Coolier - 新生・東方創想話

楽園の素敵な巫女のわりと怠惰で愉快な食生活5.花盗人のパラダイムチェンジ

2014/09/22 14:39:54
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「この夏も 花の下にて 縄つきぬ」
 時刻は魑魅魍魎が跋扈始める逢魔時。米屋の一件に始末を付け、人里から戻った霊夢が境内で聞いたのは、どこか愉快気な声音で。
「太陽のはた……しまった、字余りだわ」
 訝しむままに歩んだ先で見たのは、縁側に腰掛けた幽香と酒樽に縛りつけられたチルノの姿だった。リグルのミンミンミンミンという鳴き声が嫌に木霊す。状況が今一つわからず、とりあえずと米俵と肩がけの買い物バックを地に下ろした霊夢を、彼女はじろりと睨めつけた。その頬は紅染まり、つーんと酒の好い香りが鼻を擽る。どうやら暫く待っていた様だった。
「えーと、……花盗人?」
「そう、花盗人が罪にならないのは風流を解していたから。食い意地の張った美しくない氷精はお酒にしたわ。氷冷酒ならぬ氷精酒ってね」
 はーなーせー、と喚くチルノを務めて無視しながら幽香は続ける。これでも皮肉を利かせたつもりだったのだが、彼女の中では既に盗人役は霊夢と決まってしまっているらしい。目敏くも夏だというのに所々が濡れ、糸解れた服に、彼女の物言わぬ苦労が隠れていた。
「ついては余計な真似をしてくれた貴方をお酒のつまみにしようと思うんだけど、作るのとされるの、どっちが好いかしら?」
「生憎覚えが………………あるわ、ね。そういえば」
 ぽつぽつと幽香が紡ぐ言葉に覚えがないとは言い切れない。霊夢は厄介事の気配に頬が引き攣るのを感じた。久しぶりに巫女らしく一仕事を終えて戻ってみればこれか。おまけまで貰っちゃったラッキーと思っていたらこの仕打ちか、と。所業は無常である。
(やっぱ必要とはいえ適当こいたのは悪行なのかしらね?)
 いつもなら弾幕ごっこで一勝負といきたいところだが、今はいささか分が悪かった。というのも近頃実感したことなのだが、霊夢は精力的に動いた後は腹が空く性質なのだ。つまり既に腹ペコなのである。これがあまりよろしくない。苛々して精神の余裕を欠いては避けられるものも避けられないからだ。何より飯前ほど、別の物事をやる気というのは起こらないものだろう。
「仕方ないか、……何が食べたいの?」
「あら意外。わりかし素直なのね、貴方って。……そうね、簡単な物でいいわ。ああ、ただお花は駄目よ? 蒲公英も向日葵も食べ物じゃないんだからね」
「今後は気をつけるわ。……その、ごめんなさい」
「うっ」
 ぺこりと下げられた霊夢の頭に、どうも幽香は調子を乱された。異変の時の反骨精神の塊のような様子から、挑発すればどうせ弾幕ごっこになるだろうと高を括っていたのだ。そうしたら遠慮なくボコボコにしてやるつもりだったが、こうもあっさりと負けを認められると逆にやりづらい。
「わ、わかればいいのよ!」
 結局、勝ったのか負けたのか有耶無耶のまま幽香はそう言うしかなかった。
「うん。……チルノは何が食べたいの?」
 物の序で霊夢がチルノにも尋ねると美味しいのと返事が帰ってきたのはご愛嬌である。あとで頭を目一杯グリグリと撫でまわしてやったら許してやらんこともない。溜息を一つ、少女は米俵を担ぎ直すと倉庫へと向かった。どうやらおまけの賞味期限は今日までだったようだ。
 悪銭でなくとも身につかないあたり、神仏というのは巫女に厳しめである。

