あなたのことを知りたくて、あなたをずっと目で追ってしまう。ずっとずっとずっと―
「Csus4、C、リピート、ここでA♭……」
「咲夜さん、なにしてるんです?」
紅葉が目立ち始めるこの季節。
庭師も兼ねる私にとってそれは綺麗だけの一言で捨てられるものではない。
なにせ紅魔館の概観を損ねると咲夜さんに怒られるからだ。
「見てわかるでしょ?ギターの練習」
咲夜さんは最近、日がな一日、窓際に腰かけてギターの練習を始めた。
もちろん瀟洒な彼女がメイド業をおろそかにすることはなく、そつなくこなしながらの趣味だ。
日光ですっかり黄ばんでしまった楽譜を床に置き、ペンでなにやら文字に線を引きながらうんうんと唸っていた。
「ここでB♭、Csus4、c、リピートでA♭」
「そのギターも浮かばれますね」
彼女が香霖堂からアコースティックギターを持って帰ってきたのは一か月程前のこと。
楽譜を片手にギターケースを持つ彼女はなんともかっこよかった。
几帳面な彼女の性格がしっかりでて、彼女は趣味としてギターを初めてから一日も練習を欠かさない。
朝になりお嬢様が寝入るのを見届けた後、彼女はしっかり睡眠をとり、私服で夕食の支度やお茶の準備をこなし、妖精メイドたちに掃除などの指示をしっかりと出し終える。
その後彼女はお嬢様たちに迷惑が掛からないように庭まででてきてギターの練習を始めるのだ。
窓際にギターを抱え足を組んで楽譜を覗きこむ彼女が邪魔な前髪をゴムで束ねる仕草に知らずぐっと来ている自分がいた。
「C、Dm、Am、Em」
一つ一つ呟きながら彼女はたどたどしくもコードを押さえていく。
彼女は薄手のセーターとジーンズと呼ばれるらしいズボンを履いている。
靴はいつものものではなく、簡易なサンダルを履いていた。
片方の宙に浮いた足の方のサンダルをプラプラさせながら彼女は真剣に譜面と向き合っていた。
弛まぬ練習の成果もあり大分曲らしいものが聞こえる。
「わぁ、楽しそう……なのかな、うぅん」
「コードはm(マイナー)キーばっかりだけどね」
「m(マイナー)キー?」
「コードにはメジャーとマイナーがあるんだけど、簡単に言ったらマイナーは寂しく聞こえるの」
「へーそうなんですかぁ」
ギターの話は分からないから取り敢えずそうなのかとしか言えない。
彼女がコードを口で呟くのに合わせて流れる音に耳をすまして聞いてみる。
「確かに、楽しそうですけどぐわぁっと弾ける感じの曲ではないですね」
「曲の内容だってそうよ、テンションが上がるような曲じゃない」
「内容?」
なにそれとコテンと首を傾げる私に彼女は呆れたように溜息をつく。
「歌なんだから歌詞があるにきまってるでしょう?」
「あぁ、これ歌があるんですね」
「……そういえば歌ったことなかったかしら」
「ほら、私悪くないです」
「そっか、ごめんなさい、弾いてるだけで歌ってるつもりだったわ」
彼女は譜面に目を落とす。
今度は音符ではなく、歌詞の方に視線を向けているのだろう。
「I see you, you see me」
まだギターと一緒には引けないのか歌詞を音読するだけ。
歌詞がどんなものなのか確かめるように。
音読するだけ。
「Watch you blowin' the lines When you're making a scene Oh girl,」
「ストップ!」
「……なによ?」
私の静止の声にぬるっと顔を上げる咲夜さん。
顔をしかめて少し不機嫌そうなのは曲に集中しようとするのを邪魔されたためか。
「お嬢様といたので日常会話くらいなら少しはできますが、基本私中国の人なので英語はなしの方向で」
そうやって手で“すんません”とする私に彼女はまた溜息もついた。
「私よりも長くお嬢様のそばにいるはずなのにね」
「その役割は私じゃあなかったですからね」
ハハハ、と笑う私にじと~とした目線を向ける咲夜さん。
「いいじゃないですか。で、どんな歌詞なんですか?」
「……教えないわ」
「えぇ~、そんなこと言わないでくださいよ~」
「そろそろ着替えてこなくちゃだし、私いくわ、仕事してなさい、門番」
そうやってギターをケースにしまい楽譜を携えて去っていく彼女に
「……えぇ~、置いてけぼりなんですか私」
箒を掃くでもなく持っていた私に秋の少し冷たい風が吹き抜けた。
――――――
