心地よい空間を漂っている。
温かいミルクティにスプーン一杯の蜂蜜と砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜたような、そんな心地よい空間を私は漂っている。
「………………リ……………………メ…………き………………」
上も下も無く、すべてが丁子色に染まった世界に、ふと、声が聞こえる。
声に合わせて世界が揺れ、ゆっくりと引っ張られていく感覚がする。
「…………メ…………リー…………先に……帰…………」
少しずつ、声がはっきりとしてくる。
周りの空間がクリアになってくる。
「…………メリー……起きないと――」
その声が私を呼んでいるものだと理解すると同時に、意識が急速に浮上する。
感覚が戻りった体をゆっくりと起こす。
目を開けるとそこには、ちょっとした厚さの文庫本を持ち上げた蓮子の姿があった。
そんなもの振り上げてどうする心算なのだろうか。
私は未だ機能を取り戻し切れていない両眼をこすりながら、口を開いた。
「おはよう蓮子」
不意に欠伸が漏れてしまった。
目の前の顔が少し――いや、多分に呆れを含むものに変わる。
一拍おいて、溜息と同時に右手が下がり、蓮子の口が開く。
「おはようメリー」
その言葉に私が微笑むと、蓮子は再び溜息をつき湯気の立つ珈琲を一口すすった。
どうやら、いつも通り喫茶店で蓮子と駄弁っていたら、そのまま眠ってしまっていたようだ。
昨日徹夜してしたせいだろうか。
ふと目線を自らの手元に下げると、冷め切ったミルクティが半分ほど入ったティーカップと、食べかけのクッキィが目に入る。
「ねえ蓮子」
冷めてしまったミルクティを一口飲み、問いかける。
「今は何時かしら」
蓮子は三度目の溜息をついて、しかし律儀に
「12月9日午後4時45分25秒ね」
と少し曇っている窓の外を見ながら答えてくれた。
やはり蓮子は優しい。
「ありがと。でも、そんなに溜息ばかりついてると幸せが逃げるわよ」
「今時そんな非科学的な古臭い迷信信じてる人なんているの?」
ジトっとした目で言われてしまった。
「あら、その非科学的なことを調べているのが私達秘封倶楽部でしょ?」
「あーはいはい。そうだったわね」
二人して同時に吹き出す。
そんな他愛もない会話をしながら残っていたクッキィを齧り、ミルクティを飲む。
甘い。
自然と頬が緩む。
ミルクティが冷めてしまっているのが若干勿体ない気がする。
温かいのを淹れてもらおうか。
そんなことを考えていると、不意に蓮子が話を切り出した。
「そろそろクリスマスよね。メリーは何か予定とかあるの?」
その声は、何でもない風を精一杯装っているようでその実、少し引きつっていた。
少し嗜虐心をそそられる。
『そうねぇ……実は大切な用事があるの』とか言えば、きっと蓮子の顔は哀しそうに歪むだろう。
しかし、幸か不幸かその日はフリーである。
蓮子をさそって何処か出かけようかなんて考えていたが、蓮子から誘われたのなら好都合だ。
きっと自分が組むより簡単に、楽しいデートプランを組んでくれるだろう。
私が蓮子の考えに気付かないふりをして、訝しげに答える。
「何にもないはずだけど……」
蓮子の顔がぱぁっと明るくなった。
「じゃ、じゃあさ、二人でどっか出かけない?」
落ち着きなく蓮子は訊いてくる。
「いいわよ」
一拍おいて、少し微笑みながら快諾する。
凄く嬉しそうだ。
蓮子のお尻にぶんぶんと振られる尻尾が見える気がする。
そんな蓮子を眺めていると丁度クッキィがなくなった。
蓮子のカップももう空っぽだった。
「そろそろお会計しちゃいましょ」
そう言って席を立つ。
蓮子が慌てて荷物をまとめている間にレジで支払いをすませる。
後から追ってきた蓮子が
「私の分は出すわよ」
なんて言ってくるけど、蓮子だって偶に私の分を払ってくれるしお互い様だろう。
「たまにはいいでしょ、そんな気分なの」
そう言って財布をしまわせ、一緒に店を出る。
外は少し雪がちらついている。
冷たく、それでいてゆっくりとした空気が京の町を覆っている。
こういう空気は嫌いじゃない。
軒先から一歩踏み出そうとすると、後ろから蓮子が脇腹をつっついてきた。
「次は私が出すからね」
振り向いた先で蓮子はそう言った。
こっちから言ったことだから気にしなくていいのだけど。
まあ、そこまで言われて真っ向から断るのもアレなのでちょっとした冗談を言ってみる。
「じゃあ、明日あそこのケーキバイキングに行きましょうか」
この間二人で街を歩いているときに見つけたとあるお店。
なんでもこのご時世に天然モノの苺を使っているらしい。
つまり、それだけ高い。私達の一週間分の食費を余裕で上回るぐらいには。
蓮子の顔ががはっとする。
「え、ちょ、ちょっとそれは……」
「冗談よ。それよりも、クリスマスデート楽しみにしてるわよ」
はにかみながら言うと今度は顔がカァっと赤くなった。
まるで百面相のようだ。観ていて飽きがこない。
しばらく蓮子で遊んでいても面白いかもしれないけど、そろそろ帰らないと本格的に雪が降ってきそうだ。
「それじゃあ、また明日」
そう言って、後ろから聞こえる蓮子の抗議を無視して家路につく。
「……ああ本当、蓮子は可愛いわ……」
