パーフェクトメイド。
それは紅魔館の悪魔の従者、十六夜咲夜の持つ異名。
そう、彼女はこの上なく瀟洒で完璧なメイドである。それは誰もが認めるところであり、彼女自身、常にそうあろうとしてきた。
しかし、彼女に近しいものは皆言う。
彼女は完璧すぎるのだ、と。
彼女には一点の迷いも、妥協もない。ただただ、完璧な従者として、主人のため、ただそれのみのために生きている。
周りに対する思いやりなど無い。善悪の判断もない。主人以外の全ての存在の自由、権利など毛ほどにも思っていない。
それは他人から見れば、ひどく恐ろしく忌むべき様であった。
だから人々は若干の嫌悪、もしくは忌避の念をこめて、彼女をこう呼んだのだ 。
完璧主義従者(パーフェクトメイド)、と。
秋もたけなわ。
今日は紅魔館にてお月見会が開かれていた。
しかしそれは通常のものとは性質を異にしていた。どちらかといえば誕生日パーティーのようなもので、日本の春夏秋冬季節の文化に興味を覚えた当主が、一年で自らの力が一番解放されるこの中秋の名月の夜に、お月見という文化に乗っかって祝宴を開いたというものであった。
そのようないわば自己満足の宴会であるがために、宴会好きの幻想郷の面々たちも、今日は姿を見せていないようであった。
では閑古鳥なのか。いや全くそんなことはない。そこそこの混み具合、そこそこの人数が、屋敷を訪れていた。
驚くべきはそのほとんどが里の人間だということである。
彼らは終始皆でレミリアにおべっかを塗りたくっていた。
「ほ、本日におかれましては、お日柄…もとい、お月柄もよく、レ、レミリア様も益々御健勝のことと存じます…。」
多くの人の挨拶はこのようなものであった。それを聞きながら、レミリアは満足そうに笑みを浮かべ、グラスを傾けていた。もっとも、周囲から見てそれは冷ややかな微笑でしかない。
里の人間たちは可哀想なほどに必死であった。
当然である。彼らも好き好んでこの悪魔の祝宴にやってきたわけではない。十六夜咲夜の脅迫まがいのお誘い…もとい、お誘いまがいの脅迫を受け、かき集められたのである。
そのことを当主本人は知る由もない…いや知っているかもしれないが、とにかくそんなことは気にもかけていないようだった。
そんな中、事件は起こった。
外壁に寄りかかりながら、隅で宴会を眺めていた、門番が刺されたのである。
誰に、というのは言うまでもないので省くとして、問題はなぜか、ということであった。
眠そうにはしていたが、別に寝ていたわけでもない。特に問題のある行いをしたようにも見えなかった。人々は何事かと震え上がった。
いつ自分の身にあれが降りかかるとも分からない。しかも彼らは妖怪ほど丈夫ではなく、残機一つで世を生き抜かねばならぬ身であった。
ナイフを抜き取ると、冷ややかにメイドはいった。
「お嬢様の健勝を祝う宴で、退屈そうにあくびをするなどあってはならないことですから。」
周囲は益々震え上がった。あくび一つでこれ程とは、下手な一挙一動が身を滅ぼしかねない。皆凍りついたように動きを止めていた。
それを遠目に見ていた当主本人はというと、ハア、と退屈そうに一つため息をついたが、すぐに元の調子に戻っていた。
その後も宴は続き、日の出の近づく寅の刻、ようやく解散となった。皆の予想に反し、結局美鈴を最後に怪我人だの死者だのは出ることがなく、メイドも客に対しては親切であった。
帰りに手土産を持たされ、半ば夢見心地で里に戻った人々は、帰るやいなや倒れるように寝たそうである。
翌日の夜。
レミリアはまた月を見ていた。
もう日が沈んでから随分と経つが、レミリアにとっては人間でいうアフタヌーンティーの時間である。
カップを片手 に、なにとなく思案するレミリアと、そのそばに控える咲夜。
聞こえる音といえば、虫の鳴く声と、咲夜が時たま茶を注ぐ音ぐらいで、他には何一つない。
いつもの光景、いつもの静寂。
しかしレミリアがカップを置くと、そのいつもは突然にして破られた。
一息つくと、レミリアは咲夜に向けて語りかけた。
「咲夜。今日はいい月ね。昨日よりもずっと綺麗だわ。」
「そうでしょうか?」
「あら、咲夜はそうは思わないの?」
「はい。昨日に比べましたら。」
「そう? 私は昨日のより今日の方が好きよ。」
「意外です。昨日は一年で一番月が美しい夜ということだったのではなかったでしょうか?
