「妹紅と慧音はまだかしら? 永琳?」
「輝夜、落ち着きなさい。さっきからそればっかりじゃない」
「えー、でも」
永遠亭にて。
朝食を終えて、輝夜は縁側に座りながらそわそわしていた。
時折、門の方を見てみるも二人の影はまだ見えなくて、少し残念な顔をする。
そしてまた期待している顔に戻ってそわそわする。
傍らで編み物をしながら、永琳は表情がころころ変わる輝夜の話し相手になっていた。
「今日はお泊り会の日だわ。楽しみで仕方がないわ」
「そうね」
輝夜がくすくす笑う。
永琳の手が止まり、じっと編んでいたマフラーを見つめる。
その表情は少し浮かない顔。
「おーい。輝夜ー」
門の方から声がする。
ずっと待ち望んでいた声音。
イナバが客人を迎える声も聞こえた。
輝夜は目を輝かせて、玄関まで飛んでいく。
その場に残った永琳は、やはり編みかけのマフラーをじっと見つめていた。
急ぎ足で玄関に着いた輝夜の前に、見慣れた姿が上がろうとしていた。
この半年ほど前から、周に一度この永遠亭に泊まりにやってくるようになった二人だ。
「おはよう。慧音」
「やぁ、輝夜」
落ち着かない気持ちを抑えて、輝夜は冷静を装って挨拶をする。
慧音はにっこり笑顔を浮かべて輝夜と二言三言、天気の話などをしてから、少し頭を下げる。
「輝夜、今日もアレを教えてもらえないだろうか」
「ええ、もちろんよ。イナバ。慧音をお部屋まで案内してあげて」
「え? えーと……わ、わかりました、姫様。慧音さん、こちらへどうぞ」
鈴仙はちらっと、慧音の後ろに立っている彼女に視線を送ったが、主人の命に従い先に立って慧音を屋敷内へ招き入れる。
廊下を歩いていく慧音の背中を輝夜はじっと見つめていた。
そろそろ背中からいつもの不満げな声が上がるはず。輝夜がそう思った時。
「……さて。私はどうしたらいいのかな? お前をブッ飛ばして強行突破したらいいのかな?」
――ほらね。
振り返ると輝夜の予想と寸分も違わない不満げな顔をした妹紅が睨み付けていた。
「あら? 妹紅、いたの? 気がつかなかったわ」
「嘘つくの下手だなぁ。人里の子どもたちの方がよっぽど嘘が上手いぞ。さっきからちらちら私を見てたくせに」
「そうだったかしら。それで、何か用かしら?」
「そうだな。慧音が中に入っちゃったし、やっぱりお前をブッ飛ばして強行突破しよう」
妹紅が小さく笑って、親指で外を指す。
輝夜も笑みを浮かべて頷いた。
「くらえっ!」
「ふん、そんな弾幕当たらないわ!」
永遠亭から少し離れた竹林の中。
輝夜と妹紅は弾幕勝負に熱中していた。
妹紅の弾幕を避けながら輝夜が攻撃を仕掛ける。
「おっと、危ない」
すれすれに妹紅が避け体制を立て直す。
長年、この竹林を舞台に殺し合いを繰り広げた二人。
地面には二人の血が多く流されてきた。
しかし、ここ数年で二人の関係は大きく変わっていった。
妹紅が憎しみに満ちた表情をみせることはなくなり、今では輝夜との『弾幕ゲーム』を心から楽しんでいるようだ。
体制を立て直した妹紅が構えた。
そこに輝夜の姿は見えない。
「やば!」
「遅いわよ」
妹紅が顔を後ろに向けると、目の前で周り込んだ輝夜が弾幕を放っていた。
弾幕を受けた妹紅が地面に倒れ込む。
すかさず輝夜が仰向けの妹紅の上に馬乗りになる。
「…………」
上からじっと妹紅の顔を見つめる。
地面に広がる銀髪。
その下の端正な顔。
見つめているうちに輝夜の顔に笑みが浮かぶ。
数秒の後、輝夜の片手が妹紅の額へと伸びた。
「でっこぴーん!!」
「痛ったー!!」
輝夜の人差し指が力いっぱい弾かれ、妹紅の額に痛撃を与えた。
「あははは! 私の勝ちね!」
「くそー!」
額を何度もさすりながら悔しがる妹紅を見て、輝夜は満面の笑みを浮かべて妹紅から立ち上がる。
二人の弾幕ゲームのルール。
それは相手の額にでこピンをした方が勝ち。
永琳も慧音も納得の勝負方法だった。
「さて、妹紅。私の勝ちだから一つ言うことを聞いてもらうわ」
「ちくしょう、負けだ負け。で? なんだ、今日のわがままは?」
妹紅が悪態を吐きながら上半身を起こす。
「そうね。特に思いつかないから、『今日は永遠亭に泊まっていく』ってのはどう?」
「……はいはい」
苦笑いを浮かべる妹紅に輝夜が手を伸ばす。
少ししてから妹紅は輝夜の手を握って立ち上がった。
そうして肩を並べて永遠亭へと歩いていく。
ちなみに妹紅が勝った時は『今日は永遠亭に私を泊めろ』だ。
二人の弾幕ゲームは妹紅たちが永遠亭に泊まる日の、いつもの恒例の儀式。
永琳たちは「もっと素直になればいいのに」と言っているが、それ以上に輝夜たちに言うことはなく、二人の勝負方法を認めている。
この数年で彼女たちを取り巻く環境は大きく変わったのだ。
永遠亭までの短い距離。
輝夜と妹紅は手を繋いで歩いた。
「けーね! さぁ、始めましょうか」
永遠亭での昼食。
二人のイナバも交えた楽しい食事も終え、輝夜の部屋でその主と慧音は向き合っていた。
「輝夜。いつもすまないな。妹紅たちは?」
「妹紅ならイナバ……鈴仙と一緒に永琳のお手伝いをしているわよ。妹紅も役に立つわね。てゐなら妖怪兎たちと遊んでいるわ。邪魔される心配はないわ」
「そ、そうか」
緊張した面持ちの慧音。
