メリーは東北人並にのんびりしている。
おバカではないのだけど、天然気質がある。そしてそれはアルコールが入ると更に拍車がかかる。
それでも時間にルーズではないと思っていたのだけど。
「もしもしれんこぉ? あたしねぇ、今きょうと駅なんらけどぉ、地下鉄のしゅうでんがなくなったのぉー。ねえどうしたらいいー?」
明日は土曜日だからと夜更かしを決めた頃のことだった。酔っぱらって呂律が回っていないメリーが大きな声を出している。
現在時刻は日付が変わって0時30分。どうやら終電を逃したらしい。
「おとなしくタクシー拾いなさいよ。間違っても歩こうなんて考えないでよ」
「えーだってぇ、お金もったいないー」
「昼間ならまだしも、夜は危険よ」
京都駅はだいたい八条あたりに位置する。そしてメリーの下宿は一条よりも北の今出川通の近く。こんな深夜に3キロも4キロもある道のりを歩いていてメリーが無事なはずがない。
「でもねぇれんこ、わたし2000円くらいしか持ってないのぉ。京都から今出川までじゃ足りないのー」
うん。絶対に足りない。私の下宿の近くですら足りていない。
私の下宿は一条よりやや南の丸太町通の近くにある。メリーの下宿よりも少しだけ京都駅に近い。
「わかったわ。じゃあ烏丸丸太町で降ろしてもらいなさい。お金持っていくから」
「はらってくれるのー? れんこやさしー」
あはははは、と陽気そうに笑うメリー。これは明らかに飲みすぎである。後で絡まれそうだ。
また後で、と電話を切り、一つ溜息をついてからお金の用意を始めた。
マフラーと冬物のコートを着て12月の京都の夜に飛び出した。寒さで自然と早足になり、烏丸丸太町には10分ちょっとで到着した。
南から来たタクシーが右折したところで停車した。駆け寄って確認すると、中から顔が真っ赤のメリーが出てきた。
「れんこぉー!」
「うお、やめて、ちょっと、先にお金払いなさい!」
メリーは降車するなり私に飛びついてきた。私はメリーの財布から2000円を抜き取り、足りない分を自分で出して料金を支払った。
その間終始抱き付いたままのメリーを、運転手さんは気まずそうに苦笑して見ていた。お釣りをもらうと運転手は早々に発車させて去っていった。
「いつまで抱き付いてるのよ。ほら、帰るわよ」
「はーい」
子どものように元気な返事をしたかと思うと、メリーは私の右手を掴んできた。
「なんで手繋ぐのよ」
「メリーさんはきぶんがいいと繋ぎたくなるのぉ」
指まで絡められ、完全に離れなくなってしまった。人通りが少ないとはいえ、これは恥ずかしい。
京都御苑を左に私たちは、丸太町通を東へと歩き出す。
メリーが繋いだ手をぶんぶんと振るせいで、右手だけ異常に冷たい。しもやけができそう。
「どうしてこんなに遅くなったのよ」
「ゼミの人たちと飲んでたからー」
「まさか、二次会まで行ったの?」
「さんじかいー」
間延びした声に私は呆れた。きっとメリーの酔ってる姿は男からすると天使のように見えただろう。それで連れ回されたのかもしれない。
メリーはたまに足元をふらつかせる。そのたびに手を握っている私がこけないように手を引っ張る。
幸いだったのは、こんなメリーをどこかに連れ込む不貞な男がいなかったことだ。今のメリーならホイホイついていきそうで危ない。
「俺のうちに泊まる? とか言われなかった?」
「言われたけど断ったわよー。私の恋人は怒ると怖いわよーって」
「え……?」
「れんこって怒ると怖そうだからー。あはははは」
「ああ、そういうこと……。って、恋人じゃないわよ」
「じゃあいまから恋人ー」
えへへと笑ってメリーは口元を歪ませる。その表情が可愛すぎて私は思わずドキリとしてしまった。
目は微妙にぼんやりとしているし、口元はだらしないし。ほんとよく連れていかれなかったわ。
河原町通に差し掛かる辺りで、私はメリーに提案した。
「メリー、今日は私の下宿に泊まる?」
「えーいいのぉー?」
「うん。もうこれ以上歩いていると寒くて死にそうだし。メリーの下宿まで行くと遠いし」
「ありがとうれんこ。二回目のお泊まりね」
「……ああ、そういえばそうね」
河原町通を左折、そして裏通りに入ったところにある小さなマンションが私の下宿だった。たったの5階建てで、築年数も相当なものだ。
メリーは夜風に当たって少しだけ酔いがさめてきているようだった。電話の時よりも少し呂律が回るようになってきた。
下宿の中は京都の冬にすっかり冷やされてあわや冷蔵庫状態だった。私はすぐにエアコンの暖房を入れる。
「れんこのへやー!」
「こら、勝手に押入れ開けるな!」
「なーにー? 見られたらまずいものがあるのー?」
「ないわよ!」
座布団の上にメリーを正座させる。コップにミネラルウォーターを注いでメリーに差し出した。するとメリーは冷たいと駄々をこね始めた。