   ◆

 この間は甘じょっぱい味噌付けたんぽだったから、今回は塩辛い葱味噌おにぎりにすることに霊夢は決めた。髪を結えて割烹着姿となれば、あとは手早く火を起こして米を研ぐ。最近頓に洗練されつつある動作に淀みはない。
 料理の作り方はたんぽと殆ど変らなかった。米が炊ける間の下ごしらえは、まず長葱を刻んで水に浸けておき、あとは別の器に味噌と砂糖とみりんと醤油と酒と、そして擦り下ろした生姜をそれぞれ適量で入れてかき混ざしておく。たんぽとの違いは初めの三つで止めるか続けるか、それだけである。
 下ごしらえが済んで暇なので、霊夢は冷奴でも持っていくかと、手早く買ってきたばかりの木綿豆腐を小皿へ三つ切りにした。これも料理といえば料理だろう。それも酒の席では単に手間がかったものよりも、こっちの方がよっぽど喜ばれたりする。薬味に先の葱を一撮み、あとは醤油と箸とを盆に載せ、少女は縁側へ向かった。
「へえ、早かったわね」
「これだけじゃないわよ。それよりチルノにも一仕事してもらいたいから縄を解いてくれる? もうお酒は十分に冷えたでしょ」
「あら、交渉上手」
 そうは口にしながらも、幽香はあっさりと片手で縛り紐を引き千切った。元々、あまり怒りが継続しない性質なのかもしれない。解かれたチルノは途端に霊夢の腰回りに抱きついたと思えば、後ろに回ってあかんべえである。やっていることがそこらの童と変わらない。
「こら、つまんないことしてないで、ちょっと豆腐でも冷やしてよ」
 霊夢にそう促されたチルノは不満げではあったが、クイッと人差し指を振ると、瞬く間に豆腐には文字通り霜が降っていた。それに醤油をかければ冷奴は完成である。
「うー、ばーか! あんたらの豆腐はちょっと温めにしてやったんだから!」
 そう言うとチルノは手早く己の分を手に取った。悪態のわりにいただきますと手を合わせてからキチンと箸を持つあたり、この氷精なかなか礼儀正しい。というか、霜降りじゃあむしろ温い方が食べやすいんじゃないかと霊夢は思ったが、幽香ともども口には出さず手を合わせた。
「いただきます」
「いただくわ」
 軽く箸を当ててみると案外あっさりと通ることに驚く。どうやら霜は表面に薄く張りついただけのようだ。相変わらず、食い物が絡むと能力の精度が違う妖精である。居酒屋でもそう出せないだろう本当によく冷えた冷奴だった。
「美味しいわね」
 幽香も文句の吐けようがないという様子だ。
「ぶー、そうよ! あたいと霊夢が作れば美味しいんだから、もっと幽香は協力するべきなのよ!」
「それとこれとは話が別だわ、お馬鹿さん。協力してほしいなら、せめて向日葵と蒲公英の区別くらいつけてきなさいな」
「どっちも黄色い花じゃない!」
「だから違うと言ってるのよ……」
 どうにも噛み合わない会話を続ける二人を後目に、冷奴を食べ終えた霊夢はそろそろ台所へと戻ろうかと考えたが、どうにもこのまま二人を残していくのは不安だった。要らぬ世話だが、放って置いたら知らぬところで大変なことになってました、なんて事態はそう何度もはごめんである。
「まあまあ。そこら辺にしときなさいよ、あんた達」
 幽香がお前が言うのかと視線をくれるが、ここは努めて場を収めることに霊夢は徹した。
「言い争ってる暇があるなら、ちょっと手伝って欲しいんだけど?」

