Coolier - 新生・東方創想話

たまにはリードされるのも悪くない

2014/09/15 04:48:05
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 文々。新聞が、花果子念報に負けた。それは、私がはたてに出会ってから、初めての経験だった。新聞大会の結果が張り出された立て看板の前で、私はかなり長い間立ちすくんでいたらしい。何を考えていたのかは定かではないが、背中をとにかく嫌な汗が流れて止まらなかったことは認識している。何度も順位を確認して、本当に負けたのだということをついに認めて、私はついに立て看板に背を向けて、可能な限りの速度で飛び立った。


 無心で引力に逆らい続けていると、冷静になったころにようやく、新しい地面が見えてきた。天人たちの住まう土地は、私たちの山をはるか眼下に見下ろす高度に、まるで当たり前のように存在している。見上げる視界がすべて、天人この土地がどのように宙に浮いて、また日差しを遮らずに済んでいるのか、当の住人である天人たちも含めて誰も知らなかった。表側に出るには物好きが開けた穴を見つけ出す必要がある。それが見つかるまでは街灯にたかる蛾のように岩肌に張り付かなければならないけど、今日は幸運にも、日が差すスキマをすぐに見出すことができた。
 穴から這い出したところで声を掛けられた。普段と違う装いに、一瞬、誰だか分らなかった。
「ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう……ああ! 天子さん!」
 青い髪をはためかせて笑うのは、比那名居家の一人娘、比那名居天子だった。快活そうな表情こそいつもと変わらないが、いつにもまして華美な服装をしている。
「どうしたんですか、随分おめかししているようですけど」
「あら」
私が尋ねると、天子は意外そうな顔をした。「祭りの取材に来たのかと思ったんだけど」
「お祭りだったんですか」
 初耳だった。偶然来ただけなのだ。耳を澄ませてみればたしかに、遠くから囃子の音が聞こえる。
「年に一度のね。見てきたら」
「貴女は行かないんですか」
「抜けてきたの。地上のみたいな自由さはなくて、全部段取りが決まってるマスゲーム。堅苦しいのは好きじゃない」
「なるほど。まあ、ちょっと見てきます、ごきげんよう」


 軽く挨拶をしてその場を後にした。囃子の音の方向へしばらく飛ぶと、眼下に賑やかな行列が現れた。ほう、と思わず声が漏れた。先ほどの天子のような煌びやかな服装をした天人たちがおごそかに、長い列を作って歩いている。一人でも美しかったそれだけど、大勢が集まることによって圧倒的な豪奢さ、峻厳さを兼ね備えている。天子はマスゲームだと馬鹿にしていたけど、これはこれでいいものだ。……参加せずに見おろす分には。自分があの一員になっているのを想像するとぞっとしない気分になる。天子の言によれば、次にこの光景を拝めるのは一年後らしい。そういう気分でさえないけれど、一応、写真に収めておこう――と腰のホルダーに手を伸ばした。
「……あ」
 しかし、私の指は、ホルダーの中にあるはずのカメラに触れることはなかった。舌打ち。カメラをメンテナンスに出していたのを忘れていた。
「……どうしようかな」
 写真を残す手立てが、他にないわけではない。一年あいだが空くことと、その手段を使いたくない気持ちが拮抗して――結局私は、腰の二つ目のホルダーを探った。すぐに固いものを見つけ出す。取り出した小型の機械は、樹脂製の蝶番で二つ折りにされている。
 開いたところにはいくつかのボタンと、小さな液晶画面。携帯電話……というやつだ。
「はあーあ。背に腹は代えられない、ってやつね」
 カメラ機能を起動してボタンを押した。安っぽい音。短い暗転のあと、写真が液晶に表示された。思った通り、手のひらの半分ほどしかない画面には、小さすぎて細部まで判別しようもない粗い景色が写っている。これでは、目の前の光景の豪華絢爛さの一分さえ伝えらないはずだ。私はふんと鼻を鳴らした。こんな写真しか取れない機械の、どこがいいのだろう――?






