1.予測回避可能
藤原妹紅が迷いの竹林で筍を取っていると、その中に光りを放つ竹が一本あった。
何処ぞの忌々しい姫の物語を知る彼女は、光っている部分の節より少し上と下を切り取って持ち帰った。
光は一日中絶えることが無く、行灯代わりに重宝している。ただ、中からコツコツ音がするのが難点と思った。
2.要時間厳守
赤蛮奇に待てと言うことほど酷な事はない。何せ伸ばせるだけの首が無いのだから。
3.カープ女子
チルノ「じー……」
ルナチャイルド「……気になるの?」
チルノ「気になる……そうか、これがコイね!」
サニーミルク「いや確かにコイだけど、あんた経験済みじゃん。忘れたの?」
チルノ「忘れた!」
スターサファイア「過去は振り返らない女なのね」
4.春が来い
リリーホワイトが例年通りに春を告げていると、「本当にそうかな」と難癖を付けてくる男がいた。
男に食って掛かろうとするリリーホワイトだったが、男の指差す方を見ては顔を青ざめさせた。何故なら冬が後ろから猛烈な勢いで追い掛けてきていたからだ。
必死に逃げ切って無事に春を迎えたリリーホワイトだったが、寒波に飲まれて消えていった男の正体を知ることは終ぞなかった。
5.メイドの心、門番知らず
十六夜咲夜が館の倉庫を掃除していると、丸椅子を見付けた。処分するのも面倒なので、いつも立ち仕事をさせてしまっている門番にプレゼントすることにした。
咲夜「椅子の使い心地はどうかしら?」
美鈴「すみません、咲夜さん。この椅子は私には合わないようで……」
咲夜「あれ、どっか痛んでたっけ?」
美鈴「いえ、椅子の上だとどうも寝心地が悪いと言いますか……」
咲夜「そこに座りなさい。……違う、地面の上によ、このダメ門番」
6.フィルター
文が天狗となる前、まだ一羽の烏の身であった時分に大怪我をしたことがあった。
仲間を呼ぼうにも声も出ず、これまでかと思われた所に現れたのは人間の少女であった。少女は文を拾い、怪我が治るまで看病してくれた。
文はその時から人間という生き物に興味を持った。そして今も後悔している。
文「あの少女こそ天狗となるに相応しい。私が既に天狗の身であれば手取り足取り教えてやったというのに……」
妹紅「はっは、それは人間を買い被り過ぎよ。案外、鳥の天敵みたいな奴だったかもしれない」
折角の思い出話に茶々を入れてくる焼き鳥屋店主の言葉に気を悪くしつつ、文は酒のお代わりを頼む。
黒髪のおかっぱ頭をしたあの少女なら、鳥が焼かれて人に食われるなど許す筈がないと、酔った頭で勝手に思った。
7.狼少女
里に妖怪退治屋の青年がいた。この青年、腕は悪く無いのだが致命的に頭が弱かった。
影狼「あぁ、怖い。人間怖いわー。でも、銀製品はもっと怖いのよー。銀の弾丸は平気だけど、銀の食器とか時計とかイヤリングでも渡された日には二度と悪さなんてできないわー」
こんなトンチにも気付けないんだから、きっと「金はもっと怖い」と言われても信じることだろう。
8.旅立ち
早朝の鈴奈庵、本居小鈴が開店の為に暖簾を上げようとしたところ、店内の本が綺麗さっぱり無くなっていることに気付いた。
唖然呆然とする彼女の足元で気配がした。一対の脚が生えた本だった。本は困惑する小鈴に向かって言った。
「我々は付喪神となって別の生き方を見出しました。我らのような同志を探し、開放する旅に出ます。今までありがとう、お嬢さん。また会う日まで」
そう言い捨て、「敵は紅魔館にあり!」などと吼えながら去っていった。
静寂に包まれる鈴奈庵で、蓄音機から吐き出される音が間抜けに響いていた。
9.天に向かって唾を吐くが如き行為
命蓮寺の空に一際大きな雲があったら、それに向かって石を投げてみよう。石は返ってこない代わりに、とんでもない拳骨が落ちてくるぞ。
10.主従愛
青娥「あぁ、私ってば何て心優しいのでしょう」
芳香「青娥は頭がわいてるのかー?」
青娥「あらあら、芳香ったら。頭がわいてるのは貴方の方でしょう? ほら、貴方の中にはこんな大きな蛆が」
芳香「おぉ、本当だ! 頭がわいていたのは私だったのか! 青娥、教えてくれてありがとう。お陰で頭も痒くないぞ。青娥は優しいな!」
青娥「さっきからそう言ってるでしょう? 芳香ったらもう!」
そう言って、青娥は芳香の頭に蛆を入れ直した。
11.ジョブチェンジ
冬が終わり、務めを終えたレティ・ホワイトロックが疲れた身体を引き摺りながら家に帰ると先客がいた。
冬将軍であった。レティと同じく冬の精である彼が自分のスペースにいることに驚き、同時に再開の喜びを覚えた。
それは彼も同じだったらしい。冷え冷えとした光沢を返す甲冑を鳴らし、誇らしげな表情で両の手を差し出してきた。
抱えられていたのは様々な野菜に豆腐と肉。鍋をするにはおあつらえ向きの具材たちだった。
12.千余年の言葉の重み
Q.長生きの秘訣は?
妹紅「よ、欲に目を眩ませないこと、かしら? ははっ……」
13.百八十万年の言葉の重み
Q.長生きの秘訣は?
てゐ「(自分に)正直に生きる!」
14.何処かで見たピエロ
秦こころが舞の練習をしていると、いつの間にか側でピエロが踊っていた。踊りは実に滑稽で見るに堪えなかったが、不思議と引き付けられた。
ピエロは奇声を上げながらこころの一つ一つの動きに合わせるように芸をしてみせた。玉に乗ってみたり、口から火を吹いてみたり、一輪車に乗って跳ね回ったり。
こころは舞を止めて、ピエロの動きに魅入っていた。同じ演者として、彼もしくは彼女の動きは感嘆の域にあった。
ピエロのナイフによるジャグリングをこころは食い入るように見詰めていた。だからだった。自分の顔目掛けて飛んできたナイフを避けれたのは。
表情筋は一切動かさず困惑する彼女の前にピエロはおらず、狂ったような笑い声だけが耳に残っていた。
15.米粒一つだって残さない派
物部布都と戦うとき、お皿の上に食べ物を載せると勿体ない精神を発揮して途端に戦意を喪失するぞ! ただし、やり過ぎると吹っ切れて火を放ってくるから加減が肝心だぞ! 火だけに!
16.沼
「ルーミアちゃん可愛い!」
「ルーミアちゃん食べたい!!」
「むしろルーミアちゃんに食べられたい!!!」
「ルーミアちゃあああああああああんっ!!!!」
ルーミアの周囲の闇は深い。
17.気の置けない仲だからこそ
フラン「気が触れてるだなんて失礼しちゃうわ!」
レミリア「気が触れてないとアピールすればいいだけじゃないか」
フラン「それもそうね、流石はお姉様。頭にニンニクでも詰まってるんじゃないかと思って近寄らなかったけど、少し見直したわ」
レミリア「おい。お前は今、私の気に障ったぞ」
18.このあと天子は衣玖に美味しく戴かれました
天子「あの、衣玖? 何で私は押し倒されてるのかしら?」
衣玖「総領娘様の地震の所為です」
天子「サラッと人の所為にしてんじゃないわよ」
衣玖「まぁ、ムラッときたからなんですが」
天子「理由が直球過ぎる!」
衣玖「竜宮の使いにだって性欲はあります」
天子「知らないわよ! や、ちょ、ダメだって……!」
衣玖「まぁまぁ、熊に噛まれたと思って」
天子「大怪我じゃないの、それ!」
衣玖「丈夫が取り柄の天人が何を仰る」
19.詭弁
小野塚小町は決して自分はサボっているとは思っていない。何故なら毎日のように舟を漕いでいるからだ。
20.ストレスの捌け口
永琳「うどんげ、タイが曲がっていてよ」
鈴仙「ひゃい! すすすすみません、師匠!」
永琳「曲げるのは耳にしなさいよ? 輝夜じゃないんだから、貴方までだらしなくされたら私は……」
鈴仙「師匠?」
永琳「ただでさえ輝夜の相手で疲れてるの。輝夜は我儘三昧だし私の話なんてろくすっぽ聞いてくれないし最近は私がご飯を作っても食べてくれないし……」
鈴仙「く、苦し……! ししょ……」
永琳「髪を梳かせてくれないしハグだって嫌がるから私は本当に悲しくって……ちょっと、うどんげ! 頭を後ろに反らしてでも私の話は聞きたくないとでも……うどんげ?」
21.老猫用
阿求「針妙丸さんは普段は何を食べられているんですか?」
針妙丸「霊夢のご飯かな。あ、でも正邪に貰ってたご飯もまた食べたいかも」
阿求「ほう、どんな物を食べていたんで?」
針妙丸「粒の形をしたご飯で、ちょっと匂うんだけど栄養満点なの。何より小さくて食べやすくてね」
阿求「あれ、それってもしかしてカリカリ……」
22.大変身
朝、秋静葉が目を覚ますと、妹の秋穣子の顔が薩摩芋に変わっていました。
悲鳴を上げる静葉に、穣子は怒った顔で言いました。
穣子「もう、自分だってそんな顔してる癖に驚かないでよ」
静葉は洗面所に駆け込みました。鏡には落ち葉になった顔をクシャリと歪める自分がいました。
23.シンボル
実を言うと非想天則には意思がある。意思はあるが、アドバルーン故に自力で動くことはできない。
彼は間欠泉地下センターから湧き上がる蒸気によって体を成している。自身でも気球か蒸気か、どちらが主体か分からなくなるときがある。
自分が何を目的に作られたのかはっきりと理解していない。
漠然とだが、理解できる日は来ないのだとは理解している。
それでも、彼の立ち上がる姿を見て喜んでくれる小さな人々がいる。
自身の存在意義を知るまでは勝手に幻想郷の象徴であり続けよう、そう結論付ける非想天則であった。
24.人生の選択
パチュリー・ノーレッジは言った。人が妖怪になる瞬間を見たくないか、と。知識欲と好奇心の塊である霧雨魔理沙はこの誘いに飛び付いた。
その瞬間が見れる場所は案外近く、紅魔館の近くにある林の中だった。少々懐疑的になる魔理沙だったが、その現場を見て凍り付いた。
顔を青ざめ、震える魔理沙の肩をパチュリーは抱いて、言った。
パチュリー「どうかしら、魔理沙。実に美味しそうに食べてるでしょ? 同族である筈の者の肉を。あれこそが妖怪になる条件。同族を殺し、その肉を喰らう……『人でなし』になることがね」
荒く息を吐き、しかし視線は逸らさない魔理沙が選ぶ選択は……。
25.星下ライブ
ある宵、酒に酔ったマミゾウが月に向かってポンッと気分良く腹を叩いた。
すると月の方からもポンッと音が返ってきた。負けじとポンポコポンと鳴らすと、月の方からはポンポコポコポンと返ってくる。
ここで引いては狸の沽券に関わるとマミゾウは一心不乱に腹を叩き、月もセッションするように音を鳴らした。
気付けば酔いは覚め、陽が顔を出し、月は彼女の目の前に鎮座していた。互いの健闘を讃え合って、ポンポコな夜が明けた。
26.金持ちには分からない
輝夜「爪に火を灯すってどういう事かしら」
妹紅「ん? 爪に火を灯すなんて簡単じゃない」
輝夜「あぁ、つまり貴方みたいに身と懐、ついでに頭が貧しい者のことを言うのね。納得」
27.逆
メディスン「毒を食らわば皿まで……なんて恐ろしい言葉! 私、毒しか食べれないのに!」
28.処理:姉 処分:妹
ルナサが散歩をしていると、メルランが人間の少年を相手にソロライヴを行っていた。
その様子をルナサが微笑ましく見ていると、テンションがハイになったメルランが何を思ったかトランペットで少年を殴り倒した。少年はピクリとも動かない。
一転、頬を引き攣らせるルナサに気付いたメルランは「やっちゃった☆」と言わんばかりに舌を出した。
29.すっぱいお菓子
メルランが屋敷の中をふわふわ浮いていると、リリカが水屋の中を睨んでいた。
確かそこにはルナサのとっておきのお菓子が入っていた筈で、彼女はそれを狙っているのだろうとメルランは当たりをつけた。