向き合う輝夜はにっこりと笑っていて、その傍らには多くの化粧道具が並んでいた。
「さて今日は慧音に似合う口紅を見つけようかしらね」
「よ、よろしく頼む!」
毎週、慧音が輝夜から教わること。
それは上手な化粧の仕方。
真面目で優しい慧音だが、こういう自分を飾る方法は不器用なのだった。
「あはは。そんなに固くならないで。それに慧音は元から綺麗なのだから、化粧なんてあまり必要ないんだけど」
「い、いや! そ、そんなことはないぞ! 自分でも地味だとは思っているだ。た、例えば教え子たちが将来結婚した時とか、やっぱり少しはおしゃれしないと恥ずかしいだろ」
「ふふ、慧音は真面目さんね。さ、口紅だけど。慧音には……そうね、あまり濃い色よりも淡い色の方が似合うわね」
数ある口紅の中から輝夜は数色選ぶと、その中から一つを選び、人差し指ですくう。
「それじゃあ慧音。まずはこれから塗るわよ」
「う、うん」
輝夜は先に口紅を付けた人差し指を慧音の唇にそっと触れると、丁寧に塗っていく。
「口紅はあくまでも唇を飾るもの。唇を隠すように塗ったりしたら逆効果。ほんの少しでいいの」
「なるほど」
「あ、動いちゃダメよ」
「す、すまない」
「ふふ……もう、動いちゃダメったら」
慧音の唇を撫でる指から慧音の唇の肌の柔らかさが伝わってくる。
多くの水分と付きの良い肉の感触が心地よい。
思わず口紅を付け過ぎないように気を付けながら、慧音の唇を輝夜は指で楽しむ。
「……はい、終了。どうかしら?」
そして手鏡を慧音に手渡す。
「あぁ、綺麗だな……って、自分で言っていいのか?」
鏡の中の自分を見つめて、ちょっと横顔にしてみたり、鏡に顔を近づけたり遠ざけたりする慧音。
輝夜は「少しは自分に自信を持ちなさい」と笑った。
そして慧音が鏡に夢中になっている隙に、輝夜は自分の片手の人差し指を見つめる。
先に少し口紅が残る、慧音の唇に触れた指。
ちらりと、まだ慧音が鏡を覗きこんでいるのを見て。
輝夜はそっとその指の先を自分の唇に当てた。
「永琳。ご飯の準備はどうかしら」
時間はあっという間に過ぎていく。
慧音に化粧のレッスンをした後、輝夜は妹紅や慧音、イナバたちと一緒に囲碁などをして遊んでいた。
すでに空は夕焼けに包まれていて、永琳は台所で夕食を作っている。
そこへ場から離れた輝夜が台所へやって来て永琳に声をかけた。
「あ、輝夜。もう少しで出来るわよ」
永琳は振り返らずに返事をする。
野菜を切っていく永琳。
どうやら今日はお鍋らしい。
そんな後ろ姿を輝夜は黙って見つめていた。
「……出来たら呼ぶから、妹紅たちのところに戻ってもいいわよ?」
やはり背中を見せたまま、永琳は輝夜に声をかけた。
しかし輝夜はそっと足音を忍ばせて、永琳の腰に抱きついた。
「ちょ、ちょっと!? 危ないったら!」
「えへへ。永琳ー」
永琳が怒ったような声を上げたが、輝夜は気にせず永琳の腰に頭を擦り付ける。
はぁ、と一つ永琳の口からため息を漏らした。
「もう、甘えん坊ね。輝夜は」
「いいわよ。私、甘えん坊で。それよりも永琳こそ私が妹紅や慧音と仲良くして焼きもち妬いているんじゃないの?」
「……何を今さら」
永琳の腰にしがみ付いたまま、輝夜は大きく息を吸う。
鼻腔に永琳の匂いがいっぱいに広がった。
「やっぱり永琳の傍にいると落ち着くわね」
「……そう」
素っ気なく答えるが永琳の顔は赤く染まっていた。
輝夜はくすくす笑い声を上げてから、再び永琳の腰に顔を押し付ける。
沈黙が包む。
聞こえるのは永琳が野菜を刻む音だけだ。
やがて輝夜が「ねぇ」と話しかけた。
「今日も……アレ。入れておいてね」
「……今日も、ですか?」
永琳の問いに、やっと輝夜は永琳の腰から離れると「そうよ」と返した。
「だって。今日は妹紅と慧音が泊まりに来ているんですもの。楽しみだわ。すごく楽しみ」
そう言い残して輝夜は台所から去っていく。
残された永琳は一度も輝夜に振り返らなかった。
「ふわぁ……眠たくなってきたな」
「そうだな。もうこんな時間か」
楽しい夕食の時間が終わり。
輝夜たちは居間で世間話に花を咲かせていた。
しかし妹紅が大きな欠伸を浮かべて、つられて慧音も手で隠しながら欠伸をした。
「あら。もうこんな時間なのね……イナバ。私の部屋に布団を敷いてちょうだい。いつもみたいに」
「あ、はい」
輝夜に言われて鈴仙が席を立つ。
妹紅と慧音が永遠亭に泊まる時はいつも輝夜の部屋に四人分の布団が敷かれることになっていた。
「あのさぁ……前から、思ってたんだけど……別に私と慧音は別の部屋でもいいんだぞ……ふ、ふわぁ」
「いいじゃない。せっかくのお泊り会なんだから。一緒に寝ましょうよ」
にっこり笑って返事をする輝夜だが、妹紅は眠気に耐え切れないようで何度も欠伸を繰り返していた。
慧音も船を漕ぎそうになっている。
やがて鈴仙が戻ってきて、布団を敷き終えたことを伝えると輝夜は立ち上がる。
「ほら妹紅。部屋まで連れて行ってあげるわ」
「うん? うーん……」
重い眠気に襲われて、妹紅は立つのもやっとの状態だった。
そんな妹紅の体を輝夜が支える。
「慧音。実は貴女にマフラーを編んだの。つけてくれるかしら?」
「ああ……ありがと」
慧音もとろんと目を細めて、永琳に体を支えられている。
