時刻は昼過ぎである。
秋の半端な暖かさはどこかへ行ってしまったようで、香霖堂店内は少しばかり寒い。光が商品を傷めてしまわないように天井の明りをしぼってあるから、そこらが嫌に薄暗く感じる。棚の道具はどれもみんな淡い影を帯びていて、それが見る人に陰気な印象を与えるらしい。この前霊夢や魔理沙からそう聞いた。
僕とさとりはその暗くて寒くて陰気な店の中、ただ黙々と本を読み続けている。
僕は帳場に腰を据えて、外の世界から流れ着いた写真集に目を通している。本の写真はペンギンという外界の鳥類を撮したものがほとんどである。そのペンギンという鳥は細長いどんぐりのような形をしていて、そのどんぐりの尻の部分にごくごく短い足がついている。そして体の上部両脇にはヒレのような翼がくっついている。どうやらペンギンは飛ぶことよりも泳ぐことを選んだ種族らしく、本の中には、とても気持ちよさげに泳ぐ彼らの写真も収められている。僕はこんな鳥が幻想郷の空を飛んでいたら面白いだろうなと思った。
「そんなずんぐりむっくりが空を飛んでいたら、幻想郷の面々にいじめられてしまいますよ」
そう言ったのは、こちらの心を読んだらしいさとりである。彼女は店の隅から引きずってきた丸椅子に腰掛けている。そして本に視線を落としながら、胸にある第三の目でこちらをじっと見つめている。僕が「本を読みながら心も読むとは器用なものだな」と考えていると、さとりは「私にとっては朝飯前です」と何でもないように返してきた。そうなのかと思った。
そうしてしばらくすると、本を読むのに飽きたらしいさとりが椅子から降りてこちらへやって来た。彼女が歩くたびに床板が軋んで嫌な音がした。その嫌な音がやんだと思ったら、僕の見ている写真集に黒い影が落ちた。さとりが変な位置に立って光を遮っているのだ。僕は本から視線を上げ、非難するように彼女を見た。しかしさとりは平然として「どこかへ行きませんか」などと言う。
「どこかってどこだい?」
「どこかとはどこかです」
「もう少し具体的に言ってくれないと分からないんだけどね」
「こちらの心を読めばいいじゃないですか」
「僕はさとり妖怪じゃないよ」
そんな益体のない会話を交わす。僕はこんなふうにさとりと話す時間を存外気に入っている。彼女と出会う前は知的な会話が好みであったが、出会った今では身のない話も悪くはないと思えるようになった。彼女が僕を変えたのだと思うと何やら変な気分になる。
「いいからでかけましょう」
「僕は昨日道具を拾いに出かけたからね。二日続けて外出するのは避けたいところだ」
「じゃあもう一度道具を拾いに行きましょう」
「君は人の話を聞いているかい? 全く、それでよく多数のペットを従えることができるね。僕だったら君みたく人の話を無視するような主はお断りだが」
「あら? じゃあ私が霖之助さんの話をちゃんと聞いてあげれば、貴方は私のペットになってくれるのでしょうか」
「どうしてそうなるんだ……」
さとりは「冗談ですよ」と言ってくすくす笑っている。彼女と話すのは愉快だけれど、その分疲れるような話題も多いからいけない。僕は額に手を当てて溜息をついた。
その後さとりと押し問答を繰り広げた結果、僕が折れて外へと出かけることになった。彼女がしてやったりという顔でこちらを見てくるのには腹が立ったが、そこは男として我慢を通した。むしろあのこじんまりした身体を見ていると、こちらが父親にでもなったような気がして寛大になれる。まあ許してやるかと思った。
さとりはこちらの心を読んで少し不愉快そうな顔をしたが、自分の意見を押し通せた喜びですぐに機嫌を直した。そして「さあすぐ行きましょう」と言って僕を急き立てた。もう行動が完全に幼子のそれである。僕は「はいはい」と言って、さとりを伴いながら店の入口の方へと歩いた。歩くたびに床がぎしぎし鳴った。
僕ら二人共が行き場所を考えるのを面倒臭がったから、目的地は成り行きで無縁塚になった。昨日行ったからもう道具はないだろうけど、今回はそれを目的としていないから別にいい。さとりが満足しさえすればそれでよかった。
