その後――
「おー、うぉぉぉぉっ!」
命蓮寺で奇声が上がる。
専用の客室に待ちに待った炬燵が設置された直後、マミゾウは奇声を上げながら躊躇うことなくそこへ飛び込んだ。
そして、にょきっと入口から反対側から顔を出して、
「あぁ~、幸せじゃのぅ……、これぞ楽園じゃのぅ……」
緩みきった表情で、全身で炬燵を味わう。その様はまさしく。
「ババくさっ!」
「む、相変わらず失敬な奴じゃな。儂と大して変わらん歳の癖に」
ノックや挨拶もせずに、炬燵の一画に侵入したぬえ。その不法侵入者にうらみがましい視線を一瞬向けるマミゾウであったが、今は炬燵を堪能するのが先と判断したようだ。腕枕の上に顔を乗せ、瞼を閉じた。
「あー、なんでそうやって私のことほっとくかな。せっかく人里からの封筒持ってきてあげたのにさ」
「ふむ、封筒か。送り主は?」
寝ころんだまま指示するマミゾウを見てちょっと不機嫌そうな顔をするぬえであったが、こたつに入ったマミゾウがなかなか動かないのはいつものこと。諦めて封筒を見て、文字をなぞるが、その視線がピタリと止まった。
「ねぇ、マミゾウ? 人里で問題でも起こした?」
「い~やぁ~、そんにゃぁわけがないじゃろぅ~?」
「うーわ、欠伸しながらとか……、まあいいけど。ほら、ここのとこ里の代表者の名前が書いてあるからさ、事件でもあったのかなって」
「里の代表……、ああ、あの件か」
マミゾウは転がったまま身体をぬえの方に向け、ふふんっと鼻を鳴らす。
「ちょっとした『さいどびじねす』というものをなやってみたわけじゃて、しかも一石二鳥のな。ほれ、この前、里の若い者を説得する仕事を聖殿から受けたじゃろう?」
「あー、マミゾウが得意なやらしい系の」
「妙な言い方をするでない。能力の有効活用、それ以上でもそれ以下でもないわい」
そう、あの仕事は聖から依頼されたものだった。
里ある地区の妖怪退治が少々行き過ぎているように見えるから、早めに方針を変えるように説得するように、と。
そしてマミゾウが動いた結果、討伐前に行き先等を事前に広告する等、活動に改善がみられたという。
「……でも、それでなんで一石二鳥……って、あ、まさかマミゾウ」
「ふむ、そういうことじゃ。人間の若者の活動を一番心配するのはどこか。それを考えれば簡単じゃろ?」
聖から依頼を受けた直後、マミゾウは人里の代表のところへと足を運び。
『若者がこれ以上無茶な活動をすると危ない。儂が手助けしてやろう』
と、依頼を引き出した。もちろん、報酬もだ。
つまりは、『奥義:報酬2重取り』。
その報酬の内容が封筒の中身と言うわけだ。ぬえは自慢げなマミゾウを見下ろし、はぁっと溜息を吐く。
「なーんだ、やっぱりやらしいじゃん」
「ふっふっふ、策士と呼んでもらいたいものじゃのぅ。まあ、そんな儂のおかげでお主にもおこぼれがあるやもしれんぞ? 今夜の晩酌とかのぅ」
転がり込んできた報酬で美味しいお酒を楽しむ。そんな魅力的な誘いであるはずなのに、何故かぬえは難しい顔で頬をぽりぽり掻くばかり。
「あー、っと。そのことなんだけどさ……ちょっと言うの忘れてることがあってさ」
「む、なんじゃ? 予定でもあるのかのぅ?」
「そうじゃなくてね、えーっと」
ぬえは何故か口ごもるばかりで話が進まない。これにはさすがにこたつで幸福状態のマミゾウも少々むっとしたようで。
「ええい、うじうじとまどろっこしい。はっきり言ったらどうじゃ」
「あー、うん。わかった。じゃあはっきりいうけど……」
マミゾウに急かされるまま、ぬえは部屋の入口を指差して。
「そこに聖いるから」
びくっ!!
そこからまさに瞬き禁止。
マミゾウの耳がぴんっと跳ね上がり、それと同時にこたつから飛び出した。直後、尻尾で畳を叩き、反動で体勢を整えると、旋風の如く勢いで廊下へと駆ける。
妖獣の身体能力、瞬発力を最大限に生かした初動だ。
そのままマミゾウは入口の人影の脇を潜り抜――
がしっ
「あら? マミゾウさん? おでかけかしら?」
抜けらるわけもなし。
『力が弱い』『体力がない』『足が遅い』等々。魔法使いの負の代名詞が行方不明なことで有名な聖である。身体能力で勝負を挑んではいけない、そんな魔法使いなのだ。
「う、うむぅ。少々妖怪狸たちのところへ……」
一瞬、まさしく一瞬。
マミゾウが聖を避けたと思った瞬間、聖が動いた。ほぼ予備動作なしで左腕を水平に突き出し、首根っこを鷲掴みしたのである。
「あら、そうでしたか。ところでマミゾウさん? あちらの人里から届いた封筒の件なのですが、ぬえさんに何か妙なことをおっしゃっていたような?」
「あー、そ、その件か……、聖殿? その前にじゃ、指先がじゃな? ちょーっとばかし、儂の首に食い込み始めておるような……」
ぐっ♪
「……お答えは?」
「いだだだだだっ!! す、すまなんだ! 里の報酬分は返す! 儂が責任を持って、誠意をもって返すのじゃあああああ!」
素手で、純粋な力のみで人間が妖獣に折檻する。シュールな映像ではあるのだが、これが命蓮寺の常識なのだから仕方ない。
「ふぅ、わかりました。今日はここまでにしましょう」
「うう、聖殿は加減というものを知ったほうがよいぞ……」
やっと聖の左手から解放されたマミゾウは廊下に座り込んで抗議の視線をぶつける。しかし聖は、少しだけ目を細め、腰に手を当てたままマミゾウを見下ろした。
「仕事に必要のない悪巧みをする方が悪いと思いませんか?」
「ごもっとも……」
しゅんっと小さくなったマミゾウに向け、聖は軽く息を吐き、右手を差し出した。
「しかし、私もやり過ぎたところはあると思いますので、仲直りといきましょう。今日のご予定は何かありますか?」
「いや、特にはないが」
その聖の手を握りマミゾウが立ち上がると、聖は軽く咳払い。
「それでは一緒に秋を満喫するというのはいかがでしょう?」
「ふむ」
実は炬燵でごろごろしていたかった等とは言えるはずもなく。
マミゾウはうーんっとひと唸りしてから首を縦に振った。
「ま、たまには良いかのう」
「そうですか! 先日早苗さんに秋の楽しみ方を教えていただいたばかりなので、試してみたかったのです! さあ、まいりましょう!」
さきほどの怒りはどこへやら、聖は瞳を輝かせてマミゾウの手を引く。こういったところだけは、外見どおり。可愛げのある女性だと、マミゾウはこっそり心の中でつぶやき――
「いざ! 運動の秋へ!!」
――全力で後悔したのであった。
その後、ぬえは語る。
マミゾウの部屋から妙な呻き声と、シップの刺激臭が漏れていたと。
おおよそ、二日間ほど。
ピクッ
面白かったです