リリカは戸を押したり引いたりしていたが、鍵がしっかりと掛かっているのか開かなかった。
怒るリリカは「きっとこのお菓子は腐っているに違いないわ!」と捨て台詞を吐いて何処かに行ってしまった。
メルランはひとしきり笑うと、懐から合鍵を出して中で大事に保管されていたお菓子を食べた。
そして次の日、メルランはベッドから起き上がることができないのだった。
30.写真はお金に変わりました
リリカがボーッと空を見上げていると、ルナサが空を飛んでいるのが見えた。ついでにスカートの中も見えた。黒だった。
それを下から伝えると宙にいた姉はパニックを起こし、見事な宙返りを決めたかと思えば真っ逆さまに落ちてきた。
ルナサは地面の上で引っ繰り返って気絶していた。ついでにスカートも盛大に引っ繰り返っていた。やはり黒だった。
申し訳ない気持ちに駆られながら、リリカは気絶する姉を、正確にはその下半身をカメラに収めてその場を去った。
31.季節柄
にとり「朝蜘蛛は福を呼び、夜蜘蛛は泥棒を呼ぶ。蜘蛛は吉兆と凶兆の両方を担うから、下手に手を出さないことだね」
椛「土蜘蛛は?」
にとり「即キンチョーかな」
32.エイリアンではない
里にある心優しい少年がおりました。
少年の父親は狩りの途中で妖怪に食われ、母親も病の床に臥せていました。それでも少年は気丈に母と二人で暮らしておりました。
少年の日課に井戸の水汲みがあります。小さな身体では重労働ではありましたが、嫌な顔ひとつ見せずにこなしています。
ところが、何やらこの日は備え付けの水桶がやたらと重いのです。少年は滑車に引っ掛けてある縄を手の平が擦り切れるのも我慢して引きました。
引いて、引いて、ようやく水桶が見えた瞬間に重みが消えて、勢いのまま少年は後ろに転びました。
そして、「けけけ」という不気味な笑い声と共に、少年の視界は反転したのでした。
33.メイド喫茶理論
諏訪子「早苗ー、暑いよー、何とかしてよー」
早苗「では風を送って差し上げます」
諏訪子「いや、有り難いんだけど、そこで団扇の風ってどうなんだろ。祝詞でも唱えて風を起こしてくれてもいいんだよ?」
早苗「分かりました! 涼しくなーれ、涼しくなーれ!」
諏訪子「うーんこの風祝」
34.無機物デレ
鬼人正邪ほど不器用な妖怪はいない。見よ、この何度も縫い直された跡のあるボロボロのデコイ人形を。
碌に縫い方なんて知らないから縫い目が雑。綻びだってこんなにいっぱい。だっていうのに使い続けている。
正邪「か、代えが利かないだけだし! それに捨てたりしたら後味悪いし……この人形が大事とかそんなんじゃないからな!」
語るに落ちるとは正にこの事である。
35.幽谷響
少女は山が好きでした。そして山に叫べば同じ声を返してくれる山彦が大好きでした。
彼女は毎日山の方を向いては叫び、律儀に返してくれる山彦のことが好きで好きで堪らなくなっていました。
けれど、少女の好きだった山たちは緑を、高さをどんどんと失っていきました。同時に山彦は音を返さなくなりました。山に向けて叫んでも、声の返らない日々が続きました。
しかし、ある日突然、それまでとは別に向かいの山から声が聞こえたのです。少女は嬉しくて嬉しくて、堪らずに声を返しました。
「やっほー!」と向かいの山のそのまた向かいまで届くような声で……。
その日、一人の少女が行方不明となりました。
36.ドヤッ
妖夢「私にだって決して斬れないものがあります。例えばそう……主従の絆とか!」
37. この間わずか二日の出来事である
幽々子「妖夢! 妖夢、待って! 貴方の分のお団子まで食べたことは謝るから! 絶縁だけは勘弁してー!」
38.シーツ一枚隔てた先
咲夜は久しぶりの快晴に気を好くしながら、木々の間に掛けたロープたちにベッドシーツを何枚も並べていた。
するとシーツの下、咲夜とは向かいに華奢な脚が突っ立っているのが見えた。それは素足をしていた。
咲夜「何をしてるの? 仕事に戻りなさい」
いつもの妖精メイドのサボりかと思い、声を掛ける。しかし、脚の持ち主は動かなかった。カチンときた咲夜はシーツを払う……が、そこには誰もいない。
クスクスと笑い声が聞こえるので振り返れば、別のシーツの下からいくつも覗く、脚、脚、脚。
不意の風がシーツたちを大きく撫でた。はためく布の下には、青々とした芝だけが生えていた。
39.いともたやすく行われるえげつない何とか
今や博麗神社のペットとして名高い少名針妙丸さんに乾燥ワカメを与えた人。悪いことは言いません、早く出頭しましょう。
飼い主である博麗の巫女は大変お怒りです。至急、悔い改めてください。
40.媚を売る
宇佐見蓮子がフル単を達成した。その事実を知った彼女を知る者はそれはもう驚き、祝福した。
メリー「やったわね、蓮子」
蓮子「うん、留年して倶楽部を続けられないと困るし」
メリー「貴方はやればできる子だって信じてたわ」
蓮子「まぁ、ヤればできるのは確かね……ふわぁ」
メリー「寝不足?」
蓮子「そっ。もう試験は終わったってのにね、嫌になっちゃう」
41.独壇場
水橋パルスィが気怠げに橋の欄干に寄り掛かっていると、向こうから亡者がフラフラとした足取りで歩いてきた。
亡者はパルスィの姿を見咎めると、眼窩に暗い粘着質な光を宿して恨み言をボソボソ早口で捲し立てた。
「口惜しい口惜しい天下に名を広げんとしたこの私がこのようなみすぼらしい姿で落ちぶれている私が何をした私は何を違えたこの私こそが天下人に相応しい筈なのにどうして……あぁ、その眼はやめろ苛立たしい勘に障るなぜ私でなく貴様のような女郎が五体満足でいる恨めしい妬ましい失せろ消えろその身を寄越せ畜生めがあああああ」
吐き散らされる呪詛に、しかしパルスィは悠然と笑みすら浮かべて相対する。
パルスィ「あぁ、死してなお生に縋ろうとする浅ましさが妬ましい。人を貶しておきながらその身を要求する欲深さが妬ましい。稚児だって口にしない誇大妄想に縋る執着心が妬ましい。私は貴方が妬ましい。……だから、もうおやすみなさい」
先程までと同じく気怠げに橋の欄干に寄り掛かるパルスィの側に、亡者の姿はもうなかった。
42.画面向こうの貴方へ
パルスィ「貴方ばかりはこの私でも妬めないわ……」
43.タダより怖いものはないという例
ある日、魔理沙が珍しく買い物を目的に香霖堂へやって来た。そして彼女は木彫りの仏像を買っていった。
霖之助「流石は魔理沙だ。目の付け所が違う」
中々の額で売れたことに気を良くした霖之助は慣れない世辞まで呟く。何せそれは元は拾い物、仕入れ額はタダそのものだったのだ。
魔理沙「そうだな、私は目の付け所が違う」
そんな彼の前で魔理沙は仏像を思い切りよく床に叩き付けた。
魔理沙「さて、早速こいつを買い取って貰いたいんだが、おいくらかな?」
衝撃で綺麗に真っ二つになった仏像から大漁の貴金属が零れる。霖之助の額からも汗が一滴零れた。
44.外の世界は魔法使いでいっぱい
魔理沙「参考に聞いておきたいんだが、外の世界の魔力ってどんな感じなんだ?」
弁々「うーん、こう、ドロドロというかネバネバしてて……」
八橋「時々、急にムラッときたりしちゃったりなんかして……」
雷鼓「思考が中年みたいになったり賢者になったりもするわね。あと、理由の無い焦燥感に襲われたり?」
魔理沙「婚期が遅れそうな臭いがプンプンするぜ」
45.寺子屋黒板十八代目
慧音先生の頭突きによって割られた黒板こそが寺子屋の歴史と専らの評判に。
46.魔理オネット
魔理沙「なぁ、アリス。お前の人形を操ってる糸って何処から出てるんだ?」
アリス「指の先だけど?」
魔理沙「蜘蛛男かよ。そんなだと知らぬ間に操られてても分かんないぜ」
アリス「そうね。そして貴方は既に私の手中、ってね」
魔理沙「ありゃ?」
47.呪い
湖の人魚は石を集めるのが趣味らしい。そんなどうでもいい噂が何故か里の子どもの間で広まった。
興味のない子ども、同じく石集めに夢中になる子どももいれば、その人魚自体に興味を持つ子どももいた。
身体も態度も大きな少年だった。子ども特有の万能感に漬かった彼は、大人の言い付けを破って一人で霧の湖に向かい、件の人魚を見付けた。
初めは人魚の存在に興奮したものだが、特に動くでもなく岩場に座って石を積むだけの彼女に次第に苛立ちを覚えた。何を思ったか、足元にあった小石を投げ付けていた。
小石は見事に石の山に吸い込まれてそれを崩した。呆ける人魚を指差して笑い、少年は意気揚々と里へと帰って己の武勇伝を吹聴して回った。
その晩からだ、少年が身体に違和を感じ始めたのは。ちくちくちくちくと肌が痛む。
気のせいだと思ったが、痛みは日増しに激しくなった。そして、その痛みはついに夜中に叫ぶまでになった。
里のおいぼれ医者がやって来て、しきりに「肌が、肌が……」と呟く少年の服を剥いだ。医者は困惑し、少年の両親は悲鳴を上げ、少年は呆然と自らの身体を眺めた。
そこにはギザギザと尖った石たちが皮膚を下から突き破り、まるで魚の鱗のようにびっしりと整然と隙間無く生えていた。
48.漂流者
霧の湖でマグロが釣れるという妖怪伝の噂が里に広まった。
これに里一番の太公望、運松翁が動いた。魚釣りの名人である運松翁が釣り上げるだろう未知の魚に誰もが期待を寄せた。
しかし、湖から帰ってきた翁はまさかのボウズであった。マグロは釣れなかったのか、という里人の問いに翁は厳しい表情で答えた。
運松翁「釣れた。釣れたが、あれは人が食べてよいものではない。あれを食らうは妖怪だけじゃ。げに恐ろしきは、あれを生み出す外の世界よ」
49.馬鹿舌
紫「私はマグロも好きだから、霊夢は気にしなくてもいいのよ?」
霊夢「やかましい」
50.SHIMI
村紗と一輪は気付いてしまった。
水蜜「ありゃ、いつの間にやら数が増えてる」
一輪「ひい、ふう、みい……うーん、骨董品だもんねぇ」
そして星も気付いた。
星「聖、聖。あれは天井の話です。お気を確かに」
51.嫉み
猫はとかく狭い所が好きで、箱の中などは言うまでもない。
化け猫の橙も御多分に漏れず、マヨヒガの一室に投げ出された大きな葛籠の魅力に夢中になっていた。
彼女が葛籠の中で微睡んでいると突然、上の蓋が閉められてしまった。
急な暗闇に彼女は混乱して暴れたが、上蓋は押さえ付けられたように動かない。
外からは「お前ばっかり! お前ばっかり!」という声とガリガリと引っ掻く音が聞こえ、橙は震え上がった。
結局、葛籠の中で一晩を過ごした橙は翌朝、回りに積み重なったあらゆる色の猫の抜け毛を見て、釣られて自分も毛玉を吐いた。
52.カープ女子2
魔理沙「龍の爪、また手に入らないかなぁ。あれがあるだけで実験が物凄く捗るんだ」
霊夢「無い物ねだりしたってねぇ」
魔理沙「……いっそ私自身が龍になってやろうか」
霊夢「人の身で龍なんて生き物になろうっての?」
魔理沙「コイに魅せられた私だぜ? 可能性はあるだろ」
霊夢「そのコイ、生かすも殺すもあんた次第って肝に命じとくことね」
53.日常
人里で霧雨魔理沙が金平糖を売っていた。実験の為の小銭稼ぎらしい。人並みに甘味が好きだった東風谷早苗は何となく売り上げに貢献してあげた。
色取り取りの形・色で目を楽しませる金平糖たちであった……が、気味が悪いことにその中に一つ喋る金平糖があった。
金平糖なのに口が付いていて、何か喚いているようだったが、金平糖の言葉など早苗に解る筈もなかった。とりあえず口に入れて、噛み砕いた。普通に甘くて美味しかった。
