満月の照らし出す狂おしい夜が明けて、獣の姿が朝靄に消えた頃。私はただの人間になって筆を置く。
昨夜は葉月らしいじっとりと暑い晩だった。虫たちの声は止まず、月こそ覆わないものの雲が垂れて鬱陶しい。本当なら西瓜でも食べて早々に寝るような風の無い夜を徹したのは、それが月に一度の歴史編纂の時間だからだ。
縁側から微かに差し込み始める朝日と共に、今更ながら涼やかな風が少しだけ流れ込んでくる。
今日は寺子屋の授業も休みにすると伝えてあるし、心地よい疲れに任せて眠ってしまっても良いのだが、いかんせん獣性を発露させた翌朝は体臭が気になる。
それに、やはりわずかばかり満月がもたらす興奮の余韻が冷めやらぬのも手伝って、水浴びと軽く何かつまみたい欲求が強い。井戸から水を汲み上げるついでに胡瓜でも放り込んで冷やしておこうかと考えをまとめて、いざ腰を上げたところで庭から声が投げかけられる。
「慧音、ちょっといいかな?」
「あー? ……あぁ、妹紅ですか。どうしましたこんな時間に、それも玄関じゃなく縁側から」
障子戸を引くと、声の主である妹紅が朝霧から染み出るように静かな足取りで縁側まで歩み寄って、腰掛けながら手に持った瓶を軽く振る。
「満月の夜が明けた後は、すぐには眠れないって言ってたじゃない? それで、ちょうど珍しいお酒が手に入ったからどうかなって」
肩越しに振り向くような姿勢で見せたその瓶は、どうやら言葉の通りであるなら中身はお酒らしい。硝子で出来たその内側で琥珀色の液体が小さく波打つ。
少しだけ鈍っている頭でぼんやりと、酒瓶と彼女の上品な笑顔を交互に見遣って、心の中でわずかに葛藤。
この浮世離れした美人の友と話をする。個人的に気に入っている時間のすごし方だ。加点一。
疲れているときのお酒。悪くない。加点二。
珍しいお酒。瓶の表面に貼られた札から推察するに、恐らくは外から来た物だろう。呑んでみたい。加点三。
でも、仮にも教師が朝っぱらから酒をあおるというのはいかがなものだろうか……減点一。
「お気持ちは嬉しいのですがお酒は夜にし――」
私が断るのを分かっていたかのように、妹紅が言葉を途中でさえぎって見せつけていたのと反対の手を持ち上げる。
「――氷水で割るのが美味しいから、氷も持ってきたんだけどどうかしら?」
友人の小悪魔的な微笑と暑い日の氷。現金な私が真面目で頑固な自分をそっと押しのけて頷く。
「ありがとうございます。せっかくなのでご相伴に預かりましょう」
こうしてあっさり転んだ私は珍しくも昼酒を飲むに至ったのである。これだけの好条件を出されては貫徹直後の脳で誘惑を振り切るのは不可能で、その辺まで見抜いた上で妹紅は提案してきたのだろう。
「ウヰスキー、ですか」
手早く水浴びを済ませて縁側で妹紅と並んで腰掛けながら、氷の隙間を満たす琥珀の酒を波立たせる。
「そう、ウィスキー。この間、外から来た人間を神社まで送っていったときにさ、これくらいしかお礼になりそうなもの無いけど~ってくれたのよ」
外の世界の、さらに外国のお酒だったらしい。ひと舐めしてみるとまろやかな舌触りと甘い香りが心地よい。けっこう酒精の強い物のようで、たしかに氷水で割ってちょうどよい飲み口だ。
「なるほど……ん。美味しいです。肴は味の濃いものが合いそう……ですね」
頭の中で手元にある食材を照合してみるが、しっくりこない。チーズがすごく合いそうな気がするのだけど、あれは先日使い切ってしまったし。一緒にもらったバターを使ってきのこでも炒めてやれば合いそうなのだけれども、きのこも切らしている。
妹紅が考え込む私にうんうんと頷く。
「そうなのよ。さっぱりしたものよりも落花生とかゴマとかの口の中に残るような類の物が最高よね。ほんとは用意しておきたかったのだけど満月だって気付いたときには人里のお店はもう閉まってる時間だったしね」
長すぎる年月を経ているためか、妹紅は時間の流れに対して少し鈍感になっているのだろう。月の満ち欠けは退魔に携わるものにとって死活問題なのだが、それを当日に知るとはなんとも……。
ともあれ、月の満ち欠けを忘れても私のこぼした言葉をしっかり覚えていてくれたのは嬉しいものだ。