「Private Eyes They're watching you They see your every move」
うん、大分様になってきたと思われる。
湯気を立てるホットコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。
邪魔くさいから束ねた髪が後ろで風に靡いて気持ちいい。
「Private Eyes They're watching you Private Eyes」
コードの反復で別に難しい曲でもない。
アルペジオがストロークか迷ったけれど。
まだ技術のない私はとりあえずストロークだ。
「They're watching you Watching you Watching you Watching you」
外にテーブルとイスを出して座る。
今は離れているから美鈴もいない。
楽譜にギター、ポッドに温かいコーヒー、うむ、幸せじゃないだろうか。
「なにその趣味の悪い歌」
「あら、パチュリー様。図書館から出てこられるとは珍しい」
「聞きなれないものが聞こえたから何かと思ってきてみたのよ」
どっかと私の真向いに座るパチュリー様。
「あ、どうぞ」
「ありがと」
もう一つのカップにコーヒーを注ぐ。
砂糖とミルクを準備しいつも通りの配分で作っていく。
「オフの時間くらいメイドしなくていいのにね」
「まぁ、この館のメイドですから」
「ほんと、真面目なんだから」
苦笑しながら一口飲むパチュリー様。
本来お嬢様と飲む場合は紅茶がほとんどなのだが、一人の時はコーヒーも結構飲まれる。
ミルクを多く、少し甘めにするのがポイントだ。
「うん、おいしいわ」
「ありがとうございます」
帰ってくる感想にひとまずの返答。
「なんて曲なの?」
「……Private Eyesといいます」
「“探偵”?ますます意味わからない歌」
「ハハハ、そうですよね」
頬をポリポリ書きながら苦笑する私。
「楽譜、これしかなかったの?」
指をさす先の楽譜はお世辞にも保存状態が良いものではなかった。
アレンジなのかフェルマータやf(フォルテ)、アクセントなどが楽譜にペンで直接書き込まれ楽譜自体雑然とした感じだった。
それに所々コーヒーの染みとかもついているし、角には折り目もついている。
「いや、別のもあったんですけどね」
「これがよかったと」
「……はい」
私の顔を見て溜息をつくパチュリー様。
本当にすごく大切にされたわけではないのかもしれない。
でも恐らく前の持ち主はこの楽譜とひと時のこととはいえ人生を共にして、そして今に至るのだ。
どんな人物だったのだろう。
私が思うにきっちりとした性格の人物ではあるまい。
それでも音楽に、もしくはこの楽譜に対して真摯だったことは伺えた。
「この歌、なんとなく好きなんですよね」
「何言ってんの、相手の立場になったら怖いばっかりじゃない」
「これを素敵だと思った時代もあったってことですよ」
それは私も一部思うものではあるので苦笑するしかない。
でも音がまずかっこいいし。再現するのも凄く難しい訳ではない。
初めての曲がこの曲なのはどうなのだろうか。
やはりおかしいといわれるのだろうか。
「この準備していたもう一杯のカップの本当の相手にでも歌ってあげなさいな」
「……そうですね、意味わかってる癖に私に日本語で朗読させてこようとする趣味の悪い女ですからねぇ」
「美鈴そんなことしてたの」
くふふと不健康そうに笑う彼女。
顔の青白さと相まって怖いですよパチュリー様。
「日差しが強いからもう行くわ、コーヒーごちそうさま」
「はい、お粗末様です」
パチュリー様が席をたちいなくなる。
「Why you try to put up a front for me」
ギターの弦を押さえながら練習を続ける。
この愛嬌溢れた楽譜と私は向かい合った。
私はこの曲が嫌いではない。
こんな愛の歌があってもいいと私は思うからだ。
――――――
「パチェ」
「ん?どうしたの?レミィ」
夜会の中、私は親友に声をかける。
丁度先ほど咲夜は焼いているクッキーを回収しに厨房に戻っていった。
「どうしよう、咲夜が私にギター聞かせてくれないぃ」
机に体を投げ出して足をパタパタゆする。
ばたばたにならないあたり腹立たしいがこの体躯では仕方ない。
あるまじき行為なのはわかっているがここで見ているのは私の親友一人だけ。
