吹く風が冷たくなってきた。
小鈴が空を見上げると、太陽は暖かな陽光を振り注いでいる。
しかし日陰に入れば風が冷たく体の芯まで響いてくる。
もう冬の足音がそこまで来ていた。
小鈴は親友である阿求の屋敷へと入っていく。
特に用事はなく、なんとはなしに遊びに来たのだった。
といっても阿求と話す話題は、このところ鈴奈庵にやって来る外の世界マニアの女性の話なのだが。
今日も今日とて恋の相談をしようと、阿求の部屋に差し掛かると、中から何やら楽しそうな会話が聞こえてくる。
先客かな? 小鈴がそっと襖を開けると中にいた二人が振り返る。
「あら、小鈴。今日も惚気話?」
阿求が笑顔のまま小鈴に話しかける。
「おや。先に邪魔しているよ」
そして阿求と向き合って座る、慧音が手を上げて挨拶をする。
「慧音さんでしたか。ふふ、こちらこそお邪魔してしまうかも」
小鈴がくすくす笑うと、二人は顔を赤くして俯いてしまう。
このところ阿求は恋人の話をしてくる。
惚気話はお互い様なのだ。
「ところで、なんですかそれ?」
卓上の上に置かれた一枚の紙を見つけて、小鈴は訊ねながら二人の間に腰を下ろす。
「ああ。これか」
慧音は気が付いてその紙を取り上げて小鈴に見せる。
「今度、人里で人妖問わずお祭りをしようって話になっているのよ」
手渡された小鈴が紙に書かれた文章を読んで、「ふーん」と声を漏らす。
「そうだ! 小鈴もあの人と一緒に参加したら?」
「うん……って、はぁ!?」
「それはいいな。甘い恋の歌なんてどうだ?」
仕返しとばかりに、阿求と慧音はニヤニヤと笑う。
小鈴の顔が真っ赤になった。
「も、もう! 二人ともー!」
両手を挙げて怒り出す小鈴に、阿求も慧音も笑い声を上げる。
畳の上に紙がヒラヒラと舞い落ちる。
※
「……ふぅ。今日はこれで一段落かな?」
白玉楼。
広い庭を見渡して、魂魄妖夢は片手で額の汗を拭った。
庭の手入れも終え、どうやら下界へ逃げる幽霊もいないようだ。
妖夢は一息を吐くとゆっくりと主が待つ屋敷へ戻った。
「ただいま戻りました」
「あら、お帰り妖夢」
屋敷へ戻ると妖夢の主である西行寺幽々子は、縁側で団子を口に運びながら鴉天狗の新聞を読んでいた。
今朝に甘味屋の松本堂で買ってきた、大量の団子の串が傍らの皿の上で山を作る。
一緒に買った稲葉屋の様々な果物もすっかり皮だけになっていた。
妖夢がため息を吐く。
「ん? なぁーに、妖夢?」
「いえ、なんでもありません。そんなに熱心に読まれて、何か面白いことでも書かれているんですか?」
誤魔化すようにして主に訊ねると、幽々子は新聞を妖夢に手渡した。
「今度、人里でお祭りがあるそうよ。面白そうとは思わない?」
「お祭りですか」
第一回 幻想郷歌唱大会
人妖問わず参加可
既存の歌でも自作の歌でもかまいません
数名のユニットでの参加も歓迎
一番歌唱力があった優勝者には賞品あり
「申し込みは来週まで……当日はその翌週ですね」
「そうなの。そうだ妖夢! よかったら――」
「ご遠慮いたします」
幽々子が両手を合わせて進めるのを、言い終わる前に却下する妖夢。
大げさに幽々子が肩を下ろす。
「えー……妖夢が歌っているところみたいのに」
「幽々子様が見たいだけでしょ。それに私なんか、あまり歌うの得意じゃないですし……」
妖夢が冷ややかに返答すると、幽々子が頬を膨らます。
「ふーんだ……せっかくあの子ともっと仲良くなれる機会だと思うんだけどなぁ」
「はいはい、そんな口説き文句は……へ?」
幽々子の言葉に妖夢の目が丸くなる。
そんな従者に幽々子は扇子で顔を隠しながら話を続ける。
「ほら、あの子。曲を作るのとか得意だから絶対参加したいと思っているんじゃないかしら。あ。でもあの子は楽器で演奏するだけで、歌うのは専門外だったかしら。歌唱大会だからねぇ。うーん、だ、誰かいい歌手がいたらねぇ」
言葉尻がやけに震えている。
扇子の向こうで笑っているのが妖夢にもわかった。
妖夢の頬に紅が差す。
「ゆ、幽々子様! ル、ルナサさんがこのお祭りに参加するとは限りませんし! 私がルナサさんの曲で歌うなんて、ご迷惑ですよ!!」
「あら? 私、ルナサなんて一言も言っていないけど」
「みょん!?」
「わかりやすいわねぇ」
扇子の影から覗かせた幽々子の目は笑っていた。
妖夢の顔がさらに真っ赤になる。
「もう! 絶対私は参加しませんからね! ふん!」
とうとう怒った口調で、ぷいと顔を横に向ける妖夢。
幽々子はくすくすと笑いながら顔を玄関の方へ向いた。
「そう、残念だわ。でも、あの子はどう思っているかしらね? 聞いてみようかしら」
「え?」
妖夢が主に顔を向ける前に、玄関から声がした。
「すみませーん」
明るく間延びした、聞きなれた声。
「ほら妖夢。お客さんよ」
「あ……はい。はーい!」
妖夢は立ち上がるとパタパタと玄関まで走っていく。
(耳たぶまで真っ赤にして)
