Coolier - 新生・東方創想話

五つの話、短い話

2014/11/02 21:39:10
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◆1

 昼時に妹の八橋と辻に立って演奏していると、呼んでもいないのに騒霊の三姉妹がやってきた。姉妹二人で気持ちよく演奏していたのにとんだ邪魔が入ったなと思って嫌な顔をしていると、向こうの三女が「どちらがより素晴らしい演奏をするか勝負よ!」と言って勝負を吹っ掛けてきた。私はよしやろうという気になって受けた。ここらで幻想郷一の奏者を決めるのも悪くはないと思った。
 そして勝負が始まったが、お互いに好き勝手に音を鳴らすものだから、各々の音がぶつかって音楽がまるで成立しない。ただの騒音雑音となって四方八方に響き渡り、大変耳障りである。辻を通る人間も渋面を作って迷惑そうにするから、非常に申し訳ない気持ちになった。結果仕方ないので私たち姉妹と騒霊姉妹は辻の真ん中に集まり、入念に打ち合わせをしてから演奏を再開した。すると今度はちゃんと音楽になった。むしろ妹と二人で演奏している時よりも音に深みが出て、演奏しているこちらとしても大変愉快である。脇にいる八橋もあっちにいる騒霊の三姉妹も同じ気持ちなのだろう。皆実にいい表情で音を奏でている。
 そのように楽しく演奏していると、どこからか雷鼓さんがやってきて、そのまま勢いで私たちの演奏に混じった。さらにしばらくすると夜雀と山彦がやってきて歌いだした。挙句には面霊気までもがやってきて音楽に合わせた舞を披露した。普段なんにもない辻が、ちょっとした祭りの様相を呈しだした。
 いつの間にか屋台が出始め、そこらに食い物のうまそうな匂いが漂いだした。聴衆も集まりそこら一帯に喧騒があふれ、何やら心地よい熱気が辻を覆うように思われる。私は更に楽しくなって、自然演奏に熱が入りだした。そしてもう勝負だとか何だとかは頭から抜け落ち、ただただこの良い空気に浸って演奏を続けたいというような気持ちになりだした。
 しかし日が暮れだした頃に空腹らしい貧乏巫女が「騒がしい!」と言って殴り込んできて、人妖どもは方々に追い散らされてしまった。無粋な巫女の八つ当たりによって一時の熱狂は終わってしまい、私は逃げながら「寂しいなぁ」と残念に思った。それと同時に「楽しかったなぁ」とも思い、そしてこらえきれずに笑みが漏れた。
 私は今、妹と再びあの辻に立って演奏をしようと計画している。そして騒霊やその他の人妖とまた騒ぎまくってやろうと考えている。今度貧乏巫女がやってきたら、弾幕をぶつけてやっつけてやろうと思っている。



◆2

 リグル・ナイトバグは道を歩いている時に、路端でしゃがみこんでいる婆を見つけた。婆はしゃがみこんだまま頻りに手を動かして口に何かを持っていくようにする。そして時折びくりと身を震わせる。その動きがあまりに奇妙だったから、リグルは婆の側面に回り込んで何をしているのかを確かめようと思い立った。
 そうして早速見てみると、不気味なことに婆は虫をムシャムシャと食っていた。バッタも蝶も幼虫も関係なく、手元にある虫を詰め込んだ袋から握り込むようにして中身を取り出し、一心不乱に口の中に押し込んでいる。婆の足元には、食いそびれたと思われる虫の残骸が散らかっていた。
 リグルは無論怒った。仲間たちが無残に食い散らかされているのだから当然である。リグルは婆を押し飛ばして、顔を真っ赤にしながら「何をしてるんだ!」と怒鳴った。婆は押された拍子に食べかけのバッタを吐き出し、無様に地面に倒れふしたが、それきり反応がない。微動だにせず路端に転がっている。リグルは「強く押しすぎて死んじゃったのかな」と思ったけれど、罪悪感は全く感じなかった。仲間を食うような人間は死ねばいいとさえ思った。
 しかし婆は死んでいなかった。びくりびくりと二度ほど痙攣してから、おかしな挙動でゆっくりと立ち上がった。そして睨めつけるようにしてリグルの方を見た。その目は濁りきって汚く、到底人間の目のようには思われない。リグルは凍りついたように動けなくなった。
 婆はゆらゆら歩いてリグルに近づいてくる。そうして歩きながら気持ち悪い声で「虫、虫……」と何度も呟く。リグルはそれでも動けない。むしろそのおぞましい婆が動くたび、声を出すたびに得体のしれぬ恐怖が頭の中に満ちていくように思われた。
 そしてとうとう婆が眼前に来た。婆はリグルの全身を舐めまわすように見て、「虫、大きい虫、食べられないくらい、虫、大きい、虫……」と言い、それから「ムシムシムシムシムシ……」と壊れたように繰り返した。その「ムシムシ」言う時に婆が吐き出す息が何とも臭い。腐肉のような匂いがした。
 婆はひとしきり臭い息をリグルに吐きかけたかと思うと、ぎこちない動作で後ろを向いて、半死人のようにふらふら歩き出した。そこでやっと動けるようになったリグルは恐怖のあまり足が意のままにならず、くずおれる様にして地べたに膝をつき、顔を青くしてぶるぶる震えた。そして震えが収まった時には、もう婆の姿はどこにもなかった。
 あの婆が何だったのか、リグルには未だ分からない。しかし時折リグルは夢にあの婆を見る。そうして見るたびに死んだような心地がして目を覚ます。



