・このssは東方プロジェクトの二次創作です。設定等、原作と異なる場合がございますのでご了承ください。
・著者は丸っきり素人です。出来れば寛大なお心で読んで頂けるようお願いいたします。
1.
その日、私ことレミリア・スカーレットは退屈していた。
いつもの様に月夜の散歩でも、と思ったが生憎の曇り空、しかも遠くで雷が鳴っているようで時折雲が光ってみえる。
こうなると出掛けるのは一苦労、次案のテラスで紅茶という訳にも行かないだろう。
暇を持て余した私は、親友であるパチェの所で時間を潰そうと図書館へと向かう事にした。
・・・のだが、どうやらタイミングが悪かったらしい。
図書館に入ってみると大掛かりな魔方陣の中央に立ち、呪文詠唱中の彼女が居た。
使い終わった魔法具か何かだろうか?彼女の使い魔が乱雑に置かれたそれらを抱えてやってくる。
前が見えないくらいの荷物だが大丈夫なんだろうか?まぁいい。
「ちょっと小悪魔、今パチェは何してるの?」
「へ?あ、お嬢様こんばんは。パチュリー様でしたら今は防御魔法の補強や修繕作業中ですよ。先ほど始められた所ですのでしばらくは手が離せないかと」
「防御魔法?・・・あぁ、本とかこの図書館自体のか。最近は荒っぽい泥棒がでるからかしら?」
「あははは・・・それ対策に罠を追加したから、ですかね。何か御用でしたか?私でよければ代わりに承りますが」
「あ~いや、ただの暇つぶし。・・・そうね、アナタでも良いか」
「あ、少々お待ちを。これ片付けてしまいますので」
そう言って抱えた荷物を手早く棚に戻し、机周りを片付け、ついでに紅茶を入れてクッキーと共に持ってくる。
流石に咲夜ほどではないが手馴れた動きである。
「それで、何か本をお探ししましょうか?」
「う~ん、今は本よりお喋りでもしたい気分」
「お喋りですか・・・でしたら最近話題になったあの本はお読みになられましたか?」
使い魔というのはやはり主人に似るのだろうか?彼女から振る話題は本に関する事ばかりである。
ちなみに彼女の挙げたタイトルはどれも読んだ事が無かった、ついでに話題となったのはそこそこ前だったと思う。
そんなことはともかく。
「本のことばかりじゃなくて何か無いの?」
「そう言われましても。私もパチュリー様も最近はほとんど外出しませんし」
「まぁそうよねぇ・・・んじゃその前、例えばパチェと会う前はどうしてたの?」
「パチュリー様に会う前ですか・・・今とほとんど変わりませんね」
「今と同じって、誰かの使い魔だったの?」
「いえ、図書館の司書のような事をしていました。正確にはちょっと違いますけどね」
「ふ~ん、なら出合った頃こと聞かせてよ」
「あまり面白いことはありませんでしたよ?」
「じゃ思いっきり捏造して」
「・・・」
「別に良いでしょ、ただの暇つぶしよ」
「はぁ・・・では―――
―――お嬢様は『叡智の悪魔』という方をご存知ですか?」
2.
まったく、このちびっこ吸血鬼は面倒な事を仰る。
私とあの娘との出会いなんて簡単に言えば召喚され、契約し、使役されるようになっただけなんですが・・・
まぁいいか、別に隠すような事でもありませんし、お望みならば話すとしましょう。
一欠片の真実に目いっぱいの虚飾と捏造を施して。
3.
その日は私の図書館に新たに加わった書籍を検め、分類し、所定の棚に収めるといういつも通りの仕事をこなしていました。
今日の新書は代々農家の家系に生まれた男が国を救うほどの騎士になる波乱万丈の人生を綴った英雄譚。
魔界人と人間のハーフである女が生涯で編み出した技術・魔術を記した魔道書。
表の歴史に語られる事のない、裏の戦争の数々を記録した歴史書。
賢者の石を練成した男の料理レシピ集等々、なぜ錬金術の研究書じゃないのか?と突っ込みを入れたくなるほどジャンルを問わず色々な本がやって来ます。
数は、数十冊ほどでしょうか?厚みがバラバラですので一々数えるのも面倒なくらいの量です。
作業が粗方片付いた所で今日の分は終わりにします。まだ正午を過ぎてさほど経ってはいませんが別に構いません。半分趣味の領域で、急ぐ必要はありませんし。
残りの時間は紅茶と昨日作ったクッキーでのんびり読書としゃれ込むことにしましょう。
そんな事を考えながらいつもの私の指定席へ向かう途中、少し先の通路から光が漏れているのに気が付きました。
魔道書の暴走か?と慌てて駆け込むと本棚には謎の光に照らされているだけで変化はありません。
どうやら通路上の『空間』が青白い光を放っているようです。より正確には空間の裂け目から光が漏れだしている、と言えばいいでしょうか。それも指が2,3本入るかどうかという小さな裂け目です。
空間干渉、転移術、時空の歪み、あるいはただの幻術か・・・いくつかの予測を立て検証するに、どうやら召喚術のようです。
それも呼ばれる側の入り口、こんな小さな裂け目ほどの入り口でどうするつもりだったのやら・・・呼び出す為の強制力も感じませんし。
これなら私が手を加える必要も無い、しばらくすれば勝手に塞がってしまうでしょう。
さてお茶の時間だ、と無視すればそれはそれで良かったのでしょうが、何となくこの術者の事が気になりました。
人恋しかったのだろでしょうか?
ここに人も魔も訪れる事がなくなって久しい
退屈していたのでしょうか?
黙々と作業をこなし、本を読む変わり映えのしない日々に
それとも喜んでいるのでしょうか?
久しぶりに悪魔らしい仕事ができる事に
自分でもよく分からない感情に従い、私はこの召喚術に乗ってみる事にしました。
もしかして私のこの考えまで読んだ上での行動だったのでしょうか?
まさかねぇ。
とはいえ、流石にこのままでは危険です。
これだけ不安定な術です、『召喚失敗で次元の狭間を漂う』なんて事になりかねません。
そんなのは御免ですし、そもそも入り口が小さすぎて入れません・・・
召喚術に関する書籍を引っ張り出し、私の持つ知識に間違いの無い事を確認します。
うん、ほぼ正確に記憶していました。流石は私。
それではまず入り口を拡大し固定、次に召喚術内の通路を見える範囲で補強、これで最悪帰り道は確保できたはずです。
確認
しばらく帰ってこれないかもしれませんが、特に用事がある訳でもありません。誰かが訪ねてくることもないでしょう。ならこの場所はこのままでもたぶん問題ない。
必要そうな物は・・・特に何も思いつきません。あえて言うなら読みかけの本?大体の事は身一つでなんとかなりますし。
思い残す事・・・は流石にありますが死にはしないでしょう。
他に何か確認することは有ったっけ?
・・・こんな所かな。
よし、ならばいってみましょうか!
4.
召喚術内の通路を進みながらその構築式を調べてみて驚きました。
入り口がアレだったので覚悟をしていたけど、これほど酷いとは・・・
よくこんな間違いだらけの構築式で魔術として機能したものです。
こういった通路は普通なら構築式で道を作るのですが、作りが甘く板の所々抜けたの吊り橋のようです。しかも凄く揺れるしやたらと遠回りするし。
本来なら術者や周りの状況によって変えねばならない数値が出鱈目なんでしょう。無駄な部分もあちこちにあります。
術師はおそらく三流どころか見習いレベル、もしかすると魔道書を書き写しただけの素人かもしれません。
非常に面倒ですが通路を修正・補強しながら進むしかありませんね。
早くも帰りたくなってきました・・・
それにしても、なぜ私を呼び出そうなんて思ったのでしょうか?
昔ならそこそこ名の知れた悪魔であった自信はありますが、今となっては忘れ去られて久しく書物に残るほど活躍、いや悪行?を行った覚えはないのですが・・・
まぁご指名とあらばそれなりに誠実に事に当たるのが悪魔ってものです。
こんなお粗末な召喚術でも指名は指名、精一杯お勤めを果たすとしましょう。
うっかりミスは仕方ない、指示を誤解・曲解してしまうのはご愛嬌ってね?
きっと今の私はとても『悪魔』らしい笑顔をしているんだろうなぁ。
っと、どうやら出口に着いたようです。
前方の天井部分に歪んだ魔方陣が見えます。
さて、第一印象を決める登場シーンは重要でしょう。
ただ黒っぽい霧か何か出しながら、ゆっくりと現れるだけでも威厳が出るでしょうが、ちょっと単純すぎるでしょうか?
もうちょっと派手に、ついでにこんな所を歩かされた鬱憤を晴らせるような・・・
うん、竜巻を起して周りのものを吹き飛ばし、怯んだ隙に颯爽と登場ってのは良いかもしれません。
術者は近くに居るでしょうし、風で少しだけ痛い目に合って貰いましょうか。
魔術を使用し風を起します。
ひと一人吹き飛ばすに十分な威力を蓄え、掠り傷程度で済むよう風向きを調整し、出口に向かって放つ準備が整った所で想像する術師のことが脳裏をよぎりました。
恐らくほぼ素人と思って良いでしょう、ならば魔法障壁なんて咄嗟に展開できるか分かりません。
いや、多分無理。
ならこの威力でも危険でしょうか?死なれてしまっては面倒ですし・・・
少し考えた結果、風の威力を落とし、その代わり見た目が派手になるよう光弾を混ぜる事にします。
至近距離で光の弾が周囲にばら撒かれる様は中々迫力があるでしょう。
ちなみにこの光弾、威力はほとんどありません。
元々は周囲を照らす為の照明魔術をアレンジしたものですし、見た目のわりに小さな弾です。直撃しても余程の事がなければ死にはしません。
さて、今度こそ準備は整いました。
私はまだ見ぬ術師の驚き恐怖に満ちた顔を思い浮かべながら魔術を放つのでした。
5.
突然の身を切るような疾風、爆ぜるようにばら撒かれる光弾、きっと今頃術師は慌てふためいている事でしょう。
そろそろ颯爽と登場するとしましょうか。
私は少しだけ助走を付け、勢い良く飛び出しました。
ゴッ!!
・・・なぜ私は床に伏しているのでしょうか?
それになぜか頭が痛いです、首も痛めてしまっているようで動かすだけでビキビキと嫌な音を立てます。
あれ?ココはどこ?私は今日もいつも通りの日課を終えいつも通りの読書にはげみいつものようにひとりしずかにねむりにつくいつのとかわらないひびをおくっていたはずで・・・
・・・あぁ、思い出しました
今日は私の図書館に現れた召喚術に乗って術師の下へやって来んでしたっけ。
涙で霞んでますが視界の端に天井が見えます。高さは4mくらいですが梁が魔方陣の真上にあります。
つまりアレに勢い良く頭をぶつけたと・・・
「あ、あの・・・だいじょうぶ?」
やばい恥ずかしい!登場で思いっ切り失敗した!穴があったら入りたいとはこの事か!あの魔方陣まだ機能しているかな?