そんな後ろ姿を主は目を細めて見つめていた。
妖夢が玄関に出ると、そこには三姉妹の姿があった。
「こんにちは、妖夢さん」
そう笑顔で話すのは、先ほど呼びかけた次女のメルラン・プリズムリバー。
「今日は来月のライブの打ち合わせに来たの」
両腕を頭の後ろに回して、やはり笑顔で話すのは三女のリリカ・プリズムリバー。
そしてその二人の後ろで控えめに立ちながら、顔を真っ赤にしている彼女。
その姿に妖夢も顔を赤くしながら、つい見つめてしまう。
「……あ、あの。こ、こんにちは」
体をもじもじとさせながら視線を彷徨わせる三姉妹の長女。
そして妖夢の想い人であるルナサ・プリズムリバーである。
「あ、ルナサさん……こ、こんにちは!」
じっとルナサを見つめてしまっているのに気が付いて、妖夢は頭をヒザにつける勢いで下げた。
「あ、あの妖夢。今日は、打ち合わせに来たんだけど……」
「え? あ、来月のですね……はい。うん」
玄関先で顔を真っ赤にしながらもじもじとする二人。
メルランとリリカは顔を見合わせて笑った。
「じれったいねぇ」
「それはいいけど、上がらせてもらってもいいかな?」
※
白玉楼で行われる来月のライブの打ち合わせをしたメルランとリリカは、幽々子と世間話をしていた。
人里で行われるお祭りの事を訊かれて、メルランが答えた。
「歌唱大会……ええ、知っているわ」
「あら、やっぱり知っていたのね。それで貴女たちは参加するのかしら?」
「したいけどー。歌唱だからね、歌う人がいなくてね」
残念そうな言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
三人はそっと縁側の方に振り返る。
「そうなんですか。ここのところ練習ばっかりって、大変じゃないですか?」
「ううん。私たち、好きでやっているところあるから……」
幽々子たちに背中を向けて縁側に腰をかける妖夢とルナサ。
先ほどから二人だけの世界に入っている。
このところ、妖夢とルナサが互いに意識し合ってからというもの、ライブの打ち合わせは幽々子とメルラン、リリカの三人ですることになっていた。
もっとも二人きりにするように幽々子たちが仕掛けているのだが。
「妖夢は奥手ねぇ」
「ルナ姉もシャイだからね」
「じれったいなぁ」
この甘い空気を味わうのを楽しんでいるところもある。
幽々子たちは顔を見合わせて、妖夢たちにわざと聞こえるように言葉を交わした。
「それじゃ。歌唱大会、妖夢をよろしくね」
「はーい! 妖夢さんの歌声楽しみね!」
「頑張って曲を作るぞー!」
幽々子たちの声が聞こえて、妖夢とルナサが慌てて振り返る。
「え? な、なんですか!?」
「か、歌唱大会って……」
目を真ん丸にして、同時に話す妖夢とルナサに、三人は堪えきれず笑い出す。
「も、もう本当に妖夢は。かわいいんだから」
「ルナ姉。妖夢さんが一緒に歌唱大会に出るって」
「よかったねー」
ようやく笑い終えた幽々子たちに妖夢が手をわたわた振った。
「私!? いや、出ないですよ! 出ません!」
「あら、せっかくお誘いを受けたのだから、楽しんできなさいよ」
「無理ですよ! 私、歌うの下手なんですから!」
必死になって首を振り続ける妖夢。
その横でルナサが「あ」と控えめに声を出した。
妖夢は静かになってルナサへ振り向いた。
「? ルナサさん?」
「いや、その……妖夢の声。私、好きだよ。歌声、聞きたい、かな?」
「へ……」
ルナサの言葉に妖夢の顔が爆発した勢いで真っ赤になる。
ゆっくりとルナサは妖夢に視線を移して、その目をじっと見つめる。
幽霊のはずなのだがルナサの顔も、肌が赤一色に染まっていた。
「あの。私、妖夢と一緒に参加、したい……無理は言わないけど」
「あ……」
ルナサの誘いに妖夢の体が固まる。
乗り気じゃないことでも、好きな人に誘われたら参加したくなるのは恋愛の常である。
妖夢はしばらく黙って、小さく頷いた。
「幽々子さん。ついでに二人の結婚式も打ち合わせしておきましょうか?」
「賛成ね」
「異議なーし」
※
霧の近くの廃洋館。
プリズムリバー三姉妹の住居。
そこに招かれた妖夢は、メルランの言葉に大声を出してしまう。
「私が作詞!? 無理! 無理無理!」
「えー、せっかく妖夢さんも参加されるんだから。ね、リリカ」
「そうそう。ここは共同作業といこうよ。私たち、作曲するからさ。ね」
「いやいや! そ、そんな上手なの書けないですよ」
メルランとリリカの提案に妖夢は首が千切れるくらいに首を振る。
えー、とメルランとリリカが口を尖らせる。
すでに参加の申し込みは締め切られ、人妖問わず十組ほどの参加が決定していた。
貸本屋の娘さんと、自称外の世界マニアの二人組。
永遠亭の姫様と、薬売りの月の兎。
寺子屋の先生の協力もあって、不死鳥の蓬莱人が五人組のユニットで参加するそうだ。
そして、今大会の優勝候補。