温かいミルクティにスプーン一杯の蜂蜜と砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜたような、そんな心地よい空間を私は漂っている。
「………………リ……………………メ…………き………………」
上も下も無く、すべてが丁子色に染まった世界に、ふと、声が聞こえる。
声に合わせて世界が揺れ、ゆっくりと引っ張られていく感覚がする。
「…………メ…………リー…………先に……帰…………」
少しずつ、声がはっきりとしてくる。
周りの空間がクリアになってくる。
「…………メリー……起きないと――」
その声が私を呼んでいるものだと理解すると同時に、意識が急速に浮上する。
感覚が戻りった体をゆっくりと起こす。
目を開けるとそこには、ちょっとした厚さの文庫本を持ち上げた蓮子の姿があった。
そんなもの振り上げてどうする心算なのだろうか。
私は未だ機能を取り戻し切れていない両眼をこすりながら、口を開いた。
「おはよう蓮子」
不意に欠伸が漏れてしまった。
目の前の顔が少し――いや、多分に呆れを含むものに変わる。
一拍おいて、溜息と同時に右手が下がり、蓮子の口が開く。
「おはようメリー」
その言葉に私が微笑むと、蓮子は再び溜息をつき湯気の立つ珈琲を一口すすった。
どうやら、いつも通り喫茶店で蓮子と駄弁っていたら、そのまま眠ってしまっていたようだ。
昨日徹夜してしたせいだろうか。
ふと目線を自らの手元に下げると、冷め切ったミルクティが半分ほど入ったティーカップと、食べかけのクッキィが目に入る。
「ねえ蓮子」
冷めてしまったミルクティを一口飲み、問いかける。
「今は何時かしら」
蓮子は三度目の溜息をついて、しかし律儀に
「12月9日午後4時45分25秒ね」
と少し曇っている窓の外を見ながら答えてくれた。
やはり蓮子は優しい。
「ありがと。でも、そんなに溜息ばかりついてると幸せが逃げるわよ」
「今時そんな非科学的な古臭い迷信信じてる人なんているの?」
ジトっとした目で言われてしまった。
「あら、その非科学的なことを調べているのが私達秘封倶楽部でしょ?」
「あーはいはい。そうだったわね」
二人して同時に吹き出す。
そんな他愛もない会話をしながら残っていたクッキィを齧り、ミルクティを飲む。
甘い。
自然と頬が緩む。
ミルクティが冷めてしまっているのが若干勿体ない気がする。
温かいのを淹れてもらおうか。
そんなことを考えていると、不意に蓮子が話を切り出した。
「そろそろクリスマスよね。メリーは何か予定とかあるの?」
その声は、何でもない風を精一杯装っているようでその実、少し引きつっていた。
少し嗜虐心をそそられる。
『そうねぇ……実は大切な用事があるの』とか言えば、きっと蓮子の顔は哀しそうに歪むだろう。
しかし、幸か不幸かその日はフリーである。
蓮子をさそって何処か出かけようかなんて考えていたが、蓮子から誘われたのなら好都合だ。
きっと自分が組むより簡単に、楽しいデートプランを組んでくれるだろう。
私が蓮子の考えに気付かないふりをして、訝しげに答える。
「何にもないはずだけど……」
蓮子の顔がぱぁっと明るくなった。
「じゃ、じゃあさ、二人でどっか出かけない?」
落ち着きなく蓮子は訊いてくる。
「いいわよ」
一拍おいて、少し微笑みながら快諾する。
凄く嬉しそうだ。
蓮子のお尻にぶんぶんと振られる尻尾が見える気がする。
そんな蓮子を眺めていると丁度クッキィがなくなった。
蓮子のカップももう空っぽだった。
「そろそろお会計しちゃいましょ」
そう言って席を立つ。
蓮子が慌てて荷物をまとめている間にレジで支払いをすませる。
後から追ってきた蓮子が
「私の分は出すわよ」
なんて言ってくるけど、蓮子だって偶に私の分を払ってくれるしお互い様だろう。
「たまにはいいでしょ、そんな気分なの」
そう言って財布をしまわせ、一緒に店を出る。
外は少し雪がちらついている。
冷たく、それでいてゆっくりとした空気が京の町を覆っている。
こういう空気は嫌いじゃない。
軒先から一歩踏み出そうとすると、後ろから蓮子が脇腹をつっついてきた。
「次は私が出すからね」
振り向いた先で蓮子はそう言った。
こっちから言ったことだから気にしなくていいのだけど。
まあ、そこまで言われて真っ向から断るのもアレなのでちょっとした冗談を言ってみる。
「じゃあ、明日あそこのケーキバイキングに行きましょうか」
この間二人で街を歩いているときに見つけたとあるお店。
なんでもこのご時世に天然モノの苺を使っているらしい。
つまり、それだけ高い。私達の一週間分の食費を余裕で上回るぐらいには。
蓮子の顔ががはっとする。
「え、ちょ、ちょっとそれは……」
「冗談よ。それよりも、クリスマスデート楽しみにしてるわよ」
はにかみながら言うと今度は顔がカァっと赤くなった。
まるで百面相のようだ。観ていて飽きがこない。
しばらく蓮子で遊んでいても面白いかもしれないけど、そろそろ帰らないと本格的に雪が降ってきそうだ。
「それじゃあ、また明日」
そう言って、後ろから聞こえる蓮子の抗議を無視して家路につく。
「……ああ本当、蓮子は可愛いわ……」
明日も一日頑張ろう