「え、えっと・・・」
「・・・あなたねえ!召喚術は十分に広い場所で周りに被害が出ないようにってのは基本でしょうが!」
自分の無駄な演出のせいなんですがココはそれっぽい事言って誤魔化します。
顔が真っ赤になっているのは怒っているからではなく恥ずかしいからですが、相手に分かるはずもありません。
召喚術の基本かどうか知りませんが、まぁ間違っちゃいないでしょう。
「ご、ごめんなさい・・・」
「悪魔を怒らせといて謝って済むと思うなら中々いい根性してるわねぇ」
「・・・え?悪魔?天使さまじゃないの?」
ん?何か変ですね?
目に溜まった涙を拭き取り改めてこの術者を見ます。
・・・マジですか?この十歳くらいの少女が私を呼んだと?
こんな、いかにも病気がちで寝たきり生活を送っていそうなパジャマ姿が板に付いた中々可愛いちびっ子が?
周囲を見回しますがベットに腰掛けたこの娘以外に人の気配はありません。
部屋の広さは10m四方はあるでしょうか?一人部屋にしてはかなり大きいほうでしょう。
壁一面に備え付けられた本棚と散乱した本、窓の前に置かれた勉強机、クローゼットは先ほどの突風のせいか扉が片方吹き飛んでいます。
人の隠れられそうな場所はありません。
いかに魔術適正があろうと魔力量に優れていようと、そう簡単に成功しないのが召喚術なんですが・・・って、だからあんな酷い構築式だったのか。
あのすぐにでも掻き消えそうな精度であれば偶然繋がる事もあるでしょう。
「はぁ・・・今回はハズレですか・・・」
若い子を好む悪魔は多いですが、私としては魔術に限らず死ぬまで現役で腕を磨き続けるような人間のほうが好みです。
って、この娘天使って言いましたか?
「あなた天使を呼ぼうとしてたの?私じゃなくて」
「え、えっと・・・この本に願いを叶える魔法っていうのがあって・・・」
「ちょっとその本見せて」
彼女が手繰り寄せた本を取り上げ、ザッと流し読みします。
・・・どうやら天使が如何のと言うよりは『願いをかなえる人外の存在』について書かれた書物のようです。
なるほど、人々の願いを慈悲の心で無償で助けるのは天使のようなナニカでしょう。ですが生憎私は働いた分の対価はしっかり貰うつもりです。
それにしてもこの本にも対価だの代償といった単語がチラホラ出てきているのですが、何を考えて私を『天使だ』などと思ったのでしょう?
私の背にある蝙蝠ようなの羽なんて天使のイメージではないでしょうに。
「天使ねぇ・・・あんなのの方がよっぽど胡散臭いと思うんだけどなぁ」
タダより高いものはないとはよく言ったもので、『慈悲の心』ならば自己満足感を得るためと言えますが、別にお礼を受け取る位は構わないはずです。
それを『無償で』となれば何か裏があるのでは?と勘繰ってしまうのは当然でしょう。
実際あいつ等優秀な人間を死後に酷使してますし。
天使ではなく聖杯ですが、願いを叶えた代償に世界を守る守護者として終わらぬ地獄を見せられ続ける弓兵の物語は有名でしょう。
何事にも一長一短、等価交換、因果応報、何と言い換えてもいいですが願いをかなえれば相応の負債があるもんです。因果応報はちょっと違うかな?
「それで、ええっと・・・おねえさんは私の願いを聞いてくれるの?」
「あ~まぁ、仕方ないか・・・コホン、汝の呼びかけに応じ参上した。汝、我が主たらんとするならばその証を示し、供物を捧げよ。さすれば汝を主と認め、対価と引き換えに願いを叶えよう」
「・・・?」
「・・・あれ?分かんない?」
「(コクン)」
「え~っとね、まずは右手見せてくれる?そこに紋様出てないかな?」
黙って差し出された右手の甲にミミズ腫れで出来た六望星をベースとしたシンプルな紋様が出来ています。
これは魔力のパスを繋ぐ為のもので2、3日すれば傷が治り見えなくなります。
これが『証』で、供給される魔力が『供物』になります。
「よし、こっちは大丈夫そうね。じゃ次に魔力を送ってくれる?」
「どうするの?」
「そこからか教えないといけないんですか・・・」
まさに素人、ホントよく召喚術なんて出来たもんです。
こんな状態で成功したんですから、いつしか名の有る魔術師に成るかもしれません。というか成って貰わないと私の格が疑われてしまいます。
「魔術を使う時、魔力を集めるでしょう?右手に集めて紋様からゆっくり押し出すように流すの」
「ん・・・ん?・・・む~~~!」
あ、かわいい。
ではなく、どうにも巧くイメージできないようで目を瞑って唸っています。
「―――うぐっ・・・は・・・」
しばらく試行錯誤しているのを微笑ましく思いながら眺めていると、突然大量の魔力が叩き込まれました。・・・だから『ゆっくり押し出すように』と。
私はボディブローを受けたボクサーのようにその場に崩れ落ちます。
「・・・きゅぅぅぅぅぅ・・・」
あの娘も魔力を使い果たしたのか息が荒く、ベットに仰向けで倒れています。
もうイヤだ、帰りたい・・・
ですが、こんな形でも魔力を貰った以上契約成立です。契約は守らなくてはいけません。なんだかんだ言って真面目な自分が嫌になります。
「・・・汝を我が主と認め、ゲホゲホ、汝の願い、っつう・・・、我が力にで叶える事を誓う。はぁ・・・」
疲れました。
その後、他人には秘密にすることをしっかりと約束させ私の真名を教えます。
彼女の名はパチュリー・ノーレッジと言うのだそうです。
ちなみに彼女の家はそこそこ力の有る魔術師の家系で、村医者の真似事をしているのだとか。もちろん村人達に魔術の事は秘密で、です。
魔術の使い方なんて人それぞれで、世のため人のためなんて大変結構な事ですが、私からすると偽善にしかみえませんね。
『願いは常に己が為に』
誰かを助けるなら『見捨てると目覚めが悪いから』って言うほうが信用できます。
自身に被害があったとき『お前がいなければ危ない橋を渡る必要がなかった』なんて言うバカも居ますし。
話が逸れましたね。
ともかく彼女が魔術師の家系で魔道書を持っていたことは分かりました。
「それでパチュリー様はなぜ私を呼び出したのですか?」
「あのね悪魔さん、そのパチュリー様っていうの止めてくれないかな?なんだかこそばゆいの」
一応とはいえ主従関係なんですから言葉遣いを改めたのですが不評のようです。ですがくすぐったがる彼女が面白いのでこのままで行こうと思います。
「それでパチュリー様、私を呼び出したご用件は何でしょうか?」
「だからね悪魔さん、その呼び方―――」
「それでパチュリー様ご用件を伺います」
「・・・グスッ」
か、かわいい・・・
っと、ちょっとやり過ぎましたかね?泣くほど嫌だったんでしょうか?良く分かりません。
「はいはい、じゃぁ何て呼べばいいの?」
「グスッ・・・えっと、じゃぁパチェでお願い。おとうさんとおかあさんはそう呼ぶから」
「パチェ様?」
「さまもいらない」
「それじゃパチェ、あなたは何で私を呼んだの?」
「・・・えっとね、わたしね、体が弱くてお外であそべないから」
「ほほぉ、なら元気に外を駆け回れるよう頑丈でパワフルな肉体に改造して差し上げましょう!大丈夫!そこらの悪ガキどころかロリコン変質者にだって負けないくらい立派なマッチョに―――」
「それはイヤああああぁぁぁぁ」
むぅ、ダメですか。とっとと終わらせて帰りたかったのですが。
まぁ筋肉モリモリの美少女なんて私も見たくありませんから無理にとはいいません。それは美少女なのか?という突っ込みは置いておいて。
「イヤかぁ・・・いい案だと思ったんだけどなぁ」
一応真面目に考えた事にしておきます。印象操作です。真面目に考えてこれか?という突っ込みも無視します。
「はぁはぁ・・・ゲホゴホ・・・それでね、お外であそべないからね、お友達が欲しいの」
「なるほど、では歳の近いがきんちょ、失礼、子供達を捕まえてくればいいのね?子供を捕まえるとなると・・・餌で釣るのが簡単かなぁ」
「いや、だからね?お友達が欲しくてあなたを呼んだの」
「うん?だからがきんちょを捕まえて洗脳して―――」
「そうじゃなくって、あなたにお友達になってほしいの!」
どういうことでしょうか?私と友達になりたい?なぜ?人間は人間同士のほうが色々都合がいいでしょうに。
私、というか悪魔と友好を結んで得する事?人外の知識?あるいは肉体その物?
それとも人間相手では不都合なことがあるんでしょうか?魔術師とただの人?秘密を探られない様に?
考えてもよく分かりません。
分かりませんが主人の願いを叶える契約です、従うとしましょう。
「そっか、それじゃあなたの願いどおり私が友達になりましょう」
「うっ・・・ぐっ・・・」
契約執行、対価として命を少々いただきます。『友達になって♪』なんて言われたのは初めてなので、どの程度の命を削るのか分かりませんが受け取った量は大した事ありません。
年数にして4、5年分くらいでしょうか。
受け取った分はパスを通しすぐに送り返します。これは私の趣味なので他の悪魔に期待しないように。
私は命というエネルギーよりもそこに染み付いた記憶を好むため、なんですが今は関係ないので省略します。
「ふふふ、悪魔相手に迂闊に願いを言うからだよ?」
「はぁはぁ・・・良いよ別に・・・どうせ長生きできないし」
「・・・?」
どういうことでしょうか?貧弱なのは見たままだとして、死病を患っているようには見えませんけど・・・もしそうだとしても最悪私が治します。
なにか事情があるんでしょうか?