ミスティアと響子のパンクユニット「鳥獣伎楽」も参加することが決まっていた。
深夜にゲリラライブを行うため不評の声も多いが、今回は公式のお祭りだ。
歌声に自信があるこの二人が優勝する可能性が高かった。
次から次へと耳に入るニュースに妖夢は弱気になっていた。
(私みたいなのが歌ったら、ルナサさんたちも笑われるんじゃ……それに私が作詞した歌なんて)
俯いて黙ってしまう妖夢。
メルランとリリカはすぐに助けを呼ぶ。
「ルナ姉、妖夢さんに励ましの言葉をどうぞ」
「姐さん、出番です!」
「え?」
中々言葉をかけられず、おろおろと妖夢を見つめるしかなかったルナサが妹二人に話を振られて驚く。
「わ、私? あの、そうだな……」
視線をキョロキョロとさせて、やがて妖夢に向き直るとゆっくりと傍に寄る。
「よ、妖夢……あ、あの。上手く創ろうとか、無理に必死になることはないと思う」
「で、でも!」
「お祭りは楽しむものだし、上手も下手もない。聞く人も、参加する方も楽しむのが、お祭りだと思う……」
ルナサの言葉に妖夢の表情が変わっていく。
弱気な目が輝きだす。
「無理に誘っておいてなんだけど……妖夢にも、楽しんでもらいたいな」
「ルナサさん……」
ゆっくりと妖夢の顔に笑顔が戻る。
「……私、頑張ります」
「ありがとう。偉そうなこと言って、ごめん」
「いえ。私もルナサさんたちと一緒に曲作りしたい。一緒に楽しみましょう」
「うん、私も妖夢と一緒に楽しみたい」
顔を見合わせて不器用に笑い合う二人。
「……やっぱり博麗神社で結婚式するのがいいんじゃない?」
「いやいや。紅魔館で西洋風にするのもいいよ。ウェディングドレスは捨てがたい」
※
大会まであと三日。
すっかり日が沈んだ夜。
廃洋館で妖夢は頭を抱えていた。
まったく歌詞が思いつかないのである。
「妖夢さん? 調子はどう?」
「あ、メルランさん……さっぱりです」
ルナサに励まされて歌詞作りに勢い込んだが、中々筆が動かない。
書いては先が思いつかず、最初から書き直して。
やがて最初の言葉すら思いつかなくなっていた。
すでに三姉妹は曲を大まかに作り上げて、後は妖夢の歌詞に合わせて調整するだけである。
本番までに歌の練習もしなければいけない。
妖夢はすっかり焦っていた。
「ちょっと休憩にしようか。少し頭を休めることも大事だよ」
「大丈夫です。リリカさん。もう少し考えてみます」
妖夢は手を振って再び白紙の紙に向き直る。
メルランとリリカは顔を見合わせて、部屋を出る。
二人が部屋を出て、妖夢は大きなため息を吐いた。
「……なんにも思いつかないや。歌詞を作るのって、大変なことだなぁ」
歌詞は聞き手へのメッセージでもある。
自分が何を伝えたいのか、その想いが纏まらない。
聞いた人が元気になれる歌詞。
何気ない日常を描いた歌詞。
仕事で疲れた人を励ます歌詞。
いろいろ試してみるのだが、続かない。
頭の中で思い浮かべるものの、すぐにイメージが掻き消えてしまう。
そしてその後、思い浮かべるのはルナサの顔だった。
歌詞作りが上手くいかないと、ふと横で曲の練習をするルナサばかり見つめてしまう。
静かで、大人っぽくて、人からは暗い性格とか言われているが、自分には優しい笑顔をみせてくれるルナサの顔。
「ルナサさん……好きです」
「え? ……妖夢、今なんて」
「そうそう。このルナサさんの顔が大好き……って、ルナサさん!?」
目の前に妖夢の顔を覗き込むようにしてルナサの顔があった。
その顔は驚きの色で満ちている。
妖夢は驚いた拍子に後ろへと倒れ込む。
「妖夢!? 大丈夫か?」
「あ、大丈夫です……ってルナサさん、どうして!?」
「どうしてって、さっきから傍にいたけど……あの、さっきの」
「あ」
妖夢の顔が真っ赤になる。
考えすぎで頭の中でルナサの顔を思い浮かべていたはずが、いつの間にか目の前のルナサを見つめてしまっていたのだ。
(は、恥ずかしすぎる……こんなので告白って、ないよ)
恥ずかしさで泣きそうになる妖夢。
ふとルナサの顔を見ると、ルナサも顔を真っ赤にさせて俯いていた。
しばらく二人は黙って向き合っていた。
窓から差し込む月光が二人を照らしていた。
「……あ、あの妖夢」
先に話しかけたのはルナサだった。
嫌われたかも。妖夢の体が固くなる。
「今、妖夢が思っていることを書いてみるのはどうかな?」
「え?」
「曲作りもお祭りと一緒。無理して創るんじゃなくて、楽しみながら創る。その時その時の気持ちを大事にして……今の自分の気持ちを書けたら、きっと出来る」
ルナサは片手を伸ばして、そっと妖夢の手をとった。
「私も、曲で妖夢の気持ちに応えたい」
「……ルナサさん」
目から涙を零して、妖夢は笑った。
そしてルナサの手を優しく握る。
ルナサから心地よい温もりを感じた。
わずかに開いていた部屋の扉が、音も立てずにそっと閉まった。
「廃洋館周りに鴉天狗の姿なし! しかし警戒を怠るなリリカ少尉!」