「じゃあ、イナバ。私たちはもう寝るわ」
「はい、お休みなさいませ。姫様」
鈴仙が頭を下げて、その横でてゐが「おやすみー」と手を振った。
二人に見送られて、輝夜と永琳は妹紅たちを支えながら部屋へと向かった。
灯りが落ち、薄暗い部屋の中。
月の光だけが障子を通して照らしていた。
横に敷かれた四組の布団。
永琳、輝夜、妹紅、慧音の順に横になっていた。
妹紅と慧音は先ほどから寝息を立てている。
すっと上半身を起こした影があった。
輝夜である。
「…………」
じっと妹紅と慧音を見つめて、二人が寝息を立てているのを確認すると、ゆっくりと体を動かす。
すでに目は暗さに慣れていた。
輝夜はそっと物音を立てずに、やがて慧音の体に馬乗りになる。
上からじっと慧音の顔を見つめる。
目の前で慧音は規則正しい寝息を立てていた。
「……慧音」
そして顔を近づけると慧音の唇に自身の唇を当てる。
昼間、人差し指で撫でた慧音の唇。
その柔らかさを今度は唇で図る。
数十秒間、唇を重ねて顔を離す。
両手を伸ばして慧音の頬を優しく撫でる輝夜の顔は、これ以上ない悦びに満ちていた。
「慧音……あぁ、本当に貴女は化粧なんて必要ないわ。だって、こんなに綺麗な肌をしているんだもの」
一しきり撫でて、その頬へキスを落していく。
頬へ。
額へ。
瞼へ。
鼻先へ。
そしてまた唇に唇を重ねる。
「ああ……綺麗。本当に綺麗よ」
満足そうに笑みを浮かべてから、ゆっくり慧音から体を離す。
次は妹紅に跨って、やはり顔をまじまじと見つめる。
その顎に甘噛みをする。
「妹紅……うふふ。妹紅」
何度も甘く歯を当ててから、輝夜は顔を離す。
そして先ほど慧音にしたように顔のあちこちに唇を押し当てると、最後に妹紅の唇と重なる。
「ふぅ……ああ、妹紅。こうして見ると本当に貴女も綺麗な顔をしているわ。いつかお互いに素直になって、思う存分貴女を慈しみたいわ」
妹紅の寝顔を見つめながら輝夜は恍惚の表情を浮かべて、妹紅の頬を優しく撫でる。
「……はぁ。まったく、輝夜。いつまでこんな悪趣味を続けるつもり?」
輝夜が声の主に振り返ると、永琳が上半身を起こしてため息を吐いていた。
「あら? 何が悪趣味なのかしら? ――私の大事な大事な『宝物』を愛おしんで何かいけないかしら?」
興奮から輝夜は体を震わせながら、妹紅から離れると永琳に近づいていく。
そしてその唇を奪う。
「ん」
「ん……永琳」
何度も何度も永琳の唇にキスをしてから、首筋へと自分の唇を移していく。
くすぐったそうに、気持ちよさそうに永琳の目が閉じられる。
「もう、輝夜ったら」
「えへへ。永琳も可愛いわよ。私に嫉妬しているの? 安心して。貴女も私の大事な『宝物』の一人なんだから」
永琳の首筋から唇を離した輝夜の顔は、大きく歪められて笑っていた。
罪を犯し、月から追放された輝夜。
この地で彼女に芽生えた感情。
それは『愛欲』であった。
醜い嘘を重ねてまで輝夜の体を求める男たち。
輝夜の美貌を嫉妬して嫌味を言う女たち。
そんな連中に輝夜は嫌悪の感を覚えた。
だが純粋に輝夜の容姿に憧れる者もいた。
「か、輝夜様。どうしたら姫様みたいに美しくなれるのですか?」
「どうかこの私めに美しくなれる秘訣をお教えください」
それは輝夜の世話をしてくれる女中たち。
彼女たちに接して、生まれて初めて輝夜は『性』を知ったのだ。
「ふふ。いいわよ、教えてあげるわ。さ、そこにならいなさい」
輝夜はそんな彼女たちに化粧や振る舞い方を教えながら、心の内で増長する感情を覚えていた。
言われるがままに裸を見せてくれる彼女たちは、輝夜にとって『宝物』であった。
それは醜い男たちが送ってくる様々な珍しいものよりも価値があるものであった。
だが、やがて輝夜は永琳と人知れない竹林へと逃れることになった。
永琳と密閉された二人きりの空間。
多くの『宝物』を失い、心の奥で芽生えた感情を処理する場を失い、輝夜の愛欲は徐々に歪められたものになっていく。
やがて行き場を失った感情が爆発した。
その日の夜。
とうとう自分を抑えきれず永琳を押し倒すと、朝まで永琳の体を愛撫した。
ここから輝夜の秘めた感情は暴走を始める。
ある時は一日中、酒に酔い潰れながら裸のまま永琳と抱き合うこともあった。
そんな日々が過ぎて、やがて彼女が現れた。
「父上の仇、晴らさせてもらう!」
妹紅である。
大金をはたいてまで嘘を重ね、輝夜の体を求めようとした醜い男の娘である。
憎悪に満ちた妹紅の顔。
そんな妹紅の顔は、さらに輝夜の愛欲を高めたのだった。
(あぁ……なんて綺麗な顔立ちなの。ふふ、妹紅と言ったわね。私だけを見つめて。私だけを。私だけのものになりなさい)
殺し合いをしながらも、輝夜は妹紅の容姿に惹かれていた。
永琳とは別に輝夜も妹紅との殺し合いを終える手段を探していたのだった。
心の奥で、この娘との殺し合いを終えるには――この娘を私の『宝物』の一つに加えるにはどうしたらいいか、そのことばかり思っていた。
時間は過ぎていく。
妖怪兎たちを連れたイナバ。
月から逃れた玉兎。
そして妹紅の親友という、人里の寺子屋の教師。
再び輝夜の周りに集まっていく綺麗な娘たち。輝夜の愛欲は再び極限まで高められた。