温かいココアが飲みたいらしい。人の部屋に来ておいて、と思ったけどよく考えると私が誘ったのだった。
仕方なく私は電気ポットに先ほどのミネラルウォーターを入れ、二人分のお湯を沸かすことにした。
マグカップにココアの粉を入れていると、メリーが私のほうにもたれかかってきた。
「そんなことしてるとココア作らないわよ」
「えー。いじわるー」
メリーは私の右腕を掴んで離さない。まだ顔は紅潮している。なんとまあ幸せそうな顔だこと。
この顔を見るとつい何でも許してしまいそうになる。それくらい酔っているメリーは可愛い。
メリーは私のセーターの腕部分に頬をすりつけている。その様子は猫が人やモノに頭をこすりつけているようだった。
私は猫の頭を撫でるように、メリーの金色の髪を優しく撫でてあげた。メリーはへへー、と幸せそうな笑顔をくれた。
メリーは出来上がったココアを、これまた動物のようにちびちび飲む。猫舌なのだろうか。
小さなテーブルを挟んで二人でココアを飲んでいる。時刻は午前1時を回っている。
どうせ明日は休みだし、何時に起きてもいいからなあ。
「ちょっとは酔いがさめた?」
「うーん。でもまだ気分がいいー。なんだか蓮子にいたずらしたくなっちゃうなぁー」
「セクハラおやじみたいな発言やめなさい」
「女同士だとセクハラにはならないのよねぇ」
「甘いわメリー。ココア並に甘い。女同士でもセクハラはあると10年も前に最高裁で判例が出ているわ」
「私その頃日本にいなかったからしらなーい」
マグカップを置いたメリーがのそのそとこちらにすり寄ってくる。また腕にもたれかかるのかと思いきや、今度は勝手に膝枕を始めた。
私はそろそろ怒る気力がなくなってきていた。酔っ払いには何を言っても無駄なのだ。
「れんこのふとももー」
「いちいち報告するな。って、ひゃあっ、すりすりするなぁ!」
メリーの頬が太ももにこすりつけられてとてもこそばゆい。
私はメリーの頭を押さえつけて首を動かなくさせた。すると今度はすうすうと匂いを嗅ぎだした。
「もう! メリー酔っ払いすぎ!」
「酔ってないよー」
「酔っ払いはみんなそう言うのよ!」
正座しているのが辛くなってきたのでメリーの頭を無理やり押しのけた。
メリーは寂しそうな顔でのっそりと起き上がり、またココアを少しずつ飲み始めた。
「蓮子はいつからあんなにケチになったのぉ。二人でお酒飲んでたときは触らせてくれたのにー」
「なっ、あれは、私も酔ってたからよっ。素面でできるわけないじゃない」
以前この部屋で二人で飲んだことがあった。その時は二人とも完全に酔っ払っていて、変なスイッチが入っていたのだ。
朝起きたらメリーと二人で同じ布団で寝ていた。しかも全裸で。しかし脱いだ覚えはなかった。
メリーの生身の身体が目の前にあって、あの時は何故かドキドキしたことを覚えている。
男女でも無いのにお互い全裸になって果たして何をしていたのだろうか。想像すると恥ずかしくて死にそうになる。
「ああ、あの熱い夜を忘れてしまったのね蓮子」
「メリーだって覚えてなかったでしょ。記憶をねつ造するな」
「あの時蓮子は、私の足の先から頭の先まで、全身にキスをしてくれたわ」
「してないっ! 絶対してない!」
「あんなところやこんなところまで……」
してないはずだ。と言いたいが、あいにく私には記憶がこれっぽっちもないのだ。
勿論メリーも全裸で目覚めたときに何も覚えていないと言っていた。あの言葉が本当ならメリーの記憶のねつ造だ。
しかし、もし気まずくて嘘をついていたのだとしたら、私は本当にメリーにキスの雨を降らせたのかもしれない。
女相手にそんなことを……。
考えれば考えるほど事実なような気がしてくるから怖い。
違う。私とメリーはそんなディープな関係ではないはずだ。あくまで友達、相棒よ。
「れんこぉ、一つおねがいがあるんだけどー」
「なに? あの夜をもう一度なんて言ったら追い出すわよ」
「ちがうー。あのね、おふろ貸してほしいの。さすがにお化粧は落としたいからー」
「はいはい。タオルと寝巻用意しとくから」
「ありがとー」
メリーはふらふらした足取りでお風呂に入っていった。中でこけたりしないだろうな。
シャワーの音が聞こえてきた。私は脱衣所にバスタオルと自分の部屋着を置いておいた。
部屋に戻り、毎日の日課となった心霊スポットチェックを始める。
インターネット上には、数は少ないが私たちのようにオカルトを追い求める人たちがいる。そんな人たちが集まる掲示板やブログを欠かさずチェックするのだ。
金曜の夜中ということもあって、掲示板には何人かの人がいたが、目新しい情報はなかった。