「サー、メルラン中佐! 見つけ次第、撃墜する! 二人の邪魔はさせん!」
※
迎えた第一回幻想郷歌唱大会、当日。
人里では多くの人間と妖怪たちが集まっていた。
最初から大盛り上がりの様相である。
妖夢とルナサたちは舞台の裏で自分たちの出番を待っていた。
審査員に選ばれた守矢神社の三人が見つめる前で、参加者は勢い込んで歌いだす。
小鈴とマミゾウが仲良く肩を並ばせてデュエット。歳の離れた姉妹のような二人の歌声に会場は甘い空気に包まれる。
輝夜が可愛らしさを前面に押し出し、その横で鈴仙が気を付けをして顔を赤くしながら歌う。
予想外の出来事も起きて、増々会場は熱気に包まれる。
霖之助がピアノを使ってバラードを高々と歌い上げ、意外な特技に観客たちは息を飲んだ。
極めつけが妹紅だった。神子、星、水蜜、美鈴と共にロック調の曲を演奏し出すと、会場から黄色い歓声が沸いた。
とうとう妖夢たちの出番がやって来た。
胸の鼓動が止まらない。
すでに頭が熱くなってしまっている。
握りしめる手は汗ですっかり濡れてしまった。
(……大丈夫。大丈夫、大丈夫)
妖夢は自分にそう言い聞かせながら、舞台に上がる時を待っていた。
そんな妖夢の手をルナサが手にとった。
「え? ル、ルナサさん?」
汗でいっぱいの手を握られて、妖夢が恥ずかしさで顔を赤くする。
しかしルナサは小さく笑って妖夢に見つめ返す。
「お祭り、楽しもう。妖夢」
「……はい」
ルナサの言葉に妖夢の緊張がほぐれる。
(やっぱり、私。ルナサさんの傍にいたい。ルナサさんのことが……)
「はいはーい。そこの鴉天狗さん。下がってくださいね」
「写真を撮るなら先に事務所を通して下さーい」
妖夢とルナサの仲睦まじい写真を撮ろうする文をメルランとリリカが追い払う。
その横で妖夢とルナサは、寄り添い合って目を閉じた。
一瞬のようなわずかな間。
でも妖夢には長い時間のように思えた。
妖夢たちの名前が呼ばれる。
二人は頷き合うと、大きな拍手に誘われるように舞台へと立った。
多くの観客たちが妖夢たちを見つめていた。
その中には幽々子の姿もある。
妖夢は目で主に挨拶をした。
簡単な自己紹介を終えると、妖夢はすぅーっと大きく深呼吸をした。
それを合図に、プリズムリバー三姉妹の演奏が鳴り響く。
※
『恋の歌』
金色の髪を揺らせて
私の隣に座るあなた
互いに視線を逸らせてばかりいたけれど
本当は誰よりもあなたを見つめていたかった
この想いがあなたに届いたらと
そう願っていたの
四季が移り変わっても
あなたの傍にいたい
ずっと一緒に笑い合って
歩いていきたい
好きだから
月の下の告白に
あなたは驚いたでしょう
互いに視線を逸らせてばかりいたけれど
本当はあなたに伝えたかった私の想い
同じ気持ちでありますようにと
そう望んでいたの
友達じゃなくなっても
あなたの傍にいたい
ずっと抱きしめ合って
夜を眠りたい
好きだから
あなたといると
あなたの笑顔を見ると
嫌なことが全て
崩れていく
音も立てずに
四季が移り変わっても
あなたの傍にいたい
ずっと恋の歌を口ずさんで
歩いていきたい
好きだから
※
気が付いた時には、すでに舞台から降りていた。
背中から大きな拍手が響き渡るのを聞いて、ようやく無事に終えたのを妖夢は知った。
「お疲れ様、妖夢さん。よかったよー」
「うんうん! この拍手、皆妖夢さんのものだよ」
目の前でメルランとリリカが顔を覗かせる。
「え? あ、はい……ルナサさん?」
ルナサの姿が見当たらないのに妖夢は視線をキョロキョロと彷徨わせる。
が、そんな妖夢を後ろから抱きしめる者がいた。
ルナサだった。
「ル、ルナサさん?」
「……妖夢」
妖夢が顔を上げると、そこには上下さかさまのルナサの顔。
その顔は赤かったが、小さく微笑んでいた。
妖夢が大好きな笑顔。
「楽しかった?」
「はい」
「……今日はこのままでいいかな」
「……あなたの傍にいたい、です」
舞台ではミスティアと響子の曲が始まったようだ。
その歌声を聞きながら、二人は目を閉じて静かに体を互いに寄り添い合っていた。
そんな二人をメルランとリリカは目を細めて優しく見守っていた。
「早く二人とも」
「結婚しちゃえ」
※
「あー、楽しかった」
リリカが頭の後ろに両腕を回して誰とはなしに話しかける。
大会も無事に終わり、幽々子と妖夢、プリズムリバー三姉妹は白玉楼へ家路についていた。
今晩は白玉楼で打ち上げの宴会を開くことになっていた。
「優勝したかったわねぇ」
「そうそう。まさか優勝がミスティアたちじゃないなんてね」
メルランと幽々子が言葉を交わす。
「でも、私たちにとっていい『賞品』をもらったもんね」
リリカの言葉にメルランも幽々子も頷く。
視線を前に向けると。
そこには顔を真っ赤にしながら、互いの片手を絡ませて歩く初々しい恋人たちが歩いていた。