「永琳。妹紅と和解しようと思うの。何か上手い方法はないかしら?」
「……やってみます」
皆を自分だけの『宝物』にしたいという更なる要求が湧きあがり、永琳に乗せられた形を装って、ついにここまで来たのだった。
「綺麗だわ、永琳」
輝夜が目を細める先には寝巻を解いた永琳がいた。
「……輝夜。一つだけ聞きたいことがあるの」
「何かしら?」
「輝夜。貴女が一番好きなのは誰? 妹紅? 慧音?」
永琳の問いに輝夜は目を丸くすると、やがて大きく笑い出した。
「一番好きなの、ですって? あはは。一番なんてないわよ、皆私の大事な『宝物』よ。皆、綺麗な『宝物』。綺麗な肌。愛おしい顔つき。美しい裸体……順位なんて決められないわ。収集者が欲しい収集物に優先順位を決めて収集するかしら? しないわよ。好きだから集めるのよ。妹紅も慧音も、永琳も。皆大事な私の『宝物』に違いないわ。ああ、愛おしい……ふふ、イナバたちも私の『宝物』に加えて、その体を愛でたいわ」
「申し訳ありませんけど、うどんげに手を出したら怒りますからね。本気で」
輝夜の言葉に永琳が睨み付ける。
が、輝夜は平気な顔つきをする。
「はいはい。わかっているわ、冗談よ。イナバたちには手を出さないわ」
輝夜の返答に永琳は疑った表情を浮かべる。
(まったく。お弟子さんのことが大事ですこと。まぁ、いいわ。時間はたっぷりあるわ。いずれあの二人も私の『宝物』に加えてあげる……ああ、その時が楽しみね)
くすくす笑ってから、輝夜は永琳に向き直った。
「さぁ、永琳。慧音の服を脱がせてあげて。私は妹紅のを脱がせるから……ふふ。本当に貴女の眠り薬はよく効くわね」
そう言って妹紅に再び馬乗りになった。
毎週、妹紅と慧音が永遠亭に泊まった時に輝夜が欠かさず行っている事がある。
それは妹紅と慧音の夕食に眠り薬を混入して、すっかり眠らせた後。
裸にさせて永琳と横に並べることだ。
月明かりだけが照らす並べられた三人の裸体。
それを上から眺めるのが輝夜の楽しみになっている。
肌を白く輝かせる三人の裸体に、輝夜の欲情は究極まで高められる。
輝夜の愛欲が満足に満たされる時であった。
そして十分に目で味わった後、今度は三人を朝まで体で味わうのだった。
「ああ、妹紅! 慧音! いつか薬に頼らなくても、その美しい体を堪能したいわ。隅々まで味わいたい。さ、その裸を見せて――」
「――先にお前がなれよ」
ふと耳に入った声。
輝夜の手が止まり目が丸くなる。
その時には輝夜は仰向けに布団に押し付けられていた。
「え?」
状況を把握しきれない輝夜が見上げると――そこには三人の影が見下ろしていた。
「まったく。とんだ変態だな、お前は」
そう言葉を漏らしたのは、眠り薬を飲んだはずの妹紅だった。
「私からも教育をした方がいいな」
そして同じく眠り薬で眠りについたはずの慧音も、輝夜の顔をじっと見つめていた。
「も、妹紅? 慧音? ど、どういうことよ! 永琳!」
まったく予期せぬ出来事に輝夜は慌てた声を上げる。
妹紅と慧音に並ぶように顔を見せた永琳は、冷静な声で主に返答をする。
「どういうこともありません。お二人の夕食に眠り薬なんて混ぜなかっただけです。もう二ヵ月くらい前からね。輝夜、貴女がしていることをお二人は知っていますよ」
永琳の言葉に輝夜は返す言葉がなかった。
しばらくして永琳を睨み付ける。
「騙したわね、永琳」
「騙す? どの口が言うのです? 眠り薬で思うが儘にしていたくせに。それにこのままで良いと思っていたのですか?」
永琳の言葉に輝夜は言い返す言葉が見つからず、黙ったままだった。
しかし、すぐに永琳の言葉に違和感を覚えた。
「ちょっと待って。永琳。貴女、二ヵ月前から妹紅と慧音が私がしていることを知っている、と言ったわね?」
「ええ。そうですよ」
「ということは……二ヵ月前から眠り薬を入れていないってこと?」
輝夜の問いに、妹紅、慧音そして永琳の顔に笑みが浮かぶ。
三人の口から乾いた笑い声が零れた。
「人が寝ている間に傷物にしてくれて。どうやって責任を取るつもりだ」
慧音が目を細めて輝夜を見下す。
「もう輝夜ばかりいい思いはさせられないわね」
永琳が慧音に頷いてみせる。
「……人のことを綺麗、綺麗だと言うくせに。お前の方がよっぽど綺麗だ」
そして妹紅が――歪んだ笑みを輝夜に向ける。
輝夜はしばらく呆然と三人を見つめて、そして乾いた笑い声を上げる。
「……今まで寝たふりをして、私の愛撫を受けていたってこと? 変態って、貴女たちに言われたくはないわ」
「うるさいな……さぁ、今度は私たちがお前を愛撫する時だ。覚悟はいいな?」
妹紅が慧音と永琳に振り返りながら答える。
輝夜の目の前で三人が歪んだ笑い顔を浮かべていた。
それに応えるように。
輝夜も顔を歪ませて、満面の笑みを浮かべる。
両手を横へ伸ばした。
それを合図に。
六本の腕が輝夜の服を剥がそうと、胸元に踊るように伸びていく。
「輝夜、落ち着きなさい。さっきからそればっかりじゃない」
「えー、でも」
永遠亭にて。
朝食を終えて、輝夜は縁側に座りながらそわそわしていた。
時折、門の方を見てみるも二人の影はまだ見えなくて、少し残念な顔をする。
そしてまた期待している顔に戻ってそわそわする。
傍らで編み物をしながら、永琳は表情がころころ変わる輝夜の話し相手になっていた。
「今日はお泊り会の日だわ。楽しみで仕方がないわ」
「そうね」
輝夜がくすくす笑う。
永琳の手が止まり、じっと編んでいたマフラーを見つめる。
その表情は少し浮かない顔。
「おーい。輝夜ー」
門の方から声がする。
ずっと待ち望んでいた声音。
イナバが客人を迎える声も聞こえた。
輝夜は目を輝かせて、玄関まで飛んでいく。
その場に残った永琳は、やはり編みかけのマフラーをじっと見つめていた。
急ぎ足で玄関に着いた輝夜の前に、見慣れた姿が上がろうとしていた。
この半年ほど前から、周に一度この永遠亭に泊まりにやってくるようになった二人だ。
「おはよう。慧音」
「やぁ、輝夜」
落ち着かない気持ちを抑えて、輝夜は冷静を装って挨拶をする。
慧音はにっこり笑顔を浮かべて輝夜と二言三言、天気の話などをしてから、少し頭を下げる。
「輝夜、今日もアレを教えてもらえないだろうか」
「ええ、もちろんよ。イナバ。慧音をお部屋まで案内してあげて」
「え? えーと……わ、わかりました、姫様。慧音さん、こちらへどうぞ」
鈴仙はちらっと、慧音の後ろに立っている彼女に視線を送ったが、主人の命に従い先に立って慧音を屋敷内へ招き入れる。
廊下を歩いていく慧音の背中を輝夜はじっと見つめていた。
そろそろ背中からいつもの不満げな声が上がるはず。輝夜がそう思った時。
「……さて。私はどうしたらいいのかな? お前をブッ飛ばして強行突破したらいいのかな?」
――ほらね。
振り返ると輝夜の予想と寸分も違わない不満げな顔をした妹紅が睨み付けていた。
「あら? 妹紅、いたの? 気がつかなかったわ」
「嘘つくの下手だなぁ。人里の子どもたちの方がよっぽど嘘が上手いぞ。さっきからちらちら私を見てたくせに」
「そうだったかしら。それで、何か用かしら?」
「そうだな。慧音が中に入っちゃったし、やっぱりお前をブッ飛ばして強行突破しよう」
妹紅が小さく笑って、親指で外を指す。
輝夜も笑みを浮かべて頷いた。
「くらえっ!」
「ふん、そんな弾幕当たらないわ!」
永遠亭から少し離れた竹林の中。
輝夜と妹紅は弾幕勝負に熱中していた。
妹紅の弾幕を避けながら輝夜が攻撃を仕掛ける。
「おっと、危ない」
すれすれに妹紅が避け体制を立て直す。
長年、この竹林を舞台に殺し合いを繰り広げた二人。
地面には二人の血が多く流されてきた。
しかし、ここ数年で二人の関係は大きく変わっていった。
妹紅が憎しみに満ちた表情をみせることはなくなり、今では輝夜との『弾幕ゲーム』を心から楽しんでいるようだ。
体制を立て直した妹紅が構えた。
そこに輝夜の姿は見えない。
「やば!」
「遅いわよ」
妹紅が顔を後ろに向けると、目の前で周り込んだ輝夜が弾幕を放っていた。
弾幕を受けた妹紅が地面に倒れ込む。
すかさず輝夜が仰向けの妹紅の上に馬乗りになる。
「…………」
上からじっと妹紅の顔を見つめる。
地面に広がる銀髪。
その下の端正な顔。
見つめているうちに輝夜の顔に笑みが浮かぶ。
数秒の後、輝夜の片手が妹紅の額へと伸びた。
「でっこぴーん!!」
「痛ったー!!」
輝夜の人差し指が力いっぱい弾かれ、妹紅の額に痛撃を与えた。
「あははは! 私の勝ちね!」
「くそー!」
額を何度もさすりながら悔しがる妹紅を見て、輝夜は満面の笑みを浮かべて妹紅から立ち上がる。
二人の弾幕ゲームのルール。
それは相手の額にでこピンをした方が勝ち。
永琳も慧音も納得の勝負方法だった。
「さて、妹紅。私の勝ちだから一つ言うことを聞いてもらうわ」
「ちくしょう、負けだ負け。で? なんだ、今日のわがままは?」
妹紅が悪態を吐きながら上半身を起こす。
「そうね。特に思いつかないから、『今日は永遠亭に泊まっていく』ってのはどう?」
「……はいはい」
苦笑いを浮かべる妹紅に輝夜が手を伸ばす。
少ししてから妹紅は輝夜の手を握って立ち上がった。
そうして肩を並べて永遠亭へと歩いていく。
ちなみに妹紅が勝った時は『今日は永遠亭に私を泊めろ』だ。
二人の弾幕ゲームは妹紅たちが永遠亭に泊まる日の、いつもの恒例の儀式。
永琳たちは「もっと素直になればいいのに」と言っているが、それ以上に輝夜たちに言うことはなく、二人の勝負方法を認めている。
この数年で彼女たちを取り巻く環境は大きく変わったのだ。
永遠亭までの短い距離。
輝夜と妹紅は手を繋いで歩いた。
「けーね! さぁ、始めましょうか」
永遠亭での昼食。
二人のイナバも交えた楽しい食事も終え、輝夜の部屋でその主と慧音は向き合っていた。
「輝夜。いつもすまないな。妹紅たちは?」
「妹紅ならイナバ……鈴仙と一緒に永琳のお手伝いをしているわよ。妹紅も役に立つわね。てゐなら妖怪兎たちと遊んでいるわ。邪魔される心配はないわ」
「そ、そうか」
緊張した面持ちの慧音。
向き合う輝夜はにっこりと笑っていて、その傍らには多くの化粧道具が並んでいた。
「さて今日は慧音に似合う口紅を見つけようかしらね」
「よ、よろしく頼む!」
毎週、慧音が輝夜から教わること。
それは上手な化粧の仕方。
真面目で優しい慧音だが、こういう自分を飾る方法は不器用なのだった。