実際話通りに素晴らしい月でしたし、それがためにお嬢様もあの祝宴を開いたのだと思っていたのですが。」
「あれは気分よ。この国の習慣に少しだけ肖ってみただけ。咲夜はどうして昨日の月が一番美しいと思うの?」
「それは...一年で一番空が澄み渡る季節の満月だから、でしょうか。」
「そうね、その完璧さにおいては文句なしの月だったわ。祝宴にもちょうどよいでしょう。でも一番美しいのは今日の月なのよ。」
「どうしてでしょうか?」
「それはね、少し欠けているからよ。」
「?」
「昨日の月は確かに完璧だわ。昔のお偉い貴族が、望月の、という歌を詠ったぐらいだそうだしね。
実際彼の人生もそれぐらいに満ち足りた物だったんでしょう。でも何でも完璧だった訳じゃないと思うわ。彼にも思い通りにならないものはあったはずよ。ダイスの目とか 、ね。
それで良かったのよ。周りがなんでも思い通りであることほどつまらないことはないわ。
運命まで操れてしまうなんてなおのこと、ね。
物事は完璧すぎないぐらいがちょうどいいものなのよ。
ちょっと欠けてるぐらいが一番いいの。この十六夜の月のようにね。」
「...。」
「あなたにも、この素敵な月のようにあってほしいものね。」
その後は、いつものように一日が進んだ。咲夜は普段より一層寡黙だった。
日が昇ると、館の主人は眠りにつき、いつの間にか月も姿を消してしまっていた。
再び月が昇ったころ。
レミリアは昨日と同じ場所で茶を飲んでいた。いつもの風景である。
「咲夜。クッキー持ってきて。」
「はい。」
そういうと彼女は小箱をもってきて、レミリアに手渡した。その間0.5秒。いつもながらの早業である。
レミリアは箱を開けると、怪訝な顔をして、椅子越しに振り返って咲夜に言った。
「何これ? ねずみか何かが齧ったんじゃないの?」
咲夜は深々とお辞儀した。
「すみません。少し欠けたものが一番お好みとのことだったので。」
レミリアは少し口をひくつかせていた。
「分かったわ咲夜。
あなたに欠けているものは常識よ。」
それは紅魔館の悪魔の従者、十六夜咲夜の持つ異名。
そう、彼女はこの上なく瀟洒で完璧なメイドである。それは誰もが認めるところであり、彼女自身、常にそうあろうとしてきた。
しかし、彼女に近しいものは皆言う。
彼女は完璧すぎるのだ、と。
彼女には一点の迷いも、妥協もない。ただただ、完璧な従者として、主人のため、ただそれのみのために生きている。
周りに対する思いやりなど無い。善悪の判断もない。主人以外の全ての存在の自由、権利など毛ほどにも思っていない。
それは他人から見れば、ひどく恐ろしく忌むべき様であった。
だから人々は若干の嫌悪、もしくは忌避の念をこめて、彼女をこう呼んだのだ 。
完璧主義従者(パーフェクトメイド)、と。
秋もたけなわ。
今日は紅魔館にてお月見会が開かれていた。
しかしそれは通常のものとは性質を異にしていた。どちらかといえば誕生日パーティーのようなもので、日本の春夏秋冬季節の文化に興味を覚えた当主が、一年で自らの力が一番解放されるこの中秋の名月の夜に、お月見という文化に乗っかって祝宴を開いたというものであった。
そのようないわば自己満足の宴会であるがために、宴会好きの幻想郷の面々たちも、今日は姿を見せていないようであった。
では閑古鳥なのか。いや全くそんなことはない。そこそこの混み具合、そこそこの人数が、屋敷を訪れていた。
驚くべきはそのほとんどが里の人間だということである。
彼らは終始皆でレミリアにおべっかを塗りたくっていた。
「ほ、本日におかれましては、お日柄…もとい、お月柄もよく、レ、レミリア様も益々御健勝のことと存じます…。」
多くの人の挨拶はこのようなものであった。それを聞きながら、レミリアは満足そうに笑みを浮かべ、グラスを傾けていた。もっとも、周囲から見てそれは冷ややかな微笑でしかない。
里の人間たちは可哀想なほどに必死であった。
当然である。彼らも好き好んでこの悪魔の祝宴にやってきたわけではない。十六夜咲夜の脅迫まがいのお誘い…もとい、お誘いまがいの脅迫を受け、かき集められたのである。
そのことを当主本人は知る由もない…いや知っているかもしれないが、とにかくそんなことは気にもかけていないようだった。
そんな中、事件は起こった。
