現代社会の闇というものに、触れることは少ない。何しろ僕が棲み着いているのは現代社会から遠く離れた幻想郷、現代社会に比べれば余程狭く分かりやすく把握のしやすい、それなりに住みよいところだ。過剰に人付き合いを求める風習はないから、一人でいたければ引きこもっていればいい。気楽なところだ。ぼうっとしているだけでそれなりに暮らしていける。
そんな僕でも、時には外の世界の闇に触れることもある。幻想郷には時折外の世界から珍しい品物が流れ込んでくることがある。幻想郷と外界は境界が曖昧だから、文化、物質の流入、流出が頻繁に起こる。大抵はつまらないものばかりだ。余暇でできたような幻想郷は、大袈裟なことが起こる品物が落ちてくることなど、滅多にない。
だけど、今回手に入れた品物はまずい。これは下手をすると幻想郷が滅びてしまいかねない大変な代物だ。幻想郷は物事の流行り廃りが激しい。熱しやすく、冷めやすい。だから、万が一流行しても大したことにはならないかもしれないが……もし、悪用しようとする誰かがいれば……
「よう、何をやってるんだ、香霖」
「ああ、魔理沙。大変だよ。恐ろしい悪魔の道具を手に入れてしまったよ」
「悪魔の道具? ……レミリアあたりが喜びそうな道具だな。で、何を手に入れたんだよ」
魔理沙に言ってしまってから、ああしまったなと思ったけれど、どのみち魔理沙は勝手に入り込んで盗んでいくやつだ。幻想郷に出されてしまう前に、魔理沙には危険性を教え込んでおく方が良いだろう。そう思って、僕は機械で出来た箱を、魔理沙に見せた。
「パチンコだ」
「パチンコ? それなら昔作ったぜ。三股の木の枝で、ゴムを張って作るやつだろ」
「それはいわゆるスリングショットのほうのパチンコだ。そっちなら大して危険な道具じゃない。誤った使い方をすれば他人に怪我をさせる可能性があるくらいだ。まあ、こっちの箱も、打てば当たるってのは間違ってはいないけどね。でも、当たることより外れることのほうがはるかに多い。……だからこそ危険なんだ」
「当たるより外れるほうが危険? ……よく分からないことを言うやつだな。ふうん、機械の箱か」
魔理沙は前面に張られたガラスをこつこつと触りながら、まじまじと観察を始めた。
「前に里の酒場に置いてあった、ジュークボックスみたいな形をしてるな。でも、中身は全然違う。この盤は何だ?ピンボールみたいなもんか?縦置きの……」
「その通り。これは所謂ゲームをする機械だ。大袈裟なピンボールと考えてもらえば分かりやすい。球は一つではなく、一度に数百、数千と出てくる。ここの受け皿に球を流し込んで、こっちの右にあるハンドルを回すと球が打ち出される。ここに入ったら大当たりだ」
「なんだ、面白そうな玩具じゃないか。何が危険なんだ。やらせろよ」
「ああ、魔理沙、話は最後まで……ああ、いや、君みたいなタイプは、一度体験した方が、分かりやすいかも知れない」
魔理沙はもうパチンコの前に座ってしまって、やることばかり考えている。僕の話を聞いてなどいない。これからが本当に恐ろしい部分なのに……パチンコのギャンブル性について、魔理沙は何も知らない。これは恐ろしい機械だ。特に、魔理沙のように好奇心が強くて運の悪い、しかもそれなりに腕は立つから逆に慢心してしまうようなタイプには……。
「よし、分かった。魔理沙、球を置いておくから、好きなだけやるといい」
それから30分ほど、魔理沙はぎゃんぎゃんじゃらじゃら言わせていたが、飽きたらしくて立ち上がって、僕のところへ来た。
「思ったより面白くないぜ」
思えば、魔理沙は快活で身体を動かすのが好きな娘なんだった。はまらなかったことに、少し安堵した。
「うるさいし、右手を押さえ付けてあとは見てるだけだ。これの何が面白いんだ?」
「それは良かった。面白く感じてたら、きっと辛いことになるところだったよ」
「何がだよ。まあ、当たったら紙芝居が見られるのはいいな。ちょっとは楽しめる。けど、当たらないと見れないじゃないか。1分の面白さのために1時間も退屈なんて最悪だぜ。それで、これは一体何なんだよ。何が悪魔の道具なんだ。ただのつまらないゲームじゃないか」
「これはね、ギャンブルなんだ」
僕は立ち上がってパチンコ台のところへ行き、魔理沙の使った球と、今手元にある球を比べた。かなりの数を使っている。どうやら当たりは少なかったようだ。だからこそつまらなかったのかもしれない。ビギナーズラックがなくて幸いというところか。
「ああ、ギャンブルなのか。それは多少危険だな。身を持ち崩すやつが出てくるもんな。でも、それだけだろ?」