聞き出すべきか思案していると、部屋の外から物音がしました。どうやら両親が帰ってきたようです。
「パチェ、親御さんには私のことどう説明するつもり?」
「え?あたらしいお友達だっていうよ?」
「突然見ず知らずの悪魔を連れて行って『友達』はないでしょう・・・」
「だめなの?」
ダメでしょう・・・娘が悪魔憑きになったなんて事になれば私が退治されかねません。そう簡単にやられるつもりはありませんが面倒です。
まぁ魔術師の家系とのことですので憑いているのか使役しているのか位は分かると思いますが。
隠れる場所も時間も無いようなので仕方ありません。このまま名乗る事にしましょう。っと、羽なんかは隠して置かなくては。
「ただいまパチェ、いい子にしてたかい?」
「始めましてお父様、あなたの新しい娘です♪」
「・・・え!?ちょっと待て!君は一体―――」
「アナタ?これはどういうこと?」
「待て待て!落ち着け!俺にも何が何だか・・・」
「ちょっと失礼、貴女はここで待っていてくださる?」
邪魔者の排除完了、しばらく戻ってはこないでしょうから今のうちに隠れる場所をどうにかします。
それにしても隣が五月蝿いですねぇ、夫婦喧嘩は子供の知らない所でやってほしいものです。その原因を作った私が言うのもなんですが。
っと、隠れ家の前に召喚時に散らかった部屋を片付けましょう。ほぼ私の魔術のせいですし。
飛び散った本を本棚へ戻し、机の上の小物を配置し直し、クローゼットの扉を修理します。
ベット周りはあの子が自分で片付けているようですが随分手間取っていますね。手伝おうかとも思いましたが、先に隠れ家を作る事にします。
場所は・・・クローゼットの扉でいいか。
扉の裏に魔方陣を描き転移門とします。行き先は私の図書館です。
彼女の召喚術より小型ですが、図書館の正確な位置を知っていますし無駄を省けば案外簡単に繋がります。
成功したのを確認し、出入り口に偽装を施します。まぁ見つかってもさほど困りませんが一応ね?
「さてパチェ、私の事は突然やって来た知らないお姉ちゃんって事にしておいてくれる?」
「ん、わかった」
「それとコレに話しかければ私と話が出来るから渡しておくわ、必要なら呼び出してね」
「石ころ?」
うん、ただの石ころです。魔術なんて掛けていません。
パスが通っていますから、何も無くとも念話くらいは出来ます。
ですが魔力の扱いにも苦労する初心者に念話なんて難しいでしょう。『どこからでも話ができる魔法の石』なんて物があった方がイメージしやすいと思います。
「じゃまたねパチェ」
「え、帰っちゃうの?」
「うん、親御さんたちに見つかると面倒だからね。用事があればいつでも呼んでね?出来れば誰も居ない時が良いけど」
「・・・グスッ」
「はいはい泣かないの、また来るから」
「・・・うん、絶対だよ?また来てね?」
「ええ、もちろん。その願い叶えましょう」
・・・『また来て』ですか、まぁ今回はサービスしておきましょう。
さすがに泣いてる子から命を奪うのは気が引けますし、元々また来る予定ですからね。
次来る時には絵本でも持ってきましょうか?それとも軽めの小説のほうがいいでしょうか?
そうして私たちは出会い、契約を交わしたのでした。
6.
それから毎日のように彼女に呼び出されては遊び相手になる日々が続きました。
パチェのところへ通い始めて一ヶ月ほど経った頃だったでしょうか。
その日はなにやら外が騒がしく大人たちが大声で怒鳴りあっている声が聞こえます。
「パチェ、今日は何かあったの?」
「わかんない、おとうさんは今日は家で大人しくしてろって言ってたよ?」
「ふぅん・・・」
元々出歩くことのないこの子に『家で大人しく』ですか、何かは知りませんが面倒ごとのようですねぇ。
耳を澄ますと『流行り病で~』や『家の子にも治療を~』『お前の家は何で~』なんて言葉が聞こえます。
そういえばこの家は村医者なんでしたっけ?
何となく事情は察しましたが、私の知った事じゃありません。今日もいつもの様にパチェと遊ぶ事にします。
「さてと、今日は何をする?」
「ねぇ、悪魔さんは私の病気って治せるのかな?」
「うん?あなた病気なの?見た所体力不足ってだけで一応健康みたいだけど」
「そんなはずないよ、お外に行くとすぐに疲れちゃうし熱とかすぐに出るし」
「いや、だから体力不足だって・・・ふむ、ちょっとそのまま」
問題ないとは思いますが一応真面目に診断してみる事にします。医学書も読み漁っていてよかったですねぇ。
熱を測り、喉の腫れや目の充血、肌の荒れ具合等々思いつく限りの項目を診断しますがやはり異常は見当たりません。というか、やはり運動不足・・・ちょっとくらい肉体改造しておいたほうが良いかもしれません、今度は真面目に。
ついでに魔力状態も見ましたが歳の割に魔力量が多い位でした。多すぎると自らの体を痛めたりするんですが、これ位なら問題ないでしょう。
「うん、問題なし!ただし、ちょっとは体を動かして体力を付けること!」
「う~ん・・・じゃぁみんなの病気もそうなのかなぁ?」
「あぁ外で怒鳴ってるあれ?あなたが気にする事じゃないでしょうに。五月蝿いなら追い払ってこようか?」
「それはダメだよ、みんなも大変なんだから」
「それならいいけど。・・・そういえばいつだったか『長く生きられない』みたいなこと言ってなかった?それと関係あるの?」
「・・・えっとね、村で病気が流行っててね、もう何人も死んじゃった人が居るんだって」
村で流行り病ですか、大体予想通りですね。この子が勘違いしそうな症状というと・・・体力・免疫力の低下ってところでしょうか?
いくつか思い当たる病がありますね。治療法は確立されている物と研究中の物、魔術を扱う村医者でも荷が重いかもしれません。
「それで自分もその病気なんだと思ったのね」
「うん」
「さっきも言ったけどあなたは大丈夫よ。こんな事で死なれちゃつまらないからね、嘘はつかないわ」
「・・・うん」
納得できていないのは見て明らかですが、これ以上この話題には触れないでおきましょう。『村人を治療してくれ』なんてお願いされちゃ面倒です。
その後、この話題を強引に打ち切り、いつのもように遊び相手になっていたのですが・・・ああ五月蝿い!
「ごめんパチェ、ちょ~っと外の掃除してくるわ」
「え?ええ?」
「安心して、すぐ終わらせてくるから」
最初は無視するつもりでしたが会話すら難しくなるほど騒がれては怒っても良い筈です。手始めに村人数人吹き飛ばすとしましょう。手加減は・・・まぁいいか、死にやしないでしょう。
「ちょっと待って!笑顔だけど凄く怖い顔してるよ?!」
「大丈夫大丈夫、騒音被害者の叫びをぶつけて来るだけだから・・・フフフ」
「何かよくわかんないけどダメええぇぇ!」
うぐっ・・・命令とあらば仕方ありません、別の方法を考えるとしましょう。そうですねぇ・・・音を反射・増幅して自爆するよう仕向けるなんてどうでしょうか?
「お願いだからみんなに手を出さないでね?」
「むぅ・・・そんなことを『お願い』してもいいの?もう遅いけど」
「ぐっ・・・ぅぅ・・・」
まったくこの子は・・・優しいのは結構ですが、対価に見合っているか考えて欲しいものです。釣り合わないと知った上で契約執行してる私も大概ですが。
「掃除が出来ないなら仕方ないか、泣き寝入りなんてホントは嫌なんだけど」
魔術を行使、防音の結界で部屋を覆います。これで余程の爆音でもなければ防げるでしょう。
「今度は何したの?」
「外の音を聞こえないようにちょっとね」
「そんなことも出来るんだ。私にも出来るようになるかな?」
「出来るんじゃない?というか、それくらい出来なきゃ魔術師なんてやってられないわよ?秘匿しなきゃならない決まりはないけど、余計な争いを生むから」
「そっか・・・ねぇ悪魔さん、私に魔法を教えてくれないかな?」
ふむ、ちょうど良いかも知れません。いずれは大魔術師に成ってもらわなくてはいけませんし。主に私の格が疑われない為に。ついでに彼女の体を鍛える意味でも。
意外と体力使いますからね魔術は。明らかに運動不足なこの子には良い運動になるでしょう。
ですが一応。
「教えるのはいいけど覚悟はある?魔術なんて無くても普通に生きられるし、無駄な争いに巻き込まれる事もあるでしょう。それでも自分の選んだ道と割り切れる?」
「えっと・・・」
「それに私に頼むってことは、あなたの家に代々伝わる秘伝なんかを無視することになるけど、ホントにいいの?」
「おとうさんは私に魔法使いになってほしくないみたいだし・・・」
「なら普通の人として生きたほうが幸せかもしれないわよ?」
「・・・」
「ごめんね。でも大事な事だからちゃんと考えて選んだほうがいいわよ?」
いや、私としては是非に魔術を仕込みたい所なんですがね?
中途半端な知識で悪魔召喚なんてやってのける危なっかしい主なんですから、せめて身の守り方くらいは知っておいてもらわないと困ります。
見ている側としては、うっかり魔術の暴走で人生打ち切りなんて許せません。全力で人生を謳歌して大往生してほしいところです。そんな生涯のほうが見てて面白いですから。
「・・・やっぱり魔法が使えるようになりたい」
よし、よく言いました。こんなのは『自分で選んだ』という事実を忘れないようにする為でしかありません。彼女なりに考えた結果でしょうが、私のせいなんて言い訳を回避できればどうでもいいです。
ともかく。
「ん、それじゃ明日にでも初級の魔道書を持ってくるわ。それでいい?」
「うん」
「よし、それでは基礎に入る前に体を鍛えましょう」
「・・・へ?」
いや真面目に取り組んでますよ?呪文詠唱には肺活量が必要ですし、魔方陣などの作成で正確な線を描くのに腕の筋力が必要です。
地味に体力を使うんですよ?魔術って。
無理しない程度に運動させて燃え尽きたように眠る彼女をベットに運び、今日はもう帰る事にします。
防音の結界は・・・サービスしておきましょうか。朝まで続くように魔力を込めておきます。
「おやすみパチェ」
さて、明日に備えて魔道書を選ばなくてはいけませんね。あと練習用の道具と怪我をしないように保護具なんかと・・・色々ありますが何だか楽しくなってきました。
7.
日課である図書館の仕事を手早く済ませ、若き魔術師のために蔵書を漁っていると耳元で囁くような声が聞こえてきます。
いつものパチェの呼び出しですが、意外ですね。明日の朝まではぐっすりお休みだと思っていたのですが・・・?
書物を漁りながら念話に意識を割きます。
「どうしたのパチェ?まだ筋トレが足りなかったなら、まずは腕立て・腹筋・背筋を20回づつ―――」
「・・・す・・・て・・・」
スルーですか、逞しくなりましたね・・・お姉さん寂しいです・・・
それにしても、どうも様子が変ですね?
