「ポッキーを食べて月面旅行に行こう!」
「は?」
「ポッキーを食べて月面旅行に行こう!!」
『人類の夢の一つ、月面旅行がついに一般人も可能に!』と云った見出しの号外がバラ撒かれていたのは記憶に新しい。その記事を読んだときは気持ちの昂ぶりかたは蓮台野で秋の桜を観た時に匹敵したが、お値段が視界に入りスッと思考がクリアになった。
帰ってくるなり変なことを言っている蓮子の手には一箱のポッキーが握られていた。
「それで、どうしたの?」
「どうもこうも無いわよ! メリーこれを見て!Look at it」
蓮子は私の前にポッキーの箱を突き出した。ご丁寧に二ヶ国語で指示を言ってくれたが、そこまで英語は得意でない。
「ただのポッキーじゃない。これがどうかしたの?」
「大事なのはそこじゃないわ。いや、そこも大事だけど。パッケージ下の文を読んでみなさい」
「『ポッキーを食べて月面旅行に行こう』ってやつ?」
「うん!」
所謂懸賞ってやつである。どこぞの春のパン祭り然り、対象商品を飽きるほど食べ続けやっと一口応募出来るアレである。『えー今日もパン?』『そうよ。あと3斤でもう一口応募できるんだから』などという会話は珍しくないという。ちなみに例に上げたのは春の私達である。
「ポッキーを食べ続ける生活は御免よ。お財布にも健康にも悪いわ」
蓮子は大袈裟に『やれやれ』といったポーズを取る。
「メリーさんは分かってないわね。浅いわ。考えが浅すぎるわ」
蓮子の喋り方の若干の苛立ちを感じながらも大人しく話を聞くことにした。
「常に財政難な秘封倶楽部がそんなお金の浪費のようなことするわけ無いじゃない。だったら大人しくコツコツとアルバイトして月面旅行に行ったほうがマシよ」
そう言いながらコツコツとバイトをしないということはそういう事なのだろう。
「これはヤマザキパン方式じゃないわ。一箱でもチャンスが有るわ。ここの応募方法を読んでみなさい」
応募方法をざっと読む。簡単に言うとポッキーゲームをしている動画をアップロードすればいいらしい。アップロードされた動画の中から厳正な審査をし、総合的な判断の結果、最優秀賞に月面旅行がプレゼントされるらしい。
「嫌よ」
「まだ何も言ってないじゃない! それに別にいいじゃない。アップしたところで誰も見やしないわ。見られると思うなんて自意識過剰よ」
「CMに使う可能性があるって書いてあるわよ」
「とーにーかーく、秘封倶楽部に又とないチャンスよ。これを逃したらもう一生一緒に月面旅行に行けないかもしれないわ。それともメリーは一緒に月面旅行に行きたくないの?」
そんなことはないが、やはり恥ずかしい。人前どころか全世界に配信されるネットにキスしている姿を載せるなんて、想像しただけで逆上せそうである。
「あーあ、残念だなぁ。メリーとのポッキーゲームなら最優秀賞間違い無しだと思ったんだけどなぁ。でもメリーがそんなに私とポッキーゲームするのが嫌って言うなら仕方ないわ」
「わかったわよ。わかった。撮りましょ」
「そう来なくっちゃ!」
蓮子はせっせとスタンドカメラの準備をし始める。用意のいいことだ。それを待つ間に了承したことに対する後悔の念が沸々と湧き上がる。蓮子も月面旅行なんて貰えるわけ無いと思っているだろうに、なぜこんなことをするだろう。
「よし、じゃあ早速撮るわよ」
蓮子がポッキーの端を咥え、こちらを向く。妙な色気がありドキドキしてしまう。そんなことがバレないように無関心を装い私もポッキーの端を咥える。
「なんかこうやって見るとメリーの目は綺麗ね」
顔が熱くなる。恐らく私の顔は真っ赤だろう。目の前の蓮子を直視出来ず目を閉じてしまう。
「冗談言ってないで早くやるわよ」
「じゃあ、よーい、ドン」