小鈴が空を見上げると、太陽は暖かな陽光を振り注いでいる。
しかし日陰に入れば風が冷たく体の芯まで響いてくる。
もう冬の足音がそこまで来ていた。
小鈴は親友である阿求の屋敷へと入っていく。
特に用事はなく、なんとはなしに遊びに来たのだった。
といっても阿求と話す話題は、このところ鈴奈庵にやって来る外の世界マニアの女性の話なのだが。
今日も今日とて恋の相談をしようと、阿求の部屋に差し掛かると、中から何やら楽しそうな会話が聞こえてくる。
先客かな? 小鈴がそっと襖を開けると中にいた二人が振り返る。
「あら、小鈴。今日も惚気話?」
阿求が笑顔のまま小鈴に話しかける。
「おや。先に邪魔しているよ」
そして阿求と向き合って座る、慧音が手を上げて挨拶をする。
「慧音さんでしたか。ふふ、こちらこそお邪魔してしまうかも」
小鈴がくすくす笑うと、二人は顔を赤くして俯いてしまう。
このところ阿求は恋人の話をしてくる。
惚気話はお互い様なのだ。
「ところで、なんですかそれ?」
卓上の上に置かれた一枚の紙を見つけて、小鈴は訊ねながら二人の間に腰を下ろす。
「ああ。これか」
慧音は気が付いてその紙を取り上げて小鈴に見せる。
「今度、人里で人妖問わずお祭りをしようって話になっているのよ」
手渡された小鈴が紙に書かれた文章を読んで、「ふーん」と声を漏らす。
「そうだ! 小鈴もあの人と一緒に参加したら?」
「うん……って、はぁ!?」
「それはいいな。甘い恋の歌なんてどうだ?」
仕返しとばかりに、阿求と慧音はニヤニヤと笑う。
小鈴の顔が真っ赤になった。
「も、もう! 二人ともー!」
両手を挙げて怒り出す小鈴に、阿求も慧音も笑い声を上げる。
畳の上に紙がヒラヒラと舞い落ちる。
※
「……ふぅ。今日はこれで一段落かな?」
白玉楼。
広い庭を見渡して、魂魄妖夢は片手で額の汗を拭った。
庭の手入れも終え、どうやら下界へ逃げる幽霊もいないようだ。
妖夢は一息を吐くとゆっくりと主が待つ屋敷へ戻った。
「ただいま戻りました」
「あら、お帰り妖夢」
屋敷へ戻ると妖夢の主である西行寺幽々子は、縁側で団子を口に運びながら鴉天狗の新聞を読んでいた。
今朝に甘味屋の松本堂で買ってきた、大量の団子の串が傍らの皿の上で山を作る。
一緒に買った稲葉屋の様々な果物もすっかり皮だけになっていた。
妖夢がため息を吐く。
「ん? なぁーに、妖夢?」
「いえ、なんでもありません。そんなに熱心に読まれて、何か面白いことでも書かれているんですか?」
誤魔化すようにして主に訊ねると、幽々子は新聞を妖夢に手渡した。
「今度、人里でお祭りがあるそうよ。面白そうとは思わない?」
「お祭りですか」
第一回 幻想郷歌唱大会
人妖問わず参加可
既存の歌でも自作の歌でもかまいません
数名のユニットでの参加も歓迎
一番歌唱力があった優勝者には賞品あり
「申し込みは来週まで……当日はその翌週ですね」
「そうなの。そうだ妖夢! よかったら――」
「ご遠慮いたします」
幽々子が両手を合わせて進めるのを、言い終わる前に却下する妖夢。
大げさに幽々子が肩を下ろす。
「えー……妖夢が歌っているところみたいのに」
「幽々子様が見たいだけでしょ。それに私なんか、あまり歌うの得意じゃないですし……」
妖夢が冷ややかに返答すると、幽々子が頬を膨らます。
「ふーんだ……せっかくあの子ともっと仲良くなれる機会だと思うんだけどなぁ」
「はいはい、そんな口説き文句は……へ?」
幽々子の言葉に妖夢の目が丸くなる。
そんな従者に幽々子は扇子で顔を隠しながら話を続ける。
「ほら、あの子。曲を作るのとか得意だから絶対参加したいと思っているんじゃないかしら。あ。でもあの子は楽器で演奏するだけで、歌うのは専門外だったかしら。歌唱大会だからねぇ。うーん、だ、誰かいい歌手がいたらねぇ」
言葉尻がやけに震えている。
扇子の向こうで笑っているのが妖夢にもわかった。
妖夢の頬に紅が差す。
「ゆ、幽々子様! ル、ルナサさんがこのお祭りに参加するとは限りませんし! 私がルナサさんの曲で歌うなんて、ご迷惑ですよ!!」
「あら? 私、ルナサなんて一言も言っていないけど」
「みょん!?」
「わかりやすいわねぇ」
扇子の影から覗かせた幽々子の目は笑っていた。
妖夢の顔がさらに真っ赤になる。
「もう! 絶対私は参加しませんからね! ふん!」
とうとう怒った口調で、ぷいと顔を横に向ける妖夢。
幽々子はくすくすと笑いながら顔を玄関の方へ向いた。
「そう、残念だわ。でも、あの子はどう思っているかしらね? 聞いてみようかしら」
「え?」
妖夢が主に顔を向ける前に、玄関から声がした。
「すみませーん」
明るく間延びした、聞きなれた声。
「ほら妖夢。お客さんよ」
「あ……はい。はーい!」
妖夢は立ち上がるとパタパタと玄関まで走っていく。
(耳たぶまで真っ赤にして)
そんな後ろ姿を主は目を細めて見つめていた。