道中は何もなく寂しい道のりだった。空は薄曇りでほのかに白く、日の光が弱いせいか、そこらの影の色が平生よりも薄いように思われる。道端には背の高い草が生えていて、それがゆく道の先までずっと続いている。草はさとりの背よりも高い。そして目に焼き付くような濃い緑色をしている。見たことのあるようなないような、よく分からない変な草だ。僕とさとりはその草と草との間をひたすらに歩いていった。
「退屈ですね」
「そうかい? 僕はこうやって歩きながら自然の色々を見ているだけで、結構な暇つぶしになるけどね」
「年寄り臭いですよ」
「僕は人間の歳で言うともう爺だからね。でも僕が爺なら君はもっとだろうさ」
「トラウマをえぐられたくなければ黙ってください」
さとりが睨みつけてくる。自分が先に年寄り臭いなどと言ったくせに、自分が年寄り扱いされると怒るのだから身勝手な話である。まあ彼女も見た目は幼い少女であるから、高齢者呼ばわりは腹に据えかねたのかもしれない。可愛らしいところもあるものだ。
僕がそのように感心していると、彼女は恥ずかしそう俯いてしまった。そうして会話がなくなった。
黙って歩いているうちに目的地の無縁塚に辿りついた。無縁塚は道中以上に寂しい場所である。ただ石が転がっているばかりで、面白いと思えるものは何一つない。これがまだ昨日であったなら、道具がちらほらあって散策のしがいがあったろうにと思う。さとりがやっと顔を上げて「つまらない場所……」と呟いたから、「確かにね」と胸の内で同意しておいた。
「さて、これからどうするんだい」
「ここまで何もないとやることがありませんね。お燐へのお土産に死体でも掘り起こしましょうか」
さとりが悪趣味なことを言いだしたから、僕は彼女を置いて独りで無縁塚を歩き出した。すると後ろから「冗談ですよ。怒らないでください」と謝りながらトコトコついてくる。反省したようだから、歩幅を狭めて彼女の横に並んだ。
そうしてさとりと無縁塚を徘徊したが、予想通り何も見つからない。やっぱり石ばかりである。そのうちに退屈したらしいさとりが、そこらに落ちている手頃なやつを拾って「この石、丸くなった猫に見えますね」とヘンテコなことを言いだした。僕はそれをよく見てみたけれど、しかしどう頑張っても丸くなった猫とは思われない。「さとりは性格が捻くれているから、感性も捻くれているのだろう」と僕は一人納得した。理解を得られなかったさとりは「猫と言ったら猫なんです!」とムキになって先へと走って行ってしまった。やはり子供っぽいなと思う。
僕は走り去ったさとりを歩いて追いかけた。無縁塚はどこまで歩いても殺風景で、ずっと留まっていると変な気分になる。これが葬られた死人たちの念によるものなのかは僕には分からない。けれど良い影響ではないから、早くさとりに追いついてここを離れようと考えた。僕は足を速めて彼女に追いすがった。
追いついてみると、さとりは何かふわふわしたものを胸に抱えていた。
「これを見てください霖之助さん。とても可愛らしいですね」
「それはどうしたんだい?」
「そこで拾いました。汚れてないですから、まだこちらに来て間もないんでしょう」
「ふぅむ」
それはペンギンのぬいぐるみだった。どんぐりのようなずんぐりむっくりの身体も、短い足も、ヒレのような翼も、みんな写真集で見たものとそっくりである。ただこちらはぬいぐるみであるから、実際のペンギンよりもモコモコしていて可愛いように見える。
さとりはうっとりしながら「こんな鳥が外にはいるのですか。地霊殿にも一羽くらいいてくれればいいのに」と言って骨抜きになっている。ペンギンは氷のある寒いところに住んでいるから、地底では飼うことはできないだろう。そう思ったら「そうですか、残念です」と、本当に残念そうな声が彼女から漏れた。さとりは胸にあるぬいぐるみをきつく抱きしめて無念そうにしている。
それを見た僕は、柄にもなく慰めてやるかという気持ちになった。
「君はもう沢山ペットを飼っているだろう? これ以上動物を飼っても仕方ないんじゃないかな」
「そうですけど……」
「じゃあそのぬいぐるみで我慢することだね。今君の屋敷にいる動物たちも可愛いんだろうから、そっちの方を可愛がってやればいい」
「……分かりました」
さとりは頷いた。頷いただけならいいけれど、何故かニヤニヤと笑っている。さとりがこの表情を浮かべたときは、大概何かろくでもないイタズラを仕掛けてくるから油断ならない。僕は彼女から少し距離をとった。
