【注】これは拙作Ignitionの時系列的な続きに当たります。
*
魔法に携わる者の居など、どこも似たようなものだ。山のような書と保存のために多少澄んだ、そして停滞した空気。
「ここもハズレか」
他人の工房に並ぶ書物に端から目を通し、端から投げ捨てる。その価値を知るものが見れば、その行為を詰り、非難し、そして捨てるくらいなら寄越せと叫ぶことだろう。しかし、この場には糾弾する者は居らず、ばさりばさり、と本が床を叩く音が止めどなく響く。
それは私にも解らないでもない感情ではある。私がここで真っ先に放り投げた書は、ここに所蔵されているものの中で最も価値があるものだった。それ故に、真っ先に切り捨てねばならなかった。
ここの所蔵物は、私の本来判断する基準からすれば、少なからぬ魅力を放っている。出来るならばすべてに詳細に目を通し、労力を惜しまず持ち帰りたいところだ。書を投げ捨てたのはつまるところ、その誘惑を断ち切るための儀式のようなものである。
それでも残り物の内容に軽く目を通しているのは未練であり、しかし必要な行為でもある。
「ケホッ」
喉が異物の排除を要求した。ままならない私の肉体はその要求を過剰に判断し、発作をも起こしがちですらある。細心の注意を以て体を宥め賺し、咳の強さを値下げすることに成功を収めた。
どこまでも取り回しの悪い自身の肉体に、軽い絶望を覚える。こんな労苦からは、疾うに解放されているはずだったというのに。
そもそも埃を立てるようなことをした、私自身が原因であるのは間違いない。手で以て丁寧に扱いゆっくりと下ろすなどは、我が種族の執りうる手段からは星の裏側よりも遠いことであったが、超常の手段を用いることすら忘れていたのは恥ずべき事と言える。
『----』
私は早速短い呪言を口にし、自身で編んだ魔の形たる書を手元に呼び寄せた。たいした厚さのないそれは始めぱらりぱらりと、次第に速度を速めばさばさと捲れあがり、すべての頁が世界に晒された瞬間、その役を果たすべく異なる理、魔法として形を成した。
私が支配する精霊を用いた魔術はその効果を遺憾なく発揮し、部屋に舞う埃は生まれた気流でもって外へと排出されて行く。破壊に用いれば風で一つの街程度を天空に送りうる精霊だけのことはあり、その制御は行き届いている。
「やれやれ」
これで再び本漁りに精が出せるというものだ。
天変を為し得る上級の精霊を空気の清浄化に使うことは、見る者に依っては無駄と映るかも知れない。しかし、私にとってはごく当然の等価交換、交換する私にとっては寧ろ得ですらある。双方で利益を享受するのが、正しい交換というものだ。たかが埃が私の健康を著しく害する以上、それだけの対処を以て然るべきだろう。されど埃、と云うことである。
忌々しきは、私の体。
私は魔女という種に属し、その特性を最大限に活かし、存在している。肉体に頼ることなく精神で以て世界を改変し、よって私の精神が有する価値は肉体のそれを大きく上回っている。
しかし、私の精神に比べ卑小な筈の肉体は私を堅く縛り、自由にはさせてくれない。喘息が詠唱の邪魔をし、貧血は集中を阻害し、不精が全体を改悪する。
最後の部分は違うだろうが、体に気を遣う必要があるという不便を抱えているのは間違いない。
肉体の不全は既に解消されているはずだった。しかし、私は自身が頼る知の不全により、その機会を逸した。
私はパチュリー。姓を名乗ることは現在、無知を恥じるが故に控えている。私の得意とする力の質から「七曜」と呼ばれ、そう名乗ることもある魔女だ。
*
「もう独り立ちも出来そうね。私は少し寂しいけれど」
私の師となる人物であり、また母でもある人からそう言われたのは五つ齢を重ねた頃のこと。魔女という種は肉体に於いてはヒトに近く、さほど優位を持ってはいないものの、精神を構成する部分に於いては大きく異なる。
魔法を行使する能力に於いて然り、精神の成熟の早さに於いて然りである。とは言え、平均よりはだいぶ早い時期ではあったようだ。
独り立ちとは言えども、別に荒野に投げ出されたわけではなかった。そもそも私が育てられていたのは、いかにも魔女の居らしく深い森の奥に立つ怪しげな一軒家ではなく、常人が住まうごく普通の街だったのだから。
既に西暦で二十を数えるようになった時代に於いてヒトの進出は目覚ましく、魔が住む隙間たる未開の地は切り開かれ、あろう事かヒトの間近に寄生するようになっていた。私が生まれたのは既にそうなってしまった後であるため、特に違和感を感じるものでもないのではあるが。
私が次に暮らすことになった場所もやはり人間の身近、人間の同業者たちの間と云うことになった。追いやられた魔は人外だけにはあらず、ヒトの横道を歩く者達も同様に肩身を狭くしていると云うことである。
困ったときはお互い様、だとかが成り立ったわけだ。
そこは近代化の下、価値と行き場を失った迷信とされる知識と技術の掃きだめ。ただし、実際の雰囲気を加味するならば、そこは「学校」というものに近かったかも知れない。
結局、私が誰かから魔術を学ぶことはなかったが。魔女の魔法は常に、オリジナルであるからだ。
そこで私は十年ほどの時を過ごしたことになる。五歳児の姿では色々と不具合があるため母の姿を幻術でもって借りていたが、しばらく前から素の姿の方を使っていた。現在の私と母の姿に大きな差異がないことに、妙な感触を得ないではなかったが。
老化するようなまともな生物でないのは自覚しているが、威厳と言っていい雰囲気を有する老魔導師の数倍は生きている少女、しかも自分の母親というのは何とも言い難い。人間に毒された感覚だろうか。
私の自室を埋める物は、本、本棚、積み上げられた本に、本の形を取る前の走り書き。僅かに合間を埋めるように最低限の家具がある。普段は私しか居ないが、たまにはわざわざ訪問する物好きもいる。
「ねえ、何書いてるの?」
「本」
傍らから物好きがかけた声に、私は簡潔な返答を返してやる。絶句した様子が見受けられたが、そのまま沈黙してくれる可能性は経験上低いと思われた。
「いや、それは見れば解るし。大体貴方、本の虫じゃない。だから何の本かなーって」
「魔導書」
親切な修飾を付加したため疑問は氷解、静寂が訪れるはず。というのは希望的観測にすぎるだろう。
「だから貴方が書くのはそういうのに決まってるじゃない……。その内容をちょっとばかし」
「貴方もなかなか図太いわね」
魔法に携わるものがおいそれと他人の研究内容を盗んだりすれば、殺されても文句は言えまい。そこまでの覚悟をもってなら見上げた心がけだが、おそらく彼女の場合ただの素だろう。
彼女はここの隣接する部屋に住む人間の魔術師であり、まあ友人のようなモノである。魔術を行使する才に恵まれていることは私とほぼ同年齢でそこそこの実力を持つことから明らかなのだが、あまり「らしく」はない。
「ただの賢者の石よ」
どうやらようやく絶句してくれたようだった。少し満足感を感じる。次の瞬間、馬鹿馬鹿しさに転じたが。
この隣人は良い人物と言えるのだろうが、騒がしいのが玉に瑕である。そして、おそらくは魔術師の類には向いていない。
カリカリとペンが紙を掻く音だけがしばらく続く。
私は即興で魔術を組むこともあるのだが、現在制作中の魔術は単純な一効果を狙ったものではなく、新たなシステムを構築する作業に近い。面倒ではあるが、きちんとした形にまとめるのが望ましいのだ。
「賢者の石って、ええー!」
静寂よ、さらば。残念ながら、もう立ち直ってしまったようだ。彼女がいきなり立ち上がったせいで、埃がわずかに宙を舞う。
「ケホッ。ちょっと」
軽く咳き込みながら、私は彼女に恨みがましい視線を送った。私のひ弱な身体については彼女にとっても既知の事実なのだが、どうにもそういった事を失念しがちである。
「ああ、ごめんごめん! でも本じゃない、石じゃなくて」
彼女は我に返ると、疑問を口にした。もっともな疑問ではあるが、本当に魔術を志しているのかと疑いたくなる言葉でもある。
「別に、石の形をしている必要があるわけではないでしょ」
賢者の石と言っても、伝承によっては液体のようなものまで様々だ。それに私はどこかからか聞きかじった賢者の石を生み出す方法を試しているのではなく、それと同様の効果を示すであろう魔術を組んでいるのである。
いわば趣旨が似通っているだけで、全く同一になるはずは寧ろ無い。
究極の物質とされるそれが、実際の物質であるのはおかしいとさえ私は考える。究極と称されるからには、物質を支配する法則そのものであるのが相応しい。それが私の結論である。
「そりゃそうか。金でも作り上げたら何かおごってね~」
私の魔書をバラバラと捲りながら、そんな事を曰ってくる。どうせ私にしか扱えない魔術だからいいが、普通はやはり万死に値するであろう行為だ。私は人間ではないため、徹底的に破壊されるか、埃でも舞わせない限りはどうでもいいのだが。
「金より私の体の改善が先。他はその後よ」
正確に言えば金はひたすらどうでもいいことだったが、それでも成功した暁には期待に応えて延べ棒の一つも作って見せるのもいいだろう。
その時はそう考えた。
人間の魔術師たちと袂を分かった日、私は今現在していることとほぼ同様のこと、つまりは本泥棒を働いていた。本に目を通しては投げ捨てる。未練を残さぬよう、最も価値の高いモノから。