妖夢が玄関に出ると、そこには三姉妹の姿があった。
「こんにちは、妖夢さん」
そう笑顔で話すのは、先ほど呼びかけた次女のメルラン・プリズムリバー。
「今日は来月のライブの打ち合わせに来たの」
両腕を頭の後ろに回して、やはり笑顔で話すのは三女のリリカ・プリズムリバー。
そしてその二人の後ろで控えめに立ちながら、顔を真っ赤にしている彼女。
その姿に妖夢も顔を赤くしながら、つい見つめてしまう。
「……あ、あの。こ、こんにちは」
体をもじもじとさせながら視線を彷徨わせる三姉妹の長女。
そして妖夢の想い人であるルナサ・プリズムリバーである。
「あ、ルナサさん……こ、こんにちは!」
じっとルナサを見つめてしまっているのに気が付いて、妖夢は頭をヒザにつける勢いで下げた。
「あ、あの妖夢。今日は、打ち合わせに来たんだけど……」
「え? あ、来月のですね……はい。うん」
玄関先で顔を真っ赤にしながらもじもじとする二人。
メルランとリリカは顔を見合わせて笑った。
「じれったいねぇ」
「それはいいけど、上がらせてもらってもいいかな?」
※
白玉楼で行われる来月のライブの打ち合わせをしたメルランとリリカは、幽々子と世間話をしていた。
人里で行われるお祭りの事を訊かれて、メルランが答えた。
「歌唱大会……ええ、知っているわ」
「あら、やっぱり知っていたのね。それで貴女たちは参加するのかしら?」
「したいけどー。歌唱だからね、歌う人がいなくてね」
残念そうな言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
三人はそっと縁側の方に振り返る。
「そうなんですか。ここのところ練習ばっかりって、大変じゃないですか?」
「ううん。私たち、好きでやっているところあるから……」
幽々子たちに背中を向けて縁側に腰をかける妖夢とルナサ。
先ほどから二人だけの世界に入っている。
このところ、妖夢とルナサが互いに意識し合ってからというもの、ライブの打ち合わせは幽々子とメルラン、リリカの三人ですることになっていた。
もっとも二人きりにするように幽々子たちが仕掛けているのだが。
「妖夢は奥手ねぇ」
「ルナ姉もシャイだからね」
「じれったいなぁ」
この甘い空気を味わうのを楽しんでいるところもある。
幽々子たちは顔を見合わせて、妖夢たちにわざと聞こえるように言葉を交わした。
「それじゃ。歌唱大会、妖夢をよろしくね」
「はーい! 妖夢さんの歌声楽しみね!」
「頑張って曲を作るぞー!」
幽々子たちの声が聞こえて、妖夢とルナサが慌てて振り返る。
「え? な、なんですか!?」
「か、歌唱大会って……」
目を真ん丸にして、同時に話す妖夢とルナサに、三人は堪えきれず笑い出す。
「も、もう本当に妖夢は。かわいいんだから」
「ルナ姉。妖夢さんが一緒に歌唱大会に出るって」
「よかったねー」
ようやく笑い終えた幽々子たちに妖夢が手をわたわた振った。
「私!? いや、出ないですよ! 出ません!」
「あら、せっかくお誘いを受けたのだから、楽しんできなさいよ」
「無理ですよ! 私、歌うの下手なんですから!」
必死になって首を振り続ける妖夢。
その横でルナサが「あ」と控えめに声を出した。
妖夢は静かになってルナサへ振り向いた。
「? ルナサさん?」
「いや、その……妖夢の声。私、好きだよ。歌声、聞きたい、かな?」
「へ……」
ルナサの言葉に妖夢の顔が爆発した勢いで真っ赤になる。
ゆっくりとルナサは妖夢に視線を移して、その目をじっと見つめる。
幽霊のはずなのだがルナサの顔も、肌が赤一色に染まっていた。
「あの。私、妖夢と一緒に参加、したい……無理は言わないけど」
「あ……」
ルナサの誘いに妖夢の体が固まる。
乗り気じゃないことでも、好きな人に誘われたら参加したくなるのは恋愛の常である。
妖夢はしばらく黙って、小さく頷いた。
「幽々子さん。ついでに二人の結婚式も打ち合わせしておきましょうか?」
「賛成ね」
「異議なーし」
※
霧の近くの廃洋館。
プリズムリバー三姉妹の住居。
そこに招かれた妖夢は、メルランの言葉に大声を出してしまう。
「私が作詞!? 無理! 無理無理!」
「えー、せっかく妖夢さんも参加されるんだから。ね、リリカ」
「そうそう。ここは共同作業といこうよ。私たち、作曲するからさ。ね」
「いやいや! そ、そんな上手なの書けないですよ」
メルランとリリカの提案に妖夢は首が千切れるくらいに首を振る。
えー、とメルランとリリカが口を尖らせる。
すでに参加の申し込みは締め切られ、人妖問わず十組ほどの参加が決定していた。
貸本屋の娘さんと、自称外の世界マニアの二人組。
永遠亭の姫様と、薬売りの月の兎。
寺子屋の先生の協力もあって、不死鳥の蓬莱人が五人組のユニットで参加するそうだ。
そして、今大会の優勝候補。
ミスティアと響子のパンクユニット「鳥獣伎楽」も参加することが決まっていた。