   ◆

 珈琲ゼリー、水羊羹、牛乳プリン。
 何かといえばいつか作ってみたいと霊夢が考えていた甘味だったのだが、この二人がいれば今日にも食後に出せそうだったので、ここは奮発して挑戦してみることにした。
「手伝うのはいいけど……、家で作れるものなの、それって?」
 話を聞いて一応は了解した幽香だったが、こういうデザートの類は作るというよりは、やはり食べに行くものなのではという意識の方が大きい。しかしそれは都会派の考えである。田舎派である霊夢は、今日も食べたければ買うのではなく作るのだ。
「問題ないわ、なんせ今日はこれがあるからね!」
 霊夢が買い物バックから取り出したのは、米屋の店主からおまけにと貰った寒天だった。何でも最近業界で〝技術革新〟というやつが起こったらしく、品質の良い物がより安価で大量に売られるようになったらしい。どこの誰だか知らないが有り難い話だ。おかげで今までは高くて手が出せなかった料理にも、少女は挑戦することができるようになったのだから。
「へー、知らなかったわ。みんな同じ材料だなんてね」
「いや違うわよ? あくまでそれっぽいのが作れるってだけ」
「………………」
「………………」
「じゃあ私はおつまみの方をちょっとやってるから、準備ができたら声をかけてちょうだい」
「………………」
「………………」
「……あたい時々、霊夢って実は凄い馬鹿なんじゃないかって思う」
「まあ、……巫女にしておくには勿体ないハングリー精神よね」
 炊き上がったばかりの米を相手に、果敢におにぎり作りに挑戦するその姿を見ながら、とりあえず二人も割烹着を着付けることにした。その後フライパンで料理まで始めた霊夢の声に従って甘味作りは始まる。
 材料は主に寒天、珈琲、こしあん、牛乳、黒蜜。後は水と砂糖である。使う鍋は三つ。一つは珈琲と砂糖、一つはこしあんと水、一つは牛乳と水を入れてそれぞれ混ぜる。どれも簡単な魔法が使える幽香には、その場で浮かび上がらせたまま〝火にかけて〟調理することができるから楽ちんだ。
(成程、二人がいればできるっていうのはスペースの問題ってことね)
 家に三つも四つも火の元があるなんて紅魔館くらいのものだろう。その間チルノは寒天を千切りながら、時折残ったこしあんを指ですくって舐めたり、黒蜜をすくって舐めたりしている。氷精の力の見せどころはまだ先なのだ。
 絶妙な調節で以て三つの鍋を同時に沸騰させたら、あとは弱火でゆっくりと、チルノから受け取った寒天やら砂糖やらを融かしていく。ここまでくれば霊夢からの指示はもう必要ない。妖怪らしく未だぐつぐつと煮立つ鍋から、おたまで寒天液をすくって味を確かめ注ぎ足し、そして何度目かの後に幽香は調理を終えた。
「……さて。今度は貴方の出番だけど、ちゃんと冷やせるのかしら?」
「うぐぐぐぐ、馬鹿にするなー!」
 それぞれ三つ計九つの器に注ぎ入れられた寒天液は、冷やし固まって初めて甘味になる。勿論、幽香一人でもやろうと思えばできる。しかし今はチルノに任せるべき時だった。花の区別もつかないお馬鹿さんではあるが、人の期待を裏切らない点においては認めてやってもいい。
「おりゃー!」
 マイナスK。それはまさしく〝止まっているより動いていない〟状態だった。チルノが解除しなければ半永久的に融けることのない、盆を土台に作られた小さな氷のかまくらは、ただ冷やすことはできる幽香の魔法にも真似できない極致といえる。
「……まさか入れた途端にガチガチに凍りつくなんてことはないでしょうね?」
「そんなヘマなんかするか! 冷やすだけで絶対に凍らないんだから!」
 即席ではあるが、幻想郷においては最も強固な冷蔵庫の一つに違いない。おそるおそる器を入れてみてもチルノの言う通り凍ったりはしないようだ。とりあえずはこれで一通りの区切りがついた。霊夢の方を見れば、フライパンからお皿へと炒めた葱味噌をよそっているところだ。今更に漂ってきた塩辛い匂いが幽香の食欲をそそる。
 仕方ないから、此度はこれで許してやってもいいと幽香は思った。

