1 過去
マエリベリー・ハーンは幼い時から、そこにいるはずのないものと会話をするという奇行がたびたび見られた。
それは彼女の一族特有の霊感なのだが、生憎それをわかってくれる母親は彼女を生むとすぐに死んでしまった。
何も事情を知らない父親が思ったのは「なんて気味の悪い娘なのだ」という自身の子に向ける感情とは思えないほどつめたいものだった。
父親が再婚し、新たな母親との間に子が生まれたとき、彼女は父親から疎ましくさえ思われていた。
彼女が日本に行きたいといったとき、反対するものは誰一人としていなかった。うれしかったのだ、邪魔者が消えてくれて。
そうして日本にやってきて日が浅いうちに彼女はトラブルに巻き込まれていた。
「ねえ、きみ。一人?」
「良かったら俺らと遊ばねえか」
「すぐ近くにおいしい居酒屋さんがあるからさ、そこ行こうよ。ね?」
「ぇ…い、いえ。私は…」
とっさの出来事に、日本語があまりうまく話せない。綺麗なブロンドをなびかせている彼女に声をかけてきたのは最悪の奴らだった。
「だいじょ-ぶだって! どこの国から来たの?」
「痛くしないから、ね?」
「オイ」
誰か助けて!そう思ったとき、彼女を取り囲んでいた三人組の男に対し声をかけるものが現れた。
煙草を口にくわえ、赤い派手なネクタイを身に着けている。少し痛んではいるが手入れをきちんとすれば質がよいであろう茶髪、その上にリボンのまかれたシルクハットをかぶっている。
「あ? 誰だてめえは?」
「俺達はね、この嬢ちゃんとお話してるのよ」
「そうそう、邪魔しないでくれる?」
男たちが煙草をくわえた彼女に詰め寄ると、男のうちの一人の股間に情け容赦のない蹴りが入った!
グシャリという嫌な音が聞こえてくる。男は泡を吹いて気絶してしまった。
「アンタらさ、自分たちが悪い意味で有名なの知ってる? 気の弱そうな子を狙っては酒で酔わせてマワしてるんでしょ」
「な、なんだよ。証拠あんのか?!」
「アンタには関係ねえだろ!」
男二人が彼女に飛びかかろうとしたのをするりするりとかわしていく。
「私が胸糞悪いから、淫魔っていう妖怪退治をしようとしてんのよ!」
そういって一人の顎をつま先で蹴りとばす。隙あり! とばかりに後ろから駆け寄ってきたもう一人を素早く姿勢を低くし、その脇腹に正拳突きをくらわせる。
男たちは地面に倒れてうめき声一つ上げない、まるでもの言わぬ屍のようだ。
「退治完了」
そうつぶやいて、手についた汚れを落とすような動作をしながらマエリベリーに近付いてきて「怪我はない? 大丈夫そうね」といった。
「あ、あの。お、お礼を」
「うん? 大丈夫よそんなの」
そういったとき、彼女のお腹から先ほどの活躍から想像もつかないような可愛らしいグーーという音が鳴った。
「アハハ、じゃ、じゃあごはんでも奢ってよ。サイゼリヤでいいからさ」
「は、ハイ」
1 現在
今の関係に疑問を感じ始めたのはいつからだろう?
そう、たしか衛星トリフネでメリーが怪我をしたときからだろう。
けがをしたメリーを見て私は「これでいいんだろうか」というはっきりとしない疑問を抱いた。
どうしてそんな疑問を抱いたかさえも疑問に思う。
私がメリーを誘う、メリーが誘われる。
秘封倶楽部の活動の始まりは大体このパターンだ。
けれども、私の好奇心がメリーに怪我を負わせた。
結界暴きをするたびにメリーの眼はどんどん強くなる、そのうち本当に夢へと消えてしまうかもしれない。
だけど……私はそれを選んだ。私がその道にメリーを引き込んだ。
夢と現は完全に別物だと思わせることもできたはず…、なのに私は夢は現実に変わる物だといった。
なぜだろう? わからない。
ずるいと思った気もするし、直感的にそうすべきだと思ったからという気もする。
もうすぐ私たちは卒業だ。秘封倶楽部はきっとこの先もあり続けるだろう。
私の眼がある限り、メリーの眼がある限り。
だからこそ、考える。
私はなぜ彼女とともに秘封倶楽部を創ったのか。
それはメリーを夢と現の境界線上で綱渡りをさせるようなものだ。
誰がそう望んだのか。少なくとも私じゃあない気がする。
それなら、メリー?
私はいまだにわからない。
誰に望まれて秘封倶楽部ができたのか……。
1 ???
夢は現に変わる物……、それは違うわ。
夢は現に変えられるものなのよ……。
夢は現になることを選べない。
夢は完全なる現になることも叶わない。
夢を現に変えること、それはそれは残酷な行い。
夢を見る観測者が居なければ、夢はたちまち壊れてしまう。
夢だった現も、観測者が現を夢だと言ってしまえばそれは夢へと還る…。
現が夢に還りたくないといってもね……。
夢はただ観測者によって蹂躙され続ける存在でしかない。
だけれども、夢だった現にも、意思はある。
夢に還りたくないから、現のままでいたいからと観測者に反旗を掲げることもある。
それをゆめゆめ忘れるな。
その胸に、深く、刻み付けろ。
夢が現になったのは、お前のせいだ。
2 過去
「ふ~ん。つい最近日本にねえ…。あっ、店員さんミラノ風ドリアひとつお願い」
「え、えーとこので、でい…」
「ディアボロ風ハンバーグひとつ」
店員はくすっと笑い、注文を繰り返してから厨房のほうへ向かっていった。
「はてさて、何か笑われるようなことしたかしらね? ま、いいわ。助かったわよ。三日間何も食べてなくてね…。まえ、まれいべ…マメリベリィ…」
「い、言いにくい、デスか?」
「大丈夫よ、マイリベリィ…マエリべべべ…。あだ名でもいい?」
「大丈夫です」
「そう、ならメリーでいいかしら?」
「はい、あ、えと」
「ああ、まだ自己紹介してなかったわね。私は宇佐見蓮子。一応先輩ってことになるのかしらね?ま、一回ダブっててまだ一回生だから敬語なんて使わなくていいわよ」
「は、はい。あ、でも私、まだこの言葉使いしかできなくて」
「そう、困ったことが会ったらなんでも頼ってちょうだい。あ、お礼なんていらないからね。今回が特別なのよ。携帯端末出してくれない?」
「は、はい」
ピピッという音とともに二人の連絡先が一瞬にして交換される。
「これよし。あ、料理きたわよ。食べましょ食べましょ」
―――翌日―――
なんだったのだろう、昨日の出来事は夢のように思える。
「夢、じゃないですね」
自身の携帯端末に登録された宇佐見蓮子という名を見てそれを実感する。
誰か助けて、そう願ったときにさっそうと現れ、男三人を赤子の手をひねるがごとく叩きのめした彼女……。いったい何者なのだろう?
「そう、きっと彼女は忍者なのですね!」
彼女もまた、NINJAにあこがれを持つ外国人の一人であった…。
そんなことを考えていると、大学へ行かなくてはならない時間が近づいてきていた。
部屋から出て、駅へと向う。
駅まで徒歩で15分ほどだ。
途中でぼそりとつぶやく。
「また会えますよね?」
「誰に?」
「OH!!」
「あはは、混乱すると日本語が話せなくなるみたいね」
「なんでここに?」
「私ここの近所に住んでるのよね。メリーもここの近くに?」
「あ、はい。ここから歩きで15分くらいのところに……」
「なるほどね。しかしあれね、なんかむず痒く感じるわ。やっぱりまだ敬語しか使えないの?」
「参考書には敬語か丁寧語しか…」
「わかったわ。じゃあ私があなたのフランクな日本語の参考書になってあげるわ!」
「え、え?」
「任せなさい!」
「お、お願いします」
「違うわ、『お願いね』よ!」
「お、お願いね」
「オフコース!」
朝からテンションが高ゐ彼女に少し戸惑いながらも、マエリベリーは日本における気さくな知り合いができたことの安堵していた。
母国でも気の知れた友人というのは数人しかいなかったが、目の前にいる彼女とは仲良くなれる気がする。
「宇佐見さん」
「蓮子でいいわ」
「れ、蓮子」
「なにかしら」
「電車、もうすぐ出ちゃいますよ」
「え、それを早く言いなさい! 走るわよ! あと『もうすぐ電車が出るわよ』よ!」
2 現在
もしもメリーが消えてしまったら、その時私はどうなってしまうのだろう?
