ゆかれいむ
紫:霊夢、ゆかれいむしましょう。
霊夢:いいよ、来い。
霊夢が両手を広げたので、紫は飛びついたら、巴投げを受けて100kmぐらい投げ飛ばされた。
着地の直前、紫は落下地点にスキマを配置した。出口は、霊夢の目の前。
霊夢:封魔針。
ブスリ。
紫:アッーー!!!
読まれていた。紫は尻から針を生やした。
紫:ひどい、ひどいわ霊夢。処女膜が破れた。
霊夢:尻と女性器の境界を操るな。
そして……。
紫:そっちがそう来るなら、私にも考えがあってよ。
霊夢:………。
紫:ダヴァイ!! 幻想郷の巫女たるもの、強くなければ話にならないわ!
紫は、ギャグのノリで行ったのでは100年かかってもゆかれいむできないか、オチでせいぜいちょっといい目を見れる程度だと即座に判断。攻め方を変えた。
紫は霊夢に戦闘の指導をすることにしたのだ。ただし、弾幕ごっこではない。それでは霊夢にも勝ちの目が出て来る。紫は、近接格闘術の組み手を申し出た。
霊夢:やっ! とうっ!
紫:フ、甘い。
お祓い棒を問題なく武器にして、紫へ襲い掛かる霊夢。しかしもはや紫にとっては、カマキリと遊ぶようなもんだった。一般人の戦闘力が5として、霊夢が30なら、日本の優秀な刑事の戦闘力は50ぐらい。紫は2000億だ。
紫:ゆかりんキック!
霊夢:!!!
紫は、ローリングソバットという、戦闘力5の市民が練習して繰り出したのでさええげつない威力を持つ技を、全力でもって霊夢の腹へ打ち込んだ。
ところで、新幹線に追突されたら人体は霧になるらしい。接触のエネルギーが強すぎるためだ。霊夢は大体そういうことになった。
紫:霊夢、ごめんね霊夢。
霊夢:いいよ。私が弱いのが悪いから。
土下座する紫を前にして、霊夢は何か興味を向けるものを探していた。退屈していた。
紫:………。
紫は、自身の行為が尽く裏目に出る流れを感じた。ところで霊夢の戦闘力30は彼女の操る「霊力」という不思議な力学エネルギーを封じた場合のことであって、整った条件下でそれを使えば第二次世界大戦期の地球の軍隊をまとめて相手にしても皆殺しにできます。先ずもって物理攻撃が通用しない。
紫:霊夢、全盛期のピーターアーツの話しましょう?
霊夢:誰だよそれは。
紫:ちくしょう、もういいよお前なんか。何がゆかれいむだ。ファ×ク。バーカ。
こうして紫は、ゆかれいむを諦めて去って行った。なんで最後の作戦が全盛期のピーターアーツの話だったのかは、多分もはや本人にもわからない。
霊夢:………。
霊夢は、神社の境内から、自宅へ入った。そして戸棚から3DSを取り出して、モンハンを始めた。
紫:イメージを壊すな!!!
スキマから生えてきた孫の手が、霊夢の後頭部にぶつかった。霊夢はスキマに手を突っ込み、紫を引きずり出した。胸ぐらをひっつかんだ。
霊夢:テメーぶっ殺すぞ。私の邪魔をしやがって。
紫:ひっ……!
恐怖。八雲紫が忘れて久しいその感情を思い出し、あわやPTSDになりかけた。でも紫は強靭な精神力でもって、自身の主張を押し通す。
紫:あ、あのね? あのですね、霊夢様? あのあの、霊夢様が神社で、3DSでモンハンなんかを始めた時にはですね、ファンの方のイメージというものをですね、害するおそれがですね……。
霊夢:は? 創想話の二次創作の中で私が何したところで損なうファンのイメージなんかねえだろ。
紫:おーい!!! ここまで私が操って来なかったヤバい境界をこともなげに触れるんじゃあない!!!
閑話休題。
紫:なんで、ゲーム機なんて持っていらっしゃるの?