せっかくなのでお礼代わりに特別旨いつまみでも用意してやりたいところだけれど、どうにも自分の事に関してものぐさな私は、食料の在庫が心もとなくてこの洋酒にぴたりとハマる物を見出せずにいた。
「それにしても、呑む時くらいその口調はやめたら? 私は威勢のいい慧音も好感が持てると思うのだけど……」
「むぐっ! ッ! けほっ! ……そこには触れないでください妹紅」
私はどうにも素だと口が悪いと言うか蓮っ葉なところがあるので、教師としても婦女子としてもいかがなものかと普段は自戒しているのだ。
しかし、永い夜が続いた異変の時に巫女やら妖怪やらへと啖呵を切ったのが、しっかりと妹紅にも伝わっていたらしい。そのためこうして時々だけど素の口調で話して欲しいとせがまれる。
たしかに友人相手に自分を偽る必要は無いのだが……彼女の泥にまみれても損なわれないような輝きというか、根底にある気品みたいなものに当てられて、私の羞恥心が倍増するのである。
まあ、いわゆるコンプレックスというものが浮き彫りになるのである。よって彼女の前では上品に振る舞いたい気持ちが大きいのだが、さすがに当人にそう言ってしまう訳にもいかない。
思わず目をそらすと、その先には広げた新聞紙とその上に散らばる種。
ああ、と思わず声が出る。
「ん? どうかしたの慧音」
「いえ、すっかり忘れていたのですが、このお酒にぴったりのおつまみを見つけましたよ。アレです」
私が新聞紙を指差すと妹紅も覗き込み数秒で合点がいったようで、いいわね、と目を細める。その表情がまた童女のようにも年老いた隠者のようにも見えて、思わず見入ってしまう。
妹紅はその視線を気にした風も無く、新聞紙の上に散らばった種――南瓜の種を綺麗に洗って数日干したもの、を集めて拾い上げる。
私はそこでやっと正気づいて、誤魔化すように声をかける。
「素炒りにしましょうか? それとも塩ですかね……」
「もちろんお塩、少なめで! それから胡椒も使いましょ」
「あいわかりました。では少し待っていてくださいな」
種を受け取って台所へ向かうと、背中に妹紅の声。
「あ、殻むくの手伝おうか? その量だとけっこう大変じゃない?」
「え?」
「……え?」
「ふ~ん、殻ごとでもけっこういけるのね。というか、香ばしいし食感もこっちの方がよさそうだわ」
「お気に召したようで幸いです」
よくよく考えてみれば、幼かった頃に母が炒っていた南瓜の種というのは殻を取り除いた緑のそれで、私も最初はそのように丁寧なものを用意していた気がする。
しかし、いつからだったであろうか面倒くさいからそのまま殻ごと炒って食べ、今の妹紅のような感想を経て以来は手間をかけなくなっていた。
またも品の無さを垣間見せた気がして内心で身悶えしつつ、グラスの中のウィスキーを一息にあおり、火照った頬を手で軽く扇ぐ。
「ふふっ、もったいないことをしていたわ。 今度から私も殻ごと炒ることにしましょ」
種をつまんでご満悦な様子の妹紅に安堵して、中身が半分ほどまで減った酒瓶に手を伸ばそうとすると、掴むよりも先に彼女の手が瓶を持ち上げる。
そのまま優しげに微笑んで両手で丁寧にお酌してくれる。
「あー、すまない」
いや、こういうときはありがとうか……どうにもやはり頭が回っていない。そのまま小さく一口だけ含んで穏やかな香りを舌の上で転がす。
「いいのいいの、せっかく二人で呑んでるんだから、手酌だと寂しいじゃない」
妹紅の口から紡がれる『寂しい』。 その言葉になんとなく月を連想するのは、目の前の友人が月夜の似合う少女だからだろうか。
私は初めて出会ったときの寂しげな妹紅の瞳をまだ覚えている。
放って置けなくて世話を焼こうとしたのだが、案外と彼女に教わったり救われたりしていることのほうが多く思える。
亀の甲より年の功、やはり妹紅のほうが年長者で私は若輩者なのだと思い知らされる。
それでも、あの愁いを帯びた瞳の奥に忍び込み、見えるものを変えてあげたいと……あの日から多分そう願い続けている。
妹紅がグラスを空けるのを見計らって私もお酌をしながら、問いかける。
「妹紅はまだ……寂しいですか? 私では……私ではおまえの支えにはなれないのか? だから輝夜と未だに殺し合いなんかを――」
酔った勢いか、疲れのせいか、それとも暑さで頭が沸いていたのだろうか。自分の口が詰問するように形を変えていくのを止められない。
