.80名前が無い程度の能力削除
これはgood
3.80奇声を発する程度の能力削除
面白い
6.70aikyou削除
ほのぼのしました。社会に出て、会社という組織に入ると、子どもの頃の無邪気でいられた自由が遠く、懐かしいものに思いますよねぇ(遠い目)……。
9.100名前が無い程度の能力削除
こうして射命丸文はチルノと結婚して幸せになりましたとさ
めでたしめでたし
11.80名前が無い程度の能力削除
義務感が取り払われるだけで、心に余裕をもって過ごせることってあるんですよね
それでも私は文ちゃんになりたい
12.80絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。
14.80名前が無い程度の能力削除
文チル面白かった。自分も単純で純粋だったあの頃に戻りたい。
15.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。
16.100名前が無い程度の能力削除
これは良かったです!
18.90名前が無い程度の能力削除
こども、羨ましいですよね…
24.90大根屋削除
なんというギャグw 楽しませてもらいました。