   ◆

 塩辛い葱味噌おにぎりは氷精酒のつまみに丁度良く。珈琲ゼリーと水羊羹、それと黒蜜をかけた牛乳プリンも問題なく美味だった。食べ始めれば夜はおだやかに更けていき、酒も進んでチルノが一足早く寝入り、霊夢と幽香の二人もほろほろと酔ってきた頃である。
「それにしたってどうして蒲公英珈琲だったの? 珈琲ゼリーが作れたからには豆はあったんでしょう?」
 会話の内に幽香はそう聞いた。ああ、と霊夢はアリスとの一件を話す。それが起因で蒲公英珈琲が妖精の間でちょっとしたブームとなり、やがて今回のチルノの騒動へと繋がったのだ、と。
「珈琲豆は今日たまたま買ってきたのよ」
「ふーん、………………ん?」
 ふと妙な引っかかりを幽香は覚えた。
「それってアリスは珈琲よりも、貴方と遊びに行きたかったんじゃないの?」
 少なくともそう考えた方が幽香にはしっくりとくる。霊夢はそれを聞いてきょとんとした顔を浮かべたが、ややあってスッと横に目を逸らした。まさか件の根本は己の勘違いだったのかと、図らずとも態度はそれを肯定していた。そんな少女の様子に彼女はふうと苦笑を浮かべる。
「出不精も過ぎれば考え物でしょうに……」
「わ、わかってるわ! けれど仕方ないじゃない、時間は無限でもお金は有限なのよ!」
 最後の一言が既に霊夢の世間知らずっぷりを証明していた。時は金なりと言うように、時間もお金も普通の人間は有限である。それほど時を持て余しているのか、はたまた素でそう考えているのか、発想がもう妖怪か仙人だった。
「つまり博麗の巫女は金欠ってことなのかしら?」
「ううう、……どうせ私は神社ビジネスの何たるかもわかっていない巫女ですよー」
 自虐のように呟いて寝っ転がったところを見ると、どうやら思い当たる節があるらしい。まあ、向いてないだろうなと幽香は氷精酒に口をつけた。無邪気が不自然に頑張ったところで、邪念には敵わない。邪念は世俗、そして世俗とは経験である。世俗に塗れていないということは、すなわち経験が足りない素人ということだ。そんな状態で勝負になると思う方が可笑しい。
「いきなり難しい事をしようとするから失敗するのよ」
「じゃあ、どうすれば善いって言うのよー」
「そうね、……アルバイトでもしたら?」
 他意なく、まったく無責任に幽香はそう呟いた。それは霊夢にも当然と伝わったのだろう。身体を起こした少女の顔は不満そうだ。
「あのね。どうやら忘れているみたいだけど、私は巫女なのよ?」
「兼業は禁止なの? じゃあ仕方ないわね」
「それは……確かにそんなこと言われてないけど、ほら、それって言うまでもないことじゃない?」
 霊夢にしては常識的な物言いだった。己の生業については少女はごく真っ当である。ただ、そうだからこそ分が悪いのだろう。なにせ幽香が知っている限りでも山の神社の方は神様からして、常識に囚われない集団なのだから。――常識に囚われない?
「……ああ、だからなのね」
「どうかしたの?」
「なんて貴方が金欠で、しかも神社が妖怪神社なんて言われるか、わかった気がするわ」
 つまり考え方が古いのだ。いや、それが一概に悪いとは断言できないが、少なくともその常識は今の巫女である霊夢にとって、ある種の足枷となっている。それはまるで咲く季節を間違えた花の様でもある。歪。だというのに、これまでは枯れなかったという違和感。だとすれば変わったのは環境で、花は変われなかったと考えるのが道理だろう。それが意味するのは花にとっての風見幽香のような存在が、少女には欠けているということだ。
「現状維持って言葉はね、幻想なのよ」
 穏やかなる停滞は所詮まやかしに過ぎないのだろう。例えるなら長距離走だ。走るか、勝負を諦めて歩くか、そもそも勝負を捨てて座り込むか。それは当人の自由である。問題は視点だ。歩く者にとって座り込む者は軽蔑の対象である。しかし走る者からすれば、後ろにいる者など何をしていようが結果的に相手ではない。
 かつて博麗神社には、それこそずば抜けた先見性と明確な御利益、そして高い信仰を保持できる極めて有能な神仏がいたのだろう。幻想郷を創造した龍神にも匹敵する神霊か、それとも土着神が。けれど今いない。故に明晰な頭脳と明確な目的を持った新たな指導者に追いつかれつつあるのだ。それは果たして妖怪の賢者か、山の神か、妖怪寺の魔住職か、聖徳道士か。先の宗教戦争もその表れといえる。
「……まあ、結局は貴方の人生なのだから好きにすればいいんじゃない?」
「何よそれ、どうでもいいってこと?」
 酔いが回っているせいか。赤ら顔でどこか子供っぽく頬を膨らませる霊夢に、幽香は一言、そうよ、と続ける。
「貴方が誰の師事に徹しようが、思うがままに力を揮おうが、そんなこと私には関係あるまで関係ないもの。誰のために生きて死ぬのか、何が正しくて間違っているのかなんて、それこそ己以外の何者に答えが出せるって言うの? 貴方の好きになさいな、博麗霊夢」
 言い終えるとともに、幽香の口からは欠伸が漏れた。腹も膨れ、気分もいい。そろそろ終いだろう。お暇するわ、と告げて彼女は立ち上がった。気のない返事が隣から聞こえる。どうやら霊夢は珍しく考え込んでいるようだった。
 それがどうしてか愉快で、ふふふと笑って幽香は立ち去った。
「…………アルバイト、か」
 密かなる巫女の変化を知る者はこの時まだ誰もいない。
 チルノは今作におけるチートのようなもの。
 というわけで都合5作目です。
 読み返してみれば久しぶりに料理ネタやった気がする。

副題「花盗人のパラダイムチェンジ」
・10/6 本文を一部訂正しました!
悟正龍統
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コメント



0.870簡易評価
10.90名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです。

チルノって確かに能力の加減が上手いんでしたね。三月精でもカープボールとか矢とか作ってましたし。


牛乳かん作ってみようかな。
11.100名前が無い程度の能力削除
チルノ便利だなぁ、一家に一人欲しいぜ
色々と世界が広がってきていて面白いです。つづく・・・のかな?
12.90絶望を司る程度の能力削除
チルノの能力制御は食べ物限定かww
13.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです