「青娥ー。私はいったい何なのだー?」
間延びした声で私に問いかけるのは、私の愛しい死体少女。その無邪気で虚ろな上目遣いに私の頬も緩む。私は彼女の青白い頬を撫でながらこう答えた。
「貴女は宮古芳香。信頼する私の右腕よ」
私の答えに彼女はカクカクと身体を左右に揺らし始めた。曲がらぬ関節をがむしゃらに揺らし、自身の身体のぎこちなさを最大限にアピールするこの踊り。私はこれを『カクカクダンス』と呼んでいる。彼女がこのダンスをする場合、私が言ったことを理解している確率は二十パーセント。あまり期待できない演出だ。
果たして、彼女はダンスを止めると、私をじっと見つめ再び問いかけた。
「青娥ー。私はいったい何なのだー?」
先程と一言一句同じ質問。口の端から泡となって垂れた涎が私の母性をくすぐる。私は彼女の濡羽色の髪を撫でながらこう答えた。
「貴女は宮古芳香。私の唯一無二の愛娘よ」
私の解答に彼女は辺りをピョンピョン跳び回り始めた。彼女が一回跳ぶ度に額に貼り付けられたお札と形のいい胸が揺れる。私は彼女のこの行動を『ピョンピョンダンス』と呼んでいる。彼女がこのダンスをする場合、私の言ったことを理解している確率は二十パーセント。確率は先程のカクカクダンスと同じだが、ここから頭を地に着けた一点倒立状態で辺りをピョンピョン跳ね回る『ピョンピョンダンスレボリューション』になれば、理解率は七十パーセントまで跳ね上がる。私は内心それを期待した。
が、いつまで経っても蛙のように足しか使わずピョンピョンピョンピョン。まあ、これはこれで可愛いから良しとする。しばらくして、三度芳香が口を開いた。
「青娥ー。私はいったい何なのだー?」
一言一句同じ質問がこれで三度。私の表情が凍り付く。これはヤバい。これはあの『芳香スパイラル』が来るかもしれない。戦慄が走る。
その現象は芳香の脳のキャパシティの異常な低さから生じるもので、四度彼女が一言一句同じ質問を繰り返した時のみに発動する。その効果はその質問以外の一切の会話をしなくなるというもの。その効力を解除する方法はただ一つ。彼女が納得する答えを導き出すのみ。脳味噌が無いに等しい彼女に見合った答えを探すのも一苦労だが、ただでさえ乏しい抑揚と表情、更には感情さえも無にしてしまういう追加効果がもう私にとっては拷問である。
芳香の僅かに口許を緩ますだけの喜びの顔も、微かに眉尻を下げるだけの悲哀の顔も、雀の涙ほどの感情の起伏に揺さぶられるあの可愛い抑揚すらもなくなってしまうだなんて……。
いやいや、待つのよ、青娥。芳香スパイラルを阻止する方法は二つある。まずは的確な答えを導き出すこと。彼女は単純かつ難解で、大胆かつ繊細な答えを求める傾向がある。この答えに辿り着くのは至難の業。例えるならば、麻雀で国士無双とタンヤオを同時にあがるくらい難易度が高い。そしてもう一つは運に任せること。実際、三回目の解答を間違えたとはいえ、四回目が決して前と同じ質問とは限らない。三問目と四問目が同じである確率はだいたい二十パーセント。低いとはいえ油断は禁物。その慢心から私は過去に二回、芳香スパイラルを体験している。
もう、三回目なんて勘弁して欲しい。二度あることは三度あるってジンクスを生み出した奴がこれ以上憎いと思うときがあるだろうか。
タイムリミットは刻一刻と迫っていた。何が欲しいの、芳香。彼女の気持ちになって考えてみるが、一回死んでいる脳味噌皆無の少女の気持ちなどそう簡単に解るはずもない。別に仙術が使える私なら死んでも生き返れるのだが、その頃には芳香が土に還っているかもしれない。そんなの本末転倒甚だしい。
その時、天啓が私に降りてきた。あるじゃない。簡単なようで、難解で、繊細で、大胆な答えが。
私は彼女の血の通ってない冷たい身体を抱き寄せ、彼女の唇を自分の唇で優しく塞いだ。そして、自分の体温を彼女に強く注ぎ込む。溢れんばかりの慈愛と共に。彼女の目が大きく見開く。可動範囲の限られた身体で私を抱きしめ返そうとするのが解る。通じてるのね。そう思った私は唇を離す。一瞬、芳香の頬にほんの少しだけ赤みが差していた、そんな幻影を見た気がした。
