幻想郷では今、煙草がちょっとした流行だ。
じめじめべたべたの夏とも、これでようやくおさらばだ。
ここ二週間ほど涼しくなっては暑さがぶり返し、をつづけていたが、優柔不断な天気の神様もついに季節変えを決めたらしい。
これで終わり、とばかりに数日にわたってしとしと降っていた雨があがると、一面見事に秋だった。焼き芋屋の声がかまびすしい。
そういえば、収穫祭はいつだったかな。
僕は窓際に椅子を寄せて、そよそよとした涼風に身をゆだねることにした。どうせこれもわずかな間。すぐに冬越えのためのあれやこれやで忙しくなるのだ。
ならば、今をこうして楽しんでおくに限る。
酒の一杯でも楽しもうかと思った矢先、扉が乱暴に開かれた。
「……相変わらずだな、ここは。薄暗くってじめじめしてる。茸の栽培にはうってつけだがな」
「魔理沙か」
「邪魔するぜ、香霖」
中に何か入れているのか、魔理沙はいつものとんがり帽子を抱えるようにして持っていた。白黒のドレスは、初夏の時期に僕が縫ってやった夏用のものだ。
少し丈を長くしすぎたかな。
魔理沙の様子を見ていてそう思う。人間の成長速度は、半妖の僕には掴みづらい。
「用事がないなら帰ってくれ。僕は風を楽しむので忙しいんだ」
「私には居眠りしているようにしか見えないけどな。……そんなことより、今日はこの店に物を買いに来たんだ。つまり、客だ。客には愛想笑いとお辞儀で対応するもんだろ?」
僕は片目だけ開けた。
「用件は?」
「煙草が切れたんだ。いつものやつを頼むぜ。代金はこれでいいだろう?」
魔理沙は帽子をひっくり返して中身を示す。色とりどりの茸が机の上にぼとぼと落ちてきた。
「茸雑炊。どうせ香霖、昼はまだだろ?」
にやりとして魔理沙が言う。僕はため息をついてから傍らに置いた箱に手を伸ばし、煙草の箱を魔理沙に向けて放り投げる。
「さんきゅ」
今度は素直に笑うと、手早く封を切って一本を口に咥えた。ドレスの中から八卦炉を取り出して、煙草に火をつける。
ふーっ、と満足気に息を吐いた。
「僕にも一本くれ」
魔理沙に言うと、黙って箱を差し出してきた。一本を取り出し口に咥える。
火を貸してくれ、と言う前に八卦炉が出てきた。なかなか気が利くじゃないか、珍しい。
「もてかわ美女のたしなみ、ってやつだぜ」
戯言を無視して煙草に火をつける。
ゆっくりと吸い込んだ。すっとした爽やかな感覚が喉から鼻にかけて抜けていく。
メンソール系の煙草が、最近の魔理沙のお気に入りだ。
「…………」
暫くの間、お互い無言で煙草を楽しむことにした。
幻想郷での煙草の流行は、外の世界が原因となっている。
ある日を境に、煙草が流れ着く量が激増したのだ。それまでは一箱、二箱といった感じで来ていたものが、突然数十カートンという単位で流れ着くようになった。
過剰なまでの供給が少しづつ需要を生み出し、今では酒と並ぶ人気を博す嗜好品となった。栽培する農家も増えている。
もっとも、うちで扱っているのは僕が気に入った銘柄だけだから、店を訪れる人の数は殆ど変わらない。変人と妖怪だけだ。
茸雑炊を食べたあと、魔理沙は神社へと遊びに行った。
「そうそう」
店を出る寸前、思い出したように魔理沙が言った。
「香霖、今年の収穫祭だがな、神社でやるんだぜ。秋神の二人が言い出して、霊夢のやつも乗り気なんだ。随分と派手な祭りになりそうだ。……ま、引きこもりなお前には関係ないがな」
それだけ言うと、魔理沙は出て行った。
大方、最後のことを伝えにきたのであって、煙草云々はついでなのだろう。相変わらず素直じゃない。
「あらあら、優雅なこと」
僕が食後の一服を楽しんでいると、どこからともなく笑い声が聴こえる。気が付くと、八雲紫が目の前に立っていた。
