それは、秋の入り、お天道様が真上に来るには幾許かの猶予があった頃。
幻想郷の管理者の家では。
「紫様!」
背後で隙間の開いた気配に気付き、そこからふわりと降りてくる人影に九尾の狐が気遣わしげに声を掛けるところだった。
「霊夢の様子は………?」
隙間から降り立った陰は見るものに物悲しさを覚えさせるような苦笑で首を横に振る。
「駄目ね。表面は何でもないような風をしているけれども、中身はどうしたものか………」
その言葉に、狐は俯く。
「霊夢……」
両者の間に、沈痛な静寂が流れる、その頃。
年中陰鬱とした空気の切れない森の中、質素だが作りの良さが窺える人形屋敷の中では。
「ありがとう」
読み物に耽っていた主のために紅茶を持って行った小さな傀儡を、人形遣いがその白磁を思わせる滑らかな両手に包み込んでいるところだった。
本当は書物の内容など欠片も頭の中には残っていなくて、だがそれを認めたくなくて続けていただけの文字の羅列に視線を滑らせる行為。
人形が紅茶を持って来たのを良い契機だ、と何気なく視線をそらせば、そこには人形の輝くような金髪。今手の中で眠ったように動かない金髪は、主が命じなければ絶対に動くことのないもの。
それを、その主が茫洋とした視線で見つめ続けるその頃。
そんな陰鬱とした森の入口に建つ雑貨屋では。
「……ふう」
この店の主がちまちまと縫っていた紅白の巫女服が完成して、一息ついたところだった。
「本来はこういう仕事は僕の本分ではなかった、のだが………。いざ仕事量が半分になってみれば、案外手持ち無沙汰なものだな」
と、長い独り言を呟きながら仕上がったばかりの巫女服を何も置かれていないカウンターに放り出しながら紙巻きタバコに火をつけたその頃。
美しい湖畔に建つ刺々しい色彩の館にある図書館では。
「小悪魔。その本はそこじゃなくてあっちよ」
「ひいいいい………」
魔法使いが悠々自適に本を嗜む傍で、司書が蔵書の整理に悲鳴を上げているところだった。
「それにしてもあの子ったら、いつの間にこんなに持ち出して………パチュリー様もよくこんなことお赦しになっ」
「小悪魔」
「はっ、はい」
「………その本。それはそこの通路突き当たった先の本棚。一番上の段の左から三番目よ。何度間違えるつもりなのかしら」
「ご、ごめんなさいいいいぃぃ」
再び悲鳴のような謝罪を口にしつつ整理に戻る使い魔を眺めながら、少し白々しかったかしら、と魔法使いがため息を付いた頃。
この楽園の中で唯一人間の安寧が認められたディストピアの中では。
「ねえ、知ってる?霧雨さんとこの娘さん、亡くなったらしいわよ」
「えっ、本当にぃ?」
昼前の喧騒の中、人気のない路地で下世話な表情を浮かべた女衆が井戸端会議に花を咲かせているところだった。
「大分前に勘当騒ぎのあった娘でしょう?」
「そうそう!名前が………」
「そういえばあの子勘当されてから変な名前名乗ってたわよね」
「魔理沙、でしょう?」
「そうそれ!」
「え、それって本名じゃなかったの?」
「馬鹿ねえ!自分の子供にそんな妙ちくりんな名前つける親がどこにいるっていうのさ!」
「それもそうねえ」
「でしょお?それであの子の死因っていうのがねえ………?………が………で、………が調べたら、………だったらしいのよ」
「うそお!」
女衆三人の盛り上がりがまだまだ冷めることを知らないその頃。
そんなディストピアを見下ろせる空の中では。
「………………」
まだまだ秋の入りで、黄金色と呼ぶには些か明るすぎる輝く黄色の稲穂に囲まれたディストピアを感情の見受けられない表情で見下ろしながら、鴉天狗の新聞記者はただただ黙して口を開こうとはしなかった。
それだけだった。
幻想郷の管理者の家では。
「紫様!」
背後で隙間の開いた気配に気付き、そこからふわりと降りてくる人影に九尾の狐が気遣わしげに声を掛けるところだった。
「霊夢の様子は………?」
隙間から降り立った陰は見るものに物悲しさを覚えさせるような苦笑で首を横に振る。
「駄目ね。表面は何でもないような風をしているけれども、中身はどうしたものか………」
その言葉に、狐は俯く。
「霊夢……」
両者の間に、沈痛な静寂が流れる、その頃。
年中陰鬱とした空気の切れない森の中、質素だが作りの良さが窺える人形屋敷の中では。
「ありがとう」
読み物に耽っていた主のために紅茶を持って行った小さな傀儡を、人形遣いがその白磁を思わせる滑らかな両手に包み込んでいるところだった。
本当は書物の内容など欠片も頭の中には残っていなくて、だがそれを認めたくなくて続けていただけの文字の羅列に視線を滑らせる行為。
人形が紅茶を持って来たのを良い契機だ、と何気なく視線をそらせば、そこには人形の輝くような金髪。今手の中で眠ったように動かない金髪は、主が命じなければ絶対に動くことのないもの。
それを、その主が茫洋とした視線で見つめ続けるその頃。
そんな陰鬱とした森の入口に建つ雑貨屋では。
「……ふう」
この店の主がちまちまと縫っていた紅白の巫女服が完成して、一息ついたところだった。
「本来はこういう仕事は僕の本分ではなかった、のだが………。いざ仕事量が半分になってみれば、案外手持ち無沙汰なものだな」
と、長い独り言を呟きながら仕上がったばかりの巫女服を何も置かれていないカウンターに放り出しながら紙巻きタバコに火をつけたその頃。
美しい湖畔に建つ刺々しい色彩の館にある図書館では。
「小悪魔。その本はそこじゃなくてあっちよ」
「ひいいいい………」
魔法使いが悠々自適に本を嗜む傍で、司書が蔵書の整理に悲鳴を上げているところだった。
「それにしてもあの子ったら、いつの間にこんなに持ち出して………パチュリー様もよくこんなことお赦しになっ」
「小悪魔」
「はっ、はい」
「………その本。それはそこの通路突き当たった先の本棚。一番上の段の左から三番目よ。何度間違えるつもりなのかしら」
「ご、ごめんなさいいいいぃぃ」
再び悲鳴のような謝罪を口にしつつ整理に戻る使い魔を眺めながら、少し白々しかったかしら、と魔法使いがため息を付いた頃。
この楽園の中で唯一人間の安寧が認められたディストピアの中では。
「ねえ、知ってる?霧雨さんとこの娘さん、亡くなったらしいわよ」
「えっ、本当にぃ?」
昼前の喧騒の中、人気のない路地で下世話な表情を浮かべた女衆が井戸端会議に花を咲かせているところだった。
「大分前に勘当騒ぎのあった娘でしょう?」
「そうそう!名前が………」
「そういえばあの子勘当されてから変な名前名乗ってたわよね」
「魔理沙、でしょう?」
「そうそれ!」
「え、それって本名じゃなかったの?」
「馬鹿ねえ!自分の子供にそんな妙ちくりんな名前つける親がどこにいるっていうのさ!」
「それもそうねえ」
「でしょお?それであの子の死因っていうのがねえ………?………が………で、………が調べたら、………だったらしいのよ」
「うそお!」
女衆三人の盛り上がりがまだまだ冷めることを知らないその頃。
そんなディストピアを見下ろせる空の中では。
「………………」
まだまだ秋の入りで、黄金色と呼ぶには些か明るすぎる輝く黄色の稲穂に囲まれたディストピアを感情の見受けられない表情で見下ろしながら、鴉天狗の新聞記者はただただ黙して口を開こうとはしなかった。
それだけだった。
追記を織り込みストーリーに仕立てた上で、確信の先に霊夢が何を見たのかあればと思います。
幻想郷にありふれた生々流転のお話として見れば淡々とした様子が綺麗でした。
次回に期待しています。
何を以って分水嶺とするのかは難しいですが、なるべく叙事的、淡白に見えるよう努力を致しました。
と言うのも私自身今回の体験を通して、人の死、と言う事実の重みでさえも、それを受け取る者によって全く重さが変わってしまう、ということに気付いてしまったからです。
なので、各々のキャラクターを一人格と認めた上で、あえてこの掌編では各々のキャラクターの心情を描くことは避けました。
魔理沙の死、と言う事実を各々がどう受け取るか、それを私が文章の中であれ決めつけてしまうのはおこがましい、と感じたからです。
しかし、霊夢の部分に関してのご指摘には目から鱗でした。
もう少し各部分においてしっかりと伏線、と申しますかストーリーの主軸となるものを次回作があれば匂わせようと思います。
ありがとうございました。