霊夢:……はぁ。
霊夢は溜息をついた。先の恐怖以上に、紫には霊夢のそのリアクションがショックだった。
紫は、ひとつ真剣な目で、霊夢の様子を観察した。妖怪である紫にとって、人間はどれも同じ顔に見える。本上まなみがさ、アヒルを飼い始めたらしいんだけど、公園で遊ばせてたら公園のアヒルと区別つかなくなったんだってさ。紫は、繊細な視点でもって、一人の人間としての霊夢を観察した。
紫:………霊夢、疲れてる?
霊夢:……今?
霊夢の目の下は、どっかの地方がお祭りのときにやる顔面ペイントレベルでクマが出来ていた。ヤバい。
紫:………。
霊夢:………。
霊夢は、3DSの画面から目を離さないまでも、自身の左側から向けられる真剣なまなざしに期待した。八雲紫。彼女が、真面目になったのなら……。
紫:安いシャブでもキメた?
霊夢:もういいよ。
霊夢は3DSを紫の顔面に押しつけて、歩いて行った。
紫:あっ……!
立ち上がり、その後を追う紫。
紫:待って霊夢、待って! 今の無し! 次は真剣に考えるから!
霊夢:……もういい。
「寝るから、ついて来ないで」。紫は、その一言で、動けなくさせられた。とんだ言葉の繋縛陣。どころか、オフライン大会の決勝戦で互いに一本ずつ取った後、こっちが瀕死の状態で八方鬼縛陣を構えられたようなものだった。動けない。うん。動けない。
紫:………。
ただ立ち尽くす紫。八雲紫。彼女という妖怪が、恐怖という感情を久しく忘れていたことには、理由がある。
それは、八雲紫が境界を操る妖怪であるためだ。この世のあまねく概念のうち、境界という性質を組み込まれていないものは存在しない。即ち彼女は、境界を操るという特性でもってして、世界を意のままに操る権利を有しているのだ。
そのような最強の能力が、彼女から生物性を奪った。「人間は唯一顔を赤らめ、またそうする必要がある唯一の動物である」。「本上まなみがアヒルを飼い始めたんだけど、公園で遊ばせてたら公園のアヒルと区別がつかなくなった」。八雲紫は、顔を赤らめることから解放された存在だった。
どんな恐れも、どんな疑いも、彼女には存在しない。だって、彼女は「知る」ことができるから。感情は、知識と疑いの境界。全ての知識を思うままにする彼女にとって、感情とは、演ずるものでしかなかった。
「あんたの能力って、気持ち悪いね」
そう言った人間がいた。
その時、八雲紫は、人間になれたのだ。
「私は、人間になりたかったんだ」。
博麗霊夢は八雲紫にとって、他の人間と区別のつかない、かけがえのない存在になった。
どう、解釈すればいいのだろう。
……あの、八雲紫が。
目を覚まして、水を飲みに台所へ行った霊夢は、そこに、八雲紫の姿を認めた。
彼女の身体は、赤黒い液体に浸っていて、少しも動く様子を見せなかった。
まるで、ケチャップとウスターソースを混ぜてひっくり返したような……。
霊夢:起きろ!!
霊夢は紫の頭を蹴った。
紫:痛い! 何々、何なの!? 藍、あんたいくら何だって主の頭を蹴って起こすこと……あれ、神社!? 神社ナンデ!?
霊夢:一応、弁明を聞くわ。「何をやってる?」
紫は立ち上がり、胸を張って答えた。
紫:料理をしようとして失敗しました!!
霊夢:片付けろ!!!
紫:はい!!!!
紫と霊夢は、二人で台所を片付けた。惨憺たる有様だった。正直、人間の死を連想しても仕方がないぐらい。
片づけがてら、霊夢は少し、紫と話した。
霊夢:あんたさ、料理下手ね。
紫:面目? そんなものは境界の彼方へ捨てて来た。
霊夢:なんだそれ! かっこいい!
紫:どんな他愛のない慣用句も、境界と絡めて私が言うとことごとく名言と化す。ま、ちょっとした技術デスナ―――。
霊夢:今のは、「面目ない」か……。えっとじゃあ、「猿も木から落ちる」。
紫:猿も木から落ちる。チャック・ノリスの場合は、木が彼から上昇する。
霊夢:あははははははははははははははは!!!!!!! 境界言えよ!!!