オカルトを追い求める人はたくさんいるが、私たちのように結界暴きをしている人なんてものはまずいない。それもそのはず、私を含めて普通の人には結界が見えないのだ。私たち秘封倶楽部がちょっぴり危険でスリリングな体験ができるのは、メリーの目の力があるからだ。
そう考えると、メリーのそばにいられる私はすごく幸せな人間なのかもしれない。
メリーが綺麗な金髪をタオルで拭きながら脱衣所から出てきた。お風呂で暖まったからなのか、あるいはアルコールが回ったからか、顔がとても赤い。
「いいお湯だったぁ。蓮子の香りが溶け込んだ蓮子風呂だったわぁ」
「そんな香りついてない! てか、湯船入ったのか」
「うん。追い炊きして入らせてもらった」
遠慮がないのはある意味メリーらしい。ま、言ってくれれば許可するけど。
「蓮子はまだ寝ないの?」
「もうちょっとしたらね。メリー、ドライヤー使うでしょ?」
「うん」
メリーが髪を乾かす間に私は歯を磨き、押入れから布団を出して敷いた。さらに、掛布団と毛布も取り出す。
一人で寝るには十分な掛布団も、二人だと少し小さい。以前メリーと二人で寝た時は身体がはみ出しそうだった。
あの時は夏だったからよかったが、今回はそうはいかない。はみ出したら風邪確定コースなので、毛布で掛布団の幅を補うことにした。
メリーが髪を乾かし終えた。するとこちらを振り返るなり、布団の上にダイブした。まだ酔っているみたいだ。
れんこのふとんー、と言いながらゴロゴロと転がっている。なんだか妹を持ったような気分だ。
突然メリーの動きが止まった。布団の上でうつ伏せになったままだ。
「メリー、眠いの? ちゃんと布団かぶって寝なさいよ」
「うんー」
返事をするもメリーは動こうとしない。このまま寝落ちするのではないだろうか。
私はメリーの頭をぽんと叩いた。するとメリーはむくっと起き上がり、頬を染めた笑顔でこちらに振り返った。
「えへへ、れんこのおふとんいい匂い」
「また嗅いでたのか! メリーはいつから匂いフェチになったの!?」
「匂いだけじゃないよお。私はれんこに関係あるものすべてに性的興奮を」
「それ以上言うな!」
ぺし、と頭をひっ叩いた。いったーいとメリーは頭を手で押さえる。
これ以上起きていると何をするか分からない。さっさと寝かしつけてしまおう。
「ほらメリー、もう寝ましょう」
「同じおふとんで? きゃあーれんこったらせっきょくてきー」
「これしかないのよ。ほら、枕は使っていいから」
メリーに枕を譲り、私は座布団を枕代わりにすることにした。
掛布団も何故かメリーが三分の二ほどを使い、私が残りと毛布を使うことになった。何故だ。
リモコンで照明を消すと、暗順応までの間真っ暗な世界が視界を覆った。
いつも見ている天井が少しずつ見えてくる。しかし、隣には慣れない体温がある。
「れんこぉ。今日はありがとーね」
「いいよ。普段からメリーにはお世話になってるからね。主に境界関連で」
「えへへー。蓮子だいすきぃ」
そう言いながらメリーは私の腕を掴む。
「れんこ、おやすみのちゅーして」
「ふえぇ?」
「いいでしょー? あの夜だってしてくれたじゃない」
「いや、してない! 絶対してない!」
「したもん」
「いや、ほんとに、してない……はず」
「自信ないんでしょぉ?」
「でも、女同士でキスなんて……おかしいよ」
それは、手を繋いだり抱き付いたりするのとはわけが違う。
スキンシップという言葉では片づけられない行為だ。
肌と肌ではなく、唇と唇なのだ。
それは一種のポーズとも言えるかもしれない。愛し合っている二人の関係を示すポーズ。メリーと私はそういう関係ではない。
メリーはスキンシップの激しい人だけど、これは何となく、越えてはならない一線のように思えた。
「メリーの祖国ではさ、女の子同士でキス、するの?」
「え? しないよ?」
「なんでよ! そこでするって言われたらちょっとは考えたわよ! メリーにとって文化的なことなのかなって、考慮の余地はあったわよ!」
「うあー、れんこうるさいー。頭にひびくー」
「あ、ごめん……大きい声出して」
メリーは額に手を当てて頭が痛そうなポーズを取っていた。
「メリーってもしかして、酔うとキス魔になるタイプ?」
「わたしはいつでもれんこにキスしたいわ」
「やっぱりか……」
「れんこはね、私の大切な人なの」
急にメリーの声が低くなった。さっきまであまりよくなかった滑舌が元に戻りつつある。
さらにメリーは布団の中で身体を寄せてきた。私の右腕を抱き枕のように抱きしめる。
でもそれはさっきまでのようなスキンシップとは少し違っていた。不安になったときに何かを抱きしめるような、そんな素振りに見えた。
「どうしたの突然」
「れんこは、この世界と私とを結び付けてくれる、大切な存在よ。れんこがいるから、私は迷子にならない。ちゃんと帰ってこれるの」