外壁に寄りかかりながら、隅で宴会を眺めていた、門番が刺されたのである。
誰に、というのは言うまでもないので省くとして、問題はなぜか、ということであった。
眠そうにはしていたが、別に寝ていたわけでもない。特に問題のある行いをしたようにも見えなかった。人々は何事かと震え上がった。
いつ自分の身にあれが降りかかるとも分からない。しかも彼らは妖怪ほど丈夫ではなく、残機一つで世を生き抜かねばならぬ身であった。
ナイフを抜き取ると、冷ややかにメイドはいった。
「お嬢様の健勝を祝う宴で、退屈そうにあくびをするなどあってはならないことですから。」
周囲は益々震え上がった。あくび一つでこれ程とは、下手な一挙一動が身を滅ぼしかねない。皆凍りついたように動きを止めていた。
それを遠目に見ていた当主本人はというと、ハア、と退屈そうに一つため息をついたが、すぐに元の調子に戻っていた。
その後も宴は続き、日の出の近づく寅の刻、ようやく解散となった。皆の予想に反し、結局美鈴を最後に怪我人だの死者だのは出ることがなく、メイドも客に対しては親切であった。
帰りに手土産を持たされ、半ば夢見心地で里に戻った人々は、帰るやいなや倒れるように寝たそうである。
翌日の夜。
レミリアはまた月を見ていた。
もう日が沈んでから随分と経つが、レミリアにとっては人間でいうアフタヌーンティーの時間である。
カップを片手 に、なにとなく思案するレミリアと、そのそばに控える咲夜。
聞こえる音といえば、虫の鳴く声と、咲夜が時たま茶を注ぐ音ぐらいで、他には何一つない。
いつもの光景、いつもの静寂。
しかしレミリアがカップを置くと、そのいつもは突然にして破られた。
一息つくと、レミリアは咲夜に向けて語りかけた。
「咲夜。今日はいい月ね。昨日よりもずっと綺麗だわ。」
「そうでしょうか?」
「あら、咲夜はそうは思わないの?」
「はい。昨日に比べましたら。」
「そう? 私は昨日のより今日の方が好きよ。」
「意外です。昨日は一年で一番月が美しい夜ということだったのではなかったでしょうか?
実際話通りに素晴らしい月でしたし、それがためにお嬢様もあの祝宴を開いたのだと思っていたのですが。」
「あれは気分よ。この国の習慣に少しだけ肖ってみただけ。咲夜はどうして昨日の月が一番美しいと思うの?」
「それは...一年で一番空が澄み渡る季節の満月だから、でしょうか。」
「そうね、その完璧さにおいては文句なしの月だったわ。祝宴にもちょうどよいでしょう。でも一番美しいのは今日の月なのよ。」
「どうしてでしょうか?」
「それはね、少し欠けているからよ。」
「?」
「昨日の月は確かに完璧だわ。昔のお偉い貴族が、望月の、という歌を詠ったぐらいだそうだしね。
実際彼の人生もそれぐらいに満ち足りた物だったんでしょう。でも何でも完璧だった訳じゃないと思うわ。彼にも思い通りにならないものはあったはずよ。ダイスの目とか 、ね。
それで良かったのよ。周りがなんでも思い通りであることほどつまらないことはないわ。
運命まで操れてしまうなんてなおのこと、ね。
物事は完璧すぎないぐらいがちょうどいいものなのよ。
ちょっと欠けてるぐらいが一番いいの。この十六夜の月のようにね。」
「...。」
「あなたにも、この素敵な月のようにあってほしいものね。」
その後は、いつものように一日が進んだ。咲夜は普段より一層寡黙だった。
日が昇ると、館の主人は眠りにつき、いつの間にか月も姿を消してしまっていた。
再び月が昇ったころ。
レミリアは昨日と同じ場所で茶を飲んでいた。いつもの風景である。
「咲夜。クッキー持ってきて。」
「はい。」
そういうと彼女は小箱をもってきて、レミリアに手渡した。その間0.5秒。いつもながらの早業である。
レミリアは箱を開けると、怪訝な顔をして、椅子越しに振り返って咲夜に言った。
「何これ? ねずみか何かが齧ったんじゃないの?」
咲夜は深々とお辞儀した。
「すみません。少し欠けたものが一番お好みとのことだったので。」
レミリアは少し口をひくつかせていた。
「分かったわ咲夜。
あなたに欠けているものは常識よ。」
面白かったです
こういうのを読むと、やはりレミリアは見た目こそ子供でも
500年生きている妖なのだなぁと感じますね。
レミィとの関係がいいですね
素晴らしい作品でした