死体が愛情を解してはいけないと誰が決めた。恋慕を持ってはいけないと誰が決めた。彼女は物言う死体。長らく私と苦楽を共にしてきた愛する家族。たとえ一方通行の愛でもいい。ただ、今一度確かめたい。彼女との絆を。
「愛してるわ、芳香」
これが私の答え。簡単で難解な愛情という気持ちと繊細で大胆な接吻を用いた合わせ技。その思いが通じたのか、芳香の表情が変わる。凝り固まった筋肉を一生懸命動かして、口角を上げ、頬を緩ませ、目尻を下げる。それは私だけに見せる彼女の不器用な笑顔。今までで見た一番の笑顔だった。他人から見たらお世辞にも笑顔には見えないだろう。だけど私には見える。彼女の喜色満面の表情が。
「芳香……貴女は私のなくてはならない存在よ」
今一度、彼女を抱きしめる。感じる彼女の鼓動。重なる二つの鼓動。私達の愛に壁などない。神様から見れば、芳香は生と死の二律背反の人生を歩む禁忌の存在。様々な制約を課せられた身体にもがき苦しんできた彼女。そして、波乱に満ちた人生を生き抜き、彼女を守り彼女に守られ、そして彼女を精一杯愛してきた私。この芳香の笑顔は私達を認めてくれたその神様からのささやかな贈り物なのかもしれない。
ああ、芳香、いつまでも一緒よ。そんな気持ちに呼応するかのように私の耳許で芳香がそっとこう囁いた。
「青娥ー。私はいったい何なのだー?」
こうして、私は三度目の芳香スパイラルを迎えた。
間延びした声で私に問いかけるのは、私の愛しい死体少女。その無邪気で虚ろな上目遣いに私の頬も緩む。私は彼女の青白い頬を撫でながらこう答えた。
「貴女は宮古芳香。信頼する私の右腕よ」
私の答えに彼女はカクカクと身体を左右に揺らし始めた。曲がらぬ関節をがむしゃらに揺らし、自身の身体のぎこちなさを最大限にアピールするこの踊り。私はこれを『カクカクダンス』と呼んでいる。彼女がこのダンスをする場合、私が言ったことを理解している確率は二十パーセント。あまり期待できない演出だ。
果たして、彼女はダンスを止めると、私をじっと見つめ再び問いかけた。
「青娥ー。私はいったい何なのだー?」
先程と一言一句同じ質問。口の端から泡となって垂れた涎が私の母性をくすぐる。私は彼女の濡羽色の髪を撫でながらこう答えた。
「貴女は宮古芳香。私の唯一無二の愛娘よ」
私の解答に彼女は辺りをピョンピョン跳び回り始めた。彼女が一回跳ぶ度に額に貼り付けられたお札と形のいい胸が揺れる。私は彼女のこの行動を『ピョンピョンダンス』と呼んでいる。彼女がこのダンスをする場合、私の言ったことを理解している確率は二十パーセント。確率は先程のカクカクダンスと同じだが、ここから頭を地に着けた一点倒立状態で辺りをピョンピョン跳ね回る『ピョンピョンダンスレボリューション』になれば、理解率は七十パーセントまで跳ね上がる。私は内心それを期待した。
が、いつまで経っても蛙のように足しか使わずピョンピョンピョンピョン。まあ、これはこれで可愛いから良しとする。しばらくして、三度芳香が口を開いた。
「青娥ー。私はいったい何なのだー?」
一言一句同じ質問がこれで三度。私の表情が凍り付く。これはヤバい。これはあの『芳香スパイラル』が来るかもしれない。戦慄が走る。
その現象は芳香の脳のキャパシティの異常な低さから生じるもので、四度彼女が一言一句同じ質問を繰り返した時のみに発動する。その効果はその質問以外の一切の会話をしなくなるというもの。その効力を解除する方法はただ一つ。彼女が納得する答えを導き出すのみ。脳味噌が無いに等しい彼女に見合った答えを探すのも一苦労だが、ただでさえ乏しい抑揚と表情、更には感情さえも無にしてしまういう追加効果がもう私にとっては拷問である。
芳香の僅かに口許を緩ますだけの喜びの顔も、微かに眉尻を下げるだけの悲哀の顔も、雀の涙ほどの感情の起伏に揺さぶられるあの可愛い抑揚すらもなくなってしまうだなんて……。
いやいや、待つのよ、青娥。芳香スパイラルを阻止する方法は二つある。まずは的確な答えを導き出すこと。彼女は単純かつ難解で、大胆かつ繊細な答えを求める傾向がある。この答えに辿り着くのは至難の業。例えるならば、麻雀で国士無双とタンヤオを同時にあがるくらい難易度が高い。そしてもう一つは運に任せること。実際、三回目の解答を間違えたとはいえ、四回目が決して前と同じ質問とは限らない。三問目と四問目が同じである確率はだいたい二十パーセント。低いとはいえ油断は禁物。その慢心から私は過去に二回、芳香スパイラルを体験している。