少しずつポッキーを食べていく。目を閉じているからあとどの程度で唇に触れてしまうかわからない。ドクンドクン、心音が聞こえる。私のものだろうか蓮子のものだろうか。鼻先が何かとぶつかった。とっさに避けようとした瞬間ポキッとした音が聞こえた。
「あーあ、折れちゃった。メリーもちゃんと避けてよ」
恐らく蓮子の鼻先とぶつかったのだろう。唇と唇が触れなくて安心したような、少し残念なような不雑な心境であった。
「じゃあ、もう一回ね」
「え? 撮り直すの?」
「当たり前じゃない。あんな失敗動画あげても絶対最優秀賞は取れないわ」
蓮子はまたポッキーを咥える。
「いい? メリー、目を閉じちゃダメよ。意外とポッキーって強度無いんだから少しでも軸がブレると折れちゃうわ」
そうは言われても目のやり場に困る。仕方なく少し視線をずらしてポッキーを咥える。
「メリー、ちゃんとこっち見て。じゃないと絵的に映えないでしょ」
蓮子が両手で私の頬を掴む。まるでキスされるような掴み方だ。
「じゃあ行くわよ」
少しずつ蓮子との距離が近くなっていくのが分かる。心音が煩い。蓮子から目を離せない。唇と唇が近くなる。蓮子は顔色一つ変えてないが私は感情が混ざり合って泣きそうである。お互い鼻がぶつからない用に首を傾ける。
触れ合う。
そっと離れる。
「まぁそこそこ良いのが撮れたんじゃない?」
頭がふわふわする。多幸感に満ち溢れる。もう一度したい。もっと深くまでしてみたい。
「蓮子、ダメだわ。もう一回やりましょ」
私はポッキーを一本取り出し咥える。
「え? 良いけど何がダメだったの?」
「キスね。あんな唇同士が触れ合う程度のキスでいいのかしら? もっと深いキスの方がいいんじゃない?」
「それ絵的にアウトじゃ……」
「兎に角、撮ってみましょ」
蓮子は渋々といった様子でポッキーを咥える。
「蓮子、逃げちゃダメよ」
私はポッキーを食べ始める。先ほどと比べるとペースは早いだろう。一口、また一口と食べ進めるとあっという間に蓮子の唇直前まで来た。どんな味がするのだろうか、期待に胸踊らせ最後の一口を食べる。唇と唇が触れるとほぼ同時に舌と舌も触れる。蓮子の舌を甘咬みしてみる。蓮子も私の舌を吸いつく。そんなことを繰り返しそっと離れる。蓮子の表情は緩く顔も紅潮していた。
「どうだった蓮子?」
「えっ、うん、良かったわ」
蓮子は恥ずかしそうにしていた。さっきまで先導切ってポッキーゲームを推していたというのに、もうそんなことは頭に無いようだった。
「でも、こんなのをアップするのはマズイわね。撮り直しましょ」
「え、一回前のでいいじゃない」
「人は常に成長するものよ。一回前より次に撮るヤツのほうが絶対いいわ」
私はポッキーを咥え、蓮子と向き合う。
「ほら、早く」
蓮子もポッキーを咥えた。
毎回なんだかんだイチャモンをつけ撮り直しをし、ついに残るポッキーは一本になってしまった。
「これが最後だと思うと名残惜しいわね」
お互い恥じらいなんてものはなくなっていた。ポッキーゲームなんて言うのは最早ただの口実でキスがしたいだけだった。
「じゃあ、これが集大成ね」
蓮子がポッキーを咥えた。
「月面旅行楽しみね」
私も蓮子のポッキーを咥える。
「んっ」
「さてさて、それじゃあアップロードしますか」
「ねえ蓮子、そこの注意事項に……」
「えー、なになに? あー……」
「『男女一組であること』だってよ」
「大人しくアルバイトして月面旅行に行きましょ。二人ならそれなりに楽よ、きっと」
「って言っても、時給換算で約千時間よ。あ!そうだ!!」
「どうしたの蓮子? 何か名案でも思いついたの?」
「私が男装して撮れば万事OKよ。早速ポッキーもう一箱買ってくるわ」
蓮子は風のように部屋を飛び出して行ってしまった。
月面旅行への道のりは長そうである。
「は?」
「ポッキーを食べて月面旅行に行こう!!」