「ええっ!? はたてが!」
 にとりは、作業服全体に散りばめられているたくさんのポケットのうちから正確に、携帯電話の収納されている一つを見つけ出した。それを開いてメール(でなければ、天狗の新聞大会の結果がわかる何かだ)を確認して、驚きから歓喜へと表情が変化する間、私は頬杖をついて睨みつけていた。
「おああ、本当だ、はたてからメール来てる。なるほどねえ、へえ、よく頑張ったなあ」
「にとりのところにはメールが届くんだー、へー。それはいいからカメラを渡しなさいよ。それだけ済んだら行くから」
「もうじき終わるから待っててってば。ほら、文は自分から送らないし、返信もめったにしないじゃないか。そういう相手にはメールも送りにくいものだって。あの子は引っ込み思案なんだから、文の側から歩み寄ってやらないと」
「だって」
 機械って嫌いなんだもん、と喉まで出かかって、無理矢理飲み下した。その携帯電話という道具を導入させることに尽力した技術者に対して放つ言葉としては、どうも不適切だ。頭の中をぐるりと探して代わりに見つけだしたのは、こういう言葉だった。
「苦手なのよ、機械って」
「覚えるんだよ、社会人だろう。ほら、もしかしたら今だって届いてるんじゃないの、はたてから」
 にとりは勝ち誇った様子で言った。この、技術の発展にしか興味を示さない偏屈なエンジニアは、妖怪の山の社会に電子機器が導入されたのが嬉しくて仕方ないらしかった。
 あの、私の頭を悩ませている携帯電話が妖怪の山の天狗に導入されたのはつい最近のことだ。以前から、文明化――つまり、電気や瓦斯をより潤沢に使う生活への改革――を望む河童が上層部に働きかけていたことは、私も知っていた。でも、天狗といえば古風な妖怪だ。それを誉れにしているようなところもあった。だから、本当に電子機器を所持せよという通達が回ってくるなんて、私は夢にも想像していなかったのだ。
 所詮河童の遊びだと思っていた私は、まさか本気で山が説得されるとは思っていなかったから、慌てふためいた。しかし私が必死に絞り出した携帯電話を必要としない理由(「携帯電話がなくても、風に乗せて音を飛ばす妖術があるだろう」とか、「文章の送受信なら新聞がある」だとか、「カメラだって、我々はいいのを用意できる」といったもの)は、全て、理路整然とのけられてしまった(「携帯電話なら相手を探す手間なしに話せ、しかも盗み聞きされる心配がない」だとか、「新聞には印刷する手間があるがメールにはない」だとか、「電話、新聞、カメラ。すべてを一台でこなせるんだから、荷物が減っていいだろう」だとか)。多分、上司たちも、河童に対して同じ抗弁をして、同じように言い負かされたのだろうと思う。最後に上司はこう言った。
「有用性は実地で証明されている。反対する理由はもうない」
 結局は、唯々諾々と従って、支給された携帯電話を持ち歩くしかなくなったのだった。今も、唯々諾々と携帯電話を操作してメールボックスを開いた。
「ええと……ああ、届いてる。たくさん」
「たくさんって……」
 『未読のメール:21件』というのが目に入ってげんなりした。面倒で確認しさえしないから、未読は増える一方だ。最新の一件が、はたてからのメールだった。きゅう、と胃を掴まれたような錯覚がする。にとりに気取られないようにこっそり唾を飲み込んだ。
『打ち上げをしませんか。お鍋の材料を用意してあります』新聞大会が終わるたびに、私たちは二人きりで小さな打ち上げをしている。それの誘いだった。文面は簡潔だった。あれこれ考えているのが私だけなのかと、そう誤解したくなるほどに。

§

 私は思い出す。

「私が『文々。新聞』の記事を食うスポイラーとなるわ! 勝負よ!」

 あるとき急に突っかかられたのが私とはたてとの出会いだった。顔を合わせたことはあっても、親しく話したことなどなかったから、私は非常に驚いた。しかし、興味をひかれた。その日のうちに、彼女が過去に発行した新聞をすべて入手した。


 内容には速報性の欠片もなく、文章は正確さを重視しすぎて硬く、ととても拙かった。こんな出来でよくも私に噛みついたものだと、思わず軽く吹きだしたほどだ。
 それでも、私は本当に、彼女と真剣に向き合った。時にはアドバイスをしたり、取材のやり方を教えたりと、彼女がより良い新聞を作れるように手助けをした。ダブルスポイラー――二人で成長していくための敵対関係だ、という考えがあってのことだ。そして、彼女の向上心が、また、ある種の無鉄砲さが、かつての自分を見ているようで、なんとなく懐かしかったからだ。

 とはいえ、今思えばそれは、ある種の傲慢さでもあったのだと思う。私が、上から、彼女を手助けしている、という傲慢だ。

 私は今も昔も、一人の新聞記者として活動している。私のうまれ持った速さは、情報を運ぶことにこそ生かすべきだと思ったからだし、今でもその特技は速報性という面で、他紙に対する武器として活きている。それに後悔もしていないが、とはいえ、私にも他の道がなかったわけではない。
 天狗の自衛組織に加わること、それから、戦闘力を生かして哨戒部隊に所属すること、そして、隠密部隊の一員として日陰で活動すること。つまりは、社会を構成する中核に組み込まれること。一芸、というのもおこがましいが、突出した長所を持つ天狗は、そういった組織へ入らないかと声がかかることがある。私はそれを面倒だとか、なんとか理由をつけて断った。もしかしたら、と思う。姫海棠はたてという、念写という類稀な能力を持つ天狗は、断らなかったのではないだろうか。誰かが見ている景色をそっくりそのまま写し取ることができるはたては、あるいは私よりもずっと、隠密活動に向いていただろう。