◆3

 ある晴れた日、秦こころは道端の草がカサカサしたところで一体の仏像を拾った。それは一木から彫り出されたとおぼしき小さな立像で、作りは丁寧であった。しかし落ちていたものであるから、全体が泥やホコリで薄汚れている。こころはその仏像を、本日世話になる予定の博麗神社に持ち帰り、賽銭箱前にある階段の二段目に置いた。
 こころは改めて仏像の顔を見た。仏像は軽く口角を釣り上げながら、うろんな目つきで宙空を見つめている。その笑みがどのような感情を表しているのか、こころには全く分からない。子供を見守るような優しい顔にも見えれば、愚者を嘲笑する下卑た顔にも見えた。その辺りの繊細な表情の読み取りを苦手とするこころは、その顔を得体の知れぬの一言で片付けて終いにした。
 そのうちに所要で出かけていた霊夢が帰ってきた。霊夢は薄汚れた仏像を見て「汚いわねぇ」と言った後、神社の中から濡れた布巾を持ってきてこころに渡した。こころはそれで仏像を拭いてやった。彫りの溝に詰まった土汚れもきちんと落とした。その間も仏像は曖昧な笑みを浮かべていた。
 こころは綺麗になった仏像を持ち上げて全身を観察してみた。それから螺髪でぶつぶつした頭を撫でてみたり、一尺五寸ほどの小さな体を胸に抱きしめてみたりした。抱いてみると古い木の良い匂いがした。自分で苦労して掃除したその仏像に、こころはある種の愛着を感じ始めていた。
 それからこころは仏像と一緒に神社で時間を過ごした。仏像の前で新しい能楽を披露してみたり、仏像を胸に抱えたまま境内を散歩してみたりした。夕飯の時にちゃぶ台の上へ置いて、一緒に食事をしているふうを装おうとした時には霊夢に怒られた。一緒に温泉に入ろうとしたら、濡れるのはいけないからと霊夢に止められた。それでもこころは楽しげである。もう仏像は彼女の友達であった。
 しかしその翌日、こころに会いに来た白蓮が仏像に気付いた。そしてそれを胸に抱くこころに「仏様はそのように扱うものではありません」と言って取り上げてしまった。こころは「返してよう返してよう」と悲しげに訴えたが、白蓮は聞き入れない。仏の尊さを切に説き、そのまま命蓮寺へと持って帰ってしまった。境内に残されたこころは、姥の面をかぶって呆然と立ち尽くした。
 仏像は最後まで曖昧に笑っていた。



◆4

 十六夜咲夜は夢を見ている。
 夢の中で咲夜は歩いていた。そこは無闇に広くて何もない不気味な場所で、ただ風ばかりが吹いていた。歩く咲夜の横には大勢の人妖が横並びに並んで、皆おんなじようにゆっくりと歩いている。その様子が、何やら形式ばった軍隊の行進みたく見えた。
 咲夜は不思議に思った。何故皆そんなにゆっくり歩いているのだろう。私はもっと早く歩くことができる。皆もっと早く動けばいいのに。もどかしくなった咲夜は足並みを揃えるのが馬鹿らしくなり、独りすたすたと早歩きをした。
 どれだけ進んでも何もなかった。どこまで行っても地面は真っ平らで、どこまで行っても風が吹き止むことはなかった。咲夜はそのうちに怖くなった。ただの独りきりでこんなに遠くまで来たことが不気味に思われだしたから、咲夜は後ろを振り返って、後方にいるはずの横列行進を見た。
 行進はずっと後ろにいた。そしてあいも変わらず、ゆっくりと歩いている。皆足並みを揃えて仲良さげに見えて、咲夜は途端に羨ましくなった。私もあそこに混じって一緒に歩きたいなと思ったから、引き返して仲間に入れてもらうことにした。
 しかし咲夜がどれだけ後ろに戻ろうとしてもうまくいかない。動こうとすると足が石化したように固まって、もう一歩も踏み出すことができなくなった。でもそれは戻ろうとする時だけで、前に進もうとする時は変わらずに進むことができた。ただ戻ることはできない。
 戻れないならとムキになった咲夜は遂に駆け出し、前へ前へと走って進んだ。平らな地面を蹴り、吹きすさぶ風に髪を揺らしながら、ただただ真っ直ぐ走った。
 そうしていたら何も見えなくなった。前も後ろもなくなって、四方を見渡しても、気持ち悪く重苦しい闇が広がっているばかりとなった。咲夜は頭を抱えてしゃがみ、何故こんなことになったのだろうと考えた。何故足並みを揃えてゆかなかったのだろうと心底後悔した。そして何故だか急に、寂しくて泣きたいような気持ちになった。
 夢はここで終わった。咲夜は寝台で目を覚まして周りを見た。殺風景な部屋に、懐中時計の針の音が静かに響いていた。