ひたむきな雑巾がけの結果として、台所はどうにか、元の様子になった。
霊夢:で?
紫:え……。
霊夢に振り向かれると、紫は萎縮した。
霊夢:答え合わせ。
霊夢はそれだけを言った。紫は魂胆を把握。
紫:あ……「病」……かと。
霊夢:やまい。
紫:はい……。
霊夢:………。
紫:………。
紫の持つ人間の知識は、人間が持つ人間の知識とは性質が違う。その中に、経験が含まれないのだ。教科書で読んだ知識でしかない。
そのような歪な知識を、それでも総動員して、紫が考えた結果、霊夢の置かれる現状として推測した答えがそれだった。
霊夢の振る舞いを「元気がない」と判断し、その原因の仮説の中に、人間や動物がかかるという「病」の存在を思いついたのだ。
霊夢:残念。平熱でーす。
紫:そ、そんなぁ……。
紫はうな垂れた。外した。
霊夢:仮にそうだったとしても、だから料理を作って好感度を上げてやろうっていう安易な発想が気にくわない。結果、失敗してるし。
紫:はい……。
霊夢:なんで?
紫:はい? なんで、とは、どのような種類の質問でしょうか。
霊夢:言葉遣いやめろ!!
紫:はい! いや、えっと、わかった!
霊夢の「なんで?」は、ただの純粋な質問だった。
どうして、八雲紫は、料理を失敗したのか? という意味の。
八雲紫が何かを失敗する理由はない。「境界を操」ればいいのだから。
紫は、正直に答えた。ただし、ほとんどは口ごもって、また内容に意味が通っていなくて、霊夢にはあまり伝わらない言葉で。
「あなたと一緒にいる時は、能力を使いたくない」と。
霊夢:はぁ。まったく。
霊夢は呆れたように言う。しかし、どこか嬉しそうな声の弾みがあった。紫には、それがわかっただろうか?
霊夢:あんたの能力、気持ち悪いもんね。
紫:面目ない……。
床に座っている紫に、霊夢はしゃがみこんで目線を合わせた、そして彼女のおでこに頭突きした。コツンと優しく。
霊夢:でも、あなたは最高!
紫:霊夢!!!
紫に霊夢に抱き付こうとし、旧式一本背負いを受けて人型の穴になった。
紫:ネブソク? どういった字を当てるの?
霊夢:睡眠不足と言やあ判るかい。
紫:ああ、寝不足ね? そういうことがあるの?
霊夢:本上まなみのお詫びに教えてあげる。「食べる」「飲む」「寝る」。人間からこの中のどれかを取り上げて、一番早くに死ぬのは「寝る」なのだそうよ。
紫:ええっ!? 睡眠ってそんなに重要なの!? し、死ぬとか!
霊夢:いや、まあ実際には死ぬより先に寝ますけどね。
紫:う、うう~~んん……。
紫は、顎に手を当てて唸った。霊夢は、その、「寝不足」という状態だったらしい。自身がゆかれいむを申し出て、巴投げを受けた時から、ずっと。
紫:でも、それってわからないわ、霊夢。睡眠って大事なのよね? 寝ないでいると、辛いのよね。なら、霊夢はなんで、自分自身をそんな辛い症状に追い込んだの? 眠らなかった、ということよね?
霊夢:……………。
わかっていない。この妖怪は、まだまだ人間を誤解している。
テレビゲームに限らず、何かに夢中になって、つい寝不足になってしまうという感覚ぐらい、人間ならば、教えられなくても、自分の経験で知っているものなのだ。
だから、教科書には書いていない。
だから、八雲紫は知らない。
だから、好きなのだ。
自分が、博麗霊夢が、女なのに。男を、というよりも、この八雲紫以外の誰かを好きになるということが、まるで見当つかないように。生まれつき、それ以外の恋情が切り取られているかのように、だった。
霊夢:さぁね! 簡単に教えちゃ、つまんないでしょ!
紫:ああ! つめたい! ふん、いいわ! 魔理沙に聞いて来る!
霊夢:ちょっと待て!!
霊夢は紫の手を取り、三角絞めに移行した。
紫:あばぼぼあばばがばばばぼぼぼぼぼぼ!!!!!