彼女は別に気にもしないだろう。
「はぁ、それがどうしたの?」
呆れた声を出すパチェ。
「趣味で初めてからもう結構時間たってる~!!」
「だから?」
「もうそろそろ私に聞いて欲しいって言ってきていいと思うんですけどぉ……」
「まぁ私は既に聞いてるけどね」
「ほらあああぁぁぁぁぁぁ!!」
私は叫んだ。
何故私の可愛い咲夜は私になにも言ってこないのか。
昼間ギターを手にした咲夜をどうしてみることができないのだろうか。
「……どうして私は吸血鬼なのだろうか」
「大分哲学的な所まで思考がとんだようね……」
「うぅぅ、咲夜の歌が聞きたいのよぅ」
「そんなに気になるなら本人にいいなさい、ねぇ、咲夜」
扉越しに声をかけるパチェ。
「うぅ、はい」
すこし申し訳なさそうに出てくる咲夜。
全て見られていたという訳か……
テンション上がりすぎて気付かなかった訳か……
「あら咲夜お帰りなさい。ご覧、今日の月はとても綺麗ね」
「はい、お嬢様」
「無理やりすぎるし、咲夜も変な所で気遣いをしないの!!」
「えぇ……だって……」
みっともないじゃない。
自分の娘ともいえるような咲夜にお母さんが妙な姿見せられないし。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「……さ、最近ギターを弾いているそうね」
「はい、お嬢様」
「なにこの子供がお遊戯会のこと言ってくれないから自分からアプローチかけるお母さんみたいな光景……」
微妙な空気になっていることは承知している。
というか黙りなさいパチュリー。
「ど、どぉ?少しは上達したかしら?」
「一応、それなりには」
「そ……そぅ……」
「今度聞かれますか、お耳の慰めにしかなりませんし、1曲だけしか歌えませんが」
「ほ、ほんと?聞くわ、聞く聞く、聞かせて頂戴」
その言葉にぱっと嬉しくなるあたし。
やっと心を開いてくれた子供をみるお母さんの気分だわ
「咲夜はお母さんに気を遣う子供の心境だと思うけどねぇ~」
と後ろから面倒くさそうな声が聞こえてきたが黙れ、一回でも聞いたことがある奴にはわからないわ。
「じゃあそうね、う~ん、一週間後、一週間後に私たちに聞かせて頂戴」
「一週間……ですか」
少し彼女が緊張したのがわかった。
「そう、一週間後の夜会であなたのギターを聞く」
「はい、わかりました」
そんなことがあってその日の夜会は終わった。
外からはどこからか聞こえてくるうちの門番の大いびきが聞こえてきていてすごく耳障りだった。
――――――
「You play with words You play with love」
ギターの練習をしている。
大分コードも追えるようになった。
失敗して途中で止まることもあまりなくなった。
「You can twist it around, baby That ain't enough 'Cos girl」
今日気が付いたら、移動中に楽譜に折り目がついてしまっていた。
自分が弾いている中で初めてフェルマータをつけた。
自分としては決めたい音にアクセントをつけた。
「I'm gonna know If you're letting me in Or letting me go Don't lie」
明確に区別するために、私のものは赤くした。
いつの間にか、その楽譜から感じられる他人の中に自分が混じっていることに気付く。
その瞬間、この楽譜が本当に自分のものになったようで嬉しい。
「When you're hurting inside 'Cos you can't escape my」
しっかりすべてのコードを押さえサビに辿りつく。
いつしかこれをアルペジオでやってみたい。
優しく、優しく。
サビの手拍子位美鈴に頼んだらやってくれそうだ。
「あら、咲夜、おもしろいことやってるのね」
「妹様、こんにちわ」
こんなお昼に日傘を差しながら妹様は漏れる日差しに少しだけ嫌そうな顔をしながらもこちらに歩いてくる。
「妹様、日蔭に移りましょうか」
「いいわよ、それより、もっと弾いて頂戴、眠れなくて暇していたら声が聞こえて思わず起きてきちゃったんだから」
「はは、今日の夜会でお披露目なのです。楽しみにとっておいてください」
私はギターをケースにしまう。