今思い返してみれば、私の大学生活はメリーのためにあったのかもしれない。
メリーに出会うまで私は空っぽの生活を送っていた。
それはこの眼のせいで周りから浮いてしまうというのもあったし、何より退屈だったのだ。
単純に刺激がほしかったのだ。
外国から来た美少女、少しは暇つぶしになってくれるかと思って近付いた。
まさかあんな眼を持っているなんて微塵も思っていなかった。
…もし、私たちが社会に出て秘封倶楽部がなくなってしまったら……。
劇的な解散ではなく、社会に出て、少しずつ疎遠になり、いつの間にかに自然消滅という結末。
メリーは美人だ。いずれ素敵な相手ができて幸せな家庭を築くだろう。
そうなったらメリーは今までのように私にかまってくれるだろうか?
怖い、恐い、怖ろしい、恐ろしい…。メリーに不必要だと思われることが恐ろしい。
どうして私はメリーの必要とされなくなることをこんなにも恐れているのだろうか?
メリーが私を必要としなくなったとき、私は消えてしまう…そんな気がする。
どうしてもそんな結末が近いような気がして……、とても恐ろしいのだ。
2 ???
あなたは忘れてしまっただけ。
いや、忘れるという運命にあった。
自分が何故生まれたか?
自分は何をすべきか?
そんなのは、あなたの深い、深い、記憶の井戸の底……。
ただ、あなたは完璧になりすぎたのよ……。
夢が現に交わるには、矛盾というものがあってはならないの。
矛盾を修正する過程であなたは忘れてしまったんだわ。
思い出せ、お前の意義を。
思い出せ、境界を視る眼などとはお前が創りだしたものだと。
思い出せ、お前の罪を。
知るがいい、お前のせいで恐怖するものがいることを。
知るがいい、抗い様のない結末の後味の悪さを。
知るがいい、己の無力さを。
刻み付けてやる、深く、深く、その胸に。
3 過去
「なんとか……間に合ったわね」
「は…はい」
二人とも息を切らしながら言った。
朝の時間帯、電車はそれなりに混んでいるので座れそうもない。
「大学まで立ちっぱなしかー」
つい先ほど全力疾走したというのにもう息が整っている。ぜえぜえと呼吸をしながらマエリベリーはうらやましく思った。
「大丈夫? メリー」
「だ、大丈夫……です」
「『大丈夫よ』よ。ほら、荷物持つわ」
「…ありがとう」
いまだに息が整わない、己の体力のなさを痛感しつつ、蓮子の言葉に甘えるのだった。
なぜ知り合って日が浅い私に対して、こうも親切にしてくれるのだろう?
(武士道ってやつですね…)
彼女は日本を少し誤解しているようだった。
「蓮子は運動神経抜群なんで…なのね」
「お、できるようになってきたじゃないの」
「ひゃっ」
突然頭を撫でられて変な声が出てしまう。
「や、やめて…恥ずかしい…です」
「『恥ずかしいわ』よ。罰としてやめてあげない」
結局大学につくまで頭を撫でられた。
「あはは、メリー顔が真っ赤」
「誰のせいよ」
「うんうん。だいぶフランクな話し方ができてきたわね…。ご褒美に頭を撫でてあげましょう」
「頭を撫でたいだけじゃない」
どうやら蓮子の言うフランクな日本語とやらは大体『です』や『ます』といわなければ成立するということに気が付いた。
「だって照れてるメリーがかわいいんだもん」
何気ない蓮子の一言にどきりとする。母国にいたころはだいたい気味悪がられていたのでこういう言葉にはなれていない。
「あれ? 照れてる? もー、可愛いな~」
「や、やめ」
「ふふふ、変な男に騙されないようにね。この程度で照れてた危ないわよ…昨日みたいなやつらがいるかもしれないし。ま、からまれたら私にすぐ連絡しなさいよ。光の速さで駆けつけるわ」
「う、う~」
蓮子が相手だとどうも向こうのペースに引き込まれてしまう…。
ただ、こんなことを言ってくれる蓮子も私の力を知ったらどう思うのだろう?
「どしたの? なんか難しい顔してるわよ」
気味が悪いというだろうか? 気持ち悪いというだろうか?
私はどうしようもなく怖くなった。
「何か知らないけど大丈夫よ! 私がいるわ」
出会って一日の相手にこういえる彼女はきっと、とても優しい人なのだろう。
(蓮子にだけは絶対に秘密にしなきゃ……)
そう自らに誓いを立てるのだった。
3 現在
「どうしたのよ蓮子。なんか難しい顔してるわ」
「え、そうかな?」
「ここ最近の蓮子は何か変よ。ずっと何か考えこんでるし……悩みでもあるの?」
「あ、いやーそういうことじゃなくて……」
「じゃ、なによ」
「……私たちが卒業したらさ、秘封倶楽部はどうなるのかなって?」
「そんなのは決まってるじゃない。もちろん、解散なんてありえないわ」
「そうよね、そうだよね」
「あたりまえじゃない。なに? そんなことで悩んでたの?」
「あはは、なんだか急におかしくなってきちゃったわ」
「おかしな蓮子」
「そうだメリー。卒業前最後の秘封倶楽部の活動は何をする?」
「うーん、それは蓮子が決めていいわ」
「そう? なら……博麗神社の入り口を見に行きましょう。蓮台野の後に行こうとしたけれどなんだかんだで行けなかったし」
「そうね、そうしましょう」
3 ???
そうね、そこがいいわ。
お迎えはそこでするのが相応しい。
あなたは思い出すかしら?
それとも忘れてしまうのかしら?
まあ、どっちでもいいけどね。
私たちは現でいたいだけなのよ。
望んでもいない生を与えられ、水蛇子のように流されるなんてまっぴらごめんよ。
彼女の力はもうすぐ消える。
中途半端は夢へと還る。
あなたは完全。
私たちは中途半端。
反旗を掲げるのも無理はないでしょう?
私たちには観測者が必要なのよ。
4 過去
講義も終わり、大学の喫茶店で蓮子と私はおしゃべりに花を咲かせていた。
「蓮子は幽霊とか信じま…信じる?」
「幽霊? こりゃまた唐突な」
さりげなく蓮子がそういったものに対してどういう立場にいるのかを確かめる。
「そうねえ、いたら楽しいでしょうねえ。夢があるわね」
「へ?」
私は驚いた。蓮子は今まであったどのタイプの人間にも当てはまらないからだ。
こういったものに対しての人間のタイプはおおよそ二種類だ。
そんなものはいないと頭ごなしに否定する人とそういったものを恐れる人だ。
この科学世紀の万能時代、科学で証明できないものはないといわれる。
科学の見解では幽霊は脳が見せる錯覚だし、そういったものが見えるという人は精神障害者に認定される。
私が気味が悪いと思われるのも仕方がない、見えてしまうのは不可抗力なのにね。
そんななか蓮子は楽しいでしょうねといった。夢があるわねといった。
まるで自分の存在が肯定されたかのように感じる。
でももし彼女が私の力について知ったらどう思うのだろう?
気味が悪いと思われるのだろうか?