声が掠れて聞き取り辛いのはいつもの事ですが、泣き声のように湿気った声のような?
ふむ、考えても仕方ありませんか。夜中ですが呼ばれたからには行くとしましょう。
どうせ悪夢でも見て怖くなったとかじゃないんですかね。だからって悪魔を呼ぶのはどうかと思いますが・・・
そんな軽い気持ちで向かおうとして、繋げておいた転移門が途切れている事に気づきました。
おかしいですね、数時間前まで問題なかった筈ですし・・・こちら側に異常は見当たりません、となると?
・・・なにやら面倒事ですかね、これは少々気を引き締める必要がありそうです。
ふむ、先ほど漁っていた魔道書を持っていくとしましょうか。素人向けの教本のような書物で広く浅い知識が書き記してあります、これなら臨機応変に対応できるはず。
魔方陣を描き直し転移門を作り直して、安全確認もそこそこに急いであの子の家へと向かいます。
・・・何をそんなに慌てているのでしょうか?自分の思考すらよく分かりません。
「パチェ~?居る~?」
返事はありません、いつものあの子の部屋に転移したはずですが・・・?
あれ?何でこんなに部屋が荒れているのでしょうか?窓ガラスは割られ、ベットは切り裂かれ、クローゼットの扉は砕けています。なるほど扉に描いておいた魔方陣が歪んだせいで転移門が途切れたのでしょう。
ふむ、荒らされた部屋に昼間の暴動、流行病に村医者ですか。伊達に本ばかり読んでいません。これだけ揃えば大体予想は付きますが・・・?
っと、それ所ではありませんね。あの子はどこに行ったのでしょうか?予想が当たっているとして・・・村人に捕まり広場で火炙りとか?それは困りますね。主に私の楽しみのために。
魔力パスを通してあの子の位置は大体分かりますが、これは迂闊に飛び出す訳にはいきませんか。羽等を隠し軽く変装してから探すとします。
割れた窓から外に出て辺りを見回してみます。外に出るのは初めてで、やはりというか当然のごとく今出てきた家は豪邸と呼ぶに相応しい様相、それ以外の町並みはごく普通の家が立ち並んでいます。
これだけ格差があればそりゃぁ嫉妬の対象になるでしょう。ちょっとは気を利かせて下さいませ、お父様。
取り合えず村の中心部へ続くと思われる道を進みます。
気を抜けば駆け出しそうになってしまう足を必死に押さえつけ、普段通りの歩幅を意識します。ドタバタと足音を立てて人目を集めると厄介ですからしょうがありません。
それにしても深夜とはいえ静か過ぎます、それがまた一つ嫌な予想を裏付けます。
・・・なぜ私はこんなにも焦っているのでしょう?一応とはいえ主の危機だから?あの子がまだ小さな子供だから?久しぶりに出来た話し相手だから?・・・友達だから?
思考がぐるぐると変な方向へ向かっています。やはり動揺するとダメですね。
嫌な想像ばかりが次々と思い浮かんでしまい気分が悪くなります。
「ああもう!」
やっぱり予定変更、いちいち人目を気にするのが面倒です。認識阻害の魔術を纏い文字通り飛んで行く事にします。
あの子の居る方向は・・・あっちかな?
目標地点を再確認し最短距離で向かうと、一分と掛からずに人だかりを見つけることが出来ました。その中央で炎に焼かれる三本の丸太とそれに括りつけられた人間、言うまでもなくあの子と両親です。
まったく、嫌な光景を見てしまいました。
・・・あんな幼い子まで焼き殺すなんて、正気か貴様ら!
「・・・手加減・・・無用ですよね・・・?」
昼に『村人に手を出すな』との約束をしましたが、もういいでしょう?答えは聞いてません、私がブチ切れました。契約の不履行?罰則くらい受けてやりましょう。
魔方陣を展開、魔道書を併用する事で手順を大幅に短縮できるのでオマケで突風と雷雨を発動。警告もしません、必要とも思いません。
突然の事に驚いたのか村人達が呆然と立ち尽くしているのが見えます。
さぁバカな事やってないでさっさとお家に帰りなさい、でなければ命の保障はいたしかねます。・・・もっとも逃げられないよう風で囲んでいるんですがね?
「・・・私の主を返してもらいますよ!」
空に描かれた魔方陣が光を放ち、すぐさま魔術による事象が発現します。
内容はエナジードレイン、本来であれば魔力を持つ物質からエネルギーを取り出す基本技能ですが、これは範囲内の生物から命を吸出し術者の魔力に変換するようアレンジを加えています。
体から青白い湯気のようなモノを発しながら苦しみもがく人々。その湯気は魔方陣に吸い込まれ私の物になります。
あの子と両親のいる中央部は範囲外に設定したため、無事な村人も数人居るようです。ですが、仲間が次々と倒れる姿にパニックを起こし、勝手に安全地帯から出て行きみんなの仲間入りです。
まったく、呆気なさ過ぎます。このイライラをどうしてくれるんですか・・・
まぁとりあえず。
「大丈夫パチェ?」
「ゲホゲホッ・・・ア゛ア゛・・・」
「・・・うん、ちょっと待ってなさい」
よかった、まだ生きてます。三人を火の手が届かない場所へ救い出し、すぐさま治療を施します。申し訳ありませんが大人は後回し、ご両親なら分かってくれるでしょう。
火傷が酷いのは当たり前ですが、他にも切り傷や打痕も多く見られます。治癒系の魔道書を持ってこなかったことが悔やまれます、何の補助もなくこれだけの傷を癒すのは骨が折れそうです。今し方奪ってきた魔力も総動員しますが足りるかどうか・・・
あぁもうイライラする!あのバカ共が!本当に命を吸い尽くしてやりましょうか・・・
「パチェ、これでどう?まだ痛いところある?」
「ゲホガハッ・・・はぁはぁ・・・ゴホゴホッ」
「あぁ無理しないで」
呼吸音に異常がありますね、気管を痛めているようです。こっちも治療を―――
「うぐっ・・・え・・・?」
油断しました・・・あのアホ共にまだ動ける者が居ましたか・・・胸の中央から槍の穂先が見えてしまっています。背後から刺されたんでしょうね。
私はその貫通した槍の穂先を掴んで体ごと振り回します。相手はそれを予想していたのか、すでに間合いの外へ離れていました。うん?三人も居る?
目が霞んでよく見えませんが距離をとったのなら好都合。魔術師相手に距離をとるのは悪手ですよ?正確には悪魔ですが。
魔弾を適当にばら撒くだけですぐにケリが付きます。まったく、残り少ない貴重な魔力を無駄にしてしました。
さて、治療の続きを・・・
・・・あれ?なぜ私は倒れているのでしょう?
まだあの子の治療が終わっていませんし、彼女の両親も助けなければきっと泣いてしまうでしょうし、まだまだあの子には教えないといけない事がたくさんありますし、そもそもわたしはこのていどのきずでしぬようなやわなからだではないはずで・・・
あぁそっか、契約の不履行で・・・罰則があるんだっけ・・・確か・・・主への・・・命の・・・返還・・・
8.
それからの事は私は覚えていません。
後になってパチュリー様に聞いた所によると、事の発端はやはり流行病だったそうです。
発症すればほぼ確実に死に至る病にもかかわらず、村医者の家系であるパチュリー様だけは無事なまま。
口止め仕切れなかった魔術の事や以前からの嫉妬などから、『あの家は魔女の館である』『流行病はあいつらのせいだ』と噂されるようになったのだとか。
それでいわゆる『魔女狩り』にあってしまった、というのがこの騒動だったそうです。
このとき私は羽の一部と魔道書を残し消滅したのだそうです。ご両親は残念ながらその時に・・・
数年の時が立ち、魔術師としての実力を付けたパチュリー様は私の羽の一部を元に新たな肉体を作り上げ、今の私を呼び出したのだとか。力のほとんどは契約不履行の罰則としてパチュリー様が持っておられたので簡単だったそうですよ?
他に話すような事は・・・そうそう、あの村はご両親のお墓意外はもう廃墟すら残っていないそうです。怖い怖い。
9.
「―――っとこんな所ですかねぇ」
「へぇ・・・昔はもっと力のある悪魔だったと」
「えへへぇ、まぁ昔の事で今はしがない小悪魔ですよ」
「そうよねぇ今の貴女全然弱っちぃし」
「それ本人の前で言いますか・・・」
「あぁ、ごめんなさいね。ところで『記憶を好む』だっけ?それはどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。生きるのに必要な十分な蓄えはありましたから、眺めて楽しむ観賞用とでも言いましょうか」
「あ~・・・何となく分かった」
「何の話をしているの?」
「おやパチェ、仕事は終わったの?」
「ええ、小悪魔私にも紅茶」
「はいただいま」
「で?」
「いやね、暇だったものだから貴女達の昔話を聞いてたのよ。捏造込みで」
「・・・人の過去を勝手に捏造しないで欲しいのだけれど」
「別にいいでしょ、暇つぶしよ暇つぶし。それで、パチェの幼い頃からの付き合いって言うのは本当なの?」
「そうですよ~。幼い頃のパチュリー様は泣き虫でして、よく私があやしたものです。泣き顔のパチュリー様も可愛くて可愛くて♪」
「・・・記憶にないわ。小悪魔、紅茶の用意が出来たのならあっちの片付けやっておきなさい」
「うふふ、パチュリー様お顔が真っ赤ですよ?」
「・・・小悪魔?」
「はいは~い」
「他には、魔女狩りにあったんだって?よく生きてたわね」
「・・・それは捏造ね。魔女狩りは主に15世紀から18世紀に行われたもので、歳が合わないわ」
「あ・・・パチェの歳って百ちょっとだったっけ。じゃあ故郷の村を滅ぼしたっていうのは?」
「私の村は勝手に滅んだわ、災害だったらしいけど私は何もしていない」
「むぅ・・・ほとんど捏造か。まぁ楽しめたからいいか」
「・・・そう」
「・・・『叡智の悪魔』、か」
「それ、小悪魔が言ったの?」
「ええ、最初にそんな悪魔をご存知ですか?って」
「・・・案外本当かもね」
「え?」
「文献には殆ど登場しない悪魔、その者は契約者の記憶を書物にしたためる事を生業とし、過去に限れば全知にも等しい知識を持つという」
「・・・」
「私は小悪魔の過去を知らない、それに力に反して膨大な知識がある。幼い頃はよく分からなかったけど、当時は今よりももっと力があったようにも思う。彼女がそう言ったのならもしかしたら・・・ね?」
「パチュリー様~、お片付け終わりました~」
「・・・あれがそんな高位の悪魔?」
「・・・はぁ」
・著者は丸っきり素人です。出来れば寛大なお心で読んで頂けるようお願いいたします。
1.