でも無駄であった。さとりはペンギンのぬいぐるみをこちらに放り投げてきた。先程まで彼女が可愛がっていた人形を地べたに落とすのは忍びないと思い、僕は反射的にそれを両手にとった。それが決定的な隙となってしまった。
さとりは僕の後ろに回り込んで飛びかかり、背中をよじ登ったと思うと、何も言わずに頭を撫でてきた。ペットを可愛がる時のような、優しくも乱暴な手つきである。
「ほら、よしよしよし。霖之助さんは可愛いですね」
「……僕は君のペットじゃない」
「似たようなものです」
不服を訴えても取り合ってもらえない。さとりは猫なで声を出しながらひたすらに僕を可愛がり続けている。撫でる手の動きが心地よく思えて急に気恥ずかしくなり、それをごまかすために顔をしかめてみた。しかしまだ照れくさいように思う。
僕は「取り敢えず背中から降りてくれないかな。君は重くないけど軽くもないんだ」と言った。憎まれ口を叩いたけれど、結局これは照れ隠しである。さとり妖怪である彼女は無論そのことを見抜いているから、意地悪く笑って「照れなくてもいいじゃないですか」などと言う。僕は余計に顔をしかめた。
冷たい風が無縁塚を吹き抜けていった。さとりが「では帰りましょう」と言って僕の髪を引っ張った。僕は溜息をついて「分かったよ」と言った。
帰り道も寂しいものである。ただ行きとは違い、僕は手にふわふわしたぬいぐるみを持って、後ろに即席の主人を背負っている。それが何やら僕の心を暖かくした。
歩いていると背中のさとりが愉快そうに言った。
「このまま地霊殿にあなたを連れ帰ってしまいましょうか。ペットと主は一緒に住まわなくてはいけませんしね」
「そいつは大歓迎だ。僕の可愛いご主人様」
そう言って微笑んだら、彼女は息が詰まったように黙り込んでしまった。散々からかわれたのだから、これくらいの反撃は許されるだろう。僕は心の中で「本気にしちゃ駄目だよ。地底に移住する予定はまだないんだ」と言って笑ってやった。
背後のさとりが「ペットのくせに生意気です!」と怒りながら、僕の肩をぽかぽか叩いてくる。僕は笑いながら歩き続ける。
ペンギンの目が、明るい陽を浴びてきらきらと光った。
秋の半端な暖かさはどこかへ行ってしまったようで、香霖堂店内は少しばかり寒い。光が商品を傷めてしまわないように天井の明りをしぼってあるから、そこらが嫌に薄暗く感じる。棚の道具はどれもみんな淡い影を帯びていて、それが見る人に陰気な印象を与えるらしい。この前霊夢や魔理沙からそう聞いた。
僕とさとりはその暗くて寒くて陰気な店の中、ただ黙々と本を読み続けている。
僕は帳場に腰を据えて、外の世界から流れ着いた写真集に目を通している。本の写真はペンギンという外界の鳥類を撮したものがほとんどである。そのペンギンという鳥は細長いどんぐりのような形をしていて、そのどんぐりの尻の部分にごくごく短い足がついている。そして体の上部両脇にはヒレのような翼がくっついている。どうやらペンギンは飛ぶことよりも泳ぐことを選んだ種族らしく、本の中には、とても気持ちよさげに泳ぐ彼らの写真も収められている。僕はこんな鳥が幻想郷の空を飛んでいたら面白いだろうなと思った。
「そんなずんぐりむっくりが空を飛んでいたら、幻想郷の面々にいじめられてしまいますよ」
そう言ったのは、こちらの心を読んだらしいさとりである。彼女は店の隅から引きずってきた丸椅子に腰掛けている。そして本に視線を落としながら、胸にある第三の目でこちらをじっと見つめている。僕が「本を読みながら心も読むとは器用なものだな」と考えていると、さとりは「私にとっては朝飯前です」と何でもないように返してきた。そうなのかと思った。
そうしてしばらくすると、本を読むのに飽きたらしいさとりが椅子から降りてこちらへやって来た。彼女が歩くたびに床板が軋んで嫌な音がした。その嫌な音がやんだと思ったら、僕の見ている写真集に黒い影が落ちた。さとりが変な位置に立って光を遮っているのだ。僕は本から視線を上げ、非難するように彼女を見た。しかしさとりは平然として「どこかへ行きませんか」などと言う。
「どこかってどこだい?」
「どこかとはどこかです」
「もう少し具体的に言ってくれないと分からないんだけどね」
「こちらの心を読めばいいじゃないですか」
「僕はさとり妖怪じゃないよ」