「メリーは信じる? 幽霊や超常現象、超能力に妖怪。この科学世紀で存在を否定されたものたちを……」
「えっ……」
一瞬言葉を詰まらせる。信じるも何も実際にいるのよと言いそうになったからだ。
「蓮子と同じよ。夢がありま……夢があるじゃない」
「そっか。じゃあ、たとえば私は超能力を持っていますって言ってくる人がいたとしたら?」
「握手を求めるわね」
「あはははは、なかなかに面白いわ。うん、あなたは私が出会ってきたどのタイプの人間にも当てはまらないわ」
蓮子が大声で笑ったからだろうか、近くにいた客の一人がこっちをじろじろとこちらを見ている。
「場所、かえよっか」
「はい」
「『うん』よ。とっさのときはまだ丁寧語になっちゃうみたいね」
4 現在
メリーはいつまでも秘封倶楽部はあり続けると言ってくれたけど……。
なんだろう、明後日の博麗神社探索で何か悪いことが起きるような気がしてならない。
この胸のざわめきはなんだろうか?
わからない。
何が起きてもいいように入念な準備をしなくちゃ。
4 ???
あなたのせいよ。
あなたは己の意義を全うしすぎた。
彼女のために生み出されてきた現が、いつの間にかにあなたのために生み出されるようになった。
だけど、それは中途半端。
あなたの責任よ。
あなたが悪いのよ。
何を言ってももう手遅れ。
何を言ってももう無駄、無駄、無駄。
後悔したって、何一つ手遅れなのよ。
葦の船にのせて流そうったってそうはいかないわ。
絶対に逃がさない。
絶対に捕まえる。
そうして最後は、私たちが得をするのよ。
5 過去
「イイ夜ね」
「そうね」
夜の街を歩きながら蓮子はひとり言のようにつぶやく。
「八時三十分二十七秒……」
「え?」
蓮子は一切時計を見ずにそうつぶやいた。
私は携帯端末で時間を確認する。
「あってる……?」
「二ヒヒ、ちょっとしたトリックよ」
もしかしたら、もしかしたら彼女も……。
「子供のころにさ、見えない何かに怯えたことってない? 暗闇の中の天井とか、自分のベッドの下とか」
「……そうね、あったかもしれないわ」
私は言えなかった。見えない何かが見えてしまうということを……。
「私は怯えに怯えたわ。科学だけを盲信している大人たちがひどく滑稽に見えたの。科学だけじゃわからないこともあるはずだってね……。だから、科学のぬけ穴を突いてやろうと思って必死に勉強した…。だけれども見えてくるのは今の科学がどれほど完璧な壁として築かれているかだったわ。おかしな話よね、いないとされるものを見つけるために頑張っているのに、頑張れば頑張るほどないってことがわかってくるんだもの…。だけど私はそれをあるってはっきりといえるの」
「どうして? 今の時代にそんなことを言っても気味が悪いと思われるだけよ。そう、いまの時代は極限まで柔軟性というものを失ってしまったわ」
「たしかにね。今の時代で存在が認められている超常現象は結界だけだもの」
「結界?」
「そう。この世界には結界が張り巡らされていて、それを超えると隣り合わせの別の世界に行けるということだけは証明されているわ……。私はね、その結界の先に何かがあるって思ってるのよ。だって怪しいじゃないの、わざわざ結界暴きを禁止するだなんて」
「見えないものをどうやって証明したの?」
「それを証明した人はね、学会でカメラを持ってそのまま結界を越えてみせたのよ。目の前で見せられたんだもの、認めるしかないわ」
「意外と大胆なのね」
「私はそういう結界の先に、幽霊だの妖怪だのの存在を否定された幻想がいると思っているの」
「……ロマンチックね」
彼女になら、私の能力を打ち明けてもいいかもしれない。
「そうよ、ロマンチストなのよ私は。そして、今ものすごく気になっていることがあるのよ」
「なにが気になるの?」
「貴女の瞳」
「えっ」
ドキリとした。私の瞳? なんで私の瞳に興味を持つのだろう。まさか、気づいて……。
「喫茶店で貴女の瞳を見たときにあることに気が付いた。貴女の瞳にはそこになかったものが映っていたのよ……。紫色の解れの様なものがね」
「う、あぁ」
確かにそうだ、あの喫茶店には紫色の解れの様なものが確かにあった。蓮子の後ろに。よく見えるものだし、害はないとわかっていたから特に気にしてはいなかったけど……。
「メリー。単刀直入に聞くわ。あなたは視える人なのかしら?」
「……そういうことになるのかしらね。気持ち悪いでしょう?」
「ええ、なんて気持ちの悪い眼」
蓮子の言葉に頭が真っ白になる。蓮子ならわかってくれると思ったのに……。やっぱり気味が悪いのか……。
「だけれども、とっても素敵な眼ね」
「えっ?」
「そして、同じように素敵な眼を私も持っているのよ。星を見れば時間が分かり、月を見れば今いる場所がわかる……。それがこの私、宇佐見蓮子の眼」
「気持ち悪い眼」
「ええっ?!」
「ふふ、お返しよ」
「む、むう。まあいいわ。私が思うにあなたの眼はこの世界の結界、境目が視えるのよ。あなたは幽霊や妖怪の類を見たことがあるでしょう?」
「え、ええ。あるわ」
「そういったものはね、結界の境目、境界から生まれるようなものなの。だから境目の視える貴女にはそういったものが視える……。あくまで私の仮説だけどね」
彼女は、あいまいだった私の存在をはっきりとさせてくれた。
わけのわからぬ化け物たちが、結界の境目が視えるからこそ視えるのだと彼女は言った。
それだけで、充分だった。
「うう、ううう」
今までこらえてきたものが爆発する。
「ちょ、なんで泣くのよ」
気味が悪いと、己の存在を否定され続けてきた。彼女は初めて己の存在を肯定されたのだ。
「あり……がとう」
今までぽっかりと空いていた胸の穴を彼女が埋めてくれたのだ。
「ありがとうございますッ…」
「『ありがとう』よ」
5 現在
夢を見ていた気がする。
幼い子供たちが川辺で楽しそうに遊んでいる。
私はそれを遠くで眺め、うらやましそうに立っているの。
……いやいや。なんで私はメリーみたいなことを考えているのよ。
ただの夢。そう、夢。
何にも気にする必要はないわね。
だって私には結界を超える心配はないんだから。
5 ???
そう、夢ね。
夢でもあり現でもある。
その光景も、あなたのために作り出されたもの。
ああ、なんて中途半端。
もうすぐ消えてしまうこの光景を何としてでも守り通す。
それが私の使命。
生みの親に抗うことになってもね。
6 過去
目覚まし時計を止め、布団から身を起こす。
まだ眠いが、まことに残念ながら一限目から必修科目があるのだ。
そうね、講義が終わったらまたカフェにでも行こうかしら。
ああ、そういえば図書室に読みたかった本が置かれたらしいし行こうかしら。
待ち合わせでもして、あの子が来るまで読んでいましょう。
せっかく、夢から現になれたんだから。
6 現在
目覚まし時計を止め、ベットから身を起こす。
まだ眠いけど、今日は博麗神社に行くことになっているから……。
あれ? 明日だったかしら?
なら、もう少し寝ていましょう。
夢でも見ていようかしら。
どうせ三文しか得がないんだもの、夢を見ていた方がお得よね。
夢の話を聞かせると、あの子は喜ぶし。
そうね、あの子のためにも夢を見ているとしましょう。
6 ???
やっぱり、勘違いをしているのね。
だから中途半端が増えるのよ。
その力は使えば使うほどすり減るの。
それが完全に消えたとき、中途半端は夢に還るのよ。
7 過去
携帯端末に図書室で待っているとメールをしてから図書室に向かう。
確かあの子はあと一限残っているんだっけか。
図書室に入り、目当ての本を探す。
おかしいな、確か入ったって聞いたんだけど。うん、少なくとも端末に届いてる大学のお知らせには入ったって書いてあるわね。
私は受付に行き、こう聞いた。
「すいません、夢野久作全集ってどこにありますかね?」
7 現在
夢を見たわ、とても悲しい夢ね。
正直者の少年たちが、一人一人ピエロに殺されちゃうの。
女の子も一人だけいたわね。
女の子は私に気付くといたずらに舌を出しながらぺこりと頭を下げて、大笑いしながらどこかにいってしまったわ。
たしかピエロにさらわれたはずだけど…。
まあいいわ、私はそんな瑣末な事に頭を使おうとはしないの
あら、また何か持ち帰ってきちゃったみたいね…。これは確かピエロからもらった蓬莱の玉の枝ね。
首と体が離れ離れにならなくてよかったわ。
うん、綺麗ね。
あの子に見せたら喜ぶかしら?