端から眺めてみても、新たな着想を示してくれるモノはない。
ばたばたと騒がしい足音が聞こえる。
「ちょっと! なにやってるのよ!」
「泥棒」
今度は一言目で絶句してくれた様子だ。当然だろうが。そのまま書に目を通し始めるが、やはり役に立つモノはない。
それにしても気楽なことだ、外には数名の魔術師達が倒れていただろうに。攻撃も仕掛けずに言葉から入るとは。
彼女らしいと言えばその通りなのだが。
「なんでいきなりこんな……」
咎めるように言って来た彼女の疑問は尤もではある。今日この日まで私はおとなしくしていたのだし、私も特に人間との関係を悪化させてまで、この書庫を覗き見ようとは思っていなかった。
彼女が慌てて入ってきたせいか、部屋のほこりが僅かに攪拌される。私は軽くのどを押さえながら、出来るだけ弱く咳をした。
「あ、れ? 賢者の石、成功したんじゃ……」
訝しげに言うのも無理はない。
「そう。それ自体は既に完成しているわ」
なんとか発作は起こさずに済んだ。こんな苦労をしている時点で明らかだが、私はこの不自由な肉体から解放されていない。
「ただ、それでは駄目だった。そういう事よ」
石は完成した。しかしそれは、私の身体を改善する役に立たなかった。
出来上がったシステムは間違いなく完璧だった。私が有する七曜という属性は、賢者の石を完成するために過不足無いモノだった。ただ、それがあまりにもぴたりと嵌りすぎていたのだ。
徹底的に解析する事で判明したのだが、私の肉体的な脆さは自身の魔的な歪さにあった。しかしその歪さこそが私を型作り、また賢者の石というシステムを稼働させる源流でもあったのだ。賢者の石を用いてそれを修復しようというのは、とんでもない自己矛盾であり、到底成るはずがない。
「だからどうにか別の手がかりを、と思ったのだけど。やっぱり無駄足ね」
ここに於ける禁書を収めた書庫。それに期待をしていなかったとすれば嘘になるが、無駄だろうという予測の方が上回っていた。先に述べたとおり、ここを覗き見るつもりはなかったのだ。
それは、一種の信頼と言っても良い。ここの魔術師達が独占を目的として書を禁じるというのは、私の印象からあり得る事態とは思えなかったからだ。
その予測通り、ここに収められた書は、ただただ危険故に封じられたモノばかり。ただ破滅をバラ撒く代物達に、私が求める価値も、知を探求する価値もないだろう。背信を働いておいてなんだが、私の信頼が正しかった事に少しの安堵を得ている。
「そうだった」
私が思い出し口にした言葉に、彼女が訝しげな視線を向ける。
「金。一応造ってみたわ。私の方は駄目だったけど」
どうと言うこともない呪文で無造作に召還された延べ棒が、愛想のない音を立てて書庫の机の上に落ちる。彼女に会う算段などしていなかったが、なんの戯れか私の治癒が失敗した後にこれを真っ先に作り上げた。
「そんなことどうでも良いわよ……」
彼女はそれに手を伸ばさずに俯く。これではまるで手切れ金か何かのようだ。
彼女の項垂れた様子に、僅かな罪悪感を感じる。あまりにも今更の話で、謝罪したとてどうにもならないだろうが。
彼女はやはり、魔術師には向いていない。才があったとしても、人が良すぎる。
私は魔導書の一冊を召還し展開し始める。ここに最早用はなく、そして縁もこれで失われる。母には、今度会ったときにでも謝罪しておくとしよう。
「パチェ!」
「さようなら、----」
最後に彼女の名を呼び、私はヒトとの縁を切ることになった。
*
一応は懸念していた追っ手はやって来なかった。まともに考えれば来る可能性は低かったが、念のため警戒はしていた。
可能性が低いと考えた理由は二つ。私が結局彼の地から何も持ち出さなかったことと、倒された人員が最も強力な魔術師数名であったこと。対面を気にしなければ、放っておくのが無難である。
結果追っ手が無かったことには心情的にも安堵している。その後幾つかの悪名をあげてしまっているが、これは仕方のないことだ。成果は全く上がっていないが。
私がヒトとの縁を切って既に数ヶ月が過ぎているが、結局やっていることは初めの一手と同じ本泥棒、いや盗み読みか。めぼしいところは大体漁り尽くしているが、未だに身体は不自由なままである。
別を探すと成ればかなりの遠征を余儀なくされるだろう。しかし実のところ、私の様な人外か人間でも魔術師などの外れ者であれば、それこそ誰でも知っている場所が残っている。
それをヴワル、と言う。古今東西の書が収められ、失われた物さえ在ると言われる。
それの所有者は秘匿する気が皆無である様子で、むしろ人外を嫌う者達の方が隠蔽を行っている。魔にとって斜陽のこの時代に、狩人達に知られてなおも堂々と存在しているのに深い理由はない。
ただ単に、強すぎるだけである。
所有者の名は、レミリア・スカーレット。永遠に紅い幼き月と呼ばれるそれは、吸血鬼にして悪魔。ヴワルと所有する財宝に惹かれ幾人もが挑んだらしいが、400年ほどの間健在である彼女の存在がその力を物語っている。
長い年月の間に死骸と恐怖が積み上げられ、最早それは一種の禁忌と化している。私が実際会ったことは当然無いが、さすがに真っ先に狙いたいところではなかった。しかし、もう選択肢がそこくらいしかないのも事実である。
「虎穴に入らずんば、か。そうそういい話が転がってるわけもないし」
自己の素質に依らない新要素。そんなモノが簡単に手に入るのならば、世の魔術師は誰も苦労しない。
決めてしまえば準備も要る。さあ明日行きましょう、と済ませられる相手ではあるまい。
有名な相手というのはそれだけで向こうが不利になる。種族や特徴などの大まかなところは知れ渡っていて、しかも相手は弱点の多い吸血鬼だ。対抗手段は数多。やっておくことは山ほど有る。
ただしその弱点の多さは、それを押して勝ち残ってきた相手であると言う証明でもあるが。
*
数週間の後、私はかの魔王が住まう城の前に立っていた。可能な限り対策は考えたつもりだが、それが確実であるとは言えない。彼女の牙城の前に立ち、私はその事を自覚し直した。
それは名を知られることもなく、ただ「赤」と呼ばれている。聳え立つ城を目にし、一番楽な手段が潰えたことを私は悟った。
一番楽な方法とはつまり、空き巣狙いの類ということである。私は闘争を求めてなどいないし、戦わずに済めばそれに越したことはない。彼女は部下を持たず、ただ一人であるというのが通説だった。それならば誰も居ないところを突ける可能性は十分ある。
その噂を補強する証拠の多さからほぼ正しいと考えていたが、あくまで「ほぼ」に留まったようだ。彼女は強力な配下を一つ抱えていた。
不夜城「赤」。彼女の住まう城は、そのままその配下と言うことだ。これをかいくぐっての空き巣狙いは不可能である。
しかし、こちらの体調も一番まともな時期を選んだ。元々ぶつかる事は覚悟の上だったのだし、今更と言えばその通りのこと。今更引く気もなく、私は堂々と正面から入ることにした。
正面にあるのは明らかに重そうな門。私が手ずから開けようとすれば、当然ながら寝込むことになるだろう。無論、そんな間抜けを晒すつもりもない。
『----』
解錠と念動を行うための初手を口にし、そのまま発動に移ろうとした矢先。重い音を立てて、ゆっくりと門が口を開き始めた。最後に一際大きな音を立て、その先へ誘うように開門が終了する。
「これはつまり、入ってこいと言うことかしら」
門の先は暗く、すぐ手前までしか見えない。考えてみればここには城壁さえない。たった一つの門を開いて、そこは既に城内。余程の自信家か、それとも敵対者など意識さえしていないのか。
闇を照らそうと詠唱を始めようとした時、奥へと案内でもするように燭台が次々と灯っていった。ずいぶんと演出過多なことだ。侵入者を楽しみにでもしているのか。
どうせ不意打ちも、忍び込むことも既に無理なのだ。私は堂々と進むことに決め浮き上がるための詠唱を始める。いちいち飛ぶのかと言われるかも知れないが、私にとって歩くよりは余程楽なのだから仕方ない。
僅かに浮きながら風を起こし、私はそれに乗るようにして奥へと進む。奥へと至る度に少しずつ燭台が灯って行く。後ろを振り返れば、離れた燭台は既に消えている。灯りが点くのは私の周りのみのようだ。
あまりにもらしい演出だが、ここまで来ると馬鹿にされているような気もしないではない。
内部の天井はかなり高く、燭台の明かりでは天井が見えない。先を見るために私が肉体に依らない感覚を展開すると、人間が使う分には必要ないであろう小窓がいくつか並ぶのが見て取れた。
この異様な天井の高さといい、ここは初めから人間以外が使うのを想定して建てられたのだろう。しかし、どうもここは使用された形跡が少ないように見える。と言うよりは、今現在使用されている雰囲気というべきか。
まるで大昔に時を止めた、たとえば遺跡であるかのようだった。
燭台の導くまま、私はゆっくりと進んで行く。そのまま曲がることさえなく、巨大な扉を照らしたところで燭台の点灯は止まった。扉は、巨人でも身をかがめることなく通り抜けられそうなほど大きい。
そしてそれは予想通りに、そしていかにもそれらしく、重々しい音を立ててゆっくりと開き始める。
こんな馬鹿らしい演出に凝るような相手だ、予想はしていたのだが。真正直に真っ直ぐに進んだだけで謁見の間だとか言われるような場所へと至った事に、私も驚きと呆れを感じる。
やはりここも、抜けるように天井が高い。巨人が集って会食をすることでも想定したのだろうか。その会食場には相応しく巨大な玉座と、それに座る場違いなほどに小さな人物とがあった。
「ようこそ、侵入者さん」
からかうように言ってきたのは、玉座に着いた子供。人形のように小さく整った容貌に紅い瞳の強い視線が命を吹き込み、ふわりとした蒼くも見える銀色の髪と上品な紅いドレスが飾り立てている。やっていることも子供じみていると言えばその通りではあるが、見た目通り存在である筈は当然無い。が。
「まさか私が誰か知らずに来た、なんて事はないわよね?」
彼女は明らかに楽しんでいる様子だ。ピン、と広げた羽が人外であることを示しはするが、同時にぱたぱたと揺れるそれは犬の尾を連想させる。比類ない魔力を有しているのは目の前にしているだけで判るが、それでも今少し緊張感を欠いてしまう。
「用が有って来たんでしょう? 聞いてあげるわ」
暇だし、と付け加えながら彼女が言う。この軽い態度が罠であれば脱帽せざるを得ない。素である可能性が強そうだが、緊張感がそげ落ちるのを止めるに苦労をする。
「ならば頼みがあるのだけれど。いいかしら?」
気まぐれでも何でも、面倒事無しに済めば一番の幸いである。わざわざ事を荒立てる意味はない。
「ええ。どうぞ、パチュリー・ノーレッジ?」
私は一瞬息が止まるのを自制できなかった。罠にはめられたという想像を真っ先にしたが、それは有り得ない。ここの事などは、多少外れた方向に詳しい者なら周知の事実。私を限定して誘い込める可能性は、既に妄想に近い。
私のしでかした事と研究内容が知れていれば多少の名は広がっているだろうが、それならば古巣からの追っ手とそれ以外の追っ手が雲霞の如く来てもおかしくない。それがないという事は、私は一人の魔女という認識以外はされていないはずなのだ。
「ああ良かった。違っていたら格好が付かないものねぇ? 貴方が間違っていたら、それはそれで台無しだけれど」
そう言って彼女は邪気無く、くすくすと笑っている。
今ようやく私は、彼女が畏れられる魔王だと確信出来た。彼女醸し出す軽さは他に対する態度そのもののように見える。たとえ相手が何者であっても、退屈しのぎに踏み潰すを厭わないような。
「間違いでないことを祈るわ。レミリア・スカーレット?」
彼女は私の言葉に僅かに笑みを深めると、軽く頷いた。一応の確認、と言うよりはせいぜいが意趣返しだ。場に飲まれていても仕方がない。
「貴方が所有するヴワルの閲覧を許可して欲しいの」
彼女があらゆる書が集うという図書館を所有しているというのは、かなり確度の高い噂である。と言うより、人の魔術師が集っていた古巣にもここからもたらされたという物があったのだ。
「私の物を使って良いのは私だけ。これが答えね」
「その割りにはずいぶんと流出しているみたいだけれど」
書だけではなく、宝具の類もである。まさか奪われるようなヘマをやらかしたとも思えない。
「私がそのように使ったのよ。そもそもうちにあるものは気むずかしくてねぇ。道具のくせに使い手を選ぶ」
肩を竦めて言った彼女の言葉通り、そのような道具は間違いなくある。相応しくない持ち手には、力を貸さないどころか邪魔さえするものも。
「私が物持ちであることを広めるためにバラ撒いた相手の中には、一人として所有すべき者は居ない。全く生意気な道具よね」
何なら今すぐ回収して回りましょうか、と彼女は付け加えた。
彼女は価値ある所有物の存在を知らしめるためにバラ撒いたという。それはいったい何のためなのか。
「なら、私もそれに協力するということ出来ない?」
「その目的はもう果たしたわ。だからもう要らない。欲しければ力尽くで持って行ったらどう?」
ここまで来れば、その目的も想像が付く。それ故に彼女は私を知っていたのだろう。しかし、それでも一体、何の為に。
「400年待ったのよ」
疲れ切った響きと、少しの歓喜を乗せた声。彼女の声は少女の外見のまま高く澄んでいるというのに、まるで老人の嘆息のように聞こえた。
辺りに薄く漂っていた魔力が嘆息に呼び集められたかのように一つ二つと次々に魔弾の形を取り、彼女の周囲を舞い始めた。初めから覚悟はしていたが、交渉は決裂。私も詠唱を始め備える。
「がっかりさせないでね、パチュリー・ノーレッジ!」
言葉と同時に、私へと向けて魔弾が降り注ぐ。周囲で響く爆音が少々喧しい。そう、この程度は喧しいだけだ。
『永きを耐えし巨石の群。翠に輝く至宝の石』
私の周りを鎧う翠緑玉の幻想は、彼女の放った一切の魔弾を遮断していた。同時に手元に生じた魔本は、私の続ける詠唱に寄り添いバラバラとページを進める。
『舞い打ち据えよ』
私の背を遙かに上回って巨大なエメラルドの群れが、嘘のような軽々しさで浮き、欺瞞のような速さで彼女へと飛来する。事実これらは幻想だ。
ただし、その質量も強度もその他すべて完全に本物を模倣し、賢者の石を支配する私の手にかかれば現実を乗っ取って具現することも可能な、限りなく真に近い贋作である。
故に私は、彼女の元に殺到した幻想が砕ける音に、一瞬耳を疑った。
「どうやら退屈はせずに済みそうね」
崩壊の音に包まれながらも、彼女の声は私の耳に良く届いた。しなやかで幼い腕が振るわれるごとに巨石の幻想が無惨に粉砕され、床に落ちる音を振りまく前に霧散して行く。
取りあえずの様子見に放った術である。防がれるであろうとは思っていたが、まさか素手でエメラルドの巨石をかち割ってくるとは。繰り返すがあれは紛れもなく本物と同等の強度と質量を持ち、その上に私の魔術でもって強化されたものである。
彼女は羽を広げると巨石の群れを砕きながら、凄まじい速度で私に迫る。
『堤は流れを留める。清浄なる湖水。淀む事なき清廉』
矢継ぎ早に唱えた呪が新たな魔本を構成し、私を中心に幻想の水域が具現した。
『深淵の湖底へと埋葬せよ』
めくれ上がるページの音と共に、幻の湖から無数の水柱が立ち上った。彼女は飛行を弛めると、逆さに乱立する滝を舞うように避ける。
彼女はどうやら接近戦を得意としているようだ。そうでなければ、岩の雨を素手で砕いたりはしないだろう。水柱を避ける動きも淀みなく、近付かれればおそらく私の勝ち目薄い。
「流水は確かに鬱陶しいわ」
私の操作を受けて水柱が水龍の如くねじ曲がり、彼女を執拗に追い始めた。
「けれど」
流水は吸血鬼の持つ弱点の中で、よく知られた一つである。捕らえれば彼女を湖底へと誘い、幻想の消失と共に虚無へと葬り去る。
「当たらなければどうということも、ね?」
彼女の言う通り、複雑にうねる水流も彼女を捕らえるには至っていない。
『冷たき流れが火勢を制する。灰化せしめる真の火。浄化をもたらす神の火』
私も水流で止めを刺すことは早々に諦め、次の呪を用意し始めている。彼女は水で身を成した蛇の群れを余裕の表情のまま避け続け、その繊手に膨大な魔力を集め、
「シュート」
放った。
深紅に輝く魔弾が幻想の湖へと突き刺さる。それは編み上げた魔の形を粉砕し、模倣した湖水を残さず蒸発させた。それを目に映しながら私は詠唱を続ける。ページの進行が炎を呼び、私の周りを覆い始める。
彼女は掌をこちらへと向け、
『疾く侵し尽くせ炎』
私が放った劫火と彼女が放った深紅とが衝突し、激しい音と光を撒き散らす。視界が著しく低下し、魔術による認識の感度も悪い。私の周囲を制御下の炎がまだ渦巻いてはいるが、足止め程度の役にしか立たないだろう。
『炉は堅きを緩める。豊穣の祝い。収穫の時。魂を摘む農具』
未だ止まぬ炎と紅の残滓を抜けて彼女が飛来する。残った炎をすべて彼女へと向けるが、僅かな動きで避けられその速度は落ちない。着弾するものを彼女は素手で払いのけ、傷を負う様子もなく迫る。
魔本が紡ぐ呪は金気を溶かし集めて模り、人の身長ほどもある円盤をいくつも形成し始める。
『刈り取れ銀の刃』
彼女を刈り入れ時の収穫物に見立て、激しく回転しながら丸鋸が彼女を狙う。彼女はそれを薙ぎ払おうとし、
「っ!?」
初めてその表情を歪めた。高速回転する歯車を打った腕が、白煙を上げて切り裂かれたためだ。その機を逃さずに刃の群れが彼女を追う。
直接止めるには銀の属性が邪魔をするし、散発的な魔力塊などで破壊できるほど甘い術でもない。先ほど私が形成した湖を吹き飛ばしたほどのものならば十分だろうが、そこまでの隙など与える気など私には毛頭ない。
四方から迫る刃は次第に追いつめ、今にも横合いから切り裂こうとした歯車を無理矢理避けたところで、彼女は大きく体勢を崩した。それに群がるように鋸の群れが一斉に襲いかかり、何かが飛び散った。
仕留め、てはいない。
一斉に躍り掛かった刃達の隙間を縫い、紅い羽音が散り散りに飛び立ったのだ。吸血鬼は蝙蝠を使い魔とし、己が身をそれに変じもする。彼女はそうして刃を避けたのである。
離れた場所に散った蝙蝠が集まり、元の姿を形成し始める。この種の回避は予測していたし歯車達も即座に方向を変えたが、再構築がかなり早い。
形を取り戻し始めた彼女が抱える魔力の密度が分離前よりも大きい。避けながら反撃の用意とは抜け目がない。迎撃が間に合うかどうか。
彼女が高く掲げた掌には紅く輝く魔力が灯り、私が操る刃が彼女に殺到する。すべての使い魔が主へと還元されるのと同時に、彼女はその手を振り下ろした。
私は刃の一つを彼女の元へと遣りながら、近いもう一つを魔力塊の迎撃に向かわせる。私の純粋な肉眼では追い切れない速さで迫るそれは、密度を更に増しながら拗くれ一本の槍と化した。ぶつかると思った刹那、槍は嘘のように消えた。
否。
私が認識するよりも早く、刈り取りの呪法に組み込んだ式が知覚、反応した。私との距離を変えずに、突然全く別の方向から槍が迫っている。近接防御に残しておいた幾つかのうち一つが向かい、また見失った。消える前の位置から判断して、
耳障りな異音が私の聴覚を刺した。私自身に張った結界が悲鳴を上げている。いわばこれが最後の一葉だ。この結界を突破されれば、当然槍は私を串刺しにするだろう。
時間にすれば一秒にも満たない、しかし、永い一瞬が経過する。ギリギリと致命的な音が響く中、歯車の一つが槍へと食らい付き、共に消滅した。
「へぇ。それを防いだのは貴方が初めてね」
感心しきった様子で、しかし楽しげに言ってのけた彼女は、己の身に食らいついた鋸をその繊手で握り潰しているところだった。胴の半ばまで抉り込んだそれは砕かれてこぼれ落ち、床に落ちる前に虚空へと消えた。
吸血鬼にとっては赤熱した刃をねじり込まれたようなものだというのに、彼女は苦痛の欠片も顔に出さなかった。実際なんの痛痒にも感じていなかったかのように傷は塞がり、破れた服さえも元通りになって行く。消滅した刃と共に、まるで無かったことにでもされたかのようだ。
「それはどうも」
無理矢理に槍の軌道をねじ曲げたにしては、魔力の動きがあまりに少ない。空間にも偏差がなかったのだし、時空を操作したのでもないだろう。平行世界や可能性世界との差し替え、と考えるのが最も齟齬が少ない。
だとするなら最悪の場合、彼女は好き勝手に因果に干渉し得る。小手先がすべて無駄に終わるとするならば残るは、
「やれやれ。結局力押ししか無さそうね」
何とも馬鹿らしい結論だが、仕方がない。弱点を突いた一撃も碌に効いていない以上は、それが最も正解に近い。効いていないわけではないようだが、彼女の力の総量に対して焼け石に水、あるいは氷山に湯でもかけるようなもの。
『相克の円環。相生の円環。因果の応報』
私の周りを五つの魔書が回り始める。土は金を孕み、金は水を萃め、水は木を活かし、木は火を支え、火は土を生む。また、土は水を阻み、水は火を消沈させ、火は金を溶かし、金は木を刈り取り、木は土を穿つ。
「ようやく本気?」
別に出し惜しみをしていたわけではない。私の身体のせいで全力が長続きしないため、これに頼るのは博打も良いところなのだ。それ故に、長引けばこちらが不利なのもまた明らかである。
『万物は流転する』
陰と陽の円環が成す私の魔術は、正と負の循環により世界の理を表す。それはすなわち世界の法則を支配することである。皮肉なことに、その最大の目的であった私自身を除いて。
彼女は掌を高く掲げると、再び魔槍を投げ放つ。それは高速で迫り、当たる前に霧散した。私が賢者の石を掌握している以上、直接掻き消すことも難しくはない。法則を支配するとはそういうことだ。
『昼天より照らすもの。陽の火。日の灯』
無効化された槍に彼女は動揺しなかった。納得したように頷き、攻勢もかけてこない。これが最早、我慢比べになることを理解しているのだろう。
『輝きの王よ在れ』
相生の円環が生み出す無限の陽、地に堕ちる日。吸血鬼が持つ最も知られた弱点であり、私が持つ最大の破壊。莫大な熱量と光量の前に、なにもかもが霞む。
私の最大威力が勝つか、それとも彼女が耐えきるか。他に手だてがなかったとは言え、全くの賭だ。これを使ったあと私は何も出来ないだろうし、そうなればもうどうしようもない。
焦熱が最大に達し、一瞬すべての感覚が途切れる。地上に堕ちた太陽が消えた後には、誰の姿もなかった。
それを見届けながら、私はゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。彼女へと威力を集中させはしたが、床が残っているとは驚きの頑丈さである。が、そのまま空を見上げると夜天が覗いていた。いつの間にか、天井の方は吹き飛んでいたらしい。
満月でも半月でも、ましてや新月でもない半端な月が煌々と夜を照らしている。手も足も動かせる気がせず、私は上を見上げたまま脱力した。その視界に、一瞬影が過ぎる。
それは一匹の蝙蝠だ。私が戦慄して見やる中、それの周りに紅い闇が集い、結実した。
「私ほどの存在なら、使い魔一匹からでも再生する。知らなかったかしら?」
知っていたからこそ徹底的な殲滅を狙ったのだ。分散しようとも執拗に狙うはずの術から、逃れることはあり得ない。彼女は単純に耐えきっただけのこと。ならば私に打つ手はもう無い。
軽い足音が近付いてくる。彼女は私のすぐ近くで止まると私に覆い被さり、
……。
「ちょっと?」
一分以上そのままの状態なのは、一体何がしたいのか。別に吸血されたいわけでも殺されたいわけでもないが、重い。私の体力が無いだけで、普通ならば軽いのだろうけれど。
「……実はもう煙も出ないの」
彼女は困ったような顔を向けてこちらに言ってくる。痛み分けと言えばそうなのだろうが、あまりにも締まりの悪い結末だ。色々とどうでも良くなって脱力し、私は遠のいて行く意識を留めることを放棄した。
*
「私のものは私のもの、貴方のものも私のもの。私のモットーはこうよ」
一応起きあがれる程度には回復してしばらく。また一戦やらかすのも馬鹿らしいのでなんとかヴワルを閲覧できないかと言ってみたが、返ってきたのはこれだった。清々しいまでに傲岸不遜だが、最近の私の行動も実のところ大差がない。
となれば今度こそ力尽くということになるのだが、
「だから私の友達になりなさい、パチュリー・ノーレッジ」
「……は?」
文脈が繋がらない。未だ開けっ放しの天井から注ぐ月光を浴びて狂ったのだろうか。別に満月でもないのだが。
「もう察していると思うけど、私は貴方にして貰いたいことがあるの。それは一朝一夕で済むことではないわ」
彼女が私に何らかの意図を始めから持っていたのは疑いない。私の理解を見て取ったのか、彼女はそのまま続ける。
「そしてあの図書館も、一朝一夕で漁りきれるところではない。ヴワルを覗きたいなら、貴方はここに居着かざるを得ない」
「つまり、目的のためにお互いを利用しましょう。そういう事かしら?」
確かに利害は一致する。友人と言うには乾いている間柄になるが。彼女はクスリと笑みを漏らすと、
「そう取ってくれても構わないけどね。どうせ顔をつきあわせるんだし、せいぜい仲良くしましょう、と言ってるの」
どうしても寝首を掻かなければならないわけでもなければ、無駄に警戒し合ってもしようがないのもまた事実である。少なくとも私は、彼女をどうにかしたいわけではない。
「なるほどね。それで貴方が私に望むことは何? 法外な要求には応えようがないわ」
とは言ってみたものの、私の命や精神の自由以外に特に失う物はない。
「今はまだ言えないわ。けれど無茶な要求をしてくるような友人は、果たして友なのかしら?」
彼女は私に求めることを、今言う気はないようである。
それにしてもおかしな話だ。これではただの口約束で私を縛るものはなく、一方的に彼女が対価を支払っているようにしか感じない。
「こんないつでも破れるような話で良いのかしら?」
これは言わなくても良い、余分なことだ。わざわざ指摘せずに流しておけば一方的な得になるというのに、どうしても言わずには居られなかった。
「私は友達の貴方に頼みたいことがあるだけ。そうならなかったら、まあ諦めるしかないわね」
そうなるよう努力するけど、と付け加えた彼女は少し寂しそうで、少し嬉しそうだった。それはこれまで夜の王然としていた彼女の態度とは落差があってまるで、そう。まるで、ただの少女のようだった。
「それで、どう?」
そう問いかけてきた表情は、既に始めからの彼女らしい貌。口約束と割り切って返答してしまえばいいのに、なぜか声が詰まる。仕方がないので、私はぎこちなく頷いた。
「そう!」
彼女は悪魔の癖に、知らずに見れば天使にでも間違えられそうな程嬉しそうに頬を緩ませた。そして私に手を差し出すと、
「よろしく、ええと。パチェ?」
最悪な別れ方をしてきた友人の顔が、脳裏を過ぎった。最後にそう呼ばれてからそんなには経っていないはずだが、それが酷く遠く感じられる。私はまた友人を裏切ることになるのだろうか。
動きを止めた私に、彼女は不思議そうな視線を送る。妙に無垢な表情が、なぜか心に痛い。
「こちらこそ、……。レミィ?」
私は淡い罪悪感を抱えたまま、レミィの手を握りかえした。
*
魔法に携わる者の居など、どこも似たようなものだ。山のような書と保存のために多少澄んだ、そして停滞した空気。
「ここもハズレか」
他人の工房に並ぶ書物に端から目を通し、端から投げ捨てる。その価値を知るものが見れば、その行為を詰り、非難し、そして捨てるくらいなら寄越せと叫ぶことだろう。しかし、この場には糾弾する者は居らず、ばさりばさり、と本が床を叩く音が止めどなく響く。
それは私にも解らないでもない感情ではある。私がここで真っ先に放り投げた書は、ここに所蔵されているものの中で最も価値があるものだった。それ故に、真っ先に切り捨てねばならなかった。
ここの所蔵物は、私の本来判断する基準からすれば、少なからぬ魅力を放っている。出来るならばすべてに詳細に目を通し、労力を惜しまず持ち帰りたいところだ。書を投げ捨てたのはつまるところ、その誘惑を断ち切るための儀式のようなものである。
それでも残り物の内容に軽く目を通しているのは未練であり、しかし必要な行為でもある。
「ケホッ」
喉が異物の排除を要求した。ままならない私の肉体はその要求を過剰に判断し、発作をも起こしがちですらある。細心の注意を以て体を宥め賺し、咳の強さを値下げすることに成功を収めた。
どこまでも取り回しの悪い自身の肉体に、軽い絶望を覚える。こんな労苦からは、疾うに解放されているはずだったというのに。
そもそも埃を立てるようなことをした、私自身が原因であるのは間違いない。手で以て丁寧に扱いゆっくりと下ろすなどは、我が種族の執りうる手段からは星の裏側よりも遠いことであったが、超常の手段を用いることすら忘れていたのは恥ずべき事と言える。
『----』
私は早速短い呪言を口にし、自身で編んだ魔の形たる書を手元に呼び寄せた。たいした厚さのないそれは始めぱらりぱらりと、次第に速度を速めばさばさと捲れあがり、すべての頁が世界に晒された瞬間、その役を果たすべく異なる理、魔法として形を成した。
私が支配する精霊を用いた魔術はその効果を遺憾なく発揮し、部屋に舞う埃は生まれた気流でもって外へと排出されて行く。破壊に用いれば風で一つの街程度を天空に送りうる精霊だけのことはあり、その制御は行き届いている。
「やれやれ」
これで再び本漁りに精が出せるというものだ。
天変を為し得る上級の精霊を空気の清浄化に使うことは、見る者に依っては無駄と映るかも知れない。しかし、私にとってはごく当然の等価交換、交換する私にとっては寧ろ得ですらある。双方で利益を享受するのが、正しい交換というものだ。たかが埃が私の健康を著しく害する以上、それだけの対処を以て然るべきだろう。されど埃、と云うことである。
忌々しきは、私の体。
私は魔女という種に属し、その特性を最大限に活かし、存在している。肉体に頼ることなく精神で以て世界を改変し、よって私の精神が有する価値は肉体のそれを大きく上回っている。
しかし、私の精神に比べ卑小な筈の肉体は私を堅く縛り、自由にはさせてくれない。喘息が詠唱の邪魔をし、貧血は集中を阻害し、不精が全体を改悪する。
最後の部分は違うだろうが、体に気を遣う必要があるという不便を抱えているのは間違いない。
肉体の不全は既に解消されているはずだった。しかし、私は自身が頼る知の不全により、その機会を逸した。
私はパチュリー。姓を名乗ることは現在、無知を恥じるが故に控えている。私の得意とする力の質から「七曜」と呼ばれ、そう名乗ることもある魔女だ。
*
「もう独り立ちも出来そうね。私は少し寂しいけれど」
私の師となる人物であり、また母でもある人からそう言われたのは五つ齢を重ねた頃のこと。魔女という種は肉体に於いてはヒトに近く、さほど優位を持ってはいないものの、精神を構成する部分に於いては大きく異なる。
魔法を行使する能力に於いて然り、精神の成熟の早さに於いて然りである。とは言え、平均よりはだいぶ早い時期ではあったようだ。
独り立ちとは言えども、別に荒野に投げ出されたわけではなかった。そもそも私が育てられていたのは、いかにも魔女の居らしく深い森の奥に立つ怪しげな一軒家ではなく、常人が住まうごく普通の街だったのだから。
既に西暦で二十を数えるようになった時代に於いてヒトの進出は目覚ましく、魔が住む隙間たる未開の地は切り開かれ、あろう事かヒトの間近に寄生するようになっていた。私が生まれたのは既にそうなってしまった後であるため、特に違和感を感じるものでもないのではあるが。
私が次に暮らすことになった場所もやはり人間の身近、人間の同業者たちの間と云うことになった。追いやられた魔は人外だけにはあらず、ヒトの横道を歩く者達も同様に肩身を狭くしていると云うことである。
困ったときはお互い様、だとかが成り立ったわけだ。
そこは近代化の下、価値と行き場を失った迷信とされる知識と技術の掃きだめ。ただし、実際の雰囲気を加味するならば、そこは「学校」というものに近かったかも知れない。
結局、私が誰かから魔術を学ぶことはなかったが。魔女の魔法は常に、オリジナルであるからだ。
そこで私は十年ほどの時を過ごしたことになる。五歳児の姿では色々と不具合があるため母の姿を幻術でもって借りていたが、しばらく前から素の姿の方を使っていた。現在の私と母の姿に大きな差異がないことに、妙な感触を得ないではなかったが。
老化するようなまともな生物でないのは自覚しているが、威厳と言っていい雰囲気を有する老魔導師の数倍は生きている少女、しかも自分の母親というのは何とも言い難い。人間に毒された感覚だろうか。
私の自室を埋める物は、本、本棚、積み上げられた本に、本の形を取る前の走り書き。僅かに合間を埋めるように最低限の家具がある。普段は私しか居ないが、たまにはわざわざ訪問する物好きもいる。
「ねえ、何書いてるの?」
「本」
傍らから物好きがかけた声に、私は簡潔な返答を返してやる。絶句した様子が見受けられたが、そのまま沈黙してくれる可能性は経験上低いと思われた。
「いや、それは見れば解るし。大体貴方、本の虫じゃない。だから何の本かなーって」
「魔導書」
親切な修飾を付加したため疑問は氷解、静寂が訪れるはず。というのは希望的観測にすぎるだろう。
「だから貴方が書くのはそういうのに決まってるじゃない……。その内容をちょっとばかし」
「貴方もなかなか図太いわね」
魔法に携わるものがおいそれと他人の研究内容を盗んだりすれば、殺されても文句は言えまい。そこまでの覚悟をもってなら見上げた心がけだが、おそらく彼女の場合ただの素だろう。
彼女はここの隣接する部屋に住む人間の魔術師であり、まあ友人のようなモノである。魔術を行使する才に恵まれていることは私とほぼ同年齢でそこそこの実力を持つことから明らかなのだが、あまり「らしく」はない。
「ただの賢者の石よ」
どうやらようやく絶句してくれたようだった。少し満足感を感じる。次の瞬間、馬鹿馬鹿しさに転じたが。
この隣人は良い人物と言えるのだろうが、騒がしいのが玉に瑕である。そして、おそらくは魔術師の類には向いていない。
カリカリとペンが紙を掻く音だけがしばらく続く。
私は即興で魔術を組むこともあるのだが、現在制作中の魔術は単純な一効果を狙ったものではなく、新たなシステムを構築する作業に近い。面倒ではあるが、きちんとした形にまとめるのが望ましいのだ。
「賢者の石って、ええー!」
静寂よ、さらば。残念ながら、もう立ち直ってしまったようだ。彼女がいきなり立ち上がったせいで、埃がわずかに宙を舞う。
「ケホッ。ちょっと」
軽く咳き込みながら、私は彼女に恨みがましい視線を送った。私のひ弱な身体については彼女にとっても既知の事実なのだが、どうにもそういった事を失念しがちである。
「ああ、ごめんごめん! でも本じゃない、石じゃなくて」
彼女は我に返ると、疑問を口にした。もっともな疑問ではあるが、本当に魔術を志しているのかと疑いたくなる言葉でもある。
「別に、石の形をしている必要があるわけではないでしょ」
賢者の石と言っても、伝承によっては液体のようなものまで様々だ。それに私はどこかからか聞きかじった賢者の石を生み出す方法を試しているのではなく、それと同様の効果を示すであろう魔術を組んでいるのである。
いわば趣旨が似通っているだけで、全く同一になるはずは寧ろ無い。
究極の物質とされるそれが、実際の物質であるのはおかしいとさえ私は考える。究極と称されるからには、物質を支配する法則そのものであるのが相応しい。それが私の結論である。
「そりゃそうか。金でも作り上げたら何かおごってね~」
私の魔書をバラバラと捲りながら、そんな事を曰ってくる。どうせ私にしか扱えない魔術だからいいが、普通はやはり万死に値するであろう行為だ。私は人間ではないため、徹底的に破壊されるか、埃でも舞わせない限りはどうでもいいのだが。
「金より私の体の改善が先。他はその後よ」
正確に言えば金はひたすらどうでもいいことだったが、それでも成功した暁には期待に応えて延べ棒の一つも作って見せるのもいいだろう。
その時はそう考えた。
人間の魔術師たちと袂を分かった日、私は今現在していることとほぼ同様のこと、つまりは本泥棒を働いていた。本に目を通しては投げ捨てる。未練を残さぬよう、最も価値の高いモノから。
端から眺めてみても、新たな着想を示してくれるモノはない。
ばたばたと騒がしい足音が聞こえる。
「ちょっと! なにやってるのよ!」
「泥棒」
今度は一言目で絶句してくれた様子だ。当然だろうが。そのまま書に目を通し始めるが、やはり役に立つモノはない。
それにしても気楽なことだ、外には数名の魔術師達が倒れていただろうに。攻撃も仕掛けずに言葉から入るとは。
彼女らしいと言えばその通りなのだが。
「なんでいきなりこんな……」
咎めるように言って来た彼女の疑問は尤もではある。今日この日まで私はおとなしくしていたのだし、私も特に人間との関係を悪化させてまで、この書庫を覗き見ようとは思っていなかった。
彼女が慌てて入ってきたせいか、部屋のほこりが僅かに攪拌される。私は軽くのどを押さえながら、出来るだけ弱く咳をした。
「あ、れ? 賢者の石、成功したんじゃ……」
訝しげに言うのも無理はない。
「そう。それ自体は既に完成しているわ」
なんとか発作は起こさずに済んだ。こんな苦労をしている時点で明らかだが、私はこの不自由な肉体から解放されていない。
「ただ、それでは駄目だった。そういう事よ」
石は完成した。しかしそれは、私の身体を改善する役に立たなかった。
出来上がったシステムは間違いなく完璧だった。私が有する七曜という属性は、賢者の石を完成するために過不足無いモノだった。ただ、それがあまりにもぴたりと嵌りすぎていたのだ。
徹底的に解析する事で判明したのだが、私の肉体的な脆さは自身の魔的な歪さにあった。しかしその歪さこそが私を型作り、また賢者の石というシステムを稼働させる源流でもあったのだ。賢者の石を用いてそれを修復しようというのは、とんでもない自己矛盾であり、到底成るはずがない。
「だからどうにか別の手がかりを、と思ったのだけど。やっぱり無駄足ね」
ここに於ける禁書を収めた書庫。それに期待をしていなかったとすれば嘘になるが、無駄だろうという予測の方が上回っていた。先に述べたとおり、ここを覗き見るつもりはなかったのだ。
それは、一種の信頼と言っても良い。ここの魔術師達が独占を目的として書を禁じるというのは、私の印象からあり得る事態とは思えなかったからだ。
その予測通り、ここに収められた書は、ただただ危険故に封じられたモノばかり。ただ破滅をバラ撒く代物達に、私が求める価値も、知を探求する価値もないだろう。背信を働いておいてなんだが、私の信頼が正しかった事に少しの安堵を得ている。
「そうだった」
私が思い出し口にした言葉に、彼女が訝しげな視線を向ける。
「金。一応造ってみたわ。私の方は駄目だったけど」
どうと言うこともない呪文で無造作に召還された延べ棒が、愛想のない音を立てて書庫の机の上に落ちる。彼女に会う算段などしていなかったが、なんの戯れか私の治癒が失敗した後にこれを真っ先に作り上げた。
「そんなことどうでも良いわよ……」
彼女はそれに手を伸ばさずに俯く。これではまるで手切れ金か何かのようだ。
彼女の項垂れた様子に、僅かな罪悪感を感じる。あまりにも今更の話で、謝罪したとてどうにもならないだろうが。
彼女はやはり、魔術師には向いていない。才があったとしても、人が良すぎる。
私は魔導書の一冊を召還し展開し始める。ここに最早用はなく、そして縁もこれで失われる。母には、今度会ったときにでも謝罪しておくとしよう。
「パチェ!」
「さようなら、----」
最後に彼女の名を呼び、私はヒトとの縁を切ることになった。
*
一応は懸念していた追っ手はやって来なかった。まともに考えれば来る可能性は低かったが、念のため警戒はしていた。
可能性が低いと考えた理由は二つ。私が結局彼の地から何も持ち出さなかったことと、倒された人員が最も強力な魔術師数名であったこと。対面を気にしなければ、放っておくのが無難である。
結果追っ手が無かったことには心情的にも安堵している。その後幾つかの悪名をあげてしまっているが、これは仕方のないことだ。成果は全く上がっていないが。
私がヒトとの縁を切って既に数ヶ月が過ぎているが、結局やっていることは初めの一手と同じ本泥棒、いや盗み読みか。めぼしいところは大体漁り尽くしているが、未だに身体は不自由なままである。
別を探すと成ればかなりの遠征を余儀なくされるだろう。しかし実のところ、私の様な人外か人間でも魔術師などの外れ者であれば、それこそ誰でも知っている場所が残っている。
それをヴワル、と言う。古今東西の書が収められ、失われた物さえ在ると言われる。
それの所有者は秘匿する気が皆無である様子で、むしろ人外を嫌う者達の方が隠蔽を行っている。魔にとって斜陽のこの時代に、狩人達に知られてなおも堂々と存在しているのに深い理由はない。
ただ単に、強すぎるだけである。
所有者の名は、レミリア・スカーレット。永遠に紅い幼き月と呼ばれるそれは、吸血鬼にして悪魔。ヴワルと所有する財宝に惹かれ幾人もが挑んだらしいが、400年ほどの間健在である彼女の存在がその力を物語っている。
長い年月の間に死骸と恐怖が積み上げられ、最早それは一種の禁忌と化している。私が実際会ったことは当然無いが、さすがに真っ先に狙いたいところではなかった。しかし、もう選択肢がそこくらいしかないのも事実である。
「虎穴に入らずんば、か。そうそういい話が転がってるわけもないし」
自己の素質に依らない新要素。そんなモノが簡単に手に入るのならば、世の魔術師は誰も苦労しない。
決めてしまえば準備も要る。さあ明日行きましょう、と済ませられる相手ではあるまい。
有名な相手というのはそれだけで向こうが不利になる。種族や特徴などの大まかなところは知れ渡っていて、しかも相手は弱点の多い吸血鬼だ。対抗手段は数多。やっておくことは山ほど有る。
ただしその弱点の多さは、それを押して勝ち残ってきた相手であると言う証明でもあるが。
*
数週間の後、私はかの魔王が住まう城の前に立っていた。可能な限り対策は考えたつもりだが、それが確実であるとは言えない。彼女の牙城の前に立ち、私はその事を自覚し直した。
それは名を知られることもなく、ただ「赤」と呼ばれている。聳え立つ城を目にし、一番楽な手段が潰えたことを私は悟った。
一番楽な方法とはつまり、空き巣狙いの類ということである。私は闘争を求めてなどいないし、戦わずに済めばそれに越したことはない。彼女は部下を持たず、ただ一人であるというのが通説だった。それならば誰も居ないところを突ける可能性は十分ある。
その噂を補強する証拠の多さからほぼ正しいと考えていたが、あくまで「ほぼ」に留まったようだ。彼女は強力な配下を一つ抱えていた。
不夜城「赤」。彼女の住まう城は、そのままその配下と言うことだ。これをかいくぐっての空き巣狙いは不可能である。
しかし、こちらの体調も一番まともな時期を選んだ。元々ぶつかる事は覚悟の上だったのだし、今更と言えばその通りのこと。今更引く気もなく、私は堂々と正面から入ることにした。
正面にあるのは明らかに重そうな門。私が手ずから開けようとすれば、当然ながら寝込むことになるだろう。無論、そんな間抜けを晒すつもりもない。
『----』
解錠と念動を行うための初手を口にし、そのまま発動に移ろうとした矢先。重い音を立てて、ゆっくりと門が口を開き始めた。最後に一際大きな音を立て、その先へ誘うように開門が終了する。
「これはつまり、入ってこいと言うことかしら」
門の先は暗く、すぐ手前までしか見えない。考えてみればここには城壁さえない。たった一つの門を開いて、そこは既に城内。余程の自信家か、それとも敵対者など意識さえしていないのか。
闇を照らそうと詠唱を始めようとした時、奥へと案内でもするように燭台が次々と灯っていった。ずいぶんと演出過多なことだ。侵入者を楽しみにでもしているのか。
どうせ不意打ちも、忍び込むことも既に無理なのだ。私は堂々と進むことに決め浮き上がるための詠唱を始める。いちいち飛ぶのかと言われるかも知れないが、私にとって歩くよりは余程楽なのだから仕方ない。
僅かに浮きながら風を起こし、私はそれに乗るようにして奥へと進む。奥へと至る度に少しずつ燭台が灯って行く。後ろを振り返れば、離れた燭台は既に消えている。灯りが点くのは私の周りのみのようだ。
あまりにもらしい演出だが、ここまで来ると馬鹿にされているような気もしないではない。
内部の天井はかなり高く、燭台の明かりでは天井が見えない。先を見るために私が肉体に依らない感覚を展開すると、人間が使う分には必要ないであろう小窓がいくつか並ぶのが見て取れた。
この異様な天井の高さといい、ここは初めから人間以外が使うのを想定して建てられたのだろう。しかし、どうもここは使用された形跡が少ないように見える。と言うよりは、今現在使用されている雰囲気というべきか。
まるで大昔に時を止めた、たとえば遺跡であるかのようだった。
燭台の導くまま、私はゆっくりと進んで行く。そのまま曲がることさえなく、巨大な扉を照らしたところで燭台の点灯は止まった。扉は、巨人でも身をかがめることなく通り抜けられそうなほど大きい。
そしてそれは予想通りに、そしていかにもそれらしく、重々しい音を立ててゆっくりと開き始める。
こんな馬鹿らしい演出に凝るような相手だ、予想はしていたのだが。真正直に真っ直ぐに進んだだけで謁見の間だとか言われるような場所へと至った事に、私も驚きと呆れを感じる。
やはりここも、抜けるように天井が高い。巨人が集って会食をすることでも想定したのだろうか。その会食場には相応しく巨大な玉座と、それに座る場違いなほどに小さな人物とがあった。
「ようこそ、侵入者さん」
からかうように言ってきたのは、玉座に着いた子供。人形のように小さく整った容貌に紅い瞳の強い視線が命を吹き込み、ふわりとした蒼くも見える銀色の髪と上品な紅いドレスが飾り立てている。やっていることも子供じみていると言えばその通りではあるが、見た目通り存在である筈は当然無い。が。
「まさか私が誰か知らずに来た、なんて事はないわよね?」
彼女は明らかに楽しんでいる様子だ。ピン、と広げた羽が人外であることを示しはするが、同時にぱたぱたと揺れるそれは犬の尾を連想させる。比類ない魔力を有しているのは目の前にしているだけで判るが、それでも今少し緊張感を欠いてしまう。
「用が有って来たんでしょう? 聞いてあげるわ」
暇だし、と付け加えながら彼女が言う。この軽い態度が罠であれば脱帽せざるを得ない。素である可能性が強そうだが、緊張感がそげ落ちるのを止めるに苦労をする。
「ならば頼みがあるのだけれど。いいかしら?」
気まぐれでも何でも、面倒事無しに済めば一番の幸いである。わざわざ事を荒立てる意味はない。
「ええ。どうぞ、パチュリー・ノーレッジ?」
私は一瞬息が止まるのを自制できなかった。罠にはめられたという想像を真っ先にしたが、それは有り得ない。ここの事などは、多少外れた方向に詳しい者なら周知の事実。私を限定して誘い込める可能性は、既に妄想に近い。
私のしでかした事と研究内容が知れていれば多少の名は広がっているだろうが、それならば古巣からの追っ手とそれ以外の追っ手が雲霞の如く来てもおかしくない。それがないという事は、私は一人の魔女という認識以外はされていないはずなのだ。
「ああ良かった。違っていたら格好が付かないものねぇ? 貴方が間違っていたら、それはそれで台無しだけれど」
そう言って彼女は邪気無く、くすくすと笑っている。
今ようやく私は、彼女が畏れられる魔王だと確信出来た。彼女醸し出す軽さは他に対する態度そのもののように見える。たとえ相手が何者であっても、退屈しのぎに踏み潰すを厭わないような。
「間違いでないことを祈るわ。レミリア・スカーレット?」
彼女は私の言葉に僅かに笑みを深めると、軽く頷いた。一応の確認、と言うよりはせいぜいが意趣返しだ。場に飲まれていても仕方がない。
「貴方が所有するヴワルの閲覧を許可して欲しいの」
彼女があらゆる書が集うという図書館を所有しているというのは、かなり確度の高い噂である。と言うより、人の魔術師が集っていた古巣にもここからもたらされたという物があったのだ。
「私の物を使って良いのは私だけ。これが答えね」
「その割りにはずいぶんと流出しているみたいだけれど」
書だけではなく、宝具の類もである。まさか奪われるようなヘマをやらかしたとも思えない。
「私がそのように使ったのよ。そもそもうちにあるものは気むずかしくてねぇ。道具のくせに使い手を選ぶ」
肩を竦めて言った彼女の言葉通り、そのような道具は間違いなくある。相応しくない持ち手には、力を貸さないどころか邪魔さえするものも。
「私が物持ちであることを広めるためにバラ撒いた相手の中には、一人として所有すべき者は居ない。全く生意気な道具よね」
何なら今すぐ回収して回りましょうか、と彼女は付け加えた。
彼女は価値ある所有物の存在を知らしめるためにバラ撒いたという。それはいったい何のためなのか。
「なら、私もそれに協力するということ出来ない?」
「その目的はもう果たしたわ。だからもう要らない。欲しければ力尽くで持って行ったらどう?」
ここまで来れば、その目的も想像が付く。それ故に彼女は私を知っていたのだろう。しかし、それでも一体、何の為に。
「400年待ったのよ」
疲れ切った響きと、少しの歓喜を乗せた声。彼女の声は少女の外見のまま高く澄んでいるというのに、まるで老人の嘆息のように聞こえた。
辺りに薄く漂っていた魔力が嘆息に呼び集められたかのように一つ二つと次々に魔弾の形を取り、彼女の周囲を舞い始めた。初めから覚悟はしていたが、交渉は決裂。私も詠唱を始め備える。
「がっかりさせないでね、パチュリー・ノーレッジ!」
言葉と同時に、私へと向けて魔弾が降り注ぐ。周囲で響く爆音が少々喧しい。そう、この程度は喧しいだけだ。
『永きを耐えし巨石の群。翠に輝く至宝の石』
私の周りを鎧う翠緑玉の幻想は、彼女の放った一切の魔弾を遮断していた。同時に手元に生じた魔本は、私の続ける詠唱に寄り添いバラバラとページを進める。
『舞い打ち据えよ』
私の背を遙かに上回って巨大なエメラルドの群れが、嘘のような軽々しさで浮き、欺瞞のような速さで彼女へと飛来する。事実これらは幻想だ。
ただし、その質量も強度もその他すべて完全に本物を模倣し、賢者の石を支配する私の手にかかれば現実を乗っ取って具現することも可能な、限りなく真に近い贋作である。
故に私は、彼女の元に殺到した幻想が砕ける音に、一瞬耳を疑った。
「どうやら退屈はせずに済みそうね」
崩壊の音に包まれながらも、彼女の声は私の耳に良く届いた。しなやかで幼い腕が振るわれるごとに巨石の幻想が無惨に粉砕され、床に落ちる音を振りまく前に霧散して行く。
取りあえずの様子見に放った術である。防がれるであろうとは思っていたが、まさか素手でエメラルドの巨石をかち割ってくるとは。繰り返すがあれは紛れもなく本物と同等の強度と質量を持ち、その上に私の魔術でもって強化されたものである。
彼女は羽を広げると巨石の群れを砕きながら、凄まじい速度で私に迫る。
『堤は流れを留める。清浄なる湖水。淀む事なき清廉』
矢継ぎ早に唱えた呪が新たな魔本を構成し、私を中心に幻想の水域が具現した。
『深淵の湖底へと埋葬せよ』
めくれ上がるページの音と共に、幻の湖から無数の水柱が立ち上った。彼女は飛行を弛めると、逆さに乱立する滝を舞うように避ける。
彼女はどうやら接近戦を得意としているようだ。そうでなければ、岩の雨を素手で砕いたりはしないだろう。水柱を避ける動きも淀みなく、近付かれればおそらく私の勝ち目薄い。
「流水は確かに鬱陶しいわ」
私の操作を受けて水柱が水龍の如くねじ曲がり、彼女を執拗に追い始めた。
「けれど」
流水は吸血鬼の持つ弱点の中で、よく知られた一つである。捕らえれば彼女を湖底へと誘い、幻想の消失と共に虚無へと葬り去る。
「当たらなければどうということも、ね?」
彼女の言う通り、複雑にうねる水流も彼女を捕らえるには至っていない。
『冷たき流れが火勢を制する。灰化せしめる真の火。浄化をもたらす神の火』
私も水流で止めを刺すことは早々に諦め、次の呪を用意し始めている。彼女は水で身を成した蛇の群れを余裕の表情のまま避け続け、その繊手に膨大な魔力を集め、
「シュート」
放った。
深紅に輝く魔弾が幻想の湖へと突き刺さる。それは編み上げた魔の形を粉砕し、模倣した湖水を残さず蒸発させた。それを目に映しながら私は詠唱を続ける。ページの進行が炎を呼び、私の周りを覆い始める。
彼女は掌をこちらへと向け、
『疾く侵し尽くせ炎』
私が放った劫火と彼女が放った深紅とが衝突し、激しい音と光を撒き散らす。視界が著しく低下し、魔術による認識の感度も悪い。私の周囲を制御下の炎がまだ渦巻いてはいるが、足止め程度の役にしか立たないだろう。
『炉は堅きを緩める。豊穣の祝い。収穫の時。魂を摘む農具』
未だ止まぬ炎と紅の残滓を抜けて彼女が飛来する。残った炎をすべて彼女へと向けるが、僅かな動きで避けられその速度は落ちない。着弾するものを彼女は素手で払いのけ、傷を負う様子もなく迫る。
魔本が紡ぐ呪は金気を溶かし集めて模り、人の身長ほどもある円盤をいくつも形成し始める。
『刈り取れ銀の刃』
彼女を刈り入れ時の収穫物に見立て、激しく回転しながら丸鋸が彼女を狙う。彼女はそれを薙ぎ払おうとし、
「っ!?」
初めてその表情を歪めた。高速回転する歯車を打った腕が、白煙を上げて切り裂かれたためだ。その機を逃さずに刃の群れが彼女を追う。
直接止めるには銀の属性が邪魔をするし、散発的な魔力塊などで破壊できるほど甘い術でもない。先ほど私が形成した湖を吹き飛ばしたほどのものならば十分だろうが、そこまでの隙など与える気など私には毛頭ない。
四方から迫る刃は次第に追いつめ、今にも横合いから切り裂こうとした歯車を無理矢理避けたところで、彼女は大きく体勢を崩した。それに群がるように鋸の群れが一斉に襲いかかり、何かが飛び散った。
仕留め、てはいない。
一斉に躍り掛かった刃達の隙間を縫い、紅い羽音が散り散りに飛び立ったのだ。吸血鬼は蝙蝠を使い魔とし、己が身をそれに変じもする。彼女はそうして刃を避けたのである。
離れた場所に散った蝙蝠が集まり、元の姿を形成し始める。この種の回避は予測していたし歯車達も即座に方向を変えたが、再構築がかなり早い。
形を取り戻し始めた彼女が抱える魔力の密度が分離前よりも大きい。避けながら反撃の用意とは抜け目がない。迎撃が間に合うかどうか。
彼女が高く掲げた掌には紅く輝く魔力が灯り、私が操る刃が彼女に殺到する。すべての使い魔が主へと還元されるのと同時に、彼女はその手を振り下ろした。
私は刃の一つを彼女の元へと遣りながら、近いもう一つを魔力塊の迎撃に向かわせる。私の純粋な肉眼では追い切れない速さで迫るそれは、密度を更に増しながら拗くれ一本の槍と化した。ぶつかると思った刹那、槍は嘘のように消えた。
否。
私が認識するよりも早く、刈り取りの呪法に組み込んだ式が知覚、反応した。私との距離を変えずに、突然全く別の方向から槍が迫っている。近接防御に残しておいた幾つかのうち一つが向かい、また見失った。消える前の位置から判断して、
耳障りな異音が私の聴覚を刺した。私自身に張った結界が悲鳴を上げている。いわばこれが最後の一葉だ。この結界を突破されれば、当然槍は私を串刺しにするだろう。
時間にすれば一秒にも満たない、しかし、永い一瞬が経過する。ギリギリと致命的な音が響く中、歯車の一つが槍へと食らい付き、共に消滅した。
「へぇ。それを防いだのは貴方が初めてね」
感心しきった様子で、しかし楽しげに言ってのけた彼女は、己の身に食らいついた鋸をその繊手で握り潰しているところだった。胴の半ばまで抉り込んだそれは砕かれてこぼれ落ち、床に落ちる前に虚空へと消えた。
吸血鬼にとっては赤熱した刃をねじり込まれたようなものだというのに、彼女は苦痛の欠片も顔に出さなかった。実際なんの痛痒にも感じていなかったかのように傷は塞がり、破れた服さえも元通りになって行く。消滅した刃と共に、まるで無かったことにでもされたかのようだ。
「それはどうも」
無理矢理に槍の軌道をねじ曲げたにしては、魔力の動きがあまりに少ない。空間にも偏差がなかったのだし、時空を操作したのでもないだろう。平行世界や可能性世界との差し替え、と考えるのが最も齟齬が少ない。
だとするなら最悪の場合、彼女は好き勝手に因果に干渉し得る。小手先がすべて無駄に終わるとするならば残るは、
「やれやれ。結局力押ししか無さそうね」
何とも馬鹿らしい結論だが、仕方がない。弱点を突いた一撃も碌に効いていない以上は、それが最も正解に近い。効いていないわけではないようだが、彼女の力の総量に対して焼け石に水、あるいは氷山に湯でもかけるようなもの。
『相克の円環。相生の円環。因果の応報』
私の周りを五つの魔書が回り始める。土は金を孕み、金は水を萃め、水は木を活かし、木は火を支え、火は土を生む。また、土は水を阻み、水は火を消沈させ、火は金を溶かし、金は木を刈り取り、木は土を穿つ。
「ようやく本気?」
別に出し惜しみをしていたわけではない。私の身体のせいで全力が長続きしないため、これに頼るのは博打も良いところなのだ。それ故に、長引けばこちらが不利なのもまた明らかである。
『万物は流転する』
陰と陽の円環が成す私の魔術は、正と負の循環により世界の理を表す。それはすなわち世界の法則を支配することである。皮肉なことに、その最大の目的であった私自身を除いて。
彼女は掌を高く掲げると、再び魔槍を投げ放つ。それは高速で迫り、当たる前に霧散した。私が賢者の石を掌握している以上、直接掻き消すことも難しくはない。法則を支配するとはそういうことだ。
『昼天より照らすもの。陽の火。日の灯』
無効化された槍に彼女は動揺しなかった。納得したように頷き、攻勢もかけてこない。これが最早、我慢比べになることを理解しているのだろう。
『輝きの王よ在れ』
相生の円環が生み出す無限の陽、地に堕ちる日。吸血鬼が持つ最も知られた弱点であり、私が持つ最大の破壊。莫大な熱量と光量の前に、なにもかもが霞む。
私の最大威力が勝つか、それとも彼女が耐えきるか。他に手だてがなかったとは言え、全くの賭だ。これを使ったあと私は何も出来ないだろうし、そうなればもうどうしようもない。
焦熱が最大に達し、一瞬すべての感覚が途切れる。地上に堕ちた太陽が消えた後には、誰の姿もなかった。
それを見届けながら、私はゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。彼女へと威力を集中させはしたが、床が残っているとは驚きの頑丈さである。が、そのまま空を見上げると夜天が覗いていた。いつの間にか、天井の方は吹き飛んでいたらしい。
満月でも半月でも、ましてや新月でもない半端な月が煌々と夜を照らしている。手も足も動かせる気がせず、私は上を見上げたまま脱力した。その視界に、一瞬影が過ぎる。
それは一匹の蝙蝠だ。私が戦慄して見やる中、それの周りに紅い闇が集い、結実した。
「私ほどの存在なら、使い魔一匹からでも再生する。知らなかったかしら?」
知っていたからこそ徹底的な殲滅を狙ったのだ。分散しようとも執拗に狙うはずの術から、逃れることはあり得ない。彼女は単純に耐えきっただけのこと。ならば私に打つ手はもう無い。
軽い足音が近付いてくる。彼女は私のすぐ近くで止まると私に覆い被さり、
……。
「ちょっと?」
一分以上そのままの状態なのは、一体何がしたいのか。別に吸血されたいわけでも殺されたいわけでもないが、重い。私の体力が無いだけで、普通ならば軽いのだろうけれど。
「……実はもう煙も出ないの」
彼女は困ったような顔を向けてこちらに言ってくる。痛み分けと言えばそうなのだろうが、あまりにも締まりの悪い結末だ。色々とどうでも良くなって脱力し、私は遠のいて行く意識を留めることを放棄した。
*
「私のものは私のもの、貴方のものも私のもの。私のモットーはこうよ」
一応起きあがれる程度には回復してしばらく。また一戦やらかすのも馬鹿らしいのでなんとかヴワルを閲覧できないかと言ってみたが、返ってきたのはこれだった。清々しいまでに傲岸不遜だが、最近の私の行動も実のところ大差がない。
となれば今度こそ力尽くということになるのだが、
「だから私の友達になりなさい、パチュリー・ノーレッジ」
「……は?」
文脈が繋がらない。未だ開けっ放しの天井から注ぐ月光を浴びて狂ったのだろうか。別に満月でもないのだが。
「もう察していると思うけど、私は貴方にして貰いたいことがあるの。それは一朝一夕で済むことではないわ」
彼女が私に何らかの意図を始めから持っていたのは疑いない。私の理解を見て取ったのか、彼女はそのまま続ける。
「そしてあの図書館も、一朝一夕で漁りきれるところではない。ヴワルを覗きたいなら、貴方はここに居着かざるを得ない」
「つまり、目的のためにお互いを利用しましょう。そういう事かしら?」
確かに利害は一致する。友人と言うには乾いている間柄になるが。彼女はクスリと笑みを漏らすと、
「そう取ってくれても構わないけどね。どうせ顔をつきあわせるんだし、せいぜい仲良くしましょう、と言ってるの」
どうしても寝首を掻かなければならないわけでもなければ、無駄に警戒し合ってもしようがないのもまた事実である。少なくとも私は、彼女をどうにかしたいわけではない。
「なるほどね。それで貴方が私に望むことは何? 法外な要求には応えようがないわ」
とは言ってみたものの、私の命や精神の自由以外に特に失う物はない。
「今はまだ言えないわ。けれど無茶な要求をしてくるような友人は、果たして友なのかしら?」
彼女は私に求めることを、今言う気はないようである。
それにしてもおかしな話だ。これではただの口約束で私を縛るものはなく、一方的に彼女が対価を支払っているようにしか感じない。
「こんないつでも破れるような話で良いのかしら?」
これは言わなくても良い、余分なことだ。わざわざ指摘せずに流しておけば一方的な得になるというのに、どうしても言わずには居られなかった。
「私は友達の貴方に頼みたいことがあるだけ。そうならなかったら、まあ諦めるしかないわね」
そうなるよう努力するけど、と付け加えた彼女は少し寂しそうで、少し嬉しそうだった。それはこれまで夜の王然としていた彼女の態度とは落差があってまるで、そう。まるで、ただの少女のようだった。
「それで、どう?」
そう問いかけてきた表情は、既に始めからの彼女らしい貌。口約束と割り切って返答してしまえばいいのに、なぜか声が詰まる。仕方がないので、私はぎこちなく頷いた。
「そう!」
彼女は悪魔の癖に、知らずに見れば天使にでも間違えられそうな程嬉しそうに頬を緩ませた。そして私に手を差し出すと、
「よろしく、ええと。パチェ?」
最悪な別れ方をしてきた友人の顔が、脳裏を過ぎった。最後にそう呼ばれてからそんなには経っていないはずだが、それが酷く遠く感じられる。私はまた友人を裏切ることになるのだろうか。
動きを止めた私に、彼女は不思議そうな視線を送る。妙に無垢な表情が、なぜか心に痛い。
「こちらこそ、……。レミィ?」
私は淡い罪悪感を抱えたまま、レミィの手を握りかえした。
パチェさんの過去から来る最後の締めが非常にツボでした。
妄想を広げることが可能な世界を作り続けてくれる貴方に100点だ。
流れる様にテンポが良く、がっしりと情景が浮かび上がります。
個人的にはバトルシーンが非常に楽しかったのでもう少し見たかったです。
やはりいつもどおりのこの感覚、この読後の高揚感。実に人妖の類氏の文章は俺後のみで素晴らしい。
賢者の石とは石に限らず。まさしく七曜を為すパチェにとって本という形を取るのはふさわしく思えますね。
次回は咲夜編になるのでしょうかね?とても楽しみです。
(時系列的には、龍の見る夢の美鈴とお嬢様の出会いの部分が途中に入るのかな)
紅魔館+エキストラに絞ったことで更なる妄想を掻き立ててくれちゃいます。
読後の余韻も良く、楽しく読ませて頂きました。
話中、幻想郷じゃないですけど。
たったひとりの友人のために待ち続けた400年。
逸る日も焦がれる夜もあったことでしょう。
レミリア様の心の強さに感服です。
パチュリーとレミリアの馴れ初めSS。
とても面白いです。続きへ行ってきます
素晴らしいものを読ませてくださってありがとう