「……」
「だからね、私の前からいなくならないでね。自分がどこにいるのか分からなくなるから。れんこのそばにいたいから」
さっきまでの酔いは演技だったのかと思うくらい、シリアスな話だった。
私は返事に窮した。私はいつまでもメリーのそばにいられるだろうか。ちゃんと約束できるだろうか。約束したとして、それを守れるだろうか。
不安そうなメリーの声を聞いていると、否定できなくなってしまう。
「目に見えているものだけじゃ不安なの。だからこうやって触って確かめたいの。れんこがここにいるって。手を繋ぐのも、抱き付くのも、キスをするのも、全部……」
「うん……」
つまりスキンシップはメリーにとって存在の証明であると。
所構わず手を繋ぎたがるのも、二人きりになると抱き付いてくるのも。
全てメリーの不安が原因で行われていたのか。
メリーは夢の世界から物を持って帰ってくることができる。その世界はもはやメリーにとって夢とは言えない。
いつ夢が現になるか分からない。メリーが夢の世界を現だと思ったら、そこはもうメリーにとって現の世界となる。
いつかメリーが言っていた。
どれが現の私なのか分からなくなる、と。
メリーは私がいるこの世界を、現の世界だと認識してくれている。
私がメリーのそばにいなければ、メリーは夢と現を区別できなくなるかもしれない。
そうなればメリーは私の元から、いや、この世界から消えてしまうかもしれない。
私がメリーのそばにいなければ。
「メリー、その……しても、いいよ……?」
「え?」
「キス、したいんでしょ?」
「いいの?」
「うん……」
これが存在の証明となるのなら。メリーのためとなるのなら。
メリーのほうに顔を向ける。メリーは儚げな瞳で私を見ている。
頬にメリーの両手を添えられる。メリーの手はびっくりするほど熱くて、冷えた頬には心地よく感じた。
深く呼吸をし、生唾を飲み込んだ。私、メリーとキスするんだ。
私は覚悟を決めて目を瞑った。視界が完全な闇になる。メリーの吐息が首筋にかかる。
「れんこ……」
「――んっ」
とても熱くて柔らかいものが唇に触れた。
手のひらを合わせるような、あるいは身体をそっと抱きしめるような、柔らかい口づけだった。
メリーと、キスしちゃってる。
「ん……ちゅ」
「ひぅ、んん……」
頭が、顔が、耳が、どんどん熱くなる。頭の中が真っ白になっていく。
これ、気持ちよすぎるよ。
一瞬離れかけた唇が、一度目より強く押し付けられた。私はされるがままにメリーのキスを受け止めた。
少し離れてはまた重ね、というキスを何度も何度も繰り返した。そこにあることを確かめるように、何度も。
私はもうキスのことしか考えられなくなっていた。メリーの唇の感触や動きばかりが脳内で弾けていた。
記憶に、身体に、メリーが刻まれていく。
「んんっ――」
私からも唇を押し返すとメリーが声にならない声を漏らす。私はちゃんとここにいるよ、と伝えるために唇を動かし、メリーの唇を味わう。
「ん、はっ」
やがてメリーの唇が完全に離れた。頬を支えていた両手も、私に熱を残して離れていった。
ほんとはそんなこと思っちゃいけないのに、私は名残惜しさを感じていた。
それくらい、メリーとのキスは気持ちよかった。
「しちゃったね……」
「うん」
「こんなことするの、れんこだけだから」
「うん」
分かってる。そう言ってメリーの頭を撫でてあげた。まだ湿り気の残る金髪が指の間を通り抜けていった。
メリーは私の手を布団の中で握り、指を絡めてきた。これも、存在を確かめる行為だ。
メリーの手は唇と同じくらい柔らかくて気持ちいい。
ぼんやりした頭で私はキスの余韻を味わっていた。柔らかくて熱くて、少しだけ湿っていた。あの感触はしばらく忘れられそうにない。
手を繋いだままメリーは仰向けになった。そして天井に向かって口を開く。
「どこかに行ってしまわないように、ちゃんと握っててね」
「うん。私がメリーをこの世界へ引っ張ってきてあげる」
「絶対によ」
「うん。絶対に」
メリーはこれから夢の世界に入っていく。けれど現の世界で私がメリーを繋ぎとめる。
この手は絶対に離さない。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
キスをしたときと同じように、私たちは何度も互いの手を握りあった。熱くて柔らかい感触だった。
瞼が落ち、少しずつ薄れていく意識の中で、右手の熱と感触だけはしっかりと感じていた。
おバカではないのだけど、天然気質がある。そしてそれはアルコールが入ると更に拍車がかかる。
それでも時間にルーズではないと思っていたのだけど。