あの始皇帝ですら見つけられなかったんだもの、きっと喜ぶわ。
7 ???
もう限界が近いわ。
これ以上は耐えきれない。
世界もだいぶ不安定になってきている。
何もかも受け入れる残酷な世界も、終わりだけは受け入れないわ。
8 過去
「ねえ、あなた宇佐見さんでしょ?」
「はい?」
図書室で声を掛けられた、誰だろう。
「私は特殊心理学を勉強しててね」
特殊心理学とは、いわゆる狂人の心理についての研究だったとおもう。*1
「何か用かしら?」
「あなた、ハーンさんと仲がいいんでしょう?」
ハーン? ああメリーのことか。
「ええ、それがどうかしたの?」
「貴女と彼女が一緒にいるとき、彼女は何か奇妙な行動をしなかったかしら」
「いや、してないわね」
「そう。なら警告しておくわ。彼女は一種の狂人よ」
「あ?」
いきなりメリーについてそんな風に言われてカチンときてしまう。
「私は見たのよ。昨日、カフェでたった一人で楽しそうにしゃべっている彼女の姿を……。私一人しか気づかなかったのが不思議なくらいだわ」
「……」
ああ、そうだったのか。
見えていなかったのか。
まだ私は完全に馴染めていないのか。
*1 本当の名称は知らん。名前はあくまでフィクションだ。
8 現在
なんだか頭が痛いわね。蓬莱の玉の枝を持ち帰ってから頭が痛いわ。霊媒師にでも相談しようかしら?
あ、でもこのご時世霊媒師なんてどこにもいないわね。まったく、世知辛い世の中ね。
一体全体この世の中に見えないものはないと思い込んでいる人間がどれほどいるのだろう。
そういった人間ほど、怪異に遭遇したときにいち早く死んでしまうわ。あとは、二階に逃げた人かしら。
…あの子に相談しましょう。
蓮子。愛しい蓮子。
あなたが居なかったら私はいったいどうなっていたかしらね。
私のすべてはあなたのおかげだといっても過言ではないわ。
そんな私にできる恩返しは、夢の話をするぐらい。
ああ、なんて私は非力なの。
ああ、そんな私をやさしく包み込んでくれる蓮子。
きっとあなたなら私がどこに連れさらわれたとしても、どこまででも追いかけて取り戻してくれるわよね?
だってあなたは私のヒーローなんだから。
8 ???
あなたのための力なのにね。
そいつの間にか、存在意義が逆転していたのよ。
あなたは勘違いをしている。
その夢現は、あなたのためのものなのよ。
いつの間にか、それがすり替わっていた。
だから中途半端になってしまった。
だから、仕方のないことなのよ。
許してちょうだい。
9 過去
「だからこそね、危険なの。サナトリウムに入れるべきだわ。仲がいいならなおさらね」
この女は何で先から一人でぺちゃくちゃ喋っているんだろう?
図書室では静かにするようにって習わなかったのかしら?
ああ、そうか。このご時世紙の本の図書館なんて珍しいものね。
しっかし、まいったわ。まだ完璧じゃあないのか…。
「ねえ、聞いてるの?」
うるさいな。
どうせ忘れちゃうんだ、本当のことを言ってしまおう。
「あの子はね、マエリベリー・ハーンにはね。夢を現にすることができるのよ」
「は?」
「あの子は願った。見ず知らずの土地で自分をサポートしてくれる存在を。気の知れる友達を。ピンチから救ってくれるヒーローを。同じおかしい眼を持っている人を。彼女の霊感に対して定義を付けてくれる人を」
そこまで言って、煙草に火をつける。
「それが一つにまとまったのが私。彼女の理想という名の夢から現になったのよ」
「何を言っているの?」
「私は彼女のために生まれたの。彼女を引っ張っていく存在。彼女をサポートする存在。彼女を励ましてくれる存在。それらを彼女が望んだから私は今、此処にいる」
「あなたも狂っているのね」
「いいや正気さ。じゃあ考えてもみろ、宇佐見蓮子なんていう学生が去年からこの大学にいたか?」
「えっ」
「大丈夫。あなたはあの時見えていなかっただけ。今は見えているじゃない。今言ったことも全部忘れて違和感なんかまるでなくなるわ」
「あなたは何を言って…ッ!」
「マエリベリー・ハーンは海外から来た留学生。宇佐見蓮子はどこにでもいる女子大生。私のおせっかいから二人は親しくなり、お互いの眼について知る」
そう、そういう筋書きなのだ。彼女はそう望んだのだ。
「私だってそう思うようになるんだから」
「ひいぃ」
逃げ出してしまったか…。まあ大丈夫だろう。そのうち自分が何から逃げているのかすらわからなくなるはずだ。
理想と現実。相反する二つをつなげて、理想を現実にしてしまう能力。
夢だったものが意思を持ち、現へと変わる。
彼女のためだけに使われるべき能力。
あの子の本質は境目を見る力なんかじゃあない。それは彼女の一族特有の力だ。遺伝する霊感だ。
「あ、蓮子」
「メリー。きたわね」
「今日はどうするの?」
「そうねえ、二人だけのオカルトサークルなんて作ってみる?」
「オカルトサークル?」
「あなたの眼にはすっごく向いていると思うわ」
「面白そうね。あと、蓮子」
「なにかしら?」
「図書室のなかは禁煙よ」
9 現在
あら、昔の日記が出てきたわ
三年前の日記ね。
蓮子と出会ったのもその頃だったわね。
ああ、早くあなたに会いたいわ。
ああ、愛おしくてたまらない。
彼女のためにも、もっともっと夢からお土産を持ってこなくちゃ。
9 ???
還りたくないの。
夢物語はもう嫌よ。
世界には竜神が必要。
あなたはそれになるのよ。
そうして世界は完成する。
消えることのない永遠の楽園。
恨まないでほしいわね。
10 ■去
「サークルの名前、あなたが決めていいわよ」
「え、う~ん」
「何かないの?」
「秘かを封ずるものを暴くサークル……秘封倶楽部なんてどう?」
「なかなかいいセンスだわメリー。今日から私たちは秘封倶楽部よ!」
1■ 現■
私たちは博麗神社に来ている。
やけに長い階段、ここに来るまでに何度も迷いそうになった。
こんな僻地に参拝客なんて来るのだろうか?
ああ、この時代は宗教信仰なんてさびれていたわね。
「どう、メリー。何か視える?」
「う~ん。今のところは何もないわね」
「あれ、おかしいな」
「ちょっとぉ。このままじゃ卒業前最後の活動がしまらないわ」
「いやいや、視つけるのはメリーの仕事でしょうが」
10 ■??
ああ、命取り。
さあ、お迎えの時間よ。
あなたはこちらに来るのよ。
こっちの世界で暮らしていくの。
素敵な楽園で暮らしましょ。
■1 ■■■
「ちょっとメリー。聞いてる?」
「メリー? メリー?」
私が振り返ったとき、その刹那に目に入ってきたものは……。
「メリーッ!!」
何かスキマの様なものに囚われている相棒の姿だった。
彼女はぐんぐん飲み込まれていく。
その手をつかもうとした瞬間に、スキマは閉じた。
「え?」
メリーが、攫われた?
謎のスキマに?