もし私がギターを弾かないとしても、彼女はもう少しここにいるだろう。
ギターの音で起きたのが嘘だとしても、眠れなかったのは本当のようだし。
「ねぇ、探偵がずっと君のことをみているってどういうこと?」
「直訳したらそうなっちゃいますよねぇ……」
彼女が言っているのはサビの部分だ。
Private Eyesは私立探偵を意味する単語。
「多分ね、これは探偵じゃなくて探偵みたいな僕がという意味なんですよ」
「その僕がずっと君をみているの?」
「えぇ、君の全てを見逃すことがないようにずっとずっとね」
直訳からいったら私の曲の解釈は罵倒される位の意訳だろう。
でもいいじゃないか。
日本語で自分の好きなように訳して脳内保管ができるから英語の歌はかっこいいと思う。
それは私が日本人だからだろうけれど。
「君がなにかをするたびに、私の心はどうしようもなく狼狽えてしまう」
そんな気持ちが私にはわかる。
私を見て欲しいからこそ狼狽えて。
何も見逃したくないからこそ、君の素敵さに目が離せない。
「でもどんなに頭で考えてわからない時でも、私の心は分かっている」
どんなに頭が真っ白になっても。
頭が考えるのをやめてしまっても。
心の中で答えは決まっている。
「君がどんなに行動や愛を言葉で飾っても、どんなにひっかきまわしても私にはわかる」
言葉で伝わるものだけが愛ではないからだ。
行動で伝わるものだけが愛ではないからだ。
私たちは五感の全てで愛を感じ取る。
それは愛の囁きであったり、君の笑顔を間近で見れる幸運であったり、抱きしめた時の君の匂いであったり様々だ。
「君自身が言葉で傷ついてしまうのにどうして嘘をつくのかな」
そんな中で言葉だけで愛を語ったり、行動だけを起こしてもどうしようもない。
全てが伴わなければ。
感じ取れなければ。
私たちは愛されていると思えないのだ。
なんて理不尽で、傲慢。
なんて不作法で、無遠慮。
「私は君の味方だよ、だってこの瞳をのぞいてごらん」
其処にはやっぱり君が映っているのだ。
君の行動はすべて私が見ていて、そんな瞳をみるだけで、君は自分を振り返るだろう。
他人の瞳に映る自分を自分が見れることはどれだけ幸福なことなのだろう。
どんなに愚かしい愛も、どんな美しい言葉も、すべては自分が口から零すのだと理解できるのだから。
「そんな愛しい相手をずっとずっと見ていたいって歌だと私は思うんですけどねぇ……」
「……歌詞を聞く感じそれはただの咲夜の思い込みだと思う」
「そうですよねぇ」
分かっている自分でもとんでもない意訳をしたものだ。
「でも英語の日本語での解釈は各々が勝手にするものだから私はいいと思うけどね」
「ありがとうございます」
「えへへー」
“どうだ、なでろー”ってな感じで前に差し出される頭を感謝しながらナデリナデリする私。
嬉しそうに妹様は笑っていた。
「今日の夜その歌を弾くわけね」
「はい、最後の練習中です」
「もう練習いらないんじゃないの?」
「練習しますよ、せっかく聞いていただけることになったんですからね」
「ねぇ、咲夜はその曲誰に聞かせたいの?」
無邪気な質問に一瞬固まる。
頭が真っ白とは言えないまでも空白になる。
言葉はすぐに出てこない。
「分かりません。お嬢様にも、パチュリー様にも、妹様にも、ついでに美鈴にもみんなに聞いてほしいです」
「ついでだって、咲夜はホントに意地っ張りね」
「ハハハ、そうですね。きっと私は意地っ張りですね」
「もう行くわ、練習頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
そうして妹様もいなくなる。
最後の一仕上げをしよう。
「Private Eyes They're watching you They see your every move」
あなたをいつまでも見ていたい。
「Private Eyes They're watching you Private Eyes」
私の眼があなたたちを見続けていられるうちは。
「They're watching you」
例え私がいつかいなくなってしまうことになっても。
私の中であなたたちが瞼に焼き付けられているように
あなたたちの中に、私が焼き付いていられるように
Watching you Watching you Watching you―