毎度言っているが、きちんと扉から入ってくれないかね。
「あら、きちんとやりましたわ。ノックして、ベルを鳴らして、ドアを開け、声をかけて、敷居を踏まずに、握手して、正座して、三つ指ついて『御機嫌よう』」
ニタニタと笑いながら歌うように紫が言う。
相変わらず、言っていることの半分も理解できない。
「ところで、一本頂いても?」
「……どう」
ぞ。僕が言い終わる前に紫は細巻を口に加えていた。熟れた素振りで片手のまま紙燐寸を擦り、火を点ける。
息を吸い、吐き出した。
「……あら、ハバナ葉ね。燐寸なんか使って、勿体無いことしちゃったわ」
満更でもない様子で呟いている。
「あなた、何で幻想郷に大量の煙草が落ちてきたのか知ってる?外の世界ではね、もうこんなものは必要ないの。
今の外の世界は健康ブームなのよ。それに快楽なら、音楽やら映像やらでいつでもどこでも味わえるしね」
「……それで、今日は何の用だい?」
「ああ、そうね。特に用は無かったのだけれど、この細巻はなかなかいいわね。頂いておくわ」
そう言うと、紫は僕の返事も聞かずに細巻の入った袋を懐にしまいこんだ。
「では御機嫌よう。言われたとおりに出ていくわ。扉から、ね」
ニタニタ笑いをそのままに紫は入り口の方へ向かうと、扉に手を置いた。
途端に扉に黒い穴が現れると、紫を飲み込んで瞬時に消える。
当たり前だが、扉は少しも動かなかった。
僕は窓際の椅子にどっかりと座り直すと、風に身をゆだね、を再開することにした。
しかし、
「…‥…ックシュン!!」
足冷えのする寒さに、くしゃみとともに起き上がる。
どっぷりと赤く染まった夕焼けの中、時々突風が吹いた。天狗たちの夕刊だろうか。
僕は煙草に火を点けた。
じめじめべたべたの夏とも、これでようやくおさらばだ。
ここ二週間ほど涼しくなっては暑さがぶり返し、をつづけていたが、優柔不断な天気の神様もついに季節変えを決めたらしい。
これで終わり、とばかりに数日にわたってしとしと降っていた雨があがると、一面見事に秋だった。焼き芋屋の声がかまびすしい。
そういえば、収穫祭はいつだったかな。
僕は窓際に椅子を寄せて、そよそよとした涼風に身をゆだねることにした。どうせこれもわずかな間。すぐに冬越えのためのあれやこれやで忙しくなるのだ。
ならば、今をこうして楽しんでおくに限る。
酒の一杯でも楽しもうかと思った矢先、扉が乱暴に開かれた。
「……相変わらずだな、ここは。薄暗くってじめじめしてる。茸の栽培にはうってつけだがな」
「魔理沙か」
「邪魔するぜ、香霖」
中に何か入れているのか、魔理沙はいつものとんがり帽子を抱えるようにして持っていた。白黒のドレスは、初夏の時期に僕が縫ってやった夏用のものだ。
少し丈を長くしすぎたかな。
魔理沙の様子を見ていてそう思う。人間の成長速度は、半妖の僕には掴みづらい。
「用事がないなら帰ってくれ。僕は風を楽しむので忙しいんだ」
「私には居眠りしているようにしか見えないけどな。……そんなことより、今日はこの店に物を買いに来たんだ。つまり、客だ。客には愛想笑いとお辞儀で対応するもんだろ?」
僕は片目だけ開けた。
「用件は?」
「煙草が切れたんだ。いつものやつを頼むぜ。代金はこれでいいだろう?」
魔理沙は帽子をひっくり返して中身を示す。色とりどりの茸が机の上にぼとぼと落ちてきた。
「茸雑炊。どうせ香霖、昼はまだだろ?」
にやりとして魔理沙が言う。僕はため息をついてから傍らに置いた箱に手を伸ばし、煙草の箱を魔理沙に向けて放り投げる。
「さんきゅ」
今度は素直に笑うと、手早く封を切って一本を口に咥えた。ドレスの中から八卦炉を取り出して、煙草に火をつける。
ふーっ、と満足気に息を吐いた。
「僕にも一本くれ」
魔理沙に言うと、黙って箱を差し出してきた。一本を取り出し口に咥える。
火を貸してくれ、と言う前に八卦炉が出てきた。なかなか気が利くじゃないか、珍しい。
「もてかわ美女のたしなみ、ってやつだぜ」
戯言を無視して煙草に火をつける。
ゆっくりと吸い込んだ。すっとした爽やかな感覚が喉から鼻にかけて抜けていく。
メンソール系の煙草が、最近の魔理沙のお気に入りだ。
「…………」
暫くの間、お互い無言で煙草を楽しむことにした。
幻想郷での煙草の流行は、外の世界が原因となっている。
ある日を境に、煙草が流れ着く量が激増したのだ。それまでは一箱、二箱といった感じで来ていたものが、突然数十カートンという単位で流れ着くようになった。
過剰なまでの供給が少しづつ需要を生み出し、今では酒と並ぶ人気を博す嗜好品となった。栽培する農家も増えている。
もっとも、うちで扱っているのは僕が気に入った銘柄だけだから、店を訪れる人の数は殆ど変わらない。変人と妖怪だけだ。
茸雑炊を食べたあと、魔理沙は神社へと遊びに行った。
「そうそう」
店を出る寸前、思い出したように魔理沙が言った。
「香霖、今年の収穫祭だがな、神社でやるんだぜ。秋神の二人が言い出して、霊夢のやつも乗り気なんだ。随分と派手な祭りになりそうだ。……ま、引きこもりなお前には関係ないがな」
それだけ言うと、魔理沙は出て行った。
大方、最後のことを伝えにきたのであって、煙草云々はついでなのだろう。相変わらず素直じゃない。
「あらあら、優雅なこと」
僕が食後の一服を楽しんでいると、どこからともなく笑い声が聴こえる。気が付くと、八雲紫が目の前に立っていた。
毎度言っているが、きちんと扉から入ってくれないかね。
「あら、きちんとやりましたわ。ノックして、ベルを鳴らして、ドアを開け、声をかけて、敷居を踏まずに、握手して、正座して、三つ指ついて『御機嫌よう』」
ニタニタと笑いながら歌うように紫が言う。
相変わらず、言っていることの半分も理解できない。
「ところで、一本頂いても?」
「……どう」
ぞ。僕が言い終わる前に紫は細巻を口に加えていた。熟れた素振りで片手のまま紙燐寸を擦り、火を点ける。
息を吸い、吐き出した。
「……あら、ハバナ葉ね。燐寸なんか使って、勿体無いことしちゃったわ」
満更でもない様子で呟いている。
「あなた、何で幻想郷に大量の煙草が落ちてきたのか知ってる?外の世界ではね、もうこんなものは必要ないの。
今の外の世界は健康ブームなのよ。それに快楽なら、音楽やら映像やらでいつでもどこでも味わえるしね」
「……それで、今日は何の用だい?」
「ああ、そうね。特に用は無かったのだけれど、この細巻はなかなかいいわね。頂いておくわ」
そう言うと、紫は僕の返事も聞かずに細巻の入った袋を懐にしまいこんだ。
「では御機嫌よう。言われたとおりに出ていくわ。扉から、ね」
ニタニタ笑いをそのままに紫は入り口の方へ向かうと、扉に手を置いた。
途端に扉に黒い穴が現れると、紫を飲み込んで瞬時に消える。
当たり前だが、扉は少しも動かなかった。
僕は窓際の椅子にどっかりと座り直すと、風に身をゆだね、を再開することにした。
しかし、
「…‥…ックシュン!!」
足冷えのする寒さに、くしゃみとともに起き上がる。
どっぷりと赤く染まった夕焼けの中、時々突風が吹いた。天狗たちの夕刊だろうか。
僕は煙草に火を点けた。
あと、あれって擦るというかパッケージで挟んで勢いよく引っ張る感じ
登場人物だけでなく、周辺の人物もしっかりと生きているような……そんな錯覚を覚えました。
短いながら綺麗にまとまった良作だと思います。