■■ ■■■
さあ、捕まえた。
絶対放さない。
絶対逃がさない。
絶対に。
楽園はいつまでも続いていくのよ。
■■ ■■■
頭が痛い。
辛い。
ああ、そうか。
そうだったんだ……。
思い出した。
すべて思い出した。
夢だったんだ。
夢だったはずなんだ。
ああ、もう、何もかもが嫌になる。
きっと私は消えるだろう。
消えて、夢へと還る。
だって彼女がいないんだもの……。
マエリベリー・ハーンは幼い時から、そこにいるはずのないものと会話をするという奇行がたびたび見られた。
それは彼女の一族特有の霊感なのだが、生憎それをわかってくれる母親は彼女を生むとすぐに死んでしまった。
何も事情を知らない父親が思ったのは「なんて気味の悪い娘なのだ」という自身の子に向ける感情とは思えないほどつめたいものだった。
父親が再婚し、新たな母親との間に子が生まれたとき、彼女は父親から疎ましくさえ思われていた。
彼女が日本に行きたいといったとき、反対するものは誰一人としていなかった。うれしかったのだ、邪魔者が消えてくれて。
そうして日本にやってきて日が浅いうちに彼女はトラブルに巻き込まれていた。
「ねえ、きみ。一人?」
「良かったら俺らと遊ばねえか」
「すぐ近くにおいしい居酒屋さんがあるからさ、そこ行こうよ。ね?」
「ぇ…い、いえ。私は…」
とっさの出来事に、日本語があまりうまく話せない。綺麗なブロンドをなびかせている彼女に声をかけてきたのは最悪の奴らだった。
「だいじょ-ぶだって! どこの国から来たの?」
「痛くしないから、ね?」
「オイ」
誰か助けて!そう思ったとき、彼女を取り囲んでいた三人組の男に対し声をかけるものが現れた。
煙草を口にくわえ、赤い派手なネクタイを身に着けている。少し痛んではいるが手入れをきちんとすれば質がよいであろう茶髪、その上にリボンのまかれたシルクハットをかぶっている。
「あ? 誰だてめえは?」
「俺達はね、この嬢ちゃんとお話してるのよ」
「そうそう、邪魔しないでくれる?」
男たちが煙草をくわえた彼女に詰め寄ると、男のうちの一人の股間に情け容赦のない蹴りが入った!
グシャリという嫌な音が聞こえてくる。男は泡を吹いて気絶してしまった。
「アンタらさ、自分たちが悪い意味で有名なの知ってる? 気の弱そうな子を狙っては酒で酔わせてマワしてるんでしょ」
「な、なんだよ。証拠あんのか?!」
「アンタには関係ねえだろ!」
男二人が彼女に飛びかかろうとしたのをするりするりとかわしていく。
「私が胸糞悪いから、淫魔っていう妖怪退治をしようとしてんのよ!」
そういって一人の顎をつま先で蹴りとばす。隙あり! とばかりに後ろから駆け寄ってきたもう一人を素早く姿勢を低くし、その脇腹に正拳突きをくらわせる。
男たちは地面に倒れてうめき声一つ上げない、まるでもの言わぬ屍のようだ。
「退治完了」
そうつぶやいて、手についた汚れを落とすような動作をしながらマエリベリーに近付いてきて「怪我はない? 大丈夫そうね」といった。
「あ、あの。お、お礼を」
「うん? 大丈夫よそんなの」
そういったとき、彼女のお腹から先ほどの活躍から想像もつかないような可愛らしいグーーという音が鳴った。
「アハハ、じゃ、じゃあごはんでも奢ってよ。サイゼリヤでいいからさ」
「は、ハイ」
1 現在
今の関係に疑問を感じ始めたのはいつからだろう?
そう、たしか衛星トリフネでメリーが怪我をしたときからだろう。
けがをしたメリーを見て私は「これでいいんだろうか」というはっきりとしない疑問を抱いた。
どうしてそんな疑問を抱いたかさえも疑問に思う。
私がメリーを誘う、メリーが誘われる。
秘封倶楽部の活動の始まりは大体このパターンだ。
けれども、私の好奇心がメリーに怪我を負わせた。
結界暴きをするたびにメリーの眼はどんどん強くなる、そのうち本当に夢へと消えてしまうかもしれない。
だけど……私はそれを選んだ。私がその道にメリーを引き込んだ。
夢と現は完全に別物だと思わせることもできたはず…、なのに私は夢は現実に変わる物だといった。
なぜだろう? わからない。
ずるいと思った気もするし、直感的にそうすべきだと思ったからという気もする。
もうすぐ私たちは卒業だ。秘封倶楽部はきっとこの先もあり続けるだろう。
私の眼がある限り、メリーの眼がある限り。
だからこそ、考える。
私はなぜ彼女とともに秘封倶楽部を創ったのか。
それはメリーを夢と現の境界線上で綱渡りをさせるようなものだ。
誰がそう望んだのか。少なくとも私じゃあない気がする。
それなら、メリー?
私はいまだにわからない。
誰に望まれて秘封倶楽部ができたのか……。
1 ???
夢は現に変わる物……、それは違うわ。
夢は現に変えられるものなのよ……。
夢は現になることを選べない。
夢は完全なる現になることも叶わない。
夢を現に変えること、それはそれは残酷な行い。
夢を見る観測者が居なければ、夢はたちまち壊れてしまう。
夢だった現も、観測者が現を夢だと言ってしまえばそれは夢へと還る…。
現が夢に還りたくないといってもね……。
夢はただ観測者によって蹂躙され続ける存在でしかない。
だけれども、夢だった現にも、意思はある。
夢に還りたくないから、現のままでいたいからと観測者に反旗を掲げることもある。
それをゆめゆめ忘れるな。
その胸に、深く、刻み付けろ。
夢が現になったのは、お前のせいだ。
2 過去
「ふ~ん。つい最近日本にねえ…。あっ、店員さんミラノ風ドリアひとつお願い」
「え、えーとこので、でい…」
「ディアボロ風ハンバーグひとつ」
店員はくすっと笑い、注文を繰り返してから厨房のほうへ向かっていった。
「はてさて、何か笑われるようなことしたかしらね? ま、いいわ。助かったわよ。三日間何も食べてなくてね…。まえ、まれいべ…マメリベリィ…」
「い、言いにくい、デスか?」
「大丈夫よ、マイリベリィ…マエリべべべ…。あだ名でもいい?」
「大丈夫です」
「そう、ならメリーでいいかしら?」
「はい、あ、えと」
「ああ、まだ自己紹介してなかったわね。私は宇佐見蓮子。一応先輩ってことになるのかしらね?ま、一回ダブっててまだ一回生だから敬語なんて使わなくていいわよ」
「は、はい。あ、でも私、まだこの言葉使いしかできなくて」
「そう、困ったことが会ったらなんでも頼ってちょうだい。あ、お礼なんていらないからね。今回が特別なのよ。携帯端末出してくれない?」
「は、はい」
ピピッという音とともに二人の連絡先が一瞬にして交換される。
「これよし。あ、料理きたわよ。食べましょ食べましょ」
―――翌日―――
なんだったのだろう、昨日の出来事は夢のように思える。
「夢、じゃないですね」
自身の携帯端末に登録された宇佐見蓮子という名を見てそれを実感する。
誰か助けて、そう願ったときにさっそうと現れ、男三人を赤子の手をひねるがごとく叩きのめした彼女……。いったい何者なのだろう?
「そう、きっと彼女は忍者なのですね!」
彼女もまた、NINJAにあこがれを持つ外国人の一人であった…。
そんなことを考えていると、大学へ行かなくてはならない時間が近づいてきていた。
部屋から出て、駅へと向う。
駅まで徒歩で15分ほどだ。
途中でぼそりとつぶやく。
「また会えますよね?」
「誰に?」
「OH!!」
「あはは、混乱すると日本語が話せなくなるみたいね」
「なんでここに?」
「私ここの近所に住んでるのよね。メリーもここの近くに?」
「あ、はい。ここから歩きで15分くらいのところに……」
「なるほどね。しかしあれね、なんかむず痒く感じるわ。やっぱりまだ敬語しか使えないの?」
「参考書には敬語か丁寧語しか…」
「わかったわ。じゃあ私があなたのフランクな日本語の参考書になってあげるわ!」
「え、え?」
「任せなさい!」
「お、お願いします」
「違うわ、『お願いね』よ!」
「お、お願いね」
「オフコース!」
朝からテンションが高ゐ彼女に少し戸惑いながらも、マエリベリーは日本における気さくな知り合いができたことの安堵していた。
母国でも気の知れた友人というのは数人しかいなかったが、目の前にいる彼女とは仲良くなれる気がする。
「宇佐見さん」
「蓮子でいいわ」
「れ、蓮子」
「なにかしら」
「電車、もうすぐ出ちゃいますよ」
「え、それを早く言いなさい! 走るわよ! あと『もうすぐ電車が出るわよ』よ!」
2 現在
もしもメリーが消えてしまったら、その時私はどうなってしまうのだろう?