「Csus4、C、リピート、ここでA♭……」
「咲夜さん、なにしてるんです?」
紅葉が目立ち始めるこの季節。
庭師も兼ねる私にとってそれは綺麗だけの一言で捨てられるものではない。
なにせ紅魔館の概観を損ねると咲夜さんに怒られるからだ。
「見てわかるでしょ?ギターの練習」
咲夜さんは最近、日がな一日、窓際に腰かけてギターの練習を始めた。
もちろん瀟洒な彼女がメイド業をおろそかにすることはなく、そつなくこなしながらの趣味だ。
日光ですっかり黄ばんでしまった楽譜を床に置き、ペンでなにやら文字に線を引きながらうんうんと唸っていた。
「ここでB♭、Csus4、c、リピートでA♭」
「そのギターも浮かばれますね」
彼女が香霖堂からアコースティックギターを持って帰ってきたのは一か月程前のこと。
楽譜を片手にギターケースを持つ彼女はなんともかっこよかった。
几帳面な彼女の性格がしっかりでて、彼女は趣味としてギターを初めてから一日も練習を欠かさない。
朝になりお嬢様が寝入るのを見届けた後、彼女はしっかり睡眠をとり、私服で夕食の支度やお茶の準備をこなし、妖精メイドたちに掃除などの指示をしっかりと出し終える。
その後彼女はお嬢様たちに迷惑が掛からないように庭まででてきてギターの練習を始めるのだ。
窓際にギターを抱え足を組んで楽譜を覗きこむ彼女が邪魔な前髪をゴムで束ねる仕草に知らずぐっと来ている自分がいた。
「C、Dm、Am、Em」
一つ一つ呟きながら彼女はたどたどしくもコードを押さえていく。
彼女は薄手のセーターとジーンズと呼ばれるらしいズボンを履いている。
靴はいつものものではなく、簡易なサンダルを履いていた。
片方の宙に浮いた足の方のサンダルをプラプラさせながら彼女は真剣に譜面と向き合っていた。
弛まぬ練習の成果もあり大分曲らしいものが聞こえる。
「わぁ、楽しそう……なのかな、うぅん」
「コードはm(マイナー)キーばっかりだけどね」
「m(マイナー)キー?」
「コードにはメジャーとマイナーがあるんだけど、簡単に言ったらマイナーは寂しく聞こえるの」
「へーそうなんですかぁ」
ギターの話は分からないから取り敢えずそうなのかとしか言えない。
彼女がコードを口で呟くのに合わせて流れる音に耳をすまして聞いてみる。
「確かに、楽しそうですけどぐわぁっと弾ける感じの曲ではないですね」
「曲の内容だってそうよ、テンションが上がるような曲じゃない」
「内容?」
なにそれとコテンと首を傾げる私に彼女は呆れたように溜息をつく。
「歌なんだから歌詞があるにきまってるでしょう?」
「あぁ、これ歌があるんですね」
「……そういえば歌ったことなかったかしら」
「ほら、私悪くないです」
「そっか、ごめんなさい、弾いてるだけで歌ってるつもりだったわ」
彼女は譜面に目を落とす。
今度は音符ではなく、歌詞の方に視線を向けているのだろう。
「I see you, you see me」
まだギターと一緒には引けないのか歌詞を音読するだけ。
歌詞がどんなものなのか確かめるように。
音読するだけ。
「Watch you blowin' the lines When you're making a scene Oh girl,」
「ストップ!」
「……なによ?」
私の静止の声にぬるっと顔を上げる咲夜さん。
顔をしかめて少し不機嫌そうなのは曲に集中しようとするのを邪魔されたためか。
「お嬢様といたので日常会話くらいなら少しはできますが、基本私中国の人なので英語はなしの方向で」
そうやって手で“すんません”とする私に彼女はまた溜息もついた。
「私よりも長くお嬢様のそばにいるはずなのにね」
「その役割は私じゃあなかったですからね」
ハハハ、と笑う私にじと~とした目線を向ける咲夜さん。
「いいじゃないですか。で、どんな歌詞なんですか?」
「……教えないわ」
「えぇ~、そんなこと言わないでくださいよ~」
「そろそろ着替えてこなくちゃだし、私いくわ、仕事してなさい、門番」
そうやってギターをケースにしまい楽譜を携えて去っていく彼女に
「……えぇ~、置いてけぼりなんですか私」
箒を掃くでもなく持っていた私に秋の少し冷たい風が吹き抜けた。
――――――
「Private Eyes They're watching you They see your every move」