その日、私ことレミリア・スカーレットは退屈していた。
いつもの様に月夜の散歩でも、と思ったが生憎の曇り空、しかも遠くで雷が鳴っているようで時折雲が光ってみえる。
こうなると出掛けるのは一苦労、次案のテラスで紅茶という訳にも行かないだろう。
暇を持て余した私は、親友であるパチェの所で時間を潰そうと図書館へと向かう事にした。
・・・のだが、どうやらタイミングが悪かったらしい。
図書館に入ってみると大掛かりな魔方陣の中央に立ち、呪文詠唱中の彼女が居た。
使い終わった魔法具か何かだろうか?彼女の使い魔が乱雑に置かれたそれらを抱えてやってくる。
前が見えないくらいの荷物だが大丈夫なんだろうか?まぁいい。
「ちょっと小悪魔、今パチェは何してるの?」
「へ?あ、お嬢様こんばんは。パチュリー様でしたら今は防御魔法の補強や修繕作業中ですよ。先ほど始められた所ですのでしばらくは手が離せないかと」
「防御魔法?・・・あぁ、本とかこの図書館自体のか。最近は荒っぽい泥棒がでるからかしら?」
「あははは・・・それ対策に罠を追加したから、ですかね。何か御用でしたか?私でよければ代わりに承りますが」
「あ~いや、ただの暇つぶし。・・・そうね、アナタでも良いか」
「あ、少々お待ちを。これ片付けてしまいますので」
そう言って抱えた荷物を手早く棚に戻し、机周りを片付け、ついでに紅茶を入れてクッキーと共に持ってくる。
流石に咲夜ほどではないが手馴れた動きである。
「それで、何か本をお探ししましょうか?」
「う~ん、今は本よりお喋りでもしたい気分」
「お喋りですか・・・でしたら最近話題になったあの本はお読みになられましたか?」
使い魔というのはやはり主人に似るのだろうか?彼女から振る話題は本に関する事ばかりである。
ちなみに彼女の挙げたタイトルはどれも読んだ事が無かった、ついでに話題となったのはそこそこ前だったと思う。
そんなことはともかく。
「本のことばかりじゃなくて何か無いの?」
「そう言われましても。私もパチュリー様も最近はほとんど外出しませんし」
「まぁそうよねぇ・・・んじゃその前、例えばパチェと会う前はどうしてたの?」
「パチュリー様に会う前ですか・・・今とほとんど変わりませんね」
「今と同じって、誰かの使い魔だったの?」
「いえ、図書館の司書のような事をしていました。正確にはちょっと違いますけどね」
「ふ~ん、なら出合った頃こと聞かせてよ」
「あまり面白いことはありませんでしたよ?」
「じゃ思いっきり捏造して」
「・・・」
「別に良いでしょ、ただの暇つぶしよ」
「はぁ・・・では―――
―――お嬢様は『叡智の悪魔』という方をご存知ですか?」
2.
まったく、このちびっこ吸血鬼は面倒な事を仰る。
私とあの娘との出会いなんて簡単に言えば召喚され、契約し、使役されるようになっただけなんですが・・・
まぁいいか、別に隠すような事でもありませんし、お望みならば話すとしましょう。
一欠片の真実に目いっぱいの虚飾と捏造を施して。
3.
その日は私の図書館に新たに加わった書籍を検め、分類し、所定の棚に収めるといういつも通りの仕事をこなしていました。
今日の新書は代々農家の家系に生まれた男が国を救うほどの騎士になる波乱万丈の人生を綴った英雄譚。
魔界人と人間のハーフである女が生涯で編み出した技術・魔術を記した魔道書。
表の歴史に語られる事のない、裏の戦争の数々を記録した歴史書。
賢者の石を練成した男の料理レシピ集等々、なぜ錬金術の研究書じゃないのか?と突っ込みを入れたくなるほどジャンルを問わず色々な本がやって来ます。
数は、数十冊ほどでしょうか?厚みがバラバラですので一々数えるのも面倒なくらいの量です。
作業が粗方片付いた所で今日の分は終わりにします。まだ正午を過ぎてさほど経ってはいませんが別に構いません。半分趣味の領域で、急ぐ必要はありませんし。
残りの時間は紅茶と昨日作ったクッキーでのんびり読書としゃれ込むことにしましょう。
そんな事を考えながらいつもの私の指定席へ向かう途中、少し先の通路から光が漏れているのに気が付きました。
魔道書の暴走か?と慌てて駆け込むと本棚には謎の光に照らされているだけで変化はありません。
どうやら通路上の『空間』が青白い光を放っているようです。より正確には空間の裂け目から光が漏れだしている、と言えばいいでしょうか。それも指が2,3本入るかどうかという小さな裂け目です。
空間干渉、転移術、時空の歪み、あるいはただの幻術か・・・いくつかの予測を立て検証するに、どうやら召喚術のようです。
それも呼ばれる側の入り口、こんな小さな裂け目ほどの入り口でどうするつもりだったのやら・・・呼び出す為の強制力も感じませんし。
これなら私が手を加える必要も無い、しばらくすれば勝手に塞がってしまうでしょう。
さてお茶の時間だ、と無視すればそれはそれで良かったのでしょうが、何となくこの術者の事が気になりました。
人恋しかったのだろでしょうか?
ここに人も魔も訪れる事がなくなって久しい
退屈していたのでしょうか?
黙々と作業をこなし、本を読む変わり映えのしない日々に
それとも喜んでいるのでしょうか?
久しぶりに悪魔らしい仕事ができる事に
自分でもよく分からない感情に従い、私はこの召喚術に乗ってみる事にしました。
もしかして私のこの考えまで読んだ上での行動だったのでしょうか?
まさかねぇ。
とはいえ、流石にこのままでは危険です。
これだけ不安定な術です、『召喚失敗で次元の狭間を漂う』なんて事になりかねません。
そんなのは御免ですし、そもそも入り口が小さすぎて入れません・・・
召喚術に関する書籍を引っ張り出し、私の持つ知識に間違いの無い事を確認します。
うん、ほぼ正確に記憶していました。流石は私。
それではまず入り口を拡大し固定、次に召喚術内の通路を見える範囲で補強、これで最悪帰り道は確保できたはずです。
確認
しばらく帰ってこれないかもしれませんが、特に用事がある訳でもありません。誰かが訪ねてくることもないでしょう。ならこの場所はこのままでもたぶん問題ない。
必要そうな物は・・・特に何も思いつきません。あえて言うなら読みかけの本?大体の事は身一つでなんとかなりますし。
思い残す事・・・は流石にありますが死にはしないでしょう。
他に何か確認することは有ったっけ?
・・・こんな所かな。
よし、ならばいってみましょうか!
4.
召喚術内の通路を進みながらその構築式を調べてみて驚きました。
入り口がアレだったので覚悟をしていたけど、これほど酷いとは・・・
よくこんな間違いだらけの構築式で魔術として機能したものです。
こういった通路は普通なら構築式で道を作るのですが、作りが甘く板の所々抜けたの吊り橋のようです。しかも凄く揺れるしやたらと遠回りするし。
本来なら術者や周りの状況によって変えねばならない数値が出鱈目なんでしょう。無駄な部分もあちこちにあります。
術師はおそらく三流どころか見習いレベル、もしかすると魔道書を書き写しただけの素人かもしれません。
非常に面倒ですが通路を修正・補強しながら進むしかありませんね。
早くも帰りたくなってきました・・・
それにしても、なぜ私を呼び出そうなんて思ったのでしょうか?
昔ならそこそこ名の知れた悪魔であった自信はありますが、今となっては忘れ去られて久しく書物に残るほど活躍、いや悪行?を行った覚えはないのですが・・・
まぁご指名とあらばそれなりに誠実に事に当たるのが悪魔ってものです。
こんなお粗末な召喚術でも指名は指名、精一杯お勤めを果たすとしましょう。
うっかりミスは仕方ない、指示を誤解・曲解してしまうのはご愛嬌ってね?
きっと今の私はとても『悪魔』らしい笑顔をしているんだろうなぁ。
っと、どうやら出口に着いたようです。
前方の天井部分に歪んだ魔方陣が見えます。
さて、第一印象を決める登場シーンは重要でしょう。
ただ黒っぽい霧か何か出しながら、ゆっくりと現れるだけでも威厳が出るでしょうが、ちょっと単純すぎるでしょうか?
もうちょっと派手に、ついでにこんな所を歩かされた鬱憤を晴らせるような・・・
うん、竜巻を起して周りのものを吹き飛ばし、怯んだ隙に颯爽と登場ってのは良いかもしれません。
術者は近くに居るでしょうし、風で少しだけ痛い目に合って貰いましょうか。
魔術を使用し風を起します。
ひと一人吹き飛ばすに十分な威力を蓄え、掠り傷程度で済むよう風向きを調整し、出口に向かって放つ準備が整った所で想像する術師のことが脳裏をよぎりました。
恐らくほぼ素人と思って良いでしょう、ならば魔法障壁なんて咄嗟に展開できるか分かりません。
いや、多分無理。
ならこの威力でも危険でしょうか?死なれてしまっては面倒ですし・・・
少し考えた結果、風の威力を落とし、その代わり見た目が派手になるよう光弾を混ぜる事にします。
至近距離で光の弾が周囲にばら撒かれる様は中々迫力があるでしょう。
ちなみにこの光弾、威力はほとんどありません。
元々は周囲を照らす為の照明魔術をアレンジしたものですし、見た目のわりに小さな弾です。直撃しても余程の事がなければ死にはしません。
さて、今度こそ準備は整いました。
私はまだ見ぬ術師の驚き恐怖に満ちた顔を思い浮かべながら魔術を放つのでした。
5.
突然の身を切るような疾風、爆ぜるようにばら撒かれる光弾、きっと今頃術師は慌てふためいている事でしょう。
そろそろ颯爽と登場するとしましょうか。
私は少しだけ助走を付け、勢い良く飛び出しました。
ゴッ!!
・・・なぜ私は床に伏しているのでしょうか?
それになぜか頭が痛いです、首も痛めてしまっているようで動かすだけでビキビキと嫌な音を立てます。
あれ?ココはどこ?私は今日もいつも通りの日課を終えいつも通りの読書にはげみいつものようにひとりしずかにねむりにつくいつのとかわらないひびをおくっていたはずで・・・
・・・あぁ、思い出しました
今日は私の図書館に現れた召喚術に乗って術師の下へやって来んでしたっけ。
涙で霞んでますが視界の端に天井が見えます。高さは4mくらいですが梁が魔方陣の真上にあります。
つまりアレに勢い良く頭をぶつけたと・・・
「あ、あの・・・だいじょうぶ?」
やばい恥ずかしい!登場で思いっ切り失敗した!穴があったら入りたいとはこの事か!あの魔方陣まだ機能しているかな?