「もしもしれんこぉ? あたしねぇ、今きょうと駅なんらけどぉ、地下鉄のしゅうでんがなくなったのぉー。ねえどうしたらいいー?」
明日は土曜日だからと夜更かしを決めた頃のことだった。酔っぱらって呂律が回っていないメリーが大きな声を出している。
現在時刻は日付が変わって0時30分。どうやら終電を逃したらしい。
「おとなしくタクシー拾いなさいよ。間違っても歩こうなんて考えないでよ」
「えーだってぇ、お金もったいないー」
「昼間ならまだしも、夜は危険よ」
京都駅はだいたい八条あたりに位置する。そしてメリーの下宿は一条よりも北の今出川通の近く。こんな深夜に3キロも4キロもある道のりを歩いていてメリーが無事なはずがない。
「でもねぇれんこ、わたし2000円くらいしか持ってないのぉ。京都から今出川までじゃ足りないのー」
うん。絶対に足りない。私の下宿の近くですら足りていない。
私の下宿は一条よりやや南の丸太町通の近くにある。メリーの下宿よりも少しだけ京都駅に近い。
「わかったわ。じゃあ烏丸丸太町で降ろしてもらいなさい。お金持っていくから」
「はらってくれるのー? れんこやさしー」
あはははは、と陽気そうに笑うメリー。これは明らかに飲みすぎである。後で絡まれそうだ。
また後で、と電話を切り、一つ溜息をついてからお金の用意を始めた。
マフラーと冬物のコートを着て12月の京都の夜に飛び出した。寒さで自然と早足になり、烏丸丸太町には10分ちょっとで到着した。
南から来たタクシーが右折したところで停車した。駆け寄って確認すると、中から顔が真っ赤のメリーが出てきた。
「れんこぉー!」
「うお、やめて、ちょっと、先にお金払いなさい!」
メリーは降車するなり私に飛びついてきた。私はメリーの財布から2000円を抜き取り、足りない分を自分で出して料金を支払った。
その間終始抱き付いたままのメリーを、運転手さんは気まずそうに苦笑して見ていた。お釣りをもらうと運転手は早々に発車させて去っていった。
「いつまで抱き付いてるのよ。ほら、帰るわよ」
「はーい」
子どものように元気な返事をしたかと思うと、メリーは私の右手を掴んできた。
「なんで手繋ぐのよ」
「メリーさんはきぶんがいいと繋ぎたくなるのぉ」
指まで絡められ、完全に離れなくなってしまった。人通りが少ないとはいえ、これは恥ずかしい。
京都御苑を左に私たちは、丸太町通を東へと歩き出す。
メリーが繋いだ手をぶんぶんと振るせいで、右手だけ異常に冷たい。しもやけができそう。
「どうしてこんなに遅くなったのよ」
「ゼミの人たちと飲んでたからー」
「まさか、二次会まで行ったの?」
「さんじかいー」
間延びした声に私は呆れた。きっとメリーの酔ってる姿は男からすると天使のように見えただろう。それで連れ回されたのかもしれない。
メリーはたまに足元をふらつかせる。そのたびに手を握っている私がこけないように手を引っ張る。
幸いだったのは、こんなメリーをどこかに連れ込む不貞な男がいなかったことだ。今のメリーならホイホイついていきそうで危ない。
「俺のうちに泊まる? とか言われなかった?」
「言われたけど断ったわよー。私の恋人は怒ると怖いわよーって」
「え……?」
「れんこって怒ると怖そうだからー。あはははは」
「ああ、そういうこと……。って、恋人じゃないわよ」
「じゃあいまから恋人ー」
えへへと笑ってメリーは口元を歪ませる。その表情が可愛すぎて私は思わずドキリとしてしまった。
目は微妙にぼんやりとしているし、口元はだらしないし。ほんとよく連れていかれなかったわ。
河原町通に差し掛かる辺りで、私はメリーに提案した。
「メリー、今日は私の下宿に泊まる?」
「えーいいのぉー?」
「うん。もうこれ以上歩いていると寒くて死にそうだし。メリーの下宿まで行くと遠いし」
「ありがとうれんこ。二回目のお泊まりね」
「……ああ、そういえばそうね」
河原町通を左折、そして裏通りに入ったところにある小さなマンションが私の下宿だった。たったの5階建てで、築年数も相当なものだ。
メリーは夜風に当たって少しだけ酔いがさめてきているようだった。電話の時よりも少し呂律が回るようになってきた。
下宿の中は京都の冬にすっかり冷やされてあわや冷蔵庫状態だった。私はすぐにエアコンの暖房を入れる。
「れんこのへやー!」
「こら、勝手に押入れ開けるな!」
「なーにー? 見られたらまずいものがあるのー?」
「ないわよ!」
座布団の上にメリーを正座させる。コップにミネラルウォーターを注いでメリーに差し出した。するとメリーは冷たいと駄々をこね始めた。
温かいココアが飲みたいらしい。人の部屋に来ておいて、と思ったけどよく考えると私が誘ったのだった。
仕方なく私は電気ポットに先ほどのミネラルウォーターを入れ、二人分のお湯を沸かすことにした。