「あはは。そんなに固くならないで。それに慧音は元から綺麗なのだから、化粧なんてあまり必要ないんだけど」
「い、いや! そ、そんなことはないぞ! 自分でも地味だとは思っているだ。た、例えば教え子たちが将来結婚した時とか、やっぱり少しはおしゃれしないと恥ずかしいだろ」
「ふふ、慧音は真面目さんね。さ、口紅だけど。慧音には……そうね、あまり濃い色よりも淡い色の方が似合うわね」
数ある口紅の中から輝夜は数色選ぶと、その中から一つを選び、人差し指ですくう。
「それじゃあ慧音。まずはこれから塗るわよ」
「う、うん」
輝夜は先に口紅を付けた人差し指を慧音の唇にそっと触れると、丁寧に塗っていく。
「口紅はあくまでも唇を飾るもの。唇を隠すように塗ったりしたら逆効果。ほんの少しでいいの」
「なるほど」
「あ、動いちゃダメよ」
「す、すまない」
「ふふ……もう、動いちゃダメったら」
慧音の唇を撫でる指から慧音の唇の肌の柔らかさが伝わってくる。
多くの水分と付きの良い肉の感触が心地よい。
思わず口紅を付け過ぎないように気を付けながら、慧音の唇を輝夜は指で楽しむ。
「……はい、終了。どうかしら?」
そして手鏡を慧音に手渡す。
「あぁ、綺麗だな……って、自分で言っていいのか?」
鏡の中の自分を見つめて、ちょっと横顔にしてみたり、鏡に顔を近づけたり遠ざけたりする慧音。
輝夜は「少しは自分に自信を持ちなさい」と笑った。
そして慧音が鏡に夢中になっている隙に、輝夜は自分の片手の人差し指を見つめる。
先に少し口紅が残る、慧音の唇に触れた指。
ちらりと、まだ慧音が鏡を覗きこんでいるのを見て。
輝夜はそっとその指の先を自分の唇に当てた。
「永琳。ご飯の準備はどうかしら」
時間はあっという間に過ぎていく。
慧音に化粧のレッスンをした後、輝夜は妹紅や慧音、イナバたちと一緒に囲碁などをして遊んでいた。
すでに空は夕焼けに包まれていて、永琳は台所で夕食を作っている。
そこへ場から離れた輝夜が台所へやって来て永琳に声をかけた。
「あ、輝夜。もう少しで出来るわよ」
永琳は振り返らずに返事をする。
野菜を切っていく永琳。
どうやら今日はお鍋らしい。
そんな後ろ姿を輝夜は黙って見つめていた。
「……出来たら呼ぶから、妹紅たちのところに戻ってもいいわよ?」
やはり背中を見せたまま、永琳は輝夜に声をかけた。
しかし輝夜はそっと足音を忍ばせて、永琳の腰に抱きついた。
「ちょ、ちょっと!? 危ないったら!」
「えへへ。永琳ー」
永琳が怒ったような声を上げたが、輝夜は気にせず永琳の腰に頭を擦り付ける。
はぁ、と一つ永琳の口からため息を漏らした。
「もう、甘えん坊ね。輝夜は」
「いいわよ。私、甘えん坊で。それよりも永琳こそ私が妹紅や慧音と仲良くして焼きもち妬いているんじゃないの?」
「……何を今さら」
永琳の腰にしがみ付いたまま、輝夜は大きく息を吸う。
鼻腔に永琳の匂いがいっぱいに広がった。
「やっぱり永琳の傍にいると落ち着くわね」
「……そう」
素っ気なく答えるが永琳の顔は赤く染まっていた。
輝夜はくすくす笑い声を上げてから、再び永琳の腰に顔を押し付ける。
沈黙が包む。
聞こえるのは永琳が野菜を刻む音だけだ。
やがて輝夜が「ねぇ」と話しかけた。
「今日も……アレ。入れておいてね」
「……今日も、ですか?」
永琳の問いに、やっと輝夜は永琳の腰から離れると「そうよ」と返した。
「だって。今日は妹紅と慧音が泊まりに来ているんですもの。楽しみだわ。すごく楽しみ」
そう言い残して輝夜は台所から去っていく。
残された永琳は一度も輝夜に振り返らなかった。
「ふわぁ……眠たくなってきたな」
「そうだな。もうこんな時間か」
楽しい夕食の時間が終わり。
輝夜たちは居間で世間話に花を咲かせていた。
しかし妹紅が大きな欠伸を浮かべて、つられて慧音も手で隠しながら欠伸をした。
「あら。もうこんな時間なのね……イナバ。私の部屋に布団を敷いてちょうだい。いつもみたいに」
「あ、はい」
輝夜に言われて鈴仙が席を立つ。
妹紅と慧音が永遠亭に泊まる時はいつも輝夜の部屋に四人分の布団が敷かれることになっていた。
「あのさぁ……前から、思ってたんだけど……別に私と慧音は別の部屋でもいいんだぞ……ふ、ふわぁ」
「いいじゃない。せっかくのお泊り会なんだから。一緒に寝ましょうよ」
にっこり笑って返事をする輝夜だが、妹紅は眠気に耐え切れないようで何度も欠伸を繰り返していた。
慧音も船を漕ぎそうになっている。
やがて鈴仙が戻ってきて、布団を敷き終えたことを伝えると輝夜は立ち上がる。
「ほら妹紅。部屋まで連れて行ってあげるわ」
「うん? うーん……」
重い眠気に襲われて、妹紅は立つのもやっとの状態だった。
そんな妹紅の体を輝夜が支える。
「慧音。実は貴女にマフラーを編んだの。つけてくれるかしら?」
「ああ……ありがと」
慧音もとろんと目を細めて、永琳に体を支えられている。
「じゃあ、イナバ。私たちはもう寝るわ」
「はい、お休みなさいませ。姫様」
鈴仙が頭を下げて、その横でてゐが「おやすみー」と手を振った。
二人に見送られて、輝夜と永琳は妹紅たちを支えながら部屋へと向かった。
灯りが落ち、薄暗い部屋の中。
月の光だけが障子を通して照らしていた。