「え、えっと・・・」
「・・・あなたねえ!召喚術は十分に広い場所で周りに被害が出ないようにってのは基本でしょうが!」
自分の無駄な演出のせいなんですがココはそれっぽい事言って誤魔化します。
顔が真っ赤になっているのは怒っているからではなく恥ずかしいからですが、相手に分かるはずもありません。
召喚術の基本かどうか知りませんが、まぁ間違っちゃいないでしょう。
「ご、ごめんなさい・・・」
「悪魔を怒らせといて謝って済むと思うなら中々いい根性してるわねぇ」
「・・・え?悪魔?天使さまじゃないの?」
ん?何か変ですね?
目に溜まった涙を拭き取り改めてこの術者を見ます。
・・・マジですか?この十歳くらいの少女が私を呼んだと?
こんな、いかにも病気がちで寝たきり生活を送っていそうなパジャマ姿が板に付いた中々可愛いちびっ子が?
周囲を見回しますがベットに腰掛けたこの娘以外に人の気配はありません。
部屋の広さは10m四方はあるでしょうか?一人部屋にしてはかなり大きいほうでしょう。
壁一面に備え付けられた本棚と散乱した本、窓の前に置かれた勉強机、クローゼットは先ほどの突風のせいか扉が片方吹き飛んでいます。
人の隠れられそうな場所はありません。
いかに魔術適正があろうと魔力量に優れていようと、そう簡単に成功しないのが召喚術なんですが・・・って、だからあんな酷い構築式だったのか。
あのすぐにでも掻き消えそうな精度であれば偶然繋がる事もあるでしょう。
「はぁ・・・今回はハズレですか・・・」
若い子を好む悪魔は多いですが、私としては魔術に限らず死ぬまで現役で腕を磨き続けるような人間のほうが好みです。
って、この娘天使って言いましたか?
「あなた天使を呼ぼうとしてたの?私じゃなくて」
「え、えっと・・・この本に願いを叶える魔法っていうのがあって・・・」
「ちょっとその本見せて」
彼女が手繰り寄せた本を取り上げ、ザッと流し読みします。
・・・どうやら天使が如何のと言うよりは『願いをかなえる人外の存在』について書かれた書物のようです。
なるほど、人々の願いを慈悲の心で無償で助けるのは天使のようなナニカでしょう。ですが生憎私は働いた分の対価はしっかり貰うつもりです。
それにしてもこの本にも対価だの代償といった単語がチラホラ出てきているのですが、何を考えて私を『天使だ』などと思ったのでしょう?
私の背にある蝙蝠ようなの羽なんて天使のイメージではないでしょうに。
「天使ねぇ・・・あんなのの方がよっぽど胡散臭いと思うんだけどなぁ」
タダより高いものはないとはよく言ったもので、『慈悲の心』ならば自己満足感を得るためと言えますが、別にお礼を受け取る位は構わないはずです。
それを『無償で』となれば何か裏があるのでは?と勘繰ってしまうのは当然でしょう。
実際あいつ等優秀な人間を死後に酷使してますし。
天使ではなく聖杯ですが、願いを叶えた代償に世界を守る守護者として終わらぬ地獄を見せられ続ける弓兵の物語は有名でしょう。
何事にも一長一短、等価交換、因果応報、何と言い換えてもいいですが願いをかなえれば相応の負債があるもんです。因果応報はちょっと違うかな?
「それで、ええっと・・・おねえさんは私の願いを聞いてくれるの?」
「あ~まぁ、仕方ないか・・・コホン、汝の呼びかけに応じ参上した。汝、我が主たらんとするならばその証を示し、供物を捧げよ。さすれば汝を主と認め、対価と引き換えに願いを叶えよう」
「・・・?」
「・・・あれ?分かんない?」
「(コクン)」
「え~っとね、まずは右手見せてくれる?そこに紋様出てないかな?」
黙って差し出された右手の甲にミミズ腫れで出来た六望星をベースとしたシンプルな紋様が出来ています。
これは魔力のパスを繋ぐ為のもので2、3日すれば傷が治り見えなくなります。
これが『証』で、供給される魔力が『供物』になります。
「よし、こっちは大丈夫そうね。じゃ次に魔力を送ってくれる?」
「どうするの?」
「そこからか教えないといけないんですか・・・」
まさに素人、ホントよく召喚術なんて出来たもんです。
こんな状態で成功したんですから、いつしか名の有る魔術師に成るかもしれません。というか成って貰わないと私の格が疑われてしまいます。
「魔術を使う時、魔力を集めるでしょう?右手に集めて紋様からゆっくり押し出すように流すの」
「ん・・・ん?・・・む~~~!」
あ、かわいい。
ではなく、どうにも巧くイメージできないようで目を瞑って唸っています。
「―――うぐっ・・・は・・・」
しばらく試行錯誤しているのを微笑ましく思いながら眺めていると、突然大量の魔力が叩き込まれました。・・・だから『ゆっくり押し出すように』と。
私はボディブローを受けたボクサーのようにその場に崩れ落ちます。
「・・・きゅぅぅぅぅぅ・・・」
あの娘も魔力を使い果たしたのか息が荒く、ベットに仰向けで倒れています。
もうイヤだ、帰りたい・・・
ですが、こんな形でも魔力を貰った以上契約成立です。契約は守らなくてはいけません。なんだかんだ言って真面目な自分が嫌になります。
「・・・汝を我が主と認め、ゲホゲホ、汝の願い、っつう・・・、我が力にで叶える事を誓う。はぁ・・・」
疲れました。
その後、他人には秘密にすることをしっかりと約束させ私の真名を教えます。
彼女の名はパチュリー・ノーレッジと言うのだそうです。
ちなみに彼女の家はそこそこ力の有る魔術師の家系で、村医者の真似事をしているのだとか。もちろん村人達に魔術の事は秘密で、です。
魔術の使い方なんて人それぞれで、世のため人のためなんて大変結構な事ですが、私からすると偽善にしかみえませんね。
『願いは常に己が為に』
誰かを助けるなら『見捨てると目覚めが悪いから』って言うほうが信用できます。
自身に被害があったとき『お前がいなければ危ない橋を渡る必要がなかった』なんて言うバカも居ますし。
話が逸れましたね。
ともかく彼女が魔術師の家系で魔道書を持っていたことは分かりました。
「それでパチュリー様はなぜ私を呼び出したのですか?」
「あのね悪魔さん、そのパチュリー様っていうの止めてくれないかな?なんだかこそばゆいの」
一応とはいえ主従関係なんですから言葉遣いを改めたのですが不評のようです。ですがくすぐったがる彼女が面白いのでこのままで行こうと思います。
「それでパチュリー様、私を呼び出したご用件は何でしょうか?」
「だからね悪魔さん、その呼び方―――」
「それでパチュリー様ご用件を伺います」
「・・・グスッ」
か、かわいい・・・
っと、ちょっとやり過ぎましたかね?泣くほど嫌だったんでしょうか?良く分かりません。
「はいはい、じゃぁ何て呼べばいいの?」
「グスッ・・・えっと、じゃぁパチェでお願い。おとうさんとおかあさんはそう呼ぶから」
「パチェ様?」
「さまもいらない」
「それじゃパチェ、あなたは何で私を呼んだの?」
「・・・えっとね、わたしね、体が弱くてお外であそべないから」
「ほほぉ、なら元気に外を駆け回れるよう頑丈でパワフルな肉体に改造して差し上げましょう!大丈夫!そこらの悪ガキどころかロリコン変質者にだって負けないくらい立派なマッチョに―――」
「それはイヤああああぁぁぁぁ」
むぅ、ダメですか。とっとと終わらせて帰りたかったのですが。
まぁ筋肉モリモリの美少女なんて私も見たくありませんから無理にとはいいません。それは美少女なのか?という突っ込みは置いておいて。
「イヤかぁ・・・いい案だと思ったんだけどなぁ」
一応真面目に考えた事にしておきます。印象操作です。真面目に考えてこれか?という突っ込みも無視します。
「はぁはぁ・・・ゲホゴホ・・・それでね、お外であそべないからね、お友達が欲しいの」
「なるほど、では歳の近いがきんちょ、失礼、子供達を捕まえてくればいいのね?子供を捕まえるとなると・・・餌で釣るのが簡単かなぁ」
「いや、だからね?お友達が欲しくてあなたを呼んだの」
「うん?だからがきんちょを捕まえて洗脳して―――」
「そうじゃなくって、あなたにお友達になってほしいの!」
どういうことでしょうか?私と友達になりたい?なぜ?人間は人間同士のほうが色々都合がいいでしょうに。
私、というか悪魔と友好を結んで得する事?人外の知識?あるいは肉体その物?
それとも人間相手では不都合なことがあるんでしょうか?魔術師とただの人?秘密を探られない様に?
考えてもよく分かりません。
分かりませんが主人の願いを叶える契約です、従うとしましょう。
「そっか、それじゃあなたの願いどおり私が友達になりましょう」
「うっ・・・ぐっ・・・」
契約執行、対価として命を少々いただきます。『友達になって♪』なんて言われたのは初めてなので、どの程度の命を削るのか分かりませんが受け取った量は大した事ありません。
年数にして4、5年分くらいでしょうか。
受け取った分はパスを通しすぐに送り返します。これは私の趣味なので他の悪魔に期待しないように。
私は命というエネルギーよりもそこに染み付いた記憶を好むため、なんですが今は関係ないので省略します。
「ふふふ、悪魔相手に迂闊に願いを言うからだよ?」
「はぁはぁ・・・良いよ別に・・・どうせ長生きできないし」
「・・・?」
どういうことでしょうか?貧弱なのは見たままだとして、死病を患っているようには見えませんけど・・・もしそうだとしても最悪私が治します。
なにか事情があるんでしょうか?