マグカップにココアの粉を入れていると、メリーが私のほうにもたれかかってきた。
「そんなことしてるとココア作らないわよ」
「えー。いじわるー」
メリーは私の右腕を掴んで離さない。まだ顔は紅潮している。なんとまあ幸せそうな顔だこと。
この顔を見るとつい何でも許してしまいそうになる。それくらい酔っているメリーは可愛い。
メリーは私のセーターの腕部分に頬をすりつけている。その様子は猫が人やモノに頭をこすりつけているようだった。
私は猫の頭を撫でるように、メリーの金色の髪を優しく撫でてあげた。メリーはへへー、と幸せそうな笑顔をくれた。
メリーは出来上がったココアを、これまた動物のようにちびちび飲む。猫舌なのだろうか。
小さなテーブルを挟んで二人でココアを飲んでいる。時刻は午前1時を回っている。
どうせ明日は休みだし、何時に起きてもいいからなあ。
「ちょっとは酔いがさめた?」
「うーん。でもまだ気分がいいー。なんだか蓮子にいたずらしたくなっちゃうなぁー」
「セクハラおやじみたいな発言やめなさい」
「女同士だとセクハラにはならないのよねぇ」
「甘いわメリー。ココア並に甘い。女同士でもセクハラはあると10年も前に最高裁で判例が出ているわ」
「私その頃日本にいなかったからしらなーい」
マグカップを置いたメリーがのそのそとこちらにすり寄ってくる。また腕にもたれかかるのかと思いきや、今度は勝手に膝枕を始めた。
私はそろそろ怒る気力がなくなってきていた。酔っ払いには何を言っても無駄なのだ。
「れんこのふとももー」
「いちいち報告するな。って、ひゃあっ、すりすりするなぁ!」
メリーの頬が太ももにこすりつけられてとてもこそばゆい。
私はメリーの頭を押さえつけて首を動かなくさせた。すると今度はすうすうと匂いを嗅ぎだした。
「もう! メリー酔っ払いすぎ!」
「酔ってないよー」
「酔っ払いはみんなそう言うのよ!」
正座しているのが辛くなってきたのでメリーの頭を無理やり押しのけた。
メリーは寂しそうな顔でのっそりと起き上がり、またココアを少しずつ飲み始めた。
「蓮子はいつからあんなにケチになったのぉ。二人でお酒飲んでたときは触らせてくれたのにー」
「なっ、あれは、私も酔ってたからよっ。素面でできるわけないじゃない」
以前この部屋で二人で飲んだことがあった。その時は二人とも完全に酔っ払っていて、変なスイッチが入っていたのだ。
朝起きたらメリーと二人で同じ布団で寝ていた。しかも全裸で。しかし脱いだ覚えはなかった。
メリーの生身の身体が目の前にあって、あの時は何故かドキドキしたことを覚えている。
男女でも無いのにお互い全裸になって果たして何をしていたのだろうか。想像すると恥ずかしくて死にそうになる。
「ああ、あの熱い夜を忘れてしまったのね蓮子」
「メリーだって覚えてなかったでしょ。記憶をねつ造するな」
「あの時蓮子は、私の足の先から頭の先まで、全身にキスをしてくれたわ」
「してないっ! 絶対してない!」
「あんなところやこんなところまで……」
してないはずだ。と言いたいが、あいにく私には記憶がこれっぽっちもないのだ。
勿論メリーも全裸で目覚めたときに何も覚えていないと言っていた。あの言葉が本当ならメリーの記憶のねつ造だ。
しかし、もし気まずくて嘘をついていたのだとしたら、私は本当にメリーにキスの雨を降らせたのかもしれない。
女相手にそんなことを……。
考えれば考えるほど事実なような気がしてくるから怖い。
違う。私とメリーはそんなディープな関係ではないはずだ。あくまで友達、相棒よ。
「れんこぉ、一つおねがいがあるんだけどー」
「なに? あの夜をもう一度なんて言ったら追い出すわよ」
「ちがうー。あのね、おふろ貸してほしいの。さすがにお化粧は落としたいからー」
「はいはい。タオルと寝巻用意しとくから」
「ありがとー」
メリーはふらふらした足取りでお風呂に入っていった。中でこけたりしないだろうな。
シャワーの音が聞こえてきた。私は脱衣所にバスタオルと自分の部屋着を置いておいた。
部屋に戻り、毎日の日課となった心霊スポットチェックを始める。
インターネット上には、数は少ないが私たちのようにオカルトを追い求める人たちがいる。そんな人たちが集まる掲示板やブログを欠かさずチェックするのだ。
金曜の夜中ということもあって、掲示板には何人かの人がいたが、目新しい情報はなかった。
オカルトを追い求める人はたくさんいるが、私たちのように結界暴きをしている人なんてものはまずいない。それもそのはず、私を含めて普通の人には結界が見えないのだ。私たち秘封倶楽部がちょっぴり危険でスリリングな体験ができるのは、メリーの目の力があるからだ。