完
紫:霊夢、ゆかれいむしましょう。
霊夢:いいよ、来い。
霊夢が両手を広げたので、紫は飛びついたら、巴投げを受けて100kmぐらい投げ飛ばされた。
着地の直前、紫は落下地点にスキマを配置した。出口は、霊夢の目の前。
霊夢:封魔針。
ブスリ。
紫:アッーー!!!
読まれていた。紫は尻から針を生やした。
紫:ひどい、ひどいわ霊夢。処女膜が破れた。
霊夢:尻と女性器の境界を操るな。
そして……。
紫:そっちがそう来るなら、私にも考えがあってよ。
霊夢:………。
紫:ダヴァイ!! 幻想郷の巫女たるもの、強くなければ話にならないわ!
紫は、ギャグのノリで行ったのでは100年かかってもゆかれいむできないか、オチでせいぜいちょっといい目を見れる程度だと即座に判断。攻め方を変えた。
紫は霊夢に戦闘の指導をすることにしたのだ。ただし、弾幕ごっこではない。それでは霊夢にも勝ちの目が出て来る。紫は、近接格闘術の組み手を申し出た。
霊夢:やっ! とうっ!
紫:フ、甘い。
お祓い棒を問題なく武器にして、紫へ襲い掛かる霊夢。しかしもはや紫にとっては、カマキリと遊ぶようなもんだった。一般人の戦闘力が5として、霊夢が30なら、日本の優秀な刑事の戦闘力は50ぐらい。紫は2000億だ。
紫:ゆかりんキック!
霊夢:!!!
紫は、ローリングソバットという、戦闘力5の市民が練習して繰り出したのでさええげつない威力を持つ技を、全力でもって霊夢の腹へ打ち込んだ。
ところで、新幹線に追突されたら人体は霧になるらしい。接触のエネルギーが強すぎるためだ。霊夢は大体そういうことになった。
紫:霊夢、ごめんね霊夢。
霊夢:いいよ。私が弱いのが悪いから。
土下座する紫を前にして、霊夢は何か興味を向けるものを探していた。退屈していた。
紫:………。
紫は、自身の行為が尽く裏目に出る流れを感じた。ところで霊夢の戦闘力30は彼女の操る「霊力」という不思議な力学エネルギーを封じた場合のことであって、整った条件下でそれを使えば第二次世界大戦期の地球の軍隊をまとめて相手にしても皆殺しにできます。先ずもって物理攻撃が通用しない。
紫:霊夢、全盛期のピーターアーツの話しましょう?
霊夢:誰だよそれは。
紫:ちくしょう、もういいよお前なんか。何がゆかれいむだ。ファ×ク。バーカ。
こうして紫は、ゆかれいむを諦めて去って行った。なんで最後の作戦が全盛期のピーターアーツの話だったのかは、多分もはや本人にもわからない。
霊夢:………。
霊夢は、神社の境内から、自宅へ入った。そして戸棚から3DSを取り出して、モンハンを始めた。
紫:イメージを壊すな!!!
スキマから生えてきた孫の手が、霊夢の後頭部にぶつかった。霊夢はスキマに手を突っ込み、紫を引きずり出した。胸ぐらをひっつかんだ。
霊夢:テメーぶっ殺すぞ。私の邪魔をしやがって。
紫:ひっ……!
恐怖。八雲紫が忘れて久しいその感情を思い出し、あわやPTSDになりかけた。でも紫は強靭な精神力でもって、自身の主張を押し通す。
紫:あ、あのね? あのですね、霊夢様? あのあの、霊夢様が神社で、3DSでモンハンなんかを始めた時にはですね、ファンの方のイメージというものをですね、害するおそれがですね……。
霊夢:は? 創想話の二次創作の中で私が何したところで損なうファンのイメージなんかねえだろ。
紫:おーい!!! ここまで私が操って来なかったヤバい境界をこともなげに触れるんじゃあない!!!
閑話休題。
紫:なんで、ゲーム機なんて持っていらっしゃるの?