深夜にゲリラライブを行うため不評の声も多いが、今回は公式のお祭りだ。
歌声に自信があるこの二人が優勝する可能性が高かった。
次から次へと耳に入るニュースに妖夢は弱気になっていた。
(私みたいなのが歌ったら、ルナサさんたちも笑われるんじゃ……それに私が作詞した歌なんて)
俯いて黙ってしまう妖夢。
メルランとリリカはすぐに助けを呼ぶ。
「ルナ姉、妖夢さんに励ましの言葉をどうぞ」
「姐さん、出番です!」
「え?」
中々言葉をかけられず、おろおろと妖夢を見つめるしかなかったルナサが妹二人に話を振られて驚く。
「わ、私? あの、そうだな……」
視線をキョロキョロとさせて、やがて妖夢に向き直るとゆっくりと傍に寄る。
「よ、妖夢……あ、あの。上手く創ろうとか、無理に必死になることはないと思う」
「で、でも!」
「お祭りは楽しむものだし、上手も下手もない。聞く人も、参加する方も楽しむのが、お祭りだと思う……」
ルナサの言葉に妖夢の表情が変わっていく。
弱気な目が輝きだす。
「無理に誘っておいてなんだけど……妖夢にも、楽しんでもらいたいな」
「ルナサさん……」
ゆっくりと妖夢の顔に笑顔が戻る。
「……私、頑張ります」
「ありがとう。偉そうなこと言って、ごめん」
「いえ。私もルナサさんたちと一緒に曲作りしたい。一緒に楽しみましょう」
「うん、私も妖夢と一緒に楽しみたい」
顔を見合わせて不器用に笑い合う二人。
「……やっぱり博麗神社で結婚式するのがいいんじゃない?」
「いやいや。紅魔館で西洋風にするのもいいよ。ウェディングドレスは捨てがたい」
※
大会まであと三日。
すっかり日が沈んだ夜。
廃洋館で妖夢は頭を抱えていた。
まったく歌詞が思いつかないのである。
「妖夢さん? 調子はどう?」
「あ、メルランさん……さっぱりです」
ルナサに励まされて歌詞作りに勢い込んだが、中々筆が動かない。
書いては先が思いつかず、最初から書き直して。
やがて最初の言葉すら思いつかなくなっていた。
すでに三姉妹は曲を大まかに作り上げて、後は妖夢の歌詞に合わせて調整するだけである。
本番までに歌の練習もしなければいけない。
妖夢はすっかり焦っていた。
「ちょっと休憩にしようか。少し頭を休めることも大事だよ」
「大丈夫です。リリカさん。もう少し考えてみます」
妖夢は手を振って再び白紙の紙に向き直る。
メルランとリリカは顔を見合わせて、部屋を出る。
二人が部屋を出て、妖夢は大きなため息を吐いた。
「……なんにも思いつかないや。歌詞を作るのって、大変なことだなぁ」
歌詞は聞き手へのメッセージでもある。
自分が何を伝えたいのか、その想いが纏まらない。
聞いた人が元気になれる歌詞。
何気ない日常を描いた歌詞。
仕事で疲れた人を励ます歌詞。
いろいろ試してみるのだが、続かない。
頭の中で思い浮かべるものの、すぐにイメージが掻き消えてしまう。
そしてその後、思い浮かべるのはルナサの顔だった。
歌詞作りが上手くいかないと、ふと横で曲の練習をするルナサばかり見つめてしまう。
静かで、大人っぽくて、人からは暗い性格とか言われているが、自分には優しい笑顔をみせてくれるルナサの顔。
「ルナサさん……好きです」
「え? ……妖夢、今なんて」
「そうそう。このルナサさんの顔が大好き……って、ルナサさん!?」
目の前に妖夢の顔を覗き込むようにしてルナサの顔があった。
その顔は驚きの色で満ちている。
妖夢は驚いた拍子に後ろへと倒れ込む。
「妖夢!? 大丈夫か?」
「あ、大丈夫です……ってルナサさん、どうして!?」
「どうしてって、さっきから傍にいたけど……あの、さっきの」
「あ」
妖夢の顔が真っ赤になる。
考えすぎで頭の中でルナサの顔を思い浮かべていたはずが、いつの間にか目の前のルナサを見つめてしまっていたのだ。
(は、恥ずかしすぎる……こんなので告白って、ないよ)
恥ずかしさで泣きそうになる妖夢。
ふとルナサの顔を見ると、ルナサも顔を真っ赤にさせて俯いていた。
しばらく二人は黙って向き合っていた。
窓から差し込む月光が二人を照らしていた。
「……あ、あの妖夢」
先に話しかけたのはルナサだった。
嫌われたかも。妖夢の体が固くなる。
「今、妖夢が思っていることを書いてみるのはどうかな?」
「え?」
「曲作りもお祭りと一緒。無理して創るんじゃなくて、楽しみながら創る。その時その時の気持ちを大事にして……今の自分の気持ちを書けたら、きっと出来る」
ルナサは片手を伸ばして、そっと妖夢の手をとった。
「私も、曲で妖夢の気持ちに応えたい」
「……ルナサさん」
目から涙を零して、妖夢は笑った。
そしてルナサの手を優しく握る。
ルナサから心地よい温もりを感じた。
わずかに開いていた部屋の扉が、音も立てずにそっと閉まった。
「廃洋館周りに鴉天狗の姿なし! しかし警戒を怠るなリリカ少尉!」