そう考えると、メリーのそばにいられる私はすごく幸せな人間なのかもしれない。
メリーが綺麗な金髪をタオルで拭きながら脱衣所から出てきた。お風呂で暖まったからなのか、あるいはアルコールが回ったからか、顔がとても赤い。
「いいお湯だったぁ。蓮子の香りが溶け込んだ蓮子風呂だったわぁ」
「そんな香りついてない! てか、湯船入ったのか」
「うん。追い炊きして入らせてもらった」
遠慮がないのはある意味メリーらしい。ま、言ってくれれば許可するけど。
「蓮子はまだ寝ないの?」
「もうちょっとしたらね。メリー、ドライヤー使うでしょ?」
「うん」
メリーが髪を乾かす間に私は歯を磨き、押入れから布団を出して敷いた。さらに、掛布団と毛布も取り出す。
一人で寝るには十分な掛布団も、二人だと少し小さい。以前メリーと二人で寝た時は身体がはみ出しそうだった。
あの時は夏だったからよかったが、今回はそうはいかない。はみ出したら風邪確定コースなので、毛布で掛布団の幅を補うことにした。
メリーが髪を乾かし終えた。するとこちらを振り返るなり、布団の上にダイブした。まだ酔っているみたいだ。
れんこのふとんー、と言いながらゴロゴロと転がっている。なんだか妹を持ったような気分だ。
突然メリーの動きが止まった。布団の上でうつ伏せになったままだ。
「メリー、眠いの? ちゃんと布団かぶって寝なさいよ」
「うんー」
返事をするもメリーは動こうとしない。このまま寝落ちするのではないだろうか。
私はメリーの頭をぽんと叩いた。するとメリーはむくっと起き上がり、頬を染めた笑顔でこちらに振り返った。
「えへへ、れんこのおふとんいい匂い」
「また嗅いでたのか! メリーはいつから匂いフェチになったの!?」
「匂いだけじゃないよお。私はれんこに関係あるものすべてに性的興奮を」
「それ以上言うな!」
ぺし、と頭をひっ叩いた。いったーいとメリーは頭を手で押さえる。
これ以上起きていると何をするか分からない。さっさと寝かしつけてしまおう。
「ほらメリー、もう寝ましょう」
「同じおふとんで? きゃあーれんこったらせっきょくてきー」
「これしかないのよ。ほら、枕は使っていいから」
メリーに枕を譲り、私は座布団を枕代わりにすることにした。
掛布団も何故かメリーが三分の二ほどを使い、私が残りと毛布を使うことになった。何故だ。
リモコンで照明を消すと、暗順応までの間真っ暗な世界が視界を覆った。
いつも見ている天井が少しずつ見えてくる。しかし、隣には慣れない体温がある。
「れんこぉ。今日はありがとーね」
「いいよ。普段からメリーにはお世話になってるからね。主に境界関連で」
「えへへー。蓮子だいすきぃ」
そう言いながらメリーは私の腕を掴む。
「れんこ、おやすみのちゅーして」
「ふえぇ?」
「いいでしょー? あの夜だってしてくれたじゃない」
「いや、してない! 絶対してない!」
「したもん」
「いや、ほんとに、してない……はず」
「自信ないんでしょぉ?」
「でも、女同士でキスなんて……おかしいよ」
それは、手を繋いだり抱き付いたりするのとはわけが違う。
スキンシップという言葉では片づけられない行為だ。
肌と肌ではなく、唇と唇なのだ。
それは一種のポーズとも言えるかもしれない。愛し合っている二人の関係を示すポーズ。メリーと私はそういう関係ではない。
メリーはスキンシップの激しい人だけど、これは何となく、越えてはならない一線のように思えた。
「メリーの祖国ではさ、女の子同士でキス、するの?」
「え? しないよ?」
「なんでよ! そこでするって言われたらちょっとは考えたわよ! メリーにとって文化的なことなのかなって、考慮の余地はあったわよ!」
「うあー、れんこうるさいー。頭にひびくー」
「あ、ごめん……大きい声出して」
メリーは額に手を当てて頭が痛そうなポーズを取っていた。
「メリーってもしかして、酔うとキス魔になるタイプ?」
「わたしはいつでもれんこにキスしたいわ」
「やっぱりか……」
「れんこはね、私の大切な人なの」
急にメリーの声が低くなった。さっきまであまりよくなかった滑舌が元に戻りつつある。
さらにメリーは布団の中で身体を寄せてきた。私の右腕を抱き枕のように抱きしめる。
でもそれはさっきまでのようなスキンシップとは少し違っていた。不安になったときに何かを抱きしめるような、そんな素振りに見えた。
「どうしたの突然」
「れんこは、この世界と私とを結び付けてくれる、大切な存在よ。れんこがいるから、私は迷子にならない。ちゃんと帰ってこれるの」
「……」
「だからね、私の前からいなくならないでね。自分がどこにいるのか分からなくなるから。れんこのそばにいたいから」
さっきまでの酔いは演技だったのかと思うくらい、シリアスな話だった。