聞き出すべきか思案していると、部屋の外から物音がしました。どうやら両親が帰ってきたようです。
「パチェ、親御さんには私のことどう説明するつもり?」
「え?あたらしいお友達だっていうよ?」
「突然見ず知らずの悪魔を連れて行って『友達』はないでしょう・・・」
「だめなの?」
ダメでしょう・・・娘が悪魔憑きになったなんて事になれば私が退治されかねません。そう簡単にやられるつもりはありませんが面倒です。
まぁ魔術師の家系とのことですので憑いているのか使役しているのか位は分かると思いますが。
隠れる場所も時間も無いようなので仕方ありません。このまま名乗る事にしましょう。っと、羽なんかは隠して置かなくては。
「ただいまパチェ、いい子にしてたかい?」
「始めましてお父様、あなたの新しい娘です♪」
「・・・え!?ちょっと待て!君は一体―――」
「アナタ?これはどういうこと?」
「待て待て!落ち着け!俺にも何が何だか・・・」
「ちょっと失礼、貴女はここで待っていてくださる?」
邪魔者の排除完了、しばらく戻ってはこないでしょうから今のうちに隠れる場所をどうにかします。
それにしても隣が五月蝿いですねぇ、夫婦喧嘩は子供の知らない所でやってほしいものです。その原因を作った私が言うのもなんですが。
っと、隠れ家の前に召喚時に散らかった部屋を片付けましょう。ほぼ私の魔術のせいですし。
飛び散った本を本棚へ戻し、机の上の小物を配置し直し、クローゼットの扉を修理します。
ベット周りはあの子が自分で片付けているようですが随分手間取っていますね。手伝おうかとも思いましたが、先に隠れ家を作る事にします。
場所は・・・クローゼットの扉でいいか。
扉の裏に魔方陣を描き転移門とします。行き先は私の図書館です。
彼女の召喚術より小型ですが、図書館の正確な位置を知っていますし無駄を省けば案外簡単に繋がります。
成功したのを確認し、出入り口に偽装を施します。まぁ見つかってもさほど困りませんが一応ね?
「さてパチェ、私の事は突然やって来た知らないお姉ちゃんって事にしておいてくれる?」
「ん、わかった」
「それとコレに話しかければ私と話が出来るから渡しておくわ、必要なら呼び出してね」
「石ころ?」
うん、ただの石ころです。魔術なんて掛けていません。
パスが通っていますから、何も無くとも念話くらいは出来ます。
ですが魔力の扱いにも苦労する初心者に念話なんて難しいでしょう。『どこからでも話ができる魔法の石』なんて物があった方がイメージしやすいと思います。
「じゃまたねパチェ」
「え、帰っちゃうの?」
「うん、親御さんたちに見つかると面倒だからね。用事があればいつでも呼んでね?出来れば誰も居ない時が良いけど」
「・・・グスッ」
「はいはい泣かないの、また来るから」
「・・・うん、絶対だよ?また来てね?」
「ええ、もちろん。その願い叶えましょう」
・・・『また来て』ですか、まぁ今回はサービスしておきましょう。
さすがに泣いてる子から命を奪うのは気が引けますし、元々また来る予定ですからね。
次来る時には絵本でも持ってきましょうか?それとも軽めの小説のほうがいいでしょうか?
そうして私たちは出会い、契約を交わしたのでした。
6.
それから毎日のように彼女に呼び出されては遊び相手になる日々が続きました。
パチェのところへ通い始めて一ヶ月ほど経った頃だったでしょうか。
その日はなにやら外が騒がしく大人たちが大声で怒鳴りあっている声が聞こえます。
「パチェ、今日は何かあったの?」
「わかんない、おとうさんは今日は家で大人しくしてろって言ってたよ?」
「ふぅん・・・」
元々出歩くことのないこの子に『家で大人しく』ですか、何かは知りませんが面倒ごとのようですねぇ。
耳を澄ますと『流行り病で~』や『家の子にも治療を~』『お前の家は何で~』なんて言葉が聞こえます。
そういえばこの家は村医者なんでしたっけ?
何となく事情は察しましたが、私の知った事じゃありません。今日もいつもの様にパチェと遊ぶ事にします。
「さてと、今日は何をする?」
「ねぇ、悪魔さんは私の病気って治せるのかな?」
「うん?あなた病気なの?見た所体力不足ってだけで一応健康みたいだけど」
「そんなはずないよ、お外に行くとすぐに疲れちゃうし熱とかすぐに出るし」
「いや、だから体力不足だって・・・ふむ、ちょっとそのまま」
問題ないとは思いますが一応真面目に診断してみる事にします。医学書も読み漁っていてよかったですねぇ。
熱を測り、喉の腫れや目の充血、肌の荒れ具合等々思いつく限りの項目を診断しますがやはり異常は見当たりません。というか、やはり運動不足・・・ちょっとくらい肉体改造しておいたほうが良いかもしれません、今度は真面目に。
ついでに魔力状態も見ましたが歳の割に魔力量が多い位でした。多すぎると自らの体を痛めたりするんですが、これ位なら問題ないでしょう。
「うん、問題なし!ただし、ちょっとは体を動かして体力を付けること!」
「う~ん・・・じゃぁみんなの病気もそうなのかなぁ?」
「あぁ外で怒鳴ってるあれ?あなたが気にする事じゃないでしょうに。五月蝿いなら追い払ってこようか?」
「それはダメだよ、みんなも大変なんだから」
「それならいいけど。・・・そういえばいつだったか『長く生きられない』みたいなこと言ってなかった?それと関係あるの?」
「・・・えっとね、村で病気が流行っててね、もう何人も死んじゃった人が居るんだって」
村で流行り病ですか、大体予想通りですね。この子が勘違いしそうな症状というと・・・体力・免疫力の低下ってところでしょうか?
いくつか思い当たる病がありますね。治療法は確立されている物と研究中の物、魔術を扱う村医者でも荷が重いかもしれません。
「それで自分もその病気なんだと思ったのね」
「うん」
「さっきも言ったけどあなたは大丈夫よ。こんな事で死なれちゃつまらないからね、嘘はつかないわ」
「・・・うん」
納得できていないのは見て明らかですが、これ以上この話題には触れないでおきましょう。『村人を治療してくれ』なんてお願いされちゃ面倒です。
その後、この話題を強引に打ち切り、いつのもように遊び相手になっていたのですが・・・ああ五月蝿い!
「ごめんパチェ、ちょ~っと外の掃除してくるわ」
「え?ええ?」
「安心して、すぐ終わらせてくるから」
最初は無視するつもりでしたが会話すら難しくなるほど騒がれては怒っても良い筈です。手始めに村人数人吹き飛ばすとしましょう。手加減は・・・まぁいいか、死にやしないでしょう。
「ちょっと待って!笑顔だけど凄く怖い顔してるよ?!」
「大丈夫大丈夫、騒音被害者の叫びをぶつけて来るだけだから・・・フフフ」
「何かよくわかんないけどダメええぇぇ!」
うぐっ・・・命令とあらば仕方ありません、別の方法を考えるとしましょう。そうですねぇ・・・音を反射・増幅して自爆するよう仕向けるなんてどうでしょうか?
「お願いだからみんなに手を出さないでね?」
「むぅ・・・そんなことを『お願い』してもいいの?もう遅いけど」
「ぐっ・・・ぅぅ・・・」
まったくこの子は・・・優しいのは結構ですが、対価に見合っているか考えて欲しいものです。釣り合わないと知った上で契約執行してる私も大概ですが。
「掃除が出来ないなら仕方ないか、泣き寝入りなんてホントは嫌なんだけど」
魔術を行使、防音の結界で部屋を覆います。これで余程の爆音でもなければ防げるでしょう。
「今度は何したの?」
「外の音を聞こえないようにちょっとね」
「そんなことも出来るんだ。私にも出来るようになるかな?」
「出来るんじゃない?というか、それくらい出来なきゃ魔術師なんてやってられないわよ?秘匿しなきゃならない決まりはないけど、余計な争いを生むから」
「そっか・・・ねぇ悪魔さん、私に魔法を教えてくれないかな?」
ふむ、ちょうど良いかも知れません。いずれは大魔術師に成ってもらわなくてはいけませんし。主に私の格が疑われない為に。ついでに彼女の体を鍛える意味でも。
意外と体力使いますからね魔術は。明らかに運動不足なこの子には良い運動になるでしょう。
ですが一応。
「教えるのはいいけど覚悟はある?魔術なんて無くても普通に生きられるし、無駄な争いに巻き込まれる事もあるでしょう。それでも自分の選んだ道と割り切れる?」
「えっと・・・」
「それに私に頼むってことは、あなたの家に代々伝わる秘伝なんかを無視することになるけど、ホントにいいの?」
「おとうさんは私に魔法使いになってほしくないみたいだし・・・」
「なら普通の人として生きたほうが幸せかもしれないわよ?」
「・・・」
「ごめんね。でも大事な事だからちゃんと考えて選んだほうがいいわよ?」
いや、私としては是非に魔術を仕込みたい所なんですがね?
中途半端な知識で悪魔召喚なんてやってのける危なっかしい主なんですから、せめて身の守り方くらいは知っておいてもらわないと困ります。
見ている側としては、うっかり魔術の暴走で人生打ち切りなんて許せません。全力で人生を謳歌して大往生してほしいところです。そんな生涯のほうが見てて面白いですから。
「・・・やっぱり魔法が使えるようになりたい」
よし、よく言いました。こんなのは『自分で選んだ』という事実を忘れないようにする為でしかありません。彼女なりに考えた結果でしょうが、私のせいなんて言い訳を回避できればどうでもいいです。
ともかく。
「ん、それじゃ明日にでも初級の魔道書を持ってくるわ。それでいい?」
「うん」
「よし、それでは基礎に入る前に体を鍛えましょう」
「・・・へ?」
いや真面目に取り組んでますよ?呪文詠唱には肺活量が必要ですし、魔方陣などの作成で正確な線を描くのに腕の筋力が必要です。
地味に体力を使うんですよ?魔術って。
無理しない程度に運動させて燃え尽きたように眠る彼女をベットに運び、今日はもう帰る事にします。
防音の結界は・・・サービスしておきましょうか。朝まで続くように魔力を込めておきます。
「おやすみパチェ」
さて、明日に備えて魔道書を選ばなくてはいけませんね。あと練習用の道具と怪我をしないように保護具なんかと・・・色々ありますが何だか楽しくなってきました。
7.
日課である図書館の仕事を手早く済ませ、若き魔術師のために蔵書を漁っていると耳元で囁くような声が聞こえてきます。
いつものパチェの呼び出しですが、意外ですね。明日の朝まではぐっすりお休みだと思っていたのですが・・・?
書物を漁りながら念話に意識を割きます。
「どうしたのパチェ?まだ筋トレが足りなかったなら、まずは腕立て・腹筋・背筋を20回づつ―――」
「・・・す・・・て・・・」
スルーですか、逞しくなりましたね・・・お姉さん寂しいです・・・
それにしても、どうも様子が変ですね?
声が掠れて聞き取り辛いのはいつもの事ですが、泣き声のように湿気った声のような?