うん、大分様になってきたと思われる。
湯気を立てるホットコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。
邪魔くさいから束ねた髪が後ろで風に靡いて気持ちいい。
「Private Eyes They're watching you Private Eyes」
コードの反復で別に難しい曲でもない。
アルペジオがストロークか迷ったけれど。
まだ技術のない私はとりあえずストロークだ。
「They're watching you Watching you Watching you Watching you」
外にテーブルとイスを出して座る。
今は離れているから美鈴もいない。
楽譜にギター、ポッドに温かいコーヒー、うむ、幸せじゃないだろうか。
「なにその趣味の悪い歌」
「あら、パチュリー様。図書館から出てこられるとは珍しい」
「聞きなれないものが聞こえたから何かと思ってきてみたのよ」
どっかと私の真向いに座るパチュリー様。
「あ、どうぞ」
「ありがと」
もう一つのカップにコーヒーを注ぐ。
砂糖とミルクを準備しいつも通りの配分で作っていく。
「オフの時間くらいメイドしなくていいのにね」
「まぁ、この館のメイドですから」
「ほんと、真面目なんだから」
苦笑しながら一口飲むパチュリー様。
本来お嬢様と飲む場合は紅茶がほとんどなのだが、一人の時はコーヒーも結構飲まれる。
ミルクを多く、少し甘めにするのがポイントだ。
「うん、おいしいわ」
「ありがとうございます」
帰ってくる感想にひとまずの返答。
「なんて曲なの?」
「……Private Eyesといいます」
「“探偵”?ますます意味わからない歌」
「ハハハ、そうですよね」
頬をポリポリ書きながら苦笑する私。
「楽譜、これしかなかったの?」
指をさす先の楽譜はお世辞にも保存状態が良いものではなかった。
アレンジなのかフェルマータやf(フォルテ)、アクセントなどが楽譜にペンで直接書き込まれ楽譜自体雑然とした感じだった。
それに所々コーヒーの染みとかもついているし、角には折り目もついている。
「いや、別のもあったんですけどね」
「これがよかったと」
「……はい」
私の顔を見て溜息をつくパチュリー様。
本当にすごく大切にされたわけではないのかもしれない。
でも恐らく前の持ち主はこの楽譜とひと時のこととはいえ人生を共にして、そして今に至るのだ。
どんな人物だったのだろう。
私が思うにきっちりとした性格の人物ではあるまい。
それでも音楽に、もしくはこの楽譜に対して真摯だったことは伺えた。
「この歌、なんとなく好きなんですよね」
「何言ってんの、相手の立場になったら怖いばっかりじゃない」
「これを素敵だと思った時代もあったってことですよ」
それは私も一部思うものではあるので苦笑するしかない。
でも音がまずかっこいいし。再現するのも凄く難しい訳ではない。
初めての曲がこの曲なのはどうなのだろうか。
やはりおかしいといわれるのだろうか。
「この準備していたもう一杯のカップの本当の相手にでも歌ってあげなさいな」
「……そうですね、意味わかってる癖に私に日本語で朗読させてこようとする趣味の悪い女ですからねぇ」
「美鈴そんなことしてたの」
くふふと不健康そうに笑う彼女。
顔の青白さと相まって怖いですよパチュリー様。
「日差しが強いからもう行くわ、コーヒーごちそうさま」
「はい、お粗末様です」
パチュリー様が席をたちいなくなる。
「Why you try to put up a front for me」
ギターの弦を押さえながら練習を続ける。
この愛嬌溢れた楽譜と私は向かい合った。
私はこの曲が嫌いではない。
こんな愛の歌があってもいいと私は思うからだ。
――――――
「パチェ」
「ん?どうしたの?レミィ」
夜会の中、私は親友に声をかける。
丁度先ほど咲夜は焼いているクッキーを回収しに厨房に戻っていった。
「どうしよう、咲夜が私にギター聞かせてくれないぃ」
机に体を投げ出して足をパタパタゆする。
ばたばたにならないあたり腹立たしいがこの体躯では仕方ない。
あるまじき行為なのはわかっているがここで見ているのは私の親友一人だけ。
彼女は別に気にもしないだろう。
「はぁ、それがどうしたの?」