私は返事に窮した。私はいつまでもメリーのそばにいられるだろうか。ちゃんと約束できるだろうか。約束したとして、それを守れるだろうか。
不安そうなメリーの声を聞いていると、否定できなくなってしまう。
「目に見えているものだけじゃ不安なの。だからこうやって触って確かめたいの。れんこがここにいるって。手を繋ぐのも、抱き付くのも、キスをするのも、全部……」
「うん……」
つまりスキンシップはメリーにとって存在の証明であると。
所構わず手を繋ぎたがるのも、二人きりになると抱き付いてくるのも。
全てメリーの不安が原因で行われていたのか。
メリーは夢の世界から物を持って帰ってくることができる。その世界はもはやメリーにとって夢とは言えない。
いつ夢が現になるか分からない。メリーが夢の世界を現だと思ったら、そこはもうメリーにとって現の世界となる。
いつかメリーが言っていた。
どれが現の私なのか分からなくなる、と。
メリーは私がいるこの世界を、現の世界だと認識してくれている。
私がメリーのそばにいなければ、メリーは夢と現を区別できなくなるかもしれない。
そうなればメリーは私の元から、いや、この世界から消えてしまうかもしれない。
私がメリーのそばにいなければ。
「メリー、その……しても、いいよ……?」
「え?」
「キス、したいんでしょ?」
「いいの?」
「うん……」
これが存在の証明となるのなら。メリーのためとなるのなら。
メリーのほうに顔を向ける。メリーは儚げな瞳で私を見ている。
頬にメリーの両手を添えられる。メリーの手はびっくりするほど熱くて、冷えた頬には心地よく感じた。
深く呼吸をし、生唾を飲み込んだ。私、メリーとキスするんだ。
私は覚悟を決めて目を瞑った。視界が完全な闇になる。メリーの吐息が首筋にかかる。
「れんこ……」
「――んっ」
とても熱くて柔らかいものが唇に触れた。
手のひらを合わせるような、あるいは身体をそっと抱きしめるような、柔らかい口づけだった。
メリーと、キスしちゃってる。
「ん……ちゅ」
「ひぅ、んん……」
頭が、顔が、耳が、どんどん熱くなる。頭の中が真っ白になっていく。
これ、気持ちよすぎるよ。
一瞬離れかけた唇が、一度目より強く押し付けられた。私はされるがままにメリーのキスを受け止めた。
少し離れてはまた重ね、というキスを何度も何度も繰り返した。そこにあることを確かめるように、何度も。
私はもうキスのことしか考えられなくなっていた。メリーの唇の感触や動きばかりが脳内で弾けていた。
記憶に、身体に、メリーが刻まれていく。
「んんっ――」
私からも唇を押し返すとメリーが声にならない声を漏らす。私はちゃんとここにいるよ、と伝えるために唇を動かし、メリーの唇を味わう。
「ん、はっ」
やがてメリーの唇が完全に離れた。頬を支えていた両手も、私に熱を残して離れていった。
ほんとはそんなこと思っちゃいけないのに、私は名残惜しさを感じていた。
それくらい、メリーとのキスは気持ちよかった。
「しちゃったね……」
「うん」
「こんなことするの、れんこだけだから」
「うん」
分かってる。そう言ってメリーの頭を撫でてあげた。まだ湿り気の残る金髪が指の間を通り抜けていった。
メリーは私の手を布団の中で握り、指を絡めてきた。これも、存在を確かめる行為だ。
メリーの手は唇と同じくらい柔らかくて気持ちいい。
ぼんやりした頭で私はキスの余韻を味わっていた。柔らかくて熱くて、少しだけ湿っていた。あの感触はしばらく忘れられそうにない。
手を繋いだままメリーは仰向けになった。そして天井に向かって口を開く。
「どこかに行ってしまわないように、ちゃんと握っててね」
「うん。私がメリーをこの世界へ引っ張ってきてあげる」
「絶対によ」
「うん。絶対に」
メリーはこれから夢の世界に入っていく。けれど現の世界で私がメリーを繋ぎとめる。
この手は絶対に離さない。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
キスをしたときと同じように、私たちは何度も互いの手を握りあった。熱くて柔らかい感触だった。
瞼が落ち、少しずつ薄れていく意識の中で、右手の熱と感触だけはしっかりと感じていた。
蓮子「泊めてあげただけっつってんだろマジでひねりつぶして海に沈めんぞこら」
霊夢「ひゃあこわい。ところで、ネタバレすると」
蓮子「む?」
霊夢「昨日は三次会まで私も居たけど、メリーは酒なんて一滴も飲まなかったよ」
蓮子「」
よかったです。酔ったメリー可愛すぎです!
どうしても秘封倶楽部の最後はバットエンドのイメージが強くて、この後を想像して切なくなりました、
いいぞもっとやれーとも思うけどこれ以上は別の場所になってしまうねw