「いいかい、魔理沙。カジノは知ってるだろう。あれはお金をチップに替えてギャンブルをする。これも同じだ。いくらかの値段で、球とお金を交換する。魔理沙の儲けを調べてみようか。……えーと、球をこれだけ使っていて、一つがいくらだから……」
しめて、5万円ほど。30分で魔理沙はそれだけ失ったという訳だ。
「5万? って言われてもあんまりピンと来ないぜ。どれくらいなんだよ」
「ああ、そうだね……幻想郷で言えば、魔理沙が少なくとも、二ヶ月は食べていけるだけのお金だ。節約すれば三ヶ月はいけるかな」
「げっ。まじかよ。30分でそれだけ?」
「そう。魔理沙は余程当たりが少なかったみたいだね。普通はもう少し当たるものだけどね。でも、このくらいのレートはそう珍しいものじゃない。問題は、これがあまりに簡単すぎ、しかも思考をする余裕がない。楽だということだ」
いいかい、魔理沙、と前置きして、僕は長い話を始めた。
「この機械は、座ったまま、右手でここを押さえているだけでいい。トランプみたいに、何かを考える必要はない。勝つか負けるかを考えて、降りるということもない。使えば使うだけ、お金が吸い込まれていく。
言ってみれば、魔理沙。休みの日に、ぼんやり寝転びながら、目の前で本が自動でぺらぺらめくられていく様を想像してみるといい。あまりに気楽で、ずっとそうしていたくなることだと思う。しかも、それでお金が貰えるかもしれない……という考えまで浮かぶ。これだけで、危険な道具だということを分かって貰えると思う。
これは、座っている間に、お金を奪ってゆく。それも無自覚に、だ。これは人を無自覚にする機械だ。ぼんやり座っていることを強いる機械なんだ。
気がついたら、この機械のために、手持ちのお金を全て失っている。しかも、終わりがないから、一度スッてしまっても、また行きたくなる。一度か二度、儲けていれば、余計にそうだ。いくらやっても終わりがなく、しかもそこに座ってる間は心地よい夢を見られる。思考を奪い、無自覚のまま財産を奪ってゆく機械なんだ。
外の世界では……これのために働く気力を失い、さらに金も奪われ、破滅してゆく人間が沢山いるという。しかもその事実は、他の人間にはぼんやりと知られているだけで、本当のところを知る人間は少なく、本質は闇に隠れている。……現代の妖怪と言って良い機械だよ、これは」
うーん、と魔理沙は呟いた。あまり、この機械の恐ろしさがぱっと分からないのかもしれない。無理もない。幻想郷は通貨制度に支配されていない。あるにはあるが、人間と一部の妖怪の間でだけしか流通しておらず、人間の中にも殆ど無一文で生活している者もいるほどだ。幻想郷で暮らしている魔理沙に、この機械、引いてはギャンブルそのものの恐ろしさを説いても、理解しきれないのは無理のないことかもしれない。
「でもよ、やらなければいいんだろ。やる人間の方の、その、何だ。自己責任って奴なんじゃないのか?」
「そういう部分はある。無論、自己責任だ。だけど、これはある種中毒と同じだ。煙草やアルコールの中毒に治療が必要なように、一度はまってしまえば、抜け出すのは難しい。無論、場合によるけれど、規制が必要だ。しかし、自己責任という言葉の元に、ある程度放置されている現実がある。……自己責任では済まされない領域なんだよ。
「確かにその通りだぜ」と言って、魔理沙は黙り込んだ。僕は続けた。
「……更に、深い闇をこの機械から知ることができる。この機械に使うのは、無論お金だ。お金は誰にとっても不可分なものだ。幻想郷では違うけれどね。なくても生きていける人間もいる」
そう言って、僕はポケットから銅貨を取り出した。幻想郷で使われてる、どうってことのない質の悪い銅貨だ。だけど、お金として扱われているからには、外の世界で紀元前より使われているお金と、意味は同じだ。それこそ日本では弥生時代の昔から、貝殻が通貨の代わりに使われていた。僕は再び、長い話を始めた。
「思えば僕は、お金に対しては自分の能力を使ってみようとしたことはなかった。身近にありすぎてね。だけど、お金だって所詮は道具だ。
これはお金を入れてお金を儲ける。勿論返ってくることもある。ギャンブルだからね、儲からなくては誰も来ない。たまには甘い汁を吸わせる必要があるということさ。
返ってきたお金は、誰のものだと思う? ギャンブルの胴元か? ……勿論それはそうだ。だが、その胴元に入ったお金はどこから来たものか? ……同じように、パチンコをやって、スッた人間のお金だ。中には、首をくくったり、借金取りに何もかも奪われて、路上で死んだ人のものも含まれるかもしれない。
