Coolier - 新生・東方創想話

2014/09/30 00:35:53
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「雲山。昨日の嵐で屋根の瓦が飛んじゃったらしいから、瓦張り手伝ってくれる?」

(……)

 雲山は無言のままコクリと頷いた。庭に出ると姐さんが用意した瓦が10枚ほど積まれていた。

「やはりこういう仕事は雲山が得意かと思いまして」

 姐さんが微笑みかけると雲山は表情一つ変えずに頷いた。それから積まれた瓦をまとめて持って二人で屋根に上った。

「私が瓦を固定するから、雲山は釘を打ってくれる?」

(……)

 金槌を差し出すと、雲の塊の中からニョキっと手が生えてきてそれを掴んだ。
 飛んでいった瓦は5枚ほどだったが、破損しているものもあったので、まとめて剥がして新しく張ることにした。
 剥がした瓦を一旦庭に置き、再び屋根に上がる。雲山は金槌を持ったまま無表情でいる。

 瓦を張る位置を確認し、私が両手で押さえる。その上から雲山が釘を打っていく。
 雲山が打つ釘は曲がることなく真っ直ぐ入っていく。曲がったことが嫌いな雲山の性格が出ているのだろうか。

「いい天気ね」

(……)

 空は綺麗な秋晴れだった。夏の終わりと秋の始まりが重なる短い間だけ感じられる、独特の空気の匂いがした。

「ねえ、ここなら誰にも聞こえないし、何か喋ってよ」

(……)

 雲山は無言で釘を指さした。喋りながらだと釘が曲がってしまうと言いたいらしい。
 溜息を一つつき、私たちは作業を続けた。雲山は一つのミスもなく綺麗に釘を打ち付けていく。5枚ほど張ったところで私が休憩を提案した。
 雲山は早く終えてしまいという表情をしていたが、私は気にしなかった。一人で勝手に続けるかなと思ったけど、雲山も手を止めてくれた。

「普段と違う視点に立ってみると新鮮で気持ちいいものね」

(……)

 夏の終わりを告げる涼しい風が穏やかに吹き、私の髪をさらりと揺らした。雲山は目を閉じて腕を組んでいる。

「雲山ってさ、雲の上まで行ったことある?」

(……)目を閉じたまま雲山は頷いた。

「雲の上ってどんな景色が見えるの?」

 はい、やいいえ、で答えられない質問をぶつけてみる。こうすれば雲山は何か喋ってくれるかもしれない。

(……雲の上はいつも晴れている。太陽が眩しい)

 それは本当に小さな、低くくぐもった声だった。でも確かにそれは雲山の声だった。久しぶりに聞いた気がする。
 雲山は無口な入道だ。二人きりの時は多少口を開くこともあるけど、人前ではまず喋らない。姐さんの前ですら、あの対応なのだから。
 入道というのはみんな無口なのか、それとも雲山の性格なのか分からない。私は後者ではないかと思っているけど。
 
 それに、どうやら雲山の声は私にしか聞こえないようになっているらしい。どういう仕組みなのかは私にも分からない。皆にも聞こえる声と私にし

か聞こえない声を使い分けているのだろうか。

「ねえ、いつか雲の上まで連れていってよ」

(自分で行けるじゃろう)

「雲山に連れていってもらいたいの。ねえ、約束して」

(……約束は嫌いじゃ)

「どうして?」

(……)

 また雲山は口を閉じてしまった。彼の中でどういう思いがあるのかは分からない。ただ、彼はいつだって約束をしなかった。
 いつもこういう話になると何も話さなくなる。そしていつも私が諦めて会話が終わる。でも今日は何故か突っ込んでみたくなった。

「約束が嫌いなのは、守れなかった時のことを考えるから?」

(……)

 やはり雲山は答えなかった。しかし私の言葉に反応したのか、眉毛がピクピクと動いていた。

「別に今日や明日ってわけじゃないのよ。いつかでいいから、連れていってよ」

(約束は、往々にして破られるものじゃ。だから約束は嫌いじゃ)

「遂行する自信がないの?」

(約束とはそういうものじゃ。お主もいずれ分かる)

「あら、年上ぶっちゃって」

(……お主よりは長生きしとる。)

 雲山が瓦を指さした。続きをしようと訴えているのだろう。
 私は諦めて作業を再開した。雲山の打つ釘に相変わらず狂いはなかった。

 それから10分ほどで瓦は全て張り終えた。新しく張り替えた瓦は他の瓦よりも太陽の光を浴びて輝いていた。

「お疲れ様。降りましょう」

(……)

 突然、身体全体が柔らかいものに包まれた。それから私の身体は宙に浮き、空に向かって真っすぐ上昇を始めた。
 それは巨大化した雲山の手の感触だった。私は雲山に抱きかかえられたまま、幻想郷の上空へと向かっている。

「もしかして、今から連れていってくれるの?」

(……)雲山は何も答えない。ただひたすら雲の上を目指して上昇していくだけだった。

 命蓮寺の屋根が小さくなっていく。人里も、湖も、魔法の森も。そして妖怪の山の山頂と同じくらいの高さまでやって来た。
 一番上の雲の層まではもう少しだった。肌寒さを感じながら真っ白な雲の世界を抜けていく。
 
 ふいに、眩しい光が目の前に現れた。ついに雲の層を抜けたのだ。
 そこには雲山の言った通り眩しい太陽の光と、吸い込まれそうなほど青々とした空。そして足元には白い雲が点々と浮かんでいた。

 この世のものとは思えない美しい光景に、何も言葉が出てこなかった。雲山も相変わらず無口なままで、二人の間に沈黙が流れた。
 きれい、と言いかけて慌てて口を閉じた。この素晴らしい景色に言葉は不要だと思った。
 
 数分の間、私たちは雲の上の景色を楽しんだ。雲山が、もういいか、という視線を送ってきたので、私は無言で頷いた。

 もと来たルートをたどり、雲の中を下降していく。最上層の雲から抜け、幻想郷が姿を現す。
 未だに興奮が抑えきれない。私はうっとりとした気分で雲山に抱かれていた。

 すると唐突に雲山が口を開いた。

(入道は死なないが、お主はいつ死ぬか分からん)

「え?」

(だから約束はしない。果たせるか分からん約束はな)

 初めて雲山から話をしてくれた。言葉の内容よりもそのことが嬉しかった。私は満面の笑みで雲山を見つめる。

「だから、すぐに連れていってくれたの?」

 しかし雲山は私の言葉を無視して続けた。

(一輪。わしは果たせるか分からん約束は嫌いじゃ。だから今後は無暗に約束をせがむな。よいな)

「ふふ。分かったわ」

 幻想郷の形がはっきりと見えてくる。しかし何故だろう。雲山は行きと比べて帰りはとてもゆっくり降りている。
 私と話す時間を作ってくれているのだろうか。
 命蓮寺の屋根が見えてきた。寺に戻ればもう雲山は何も話してくれないだろう。話すなら今がチャンスだ。

「じゃあ雲山。早速約束してほしいんだけど」

(……わしの話を聞いておったか?)

 今度は私が雲山の言葉を無視して続ける。

「私が死ぬまで、雲山は私のそばにいるって約束して。入道は死なないんでしょ?」

 私がウインクすると、雲山は呆れたような表情で溜息をついた。それでもすぐにいつもの頑固そうな表情に戻って。

(そんなこと、約束するまでもない)とぶっきらぼうに言った。

 私はまた笑った。雲山はいつもの表情で、ただただ私を見つめていた。
4作目です。
雲山は無口だけど、一輪と二人きりの時は普通に喋りそうと思って書きました。
ツイッター→https://twitter.com/touhounijiss
しずおか
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コメント



0.570簡易評価
1.100赤鬼削除
無口で実直な雲山が格好良く、甘え上手な一輪が可愛い作品でした。

この作品の雲山は原作に描かれているように無口で不器用ですが、少ない言葉と行動が丁寧に描かれているが故に、その性根の優しさや真面目さ、一輪への気遣いと慈しみがよく伝わってきます。
作中のハイライトとも言える「雲の上に連れてって」というお願いに無言のままに応える様はもちろん、休憩を提案する一輪に付き合ってくれたり、彼女の疑問には言葉少なながらもきちんと誠実に答えてくれたり、といった態度からもそれが分かります。

一方、一輪の方もそうした無言の気遣いをきちんと理解して、感謝しているから、作中での甘え振りに悪い印象がありません。
特に雲の上に連れていってもらったときの「無言」を大事にする様子や、雲山がゆっくりと地上に降りることで自分と会話する時間を作ってくれたのだ、と察する辺り、彼女も雲山のことを大事に想っているのが伝わってきました。。

こうした二人の通じ合っている様子を見ていると、長年連れ添った熟年夫婦のようにも、歳の離れた親子のようにも思えます。
個人的には、恐らく他の仲間には知られていないであろうこうしたやり取りを偶然目撃されてしまったときの話を読んでみたいな、などと思いました。
二人は照れるのでしょうか、それとも平然としているのでしょうか。
そうした想像の楽しみも与えてくれる、とても良いお話でした。

読ませて頂きまして、ありがとうございました。
2.80名前が無い程度の能力削除
突然ですが、心綺楼一輪より聖蓮船一輪の方が好きです
やはり一輪さんに子供っぽいキャラは似合わない気がします

そんな自分にはぴったりの作品でした
3.90ばかのひ削除
言ったとおり最後、雲山は約束しませんでしたね
そこにぐっときました とても面白かったです
5.80奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
14.100大根屋削除
雲山と一輪の関係が良い……
余談ですけど、後から読み直すと評価が上がる作品って、あると思うのです。
15.無評価子子子削除
不器用な雲山の感じと、茶目っ気のある一輪さん
まさに時代親父とハイカラ少女といった性格の二人の話。とても好みでした!
16.無評価子子子削除
不器用な雲山の感じと、茶目っ気のある一輪さん
まさに時代親父とハイカラ少女といった性格の二人の話。とても好みでした!
17.無評価子子子削除
不器用な雲山の感じと、茶目っ気のある一輪さん
まさに時代親父とハイカラ少女といった性格の二人の話。とても好みでした!
18.100子子子削除
不器用な雲山の感じと、茶目っ気のある一輪さん
まさに時代親父とハイカラ少女といった性格の二人の話。とても好みでした!