それでも妹紅は意地の悪い楚々とした笑みで。
「妬いてくれているの? 慧音。 まるで愛の告白みたいよ」
冗談めかして言う妹紅の台詞に顔が赤くなる。
そんなつもりは無いのだけれど、妹紅を目で追うとき。見惚れてしまうとき。ふと景色の中に彼女の姿を探してしまうとき。たまに自分が同性愛者なのではないかと思ってしまう。
そんな内心を見透かされている気がして、そして、妹紅が冗談めかして指摘したとおり自分の言葉が独占欲から来ているように思えて、羞恥とかでグチャグチャの頭を物理的に彼女めがけてぶつけにかかる。
「うー、うー、このうつけ!」
酔いのせいかまともな罵倒も思いつかない。
ごつりという慣れた感触が伝わるかと思ったのだが、頭突きは優しくいなされて妹紅の白い両手の中。
頭がくらくらするのは心のせいか、酒気によるものか。
ふと、暑さが遠のいた気がして太陽へそのまま目を向ける。けど、お日様は相変わらず照りつけたままで思わず目を伏せてしまう。
上も下も分からなくなって、気が付けば頭は妹紅の膝の上。
「大丈夫? ちょっとペース速かったかしら。 顔が真っ白になってるわよ慧音」
「妹紅が悪い……」
甘い香り。妹紅の匂い。ちょっとだけお酒臭い。
「吐きそう」
「いいよ」
「慌てるところだろ」
「たまには吐き出したら?」
愚痴ならもう十分に吐き出しているし、子ども扱いされたくない。なんて言うとそれこそ子どもっぽく聞こえてしまいそうなので、私はそっと息だけを吐き出して意識を手放す。
「恥ずかしいから面と向かって言えはしないけどさ、こんなに私を気にしてくれる親友ができたんだ。 寂しいわけないじゃない。 まあ、輝夜に悪いから殺し合いは止めれないんだけどね……」
妹紅が呟いたその言葉が自分の願望から来る夢の一部だったのか、現実だったのかはあえて問わないことにした。
昨夜は葉月らしいじっとりと暑い晩だった。虫たちの声は止まず、月こそ覆わないものの雲が垂れて鬱陶しい。本当なら西瓜でも食べて早々に寝るような風の無い夜を徹したのは、それが月に一度の歴史編纂の時間だからだ。
縁側から微かに差し込み始める朝日と共に、今更ながら涼やかな風が少しだけ流れ込んでくる。
今日は寺子屋の授業も休みにすると伝えてあるし、心地よい疲れに任せて眠ってしまっても良いのだが、いかんせん獣性を発露させた翌朝は体臭が気になる。
それに、やはりわずかばかり満月がもたらす興奮の余韻が冷めやらぬのも手伝って、水浴びと軽く何かつまみたい欲求が強い。井戸から水を汲み上げるついでに胡瓜でも放り込んで冷やしておこうかと考えをまとめて、いざ腰を上げたところで庭から声が投げかけられる。
「慧音、ちょっといいかな?」
「あー? ……あぁ、妹紅ですか。どうしましたこんな時間に、それも玄関じゃなく縁側から」
障子戸を引くと、声の主である妹紅が朝霧から染み出るように静かな足取りで縁側まで歩み寄って、腰掛けながら手に持った瓶を軽く振る。
「満月の夜が明けた後は、すぐには眠れないって言ってたじゃない? それで、ちょうど珍しいお酒が手に入ったからどうかなって」
肩越しに振り向くような姿勢で見せたその瓶は、どうやら言葉の通りであるなら中身はお酒らしい。硝子で出来たその内側で琥珀色の液体が小さく波打つ。
少しだけ鈍っている頭でぼんやりと、酒瓶と彼女の上品な笑顔を交互に見遣って、心の中でわずかに葛藤。
この浮世離れした美人の友と話をする。個人的に気に入っている時間のすごし方だ。加点一。
疲れているときのお酒。悪くない。加点二。
珍しいお酒。瓶の表面に貼られた札から推察するに、恐らくは外から来た物だろう。呑んでみたい。加点三。
でも、仮にも教師が朝っぱらから酒をあおるというのはいかがなものだろうか……減点一。
「お気持ちは嬉しいのですがお酒は夜にし――」
私が断るのを分かっていたかのように、妹紅が言葉を途中でさえぎって見せつけていたのと反対の手を持ち上げる。
「――氷水で割るのが美味しいから、氷も持ってきたんだけどどうかしら?」
友人の小悪魔的な微笑と暑い日の氷。現金な私が真面目で頑固な自分をそっと押しのけて頷く。