呆れた声を出すパチェ。
「趣味で初めてからもう結構時間たってる~!!」
「だから?」
「もうそろそろ私に聞いて欲しいって言ってきていいと思うんですけどぉ……」
「まぁ私は既に聞いてるけどね」
「ほらあああぁぁぁぁぁぁ!!」
私は叫んだ。
何故私の可愛い咲夜は私になにも言ってこないのか。
昼間ギターを手にした咲夜をどうしてみることができないのだろうか。
「……どうして私は吸血鬼なのだろうか」
「大分哲学的な所まで思考がとんだようね……」
「うぅぅ、咲夜の歌が聞きたいのよぅ」
「そんなに気になるなら本人にいいなさい、ねぇ、咲夜」
扉越しに声をかけるパチェ。
「うぅ、はい」
すこし申し訳なさそうに出てくる咲夜。
全て見られていたという訳か……
テンション上がりすぎて気付かなかった訳か……
「あら咲夜お帰りなさい。ご覧、今日の月はとても綺麗ね」
「はい、お嬢様」
「無理やりすぎるし、咲夜も変な所で気遣いをしないの!!」
「えぇ……だって……」
みっともないじゃない。
自分の娘ともいえるような咲夜にお母さんが妙な姿見せられないし。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「……さ、最近ギターを弾いているそうね」
「はい、お嬢様」
「なにこの子供がお遊戯会のこと言ってくれないから自分からアプローチかけるお母さんみたいな光景……」
微妙な空気になっていることは承知している。
というか黙りなさいパチュリー。
「ど、どぉ?少しは上達したかしら?」
「一応、それなりには」
「そ……そぅ……」
「今度聞かれますか、お耳の慰めにしかなりませんし、1曲だけしか歌えませんが」
「ほ、ほんと?聞くわ、聞く聞く、聞かせて頂戴」
その言葉にぱっと嬉しくなるあたし。
やっと心を開いてくれた子供をみるお母さんの気分だわ
「咲夜はお母さんに気を遣う子供の心境だと思うけどねぇ~」
と後ろから面倒くさそうな声が聞こえてきたが黙れ、一回でも聞いたことがある奴にはわからないわ。
「じゃあそうね、う~ん、一週間後、一週間後に私たちに聞かせて頂戴」
「一週間……ですか」
少し彼女が緊張したのがわかった。
「そう、一週間後の夜会であなたのギターを聞く」
「はい、わかりました」
そんなことがあってその日の夜会は終わった。
外からはどこからか聞こえてくるうちの門番の大いびきが聞こえてきていてすごく耳障りだった。
――――――
「You play with words You play with love」
ギターの練習をしている。
大分コードも追えるようになった。
失敗して途中で止まることもあまりなくなった。
「You can twist it around, baby That ain't enough 'Cos girl」
今日気が付いたら、移動中に楽譜に折り目がついてしまっていた。
自分が弾いている中で初めてフェルマータをつけた。
自分としては決めたい音にアクセントをつけた。
「I'm gonna know If you're letting me in Or letting me go Don't lie」
明確に区別するために、私のものは赤くした。
いつの間にか、その楽譜から感じられる他人の中に自分が混じっていることに気付く。
その瞬間、この楽譜が本当に自分のものになったようで嬉しい。
「When you're hurting inside 'Cos you can't escape my」
しっかりすべてのコードを押さえサビに辿りつく。
いつしかこれをアルペジオでやってみたい。
優しく、優しく。
サビの手拍子位美鈴に頼んだらやってくれそうだ。
「あら、咲夜、おもしろいことやってるのね」
「妹様、こんにちわ」
こんなお昼に日傘を差しながら妹様は漏れる日差しに少しだけ嫌そうな顔をしながらもこちらに歩いてくる。
「妹様、日蔭に移りましょうか」
「いいわよ、それより、もっと弾いて頂戴、眠れなくて暇していたら声が聞こえて思わず起きてきちゃったんだから」
「はは、今日の夜会でお披露目なのです。楽しみにとっておいてください」
私はギターをケースにしまう。
もし私がギターを弾かないとしても、彼女はもう少しここにいるだろう。
ギターの音で起きたのが嘘だとしても、眠れなかったのは本当のようだし。