そんな益体のない会話を交わす。僕はこんなふうにさとりと話す時間を存外気に入っている。彼女と出会う前は知的な会話が好みであったが、出会った今では身のない話も悪くはないと思えるようになった。彼女が僕を変えたのだと思うと何やら変な気分になる。
「いいからでかけましょう」
「僕は昨日道具を拾いに出かけたからね。二日続けて外出するのは避けたいところだ」
「じゃあもう一度道具を拾いに行きましょう」
「君は人の話を聞いているかい? 全く、それでよく多数のペットを従えることができるね。僕だったら君みたく人の話を無視するような主はお断りだが」
「あら? じゃあ私が霖之助さんの話をちゃんと聞いてあげれば、貴方は私のペットになってくれるのでしょうか」
「どうしてそうなるんだ……」
さとりは「冗談ですよ」と言ってくすくす笑っている。彼女と話すのは愉快だけれど、その分疲れるような話題も多いからいけない。僕は額に手を当てて溜息をついた。
その後さとりと押し問答を繰り広げた結果、僕が折れて外へと出かけることになった。彼女がしてやったりという顔でこちらを見てくるのには腹が立ったが、そこは男として我慢を通した。むしろあのこじんまりした身体を見ていると、こちらが父親にでもなったような気がして寛大になれる。まあ許してやるかと思った。
さとりはこちらの心を読んで少し不愉快そうな顔をしたが、自分の意見を押し通せた喜びですぐに機嫌を直した。そして「さあすぐ行きましょう」と言って僕を急き立てた。もう行動が完全に幼子のそれである。僕は「はいはい」と言って、さとりを伴いながら店の入口の方へと歩いた。歩くたびに床がぎしぎし鳴った。
僕ら二人共が行き場所を考えるのを面倒臭がったから、目的地は成り行きで無縁塚になった。昨日行ったからもう道具はないだろうけど、今回はそれを目的としていないから別にいい。さとりが満足しさえすればそれでよかった。
道中は何もなく寂しい道のりだった。空は薄曇りでほのかに白く、日の光が弱いせいか、そこらの影の色が平生よりも薄いように思われる。道端には背の高い草が生えていて、それがゆく道の先までずっと続いている。草はさとりの背よりも高い。そして目に焼き付くような濃い緑色をしている。見たことのあるようなないような、よく分からない変な草だ。僕とさとりはその草と草との間をひたすらに歩いていった。
「退屈ですね」
「そうかい? 僕はこうやって歩きながら自然の色々を見ているだけで、結構な暇つぶしになるけどね」
「年寄り臭いですよ」
「僕は人間の歳で言うともう爺だからね。でも僕が爺なら君はもっとだろうさ」
「トラウマをえぐられたくなければ黙ってください」
さとりが睨みつけてくる。自分が先に年寄り臭いなどと言ったくせに、自分が年寄り扱いされると怒るのだから身勝手な話である。まあ彼女も見た目は幼い少女であるから、高齢者呼ばわりは腹に据えかねたのかもしれない。可愛らしいところもあるものだ。
僕がそのように感心していると、彼女は恥ずかしそう俯いてしまった。そうして会話がなくなった。
黙って歩いているうちに目的地の無縁塚に辿りついた。無縁塚は道中以上に寂しい場所である。ただ石が転がっているばかりで、面白いと思えるものは何一つない。これがまだ昨日であったなら、道具がちらほらあって散策のしがいがあったろうにと思う。さとりがやっと顔を上げて「つまらない場所……」と呟いたから、「確かにね」と胸の内で同意しておいた。
「さて、これからどうするんだい」
「ここまで何もないとやることがありませんね。お燐へのお土産に死体でも掘り起こしましょうか」
さとりが悪趣味なことを言いだしたから、僕は彼女を置いて独りで無縁塚を歩き出した。すると後ろから「冗談ですよ。怒らないでください」と謝りながらトコトコついてくる。反省したようだから、歩幅を狭めて彼女の横に並んだ。
そうしてさとりと無縁塚を徘徊したが、予想通り何も見つからない。やっぱり石ばかりである。そのうちに退屈したらしいさとりが、そこらに落ちている手頃なやつを拾って「この石、丸くなった猫に見えますね」とヘンテコなことを言いだした。僕はそれをよく見てみたけれど、しかしどう頑張っても丸くなった猫とは思われない。「さとりは性格が捻くれているから、感性も捻くれているのだろう」と僕は一人納得した。理解を得られなかったさとりは「猫と言ったら猫なんです!」とムキになって先へと走って行ってしまった。やはり子供っぽいなと思う。