ふむ、考えても仕方ありませんか。夜中ですが呼ばれたからには行くとしましょう。
どうせ悪夢でも見て怖くなったとかじゃないんですかね。だからって悪魔を呼ぶのはどうかと思いますが・・・
そんな軽い気持ちで向かおうとして、繋げておいた転移門が途切れている事に気づきました。
おかしいですね、数時間前まで問題なかった筈ですし・・・こちら側に異常は見当たりません、となると?
・・・なにやら面倒事ですかね、これは少々気を引き締める必要がありそうです。
ふむ、先ほど漁っていた魔道書を持っていくとしましょうか。素人向けの教本のような書物で広く浅い知識が書き記してあります、これなら臨機応変に対応できるはず。
魔方陣を描き直し転移門を作り直して、安全確認もそこそこに急いであの子の家へと向かいます。
・・・何をそんなに慌てているのでしょうか?自分の思考すらよく分かりません。
「パチェ~?居る~?」
返事はありません、いつものあの子の部屋に転移したはずですが・・・?
あれ?何でこんなに部屋が荒れているのでしょうか?窓ガラスは割られ、ベットは切り裂かれ、クローゼットの扉は砕けています。なるほど扉に描いておいた魔方陣が歪んだせいで転移門が途切れたのでしょう。
ふむ、荒らされた部屋に昼間の暴動、流行病に村医者ですか。伊達に本ばかり読んでいません。これだけ揃えば大体予想は付きますが・・・?
っと、それ所ではありませんね。あの子はどこに行ったのでしょうか?予想が当たっているとして・・・村人に捕まり広場で火炙りとか?それは困りますね。主に私の楽しみのために。
魔力パスを通してあの子の位置は大体分かりますが、これは迂闊に飛び出す訳にはいきませんか。羽等を隠し軽く変装してから探すとします。
割れた窓から外に出て辺りを見回してみます。外に出るのは初めてで、やはりというか当然のごとく今出てきた家は豪邸と呼ぶに相応しい様相、それ以外の町並みはごく普通の家が立ち並んでいます。
これだけ格差があればそりゃぁ嫉妬の対象になるでしょう。ちょっとは気を利かせて下さいませ、お父様。
取り合えず村の中心部へ続くと思われる道を進みます。
気を抜けば駆け出しそうになってしまう足を必死に押さえつけ、普段通りの歩幅を意識します。ドタバタと足音を立てて人目を集めると厄介ですからしょうがありません。
それにしても深夜とはいえ静か過ぎます、それがまた一つ嫌な予想を裏付けます。
・・・なぜ私はこんなにも焦っているのでしょう?一応とはいえ主の危機だから?あの子がまだ小さな子供だから?久しぶりに出来た話し相手だから?・・・友達だから?
思考がぐるぐると変な方向へ向かっています。やはり動揺するとダメですね。
嫌な想像ばかりが次々と思い浮かんでしまい気分が悪くなります。
「ああもう!」
やっぱり予定変更、いちいち人目を気にするのが面倒です。認識阻害の魔術を纏い文字通り飛んで行く事にします。
あの子の居る方向は・・・あっちかな?
目標地点を再確認し最短距離で向かうと、一分と掛からずに人だかりを見つけることが出来ました。その中央で炎に焼かれる三本の丸太とそれに括りつけられた人間、言うまでもなくあの子と両親です。
まったく、嫌な光景を見てしまいました。
・・・あんな幼い子まで焼き殺すなんて、正気か貴様ら!
「・・・手加減・・・無用ですよね・・・?」
昼に『村人に手を出すな』との約束をしましたが、もういいでしょう?答えは聞いてません、私がブチ切れました。契約の不履行?罰則くらい受けてやりましょう。
魔方陣を展開、魔道書を併用する事で手順を大幅に短縮できるのでオマケで突風と雷雨を発動。警告もしません、必要とも思いません。
突然の事に驚いたのか村人達が呆然と立ち尽くしているのが見えます。
さぁバカな事やってないでさっさとお家に帰りなさい、でなければ命の保障はいたしかねます。・・・もっとも逃げられないよう風で囲んでいるんですがね?
「・・・私の主を返してもらいますよ!」
空に描かれた魔方陣が光を放ち、すぐさま魔術による事象が発現します。
内容はエナジードレイン、本来であれば魔力を持つ物質からエネルギーを取り出す基本技能ですが、これは範囲内の生物から命を吸出し術者の魔力に変換するようアレンジを加えています。
体から青白い湯気のようなモノを発しながら苦しみもがく人々。その湯気は魔方陣に吸い込まれ私の物になります。
あの子と両親のいる中央部は範囲外に設定したため、無事な村人も数人居るようです。ですが、仲間が次々と倒れる姿にパニックを起こし、勝手に安全地帯から出て行きみんなの仲間入りです。
まったく、呆気なさ過ぎます。このイライラをどうしてくれるんですか・・・
まぁとりあえず。
「大丈夫パチェ?」
「ゲホゲホッ・・・ア゛ア゛・・・」
「・・・うん、ちょっと待ってなさい」
よかった、まだ生きてます。三人を火の手が届かない場所へ救い出し、すぐさま治療を施します。申し訳ありませんが大人は後回し、ご両親なら分かってくれるでしょう。
火傷が酷いのは当たり前ですが、他にも切り傷や打痕も多く見られます。治癒系の魔道書を持ってこなかったことが悔やまれます、何の補助もなくこれだけの傷を癒すのは骨が折れそうです。今し方奪ってきた魔力も総動員しますが足りるかどうか・・・
あぁもうイライラする!あのバカ共が!本当に命を吸い尽くしてやりましょうか・・・
「パチェ、これでどう?まだ痛いところある?」
「ゲホガハッ・・・はぁはぁ・・・ゴホゴホッ」
「あぁ無理しないで」
呼吸音に異常がありますね、気管を痛めているようです。こっちも治療を―――
「うぐっ・・・え・・・?」
油断しました・・・あのアホ共にまだ動ける者が居ましたか・・・胸の中央から槍の穂先が見えてしまっています。背後から刺されたんでしょうね。
私はその貫通した槍の穂先を掴んで体ごと振り回します。相手はそれを予想していたのか、すでに間合いの外へ離れていました。うん?三人も居る?
目が霞んでよく見えませんが距離をとったのなら好都合。魔術師相手に距離をとるのは悪手ですよ?正確には悪魔ですが。
魔弾を適当にばら撒くだけですぐにケリが付きます。まったく、残り少ない貴重な魔力を無駄にしてしました。
さて、治療の続きを・・・
・・・あれ?なぜ私は倒れているのでしょう?
まだあの子の治療が終わっていませんし、彼女の両親も助けなければきっと泣いてしまうでしょうし、まだまだあの子には教えないといけない事がたくさんありますし、そもそもわたしはこのていどのきずでしぬようなやわなからだではないはずで・・・
あぁそっか、契約の不履行で・・・罰則があるんだっけ・・・確か・・・主への・・・命の・・・返還・・・
8.
それからの事は私は覚えていません。
後になってパチュリー様に聞いた所によると、事の発端はやはり流行病だったそうです。
発症すればほぼ確実に死に至る病にもかかわらず、村医者の家系であるパチュリー様だけは無事なまま。
口止め仕切れなかった魔術の事や以前からの嫉妬などから、『あの家は魔女の館である』『流行病はあいつらのせいだ』と噂されるようになったのだとか。
それでいわゆる『魔女狩り』にあってしまった、というのがこの騒動だったそうです。
このとき私は羽の一部と魔道書を残し消滅したのだそうです。ご両親は残念ながらその時に・・・
数年の時が立ち、魔術師としての実力を付けたパチュリー様は私の羽の一部を元に新たな肉体を作り上げ、今の私を呼び出したのだとか。力のほとんどは契約不履行の罰則としてパチュリー様が持っておられたので簡単だったそうですよ?
他に話すような事は・・・そうそう、あの村はご両親のお墓意外はもう廃墟すら残っていないそうです。怖い怖い。
9.
「―――っとこんな所ですかねぇ」
「へぇ・・・昔はもっと力のある悪魔だったと」
「えへへぇ、まぁ昔の事で今はしがない小悪魔ですよ」
「そうよねぇ今の貴女全然弱っちぃし」
「それ本人の前で言いますか・・・」
「あぁ、ごめんなさいね。ところで『記憶を好む』だっけ?それはどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。生きるのに必要な十分な蓄えはありましたから、眺めて楽しむ観賞用とでも言いましょうか」
「あ~・・・何となく分かった」
「何の話をしているの?」
「おやパチェ、仕事は終わったの?」
「ええ、小悪魔私にも紅茶」
「はいただいま」
「で?」
「いやね、暇だったものだから貴女達の昔話を聞いてたのよ。捏造込みで」
「・・・人の過去を勝手に捏造しないで欲しいのだけれど」
「別にいいでしょ、暇つぶしよ暇つぶし。それで、パチェの幼い頃からの付き合いって言うのは本当なの?」
「そうですよ~。幼い頃のパチュリー様は泣き虫でして、よく私があやしたものです。泣き顔のパチュリー様も可愛くて可愛くて♪」
「・・・記憶にないわ。小悪魔、紅茶の用意が出来たのならあっちの片付けやっておきなさい」
「うふふ、パチュリー様お顔が真っ赤ですよ?」
「・・・小悪魔?」
「はいは~い」
「他には、魔女狩りにあったんだって?よく生きてたわね」
「・・・それは捏造ね。魔女狩りは主に15世紀から18世紀に行われたもので、歳が合わないわ」
「あ・・・パチェの歳って百ちょっとだったっけ。じゃあ故郷の村を滅ぼしたっていうのは?」
「私の村は勝手に滅んだわ、災害だったらしいけど私は何もしていない」
「むぅ・・・ほとんど捏造か。まぁ楽しめたからいいか」
「・・・そう」
「・・・『叡智の悪魔』、か」
「それ、小悪魔が言ったの?」
「ええ、最初にそんな悪魔をご存知ですか?って」
「・・・案外本当かもね」
「え?」
「文献には殆ど登場しない悪魔、その者は契約者の記憶を書物にしたためる事を生業とし、過去に限れば全知にも等しい知識を持つという」
「・・・」
「私は小悪魔の過去を知らない、それに力に反して膨大な知識がある。幼い頃はよく分からなかったけど、当時は今よりももっと力があったようにも思う。彼女がそう言ったのならもしかしたら・・・ね?」
「パチュリー様~、お片付け終わりました~」
「・・・あれがそんな高位の悪魔?」
「・・・はぁ」
面白かったです。
できれば・・・ではなく三点リーダー「……」を使われる方が良いかもしれません。
楽しめました
オチは酷かったけど、楽しめました。