「ありがとうございます。せっかくなのでご相伴に預かりましょう」
こうしてあっさり転んだ私は珍しくも昼酒を飲むに至ったのである。これだけの好条件を出されては貫徹直後の脳で誘惑を振り切るのは不可能で、その辺まで見抜いた上で妹紅は提案してきたのだろう。
「ウヰスキー、ですか」
手早く水浴びを済ませて縁側で妹紅と並んで腰掛けながら、氷の隙間を満たす琥珀の酒を波立たせる。
「そう、ウィスキー。この間、外から来た人間を神社まで送っていったときにさ、これくらいしかお礼になりそうなもの無いけど~ってくれたのよ」
外の世界の、さらに外国のお酒だったらしい。ひと舐めしてみるとまろやかな舌触りと甘い香りが心地よい。けっこう酒精の強い物のようで、たしかに氷水で割ってちょうどよい飲み口だ。
「なるほど……ん。美味しいです。肴は味の濃いものが合いそう……ですね」
頭の中で手元にある食材を照合してみるが、しっくりこない。チーズがすごく合いそうな気がするのだけど、あれは先日使い切ってしまったし。一緒にもらったバターを使ってきのこでも炒めてやれば合いそうなのだけれども、きのこも切らしている。
妹紅が考え込む私にうんうんと頷く。
「そうなのよ。さっぱりしたものよりも落花生とかゴマとかの口の中に残るような類の物が最高よね。ほんとは用意しておきたかったのだけど満月だって気付いたときには人里のお店はもう閉まってる時間だったしね」
長すぎる年月を経ているためか、妹紅は時間の流れに対して少し鈍感になっているのだろう。月の満ち欠けは退魔に携わるものにとって死活問題なのだが、それを当日に知るとはなんとも……。
ともあれ、月の満ち欠けを忘れても私のこぼした言葉をしっかり覚えていてくれたのは嬉しいものだ。
せっかくなのでお礼代わりに特別旨いつまみでも用意してやりたいところだけれど、どうにも自分の事に関してものぐさな私は、食料の在庫が心もとなくてこの洋酒にぴたりとハマる物を見出せずにいた。
「それにしても、呑む時くらいその口調はやめたら? 私は威勢のいい慧音も好感が持てると思うのだけど……」
「むぐっ! ッ! けほっ! ……そこには触れないでください妹紅」
私はどうにも素だと口が悪いと言うか蓮っ葉なところがあるので、教師としても婦女子としてもいかがなものかと普段は自戒しているのだ。
しかし、永い夜が続いた異変の時に巫女やら妖怪やらへと啖呵を切ったのが、しっかりと妹紅にも伝わっていたらしい。そのためこうして時々だけど素の口調で話して欲しいとせがまれる。
たしかに友人相手に自分を偽る必要は無いのだが……彼女の泥にまみれても損なわれないような輝きというか、根底にある気品みたいなものに当てられて、私の羞恥心が倍増するのである。
まあ、いわゆるコンプレックスというものが浮き彫りになるのである。よって彼女の前では上品に振る舞いたい気持ちが大きいのだが、さすがに当人にそう言ってしまう訳にもいかない。
思わず目をそらすと、その先には広げた新聞紙とその上に散らばる種。
ああ、と思わず声が出る。
「ん? どうかしたの慧音」
「いえ、すっかり忘れていたのですが、このお酒にぴったりのおつまみを見つけましたよ。アレです」
私が新聞紙を指差すと妹紅も覗き込み数秒で合点がいったようで、いいわね、と目を細める。その表情がまた童女のようにも年老いた隠者のようにも見えて、思わず見入ってしまう。
妹紅はその視線を気にした風も無く、新聞紙の上に散らばった種――南瓜の種を綺麗に洗って数日干したもの、を集めて拾い上げる。
私はそこでやっと正気づいて、誤魔化すように声をかける。
「素炒りにしましょうか? それとも塩ですかね……」
「もちろんお塩、少なめで! それから胡椒も使いましょ」
「あいわかりました。では少し待っていてくださいな」
種を受け取って台所へ向かうと、背中に妹紅の声。
「あ、殻むくの手伝おうか? その量だとけっこう大変じゃない?」
「え?」
「……え?」
「ふ~ん、殻ごとでもけっこういけるのね。というか、香ばしいし食感もこっちの方がよさそうだわ」
「お気に召したようで幸いです」
よくよく考えてみれば、幼かった頃に母が炒っていた南瓜の種というのは殻を取り除いた緑のそれで、私も最初はそのように丁寧なものを用意していた気がする。