霊夢:……はぁ。
霊夢は溜息をついた。先の恐怖以上に、紫には霊夢のそのリアクションがショックだった。
紫は、ひとつ真剣な目で、霊夢の様子を観察した。妖怪である紫にとって、人間はどれも同じ顔に見える。本上まなみがさ、アヒルを飼い始めたらしいんだけど、公園で遊ばせてたら公園のアヒルと区別つかなくなったんだってさ。紫は、繊細な視点でもって、一人の人間としての霊夢を観察した。
紫:………霊夢、疲れてる?
霊夢:……今?
霊夢の目の下は、どっかの地方がお祭りのときにやる顔面ペイントレベルでクマが出来ていた。ヤバい。
紫:………。
霊夢:………。
霊夢は、3DSの画面から目を離さないまでも、自身の左側から向けられる真剣なまなざしに期待した。八雲紫。彼女が、真面目になったのなら……。
紫:安いシャブでもキメた?
霊夢:もういいよ。
霊夢は3DSを紫の顔面に押しつけて、歩いて行った。
紫:あっ……!
立ち上がり、その後を追う紫。
紫:待って霊夢、待って! 今の無し! 次は真剣に考えるから!
霊夢:……もういい。
「寝るから、ついて来ないで」。紫は、その一言で、動けなくさせられた。とんだ言葉の繋縛陣。どころか、オフライン大会の決勝戦で互いに一本ずつ取った後、こっちが瀕死の状態で八方鬼縛陣を構えられたようなものだった。動けない。うん。動けない。
紫:………。
ただ立ち尽くす紫。八雲紫。彼女という妖怪が、恐怖という感情を久しく忘れていたことには、理由がある。
それは、八雲紫が境界を操る妖怪であるためだ。この世のあまねく概念のうち、境界という性質を組み込まれていないものは存在しない。即ち彼女は、境界を操るという特性でもってして、世界を意のままに操る権利を有しているのだ。
そのような最強の能力が、彼女から生物性を奪った。「人間は唯一顔を赤らめ、またそうする必要がある唯一の動物である」。「本上まなみがアヒルを飼い始めたんだけど、公園で遊ばせてたら公園のアヒルと区別がつかなくなった」。八雲紫は、顔を赤らめることから解放された存在だった。
どんな恐れも、どんな疑いも、彼女には存在しない。だって、彼女は「知る」ことができるから。感情は、知識と疑いの境界。全ての知識を思うままにする彼女にとって、感情とは、演ずるものでしかなかった。
「あんたの能力って、気持ち悪いね」
そう言った人間がいた。
その時、八雲紫は、人間になれたのだ。
「私は、人間になりたかったんだ」。
博麗霊夢は八雲紫にとって、他の人間と区別のつかない、かけがえのない存在になった。
どう、解釈すればいいのだろう。
……あの、八雲紫が。
目を覚まして、水を飲みに台所へ行った霊夢は、そこに、八雲紫の姿を認めた。
彼女の身体は、赤黒い液体に浸っていて、少しも動く様子を見せなかった。
まるで、ケチャップとウスターソースを混ぜてひっくり返したような……。
霊夢:起きろ!!
霊夢は紫の頭を蹴った。
紫:痛い! 何々、何なの!? 藍、あんたいくら何だって主の頭を蹴って起こすこと……あれ、神社!? 神社ナンデ!?
霊夢:一応、弁明を聞くわ。「何をやってる?」
紫は立ち上がり、胸を張って答えた。
紫:料理をしようとして失敗しました!!
霊夢:片付けろ!!!
紫:はい!!!!
紫と霊夢は、二人で台所を片付けた。惨憺たる有様だった。正直、人間の死を連想しても仕方がないぐらい。
片づけがてら、霊夢は少し、紫と話した。
霊夢:あんたさ、料理下手ね。
紫:面目? そんなものは境界の彼方へ捨てて来た。
霊夢:なんだそれ! かっこいい!
紫:どんな他愛のない慣用句も、境界と絡めて私が言うとことごとく名言と化す。ま、ちょっとした技術デスナ―――。
霊夢:今のは、「面目ない」か……。えっとじゃあ、「猿も木から落ちる」。
紫:猿も木から落ちる。チャック・ノリスの場合は、木が彼から上昇する。
霊夢:あははははははははははははははは!!!!!!! 境界言えよ!!!