僕は走り去ったさとりを歩いて追いかけた。無縁塚はどこまで歩いても殺風景で、ずっと留まっていると変な気分になる。これが葬られた死人たちの念によるものなのかは僕には分からない。けれど良い影響ではないから、早くさとりに追いついてここを離れようと考えた。僕は足を速めて彼女に追いすがった。
追いついてみると、さとりは何かふわふわしたものを胸に抱えていた。
「これを見てください霖之助さん。とても可愛らしいですね」
「それはどうしたんだい?」
「そこで拾いました。汚れてないですから、まだこちらに来て間もないんでしょう」
「ふぅむ」
それはペンギンのぬいぐるみだった。どんぐりのようなずんぐりむっくりの身体も、短い足も、ヒレのような翼も、みんな写真集で見たものとそっくりである。ただこちらはぬいぐるみであるから、実際のペンギンよりもモコモコしていて可愛いように見える。
さとりはうっとりしながら「こんな鳥が外にはいるのですか。地霊殿にも一羽くらいいてくれればいいのに」と言って骨抜きになっている。ペンギンは氷のある寒いところに住んでいるから、地底では飼うことはできないだろう。そう思ったら「そうですか、残念です」と、本当に残念そうな声が彼女から漏れた。さとりは胸にあるぬいぐるみをきつく抱きしめて無念そうにしている。
それを見た僕は、柄にもなく慰めてやるかという気持ちになった。
「君はもう沢山ペットを飼っているだろう? これ以上動物を飼っても仕方ないんじゃないかな」
「そうですけど……」
「じゃあそのぬいぐるみで我慢することだね。今君の屋敷にいる動物たちも可愛いんだろうから、そっちの方を可愛がってやればいい」
「……分かりました」
さとりは頷いた。頷いただけならいいけれど、何故かニヤニヤと笑っている。さとりがこの表情を浮かべたときは、大概何かろくでもないイタズラを仕掛けてくるから油断ならない。僕は彼女から少し距離をとった。
でも無駄であった。さとりはペンギンのぬいぐるみをこちらに放り投げてきた。先程まで彼女が可愛がっていた人形を地べたに落とすのは忍びないと思い、僕は反射的にそれを両手にとった。それが決定的な隙となってしまった。
さとりは僕の後ろに回り込んで飛びかかり、背中をよじ登ったと思うと、何も言わずに頭を撫でてきた。ペットを可愛がる時のような、優しくも乱暴な手つきである。
「ほら、よしよしよし。霖之助さんは可愛いですね」
「……僕は君のペットじゃない」
「似たようなものです」
不服を訴えても取り合ってもらえない。さとりは猫なで声を出しながらひたすらに僕を可愛がり続けている。撫でる手の動きが心地よく思えて急に気恥ずかしくなり、それをごまかすために顔をしかめてみた。しかしまだ照れくさいように思う。
僕は「取り敢えず背中から降りてくれないかな。君は重くないけど軽くもないんだ」と言った。憎まれ口を叩いたけれど、結局これは照れ隠しである。さとり妖怪である彼女は無論そのことを見抜いているから、意地悪く笑って「照れなくてもいいじゃないですか」などと言う。僕は余計に顔をしかめた。
冷たい風が無縁塚を吹き抜けていった。さとりが「では帰りましょう」と言って僕の髪を引っ張った。僕は溜息をついて「分かったよ」と言った。
帰り道も寂しいものである。ただ行きとは違い、僕は手にふわふわしたぬいぐるみを持って、後ろに即席の主人を背負っている。それが何やら僕の心を暖かくした。
歩いていると背中のさとりが愉快そうに言った。
「このまま地霊殿にあなたを連れ帰ってしまいましょうか。ペットと主は一緒に住まわなくてはいけませんしね」
「そいつは大歓迎だ。僕の可愛いご主人様」
そう言って微笑んだら、彼女は息が詰まったように黙り込んでしまった。散々からかわれたのだから、これくらいの反撃は許されるだろう。僕は心の中で「本気にしちゃ駄目だよ。地底に移住する予定はまだないんだ」と言って笑ってやった。
背後のさとりが「ペットのくせに生意気です!」と怒りながら、僕の肩をぽかぽか叩いてくる。僕は笑いながら歩き続ける。
ペンギンの目が、明るい陽を浴びてきらきらと光った。
誤字
>こんな鳥が外に入るのですか