しかし、いつからだったであろうか面倒くさいからそのまま殻ごと炒って食べ、今の妹紅のような感想を経て以来は手間をかけなくなっていた。
またも品の無さを垣間見せた気がして内心で身悶えしつつ、グラスの中のウィスキーを一息にあおり、火照った頬を手で軽く扇ぐ。
「ふふっ、もったいないことをしていたわ。 今度から私も殻ごと炒ることにしましょ」
種をつまんでご満悦な様子の妹紅に安堵して、中身が半分ほどまで減った酒瓶に手を伸ばそうとすると、掴むよりも先に彼女の手が瓶を持ち上げる。
そのまま優しげに微笑んで両手で丁寧にお酌してくれる。
「あー、すまない」
いや、こういうときはありがとうか……どうにもやはり頭が回っていない。そのまま小さく一口だけ含んで穏やかな香りを舌の上で転がす。
「いいのいいの、せっかく二人で呑んでるんだから、手酌だと寂しいじゃない」
妹紅の口から紡がれる『寂しい』。 その言葉になんとなく月を連想するのは、目の前の友人が月夜の似合う少女だからだろうか。
私は初めて出会ったときの寂しげな妹紅の瞳をまだ覚えている。
放って置けなくて世話を焼こうとしたのだが、案外と彼女に教わったり救われたりしていることのほうが多く思える。
亀の甲より年の功、やはり妹紅のほうが年長者で私は若輩者なのだと思い知らされる。
それでも、あの愁いを帯びた瞳の奥に忍び込み、見えるものを変えてあげたいと……あの日から多分そう願い続けている。
妹紅がグラスを空けるのを見計らって私もお酌をしながら、問いかける。
「妹紅はまだ……寂しいですか? 私では……私ではおまえの支えにはなれないのか? だから輝夜と未だに殺し合いなんかを――」
酔った勢いか、疲れのせいか、それとも暑さで頭が沸いていたのだろうか。自分の口が詰問するように形を変えていくのを止められない。
それでも妹紅は意地の悪い楚々とした笑みで。
「妬いてくれているの? 慧音。 まるで愛の告白みたいよ」
冗談めかして言う妹紅の台詞に顔が赤くなる。
そんなつもりは無いのだけれど、妹紅を目で追うとき。見惚れてしまうとき。ふと景色の中に彼女の姿を探してしまうとき。たまに自分が同性愛者なのではないかと思ってしまう。
そんな内心を見透かされている気がして、そして、妹紅が冗談めかして指摘したとおり自分の言葉が独占欲から来ているように思えて、羞恥とかでグチャグチャの頭を物理的に彼女めがけてぶつけにかかる。
「うー、うー、このうつけ!」
酔いのせいかまともな罵倒も思いつかない。
ごつりという慣れた感触が伝わるかと思ったのだが、頭突きは優しくいなされて妹紅の白い両手の中。
頭がくらくらするのは心のせいか、酒気によるものか。
ふと、暑さが遠のいた気がして太陽へそのまま目を向ける。けど、お日様は相変わらず照りつけたままで思わず目を伏せてしまう。
上も下も分からなくなって、気が付けば頭は妹紅の膝の上。
「大丈夫? ちょっとペース速かったかしら。 顔が真っ白になってるわよ慧音」
「妹紅が悪い……」
甘い香り。妹紅の匂い。ちょっとだけお酒臭い。
「吐きそう」
「いいよ」
「慌てるところだろ」
「たまには吐き出したら?」
愚痴ならもう十分に吐き出しているし、子ども扱いされたくない。なんて言うとそれこそ子どもっぽく聞こえてしまいそうなので、私はそっと息だけを吐き出して意識を手放す。
「恥ずかしいから面と向かって言えはしないけどさ、こんなに私を気にしてくれる親友ができたんだ。 寂しいわけないじゃない。 まあ、輝夜に悪いから殺し合いは止めれないんだけどね……」
妹紅が呟いたその言葉が自分の願望から来る夢の一部だったのか、現実だったのかはあえて問わないことにした。
好きな雰囲気、空気感でした
慧音の口調が違うところは妹紅との関係性を語る時にまれに話題になったりしますが
こういう解釈も大変にありだと思います。
もう一度いいますがこれはとてもよいものだ。
そんな酒、滅茶苦茶美味いに決まってるじゃないですかー!
確かに書籍慧音は衝撃でしたのでこういうギャップを見せてくれる作品はとてもありがたいです 面白かったー
この時期西瓜の種って買えるかな
妹紅が気になってしょうがない慧音可愛いよ慧音