「金平糖の中には喋るやつがあって、普通の金平糖の味がする。それは幻想郷では当たり前」そんな新たな常識と一緒にそれを飲み下した。
54.茶飯事
男が目を覚ますと身体が金平糖になっていた。
驚いたが、芋虫になっていた男もいるのでそれほどではなかった。道端で金髪の少女に貰った怪しげな薬を飲んだ自分も悪いのだと反省さえした。何より、幻想郷では珍しいことではない。
金平糖としてどう生きようかと考えていた彼だったが、早速売りに出されてしまった。それも金平糖生とあっさり諦めはついた。
そして、買い手はあの東風谷早苗だった。彼が懸想していたその人だった。彼女の視線が、耳が、意識が、その全てが自分に向いている。その事実だけで彼は金平糖になれた運命に感謝した。
その口に入れられた瞬間、彼は金平糖生の絶頂を迎えた。そして幸福に包まれたまま噛み砕かれた。
彼は間違いなく、幻想郷一幸せな金平糖だった。
55.結局の話
輝夜「うどんげ、今夜は月見うどんが食べたいわ」
鈴仙「私を見て決めましたね?」
輝夜「違うわよ。今夜は満月、玉子を月に見立てて食すなんて乙だとは思わない?」
鈴仙「なるほど、風流ですね」
輝夜「まぁ、蕎麦かうどんかの決め手は貴方なんだけどね」
56.後悔
こいし「お姉ちゃん、私に何か言う事はない?」
さとり「ごめんなさい」
こいし「……無意識でまで謝らないでよ、お姉ちゃんのバカ」
57.Welcome to the…
姫海棠はたては引きこもりと呼ばれていました。何故なら、彼女は外に出ていないからです。
とはいえ、友だちがいない訳ではありません。いつも窓に掛かる格子の向こうで腐臭を漂わせる一羽の烏、それが彼女の友だちでした。
「あなた、くさいわ」とはたてはいつも言いましたが、顔は笑っていました。烏も嬉しそうに嘴をカチカチ鳴らしていました。一人と一羽の間には確かな友情がありました。
ある日、はたてがふと目を覚ますと、夜だというのに外が真っ赤に明るくなっていました。いつもより早くお日様が顔を出したのかと思っていると、友だちの烏が彼女の側にいました。
「どうしたの、それ」はたてが烏の胸の辺りに生えた物について聞きました。腐臭は相変わらずでしたが、胸に輝くそれだけが唯一違っていました。
烏ははたての疑問には答えず、変わりに出入り口へ向かって飛びました。開けたくても開けられなかったその扉の先に何が待っているのか。
はたては期待を胸に扉を手に掛けます。地獄烏が祝福の声を上げます。赤く熱い風がはたての身体を包みました。
灼熱の楽園が、そこにはありました。
58.苗床
リグル・ナイトバグの前で虫を殺してはいけない。況んや女子など以ての外である。自身の処女(おとめ)を守りたくば、間違ってもそんなことをしてはいけない。
59.スーパーサブ
【レミリア・スカーレットのスペルカードが生まれるまでの流れ】
・レミリア→作成、同時にとんでもネームを考えつく
・咲夜→手放しで褒める、何もしない
・パチュリー→興味がない、何もしない
・フランドール→この時ばかり褒める、更にとんでもネームに仕立て上げる
・美鈴→主人を立てながら軌道修正、ようやく応急処置が行われる
結論:美鈴がいなければ致命傷だった
60.引っ掛け問題とか苦手
針妙丸「どうしてその瓢箪はお酒が尽きないの?」
萃香「んー? あぁ、この中にはあんたみたいな小人がいて、酒を造ってくれてるんだよ」
針妙丸「なんと! 私の仲間が!?」
萃香「年中無休でね」
針妙丸「酷い! 今すぐ解放しなさい!」
萃香「その代わり、中のお酒も飲み放題なんだよ」
針妙丸「なーんだ。それなら良し!」
霊夢「こら、こいつはお椀被るくらい頭が弱いんだから適当教えるんじゃないの」
61.その鈴を鳴らなくしたのは貴方
「貴方の鈴が鳴らなくなることが幻想郷崩壊の前哨かもしれないわね」と冗談めかして言う八雲紫さん。
前日に鈴を落として鳴らなくなったとは口が裂けても言えない本居小鈴ちゃん。
62.月落とし
魂魄妖夢が刀の手入れをしていると無性に何かを斬りたくなる衝動に駆られた。これも自分の未熟が故とすぐさま反省した。
そしてちょうど縁側で主である西行寺幽々子が月見などしていたので、試しに逆袈裟に刀を振り回してみた。
すると幽々子の身体は左腋下から右肩まで線が入ったかと思えば上下が分かたれ、玉砂利の上に崩れ落ちた。
妖夢はちっとも反省し切れていない自分に対してすぐに反省した。
宙に浮いていた満月の半分が遅れて落ちてきて幻想郷は滅亡した。
63.それはそれは綺麗な
豊姫「依姫、貴方の神降ろしの力を使って一つお願いを聞いて欲しいの」
依姫「何でしょう、お姉様」
豊姫「トイレの神様を……」
依姫「は?」
豊姫「トイレの神様を、降ろして頂戴……! 私、もう、漏る……」
依姫「おおお、お待ちを! トイレ、トイレの神……お姉様、大変です! 該当する神が思い当たりませんッ!!」
豊姫「あ……」
64.穢れなんて無かった
レイセン「豊姫様の穢れは後で玉兎一同がおいし……責任持って処分しました」
65.要介護
霊夢が風邪を引いた。すると珍しいことに魔理沙が看病などにやってきた。不安はあったが、殊勝なことだと思い、任せた。魔理沙も喜んで任された。
夜食に魔理沙がお粥を作ってきた。キノコ粥だった。小腹の空いていた霊夢には有り難かった。
これが不思議なことに食べれば食べるほどに元気が出る。何やら気分まで無暗に高揚した。何が入ってるのかと聞くと、魔理沙は快活に笑って言った。
魔理沙「あぁ、元気の出るキノコを入れてみたんだ……ちと効き過ぎるのが難だが、安心しろ。私が看病するから。お前が私を必要としなくなる、その時まで」
66.想いは時間を超えて
神子「私が目覚めるまで千年余り。屠自古、君は一人で辛くはなかったのかい?」
屠自古「はい、太子様。想い人を待つ、それは寄り添う者の特権であります。私は他より少し長かっただけのこと。辛く思ったことなどありません」
神子「君の考えは亡霊特有のものか、それとも真に私を想ってのことか……。いずれにせよ、私は千年分の時間を埋めるに足る愛を君に授けよう」
67.怨みは重みを増して
布都「我が目覚めるまで千年余り。屠自古、お主は一人で辛くはなかったのか?」
屠自古「誰のせいでこんな身体になったと思ってるんだ、この野郎。これから千年先まで祟ってやるからな、覚悟しろ!」
布都「屠自古の愛は重いのぉ……」
68.犯人はメイド
レミリア・スカーレットは悪魔故にクリスマスは大嫌いだが、プレゼントをくれるサンタクロースは好きだし、未だにその存在を信じ続けていた。
しかし、そんな彼女も疑問を抱かざるを得ないことがある。
レミリア「サンタさんが館に入ってこれるのはまぁ、門番がアレだから解るんだけど。プレゼントは枕元に置いて、用意してある靴下を持っていくってのはどうしてかしらね?」
69.裏切り者には手痛い一撃を
堀川雷鼓は今でも夢に見る。自分が捨てた和太鼓に詰られ、責められ、叩き回されるそんな夢だ。
その夢を見ると決まって嫌な汗を掻く。その日も手早く行水を済ませて根城にしている小屋から出た。
いつもと違っていたのは一つ。小屋を出た雷鼓の前に見慣れない人型をした付喪神がいた。
その手には見慣れたバチがあって、それは勢いよく振り上げられたかと思えば、また同様の勢いで雷鼓の頭目掛けて振り下ろされて……。
70.藍霊幻想
藍「なぁ、霊夢。今日だけでいい、結界の点検を手伝っておくれよ。紫様は寝ているし、私だけじゃ手が足りないんだ」
霊夢「あーん? 私は暇で暇で忙しいのよ。どうしてもって言うなら、退屈しのぎに驚きの一つくらい提供しなさいよ」
藍「むむっ……えい、こんっ!」
霊夢「…………」
藍「ど、どうしたんだ、霊夢?」
霊夢「いや、あんたみたいな堅物が指を狐にして鼻なんて触ってきたら誰でも……ええい、言わせるな! 付き合ってやるわよ、もう!」
71.性
封獣ぬえは正体不明の化生である。姿をあやふやにすればするほど力を増す、そんな存在。故に、
「封獣ぬえ?」
「ぬえさん?」
「ぬえとは誰のことでしょう」
「聞いたことのない名前ですね」
「待ってください、頑張って思い出しますんで……」
「申し訳ありません。当寺ではそのような子は在籍していません」
「ぬえ……懐かしい名前の気がするが、ちと思い出せなんだ」
故に、鵺とは悲しい妖怪なのである。
72.下敷き
天子がいつものように要石に乗って地上に降りてきた。その着地の際、何かを踏み潰す感触があった。
嫌そうな顔をする天子だったが、下を見て顔を青ざめさせた。そこには潰れた小さな身体と破けた衣服、目が冷めるような空色の髪が広がっていた。
慌てて家路に着こうとする彼女の嗅覚は、嗅ぎ慣れた桃の甘ったるい香りを捉えていた。
73.自殺行為
幻想郷で「お花を摘みに行ってきます」と行っても全力で止められるので日常で使うのはおススメしない。勿論、言葉通りの行為に及ぶのもである。
74.健全なお付き合いを
ヤマメ「恋なんて病気だよ。そして病は気から。正気を保ってれば掛かりやしないよ」
こいし「気をヤっちゃった私はどうしたらいいの?」
ヤマメ「色んな意味で手遅れかなぁ」
75.プラナリア
映姫が説教の為に人里を歩いていると、見慣れない分岐路があった。
彼女は迷いの無い足取りで左の道を選んだのだが、その瞬間にベリリッという音が自分の身体からした。
視界の右半分が消えていて、仕方がないから左の目で右の方を見た。
すると右半分になってしまった自分が、これまた自分と同じく呆けた顔で見詰め返してきた。
76.バター虎
ナズーリンは不思議な光景を目にした。
ナズーリン「……ご主人様、なぜ木の回りを走り続けているんだい?」
別の意味で目を回しかける彼女に、ご主人様である寅丸星は汗を滴らせながら笑顔で言い切った。
星「いえ、こうして木の回りを走っていれば私の身から牛酪(バター)が出てくるそうなので。もう少し待っていてください、美味しい牛酪を食べさせてあげますからね!」
ナズーリン「チクショウッ、何でうちの上司はこんなに阿呆なんだッ! そしてそれは全部私のだ! 誰にも譲らねえッ!」
星「ナ、ナズーリン!?」
77.選んだ結果
雛「人間関係に疲れたり、煩わしさを覚えている貴方! このえんがちょマスター鍵山雛にお任せあれ! 私が貴方に付き纏う縁の一切を断ち切ってあげます!
もう人と関わることはない! 煩わしく思う必要もない! 誰かに裏切られることなんて絶対にない! 貴方の好きなように生きたって誰も怒らない! 叱らない!
だってもう二度と誰との縁も結べないのだから! 今さら結び直すなんて不可能! だってもう既にえんがちょしちゃったから! それはこの私も然り!
さようなら、孤高と孤独を履き違えた愚か者! 誰に看取られることもなく惨めに死んで朽ち果てるがいいわ!」
78.墓荒らしは重罪です
火焔猫燐がいつものように墓荒らしに励んでいた。掘り返すことに夢中になり過ぎたか、気付けば頭蓋骨を残すのみとなっていた。
穴から這い出て、頭蓋骨を猫車に載せるときになって燐は気付いた。先に載せておいた筈の他の骨たちが綺麗さっぱり無くなっていたのである。
首を傾げる彼女が背後から近付く気配に気付いたときには全てが遅かった。痛む身体は掘り返した穴の奥深くへ真っ逆さまに落っこちていた。
骨の鳴る音が聞こえる。見上げれば、骸骨が片方の手で穴の中の燐を指差し、もう片方の手に載ったシャレコウベがカタカタと笑っていた。
79.ミタナ?
犬走椛がいつものように山の中を警邏していると、彼女の眼によく分からないモコモコした何かが映った。
よくは分からなかったが、山の中を堂々と侵入しているので追わずにはいられない。モコモコもそれに気付いたのか逃げ出した。
椛は腐っても天狗である、飛ぶスピードにはそれなりの自信があるつもりだった。それなのにモコモコとの距離が一向に縮まる気がしなかった。
その事実が頭の固い彼女を苛立たせた。そのモコモコの正体を見破ってやらねば気が済まないと千里さえ見通すそれに力を込め――思わず見開いた。
縮まらない筈だった。モコモコはモコモコの身体をした椛だった。モコモコには自分と同じ顔があった。その顔が確かに、ニヤリとこちらを見て、笑っていた。
80.暴食と好色
芳香「うまうま」
神子「本当に何でも美味そうに食べる。芳香、君に食べられないものは無いのかい?」
芳香「青娥は、食えない奴だー」
神子「あぁ、それは確かに」
芳香「でも、青娥も美味しそうだー」
神子「えぇ、それは私が保証しましょう」
81.勝てばよかろうなのだ
ある大馬鹿者の人間が星熊勇儀に勝負を挑んだ。曰く、「己の生涯を賭してその杯の中身を溢してみせる。そうしたら俺の勝ちだ」と。
男は特別な力を持っているようには見えなかった。かといって悪知恵を働かせて搦め手に走る輩にも見えず、これを面白く思った勇儀は勝負を快諾した。
その日から男は勇儀の傍から一時も離れようとはしなかった。化け物たちの酒宴にも、地上にも、時には鬼同士の喧嘩の真っ只中にも付いて回った。
当然、勇儀は煙たがったが、「勝負の為だ」と言われてしまえば何も言い返せなかった。
気付けば男と勇儀は半世紀もの時間を共にしていた。その時間の中で男は人間らしく老い、勇儀は鬼としての美しさを保ったままであった。
そして男は人間らしく死んだ。老衰であった。勇儀は男の死を看取り、男の死という結果で彼と交わした勝負に勝ったことを理解した。
特にこれといった感動は無かった。勝利の後の余韻も無い。あるのはただ虚無感のみ。
それでも半世紀を共にした男である。手向けの酒をと思い立ち、星熊杯に酒をなみなみと注いだ……が、何故かそれを呷る気にはなれなかった。
ふと、酒が手に伝うのを感じた。鬼である自分が酒を一滴だって零す筈がない。であれば、どうして。
頬に手を当てたとき、勇儀は全てを理解し、呵々大笑した。そして今度こそ杯の中身を呷った。
敗北の味は斯くも美味にして、塩辛いものであった
82.餓死(チルノ視点)
チルノが「さいきょーさいきょー」と歌いながら空を飛んでいると、道端に小傘が倒れているのを見付けた。
いつも通り腹を空かせて寝ているのだろうと思って、チルノはその場を去った。
それにしても、土手っ腹に穴まで空けるなんてザンシンだとも思った。
83.嫌われ者
八雲紫が普段通りにスキマの中を歩いていると、いつにない違和感を覚えた。
ふと、スキマの中の目と目が合った。それも一つではない。紫が見渡す先の全ての目が彼女の方へ向いていた。
身を固めた紫を見据えた目たちはその中に怒りの光を点し、無い口を開いて言った。
「全てはお前の所為だ」
糾弾の言葉がスキマの中を輪唱した。
84.進化
神奈子、と自分の名前を呼ぶ声に八坂神奈子は振り返った。すると、境内の方で洩矢諏訪子がニヤニヤと笑みを向けていた。
諏訪子「見てよ、神奈子。品種改良した蛇を呑み込む蛙だ。今の時代、蛙が蛇を呑み込むことだって可能なんだよ」
神奈子「……悪趣味だね」
諏訪子の足元には大口を開けて蛇を頭から丸呑みにする馬鹿みたいに大きな蛙がいた。その光景を蛇と縁深い神奈子が快く思う筈もなく、すぐさま身を反転させた……その瞬間である。
身体中を締め付けられていた。すぐに解けるような生半可な力ではなく、神である神奈子にこんな芸当ができるのは同じくらいの力を持つ神のみ。
つまり、彼女の後ろにいる諏訪子のみ。
神奈子「諏訪子、何を……」
諏訪子「さっきも言った。今の時代は蛙が蛇を呑み込むのさ。日和って油断しきった神なんて、格好の餌食だと思わない?」
大口を開けて舌を覗かせる蛙が、彼女の目の前にいた。
85.包帯は基本
戻ってきた座敷童を見て、密かに現代に憧れていたらしい茨木華仙さん。包帯の巻かれた腕を抑えては「くっ、鎮まって、私の右腕……!」と度々呟くなど大火傷を負っている状態である。
86.涙も出ない
魔理沙「雀の涙なんて言葉があるけど、本当に泣くのかい?」
ミスティア「泣くわよ。例えば、本日唯一の客があんただった時とか」
魔理沙「へぇ、そうかい。さて、お勘定……と言いたいが手持ちが無くてな。ツケといてくれると助かるぜ」
87.刷り込み
霊烏路空が地底を歩いていると、卵が落ちているのを見かけた。道端に落ちていたにもかかわらず、卵は罅一つない綺麗な形を保っていた。
空は自分でも自覚しているが、あまり頭はよろしくない。けれど、卵は温めればよいということは知っていた。
だから旧地獄まで持ち歩くことにした。あそこは熱だけは豊富であるからだ。
それが功を奏したのか、卵は元気に辺りを弾け回っている。それから暫く、その様子を空が満足そうに眺める日々が続いた。
そしてある日、卵が割れた。中からはタールのように真っ黒な身体をした不定型の何かが生まれ、「ぴいっ」と金切り声を上げた。
空と何かの視線が合ったその瞬間、彼女は一児の母となる運命を定められた。
88.悪魔たちの流儀
ある日、フランにフランの羽が問うた。
「なぁ、どうして君はここを出ないんだい? 君の力なら抜け出すなんて造作もないことだろう」
フラン「んー? まぁ、ここはここで落ち着くし、いいかなぁって」
「それで悪魔をやっていけるのかい、まったく」
フラン「それにね、壊すときは見極めるものよ。あらゆる要素、要因が積み重なり、折り重なったときにそれを情け容赦なく叩き壊す。これが基本。破壊は芸術なの。解らないなら死ね。解ったら黙って見てなさい」
「訂正しよう。君は実に悪魔らしい悪魔だ」
89.三人目なんて現葬
マエリベリー・ハーン。通称メリーが部室で紅茶を飲んでいると、宇佐見蓮子が転がり込んできた。
蓮子「メリー! 秘封倶楽部の三人目の部員を見付けてきたわ!」
興奮気味に蓮子はそう言った。しかし、彼女が手を引いてきた人物はメリーの眼にはブレてまともな実像を結んでいなかった。
その第三の部員らしき誰かさんは蓮子の手を振り解くと、テーブルに置かれていたメリーの飲みかけの紅茶を飲み干した。かと思えば、部屋の窓を開けてそこから飛び降りてしまった。
奇妙な静寂が続いた後、茫然とした声で蓮子は言った。
蓮子「あれ、メリー? 私、何をしてたんだっけ?」
メリー「何も。貴方は何もしてないわ。紅茶を淹れてあげるから、それを飲んで落ち着きましょう?」
いつもの秘封倶楽部の日常がそこにあった。
90.幸せ終わり
酒の酔いに任せた伊吹萃香が天蓋に映る月を砕いた。虚像は散って幻想郷の空を駆け、割れた隙間から真の月が顔を覗かせた。
この日、幻想郷は月の狂気に包まれた。
91.初物
Q.初めての歴史の味はどうでしたか?
慧音「しょっぱくて、鉄の味がした」
92.巫女の試練
里の少女が博麗の巫女、博麗霊夢に訊いた。どうすれば巫女様のように強くなれますか、と。彼女の答えはこうだった。
霊夢「寝ること。寝て、寝て、とにかく寝て、心と身体を強くするの。何事からも耐えられるようにね」
少女には、心なしか霊夢の頬が紅潮して興奮しているように見えた。
93.本懐
今一度死について考えてみようと、西行寺幽々子はお茶請けのお饅頭を片手に真剣な表情を浮かべた。
彼女がほんの一睨み、ちょいと指差すだけで生物は死に絶える。それだけ幽々子にとって死は身近で、軽いものであった。
しかし、よく考えなくてもそうポンポンと弄んでいいほど死は軽いものではない。むしろ、もっと重いものとして扱うべきだとようやく思い至ったのである。
追加のお饅頭を持ってきた魂魄妖夢が廊下の向こうからやって来たので、ちょうどいいと幽々子は思った。
幽々子「妖夢、貴方は私が直々に殺してあげる。老衰だとか病死だなんてできると思わないこと。ましてや自死なんてね。私が見限るその時まで、仕え従いなさい」
あまりの言葉の重さにか、手にしていた盆を取り落とし手足と頭を磨き抜かれた廊下に擦り付けてすすり泣く妖夢を見て、幽々子は満足そうに饅頭をパクついた。
94.日頃の行い
古明地さとりがパーティの準備をしていた。地霊殿の広いホールには縦に長い机が幾つも並べられ、種々様々な料理が卓の上を彩り、磨き抜かれたグラスたちが光を返していた。
全ての準備を終えたさとりは満足げな息を一つ吐いた後、染み一つ無い純白のテーブルクロスを引き抜いた。
あらあら、といった顔で、しかし手は休めない。ぶち撒けられる料理、砕けて欠片を飛び散らせるグラス、赤い小河を作るワインの瓶。全てがメチャクチャで、その中を彼女は無邪気に踏み歩いていた。
さとりがミートパイを窓に投げ付けていると扉の開く音がして、そこにはたくさんのペットを引き連れた妹の古明地こいしがいた。
呆然とした表情で「お姉ちゃん……?」と呟く彼女に、さとりは落ち着いた声音で、たしなめるように言った。
さとり「まったく、こいしったら。人の無意識を勝手に操るんじゃありませんって教えた筈でしょう? お陰でほら、この通り。どうしてくれるの?」
95.好奇心は魔女をも殺す
こころ「これが『巫女の腋の魅力に抗えず苦悩する魔法使い』の感情の面!」
魔理沙「先っちょだけ……。指の先っちょを入れるだけなんだぜ……」
こころ「わ、私は反対側を……」
96.仕方の無い話
里を回っている豊聡耳神子の耳に「死にたい」という欲が聞こえた。その声を辿っていくと、何をしなくても今にも死にそうな顔をした女性がいた。
話を聞くと未亡人らしく、つい最近、一人息子が妖怪の手に掛かって亡くなったことに気落ちしていたらしい。おまけに本人も病を患っているのだという。
神子は時間を掛けて、懇切丁寧に話を聞いて女を諭した。その結果、女は前向きな気持ちを取り戻し、神子も気分良く帰ることができた。
次の日、また里にやって来ていた神子の耳に入ったのは、件の女が崖から身投げしたという話だった。
その死に顔は幸せそのものだったらしく、神子は何も言えずに帰途に着いた。
97.本体
「たまに里に人形芝居に来るお姉ちゃんがいるよな? 金髪で綺麗なあのお姉ちゃん。
あのお姉ちゃんの芝居はオレたち子どもにとっては欠かせない娯楽なんだ。だから子どもはみんな観に行くんだ。
芝居は見事さ。完璧。何の文句も付けようがない。一切のぎこちなさも感じさせない人形たちの動きはオレたち子どもを魅了しちまう。
……でも、思ったんだ。あの人形たちの動きは完璧だった。人形なのに人形らしさを感じないんだ。それこそ、あのお姉ちゃんの方がよっぽど人形みたいでさ。
芝居の途中は皆、お姉ちゃんの指とその先の人形たちしか観ない。オレだけがそれよりも上、お姉ちゃんの目を見たんだ。
硝子玉を埋め込んだみたいだった。いや、本当にそうなのかもしれない。だって、人であるならあんな無機質な瞳にはならないよ。
そして気付いたんだ。いつの間にか人形たちがオレを見てイテ、
『シラナキャナガイキデキタノニバカジャネーノ』ッテイッタ、ンダ、アアアアアア、ア……」
98.予測回避不可能
寝ない子どもへの脅しが「博麗の巫女が来るぞ」から「青娥娘々が攫いに来るぞ」に変わりつつある昨今。言い付けを守っても攫われるのが理不尽なところである。
99.回答はご自由に
問1:事故で隙間の折りたたみ傘が風見幽香の傘と繋がり、不幸にも彼女の世話している花畑のド真ん中で、しかも偶然にも当の本人の目の前に落ちてきてしまったときの鬼人正邪の心情を十文字で答えなさい。
問2:このあと予想される展開を三十字で答えなさい。なおコメント欄への回答も可とする。
100.お疲れ様でした
霊夢「怪談話を百回すると化け物が出るって噂、知ってる?」
魔理沙「あぁ、有名な話だ。あと蝋燭もいって、怪談を一つ言う度に消すんだったか」
霊夢「その通り。納涼も兼ねてやってみない?」
魔理沙「いいぜ。でもさ、霊夢……」
「霊夢ー。酒を持ってこーい!」「今宵は宴会ですよー!」「久しぶりに霊夢の手料理が食べたいわ」「霊夢、助けて! こいつら怖い!」
魔理沙「どうやら私たちがやるまでもなかったらしい」
霊夢「あぁ、やだやだ。話してもないのに化け物共がやって来るなんて!」
魔理沙「と言いながら口許を緩める霊夢であった……あいてっ!」
藤原妹紅が迷いの竹林で筍を取っていると、その中に光りを放つ竹が一本あった。
何処ぞの忌々しい姫の物語を知る彼女は、光っている部分の節より少し上と下を切り取って持ち帰った。
光は一日中絶えることが無く、行灯代わりに重宝している。ただ、中からコツコツ音がするのが難点と思った。
2.要時間厳守
赤蛮奇に待てと言うことほど酷な事はない。何せ伸ばせるだけの首が無いのだから。
3.カープ女子
チルノ「じー……」
ルナチャイルド「……気になるの?」
チルノ「気になる……そうか、これがコイね!」
サニーミルク「いや確かにコイだけど、あんた経験済みじゃん。忘れたの?」
チルノ「忘れた!」
スターサファイア「過去は振り返らない女なのね」
4.春が来い
リリーホワイトが例年通りに春を告げていると、「本当にそうかな」と難癖を付けてくる男がいた。
男に食って掛かろうとするリリーホワイトだったが、男の指差す方を見ては顔を青ざめさせた。何故なら冬が後ろから猛烈な勢いで追い掛けてきていたからだ。
必死に逃げ切って無事に春を迎えたリリーホワイトだったが、寒波に飲まれて消えていった男の正体を知ることは終ぞなかった。
5.メイドの心、門番知らず
十六夜咲夜が館の倉庫を掃除していると、丸椅子を見付けた。処分するのも面倒なので、いつも立ち仕事をさせてしまっている門番にプレゼントすることにした。
咲夜「椅子の使い心地はどうかしら?」
美鈴「すみません、咲夜さん。この椅子は私には合わないようで……」
咲夜「あれ、どっか痛んでたっけ?」
美鈴「いえ、椅子の上だとどうも寝心地が悪いと言いますか……」
咲夜「そこに座りなさい。……違う、地面の上によ、このダメ門番」
6.フィルター
文が天狗となる前、まだ一羽の烏の身であった時分に大怪我をしたことがあった。
仲間を呼ぼうにも声も出ず、これまでかと思われた所に現れたのは人間の少女であった。少女は文を拾い、怪我が治るまで看病してくれた。
文はその時から人間という生き物に興味を持った。そして今も後悔している。
文「あの少女こそ天狗となるに相応しい。私が既に天狗の身であれば手取り足取り教えてやったというのに……」
妹紅「はっは、それは人間を買い被り過ぎよ。案外、鳥の天敵みたいな奴だったかもしれない」
折角の思い出話に茶々を入れてくる焼き鳥屋店主の言葉に気を悪くしつつ、文は酒のお代わりを頼む。
黒髪のおかっぱ頭をしたあの少女なら、鳥が焼かれて人に食われるなど許す筈がないと、酔った頭で勝手に思った。
7.狼少女
里に妖怪退治屋の青年がいた。この青年、腕は悪く無いのだが致命的に頭が弱かった。
影狼「あぁ、怖い。人間怖いわー。でも、銀製品はもっと怖いのよー。銀の弾丸は平気だけど、銀の食器とか時計とかイヤリングでも渡された日には二度と悪さなんてできないわー」
こんなトンチにも気付けないんだから、きっと「金はもっと怖い」と言われても信じることだろう。
8.旅立ち
早朝の鈴奈庵、本居小鈴が開店の為に暖簾を上げようとしたところ、店内の本が綺麗さっぱり無くなっていることに気付いた。
唖然呆然とする彼女の足元で気配がした。一対の脚が生えた本だった。本は困惑する小鈴に向かって言った。
「我々は付喪神となって別の生き方を見出しました。我らのような同志を探し、開放する旅に出ます。今までありがとう、お嬢さん。また会う日まで」
そう言い捨て、「敵は紅魔館にあり!」などと吼えながら去っていった。
静寂に包まれる鈴奈庵で、蓄音機から吐き出される音が間抜けに響いていた。
9.天に向かって唾を吐くが如き行為
命蓮寺の空に一際大きな雲があったら、それに向かって石を投げてみよう。石は返ってこない代わりに、とんでもない拳骨が落ちてくるぞ。
10.主従愛
青娥「あぁ、私ってば何て心優しいのでしょう」
芳香「青娥は頭がわいてるのかー?」
青娥「あらあら、芳香ったら。頭がわいてるのは貴方の方でしょう? ほら、貴方の中にはこんな大きな蛆が」
芳香「おぉ、本当だ! 頭がわいていたのは私だったのか! 青娥、教えてくれてありがとう。お陰で頭も痒くないぞ。青娥は優しいな!」
青娥「さっきからそう言ってるでしょう? 芳香ったらもう!」
そう言って、青娥は芳香の頭に蛆を入れ直した。
11.ジョブチェンジ
冬が終わり、務めを終えたレティ・ホワイトロックが疲れた身体を引き摺りながら家に帰ると先客がいた。
冬将軍であった。レティと同じく冬の精である彼が自分のスペースにいることに驚き、同時に再開の喜びを覚えた。
それは彼も同じだったらしい。冷え冷えとした光沢を返す甲冑を鳴らし、誇らしげな表情で両の手を差し出してきた。
抱えられていたのは様々な野菜に豆腐と肉。鍋をするにはおあつらえ向きの具材たちだった。
12.千余年の言葉の重み
Q.長生きの秘訣は?
妹紅「よ、欲に目を眩ませないこと、かしら? ははっ……」
13.百八十万年の言葉の重み
Q.長生きの秘訣は?
てゐ「(自分に)正直に生きる!」
14.何処かで見たピエロ
秦こころが舞の練習をしていると、いつの間にか側でピエロが踊っていた。踊りは実に滑稽で見るに堪えなかったが、不思議と引き付けられた。
ピエロは奇声を上げながらこころの一つ一つの動きに合わせるように芸をしてみせた。玉に乗ってみたり、口から火を吹いてみたり、一輪車に乗って跳ね回ったり。
こころは舞を止めて、ピエロの動きに魅入っていた。同じ演者として、彼もしくは彼女の動きは感嘆の域にあった。
ピエロのナイフによるジャグリングをこころは食い入るように見詰めていた。だからだった。自分の顔目掛けて飛んできたナイフを避けれたのは。
表情筋は一切動かさず困惑する彼女の前にピエロはおらず、狂ったような笑い声だけが耳に残っていた。
15.米粒一つだって残さない派
物部布都と戦うとき、お皿の上に食べ物を載せると勿体ない精神を発揮して途端に戦意を喪失するぞ! ただし、やり過ぎると吹っ切れて火を放ってくるから加減が肝心だぞ! 火だけに!
16.沼
「ルーミアちゃん可愛い!」
「ルーミアちゃん食べたい!!」
「むしろルーミアちゃんに食べられたい!!!」
「ルーミアちゃあああああああああんっ!!!!」
ルーミアの周囲の闇は深い。
17.気の置けない仲だからこそ
フラン「気が触れてるだなんて失礼しちゃうわ!」
レミリア「気が触れてないとアピールすればいいだけじゃないか」
フラン「それもそうね、流石はお姉様。頭にニンニクでも詰まってるんじゃないかと思って近寄らなかったけど、少し見直したわ」
レミリア「おい。お前は今、私の気に障ったぞ」
18.このあと天子は衣玖に美味しく戴かれました
天子「あの、衣玖? 何で私は押し倒されてるのかしら?」
衣玖「総領娘様の地震の所為です」
天子「サラッと人の所為にしてんじゃないわよ」
衣玖「まぁ、ムラッときたからなんですが」
天子「理由が直球過ぎる!」
衣玖「竜宮の使いにだって性欲はあります」
天子「知らないわよ! や、ちょ、ダメだって……!」
衣玖「まぁまぁ、熊に噛まれたと思って」
天子「大怪我じゃないの、それ!」
衣玖「丈夫が取り柄の天人が何を仰る」
19.詭弁
小野塚小町は決して自分はサボっているとは思っていない。何故なら毎日のように舟を漕いでいるからだ。
20.ストレスの捌け口
永琳「うどんげ、タイが曲がっていてよ」
鈴仙「ひゃい! すすすすみません、師匠!」
永琳「曲げるのは耳にしなさいよ? 輝夜じゃないんだから、貴方までだらしなくされたら私は……」
鈴仙「師匠?」
永琳「ただでさえ輝夜の相手で疲れてるの。輝夜は我儘三昧だし私の話なんてろくすっぽ聞いてくれないし最近は私がご飯を作っても食べてくれないし……」
鈴仙「く、苦し……! ししょ……」
永琳「髪を梳かせてくれないしハグだって嫌がるから私は本当に悲しくって……ちょっと、うどんげ! 頭を後ろに反らしてでも私の話は聞きたくないとでも……うどんげ?」
21.老猫用
阿求「針妙丸さんは普段は何を食べられているんですか?」
針妙丸「霊夢のご飯かな。あ、でも正邪に貰ってたご飯もまた食べたいかも」
阿求「ほう、どんな物を食べていたんで?」
針妙丸「粒の形をしたご飯で、ちょっと匂うんだけど栄養満点なの。何より小さくて食べやすくてね」
阿求「あれ、それってもしかしてカリカリ……」
22.大変身
朝、秋静葉が目を覚ますと、妹の秋穣子の顔が薩摩芋に変わっていました。
悲鳴を上げる静葉に、穣子は怒った顔で言いました。
穣子「もう、自分だってそんな顔してる癖に驚かないでよ」
静葉は洗面所に駆け込みました。鏡には落ち葉になった顔をクシャリと歪める自分がいました。
23.シンボル
実を言うと非想天則には意思がある。意思はあるが、アドバルーン故に自力で動くことはできない。
彼は間欠泉地下センターから湧き上がる蒸気によって体を成している。自身でも気球か蒸気か、どちらが主体か分からなくなるときがある。
自分が何を目的に作られたのかはっきりと理解していない。
漠然とだが、理解できる日は来ないのだとは理解している。
それでも、彼の立ち上がる姿を見て喜んでくれる小さな人々がいる。
自身の存在意義を知るまでは勝手に幻想郷の象徴であり続けよう、そう結論付ける非想天則であった。
24.人生の選択
パチュリー・ノーレッジは言った。人が妖怪になる瞬間を見たくないか、と。知識欲と好奇心の塊である霧雨魔理沙はこの誘いに飛び付いた。
その瞬間が見れる場所は案外近く、紅魔館の近くにある林の中だった。少々懐疑的になる魔理沙だったが、その現場を見て凍り付いた。
顔を青ざめ、震える魔理沙の肩をパチュリーは抱いて、言った。
パチュリー「どうかしら、魔理沙。実に美味しそうに食べてるでしょ? 同族である筈の者の肉を。あれこそが妖怪になる条件。同族を殺し、その肉を喰らう……『人でなし』になることがね」
荒く息を吐き、しかし視線は逸らさない魔理沙が選ぶ選択は……。
25.星下ライブ
ある宵、酒に酔ったマミゾウが月に向かってポンッと気分良く腹を叩いた。
すると月の方からもポンッと音が返ってきた。負けじとポンポコポンと鳴らすと、月の方からはポンポコポコポンと返ってくる。
ここで引いては狸の沽券に関わるとマミゾウは一心不乱に腹を叩き、月もセッションするように音を鳴らした。
気付けば酔いは覚め、陽が顔を出し、月は彼女の目の前に鎮座していた。互いの健闘を讃え合って、ポンポコな夜が明けた。
26.金持ちには分からない
輝夜「爪に火を灯すってどういう事かしら」
妹紅「ん? 爪に火を灯すなんて簡単じゃない」
輝夜「あぁ、つまり貴方みたいに身と懐、ついでに頭が貧しい者のことを言うのね。納得」
27.逆
メディスン「毒を食らわば皿まで……なんて恐ろしい言葉! 私、毒しか食べれないのに!」
28.処理:姉 処分:妹
ルナサが散歩をしていると、メルランが人間の少年を相手にソロライヴを行っていた。
その様子をルナサが微笑ましく見ていると、テンションがハイになったメルランが何を思ったかトランペットで少年を殴り倒した。少年はピクリとも動かない。
一転、頬を引き攣らせるルナサに気付いたメルランは「やっちゃった☆」と言わんばかりに舌を出した。
29.すっぱいお菓子
メルランが屋敷の中をふわふわ浮いていると、リリカが水屋の中を睨んでいた。
確かそこにはルナサのとっておきのお菓子が入っていた筈で、彼女はそれを狙っているのだろうとメルランは当たりをつけた。
リリカは戸を押したり引いたりしていたが、鍵がしっかりと掛かっているのか開かなかった。
怒るリリカは「きっとこのお菓子は腐っているに違いないわ!」と捨て台詞を吐いて何処かに行ってしまった。
メルランはひとしきり笑うと、懐から合鍵を出して中で大事に保管されていたお菓子を食べた。
そして次の日、メルランはベッドから起き上がることができないのだった。
30.写真はお金に変わりました
リリカがボーッと空を見上げていると、ルナサが空を飛んでいるのが見えた。ついでにスカートの中も見えた。黒だった。
それを下から伝えると宙にいた姉はパニックを起こし、見事な宙返りを決めたかと思えば真っ逆さまに落ちてきた。
ルナサは地面の上で引っ繰り返って気絶していた。ついでにスカートも盛大に引っ繰り返っていた。やはり黒だった。
申し訳ない気持ちに駆られながら、リリカは気絶する姉を、正確にはその下半身をカメラに収めてその場を去った。
31.季節柄
にとり「朝蜘蛛は福を呼び、夜蜘蛛は泥棒を呼ぶ。蜘蛛は吉兆と凶兆の両方を担うから、下手に手を出さないことだね」
椛「土蜘蛛は?」
にとり「即キンチョーかな」
32.エイリアンではない
里にある心優しい少年がおりました。
少年の父親は狩りの途中で妖怪に食われ、母親も病の床に臥せていました。それでも少年は気丈に母と二人で暮らしておりました。
少年の日課に井戸の水汲みがあります。小さな身体では重労働ではありましたが、嫌な顔ひとつ見せずにこなしています。
ところが、何やらこの日は備え付けの水桶がやたらと重いのです。少年は滑車に引っ掛けてある縄を手の平が擦り切れるのも我慢して引きました。
引いて、引いて、ようやく水桶が見えた瞬間に重みが消えて、勢いのまま少年は後ろに転びました。
そして、「けけけ」という不気味な笑い声と共に、少年の視界は反転したのでした。
33.メイド喫茶理論
諏訪子「早苗ー、暑いよー、何とかしてよー」
早苗「では風を送って差し上げます」
諏訪子「いや、有り難いんだけど、そこで団扇の風ってどうなんだろ。祝詞でも唱えて風を起こしてくれてもいいんだよ?」
早苗「分かりました! 涼しくなーれ、涼しくなーれ!」
諏訪子「うーんこの風祝」
34.無機物デレ
鬼人正邪ほど不器用な妖怪はいない。見よ、この何度も縫い直された跡のあるボロボロのデコイ人形を。
碌に縫い方なんて知らないから縫い目が雑。綻びだってこんなにいっぱい。だっていうのに使い続けている。
正邪「か、代えが利かないだけだし! それに捨てたりしたら後味悪いし……この人形が大事とかそんなんじゃないからな!」
語るに落ちるとは正にこの事である。
35.幽谷響
少女は山が好きでした。そして山に叫べば同じ声を返してくれる山彦が大好きでした。
彼女は毎日山の方を向いては叫び、律儀に返してくれる山彦のことが好きで好きで堪らなくなっていました。
けれど、少女の好きだった山たちは緑を、高さをどんどんと失っていきました。同時に山彦は音を返さなくなりました。山に向けて叫んでも、声の返らない日々が続きました。
しかし、ある日突然、それまでとは別に向かいの山から声が聞こえたのです。少女は嬉しくて嬉しくて、堪らずに声を返しました。
「やっほー!」と向かいの山のそのまた向かいまで届くような声で……。
その日、一人の少女が行方不明となりました。
36.ドヤッ
妖夢「私にだって決して斬れないものがあります。例えばそう……主従の絆とか!」
37. この間わずか二日の出来事である
幽々子「妖夢! 妖夢、待って! 貴方の分のお団子まで食べたことは謝るから! 絶縁だけは勘弁してー!」
38.シーツ一枚隔てた先
咲夜は久しぶりの快晴に気を好くしながら、木々の間に掛けたロープたちにベッドシーツを何枚も並べていた。
するとシーツの下、咲夜とは向かいに華奢な脚が突っ立っているのが見えた。それは素足をしていた。
咲夜「何をしてるの? 仕事に戻りなさい」
いつもの妖精メイドのサボりかと思い、声を掛ける。しかし、脚の持ち主は動かなかった。カチンときた咲夜はシーツを払う……が、そこには誰もいない。
クスクスと笑い声が聞こえるので振り返れば、別のシーツの下からいくつも覗く、脚、脚、脚。
不意の風がシーツたちを大きく撫でた。はためく布の下には、青々とした芝だけが生えていた。
39.いともたやすく行われるえげつない何とか
今や博麗神社のペットとして名高い少名針妙丸さんに乾燥ワカメを与えた人。悪いことは言いません、早く出頭しましょう。
飼い主である博麗の巫女は大変お怒りです。至急、悔い改めてください。
40.媚を売る
宇佐見蓮子がフル単を達成した。その事実を知った彼女を知る者はそれはもう驚き、祝福した。
メリー「やったわね、蓮子」
蓮子「うん、留年して倶楽部を続けられないと困るし」
メリー「貴方はやればできる子だって信じてたわ」
蓮子「まぁ、ヤればできるのは確かね……ふわぁ」
メリー「寝不足?」
蓮子「そっ。もう試験は終わったってのにね、嫌になっちゃう」
41.独壇場
水橋パルスィが気怠げに橋の欄干に寄り掛かっていると、向こうから亡者がフラフラとした足取りで歩いてきた。
亡者はパルスィの姿を見咎めると、眼窩に暗い粘着質な光を宿して恨み言をボソボソ早口で捲し立てた。
「口惜しい口惜しい天下に名を広げんとしたこの私がこのようなみすぼらしい姿で落ちぶれている私が何をした私は何を違えたこの私こそが天下人に相応しい筈なのにどうして……あぁ、その眼はやめろ苛立たしい勘に障るなぜ私でなく貴様のような女郎が五体満足でいる恨めしい妬ましい失せろ消えろその身を寄越せ畜生めがあああああ」
吐き散らされる呪詛に、しかしパルスィは悠然と笑みすら浮かべて相対する。
パルスィ「あぁ、死してなお生に縋ろうとする浅ましさが妬ましい。人を貶しておきながらその身を要求する欲深さが妬ましい。稚児だって口にしない誇大妄想に縋る執着心が妬ましい。私は貴方が妬ましい。……だから、もうおやすみなさい」
先程までと同じく気怠げに橋の欄干に寄り掛かるパルスィの側に、亡者の姿はもうなかった。
42.画面向こうの貴方へ
パルスィ「貴方ばかりはこの私でも妬めないわ……」
43.タダより怖いものはないという例
ある日、魔理沙が珍しく買い物を目的に香霖堂へやって来た。そして彼女は木彫りの仏像を買っていった。
霖之助「流石は魔理沙だ。目の付け所が違う」
中々の額で売れたことに気を良くした霖之助は慣れない世辞まで呟く。何せそれは元は拾い物、仕入れ額はタダそのものだったのだ。
魔理沙「そうだな、私は目の付け所が違う」
そんな彼の前で魔理沙は仏像を思い切りよく床に叩き付けた。
魔理沙「さて、早速こいつを買い取って貰いたいんだが、おいくらかな?」
衝撃で綺麗に真っ二つになった仏像から大漁の貴金属が零れる。霖之助の額からも汗が一滴零れた。
44.外の世界は魔法使いでいっぱい
魔理沙「参考に聞いておきたいんだが、外の世界の魔力ってどんな感じなんだ?」
弁々「うーん、こう、ドロドロというかネバネバしてて……」
八橋「時々、急にムラッときたりしちゃったりなんかして……」
雷鼓「思考が中年みたいになったり賢者になったりもするわね。あと、理由の無い焦燥感に襲われたり?」
魔理沙「婚期が遅れそうな臭いがプンプンするぜ」
45.寺子屋黒板十八代目
慧音先生の頭突きによって割られた黒板こそが寺子屋の歴史と専らの評判に。
46.魔理オネット
魔理沙「なぁ、アリス。お前の人形を操ってる糸って何処から出てるんだ?」
アリス「指の先だけど?」
魔理沙「蜘蛛男かよ。そんなだと知らぬ間に操られてても分かんないぜ」
アリス「そうね。そして貴方は既に私の手中、ってね」
魔理沙「ありゃ?」
47.呪い
湖の人魚は石を集めるのが趣味らしい。そんなどうでもいい噂が何故か里の子どもの間で広まった。
興味のない子ども、同じく石集めに夢中になる子どももいれば、その人魚自体に興味を持つ子どももいた。
身体も態度も大きな少年だった。子ども特有の万能感に漬かった彼は、大人の言い付けを破って一人で霧の湖に向かい、件の人魚を見付けた。
初めは人魚の存在に興奮したものだが、特に動くでもなく岩場に座って石を積むだけの彼女に次第に苛立ちを覚えた。何を思ったか、足元にあった小石を投げ付けていた。
小石は見事に石の山に吸い込まれてそれを崩した。呆ける人魚を指差して笑い、少年は意気揚々と里へと帰って己の武勇伝を吹聴して回った。
その晩からだ、少年が身体に違和を感じ始めたのは。ちくちくちくちくと肌が痛む。
気のせいだと思ったが、痛みは日増しに激しくなった。そして、その痛みはついに夜中に叫ぶまでになった。
里のおいぼれ医者がやって来て、しきりに「肌が、肌が……」と呟く少年の服を剥いだ。医者は困惑し、少年の両親は悲鳴を上げ、少年は呆然と自らの身体を眺めた。
そこにはギザギザと尖った石たちが皮膚を下から突き破り、まるで魚の鱗のようにびっしりと整然と隙間無く生えていた。
48.漂流者
霧の湖でマグロが釣れるという妖怪伝の噂が里に広まった。
これに里一番の太公望、運松翁が動いた。魚釣りの名人である運松翁が釣り上げるだろう未知の魚に誰もが期待を寄せた。
しかし、湖から帰ってきた翁はまさかのボウズであった。マグロは釣れなかったのか、という里人の問いに翁は厳しい表情で答えた。
運松翁「釣れた。釣れたが、あれは人が食べてよいものではない。あれを食らうは妖怪だけじゃ。げに恐ろしきは、あれを生み出す外の世界よ」
49.馬鹿舌
紫「私はマグロも好きだから、霊夢は気にしなくてもいいのよ?」
霊夢「やかましい」
50.SHIMI
村紗と一輪は気付いてしまった。
水蜜「ありゃ、いつの間にやら数が増えてる」
一輪「ひい、ふう、みい……うーん、骨董品だもんねぇ」
そして星も気付いた。
星「聖、聖。あれは天井の話です。お気を確かに」
51.嫉み
猫はとかく狭い所が好きで、箱の中などは言うまでもない。
化け猫の橙も御多分に漏れず、マヨヒガの一室に投げ出された大きな葛籠の魅力に夢中になっていた。
彼女が葛籠の中で微睡んでいると突然、上の蓋が閉められてしまった。
急な暗闇に彼女は混乱して暴れたが、上蓋は押さえ付けられたように動かない。
外からは「お前ばっかり! お前ばっかり!」という声とガリガリと引っ掻く音が聞こえ、橙は震え上がった。
結局、葛籠の中で一晩を過ごした橙は翌朝、回りに積み重なったあらゆる色の猫の抜け毛を見て、釣られて自分も毛玉を吐いた。
52.カープ女子2
魔理沙「龍の爪、また手に入らないかなぁ。あれがあるだけで実験が物凄く捗るんだ」
霊夢「無い物ねだりしたってねぇ」
魔理沙「……いっそ私自身が龍になってやろうか」
霊夢「人の身で龍なんて生き物になろうっての?」
魔理沙「コイに魅せられた私だぜ? 可能性はあるだろ」
霊夢「そのコイ、生かすも殺すもあんた次第って肝に命じとくことね」
53.日常
人里で霧雨魔理沙が金平糖を売っていた。実験の為の小銭稼ぎらしい。人並みに甘味が好きだった東風谷早苗は何となく売り上げに貢献してあげた。
色取り取りの形・色で目を楽しませる金平糖たちであった……が、気味が悪いことにその中に一つ喋る金平糖があった。
金平糖なのに口が付いていて、何か喚いているようだったが、金平糖の言葉など早苗に解る筈もなかった。とりあえず口に入れて、噛み砕いた。普通に甘くて美味しかった。
「金平糖の中には喋るやつがあって、普通の金平糖の味がする。それは幻想郷では当たり前」そんな新たな常識と一緒にそれを飲み下した。
54.茶飯事
男が目を覚ますと身体が金平糖になっていた。
驚いたが、芋虫になっていた男もいるのでそれほどではなかった。道端で金髪の少女に貰った怪しげな薬を飲んだ自分も悪いのだと反省さえした。何より、幻想郷では珍しいことではない。
金平糖としてどう生きようかと考えていた彼だったが、早速売りに出されてしまった。それも金平糖生とあっさり諦めはついた。
そして、買い手はあの東風谷早苗だった。彼が懸想していたその人だった。彼女の視線が、耳が、意識が、その全てが自分に向いている。その事実だけで彼は金平糖になれた運命に感謝した。
その口に入れられた瞬間、彼は金平糖生の絶頂を迎えた。そして幸福に包まれたまま噛み砕かれた。
彼は間違いなく、幻想郷一幸せな金平糖だった。
55.結局の話
輝夜「うどんげ、今夜は月見うどんが食べたいわ」
鈴仙「私を見て決めましたね?」
輝夜「違うわよ。今夜は満月、玉子を月に見立てて食すなんて乙だとは思わない?」
鈴仙「なるほど、風流ですね」
輝夜「まぁ、蕎麦かうどんかの決め手は貴方なんだけどね」
56.後悔
こいし「お姉ちゃん、私に何か言う事はない?」
さとり「ごめんなさい」
こいし「……無意識でまで謝らないでよ、お姉ちゃんのバカ」
57.Welcome to the…
姫海棠はたては引きこもりと呼ばれていました。何故なら、彼女は外に出ていないからです。
とはいえ、友だちがいない訳ではありません。いつも窓に掛かる格子の向こうで腐臭を漂わせる一羽の烏、それが彼女の友だちでした。
「あなた、くさいわ」とはたてはいつも言いましたが、顔は笑っていました。烏も嬉しそうに嘴をカチカチ鳴らしていました。一人と一羽の間には確かな友情がありました。
ある日、はたてがふと目を覚ますと、夜だというのに外が真っ赤に明るくなっていました。いつもより早くお日様が顔を出したのかと思っていると、友だちの烏が彼女の側にいました。
「どうしたの、それ」はたてが烏の胸の辺りに生えた物について聞きました。腐臭は相変わらずでしたが、胸に輝くそれだけが唯一違っていました。
烏ははたての疑問には答えず、変わりに出入り口へ向かって飛びました。開けたくても開けられなかったその扉の先に何が待っているのか。
はたては期待を胸に扉を手に掛けます。地獄烏が祝福の声を上げます。赤く熱い風がはたての身体を包みました。
灼熱の楽園が、そこにはありました。
58.苗床
リグル・ナイトバグの前で虫を殺してはいけない。況んや女子など以ての外である。自身の処女(おとめ)を守りたくば、間違ってもそんなことをしてはいけない。
59.スーパーサブ
【レミリア・スカーレットのスペルカードが生まれるまでの流れ】
・レミリア→作成、同時にとんでもネームを考えつく
・咲夜→手放しで褒める、何もしない
・パチュリー→興味がない、何もしない
・フランドール→この時ばかり褒める、更にとんでもネームに仕立て上げる
・美鈴→主人を立てながら軌道修正、ようやく応急処置が行われる
結論:美鈴がいなければ致命傷だった
60.引っ掛け問題とか苦手
針妙丸「どうしてその瓢箪はお酒が尽きないの?」
萃香「んー? あぁ、この中にはあんたみたいな小人がいて、酒を造ってくれてるんだよ」
針妙丸「なんと! 私の仲間が!?」
萃香「年中無休でね」
針妙丸「酷い! 今すぐ解放しなさい!」
萃香「その代わり、中のお酒も飲み放題なんだよ」
針妙丸「なーんだ。それなら良し!」
霊夢「こら、こいつはお椀被るくらい頭が弱いんだから適当教えるんじゃないの」
61.その鈴を鳴らなくしたのは貴方
「貴方の鈴が鳴らなくなることが幻想郷崩壊の前哨かもしれないわね」と冗談めかして言う八雲紫さん。
前日に鈴を落として鳴らなくなったとは口が裂けても言えない本居小鈴ちゃん。
62.月落とし
魂魄妖夢が刀の手入れをしていると無性に何かを斬りたくなる衝動に駆られた。これも自分の未熟が故とすぐさま反省した。
そしてちょうど縁側で主である西行寺幽々子が月見などしていたので、試しに逆袈裟に刀を振り回してみた。
すると幽々子の身体は左腋下から右肩まで線が入ったかと思えば上下が分かたれ、玉砂利の上に崩れ落ちた。
妖夢はちっとも反省し切れていない自分に対してすぐに反省した。
宙に浮いていた満月の半分が遅れて落ちてきて幻想郷は滅亡した。
63.それはそれは綺麗な
豊姫「依姫、貴方の神降ろしの力を使って一つお願いを聞いて欲しいの」
依姫「何でしょう、お姉様」
豊姫「トイレの神様を……」
依姫「は?」
豊姫「トイレの神様を、降ろして頂戴……! 私、もう、漏る……」
依姫「おおお、お待ちを! トイレ、トイレの神……お姉様、大変です! 該当する神が思い当たりませんッ!!」
豊姫「あ……」
64.穢れなんて無かった
レイセン「豊姫様の穢れは後で玉兎一同がおいし……責任持って処分しました」
65.要介護
霊夢が風邪を引いた。すると珍しいことに魔理沙が看病などにやってきた。不安はあったが、殊勝なことだと思い、任せた。魔理沙も喜んで任された。
夜食に魔理沙がお粥を作ってきた。キノコ粥だった。小腹の空いていた霊夢には有り難かった。
これが不思議なことに食べれば食べるほどに元気が出る。何やら気分まで無暗に高揚した。何が入ってるのかと聞くと、魔理沙は快活に笑って言った。
魔理沙「あぁ、元気の出るキノコを入れてみたんだ……ちと効き過ぎるのが難だが、安心しろ。私が看病するから。お前が私を必要としなくなる、その時まで」
66.想いは時間を超えて
神子「私が目覚めるまで千年余り。屠自古、君は一人で辛くはなかったのかい?」
屠自古「はい、太子様。想い人を待つ、それは寄り添う者の特権であります。私は他より少し長かっただけのこと。辛く思ったことなどありません」
神子「君の考えは亡霊特有のものか、それとも真に私を想ってのことか……。いずれにせよ、私は千年分の時間を埋めるに足る愛を君に授けよう」
67.怨みは重みを増して
布都「我が目覚めるまで千年余り。屠自古、お主は一人で辛くはなかったのか?」
屠自古「誰のせいでこんな身体になったと思ってるんだ、この野郎。これから千年先まで祟ってやるからな、覚悟しろ!」
布都「屠自古の愛は重いのぉ……」
68.犯人はメイド
レミリア・スカーレットは悪魔故にクリスマスは大嫌いだが、プレゼントをくれるサンタクロースは好きだし、未だにその存在を信じ続けていた。
しかし、そんな彼女も疑問を抱かざるを得ないことがある。
レミリア「サンタさんが館に入ってこれるのはまぁ、門番がアレだから解るんだけど。プレゼントは枕元に置いて、用意してある靴下を持っていくってのはどうしてかしらね?」
69.裏切り者には手痛い一撃を
堀川雷鼓は今でも夢に見る。自分が捨てた和太鼓に詰られ、責められ、叩き回されるそんな夢だ。
その夢を見ると決まって嫌な汗を掻く。その日も手早く行水を済ませて根城にしている小屋から出た。
いつもと違っていたのは一つ。小屋を出た雷鼓の前に見慣れない人型をした付喪神がいた。
その手には見慣れたバチがあって、それは勢いよく振り上げられたかと思えば、また同様の勢いで雷鼓の頭目掛けて振り下ろされて……。
70.藍霊幻想
藍「なぁ、霊夢。今日だけでいい、結界の点検を手伝っておくれよ。紫様は寝ているし、私だけじゃ手が足りないんだ」
霊夢「あーん? 私は暇で暇で忙しいのよ。どうしてもって言うなら、退屈しのぎに驚きの一つくらい提供しなさいよ」
藍「むむっ……えい、こんっ!」
霊夢「…………」
藍「ど、どうしたんだ、霊夢?」
霊夢「いや、あんたみたいな堅物が指を狐にして鼻なんて触ってきたら誰でも……ええい、言わせるな! 付き合ってやるわよ、もう!」
71.性
封獣ぬえは正体不明の化生である。姿をあやふやにすればするほど力を増す、そんな存在。故に、
「封獣ぬえ?」
「ぬえさん?」
「ぬえとは誰のことでしょう」
「聞いたことのない名前ですね」
「待ってください、頑張って思い出しますんで……」
「申し訳ありません。当寺ではそのような子は在籍していません」
「ぬえ……懐かしい名前の気がするが、ちと思い出せなんだ」
故に、鵺とは悲しい妖怪なのである。
72.下敷き
天子がいつものように要石に乗って地上に降りてきた。その着地の際、何かを踏み潰す感触があった。
嫌そうな顔をする天子だったが、下を見て顔を青ざめさせた。そこには潰れた小さな身体と破けた衣服、目が冷めるような空色の髪が広がっていた。
慌てて家路に着こうとする彼女の嗅覚は、嗅ぎ慣れた桃の甘ったるい香りを捉えていた。
73.自殺行為
幻想郷で「お花を摘みに行ってきます」と行っても全力で止められるので日常で使うのはおススメしない。勿論、言葉通りの行為に及ぶのもである。
74.健全なお付き合いを
ヤマメ「恋なんて病気だよ。そして病は気から。正気を保ってれば掛かりやしないよ」
こいし「気をヤっちゃった私はどうしたらいいの?」
ヤマメ「色んな意味で手遅れかなぁ」
75.プラナリア
映姫が説教の為に人里を歩いていると、見慣れない分岐路があった。
彼女は迷いの無い足取りで左の道を選んだのだが、その瞬間にベリリッという音が自分の身体からした。
視界の右半分が消えていて、仕方がないから左の目で右の方を見た。
すると右半分になってしまった自分が、これまた自分と同じく呆けた顔で見詰め返してきた。
76.バター虎
ナズーリンは不思議な光景を目にした。
ナズーリン「……ご主人様、なぜ木の回りを走り続けているんだい?」
別の意味で目を回しかける彼女に、ご主人様である寅丸星は汗を滴らせながら笑顔で言い切った。
星「いえ、こうして木の回りを走っていれば私の身から牛酪(バター)が出てくるそうなので。もう少し待っていてください、美味しい牛酪を食べさせてあげますからね!」
ナズーリン「チクショウッ、何でうちの上司はこんなに阿呆なんだッ! そしてそれは全部私のだ! 誰にも譲らねえッ!」
星「ナ、ナズーリン!?」
77.選んだ結果
雛「人間関係に疲れたり、煩わしさを覚えている貴方! このえんがちょマスター鍵山雛にお任せあれ! 私が貴方に付き纏う縁の一切を断ち切ってあげます!
もう人と関わることはない! 煩わしく思う必要もない! 誰かに裏切られることなんて絶対にない! 貴方の好きなように生きたって誰も怒らない! 叱らない!
だってもう二度と誰との縁も結べないのだから! 今さら結び直すなんて不可能! だってもう既にえんがちょしちゃったから! それはこの私も然り!
さようなら、孤高と孤独を履き違えた愚か者! 誰に看取られることもなく惨めに死んで朽ち果てるがいいわ!」
78.墓荒らしは重罪です
火焔猫燐がいつものように墓荒らしに励んでいた。掘り返すことに夢中になり過ぎたか、気付けば頭蓋骨を残すのみとなっていた。
穴から這い出て、頭蓋骨を猫車に載せるときになって燐は気付いた。先に載せておいた筈の他の骨たちが綺麗さっぱり無くなっていたのである。
首を傾げる彼女が背後から近付く気配に気付いたときには全てが遅かった。痛む身体は掘り返した穴の奥深くへ真っ逆さまに落っこちていた。
骨の鳴る音が聞こえる。見上げれば、骸骨が片方の手で穴の中の燐を指差し、もう片方の手に載ったシャレコウベがカタカタと笑っていた。
79.ミタナ?
犬走椛がいつものように山の中を警邏していると、彼女の眼によく分からないモコモコした何かが映った。
よくは分からなかったが、山の中を堂々と侵入しているので追わずにはいられない。モコモコもそれに気付いたのか逃げ出した。
椛は腐っても天狗である、飛ぶスピードにはそれなりの自信があるつもりだった。それなのにモコモコとの距離が一向に縮まる気がしなかった。
その事実が頭の固い彼女を苛立たせた。そのモコモコの正体を見破ってやらねば気が済まないと千里さえ見通すそれに力を込め――思わず見開いた。
縮まらない筈だった。モコモコはモコモコの身体をした椛だった。モコモコには自分と同じ顔があった。その顔が確かに、ニヤリとこちらを見て、笑っていた。
80.暴食と好色
芳香「うまうま」
神子「本当に何でも美味そうに食べる。芳香、君に食べられないものは無いのかい?」
芳香「青娥は、食えない奴だー」
神子「あぁ、それは確かに」
芳香「でも、青娥も美味しそうだー」
神子「えぇ、それは私が保証しましょう」
81.勝てばよかろうなのだ
ある大馬鹿者の人間が星熊勇儀に勝負を挑んだ。曰く、「己の生涯を賭してその杯の中身を溢してみせる。そうしたら俺の勝ちだ」と。
男は特別な力を持っているようには見えなかった。かといって悪知恵を働かせて搦め手に走る輩にも見えず、これを面白く思った勇儀は勝負を快諾した。
その日から男は勇儀の傍から一時も離れようとはしなかった。化け物たちの酒宴にも、地上にも、時には鬼同士の喧嘩の真っ只中にも付いて回った。
当然、勇儀は煙たがったが、「勝負の為だ」と言われてしまえば何も言い返せなかった。
気付けば男と勇儀は半世紀もの時間を共にしていた。その時間の中で男は人間らしく老い、勇儀は鬼としての美しさを保ったままであった。
そして男は人間らしく死んだ。老衰であった。勇儀は男の死を看取り、男の死という結果で彼と交わした勝負に勝ったことを理解した。
特にこれといった感動は無かった。勝利の後の余韻も無い。あるのはただ虚無感のみ。
それでも半世紀を共にした男である。手向けの酒をと思い立ち、星熊杯に酒をなみなみと注いだ……が、何故かそれを呷る気にはなれなかった。
ふと、酒が手に伝うのを感じた。鬼である自分が酒を一滴だって零す筈がない。であれば、どうして。
頬に手を当てたとき、勇儀は全てを理解し、呵々大笑した。そして今度こそ杯の中身を呷った。
敗北の味は斯くも美味にして、塩辛いものであった
82.餓死(チルノ視点)
チルノが「さいきょーさいきょー」と歌いながら空を飛んでいると、道端に小傘が倒れているのを見付けた。
いつも通り腹を空かせて寝ているのだろうと思って、チルノはその場を去った。
それにしても、土手っ腹に穴まで空けるなんてザンシンだとも思った。
83.嫌われ者
八雲紫が普段通りにスキマの中を歩いていると、いつにない違和感を覚えた。
ふと、スキマの中の目と目が合った。それも一つではない。紫が見渡す先の全ての目が彼女の方へ向いていた。
身を固めた紫を見据えた目たちはその中に怒りの光を点し、無い口を開いて言った。
「全てはお前の所為だ」
糾弾の言葉がスキマの中を輪唱した。
84.進化
神奈子、と自分の名前を呼ぶ声に八坂神奈子は振り返った。すると、境内の方で洩矢諏訪子がニヤニヤと笑みを向けていた。
諏訪子「見てよ、神奈子。品種改良した蛇を呑み込む蛙だ。今の時代、蛙が蛇を呑み込むことだって可能なんだよ」
神奈子「……悪趣味だね」
諏訪子の足元には大口を開けて蛇を頭から丸呑みにする馬鹿みたいに大きな蛙がいた。その光景を蛇と縁深い神奈子が快く思う筈もなく、すぐさま身を反転させた……その瞬間である。
身体中を締め付けられていた。すぐに解けるような生半可な力ではなく、神である神奈子にこんな芸当ができるのは同じくらいの力を持つ神のみ。
つまり、彼女の後ろにいる諏訪子のみ。
神奈子「諏訪子、何を……」
諏訪子「さっきも言った。今の時代は蛙が蛇を呑み込むのさ。日和って油断しきった神なんて、格好の餌食だと思わない?」
大口を開けて舌を覗かせる蛙が、彼女の目の前にいた。
85.包帯は基本
戻ってきた座敷童を見て、密かに現代に憧れていたらしい茨木華仙さん。包帯の巻かれた腕を抑えては「くっ、鎮まって、私の右腕……!」と度々呟くなど大火傷を負っている状態である。
86.涙も出ない
魔理沙「雀の涙なんて言葉があるけど、本当に泣くのかい?」
ミスティア「泣くわよ。例えば、本日唯一の客があんただった時とか」
魔理沙「へぇ、そうかい。さて、お勘定……と言いたいが手持ちが無くてな。ツケといてくれると助かるぜ」
87.刷り込み
霊烏路空が地底を歩いていると、卵が落ちているのを見かけた。道端に落ちていたにもかかわらず、卵は罅一つない綺麗な形を保っていた。
空は自分でも自覚しているが、あまり頭はよろしくない。けれど、卵は温めればよいということは知っていた。
だから旧地獄まで持ち歩くことにした。あそこは熱だけは豊富であるからだ。
それが功を奏したのか、卵は元気に辺りを弾け回っている。それから暫く、その様子を空が満足そうに眺める日々が続いた。
そしてある日、卵が割れた。中からはタールのように真っ黒な身体をした不定型の何かが生まれ、「ぴいっ」と金切り声を上げた。
空と何かの視線が合ったその瞬間、彼女は一児の母となる運命を定められた。
88.悪魔たちの流儀
ある日、フランにフランの羽が問うた。
「なぁ、どうして君はここを出ないんだい? 君の力なら抜け出すなんて造作もないことだろう」
フラン「んー? まぁ、ここはここで落ち着くし、いいかなぁって」
「それで悪魔をやっていけるのかい、まったく」
フラン「それにね、壊すときは見極めるものよ。あらゆる要素、要因が積み重なり、折り重なったときにそれを情け容赦なく叩き壊す。これが基本。破壊は芸術なの。解らないなら死ね。解ったら黙って見てなさい」
「訂正しよう。君は実に悪魔らしい悪魔だ」
89.三人目なんて現葬
マエリベリー・ハーン。通称メリーが部室で紅茶を飲んでいると、宇佐見蓮子が転がり込んできた。
蓮子「メリー! 秘封倶楽部の三人目の部員を見付けてきたわ!」
興奮気味に蓮子はそう言った。しかし、彼女が手を引いてきた人物はメリーの眼にはブレてまともな実像を結んでいなかった。
その第三の部員らしき誰かさんは蓮子の手を振り解くと、テーブルに置かれていたメリーの飲みかけの紅茶を飲み干した。かと思えば、部屋の窓を開けてそこから飛び降りてしまった。
奇妙な静寂が続いた後、茫然とした声で蓮子は言った。
蓮子「あれ、メリー? 私、何をしてたんだっけ?」
メリー「何も。貴方は何もしてないわ。紅茶を淹れてあげるから、それを飲んで落ち着きましょう?」
いつもの秘封倶楽部の日常がそこにあった。
90.幸せ終わり
酒の酔いに任せた伊吹萃香が天蓋に映る月を砕いた。虚像は散って幻想郷の空を駆け、割れた隙間から真の月が顔を覗かせた。
この日、幻想郷は月の狂気に包まれた。
91.初物
Q.初めての歴史の味はどうでしたか?
慧音「しょっぱくて、鉄の味がした」
92.巫女の試練
里の少女が博麗の巫女、博麗霊夢に訊いた。どうすれば巫女様のように強くなれますか、と。彼女の答えはこうだった。
霊夢「寝ること。寝て、寝て、とにかく寝て、心と身体を強くするの。何事からも耐えられるようにね」
少女には、心なしか霊夢の頬が紅潮して興奮しているように見えた。
93.本懐
今一度死について考えてみようと、西行寺幽々子はお茶請けのお饅頭を片手に真剣な表情を浮かべた。
彼女がほんの一睨み、ちょいと指差すだけで生物は死に絶える。それだけ幽々子にとって死は身近で、軽いものであった。
しかし、よく考えなくてもそうポンポンと弄んでいいほど死は軽いものではない。むしろ、もっと重いものとして扱うべきだとようやく思い至ったのである。
追加のお饅頭を持ってきた魂魄妖夢が廊下の向こうからやって来たので、ちょうどいいと幽々子は思った。
幽々子「妖夢、貴方は私が直々に殺してあげる。老衰だとか病死だなんてできると思わないこと。ましてや自死なんてね。私が見限るその時まで、仕え従いなさい」
あまりの言葉の重さにか、手にしていた盆を取り落とし手足と頭を磨き抜かれた廊下に擦り付けてすすり泣く妖夢を見て、幽々子は満足そうに饅頭をパクついた。
94.日頃の行い
古明地さとりがパーティの準備をしていた。地霊殿の広いホールには縦に長い机が幾つも並べられ、種々様々な料理が卓の上を彩り、磨き抜かれたグラスたちが光を返していた。
全ての準備を終えたさとりは満足げな息を一つ吐いた後、染み一つ無い純白のテーブルクロスを引き抜いた。
あらあら、といった顔で、しかし手は休めない。ぶち撒けられる料理、砕けて欠片を飛び散らせるグラス、赤い小河を作るワインの瓶。全てがメチャクチャで、その中を彼女は無邪気に踏み歩いていた。
さとりがミートパイを窓に投げ付けていると扉の開く音がして、そこにはたくさんのペットを引き連れた妹の古明地こいしがいた。
呆然とした表情で「お姉ちゃん……?」と呟く彼女に、さとりは落ち着いた声音で、たしなめるように言った。
さとり「まったく、こいしったら。人の無意識を勝手に操るんじゃありませんって教えた筈でしょう? お陰でほら、この通り。どうしてくれるの?」
95.好奇心は魔女をも殺す
こころ「これが『巫女の腋の魅力に抗えず苦悩する魔法使い』の感情の面!」
魔理沙「先っちょだけ……。指の先っちょを入れるだけなんだぜ……」
こころ「わ、私は反対側を……」
96.仕方の無い話
里を回っている豊聡耳神子の耳に「死にたい」という欲が聞こえた。その声を辿っていくと、何をしなくても今にも死にそうな顔をした女性がいた。
話を聞くと未亡人らしく、つい最近、一人息子が妖怪の手に掛かって亡くなったことに気落ちしていたらしい。おまけに本人も病を患っているのだという。
神子は時間を掛けて、懇切丁寧に話を聞いて女を諭した。その結果、女は前向きな気持ちを取り戻し、神子も気分良く帰ることができた。
次の日、また里にやって来ていた神子の耳に入ったのは、件の女が崖から身投げしたという話だった。
その死に顔は幸せそのものだったらしく、神子は何も言えずに帰途に着いた。
97.本体
「たまに里に人形芝居に来るお姉ちゃんがいるよな? 金髪で綺麗なあのお姉ちゃん。
あのお姉ちゃんの芝居はオレたち子どもにとっては欠かせない娯楽なんだ。だから子どもはみんな観に行くんだ。
芝居は見事さ。完璧。何の文句も付けようがない。一切のぎこちなさも感じさせない人形たちの動きはオレたち子どもを魅了しちまう。
……でも、思ったんだ。あの人形たちの動きは完璧だった。人形なのに人形らしさを感じないんだ。それこそ、あのお姉ちゃんの方がよっぽど人形みたいでさ。
芝居の途中は皆、お姉ちゃんの指とその先の人形たちしか観ない。オレだけがそれよりも上、お姉ちゃんの目を見たんだ。
硝子玉を埋め込んだみたいだった。いや、本当にそうなのかもしれない。だって、人であるならあんな無機質な瞳にはならないよ。
そして気付いたんだ。いつの間にか人形たちがオレを見てイテ、
『シラナキャナガイキデキタノニバカジャネーノ』ッテイッタ、ンダ、アアアアアア、ア……」
98.予測回避不可能
寝ない子どもへの脅しが「博麗の巫女が来るぞ」から「青娥娘々が攫いに来るぞ」に変わりつつある昨今。言い付けを守っても攫われるのが理不尽なところである。
99.回答はご自由に
問1:事故で隙間の折りたたみ傘が風見幽香の傘と繋がり、不幸にも彼女の世話している花畑のド真ん中で、しかも偶然にも当の本人の目の前に落ちてきてしまったときの鬼人正邪の心情を十文字で答えなさい。
問2:このあと予想される展開を三十字で答えなさい。なおコメント欄への回答も可とする。
100.お疲れ様でした
霊夢「怪談話を百回すると化け物が出るって噂、知ってる?」
魔理沙「あぁ、有名な話だ。あと蝋燭もいって、怪談を一つ言う度に消すんだったか」
霊夢「その通り。納涼も兼ねてやってみない?」
魔理沙「いいぜ。でもさ、霊夢……」
「霊夢ー。酒を持ってこーい!」「今宵は宴会ですよー!」「久しぶりに霊夢の手料理が食べたいわ」「霊夢、助けて! こいつら怖い!」
魔理沙「どうやら私たちがやるまでもなかったらしい」
霊夢「あぁ、やだやだ。話してもないのに化け物共がやって来るなんて!」
魔理沙「と言いながら口許を緩める霊夢であった……あいてっ!」
後はよくわからなんだ。
そそわ作品集200に乾杯
7と47が好きです
9がツボにはまり、36、37、93が印象に残ってます。
>私にだって決して斬れないものがあります。例えばそう......主従の絆とか!
まったくもってその通りです!
ゆゆみょんは至高です!
そして作品集200到達おめでとうございます。
また作者さんのシリアスか微エロなレイマリを読める日をお待ちしております。
この作品と記念すべき作品集200に乾杯。
とても楽しめました
7.狼少女
14.何処かで見たピエロ
19.詭弁
25.星下ライブ
26.金持ちには分からない
31.季節柄
46.魔理オネット
47.呪い
56.後悔
62.月落とし
65.要介護
66.想いは時間を超えて・67.怨みは重みを増して
75.プラナリア
80.暴食と好色
84.進化
92.巫女の試練
96.仕方の無い話
以上お気に入り作品でした。
あえて一番を決めるなら19.詭弁が一番シンプルにまとまっていて好きかなー。
ネームドのキャラ殆ど出てた気が……意識されてましたかね?
ギャグだったりブラックだったり色々楽しめてとてもお得な気分です
ただ、スキマの中の紫の話などちょっと分からない話もありました
フィルター 何処かで見たピエロ Welcome to the… が特にお気に入りです
>1
修正前はきっと目も当てられない……。
>2
よく分からない、そんなネタも詰め込んでみた今回です。乾杯!(カチンッ
>3
うんうん。
>4
「呪い」は私もお気に入りです。
>5
誤字報告感謝です。レイマリは年度内に一つは投稿したいですね……(遠い目
>10
ピエロさんは蓬莱人形からのゲストさんでした。かんぱーい。
>11>12>13
「これピエロさんのコメントじゃね?」とか思ってたり。
>14
長いのばっかりだと疲れますしね。楽しんでもらえて何よりです。
>16
「月落とし」は一番のお気に入りだったり。はい、名有りのキャラは可能な限り出しました。
>17
よく分からない、そんな雰囲気を楽しんでもらいたいと何個かそんなネタを入れてみました。
>32
そ、そんなはずは……あっ(幻想少女たちも厳密に言えば子どもであることに気付いた顔)
>38
ありがとうございます!
>39
藍霊がお気に入りと言われるとは……ありがとうございます。
>42
ブラックネタが大好きなものでして。気に入っていただけたなら幸いです。
>44
チョイスが渋いと思いました(小並感)
あと風見幽香は一発芸で懐柔できると聞いたことがあります。今はリズムネタがアツいとか。まあ成功する確率は低いですが。
こーりんなら能力で、「木彫りの仏像にお宝を隠す」という用途を見抜けるのでは?