 いつだったかにとりが言っていた。コストを削減するため、新しいものを導入するときは、集団の中から少数のサンプルを取り出して、彼らにしばらく試用させるのだと。その結果有用性が認められて初めて全員にいきわたることになるのだと。私もそうだが、山の上層部は旧い天狗たちだ。新しすぎるものからは背を向ける傾向にある。その彼らが電子機器を導入することを検討したとき、初めにサンプルに選ばれるのはどういった者だろうか。

 私は思うのだ。念写能力という特異な力をもつ天狗がその能力をひけらかすことなく、むしろ人目に付かないような生活をしていたことと。姫海棠はたてに出会ってほどなくして、彼女が持っているような二つ折りの電子端末が全ての天狗に配布されたことは、きっと無関係ではないのだろう、と。

 しかし、仮に、私の想像が的を射ていたとして。隠れ、潜んで過ごすことに慣れきった天狗が太陽のもとに出てきて、新聞を書く、という生き方を選んだことを想像する。初めはきっと右も左もわからなかったろう。人に読まれる記事の書き方、レイアウト、全てが手探りだったのだから。それでもずっと書き続けて、いつしかその天狗は、誰かに勝負を仕掛け、ついには打ち勝つほどに成長した。

 そこで、この私を選んでくれたことは、この上なく光栄なことではないか。

 私はこれからもっと伸びるであろう彼女のひたむきさを思った。
そして、携帯を取り出し、メールボックスを開き、はたてからのメールの返信に「すぐに行く」とだけ入力した。それから少し考えて、「お酒をたくさん買って行きます」と付け加えて送信した。
「――っう、頭、痛っ……」

 ずきずきと痛む頭を押さえて、昨日は結局どうしたんだったかと思い起こした。はたてと飲んで、食べて……多分、帰ってからすぐに眠ってしまったんだろう。締め切ったカーテンの隙間から差し込む光に、昼まで寝こけていたことが察された。身体を起こそうとする気持ちは、酷い頭痛に阻まれる。窓に背を向けるように寝返りを打って枕にもう一度頭を埋めた。もう一度眠りの世界に逃げ込もうとして閉じた瞼を、何やら眩しい光に叩かれた。嫌々目を開くと、枕元で充電していた携帯電話がぴかぴかと点滅していた。
「ん、んー……?」
 折り畳み式のそれをコードから引き抜いて開く。人工的な光は、二日酔いの頭の奥にずきずきと響く。新着メールの通知が画面上部で光っていた。メールは、はたてからだった。
『昨日の写真です』という簡潔な文面に、一枚の画像が添付されていた。私とはたてが、手のひらに収まりそうな小さな画面に、なんとか収まるように限界まで顔を寄せ合って、真っ赤な顔をして笑っていた。
「……なるほど」
 天人の煌びやかなお祭りは伝えられなくても。楽しかったという記憶が、この写真には十全に残されている。何を撮るかによって、道具の意味なんか、簡単に変わってしまうのだ。きっと。
 『保存』ボタンを押してから、私はもう一度目を閉じた。頭痛はいくぶんか和らいだようだった。今なら気持ちよく眠れそうな気がした。
うたかた
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コメント



0.780簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
あえて文とはたてが会う場面かかなかったのが面白く感じる反面
少し物足りなくも感じました

文がはたてに新聞で負けるシチュはなかなか珍しいので面白かったです
10.80名前が無い程度の能力削除
簡潔ながら文の感情の移り変わりが伺えて良かったです。
11.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
14.80名前が無い程度の能力削除
どうでも良いけど、「ナルホド」を「まるほど」って言われるとどうしてもゴドー検事を思い出すw
17.90名前が無い程度の能力削除
中々構成が上手いなぁと感じました。
短いですが、文の感情の流れがよく見えました。
もっと長い文章にも出来そうなテーマですが、あえてシンプルに削ってきた感じですね。
18.100名前が無い程度の能力削除
はたて、直接出てないのに可愛らしい
普段はタメ口でもメールだと敬語になる人、確かにいますよね
20.90名前が無い程度の能力削除
とても面白かった! 眈々と進み、読みやすかった
23.90福哭傀のクロ削除
毎回二人で打ち上げするくらいの仲なのにメールが何となく他人行儀なのが微笑ましく感じました。
二つのカメラのメリットとデメリットが話の中で自然かつ綺麗に描けていてうまいなぁと感心。
短いながらも無駄がなく、そして何より打ち上げの様子を想像に任せてくれたところと言い、楽しませていただきました