「ねぇ、探偵がずっと君のことをみているってどういうこと?」
「直訳したらそうなっちゃいますよねぇ……」
彼女が言っているのはサビの部分だ。
Private Eyesは私立探偵を意味する単語。
「多分ね、これは探偵じゃなくて探偵みたいな僕がという意味なんですよ」
「その僕がずっと君をみているの?」
「えぇ、君の全てを見逃すことがないようにずっとずっとね」
直訳からいったら私の曲の解釈は罵倒される位の意訳だろう。
でもいいじゃないか。
日本語で自分の好きなように訳して脳内保管ができるから英語の歌はかっこいいと思う。
それは私が日本人だからだろうけれど。
「君がなにかをするたびに、私の心はどうしようもなく狼狽えてしまう」
そんな気持ちが私にはわかる。
私を見て欲しいからこそ狼狽えて。
何も見逃したくないからこそ、君の素敵さに目が離せない。
「でもどんなに頭で考えてわからない時でも、私の心は分かっている」
どんなに頭が真っ白になっても。
頭が考えるのをやめてしまっても。
心の中で答えは決まっている。
「君がどんなに行動や愛を言葉で飾っても、どんなにひっかきまわしても私にはわかる」
言葉で伝わるものだけが愛ではないからだ。
行動で伝わるものだけが愛ではないからだ。
私たちは五感の全てで愛を感じ取る。
それは愛の囁きであったり、君の笑顔を間近で見れる幸運であったり、抱きしめた時の君の匂いであったり様々だ。
「君自身が言葉で傷ついてしまうのにどうして嘘をつくのかな」
そんな中で言葉だけで愛を語ったり、行動だけを起こしてもどうしようもない。
全てが伴わなければ。
感じ取れなければ。
私たちは愛されていると思えないのだ。
なんて理不尽で、傲慢。
なんて不作法で、無遠慮。
「私は君の味方だよ、だってこの瞳をのぞいてごらん」
其処にはやっぱり君が映っているのだ。
君の行動はすべて私が見ていて、そんな瞳をみるだけで、君は自分を振り返るだろう。
他人の瞳に映る自分を自分が見れることはどれだけ幸福なことなのだろう。
どんなに愚かしい愛も、どんな美しい言葉も、すべては自分が口から零すのだと理解できるのだから。
「そんな愛しい相手をずっとずっと見ていたいって歌だと私は思うんですけどねぇ……」
「……歌詞を聞く感じそれはただの咲夜の思い込みだと思う」
「そうですよねぇ」
分かっている自分でもとんでもない意訳をしたものだ。
「でも英語の日本語での解釈は各々が勝手にするものだから私はいいと思うけどね」
「ありがとうございます」
「えへへー」
“どうだ、なでろー”ってな感じで前に差し出される頭を感謝しながらナデリナデリする私。
嬉しそうに妹様は笑っていた。
「今日の夜その歌を弾くわけね」
「はい、最後の練習中です」
「もう練習いらないんじゃないの?」
「練習しますよ、せっかく聞いていただけることになったんですからね」
「ねぇ、咲夜はその曲誰に聞かせたいの?」
無邪気な質問に一瞬固まる。
頭が真っ白とは言えないまでも空白になる。
言葉はすぐに出てこない。
「分かりません。お嬢様にも、パチュリー様にも、妹様にも、ついでに美鈴にもみんなに聞いてほしいです」
「ついでだって、咲夜はホントに意地っ張りね」
「ハハハ、そうですね。きっと私は意地っ張りですね」
「もう行くわ、練習頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
そうして妹様もいなくなる。
最後の一仕上げをしよう。
「Private Eyes They're watching you They see your every move」
あなたをいつまでも見ていたい。
「Private Eyes They're watching you Private Eyes」
私の眼があなたたちを見続けていられるうちは。
「They're watching you」
例え私がいつかいなくなってしまうことになっても。
私の中であなたたちが瞼に焼き付けられているように
あなたたちの中に、私が焼き付いていられるように
Watching you Watching you Watching you―
昔解らなかった曲をこうして聞かせてもらってめちゃ感動してます
面白かったです。
雰囲気がよくて、面白かったです。