◆5

 八雲紫は適当にスキマを開いて外の世界から人間を連れ去ってきた。食べるためである。
 突如として拉致された哀れな人間は男であった。男は目の前にいる紫に「これはどういうことだ」と尋ねた。
 紫はいつものように胡散臭く「貴方は運が悪くて可哀想な人間。これから貴方は妖怪である私に食べられてしまうのよ」と言った。すると男はいきなり怒り出し、「くだらない嘘も大概にしろ、妖怪なぞこの世に存在するものか」と馬鹿にするように言った。それから「今すぐ私を元の場所に戻せ」と命令するように言った。
 外の世界の人間とはいえ、これほど不遜な態度を取られては大妖として面白くない。紫はおどかすために光弾を放って、男のすぐそばにある壁を粉々に破壊してしまった。すると男は面白いくらい顔色を変えて「お前なんのつもりだ!」と言った。紫は余裕のある笑みを浮かべて「これで私が妖怪だと信じてくれたかしら?」と問うた。これで男に妖怪の恐怖を味あわすことができたろうと思った。
 しかし男は顔を青くしながらも「そんな妖怪だとか何だとかいう意味不明なもののために、俺をここに連れてきたのか。いいから私を元の場所に返せ、くだらないことを言うな」と吐き捨てるように言った。どうあっても男は妖怪の存在を信じない。紫の顔から笑みが消えた。
「そう……なら仕方ないわ」と言って、彼女は男の右腕をさっと吹き飛ばしてしまった。男は大きな声を上げて、肩から血を流しながら地面を転げ回った。それを見た紫は溜飲を下げたが、同時に人間ごときに力をふるった自分を恥ずかしく思った。
 しかしこれだけの仕打ちを与えたならば、この馬鹿な男も妖怪の存在を信じるだろう。紫は「どう、弱くて可哀想な人間さん。妖怪は怖いかしら」と笑みを取り戻して言った。胡散臭いいつもの笑みである。
 すると男は、痛みで顔をくしゃくしゃにしながら、「私を返してくれ」と懇願した。紫は「妖怪は怖いかしら」ともう一度尋ねた。しかし男は「返してくれ」と繰り返すばかりで、どうにも「妖怪が怖い」という一言が引き出せない。ただ今まで見たことのない目で紫を見ている。
 その目を見て紫は突如悟った。これだけのことをやったにもかかわらず、この人間は私をただの狂人として捉えている。自分が妖怪であると盲目的に信じる、ただの頭のおかしな一人の女として捉えている。現実の目は、人間は、ひたすら無情に幻想を否定し続けている。紫は堪らなくなって、その半生半死の男をスキマに落としてどこかに追いやってしまった。
 しんとした、嫌な静けさがあたりに満ちた。しばらくして紫は、自身もスキマに入って何処かへと消えてしまった。あとには男の流したどす黒い血の跡だけが残った。
気に入った話があると幸いです。
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コメント



0.400簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
それぞれに味わい深い話でした。個人的には紫の話が、東方ならではの風刺が効いていて一番面白かったと思います。
2.70名前が無い程度の能力削除
リグルの話だけは良く分からんかったなぁ
4.90名前が無い程度の能力削除
短さの中にも考えさせられるものがあってどれも面白かったです。個人的には、後半三つが好みかな。
5.80奇声を発する程度の能力削除
それぞれ面白かったです
6.70絶望を司る程度の能力削除
底知れぬ穴に落ちたような感じがしますね……
8.無評価名前が無い程度の能力削除
かえしてあげなよひじりん……
11.70名前が無い程度の能力削除
全体的に気持ち悪い まあまあいい意味で

結局男は紫を恐怖はしても畏れはしなかったから男の勝ちなんだろう
逆に紫は何かを畏れたから負けなんだろう
しかし男は現代人を皮肉ってるのか危機を感じる本能すら失った病的なクレーマー気質なのそんなグロテスクな男が紫に勝ったあたりに現代日本人に対する妙な信頼というかグロテスクな信仰を感じる

咲夜の話はなんか日本人的な同調圧力的なものがある気がする 考えすぎかな
多分咲夜の能力を暗示してるのが本当だと思うけど
怖いのは先に進める能力か皆でゆっくりにしか歩まないその人達か
12.90名前が無い程度の能力削除
最初のほんわかした話が続くのかな、と思ってたらなかなかバラエティに富んでいて良かったです
14.100名前が無い程度の能力削除
咲夜の話がおもしろかった。
たぶん寿命の話なんだろうなぁ。みんなはゆっくりと死に向かうけど、咲夜は駆け足で死に向かってしまう。
なんとももどかしくて悔しくて、でもどうしようもない種族の差。
16.20名前が無い程度の能力削除
どれもデジャブが……
元ネタがあって東方キャラに当て嵌めましたみたいな感じがします
19.80名前が無い程度の能力削除
例え仏像は抱くものにあらず、拝むものだろとしても
幼いこころの心の対象を取り上げてしまうなんてあんた鬼か
私はこころのお話が一等好きかな