僕はね、魔理沙。そういうところに怖さを感じるんだ。パチンコで勝つということは、人を殺してお金を奪っているのと同じことだ、と。ある意味では胴元が人を殺しているという批判に取られるかもしれない。だけど、違う。本当のところは、人を殺すのは、同じようにパチンコをやる僕らであり、そしてその現実を見過ごす僕達なんだ。
世の中はお金を奪うものと奪われるものに分かれている。どちらでもない者もいるけどね。だけど、お金を得るということは、誰かが出しているわけだ。『金は天下の回り物』とはよく言ったものだけどね。だけど、溜め込むものが出て来た。単純に、一人が二人分溜め込めば、一人は生きられない。これはごくごく単純化した話で、極端な例えだ。だが、外の世界には一人で何十人、何百人分のお金を貯め込む者もいる。だけど、それが悪いわけじゃない。何が起こるか分からないし、家族や他の者を守ろうと思えば必要にだってなる。そして、奪われたものには奪われたものの不注意がある。またここにも自己責任だ。だけど……だけどね、自己責任で全てが収まるとは、僕には思えない。
だから……だからどうすればいいのか、は僕には分からない。お金のある者がない者を救えというのも無理な話だ。ある者にはある者なりの努力があった訳だからね。だけど、僕はこのことに何か違和感があるんだ。
……外の世界というのは、怖いところかもしれない。……お金を得るということは、お金を奪うことだ。人間が地球上の許容量のうちに入っているうちはいいが、そうでなければ、弱いものは弾き出されるしかない」
魔理沙は今度こそ、口を閉ざして黙り込んだ。「僕だって偉そうに語ったけれど、何も知らないのと同じだ。今調べて分かっただけの話さ。幻想郷には関係ない、というのは簡単だけどね。実際のところ、どうかは分からない。今はそうでも、この先のことは特に」
魔理沙は帽子の縁を握って俯きがちに「こわいな」とぽつり、呟いた。
「確かにお金はあったらいいもんだが、怖い。私はなくてよかったと思うぜ。幻想郷なら、少なくとも、お金がないせいで死んだ人間なんて聞いたことがない。霊夢はいつでも飢えてるけどな」
……僕と魔理沙は二人して、パチンコの機械を眺めた。たたき壊してしまいたいくらい恐ろしいが、これを壊したところで外の世界にある現実は変わらない。
「ところで、これがここに来たってことは、外の世界では忘れられたもんなのかな。外の世界にはもうないのかな」
「そうだね、ここに来ているということは、外の世界では規制が始まったのかもしれない。……だけど、こういったものは消え去ることはない。また別のものが、形を変えて、同じように搾取をする。賭け事が消えないのと同じだよ。だけど、こういった類のものは、思考能力を奪う。ゲームとしての賭け事とは、全く別だ……」
僕と魔理沙は黙り込んで、長いこと機械を眺めていた。いまでもこの機械に向き合って死んでゆく人がいるかと思うと……そして、いつ、自分達がその側に回るかもしれないかもしれないということを……
僕が奥の、荷物の積んであるあたりを片付けて、パチンコを置くスペースを作った。それで、持ち上げようとすると、魔理沙が片側を持って、手伝ってくれた。それで、パチンコを置いて、布をかけて、その上から荷物を置くと、まるで何もなかったみたいになった。僕はそれで、なんとなく少し、安心した。もちろん、それでなくなったことになりはしない。けれど、そうせずにはいられなかったのだ。
僕と魔理沙は、機械をしまったあとも、そのパチンコのことを考えずにはいられなかった。決して心の中からは消え去ることはないのだった。
でも残念だな!
2日続けて10万負けてなお行く俺の心には響かんよ!あははは!あははははー!
……はい。満点置かせてもらいます。
東方の出たら買いそうw
精神の錬磨を楽しめる人はギャンブルさえ自己に内包する。
幻想郷は意識の高い世界であると信じたい。
確かにパチンコは資本主義社会の縮図かも
中毒にさせて洗脳させられた者が敗者を皆で食い散らかす的な
よく出来た世界だとは思うし異様さじゃオタ世界も十二分に異様だし五十歩百歩かね
やはり欲と洗脳の混じった世界は強い
それでも怖いという魔理沙こそが正常な思考の持ち主だと思う
幻想郷にパチンコが大量に流れ着く日が来てほしい
そしてひょっとして……この幻想入りしたパチンコ、カイジの「沼」じゃあ……
パチンコを外(=幻想郷)から見る意味
このあたり考えると東方が舞台なのもありかなと思うが、
東方らしさを問われると残念な感じ
最近課金制のスマホアプリ始めたばかりなので身につまされました
一人暮らしは止める人がいないから気を付けよう・・・