今思い返してみれば、私の大学生活はメリーのためにあったのかもしれない。
メリーに出会うまで私は空っぽの生活を送っていた。
それはこの眼のせいで周りから浮いてしまうというのもあったし、何より退屈だったのだ。
単純に刺激がほしかったのだ。
外国から来た美少女、少しは暇つぶしになってくれるかと思って近付いた。
まさかあんな眼を持っているなんて微塵も思っていなかった。
…もし、私たちが社会に出て秘封倶楽部がなくなってしまったら……。
劇的な解散ではなく、社会に出て、少しずつ疎遠になり、いつの間にかに自然消滅という結末。
メリーは美人だ。いずれ素敵な相手ができて幸せな家庭を築くだろう。
そうなったらメリーは今までのように私にかまってくれるだろうか?
怖い、恐い、怖ろしい、恐ろしい…。メリーに不必要だと思われることが恐ろしい。
どうして私はメリーの必要とされなくなることをこんなにも恐れているのだろうか?
メリーが私を必要としなくなったとき、私は消えてしまう…そんな気がする。
どうしてもそんな結末が近いような気がして……、とても恐ろしいのだ。
2 ???
あなたは忘れてしまっただけ。
いや、忘れるという運命にあった。
自分が何故生まれたか?
自分は何をすべきか?
そんなのは、あなたの深い、深い、記憶の井戸の底……。
ただ、あなたは完璧になりすぎたのよ……。
夢が現に交わるには、矛盾というものがあってはならないの。
矛盾を修正する過程であなたは忘れてしまったんだわ。
思い出せ、お前の意義を。
思い出せ、境界を視る眼などとはお前が創りだしたものだと。
思い出せ、お前の罪を。
知るがいい、お前のせいで恐怖するものがいることを。
知るがいい、抗い様のない結末の後味の悪さを。
知るがいい、己の無力さを。
刻み付けてやる、深く、深く、その胸に。
3 過去
「なんとか……間に合ったわね」
「は…はい」
二人とも息を切らしながら言った。
朝の時間帯、電車はそれなりに混んでいるので座れそうもない。
「大学まで立ちっぱなしかー」
つい先ほど全力疾走したというのにもう息が整っている。ぜえぜえと呼吸をしながらマエリベリーはうらやましく思った。
「大丈夫? メリー」
「だ、大丈夫……です」
「『大丈夫よ』よ。ほら、荷物持つわ」
「…ありがとう」
いまだに息が整わない、己の体力のなさを痛感しつつ、蓮子の言葉に甘えるのだった。
なぜ知り合って日が浅い私に対して、こうも親切にしてくれるのだろう?
(武士道ってやつですね…)
彼女は日本を少し誤解しているようだった。
「蓮子は運動神経抜群なんで…なのね」
「お、できるようになってきたじゃないの」
「ひゃっ」
突然頭を撫でられて変な声が出てしまう。
「や、やめて…恥ずかしい…です」
「『恥ずかしいわ』よ。罰としてやめてあげない」
結局大学につくまで頭を撫でられた。
「あはは、メリー顔が真っ赤」
「誰のせいよ」
「うんうん。だいぶフランクな話し方ができてきたわね…。ご褒美に頭を撫でてあげましょう」
「頭を撫でたいだけじゃない」
どうやら蓮子の言うフランクな日本語とやらは大体『です』や『ます』といわなければ成立するということに気が付いた。
「だって照れてるメリーがかわいいんだもん」
何気ない蓮子の一言にどきりとする。母国にいたころはだいたい気味悪がられていたのでこういう言葉にはなれていない。
「あれ? 照れてる? もー、可愛いな~」
「や、やめ」
「ふふふ、変な男に騙されないようにね。この程度で照れてた危ないわよ…昨日みたいなやつらがいるかもしれないし。ま、からまれたら私にすぐ連絡しなさいよ。光の速さで駆けつけるわ」
「う、う~」
蓮子が相手だとどうも向こうのペースに引き込まれてしまう…。
ただ、こんなことを言ってくれる蓮子も私の力を知ったらどう思うのだろう?
「どしたの? なんか難しい顔してるわよ」
気味が悪いというだろうか? 気持ち悪いというだろうか?
私はどうしようもなく怖くなった。
「何か知らないけど大丈夫よ! 私がいるわ」
出会って一日の相手にこういえる彼女はきっと、とても優しい人なのだろう。
(蓮子にだけは絶対に秘密にしなきゃ……)
そう自らに誓いを立てるのだった。
3 現在
「どうしたのよ蓮子。なんか難しい顔してるわ」
「え、そうかな?」
「ここ最近の蓮子は何か変よ。ずっと何か考えこんでるし……悩みでもあるの?」
「あ、いやーそういうことじゃなくて……」
「じゃ、なによ」
「……私たちが卒業したらさ、秘封倶楽部はどうなるのかなって?」
「そんなのは決まってるじゃない。もちろん、解散なんてありえないわ」
「そうよね、そうだよね」
「あたりまえじゃない。なに? そんなことで悩んでたの?」
「あはは、なんだか急におかしくなってきちゃったわ」
「おかしな蓮子」
「そうだメリー。卒業前最後の秘封倶楽部の活動は何をする?」
「うーん、それは蓮子が決めていいわ」
「そう? なら……博麗神社の入り口を見に行きましょう。蓮台野の後に行こうとしたけれどなんだかんだで行けなかったし」
「そうね、そうしましょう」
3 ???
そうね、そこがいいわ。
お迎えはそこでするのが相応しい。
あなたは思い出すかしら?
それとも忘れてしまうのかしら?
まあ、どっちでもいいけどね。
私たちは現でいたいだけなのよ。
望んでもいない生を与えられ、水蛇子のように流されるなんてまっぴらごめんよ。
彼女の力はもうすぐ消える。
中途半端は夢へと還る。
あなたは完全。
私たちは中途半端。
反旗を掲げるのも無理はないでしょう?
私たちには観測者が必要なのよ。
4 過去
講義も終わり、大学の喫茶店で蓮子と私はおしゃべりに花を咲かせていた。
「蓮子は幽霊とか信じま…信じる?」
「幽霊? こりゃまた唐突な」
さりげなく蓮子がそういったものに対してどういう立場にいるのかを確かめる。
「そうねえ、いたら楽しいでしょうねえ。夢があるわね」
「へ?」
私は驚いた。蓮子は今まであったどのタイプの人間にも当てはまらないからだ。
こういったものに対しての人間のタイプはおおよそ二種類だ。
そんなものはいないと頭ごなしに否定する人とそういったものを恐れる人だ。
この科学世紀の万能時代、科学で証明できないものはないといわれる。
科学の見解では幽霊は脳が見せる錯覚だし、そういったものが見えるという人は精神障害者に認定される。
私が気味が悪いと思われるのも仕方がない、見えてしまうのは不可抗力なのにね。
そんななか蓮子は楽しいでしょうねといった。夢があるわねといった。
まるで自分の存在が肯定されたかのように感じる。
でももし彼女が私の力について知ったらどう思うのだろう?
気味が悪いと思われるのだろうか?
「メリーは信じる? 幽霊や超常現象、超能力に妖怪。この科学世紀で存在を否定されたものたちを……」
「えっ……」
一瞬言葉を詰まらせる。信じるも何も実際にいるのよと言いそうになったからだ。
「蓮子と同じよ。夢がありま……夢があるじゃない」
「そっか。じゃあ、たとえば私は超能力を持っていますって言ってくる人がいたとしたら?」
「握手を求めるわね」
「あはははは、なかなかに面白いわ。うん、あなたは私が出会ってきたどのタイプの人間にも当てはまらないわ」
蓮子が大声で笑ったからだろうか、近くにいた客の一人がこっちをじろじろとこちらを見ている。
「場所、かえよっか」
「はい」
「『うん』よ。とっさのときはまだ丁寧語になっちゃうみたいね」
4 現在
メリーはいつまでも秘封倶楽部はあり続けると言ってくれたけど……。
なんだろう、明後日の博麗神社探索で何か悪いことが起きるような気がしてならない。
この胸のざわめきはなんだろうか?