「サー、メルラン中佐! 見つけ次第、撃墜する! 二人の邪魔はさせん!」
※
迎えた第一回幻想郷歌唱大会、当日。
人里では多くの人間と妖怪たちが集まっていた。
最初から大盛り上がりの様相である。
妖夢とルナサたちは舞台の裏で自分たちの出番を待っていた。
審査員に選ばれた守矢神社の三人が見つめる前で、参加者は勢い込んで歌いだす。
小鈴とマミゾウが仲良く肩を並ばせてデュエット。歳の離れた姉妹のような二人の歌声に会場は甘い空気に包まれる。
輝夜が可愛らしさを前面に押し出し、その横で鈴仙が気を付けをして顔を赤くしながら歌う。
予想外の出来事も起きて、増々会場は熱気に包まれる。
霖之助がピアノを使ってバラードを高々と歌い上げ、意外な特技に観客たちは息を飲んだ。
極めつけが妹紅だった。神子、星、水蜜、美鈴と共にロック調の曲を演奏し出すと、会場から黄色い歓声が沸いた。
とうとう妖夢たちの出番がやって来た。
胸の鼓動が止まらない。
すでに頭が熱くなってしまっている。
握りしめる手は汗ですっかり濡れてしまった。
(……大丈夫。大丈夫、大丈夫)
妖夢は自分にそう言い聞かせながら、舞台に上がる時を待っていた。
そんな妖夢の手をルナサが手にとった。
「え? ル、ルナサさん?」
汗でいっぱいの手を握られて、妖夢が恥ずかしさで顔を赤くする。
しかしルナサは小さく笑って妖夢に見つめ返す。
「お祭り、楽しもう。妖夢」
「……はい」
ルナサの言葉に妖夢の緊張がほぐれる。
(やっぱり、私。ルナサさんの傍にいたい。ルナサさんのことが……)
「はいはーい。そこの鴉天狗さん。下がってくださいね」
「写真を撮るなら先に事務所を通して下さーい」
妖夢とルナサの仲睦まじい写真を撮ろうする文をメルランとリリカが追い払う。
その横で妖夢とルナサは、寄り添い合って目を閉じた。
一瞬のようなわずかな間。
でも妖夢には長い時間のように思えた。
妖夢たちの名前が呼ばれる。
二人は頷き合うと、大きな拍手に誘われるように舞台へと立った。
多くの観客たちが妖夢たちを見つめていた。
その中には幽々子の姿もある。
妖夢は目で主に挨拶をした。
簡単な自己紹介を終えると、妖夢はすぅーっと大きく深呼吸をした。
それを合図に、プリズムリバー三姉妹の演奏が鳴り響く。
※
『恋の歌』
金色の髪を揺らせて
私の隣に座るあなた
互いに視線を逸らせてばかりいたけれど
本当は誰よりもあなたを見つめていたかった
この想いがあなたに届いたらと
そう願っていたの
四季が移り変わっても
あなたの傍にいたい
ずっと一緒に笑い合って
歩いていきたい
好きだから
月の下の告白に
あなたは驚いたでしょう
互いに視線を逸らせてばかりいたけれど
本当はあなたに伝えたかった私の想い
同じ気持ちでありますようにと
そう望んでいたの
友達じゃなくなっても
あなたの傍にいたい
ずっと抱きしめ合って
夜を眠りたい
好きだから
あなたといると
あなたの笑顔を見ると
嫌なことが全て
崩れていく
音も立てずに
四季が移り変わっても
あなたの傍にいたい
ずっと恋の歌を口ずさんで
歩いていきたい
好きだから
※
気が付いた時には、すでに舞台から降りていた。
背中から大きな拍手が響き渡るのを聞いて、ようやく無事に終えたのを妖夢は知った。
「お疲れ様、妖夢さん。よかったよー」
「うんうん! この拍手、皆妖夢さんのものだよ」
目の前でメルランとリリカが顔を覗かせる。
「え? あ、はい……ルナサさん?」
ルナサの姿が見当たらないのに妖夢は視線をキョロキョロと彷徨わせる。
が、そんな妖夢を後ろから抱きしめる者がいた。
ルナサだった。
「ル、ルナサさん?」
「……妖夢」
妖夢が顔を上げると、そこには上下さかさまのルナサの顔。
その顔は赤かったが、小さく微笑んでいた。
妖夢が大好きな笑顔。
「楽しかった?」
「はい」
「……今日はこのままでいいかな」
「……あなたの傍にいたい、です」
舞台ではミスティアと響子の曲が始まったようだ。
その歌声を聞きながら、二人は目を閉じて静かに体を互いに寄り添い合っていた。
そんな二人をメルランとリリカは目を細めて優しく見守っていた。
「早く二人とも」
「結婚しちゃえ」
※
「あー、楽しかった」
リリカが頭の後ろに両腕を回して誰とはなしに話しかける。
大会も無事に終わり、幽々子と妖夢、プリズムリバー三姉妹は白玉楼へ家路についていた。
今晩は白玉楼で打ち上げの宴会を開くことになっていた。
「優勝したかったわねぇ」
「そうそう。まさか優勝がミスティアたちじゃないなんてね」
メルランと幽々子が言葉を交わす。
「でも、私たちにとっていい『賞品』をもらったもんね」
リリカの言葉にメルランも幽々子も頷く。
視線を前に向けると。
そこには顔を真っ赤にしながら、互いの片手を絡ませて歩く初々しい恋人たちが歩いていた。
いやぁ甘かった。とても幸せですね!でも後書きがw