もう、三回目なんて勘弁して欲しい。二度あることは三度あるってジンクスを生み出した奴がこれ以上憎いと思うときがあるだろうか。
タイムリミットは刻一刻と迫っていた。何が欲しいの、芳香。彼女の気持ちになって考えてみるが、一回死んでいる脳味噌皆無の少女の気持ちなどそう簡単に解るはずもない。別に仙術が使える私なら死んでも生き返れるのだが、その頃には芳香が土に還っているかもしれない。そんなの本末転倒甚だしい。
その時、天啓が私に降りてきた。あるじゃない。簡単なようで、難解で、繊細で、大胆な答えが。
私は彼女の血の通ってない冷たい身体を抱き寄せ、彼女の唇を自分の唇で優しく塞いだ。そして、自分の体温を彼女に強く注ぎ込む。溢れんばかりの慈愛と共に。彼女の目が大きく見開く。可動範囲の限られた身体で私を抱きしめ返そうとするのが解る。通じてるのね。そう思った私は唇を離す。一瞬、芳香の頬にほんの少しだけ赤みが差していた、そんな幻影を見た気がした。
死体が愛情を解してはいけないと誰が決めた。恋慕を持ってはいけないと誰が決めた。彼女は物言う死体。長らく私と苦楽を共にしてきた愛する家族。たとえ一方通行の愛でもいい。ただ、今一度確かめたい。彼女との絆を。
「愛してるわ、芳香」
これが私の答え。簡単で難解な愛情という気持ちと繊細で大胆な接吻を用いた合わせ技。その思いが通じたのか、芳香の表情が変わる。凝り固まった筋肉を一生懸命動かして、口角を上げ、頬を緩ませ、目尻を下げる。それは私だけに見せる彼女の不器用な笑顔。今までで見た一番の笑顔だった。他人から見たらお世辞にも笑顔には見えないだろう。だけど私には見える。彼女の喜色満面の表情が。
「芳香……貴女は私のなくてはならない存在よ」
今一度、彼女を抱きしめる。感じる彼女の鼓動。重なる二つの鼓動。私達の愛に壁などない。神様から見れば、芳香は生と死の二律背反の人生を歩む禁忌の存在。様々な制約を課せられた身体にもがき苦しんできた彼女。そして、波乱に満ちた人生を生き抜き、彼女を守り彼女に守られ、そして彼女を精一杯愛してきた私。この芳香の笑顔は私達を認めてくれたその神様からのささやかな贈り物なのかもしれない。
ああ、芳香、いつまでも一緒よ。そんな気持ちに呼応するかのように私の耳許で芳香がそっとこう囁いた。
「青娥ー。私はいったい何なのだー?」
こうして、私は三度目の芳香スパイラルを迎えた。
文中の表現がメリハリきいてて良かったです。そして愛情たっぷりのにゃんにゃん素敵。次回も楽しみにしています
本作の結果を簡単にまとめてしまえば、結局青娥は芳香の望む答えを与えられなかった、ということになります。
しかし、何故そうなってしまったのか、についてはいろいろと解釈出来そうです。
芳香の望んでいた答えは別にそんな複雑なものでも情に溢れたものでもなく、単にお前はキョンシーだ、とかそういうもっと単純な定義に過ぎなかったのだ、と見ることも出来ます。
青娥の愛情は完全な一方通行で、芳香は全くそれを求めていない。唇を重ねたときの反応も全て青娥の勘違い、妄想だった、という非常に酷な見方も出来ます。
あるいは唇を重ねたときの嬉しそうな反応からして、実は更に強い愛情表現を求めている、という情の深い見方も出来るでしょう。
愛情深いが故に空回りする青娥を眺めるだけでも楽しい作品ですが、こんな風にあれこれと想像して、自分好みの答えを探してみるのも楽しそうです。
個人的にはやはり、芳香はもっと強い愛情表現を求めたのだ、という解釈が好みでしょうか。
何にしても青娥がこの後どんな答えを提示していったのか、芳香がどんな答えで満足したのか、気になるところです。
それでは、読ませて頂きましてありがとうございました。
綺麗にストンと決まってて気持ちよかったです。お見事!
芳香視点だったら10行もないんだろうな…
やあ4度目の答えはきになるものの