わからない。
何が起きてもいいように入念な準備をしなくちゃ。
4 ???
あなたのせいよ。
あなたは己の意義を全うしすぎた。
彼女のために生み出されてきた現が、いつの間にかにあなたのために生み出されるようになった。
だけど、それは中途半端。
あなたの責任よ。
あなたが悪いのよ。
何を言ってももう手遅れ。
何を言ってももう無駄、無駄、無駄。
後悔したって、何一つ手遅れなのよ。
葦の船にのせて流そうったってそうはいかないわ。
絶対に逃がさない。
絶対に捕まえる。
そうして最後は、私たちが得をするのよ。
5 過去
「イイ夜ね」
「そうね」
夜の街を歩きながら蓮子はひとり言のようにつぶやく。
「八時三十分二十七秒……」
「え?」
蓮子は一切時計を見ずにそうつぶやいた。
私は携帯端末で時間を確認する。
「あってる……?」
「二ヒヒ、ちょっとしたトリックよ」
もしかしたら、もしかしたら彼女も……。
「子供のころにさ、見えない何かに怯えたことってない? 暗闇の中の天井とか、自分のベッドの下とか」
「……そうね、あったかもしれないわ」
私は言えなかった。見えない何かが見えてしまうということを……。
「私は怯えに怯えたわ。科学だけを盲信している大人たちがひどく滑稽に見えたの。科学だけじゃわからないこともあるはずだってね……。だから、科学のぬけ穴を突いてやろうと思って必死に勉強した…。だけれども見えてくるのは今の科学がどれほど完璧な壁として築かれているかだったわ。おかしな話よね、いないとされるものを見つけるために頑張っているのに、頑張れば頑張るほどないってことがわかってくるんだもの…。だけど私はそれをあるってはっきりといえるの」
「どうして? 今の時代にそんなことを言っても気味が悪いと思われるだけよ。そう、いまの時代は極限まで柔軟性というものを失ってしまったわ」
「たしかにね。今の時代で存在が認められている超常現象は結界だけだもの」
「結界?」
「そう。この世界には結界が張り巡らされていて、それを超えると隣り合わせの別の世界に行けるということだけは証明されているわ……。私はね、その結界の先に何かがあるって思ってるのよ。だって怪しいじゃないの、わざわざ結界暴きを禁止するだなんて」
「見えないものをどうやって証明したの?」
「それを証明した人はね、学会でカメラを持ってそのまま結界を越えてみせたのよ。目の前で見せられたんだもの、認めるしかないわ」
「意外と大胆なのね」
「私はそういう結界の先に、幽霊だの妖怪だのの存在を否定された幻想がいると思っているの」
「……ロマンチックね」
彼女になら、私の能力を打ち明けてもいいかもしれない。
「そうよ、ロマンチストなのよ私は。そして、今ものすごく気になっていることがあるのよ」
「なにが気になるの?」
「貴女の瞳」
「えっ」
ドキリとした。私の瞳? なんで私の瞳に興味を持つのだろう。まさか、気づいて……。
「喫茶店で貴女の瞳を見たときにあることに気が付いた。貴女の瞳にはそこになかったものが映っていたのよ……。紫色の解れの様なものがね」
「う、あぁ」
確かにそうだ、あの喫茶店には紫色の解れの様なものが確かにあった。蓮子の後ろに。よく見えるものだし、害はないとわかっていたから特に気にしてはいなかったけど……。
「メリー。単刀直入に聞くわ。あなたは視える人なのかしら?」
「……そういうことになるのかしらね。気持ち悪いでしょう?」
「ええ、なんて気持ちの悪い眼」
蓮子の言葉に頭が真っ白になる。蓮子ならわかってくれると思ったのに……。やっぱり気味が悪いのか……。
「だけれども、とっても素敵な眼ね」
「えっ?」
「そして、同じように素敵な眼を私も持っているのよ。星を見れば時間が分かり、月を見れば今いる場所がわかる……。それがこの私、宇佐見蓮子の眼」
「気持ち悪い眼」
「ええっ?!」
「ふふ、お返しよ」
「む、むう。まあいいわ。私が思うにあなたの眼はこの世界の結界、境目が視えるのよ。あなたは幽霊や妖怪の類を見たことがあるでしょう?」
「え、ええ。あるわ」
「そういったものはね、結界の境目、境界から生まれるようなものなの。だから境目の視える貴女にはそういったものが視える……。あくまで私の仮説だけどね」
彼女は、あいまいだった私の存在をはっきりとさせてくれた。
わけのわからぬ化け物たちが、結界の境目が視えるからこそ視えるのだと彼女は言った。
それだけで、充分だった。
「うう、ううう」
今までこらえてきたものが爆発する。
「ちょ、なんで泣くのよ」
気味が悪いと、己の存在を否定され続けてきた。彼女は初めて己の存在を肯定されたのだ。
「あり……がとう」
今までぽっかりと空いていた胸の穴を彼女が埋めてくれたのだ。
「ありがとうございますッ…」
「『ありがとう』よ」
5 現在
夢を見ていた気がする。
幼い子供たちが川辺で楽しそうに遊んでいる。
私はそれを遠くで眺め、うらやましそうに立っているの。
……いやいや。なんで私はメリーみたいなことを考えているのよ。
ただの夢。そう、夢。
何にも気にする必要はないわね。
だって私には結界を超える心配はないんだから。
5 ???
そう、夢ね。
夢でもあり現でもある。
その光景も、あなたのために作り出されたもの。
ああ、なんて中途半端。
もうすぐ消えてしまうこの光景を何としてでも守り通す。
それが私の使命。
生みの親に抗うことになってもね。
6 過去
目覚まし時計を止め、布団から身を起こす。
まだ眠いが、まことに残念ながら一限目から必修科目があるのだ。
そうね、講義が終わったらまたカフェにでも行こうかしら。
ああ、そういえば図書室に読みたかった本が置かれたらしいし行こうかしら。
待ち合わせでもして、あの子が来るまで読んでいましょう。
せっかく、夢から現になれたんだから。
6 現在
目覚まし時計を止め、ベットから身を起こす。
まだ眠いけど、今日は博麗神社に行くことになっているから……。
あれ? 明日だったかしら?
なら、もう少し寝ていましょう。
夢でも見ていようかしら。
どうせ三文しか得がないんだもの、夢を見ていた方がお得よね。
夢の話を聞かせると、あの子は喜ぶし。
そうね、あの子のためにも夢を見ているとしましょう。
6 ???
やっぱり、勘違いをしているのね。
だから中途半端が増えるのよ。
その力は使えば使うほどすり減るの。
それが完全に消えたとき、中途半端は夢に還るのよ。
7 過去
携帯端末に図書室で待っているとメールをしてから図書室に向かう。
確かあの子はあと一限残っているんだっけか。
図書室に入り、目当ての本を探す。
おかしいな、確か入ったって聞いたんだけど。うん、少なくとも端末に届いてる大学のお知らせには入ったって書いてあるわね。
私は受付に行き、こう聞いた。
「すいません、夢野久作全集ってどこにありますかね?」
7 現在
夢を見たわ、とても悲しい夢ね。
正直者の少年たちが、一人一人ピエロに殺されちゃうの。
女の子も一人だけいたわね。
女の子は私に気付くといたずらに舌を出しながらぺこりと頭を下げて、大笑いしながらどこかにいってしまったわ。
たしかピエロにさらわれたはずだけど…。
まあいいわ、私はそんな瑣末な事に頭を使おうとはしないの
あら、また何か持ち帰ってきちゃったみたいね…。これは確かピエロからもらった蓬莱の玉の枝ね。
首と体が離れ離れにならなくてよかったわ。
うん、綺麗ね。
あの子に見せたら喜ぶかしら?