ひたむきな雑巾がけの結果として、台所はどうにか、元の様子になった。
霊夢:で?
紫:え……。
霊夢に振り向かれると、紫は萎縮した。
霊夢:答え合わせ。
霊夢はそれだけを言った。紫は魂胆を把握。
紫:あ……「病」……かと。
霊夢:やまい。
紫:はい……。
霊夢:………。
紫:………。
紫の持つ人間の知識は、人間が持つ人間の知識とは性質が違う。その中に、経験が含まれないのだ。教科書で読んだ知識でしかない。
そのような歪な知識を、それでも総動員して、紫が考えた結果、霊夢の置かれる現状として推測した答えがそれだった。
霊夢の振る舞いを「元気がない」と判断し、その原因の仮説の中に、人間や動物がかかるという「病」の存在を思いついたのだ。
霊夢:残念。平熱でーす。
紫:そ、そんなぁ……。
紫はうな垂れた。外した。
霊夢:仮にそうだったとしても、だから料理を作って好感度を上げてやろうっていう安易な発想が気にくわない。結果、失敗してるし。
紫:はい……。
霊夢:なんで?
紫:はい? なんで、とは、どのような種類の質問でしょうか。
霊夢:言葉遣いやめろ!!
紫:はい! いや、えっと、わかった!
霊夢の「なんで?」は、ただの純粋な質問だった。
どうして、八雲紫は、料理を失敗したのか? という意味の。
八雲紫が何かを失敗する理由はない。「境界を操」ればいいのだから。
紫は、正直に答えた。ただし、ほとんどは口ごもって、また内容に意味が通っていなくて、霊夢にはあまり伝わらない言葉で。
「あなたと一緒にいる時は、能力を使いたくない」と。
霊夢:はぁ。まったく。
霊夢は呆れたように言う。しかし、どこか嬉しそうな声の弾みがあった。紫には、それがわかっただろうか?
霊夢:あんたの能力、気持ち悪いもんね。
紫:面目ない……。
床に座っている紫に、霊夢はしゃがみこんで目線を合わせた、そして彼女のおでこに頭突きした。コツンと優しく。
霊夢:でも、あなたは最高!
紫:霊夢!!!
紫に霊夢に抱き付こうとし、旧式一本背負いを受けて人型の穴になった。
紫:ネブソク? どういった字を当てるの?
霊夢:睡眠不足と言やあ判るかい。
紫:ああ、寝不足ね? そういうことがあるの?
霊夢:本上まなみのお詫びに教えてあげる。「食べる」「飲む」「寝る」。人間からこの中のどれかを取り上げて、一番早くに死ぬのは「寝る」なのだそうよ。
紫:ええっ!? 睡眠ってそんなに重要なの!? し、死ぬとか!
霊夢:いや、まあ実際には死ぬより先に寝ますけどね。
紫:う、うう~~んん……。
紫は、顎に手を当てて唸った。霊夢は、その、「寝不足」という状態だったらしい。自身がゆかれいむを申し出て、巴投げを受けた時から、ずっと。
紫:でも、それってわからないわ、霊夢。睡眠って大事なのよね? 寝ないでいると、辛いのよね。なら、霊夢はなんで、自分自身をそんな辛い症状に追い込んだの? 眠らなかった、ということよね?
霊夢:……………。
わかっていない。この妖怪は、まだまだ人間を誤解している。
テレビゲームに限らず、何かに夢中になって、つい寝不足になってしまうという感覚ぐらい、人間ならば、教えられなくても、自分の経験で知っているものなのだ。
だから、教科書には書いていない。
だから、八雲紫は知らない。
だから、好きなのだ。
自分が、博麗霊夢が、女なのに。男を、というよりも、この八雲紫以外の誰かを好きになるということが、まるで見当つかないように。生まれつき、それ以外の恋情が切り取られているかのように、だった。
霊夢:さぁね! 簡単に教えちゃ、つまんないでしょ!
紫:ああ! つめたい! ふん、いいわ! 魔理沙に聞いて来る!
霊夢:ちょっと待て!!
霊夢は紫の手を取り、三角絞めに移行した。
紫:あばぼぼあばばがばばばぼぼぼぼぼぼ!!!!!
完