横に敷かれた四組の布団。
永琳、輝夜、妹紅、慧音の順に横になっていた。
妹紅と慧音は先ほどから寝息を立てている。
すっと上半身を起こした影があった。
輝夜である。
「…………」
じっと妹紅と慧音を見つめて、二人が寝息を立てているのを確認すると、ゆっくりと体を動かす。
すでに目は暗さに慣れていた。
輝夜はそっと物音を立てずに、やがて慧音の体に馬乗りになる。
上からじっと慧音の顔を見つめる。
目の前で慧音は規則正しい寝息を立てていた。
「……慧音」
そして顔を近づけると慧音の唇に自身の唇を当てる。
昼間、人差し指で撫でた慧音の唇。
その柔らかさを今度は唇で図る。
数十秒間、唇を重ねて顔を離す。
両手を伸ばして慧音の頬を優しく撫でる輝夜の顔は、これ以上ない悦びに満ちていた。
「慧音……あぁ、本当に貴女は化粧なんて必要ないわ。だって、こんなに綺麗な肌をしているんだもの」
一しきり撫でて、その頬へキスを落していく。
頬へ。
額へ。
瞼へ。
鼻先へ。
そしてまた唇に唇を重ねる。
「ああ……綺麗。本当に綺麗よ」
満足そうに笑みを浮かべてから、ゆっくり慧音から体を離す。
次は妹紅に跨って、やはり顔をまじまじと見つめる。
その顎に甘噛みをする。
「妹紅……うふふ。妹紅」
何度も甘く歯を当ててから、輝夜は顔を離す。
そして先ほど慧音にしたように顔のあちこちに唇を押し当てると、最後に妹紅の唇と重なる。
「ふぅ……ああ、妹紅。こうして見ると本当に貴女も綺麗な顔をしているわ。いつかお互いに素直になって、思う存分貴女を慈しみたいわ」
妹紅の寝顔を見つめながら輝夜は恍惚の表情を浮かべて、妹紅の頬を優しく撫でる。
「……はぁ。まったく、輝夜。いつまでこんな悪趣味を続けるつもり?」
輝夜が声の主に振り返ると、永琳が上半身を起こしてため息を吐いていた。
「あら? 何が悪趣味なのかしら? ――私の大事な大事な『宝物』を愛おしんで何かいけないかしら?」
興奮から輝夜は体を震わせながら、妹紅から離れると永琳に近づいていく。
そしてその唇を奪う。
「ん」
「ん……永琳」
何度も何度も永琳の唇にキスをしてから、首筋へと自分の唇を移していく。
くすぐったそうに、気持ちよさそうに永琳の目が閉じられる。
「もう、輝夜ったら」
「えへへ。永琳も可愛いわよ。私に嫉妬しているの? 安心して。貴女も私の大事な『宝物』の一人なんだから」
永琳の首筋から唇を離した輝夜の顔は、大きく歪められて笑っていた。
罪を犯し、月から追放された輝夜。
この地で彼女に芽生えた感情。
それは『愛欲』であった。
醜い嘘を重ねてまで輝夜の体を求める男たち。
輝夜の美貌を嫉妬して嫌味を言う女たち。
そんな連中に輝夜は嫌悪の感を覚えた。
だが純粋に輝夜の容姿に憧れる者もいた。
「か、輝夜様。どうしたら姫様みたいに美しくなれるのですか?」
「どうかこの私めに美しくなれる秘訣をお教えください」
それは輝夜の世話をしてくれる女中たち。
彼女たちに接して、生まれて初めて輝夜は『性』を知ったのだ。
「ふふ。いいわよ、教えてあげるわ。さ、そこにならいなさい」
輝夜はそんな彼女たちに化粧や振る舞い方を教えながら、心の内で増長する感情を覚えていた。
言われるがままに裸を見せてくれる彼女たちは、輝夜にとって『宝物』であった。
それは醜い男たちが送ってくる様々な珍しいものよりも価値があるものであった。
だが、やがて輝夜は永琳と人知れない竹林へと逃れることになった。
永琳と密閉された二人きりの空間。
多くの『宝物』を失い、心の奥で芽生えた感情を処理する場を失い、輝夜の愛欲は徐々に歪められたものになっていく。
やがて行き場を失った感情が爆発した。
その日の夜。
とうとう自分を抑えきれず永琳を押し倒すと、朝まで永琳の体を愛撫した。
ここから輝夜の秘めた感情は暴走を始める。
ある時は一日中、酒に酔い潰れながら裸のまま永琳と抱き合うこともあった。
そんな日々が過ぎて、やがて彼女が現れた。
「父上の仇、晴らさせてもらう!」
妹紅である。
大金をはたいてまで嘘を重ね、輝夜の体を求めようとした醜い男の娘である。
憎悪に満ちた妹紅の顔。
そんな妹紅の顔は、さらに輝夜の愛欲を高めたのだった。
(あぁ……なんて綺麗な顔立ちなの。ふふ、妹紅と言ったわね。私だけを見つめて。私だけを。私だけのものになりなさい)
殺し合いをしながらも、輝夜は妹紅の容姿に惹かれていた。
永琳とは別に輝夜も妹紅との殺し合いを終える手段を探していたのだった。
心の奥で、この娘との殺し合いを終えるには――この娘を私の『宝物』の一つに加えるにはどうしたらいいか、そのことばかり思っていた。
時間は過ぎていく。
妖怪兎たちを連れたイナバ。
月から逃れた玉兎。
そして妹紅の親友という、人里の寺子屋の教師。
再び輝夜の周りに集まっていく綺麗な娘たち。輝夜の愛欲は再び極限まで高められた。
「永琳。妹紅と和解しようと思うの。何か上手い方法はないかしら?」
「……やってみます」
皆を自分だけの『宝物』にしたいという更なる要求が湧きあがり、永琳に乗せられた形を装って、ついにここまで来たのだった。
「綺麗だわ、永琳」
輝夜が目を細める先には寝巻を解いた永琳がいた。
「……輝夜。一つだけ聞きたいことがあるの」