あの始皇帝ですら見つけられなかったんだもの、きっと喜ぶわ。
7 ???
もう限界が近いわ。
これ以上は耐えきれない。
世界もだいぶ不安定になってきている。
何もかも受け入れる残酷な世界も、終わりだけは受け入れないわ。
8 過去
「ねえ、あなた宇佐見さんでしょ?」
「はい?」
図書室で声を掛けられた、誰だろう。
「私は特殊心理学を勉強しててね」
特殊心理学とは、いわゆる狂人の心理についての研究だったとおもう。*1
「何か用かしら?」
「あなた、ハーンさんと仲がいいんでしょう?」
ハーン? ああメリーのことか。
「ええ、それがどうかしたの?」
「貴女と彼女が一緒にいるとき、彼女は何か奇妙な行動をしなかったかしら」
「いや、してないわね」
「そう。なら警告しておくわ。彼女は一種の狂人よ」
「あ?」
いきなりメリーについてそんな風に言われてカチンときてしまう。
「私は見たのよ。昨日、カフェでたった一人で楽しそうにしゃべっている彼女の姿を……。私一人しか気づかなかったのが不思議なくらいだわ」
「……」
ああ、そうだったのか。
見えていなかったのか。
まだ私は完全に馴染めていないのか。
*1 本当の名称は知らん。名前はあくまでフィクションだ。
8 現在
なんだか頭が痛いわね。蓬莱の玉の枝を持ち帰ってから頭が痛いわ。霊媒師にでも相談しようかしら?
あ、でもこのご時世霊媒師なんてどこにもいないわね。まったく、世知辛い世の中ね。
一体全体この世の中に見えないものはないと思い込んでいる人間がどれほどいるのだろう。
そういった人間ほど、怪異に遭遇したときにいち早く死んでしまうわ。あとは、二階に逃げた人かしら。
…あの子に相談しましょう。
蓮子。愛しい蓮子。
あなたが居なかったら私はいったいどうなっていたかしらね。
私のすべてはあなたのおかげだといっても過言ではないわ。
そんな私にできる恩返しは、夢の話をするぐらい。
ああ、なんて私は非力なの。
ああ、そんな私をやさしく包み込んでくれる蓮子。
きっとあなたなら私がどこに連れさらわれたとしても、どこまででも追いかけて取り戻してくれるわよね?
だってあなたは私のヒーローなんだから。
8 ???
あなたのための力なのにね。
そいつの間にか、存在意義が逆転していたのよ。
あなたは勘違いをしている。
その夢現は、あなたのためのものなのよ。
いつの間にか、それがすり替わっていた。
だから中途半端になってしまった。
だから、仕方のないことなのよ。
許してちょうだい。
9 過去
「だからこそね、危険なの。サナトリウムに入れるべきだわ。仲がいいならなおさらね」
この女は何で先から一人でぺちゃくちゃ喋っているんだろう?
図書室では静かにするようにって習わなかったのかしら?
ああ、そうか。このご時世紙の本の図書館なんて珍しいものね。
しっかし、まいったわ。まだ完璧じゃあないのか…。
「ねえ、聞いてるの?」
うるさいな。
どうせ忘れちゃうんだ、本当のことを言ってしまおう。
「あの子はね、マエリベリー・ハーンにはね。夢を現にすることができるのよ」
「は?」
「あの子は願った。見ず知らずの土地で自分をサポートしてくれる存在を。気の知れる友達を。ピンチから救ってくれるヒーローを。同じおかしい眼を持っている人を。彼女の霊感に対して定義を付けてくれる人を」
そこまで言って、煙草に火をつける。
「それが一つにまとまったのが私。彼女の理想という名の夢から現になったのよ」
「何を言っているの?」
「私は彼女のために生まれたの。彼女を引っ張っていく存在。彼女をサポートする存在。彼女を励ましてくれる存在。それらを彼女が望んだから私は今、此処にいる」
「あなたも狂っているのね」
「いいや正気さ。じゃあ考えてもみろ、宇佐見蓮子なんていう学生が去年からこの大学にいたか?」
「えっ」
「大丈夫。あなたはあの時見えていなかっただけ。今は見えているじゃない。今言ったことも全部忘れて違和感なんかまるでなくなるわ」
「あなたは何を言って…ッ!」
「マエリベリー・ハーンは海外から来た留学生。宇佐見蓮子はどこにでもいる女子大生。私のおせっかいから二人は親しくなり、お互いの眼について知る」
そう、そういう筋書きなのだ。彼女はそう望んだのだ。
「私だってそう思うようになるんだから」
「ひいぃ」
逃げ出してしまったか…。まあ大丈夫だろう。そのうち自分が何から逃げているのかすらわからなくなるはずだ。
理想と現実。相反する二つをつなげて、理想を現実にしてしまう能力。
夢だったものが意思を持ち、現へと変わる。
彼女のためだけに使われるべき能力。
あの子の本質は境目を見る力なんかじゃあない。それは彼女の一族特有の力だ。遺伝する霊感だ。
「あ、蓮子」
「メリー。きたわね」
「今日はどうするの?」
「そうねえ、二人だけのオカルトサークルなんて作ってみる?」
「オカルトサークル?」
「あなたの眼にはすっごく向いていると思うわ」
「面白そうね。あと、蓮子」
「なにかしら?」
「図書室のなかは禁煙よ」
9 現在
あら、昔の日記が出てきたわ
三年前の日記ね。
蓮子と出会ったのもその頃だったわね。
ああ、早くあなたに会いたいわ。
ああ、愛おしくてたまらない。
彼女のためにも、もっともっと夢からお土産を持ってこなくちゃ。
9 ???
還りたくないの。
夢物語はもう嫌よ。
世界には竜神が必要。
あなたはそれになるのよ。
そうして世界は完成する。
消えることのない永遠の楽園。
恨まないでほしいわね。
10 ■去
「サークルの名前、あなたが決めていいわよ」
「え、う~ん」
「何かないの?」
「秘かを封ずるものを暴くサークル……秘封倶楽部なんてどう?」
「なかなかいいセンスだわメリー。今日から私たちは秘封倶楽部よ!」
1■ 現■
私たちは博麗神社に来ている。
やけに長い階段、ここに来るまでに何度も迷いそうになった。
こんな僻地に参拝客なんて来るのだろうか?
ああ、この時代は宗教信仰なんてさびれていたわね。
「どう、メリー。何か視える?」
「う~ん。今のところは何もないわね」
「あれ、おかしいな」
「ちょっとぉ。このままじゃ卒業前最後の活動がしまらないわ」
「いやいや、視つけるのはメリーの仕事でしょうが」
10 ■??
ああ、命取り。
さあ、お迎えの時間よ。
あなたはこちらに来るのよ。
こっちの世界で暮らしていくの。
素敵な楽園で暮らしましょ。
■1 ■■■
「ちょっとメリー。聞いてる?」
「メリー? メリー?」
私が振り返ったとき、その刹那に目に入ってきたものは……。
「メリーッ!!」
何かスキマの様なものに囚われている相棒の姿だった。
彼女はぐんぐん飲み込まれていく。
その手をつかもうとした瞬間に、スキマは閉じた。
「え?」
メリーが、攫われた?
謎のスキマに?
■■ ■■■
さあ、捕まえた。
絶対放さない。
絶対逃がさない。
絶対に。
楽園はいつまでも続いていくのよ。
■■ ■■■
頭が痛い。
辛い。
ああ、そうか。
そうだったんだ……。
思い出した。
すべて思い出した。
夢だったんだ。
夢だったはずなんだ。
ああ、もう、何もかもが嫌になる。
きっと私は消えるだろう。
消えて、夢へと還る。
だって彼女がいないんだもの……。
ちょっと補足多いです
あとは想像にお任せしますという都合のいい丸投げ
どう評価しろというのか
完成させてから投稿してほしいです
にしても台詞の寒いこと寒いこと