『人類の夢の一つ、月面旅行がついに一般人も可能に!』と云った見出しの号外がバラ撒かれていたのは記憶に新しい。その記事を読んだときは気持ちの昂ぶりかたは蓮台野で秋の桜を観た時に匹敵したが、お値段が視界に入りスッと思考がクリアになった。
帰ってくるなり変なことを言っている蓮子の手には一箱のポッキーが握られていた。
「それで、どうしたの?」
「どうもこうも無いわよ! メリーこれを見て!Look at it」
蓮子は私の前にポッキーの箱を突き出した。ご丁寧に二ヶ国語で指示を言ってくれたが、そこまで英語は得意でない。
「ただのポッキーじゃない。これがどうかしたの?」
「大事なのはそこじゃないわ。いや、そこも大事だけど。パッケージ下の文を読んでみなさい」
「『ポッキーを食べて月面旅行に行こう』ってやつ?」
「うん!」
所謂懸賞ってやつである。どこぞの春のパン祭り然り、対象商品を飽きるほど食べ続けやっと一口応募出来るアレである。『えー今日もパン?』『そうよ。あと3斤でもう一口応募できるんだから』などという会話は珍しくないという。ちなみに例に上げたのは春の私達である。
「ポッキーを食べ続ける生活は御免よ。お財布にも健康にも悪いわ」
蓮子は大袈裟に『やれやれ』といったポーズを取る。
「メリーさんは分かってないわね。浅いわ。考えが浅すぎるわ」
蓮子の喋り方の若干の苛立ちを感じながらも大人しく話を聞くことにした。
「常に財政難な秘封倶楽部がそんなお金の浪費のようなことするわけ無いじゃない。だったら大人しくコツコツとアルバイトして月面旅行に行ったほうがマシよ」
そう言いながらコツコツとバイトをしないということはそういう事なのだろう。
「これはヤマザキパン方式じゃないわ。一箱でもチャンスが有るわ。ここの応募方法を読んでみなさい」
応募方法をざっと読む。簡単に言うとポッキーゲームをしている動画をアップロードすればいいらしい。アップロードされた動画の中から厳正な審査をし、総合的な判断の結果、最優秀賞に月面旅行がプレゼントされるらしい。
「嫌よ」
「まだ何も言ってないじゃない! それに別にいいじゃない。アップしたところで誰も見やしないわ。見られると思うなんて自意識過剰よ」
「CMに使う可能性があるって書いてあるわよ」
「とーにーかーく、秘封倶楽部に又とないチャンスよ。これを逃したらもう一生一緒に月面旅行に行けないかもしれないわ。それともメリーは一緒に月面旅行に行きたくないの?」
そんなことはないが、やはり恥ずかしい。人前どころか全世界に配信されるネットにキスしている姿を載せるなんて、想像しただけで逆上せそうである。
「あーあ、残念だなぁ。メリーとのポッキーゲームなら最優秀賞間違い無しだと思ったんだけどなぁ。でもメリーがそんなに私とポッキーゲームするのが嫌って言うなら仕方ないわ」
「わかったわよ。わかった。撮りましょ」
「そう来なくっちゃ!」
蓮子はせっせとスタンドカメラの準備をし始める。用意のいいことだ。それを待つ間に了承したことに対する後悔の念が沸々と湧き上がる。蓮子も月面旅行なんて貰えるわけ無いと思っているだろうに、なぜこんなことをするだろう。
「よし、じゃあ早速撮るわよ」
蓮子がポッキーの端を咥え、こちらを向く。妙な色気がありドキドキしてしまう。そんなことがバレないように無関心を装い私もポッキーの端を咥える。
「なんかこうやって見るとメリーの目は綺麗ね」
顔が熱くなる。恐らく私の顔は真っ赤だろう。目の前の蓮子を直視出来ず目を閉じてしまう。
「冗談言ってないで早くやるわよ」
「じゃあ、よーい、ドン」
少しずつポッキーを食べていく。目を閉じているからあとどの程度で唇に触れてしまうかわからない。ドクンドクン、心音が聞こえる。私のものだろうか蓮子のものだろうか。鼻先が何かとぶつかった。とっさに避けようとした瞬間ポキッとした音が聞こえた。
「あーあ、折れちゃった。メリーもちゃんと避けてよ」
恐らく蓮子の鼻先とぶつかったのだろう。唇と唇が触れなくて安心したような、少し残念なような不雑な心境であった。
「じゃあ、もう一回ね」
「え? 撮り直すの?」
「当たり前じゃない。あんな失敗動画あげても絶対最優秀賞は取れないわ」
蓮子はまたポッキーを咥える。
「いい? メリー、目を閉じちゃダメよ。意外とポッキーって強度無いんだから少しでも軸がブレると折れちゃうわ」
そうは言われても目のやり場に困る。仕方なく少し視線をずらしてポッキーを咥える。
「メリー、ちゃんとこっち見て。じゃないと絵的に映えないでしょ」
蓮子が両手で私の頬を掴む。まるでキスされるような掴み方だ。
「じゃあ行くわよ」
少しずつ蓮子との距離が近くなっていくのが分かる。心音が煩い。蓮子から目を離せない。唇と唇が近くなる。蓮子は顔色一つ変えてないが私は感情が混ざり合って泣きそうである。お互い鼻がぶつからない用に首を傾ける。
触れ合う。
そっと離れる。
「まぁそこそこ良いのが撮れたんじゃない?」
頭がふわふわする。多幸感に満ち溢れる。もう一度したい。もっと深くまでしてみたい。
「蓮子、ダメだわ。もう一回やりましょ」
私はポッキーを一本取り出し咥える。
「え? 良いけど何がダメだったの?」
「キスね。あんな唇同士が触れ合う程度のキスでいいのかしら? もっと深いキスの方がいいんじゃない?」
「それ絵的にアウトじゃ……」
「兎に角、撮ってみましょ」
蓮子は渋々といった様子でポッキーを咥える。
「蓮子、逃げちゃダメよ」
私はポッキーを食べ始める。先ほどと比べるとペースは早いだろう。一口、また一口と食べ進めるとあっという間に蓮子の唇直前まで来た。どんな味がするのだろうか、期待に胸踊らせ最後の一口を食べる。唇と唇が触れるとほぼ同時に舌と舌も触れる。蓮子の舌を甘咬みしてみる。蓮子も私の舌を吸いつく。そんなことを繰り返しそっと離れる。蓮子の表情は緩く顔も紅潮していた。
「どうだった蓮子?」
「えっ、うん、良かったわ」
蓮子は恥ずかしそうにしていた。さっきまで先導切ってポッキーゲームを推していたというのに、もうそんなことは頭に無いようだった。
「でも、こんなのをアップするのはマズイわね。撮り直しましょ」
「え、一回前のでいいじゃない」
「人は常に成長するものよ。一回前より次に撮るヤツのほうが絶対いいわ」
私はポッキーを咥え、蓮子と向き合う。
「ほら、早く」
蓮子もポッキーを咥えた。
毎回なんだかんだイチャモンをつけ撮り直しをし、ついに残るポッキーは一本になってしまった。
「これが最後だと思うと名残惜しいわね」
お互い恥じらいなんてものはなくなっていた。ポッキーゲームなんて言うのは最早ただの口実でキスがしたいだけだった。
「じゃあ、これが集大成ね」
蓮子がポッキーを咥えた。
「月面旅行楽しみね」
私も蓮子のポッキーを咥える。
「んっ」
「さてさて、それじゃあアップロードしますか」
「ねえ蓮子、そこの注意事項に……」
「えー、なになに? あー……」
「『男女一組であること』だってよ」
「大人しくアルバイトして月面旅行に行きましょ。二人ならそれなりに楽よ、きっと」
「って言っても、時給換算で約千時間よ。あ!そうだ!!」
「どうしたの蓮子? 何か名案でも思いついたの?」
「私が男装して撮れば万事OKよ。早速ポッキーもう一箱買ってくるわ」
蓮子は風のように部屋を飛び出して行ってしまった。
月面旅行への道のりは長そうである。
けど変に激しくなく、どこか微笑ましいのがいいですね。オチもいいですし。
実にけしからん
それで転んでもただでは起きないところが、また二人らしいというか。
ポッキーの日らしい素晴らしいお話が読めて良かったです。満点!
最初は乗り気じゃなかったメリーが次第に燃えてきちゃうとか最高です
夢中になっている二人がエロくてよかったです
オチもいいと思いました