「何かしら?」
「輝夜。貴女が一番好きなのは誰? 妹紅? 慧音?」
永琳の問いに輝夜は目を丸くすると、やがて大きく笑い出した。
「一番好きなの、ですって? あはは。一番なんてないわよ、皆私の大事な『宝物』よ。皆、綺麗な『宝物』。綺麗な肌。愛おしい顔つき。美しい裸体……順位なんて決められないわ。収集者が欲しい収集物に優先順位を決めて収集するかしら? しないわよ。好きだから集めるのよ。妹紅も慧音も、永琳も。皆大事な私の『宝物』に違いないわ。ああ、愛おしい……ふふ、イナバたちも私の『宝物』に加えて、その体を愛でたいわ」
「申し訳ありませんけど、うどんげに手を出したら怒りますからね。本気で」
輝夜の言葉に永琳が睨み付ける。
が、輝夜は平気な顔つきをする。
「はいはい。わかっているわ、冗談よ。イナバたちには手を出さないわ」
輝夜の返答に永琳は疑った表情を浮かべる。
(まったく。お弟子さんのことが大事ですこと。まぁ、いいわ。時間はたっぷりあるわ。いずれあの二人も私の『宝物』に加えてあげる……ああ、その時が楽しみね)
くすくす笑ってから、輝夜は永琳に向き直った。
「さぁ、永琳。慧音の服を脱がせてあげて。私は妹紅のを脱がせるから……ふふ。本当に貴女の眠り薬はよく効くわね」
そう言って妹紅に再び馬乗りになった。
毎週、妹紅と慧音が永遠亭に泊まった時に輝夜が欠かさず行っている事がある。
それは妹紅と慧音の夕食に眠り薬を混入して、すっかり眠らせた後。
裸にさせて永琳と横に並べることだ。
月明かりだけが照らす並べられた三人の裸体。
それを上から眺めるのが輝夜の楽しみになっている。
肌を白く輝かせる三人の裸体に、輝夜の欲情は究極まで高められる。
輝夜の愛欲が満足に満たされる時であった。
そして十分に目で味わった後、今度は三人を朝まで体で味わうのだった。
「ああ、妹紅! 慧音! いつか薬に頼らなくても、その美しい体を堪能したいわ。隅々まで味わいたい。さ、その裸を見せて――」
「――先にお前がなれよ」
ふと耳に入った声。
輝夜の手が止まり目が丸くなる。
その時には輝夜は仰向けに布団に押し付けられていた。
「え?」
状況を把握しきれない輝夜が見上げると――そこには三人の影が見下ろしていた。
「まったく。とんだ変態だな、お前は」
そう言葉を漏らしたのは、眠り薬を飲んだはずの妹紅だった。
「私からも教育をした方がいいな」
そして同じく眠り薬で眠りについたはずの慧音も、輝夜の顔をじっと見つめていた。
「も、妹紅? 慧音? ど、どういうことよ! 永琳!」
まったく予期せぬ出来事に輝夜は慌てた声を上げる。
妹紅と慧音に並ぶように顔を見せた永琳は、冷静な声で主に返答をする。
「どういうこともありません。お二人の夕食に眠り薬なんて混ぜなかっただけです。もう二ヵ月くらい前からね。輝夜、貴女がしていることをお二人は知っていますよ」
永琳の言葉に輝夜は返す言葉がなかった。
しばらくして永琳を睨み付ける。
「騙したわね、永琳」
「騙す? どの口が言うのです? 眠り薬で思うが儘にしていたくせに。それにこのままで良いと思っていたのですか?」
永琳の言葉に輝夜は言い返す言葉が見つからず、黙ったままだった。
しかし、すぐに永琳の言葉に違和感を覚えた。
「ちょっと待って。永琳。貴女、二ヵ月前から妹紅と慧音が私がしていることを知っている、と言ったわね?」
「ええ。そうですよ」
「ということは……二ヵ月前から眠り薬を入れていないってこと?」
輝夜の問いに、妹紅、慧音そして永琳の顔に笑みが浮かぶ。
三人の口から乾いた笑い声が零れた。
「人が寝ている間に傷物にしてくれて。どうやって責任を取るつもりだ」
慧音が目を細めて輝夜を見下す。
「もう輝夜ばかりいい思いはさせられないわね」
永琳が慧音に頷いてみせる。
「……人のことを綺麗、綺麗だと言うくせに。お前の方がよっぽど綺麗だ」
そして妹紅が――歪んだ笑みを輝夜に向ける。
輝夜はしばらく呆然と三人を見つめて、そして乾いた笑い声を上げる。
「……今まで寝たふりをして、私の愛撫を受けていたってこと? 変態って、貴女たちに言われたくはないわ」
「うるさいな……さぁ、今度は私たちがお前を愛撫する時だ。覚悟はいいな?」
妹紅が慧音と永琳に振り返りながら答える。
輝夜の目の前で三人が歪んだ笑い顔を浮かべていた。
それに応えるように。
輝夜も顔を歪ませて、満面の笑みを浮かべる。
両手を横へ伸ばした。
それを合図に。
六本の腕が輝夜の服を剥がそうと、胸元に踊るように伸びていく。
心ほっこりお泊まり会かと思いきや、輝夜全狙い→輝夜総受けハーレムになるとは全く意表をつかれました。
また、相手を寝床で求める描写はもちろんこと、輝夜が求めた相手を「宝物」と言っているのも、お見事です。
実に良いエロスでした。
まさか、私のような一読者のコメントで表記を変更するとは! 誠に何と言って良いのか分かりませんが、私如きのコメントに目を通して頂きありがとうございます。
※これ位しか、お礼のコメントを書けない自分をお許し下さい。ですが、心の中ではこのコメント欄では書き尽くせないほどの感謝の念でいっぱいなのは天地神明に誓います。ありがとうございました。